2018/12/23

湖北の初冬~入部谷越と安曇川の流れ~

 先日、メタセコイア並木の紅葉を見に訪れた琵琶湖の西北部高島市マキノ。ちょっと遠いけど、十分日帰り可能だし、ご当地ラーメンチェーン「ちゃんぽん亭」で近江ちゃんぽんも魅力的だ。現在は合併により、同じ高島市でも今度は南の高島、安曇川、新旭、朽木を巡るコースを設定。今津はアプローチで必ず通る。これで、合併前の5町1村を制覇できる。
 12月15日土曜日は、朝のみ舞鶴で勤務。9時半過ぎには自由の身になる予定だったのだが、必要な資料を忘れて行ってしまい、その再現に1時間を余計に費やしてしまった。うーん、日を改めようか。でも、冬季閉鎖区間があり、今日は貴重な晴れの日だし、延ばせば本格的に雪に閉ざされてしまう恐れがある。すでに冬季閉鎖の期間に入っているだろうが、まだ積雪はわずかで突破可能という感触だ。というわけで10時半に出発。若狭から近江今津へ。例によって近江ちゃんぽんで腹ごしらえをして、湖岸道路を少し南下。道の駅しんあさひ風車村のはす向かいにある源氏浜駐車場にクルマを止める。寒いのに、椅子やテーブルを並べてデイキャンプを楽しむグループが複数見られる。
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 さて、自転車を準備。濡れた路面でもしっかりと水撥ねをガードしてくれる泥除けが付いたランドナーが今日のパートナーだ。
 湖岸道路をさらに南下。師走の太陽は低く南寄りのため、斜め前方からの日光で湖面がキラキラと輝いている。安曇川を渡る。河口手前で二股に分かれているので北流を越えてしばらく進み、今度は南流を越える。この安曇川が作った扇状地が半円状に琵琶湖に突き出し、その上に高島、安曇川、新旭の市街地及び田園が広がっている。扇状地の縁はアップダウンのない平坦なコースとなっている。対岸には伊吹山。もうすっかり冠雪して白い。
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 新旭から安曇川を過ぎ、高島で西に進行方向を変え内陸へ。和田打川、鯰川といった小さな川が並行して、それぞれ琵琶湖に注いでいる。いったんひとつの谷まとまりながらも合流せず、扇状地に入ると放射状に広がって、その後つかず離れずの関係を続けている。この辺りは田園地帯であるため、用水路として人工的に流れを決められた川なのかもしれない。
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 正面にはうっすらと白い蛇谷ヶ峰(じゃたにがみね)が、どっしりとそびえている。向かって左の方にはさらに白さが際立つ山が見える。武奈ヶ嶽かと思ったがその手前の釣瓶岳だった。蛇谷ヶ峰の向かって右側、つまり北側の中腹が当面の目標地点だ。扇状地の南端、伊黒集落の谷へと入る。進路を右、つまり北寄りへと変えていかなければならないのだが、そちらの方向に分岐する道はやけに細い。農道である。舗装されているが、かつてはあぜ道だったものだろう。シカ、イノシシ、クマ、サルなどを敷設防ぐゲートを越えて進むが、鴨川の流れに阻まれる。対岸に渡らねばならないが橋がない。そうだった、谷に入る前に左岸に渡っておかねばならなかったのだ。隣接する別の川に混乱させられてしまった。
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 上拝戸まで引き返し、鴨川を渡って武曽へ。気になる看板を発見。県道295号線の通行止めを告げている。その県道に入るとさらに具体的に、通行止めの区間と距離が示されている。要するに峠の入部谷越にあるトンネルの手前が通れない。もともと冬季閉鎖を示す看板の「冬季」の部分を「当面」に変更してある。夏から秋の前線や台風による被害なのかもしれない。もちろん、撤退はしない。自転車なら通れると信じて進む。ダメなら引き返すだけのこと。まだ現場を見ないうちに判断するのは早い。
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 集落内からすでに細い県道は、鴨川の流れを左に見ながら山間部へと進んでいく。対岸の農道と変わらない道幅だが、ずっと続いていくという雰囲気がある。何度か通行止めの看板のわきを通過し、登り勾配が増す。
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 山林に入りしばらく行くと道が大きく蛇行し、ヘアピンカーブを経て折り返す道が上方に見えるが、路肩が崩落し青いシートがかぶせてある。あれが通行止めの原因か。実際その現場まで登ってみると、かろうじてクルマも通れるだけの幅は残っている。ここが通行止めの根拠かどうかはまだ判断できない。通れないことはなくても安全のことやさらなる崩落を防ぐために通行止めにしているのかも知れないし、この先にもっとひどい個所があるのかも知れない。
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 少し先にまた路肩が崩落した箇所があった。一つ目よりも規模が小さい。
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 標高200mを越え、道路の周囲にちらほらと白い雪が見られるようになる。登るにつれ白い部分が増していき、標高300mを越えると道路を薄い雪が覆っている区間も出てきた。雪の層は薄く、湿っているので、そのまま乗車でいける。
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 標高400mに近づくと、木々の間に安曇川扇状地と琵琶湖が見える。しかしブッシュが邪魔だ。
 ようやく景色が開けて写真撮影ができた。対岸の伊吹山がピンク色に染まっている。
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 カーブミラーの先、広く路面が雪に覆われている。と思いながらカーブを曲がってみると、トンネルが口を開けていた。入部谷越(にゆたにごえ)に到着だ。通行止めの根拠は、先ほどのビニールシートで覆われた路肩の崩落だったようだ。
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 クルマがすれ違えない狭いトンネルを越える。かつての町村境のトンネルを抜けると、そこは雪国だった。そんな、ベタな表現がぴったりな景色だった。旧朽木村。朽木スキー場だ。明らかに旧高島町側よりも雪の量が多い。路面に5cm以上積もっている。でも未除雪区間はわずか。直ぐに通行止のゲートがあり、それを越えると、つまり通行止区間を抜けると除雪されている。ただし営業できるほどの積雪ではなく、スキー場は閑散としている。職員の姿もない。16時46分、ちょうど日没時刻。
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 すでにフリースの防寒手袋を着用していたのだが、下りに備えさらに厚手のものに交換。
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 スキー場を過ぎてしばらくは、今朝積もったと思われる雪がほんの少し路面に見られるところもあったが、下るにつれて雪はなくなった。ただし、かなりの急勾配。スピード抑えないと、フルブレーキでもすぐには止まれない。
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 徐々に体が冷えていく。10分ほどで、朽木村中心街が見えてきた。が、その手前で右折、中心街をショートカットして安曇川沿いの県道23号線へ。薄暗くなってきたので、ライトも装着、点灯。
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 下り基調なのでスピードアップ。扇状地の高島市の中心部と旧朽木村を結ぶメインルートなので、結構クルマが通る。前後にライトを付けているので、追い越すクルマは大きく避けてくれる。ただし、景色はもうほとんど見えない。この朽木渓谷は紅葉の名所であるらしいのだが、もう終わっているので見えなくてもまあいい。
 渓谷の区間を過ぎ、開けた扇状地に出たら、川をそれて左、つまり北方へと向かった方がクルマを止めた源氏浜への近道なのだが、暗いし寒いしあまり地図を見たりコースを考えたりする気が起こらず、安曇川右岸の県道を道なりに進んでしまう。ほぼ平坦になり積極的にペダルを漕がねば進まなくなったので、手袋を戻したのだが、やはり手が冷たくて厚手のものを装着。あとつま先も冷たい。
 結局安曇川よりも南側で湖岸道路に突き当たり、源氏浜へ向けて北上開始。すっかり夜の道を走り、駐車場へ。帰宅後に地図で確認すれば、県道を道なりよりも、北にそれる道を選べば、クルマも少なく寒い夜道を3kmほど短縮することができたはず。
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 走ってみれば、なかなかいいコースレイアウト。湖畔ルートに始まり、田園地帯を経て、程よい峠越え。通行止区間もあったが自転車の走行には支障なく、峠付近の展望もいい。後半は下り基調の川沿いコース。暗くてよく見えなかった朽木渓谷の景色も見たいし、季節を変えて再訪するのもいいかもしれない。
 12月中旬、14:25~18;12、約50km

