2021/11/30

淀川・桂川をさかのぼり大阪から京都へ

 近年、晩夏から初秋の時期に走っているコース。暑い時期なのでアップダウンの少ないこのコースを、というわけ。今年は初秋の時期に比較的過ごしやすい日が続いたので、それなりにアップダウンのある山間コースを走っていた。そんな矢先に、自転車でクラッシュ。手負いとなってしまった。
 1週間が経過し、どうにか自転車に乗れるようになったので、9月下旬に決行。
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 園部まではクルマ。JR山陰本線で嵯峨嵐山駅へ。輪行袋は負傷していない左肩で担ぐ。今日の自転車はPLATINUM LIGHT8。小さくて軽いので輪行に有利。JR嵯峨嵐山駅から渡月橋を渡って阪急嵐山駅へ。再び、阪急電車で輪行。桂駅で大阪行きに乗り換え。15分ほど早く着く特急か、車内が空いていて座って移動できる準急か、迷うが、今日は特急を利用。淡路駅で下車。
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 下新庄駅近くの「地球規模で考えろ」のラーメンを食べるのも慣例となっているのだが、行ってみると店の前に10人ほどが並んでいる。以前も並んだことがあるのだが、その時は4,5人だった。今日はあきらめよう。
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 コンビニで昼食の弁当を買って、淀川へ。土手の上の道をしばらく走って、豊里大橋で左岸へ渡る。去年は右岸をさかのぼったので、今年は左岸。かわりばんこなのだ。淀川は、両岸に土手の上と河川敷に、基本的にクルマが通らない道が設けられている。土手の上を行けば、川の流れと市街地の両方を広く眺められて気分がいいのだが、車道や鉄道の橋によって道が寸断されている。そういう時は河川敷に降りて橋を潜り抜けなければならない。それが面倒なので結局河川敷を行くことになる。今日は初めから河川敷の道だ。
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 河川敷は、野球やサッカーのグラウンド、テニスコート、ゴルフ練習場、そして公園などとして利用されている。さらに、それらの施設の利用者のための駐車場や車道があるため、何度も車止めを越えなければならない。原動機付自転車や自動二輪車が車道の外に出ることを防ぐため、車止めはタイトなものとなっていて、自転車で越える場合も一度停止する必要がある。
 運動場のベンチに腰かけて、コンビニで買った弁当を食べる。
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 大阪市、守口市、寝屋川市、枚方市と行政区は変わっていくが、基本的に河川敷はずっと公園や運動場が続く。それらの施設が途切れると京都府との境。河川敷は、背の高いススキか葦の草原となる。土手の向こうに住宅街に覆われた小高い山が見える。鳩ヶ峰だ。向こう側の斜面には、石清水八幡宮がある。
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 京都府に入ると桂川、宇治川、木津川の三川合流地点。河川敷から土手の車道に乗り上げ、木津川御幸橋を渡る。合流する手前の。木津川と宇治川の間にある「さくらであい館」で小休止。このエリアも公園として整備されていて、その関連施設がさくらであい館。売店などがある。桂川木津川自転車道を走るサイクリストの利用も多い。
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 宇治川御幸橋を渡り、今度は宇治川と桂川に挟まれたエリアへ。そして桂川自転車道を行く。こちらは淀川沿いの道と比べて、道幅が狭い。自転車が多いと感じるのは、、その道幅のせいなのか、それとも絶対数が多いのか。のんびり走る実用車もいれば、高速走行のロードレーサーもいる。さらにランニングの人もいて注意が必要。
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 基本的に左岸の土手の上を行く自転車道だが、鴨川合流点を過ぎ、JR東海道本線・東海道新幹線をくぐると、河川敷へ。畑の中を行く区間もある。国道9号線の橋で右岸へと渡り、またも河川敷の畑の中を行く。そのあと土手へと上がり、車道と並走したり離れたりしながら嵐山へ。渡月橋を渡ってJR嵯峨嵐山駅から輪行。
 この日の走行は60kmほど。折畳小径車とは言えスポーツサイクルとしてのセッティングにしているので、ハンドルにも体重をかけた姿勢。つまり、腕、そして肩にも体重がかかる。痛めた右肩は、やはり痛くなったが、リタイアすることなく完走できた。

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代替ホイールを組みクラッシュからの復活へ

 前の記事の通り、クラッシュによりメインで使っているランドナーのフレームが再起不能となってしまった。それを含めて、ランドナーを4台所有している。大学生の時に自分で買ったユーラシアツーリングと、あと3代はそれぞれ譲り受けたもの。
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 残っている3台は、やはりどれも20年以上前のモデルで、メインバイクとして使うにはかなりくたびれている印象。ほかにはMTB、クロスバイク、ロードレーサー、折り畳み小径車も所有しているが、ツーリングに使うメインバイクとしてはやはりランドナーが勝る車種はない。新しいランドナー、ということも頭に浮かぶけれど、とりあえず保留としておく。
 前述のとおり、ランドナーを4台所有していて、ホイールも4セットある。できるだけ共有して、前輪2本と後輪3本にタイヤとチューブを装着して使用している。舗装路用のタイヤとダート用ブロックタイヤのホイールを区別していたり、リアの変則が7Sと5Sのランドナーが2台ずつだったりするので、そういう構成になっている。4セットのうち1セットはリムの幅が少し太くブレーキシューの調整が必要だったり、スポークが細く(14番)折れる心配があったりするので、これは使わない方がいい。それでも前輪が1本余っている。ただし、これはちょっと訳あり。ユーラシアツーリングと山口べニックスと、1980年代以前のランドナーで使用している5Sのボスフリーが装着された後輪とセットのもの。この5Sボスフリーの後輪が、原因不明の連続パンクに襲われたことがあった。しばらく使っていなかった自転車を復活させるとともに再び使用するようになったホイールだが、しばらくすると後輪がパンク。原因は不明。タイヤは無傷で、チューブのリム側に小さな穴が空いていた。チューブを交換しても10~20㎞走るとまたパンク。10km程度の散歩として走っていたので、1回おきにパンクするような状態。タイヤ内に何かが混入していたのだろうか。リムを雑巾で拭き、リムバンドやタイヤも新しいものに交換して何とか落ち着いた。これが2014年の夏。ところが、翌2015年の春、謎の連続パンクが再発。もう原因究明はあきらめ、空いている前輪のリムと交換した。双方のスポークを外し、リムを交換。初めてのホイール組み作業だった。これでパンクしなくなった。
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 というわけで、余っている前輪ホイールは、リムとスポークとハブがバラバラな状態。しかも、リムは連続パンクした後輪についていたいわくつきのもの。とにかくこれを再利用してみる。
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 ホイールを組むのは3回目。夏に、折畳小径車のハブの交換の時以来。でもやっぱり時間がかかる。休日の午後にやり始めたが日没で中断。翌日仕事から帰ってから、車庫の中で何とかくみ上げた。チューブとタイヤを装着しようと思ったが、このサイズのリムバンドがなかった。結局これを注文。作業再開は次の休日。ホイールの振れ取りは、自転車にホイールを装着し、ブレーキシューを目安にする。組んだ直後は、恐ろしいほどの振れがあるが、根気よくニップルを絞めたり緩めたりしていく。そしてリムバンド、チューブ、タイヤを装着し空気を入れる。そして、走ってみる。
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 この日は、15kmほど。パンクしなかった。さらにその後何回か乗車。100km近く走ってパンクはない。パンクしたのは後輪として使用していた場合であり、果汁の小さな前輪での使用なら大丈夫、ということか、それともタイヤ内に混入していた何かがもうなくなっているということか。とりあえず、もう一度振れを修正してこのまま乗り続けることにしよう。

