2018/12/03

湖北の晩秋~紅葉の巨木と業平の里と漁村~

 京都市内のランドナー専門店「アイズバイシクル」主催のツーリングイベントが、雨で流れてしまった。数日後、TVのニュース番組で、紅葉したメタセコイアの並木からの中継。先のツーリングで走る予定だった道だ。場所は滋賀県の北部高島市のマキノ。次のこうしたツーリング企画は来春とのこと。どこを走るかはわからない。今回のコースだとしても、紅葉は今しか見られない。というわけで、一人で走ってきた。
 丹後半島から若狭湾に沿って東へ進み、上中の熊川宿を経由して、近江今津へ。途中自衛隊の演習場のそばを通る。誤って敷地外へ着弾して話題になったところだ。
 クルマで2時間半とちょっと。丹後から一番近い琵琶湖。到着は昼。まずは近江ちゃんぽんで腹ごしらえ。朝のうちは時雨模様だったが、何とか小降りになってくれた。
 今津からマキノに北上し、かつての町役場、現在の高島市の支庁がある中心街の東のはずれマキノグラウンドにクルマを止める。たどり着くのにちょっと迷走。湖北バイパスを経由すれば、盛土による高架区間が終った先左折すれば直ぐなのだが、湖畔にある「ちゃんぽん亭」から湖岸近くを走ってきたせいだ。マキノグラウンドはその名の通り運動公園で、図書館も隣接している。
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 赤く色づいたモミジに囲まれた駐車場で自転車を準備する。自転車はクロスバイク。雨はほぼ止んだが、路面は濡れている。ランドナーの方がよかったな、と思いながら簡易泥よけを装着する。簡易泥よけで体への泥撥ねは防げるが、フレームは汚れる。やはり、ランドナーに装着されているようなしっかりした泥よけがいい。
 自転車にまたがり走り出す。田んぼの向こうにメタセコイアの並木が見えている。
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 マキノの中心集落を抜けメタセコイア並木に近づくと、突然クルマが増える。クルマだけでなく、自動二輪も。そして、並木に差し掛かると人がうじゃうじゃいる。道は狭く、並木の外側に遊歩道が設けられているが、多くの人は車道の脇の路側帯を歩いている。中には、写真撮影のため道の中央に長時間佇んでいる人、そしてその人たちにクラクションを浴びせるクルマ。関西人らしい。
 道の両側に高くそびえるメタセコイアの木々は、褐色に色づいた葉を付けている。まだ紅葉の始まりで、落葉は少ない。回復基調の空からは日が射して、木漏れ日の並木道だ。木々、あるいは枝や葉の密度にも濃い薄いがあるようで、薄暗くトンネルを行くような区間もある。
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 並木道は2kmを越える。見物するには自転車が有効だ。クルマで走りぬけるだけでは、味気なく見物したうちには入らない。並木の途中の観光施設や周辺の駐車場にクルマを置いて歩くにはちょっと長い。片道ならいいくらいだが、往復だと5km近くになる。ちょうど丹後の天橋立の松並木、つまり砂嘴区間も同じくらいの長さだが、天橋立は観光船もあり往路と復路に変化をつけることができる。それでも、誰もが全線通して歩くわけではない。当然メタセコイア並木も、駐車場の近くで観光客の密度が高く、離れるにしたがって疎らになる。要するに、人がうじゃうじゃいる状態でしか並木を見物していない人が多いのだ。
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 自転車で通り抜ければ、人が少なく静かな区間も味わえる。それに並木の表情そのものにも変化があるので走っていて退屈しない。クルマよりも、自動二輪よりも表情の変化がよく見える。そして、いつでも自転車を止めてじっくり眺めたり写真撮影したりできる。並木の外側は栗園でそちらから見る並木もいい感じだ。なのに、並木道で見かけた自転車は本の数台、数えるのに片手で足りる。その中の1人は、自転車を押して歩いていた。本当はそうやってところどころで歩いてじっくり見物するのがいいのだけれど、私の場合は何度か停車したけれども基本的には走り抜けてしまった。
 並木が終ると湖北の山並みが目に入る。その直ぐ先がマキノスキー場。雪はまだ一切積もっておらず、駐車場を自由に利用してよい、と記されているが止まっているクルマを数えるのにも、やはり片手で足りる。並木までの200mを歩くより、人がうじゃうじゃいる施設の駐車場に空きを探す方がいいらしい。
 このメタセコイア並木が有名になったきっかけは、韓国のドラマ「冬のソナタ」とのこと。オープニングを含めた各場面に登場する並木と似ているらしい。私自身は「冬のソナタ」に全く興味がなかったのだが、それが日本で社会現象になったのとちょうど同じ頃、とあるテレマークスキー関連の映像の中にメタセコイア並木が登場していた。おそらくマキノスキー場の帰り道のクルマの車窓風景を撮影したものだろう。
 さらにそのもう少し前、1999年5月に、私自身この並木道をクルマで走っている。静岡県の山間部を自転車で走るために訪れた帰り道、マキノに寄り道したのだ。丹後と東海地方とを結ぶ最短ルートは湖北を経由するのだ。しかし、新緑に覆われていたはずのメタセコイア並木の記憶は一切ない。静岡の茶畑の緑はしっかり焼きついているのに。
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 白谷からは八王子川の谷を遡る。用水路の流れる木造の建物の集落を過ぎると、赤や黄色が鮮やかな木々に囲まれた別荘地。そして、19年前の初夏、長いドライブの気分転換に訪れた温泉入浴施設の脇を過ぎる。さあ標高差300mの登りの始まりだ。先日雨で流れたツーリングの計画にはない区間だ。そのツーリングはタンデム自転車、つまり二人で漕ぐ二人乗り自転車を中心としたものなので、アップダウンを少なめに計画されている。
 メタセコイアの並木道の県道283号線とはうって変わってほとんどクルマが通らない。その県道533号線は、別荘やペンションが立ち並ぶ区間を過ぎると、山間部の景色に変わる。色づいた山と八王子川の流れを見ながら上る。
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 進行方向が北から東に変わりしばらく登ると勾配が緩くなり、谷が開け田園が広がる。直ぐに集落が現れた。在原だ。何も調べずに来たのだが、集落内の案内板を読むと平安時代の歌人、在原業平ゆかりの地で、その墓もあるらしい。いずれにせよのどかな山里だ。元々、淡い秋の日差しが、西に傾いてさらに弱く照らしている。葉を落とし実だけをつけた柿の木が、茅葺屋根の民家が、風に揺れるススキの穂が、静かな静かな里の秋を演出している。
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 集落を抜けたところに、在原業平の墓、の案内板があった。県道から北側の山手に向かい、数段の棚田を抜け、山林に少し入ったところに小さな塔があった。これが墓らしい。
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 さらに東へ進むと、峠だ。地図には峠名は出ていない。標高は430m程。峠の向こう側は知内川の谷で、標高差200m以上を一気に下る。その谷底を走る国道161号線を走るクルマの音が聞こえる。その国道を通ってマキノの中心街へ戻ることもできるのだが、大型トラックの割合が高いクルマの爆走道路を走る気にはならない。引き返すのだ。それでも、その谷を見下ろす景色を求めて少し知内川方面に下って見る。木々に阻まれ展望が開けた場所はない。辛うじて、対岸の斜面の雪崩防止柵や電信柱の頂上が見える場所で写真を撮って峠へ登り返す。
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 ここまで指切りグローブで来たが、防寒のフリース手袋に交換して来た道を下る。標高差300mを一気に駆け下りる。途中で、一台の自転車とすれ違う。折畳小径車「ブロンプトン」だ。確か、メタセコイア並木でも見かけたぞ。ブロンプトンは折り畳むと非常にコンパクトになるが、反面走行性能は高くない。この坂道はかなりきついはずだ。がんばるなぁ。
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 白谷まで下り、クルマがそこそこ通る県道283号線を渡って、農道へ。そして、知内川へ。在原の峠から見下ろした谷底を流れる知内川の少し下流というわけだ。動物除けのゲートを抜け、端を渡って川沿いの道へ。自転車歩行者専用道路として整備されている。東に向かって川を遡る。とはいえ、緩やかで登りというほどのものではない。少し狭まった谷が開け広大な田んぼとなる。国道161号線の追坂峠かわすように知内川は左にカーブし、国道に沿って北上して行く。在原の峠から見下ろした谷へと続いていくわけだ。私は川沿いを離れ追坂峠へ。といっても登りらしい登りはない。
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 峠からは琵琶湖に急降下だ。センターラインの向こう側には登坂車線がある。クルマの爆走国道ルートだが、短いし、しかも急な直線の下りなので一気に通り抜けられる。ここがタンデム自転車のツーリングコースに組み入れられている。登りでないとはいえ、下りも要注意だ。一人乗りの自転車と同じブレーキで、ライダー二人分の体重とその分増量したフレームを含めた車体重量をコントロールしないといけない。
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 下りきったら国道を離れ、海津の湖岸に出る。少し海津大崎に向かって走ってみる。現在、少し先のトンネルが通行止。そのせいかクルマが少ない。サルの群れが道を占拠している。夕陽が湖を照らし、きらきら輝いている。通行止の手前で折り返し海津に戻る。
 海津の集落の中の道が工事で通行止。国道をできるだけ走りたくないので、集落の中の路地を迷走。木造の風情ある家並みだ。ここは漁村で、船着場のある運河のようなものもあった。
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 結局、少し国道を走る。路肩は狭く、クルマは多く、1kmにも満たないがストレスのかかる路線だ。西浜で国道を離れ湖岸へ。知内川の河口からは左岸の堤防の上を行く。この堤防の上も自転車歩行車道として整備されているが、実はそれは対岸の堤防。でも、その名目のつかないこちら側も同じように整備されて走りやすい。国道161号線は高架橋の下をくぐり、マキノグラウンドの直ぐ近くの橋のたもとに到着。橋を渡ればゴールだ。ちょうど日没。
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 自転車をクルマに収め、17時ちょうど、帰路に着く。
 11月下旬、13:35~16:45、37km