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2018/12/22

京都桂川自転車道

 11月23日に予定されていた滋賀県マキノのツーリングが時雨で中止となって残念。個人的には後日にリベンジできているのだが、グループで走る機会が失われたのは惜しい。ロードレーサー全盛、ハイスピード&ロングディスタンス至上主義が主流の現在、のんびりペースのツーリングを共有できる機会がめっきり減ってしまった。以前は、こんなことではなかったのに。
 でも、マキノのツーリングを主催したのランドナー専門店「アイズバイシクル」では、ほぼ毎月第2日曜に、朝サイクリングを実施している。大概は、京都の北山が舞台となるのだが、この秋の台風で山間部の道が思うように走れない。というわけで、12月には桂川自転車道を走る計画が発表された。それに申し込みをした。
 12月9日、5時半過ぎに京丹後市の自宅を出発。まだ真っ暗で、家の周り、一部にうっすらと雪が積もっている。昨日の日中はみぞれだったが、夜になって雪となった。そして、家のすぐ近くの山間部では昨日の日中から雪で、当然道路にも薄く積雪。除雪が出るほどではないが、先日新調したばかりの新しいスタッドレスタイヤが活躍している。
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 近畿自動車道京丹後大宮I.C.から高速道路へ。宮津天橋立I.C.で京都縦貫道へと接続する。有料の京都縦貫道を利用することはめったにないのだが、時間制限があるので仕方ない。これにより、京丹後市から京丹波町の和知(わちI.C.)まで1時間で到達。
 和知からは国道27号線を京都市方面へと進み、そのあと府道で日吉ダムへと向かう。ダムに隣接した道の駅「スプリングひよし」でトイレ休憩だが、その手前に「この先通行止」と気になる看板を目にする。そうだった、おおざっぱに通行止め区間があることを認識していたが、あまり深く追求していなかった。どうやらこれから以降としている、日吉ダムから旧京北町の南部へ抜ける桂川(大堰川上流)沿いの道が通れないようだ。ロードマップを開いてルートを考える。
 本来なら、ダム湖に注ぐ川沿いの細道をたどり、かつての京北町と京都市の市町境である笠トンネルの北側で国道162号線に合流するのだが、府道19号線と78号線で大きく北に迂回して京北町の中心部経由するしかない。そうと決まれば、急ごう。時間に制約があるのだ。
 センターラインが引かれた走りやすい道路。距離は伸びるが時間のロスは少ないかも知れない。たまに現れるかやぶき屋根にうっすら白い雪が積もっている。京北町中心部の北側で国道162号線へ。南下開始してしばらくすると旧京北町の中心、周山と呼ばれる地区。この周山を通る国道162号線は周山街道と呼ばれる。正式には、京都盆地の仁和寺前から周山までの区間のこと。しかし、その先にも美山、さらに小浜へと続き、見所が多く、自動二輪の雑誌でも取り上げられる道である。実際、京都市内から北上してくる自動二輪とすれ違うようになる。寒さに負けない強い人たちだ。
 台風被害と思われる倒木だらけの北山杉の植林を見て、紅葉末期の高雄を超えて京都市内へ。京都盆地の北西部、仁和寺の近くに位置するアイズバイシクルには、このルートで向かえば市街地をあまり移動しなくてすむ。まあ、今の時刻、日曜の朝なら市街地でも比較的スムーズに移動できるだろうけど、帰り道、つまり昼過ぎから夕方には各所で渋滞するはず。
 8時20分、アイズバイシクル近くのコインパーキングに到着。まずは本日の相方のランドナーをクルマから降ろし、前後のホイールを装着。そして、ハンドル、フロントフォーク、サドル、チェーンとリアディレイラー、ペダルを外した別のランドナーフレームをクルマから降ろす。リアエンドが変形してしまったフレームを修理してもらうのだ。2本のタイヤチューブを引っかけて、それに両腕を通してフレームを背負う。その状態で、自転車にまたがってアイズバイシクルへ。
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 コインパーキングからアイズバイシクルまで1㎞あまり、本通りを避けて住宅街の路地を行く。交差点さえ注意すればいい。
 9時前にアイズバイシクルに到着。店の周囲には数人の参加者の姿が見られ、さらに続々と集合しつつある状況。スタッフに背負ってきたフレームを預ける。
 9時を少し過ぎて出発。西に向かって走り出す。仁和寺前を通り、そして水が抜かれた広沢の池を見て、観光客であふれる嵐山へ。秋の台風で損壊した橋げたを直したばかりの渡月橋を渡り、トイレ休憩のあと、桂川自転車道へ。
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 北西の風を背に受けて快走。自転車だけでなく、ウォーキング、ジョギングの利用者も多い自転車道。また、ロードレーサーもいれば、シティサイクルもいる。それぞれスピードが異なるので要注意だ。特に鴨川が合流するあたりで道幅が狭まる区間もある。
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 嵐山から1時間ほどで、桂川、宇治川、木津川の3本の川が合流して淀川になる御幸橋に到着。自転車道は木津川に沿って木津(木津川市)まで続くのだが、本日はここで折り返し。嵐山から木津までの中間点にあたる。淀川三川合流域 さくらであい館という施設もあり、ちょうどいい休憩ポイント。
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 しばしの休憩の後、復路スタート。斜め前方からの風に押されて往路よりペダルが重い。嵐山の手前では真正面からの向い風になる見込みだが、その手前で自転車道、つまり桂川沿いを離れ天神川沿いを北上する。嵐山まで戻らずにアイズバイシクルへショートカットするのだ。クルマも信号も多い。嵐山まで行っても、ショートカットしても、店までは市街地を走行することになる。
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 12時半近くにアイズバイシクル帰着。みなすぐには帰らずに、おしゃべりをしたり買い物をしたりして過ごす。私は、持ってきたフレームの修理作業にさほど時間がかからないと言われ、それが終わるのを待つ。今日は店に預けて、後日受け取ることを想定していたのだが、今日持ち替えられるとは嬉しい誤算だった。
 昼ご飯を食べに行こう、と店を後にする人の流れに乗るように、私も修理代を支払いフレームを背負ってコインパーキングへ。
 せっかく京都市内まで来たのだから、ともう一つ用事を済ませる。背負っていたフレームをクルマに収めたら、自転車で地下鉄太秦天神川駅へ。市営の駐輪場に自転車を入れて地下鉄へ。
 用事を済ませてコインパーキングへ戻る。すでに日は西に傾いている。国道162号線を北上。朝とは比べ物にならないくらいにクルマが多く、仁和寺の西、一条通との福王子交差点を越えるのにも時間がかかる。しかし、それを越えればクルマの流れは良くなる。最低限の市街地走行で高尾へ。
 旧京北町に入ってすぐ寄り道、猪ラーメンの「キャプテン」という店へ。遅い昼食を摂る。ここに来るのはずいぶん久しぶり、15年ぶりくらいか。前回は猪ラーメンの並で1290円というお値段におののき、普通のラーメンと猪肉の餃子しか頼まなかったが、今回は猪ラーメンを食べる。
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 そのあとは京北を通り過ぎ美山まで北上して、大野ダムを経由して和知で国道27号線へ。かつて何度も泊まった美山ハイマートユースホステルの茅葺屋根の建物を確認しようと思っていたが、位置もはっきりと覚えていない上に、暗くてわからなかった。
 京都縦貫道を使わずにのんびり帰宅。

