2021/11/30

淀川・桂川をさかのぼり大阪から京都へ

 近年、晩夏から初秋の時期に走っているコース。暑い時期なのでアップダウンの少ないこのコースを、というわけ。今年は初秋の時期に比較的過ごしやすい日が続いたので、それなりにアップダウンのある山間コースを走っていた。そんな矢先に、自転車でクラッシュ。手負いとなってしまった。
 1週間が経過し、どうにか自転車に乗れるようになったので、9月下旬に決行。
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 園部まではクルマ。JR山陰本線で嵯峨嵐山駅へ。輪行袋は負傷していない左肩で担ぐ。今日の自転車はPLATINUM LIGHT8。小さくて軽いので輪行に有利。JR嵯峨嵐山駅から渡月橋を渡って阪急嵐山駅へ。再び、阪急電車で輪行。桂駅で大阪行きに乗り換え。15分ほど早く着く特急か、車内が空いていて座って移動できる準急か、迷うが、今日は特急を利用。淡路駅で下車。
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 下新庄駅近くの「地球規模で考えろ」のラーメンを食べるのも慣例となっているのだが、行ってみると店の前に10人ほどが並んでいる。以前も並んだことがあるのだが、その時は4,5人だった。今日はあきらめよう。
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 コンビニで昼食の弁当を買って、淀川へ。土手の上の道をしばらく走って、豊里大橋で左岸へ渡る。去年は右岸をさかのぼったので、今年は左岸。かわりばんこなのだ。淀川は、両岸に土手の上と河川敷に、基本的にクルマが通らない道が設けられている。土手の上を行けば、川の流れと市街地の両方を広く眺められて気分がいいのだが、車道や鉄道の橋によって道が寸断されている。そういう時は河川敷に降りて橋を潜り抜けなければならない。それが面倒なので結局河川敷を行くことになる。今日は初めから河川敷の道だ。
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 河川敷は、野球やサッカーのグラウンド、テニスコート、ゴルフ練習場、そして公園などとして利用されている。さらに、それらの施設の利用者のための駐車場や車道があるため、何度も車止めを越えなければならない。原動機付自転車や自動二輪車が車道の外に出ることを防ぐため、車止めはタイトなものとなっていて、自転車で越える場合も一度停止する必要がある。
 運動場のベンチに腰かけて、コンビニで買った弁当を食べる。
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 大阪市、守口市、寝屋川市、枚方市と行政区は変わっていくが、基本的に河川敷はずっと公園や運動場が続く。それらの施設が途切れると京都府との境。河川敷は、背の高いススキか葦の草原となる。土手の向こうに住宅街に覆われた小高い山が見える。鳩ヶ峰だ。向こう側の斜面には、石清水八幡宮がある。
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 京都府に入ると桂川、宇治川、木津川の三川合流地点。河川敷から土手の車道に乗り上げ、木津川御幸橋を渡る。合流する手前の。木津川と宇治川の間にある「さくらであい館」で小休止。このエリアも公園として整備されていて、その関連施設がさくらであい館。売店などがある。桂川木津川自転車道を走るサイクリストの利用も多い。
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 宇治川御幸橋を渡り、今度は宇治川と桂川に挟まれたエリアへ。そして桂川自転車道を行く。こちらは淀川沿いの道と比べて、道幅が狭い。自転車が多いと感じるのは、、その道幅のせいなのか、それとも絶対数が多いのか。のんびり走る実用車もいれば、高速走行のロードレーサーもいる。さらにランニングの人もいて注意が必要。
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 基本的に左岸の土手の上を行く自転車道だが、鴨川合流点を過ぎ、JR東海道本線・東海道新幹線をくぐると、河川敷へ。畑の中を行く区間もある。国道9号線の橋で右岸へと渡り、またも河川敷の畑の中を行く。そのあと土手へと上がり、車道と並走したり離れたりしながら嵐山へ。渡月橋を渡ってJR嵯峨嵐山駅から輪行。
 この日の走行は60kmほど。折畳小径車とは言えスポーツサイクルとしてのセッティングにしているので、ハンドルにも体重をかけた姿勢。つまり、腕、そして肩にも体重がかかる。痛めた右肩は、やはり痛くなったが、リタイアすることなく完走できた。

