2018/05/13

初夏の依遅ヶ尾山で鮮やかな緑と青に出会う

 ゴールデンウィーク後半の4連休のうち、寒気の影響で3日雨が降った。いずれも短時間の弱い雨であったが、すっきりしない時間帯があった。唯一安定した快晴だったのが子供の日。午後にぶらりと依遅ヶ尾山へ。
 海と空の青、そして緑が鮮やかだった。
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2018/04/28

Slide and Ride 扇ノ山2018

 4月の第2週のウィークデイに、扇ノ山の上山高原まで除雪が完了したようだ。厳冬期は30年ぶりくらいの低温を記録し雪も多かったが、2月の半ば以降まとまった降雪がぴたりとなくなり、3月は記録的な高温であっという間に雪が解けた。上山高原へも早めの開通。しかも、高原にはほとんど雪がないらしい。つまり、上山高原手前の道を塞いでいるわずかな残雪区間を除雪した、ということだ。
 山陰に残された最後の雪山に雪があるうちに滑り納めに行こう。でも、道路開通直後の土日は天気が悪く、決行したのは翌週。その間、雨も降ったし20度を超える日もあった。かなり雪解けが進んだはず。上山高原から無雪期の登山口までは3kmほど車道を行かねばらならないが、かなり雪が切れてスキー板の着脱が面倒になりそうだ。ならば、兵庫県の上山高原ではなく、鳥取県の河合谷牧場からアプローチしよう。日当たりの関係で河合谷牧場の道のほうが雪解けが進んで自転車が有効に使える。
 というわけで河合谷牧場へ。兵庫県側からアプローチするには、国道9号線の県境の蒲生トンネルを越えてすぐに十王峠へ向かうのが最短ルートだが、道がものすごく狭く曲がりくねっている。急がば回れで、岩美町の中心街まで行った方がいい。しかも、現在十王峠は通行止だった。
 ところが雨滝集落から河合谷牧場へと向かう道の分岐点にも立看板。台風被害のため河合谷牧場内で通行止、とのこと。なんと、これは想定外。すでに昼になっているので、今から兵庫県に戻り上山高原へと回れば、間違いなく時間切れだ。でも、よくよく考えてみれば、河合谷牧場まではまだクルマが入れない。その手前で、残雪に阻まれる。少なくとも今は工事していないはずだ。台風被害ということは、去年の秋から通行止。おそらく、まだ復旧工事は始まっていない。ここはGOだ。
 細く曲がりくねった道を登っていくが、雪はない。途中で軽トラックが止まり作業服を着た男性が数人見られた。昼の休憩のようだ。ただし、工事関係者ではなく、山仕事のようだ。
 徐々に路肩に雪が現れてほっとするが、やはり少なめだ。
 河合谷牧場の作業道の分岐を過ぎ、標高880m、いつもの場所で残雪が道を塞いでいた。ここに駐車。自転車とスキーの準備。
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 兵庫側、上山高原へ道と違って、除雪されず自然の融雪でここまでクルマが入れる。河合谷登山口までの車道が距離約3.2kmで標高差約180m。ちなみに、上山高原の除雪限界点から小ヅッコ登山口への車道は約2.9kmで約170m。両登山口の標高はほぼ同じで、登山道はすぐに合流する。要するにどちらから入山してもほぼ同じ。私の場合、今日のように雪解けが進むと河合谷を選ぶ。雪が切れ切れの車道部は、日当たりがよく、9割方アスファルトが露出している河合谷牧場の方が自転車を有効に使える。上山高原側の車道は、残雪区間が長い。測ったわけではないが、半分以上は雪に覆われているだろう。つまり、自転車にはあまり乗れない。かといって何か所も雪が切れているからスキーだと板の着脱が面倒だ。また、登山道部分はかなり藪が出ていると予想される。高原野菜の畑にエスケープして農道を上っていける河合谷登山口側の方が有利だ。
 準備が整いかけたところで、軽トラックが2台登ってきた。が、すぐにUターンして去って行った。先ほどの山仕事の人たちのようだ。私のクルマが降りてこないので、兵庫県側に抜けられるのかと思ってやってきた、というシナリオが浮かぶが、本当のところはわからない。
 自転車にスキー板を装着して準備完了。まずは、自転車を押して残雪を乗り越える。下界は20度を越える陽気。緩んだ雪にタイヤがめり込んで大きな負荷となる。
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 残雪を乗り越えると、道は牧場内の日当たりのよい区間となり、路面にも周囲にも残雪はない。標高が低いところから雪がとける、というのは傾向の一つであって、実際には日陰は解け残り、日向は解ける。上山高原から小ヅッコ登山口までの道は日陰が多く残雪が多い。河合谷牧場の道は、日当りがよく、何度か残雪を乗り越えながら大方アスファルトの上を乗車で進んでいくことができる。残雪の上は自転車を押して歩かねばならないが、自転車を乗り降りする方がスキー板を着脱するよりは手間が少ない。当然、残雪区間は毎年決まっていて、初めて訪れた時には迷った挙句、水とのふれあい広場より少し手前に自転車を止めた。でも、水とのふれあい広場、あるいはそのすぐ先の河合谷登山口まで自転車で行った方がいいということが、そのときにわかった。だから今日も、眺めの残雪区間も迷わず自転車を押して行く。
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 水とのふれあい広場の手前の残雪を越えたところに通行止めの立て看板。ただし、上部を向き、こちらには背を向けている。つまり、通行止め区間を通り抜けたわけだ。結局どこが通行止めの原因なのかはわからなかった。路肩が崩れている場所はあったが、クルマが通れないほどではない。工事が始まれば通行止めになるということか。あるいは、残雪に埋もれているところにもっとひどく傷んだ区間があるということなのか。まあ、要するに普段と同じように行けたということである。
 水とのふれあい広場で水を補給。河合谷登山口まではすぐ。そこに自転車を止めた。ただし、河合谷登山口からの登山道には入らず、その先の農道へと向かう。主に大根の高原野菜の畑が広がっている。おそらく登山道は藪が出ているので、農道の方が歩きやすいのだ。雪がつながった部分を歩き小ヅッコの近くまで登る。最後は雪が切れていたので板を外し、藪を越えて登山道へ。雪が解けているので藪には苦労した。
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 登山道へとたどり着いたものの、思いのほか雪が少ない。厳冬期の雪が多かったせいかたくさんの枝が雪面に落ちているのと、すでに潅木の藪が出ていることのダブルパンチで、まっすぐに歩けない。障害物がなく、雪がつながった場所を蛇行して辿る。
 大ヅッコが近づいたところでようやくブナ林の中の雪原となった。ここで、下山してくる単独行のハイカーとすれ違う。上山高原からだろう。
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 大ヅッコへ登り、いったん下って扇ノ山の頂を目指す。予想通り、大ヅッコの南斜面は雪解け。板を外して半分ほど下ると雪が出てきたので板を装着。まあ、上の方は木々の密度と勾配の兼ね合いであまり滑れる区間ではないから、歩いて下っても損した気分にはならない。
 ステップソールの板は、こういうアップダウンがあり、しかもなだらかなコースにはもってこい。そういえば、今シーズン、一度もシールを使っていない。
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 そして扇ノ山山頂へ最後の登り。山頂手前の展望テラスから鳥取市街方面が見えるが、いつものように霞んでいる。また、テラスの周りの雪もやっぱり少ない。東側斜面を見るとまだ十分楽しめそうだ。
 山頂に到着。2階建ての立派な小屋は改装工事が予定されているのか、足場の資材が積まれブルーシートを被せておいてある。この時期、木々の根開けのように小屋の周りが丸く雪解けしているのだが、今年はその周りの雪もない。特に南側は。
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 すっかり白い部分を減らした氷ノ山の姿を拝んでから、少し来た側に戻り東斜面へのエントリーポイントを探す。待望の滑降だ。適度な斜度、適度な疎林、そしてすばらしいざらめ。ただし、滑れる距離は短い。数ターンで進路を北に向け、斜滑降で大ヅッコとの鞍部を目指す。
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 大ヅッコへは、下半分は板を装着したまま登り、登山道が露出した上半分は板を外す。大ヅッコの頂で板を装着。そして、大ヅッコ東斜面へ滑り込む。ここも気持ちがいい。しかし、やはり短い。そのまま来た斜面に回りこみ、ブナ林の緩斜面へ。気持ちよく滑っていたら、徐々に雪の切れ目が多くなる。元はブナの根開けだったのだろうが、それがかなり広がっている。かわしきれずに地面に板が乗っかり体が前方に投げ出される。背中から雪面に投げ出され、スライドする。隣の木に頭をぶつけるかと思ったが、幸い手前で停止。ちなみに、ヘルメットをかぶっていた。ザックがクッションとなってどこも打ち付けたところはない。腕も肩も脚も、ひねったり打ったりしていない。唯一、首をかなり振った。むち打ち症のような感じだ。打ち付けたわけではないが頭もくらくらする。翌日から数日、首が痛かった。
 すぐには立ち上がれず、しばらく寝そべって呼吸と気持ちを整え、体勢を立て直す。その後はもう藪が濃くなり滑りにくい。登りより早めに、山部に阻まれないうちに大根畑へと飛び出す。ただし、畑は日当りがよいので雪が切れている。登山道付近の藪だってまともに滑れないのだから、こちらの方が歩きやすい分いい。
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 登りで登山道へ交流した辺りから雪がつながり、農道を滑り下る。すぐに自転車のデポ地へ。
 自転車に板を固定したら、今度は自転車のダウンヒルを楽しむ。牧場内でカーブを越えたら前方になにやら動く物体。鹿だった。そして、道路を塞ぐ残雪を乗り越えること7度、クルマへ戻る。
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 スキーと自転車を積み込んで、クルマをスタートさせる。夕暮れの林間の細い道を走っていると、すぐ前方を右から左に何かが通り抜けた。鹿だ。すぐにもう一頭。あわててブレーキをかける。ほっとしたのもつかの間、アクセルを踏み込んだらもう一頭出てきた。今度はかわせず右側面に鹿が激突。しかし、鹿は体が丈夫。転倒したものの、すぐに体勢を立て直して走り去って行った。クルマは、右前輪のタイヤハウスの前後がへこんでいた。運転席のドアと干渉して、ドアの開閉時にベコベコと大きな音を立てる。「はい注目、このクルマのボディへこんでいるよ!」とアピールしているようで恥ずかしい。
 翌日、すでに20万km近く走っているクルマに大枚を費やせないので、何とか自力で音が出ないようにする。ドアとタイヤハウスのパネルの継ぎ目にマイナスドライバーを突っ込み、へこんだ干渉部分を力ずくで戻す。へこみは完全に治ったわけではないが、擦り傷はないのでそう目立たない。
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 体が丈夫な鹿だが、頭は弱いと言わざるを得ない。暗く静かな山中で、大きな目を光らせ轟音を立てて近づく恐ろしい物体に気づかなかったとは思えない。自分の体より大きなそれに向かって飛び込んでいくとは、自殺行為ではないか。猪突猛進ならぬ鹿突猛進といったところか。
4月下旬