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2018/12/03

湖北の晩秋~紅葉の巨木と業平の里と漁村~

 京都市内のランドナー専門店「アイズバイシクル」主催のツーリングイベントが、雨で流れてしまった。数日後、TVのニュース番組で、紅葉したメタセコイアの並木からの中継。先のツーリングで走る予定だった道だ。場所は滋賀県の北部高島市のマキノ。次のこうしたツーリング企画は来春とのこと。どこを走るかはわからない。今回のコースだとしても、紅葉は今しか見られない。というわけで、一人で走ってきた。
 丹後半島から若狭湾に沿って東へ進み、上中の熊川宿を経由して、近江今津へ。途中自衛隊の演習場のそばを通る。誤って敷地外へ着弾して話題になったところだ。
 クルマで2時間半とちょっと。丹後から一番近い琵琶湖。到着は昼。まずは近江ちゃんぽんで腹ごしらえ。朝のうちは時雨模様だったが、何とか小降りになってくれた。
 今津からマキノに北上し、かつての町役場、現在の高島市の支庁がある中心街の東のはずれマキノグラウンドにクルマを止める。たどり着くのにちょっと迷走。湖北バイパスを経由すれば、盛土による高架区間が終った先左折すれば直ぐなのだが、湖畔にある「ちゃんぽん亭」から湖岸近くを走ってきたせいだ。マキノグラウンドはその名の通り運動公園で、図書館も隣接している。
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 赤く色づいたモミジに囲まれた駐車場で自転車を準備する。自転車はクロスバイク。雨はほぼ止んだが、路面は濡れている。ランドナーの方がよかったな、と思いながら簡易泥よけを装着する。簡易泥よけで体への泥撥ねは防げるが、フレームは汚れる。やはり、ランドナーに装着されているようなしっかりした泥よけがいい。
 自転車にまたがり走り出す。田んぼの向こうにメタセコイアの並木が見えている。
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 マキノの中心集落を抜けメタセコイア並木に近づくと、突然クルマが増える。クルマだけでなく、自動二輪も。そして、並木に差し掛かると人がうじゃうじゃいる。道は狭く、並木の外側に遊歩道が設けられているが、多くの人は車道の脇の路側帯を歩いている。中には、写真撮影のため道の中央に長時間佇んでいる人、そしてその人たちにクラクションを浴びせるクルマ。関西人らしい。
 道の両側に高くそびえるメタセコイアの木々は、褐色に色づいた葉を付けている。まだ紅葉の始まりで、落葉は少ない。回復基調の空からは日が射して、木漏れ日の並木道だ。木々、あるいは枝や葉の密度にも濃い薄いがあるようで、薄暗くトンネルを行くような区間もある。
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 並木道は2kmを越える。見物するには自転車が有効だ。クルマで走りぬけるだけでは、味気なく見物したうちには入らない。並木の途中の観光施設や周辺の駐車場にクルマを置いて歩くにはちょっと長い。片道ならいいくらいだが、往復だと5km近くになる。ちょうど丹後の天橋立の松並木、つまり砂嘴区間も同じくらいの長さだが、天橋立は観光船もあり往路と復路に変化をつけることができる。それでも、誰もが全線通して歩くわけではない。当然メタセコイア並木も、駐車場の近くで観光客の密度が高く、離れるにしたがって疎らになる。要するに、人がうじゃうじゃいる状態でしか並木を見物していない人が多いのだ。
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 自転車で通り抜ければ、人が少なく静かな区間も味わえる。それに並木の表情そのものにも変化があるので走っていて退屈しない。クルマよりも、自動二輪よりも表情の変化がよく見える。そして、いつでも自転車を止めてじっくり眺めたり写真撮影したりできる。並木の外側は栗園でそちらから見る並木もいい感じだ。なのに、並木道で見かけた自転車は本の数台、数えるのに片手で足りる。その中の1人は、自転車を押して歩いていた。本当はそうやってところどころで歩いてじっくり見物するのがいいのだけれど、私の場合は何度か停車したけれども基本的には走り抜けてしまった。
 並木が終ると湖北の山並みが目に入る。その直ぐ先がマキノスキー場。雪はまだ一切積もっておらず、駐車場を自由に利用してよい、と記されているが止まっているクルマを数えるのにも、やはり片手で足りる。並木までの200mを歩くより、人がうじゃうじゃいる施設の駐車場に空きを探す方がいいらしい。
 このメタセコイア並木が有名になったきっかけは、韓国のドラマ「冬のソナタ」とのこと。オープニングを含めた各場面に登場する並木と似ているらしい。私自身は「冬のソナタ」に全く興味がなかったのだが、それが日本で社会現象になったのとちょうど同じ頃、とあるテレマークスキー関連の映像の中にメタセコイア並木が登場していた。おそらくマキノスキー場の帰り道のクルマの車窓風景を撮影したものだろう。
 さらにそのもう少し前、1999年5月に、私自身この並木道をクルマで走っている。静岡県の山間部を自転車で走るために訪れた帰り道、マキノに寄り道したのだ。丹後と東海地方とを結ぶ最短ルートは湖北を経由するのだ。しかし、新緑に覆われていたはずのメタセコイア並木の記憶は一切ない。静岡の茶畑の緑はしっかり焼きついているのに。
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 白谷からは八王子川の谷を遡る。用水路の流れる木造の建物の集落を過ぎると、赤や黄色が鮮やかな木々に囲まれた別荘地。そして、19年前の初夏、長いドライブの気分転換に訪れた温泉入浴施設の脇を過ぎる。さあ標高差300mの登りの始まりだ。先日雨で流れたツーリングの計画にはない区間だ。そのツーリングはタンデム自転車、つまり二人で漕ぐ二人乗り自転車を中心としたものなので、アップダウンを少なめに計画されている。
 メタセコイアの並木道の県道283号線とはうって変わってほとんどクルマが通らない。その県道533号線は、別荘やペンションが立ち並ぶ区間を過ぎると、山間部の景色に変わる。色づいた山と八王子川の流れを見ながら上る。
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 進行方向が北から東に変わりしばらく登ると勾配が緩くなり、谷が開け田園が広がる。直ぐに集落が現れた。在原だ。何も調べずに来たのだが、集落内の案内板を読むと平安時代の歌人、在原業平ゆかりの地で、その墓もあるらしい。いずれにせよのどかな山里だ。元々、淡い秋の日差しが、西に傾いてさらに弱く照らしている。葉を落とし実だけをつけた柿の木が、茅葺屋根の民家が、風に揺れるススキの穂が、静かな静かな里の秋を演出している。
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 集落を抜けたところに、在原業平の墓、の案内板があった。県道から北側の山手に向かい、数段の棚田を抜け、山林に少し入ったところに小さな塔があった。これが墓らしい。
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 さらに東へ進むと、峠だ。地図には峠名は出ていない。標高は430m程。峠の向こう側は知内川の谷で、標高差200m以上を一気に下る。その谷底を走る国道161号線を走るクルマの音が聞こえる。その国道を通ってマキノの中心街へ戻ることもできるのだが、大型トラックの割合が高いクルマの爆走道路を走る気にはならない。引き返すのだ。それでも、その谷を見下ろす景色を求めて少し知内川方面に下って見る。木々に阻まれ展望が開けた場所はない。辛うじて、対岸の斜面の雪崩防止柵や電信柱の頂上が見える場所で写真を撮って峠へ登り返す。
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 ここまで指切りグローブで来たが、防寒のフリース手袋に交換して来た道を下る。標高差300mを一気に駆け下りる。途中で、一台の自転車とすれ違う。折畳小径車「ブロンプトン」だ。確か、メタセコイア並木でも見かけたぞ。ブロンプトンは折り畳むと非常にコンパクトになるが、反面走行性能は高くない。この坂道はかなりきついはずだ。がんばるなぁ。
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 白谷まで下り、クルマがそこそこ通る県道283号線を渡って、農道へ。そして、知内川へ。在原の峠から見下ろした谷底を流れる知内川の少し下流というわけだ。動物除けのゲートを抜け、端を渡って川沿いの道へ。自転車歩行者専用道路として整備されている。東に向かって川を遡る。とはいえ、緩やかで登りというほどのものではない。少し狭まった谷が開け広大な田んぼとなる。国道161号線の追坂峠かわすように知内川は左にカーブし、国道に沿って北上して行く。在原の峠から見下ろした谷へと続いていくわけだ。私は川沿いを離れ追坂峠へ。といっても登りらしい登りはない。
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 峠からは琵琶湖に急降下だ。センターラインの向こう側には登坂車線がある。クルマの爆走国道ルートだが、短いし、しかも急な直線の下りなので一気に通り抜けられる。ここがタンデム自転車のツーリングコースに組み入れられている。登りでないとはいえ、下りも要注意だ。一人乗りの自転車と同じブレーキで、ライダー二人分の体重とその分増量したフレームを含めた車体重量をコントロールしないといけない。
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 下りきったら国道を離れ、海津の湖岸に出る。少し海津大崎に向かって走ってみる。現在、少し先のトンネルが通行止。そのせいかクルマが少ない。サルの群れが道を占拠している。夕陽が湖を照らし、きらきら輝いている。通行止の手前で折り返し海津に戻る。
 海津の集落の中の道が工事で通行止。国道をできるだけ走りたくないので、集落の中の路地を迷走。木造の風情ある家並みだ。ここは漁村で、船着場のある運河のようなものもあった。
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 結局、少し国道を走る。路肩は狭く、クルマは多く、1kmにも満たないがストレスのかかる路線だ。西浜で国道を離れ湖岸へ。知内川の河口からは左岸の堤防の上を行く。この堤防の上も自転車歩行車道として整備されているが、実はそれは対岸の堤防。でも、その名目のつかないこちら側も同じように整備されて走りやすい。国道161号線は高架橋の下をくぐり、マキノグラウンドの直ぐ近くの橋のたもとに到着。橋を渡ればゴールだ。ちょうど日没。
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 自転車をクルマに収め、17時ちょうど、帰路に着く。
 11月下旬、13:35~16:45、37km

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2018/11/25

小春日和は二輪日和

 11月10日の土曜日、18日の日曜日は舞鶴で勤務。バイクの日の8月19日以来、2ヶ月ぶりに自動二輪車CD250Uで行く。9月にも10月にも舞鶴でのお仕事はあったのだが、ずっと天気が悪かった。
 10日は、午後の勤務。気温の高い時間帯の走行。小春日和で、海沿いの道を行き交う自動二輪車は多い。この夏から秋にかけてたくさんの台風が日本を襲ったものの、日本海側にはあまり被害をもたらさなかった(その前の梅雨前線ではひどい目にあったが)。でも、最後の最後、9月末の台風24号の被害で、内陸の交通量の少ない道が通行止め。奈具海岸、由良海岸を通る。家に帰ったら、自転車で一走り。、
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 18日は、午前勤務なので往路の50km、寒い1時間を過ごした。由良川では水上スキー。あっちも寒いと思う。そのあとは、一週間前ほどではないが、気温が上がり復路はグローブを薄い物に交換。宮津で友人の喫茶店に寄り道していたら、曇ってきて日差しが陰りまた厚手のグローブ。家の手前でコウノトリに遭遇。
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 この日も、帰宅したら自転車に乗る。やはり自転車は暖かい。
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 勤労感謝の日には、びわ湖の北部を舞台にしたツーリング企画に参加予定だったが、時雨模様でキャンセル。静かに過ごす三連休だっ
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2018/11/05