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養父の山中でクラッシュしてVIGORE永眠

 9月下旬の休日、自転車で走りに出ようと思っていながら、クルマで出発したのは遅い午後。だらだら過ごしてずいぶん遅い出発になってしまった。家から1時間あまり。兵庫県養父市の大屋川沿いの県道6号線。十二所の集落のはずれの路肩のスペースにクルマを止める。もう夕方といっていい時間に差し掛かっている。
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 VIGOREオリジナルランドナーを自転車から降ろして出発準備。大屋川をさかのぼる形で県道6号線を進み、旧養父町から旧大屋町へ。樽見集落に差し掛かるあたりから県道をそれて上山の集落への登る道へ。県道をもう少しだけ旧大屋町の中心集落である大屋市場方面に進んでから、登るコースもある。樽見の大ザクラの近くを通る道だ。いずれを通ってもも上山集落の上部で、前述の道と合流する。今回のコースは上山集落を毎年秋にこのコースを走っていて、確か去年は大ザクラから登ったので、今年は手前のコースの順番。かわりばんこなのだ。大きく蛇行している大ザクラ側の道と違い、こちらは出だしが急勾配。細かいヘアピンカーブで標高を稼ぐ。そして上山集落。山村の中を登っていく。
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 毎年走っているので、時間は読める。距離約24km、標高差400mのショートコースだ。何とか日没前後に峠に到着し、あとは一気に下るだけ。どうにか残照の中、走り終えることができる。そういう目論見でいた。ライトも持っている。
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 目論見通り、日没を少し過ぎた18:20、養鶏場のある峠へ到着。分岐があり、直進するとそのまま稜線を登り見祓山に向けて登る道。過去、何度も迷い込んだが、今日はそれを左折、建屋川の谷へと下る。先ほど峠と書いたが、頂上部はなだらかな高原となっていて、養鶏場を過ぎると、今度は牛の畜舎と牧草地。この牧草地はシカの群れがいて、まるで鹿牧場のようなことが何度もあった。今日はシカではなくて牛の姿が見える。牛がいるとシカはいないようだ。
 牧草地を超えると一気に下りが始まる。さあ、真っ暗にならないうちに下ってゴールしたい。
 目の前に道路を横切る排水溝。蓋をするグレーチングに隙間が空いている。ちょうど自転車のホイールがすっぽり入る隙間。前輪が、そこに吸い込まれる。
 気づけば道を歩いて下っていた。自転車から外したGPSレシーバー、暗くなったら自転車に装着するライト、そして財布などの貴重品を持って。右肩が痛い。自転車は?記憶が飛んでいるようだ。引き返してみる。少し歩いたら路肩に自転車を発見。前輪のリムが割れ、タイヤもチューブも破れ、スポークもなんぼか切れたり、曲がったりしている。フロントフォークは大丈夫だろうか。いずれにせよ乗車不可能。自転車を路肩に移動し、必要なものを手に持って歩いて下った。記憶が飛んでいるのはわずか。そしてその間の判断も正しかったようだ。
 クルマを止めた地点まで、行程の半分12kmほど。下りなので自転車なら30分ほど。でも歩きだと2時間はかかるはず。そして、自転車を回収してから帰路に就くことになる。長くなるぞ。
 山間部はすぐに闇夜となり、自転車用のライト灯して歩く。クルマを止めた地点まで、2時間半ほどかかった。
 2,3日は、右肩周辺の傷みが激しくてつらかった。それでも徐々に回復し、半月ほどでほぼ普通の生活ができるようになった。
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 損傷した自転車の状態を見たのは3週間ほど後のことだった。リムが割れたホイールはもうダメ。変形して邪魔な泥除けも外す。別のホイールを装着して走ってみる。違和感がある。フロントフォークが曲がってしまったか。本体のフレームだった。ダウンチューブのハンドルポスト側の付け根がゆがんでいる。つまり、もうこの自転車には乗れない。
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 12年前にある人から譲り受けたランドナー。別のランドナーをメインとして使っていたため、数年は出番があまりなかったが、昨シーズンからメインバイクとして使っていた。京都の工房VIGOREで製作されたフレームを、やはり京都市内の自転車店「キヨセサイクル」で完成車とくみ上げられたオリジナルモデル。前のオーナーである知人が1996年ごろに購入。一度旅につかったものの、その後10年余り輪行袋の中で眠っていた。さらに私のもとに来てからの期間と合わせ、20年以上あまり乗られていない状態だった。おかげでフレームもパーツもまだ新品同様とまではいかないが、いい状態なのだった。そんな自転車が再起不能の状態になってしまい悔やまれる。

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2021/11/17

林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(3)林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り
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 三度目の道の駅「あゆの里 矢田川」。これまでの2回と違い、今回は左岸、つまり西側の山里をめぐる。これで矢田川シリーズはフィナーレ。まずは、矢田川に沿って県道4号線を下流に向かう。すぐに長瀬の集落。ここから山間へ向かう。林道本谷線。いきなり急登が始まるのは、毎回のこと。「倒木により通り抜けできません」との案内板があるが、まあ自転車なら何とかなるだろう。その先で、路面は舗装からダートに。
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 しばらく登るとトラックや重機が見えた。木の切り出し作業中だ。静かに脇を通り抜ける。路面が少しぬかるんでいる。太いタイヤのMTBでよかった。植林作業のおかげか、走路をふさぐ倒木は、切られている。
 植林作業区間を過ぎても、倒木は処理されている。また土砂崩れも起きているが、ふさがれているのは一部で、クルマが通り抜けられるだけの道幅は確保されている。軽自動車ならね。
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 このコースは、2007年以来14年ぶり2回目。ただし、前回とは逆回りの周回とした。その理由は、通行不可能である可能性がある林道本谷線を先に行くため。前回は、コース終盤のこの林道が土砂崩れでふさがれていた。その時は、自転車を担いで乗り越えたが、道路そのものが崩落していたらどうしようもない。来た道を延々と戻らねばならないところだった。
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 倒木も土砂崩れも、問題なくクリア。でも最後は路面にうっすら草が生え、まるで草原のようで走りにくかったが、どうにか舗装路にたどり着いた。あとは、ずっと県道だ。
 まずは県道257号線。少し下るとグラウンドとトイレがある。グラウンドも草原になっている。スタートは香美町だったが、こちらは新温泉町。
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 そこから久斗川の谷に降り立つとほんの数軒の集落があった。久斗山集落の端郷らしい。いくつかは廃屋のようだ。久斗川の流れに沿ってかなり下ると久斗山集落。こちらはバス停流所もある比較的大きめの集落。
 久斗山集落から県道549号線に乗り換え、小さな峠を越える。今はどちらも新温泉町内ではあるが、旧浜坂町からかつての温泉町へ
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 峠を越え下っていくと大熊集落。大きな寺の裏手から集落へ。三叉路を左へ。今度は県道550号線で熊谷川をさかのぼって伊角集落を抜ける。谷を埋め尽くす棚田を見ながら登る。5.6名の男性が稲刈り作業の休憩中。比較的若い。14年前も同じ時期にここを走ったが、記録を読めば「農作業をしているのは高齢者ばかり」とある。必ずしも親子とは限らないが、何らかの形で世代交代が進んだようだ。
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 棚田を抜け最後の峠を越える。峠の反対側に桧尾の集落。立派な建物だが、廃屋のようで一部損壊している。今回はそれを遠目に通り過ぎたが、前回は近くまで行って小学校の跡だということを確認していた。
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 そして矢田川に向けて本格的に下りが始まる。道がとても細い。クルマはすれ違えない。そして急坂で曲がりくねってスピードを出せない。このくだりの途中に新温泉町と香美町の境がある。矢田川の支流の谷底まで下って、味取集落で矢田川沿いへ突き当たる。橋を渡って県道4号線まで来たら、道の駅「あゆの里 矢田川」はすぐそこ。