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2018/03/21

樹氷の氷ノ山2018

 この冬は天気が悪かった。1月の下旬から2月の中旬くらいまで、何度も寒波がやってきた。雪遊びを楽しむものにとってそれはありがたいことなのだが、穏やかな日もないと遊びに行けない。2月の後半は、大きな寒波は来なくなった。大荒れの日はないのだけれど、晴れの日もあまりない。春が近いことを思わせるようなぽかぽか陽気もない。3月にはいれば、一気に初夏の陽気もあり、寒暖差が激しい。北近畿の平野部では、冬の間ずっと田んぼなどが雪に覆われていたのは、30数年振り。ただし、それはある程度海に近いところだけ。内陸ほど雪は少なく、山の雪はあまり多くなかった。2月の後半からまとまった積雪はなく、3月の高温の日と降雨によりどんどんと雪が溶けていった。
 すうさんとの氷ノ山に行く計画が実現できたのは、3月17日。4時過ぎに目が覚めてしまったので、そのまま起き出し、5時に家を出た。養父市大屋町の待ち合わせ場所には6時25分に着いてしまった。トイレを済ませ、本を読みながらすうさんを待つ。約束の7時に、すうさんと合流し、クルマ1台でわかさ氷ノ山スキー場へ。もうすっかり雪が解けて春の景色の中を行く。若杉峠、戸倉峠、そしてスキー場と標高700m程に登らないと雪がない。
 スキー場に到着し、いつもの無料駐車場にクルマを止める。すいているな、と思ったら今週からすべての駐車場が無料とのこと。支度をして、スキーパトロール詰め所で入山届けに記入して、リフトに乗車。日差しがさんさんと降り注いでまぶしい。山頂をうっすら覆っているガスは、これから取れていくだろう。スキー場の最上部付近から上は、樹氷がついている。
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 すばらしい景色が期待できる一方、不安も大きい。一つは雪不足。入山届けにも書いたが、ワサビ谷への滑降を予定している。おそらく、スノーブリッジは崩れ沢が出ているだろう。何度も渡渉しないといけないかも知れない。もう一つは雪質。昨日の雨、そして夕方から夜間の寒の戻りで、雪面はカチカチに凍てついているに違いない。ちゃんとスキーがコントロールできるだろうか。
 標高1195mの樹氷スノーピアゲレンデ最上部に到着。上部のリフトは、中間駅から下のみで営業中だが、ありがたいことに入山者はリフトトップまで乗せてくれる。ただし、最上部の降り場には雪がないので、スキー板を外しての乗車だった。
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 伯耆大山は見えていない。扇ノ山も山頂が霧に覆われている。板をザックに固定して背負い、急登に取り付く。なんと雪がとけ登山道の階段が露出している。しばらくは、カチンコチンに凍てついた雪面と、露出した登山道が交互に現れる。しばらく登り、三ノ丸から山頂への稜線が見えてくると、もう登山道は完全に雪に覆われた状態となった。樹氷が美しい。青空をバックに白い樹氷が映える。頂上台地の手前のやせ尾根区間にたいがい付いているはずの雪庇がない。やはり雪が少ない、あるいはまとまった降雪が途絶えている、ということのようだ。
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 そして頂上台地に到着。ブナの樹氷の林だ。これを抜けると広大な雪原。見事な眺めに心が弾む。しかし、足元の雪は相変わらずカチカチ。そのまま板を背負ってつぼ足で歩いて行く。
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 大山が見えている。雲海の上に鋭い山頂が突き出ている。扇ノ山はまだほんの少し山頂が隠れているが、仏ノ尾と青ヶ丸は姿を現している。東山、くらますは、一部が黒く笹が出ている。
 三ノ丸手前で休憩中の2人組のスキー登山者がいた。彼らは、県境を根を下るという。我々はワサビ谷の予定だと告げると、「先週、仙谷を滑ったら沢が出ていて大変でした」と言われる。その少し前にも、アイゼンをつけた単独登山者に、「ワサビ谷には行かないよね」と言われていた。誰もが、今日ワサビ谷を滑るのは厳しいと思っているようだ。
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 三ノ丸に上り詰め、ようやく板を装着。山頂がすぐ近くに見える。但馬妙見山はうっすら、蘇武岳は完全に雲に隠れている。
 とりあえずワサビ谷の源頭まで滑り降りる。ワサビ谷源頭部は2つに分かれていて、たいてい山頂寄りから滑り降りている。今日も、滑るならそちらのつもり。日当りがよく、早く雪が緩むことを期待してのことだ。というわけで、その境目のワサビ谷の頭の小ピークを越える。
 我々のすぐ後からスノーボーダーがやってきて、ワサビ谷を滑るのかと訊かれる。「先日も仙谷で沢への滑落事故があって、ドクターヘリで運ばれたらしい。今日もパトロールで谷への滑降はお勧めしないとのことで、ピストンをすすめられた」と言われた。
 とりあえず結論を急がず、休憩しながらじっくり考えよう。腰を下ろして、パンなどを食べる。
 結局、ワサビ谷は断念した。谷の下部では沢が口を開けている。急な法面も凍てついているわけで、沢への滑落の恐れがある。確かに、登ってきたコースを戻るのはスキーにとって楽しいものではない。でも、このカチンコチンの雪面では、急斜面の林間であるワサビ谷も楽しめない。
 こんなことならば、戸倉峠の南、坂ノ谷林道入り口にクルマを一台置いておけばよかった、と悔やまれる。緩やかな尾根から林道へと下るコースならば、今日の雪でも問題ない。林道は時々雪が切れているだろうが、板の着脱の手間はかかっても危険はない。ワサビ谷の沢が口を開けていることも、雪がカチンコチンに凍てついていることも予想できたのだから、エスケープルートを用意しておくべきだった。
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 まあ、悔やんでも仕方ない。スノーボーダーやつぼ足登山者は山頂へと向かったが、我々は、来た道を引き返す。まずは、ワサビ谷の頭へ登り返し。男女3人連れの登山者がとすれ違う。ヒップそりで楽しそうに、そして賑やかに滑っている。ワサビ谷の頭を越え、少し下って三の丸への上り返し。私は、ステップソールなので板をつけたまま。すうさんは、板を手に持って登って行く。シールを貼るほどの登り返しではない。
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 三ノ丸で再び景色を眺める。扇ノ山も但馬妙見山も蘇武岳も完全に姿を見せてくれた。ただし、霞のせいか遠くは見えない。大山は相変わらず山頂だけ霞の上に突き出ているし、丹後の山々は全く見えない。
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 ここからは緩やかな斜面を滑降。強い日差しに、往路よりは少し雪が緩んだ感じ。薄く積もった新雪がたまっている箇所を選んでターンすると気持ちいい。普段は緩やか過ぎて物足りない斜面だが、今日はかたくて板が走る。むしろスピードを出すのが怖い。緩やかでちょうどいい。ああ、坂ノ谷コースならこのままずっと緩斜面をいけるのに、とまたここで悔しく思う。
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 すぐにブナ林へ。板を外す。つぼ足で登った区間は、下りもつぼ足。雪が緩んだお蔭で、踵が食い込んでくれて助かった。
 スキー場のゲレンデ最高地点へ到着。だが、まだ油断はできない。上部は閉鎖されているカチコチの急斜面。特に、出だしは幅が狭く、横滑りで降りていくコース。度胸のあるすうさんは板を装着して滑り降りるが、自信のない私は板を背負ったままつぼ足で下る。日向はいいが、日陰では雪面にかかと落しを食らわしてもステップが切れない場面もあり、こわごわの下り。
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 斜面が開けたところで板を装着。斜度があるので吹き溜まりで作業をするが、ブーツの底に雪がくっついて思うように行かない。情けないことに、すうさんに助けてもらってどうにか板を装着。
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 斜面が開けたといっても、相変わらず急で凍てた雪面。雨などででこぼこになっているので、さらに性質が悪い。私の後から軽アイゼンで降りてきた登山者は、途中で本格的なアイゼンへと交換して降りていった。
 まずは斜滑降で様子を見る。なかなか厳しい。ターンを試みるが転倒。次のターンでも転倒。滑落するような転倒をしないようにするだけで精一杯。でも、その後は斜度が緩んできて、吹き溜まりを狙ってターンをして、先に滑り降りていたすうさん側に降り立つ。
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 そこからは、リフト中間駅から下の解放区間。ようやく安全地帯だ。お互いを動画撮影しながら滑る。その下のリフト沿いでは、アルペンスキーの大会が行われていて、一部コースが閉鎖されている。コース幅3分の2ほどが大会に使われ、一般に開放されているのは3分の1ほど。出だしこそなだらかだが急斜面区間もある。雪がすっかりざらめになっているのが幸いだった。そして、緩斜面になって今度こそもう安心。パトロールに帰還報告をして、振り返ればすっかり山の色が変わっている。朝は白かった山だが、木々の樹氷が落ちて今は黒っぽい。まあ、樹氷が楽しめたのが今日の一番の収穫だった。
 大屋ですうさんと別れ、北近畿豊岡自動道で帰ることにする。大屋川の谷から八木川の谷にレーンをチェンジし、八鹿氷ノ山I.C.手前で氷ノ山を振り返る。
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 早く下山して、明るいうちに家に帰れたので、少し自転車に乗る。
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2018/03/05

