2017/10/22

丹波の優しい峠めぐり(三春峠など)2017

 この秋、福知山周辺の十数年ぶりのコースを走ったが、今度は比較的最近の定番コースをたどる。三春峠をはじめとする4つの峠を越える周回だ。京都府と兵庫県にまたがるものの、すべては丹波の国の中のお話である。
 まずは、国道9号線を福知山から京都方面へ。三和の中心部を抜けてすぐ、三春峠へ向かう府道709号線へ右折。これまでは、国道9号線をもう少し先に進んだところの廃れたドライブインの駐車場にクルマを止めていたのだが、出入り口をふさがれている。隙間から侵入することもできるのだが、そもそも私有地であり、しかも「入るな」という意思表示がされているわけだから、そんなところに駐車するのは止めよう。
 ということで、最後に兵庫県側から三春峠を越えて気持ちよく下りでゴールするためこの道に入ってきたのだが、田園と集落が続いてなかなか駐車場所が見つからない。興雲寺、中島の集落を超え、道が狭い谷沿いになったところに、道路わきの広場を見つけ駐車。国道から5km、標高差60mほど来た。
 クルマからランドナーを下ろし、前後の車輪と泥除けを装着。もう7分丈のズボンでは寒いので、長ズボンのすそをベルトで止める。上半身は迷ったが半そでシャツで行くことにする。もう普段は長袖で過ごしているが、今日は雨上がりの曇り空。明日はまた雨。秋雨前線が近く湿度が高い。運動して体温が上昇しても、発汗の気化熱による冷却は期待できない。要するに動けば蒸し暑い気候だ。ただし、スタートの下りは寒い。ウィンドブレーカー代わりの合羽を羽織る。
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 少し下ると、中島集落。それを抜けると、細見川の谷が広がり田園地帯となる。下り基調だが勾配は緩み、ペダルを積極的に回すようになる。体温が上がり合羽を脱ぐ。結局合羽はこれでお役御免。
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 国道9号線が近づくと、細見川の河岸段丘の田んぼの中の道へ。国道の走行を少しでも減らすためのショートカットを試みる。けれど川の近くまで下ったところで行き止まり。「こんなとこ、どこにも行けへんで」と田んぼの手入れをしていたお父さん。ショートカットが勇み足だったようだ。
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 府道709号線まで登り返す。府道手前に数本の栗の木があり、大きな毬が路肩に落ちている。中身は空だが。自転車を止めて写真を撮って、いざ再出発しようと自転車に跨ろうとしたとき足元が滑って自転車ごと転倒。落ち葉の下の泥か苔が濡れて滑りやすくなっていたようだ。
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 次の分岐を細見川方面に入れば、新田集落を通り国道へとショートカットできる道だったが、集落の中の道は難解で細見川を渡る国道の橋の下をくぐってしまった。結局国道に復帰できたのは府道709号線の分岐付近。結局いつもの国道の車歩道を行く。近くに高校の分校があるせいか、車歩道は自転車道といっていいくらいに整備されている。しかし、細見川を渡った東側の河内野(こうしが)集落沿いになると集落内からの細い道の合流により車歩道が分断される。というわけで、河内野集落の中の道を走る。もうクルマが多い国道とはお別れだ。
 これまでこの区間を走るときはゴール手前の夕暮れ時なので府道・国道をそれる余裕はなかったが、今日はスタート・ゴール地点を変えたおかげで集落散策ができた。この経験をへて、次回は新田集落から車歩道へスムーズにアクセスできることだろう(来年か)。
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 河内野集落から、箱部峠へ向かう府道710号線へ。全線でセンターラインがあり篠山方面へ向かう道にいずれ合流するのでそこそこクルマが通る。国道との分岐点周辺の兎原を越えると集落はほぼない。川沿いを南下していくと、そのまま京都・兵庫の府県境。すぐ先が箱部峠なのだが、峠が府県境ではない。それどころか、峠の両側とも桑原集落。そのくらいちょっとした峠ということか。雲の切れ間から日が差して、秋の里を照らしている。風に揺れる白いススキの穂、あかく実ったカキの実、赤や黄色に咲く花。いつしか晩秋の雰囲気。