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養父の山中でクラッシュしてVIGORE永眠

 9月下旬の休日、自転車で走りに出ようと思っていながら、クルマで出発したのは遅い午後。だらだら過ごしてずいぶん遅い出発になってしまった。家から1時間あまり。兵庫県養父市の大屋川沿いの県道6号線。十二所の集落のはずれの路肩のスペースにクルマを止める。もう夕方といっていい時間に差し掛かっている。
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 VIGOREオリジナルランドナーを自転車から降ろして出発準備。大屋川をさかのぼる形で県道6号線を進み、旧養父町から旧大屋町へ。樽見集落に差し掛かるあたりから県道をそれて上山の集落への登る道へ。県道をもう少しだけ旧大屋町の中心集落である大屋市場方面に進んでから、登るコースもある。樽見の大ザクラの近くを通る道だ。いずれを通ってもも上山集落の上部で、前述の道と合流する。今回のコースは上山集落を毎年秋にこのコースを走っていて、確か去年は大ザクラから登ったので、今年は手前のコースの順番。かわりばんこなのだ。大きく蛇行している大ザクラ側の道と違い、こちらは出だしが急勾配。細かいヘアピンカーブで標高を稼ぐ。そして上山集落。山村の中を登っていく。
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 毎年走っているので、時間は読める。距離約24km、標高差400mのショートコースだ。何とか日没前後に峠に到着し、あとは一気に下るだけ。どうにか残照の中、走り終えることができる。そういう目論見でいた。ライトも持っている。
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 目論見通り、日没を少し過ぎた18:20、養鶏場のある峠へ到着。分岐があり、直進するとそのまま稜線を登り見祓山に向けて登る道。過去、何度も迷い込んだが、今日はそれを左折、建屋川の谷へと下る。先ほど峠と書いたが、頂上部はなだらかな高原となっていて、養鶏場を過ぎると、今度は牛の畜舎と牧草地。この牧草地はシカの群れがいて、まるで鹿牧場のようなことが何度もあった。今日はシカではなくて牛の姿が見える。牛がいるとシカはいないようだ。
 牧草地を超えると一気に下りが始まる。さあ、真っ暗にならないうちに下ってゴールしたい。
 目の前に道路を横切る排水溝。蓋をするグレーチングに隙間が空いている。ちょうど自転車のホイールがすっぽり入る隙間。前輪が、そこに吸い込まれる。
 気づけば道を歩いて下っていた。自転車から外したGPSレシーバー、暗くなったら自転車に装着するライト、そして財布などの貴重品を持って。右肩が痛い。自転車は?記憶が飛んでいるようだ。引き返してみる。少し歩いたら路肩に自転車を発見。前輪のリムが割れ、タイヤもチューブも破れ、スポークもなんぼか切れたり、曲がったりしている。フロントフォークは大丈夫だろうか。いずれにせよ乗車不可能。自転車を路肩に移動し、必要なものを手に持って歩いて下った。記憶が飛んでいるのはわずか。そしてその間の判断も正しかったようだ。
 クルマを止めた地点まで、行程の半分12kmほど。下りなので自転車なら30分ほど。でも歩きだと2時間はかかるはず。そして、自転車を回収してから帰路に就くことになる。長くなるぞ。
 山間部はすぐに闇夜となり、自転車用のライト灯して歩く。クルマを止めた地点まで、2時間半ほどかかった。
 2,3日は、右肩周辺の傷みが激しくてつらかった。それでも徐々に回復し、半月ほどでほぼ普通の生活ができるようになった。
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 損傷した自転車の状態を見たのは3週間ほど後のことだった。リムが割れたホイールはもうダメ。変形して邪魔な泥除けも外す。別のホイールを装着して走ってみる。違和感がある。フロントフォークが曲がってしまったか。本体のフレームだった。ダウンチューブのハンドルポスト側の付け根がゆがんでいる。つまり、もうこの自転車には乗れない。
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 12年前にある人から譲り受けたランドナー。別のランドナーをメインとして使っていたため、数年は出番があまりなかったが、昨シーズンからメインバイクとして使っていた。京都の工房VIGOREで製作されたフレームを、やはり京都市内の自転車店「キヨセサイクル」で完成車とくみ上げられたオリジナルモデル。前のオーナーである知人が1996年ごろに購入。一度旅につかったものの、その後10年余り輪行袋の中で眠っていた。さらに私のもとに来てからの期間と合わせ、20年以上あまり乗られていない状態だった。おかげでフレームもパーツもまだ新品同様とまではいかないが、いい状態なのだった。そんな自転車が再起不能の状態になってしまい悔やまれる。

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2021/11/17

林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(3)林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り
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 三度目の道の駅「あゆの里 矢田川」。これまでの2回と違い、今回は左岸、つまり西側の山里をめぐる。これで矢田川シリーズはフィナーレ。まずは、矢田川に沿って県道4号線を下流に向かう。すぐに長瀬の集落。ここから山間へ向かう。林道本谷線。いきなり急登が始まるのは、毎回のこと。「倒木により通り抜けできません」との案内板があるが、まあ自転車なら何とかなるだろう。その先で、路面は舗装からダートに。
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 しばらく登るとトラックや重機が見えた。木の切り出し作業中だ。静かに脇を通り抜ける。路面が少しぬかるんでいる。太いタイヤのMTBでよかった。植林作業のおかげか、走路をふさぐ倒木は、切られている。
 植林作業区間を過ぎても、倒木は処理されている。また土砂崩れも起きているが、ふさがれているのは一部で、クルマが通り抜けられるだけの道幅は確保されている。軽自動車ならね。
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 このコースは、2007年以来14年ぶり2回目。ただし、前回とは逆回りの周回とした。その理由は、通行不可能である可能性がある林道本谷線を先に行くため。前回は、コース終盤のこの林道が土砂崩れでふさがれていた。その時は、自転車を担いで乗り越えたが、道路そのものが崩落していたらどうしようもない。来た道を延々と戻らねばならないところだった。
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 倒木も土砂崩れも、問題なくクリア。でも最後は路面にうっすら草が生え、まるで草原のようで走りにくかったが、どうにか舗装路にたどり着いた。あとは、ずっと県道だ。
 まずは県道257号線。少し下るとグラウンドとトイレがある。グラウンドも草原になっている。スタートは香美町だったが、こちらは新温泉町。
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 そこから久斗川の谷に降り立つとほんの数軒の集落があった。久斗山集落の端郷らしい。いくつかは廃屋のようだ。久斗川の流れに沿ってかなり下ると久斗山集落。こちらはバス停流所もある比較的大きめの集落。
 久斗山集落から県道549号線に乗り換え、小さな峠を越える。今はどちらも新温泉町内ではあるが、旧浜坂町からかつての温泉町へ
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 峠を越え下っていくと大熊集落。大きな寺の裏手から集落へ。三叉路を左へ。今度は県道550号線で熊谷川をさかのぼって伊角集落を抜ける。谷を埋め尽くす棚田を見ながら登る。5.6名の男性が稲刈り作業の休憩中。比較的若い。14年前も同じ時期にここを走ったが、記録を読めば「農作業をしているのは高齢者ばかり」とある。必ずしも親子とは限らないが、何らかの形で世代交代が進んだようだ。
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 棚田を抜け最後の峠を越える。峠の反対側に桧尾の集落。立派な建物だが、廃屋のようで一部損壊している。今回はそれを遠目に通り過ぎたが、前回は近くまで行って小学校の跡だということを確認していた。
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 そして矢田川に向けて本格的に下りが始まる。道がとても細い。クルマはすれ違えない。そして急坂で曲がりくねってスピードを出せない。このくだりの途中に新温泉町と香美町の境がある。矢田川の支流の谷底まで下って、味取集落で矢田川沿いへ突き当たる。橋を渡って県道4号線まで来たら、道の駅「あゆの里 矢田川」はすぐそこ。