戸倉峠から県境尾根を経由し三ノ丸ピストン

 3月の第一週の土日は待望の晴れ予報。この冬は腫れが少なくすっきりしない天候が多い。2月の最終週など、土曜日は文句なしの晴れ予報だったにもかかわらず、実際には昼前から平野部で雨、山では雪。山に出かけたけれどもホワイトアウトと風雪に難儀したという報告がネット上に見受けられた。
 さあ、こちらは満を持して氷ノ山へ。晴れが続くならば早い日の方が空気が澄んでいいはずだが、カメラが壊れてしまった。金曜の朝にネットで注文して、土曜に届く予定。そのカメラを持って日曜に行くことにした。使い方が荒いのか、2年前後で壊れてしまう。十数年前なら保証により無償修理をしてくれたのに、最近は「外部から何らかの力を受けなければこのようなことは起こりません。よって、保証対象外です」と言われて、高い修理代を請求される。そもそもカメラは持ち運んで使うことが多いもの。長く使えば、そりゃ何らかの力だって受けるのが当然。だから、長期保証なんて意味がない。カメラは消耗品だ。あと、11年前に買ったカメラを予備機として、たまに使っている。これが壊れない。買ってから数年はメインカメラとして使っていたのだが、より高倍率だったりGPS受信機能が付いたものに心を奪われてしまった。ちなみに予備機は光学10倍ズーム(当時は画期的な高倍率)、今回の新しいものは光学40倍ズーム。
 4日、午前5時40分、月明かりを浴びて家を出る。明け方も10度を少し切るくらいまでしか下がらず、路面凍結の心配はない。丹後の自宅から99㎞の道のりを2時間で兵庫・鳥取県県境の戸倉峠へ。信号が極端に少ないので(点滅式、感応式を含め99㎞で30機ほど)、巡航速度と平均速度の差が小さいのだ。
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 国道29号線新戸倉トンネル兵庫側の駐車場には、すでに5台のクルマが止められている。登山者か渓流釣りの人のものだろう。他にもう1台とキャンプなどで使う椅子やテーブルが置かれている。その側、1m以上積もった雪の上には若者が何やら作業をしている。スキー場で見かける平均台のようなものを運んでいる。よく見ると、近くにスノーボードのようなものが並べられている。こんなところで、何をやらかすつもりなの。
 さて、30分ほどかけて準備を整え、8時10分、出発。スタート地点の標高は730m。
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 まずは凍結した国道をこわごわ渡る。そして、旧道へ。旧道は通り抜けできないので当然、除雪などされていない。雪の壁には階段ができている。ザラメの雪面は、気温が高いせいか緩んでいて足が沈む。板を装着して歩き出す。先行者のトレースは、スノーシューばかりだ。ステップソールで軽快に歩く。本日の装備にはシールはない。
 今日のコース案として最初に浮かんだのは坂の谷コース。戸倉峠から国道29号線を1.6㎞ほど兵庫寄りを起点とする坂の谷林道から入山する。片道10㎞近い緩やかなロングコースは、昨年新調したステップソールの板の性能が発揮できると考えた。ちなみに、通りがかりに見たが、今日も坂の谷林道入り口付近には数台のクルマが止まっていた。
 ただし、坂の谷コースのピストンは、過去に何度か経験していて新鮮味はない。そこで次に浮上してきたのが、戸倉峠からの県境尾根コース。こちらも坂の谷コースとよく似たなだらかロングコース。13年前にわかさ氷ノ山スキー場からの入山で、一度滑降しただけで、登りを歩いたことはない。つまり、登りでじっくりと様子を見た経験はないのだ。
 坂の谷と県境尾根の両コースの周回と迷い、国道の1.6㎞のための自転車も積んで来たのだが、結果としては県境尾根をピストンすることにした。
 県境尾根に登山道を通す計画があるようだが、現在は笹などの藪が雪に抑えられる積雪期限定のコース。近年はそれなりにたどる人がいるが、13年前には限られた人にしか使われないコースだった。こうした利用者増の背景にはGPSレシーバーの普及があるのではないかと思う。私は、当時よく利用していたパソコン通信の自転車フォーラムの影響で、16年以上前の2001年からGPSレシーバーを利用しているが、例えば13年前でも、周囲に利用している人はほとんどいなかった。また、最初の1台は地図をインストールすることができず、高度計、距離計、速度計や、トラックデータのロガー(記録機)としてしか利用していなかった。現在では、2万円前後の底辺モデルでも、パソコンを使えば国土地理院の等高線付きの地形図を無料で搭載できる。そして、インターネットの登山情報交流サイト「ヤマレコ」などで、GPSのトラックログが公開されている。そうして登山道がない山でも、コース取りが研究されている。
 旧道を歩き新戸倉トンネルの脇を抜けてヘアピンカーブで標高を上げる。まだ朝なのに、結構暑い。今日は下界では20度を超える予想気温だ。急激な温度上昇というわけで、こういう日には雪崩やスノーブリッジの崩壊に注意をしなければならないが、本日はそういう心配のないコースである。
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 しばらく歩くと、戸倉トンネル。1995年開通の新戸倉トンネルに対し、戸倉トンネルは1955年開通。ぞれぞれ平成と昭和のトンネルだ。ただし、昭和の方は鉄格子でふさがれている。
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 その旧戸倉峠の手前で分岐する道を進む。またヘアピンカーブで高度を上げる。そして、今度はトンネルでなく切り通しの戸倉峠に到達。鳥取県側の景色が開ける。未除雪の旧国道が蛇行し、そののり面が伐採されたオープンバーンとなっている。そのオープンバーンにはダブルトラックのような道がスイッチバックして登っていて、何やらトレースがついている。よく見ると旧道にもトレースがある。スノーモビルの跡のようだ。
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 戸倉峠からは尾根の西側を北上する林道が分岐している。家の谷川の谷(家の谷というのだろう)に面しているので、家の谷林道と呼ぶことにする。東の兵庫側から西の鳥取側へ尾根の末端を回り込む形で、高度を上げるためのヘアピンカーブや山襞に沿った屈曲で距離が延びる。兵庫側から尾根にとりついた記録もあるが、濃い林の中の急勾配、そしてアップダウンに苦労している。国道の旧道及び戸倉峠までのダブルトラックは結構勾配があるので、それをショートカットするということは、さらに勾配が増すということだ。まあ、スノーシュー登山者が距離を縮めたい気持ちはわかるのだが。
 少し休んでから家の谷林道に入ると、勾配が緩くなり復路の下りでも板があまり走らなさそうだ。しかも、障害物のなく西側が開けた谷から北西の季節風が吹きつけるようで、雪面が大きく波打っている。
 家の谷林道を北上する。どこから尾根にとりつくかが一つの課題である。13年前には、尾根を下ってきて1073m小ピークの少し北側で家の谷林道に降りた。でも、地図を見ていると、もう少し尾根を長くたどり1073Pの南の鞍部で林道と尾根を行き来するのがよさそうに思える。
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 実際に歩いてみると、想定していた地点の少し手前でよさそうなとりつきポイントを発見。先行トレースも、そこから尾根にとりついているものと、家の谷林道をさらに進んでいるものとが同じくらいだ。ここは思い切っていってみよう。
 まずは、杉林の中の緩い斜面を登る。すぐにわりと大きめの鞍部で県境尾根に乗り上げた。ここより南側で県境尾根に上がると、かなりアップダウンを越えなければならない。
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 さて、その鞍部から1073Pへと登る。そこそこの急斜面で、落葉樹の林が濃い。ここを滑り降りるには難儀しそうだ。やはり、下りではもう少し北側の当初予定していたポイントで林道に降り立つのが良いかもしれない。
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 標高差50mほどを登ると、勾配は緩やかになる。実はそれが今日の一番の急勾配だった。ブナかナラかよくわからないが明るい落葉樹林やスギ林や、その境目をひたすら歩く。空は真っ青な快晴。杉林でも結構明るく、落葉樹林では日差しがまぶしい。
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 なだらかな1073Pを越えてしばらく行くと、木々の合間に真っ白な三ノ丸の大雪原が見えた。本日の到達目標だ。青空をバックに白さが際立つ。写真を撮りたいが、手前の木々の枝が邪魔で遠くにピントが合わない。マニュアルフォーカスの設定にするが、なぜか遠くにピントが合わない。昨日届いたばかりのカメラなのでまだ使い慣れていない。
