2017/11/19

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(8・終:振り返り・data)

■旅の振り返り
 まずは、春日渓谷の林道鹿曲線について。ネット検索してみると、佐久市の公式サイトに通行止めの知らせがあった。--------(引用始)---------
林道鹿曲川線通行止のご案内
更新日:2015年2月2日
林道鹿曲川線は、法面の崩落や落石等のため、通行止といたします。
通行止の区間については位置図をご覧ください。
通行止期間
平成21年10月19日(月曜)~
なお、大河原峠へは林道唐沢線及び、大河原線(蓼科スカイライン)をご利用ください。
--------(引用終)---------
 また、画像を貼り付けただけのページが引っかかった。
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 サーバのURLから春日温泉の国民宿舎「もちづき荘」のものだ。同じく鹿曲線の通行止めを知らせるものだが、日付の記載がない。ただし、ファイル名「2008_0922.html」から判断して、2008年9月のものだろう。両者の間に1年余のタイムラグがあるし、小諸ユースホステルできいた話とも数年の食い違いがある。
 が、だんだん様子がわかってきたような気がする。要するに、何度も何度も通行止めとなっていたのだろう。損傷と復旧のいたちごっこの末、2009年秋の被害による通行止めが解除されていない、ということではなかろうか。
 ところで、少し前の地図を見ると、林道鹿曲線は「鹿曲有料道路」と記されている。例えば、昭文社ツーリングマップル中部の1999年版など。なんと、有料道路でしかも夏場には路線バスも運行されていたというのだ。
 考えてみれば、20年くらい前にはビーナスラインや志賀草津道路など有料道路がたくさんあった。そして有料の林道もあった。ちなみに大河原峠から女神湖への道(現在の蓼科スカイラインの一部)も、上記地図には「夢ノ平林道林道」とされる有料林道だし、志賀高原の焼額山あたりの奥志賀林道も有料だった。道路法規上、設置基準が緩く、ようするに手軽に有料道路をつくりやすい、ということのようだ。
 また、私が下りに利用した「林道唐沢線(というそうだ)」や臼田からの道が、大河原峠や別荘地「仙境都市」と接続し(蓼科スカイライン)、鹿曲線の需要が減ったことも、鹿曲線の無料化、荒廃とそれぞれ相関がありそうだ。
 そして、情報源は後述するが、「望月町が佐久市と合併してから道が荒れていった」と感じている住民もいるとのこと。ちなみに合併は2005年。損傷と復旧を繰り返している時期ということでつじつまが合う。ただし、合併との因果関係は不明。沢の多い厳しい環境に簡素な道路を作ったため、早くも寿命が来てしまったということも考えられる。
 さて、今度は林道鹿曲線の通行記録について。普通の道としての通行記録は、2008年以前のもの。
 お目当ての通行止めの道を自己責任で挑んだ記録もいくつか見つかった。当然、四輪車では無理。自動二輪では、複数なら力を合わせて倒木を乗り越えることもできるが、それもまだ被害が少ないうちのこと(2012年11月3日)。
 やはり、こういう道では担ぎの使える自転車が強い、ということになる。というわけで、自転車での記録は2014年8月5日のもの2015年4月25日のものの2件が見つかった。
 前者は、途中で撤退。仙境都市まで2kmの地点で諦めていた。そこに到達している時点で、かなり粘り強い人だろう。おしいなぁ。地元のサイクリストで仙境都市が廃墟のようになっていることを知っていたせいか、その先の道路状況も不安になったようだ。その人はロードレーサー乗り。荒れた区間は押しまたは担ぎなので、自転車よりも靴の歩きにくさに苦心したとのこと。ただしそれは撤退して下る道でも同様のこと。でも、あと少し我慢して進んでいれば、その後ずっと乗車で行けたのに。
 その点私は、同じような地点で心が折れそうになったが、仙境都市まで行けば大河原峠まで乗車できる可能性が高い、と読んだ。仙境都市の事情をよく知らなかったということもあるが、そこまで行けば尾根筋に出るため土石流や土砂崩れのリスクは少ない。それに、他からの道も通じているのである。つまり路線が変わるのだ。言い換えれば、他の路線があるから鹿曲線が見捨てられている、と考えた。路線変われば状況変わる。行くか戻るかの決断は、それを見極めてからでも遅くない、という判断だ。おかげで大河原峠の大展望や蓼科スカイラインや唐沢線の快適なダウンヒルを楽しむことができた(自画自賛ですよ)。
 撤退の判断は自分自身の気力体力と相談して決めること。他人がとやかく言うことではない。ちなみに「佐久市との合併以降~」の情報は、この記録の中に書かれていた渓流釣りの人からの聞き取り。
 そして、後者、自転車で通り抜けた記録の主は、「廃道を行く」シリーズなどの著者。Webサイト名と同じ「山さいがねが」という著書もある。つまりは専門家、そしてそうした記録を本にして稼ぎを得ている(黒字かどうかは不明だが)プロフェッショナル。廃道に近い通行止めと分かった上で探索に乗り込み、鹿曲線の上部や大河原峠は残雪を乗り越えての踏破の記録である。さらに、鹿曲線および仙境都市の開発、荒廃などの調査、分析も読み応えがある。
 「山さいがねが」の記録によると、私が心が折れそうになった仙境都市の手前2km付近の道路横切る沢は、「洗越し」と呼ばれるものだった。橋をかけずに、路面に水を流すものである。林道ではごくたまに見かけるし、例えば福島県の奥只見湖付近の国道352号線でも出会ったことがある。「山さいがねが」の主は乗車で足を濡らさずに超えたとのこと。その2年半後、流木や落石などの障害物が散乱し乗車で超えることはできず、他の方法を考える必要があった。
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 ちなみに、上の写真左が兵庫県の播磨地方(姫路の近く)、新宮町の「善定二柏野林道」。土管を埋めてあり普段はそれで排水しているが、増水時は新越しとなるもの。右は、福島県奥只見湖畔の国道352号線。何か所もあった。私が、(クルマで)通ったのは2002年のことで、写真が見つからずGoogleストリートビューから。
 大河原峠は結果オーライだったが、翌々日の信州峠・木賊峠は事前準備万端。いずれのコースも予定通りの行程を予定通りかそれ以上の満足度でこなすことができた。天気については、チャンスを待ったかいがあったというもの。浅麓堂が留守だったのは残念だが、旅の目的の中では優先順位の低いもの。それに浅麓堂で時間を過ごしていたら、女神湖への到着が遅れ、雨が降り出しスズラン峠への自転車散歩を断念することになっただろう。どちらかの二者択一だったということだ。

■データ編
◎自転車走行
 1日目 大河原峠     36.5km
 2日目 スズラン峠    13.4km
 3日目 信州峠・木賊峠  67.9km
  計          117.8km
◎自動車走行
 全行程         1213 km
◎費用
 高速道路通行料      8440円
 ガソリン代        6546円
 鉄道運賃         1140円
 宿泊料          6764円
 飲食費          8058円
 土産代          990円
  計          31938円

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2017/11/16

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(7:輪行・帰路)