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2018/11/25

小春日和は二輪日和

 11月10日の土曜日、18日の日曜日は舞鶴で勤務。バイクの日の8月19日以来、2ヶ月ぶりに自動二輪車CD250Uで行く。9月にも10月にも舞鶴でのお仕事はあったのだが、ずっと天気が悪かった。
 10日は、午後の勤務。気温の高い時間帯の走行。小春日和で、海沿いの道を行き交う自動二輪車は多い。この夏から秋にかけてたくさんの台風が日本を襲ったものの、日本海側にはあまり被害をもたらさなかった(その前の梅雨前線ではひどい目にあったが)。でも、最後の最後、9月末の台風24号の被害で、内陸の交通量の少ない道が通行止め。奈具海岸、由良海岸を通る。家に帰ったら、自転車で一走り。、
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 18日は、午前勤務なので往路の50km、寒い1時間を過ごした。由良川では水上スキー。あっちも寒いと思う。そのあとは、一週間前ほどではないが、気温が上がり復路はグローブを薄い物に交換。宮津で友人の喫茶店に寄り道していたら、曇ってきて日差しが陰りまた厚手のグローブ。家の手前でコウノトリに遭遇。
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 この日も、帰宅したら自転車に乗る。やはり自転車は暖かい。
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 勤労感謝の日には、びわ湖の北部を舞台にしたツーリング企画に参加予定だったが、時雨模様でキャンセル。静かに過ごす三連休だっ
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2018/11/05

コウノトリに会いに~出石・豊岡探鳥ツーリング~(2018アイズラリー)