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林道宮神山田線

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(2)林道宮神山田線
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 1週間ぶりの道の駅「あゆの里 矢田川」。駐車場に止まっている車中泊装備の軽ワンボックス、芝生エリアのテントとそのわきランドナーにはそれぞれ見覚えがある。事情はよく分からない。
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 先週と同じように、自転車で矢田川をさかのぼる。今日は、ダート走行に備えMTB。前回は川会集落から山間に入ったが、今日はその手前の高津集落から。集落を過ぎたところから、スイッチバックするように急坂が始まる。ぐいぐいと高度を稼いで、集落の頭越しに矢田川の流れ、そして対岸の数世帯の集落を見渡せる。その高津を過ぎると、延々山間の急こう配を登っていく。標高500mほどのところに、それまでの林間から一転、平らで開けた畑が広がる。小学校の校庭くらいはあるだろうか。その先が宮神の集落。矢田川沿いから標高差400mほど登ったことになる。
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 今日のコースは、22年前、14年前に続いて3回目。その時の記録文を読むと、2度とも「こんなところまで自転車で登ってくるなんて、大変だろうに」と女性から声をかけられている。それが同じ人かどうかはわからない。
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 標高が高く麓からの道のりの長い、この宮神や、前回訪れた小城は、冬の間は雪に閉ざされるとのこと。麓に子どもの世帯がある高齢者が住んでいた、ということだろう。ただしそれは以前の話。最後に訪れてから14年。今は人の気配はない。家は雪囲いがされたまま。そのうちの1軒の玄関には麓の集落名と連絡先電話番号、そして「しばらく留守にします」と記された張り紙。それでも、家の周りの小さな田んぼには、稲が育っていた。かつて声をかけてくれた女性は、どこかで元気に暮らしておられるだろうか。
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 宮神集落を過ぎてさらに登ると、舗装が終わりダートとなる。林道宮神山田線だ。いやダートと書いたが、荒れた舗装のような区間もみられる。ほとんどダートのようなものだが。
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 しばらく登りが続くが、そのうちピークに達し、下りとなる。林道は林間だが、木々の合間から南西の山々が見える。扇ノ山あたりが見えるようだが、稜線は雲に隠れている。山腹に集落が見える。あとでカシミール3Dで検証してみれば、春来ではないかと思われる。
 ブロックタイヤのランドナーで走る、ということも考えたが、今日はMTBとした。近年、荒れたダートの路面を走ることが多く、ランドナーではかなりてこずってしまう。より太いタイヤと、サスペンションの付いたフロントフォークがしっかり仕事をしてくれる。また、このダートは比較的整備がされていて、側溝はちゃんと水が流れるように掘られている。法面が崩れ側溝が埋まると、路面に水があふれてガレてしまう。
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 下っていくと、今度は北の景色が開ける。山々の向こうに日本海。香住あたりか。さらに下ると、さらに景色が開け港の防波堤が見えた。香住港だ。
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 どんどん下っていくと、前回小城からの下りで見た畑を、前回と反対側から見る形となり、そして山田川を渡って前回の道に合流。そして山田集落へ。ここからは、前回と同じ道。

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小城と山田渓谷

 9月に、兵庫県香美町村岡区の道の駅「あゆの里 矢田川」を起点として両岸の山間部にある集落をめぐるツーリングを行った。緊急事態宣言のさなかでありながら、人との接触はなく感染リスクの低い行動ということで、自粛もせず出歩いていた。ただ、ブログへのアップロードだけを自粛していた。緊急事態宣言も解除され、さらにずっと感染者数も落ち着いているので記録を上げていくことにする。

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(1)小城と山田渓谷
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 氷ノ山山系を水源とし、香美町内を南から北へ流れ日本海にそそぐ矢田川。香住区との境に近い村岡区内に、道の駅「あゆの里矢田川」がある。ここにクルマを止めて自転車(ランドナー)で走り出す。県道4号線で矢田川上流へ。両側に山が迫るが、谷は少し広がりがあり田園や集落がある区間が多いが、ごつごつとした岩にはさまれた狭い谷の区間がたまに現れる。
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 川会集落の手前から右岸の山間部へと入る道へ左折。いきなり急な登りが始まる。めったにクルマが通りそうにない曲がりくねった細い道だが、数台のクルマとすれ違う。電気、あるいは通信回線の工事の関連と思われる車両だ。そして急こう配の斜面に張り付く和佐父へ。山間部にありながら10世帯以上あると思われるまとまった集落。家並みを縫う道もヘアピンカーブでぐいぐい標高を上げていく。
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 集落を過ぎると、薄暗い道となる。やはり、集落があるところは、急勾配でも開けた土地。それ以外のほとんどは藪の中の道なのだ。
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 登っていくと、家建っていたと思われる平らな土地や休耕田と思われるやはり平坦な土地が見られる。この道を走るのは、1999年以来22年ぶり。あの時には、どんな状態だっただろう。残念ながら覚えていない。
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 矢田川の支流、和佐父川に沿った道だが、あるところで3つ股に分かれていた。分岐ではなく、すぐ先で一つに合流している。ただし、通行可能なのは真ん中で、山手の道はがけ崩れで埋まり、谷川は道そのものが崩壊している。災害で傷み、何度も付け替えられたようだ。
 標高600m余りのピークを越える。あまり展望はない。というか、ずっと山また山の風景だ。
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 下っていくと急斜面に一軒家。農家だ。もう少し先が、小城の集落だが、こうした集落から外れた家が点在していたことを思い出す。ただし、人が住んでいる気配がない。おそらく廃屋。たしか、22年前には人が住んでいたと思う。
 山田川の谷へと下っていく。そして、山田川沿いにしばらく下ると分岐があり、それが小城集落の入り口。前回は4,5世帯の集落を見学するため分岐から数百メートルの距離を登ったが、今日はよらずに下ってしまった。久しぶりに集落の様子を見ておけばよかった。
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 分岐から山田川を下る道は遣道258号線。ただし、県道とはいえ「悪路につき通行困難」の立て札。舗装はされているものの、狭く急勾配で曲がりくねり、落石が散らばる状態。道路わきを流れていた山田川は、いつの間にか数十メートル下を流れるようになり、小さな滝がいくつも見られる。山田渓谷だ。当然、落ちたら一巻の終わり。スピードを抑えていくしかない。
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 狭く曲がりくねった落石だらけの道をひたすら下っていく。かなり下って、対岸に畑が現れた。川の流れと道路との落差も小さくなっている。今いる道は右岸、つまり流れの東側だが、対岸から未舗装の道路が合流してきた。この道もかつて通った道だ。こちらも再訪したい。
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 そこから一下りで山田集落。産官から下ってたどり着くと、なかなか大きな人里と思えるくらいに家が並んでいる。20世帯は軽く超えているだろう。集落の中には、小学校の跡地がある。今は廃校だが、前回訪れた22年前にはまだ学校として存続していたのではないかと思う。しかし、山田集落から矢田川沿いの県道4号まで2km近くある山間の集落だ。かつてこの集落の山側のはずれで2,3匹サルが遊んでいた。そして集落の中では、女性2,3名が立ち話中。野生と人里の境界線といったところ。
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 県道4号線にまで来たら、矢田川の流れを横に見て道の駅「あゆの里 矢田川」へ。