■中央本線・小海線輪行と帰路
 15時48分の長野行きにゆうゆう間に合う。これを逃すと次は18時過ぎだ。もちろんその間に中央本線の列車名何本もあるが、その咲き乗り換える小海線の本数が少ないのだ。ランドナーを輪行袋に納めるのは1年ぶりなので15分もかかってしまったが、それでもホームでゆっくり過ごせる。持ってきた本を読む。
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 列車到着間際に、高齢の男性に話しかけられる。
 「この自転車って競技用?」「いいえ」「ツーリング用ね。タイヤ細いの?」「いいえ」「じゃあ太いの?」「いえ、普通の太さですよ」
 おそらくロードレーサー、クロスバイク、MTBのイメージしかないのだろう。ランドナーと言ってもわからないだろうし、言葉で特徴を説明しても先入観や固定観念をなかなか拭い去ることはできない。実際に輪行袋を解いて見せるのが一番手っ取り早い。が、ホームでそういうわけにも行かない。まあ、本当は自転車のことを詳しく知りたいわけではなく、自分の質問に「はい」の返事が買えれば満足するのだろうが、そう答えられない私の融通のきかなさがもどかしい。でも、うそを答えるのも不誠実のように思う。列車が到着し、頭の上に?マーク浮かべた男性との会話は終わってしまった。
 セミクロスシートの車内は空席もあり、入り口近くのロングシートの支柱に輪行袋を固定し、その横に腰掛ける。読書の時間だ。数駅過ぎると車内がすいてきたので、クロスシートに移動。すると左手に鋭い山が見えてきた。甲斐駒ケ岳だ。さらに右手に八ヶ岳連峰。3000m近い山々をこんなに手軽に眺められるとは。
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 30分ほどで小淵沢に到着。そして下車。小海線ホームにはすでに列車が入線していた。2両編成のハイブリッド車の前方車両に乗り込む。2+1列シートで中央の通路は広く、車椅子スペースのあるバリアフリー車両は、輪行袋を担いだサイクリストにも優しい。
 昨夜、宿主のこっつあんのアドバイスに従い、左側に着席。20分ほどの待ち合わせで、列車はスタート。高度を稼ぐため、いきなり右に180度の急旋回。中央本線の線路が見る見る下がっていく。そして、左右に見える甲斐駒をはじめとする南アルプスと、八ヶ岳連峰の位置が逆転。その後は美しい紅葉を見ながら高原を行く。が、夕暮れとなり車窓劇場は終演が近づく。読書の時間再開。運転手がしつこく警笛を鳴らしている。おそらく、鹿が線路に出ているのだろう。去年は、列車が鹿と衝突して中央本線の列車の到着が遅れた。
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 清里でたくさんの乗客が降り、17時11分その次の野辺山で私も下車。竜王から中央本線で500m、小海線で500m、あわせて標高差1000m登った。当然ながらどちら方向に乗っても同じ料金。サイクリストにとっては、甲府盆地から野辺山高原へ向かう方がお得と感じてしまう。しかし寒い。
 クルマに自転車を積み、閉店間際の雰囲気の店でお土産を買って、17時半に帰路につく。昨日紅葉ドライブを楽しんだ、八ヶ岳高原ラインで小淵沢へ。クルマにガソリンを、自分自身に夕食を、それぞれ補給したいところだが、茅野市街はこの時間混雑しているだろうから、小淵沢I.C.で中央自動車道に乗る。しかし、通行情報の掲示板には、「岡谷J.C.T.~伊北I.C.片側対面通行渋滞45分」と出ている。そうだ、往路は早朝だったためすんなり抜けたのだが、クルマが多いとかなり滞る。また、「小牧J.C.Tの手前でも渋滞」とのこと。遅い時間の方がクルマが空くかと、諏訪湖S.A.に寄る。そこそこ混雑しているが、満車、満員というほどではない。フードコートで信州みそラーメンを食べる。
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 結局、車線規制の方は状況変わらずで、抜けるのに40余りかかった。一方、小牧J.C.T.手前の渋滞は、その後の劇的に解消しているようだ。大型車は少なく、行楽帰りの乗用車中心の中央自動車道を進み、掲示板で見るたびに渋滞の長さも通過所要時間もどんどん減っていく。実際小牧J.C.T.に着いた時には渋滞はなし。渋滞案内の掲示板は、名神、東名高速道路で、それぞれ関西、関東都市圏の入り口で渋滞していることを告げている。
 名神自動車道に乗り換えると、交通量が増したものの郊外に向かう方向なので滞りはない。一方、中京都市圏の中心に向かう反対車線は渋滞している。さらに行くと、反対車線には事故車両。大破というほどではないが、フロントが大きく変形し、明後日の方向を向いて車線をふさいでいる。当然その先で渋滞。まだ事故処理が始まっていないようで、そちらは長い夜になりそうだ。
 また、関西都市圏の入り口、大山崎J.C.T.の先での渋滞も事故が原因のようだ。だが、そこまで行かずに米原J.C.T.から北陸自動車道へ。なぜか、いつになくたくさんのクルマが北陸道に流れ込み、大繁盛だ。
 木之本I.C.の手前、長浜I.C.で高速道路を降り、ガソリンとラーメンを補給。閉店間際の「近江ちゃんぽん」は野菜増量のトッピングだ。
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 そのあとは、クルマと信号の少ない湖岸道路で木之本に北上。湖北から若狭、そして丹後へ。帰宅は午前様で短めながら、ちゃんと睡眠をとってから月曜日の朝を迎えることができた。その日は眠かったけどね。

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2017/11/15

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(6:信州峠・木賊峠)