 ほんの少し歩いたら、木々の合間が大きくなった。ズームすれば枝はフレーム外となりオートフォーカスで三ノ丸にピントが合う。赤い屋根の避難小屋も確認できた。
 次の目標は、標高1182m小ピーク。ここがかつて三ノ丸と呼ばれ、現在の三ノ丸はかつて二ノ丸と呼ばれていた。このあたりについては、13年前の記録に記している。
 1073Pを越えてほんの少し下ってから、また緩やかな登りが始まる。前方から登山者が下りてきた。スノーシューなので、下りが長い。
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 1182Pの手前、落葉樹が疎らに茂った明るい雪原に腰を下ろして大休止。なだらかなのでどこがピークということもないのだ。ここまですでに距離7㎞、標高差400m余りを登ってきた。
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 その先でぽつぽつと下山してくる人に出会う。みな単独で、スノーシューを装着している。13年前には貸し切りだったこのコースでもこんなに人に出会うようになった。あと、ごく小さなアップダウン、あるいは平らな面と緩やかな斜面とが交互に現れる階段状の尾根のせいか、時折落葉樹林の背景に真っ白な三ノ丸が現れる。姿を見せるたびに少しずつ大きくなっている。13年前には、三ノ丸に背を向けていたので気づかなかった。これは、坂の谷コースにはない楽しみだ。
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 落葉樹林がさらに疎らになり、とうとう大雪原に出た。青空と白い雪原の2色のみ。素晴らしい光景だ。そのなだらかな雪原をまっすぐに登る。
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 赤い屋根の避難小屋のほか、東屋に展望櫓と3つの建造物があるのだが、なかなかそれが見えてこない。かなりじらされた挙句に、鳥取県若桜町側の東屋が見えた。5、6人の登山パーティの姿も見える。みなスノーシューだ。そしてピークに近い赤い避難小屋と、ピークの展望櫓も見えている。背後には東山、三室山など鳥取兵庫岡山の三県の境目をなす山々が見える。東山の右肩からは伯耆大山がのぞくがかなり霞んでいる。
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 標高1464mの三ノ丸に到着。さらに北側に氷ノ山本峰も見えているが、今日はここ前。距離は10㎞に達している。一人の登山者が休んでいる展望櫓にお邪魔する。先客はかんじきだ。たどってきた県境尾根の向こうに、前出の東山と三室山の間には去年登った「くらます」。その山頂東側のオープンバーンを滑った思い出がよみがえる。それらの奥には、後山も。
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 また、北西方向には青ヶ丸と仏ノ尾を従えた扇ノ山がなだらかな山容を見せている。北東には、蘇武岳と妙見山の山脈。その向こうの丹後の山も、さらに遥かな加賀白山も霞に完全に隠されている。
 伯耆大山を写真に収めたいのだが、霞で姿が薄く、強い日差しの反射もあってモニター画面で確認できない。とにかく、半分あてずっぽうでシャッターを切りまくる。帰宅してからPCで確認したら、なんと大山は霞に飲まれ見えていなかった。白い峰々は手前の山だった。撮影時にモニターで大山の姿が確認できなかったのは、そもそも見えていなかったのだ。
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 さて待望の滑降開始。ヘルメットにカメラをつけて、滑りだす。しかし、強い日差しを浴びた雪面は緩んでなかなか滑らない。歩くように滑って、勾配が増したところでターン開始。気持ちよく数回ターンしたところで、突然ブレーキがかかり、何とか踏みとどまろうとするも最後はトップが雪面に刺さって前方に吹っ飛ぶ。幸い無事だったが、こんなクラッシュをすると、体や道具を痛めてしまいそうだ。下界では、最高気温が20度を超える、4月下旬並みの陽気。春の風を通り越して、初夏のような乾いた温風を感じる。時折ブレーキがかかる雪の怖気づいてそのあとはスピードを抑えた滑り。
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 樹林帯に入るが、相変わらず板は走らない。緩い尾根なので、直滑降だ。時折尾根が広く緩やかになっているので方向を見失いそうになるが、板が走らないとはいえスキーなので登りよりはスピードが格段に速い。すぐに登りのトレースを探し出せる。もちろん、GPSレシーバーで登りのトレースから大きく外れていないことも確認できるので、不安はない。
 自由自在に雪面にシュプールを描きたいところだが、トレースをたどるほうが板が走る。緩んだ雪面はダートで、踏み固められたトレースは舗装路といった感じだ。また、ごく小さいけれど登り返した平坦区間があるのも、あまりお勧めではない。
 1182P、1073Pを越えて、大きめの鞍部に到着。家の谷林道に降りようと思っていたポイントだ。鞍部の手前、つまり北側に家の谷林道に向けて小さな枝尾根が伸びているが、その尾根の前後のどちらかの谷を行くのがよさそう。鞍部側からトライしてみるが谷が級で杉林も濃くて難儀する。杉にあきらめて、少し主稜線を戻り、枝尾根の北側へ。こちらの方が緩やかで杉林の中の腐った雪でもなんとか滑り降りることができる。すぐに林道が見えてきた。そこに人影が見える。今日初めて出会うスキーヤーだ。こちらの存在に気付いたのかどうかわからないが、すぐ歩いて行った。そして入れ替わるように私が林道に降り立つ。
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 勾配が緩く板が走らない林道を歩くように滑っていくと、すぐに先ほどのスキーヤーに追いついた。ここで少し立ち話をする。彼の板は、滑走面にシールが固定された「スキーシュー」というもの。下りでもシールをはがせないので、緩やかなくだりでは歩くことになる。今日は三ノ丸まで上がり、早めに家の谷側に降りこの林道を歩いて下山しているとのこと。話を聞いているとこの山域にはかなり詳しいようだ。私は、ステップソールの板で、今日はシールを持ってきていないことを告げると少し驚いていた。
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 彼と別れて、先に行く。戸倉峠からは勾配が出てくるので少し板が走るようになる。でも、時折歩き滑りとなる。本来ならスピードを抑えるコントロールが必要な道なのに。
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 ヘアピンカーブを越えて、16時10分、国道29号線に到着。もしかすると、登りですれ違ったスノーシュー登山者に追いつけるかと思ったのだが、今日の雪質では無理だった。しかし、スノーシューの人には長い行程だったことだろう。ヘアピンカーブにはショートカットできないかを確かめるためだと思われる、道路脇へ寄る足跡が見られた。
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 国道脇の駐車場に戻ると、入山者と思しきクルマは激減していたが、代わりにスノーボード遊びの若者たちのクルマが増えていた。のり面にジャンプ台を作って金網を飛び越えている。スノーボードと書いたが、ビンディングはなく板に足を乗せているだけ。今シーズン、スキー場で1度見たことがあるが、ジャンプをすれば当然板と体は離れ離れになる。一回のジャンプを愉しむ道具のようだ。いろいろな遊びがあるものだ。(上の写真右側はGIFアニメーション。クリックしてね。)
 帰り道、ばんしゅう戸倉スノーパークのゲレンデから離れた駐車場で帰り支度をするスキー客が見られた。17時近くになっているので、すでにクルマはまばらだが、今日は盛況だったようだ。
 帰路では北近畿豊岡自動車道を利用したが、八鹿氷ノ山I.C.から南向きは渋滞していた。国道9号線から交差点も、八鹿市街に向かう直進車線は混雑。I.C.に入線する右折車線は空いていた。動かぬ車列が見えているので自動車道は敬遠されているようだ。こちらは、北の日高神鍋高原に向かうのですいすいと事が運んだ。本線も北向きは、クルマはそれなりに多いものの、スムーズに流れていた。
 今日は、滑降を楽しむことはできなかった。雪のせいもあったがそれを差し引いても、県境尾根コースよりも下り一辺倒の坂の谷コースの方が下りではいいようだ。その反面、時々三ノ丸の雪原を見ながらの登りは楽しかった。また、坂の谷コースの序盤の坂の谷林道はその名の通り、谷底を行く道で暗くて不気味だ。ということは、登りに県境尾根、下りに坂の谷という周回がいいのかもしれない。