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2021/07/28

走り終えて(伯雲の境 終)

 境水道沿いを走っていて、小さな入り江をふさぐ堤防の上に道が付けられている個所があった。海崎と福浦だ。現地では、中海の堤防道路の原型みたいなものか、くらいに思っていた。帰宅してからこの一連の文章を書くために地図を見ていて、ふとしたことに気づいた。個の海岸線に同じようなものがいくつも見られる。
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 入り江をふさぐ堤防の上を走るときには、両側が水面を見ることになる。その入り江の奥には集落があり、湾岸に沿った道路もある。そのまっすぐな堤防道路と弧を描いた湾岸の道路のような位置関係の道が数か所にみられるのだ。ところがそこに入り江はない。2本の道路の間には半月のような形をした平地がある。平地には、高齢者の介護福祉施設があったり、太陽光発電のパネルがあったりしていて、その山側に道路と集落がある。集落の家々は、弧を描いた道路の山側の窮屈な土地に建っている。道路の向かいにもっと広い半月型の平地があるというのに。要するに、三日月形の土地は、入り江が埋め立てられてできたもの。そう推測できる。それを裏付ける根拠として、古い地図を探してみた。結局見つかったのは、古い航空写真。国土地理院のWebサイトで公開されていた。カシミール3Dで閲覧したので、今回自転車で走った奇跡も赤い線として重ねている。現在の航空写真も国土地理院で閲覧できるが、施設名などの記載されたGoogleマップも使ってみた。
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 かつては入江で、埋め立てられたのは1974年以降であることが確かめられた。せっかくなので、周辺も過去と現在を比べてみる。弓ヶ浜の北部、「夢みなと公園」や「境港さかなセンター」などがあるところもやはり埋め立て地。また、弓ヶ浜半島の先端部の東側(外海側)も埋め立てられて、境水道区間が長くなっている。かつては、ずっと弓ヶ浜が続いていた。
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 べた踏み坂で渡る江島もかなり古くから埋め立てが行われている。直線と直角で長方形をしている島の形からして、人工的な感じをうける。唯一南西側の角にあたるところに、島の原型が残っている。江島大橋は平成期に掛けられたわけだが、以前は少し南側に堤防道路があった。その切れ目に橋が架かり、船が通行するときには橋が跳ね上がるものだったそうだ。つまり、船が通るたびにクルマは通行止めとなるので、堤防道路は撤去され、高い橋に変わった。そうした変遷も見える。
 もう一つ興味深い箇所は、中海の最北部、万原、手角町あたり。湖岸から橋を渡って小さな島に渡り、そこから堤防道路に乗り入れる。その現在離島となっているのは、堤防ができる前は陸続きの半島だった。堤防で塞がれた手角港の船の出入りのため、半島の付け根の細い部分が切られたのではないかと思われる。
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 また、島根半島のと弓ヶ浜半島の関係も、なんだか不思議。半島が並んでいる場合、その間にあるのは○○湾、つまり入り江。ところが島根半島と弓ヶ浜半島を分ける境水道は海峡ではなく斐伊川だという。その奥の中海も、内海ではなく湖だから、やはり斐伊川の一部。要するに、川の左岸が島根半島で、右岸が弓ヶ浜半島ということになっている。
 半島の区切り方、湖や川と入江の区別、どれも人間が勝手に決めているだけのこと。

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2021/06/03

島根半島と美保関(伯雲の境4)