コウノトリに会いに~出石・豊岡探鳥ツーリング~(2018アイズラリー)

 京都市内のオーダーメイドのランドナー専門自転車店「アイズバイシクル(I's BICYCLE)」主催のツーリング、「アイズラリー」が、11月3日に兵庫県豊岡市で開催された。京都の北山が舞台となることが多いのだが、今年は前線やら台風やらの影響で山間部には未だ通行止めの道路があるので、今回は兵庫県北部の豊岡盆地の里を巡り、コウノトリに会いに行く企画となった。参加者の多くにとっては、遠い開催地のため遅めの集合時間。でも、私にとってはクルマで1時間足らずのアプローチ。9時前に家を出る。
 午前10時、お城まつりでにぎやかな豊岡市出石町に集合。お店のスタッフ5人を含む、18人が集まった。自転車の種類に制限はないのだが、圧倒的にランドナーが多い。
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 「弁当忘れても傘忘れるな」の言葉通りの不安定な空模様が数日続いていたが、今日は見事な快晴。明け方少し曇っていたため霧がなく、透明感のある青空が広がっている。豊岡盆地をはじめとする円山川沿いは、今の時期の朝は深い霧に包まれることが多く、昼前まで日差しが届かない。雲海で有名な竹田城はこの円山川の上流に位置している。
 準備を整えている我々の頭上に、一羽のコウノトリが現れた。いきなりのご挨拶だ。
 10時半過ぎに出発。出石川の堤防の上を行く。刈り入れを終えた田んぼ。紅葉も始まり、晩秋の里を行く。
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 すぐに出石川の中に佇むつがいのコウノトリに遭遇。さらに進むと、今度は電柱の上に1羽。その先にまた、川の中に1羽。畳みかけるようにコウノトリが姿を見せる。すべて野生だが、両足に足環がついている。片方に3色。両足で6色の組み合わせ。これで、個体が識別できる。何年何月生まれの、オスまたはメスで、どのペアから生まれた個体か。しかし、ずいぶん繁殖して個体数が増えているので、同じような色の足環が使われていて、識別がだんだん難しくなっている。
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 円山川との合流点の手前で出石川を離れ、広い田んぼの中を北上する。これは円山川本流と、支流の六方川にはさまれた平原で、豊岡盆地のかなりの部分を占める。クルマの少ない細い道を行く。左に神鍋高原のスキーゲレンデ、正面に城崎温泉の手前にそびえる来日岳を見ながら進む。六方田んぼには人工巣塔が少なくとも2本立ち、野生のコウノトリを見るならここ、という認識だったがこの日は残絵念ながらここでは1羽も見られなかった。
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 六方川を渡り鎌谷川の谷へ。こちらも田園地帯だ。祥雲寺集落の田んぼの南の山林に兵庫県立「コウノトリの郷公園」がある。コウノトリの飼育、繁殖、そして研究が行われている施設だ。一部が見学のため一般開放されている。入場は無料だが、任意で協力金100円を入れる箱が設置されている。
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 その入り口に来たところで、青空を舞うコウノトリに迎えられる。さらに、電柱に佇むものも。それらをひとしきり眺めたり写真撮影してから、自転車を止めて公園内へ。ここでお昼ごはん。簡単なレストランもあるが、今日は天気がいいので途中のコンビニで買った弁当を食べる人がほとんど。私も買ってきたおにぎり、そして湯を沸かしてチキンラーメンを食べる。コッフェルや火器を積むために、今回はシートバッグを装着した。それはついこの間購入したもの。最近のバックパッキング用のシート広報な斜め上に突き出すタイプのものはランドナーには似合わない。横幅が広い物がいいと思っていたのだが、いなかでは現物を置いた店などなく、キャリアやアタッチメントなしで着くかどうかがわからず購入に踏み切れなかった。でも、先日、信州の保福寺峠で出会ったサイクリストが、キャリアもアタッチメントもなしでランドナータイプの自転車に装着していたので、今回ゲットした。なかなかいい。フロントバッグとの色のコーディネートも完ぺきではないが、まずまず。
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 我々が昼食で陣取った場所は、田んぼに面していて、目の前に人工巣塔が立っている。向かいの山の方から、コウノトリ5羽が飛んできて、我々の目の前で曲技飛行。そのうち1羽が巣塔に降り立つ。しばらくするとそのパートナーらしきもう1羽も巣塔に止まり、ツーショットの仲睦まじい様子を見せ付けてくれる。
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 公園の中にも9羽のコウノトリが飼育されている。羽を切られ飛べないようにされている。天井がないオープンケージなので、その中には野生のアオサギの姿も見られる。青い「たらい」がいくつか置かれ給餌される。以前ここに来た時には、飼育・野生のコウノトリ、アオサギ、シラサギなどがその餌を食べる姿が見られた。しかし、それでは「餌付け」となってしまい「野性に返す」という目的を外れてしまう。そこで今では、餌やりを定時でなくしているのだそうだ。
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 さて走行再開。出石へ向けて南下する。ただし、ピストンではなく往路より東側を行く。集落名でいうと法花寺から奥野へ、鎌谷川と穴見川の谷を隔てる小さな峠を越える。標高差は100m程だが、そこそこパンチの効いた急坂。これがこの日最大のアップダウン。その後は盆地の縁をなぞるように南下し、袴狭から先程よりも小さなアップダウン。降りたところが出石神社。ここで解散。「町並みやお城を見物しよう」「そばを食べに行こう」等の声が聞こえてくる。私は帰路に就く、いつでも出石に来ることができるから。
 10:40~15:10、約32.3km

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2018/10/04

中秋の丹後半島一周

 暑かった夏も終わり、9月下旬になると秋らしい涼しい日々が続く。しかし、この秋は、いやこの秋もすっきりと晴れる日が少ない。雨も多い。どうにか、青い海を見ながら自転車で走れる日を捕まえた。こうして、今シーズン2回目、生涯通算48回目の丹後半島一周が始まった。
 せっかくの晴れの日だが、朝からフリーというわけではない。10時過ぎに自由の身となったが、その時点で宮津市街にいる。家まで帰る30分がもったいないので、自転車の周回の途中にある、岩滝までクルマで移動。道中、行動食を買う。さらに、だらだらと準備をしているうちに11時半を過ぎた。今日の自転車は、スリックタイヤのMTB。いつもランドナーなんだけど、たまには気分を変えてみよう。
 クルマでのアプローチの道中、青い海がまぶしかった。でもその海に背を向けて内陸部へ走り出す。まずは府道53号線で、標高差200mの道を越える。
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 内陸に入ると、稲刈りを終えた田んぼの畔に、彼岸花の赤い色が鮮やか。竹野川流域の平野部に降り立ち、川に沿って日本海へ北上。メインルートの国道482号線ではつまらないので、田んぼの中の農道、そして府道を選ぶ。まだ黄金色の稲穂が見られる田んぼも少しだけあり、中には稲刈り作業中のものもある。そして、青い空の下、いたるところに彼岸花の赤。この日は、弱いながら北風が吹いて、平野部では逆風を感じながら北上する。この分だと、この先の海には波が立ち、透明度はいまひとつだろうな。
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 竹野川河口部の道の駅「テンキテンキ丹後」で小休止。自動二輪車が3台。「名古屋」および「長野」ナンバーのペアと「京都」ナンバーのソロ。
 そのあとは東に進路を変え、海岸沿いの国道178号線を行く。風は横から。逆風より抵抗は小さくなる。代わりにアップダウンの連続。
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 海にそそり立つ屏風岩を見下ろす東屋のベンチで小休止。海は青く水平線がくっきり見えるのだが、予想通り波がある。すると海底の砂が舞い上がり、透明度が下がる。青く澄んだ海の水に白砂の海底が透けて輝く様子は、見られない。でも、海の青さはばっちり。
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 アップダウンを繰り返し、久僧、中浜ではずっとたどって来た国道を離れ、集落の中へ。丹後松島を形成する岩が面白い。波の侵食のせいなのか、いろいろなパターンで穴が開いたものが見られる。ふと見ると10余りの提灯が干されている。提灯屋があるのだ。それらの提灯はみな目前に迫った秋祭り用。
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 国道に戻り、海岸段丘の上を行く。アメリカ軍のレーダー基地があり、その工事が行われているのでダンプカーの往来があった。基地を過ぎると、ぐっと静かになる。
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 近畿最北の経ヶ岬灯台への分岐を過ぎ、登りが険しくなる。標高110m程の白南風(しらばえ)トンネルを越えると、眼下に青い海が広がる。カマヤ海岸だ。若狭湾に浮かぶ冠島と沓島、その向こうには若狭のリアス式海岸が見える。緩い下りの道、そして風に背を押され快走して甲崎へ。ここで小休止。
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 甲崎を越えると、蒲入漁港を見下ろす。そこから2年前にできた蒲入トンネルで本庄宇治へ。峠がひとつへって楽になった。前方を何か茶色いものが横切った。イタチにしては大きいな、タヌキかなと思ったらサル。横切った個体かどうかわからないが、その先で腹ばいに横たわっていた。こちらが近づいても気にしない、ぐうたらな様子。
 本庄宇治では、内陸を行く国道178号線を離れ、府道623号線へ。野室崎、新井崎を越える2つのアップダウン。本庄浜海水浴場で小休止。実は、経ヶ岬辺りから脚がつり始めている。暑くて夏に余り走ってなくて筋肉がなまっていたのだが、北海道ツーリングでトレーニングができたつもりだった。でも、それから1ヶ月。雨が多くて余り乗れなかった。ひどくならないように休憩をこまめに取る。
 野室崎越えは、序盤がきつい。推定だが10パーセントを越える勾配。府道にしてはきつい登りだ。その区間を越えると普通の登り坂。のんびり行こう。
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 標高120mくらいがピーク。以降、海の景色を楽しめる。次に越える新井崎、京都府と福井県の境の大浦半島、そして内外海半島の久須夜ヶ岳などのリアス式海岸。沓島の左手にも陸地が見える。越前海岸だ。もっと空気が澄んでいると白山が見えるんだが、今の季節の日中では無理。夜明けの直前か、日中なら春先だ。
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 泊の海岸まで急降下したら、次の登りに備えまた小休止。秋の日はすでに傾き、急峻な崖に囲まれた浜辺は日陰となっている。
 さあ、新井崎への登りに取り掛かる。やはり出だしがきついが、野室崎への登りほどではない。標高70mくらいでいったん平坦になり脚を休めることができる。新井の集落では耕地整理された広い棚田。30年前は、小さな田んぼが並んでいた。
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 新井の集落に分岐がある。右の町道は千枚田と呼ばれる棚田の景色が良く見えるのだが、のぼりがきつい。千枚田の景色はやや劣るが、上りもややお手柔らかな府道を行く。ちなみに、国道はアップダウンが最も緩やかだが千枚田を見ることはできない。
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 刈入れを終えた小さな田んぼには、ひこばえが伸び、雨が多かったので水がたまって、まるで田植えを終えてしばらくたった田んぼのようだ。
 標高120mのピークを越えて、伊根湾へと下る。舟屋の並ぶ界隈はすっかり観光地。そして、釣り人も多い。
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 「自転車イン舟屋」なるものができていた。小さな東屋に数台の自転車が並べられている。この界隈5箇所あるサイクルポートのいずれかに乗り捨て自由のシェアサイクルらしい。手続きも料金も不要とのことだが、チェーンは錆びていて明らかに手入れがされていない。ちょっと残念。
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 伊根を過ぎるともうアップダウンのない平坦区間。ひと月前に走った北海道の標津から別海の根室海峡から根室湾北部辺り似ているような気もする。南に向かうのだが、残念ながら北風も止んでしまった。日が落ちてきて、空気の対流が弱ってしまった。この区間はクルマの通行も多いので、前後に向けてLEDのライトを灯す。交通事故の発生しやすい時間帯だが、明るいライトのお陰で安心して走ることができる。
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 この区間は、梅雨前線による7月豪雨の被害で、半月ほど通行止となっていた区間もあり、それを含めて5ヶ所ほどで片側交互通行となっていた。何度も信号に止められる。
 すっかり暗くなって、岩滝のクルマを止めたポイントへゴール。
9月下旬、11:45~18:30、83.7km