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2018/02/20

大江山連峰鍋塚から711P南東尾根へ

 丹後周辺では、この冬海沿いは大雪だが少し内陸に入ると案外雪が少ない。大江山連峰もさほど多いわけでもない。ただし寒波の波状攻撃が続いているため、ずっと雪に覆われてはいるが、絶対量はあまり多くない。
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 まあそれでも何とか滑れるだろうと、2週間ぶりに大江山に入山。千丈ヶ原にクルマを止めて鍋塚林道を歩き出す。しまった雪面にはスノーシューとスキーのトレースがありラッセルはない。トレースを外してもほんの数cm沈み込む程度。今日もシールは使わずステップソールで軽快に行く。だから蛇行区間のショートカットはせずにずっと林道を行く。
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 登っていくと鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽が見えてきた。鳩ヶ峰は真っ白で、前回滑るのを断念した東斜面が滑れそうに見える。でも、この山域にはあのあと劇的な大雪は降っていないし(京丹後市には降ったが)、また降雪から数日経っている。実際にその場に行ってみると質、量ともに不十分ではないか。まあそういうわけで、今日は久しぶりに鍋塚に登ることにする。
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 1時間半もかけて、鍋塚林道の終点に到着。主稜線に来たので、登ってきたのとは反対側の野田川流域の平野部が見下ろせる。雪が解けて茶色い田んぼが露出している。そして縦走路に「鍋塚まで1100メートル、鳩ヶ峰まで700メートル」の標が立っている。
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 鍋塚方面への取りつきは岩がごろごろした急な登りで、スキーでは雪が少ないと難儀する。下りはもっと大変だ。もちろん今日ここを下るつもりはない。予想通りの雪の少なさだ。少し登ったところで、鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽を見ながら休憩。腰を下ろしてパンを食べる。暑いのでアウターウェアを脱ぐ。もっと薄いアウターを着てくればよかった。
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 難所を越え、勾配が緩やかで歩きやすくなったかと思ったら、また急な岩の難所が何度か訪れる。それでも標高711mピークでなだらかとなる。下りはこのピークから南東に延びる尾根をたどる。
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 セブンイレブン(711P)から主稜線を緩やかに下って行くと、正面に鍋塚が見えてくる。向かって右、つまり東側は雪面に穴が開いて茶色の地肌(笹原)が見えている。まあその穴を避ければ滑ることには問題なさそうだ。
 標高差70mの鍋塚への登り。ジグザグに行く。
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 大江山連峰では千丈ヶ嶽に続く標高。頂上が平らな高原状の千丈ヶ嶽よりも展望がいい。連峰の北に位置しているので伊根湾などがよく見える。丹後半島の依遅ヶ尾山、金剛童子山、高山、鼓ヶ岳、磯砂山などよく見える。もちろん、航空管制棟を頂いた北に大笠山、南に鳩ヶ峰、千丈ヶ嶽、赤石ヶ岳の並ぶ大江山連峰も。ただし、遠くは霞んでいる。神鍋のゲレンデもはっきりしないし、粟鹿山や氷ノ山などは見えない。
 すぐ下の与謝野町の野田川流域は前述の通り田んぼが露出しているが、その北方の京丹後市の竹野川流域は一面真っ白。その景色の差は歴然。
 天気が良いので、山頂でものんびり過ごす。
 さて、いよいよ滑降だ。この頃は鍋塚に登ると東側の尾根を滑降することばかりだったが、今日は久しぶりに登ってきた南斜面を滑る。この斜面は新雪が積もってもすぐに劣化するが、その代わりザラメ狙いの斜面。今日などは絶好のザラメを滑ることができるんではないか。
 身の丈ほどの細かい立木が点在する登山道沿いと笹がのぞく雪の切れ目の間の平坦な雪面に飛び出す。いいよ、いいよ。適度な勾配、適度なザラメ。でも、調子に乗りすぎると目の前にクラック。雪の切れ目に近づくと、クラックがあったり、地面に接する雪が解けて落とし穴になっていたりするから、要注意。コントロールできる速度で滑らないと。
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 楽しい斜面はあっという間に滑り終えてしまう。鍋塚を振り返って自分のシュプールを眺め、滑りの余韻に浸る。
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 セブンイレブンPに登り返して、南東尾根へ。最初は勾配がそれなりにある。夏道があるので灌木は刈られているのだが、雪が悪くて難儀する。途中からは植林帯にエスケープしながらなんとか、尾根が平坦になるところに降り立った。ここには、鍋塚林道からダブルトラックが通じている。2週間前は、鍋塚林道からこちらに来たが、今日は逆に鍋塚林道へ。下り勾配なのですぐに鍋塚林道に到達。この後は、素直に林道を下ることにする。当初は、鳩ヶ峰の東尾根を降りようとか、それがだめなら林道をショートカットして、などと考えていたがどうも雪が少なくて苦労しそうだ。勾配が緩くて板が走らない林道は全く楽しくないが、その方が無難だろう。というわけで、無事下山。