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 箱部峠を越えた先の桑原で県道509号線へ。完全1車線で離合困難の道だ。この道は、この先で栗柄ダムの建設が行われていたため、2009年から2015年まで7年もの間通行止めだった。その間はこのコースを走れなかったわけだが、昨年久しぶりに走った。桑原を過ぎると集落はなく、細いうえに、この先の峠付近ではヘアピンカーブが連続するため、ほとんどクルマは通らない。自転車にとってはいい道だ。
 家が途切れ田んぼもなくなると、いよいよ山へと入っていく。山はほぼ杉の植林だ。現れた軽自動車と離合。これは珍しい。この道を通っているが、クルマに出会うことはめったにない。しかも山仕事の軽トラックではなく、乗用車だ。これは初めての経験だと思われる。
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 峠へ向かうにつれ勾配が増していく。そして峠付近は前述のとおりヘアピンカーブの連続する急坂だ。桑原からは200m、国道9号線からは300mの標高差を登り、標高400mほどの切通しの峠に到着。
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 峠を越え南に下る。すぐにため池。西紀ダム。そのすぐ下が栗柄ダム。その下に栗柄の集落がある。この集落には、栗柄ダムを経由する杉ヶ谷川と鼓峠からの宮田川が北東から南西に並行するように流れているが、前者は由良川に合流して日本海へ、後者は加古川に合流して瀬戸内海へと注ぐ。つまり、この集落の中に日本の中央分水界がある。「分水嶺」という言葉があるが、山の尾根によって分けられた分水界のことを言う。それに対し、この栗柄は、「谷中(こくちゅう)分水界」である。それだけでもかなり珍しいのだが、集落の西側の栗柄峠がまたかなり個性的。なんと杉ヶ谷川の流れが栗川峠を越えている。
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 その杉ヶ谷川に沿って県道69号線を西へ。登りが全くないまま篠山・丹波の市境の看板に到着。川を見下ろせば、丹波市側は突如急流となり川床がはるか下に見える。近年大規模な拡幅工事が行われた県道は、開放的で丹波市春日町や多岐連山から西に延びる山並みを望むことができる。しかし、その新しく開放的な道も中腹で林間の閉鎖的な道となり、工事用の信号に止められる。拡幅工事はまだ続いている。
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 工事区間を抜け再び新しい道に出ると、右に集落や田園のある谷を見下ろすようになる。その谷底へと降下する道へ。やがて新しい道と合流するのだが、できるだけ集落を走るほうが楽しい。栢野、広瀬、松森と秋の里を行く。立派な構えの農家が多い。壁が朱色に塗られている古い家がみられる。
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 県道709号線で北、そして北東方向へ進路をとる。下三井庄(しもみのしょう)から、上三井庄と三春峠へ向けて進む。県道と書いたが、できるだけ集落の中の道を行く。夕暮れが迫り、曇天がさらに暗くなってきた。これから目指すは、本日最後にして最大の峠だが、もうこれを越えるだけとなると気持ちは楽になる。一心にペダルを回すのみ。
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 やがて田園や集落が広がる谷の奥にたどり着き、山間部へと入る。林間のためさらに薄暗くなる。黙々と進むのみ。先ほど越えた県道710号線の峠よりも標高は高いが、勾配は緩い。走りやすいいい峠だ。丹波の国には、こうした優しい峠が多い。
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 峠が近づくと展望が開けた場所がある。春日の平野部が見下ろせる。対岸の山の中腹には舞鶴自動車道。ヘッドライトの光が行き交っている。先ほどわずかに霧がかかった区間があったが、高みに登りついたら小さな雲の塊が自分よりも下に見える。幻想的な風景だ。
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 標高450mの峠に到着。麓から標高差300mほどを登った。ここで京都府に復帰。さあヘッドライトを灯して下ろう。少し下ると京都府側の展望ポイント。はるか下に街灯の明りと家が見える。あそこまで下るんだ、とその距離と標高差に初めて来たときはおののいたが、下りだからあっという間なのである。