 境港・美保関エリア、伯雲の境シリーズ4度目の遠征。今回でファイナルの予定。5月も下旬となり、すっかり初夏の装いの大山。ひと月半前は白かったのに。
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 例によって米子で腹ごしらえ。慣れてきたとはいえ、今日も少し迷走の末「今を粋ろ米子店」に12時半ごろに到着。入り口に席が空くのを待つ人影が見られるが、どうにか駐車場は1台分空いている。と思ったら初心者マークのクルマが枠線をまたいで止めていて十分な間隔がないではないか。2台分占拠というわけだ。おいおい、勘弁してくれよ。でも、すぐに店内から客が出てきて別のスペースが空く。11時半の開店直後にどっと押し寄せた客が、12時を過ぎると順次店を去り、その後回転率よく客が入れ替わる。これまでに学習した通りに事が進む。店内に入ると、待合席に先客2名だが、すぐに彼らに続いて席に案内される。今日はつけ麺だ。もちろん、野菜は増し増し。今日も満足。
 食後、もう一軒寄り道。今日は携帯用のポンプを忘れてきた。大型のフロアポンプは常時クルマに積んでいるのだが、これを自転車で携行するわけにはいかない。パンクした場合のことを考えると、空気入れを持たずに走る勇気はない。エンジン付きバイクに常時積載の2個を含め、全部で6~7個の携帯ポンプを持っている。よく乗る自転車には常備していて、あと小型のものをクルマにも積んでいた。が、その小型のものが数ヶ月まえから行方不明。どこかで落としたのかもしれない。その代わりのものを買おう。「今を粋ろ」でラーメンを待つ間に調べた店へ。スマートフォンがあるから、通り道にある店を探し出し、ロスなく行ける。約3000円の、小型で、米英仏3通りのバルブに対応した携帯ポンプをゲット。
 というわけで、境港へ北上。さらに境水道大橋を渡って、島根県松江市美保関町へ。橋のたもとの広場にクルマを止めて自転車を準備。今日は、20インチの折畳小径車2号。昨年10月の北海道利尻島以来7か月ぶりの出番。ずっと懸案だった、美保関をと今日はいくぞ。
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 まずは、美保関とは反対方向へと境水道沿いを走りだす。強い西風を真正面から受けて進む。常時20km/h未満。時折吹く突風で10km/h台前半まで速度が落ちてしまう。ここは前々回、つまり2回目の遠征で走っている。ひと月と少し前に見た景色の復習だ。
 岬越えの小さな峠をトンネルで越え、境水道から中海沿いの道をしばらく進んだところから分岐を左にとって中海の堤防道路へ向かったのが前々回。今回はその分岐を直進して少し進み、右の道へハンドルを切る。ここから、島根半島北岸へ向けての峠越えだ。というわけで登り坂だが、向かい風から解放されて、むしろ楽に感じる。しばらくは県道152号線。標高50m余りでピーク。下ると県道37号線に突き当たり、右へ。もう一つ同じような標高差のピークを越えてようやく北岸へ。深い入り江に面した小さな漁村集落。島根半島の北岸は、リアス式海岸で、こうした入江の集落と、半島越えの峠が交互に現れる。待望の追い風を受けて快調に進む。
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 境水道側と比べて集落の間隔は大きく、道行くクルマはほとんどない。やっぱり走るならこういう道だね。しかし気がかりなのは、空模様だ。霞こそ深かったが、走り出したときは青空から日差しが降り注いでいた。ところが、急速に雲が広がり小雨が降りだしてきたではないか。まるで、1回目の遠征の時のような急速な天気の急降下。幸い、ツーリングを中断するほどの雨脚にならずに止んでくれた。まあ、この場で雨が強まってもクルマに戻るまで走らねばならないわけだが。
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 入江の集落と半島越えを2つずつこなしてたどり着いたのが七類。北岸で最大(多分ね)の集落で、隠岐への航路の発着港だ。それまでの漁港とは異なる、広大な敷地のフェリーターミナルへ。隠岐を訪れたのは、2005年8月。その時は境港発着の航路を利用したので、島根半島北岸を訪れるのは今日は初めて。
 写真を撮ろうと自転車を止めてカメラを構えたら、突風にあおられて無人の自転車が走りだし、すぐに転倒。いくら吹き曝しとはいえ、すごい強風だ。
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 七類を越えるとさらに集落がまばらになる。これまでより大きめの半島の峠越え。登りの途中でまた雨が降り出す。今度は結構強く降ってきたぞ。その代わり、追い風による強力なアシストを受ける。登り坂なのにペダルが軽い。
 次の入り江では海岸まで下りずに高度を維持しながらその次の半島も超える。要するに集落はないのだ。そして次の入り江が、法田集落。さらに東へ。島根半島北岸の道は集落まで下りずに、家並みを上から見下ろして内陸に向かう。これまでの集落もそうだったが、赤褐色の屋根瓦の家が多い。石州瓦というやつだ。島根県に来たことを実感する。
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 雲津集落を見下ろしたら、峠を越えて美保湾側へ向かうことにする。クルマのすれ違いが難しい細い道だが、クルマには出会わなかった。けれど登りがなかなか終わらない。もうすぐ美保湾のはずなのに。北岸と美保湾側の内分比が3:1、といったところに位置する長浜越。当然美保湾側はつづら折れの急降下。
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 少し前から雨は小康状態となっていて、稜線の南側は北側よりも空が明るい。とにかく今日は美保関へ行こう。美保湾岸に降り立ったら、ハンドルを左に切る。またも追い風、スピードが上がる。ただし、後でこの道を引き返すことを考えると気が重くなる。日本海の荒波の影響はあまりないらしく、海沿いの平坦な道が続く。
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 小さくて深い入り江の奥の美保関集落へ。山に囲まれた深い入り江は、風がさえぎられてこれまでが嘘のように穏やか。波も穏やかで、さらに干満差も少ないらしく、水面と変わらぬ高さに道路があり、山側に建つ1階がガレージとなった建物は、遠くから見るとまるで舟屋のように見える。美保神社の参拝は、復路にして、今は美保関(集落ではなく岬の方)を目指そう。ここから岬への2kmは登りとなる。ちょっと安心。これなら復路は下りで、万有引力を味方につけて、向かい風に立ち向かうことができる。
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 美保関を訪れるのは確か2回目のはず。初めて訪れたのは、1992年の2月。もう30年近く前だ。その時は自転車ではなく、クルマで訪れた。当時はまだデジタルカメラもGPSレシーバもなかったから、簡単に記録が探し出せない。銀塩カメラで撮った写真があるはずなので、家に帰ってからアルバムをあさるしかない。
 岬の広い駐車場にはクルマが1台止まっているが、人影は見えない。白い灯台と日本海を眺める。以前雨は小康状態で薄日が差しているが。大山は深い霞で見えない。弓ヶ浜がうっすらと見える。
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 さあ、時間が押している。クルマに戻ろう。美保関集落までは下り坂。入江の趣きある漁港と集落。古い木造の旅館。そして美保神社参拝。感染症予防のため、手水舎には使用禁止の張り紙。代わりにアルコール消毒液で手を清める。
 そして青石畳通りへ。その名の通り石畳が敷かれた狭い通り。両側には木造の建物が並んでいる。何となく、伊根などの舟屋集落の道を思い出す。帰宅してから調べると、かつては一本内陸にあるこの石畳の道が本通りだったそうだ。ということは、波打ち際の車道は後からつけられた道。やはりここは舟屋が並ぶ集落だったのではないか。
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 さて、美保関集落からは、向かい風との真っ向勝負。海辺に佇む2頭のヤギに癒されながら、境水道大橋を目指す。美保関集落のすぐに死のう岬は小さな漁港のある入江。その中にまた小さな入り江があるが、道は入り江をふさぐ堤防の上を行く。入江の中の入江の波打ち際には舟屋風の建物。堤防に開けられた狭い出入り口で美保湾と行き来できる。長浜越からの合流点を過ぎ、境水道ぞいの福浦集落も同様の堤防道路。
 福浦からはすぐにクルマを止めた広場に到着。その寸前にパラパラと雨を感じたと思ったら、一気に雨脚が強まる。急いでクルマに自転車を押し込むが、かなり濡れてしまった。そのせいで、クルマのウィンドウが曇る。あと、気温も一気に5度くらい下がって、クルマの内外の温度差も曇りを濃くする要因だ。
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 それでも4度目の正直で、美保関再訪達成だ。思えば初回の遠征からもうひと月以上が経過している。4分の3で最後雨に打たれるパターンとなった。まあこれで、今回の遠征シリーズも一区切り。当分ここまで来ることはないだろうから、思い残すことはなく岐路に就きたい。だから雨の中もうひと踏ん張りだ。数時間前自転車で走った道を今度はクルマで走る。境水道を西へ。中海にたどり着いたら、ひと月前に自転車で走った堤防道路で江島、そして大根島へ。1回目と2回目の遠征で訪れた通称「ベタ踏み坂」の江島大橋を撮影するのだ。もちろん、過去の遠征でも写真は撮った。けれど、ベタ踏み坂が最も映える地点での撮影をし損ねているのだ。それは大根島の最北端付近。ちょうど橋の延長線上にある地点だ。ここからだと中海越しに橋が見える。距離があるので望遠で撮影することになるが、そうすると遠近感が弱まり、ベタ踏み坂がまるで壁のようそびえる急勾配に見える。雨で見通しが悪くなるのでもうあきらめようかとも思ったが、やはり心残りなく帰りたい。というわけでどうにか撮影成功。雨も小降りになってくれてよかった。あとは、また4時間かけての帰り道。