■信州峠・木賊峠を越え富士を愛でる
 標高1300mの朝は寒い。上半身に合羽を着て、フリースの手袋を着けて東へ走り出す。川上村へは下り基調のはずなのに、ペダルが重い。休養は取れたはず。寒さのせいだろうか。
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 並走する小海線の線路の上を、2両編成のハイブリッド車が追い越していった。背後の八ヶ岳連峰はいつしか雲に隠れてしまった。でも今日は晴れ予報。そのうちその雄大な姿を見せてくれることだろう。
 川上村の中心部に入る前に、西から南へと進路をかえる。急な登りが脚に応える。
 しばらくすると、平坦地となりレタスなどの野菜畑が広がる。道は一直線。行楽のクルマ、自動二輪、そして車輪が身の丈ほどもあるお化けトラクターが行き交う。今日は、野辺山から3つの峠を越えて甲府盆地に降り立つコース。去年の大弛峠の時と同様、甲府盆地からはJR中央本線・小海線で野辺山に戻るパターン。自転車だけでなく高原列車も楽しめる盛りだくさんの行程だ。
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 畑の中の直線は正面の奥で反り返り、上へと向かう。本日の先鋒、山梨との県境の信州峠への登りだ。まあ、すでに畑の手前から登りは始まっていたんだけどね。
 晩秋の日差しが降り注ぎ、ようやく手袋を指切りグローブに換え、合羽を脱ぐ。峡の3つの中で一番標高差が小さい250mに苦労しながら、信州峠に到着。標高は1450m。ごつごつした岩山、瑞牆山が迎えてくれた。峠にはクルマが10台ほど止まっている。瑞牆山とは反対側の横尾山への登山口のようだ。飯盛山への縦走し、朝食前に訪れた平沢峠に降り立つこともできるようだ。
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 峠からは南に見える山々の稜線の上に少しだけ頭を突き出す富士山が見える可能性があるが、ブッシュの関係で瑞牆山は山梨側に少し下った方が良く見えるので、峠はほぼ素通り。まあ、逆光気味だからどうせ確認できなかっただろう。
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 瑞牆山を見ながら小休止して、合羽を羽織って下る。紅葉のトンネルだ。下りきったところは、黒森集落。1180m。瑞牆山に抱かれた山間の盆地にある山村だ。
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 清らかな塩川にかかる橋で合羽を脱ぐ。塩川は、やがて富士川として駿河湾に注ぐ。信州峠は中央分水界で、日本海側の千曲川(信濃川)水系から太平洋側へと越えたことになる。振り返れば、甲斐駒ヶ岳が顔を出していた。
 さあ中堅、瑞牆山荘への登りが始まった。もちろん瑞牆山荘とは峠の名ではなく、峠に立つ山小屋の名称だ。なぜか、この峠の名前が見当たらない。
 紅葉の中を黙々と登る。体が暖まってきたせいか、信州峠のときよりも苦しくない。紅葉の隙間からときおり瑞牆山が覗く。
 ピークまでもう少しのところで、太ももの内側の筋肉がつるようなそぶりを見せたので、小休止。が、つったわけではなく、一昨日つった箇所が筋肉痛を起こしているようだった。
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 標高1520mの瑞牆山荘へ到着。信州峠よりも楽だった。展望はない。ここは、瑞牆山への主たる登山口であり、金峰山の登山口でもあり、周囲にはたくさんのクルマが止まっている。また、10台ほど自転車も止まっている。
 さあ、合羽を着て下ろう。自転車が登ってきた。塩川ダムから紅葉を見に登ってきたそうだ。山梨県側にはたくさんの道が交錯しているので、色々なコース取りで楽しめるようだ。
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 さらに下ると建物があり、人で賑わっている。金山平だ。男女2人組のサイクリストとすれ違う。
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 標高1250mまで下ると、そこは木賊峠と増冨ラジウム鉱泉との分岐。木賊峠方面は、通行止の案内が出ているが、それは事前調査済み。紅葉を楽しみながら合羽を脱ぐ。
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 そして、本日のラスボス、木賊峠へ挑む。通行止めの看板のお陰かクルマはぐっと減る。ラスボスだけあって、一番高い1700mまで登らないといけないが、これが最後の峠だと思うと気分は軽い。何も考えずにただペダルを回す。相変わらず赤や黄色の鮮やかな景色。そしてその向こうの青空。日陰の路面には氷がはっていたが、解けかけているようで踏めば割れる。
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 勾配が緩んだところが木賊平。峠まであともう少しだ。
 そして木賊峠へ。標高1700m。増富鉱泉への分岐から本日一番のまとまった登りだが、やはり朝一番の信州峠が一番きつかったという印象だ。まあ、標高差1000mあまりのひとつの峠として捉えれば、朝の登り始めはなかなか本調子が出なかったが、登るにつれて体が暖まり調子が上がっていく、ということなのかもしれない。
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 その木賊峠は三叉路、つまりY字路になっている。右に少し行くと展望所。さあ着ました、巨大な円錐を横から眺めた三角形。富士山だ。ラスボスを撃破して得られるボーナスのごとく、絶景のご褒美だ。残念なのは、少し前に積もった雪はすっかり解けて一面黒い姿であることと、逆光であること。それでも全貌が見えているのは大当たり。これが見えるかどうかで、木賊峠の値打ちは大違いだ。ベンチに腰掛け、富士を愛でながらパンを食べる。
 展望所の先、長窪峠、観音峠を経て甲斐市街へと下る。峠が2つというが、実際にはほとんど下りっぱなしらしい。ただし、長窪峠の先、観音峠までの林道観音峠大野山線が、1年以上前からずっと通行止となっている。これが、増富への分岐にあった案内板の内容だ。ただし、遠回りにもならず、上り返しもなく迂回できるコースが2つ。一つは、長窪峠の先の通行止区間の手前で小森川林道に右折し塩川沿いに出るコース。もう一つは、峠の分岐を左にとり黒平から野猿谷林道を経由して、荒川ダム、昇仙峡と辿るコース。後者が第一候補なのだが、先月野猿谷林道が通行止になっていた時期があり、前者のコースを捻出していたのだ。本日のコースは入念にシミュレートしていたのに、一昨日の春日渓谷の道がノーマークだったことは、自分でも間抜けとしか言いようがない。
 第一候補の野猿谷林道を目指すことにして、分岐に戻る。そして、富士山の眺めに続くもうひとつのご褒美、標高差1400mの長い長くダウンヒルを開始。
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 すぐに左側、北東方向の展望が開けた。頂上に岩塊を冠した金峰山がドカーンと見える。その後はひたすら鮮やかな赤や黄色のトンネルの中を下る。
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 標高1100mを切ったあたりに、小さな集落があった。黒平(くろべら)だ。木賊峠からはすでに標高差600m下っているが、それでも山深く高所にある集落だ。これからの季節は特に厳しいだろう。あるいは冬は麓で暮らすのか。
 集落から小さな登り返しを越えて行くと分岐があった。道なりに進むと公園のような施設。マウントピア黒平。キャンプ場やコテージがあるほか、黒富士という山の登山口にもなっている。ただし、このまま進むと御岳林道。昇仙峡に通じているのだが、200m程の登りを越えないといけない。
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 分岐に引き返し、野猿谷林道へ。こちらはその名の通り渓谷沿いのコース。山側から流れてくる沢の水が路面にあふれているところが何箇所もあり、少し前の通行止の名残のようだ。
 小さなトンネルを越えると、川の流れがよどんでいる。荒川ダム湖まで来たようだ。さらには、散策する軽装の人々。ダム湖の向こうには昇仙峡のロープウェイが見える。どうやら紅葉の時期の晴れた連休で、かなりの行楽客で賑わっているようだ。ダムの周辺にも駐車場があり、そこから散策しているようだ。
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 昇仙峡ロープウェイ乗り場付近は、相当な人出。大観光地と化している。一気にクルマが増え、ストレスを感じるが、やはり西日本と違って運転は紳士的。ちゃんと対向車が通り過ぎるまで待って追い越してくれる。
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 進行方向右手の谷にそってそびえる岩山。渓谷美を楽しみたいのだが、クルマが多い。そのうち進んでいる道が渓谷から離れ、緩やかに登り始めてしまった。いかん、道なりでなく右折しなければならなかった。クルマに追いたてられて通り過ぎてしまった。気付いた時には結構進んでいる。予定では、この荒川沿いに下り竜王駅でゴールするつもりだったが、このまま行くと甲府だ。のぼりはすぐ先の和田峠までで、そう大したものではない。
 いいや、このまま行くか。諦めて進む。が、すぐ先に右に分岐する道があった。これで荒川沿いに戻る。やっぱりできるだけ市街地を走りたくない。そして、輪行袋を担いで駅の中をあまり歩きたくない。小さな街、小さな駅を目指したい。
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 分岐から急激に下って荒川沿いへ戻ると、そこが昇仙峡の入り口。ずっと川沿いを来ていればもっと渓谷美を楽しめたのに。なにせ、甲府方面に行く道よりもかなりクルマが少ないのだ。
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 やがて市街地の向こうに富士山が見えてきた。桜橋を渡り甲府市から甲斐市敷島町へ。そこから市街地走行だが、竜王駅まであっという間。15時前に竜王駅着。

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2017/11/14

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(5:こっつあんち)

■1年ぶりのこっつあんち
 ざるラーメンを食べ、明日の行動食を調達しようと走り出すが、コンビニエンスストアはあってもスーパーマーケットがない。結局小海まで行ってしまった。ガソリン代を考えれば近くのコンビニエンスストアで調達したほうが安上がりだったが、まあドライブと考えればいいか。時計を見たら15時過ぎ。もう宿に入ろう。
 というわけで、旅人宿「こっつあんち」へ。去年の10月に来た時には、山ぶどう狩りの行事と重なり、賑わっていたが、今日は静かな雰囲気だ。明日に備え、そして今夜に備え、16時一旦布団に入る。17時前に起き出して、談話室へ。ストーブが炊かれ暖かい。本日の宿泊は、私と2人組の計3名。自家製の野菜が豊富な夕食は暖かい談話室で。夕食のあとは宿主「こっつあん」とのお話の時間。賑やかだった去年と変わらないほど、ずいぶんお話が弾んだ。
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 ところで、こっつあんちには去年の10月以来。ちなみにその日は十五夜(旧暦9月15日)で、今夜は十六夜(いざよい、旧暦9月16日)。閏月(今年の場合5月と6月の間に閏五月)のため、旧暦で言うとちょうど1年ぶり。でも、今宵の満月は、雲の中。
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 翌朝、朝食前にクルマで獅子岩へ。クルマのフロントガラスが凍っている。エンジンをかけて暖房を入れてもなかなか暖まらない。しまった、凍結防止のフロントガラスカバーを持ってきているのに、使うのを忘れていた。そのうち正面の山の稜線から朝日が昇り、日光がフロントガラスを照らした。そうなるとあっという間に氷は解ける。走り出せば、朝日を浴びた冷たく固くそびえる大きな八ヶ岳連峰に視線が止まる。カメラでズームアップすれば、赤岳展望荘の建物も見える。そこに箔まったのはもう15年も前。大きな窓から満天の星を見ながら寝た。
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 野辺山駅から南西に3kmほどのところにあるのが、平沢峠。その脇にある獅子岩は、蓼科スカイラインのトキン岩と同様、岩の展望台だ。駐車場から霜柱を踏みながら少し歩いて岩山を登れば、八ヶ岳に南アルプスの甲斐駒ヶ岳や北岳、そして眼下に野辺山高原を望むことができる。野辺山天文台の電波望遠鏡のパラボラアンテナも見える。車道を隔てて反対側の飯盛山に登れば、富士山も見える。駐車場で登山装備を整えているグループは、飯盛山に登るようだ。
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 こっつあんちに戻り、野菜たっぷり自家製ジャムの朝食を頂いたあと、出発。野辺山駅前の無料駐車場にクルマを止める。

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2017/11/13

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(4:スズラン峠・紅葉ドライブ)