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林道宮神山田線

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(2)林道宮神山田線
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 1週間ぶりの道の駅「あゆの里 矢田川」。駐車場に止まっている車中泊装備の軽ワンボックス、芝生エリアのテントとそのわきランドナーにはそれぞれ見覚えがある。事情はよく分からない。
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 先週と同じように、自転車で矢田川をさかのぼる。今日は、ダート走行に備えMTB。前回は川会集落から山間に入ったが、今日はその手前の高津集落から。集落を過ぎたところから、スイッチバックするように急坂が始まる。ぐいぐいと高度を稼いで、集落の頭越しに矢田川の流れ、そして対岸の数世帯の集落を見渡せる。その高津を過ぎると、延々山間の急こう配を登っていく。標高500mほどのところに、それまでの林間から一転、平らで開けた畑が広がる。小学校の校庭くらいはあるだろうか。その先が宮神の集落。矢田川沿いから標高差400mほど登ったことになる。
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 今日のコースは、22年前、14年前に続いて3回目。その時の記録文を読むと、2度とも「こんなところまで自転車で登ってくるなんて、大変だろうに」と女性から声をかけられている。それが同じ人かどうかはわからない。
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 標高が高く麓からの道のりの長い、この宮神や、前回訪れた小城は、冬の間は雪に閉ざされるとのこと。麓に子どもの世帯がある高齢者が住んでいた、ということだろう。ただしそれは以前の話。最後に訪れてから14年。今は人の気配はない。家は雪囲いがされたまま。そのうちの1軒の玄関には麓の集落名と連絡先電話番号、そして「しばらく留守にします」と記された張り紙。それでも、家の周りの小さな田んぼには、稲が育っていた。かつて声をかけてくれた女性は、どこかで元気に暮らしておられるだろうか。
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 宮神集落を過ぎてさらに登ると、舗装が終わりダートとなる。林道宮神山田線だ。いやダートと書いたが、荒れた舗装のような区間もみられる。ほとんどダートのようなものだが。
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 しばらく登りが続くが、そのうちピークに達し、下りとなる。林道は林間だが、木々の合間から南西の山々が見える。扇ノ山あたりが見えるようだが、稜線は雲に隠れている。山腹に集落が見える。あとでカシミール3Dで検証してみれば、春来ではないかと思われる。
 ブロックタイヤのランドナーで走る、ということも考えたが、今日はMTBとした。近年、荒れたダートの路面を走ることが多く、ランドナーではかなりてこずってしまう。より太いタイヤと、サスペンションの付いたフロントフォークがしっかり仕事をしてくれる。また、このダートは比較的整備がされていて、側溝はちゃんと水が流れるように掘られている。法面が崩れ側溝が埋まると、路面に水があふれてガレてしまう。
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 下っていくと、今度は北の景色が開ける。山々の向こうに日本海。香住あたりか。さらに下ると、さらに景色が開け港の防波堤が見えた。香住港だ。
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 どんどん下っていくと、前回小城からの下りで見た畑を、前回と反対側から見る形となり、そして山田川を渡って前回の道に合流。そして山田集落へ。ここからは、前回と同じ道。

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小城と山田渓谷

 9月に、兵庫県香美町村岡区の道の駅「あゆの里 矢田川」を起点として両岸の山間部にある集落をめぐるツーリングを行った。緊急事態宣言のさなかでありながら、人との接触はなく感染リスクの低い行動ということで、自粛もせず出歩いていた。ただ、ブログへのアップロードだけを自粛していた。緊急事態宣言も解除され、さらにずっと感染者数も落ち着いているので記録を上げていくことにする。

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(1)小城と山田渓谷
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 氷ノ山山系を水源とし、香美町内を南から北へ流れ日本海にそそぐ矢田川。香住区との境に近い村岡区内に、道の駅「あゆの里矢田川」がある。ここにクルマを止めて自転車(ランドナー)で走り出す。県道4号線で矢田川上流へ。両側に山が迫るが、谷は少し広がりがあり田園や集落がある区間が多いが、ごつごつとした岩にはさまれた狭い谷の区間がたまに現れる。
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 川会集落の手前から右岸の山間部へと入る道へ左折。いきなり急な登りが始まる。めったにクルマが通りそうにない曲がりくねった細い道だが、数台のクルマとすれ違う。電気、あるいは通信回線の工事の関連と思われる車両だ。そして急こう配の斜面に張り付く和佐父へ。山間部にありながら10世帯以上あると思われるまとまった集落。家並みを縫う道もヘアピンカーブでぐいぐい標高を上げていく。
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 集落を過ぎると、薄暗い道となる。やはり、集落があるところは、急勾配でも開けた土地。それ以外のほとんどは藪の中の道なのだ。
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 登っていくと、家建っていたと思われる平らな土地や休耕田と思われるやはり平坦な土地が見られる。この道を走るのは、1999年以来22年ぶり。あの時には、どんな状態だっただろう。残念ながら覚えていない。
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 矢田川の支流、和佐父川に沿った道だが、あるところで3つ股に分かれていた。分岐ではなく、すぐ先で一つに合流している。ただし、通行可能なのは真ん中で、山手の道はがけ崩れで埋まり、谷川は道そのものが崩壊している。災害で傷み、何度も付け替えられたようだ。
 標高600m余りのピークを越える。あまり展望はない。というか、ずっと山また山の風景だ。
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 下っていくと急斜面に一軒家。農家だ。もう少し先が、小城の集落だが、こうした集落から外れた家が点在していたことを思い出す。ただし、人が住んでいる気配がない。おそらく廃屋。たしか、22年前には人が住んでいたと思う。
 山田川の谷へと下っていく。そして、山田川沿いにしばらく下ると分岐があり、それが小城集落の入り口。前回は4,5世帯の集落を見学するため分岐から数百メートルの距離を登ったが、今日はよらずに下ってしまった。久しぶりに集落の様子を見ておけばよかった。
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 分岐から山田川を下る道は遣道258号線。ただし、県道とはいえ「悪路につき通行困難」の立て札。舗装はされているものの、狭く急勾配で曲がりくねり、落石が散らばる状態。道路わきを流れていた山田川は、いつの間にか数十メートル下を流れるようになり、小さな滝がいくつも見られる。山田渓谷だ。当然、落ちたら一巻の終わり。スピードを抑えていくしかない。
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 狭く曲がりくねった落石だらけの道をひたすら下っていく。かなり下って、対岸に畑が現れた。川の流れと道路との落差も小さくなっている。今いる道は右岸、つまり流れの東側だが、対岸から未舗装の道路が合流してきた。この道もかつて通った道だ。こちらも再訪したい。
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 そこから一下りで山田集落。産官から下ってたどり着くと、なかなか大きな人里と思えるくらいに家が並んでいる。20世帯は軽く超えているだろう。集落の中には、小学校の跡地がある。今は廃校だが、前回訪れた22年前にはまだ学校として存続していたのではないかと思う。しかし、山田集落から矢田川沿いの県道4号まで2km近くある山間の集落だ。かつてこの集落の山側のはずれで2,3匹サルが遊んでいた。そして集落の中では、女性2,3名が立ち話中。野生と人里の境界線といったところ。
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 県道4号線にまで来たら、矢田川の流れを横に見て道の駅「あゆの里 矢田川」へ。