 京都市内のオーダーメイドのランドナー専門自転車店「アイズバイシクル(I's BICYCLE)」主催のツーリング、「アイズラリー」が、11月3日に兵庫県豊岡市で開催された。京都の北山が舞台となることが多いのだが、今年は前線やら台風やらの影響で山間部には未だ通行止めの道路があるので、今回は兵庫県北部の豊岡盆地の里を巡り、コウノトリに会いに行く企画となった。参加者の多くにとっては、遠い開催地のため遅めの集合時間。でも、私にとってはクルマで1時間足らずのアプローチ。9時前に家を出る。
 午前10時、お城まつりでにぎやかな豊岡市出石町に集合。お店のスタッフ5人を含む、18人が集まった。自転車の種類に制限はないのだが、圧倒的にランドナーが多い。
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 「弁当忘れても傘忘れるな」の言葉通りの不安定な空模様が数日続いていたが、今日は見事な快晴。明け方少し曇っていたため霧がなく、透明感のある青空が広がっている。豊岡盆地をはじめとする円山川沿いは、今の時期の朝は深い霧に包まれることが多く、昼前まで日差しが届かない。雲海で有名な竹田城はこの円山川の上流に位置している。
 準備を整えている我々の頭上に、一羽のコウノトリが現れた。いきなりのご挨拶だ。
 10時半過ぎに出発。出石川の堤防の上を行く。刈り入れを終えた田んぼ。紅葉も始まり、晩秋の里を行く。
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 すぐに出石川の中に佇むつがいのコウノトリに遭遇。さらに進むと、今度は電柱の上に1羽。その先にまた、川の中に1羽。畳みかけるようにコウノトリが姿を見せる。すべて野生だが、両足に足環がついている。片方に3色。両足で6色の組み合わせ。これで、個体が識別できる。何年何月生まれの、オスまたはメスで、どのペアから生まれた個体か。しかし、ずいぶん繁殖して個体数が増えているので、同じような色の足環が使われていて、識別がだんだん難しくなっている。
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 円山川との合流点の手前で出石川を離れ、広い田んぼの中を北上する。これは円山川本流と、支流の六方川にはさまれた平原で、豊岡盆地のかなりの部分を占める。クルマの少ない細い道を行く。左に神鍋高原のスキーゲレンデ、正面に城崎温泉の手前にそびえる来日岳を見ながら進む。六方田んぼには人工巣塔が少なくとも2本立ち、野生のコウノトリを見るならここ、という認識だったがこの日は残絵念ながらここでは1羽も見られなかった。
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 六方川を渡り鎌谷川の谷へ。こちらも田園地帯だ。祥雲寺集落の田んぼの南の山林に兵庫県立「コウノトリの郷公園」がある。コウノトリの飼育、繁殖、そして研究が行われている施設だ。一部が見学のため一般開放されている。入場は無料だが、任意で協力金100円を入れる箱が設置されている。
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 その入り口に来たところで、青空を舞うコウノトリに迎えられる。さらに、電柱に佇むものも。それらをひとしきり眺めたり写真撮影してから、自転車を止めて公園内へ。ここでお昼ごはん。簡単なレストランもあるが、今日は天気がいいので途中のコンビニで買った弁当を食べる人がほとんど。私も買ってきたおにぎり、そして湯を沸かしてチキンラーメンを食べる。コッフェルや火器を積むために、今回はシートバッグを装着した。それはついこの間購入したもの。最近のバックパッキング用のシート広報な斜め上に突き出すタイプのものはランドナーには似合わない。横幅が広い物がいいと思っていたのだが、いなかでは現物を置いた店などなく、キャリアやアタッチメントなしで着くかどうかがわからず購入に踏み切れなかった。でも、先日、信州の保福寺峠で出会ったサイクリストが、キャリアもアタッチメントもなしでランドナータイプの自転車に装着していたので、今回ゲットした。なかなかいい。フロントバッグとの色のコーディネートも完ぺきではないが、まずまず。
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 我々が昼食で陣取った場所は、田んぼに面していて、目の前に人工巣塔が立っている。向かいの山の方から、コウノトリ5羽が飛んできて、我々の目の前で曲技飛行。そのうち1羽が巣塔に降り立つ。しばらくするとそのパートナーらしきもう1羽も巣塔に止まり、ツーショットの仲睦まじい様子を見せ付けてくれる。
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 公園の中にも9羽のコウノトリが飼育されている。羽を切られ飛べないようにされている。天井がないオープンケージなので、その中には野生のアオサギの姿も見られる。青い「たらい」がいくつか置かれ給餌される。以前ここに来た時には、飼育・野生のコウノトリ、アオサギ、シラサギなどがその餌を食べる姿が見られた。しかし、それでは「餌付け」となってしまい「野性に返す」という目的を外れてしまう。そこで今では、餌やりを定時でなくしているのだそうだ。
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 さて走行再開。出石へ向けて南下する。ただし、ピストンではなく往路より東側を行く。集落名でいうと法花寺から奥野へ、鎌谷川と穴見川の谷を隔てる小さな峠を越える。標高差は100m程だが、そこそこパンチの効いた急坂。これがこの日最大のアップダウン。その後は盆地の縁をなぞるように南下し、袴狭から先程よりも小さなアップダウン。降りたところが出石神社。ここで解散。「町並みやお城を見物しよう」「そばを食べに行こう」等の声が聞こえてくる。私は帰路に就く、いつでも出石に来ることができるから。
 10:40~15:10、約32.3km

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2018/10/27

中信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2018:ダイジェスト

 詳細レポートは、現在執筆中。
■諏訪湖と下諏訪
 3年前にTVで見た下諏訪のゲストハウス「マスヤ」に泊まる。丹後を朝出発し、どうにか明るいうちに到着したので、チェックインしてすぐに自転車で飛び出す。
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 諏訪湖を一周18kmとマスヤから諏訪湖の往復で20kmと少し。スタート直後にスコールにあい雨宿り。その後小雨の中を走る。途中からは夜景を見ながら。半分を過ぎた頃、フロントブレーキワイヤーが切れる。今日のうちに切れておいてよかった。
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 ラーメンのご当地チェーン店「みんなのテンホウ」で夕食。レトロな公衆温泉浴場で入浴。そして、満員のゲストハウスの賑やかな夜を過ごす。古い旅館をリフォームしたゲストハウスも、またレトロな造り。
 翌朝は、晴れ。8時から営業している食堂で朝食をとった後、諏訪大社下社の春宮と秋宮に参拝。3kmあまりの散策コース。歩くと半日かかるが、自転車でスピーディに回る。
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■北八ヶ岳のスズラン峠
 下諏訪散策の後、クルマで八ヶ岳方面、蓼科高原の麓へ移動。自転車で、白樺湖を経てスズラン峠へ。自転車で走り出したときには青空から日差しが降り注いでいたのに、徐々に空は雲に覆われ時雨模様となった。峠を越えて、蓼科この方に少し下ったところの展望所の景色を期待していたが、南八ヶ岳は霞み、南アルプス、中央アルプスはほとんど見えなかった。その後の下りは寒かった。下れば雨が降っていないことを期待したのだが、路面が余り濡れていないのに雨は降っている状態が続く。つまり、上で降り出した時雨とともに山を下っている。紅葉がきれいだったことがせめてもの救い。
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■別所温泉
 暖房を強めにかけたクルマで上田方面に移動。別所温泉の「上田まほろばユースホステル」にチェックイン。昨夜のゲストハウスとは対照的に、私ひとりだけ。談話室には、かつて賑やかだった頃の名残が見られる。風情ある温泉街、今夜もまたレトロな共同浴場に浸かる。
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■安曇野から保福寺峠を越えて上田へ
 ユースホステルにクルマを置かせてもらい、自転車で上田市街へ。上田駅でしなの鉄道に乗り篠ノ井でJR篠ノ井線に乗り換え、安曇野市の田沢駅下車。松本のひとつ北の駅、といった方がわかりやすいか。輪行すると旅の雰囲気が盛り上がる。北アルプスを眺めながらスタート。今日は快晴だ。
 その北アルプスに背を向けて東へ。かつてウォルター・ウェストンが歩いた、東山道の保福寺峠へ。ウェストンのように上田側から松本側へ向けていくと、峠で初めて北アルプスの姿が見られて感動的だ。だから私の走っている向きは、標準とは逆ということになる。輪行を先にしておけば、列車の時刻を気にせず自由に走れるということが大きな理由であり、北アルプスを何度も見ながら登っていくのもまたそれで楽しい。標高1000mから上は紅葉が美しい。
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 峠の手前の「一遍水」という水場でサイクリストが休んでいた。自転車は22インチのミニベロランドナー。出で立ちもニッカボッカーだ。聞けば私と同じく京都府から着たとのこと。自転車に乗る人は増えたけど、自転車で旅をしている人にはなかなか出会えない。うれしくて結構長く話し込んだ。
 峠で最後の北アルプスの姿を目に焼き付ける。穂高連峰や槍ヶ岳も見えた。
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 日が傾いてきて下りは寒い。手が冷たく、痛い。上田側は林間の下りで、展望は余りよくない。時おり、浅間山が木々の合間に除く。途中からいくつかルートが分かれるが、別所温泉に直接降り立つコースを選択。途中ダートもある。少し上り返しもあるが、体が暖まるので歓迎だ。
 別所温泉に至る前に野倉という集落を通過。別所温泉は千曲川が作る盆地「塩田平」の縁に位置し、山の傾斜地に温泉街がある。そのさらに奥にも集落があるということに少し驚く。野倉から別所温泉に向かうといきなり急勾配の登りに遭遇。もう下るだけと思っていたので、精神的にこたえた。
 道は細く曲がりくねって急勾配。さらにダートあり上り返しありで、時間のかかる下りだった。
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 寒さの中、自転車を撤収し、ユースホステルにクルマを止めさせてもらったお礼を言いに行くと、暖かいお茶と、お菓子を頂いた。冷えた体に体温が蘇る。
 再度お礼を述べ、長い帰路に着く。今宵は、月夜。旧暦9月13日の「後の名月」。中秋の名月と並ぶお月見の夜。