■八ヶ岳連峰スズラン峠高原散歩と紅葉ドライブ
 小諸を後にし、昨日の道を戻り八ヶ岳連峰へ。女神湖の無料大駐車場にクルマを止める。今日は昨日の疲れを取り、明日に備える安息日。だが、少しは体を動かそう。朝小諸ユースホステルのWiFiで日本ピラタスロープウェイ駅のライブカメラで確認したら、ガスは出ていなかった。そのロープウェイ駅から程近く、標高も同程度。この女神湖からスズラン峠へピストンしよう。というわけで、ランドナーを準備。
 寒いので、合羽の上着を着たままスタート。カラマツ林の中の道を緩やかに登る。そのうち、カラマツから白樺林へと変わる。
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 展望の開けた場所に到着。遠くは雲に隠れているが、山の深さ雄大さを感じられるくらいに展望がある。足元に広がるカラマツ林が黄色く色づいて見事。
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 すぐに白樺湖からの道と合流し、スズラン峠へ。ここはあまり展望はない。反対側から越えてきた自転車と挨拶を交わし、その後を追うように引き返す。
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 雨が降ってきた。それも結構な雨足だ。上半身は合羽で守られているが、ズボンが濡れてしまう。復路は下り。ただし落ち葉が積もった路面では、滑らないように注意が必要。ブレーキも効きが悪い。こんな所で事故を起こすわけにはいかない。
 どうにか駐車場に戻る。ランドナーをクルマに納め、他目的トイレで濡れたズボンを履き替える。濡れたり冷えたりした体を温めるため、暖房を強めにかけてクルマを走らせる。
 昨日来た道を戻り茅野市街手前で左折、八ヶ岳の裾野を南東へ進む。見事な紅葉の中を行く。8年前のやはり錦秋のこの時期に自転車で走った道だ。標高を下げたら空は明るく時折日差しが降り注ぐが、雨はごく弱く降ったり止んだり。いわゆる驟雨。山陰では「うらにし」と言われる空模様だ。時折虹も見られる。
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 今朝からアルファベットのCの字を描くように八ヶ岳を回り込み、野辺山へ。ログハウスのラーメン屋を見つけてクルマを駐車場へ。自動二輪の2人組が一足先に店に入っていった。彼らは寒いだろうが、私はクルマの暖房ですっかり暖まったので「ざるラーメン」なるものを注文。つけ麺を想像していたが、出汁は和風。わさびの薬味もついてざるそばの麺が中華麺というものだった。
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2017/11/12

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(3:小諸YH)

■18年ぶりの小諸ユースホステル
 さあ、クルマで北上開始。丹後よりも2ヶ月近くも稲刈りが遅いようで、まだ田んぼには刈った稲が干されている。休日の夕方とあってか、田舎道ながらクルマが多い。次第に左に浅間山、右に上信国境の山々。
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 小諸の市街地を越え、浅間山の裾野へと乗り上げていく。背後では暮れゆく街が輝き出し、徐々に夜景へと変わっていく。若干迷走しながら、標高990mにある小諸ユースホステルに到着。
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 予約の電話では、「(場所がわかりにくいけど)以前来たことがありますか」と言われ、とっさに「ありますが、20年も前の話です」と答えた。正確には、18年ぶり。クロスカントリースキーでまる一日一緒に歩いた、マネージャーさんのことはよく覚えている。歳を重ね、より穏やかさが増したようだ。
 「20年ぶりなんだって」「はい、あの時は春先でクロスカントリースキーに連れて行ってもらいました」「どこに行った?」「高峰高原の池の平湿原に」「そのあと続けた?」」「はい、そして今はテレマークスキーを」…。宿泊者カードに記入している最中に矢継ぎ早に問いかけられ、自分の住所を書き間違えてしまう。
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 その夜は、一人旅が私を含めて4名と、4人家族、4人グループ。マネージャーさんとゆっくり話したかったけど、昨夜から夜通しクルマを走らせ、そして今日の日中も激しかった。夕食後、早々に寝床につく。外は、十五夜(旧暦9月15日)、満月前夜の月が明るく照らしていた。寝室は暖房が強すぎて暑かった。
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 4日、曇天の朝。浅間山は山頂が隠れている。下界は霧のようだ。朝食のあゆっくりしていたら家族連れが出発するので、続いて色づいた木々に囲まれた小諸ユースホステルを立つことにする。マネージャーさんとスタッフさんが見送りに出てくれるので、続けて出発した方がいいのだ。その時に、前日の春日渓谷沿いの道の通行止めについて聞いてみると、15~20年くらい前から通行止めとのこと。
 霧に包まれた小諸の街へと下降。東小諸の駅裏へ。ここには、「浅麓堂」という知る人ぞ知る店がある。古ーい自転車のパーツを扱っている店だ。趣味が高じての、自転車店ではなく、古物商だそうだ。自転車の雑誌では何度も取り上げられていて、一度訪れたいと思っていた。しかし、店の外観はなく普通の民家で、ギア板の看板だけが目印。住宅街の狭い道に入らねばならない。クルマを近くにおいて歩いて探す。しばし歩いて見つけた。が、残念ながら留守だった。まあ、所在を確認できたたけでよかった。
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東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(2:春日渓谷・大河原峠)