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2018/08/03

BandBで行く播磨峰山高原

 先週は兵庫県中央部の砥峰高原と峰山高原を自転車で周回したが、峰山高原は入り口まで行っただけ。峰山高原といえば、シンボルの暁晴山に登りたいし、この冬にオープンしたスキー場がどんな風になっているか見てみたい。というわけで、足を変えて訪れる。自転車は折畳小径車。トランスポーターは自動二輪車。CD250Uの本格ツーリングだ。Bicycle and motorBike を楽しもう。
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 まずは、竹田城を見上げて、国道312号線を生野、神崎と南下。福崎まで足を延ばす。有効期限が7月末のラーメン屋のサービスチケットを使うために。ラーメンを食べたら北上。来た道を引き返すのは面白くないので、市川の右岸に渡り県道で北上。田園地帯、クルマが少なく快適。神河町の新野で水車とすでに花が終わった梅花藻を見てから、県道8号線で峰山高原を目指す。先週は、峰山高原への分岐の先、宍粟市一宮町へ通り抜けることができなかったが、今日は通行止めの看板が撤去されている。「平成30年7月豪雨」で傷んだ道も、徐々に復旧しているようだ。今日も先週と同じく砥峰高原をベースにしようかと思っていたが、予定変更。峰山高原をベースに自転車に乗って、そのあと復旧した県道で一宮へ下りよう。
 曲がりくねった道を登り、峰山高原へ。スキー場はオープンしたものの、未だ工事関係の車両がうごめいている。ベースにしようと考えていた広い駐車場にも工事車両や資材が置かれている。スペースは十分あるが、作業員達の目が気になって素通り。道路脇に広場を見つけそこに自動二輪車を止めて自転車を下ろす。
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 自転車に乗ってまずはホテルリラクシアの前へ。レンタサイクルが並んでいる。クロスバイク、MTB、そしてファットバイク。その脇にはサイクルラックがあり、ロードレーサーがぶら下がっている。おそらくロードレーサーはレンタルではなく、訪問者のものだろう。ホテルの周囲には、テントが張られている。設備の行き届いたキャンプ、「グランピング」用のものだ。北方の山に目を向けると、縦に細長く山森が伐採された防火隊。逆モヒカンだ。
 峰山高原を初めて訪れたのは20年前だが、その1年後に再訪している。19年前にはパソコン通信NIFTY-Serveの自転車フォーラムのオフラインミーティングでのこと。ダブルトラックとシングルトラック中心で峰山高原と砥峰を巡った後、「峰山高原かんぽ総合レクセンター」でトロン温泉に入浴した。その「峰山高原かんぽ総合レクセンター」はその翌年に営業を終え、数年後その跡地にできたのが「ホテルリラクシア」。そのリゾートホテルを運営しているのは、全国各地でスキー場経営を展開している会社「マックアース」。この10年ほどで30を越えるスキー場の経営を手がける国内最大手となった。元はハチ高原スキー場のゲレンデ食堂だったが、経営不振のスキー場の運営を引き継ぐ形で事業を急拡大。廃業寸前のスキー場の再生請負企業、というイメージだったが、とうとう2017-18シーズンに新たなスキー場をこの峰山高原にオープンさせた。国内では14年ぶりとなるスキー場新設だ。
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 ホテルの前のロータリーのすぐ近くに2本のリフト乗り場がある。ここを扇の要として、それぞれ別方向にリフトは向かい、片方は曉晴山の山頂近くに向かっている。曉晴山の頂にはアンテナが林立し、舗装路で山頂部までいける。というわけで、てっぺんを目指す。舗装路とはいえ、一般車両は通行止。歩行者と自転車は閉ざされたゲートの脇を通れる、はずだが今日はゲートが全開だ。工事車両が出入りするためらしい。
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 リフト乗り場の奥には、たくさんの人口降雪機が置かれていた。過去に何度か雪遊びに訪れているが、毎年まとまった降雪があるわけではない。去年の初めにスキー場建設の話を聞いた時には、他人事ながら先行きを心配した。でも、人工雪と聞いてなるほど、と思った。標高は900mを越え、神戸の六甲山や京都の比叡山の人工スキー場(比叡山人工スキー場はすでに閉鎖)よりも少し高い。リフトは2本のみだが、それぞれ700m前後と結構長く、3本のコースは860~1170mと本格的。また、降雪の少なさはアクセスのよさへとつながる。姫路から近く、高速道路や鉄道も麓を通っている。高原への道は険しいが、麓のJR寺前駅からシャトルバスを運行している。駐車場もあるからマイカーからバスへの乗り換えも可能。10年間のスキー場再生事業のノウハウが生かされていると感じる。
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 ゲートの奥にキャンプ場やグラウンドがあるが、過去にあまり使われていたことはなくひっそりとした印象があるが、今日は造成工事が行われていて静かではない。何より、スキー場として木々が伐採されている。山全体ではなく細長いコースだけが伐採されているが、それでも少なくとも都会の片側2車線の道路くらいの幅はあり、伐採・造成されて間もないため赤茶色の地面がむき出し。その荒野を鹿が駆け回っている。2台の圧雪車が置かれていた。まだ新しい。片方は、まだシートがビニールで覆われている。
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 いったんスキーコースから離れる。山頂の手前にもうひとつゲートがあるが、そこも開け放たれている。そこからは勾配がきつく、自転車を押して登る。折畳小径車でなければ乗車で登れそうだ。ひとつはギア比の問題。もう一つは、折畳のハンドルポストを強く引くのが怖いので腕力や背筋力を使えず脚力だけでペダルをこがないといけない。
 山頂直下は、片方のリフトの降り場。重機が轟音を立ててなにやら建設中。後で調べたら、ジャングルジムのお化けのようなフィールドアスレチックの複合体のようなものを作るようだ。もちろんこれは無雪期煮営業する施設で、大展望を楽しめるようここに設置されているとのこと。クルマはここまで入れないので、リフトを使って往復できるそうだ。
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 それを横目に、アンテナの立つ山頂部に到着。さらに、シングルトラックで三角点のあるピークへ自転車を押して登る。山頂は360度の大展望。南は六甲、北は氷ノ山などが見えるはずだが、さすがに今の季節はかすんでいる。しばし展望を楽しんで、山頂を後にする。ガレたシングルトラックを押して下り、舗装路で自転車にまたがる。
 グラウンドの辺りまで下ったところの分岐を、来た道とは別方向へ。砥峰高原へのシングルトラックへ。20年前、19年前に訪れた時にMTBで走り、冬にはスキーでも歩いた道だ。比較的フラットなので折畳小径車でも何とかなる、と思って来てみた。自転車に負担がかかりそうなら、押せばいい。峰山・砥峰両高原をつなぐ舗装路に接続するまでそれほど距離はない。すぐに舗装が終わり、下って行く。しかし、思いのほか道がガレている。当然乗車不能。押して歩くにも一苦労。沢のようにちょろちょろと水が流れている。度重なる豪雨で、これが川になったのだろう。その先もずっと道はガレている。コ逃れたシングルトラックを苦労して通り抜け、その先の舗装路は先週走破済み。急速に戦意喪失。
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 やーめた。自転車を押して舗装区間へ戻る。後は一気に、自動二輪の駐車地点へ。帰宅してからGPSトラックを見て気付いたが、そのシングルトラックは砥峰高原へ向かうものでなく、ホテルリラクシアの裏手を周回するものだった。
 自転車を自動二輪に積んだら帰路に着く。県道8号線まで下り、坂の辻峠を越えて一宮へ。砥峰高原からの県道39号線よりもはるかに道幅が広くセンターラインが引かれているが、それでも険しい道である。途中、法面が崩れている箇所が複数あった。川に並行する区間は、路面をうっすらと土が覆っている。土石流が道にあふれたのだろう。先日までの通行止の核心はここかもしれない。
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 さらに下ると集落が現れた。中山間地のレトロな町並みが続く。一宮町の中心街で国道29号線に突き当たり右折、北上する。そのまま揖保川に沿って、国道から県道6号線に分岐。先週砥峰高原~下ってきた道が突き当たる福地を過ぎると、国道429号線と交差。少し国道429号線を西に進み、平成30年7月豪雨の被害が大きかった地区に寄る。半月程が過ぎ、ある程度片付けの手が入っているとはいえ、まだその爪あとが生々しい。川の護岸は崩れ、あたり一面泥でコーティングされている。
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 この直後、このいったいは台風12号により、避難勧告が発令される。
 県道6号線に戻り、北上再開。先週と同じようなルートで帰宅。途中、スーパーマーケットによる。買い物を終えて自動二輪に戻ると、そのそばでタバコを吸っていた一人の男性が話しかけてきた。30年前に短期間だけ発売された希少な自動二輪車に興味を引かれたらしい。スーパーカブでは自転車を積んでいることに対して声をかけられることがったが、今回は荷台の自転車には一切触れず、「よく走るか」「乗りやすいか」と自動二輪そのものへの質問を受けた。
 日が落ちて涼しい。