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2018/10/04

電脳徘徊更新そして皆さんよい旅を

 8月下旬の小千谷と北海道の旅の詳細レポートが出来上がった。あわせて、16年前の初めての小千谷ふるさとの丘ユースホステル宿泊の旅の報告も。

「小千谷の花火と自転車北海道一周にリーチをかける旅」

「魚沼と会津の再会の旅」(尾瀬と喜多方ラーメンと小千谷の花火)

 先日から、気になるニュースが報じられている。
 8月に大阪富田林の警察署から逃走し9月末に山口県の道の駅で確保された若者は、サイクルツーリストになりきって旅をしていたとのことだ。これには大変ショックを受けている。道の駅でテントを張ったり、民家に泊めてもらったりしたこともあったという。食事を提供してもらったとも。色々な人と交流し、親切にされ、それに感謝の意を表していた。
 しかし、その正体は、性的暴行や窃盗、そして警察署からの逃走と罪を重ねる「凶悪犯」。彼とかかわった人たちは、さぞかし驚いたことだろう。見た目も、やっていることも自転車で旅する若者だったわけだし。
 これを機に「もう自転車の旅人にはかかわらないでおこう」と思う人がいるとすると、とても残念なことだ。
 本来、道の駅はキャンプ場ではなく(併設されている場合もあるが)、宿泊施設でもない。黙認されているだけである。
 以前なら鉄道の無人駅やバスの待合室などが一般的だった。27年前に北海道の北オホーツクでログハウスのバスの待合所で泊まったことがある。旅先でであった2人のサイクリストとともに。暗くなると近くに住むおばあさんがやってきて、「ここは泊まってはいけないんだけど」と切り出された。しかし「泊まってけばいいよ。このあと稚内行きの最終バスが来るけど、その時間にここから乗る人なんかいないし、降りる人はそのまま家に帰る。そのあと自動的に明かりが消えるからね。火は気をつけてね」とのことだった。2年前に訪れた時には、建物は健在だったが果たして今でも泊まる人がいるのだろうか。
 最近は北海道を中心にローカル線の廃止が相次ぎ駅舎そのものが減ったこともあるが、最終便の後には施錠されるようになっているという。要するに世知辛くなった。
 この夏の一件により、さらに世の中は世知辛くなっていくのだろう。
 また、管理人が帰った後でもノートに住所や名前などを記入すれば泊まっていい無料のキャンプ場がある。こうしたところが影響を受けなければいいのだが。

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中秋の丹後半島一周

 暑かった夏も終わり、9月下旬になると秋らしい涼しい日々が続く。しかし、この秋は、いやこの秋もすっきりと晴れる日が少ない。雨も多い。どうにか、青い海を見ながら自転車で走れる日を捕まえた。こうして、今シーズン2回目、生涯通算48回目の丹後半島一周が始まった。
 せっかくの晴れの日だが、朝からフリーというわけではない。10時過ぎに自由の身となったが、その時点で宮津市街にいる。家まで帰る30分がもったいないので、自転車の周回の途中にある、岩滝までクルマで移動。道中、行動食を買う。さらに、だらだらと準備をしているうちに11時半を過ぎた。今日の自転車は、スリックタイヤのMTB。いつもランドナーなんだけど、たまには気分を変えてみよう。
 クルマでのアプローチの道中、青い海がまぶしかった。でもその海に背を向けて内陸部へ走り出す。まずは府道53号線で、標高差200mの道を越える。
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 内陸に入ると、稲刈りを終えた田んぼの畔に、彼岸花の赤い色が鮮やか。竹野川流域の平野部に降り立ち、川に沿って日本海へ北上。メインルートの国道482号線ではつまらないので、田んぼの中の農道、そして府道を選ぶ。まだ黄金色の稲穂が見られる田んぼも少しだけあり、中には稲刈り作業中のものもある。そして、青い空の下、いたるところに彼岸花の赤。この日は、弱いながら北風が吹いて、平野部では逆風を感じながら北上する。この分だと、この先の海には波が立ち、透明度はいまひとつだろうな。
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 竹野川河口部の道の駅「テンキテンキ丹後」で小休止。自動二輪車が3台。「名古屋」および「長野」ナンバーのペアと「京都」ナンバーのソロ。
 そのあとは東に進路を変え、海岸沿いの国道178号線を行く。風は横から。逆風より抵抗は小さくなる。代わりにアップダウンの連続。
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 海にそそり立つ屏風岩を見下ろす東屋のベンチで小休止。海は青く水平線がくっきり見えるのだが、予想通り波がある。すると海底の砂が舞い上がり、透明度が下がる。青く澄んだ海の水に白砂の海底が透けて輝く様子は、見られない。でも、海の青さはばっちり。
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 アップダウンを繰り返し、久僧、中浜ではずっとたどって来た国道を離れ、集落の中へ。丹後松島を形成する岩が面白い。波の侵食のせいなのか、いろいろなパターンで穴が開いたものが見られる。ふと見ると10余りの提灯が干されている。提灯屋があるのだ。それらの提灯はみな目前に迫った秋祭り用。
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 国道に戻り、海岸段丘の上を行く。アメリカ軍のレーダー基地があり、その工事が行われているのでダンプカーの往来があった。基地を過ぎると、ぐっと静かになる。
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 近畿最北の経ヶ岬灯台への分岐を過ぎ、登りが険しくなる。標高110m程の白南風(しらばえ)トンネルを越えると、眼下に青い海が広がる。カマヤ海岸だ。若狭湾に浮かぶ冠島と沓島、その向こうには若狭のリアス式海岸が見える。緩い下りの道、そして風に背を押され快走して甲崎へ。ここで小休止。
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 甲崎を越えると、蒲入漁港を見下ろす。そこから2年前にできた蒲入トンネルで本庄宇治へ。峠がひとつへって楽になった。前方を何か茶色いものが横切った。イタチにしては大きいな、タヌキかなと思ったらサル。横切った個体かどうかわからないが、その先で腹ばいに横たわっていた。こちらが近づいても気にしない、ぐうたらな様子。
 本庄宇治では、内陸を行く国道178号線を離れ、府道623号線へ。野室崎、新井崎を越える2つのアップダウン。本庄浜海水浴場で小休止。実は、経ヶ岬辺りから脚がつり始めている。暑くて夏に余り走ってなくて筋肉がなまっていたのだが、北海道ツーリングでトレーニングができたつもりだった。でも、それから1ヶ月。雨が多くて余り乗れなかった。ひどくならないように休憩をこまめに取る。
 野室崎越えは、序盤がきつい。推定だが10パーセントを越える勾配。府道にしてはきつい登りだ。その区間を越えると普通の登り坂。のんびり行こう。
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 標高120mくらいがピーク。以降、海の景色を楽しめる。次に越える新井崎、京都府と福井県の境の大浦半島、そして内外海半島の久須夜ヶ岳などのリアス式海岸。沓島の左手にも陸地が見える。越前海岸だ。もっと空気が澄んでいると白山が見えるんだが、今の季節の日中では無理。夜明けの直前か、日中なら春先だ。
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 泊の海岸まで急降下したら、次の登りに備えまた小休止。秋の日はすでに傾き、急峻な崖に囲まれた浜辺は日陰となっている。
 さあ、新井崎への登りに取り掛かる。やはり出だしがきついが、野室崎への登りほどではない。標高70mくらいでいったん平坦になり脚を休めることができる。新井の集落では耕地整理された広い棚田。30年前は、小さな田んぼが並んでいた。
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 新井の集落に分岐がある。右の町道は千枚田と呼ばれる棚田の景色が良く見えるのだが、のぼりがきつい。千枚田の景色はやや劣るが、上りもややお手柔らかな府道を行く。ちなみに、国道はアップダウンが最も緩やかだが千枚田を見ることはできない。
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 刈入れを終えた小さな田んぼには、ひこばえが伸び、雨が多かったので水がたまって、まるで田植えを終えてしばらくたった田んぼのようだ。
 標高120mのピークを越えて、伊根湾へと下る。舟屋の並ぶ界隈はすっかり観光地。そして、釣り人も多い。
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 「自転車イン舟屋」なるものができていた。小さな東屋に数台の自転車が並べられている。この界隈5箇所あるサイクルポートのいずれかに乗り捨て自由のシェアサイクルらしい。手続きも料金も不要とのことだが、チェーンは錆びていて明らかに手入れがされていない。ちょっと残念。
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 伊根を過ぎるともうアップダウンのない平坦区間。ひと月前に走った北海道の標津から別海の根室海峡から根室湾北部辺り似ているような気もする。南に向かうのだが、残念ながら北風も止んでしまった。日が落ちてきて、空気の対流が弱ってしまった。この区間はクルマの通行も多いので、前後に向けてLEDのライトを灯す。交通事故の発生しやすい時間帯だが、明るいライトのお陰で安心して走ることができる。
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 この区間は、梅雨前線による7月豪雨の被害で、半月ほど通行止となっていた区間もあり、それを含めて5ヶ所ほどで片側交互通行となっていた。何度も信号に止められる。
 すっかり暗くなって、岩滝のクルマを止めたポイントへゴール。
9月下旬、11:45~18:30、83.7km