■春日渓谷廃道アドベンチャーからの大河原峠
 本日の自転車での周回の起点と予定している春日温泉を目指す。長門牧場からは東に向かうわけだが、蓼科山のなだらかで広大な北斜面に南北に延びる谷に沿って細い道が並行している。別荘地の中は迷路のようであり、またゴルフ場に遮られ、東西への移動はなかなか難しい。距離にして200m小さな尾根の向こう側に目指す道があるのに、レーンチェンジができない。なんとか春日温泉へとつながる道にたどり着いたが、なんと春日温泉手前の望月高原牧場の下で通行止め。この道は本日自転車で走る予定のコース。う回路を探す。向反まで下ることとなり、ゴール直前でこれは嫌なアップダウン。
 春日温泉は山間の傾斜地の温泉街。こちらから先ほどの道へと行ってみるが、やはり通行止め。自転車ならいけるかもしれないが、下りで一か八かの突破を試みた場合、ダメなら登り返しで引き返さないといけない。やはり確実に迂回したほうがいいだろう。
 駐車スペースを探しながら登りルートの春日渓谷へ向かってみる。湯沢上のバス停の少し上に分岐がある。たどってみると、別荘地(学者村というらしい)を通りぬけ、やがてダートとなり望月高原牧場へと出た。あの通行止め区間のう回路として使えそうだ。標高差100m程の登りがあるが、代わりに、周回の起点を100m程高い一に設定しなおすことができるので差し引きゼロ。ただしゴール手前で登り返しとなるが、望月高原牧場は、開放的な景色が広がり気持ちよく走れそうだ。しかも、下り方向の左手にははるかに白い山並みが見える。北アルプスだろうか(帰宅後確認すれば、北アルプスの北部だった)。
 再び向反を経由して春日温泉に戻る。温泉街を抜けて上湯沢へ。終点のバス停のわきに広場はおそらくバスの転回のためものだろうからクルマを止めるわけにはいかない。少し下の鹿曲川(かくまがわ)側に広場があるので、そこに駐車。ランドナーを下す。
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 9:30スタート。すぐに学者村別荘地との分岐。今度は、左の鹿曲川沿いをとる。がこちらにも全面通行止めの看板が立っているではないか。さっきクルマで来た時には右に分岐する方ばかり気にしていて気づかなかった。もうこれは強行突破しよう。登りで行き詰ったとしても、引き返すのは下りだ。
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 沢沿いの林間を行く。快晴の空から降り注ぐ木漏れ日が心地いい。何より、赤や黄色に染まった林が錦絵のようだ。しばらくすると、閉じられたゲートがあった。脇には隙間があり、人が通った後もあるので、深く気にせず脇を通り抜ける。
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 進んでいくと道路が一面落ち葉に覆われた区間が現れる。まさに、落葉の絨毯だ。しかし、あまりにも柔らかく不安定な感触。落ち葉の下に土が堆積しているようだ。道路の山側から支流の沢が流れてきているので、どうやらその沢からの土砂が積もっているようだ。それを越えてもそういう区間がたびたび現れる。しかも、小石が混じり乗車できないことも出てきた。さらに上ると厚みが15~20cm程も土砂が積もっている箇所が出現。そこに草がぼうぼうに生えている。これはこの秋の台風に被害というわけではなさそうだ。その先では支流の沢という沢ごとに土石流の痕跡に出会うようになった。中には、堆積した土石流の中が水の流れで削られ一筋路面が現れているところもある。まるで、堆積と浸食を繰り返して地形が形成されているようだ。さらに、道路の真ん中に直径1.5m、深さ50㎝程の丸い落とし穴が開いていたり、路面が波打っていたり、帯状に路面が陥没しアスファルトのV字渓谷ができていたり、路肩が崩れていたり、と様々な形で道路が傷んでいる。また、倒木や巨大な落石が道に落ちているなど、とにかくありとあらゆる道の荒れだ。排水溝がふさがっているところでは路面に水が流れている。土砂崩れで道がふさがっているところは、担ぎで越える。なんとなく、登っていくにつれて道路の損傷がひどくなっているような気がする。この先どこまで進んでいけるのだろうかと少しずつ不安になってくる。
 気温は低く、路面を流れる水がなぜか白くなっていると思ったら、凍結していた。滑らないように自転車を降り氷を避けて歩く。
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 そしてとうとう難所が現れた。沢の水が路面横切って、鹿曲川に注いでいるのだが、今までよりもはるかに水量が多い。まともに歩けば足を濡らすことになってしまう。どこかまたいで越えられるところはないか。山側の道路わきは完全に沢になっているが、途中までは飛び石が顔を出している。足元にある大き目の石を投げ入れて飛び石を延長しようと試みるが、なかなか難しい。水量が多いので持ち上げられる大きさの石一個では水面に届かない。何個か投げ入れてみるが、堰のようになり結局水はオーバーフローしてしまう。だめだ。やはり撤退か。
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 ところで、ここまで「佐久仙境都市まで○km」という看板が1kmごとに設置されていた。おそらく別荘地のようなものだろう。「あと2km」の看板を過ぎてある程度進んでいる。おそらく人の営みがあるところまでたどり着けば道は整備されているだろう。あと1km余り。あきらめずに行ってみよう。
 谷川の路肩を支えるコンクリート壁に照準を定める。土が流れているので平均台よりは幅が広いコンクリートの塀の上を行く。その塀も向こう側までつながっているわけではないが、どうにか水をまたいで越えることができそうだ。自転車を持ち上げて塀の上を歩く。左側は、鹿曲川の谷で、落ちればただでは済まない。慎重にどうにか超えることができた。足も濡れていない。
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 しかし、その先も難路は続く。土砂崩れでふさがっていることは、自転車を担いで乗り越えることはできるが、当然乗車より時間がかかるし、体力も消耗する。
 そんな箇所が頻繁に表れる。心が折れそうだ。疲れて集中力が落ちたのか、何でもないところで足を濡らしてしまった。路面を流れる水の浅い部分を選べばぬれずに済んだのに。ちなみに足回りはビンディングサンダル。一瞬で足の裏全体が濡れてしまった。ただ幸いなことに、登りで体温が上がっているせいか、あまり冷たく感じない。
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 「佐久仙境都市まで1km」の看板を過ぎてしばらく行くと、落石の中にゲートに到着。全面通行止め区間を脱出だ。林間から笹野原に代わり、開放的な雰囲気になる。別荘なのか建物が現れるが、人が住んでいる気配は薄い。「仙境都市」といっても半分廃墟のようだ。
 太ももがつり始めた。峠が近づき気持ちに余裕が出てきたのでここで大休止。持ってきたパンを食べる。
 大河原峠までは間違いなくたどり着けるだろう。問題は下りルートだ。鹿曲川沿い(春日渓谷)のように道が傷んでいないかどうか確認していない。やはり、苦労はしたが通り抜けてきた道を引き返すべきだろうか。一番の難所は、足を濡らしても転落の危険のない安全なところを通過したほうがよさそうだ。あとは下るだけだから足を濡らしても大丈夫だろう。それにサンダルなのだから、靴下だけ脱げばいいのだ。素足とサンダルなら濡れてもすぐに乾く。そのあとまた靴下を履けばいい。
 大河原峠までは、残り標高差300mあまり。今日は快晴、大展望が期待できる。
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 久しぶりにクルマに出会うが、これは道が通じている証拠。ふと見ると路肩に人間の頭部よりも大きな白い落石が転がっている。と思ったら、雪の塊だった。路肩の草の上にもちょっとだけ残雪。この辺りでは、既に木々は落葉していて、より展望がいい。足がつり始めたら小休止、これを2,3度繰り返す。
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 三角形の山小屋が見えてきた。北八ヶ岳の登山口の一つ、大河原峠に到着。登山客のクルマが結構止まっている。駐車率7割くらいか。とりあえず広がる大展望が迎えてくれた。見えているのは北アルプスかと思ったが、後で確認したら妙高連山など。
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 ひとしきり展望を楽しんだが、気になるのは下りのルート。登ってきたのと反対側には展望の良さそうな道が伸びている。女神湖に至る蓼科スカイラインだ。問題はその途中から分岐し望月高原牧場へと下る道。三角屋根の大河原ヒュッテで聞いてみよう。留守かと思ったらクルマが止まり、スタッフと思しき二人組が荷卸を始めた。仕事が落ち着くのを待って道路の様子を聞いてみるが、「最近はそちらに行っていないからわからない」とのこと。うーん。
 しかし、もうあのスカイラインを目にしたら気持ちが抑えられない。一か八か行ってみよう。もしダメなら女神湖を経由して、長門牧場方面へ下るしかない。そのあと春日温泉までの登り返しは時間的、体力的無理かもしれない。でもバス(最終バスは終わっている?)、あるいはタクシー(高いよ)、まあその時に考えよう。ちなみに望月高原牧場側から大河原峠への分岐には通行止めの表示はなかった。先ほどの大河原ヒュッテのスタッフの言葉も、いいようにとらえれば、通行止めとは聞いていない、ということだ。
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 さあ、合羽の上着を着て、指切りグローブからフリースの手袋に交換し、大展望の中を下る。素晴らしい。峠の観光案内板に載っていたトキン岩は登れば展望台になっている。が、立ち寄る心の余裕がなく、通過。山側の法面にしみ出した水が凍っている。
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 いよいよ運命の分岐に到着。通行止めとはなっていない。かなりの安心感が漂うが、まだ完全ではない。行程は長いのだ。道はヘアピンカーブとなり尾根から谷へと下る。ぐんぐん下る。
 浅田切と望月高原牧場の分岐まで降りてきた。通行止めとは出ていない。もう大丈夫だ。望月高原牧場へは、ほんの少し登り返しがあるが、西日を浴びて鮮やかさを極める林をのんびりと登る。
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 そしてついに朝クルマで下見した望月高原牧場へ。牛や馬がいるわけではなく、なだらかな草原が広がっているだけだが、開放感が素晴らしい。朝よりぼやけたようだが、白い北アルプスの峰々も見られる。
 さあ、100mの登り返し。標高差1000m、50分の下りで脚の筋肉は回復。もうつらない。この先道がつながっている安心感。そして最後の最後の登りであることもわかっている。不安も焦りもない。
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 道がダートに変われば登りはほぼ終わり。林間へと入る。
 林の中から叫び声が聞こえる。猿だ。数匹がひとしきり騒いだあとどこか姿を消した。入れ替わるように今度は甲高い声。鹿だ。
 下りはじめた道は、やがて舗装路に変わり別荘地へ。学者村別荘地というらしい。道は急な下りとなり、野球のグラウンドを過ぎたら、鹿曲川沿いの道に合流。周回完了だ。
 クルマにランドナーを積み込んでいたら一台のクルマが止まり助手席の窓があいた。乗っていたのは高齢の夫婦。自転車でどこまで行っていたか聞かれ、大河原峠と答えるとたいそう驚かれる。彼らは、住まいは東京でこの上(つまり学者村だろう)に別荘を持っているとのこと。東京からここまで2時間半くらいだそうだ。

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2017/11/10

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(1:旅立ち)