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2018/02/07

大江山連峰鳩ヶ峰

 宮津市街から普甲峠を越える。峠には昨シーズンから閉鎖されてしまった大江山スキー場がある。小さなゲレンデには雪が積もり、スキーやスノーボードのシュプールが描かれているが、もし閉鎖されいない場合に営業できるかどうかは、微妙な雪の量だ。1週間ほど大寒波が居座った割には少ない雪の量。
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 大江町グリーンロッジから千丈ヶ原へ。雪道だが、除雪されている。昨シーズンからは除雪の限界点が、鍋塚林道の分岐点まで400m程延びた。
 その分岐点から鍋塚林道側にクルマが3台止まっている。その周辺には個人所有のロッジがいくつかあるため、登山者のクルマとロッジ所有者のクルマが混じっているようだ。分岐の反対側、鬼嶽稲荷神社方面にもロッジがあり、除雪がされている。ずっと向こうにクルマが止まっているようだ。
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 私は鍋塚林道側の駐車車両の並びの一番奥にクルマを止める。気になるのは路面を覆っている雪が深いこと。スコップで掘ってみると20cmくらいある。長時間止めているとクルマの重みでタイヤが沈んで腹が雪面についてしまい、動けなくなってしまう恐れがある。まあ、入山から下山まで、4時間ほどなら大丈夫だろう。
 支度を整えて鍋塚林道を歩き出す。前日、あるいは今日の午前中に何人もスノーシューで歩いた先行トレースが伸びている。まとまった降雪が途絶えて4日目なので、トレースを外しても十分に歩き易い。ということは滑りはあまり期待できないということになる。ステップソールでだいじょうだろう、とシールはクルマに置いてきた。青空から降り注ぐ日差しが心地いい。
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 いつもはショートカットする場面でも、今日はいい道ができているので林道を行く。ショートカットのトレースはスノーシュー1人前で、先人の大方は林道を辿っている。林道は全面雪に覆われ板を外す必要はない。日当りのよいところでは雪が切れている場合がある。
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 1時間と少しで鍋塚林道の終点に到着。縦走路のある大江山連峰の主稜線で小屋が建っている。その小屋の脇を通り、鳩ヶ峰を目指す。思いのほか雪が薄い。岩などのおうとつがそのまま表れ、登山道はボブスレーコースのような溝になっている。先行トレースはその溝をていねいに辿っているが、そんな窮屈なところを歩くのは嫌なので登山道を外しブッシュの薄いところを選んで登って行く。ステップソールが良く効いて歩き易い。
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 千丈ヶ原から2時間で鳩ヶ峰山頂へ到着。いつの間にか、空の大半が雲に覆われたが、眺めはまずまず。南に大江山の主峰千丈ヶ嶽、そして赤石岳。北には、鍋塚と大笠山。さらに北方、丹後半島方面には、わが町のシンボル金剛童子山、その北の依遅ヶ尾山がはっきり見える。水平線はやや霞んでいる。それらの手前には磯砂山が大きい。磯砂山と大江山連峰を分ける足元の野田川流域の平野部「加悦谷」は一面真っ白。
 他にも、高山や鼓ヶ岳、伊根湾、青葉山などおなじみの景色も眺める。西に目を向けると、奥神鍋に万場にかつての名色、神鍋高原のゲレンデが白く見える。その南には、氷ノ山。ここから氷ノ山を確認するのは初めてではないが、今までにないほど良く見える。氷ノ山国際スキー場のゲレンデや白くなだらかな三ノ丸の雪原も確認できる。さらに南には、粟鹿山。こちらは、山頂のアンテナ群もはっきり見える。
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 鍋塚の東尾根の南斜面のオープンバーンが白く輝いている。過去2度滑っているが、日当たり良好のため大雪の年でないとなかなか滑れない。それが今日は一面真っ白だ。
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 鍋塚の手前、標高711mピーク(勝手に「セブンイレブンP」と命名)の南西尾根の南斜面は、鍋塚東尾根南斜面よりは雪付きがいい。今日は鳩ヶ峰東斜面から東尾根へと滑り、途中で鍋塚林道を経由して711P南東尾根にトラバース、南斜面を滑ろう、と思いながら登ってきた。でも、斜面にまともに日差しを浴びているのが心配だ。
 展望を楽しみながらパンを食べて、さあ滑降準備だ。鳩ヶ峰東斜面へ。やや重いが何とか滑れる雪だ。しかし、問題は質より量。山頂直下のブッシュが少ないところはいいが、その下はただ立気をよけるだけであまり楽しくなさそう。早々に東尾根への格好をあきらめ、登ってきた縦走路へと戻る。正面には鍋塚。山頂からは真っ白に見えた鍋塚南東尾根南斜面も、今見ると少しブッシュが出ているようにも見える。今いる斜面の雪が少ないことからバイアスが働いているのかもしれないが、日差しで雪が急激にとけているのかも知れない。いずれにせよ、滑るには少ない雪だということだ。
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 せっかくなので山頂に上り返して、東斜面をもう一度。上りも下りも自由自在にいけるのがステップソールの強み。
 岩のでこぼこがまるでこぶ斜面のような縦走路、鳩ヶ峰北面を滑り小屋のある鍋塚林道終点へ。そのまま林道を下る。圧雪されたトレースで何とか板が走る程度の勾配。最初のヘアピンカーブを曲がらずに樹林帯へ飛び出す。鍋塚の南に位置する711Pの南東尾根へと向かう。杉林の日陰なので雪がいい。少し開けた斜面があったので、トラバースを止めて滑り降りてみる。すると下にダブルトラックが見えた。落差1mあまりのほぼ垂直の法面をずり落ちるようにダブルトラックに降り立つ。するとそこにはスキーのトレースがある。何のことはない、自分自身の登りのトレースで、鍋塚林道に戻ったのだ。つまり、林道をショートカットしたというわけだ。
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 しばらく林道を下り、次のヘアピンカーブの先端から711P南東尾根へと向かうダブルトラックが飛び出している。先程はこのダブルトラックの途中に降り立つつもりだったのだ。このダブルトラックは緩やかな登りだが、もちろんステップソールで快適に歩ける。
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 すぐに、711P南東尾根に到着。稜線には登山道が敷かれ、国定公園に指定されてから建てられた案内板がある。しばし稜線を行く。いつもは標高562m小ピークを越えたところから滑降するのだが、そこは日当たりの良い斜面。今日の雪の量では不安だ。その手前の谷あいの斜面に目が止まる。ここも一度だけ滑ったことがあるが、日陰でいい感じだ。直感的にそちらに吸い込まれる。
 どうやらその選択は正解だったようで、比較的雪質がいい状態で保存されていて、今日一番のすべりを楽しむことができた。
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 ただこの斜面の難点は後半、鍋塚林道の途中から千丈ヶ原へのシングルトラックに出会ってからだ。シングルトラックより下はブッシュが濃くて滑りにくい。シングルトラックは、沢が絡んでいて雪が切れていたり、動物よけのネットが張ってあったりして滑りにくい。ただし今日は、シングルトラックは程よい抵抗をかけてくれるいい雪に覆われていて快適に下れる。沢が横切る部分も何とか板を外さずにクリア。ネットもなかった。
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 そして開けた斜面に出た。稜線の562Pを越えた所から降りてくる斜面だ。千丈ヶ原の車道まで最後のひと滑り。が、やはり日差しを受けて雪が重いし、薄い。
 かつては、この斜面の下が除雪の限界点。今日は、車道に下りたら圧雪の上をスキーで歩き、最後は板を担いで鍋塚林道の分岐へ。
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 クルマは一台減っていたが、私のクルマ以外に2台がまだ止まっている。すぐ近くのロッジの煙突からは煙が出ているので、その中にいる人のクルマかも知れない。薪ストーブかな、いいなあ、楽しそう。今夜はここで泊まるのだろうか。去年、朝ここにきたときには、前夜から圧雪の上に駐車していたのだろうと思われるクルマが動けなくなってレッカー車を呼んでいた。救出作業を眺めながら、入山の準備を整えた。
 現時点ではまだ車輪は2.3cmほどしか沈んでいなくて脱出できたが、緩んでやわらかくなった雪で車輪が空回りしている。雪面には、すでに立ち去ったクルマの苦労のあとも見られる。勾配のある道路での縦列駐車で、上を向いて止めていたせいだ。縦列駐車では前進で出るのがいいのだが、滑りやすい路面での坂道発進となってしまう。
 帰路に就くわけだが400m程でストップ。かつての除雪限界点、鍋塚林道からのシングルトラックが下りてくる地点でスキー板を下ろす。ここから、鳩ヶ峰が見えるのだ。スキー板を雪に突き立てて鳩ヶ峰とのツーショットをとる。そしてズームアップして、鳩ヶ峰東面に描いたスキーのシュプールを撮影。これでようやく、本日の全日程完了、後は無事に家に帰るのみ。
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2018/02/01