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2018/09/11

小千谷の花火を見たあと自転車北海道一周30ヶ年計画にリーチをかける旅(ダイジェスト)

 まずは、北海道胆振東部地震で被災された方、大切な人を亡くされた方にお見舞い申し上げます。

 なんとか、この夏、北海道を走ることができた。
 1991年夏に初めて北海道を自転車で走ってから20年以上が経ち、これまでに走ったコースを重ねてみると北海道の形が大方浮かび上がる。ならば北海道の外周を全部走ってやろう、というわけで浮かび上がった計画を名付けて「北海道一周30ヶ年計画」。
 2017年夏に、道東に途切れ途切れに残る未走区間を走る多計画を立てたが、天候不順のため断念。今年の夏は、途切れ途切れの区間を走るならトランスポーターがあった方がいいだろう、と去年の計画を少し見直し自動二輪に折畳小径車を積んで北海道に渡ることにした。
 しかし、この夏も天候不順。またも断念か、という中で起死回生のきっかけとなったのは、新潟県の小千谷の花火大会。北海道を半分諦めながら、12年ぶりの「小千谷ふるさとの丘ユースホステル」を予約したのだが、その足で新潟港に向かい、フェリーで北海道へ渡る可能性を残していた。問題はやはり天気だ。
 丹後から小千谷までの距離は600kmを越え、自動二輪では厳しい。高速道路を何百kmも走り続けることも、前夜に出発して夜通し一般道を走ることも自信がない。ということで、クルマを使うことにした。クルマなら、嫌いな高速道路も何とか我慢できる。だから当日朝の出発で間に合う。またクルマごと北海道に渡ることで不安定な空模様でも行動する気持ちになった。

 では旅のダイジェスト。
 まずは、おぢや祭り花火大会。
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 満月前夜。そして、旧暦7月15日。中秋の名月のひと月前の名月。信濃川にかかる橋の上に列をなすのは、からくり万灯。
 小千谷は2004年の「新潟県中越地震」の被災地。おぢや祭り、、そして花火大会には復興と慰霊の思いが込められている。小千谷ふるさとの丘ユースホステルは、被災を乗り越えたユースホステルだ。
 新潟港からフェリーに乗って、小樽港へ上陸。道東へひたすらクルマを走らせる。
 根室半島の付け根、風連湖から根室市街まで根室湾岸を自転車で往復。一つ目の未走区間を走破。この日は青空も見えた。
 せっかくここまで来たのなら、とクルマで納沙布岬へ。早朝に小樽を出発し、最東端まで到達した。そして、折り返して霧多布岬へ。今夜はここのキャンプ場でテント泊。涼しいというよりも寒いくらい。でも、暑さと違い寒さの対策はいくらでもできる。快適に過ごした。高速道路を使わず、650km走った。自転車は24km。
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 北海道2日目は、霧多布から釧路まで北太平洋シーサイドラインを自転車で走る。今回の途切れ途切れの未走区間の中で最長の約110km。自動二輪には折畳小径車しか積載できず、当初はほぼ中間の厚岸で泊まり2日がかりで走破する計画だったが、クルマに積んできたランドナーなら1日で走れる。こうして、小千谷の花火見物による日程超過分を解消。走行中、タンチョウやキタキツネにも出会う。天気は曇り時々小雨。霧が出なくてよかった。
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 釧路に就いたら和商市場でいくら丼を食べて、根室本線の各駅停車に乗り込む。線路にはエゾシカが出没し、警笛を何度も何度も鳴らして走る。 クルマに戻ったらまた移動。開陽台のテントサイトで泊るつもりだったが、誰もいない。かつてヒグマの出没があり閉鎖されていたこともあるので、ここでテントを張るのを断念。駐車場で車中泊を考えたが、それならば明日の予定の場所まで移動しておいた方がいい。さらにまた移動。根室海峡沿いの尾岱沼の道の駅で車中泊。
 北海道3日目は、標津から本別海まで33kmを自転車で走る。道東最後の未走区間だ。まず標津に自転車を配置し、クルマは本別海へ。路線バスを乗り継いで標津へ戻り、ようやく自転車走行開始。今日も、曇り時々小雨。昨日より雨降りの割合が多い。ちなみに、予報では昨日も今日も曇りだった。実際に降っているときにも、降雨レーダー画像には表示されていないし、周辺各地アメダスの計測による1日の雨量は1mm以下。走っていればそれなり濡れたけど、それは表面だけで、衣類や荷物の中までしみるほどではなかった。走り終えて車に乗ったら、すぐに乾いた。路面には水が浮いていたので、泥除けがないと足元は泥だらけだっただろうが、こういう場面にランドナーは強い。
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 昼前には走り終え、クルマに乗り込む。これで、道東完走。残る未走区間は、連続した140~150km。また機会を改めて走りに来よう。道南なので、天気の不安定な夏でなくても大丈夫だ。
 さあ、また大移動。小樽を目指して西へ500km。