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2021/08/15

四国徳島吉野川水系を巡る旅4

 帰宅してから、改めて「徳島県県土防災情報管理システム」のWebサイトで、時間通行止めの個所を確認した。8月13日の時点で、祖谷口からかずら橋、落合峠、棧敷峠を経て三加茂までに、9ヶ所の時間通行止め規制個所が挙がっていた。当日、現地でスマートフォンにより調べた時には落合集落から8番目の通行止め個所の間にもう一つ時間通行止めが示されていたような気がする。図の「?」で示したあたりである。ついつい10日余りも日が経って情報が更新されたのか、それとも私の勘違いか。現地で工事の痕跡すら見つけられなかったので、勘違いという可能性が高いようにも思われる。ただし、その次の地図の8番の規制箇所でも工事の痕跡すらなかった。しいて言えば、土砂崩れを回収した法面だが、それは完全に工事が終わっていた。
 結果的に、実際に通行止めによる停滞は星型で示した4番目の規制箇所のみで、しかも待ち時間は約10分。さらには、居合わせた自動2輪の方とお話をして過ごせた。
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費用
 道路通行料  3200円 (明石海峡大橋および大鳴門橋、往復)
 ガソリン代 約4100円 (走行距離、平均燃費、1Lあたりのガソリン代により算出した値)
 宿泊料    1700円 (本来は2800円だが、宿泊予約サイトのポイント利用による支払額)
 食費    約5100円
 土産    約1100円
  計    約16200円

 財布に現金12000円しかない中での旅立ちだったが、途中で足りなくなることはなかった。橋の通行料はETC、つまりクレジットカード払い。ガソリンは帰宅できる分しか道中で給油しなかったため。