 この日の序盤、京都府福知山市雲原から、兵庫県豊岡市但東町へと越える、府道および県道63号線の神懸峠(かんかけとうげ)付近で、先日の豪雨の土砂崩れ地点で駐車していた自動二輪を倒してしまった。地面が傾斜していたのが原因。スーパーカブよりも、片足スタンドが不安定だ。そして、クラッチレバーを曲げてしまった。采配被害はそれだけで、どうにかクラッチ操作もできたのでその後250kmほど走った。だが、操作しにくいので、ネット通販でクラッチレバーを注文。1200円程の汎用モデルがすぐに届いた。交換も簡単だった。
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2018/08/02

砥峰・峰山周回播磨の高原巡り

 兵庫県の中部、但馬と播磨の境界に近い高原へと向かう。下界は35度前後の猛暑でも、標高1000mに近い高原は30度を切るさわやかな風が吹いている。朝来市から国道312号線を南下。旧生野町を越えると播磨国。神河町の神崎地区から西の大河内地区へ。まずは県道8号線を峰山高原へ向けてクルマを走らせるが、宍粟市一宮への通り抜けができない、という案内看板を見て立ち止まる。先日の大雨(平成30年7月豪雨)により道路が各所で寸断されている。少し考えた末に、市川沿いを北上、長谷から砥峰高原へと登る。長谷ダムを横目に見て、山間の集落川上を過ぎ、標高800mを越えたらスキー場のゲレンデを思わせる伐採された斜面が広がる。昔、茅場として伐採、野焼きによってススキ野原を維持され,たたら製鉄のための砂鉄採集により丘が削られ谷が埋められ、なだらかな丘と浅い谷の連なる斜面。その斜面を正面に見る位置に「とのみね自然交流館」が建っている。ここを本日のベースとしよう。とりあえず、交流館の中のベンチに腰掛けてしばし休憩。室内の温度計は28度位を示し、開け放たれた窓から涼しい風が入ってくる。いいねぇ。
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軽装に着替えて自転車を下ろす。ススキの斜面を右手に見ながら南下。目指すは峰山高原だ。上り坂を行くと左手にはなだらかな頂を持つ山が見えてきた。あれは段ヶ峰やフトウガ峰つまり但馬の山々だろうか、それとも千町ヶ峰だろうか。帰宅後、調べてみたら東側の平石山だった。
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 登り基調を進んでいくと、分岐に到達。左は「峰山高原」、右は「宍粟市一宮」と路面に白い字で記されている。左を選ぶがせっかく登ってきたのにどんどん下っていく。峰山高原の方が砥峰高原より標高が高いはずなのに。その下りが嫌で分岐に戻り、反対側の道へ。砥峰と峰山を結ぶ道には、ダートの林道や遊歩道など複数のルートがあるはずなので、何とかなるだろう。ただし詳細な地図を持っていないのが不安だ。
 道はさらに上り続け標高1000mを越えた。神河町と宍粟市一宮町の境界の稜線に近い位置、その一宮側をトラバースしている。基本的には林間だが、伐採されているところは景色が開けて気持ちが良い。
 時折ダートが混じる。轍には砂がたまり車輪をとられてしまう。登りでは後輪が空回りするし、下りだと転倒の恐れがある。MTBに乗っているのだが、ブロックタイヤでも苦戦する路面なのに、今日はスリックタイヤを装着している。路面状態によっては上り下りに関わらず押していく。
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 この道は過去に通っている。と言っても、それは1998年9月。もう20年前のこと。あの頃はほとんどダートだったように記憶しているが、現在は幾分舗装化されている。この道をずっと行ってしまうと、県道8号線の坂の辻峠まで下ってしまう。すると峰山高原までかなり上り返さなければならない。何とかして、市町境の稜線の神河側へと戻らねばらならない。狙い目は、暁晴山の北東鞍部だ。ここは今走っている一宮側の林道と神河側の遊歩道が接近していて、ほんのわずかな標高差で鞍部を越えられる。GPSレシーバーの大まかな地図でそのポイントを見つけることができるだろうか。正面には複数のアンテナを頂いた暁晴山が見えてきた。去年の2月以来、1年半ぶりの対面。あの時は真っ白に雪化粧していたが、今は緑。標高が高いため年によっては雪が積もる、瀬戸内海に最も近い雪山だ。しかし、昨年暮れにスキー場ができてしまった。毎年安定した積雪は期待できないが、気温が低いので人工雪を使っている。おかげで冬の間はクルマを乗り入れると駐車料金を取られてしまうようになり、リフトを使わないで雪山を愉しみたいスキーヤーには、かえって寄り付きがたくなってしまった。
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 それより今は神河側に稜線を越えられるかどうかが問題。
 結果的には、その鞍部を通り過ぎてしまった。暁晴山登山口と記された道しるべはあったが、踏み跡は草ぼうぼう。山頂を経由するのでなく北東鞍部を越えたいのだが、うやむやな気持ちのまま通り過ぎてしまった。そのうち林道は下り基調となり、しかも大半が舗装路面、焦る気持ちもあっていつの間にか暁晴山を通り過ぎて南下、坂の辻峠へ向けて舗装路を下っていく。もう引き返す気はない。坂の辻峠まで下ってやろう。
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 相当下って県道8号線へ突き当たった。標高720m。峰山高原まで200mの登り返しだ。と思ったら、いったん坂の辻峠を越えて大河内側に下っていく。峰山高原への分岐の標高は約600m。峰山高原までの登り返しは標高差300m。まあ、ここまで来たら行くしかない。インナーローで急勾配をゆっくり登る。今日は、ここまで本格的に走るつもりをしていなかったのであまり飲料水を携行していない。500mlのペットボトルの中身はすでに残り少ない。まあ、峰山高原まで行けばどうにでもなる。時刻は17時を過ぎた。ライトを持ってきていないが、今は日が長いので大丈夫。むしろ、もっと日が傾いて涼しくなってほしい。
 どうにか峰山高原へ。簡易舗装が山頂まで続く暁晴山へと登る気はもうない。高原の入り口の分岐は、直進がホテルリラクシア、スキー場、暁晴山などへと続き、右は砥峰高原への車道。例の分岐へとつながるのだろう。写真を撮っていると、ロードレーサーがものすごい勢いで登ってきて直進していった。
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 砥峰高原へと続く車道は全面舗装。アップダウンを繰り返していく。予想通り、例の分岐に到着。あとは砥峰高原へと下るだけ。飲料水は持ちこたえたものの、本来ならもっと飲みたいところを我慢していただけのこと。振り返ってみれば、峰山高原への上り返しも、元々今日は本格的に走るつもりではなかったというだけのことで、実際走ってみれば所詮標高差300mだった。峰山高原から砥峰高原へのアップダウンも、さほどきつくなかった。
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 誰もいない交流館のそばに止めて車に自転車を積んで帰路に就く。県道39号線で宍粟市一宮側へと下る。福知川の渓谷に沿った細い道。現在は坂の辻峠から一宮に下る県道が通行止めだが、なんとこの福知渓谷は通れる。こちらの方が地形が厳しく過去には通行できないことが多かったのだが。細く曲がりくねった道を慎重に下り、白い岩がごろごろしている渓谷を堪能する。揖保川への合流点が近づくと、周囲は集落となる。自動販売機で冷たいジュースを買う。クルマの中に備蓄しておいた飲み物は、すべてホットドリンクなってしまった。
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 揖保川は茶色く濁って増水している。堰により流れはあまりないのだが。先日の大雨により深層崩壊の土砂崩れによる犠牲者が出た地点が近い。あとは、養父市大屋町へと北上。