碇高原で今シーズンのスキー登山始動

 道路状況がようやく安定してきた日曜日の午後、碇高原へ行ってみた。自宅から40分。雪がないときよりも時間がかかる。
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 思ったよりも雪は少なめ。珍しく先客のトレースあり。今朝のものか昨日のものか。牧場の作業道のダブルトラックは雪がしまってラッセルはほとんどなし。
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 1本目は笠山展望台まで登る。牧草がかなり露出していた。風でクラストしていた。雪が薄いのは風のせいもあるかも知れない。
 次の斜面は雪不足で断念。登りに使ったダブルトラックを滑り降りる。そして、さらに下の斜面へ。ここも雪は少ないが、周囲の木立が日よけ風除けになっているようで、雪の質、量ともに最も良い感じ。2本目は下の斜面だけ。そして、3本目は、手前の急斜面。これで最後のつもりだったが、楽しくて4本目もその急斜面へ。最大標高差130m程しかないが、繰り返し楽しむのがここの遊び方。ラッセルの時は、自分のトレースを活用できる。
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 帰り道に、鹿に遭遇。この山域では過去に余り見かけなかったのだが、実は数日前にも通勤中に見かけている。同じ山域と言っていい場所で。
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草津白根山噴火とロッテアライリゾート遭難

 丹後が寒波に襲われている最中、長野県北部に隣接する、群馬県の草津国際スキー場と新潟県のロッテアライリゾートで痛ましい事故が起こった。それぞれ亡くなられた方のご冥福をお祈りする。
 まずは、草津国際スキー場に程近い本白根山の噴火について。スキーヤーやスノーボーダーがいるコースに火山弾が降り注ぎ、着弾の衝撃で雪煙が上がる様子は、まるで戦場のような光景。2014年9月の御嶽山以来、人的被害の出る火山噴火となった。
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 個人的には2010年9月に草津温泉から志賀高原へ自転車で走り、白根山と本白根山の間を通っている。スキー登山で訪れた御嶽山といい、噴火に出会うかどうかは時の運ということだ。
 草津温泉では宿泊キャンセルが相次いでいるとのこと。「草津」という名を冠したものをひとからげ(一絡げ)短絡的な風評被害だ。大涌谷の噴火で箱根の温泉街の客が激減したり、福島第一原発から東京よりは慣れている岩手県の瓦礫の放射線量を心配したりするのと同じようなことだ。単純に今回の火口からの距離が草津の温泉街よりも近い、志賀高原の渋峠や横手山のスキー場でも訪れる客が減っているのだろうか。
 次に、新潟県妙高市(旧新井市)の「ロッテアライリゾート」のスキー客の遭難事故。スキー客がいつの間にかコースを外れ、雪の深さに行動不能となり一晩越せずに凍死、とのこと。遭難してしばらくの間携帯電話で連絡が取れ、雪洞を掘ってその中で過ごすように指示されたが、結局雪洞を掘ることができなかったようだ。
 ロッテアライリゾートは、スキーバブルの1990年代に開業し2006年に運営母体の経営破たんにより廃業したスキー場などを、今の会社が落札。今シーズンオープンしたスキー場等のレジャー施設だ。圧切等整備された一般的なスキーコースの周辺に雪崩管理ゾーンという林間コースが設置されている。「雪崩管理(アバランチコントロール)」とは、雪崩の危険がないかどうかを調査し不安定な雪はあらかじめ落としておく、こと。方法は、安全を確保しながらスキー等で滑って雪面をカットする(スキーカット)。新潟県にはこうした自己責任で自然の斜面、またはそれに近い斜面を滑ることを認め、愛好者を受け入れているスキー場が居つくかあるように見受けられる。しかし、こうした事故が起こるとだんだん厳しくなるわけで、とても残念である。
 この山域、アライリゾートのすぐ北に位置する粟立山で3年前の1月17日に山スノーボーダー2人が雪崩に流され、一人は埋没して死亡、もう一人は自力で脱出して雪洞で寒さをしのぎ翌日救出された。
 また、蒸し返して申し訳ないが、やはり三年前の正月明けの神楽ヶ峰でのスノーボーダー遭難事故を思い出す。多くのバックカントリースキー・スノーボード愛好者を受け入れている(私が訪れた時には登山届とセットでスキー場外のコースマップも用意されていた。今も?)かぐらスキー場のリフトを利用したもの。2000mの雪山で二晩を過ごし、3人とも救助されて生還、その日のうちに記者会見に応じたたことは、たくましい、そして素晴らしい(敢えてこう表現する)。もちろん、二晩とも雪洞を掘り、入り口をスノーボードで塞いでしのいだとのこと。
 やはり、雪洞を掘ってしのげるかどうかが大きく明暗を分けているようだ。訓練も必要だ。