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2021/06/02

鬼太郎列車と弓ヶ浜(伯雲の境3)

 伯耆と出雲の国境付近をめぐるシリーズ第3弾。第1弾からおよそ1ヶ月が過ぎ、雪解けの大山を見ながらのアプローチ。鳥取・米子間のほぼ中間地点、山陰自動車道の未開通区間である倉吉市北部郊外の北条砂丘の国道9号線。起伏も屈曲も、そして信号もほとんどないスピード出し放題の道。もちろん、制限速度プラス10km/h以内で走っていたのだが、路肩に立つ警察官に停止を求められ、駐車スペースへと誘導される。そういえば、1回目の遠征の時、このあたりでスピード違反の取り締まりをしていた。前を行く大型トラックは止められなかったのに。そのトラックに追いつくところでスピードを超過していたということだろうか。そのトラックの前のクルマ、私の後方のクルマもまとめて捕獲されている。ああこれで、長年付き合ってきたゴールド免許ともお別れか。と思ったら、交通安全の啓発のチラシ、チューインガム、マスク、消毒シートを渡された。よかった。
 スペースに限りがあるため、大型トラックは捕獲されなかったようだ。そして、我々数台が捕らわれの身になっている間、本線を次々とクルマが通過していく。我々が解放された後、また数台が捕獲されるのだろう。
 正午に米子市内に到着。昼の営業開始の11時半を目指したが、間に合わず。すでに駐車場が満車。けれどすぐに店から一人出てきて駐車場が空いた。店内に入ると、席は埋まっていて、入り口付近の待ち合い席に先客が1名。まず食券を買って待ち合い席に座る。その時点で店員がやってきて、食券を渡し、トッピングを伝える。2,3分で待ち合い席の先客が、さらに2,3分で私が呼ばれてカウンター席へ。それから1分でラーメンが出てきた。その後、新たに訪れる客よりも、食べ終えて店を出る客のほうが多く、いくつか空席が発生。開店時刻を狙ってきた客による、第一ラウンドが終了したということのようだ。今後の店を訪れるタイミングの参考にしよう。前回は、到着が12時半過ぎ、次のピークタイムとなってしまったということだったようだ。
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 鳥取市にもある「今を粋ろ」だが、米子店はカウンター席以外にテーブル席も複数あり少しキャパシティが大きいようだ。ちなみに鳥取店の方は、会議室などに置かれる長机一脚が、唯一のテーブル席。そして、客の多くはすぐ近くの鳥取大学の学生が徒歩で来るので、駐車場もたいがい空いている。
 300gの麺に野菜増し増し、あとはニンニクを含め普通にトッピング。そんな山盛りのどんぶりに挑む幸せな時間。
 さて、そのあとは自転車走行への準備。本日の予定コースは弓ヶ浜沿いの自転車道。片道は自転車、片道はJR境線に乗る。輪行という手もあるのだが、出発駅の駐輪場に自転車を配置しておくことにする。そのあとクルマでゴール地点の駅に移動。そして列車でスタート地点へ戻る計画だ。
 本日は、南東の風が、4m/s。これはもう、米子から境港へ向けて走るしかない。ただし、米子駅の駐輪場は有料のようなので、スタートは隣の博労町駅かその次の富士見町駅にしよう。ところがこの駅を見つけるのに苦労した。徒歩か自転車なら問題なかっただろう。もちろん、GPSレシーバにウェイポイントとして登録していたのだが、それでもクルマでたどり着くのに狭い路地を20分ほど迷走した。富士見町駅は、駅舎もない単線ホームのみの駅。隣接する月ぎめ駐車場にほんの少しの間だけクルマを止めさせてもらい、露天の駐輪場に自転車を降ろす。そして、境港へとクルマで移動。
 境港駅周辺は、クルマを止める場所に困らない。米子で迷走したものの、境線の列車の運行本数は1時間に一本程度。13時34分の列車に無事乗り込むことができた。迷走がなくても、その前の列車に乗ることは無理だった。
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 「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげるが少年時代を過ごした境港は、鬼太郎で大々的な地域おこしをしているが、境線も「鬼太郎列車」と称してゲゲゲの鬼太郎のキャラクターを描いた列車を走らせている。乗り込んだ2両編成のワンマン気動車はねずみ男をメインに描かれていた。ちなみに、この「ねずみ男列車」のほかには、「鬼太郎列車」「ねこ娘列車」「目玉おやじ列車」「こなき爺列車」「砂かけ婆列車」がある。というわけで観光列車の色合いが強いが、乗客はわずか。通学の高校生が大口の客なのだろう。
 車内放送は鬼太郎の声。気だるい口調で次の駅を告げている。また、目玉おやじが各駅の愛称を伝えてくれる。駅の間隔は短く、駅を発車してすぐに次の駅の案内放送が流れる。境港駅と米子駅以外はすべて無人駅。単線で、列車交換、つまり反対列車とすれ違いができる駅は途中に3駅しかない。その中の一つ中浜駅で反対列車の待ち合わせ。やってきたのは砂かけ婆列車だった。車窓からは海は見えず、砂地の畑の中を行く。たまに大山が見えた。
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 20km足らずを45分ほどかけて、米子駅の2つ手前、富士見町駅(ざしきわらし駅)に到着。IC乗車カード(「モバイルSuica」、つまりスマートフォン)を利用しての乗車だが、無人駅にはセンサーがないので車内のセンサーにかざして支払い完了。路線バス方式だね。240円。自転車に再会し、さあ走り出そう。
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 まずは、米子市内。先ほどクルマで迷走していた狭い道を行く。用水路沿いには、歩行者と自転車専用の道がつけられていて快適。春の花も咲いている。
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 日野川の左岸に突き当たったら、河川敷に降りる。これで、クルマの多い国道9号線も、431号線も潜り抜けられる。曇り空だが、大山は見えている。今日は南東の風が強い。右後方から押してくれる。道は、河川敷から堤防へと上がり、やがて日本海へ。沖からというより、海岸に並行するように波が打ち寄せて、防波堤にぶつかり高くしぶきをあげている。
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 あとは弓ヶ浜に沿って境港へ。まずは皆生温泉街。海沿いは大きな旅館の敷地内、つまり私道だが歩行者や自転車は通行していい。路面には「Japan ECO Track 皆生海岸ルート」「Sea to Sumit 大山」などなどいろいろ描かれている。
 前方には美保関を突端とする島根半島が遥かに見える。その名の通りの弓なりの浜に沿った道は、徐々に西から北へと向きを変えていく。しばらく姿を隠していた大山が背後に見えてきた。そして、強い風に真後ろから押されるようになり、スピードアップ。
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 浜に沿った自転車道は、松林の中に入ったり、国道431号線に並走したりしながら再び弓ヶ浜沿いへ。夢みなと公園が近づいてくる。夢みなとタワーがランドマークだが、その傍らのドーム状の施設の方がもっと目立つ。
 その夢みなと公園のエリアは、おそらく埋め立て地で、境港さかなセンターやいろいろな工場や商業施設が並んでいる。自転車道はその中を通り抜ける。さらに港湾施設の広い道を経て境水道沿いへ。
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 今日はこの後、前回果たせなかった美保関を目指すつもりでいたのだが、弓ヶ浜の途中から小雨が降り出した。境水道大橋を自転車で渡りたくないので、いったんクルマに戻ったのだが、途端に雨脚が強まる。前々回と同じパターンだ。もう走る気にならず、ここで今日は撤収。そのまま帰路に就く。また課題を残すこととなった。