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 実際あっという間に下った。先ほど見下ろしたのは、田ノ谷でほんの数軒の家だが、トタンに覆われた茅葺葺きの立派な農家も見られる。集落のあたりは比較的平坦だが、その先下り勾配が増し狭い谷となる。すぐにクルマを止めた広場へ到着。
2017年10月中旬、14:27~17:49、約38km

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2017/10/10

秋晴れの丹後半島一周

 シーズンに一度は走らねばならぬ、と思っている丹後半島一周だが、いつの間にやらもう10月。ゴールデンウィークから何度も狙っていたのだが、ここぞという日は天気がいまいち。前日の晴れ予報に心を決めていたのに、朝起きるとうっすら曇っている、ということの繰り返し。空が澄み海が青い時に走らないと値打ちが半減する。そのうち蒸し暑い夏がやってきて、自転車に乗る気が失せる。しかも天候不順。待望の9月がやってきたが、また5月のようなことの繰り返し。そして、9月30日、二つ前の記事「今はもう秋」に書いたとおり機会を逃してしまった。やはりその記事に書いたように、9月は土曜または日曜に仕事がある週が多かったのも事実だが、加齢とともに休日をだらだら過ごすようになってしまったのもまた事実。
 翌週は、土日と体育の日で三連休。泊りがけで出たかったのだが、あいにく初日が雨予報。実際には朝のうちだけで止んだのだが、それでもすっきり晴れてくれなきゃやだ。ということで見送り。今シーズンは、いまだ遠征なし。寂しいけど、天気はどうすることもできない。雨や霧では楽しくない。楽しむという目的は達成されない。現地での予定変更もまた同様。すると心残りが発生し、リベンジを企てることとなる。遠征には費用も労力もかかる。例えば、信州方面に2泊3日の遠征を組めば、交通費や宿泊費で3万円はかかる。今月行っていまいちだったから来月また行こう、というわけにはいかない。満を持して、行動を起こそう。
 遠征がダメなら、別の懸案である丹後半島一周をこの3連休に決行しよう。連休初日は、朝のうち雨でその後曇り。寝たきり生活。遠征しようと思っていた地をインターネットのライブカメラで見ると、昼前まで雨で、その後、霧。踏みとどまって正解だった。
 そして連休中日。まずまずの天候なのに、だらだら過ごしてしまった。やはりちょっと雲が多めだったのと、この日は地域の秋祭り。各集落で、神輿や屋台が練り歩き、迂回せねばならない場面があるかも知れず。ちなみに、私の住む集落は、かつては神輿を担ぎに出なければならなかったが、今は子どもの屋台だけになった。
 そして、連休最終日。朝起きると日が射している。予報は前日に曇天に変わり、諦めかけていたのだが、青空が広がっている。というわけで、今シーズン初、生涯通算46回目の丹後半島一周が始まった。
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 9:45、ランドナーで京丹後市弥栄町の自宅を出発。まずは、竹野川の流れに沿って北上。国道482号線を避け、農道などクルマの少ない道をつないで行く。それにしても暑い。下半身は7分丈のズボン。上半身はTシャツの上に半袖シャツ。いつか脱ぐと思っていた半袖シャツを、走り出して30分で脱ぎ、もう着ることはなかった。はじめから着てくる必要はなかった。携行する飲料水は2L。ウーロン茶のペットボトルをフレームに装着。
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 京丹後市丹後町に入ると、小学校が賑やか。地域の運動会が行われている。祭りは京丹後市全域だが、運動会は旧町ごと。先ほど通過した集落の公民館には飾りつけを外した神輿が置かれていた。宵宮を含め2日間にわたる秋祭り、そして運動会と大忙しの3連休だ。
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 細かい藁が散乱した田んぼが見られる。先月の台風の爪あとだ。