■旅立ち
 秋には毎月3連休がある。去年に引き続き、信州東部の峠越え遠征に出たい。しかし天気が悪くてなかなか結構できないまま9月、10月が終わり、とうとう11月になってしまった。標高の高い中部山岳で自転車に乗るのは、文化の日の三連休が、今シーズンのラストチャンス。週間予報では、3日文化の日が微妙な空模様。気象庁の予報では曇り時々雨。しかし、日本気象協会のtenki.jpのピンポイント予報では晴れ。前日の2日になって、気象庁の予報も晴れに変わった。3連休の真ん中、4日の天気は良くなさそうだが、それは問題ない。決行だ。すぐに宿を手配する。
 2日22時30分、ランドナーを積んだクルマで出発。丹後から若狭、そして近江へ。前日は「後の名月」十三夜。中秋の名月につづく、月見の日。月明かりに照らされた琵琶湖が美しい。木之元から高速道路へ。北陸自動車道、名神高速道路、中央自動車道と走りつなぐ。大型トラックが多い。
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 何度か休憩しながら走り、明け方5時過ぎに、諏訪湖S.A.到着。フードコートで早めの朝食。ソースカツ丼。食べている間に空が明るくなっていた。
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 諏訪湖I.C.で高速道路を降り、茅野でガソリン補給してから、白樺湖へ。市街地およびその周辺では人々が活動を開始しているが、白樺湖や女神湖の観光地はまだ静まり返っている。蓼科山の北側に回りこむ。長門牧場は広い牧草地に朝日が差して、幻想的な雰囲気。
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2017/10/22

丹波の優しい峠めぐり(三春峠など)2017

 この秋、福知山周辺の十数年ぶりのコースを走ったが、今度は比較的最近の定番コースをたどる。三春峠をはじめとする4つの峠を越える周回だ。京都府と兵庫県にまたがるものの、すべては丹波の国の中のお話である。
 まずは、国道9号線を福知山から京都方面へ。三和の中心部を抜けてすぐ、三春峠へ向かう府道709号線へ右折。これまでは、国道9号線をもう少し先に進んだところの廃れたドライブインの駐車場にクルマを止めていたのだが、出入り口をふさがれている。隙間から侵入することもできるのだが、そもそも私有地であり、しかも「入るな」という意思表示がされているわけだから、そんなところに駐車するのは止めよう。
 ということで、最後に兵庫県側から三春峠を越えて気持ちよく下りでゴールするためこの道に入ってきたのだが、田園と集落が続いてなかなか駐車場所が見つからない。興雲寺、中島の集落を超え、道が狭い谷沿いになったところに、道路わきの広場を見つけ駐車。国道から5km、標高差60mほど来た。
 クルマからランドナーを下ろし、前後の車輪と泥除けを装着。もう7分丈のズボンでは寒いので、長ズボンのすそをベルトで止める。上半身は迷ったが半そでシャツで行くことにする。もう普段は長袖で過ごしているが、今日は雨上がりの曇り空。明日はまた雨。秋雨前線が近く湿度が高い。運動して体温が上昇しても、発汗の気化熱による冷却は期待できない。要するに動けば蒸し暑い気候だ。ただし、スタートの下りは寒い。ウィンドブレーカー代わりの合羽を羽織る。
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 少し下ると、中島集落。それを抜けると、細見川の谷が広がり田園地帯となる。下り基調だが勾配は緩み、ペダルを積極的に回すようになる。体温が上がり合羽を脱ぐ。結局合羽はこれでお役御免。
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 国道9号線が近づくと、細見川の河岸段丘の田んぼの中の道へ。国道の走行を少しでも減らすためのショートカットを試みる。けれど川の近くまで下ったところで行き止まり。「こんなとこ、どこにも行けへんで」と田んぼの手入れをしていたお父さん。ショートカットが勇み足だったようだ。
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 府道709号線まで登り返す。府道手前に数本の栗の木があり、大きな毬が路肩に落ちている。中身は空だが。自転車を止めて写真を撮って、いざ再出発しようと自転車に跨ろうとしたとき足元が滑って自転車ごと転倒。落ち葉の下の泥か苔が濡れて滑りやすくなっていたようだ。
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 次の分岐を細見川方面に入れば、新田集落を通り国道へとショートカットできる道だったが、集落の中の道は難解で細見川を渡る国道の橋の下をくぐってしまった。結局国道に復帰できたのは府道709号線の分岐付近。結局いつもの国道の車歩道を行く。近くに高校の分校があるせいか、車歩道は自転車道といっていいくらいに整備されている。しかし、細見川を渡った東側の河内野(こうしが)集落沿いになると集落内からの細い道の合流により車歩道が分断される。というわけで、河内野集落の中の道を走る。もうクルマが多い国道とはお別れだ。
 これまでこの区間を走るときはゴール手前の夕暮れ時なので府道・国道をそれる余裕はなかったが、今日はスタート・ゴール地点を変えたおかげで集落散策ができた。この経験をへて、次回は新田集落から車歩道へスムーズにアクセスできることだろう(来年か)。
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 河内野集落から、箱部峠へ向かう府道710号線へ。全線でセンターラインがあり篠山方面へ向かう道にいずれ合流するのでそこそこクルマが通る。国道との分岐点周辺の兎原を越えると集落はほぼない。川沿いを南下していくと、そのまま京都・兵庫の府県境。すぐ先が箱部峠なのだが、峠が府県境ではない。それどころか、峠の両側とも桑原集落。そのくらいちょっとした峠ということか。雲の切れ間から日が差して、秋の里を照らしている。風に揺れる白いススキの穂、あかく実ったカキの実、赤や黄色に咲く花。いつしか晩秋の雰囲気。
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 箱部峠を越えた先の桑原で県道509号線へ。完全1車線で離合困難の道だ。この道は、この先で栗柄ダムの建設が行われていたため、2009年から2015年まで7年もの間通行止めだった。その間はこのコースを走れなかったわけだが、昨年久しぶりに走った。桑原を過ぎると集落はなく、細いうえに、この先の峠付近ではヘアピンカーブが連続するため、ほとんどクルマは通らない。自転車にとってはいい道だ。
 家が途切れ田んぼもなくなると、いよいよ山へと入っていく。山はほぼ杉の植林だ。現れた軽自動車と離合。これは珍しい。この道を通っているが、クルマに出会うことはめったにない。しかも山仕事の軽トラックではなく、乗用車だ。これは初めての経験だと思われる。
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 峠へ向かうにつれ勾配が増していく。そして峠付近は前述のとおりヘアピンカーブの連続する急坂だ。桑原からは200m、国道9号線からは300mの標高差を登り、標高400mほどの切通しの峠に到着。
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 峠を越え南に下る。すぐにため池。西紀ダム。そのすぐ下が栗柄ダム。その下に栗柄の集落がある。この集落には、栗柄ダムを経由する杉ヶ谷川と鼓峠からの宮田川が北東から南西に並行するように流れているが、前者は由良川に合流して日本海へ、後者は加古川に合流して瀬戸内海へと注ぐ。つまり、この集落の中に日本の中央分水界がある。「分水嶺」という言葉があるが、山の尾根によって分けられた分水界のことを言う。それに対し、この栗柄は、「谷中(こくちゅう)分水界」である。それだけでもかなり珍しいのだが、集落の西側の栗柄峠がまたかなり個性的。なんと杉ヶ谷川の流れが栗川峠を越えている。
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 その杉ヶ谷川に沿って県道69号線を西へ。登りが全くないまま篠山・丹波の市境の看板に到着。川を見下ろせば、丹波市側は突如急流となり川床がはるか下に見える。近年大規模な拡幅工事が行われた県道は、開放的で丹波市春日町や多岐連山から西に延びる山並みを望むことができる。しかし、その新しく開放的な道も中腹で林間の閉鎖的な道となり、工事用の信号に止められる。拡幅工事はまだ続いている。
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 工事区間を抜け再び新しい道に出ると、右に集落や田園のある谷を見下ろすようになる。その谷底へと降下する道へ。やがて新しい道と合流するのだが、できるだけ集落を走るほうが楽しい。栢野、広瀬、松森と秋の里を行く。立派な構えの農家が多い。壁が朱色に塗られている古い家がみられる。
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 県道709号線で北、そして北東方向へ進路をとる。下三井庄(しもみのしょう)から、上三井庄と三春峠へ向けて進む。県道と書いたが、できるだけ集落の中の道を行く。夕暮れが迫り、曇天がさらに暗くなってきた。これから目指すは、本日最後にして最大の峠だが、もうこれを越えるだけとなると気持ちは楽になる。一心にペダルを回すのみ。
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 やがて田園や集落が広がる谷の奥にたどり着き、山間部へと入る。林間のためさらに薄暗くなる。黙々と進むのみ。先ほど越えた県道710号線の峠よりも標高は高いが、勾配は緩い。走りやすいいい峠だ。丹波の国には、こうした優しい峠が多い。
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 峠が近づくと展望が開けた場所がある。春日の平野部が見下ろせる。対岸の山の中腹には舞鶴自動車道。ヘッドライトの光が行き交っている。先ほどわずかに霧がかかった区間があったが、高みに登りついたら小さな雲の塊が自分よりも下に見える。幻想的な風景だ。
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 標高450mの峠に到着。麓から標高差300mほどを登った。ここで京都府に復帰。さあヘッドライトを灯して下ろう。少し下ると京都府側の展望ポイント。はるか下に街灯の明りと家が見える。あそこまで下るんだ、とその距離と標高差に初めて来たときはおののいたが、下りだからあっという間なのである。
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 実際あっという間に下った。先ほど見下ろしたのは、田ノ谷でほんの数軒の家だが、トタンに覆われた茅葺葺きの立派な農家も見られる。集落のあたりは比較的平坦だが、その先下り勾配が増し狭い谷となる。すぐにクルマを止めた広場へ到着。
2017年10月中旬、14:27~17:49、約38km