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2018/07/21

美作東部の奥海乢を越える

 兵庫県佐用町と岡山県美作市にまたがる周回コースを行く。県境越えコースではあるが、かつての国でいうとすべて美作の国の中である。丹後からのアプローチは、兵庫県養父市大屋町を西に突き当たり、若杉峠を越えて国道29号線へ。引原ダムを見ながら姫路方面に南下して、宍粟市波賀町で国道429号線へ右折。トンネル開通で整備が進んだ峠を越えて、宍粟市千種町。そして、さらに志引峠の曲がりくねった道を越えて岡山県美作市大原。国道373号線で市街地を南に抜け、兵庫県側に少し進んだところの道路脇のスペースにクルマを止める。日差しが強い。これから夕方にかけての日の傾きを想定し、ここに戻ってきたときには日陰に入る位置にクルマを置く。
 まずは国道373号線を東に。県境越えの小さな峠を越す。高速道路「鳥取自動車道」の無料区間が並走しているためクルマは少ない。兵庫県側の最初の集落上石井で左折。佐用川の谷がやや開けたところの静かな集落だ。集落の奥からは谷が狭まり、佐用川は渓流の様相となる。その流れに沿った県道556号線は狭く交通量は非常に少ない。
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 このコースを訪れるのは2年ぶり2回目。前回は大雨の直後だったので佐用川が増水していた。その時と比べると落ち着いているが、勾配があるためなかなか勢いのある流れだ。
 山深い渓谷の風景がずっと続くかと思いきや、谷が開けたところでは集落と狭いながらも田園風景が見られる。茅むき出しというわけではないが、茅葺き屋根の家が多い。田んぼや家のすぐわきを流れる作用川は、岩を食んでいる。
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 最奥の奥土居集落を越えると、道は勾配を増す。なかなかの急勾配だ。キャンプ場のような施設や、イワナかヤマメかの廃れた養殖場がある。また、ログハウスの山小屋風の建物がいくつかみられる。新しいものは別荘かもしれない。そして古いものも。確か前回は建物として残っていたのに、つぶれてしまったものもある。またちゃんと建物の形をしていても、結構痛んでいるものも。窓があるが、何か見てはいけないものを見てしまいそうで、中をのぞくのははばかられる。
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 峠が近づくとさらにさらに勾配が増す。峠のすぐ手前にはまたもキャンプ場とみられる施設。そして、兵庫・岡山県境の峠、奥海乢(おねみたわ)。日名倉山から西に延びる尾根を越える峠だ。
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 さあ、待望の下り。木々の合間から後山連山がのぞく。すぐに国道429号線。今度は稼働している川魚の養殖場がある。右は志引峠。左へ。クルマでのアプローチで通った道だが、こうやって自転車で行く方が景色が輝いて見える。
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 しばらく下ると、後山連山中腹のなだらかな斜面に広がる集落が見える。今は美作市の一部となった旧東粟倉村の集落だ。盆地という言い方がふさわしいかどうかわからないが、東から西に流れる後山川の谷の北側の法面がなだらかに広がり、棚田の中にいくつかの集落が点在している。その背後に後山連山が屏風のようにそびえている。その景色はなかなか雄大である。集落の外れを国道が通過するが、沿線の焦点がなかなか渋い雰囲気。その向かいには、レトロなガソリンスタンドがあるが、すでに営業していないようでたまねぎが干されている。そんな風景ものどかだ。
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 いったん谷が狭まり、川魚の釣りをする娯楽施設を過ぎると、少し谷が開けたところがあり、交番や学校などがある。もう少し下ったらかつての村役場。現在は市役所の支所。東粟倉の中心的な集落とはいえない小さな集落にある。まとまった集落は、後ろ山の中腹の傾斜地か大原中心街の盆地の中だが、その離れた2大集落の間を取った場所ということだろうか。
 市役所の支所を過ぎどんどん下っていく。谷が開けていくにしたがって勾配が緩くなる。
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 鳥取自動車道の高架が見えたら大原の中心街が近い。中心街の国道はクルマが多いうえに道が狭いので、手前で国道ではない集落内の細い道へとエスケープ。登りとなるが、幹線道路を行ってもその先でこなさなければならない標高差なので、損はない。
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 交通量の多い区間をエスケープして、国道373号線へ合流。県境へ向けて少し登ったところで、クルマのデポ地に帰着。
 自転車をクルマに積んで、国道373号線で帰路に着く。往路とは違うルートでないと値打ちがない。兵庫県に入り、前回立ち寄った平福の宿場は素通り。佐用の中心街でホルモンうどんを食す。ホルモンうどんは津山など岡山県のご当地B級グルメだが、ここ兵庫県の佐用でも食べることができる。佐用の大半はかつて播磨の国に属していたが、今日自転車で走った佐用川の上流部はかつて美作の国だった。要するに出雲街道に沿って国境を越えての交流が盛んだったというkとなのだろう。
 店内には、お好み焼き屋のような大きな鉄板を囲んだテーブルが置かれ、店主がその鉄板でうどんを調理してくれる。完成し席の前に寄せてくれたホルモンうどんをつけだれで食べる。ホルモン焼き、あるいは焼きうどん。そういう言葉からシンプルに想像できる味だ。大きな鉄板に置かれているので実感がわきにくいが、それなりにボリュームがあり、味の濃さもあいまって結構な満足感。
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 そのあとは、旧南光町の徳久から千種川を少し遡り、そして中国自動車道に沿って山崎へ。過去に自転車で走った道の復習である。山崎からは揖保川を遡り、明延から大屋へ。
6月下旬、24.7km

 帰路で宍粟市一宮町を通過したが、その通り道のすぐ近くで先日の平成30年7月豪雨(西日本豪雨)による犠牲者が発生している。また、その付近にある公民館の建物のレトロな雰囲気に、ふと足を止めたことがある。2年前、この報告のコースを初めて走ったときのアプローチの途中である。その風情ある建物の周囲が茶色く濁った流れに取り囲まれている映像が、TVのニュースで流された。クルマが少なく自転車でのんびり楽しめる静かな道は山間部であることが多い。山間部〔傾斜地〕は、土石流や土砂崩れが起こりやすい。
 丹後もそうであるように、播磨北部を含めた中国山地には多かれ少なかれ、豪雨の爪あとが残っていると思います。被害にあわれた方にお見舞い申し上げるとともに、早い復興を心から願います。
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2018/06/25