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2021/08/14

四国徳島吉野川水系を巡る旅3

 新居屋集落で国道439号線、通称ヨサクに突き当たる。右は京柱峠を経て高知県へ。左は剣山。私は左へ。この先は京柱コースとの重複区間ではなくなるので、1991年8月のヨサク全線走破以来、30年ぶり2度目の道だ。
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 渓谷沿いを行きいくつかの集落を越え、京上へ。かつての東祖谷山村の中心とは思えないほど小ぢんまりした集落。道は相変わらず狭く、平坦な場所がほとんどない。国道439号線は、祖谷川を挟んだ対岸にバイパスができている。
 「徳島県立池田高等学校祖谷分校」の看板があった。谷へと階段を少し下った斜面に小さな校舎が見える。大きめの民家といってもいいくらいだ。人気がなくひっそりとしている。もう閉校なのだろうか。その割に、図書館とみられる部屋の窓には百科事典らしきシリーズの大型本が並べられているのが見える。帰宅してから調べてみると、祖谷分校は2005年に閉校となっていた。
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 集落を抜けると対岸を走っていた国道439号線バイパスが合流してきた。谷の向こう側の斜面に大きな校舎が見えた。東祖谷小学校だ。斜面に建っているのでいくつかの校舎が階段状に並んでいる。そして、それらは木造建築だ。さすが林業の村、と言いたいが完全な斜陽産業である。その校舎の背景の山の斜面に集落が見える。あれが落合集落か。
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 祖谷川に沿って国道439号線を遡り、小さな集落に差し掛かったところで、いよいよ落合峠への分岐が現れた。標高は約550m。落合峠まで1000m近くある。スイッチバックするように国道から分岐した細い道は、急激に高度を上げていく。やがて祖谷川の支流、鎖谷川を遡っていく。これから目指す落合峠へは、少し上流で祖谷川に合流する落合谷川を詰めるはずなのに。
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 やがてまたスイッチバックするように鋭角にカーブして斜面をトラバースする道は、鎖谷と落合谷に挟まれた尾根の末端の斜面に張り付いた落合集落を目指す。
 民家や駐車されたクルマ、そして道端に何か白い四足歩行の動物がたたずんでいる。犬か。いやヤギだ。首輪が見える。放し飼いにされているようだ。
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 山の斜面には山水が引かれた水くみ場。水の豊かな四国の山中によくある風景だ。
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 そしていよいよ落合集落に出た。標高差350m以上ある斜面集落の中段辺りをトラバースしていく。石段を組んで階段状の平地を作り、そこに畑や民家が並んでいる。また、祖谷川の谷を挟んだ向かいがの斜面にも集落が見える。さらに南側、祖谷川の谷の突き当りの山の左肩の鞍部は、京柱峠だと思われる。
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 私は、最初の分岐点から斜面に取り付いて道なりに来たわけだが、落合集落の中を登ってくるコース取りもよかったかもしれない。
 落合集落を過ぎて人気のない山中をしばらく進んだところで、小休止。行動食を摂る。時刻は、13:50。ずっと気になっているのは、時間通行止めの工事区間のこと。国道439号線の工事区間は、13時までの昼休みの間に通り抜けることができた。小便小僧の記念撮影の待ち時間にスマートフォンで「徳島県県土防災情報管理システム」のWebサイトにアクセスして調べてみたところ、落合集落から落合峠を経て三加茂に下るまでの間にも3か所もの時間通行止め区間があることが分かった。そのひとつ目、落合集落上部の工事区間を14時前の通行可能時間に通り抜けたいと思っていたのだが、どうやら間に合わないようだ。次の通行可能時間は50分後なので、ここで休憩を取っておくことにした。気温も降水確率も低い午前中に勝負、などと言っていたけれど、まったくそれを果たせなかった。
木々に覆われた山肌につけられた道は、木陰となって涼しい。標高790m。峠まであと700m余り。
 しかし、本当にこの先で工事をしているのだろうか。まったくその気配を感じない。落合集落では、観光客のものらしい軽自動車と、巡回中の軽自動車のパトカーに出会ったが、集落を過ぎたら全く人気がない。まあ、突然工事区間が現れる、ということも十分にあり得る話なのだが。
 再スタートを切る。相変わらず工事の気配はない。落合谷川の対岸からやってきた県道44号線に合流し、さらに登る。道の勾配が増し、蛇行が深くなる。GPSレシーバに表示されるトラックはなかなか伸びないが、その分標高の値は順調に増していく。木陰で涼しいのはいいが、アブがまとわりついて不快。顔の前をぶんぶん飛び回るほか、脚に止まって血を吸う。痛みを感じで叩き潰すが、もう手遅れ。明日からかゆみに襲われるのだ。
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 さらに気になるのは、道路の山側の路肩に延びている黒い管。水が流れる音が聞こえる。沢筋に水をためるタンクが置かれ、そこからこの管が伸びている。山小屋へ水源から水をひく管としてみかけるものだ。やはり水をひいているのか。
 水はその管を流れているので、側溝は干上がっている。ただし、その側溝は、法面から崩れ落ちた土砂で埋まっている箇所が多数。もしかすると、側溝の管理がなかなかできないのでこのような処理が施されているのかもしれない。
 右岸をトラバースしながら谷を詰めていき、左岸に渡ってから、谷の源頭部を反時計回りに巻いて峠に向かう。その左岸から右岸へ渡る手間で、正面に人工的な斜面が見えてきた。土砂崩れした斜面が固められ、滝のような勾配のコンクリートの水路が引かれている。高低差50mはあるんじゃなかろうか。その斜面を右往左往しながら道が昇っている。さあ、その斜面との格闘開始だ。
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 道路が九十九折れになったところでは集中して木々が伐採されるため土砂崩れが発生しやすい。麓から眺めた斜面の中腹やや下あたりをいったんトラバースして通り過ぎ、斜面の横顔を見てから、斜面の上部に出た。斜面越しに、先ほどいた道を真下に見下ろす。確かに高低差は50m以上あった。標高1200mをほどになり、峠まで約300m。
 落合集落のすぐ上の工事区間はおろか、その次の工事区間も通り過ぎたはずだが、相変わらず工事の気配はない。工事がされていないだけでなく、現場さえ見当たらないのだ。工事現場を通りたいわけではなく、むしろありがたいことなのだが。
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 右岸から左岸に渡ると、落合峠と思われる方向に、なだらかな稜線が見える。木々が生えていなくて、笹だろうか緑が敷き詰められている。しかし、高いなあ。あそこまで登らないといけないのかなあ。まあ、残りの標高差からするとそんな感じのような気もする。その土その稜線は見えなくなり、ただただ黙々とペダルを踏み続ける。
 周囲の稜線が低くなってきた。突如視界に道路以外の人工的なものが飛び込んできた。木で組まれた櫓のようなもの、石段、そして小さなたくさんの石仏と祠。その先の建物には、「落合峠避難小屋」という表札。とうとう来たぞ。
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 その先少し進んだら駐車場への分岐。先ほど見上げた木の生えていないなだらかな稜線が、今すぐそこにある。笹ではなく、草原だ。そして落合峠、標高1520m。16:15、到着。どこが午前中勝負だ。
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 峠にはワゴン車が1台停まっていた。峠は、矢筈山への登山口。ここからすぐ下に駐車場があり、歩行者なら短い階段ですぐに峠へ登れるのだが、峠に路上駐車する人がいる、とのことだった。ワゴン車の側面には、野外活動を推進する団体を思わせる名称が記されているが、あまりマナーや意識は高くないようだ。
 それはともかく絶景だ。いつしか空は雲に覆われ日差しは弱まったが、周囲の山々ははっきり見える。吹く風も心地いい。はるか南には、大きく三嶺がぼんやり見える。本当にぼんやりであるが。三嶺は剣山と尾根続きの1893mの山だ。この落合峠は、1849mの矢筈山から西に延びる稜線の鞍部にある。
 峠名が記された標柱と三嶺と自転車を入れ、ワゴン車が入らないように記念撮影。あとは標高差1500mの下りだ。と、走り出そうしたら、何やら法面の上の方でガサゴソ音がする。小石や砂が落ちるバラバラという音も。登山者ではない。どうやら、シカかカモシカのようで、立ち去る後ろ脚がかすかに見えた。
 さて下り。斜面をトラバースした後谷筋へ。深渕川の沢を見ながら下る。道は下り一辺倒ではなく、ほんの小さな登り返したがたまに現れる。
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 標高900mを切ったあたりで、建物がちらほら見える。深渕の集落だが人気はなく実際に人が澄んでいるのか廃村なのかはわからない。その先、左手に緑色の水をたたえた湖が見えた。そして道は緩く登り始める。道路わきの沢が前方からこちらに流れてくるので、棧敷峠への登りが始まったようだ。南の落合峠からの深淵川と北の棧敷峠からの沢が正面衝突で合流し、松尾川となって西に流れ下る。その松尾川をせき止める松尾川ダムによるダム湖が、先ほどの緑の湖面の湖だ。松尾川は、祖谷の山々を分けて流れ、祖谷口の少し上流で祖谷川へと注ぐ。不思議なのは、流れはそうしてつながっているのに、今いる道は、少なくとも地図を見る限り、松尾川ダムへとつながっていない。もちろん、松尾川を遡ってダムに至る道は存在しているのだが、ダム湖上流部のこちらの道へとつながっていないようなのだ。つまり、深淵集落へは、棧敷峠か落合峠のいずれかを越えないとたどり着けない。
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 初めは緩やかだった登りも、数軒の民家を過ぎて峠の手前でヘアピンカーブの急坂となった。標高差100m余りの登り返しがあることはわかっていたものの、やはり標高差1500の峠を越えた後の脚には答える。それに、2.5L用意していた飲料水を飲み干してしまった。落合峠の手前で、左脚のふくらはぎと右脚の太ももが軽く攣っている。休憩を繰り返してだましだまし来ているのだが、脱水症状が進むとペダルが踏めないくらいの状態になってしまう。あまり頑張らず、じわじわと行く。
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 再び標高1000mを越え、棧敷峠へ。三好市から東みよし町への市町境だ。峠の切通しを越えたところが突き当りで、左右に道が伸びている。三加茂に下るには、左。少し進んだところで、木々の合間から展望が広がる。はるかに吉野川とその手前の三加茂の市街地らしき平野部が見下ろせる。遠いなあ。まあ、まだ1000mの標高差を下るんだからね。
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 でも、そのあとは下り一辺倒。どんどん標高を下げていく。それと逆の相関関係で、気温と湿度が上がっていくことを肌で感じる。
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 標高600m辺りからしっかりと生活感のある集落が現れる。そしてまた放し飼いのヤギがいた。子ヤギが2頭、親かどうかわからないけど体の大きなヤギが1頭。そして、最後の時間通行止め区間を通過。もう17時を過ぎ、この日の工事は終わり翌朝まで通行可能となっているはずなので安心していたが、今日は工事が行われていないとのことだった。1週間分の工事のスケジュールも示されている。この先1週間は、明後日からの3日間のみ工事が行われるとのこと。
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 集落の間隔が狭まり、仕事帰りと思われるクルマとすれ違うようになった。そして、吉野川沿いの平野部へ。あくびが出た。そして急に蝉の声やタイヤが転がる音が大きくなった。気圧差は耳で感じる。
 そして暑い、ものすごく蒸し暑い。なんだこの湿度は。と思っていたら、ぽつぽつと雨が降ってきた。国道192号線を越えて、集落の中の細い道を抜ける。雨は徐々に大粒になる。もうゴールは目と鼻の先。いいぞ、降れ降れ。そして気温を下げてくれ。吉野川土手を駆け上がり、の河川敷「ぶぶるパークみかも」へ降りる。なんとまだグラウンドゴルフ場には高齢者がたくさんいるではないか。さすがに撤収中と見えるが、朝から夕方まで大盛況ではないか。まあ、同じ人たちがずっといたかどうかはわからないけど。
 18:00、ゴール。距離は104kmとなった。スタート・ゴールがコースの最低点で標高70m。最高点の落合峠が1520m。ちょうど10時間で走り切った。
 自転車をクルマに撤収。雨はあまり強くならなかったが、夕暮れと相まって少し涼しくなってきたようだ。クルマの中に少し飲み物を積んでいたが、気温40度の温室と化した車内で、ふろの湯のような温度になっている。国道に出てすぐのドラッグストアで久米たい飲み物を購入して、飲みながら帰路に就く。夕方の帰宅時間帯。列をなすクルマの中に混じって流れがいい国道192号線を東へ。徳島市に入る前に吉野川を左岸に渡らねばならない。結局徳島市直前の石井町で吉野川を渡る。橋を渡った上板町で、イオンを中心とするショッピングエリアに立ち寄る。その敷地内のうどん店で夕食だ。
 「とば作」という屋号のうどん店は、チェーン店らしいが、「はなまるうどん」や「丸亀製麺」のように本州でもよく見るものではないので、まあ四国に来て食べるだけの値打ちがあるとしておこう。でも、「元祖セルフうどん」とかかれているのがよくわからない。そんなに伝統のある店なの。
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 セルフサービス、つまり自分で麺の湯通しするのはかけうどん等で、私が注文したぶっかけうどんは店員がすべてやってくれる。昨日は、昼も夜もラーメンを食べたので、冷たくてあっさりしたうどんが胃にやさしい。帰宅後に調べてみた。とば作は徳島県のご当地チェーン店で、徳島のうどん店でセルフサービスを始めた元祖、ということだった。たしかに、讃岐うどんとは記されていなかった。
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 県道12号線で鳴門市が胃へ戻り、昨夜も買い物をした鳴門駅裏の商業施設でお土産を買って、大鳴門橋を渡る。もちろん、有料道路は橋だけの最低区間。淡路島は成り行きで西海岸を北上することになった。2月の淡路島一周の復習の続きができた。夜が更けてクルマが少ない。明石海峡大橋を渡ったら、北西に向かい、三木で国道175号線へ。三日月を見ながら、北上。帰宅は深夜になった。