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2017/10/10

秋晴れの丹後半島一周

 シーズンに一度は走らねばならぬ、と思っている丹後半島一周だが、いつの間にやらもう10月。ゴールデンウィークから何度も狙っていたのだが、ここぞという日は天気がいまいち。前日の晴れ予報に心を決めていたのに、朝起きるとうっすら曇っている、ということの繰り返し。空が澄み海が青い時に走らないと値打ちが半減する。そのうち蒸し暑い夏がやってきて、自転車に乗る気が失せる。しかも天候不順。待望の9月がやってきたが、また5月のようなことの繰り返し。そして、9月30日、二つ前の記事「今はもう秋」に書いたとおり機会を逃してしまった。やはりその記事に書いたように、9月は土曜または日曜に仕事がある週が多かったのも事実だが、加齢とともに休日をだらだら過ごすようになってしまったのもまた事実。
 翌週は、土日と体育の日で三連休。泊りがけで出たかったのだが、あいにく初日が雨予報。実際には朝のうちだけで止んだのだが、それでもすっきり晴れてくれなきゃやだ。ということで見送り。今シーズンは、いまだ遠征なし。寂しいけど、天気はどうすることもできない。雨や霧では楽しくない。楽しむという目的は達成されない。現地での予定変更もまた同様。すると心残りが発生し、リベンジを企てることとなる。遠征には費用も労力もかかる。例えば、信州方面に2泊3日の遠征を組めば、交通費や宿泊費で3万円はかかる。今月行っていまいちだったから来月また行こう、というわけにはいかない。満を持して、行動を起こそう。
 遠征がダメなら、別の懸案である丹後半島一周をこの3連休に決行しよう。連休初日は、朝のうち雨でその後曇り。寝たきり生活。遠征しようと思っていた地をインターネットのライブカメラで見ると、昼前まで雨で、その後、霧。踏みとどまって正解だった。
 そして連休中日。まずまずの天候なのに、だらだら過ごしてしまった。やはりちょっと雲が多めだったのと、この日は地域の秋祭り。各集落で、神輿や屋台が練り歩き、迂回せねばならない場面があるかも知れず。ちなみに、私の住む集落は、かつては神輿を担ぎに出なければならなかったが、今は子どもの屋台だけになった。
 そして、連休最終日。朝起きると日が射している。予報は前日に曇天に変わり、諦めかけていたのだが、青空が広がっている。というわけで、今シーズン初、生涯通算46回目の丹後半島一周が始まった。
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 9:45、ランドナーで京丹後市弥栄町の自宅を出発。まずは、竹野川の流れに沿って北上。国道482号線を避け、農道などクルマの少ない道をつないで行く。それにしても暑い。下半身は7分丈のズボン。上半身はTシャツの上に半袖シャツ。いつか脱ぐと思っていた半袖シャツを、走り出して30分で脱ぎ、もう着ることはなかった。はじめから着てくる必要はなかった。携行する飲料水は2L。ウーロン茶のペットボトルをフレームに装着。
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 京丹後市丹後町に入ると、小学校が賑やか。地域の運動会が行われている。祭りは京丹後市全域だが、運動会は旧町ごと。先ほど通過した集落の公民館には飾りつけを外した神輿が置かれていた。宵宮を含め2日間にわたる秋祭り、そして運動会と大忙しの3連休だ。
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 細かい藁が散乱した田んぼが見られる。先月の台風の爪あとだ。
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 竹野川河口付近にある道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。予想通りグループにソロのサイクリストの姿が見える。すべてがロードレーサー。ここ数年でその数がかなり増えた。同じ自転車乗りとして共感できる部分もあるのだが、一方でランドナーに乗ったツーリストからすると、全く異なる種族のようにも感じられる。走るペースや距離も違うのだが、それ以前に走る目的からして違うようだ。インターネットのブログやSNSにも自転車関連の書き込みが多くみられるようになったのだが、参考になる情報が掲載されたものや、読みごたえのある内容のものが非常に少なくなった。食レポに例えれば、「こんなにたくさん食べた」「おいしかった」というだけ。後は、自撮りで自分や仲間の姿を映した写真が並べられている。別に否定するつもりはない。表現の自由である。だた、味が再現できるような食レポ(ツーリングレポート)に、私自身が勝手に魅力を感じているということだ。
 そのあとは、国道178号線で海岸線を東に向かう。海岸段丘へと昇る急坂の途中でも歓声が聞こえる。小学校としては数年前に閉校となったが、かつての校区ごとに開催される運動会の会場として使われている。
 海岸段丘へと昇ると、15台ほどのロードレーサーの団体とすれ違った。脇目もふらぬ高速走行。
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 海にそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。見ものなのはその岩だけでなく、その周囲の海の美しさだ。北に面した海は、冬は北西の風により荒れ狂うが、夏場は穏やかで、底の砂は白いので、美しく透き通った青色となる。これが見られるかどうで、値打ちが変わる。今日は、ばっちりだ。水平線の手前に、豪華客船が見える。舞鶴港に立ち寄るクルーズ船の一つなのだろうか。(後日の新聞記事によれば、まさにその通りだった)
 しかし、このあたり赤く枯れた松が目立つ。かつては屏風岩のてっぺんにも一本松が生えていたのだが、20年ちょっと前に枯れてしまい少し味気ない姿になってしまった。
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 定期観光バスが止まり、乗客に周囲を囲まれたので、そそくさと脱出する。犬ヶ崎トンネルを抜けると、丹後松島が見える。松島のような風景ということだが、点在するのは島というより岩で、それも陸繋島だ。
 宇川の河口まで降り、対岸へ上り返すがすぐに下ってまた橋を渡り海岸段丘へと上り返す。その間に運動会が行われている小学校グラウンド脇を通過。丹後町の4会場のうちの3つをはしごした、そばを通っただけだが、というわけだ。
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 スーパーマーケットでパンを買って、経ヶ岬方面へ。自衛隊の駐屯地、そしてXバンドレーダーの米軍基地を通過。それらは国道より海側にあるのだが、内陸方向の見上げる山の頂上には自衛隊のレーダーサイトが見える。
 そして、近畿最北の集落、袖志を通過。ここは丹後半島の北岸には珍しく海のすぐそばにある集落だ。国道を隔ててすぐに海。海岸段丘がなく、背後が山という低地に集落がある。穴文殊、そして自衛隊と米軍基地のある小さな岬が北西の季節風と波を少し防いでくれるようだが、防波堤とテトラポットの様子からも、厳しさはうかがい知れる。もちろん、今の時期を含め南よりの風が主体の夏場は穏やかな海である。
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 そして登りが始まる。近畿最北の今日が岬灯台への分岐を経て、経ヶ岬隋道(現地の表札には「白南風(しらばえ)隋道)を抜けると、青い海が広がる。カマヤ海岸だ。断崖の標高100m程のの位置に道路がつけられ絶景だ。左側通行で全体を通して海の景色を堪能でき、枝道の分岐も少ないのに加え、このカマヤ海岸を下り基調で快走でき海の上を飛ぶような気分が味わえるのが、時計回りの半島一周の魅力である。
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 観光客の自動車、オートバイは多いが、屏風岩の手前以来自転車は見ない。
 甲崎を越えて蒲入(かまにゅう)集落を見下ろす。北西の風と波を甲崎が防いでくれる蒲入は海に近い漁港の集落だ。2年前までは、ここからちょっとした峠だったが、トンネル開通により、カマヤ海岸から本庄浜まで下り基調でいける。