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2021/06/01

堤防道路で中海北西部周遊(伯雲の境2)

 伯雲の境シリーズ第2弾。雨で不完全燃焼に終わった第1弾のリターンマッチを4月下旬に決行。半月前に走れなかった中海を走る。前回より段取りよく、寄り道もせずに米子へ。ところが、淀江I.C.で自動車道を降りるつもりが、そのまま突き進んでしまった。慌てて米子南I.C.で降りる。米子市内へ向かい今日のラーメンは、「今を粋ろ米子店」へ。これも鳥取市に系列店がある二郎系ラーメンのお店。頭に入れていた淀江方面からの道順へと軌道修正したつもりだが、どうも自信がない。迷走の末、結局山陰自動車道で淀江I.C.まで引き返して、道順をやり直してしまった。結局修正はできていて、迷わず突き進んでいけばたどり着けたのだった。これで30分のロス。
 「今を粋ろ」到着は12時半ごろとなってしまった。駐車場は満車。店の入り口には2,3人の人影が見える。クルマを止める場所がないのであきらめて、前回訪れた「笑福」へいどう。狭い路地に入り込んでしまったが、一度訪れた店ならなんとなくわかる。というわけで、迷走なく到着。中心街にある「今を粋ろ」とちがって郊外にある「笑福」はスーパーマーケットを中心とする商業施設群のテナントの一つ。大きな駐車場があるので、クルマを止めることに困らない。まあ、今日も店は空いていたけどね。そんなに離れていない二つの店だけど、いろいろな違いを感じる。
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 さて、弓ヶ浜沿いの国道431号線を北上。境港へ。前回走れなかったところを走るわけだが、まったく同じコース取りではつまらない。だから今度は境水道の対岸をスタート地点とする。というわけでクルマで境水道大橋を渡る。道が狭く、歩道は歩行者でも車道に落ちそうなほど狭く、自転車で渡りたくない橋。いかにも高度経済成長期に建設された、クルマ優先の道路、という感じ。しかも、橋の真ん中で工事をしていて片側通行だった。クルマで渡って正解。
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 島根県側に降り立ち、美保関方面に少し進んだところの道路わきの広いスペースにクルマを止める。道の反対側、境水道では釣りをする人の姿が見える。ここは今は松江市に吸収合併されたが、かつての美保関町。造船所や港の施設が並ぶ対岸と比べて、のどかな海岸。
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 自転車の準備ができたら、そののどかな海岸線を西へ。中海を目指す。のどかとはいっても、集落や漁港が点在し、狭い道にクルマがそれなりに通る。何せ国道なのだから。対岸ほどではないが、造船施設もある。
 小さな岬越えの小さな峠をトンネルを抜けると中海沿いに出るのだが、深い入り江の奥のため湖の広がりは感じられない。そして道は少し内陸に入る。信号のある分岐を左へ。小学校の前を通過するとすぐに中海に出る。そしてここからは湖の上の道を行く。まずは、小さな離島へと橋で渡る。そこがまた分岐点。右へ。ここからは堤防の上の道。反対側の道もやはり堤防道路。
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 入り江に合わせて、半円を描いた堤防は入り江の出口で終わり、堤防道路は湖岸の国道431号線へと吸収される。しばらくは、中海の西岸を南下。のどかな風景だけど、クルマの通行が多くはないが、少なくもない。
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 道の駅「本庄」でトイレ休憩。湖岸で、何かの撮影をしている。カメラを構えた男性達に囲まれた女性のモデルが、食べ物化飲み物を前に微笑んでいる。
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 湖岸の道は、国道431号線から県道260号線へと変わり、大海崎からはまた堤防道路へ。大根島へとむけて湖上を走る。この堤防道路は、県道338号線だ。約2kmの水上走行で大根島へ上陸。島の南西から北東へ時計回りに進む。平坦な岸辺の道。ただし、堤防に遮られ海の景色はいまいち見えない。湖とはいえ、北西の季節風が当たり波が立つのだろう。堤防の上に乗り上げてみるが、舗装区間はとぎれとぎれ。未舗装区間は草ぼうぼうで走る気にならないので、車道に降りる。クルマはたまに通る程度。
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 大根島を北側に回り込むと、ベタ踏み坂が見えてきた。前回は途中までで引き返したあの橋を、今日は渡ろう。
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 堤防道路で大根島から江島へ。そして江島大橋へ。こちらは平成になってからかけられた橋で、両側に車歩道があるので、歩行者も自転車も安心して通行できる。水面から40mを超える高さの橋の中央部からは、中海、大根島、そして大山の景色が見渡せる。島根県から鳥取県へ。そして、反対車線の車歩道でまた橋を渡り、島根県へ戻る。江島に戻ったら、堤防道路の続きを走り、美保関町へと戻る。中海の北西部を一周した。後は来た道を境水道大橋のたもとまで戻る。
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 さて、クルマへと戻った。この後、美保関まで往復しようと思っていたのだが、ここまで想定よりも時間がかかってしまった。帰り道も4時間かかる。今回はあきらめて、また次回とすることにした。