 北海道4日目、最終日。2年ぶり3度目の宿泊となる「とまや」。今までは旅の初め、朝あわただしく出発していた。今回は旅の終わり。この宿でのんびり過ごすことにあこがれていた。朝食の後、「励ましの坂」を自転車で登る。これまでは、フェリーを下船した夜の挑戦だったが、今回初めて明るい中、そして宿主さんや泊まり合わせた旅人さんたちに見守られながら登る。これが本当の「励ましの坂」だ。距離600mで高低差80m、最大勾配は20パーセントを越えるこの坂道を自転車でノンストップで上りきったら、「やったね」とほめてもらえる。
 どうにか今回も登りきった。
 昼前までとまや過ごさせてもらい、フェリーターミナルへ。帰りは舞鶴港へのフェリー。
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 最後に、動画を。

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2018/08/19

本日はバイクの日

 8月19日、日曜だけど舞鶴で勤務の日。片道50km、1時間強の道のりを自動二輪で。オートバイが多い。前も後ろも反対車線もみな自動二輪というタイミングもあった。また、一時期の猛暑も一段落し、最低気温は20度を切る日が続いているので、エンジンのないバイクも見られた。
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 勤務を終えて帰宅したら私もエンジンのないバイクで10㎞程走った。
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 さらに、精米所にコメをつきに行くのにはスーパーカブ。
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 さて、この日京丹後・舞鶴を往復したCD250Uは8月の初めに1週間ほど入院していた。走行中にリアブレーキが破損した。出先でのことだったので、25kmほどの距離をエンジンブレーキとフロントブレーキで家まで帰った。
 後輪はドラムブレーキ。外周部分はホイールとともに回転し、内側部分は車体に固定されていて回らない。ブレーキペダルを踏むと内側部分についているブレーキシューが外周に押し付けられて摩擦力が発生し、これが制動力になる。写真は、修理後の状態。
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 ドラムブレーキ内側部分を車体に固定するボルトが外れてしまったのが故障の原因。おそらくずっと前からナットが緩んでいたのだろう。ブレーキをかければドラムブレーキの内側が回ろうとする。その力に耐え切れず、緩んでいたナットが外れ、ボルトも飛んでしまった。ペダルからブレーキへと力を伝達するロッドがアクスルシャフト(車軸)に巻きつくようにL字型に折れ曲がり、ブレーキアームが破損した。アームが破損することで、車輪は回り続けた。もしそうでなければ、後輪がロックするところだった。
 破損したのは、ブレーキロッドと、ブレーキアーム。紛失したのがブレーキと車体を固定するボルトとナットとワッシャー。ワッシャーの奥にはめるゴムのスペーサーは路上で回収できた。
 ブレーキはスーパーカブと同じ仕組み。CD250U専用パーツは、間違いなくすでに生産中止となっているはずだが、他のモデルと共通のものがあればそれでいいのだ。ブレーキと車体を固定するボルトは、スーパーカブのものと同じだった。アームもいけそう。ナットとワッシャーに至っては、ホームセンターで売られている汎用タイプのものでいい。それぞれ、15円と10円だった。問題はブレーキロッド。外しにくいパーツで、スーパーカブのものを合わせてみるのもかなり手間がかかる。それと、ブレーキは安全、つまり生命にかかわる重要なものなので、だんだんと店のお世話になろうという方向に気持ちが傾いてきた。
 スーパーカブをはじめとするドラム式のリアブレーキが付いたホンダのいくつかの車種に対応したボルトと、写真で判断して適合するかどうか一か八かで、スーカーカブ用のブレーキロッドを、ネット通販で注文した。
 その一方で、バイク屋を訪ねた。スーパーカブを手に入れてこの8月でちょうど10年。1度もバイク屋のお世話になったことはない。購入した遠くの店とは、それっきり縁がない。やはり地元の店と懇意になっておいた方がいい。しかし、いきなりぶらりと店を訪ねても、そう簡単に受け入れてくれるとは思えない。知人が「親切だ」と教えてくれた店を訪ねた。予想通り、はじめは拒絶された。でも、根が優しい人のようで断り切れずとりあえず見てくれそうな雰囲気になったところで、知人の名前を出したら、なんと引き受けてくれた。その日乗ってきたスーパーカブのブレーキを見せながら、破損個所と細かく説明できたことも良かった。
 スーパーカブからCD250Uに乗り換えるため、一旦帰宅。すると、数日前に注文したブレーキロッドとボルトが届いていた。一か八かで注文したブレーキロッドだが、ペダル側の頭の形も全く同じ。これはいける、と思ったもののCD250Uの車体についているものと合わせてみると、長さが足りなかった。残念。
 とりあえず、そのパーツを持って店にとんぼ返り。まず適合するパーツを探し、なければ、曲がったロッドを伸ばして使う、という方向だったのだが、私が持ってきたロッドを見て「これを使いましょう」と言われた。新旧それぞれのロッドを適切な長さで切断し、破損個所を新しいパーツにつなぎなおす、というのだ(下の一番右の写真は、それぞれ使わなかった方)。もちろん、鉄工所へ発注してのこと。こうして、1週間足らずでめでたく退院。
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2018/08/03