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2021/08/13

四国徳島吉野川水系を巡る旅2

 4時半に目覚めた。5時にアラームをセットしていたが、音が鳴る前に目覚めた。静かに出発の支度を整えて部屋を出る。昨夜かった弁当を、エレベータホールに設置された電子レンジで温めて、部屋の鍵はフロントの投票箱のような返却ボックスに入れてクルマに乗り込む。まだ夜明け前。街はちょうど明るくなってきたところ。そして、まだ涼しい。
 まだ、寝静まった街を抜け、西へ。鳴門の市街地は小さく、すぐに郊外へ。県道12号線で吉野川の左岸をさかのぼる。朝日が昇り、バックミラーがまぶしく輝く。そして、通勤のクルマや長距離輸送のトラックなどと隊列を組んで走るようになる。この道は、1990年代に高知県大豊町の定福寺ユースホステルに通った道だ。四国八十八ヶ所の一番札所、霊山寺の門前を通過。人気のない駐車場にクルマを止めて山門を記念撮影する。何度も通っているが、脚を止めたのは初めてのこと。その後、二番札所の極楽寺、三番四番の案内板を見て進む。結構短い間隔で密集している。
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 どこかで吉野川を渡り、右岸の国道192号線に移動したい。でもせっかくなので、脇町までは左岸を行くことにする。脇町では、「道の駅 藍ランドうだつ」にクルマを止め、歩いてうだつの町並みへ。まだ早朝のため人が少なくていい。
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 クルマに戻り、朝温めた弁当を食べて再スタート。もう一息だ。
 吉野川を渡る。国道192号線は通勤のクルマが多いが、流れは良い。貞光を過ぎて三加茂で国道から河川敷へ。「ぶぶるパークみかも」、つまり町営のグラウンドなどの公園として整備されている。7時前だというのに、すでにグラウンドゴルフの高齢者が集まっている。
 私はグラウンドゴルフ場から離れたところにクルマを止めて、自転車を準備。今日は折畳小径車ではなく、パスハンター使用のランドナー。今日は本気の走りなのだ。
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 8:00、スタート。国道を避け、集落の中の狭い道を西に行く。しかし、その道は国道に吸収されてしまう。ここから西は山と川が迫った狭間に、国道192号線とJR徳島本線に占有されてしまう。こういうところは、対岸に平野が広がり、幹線以外の交通量が少ない道を選ぶことができる。川の蛇行が原因だ。吉野川は、大きく見れば阿波池田から徳島までは西から東へ直線的に流れているが、細かく見れば波線を描いている。流れの速いカーブの外側では浸食のため際まで川が迫り、逆に内側には土砂がたまり平野が形成される。しかし、川幅の大きい吉野川を渡るのが面倒でそのまま国道を進む。朝の通勤時間帯なので、クルマはほとんど途切れない。そして、国道を走らねばならない区間が長い。対岸に渡った方がよかった、と思うがもう橋を通り過ぎてしまった。クルマのストレスを感じながら走る。早く、山間部へ入り込みたい。
 旧三加茂町から旧井川町へ。現在でいうと東みよし町から三好市へ。今日はこの1市1町の中を巡るわけだが、三好市は四国4県最大の麺戦機を誇る自治体だそうだ。
 青空からさんさんと日差しが降り注ぐ。今日も暑くなりそうだ。いやもうすでに暑い。その代わり、雨の心配はなさそうだ。週間予報が発表された時点では、今日は朝から雨予報だった。それが午後に弱い雨が降る予報に変わり、前日くらいには夕方以降に弱い雨が降るかもしれないという程度に変わった。まあ、気温も降水確率も低い午前中が勝負のつもりだ。
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 井川の中心街に入りようやく国道から解放される。対岸からこちらの岸へと移ってきた徳島自動車道に並走する細い道へ。ただし、新参者である高速道路に与えられるのは山際の斜面であり、それに沿った道は当然アップダウンが続く。まあ、クルマのプレッシャーを受けて走るよりはいい。それに、集落より高い位置を走るので、吉野川を見下ろす景色がいい。
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 川沿いの平野が広くなり、家並みが広がってきた。旧池田町。三好市の中心街だ。そのまま市街地の裏山の山すそを通り抜けるつもりだったが、なんとなく街中へと降り立ってしまった。公園に差し掛かりトイレ休憩。その公園はJR阿波池田駅に隣接していた。駅舎の前に自転車を置いて記念撮影。輪行した自転車を組み立てたり、逆に輪行袋に収めたりする作業スペースが設けられていた。工具も貸してもらえるようだ。ただし、駅舎の出入り口からずいぶん端の方へと案内される。要するに、ほかの客の邪魔をしないでね、ということらしい。
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 そのあとも吉野川を遡るわけだが、国道走行をできるだけ避けるため、市街地の裏山を越える。しばし迷走してからちょっとした山越えとなる。苦労のかいあって国道に合流したのは、池田大橋の東詰めのすぐ手前。100mも走らなうちに、国道は池田大橋で対岸に行ってしまった。こちらは橋を渡らす、右岸の集落の中の道を行く。吉野川はほぼ直角に流れを変え、上流は南北方向となる。
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 右岸の道は県道269号線で、しばらくはセンターラインの引かれた道。そのうち道が細くなり、クルマのすれ違いに気を遣う道となる。まあクルマはほとんど通らないが。保育園らしき建物があるが、すでに閉園しているようだ。園庭の周囲に立ち入り禁止のロープが張られているのは、遊具の安全管理ができないからだろうか。すぐ先の小学校は新しくて立派な鉄筋コンクリートの校舎。三縄小学校だ。帰宅してから調べると、手前は三縄幼稚園の旧園舎で、現在は小学校の1室を幼稚園としているとのことだった。
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 その先に三差路があり、県道は吉野川沿いを離れ山間部へ。黒沢湿原(くろぞうしつげん)の案内板がある。ちょうどサギ草の時期だそうだが、そう気軽に立ち寄れるところではない。
 そのまま川沿いの道を行く。さらに細くなり、木々に覆われた道は涼しくて快適。木々の合間から見える吉野川は、池田の市街地までとは一転、岩場の中を流れる。そう上流は大歩危・小歩危なのだ。対岸の国道32号線は、大型車を含めてクルマがひっきりなしに行き交っている。それに比べてこちら側は平和そのもの。
 木々の中を行く道から、道は狭いもの道沿いに民家が建ち並ぶようになった。祖谷口が近いようだ。道は細く、両側に並ぶ建物のほとんどは、年季の入った木造建築。これから訪れる祖谷の集落を思い起こさせる。
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 祖谷口は、支流の祖谷川が吉野川に合流する所。対岸の国道32号線から分かれ、祖谷口橋を経てきた県道32号線に合流し、祖谷川を遡る。いよいよ深い深い祖谷の山並みへと分け入っていく。ここは既走の道。ただしこちら向きに走るの初めて。1990年代、高知県大豊町の定福寺ユースホステルから京柱峠を越えて徳島県の祖谷に降り立ち、この祖谷川沿いに祖谷口へと下り、小歩危、大歩危を経て定福寺へと戻るコースを4,5回走った。定福寺公認の京柱コースだ。約90km、標高差はおよそ1000mに達するなかなか厳しいコースを、私はいつも自分のランドナーで走ったが、ユースホステルの5段か6段変速のレンタサイクルで走るホステラーがたくさんいた。まあ当時のホステラーは二十歳前後の大学生が中心だった。ところが、90年代後半、京柱峠からの下りで転倒して前歯を折る事故が発生し、ユースホステルのレンタサイクルが廃止された。これにより、定福寺ユースホステルの名物コースは事実上サイクリストだけのものとなった。ただし、その前から厳しいコースにチャレンジする若者が減る傾向だったという。その後、定福寺の都合によるユースホステルの休館が続き、2002年、ユースホステルは閉館となった。夏の閉所記念パーティに参加し、その翌日に走っていら京柱コースを走っていない。2004年には、豊永から京柱峠までピストンしているのみ。そんな京柱コースを久しぶりに走ることも考えたが、新たなコースを走ることにした。約100km、標高差約1500mと京柱コースをしのぐ厳しいコースになってしまったというわけだ。
 祖谷口周辺の集落はすぐに終わり、道路の案内板には「祖谷のかずら橋」とか「剣山」という文字が表示されている。ただし、センターラインがひかれ、クルマが容易にすれ違える道幅は、四国の山中らしからぬ風景。私が頻繁に通っていたころから20年の歳月が過ぎる間に、随所で拡幅工事が行われたようだ。さらに先には、祖谷川の屈曲による深いカーブをショートカットするトンネルの掘削工事が行われていた。