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2021/05/31

境水道とべた踏み坂(伯雲の境1)

 数年前、軽自動車のCMで話題になった「べた踏み坂」は、鳥取県と島根県の境にある湖「中海」の中の離島へと渡る橋だ。その下を船が通れるよう中央部が水面から40m以上もあり、クルマで通るときにはアクセルペダルを床まで踏み込んで登らなければならい急勾配の坂となっている、というわけだ。その橋を含め大根島や中海の湖岸を自転車で走ってみることにした。
 鳥取県内には山陰自動車道や鳥取自動車道など、自動車専用道路が伸びていて、しかも通行無料。東の鳥取から西の米子まで1時間半足らずで行ける。さらに鳥取市まで、つまり兵庫県内にも無料の自動車道があるので、2時間余りで行ける。つまり京都府の丹後地方から米子までの約200kmを3時間半くらいというわけだ。
 というわけで、4月中旬、いざ伯耆の国へ。鳥取・米子間は完全に自動車専用道路がつながっているわけではなく、倉吉郊外の北条砂丘は一般道となる。ただし、12kmに信号がわずか2つ(それも短い間隔で連なっている)しかない、平坦な直線道路。ここは以前からクルマが爆走しているところだった。今日はスピード違反の取り締まりをしていた。こんな道だとたくさんつかまるんだろうね。
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 鳥取県の西部まで来るのは久しぶりなの、米子の手前で少し寄り道。名和I.C.で自動車道を降りて御来屋駅へ。趣ある古い木造駅舎。どうにか桜の花が残っていた。そしてこの時期まだ白い部分が残る伯耆大山をホーム越しに眺める。
 あとは国道9号線で米子へ。少し迷走の末たどり着いたのが、笑福両三柳店。鳥取市や大阪市でも展開している二郎系のお店。スーパーマーケットを中心とする商業施設群の一角にあるテナントだった。店は空いていて、私の前に先客1名。私のすぐ後に1名。それだけ。野菜増しを注文したのだが、出てきた野菜の量はなんだか物足りない感じ。後から来た客の野菜長増しの方が多いくらいだ。まあ、いいか。常識的な量と比べれば、けた外れに大量なのだから。
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 そのあとは一路境港へ北上。川のような境水道の岸壁に漁船が並んでいる。その漁船の向こうに対岸の山が迫る。あちらは島根県松江市だ。無料で止められる駐車場にクルマを止めて自転車を準備。境水道沿いを西へ。中海へと向かう。
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 まるで川のような境水道、なんて書いてしまうのだが、実は本当に川だそうだ。この境水道も中海も、その上流の宍道湖も、すべて斐伊川ということだそうだ。
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 港の施設を迂回するため岸から離れ狭い路地を行く区間もある。レトロな雰囲気の商店の前に止められたレトロなオートバイに目を引かれる。
 視界が開けた。中海だ。そして、高くそびえる江島大橋が見えてきた。湖岸を進んで橋に近いづいていくが、橋を渡るには一度内陸に入らないといけない。その高さを稼ぐため坂の始まりは内陸部にある。対岸の江島は地価ので、水上よりも陸上の区間が長い。
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 さあ、べた踏み坂へと昇る。クルマの通行は多いが両側に車歩道があるので安心していける。長い橋のため歩行者は少ないが、まったくいないわけではなかった。自転車も数台見られたが、私以外はみな押して上っていた。そんな急坂を登った橋の真ん中は、景色が抜群。中海に浮かぶ江島、そして大根島。そして、中海越しの大山が圧巻。江島、と大根島そして本土は堤防でつながっている。中海の北西部は、二つの島と堤防によって閉ざされている。だから、日本海の外海から境水道を経て松江港、さらには宍道湖へと船で行きつくには、江島大橋の下を通らねばならない。大きな船も通れるように橋は高く作られ、べた踏み坂が生まれたということだ。
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 しかし、天気が悪化している。強風が吹き荒れれている。地上で吹いていた風とは比べものにならない風圧を感じる。そして、雨。週間予報が発表されてから、曇りと雨予報を行ったり来たりしながら、前日には曇り予報に落ち着いたのだが、降り出してしまった。雨粒はだんだん大きくなってきていて、これから走っていくつもりの大根島方向の上空は暗い。大山もほんやり霞んでいる。

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 この橋はかつての国境で、現在県境。伯耆の国からほんの少し出雲の国へ足を踏み入れた。ここで引き返すことにした。遠い道のり。久しぶりに訪れた地ということもあって、迷走したり時間の読みが甘かったりした。これを踏まえて次は段取りよく行きたい。ということで、クルマに戻る前に、水木しげるロードに寄る。2005年8月の隠岐からの帰り道以来、16年ぶりに鬼太郎やねずみ男に再会。雨は小康状態。
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 クルマに乗り込んだら弓ヶ浜のパーキングスペースで大山を眺めてから、4時間の帰路に就く。

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