BandBで行く播磨峰山高原

 先週は兵庫県中央部の砥峰高原と峰山高原を自転車で周回したが、峰山高原は入り口まで行っただけ。峰山高原といえば、シンボルの暁晴山に登りたいし、この冬にオープンしたスキー場がどんな風になっているか見てみたい。というわけで、足を変えて訪れる。自転車は折畳小径車。トランスポーターは自動二輪車。CD250Uの本格ツーリングだ。Bicycle and motorBike を楽しもう。
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 まずは、竹田城を見上げて、国道312号線を生野、神崎と南下。福崎まで足を延ばす。有効期限が7月末のラーメン屋のサービスチケットを使うために。ラーメンを食べたら北上。来た道を引き返すのは面白くないので、市川の右岸に渡り県道で北上。田園地帯、クルマが少なく快適。神河町の新野で水車とすでに花が終わった梅花藻を見てから、県道8号線で峰山高原を目指す。先週は、峰山高原への分岐の先、宍粟市一宮町へ通り抜けることができなかったが、今日は通行止めの看板が撤去されている。「平成30年7月豪雨」で傷んだ道も、徐々に復旧しているようだ。今日も先週と同じく砥峰高原をベースにしようかと思っていたが、予定変更。峰山高原をベースに自転車に乗って、そのあと復旧した県道で一宮へ下りよう。
 曲がりくねった道を登り、峰山高原へ。スキー場はオープンしたものの、未だ工事関係の車両がうごめいている。ベースにしようと考えていた広い駐車場にも工事車両や資材が置かれている。スペースは十分あるが、作業員達の目が気になって素通り。道路脇に広場を見つけそこに自動二輪車を止めて自転車を下ろす。
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 自転車に乗ってまずはホテルリラクシアの前へ。レンタサイクルが並んでいる。クロスバイク、MTB、そしてファットバイク。その脇にはサイクルラックがあり、ロードレーサーがぶら下がっている。おそらくロードレーサーはレンタルではなく、訪問者のものだろう。ホテルの周囲には、テントが張られている。設備の行き届いたキャンプ、「グランピング」用のものだ。北方の山に目を向けると、縦に細長く山森が伐採された防火隊。逆モヒカンだ。
 峰山高原を初めて訪れたのは20年前だが、その1年後に再訪している。19年前にはパソコン通信NIFTY-Serveの自転車フォーラムのオフラインミーティングでのこと。ダブルトラックとシングルトラック中心で峰山高原と砥峰を巡った後、「峰山高原かんぽ総合レクセンター」でトロン温泉に入浴した。その「峰山高原かんぽ総合レクセンター」はその翌年に営業を終え、数年後その跡地にできたのが「ホテルリラクシア」。そのリゾートホテルを運営しているのは、全国各地でスキー場経営を展開している会社「マックアース」。この10年ほどで30を越えるスキー場の経営を手がける国内最大手となった。元はハチ高原スキー場のゲレンデ食堂だったが、経営不振のスキー場の運営を引き継ぐ形で事業を急拡大。廃業寸前のスキー場の再生請負企業、というイメージだったが、とうとう2017-18シーズンに新たなスキー場をこの峰山高原にオープンさせた。国内では14年ぶりとなるスキー場新設だ。
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 ホテルの前のロータリーのすぐ近くに2本のリフト乗り場がある。ここを扇の要として、それぞれ別方向にリフトは向かい、片方は曉晴山の山頂近くに向かっている。曉晴山の頂にはアンテナが林立し、舗装路で山頂部までいける。というわけで、てっぺんを目指す。舗装路とはいえ、一般車両は通行止。歩行者と自転車は閉ざされたゲートの脇を通れる、はずだが今日はゲートが全開だ。工事車両が出入りするためらしい。
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 リフト乗り場の奥には、たくさんの人口降雪機が置かれていた。過去に何度か雪遊びに訪れているが、毎年まとまった降雪があるわけではない。去年の初めにスキー場建設の話を聞いた時には、他人事ながら先行きを心配した。でも、人工雪と聞いてなるほど、と思った。標高は900mを越え、神戸の六甲山や京都の比叡山の人工スキー場(比叡山人工スキー場はすでに閉鎖)よりも少し高い。リフトは2本のみだが、それぞれ700m前後と結構長く、3本のコースは860~1170mと本格的。また、降雪の少なさはアクセスのよさへとつながる。姫路から近く、高速道路や鉄道も麓を通っている。高原への道は険しいが、麓のJR寺前駅からシャトルバスを運行している。駐車場もあるからマイカーからバスへの乗り換えも可能。10年間のスキー場再生事業のノウハウが生かされていると感じる。
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 ゲートの奥にキャンプ場やグラウンドがあるが、過去にあまり使われていたことはなくひっそりとした印象があるが、今日は造成工事が行われていて静かではない。何より、スキー場として木々が伐採されている。山全体ではなく細長いコースだけが伐採されているが、それでも少なくとも都会の片側2車線の道路くらいの幅はあり、伐採・造成されて間もないため赤茶色の地面がむき出し。その荒野を鹿が駆け回っている。2台の圧雪車が置かれていた。まだ新しい。片方は、まだシートがビニールで覆われている。
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 いったんスキーコースから離れる。山頂の手前にもうひとつゲートがあるが、そこも開け放たれている。そこからは勾配がきつく、自転車を押して登る。折畳小径車でなければ乗車で登れそうだ。ひとつはギア比の問題。もう一つは、折畳のハンドルポストを強く引くのが怖いので腕力や背筋力を使えず脚力だけでペダルをこがないといけない。
 山頂直下は、片方のリフトの降り場。重機が轟音を立ててなにやら建設中。後で調べたら、ジャングルジムのお化けのようなフィールドアスレチックの複合体のようなものを作るようだ。もちろんこれは無雪期煮営業する施設で、大展望を楽しめるようここに設置されているとのこと。クルマはここまで入れないので、リフトを使って往復できるそうだ。
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 それを横目に、アンテナの立つ山頂部に到着。さらに、シングルトラックで三角点のあるピークへ自転車を押して登る。山頂は360度の大展望。南は六甲、北は氷ノ山などが見えるはずだが、さすがに今の季節はかすんでいる。しばし展望を楽しんで、山頂を後にする。ガレたシングルトラックを押して下り、舗装路で自転車にまたがる。
 グラウンドの辺りまで下ったところの分岐を、来た道とは別方向へ。砥峰高原へのシングルトラックへ。20年前、19年前に訪れた時にMTBで走り、冬にはスキーでも歩いた道だ。比較的フラットなので折畳小径車でも何とかなる、と思って来てみた。自転車に負担がかかりそうなら、押せばいい。峰山・砥峰両高原をつなぐ舗装路に接続するまでそれほど距離はない。すぐに舗装が終わり、下って行く。しかし、思いのほか道がガレている。当然乗車不能。押して歩くにも一苦労。沢のようにちょろちょろと水が流れている。度重なる豪雨で、これが川になったのだろう。その先もずっと道はガレている。コ逃れたシングルトラックを苦労して通り抜け、その先の舗装路は先週走破済み。急速に戦意喪失。
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 やーめた。自転車を押して舗装区間へ戻る。後は一気に、自動二輪の駐車地点へ。帰宅してからGPSトラックを見て気付いたが、そのシングルトラックは砥峰高原へ向かうものでなく、ホテルリラクシアの裏手を周回するものだった。
 自転車を自動二輪に積んだら帰路に着く。県道8号線まで下り、坂の辻峠を越えて一宮へ。砥峰高原からの県道39号線よりもはるかに道幅が広くセンターラインが引かれているが、それでも険しい道である。途中、法面が崩れている箇所が複数あった。川に並行する区間は、路面をうっすらと土が覆っている。土石流が道にあふれたのだろう。先日までの通行止の核心はここかもしれない。
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 さらに下ると集落が現れた。中山間地のレトロな町並みが続く。一宮町の中心街で国道29号線に突き当たり右折、北上する。そのまま揖保川に沿って、国道から県道6号線に分岐。先週砥峰高原~下ってきた道が突き当たる福地を過ぎると、国道429号線と交差。少し国道429号線を西に進み、平成30年7月豪雨の被害が大きかった地区に寄る。半月程が過ぎ、ある程度片付けの手が入っているとはいえ、まだその爪あとが生々しい。川の護岸は崩れ、あたり一面泥でコーティングされている。
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 この直後、このいったいは台風12号により、避難勧告が発令される。
 県道6号線に戻り、北上再開。先週と同じようなルートで帰宅。途中、スーパーマーケットによる。買い物を終えて自動二輪に戻ると、そのそばでタバコを吸っていた一人の男性が話しかけてきた。30年前に短期間だけ発売された希少な自動二輪車に興味を引かれたらしい。スーパーカブでは自転車を積んでいることに対して声をかけられることがったが、今回は荷台の自転車には一切触れず、「よく走るか」「乗りやすいか」と自動二輪そのものへの質問を受けた。
 日が落ちて涼しい。