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 道はじわじわと登っている。過去に走ったときは常に下り方向。京柱峠越えの大仕事を終えて、かずら橋で休憩した後の消化試合のような区間だった。今日はと言えば、この後の大仕事の前に、ジャブを撃ち込まれるように体に脚に緩やかにダメージを与えてくる。
 道は細くなった。木々に囲まれているので日差しがさえぎられて涼しい。だだ、時折、気になるものを目にする。時間通行止めを示す看板だ。山間部の1本道のため迂回路がなく、仮設道路を作る地形の余裕もない。そんな場合は、1時間のうち45~50分を工事のための通行止め、15~10分を通行可能とし、それを繰り返すのだ。今まで見た案内板には、「解除中」のマグネットシールが貼られていたが、そのうち捕まるのではないかと不安になる。
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 傍らを流れる祖谷川は基本的に透明感のある美しい清流だが、ダムで流れが滞っているところではやや緑に濁っている。そして、忘れたころに小さな集落が現れる。こうした集落が点在しているから工事区間が終日通行止めにならずに済むのだ。
 小さな集落を抜けたところで、ヘルメットに作業服姿で赤い旗を持った人に停止を求められた。この先時工事のため10:20まで通行止め、だそうだ。ああ、時間通行止めにつかまってしまった。ただ、時計を見るとただいま10:10。10分のロスで済むとはラッキー。でもこの先何度もこういう場面が重なると、大変なロスとなってしまう。
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 すぐ先の広い場所では、2台の自動二輪が開通待ちをしていた。ライダーは、夫婦と思われる中年の男女二人連れだ。見た覚えがある。どこかで追い越されたのだ。京都ナンバーなので、「私も京都府から来ました。丹後です」と声をかけると「私たちは京都府の南の端からです」と返される。自動二輪は、2台ともHONDAのレブル。オートバイの車種に疎い私でも知っている車種だった。私の所有するCD250Uは30年以上前に廃止となった車種で、当然専用のパーツはとっくに製造中止となっている中、このレブルのパーツが利用できることがある。例えば、クラッチレバーやクラッチケーブルはレブル用のもので代用している。また大型自動二輪企画のラインナップもある中で、250ccの軽二輪ということにも親しみが持てた。聞けば、自動二輪で四国を走るのは初めてとのこと。自動車とは景色が違うように感じられる、とのこと。2泊3日の最終日で、この後淡路島経由で帰るそうだ。ということは、国道439号線の見ノ越峠越えか。
 10分後、工事区間から工事車両が退避してきてそのあとで一般車両がやってきた。そして通行可能となる。片側交互通行らしい。後方からちょうどいいタイミングで自動二輪とクルマが数台やってきた。この時間通行止めのことを知っていたのかもしれない。地元車かどうかナンバーを確認するのを忘れていた。エンジンのついた車両をやり過ごし、最後尾で走り出す。工事区間をあっという間に通過。工事が休みの土日祝日なら終日通行可能なのだが、平日にはこういう心配がある。
 集落を見なくなり、深いV字の渓谷のはるか下に祖谷川の川面を見下ろすようになった。いよいよ本格的に祖谷溪だ。「祖谷渓展望台〇〇km」という案内板が見られるようになり、当面の目標が定まった。
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 到着した展望台の駐車場には先ほど追い越された1台のセダンが止まっていて、運転手が車内にいるようだ。数段の階段を登って展望台へ。駐車場から見えなかった渓谷が一望できる。誰もいないので景色を独り占めだ。ただし、それは途中の道路から木々の合間に見えた渓谷の景色とそう変わるものではない。階段数段など、渓谷のスケールから見れば些細なものだということだ。展望台には、東屋があり、その日陰のベンチに腰掛け行動食を摂る。
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 駐車場に降りて再スタート。セダンは先ほど走り去っていった。次の目標は、小便小僧だ。山襞をなぞるように屈曲する道を行く。はるか前方、渓谷を形成する山肌の中腹、今いる道の延長に建造物が見える。祖谷渓温泉だ。ここの売りは、祖谷川の河原に露天風呂まで上り下りするための専用のケーブルカー。初めて京柱コースを走った1991年3月にはこの露天風呂に入浴した。春先にぬるめの湯は、ちょっと寒かった。一緒に入った私と同い年のホステラーは、のちに20代の若さでユースホステルを開業。ユースホステルはやめたが、宿としてはまだ続けている。
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 山襞をなぞって進むと小便小僧だ。ガードレールの外側、深い渓谷に向かって構えた像が立っている。水は出ていない。3台の自動二輪が止まり、3人の男性が記念撮影中。少し離れたところで彼らの撮影が終わるのを待っていたら、軽自動車が止まり、若い女性2人組が記念撮影を始め、ちょうど撮影が終わりかけた男性3人組は押しのけられるように退散。たくましいね。それに記念撮影を終えても小便小僧の側に佇んでだらだらおしゃべりをしている。
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 やっと女性がいなくなったところで、記念撮影。いやあ、約20年ぶりの再会だね。私と同じく、女性2人組が立ち退くのを待ちわびていた、自動二輪の男性3人組がドローンを飛ばした。空中から深い渓谷を見下ろすダイナミックな映像を見て、おおーっ、と歓声を上げている。
 小便小僧から少し進み、祖谷溪温泉の一軒宿を通過。そして旧西祖谷山村エリアに入る。これまでは旧池田町だった。ただし、声が聞こえそうなほど近いけど、深い渓谷に隔てられた対岸はだいぶ手前から旧西祖谷山村。だがそれも過去の話。今はすべて三好市である。
 引き続き深い渓谷の中腹を行くが、それまでの登り基調が下り基調へと変わる。そしてちらほら集落が現れるようになる。そして、比較的大きな集落が見えてきた。西祖谷山村の中心集落、一宇だ。道の駅もあるし、祖谷山トンネルを経由して大歩危峡にワープできる道への分岐点もある。前述の京柱コースは、この祖谷山トンネル、当時は祖谷渓有料道路、を経由してショートカットが許されていた。これにより距離は約20km短縮できるが、標高差200m余りのアップダウンが加わる。30年前私が初めて走った時には、7,8人で定福寺をスタートしたが、多くはこのショートカットコースを選び、90kmのフルコースを走ったのが、私とのちに宿を開業するホステラーの2人だけだった。ちなみに、私以外はみなレンタサイクルだった。また、私は基本的に90kmのフルコースを走っているが、1度だけ祖谷渓有料道路を通ったことがある。ただその時も、小便小僧に挨拶してから一宇に引き返したので、距離は10kmしか短縮されず、アップダウンが加わって、むしろハードなものとなった。
 集落の中にこの路線の時間通行止めの案内板があった。平日に必ず毎日工事が行われるわけではないようで、いくつかは規制解除だそうだ。しかし、これから向かう道筋に2.3か所、本日通行止め実施中というものもある。ただ、11時過ぎから13時ごろまでは、工事の昼休み。現在正午前。あと1時間余りでできるだけ工事区間をクリアしてしまいたい。すぐにスタート。
 その先も集落がちらほら現れる。集落な中を行くこともあれば、はるか頭上の斜面に張り付く集落もある。そして、いよいよ祖谷渓最大の観光スポット、かずら橋が近づいてきた。集落の手前から、かずら橋方面への新しく広い道が分岐している。20年前にはなかった道だ。狭い集落の中へ観光客のクルマが入り込まないようにするものだろう対岸からかずら橋に到達するようだ。自転車の私はそのまま集落の中を行く。無機質な新しい道路より、集落の中の方が風情がある。
 集落を行くと、見覚えのあるかずら橋入り口の分岐がある。祖谷渓温泉や小便小僧のあたりのような100mの標高差はないものの、谷底まで40mを下る。先を急ぐため、素通りすることも考えたが、やはりここでそれは許されない。
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 かずら橋とは、その名の通りかずらのつるで組まれた吊り橋だが、これは観光施設、安全のためちゃんと金属のワイヤーで補強されている。そして有料。初めて京柱コースを通った時には、7.8人でわいわいがやがやと渡った。怖がりの人がいたので、楽しかった。今日は、並行するコンクリートの端から眺める。橋を渡る人のほか、周辺で水遊びをする人々でにぎわっている。本来なら絶好の休憩スポットだが、今日は先を急がねばならない。
 さあ、登り返して再スタート。旧西祖谷山村から旧東祖谷山村へ。狭い谷に狭い道。点在する小さな集落。祖谷の雰囲気を20年ぶりに満喫する。