初夏の播但ツーリング

■大河内・生野「水車と銀山と名水街道」
 神河町の神崎地区の中心部をスタート。新野の水車を見て、もうすぐ麦秋の麦畑と田植えを終えた水田が広がる穀倉地帯から、大河内中心部の寺前を過ぎ市川の谷へ。川をさかのぼるほどにクルマが減って静かになる。生野の街並みを越えたら市川本流を離れ、山間部の集落、白口を目指す。標高400m以上の山中にある小さな集落で、廃屋もある。住んでいるのは10世帯もないようだ。坑口があり、かつては白口千軒と言われて賑わっていた面影はない。
 峠を越えたら、越智川の谷へ。少し遡って「新田ふるさと村」。あとは越智川の流れに沿って神崎中心街へと下る。
 5月中旬、約54km
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■宍粟「旧山崎の西部中山間地」
 宍粟市の中心街、旧山崎の路地は焼杉の黒い壁の木造建築が立ち並び、風情がある。そんな街並みを北西に抜けて、井沢川をさかのぼる。すぐに田園風景となる。はじめは工場も見られるが、市街地から離れていくにしたがって中山間地の農山村の雰囲気となる。上ノ集落から井沢川を離れ、左折し西へ。林道細野白口線の登りにとりかかる。杉林の中を標高700mまで登ると、後山の姿が見える。尾根筋の道を少し下って白口峠。「山崎アウトドアランド」というオートキャンプ場がある。ただし、たいてい人気(ひとけ)がない。
 かなり山深いが、田がちらほら見られ、左上方には上月集落を見上げる。どんどん下って、旧千種町鷹巣への分岐からは志文川の渓流沿いを下る。やがて少し谷が開け、集落と田園の中を行くようになる。谷は少しずつ広がっていき、中国自動車道に出合うまで南下。中国道に沿った県道54号線へ左折して東を目指す。切窓峠を越えたら菅野川沿いに山崎中心部へ。
 5月下旬、約44km
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■朝来「青倉から多々良木ダム」
 朝来市朝来町、国道312号線から多々良木ダムへと向かう道の分岐にある道の駅「あさご」が、スタート・ゴール。まずは円山川沿いに北上。国道を行くよりも、対岸の田園の中の細道を行く方が楽しい。竹田城や朝来山に向かって行く。国道沿いに大きな鳥居のある伊由市場で東へ。円山川の支流、伊由谷川を遡る。最も奥の集落は川上。道なりに行けば伊由峠を越えて朝来山の山麓を反時計回りに周回するが、分岐するコンクリート舗装の道に右折。いきなりの急坂をあえぎながら登る。国道沿いの鳥居を参道入り口とする青倉神社を経由して、生野町の黒川ダムへと続いている。諸栗が伐採された急斜面につづら折れの車道が張り付いている。厳しいが、登るほどに景色が開ける。ただし、円山川間では見通せず、いくつもの緑の尾根が重なっている景色。標高500m近くまで登ったところの分岐を多々良木ダム方面へ。青倉神社へはまだ上らなければならない。そしてその先の黒川ダム湖沿いで災害による通行止で通り抜けができないとのこと。多々良木ダムへは、転げ落ちるような急降下。実際、サドルから腰を上げ、後方に体重移動して前転を防ぐ。そして、多々良木ダムの湖畔へ降り立つ。この急勾配を利用しているのが、奥多々良木発電所。黒川ダムから中央分水界またいで標高差400m下の多々良木ダムに落としている。主な発電施設は地下のようだが、送電線だけで地上も賑やかだ。ダム湖沿いを走り、ロックフィル式の堰堤へ。見下ろせば、あさご芸術の森美術館。芝生の敷地内にモニュメントが点在している。一気に急降下して美術館敷地のそばを通る。「多々良木ダム湖マラソン」が目前に迫っていて、「臨時駐車場」「受付」などの案内板が立っている。ダムの下流の多々良木川沿いの小道に入る。ウォーキング中の女性に追いついた。背後の私に気付いている様子はない。彼女は端を歩いているので、十分追い越すことは可能。速度を落とし、脅かさないように反対側の端に寄って追い越す。が、路面に落ちていた街路樹の枝を踏み「ボキッ」と音を立ててしまった。女性は「ひゃぁ!」と叫び、飛び跳ねた。驚かせてごめんなさい。
 6月上旬、約22km
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■佐用「旧三日月・南光の短くて険しい周回」
 入梅して天気が悪いことはわかっているのだが、いやそれどころかアプローチの途中も雨が降ったりやんだり。国道179号線から、志文川とJR姫新線が離れた旧南光町と旧三日月町の境界付近の道沿いのスペースにクルマを止めて自転車を下ろす。雨は小康状態だが、路面は濡れている。泥よけのない自転車に簡易泥よけを装着して走り出す。旧三日月町側に向かい志文川を渡って久保集落へ。その奥から、動物よけのゲートを越えて簡易舗装の激坂細道へ。3kmで標高差300m。平均勾配10パーセント。最大で20パーセントはあるだろう。クルマの通行は皆無なので、路面が濡れていても水撥ねを浴びなくてすむ。坂が急過ぎて大半は押して登るので自分の撥ねもかからない。そのうち小雨が振り出すが、林間なので余り木にならない。しかし、雷の音に震え上がる。ほぼ真上ではないか。山間の神社にご挨拶をして、さらに登る。多賀登山から十文字山へ、東西に伸びる尾根が最高地点。それを越えるとこれまた急な下り。前転しないように腰を引いて下る。初めてここに来た2009年には未舗装だったが、今は完全にコンクリート舗装。廃棄物の処理施設を過ぎ、三ツ尾の果樹園に出る。センターラインの引かれた広い道に突き当たるが、反射するように県道449号線で大下りへ。県道だが、こちらも細道で、やはり初めて来た頃にはダート区間も残っていた。ダート区間は短くなり、今ではこちらも全面舗装。下り基調なので楽だが、道は狭くカーブが多く並走する大下り川の谷が深く、スピードを出すことはできない。途中の大下りの小さな集落は、廃屋が目立つ。人が住んでいる家は少ないようだ。多賀の集落に出ると久しぶりにセンターラインのある道を走る。雨は本降り。簡易泥よけが役に立っている。大下り川が志文川に合流する。県道の番号も449から368と若返り、少しクルマが通るようになるがそれもつかの間。数百メートルで県道を離れ、クルマを止めている道へ逃げ込む。気温が高いので寒さはない。ショートコースで、大半はクルマがほとんど通らないこのコースは、五月雨の季節にぴったり。
 6月上旬、約16km
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■佐用・宍粟「志文川・千種川沿い周回」
 今日も梅雨空の予報だが、通り雨程度で長く降り続くことはないようだ。現在の佐用町、JR姫新線三日月駅のある旧三日月町の中心部から国道179号線をほんの少し西に進み、SPring8へ続く県道28号線で南に向かってすぐ、志文川の橋を渡ったところのパーキングスペースにクルマを止める。道路の向かいが交番だから安全だ。自転車を下ろしていると、雨が降り出し風もやや強く吹き始めた。携帯電話で降雨レーダーをチェックすると、すぐに去っていくとおり雨なので準備を継続。そして、走り出す。その頃には雨は止み、薄日が射してきた。国道を走るのは嫌なので、志文川の南側の田園の中の道を東へ行く。川と国道を隔てた三日月小学校の裏山、三方里山の斜面には三日月形の植え込みが見える。三日月駅の手前で、志文川と一緒に国道179号線を北に渡る。ここからは県道154号線をひたすら北上する。クルマの少ない川沿いののどかな道だ。そのうち中国自動車道と少し並走して、さらに自動車道の北側へ。ひたすら北上を継続する。ここは少し前に山崎からの周回コースで逆向きに走っている。今回は登り基調なのでじっくりと中山間地の景色を堪能する。天気はすっかり回復。五月雨どころか五月晴れ(さつきばれ)となった。ここで言う「五月」とは旧暦のもの。つまり、現在では露の時期にあたる。水田の広がる開けた谷から、山間部の狭い谷となりじわじわと上り勾配が増す。「山崎アウトドアランド」を示す案内板の立つ分岐を左へ。右は少し前に下ってきた道だ。さあ、鷹巣へもうひと登り。勾配が増し、並走する志文川には小さな滝が次々に現れる。
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 そして、水道の施設を越えたら集落へとたどり着く。下鷹巣だ。鷹巣はいくつかの集落が集まった地区名。かつての村というか行政単位だったのだろう。いくつかの集落を網の目のような道がつないでいるが、一番西の別所への道をとる。すると前方に後山連山が見えてくる。後山ではなくてその前衛とでもいうべき笛石山だが、山頂は雲に覆われている。別所を過ぎるまでは緩やかな登りだったが、その先から下りが始まる。しばらく下ると今度こそ後山本峰が見えてきた。集落の中を急降下、千種川沿いへと下る。そして、県道72号線を南下。川の流れと田園の広がりを見ながらのそれなりにのどかで、下り基調の快走区間。気持ちよく飛ばす。道の駅「ちくさ」で小休止。宍粟市千草町から、佐用町(旧南光町)へ入る。以前ここを走ったときはそのまま南光の中心部、徳久(とくさ)の国道179号線まで南下したが、今日は県道54号線の八重谷峠を越えて、志文川沿いにレーンを戻すことにする。千種川沿いから八重谷峠までの標高差は50m程と思っていたらもう少し多くて80m。道路は大方拡幅されていて路肩が広いが、峠付近は狭い。クルマが多くて不快。まあこれは、国道179号線まで南下しての卯山峠でも同じことだが。標高差50mなのは志文川沿いへの下りの方だった。そのあとは往路で登ってきた志文川沿いを下る。こちらは、千種川沿いの下りを継続するよりクルマが少なくのどかな道だ。三日月小学校の裏山の三日月はライトアップされていた。
 6月中旬、約56km
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