 この日の序盤、京都府福知山市雲原から、兵庫県豊岡市但東町へと越える、府道および県道63号線の神懸峠(かんかけとうげ)付近で、先日の豪雨の土砂崩れ地点で駐車していた自動二輪を倒してしまった。地面が傾斜していたのが原因。スーパーカブよりも、片足スタンドが不安定だ。そして、クラッチレバーを曲げてしまった。采配被害はそれだけで、どうにかクラッチ操作もできたのでその後250kmほど走った。だが、操作しにくいので、ネット通販でクラッチレバーを注文。1200円程の汎用モデルがすぐに届いた。交換も簡単だった。
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2018/08/02

夏にご用心

 夏は、リペアゲルが、緩くなるわ、ご用心。
 というわけで、用心することはいろいろある中、この記事の話題は自転車のノーパンクタイヤのお話。タイヤの中のチューブの中に、空気の代わりに、常温では固体、100度以上に熱すると液体になる「リペアゲル」を注入する。専用の設備が必要で、限られた自転車店でやってもらわないといけない。いつもお世話になっている「BULLDOG」は京都府唯一、そして近畿地方でも数少ないノーパンク加工してもらえる自転車店だ。折り畳み小径車をノーパンク加工してもらって、          5年くらいになる。その間にタイヤとチューブを3セット消費した。クッション性が弱く乗り心地が悪いにもかかわらず、空気圧が低いタイヤのように抵抗が大きい。また、空気よりも重量が大きい。パンクしないことの代償はいろいろある。
 それらの代償を小さくするには、使用するリペアゲルの量を減らす、つまりタイヤが細いほどいい。ということで、2回目のノーパンク加工の時には、タイヤの太さを1.5インチから1.35インチへと変えた。すると、1年しかタイヤが持たなかった。ちなみに、タイヤもチューブも特別なものを使うわけではなく、空気を入れて使うことを想定した普通のものを使用する。細いタイヤは高速走行を意識したもので、軽量化のためチューブもタイヤも薄く作られている。100度以上に熱したリペアゲルを注入するときにチューブとタイヤを溶かしてしまう。3回目のノーパンクタイヤの時には、可能な限り低温の状態のリペアゲルを注入してもらったが、それでもやはり1年ちょっとで後輪がバースト。チューブはボロボロ、ねばねばのリペアゲルが出ている。
 それで小径車はノーパンクタイヤから普通の空気タイヤに戻すことにした。後輪は、バーストした昨年の初秋に空気タイヤ復活済み。
 そして前輪はつい先日に…。日曜の定例走行。夕方涼しくなってから家を出て、水平線に沈む夕日を眺めてからの走行中にガックンガックンとしたので、これはとうとう来たなと感じた。周回コースの終盤、トランスポーターの自動二輪車が止めてある地点まで2km弱なのでこのまま走れるか、そのままペダルを回し続けたら軽い衝撃とともにバランスを崩し、あわや転倒。どうにか立て直して足をつく。
 これまでのノーパンク加工済みタイヤの末期を経験しているが、ガックンガックンの状態でどうにかしばらく走ることができた。今回はどうなったのだろう。
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 タイヤからチューブ、そのチューブからリペアゲルが出て、夏の夜にふさわしいようなおどろおどろしい姿になった。タイヤのほんの一部が破れチューブが顔を出しているのがこれまでの状況。今回は、タイヤの半周以上からチューブが出ている。はみ出した内臓がフォークとリムの間に挟まり車輪が回らない。適当な場所に自転車を止めてトランスポーターまで歩く。2km弱を20分。自動二輪で自転車を回収してから帰路に就く。
 翌日、よく見てみたらタイヤは破れていない。走行中にビードが外れたのだ。リペアゲルは「ゴムとオイルの混合物」とのことで、暑い夏の時期にはゲルが柔らかくなる上、オイルが漏れてくる。オイルが漏れるということは、リペアゲルのかさが減るわけで、タイヤの中はゆるゆるの状態。
 タイヤは破れていなくても、かなり劣化しているので、新しいタイヤを買いにBULLDOGへ。これで前後ともに空気タイヤ復活。後輪を空気タイヤに戻した時点でかなり走行性能は良くなったのだが、前輪も空気入りとなりさらに向上。ノーパンクって結構な足かせだったのだと気づく。
 翌日、前日のコースを再び。快調に走った。しかし、その翌日、勤務からの帰宅途中に前輪がパンク。残り1kmくらい。簡単にタイヤを点検するが何も刺さっていない。試しに空気を入れたが、すぐに抜けるわけではない。スペアとして携行している未使用のチューブを使うのはもったいない。そのまま走り出す。2回の入れ直しで、トランスポーターに戻った。
 帰宅してからタイヤを外してみると、中でチューブがねじれていた。そして結構大きな穴が開いていた。タイヤのビードとリムにチューブが挟まっていた時に開くような穴。位置もそんな感じ。一昨日の装着時には、挟まっていないか点検したはずだが。
 ボロボロに破れたチューブの中のリペアゲルの名残でリムの内側がべとべとなのが、いろいろな影響を与えているのだと推測する。本来ならばチューブをタイヤに入れたときにねじれていても、空気を入れれば中でチューブが寝返りを打つように正常に戻る。それが、粘着質のリペアゲルのせいで寝返りが打てなかったようだ。また、ビードとリムがチューブを噛めば端が外側に少し出ているのだが、外側から確認できなかった。実はタイヤ内部で挟まっていたのかもしれない。普通はそんな不安定な状態にチューブがとどまることはないのだが、リペアゲルのべとべとが軽くかんだ状態をキープしてしまったのかも知れない。不幸中の幸いは、空気の漏れ方がスローペースになったこと。その大きさの穴なら空気を入れてもすぐに抜けてしまうのだが、チューブとリムおよびタイヤ内部がリペアゲルで貼り付いてくれたおかげと思われる。
 今度はチューブに少し空気を入れてからタイヤの中へ。捻れたりビードとリムに挟まらないように。とりあえずこれで大丈夫だろう。

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