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 この後少し内陸部に入る国道を本庄宇治で左折、府道623号線に乗り換え本庄浜へ。筒川河口にかかる橋のたもとに、ソロサイクリストが佇む。自転車は、小径車だ。「こんにちは、BD-1でここを走るとはすごいですね」と声をかける。国道をそれたこの海沿い路線は、丹後半島一周の中でトップクラスの絶景ポイントと思っている。
 けれども国道一直線のサイクリストが多い。しつこく食レポにたとえれば、大味でたくさん食べられればいい、ということなのだろう。
 だから、この路線で出会うサイクリストには、親しみを感じてしまう。コース選びだけでなく、自転車にも独自の創意工夫が見られる。いまどき自転車といえばロードレーサーという中で、ブレないこだわりが見受けられる。お互いの自転車のオリジナルの変更点を述べあい、感心しあう。
 特に、ある工夫には驚かされた。他人のことなので具体的には書かないが。私の所有する折り畳み小径車でも考えたことだが結局断念したことに、そんな解決方法があったとは。ただし、正直に言ってそれはスマートな方法とは言い難く(すみません)、アイデアを真似ようとは思わないのだが、発想の転換というか、柔軟で自由な考え方には脱帽するばかり。既製品に頼るばかりでも、他人のアイデアを真似るばかりでなく、自分で作り出す姿勢が素晴らしい。
 また、20年近く前からGPSレシーバを導入し、高価な日本語モデルではなく底辺モデルを選び続け、国土地理院が公開しているデータをフリーソフトで変換して無料で地図を利用していることも同じ。さらに、インターネット以前にパソコン通信をしていたことまで共通していた。
 光ファイバーもADSLも普及する前の、今では考えられないほどの低速通信の頃、文字、つまり文章で書かれた情報が主体だった。パソコン通信は当然文字ばかりだし、インターネットも普及したての頃は写真等の画像はデータが重く読み込みに時間がかかるため、Webページには小さな写真が少しだけ張られ文字がぎっしり、というものだった。
 だから、当時のパソコン通信の自転車フォーラムには、読んでいると味がしてくるような食レポならぬ、自分が走っているような気分になるツーレポがたくさん上がっていた。
 ああ、まだこういう人が生き残っているんだな、ずっと話し続けていたい、という気持ちを振り切って別れを告げる。彼は、輪行で天橋立駅スタートで網野駅ゴール。つまり、私とは逆方向だ。
 さて、私は本庄浜の海水浴場に寄って、先程買ったパンを食べる。波打ち際で遊ぶ家族連れが遠巻きに見える。
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 食べ終わったら、厳しい坂道に挑む。まずは野室崎。出だしが特に急坂だ。フロントインナーよりも大きい超低速のローギアが組まれたリアスプロケットを装着しているので、とにかくゆっくり登る。夏の間緩くて短いコースしか走っていないので、穏やかに穏やかにペダルを回す。低速ギアのお陰で、標高差120mをノンストプで登り切った。青い海、冠島と沓島、若狭湾のリアス式海岸、青葉山、そしてこれから向かう新井崎(にいざき)が一望できる。
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 断崖に囲まれた入り江の泊へと下り、すぐに新井崎への登りとなる。標高差100m近くまで登ったら、道はいったん水平になり、やがて緩やかに新井の集落へ下る。そして、まただめを押すような登り。一つ一つは短いが、まさに登りの波状攻撃だ。
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 新井の漁港を見下ろしながら登り、小さな棚田の脇を行く。「新井の千枚田」だ。この府道623号線よりも、
大原集落へ向かう道を通れば千枚田の名前の通りのたくさんの棚田の景色を見ることができる。
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 標高130mのピークを越えたら、舟屋の集落に囲まれた伊根湾へと下って行く。私がまだ子どもだった30年余り前は静かな漁村だったのだが、その後注目を浴びるようになり、20年ちょっと前にNHKの朝の連続テレビ小説の舞台となり、さらにこの数年観光客を増やしている。元々は舟屋と母屋の間の中庭を連ねた通路を車道にした、狭い道に散策する人が行き交う。海外からの観光客もいる。また集落の途切れたところには大勢の釣り人。集落を迂回する道、そしてその道沿いに道の駅と大駐車場が設けられているため、狭い道を通るクルマは比較的少ない。観光客を避けながら、自転車を進める。
 伊根を抜け、宮津市の養老集落へ。集落に面した小さな浜がある。ここも美しい白砂の浜だ。
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 国道178号線に戻り、若狭湾を左に見ながら走る。こちらは南東に海が開け季節風の影響を受けないので波打ち際に集落が点在する。つまり、道は平坦だ。しかし、伊根と天橋立という二大観光地を結ぶ一本道なので、クルマが多い。ほとんど途切れない。5月の晴れの昼下がりには、内陸の気温上昇による対流により海風が背後から押してくれるのだが、今日は微風だ。そして、これまでのアップダウンのダメージで、脚がつり始めた。ああ、情けない。夏の間怠けたせいだが、根底には過労による体力の衰えがある。
 天橋立の北詰、府中に到着。いつもはこのまま最後の山越えに向かうのだが、今日は趣向を変えて、天橋立の松並木を渡って、京都丹後鉄道の駅のある文殊へ。歩いたりレンタサイクルに乗ったりして散策する人々に気をつけて進む。そして、シーサイド自転車道で阿蘇海をぐるりと回る。
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 この夏は天候不順で北海道ツーリングを断念した。近年北海道以外で、1日100km走ることはほとんどない。唯一のチャンスは、この丹後半島一周だ。でも普通に走れば80kmを少し超える程度。阿蘇海を回って少し距離を伸ばそうというわけだ。脚のつりをごまかしながら、ペダルを漕ぐ。
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 そして、与謝野町(旧岩滝町)男山から府道53号線へ。勾配は緩やかだが、このコースの最後にして最高地点へ向けての登りが始まる。当然脚つり祭りが始まる。何度も止って痛みを抑える。道路の両側を山に挟まれた狭い空は、いつしか曇天。予報通りの展開。もうここまでくれば構わない。青さの薄れた海はもう見えないのだ。
 延利(のぶとし)で一度緩やかに少し下ってから、久住(くすみ)へとまた緩やかに登る。気づけば頭上には再び青空が広がっていた。集落の中、コスモスなどの秋の花が鮮やかだ。天候に恵まれた一日だった。
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 旧大宮町と弥栄町の境が標高190mで本日の最高地点。その手前で2Lを飲み干した。数世帯の山間集落、堀越から待望の下り。これで、ペダルを漕がなくても貯めこんだポテンシャルエネルギーが家の2km手前まで連れて行ってくれる。
 等楽寺、外村(とのむら)を過ぎ、小さな登りを越えてゴール。これで88km。


 少し休んで、柿を収穫し、再び自転車にまたがる。今度はクロスバイク。お散歩コースを走ってこの日野トータルを100kmに乗せる。標高差50mに満たない小さな峠を2つ越えるコース。ここでも脚つり祭り。13km。
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 ついつい思い入れが余っていろいろ書いたけど、所詮私の方が異端分子。所有する8台の自転車にロードレーサーはなく、短文投稿サイトにつぶやきが行き交い、「インスタ映え」などいう言葉が流行るご時世に、サイズの小さな写真を貼り付けた長文記事を書いている時代錯誤人間。流行にあわせ、主流に乗れる人の方が、協調性もあり他者ともうまく付き合いまっとうな人生を歩めるんでしょうね。

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