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2018/01/18

久しぶりの低温と雪山捜索訓練そしてスキー動画

 1月10日頃から寒波がやってきた。北近畿、丹後半島およびその周辺でも雪が降るには降ったが、大した量ではなかった。家の前で25cm。新潟方面に雪雲が集中したため、こちらにはあまり配当されなかった。ただし、気温は低かった。特に、12日、13日には、豊岡や舞鶴では最低気温が氷点下4度ほど、福知山や和田山では氷点下6度くらいまで下がった。
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 透明な窓ガラスは全面凍り付いてすりガラスのようになり、開閉も困難になった。軒にはつららができた。池の水も凍った。30年くらい前のは毎年このくらい寒かったが、近年ここまで冷え込むのは珍しい。
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 13日の夕方、凍結により我が家の水道管が破裂してしまった。水道屋にヘルプの連絡をすると、すでに他の家からの依頼が3~4件入っているのですぐには向かえないとのこと。それでも待っているから来てくださいね、とお願いする。
 問題は水道の元栓。屋外の地面にメーターとコックが設置されているのだが、雪が積もっている。雪がそう深くないのが幸いだが、目印がない。かつては、祖父母が暮らす離れの玄関前でわかりやすかったが、もうその建物を壊してしまい更地となっている。スノーダンプで除雪してみる。歩いたりクルマを通すことができる用に雪を薄くできるものの、今は地面を露出させないといけない。スコップに切り替える。スコップを突き立てて捜索を試みる。「かちん」と硬いものにあたって、これかと思い掘り返すが地表付近の雪が凍てついているのだ。かつて建物があった範囲を想像し、さらに「元栓は離れや母屋に配管が分岐する手前にあるはずだから、本管より、つまり道路よりにあるはず」などいろいろ思い出しながらの作業。捜索を始めてすぐに日が暮れ、こちらに面した部屋の明かりをつけ、ポケットにLEDのバッテリーライトを入れての作業。幸い雪はほとんど降らなかったが、たまにあられが落ちてくる。
 捜索開始から1時間半、掘り返した地面を靴でこすってみると金属が擦れる音。LEDライトで照らすと、元栓の蓋だ。ついに発見。
 さらに1時間以上たって、水道屋さんがやってきた。とりあえず応急処置をしてもらい、水道が使えるようになった。
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 雪崩に埋没した仲間がビーコンを持っていなかった場合、プローブ(ゾンデ棒)を雪面に突き立てて捜索をするのだが、これは気の遠くなるような作業。埋没から15分以内に救出できるかどうかで、生存率が大きく変わってくる。ビーコンのあるなしが生死に直結する。改めて、ビーコンのない場合、プローブによる捜索の難しさを思い知らされる、水道の元栓捜索だった。
 それでは、この冬たくさん雪が降りますように、動画をお届けします。
https://youtu.be/3sbWhmgvmqE

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2017/12/31

アバランチナイトin大阪

 今年もこの季節がやってきた。日本雪崩ネットワーク(JAN)主催の雪崩事故防止啓発セミナー「アバランチナイト」。今回のお目当ては、2017年3月27日、栃木県の那須岳での高校山岳部の合同合宿中の8人が亡くなり重傷2人を含む40人が怪我をして、大きく報道された雪崩事故の話を聞くこと。
 いろいろあって途中の休憩中に会場に到着。前半は一般的な雪崩のお話で毎年大きく変わるものではない。後半に間に合えばいいのだ。
 後半は、数年前にさかのぼっての雪崩事故の概要、昨シーズンの調査報告などなど。那須岳の事故は最も時間を割いて報告された。JANのWebサイトにも調査報告は掲載されているのでここでは省略(ただし、2年以上前のものはすでに削除されている)。
 調査報告の後、演台に立つJAN理事、でがわあずさ氏のコメントは次のようなものであった。
 
 現場の地形、雪の安定性においても危険な状態へと進入していった。事故が起こったケースを切り取れば、「なぜ?」と首をかしげるような状況。ラッセル訓練を実施する判断を下したリーダーは事故の後相当に叩かれている。
 しかし、リーダーの判断力については十分にあったと考える。長年ある一つのことに関わり経験を積んだ者には、判断力が養われるものである。例えば、野球でもサッカーでもバスケットボールでも選手や指導者として長年続けていれば、その競技について「こういう場面ではこうすればいい」ということは身につく。山でもそう。実際、この雪崩事故の日も早朝に責任者で集合して那須岳の登頂を中止した。この判断は正しい。そして、スキー場のゲレンデ内での訓練をすることにした。これも正しい。そして、雪崩に巻き込まれる斜面にとりつく。はじめは恐る恐る。でも、リーダー格の指導者は今までにも雪が降り積もる中歩いた経験もあるはずで、このとき「案外いけるんじゃないか」と思った習慣があったのではなかろうか。もし、雪崩がなければ別に何でもなかったはず。いわゆる「誤った成功体験」。これは誰でもが経験していること。例えば、2013/11/23立山真砂岳での7人死亡の事故。地形・積雪状況ともに非常に危険であったわけだが、雪崩が起こる前にたくさんの人がスキー等で滑っていた。快適な滑走、いわゆる「誤った成功体験」が繰り返されていた。雪崩が起こらなければ、楽しい日であった。(ちなみに、この数日前11/16にも雪崩が心配される日があったが、その日は大丈夫だった。)

 「今日この場に集まっているみなさんは、リスクテイカー、危険な奴らです」と、講演台に立つ でがわ氏の我々への言葉は厳しい。一方で、雪崩事故を起こした当事者を批判することはない。その真意は、「雪山という非常に危険な場所へ出向くにあたり何よりも自分の命を守るためには、危険を認識しなければならない、ミスを犯した他者を批判することは何の意味も持たない」ということではないかと感じた。
 当事者への批判には、自分は違うという意識を伴っている。事故が起こった場面を切り取り「なぜあんな状況の時にあんな場所に出向き、あんな行動をとったのか、理解できない」という気持ちを含んでいるのだ。
 例えば、危険個所を短時間で通り抜けてしまう、ことがあるが、これは事故にあう確率を低めることはできるが、ゼロにはできない。事故の確率を減らすことは正しいが、そもそも危険な場所に自分から出向いていることを忘れてはならない。その場面で事故にあえば、「なぜあんな状況であんなところを」ということになる。「誤った成功体験」を繰り返しているだけなのかも知れない。
 「誰に責任があるのか、を考えていては見えてこないものもある」とも、でがわ氏。事故の責任について考えることは我々の役目ではない。むしろ「事故を起こした人も自分もやっていることは全く同じである」ということを認識する方が自分の身を守ることにつながる。そういうメッセージを感じた。
 ただし、でがわ氏は、那須岳の高校山岳部の引率教員に対し、あのようなコメントをしたのは、雪山の安全を参加者に訴える講演だったからだと思う。その現場で過去に雪崩が起こっていることも知らなかったし、(ゆるやかな)尾根筋だから雪崩は来ない、という判断も間違っていた。インターハイの夏山限定の登山競技に関してはベテランでも雪山に関してはまた別、ととらえた方がいいように思う。

 ところで、大阪までのアプローチは、篠山まで自動車で南下し、JR篠山口駅から電車に乗り換える、というもの。そのアプローチの道中、クルマがガラガラとディーゼルエンジンのような音をたてる。ずっとではなく断続的なものなのであまり気にしないでいたが、篠山口が近づくとだんだん頻繁に音がするようになった。オイルの警告ランプも点滅し始めたので、ボンネットを開けてオイルの点検をしてびっくり。かなりオイルが減っているではないか。帰りは深夜になるので、電車に乗る前に解決せねばならない。篠山口にオートバックスがあったので、オイル交換。すると、オイルがほとんどなくなっていた、とのこと。危ないところだった。
 漏れは見当たらないので、燃料と一緒に燃えている。オイルがなくなるとエンジンが焼きつき、場合によってはエンジン乗せ換えとなる。ひと月に一度、あるいは良く乗るようなら2週間に一度くらいはオイルの量を点検し、継ぎ足すように。こうきつくいわれた。おっしゃるとおり。
 実は、前にオイル交換したときもオイルの減りを指摘されていた。後日調べると、どうやら「オイル上がり」または「オイル下がり」が疑われる。いずれにせよエンジン内のピストンとシリンダが磨耗して隙間ができ、オイルが燃焼室に入り込んで燃えてしまう症状。最近のクルマでは、おおむね走行距離が10万kmを越えたら起こる症状らしい。
 我がプロボックスももうすぐ9年が経過し、19万kmに達しようとしている。当然、いきなり始まったのではなく、これまでからオイル交換の際にはオイルが減っていたのだろう。それが徐々に進行していき、危険な水準まで減るようになってきた、ということが推測される。このクルマも、もう余り先が長くない(あと2,3年か)と思われるので、オイルを追加補充しながら余命を過ごそうか。
 とりあえずクルマの不調は解決したので、大阪へ。そして、篠山口へは、終電より一つ前の電車で戻り、帰路に就く。オイルの警告ランプは点かず、もう変なエンジン音はしなくなった。念のため、西紀から三和(鼓峠・箱部峠)の県道・府道コースではなく、国道176号線で福知山へ。信号が多くいつもは避けるコースだが、24時間営業のコンビニも点在しているし、深夜は閉まっているが自動車関係の店やJR福知山線が近ければ翌朝の対応もできるというもの。結果的にはクルマで無事に帰ることができた。

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