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2021/08/11

続PLATINUM LIGHT8のリアスプロケット交換

 リアホイールのハブを交換し、クイックリリース化した。それに伴い、ボスフリーからカセットスプロケットへの交換を行い、ローギアを28Tから34Tへとギア比を広げた。ところが、34Tのローギアにシフトするとチェーンとフレームが干渉してカラカラと音を立てる。34Tが必要なのは特別な坂道で、普段使いはもっと小さな歯数のスプロケットに使用。と、ここまでが前回のお話。
 しかし、ロー32Tのスプロケットに交換してもカラカラと音がする。さらに、もともとのローギアと同じ28Tでもカラカラ。干渉の原因は、ローギアが大きくなった縦方向の要因だけでなく、7Sから8Sへとギアの枚数を増やしたことによる横方向の要因もあるようだ。
 スプロケットを8Sから7Sに戻すことにした。7S、ロー34Tのスプロケットは、トップギアが13Tになってしまうデメリットがあった。でも、この解決法は簡単なことだった。シマノのスプロケットカセットは、トップギアの1枚だけ分離している。だから、ほかのスプロケットカセットに組み合わされている、11Tのトップギアを使えばいいのだ。もちろん、トップギアだけでなく、すべてのギアを分解して組みなおすこともできるのがスプロケットカセットだが、
 ただし問題は、ハブが8S用のもの。7Sのスプロケットカセットを装着すると、ギア1枚分の遊びができてスプロケットが固定できない。ロックリングが締まらない。この隙間を埋めるスペーサか何かないのか、と思ったら、あった。厚みが1㎜、1.5㎜、2㎜の3枚セットで1500円弱。なんかコストパフォーマンスがよくない製品という気もするが、ネットで注文。数日で届いた。
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   8S用のハブに7Sのスプロケットカセットを装着するには、2㎜のスペーサーが2枚必要とのことだが、割高商品を2つも買うつもりはない。3枚セットのうちの2㎜と1㎜のものに、どれかのスプロケットカセットについていた厚さ1㎜のスペーサーを組み合わせれば、4㎜のスペーサー完成だ。
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 ところがまたちょっとした壁にぶち当たる。11Tのトップギアがどうもきちっとフィットしない感じ。よく見ると、セカンドギア側のトップギアと合わさる面にまるで五徳のような3つの突起があるではないか。13Tのトップギアはそれを見越してピッチを決めるスペーサー部分が少し薄くなっている。他のスプロケットにはこのような加工をされていないのに、なぜ。
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 このままではピッチが合わないので、削るしかない。どっちを削ろうか考えた末、セカンドギアの突起を削るのではなく、トップギアを削ることにした。突起が当たる部分に切れ込みを入れるだけでいい。草刈り機の歯を研ぐグラインダーの出番だ。
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 ようやくスプロケットを装着し、ローギアとスポークの間にチェーンが落ちないように、リアディレイラーのアジャスタボルトを締めて、試乗。変速は問題なくできたが、やはりローギアにシフトするとカラカラと干渉音が聞こえる。でも、当たりは弱くなった感じ。まあもういいだろう。11-34Tのワイドレシオ達成だ。
 また、ロー側から2枚目のギアが29Tで、もともとのローギア28Tよりも大きい。だから大概の登り坂は、この29Tでクリアできる。34Tのローギアは伝家の宝刀として最後まで温存できる。
 シフトレバーも7Sのものに戻したいが、疲れたからまた今度にしよう。

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