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 竹野川河口付近にある道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。予想通りグループにソロのサイクリストの姿が見える。すべてがロードレーサー。ここ数年でその数がかなり増えた。同じ自転車乗りとして共感できる部分もあるのだが、一方でランドナーに乗ったツーリストからすると、全く異なる種族のようにも感じられる。走るペースや距離も違うのだが、それ以前に走る目的からして違うようだ。インターネットのブログやSNSにも自転車関連の書き込みが多くみられるようになったのだが、参考になる情報が掲載されたものや、読みごたえのある内容のものが非常に少なくなった。食レポに例えれば、「こんなにたくさん食べた」「おいしかった」というだけ。後は、自撮りで自分や仲間の姿を映した写真が並べられている。別に否定するつもりはない。表現の自由である。だた、味が再現できるような食レポ(ツーリングレポート)に、私自身が勝手に魅力を感じているということだ。
 そのあとは、国道178号線で海岸線を東に向かう。海岸段丘へと昇る急坂の途中でも歓声が聞こえる。小学校としては数年前に閉校となったが、かつての校区ごとに開催される運動会の会場として使われている。
 海岸段丘へと昇ると、15台ほどのロードレーサーの団体とすれ違った。脇目もふらぬ高速走行。
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 海にそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。見ものなのはその岩だけでなく、その周囲の海の美しさだ。北に面した海は、冬は北西の風により荒れ狂うが、夏場は穏やかで、底の砂は白いので、美しく透き通った青色となる。これが見られるかどうで、値打ちが変わる。今日は、ばっちりだ。水平線の手前に、豪華客船が見える。舞鶴港に立ち寄るクルーズ船の一つなのだろうか。(後日の新聞記事によれば、まさにその通りだった)
 しかし、このあたり赤く枯れた松が目立つ。かつては屏風岩のてっぺんにも一本松が生えていたのだが、20年ちょっと前に枯れてしまい少し味気ない姿になってしまった。
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 定期観光バスが止まり、乗客に周囲を囲まれたので、そそくさと脱出する。犬ヶ崎トンネルを抜けると、丹後松島が見える。松島のような風景ということだが、点在するのは島というより岩で、それも陸繋島だ。
 宇川の河口まで降り、対岸へ上り返すがすぐに下ってまた橋を渡り海岸段丘へと上り返す。その間に運動会が行われている小学校グラウンド脇を通過。丹後町の4会場のうちの3つをはしごした、そばを通っただけだが、というわけだ。
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 スーパーマーケットでパンを買って、経ヶ岬方面へ。自衛隊の駐屯地、そしてXバンドレーダーの米軍基地を通過。それらは国道より海側にあるのだが、内陸方向の見上げる山の頂上には自衛隊のレーダーサイトが見える。
 そして、近畿最北の集落、袖志を通過。ここは丹後半島の北岸には珍しく海のすぐそばにある集落だ。国道を隔ててすぐに海。海岸段丘がなく、背後が山という低地に集落がある。穴文殊、そして自衛隊と米軍基地のある小さな岬が北西の季節風と波を少し防いでくれるようだが、防波堤とテトラポットの様子からも、厳しさはうかがい知れる。もちろん、今の時期を含め南よりの風が主体の夏場は穏やかな海である。
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 そして登りが始まる。近畿最北の今日が岬灯台への分岐を経て、経ヶ岬隋道(現地の表札には「白南風(しらばえ)隋道)を抜けると、青い海が広がる。カマヤ海岸だ。断崖の標高100m程のの位置に道路がつけられ絶景だ。左側通行で全体を通して海の景色を堪能でき、枝道の分岐も少ないのに加え、このカマヤ海岸を下り基調で快走でき海の上を飛ぶような気分が味わえるのが、時計回りの半島一周の魅力である。
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 観光客の自動車、オートバイは多いが、屏風岩の手前以来自転車は見ない。
 甲崎を越えて蒲入(かまにゅう)集落を見下ろす。北西の風と波を甲崎が防いでくれる蒲入は海に近い漁港の集落だ。2年前までは、ここからちょっとした峠だったが、トンネル開通により、カマヤ海岸から本庄浜まで下り基調でいける。
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 この後少し内陸部に入る国道を本庄宇治で左折、府道623号線に乗り換え本庄浜へ。筒川河口にかかる橋のたもとに、ソロサイクリストが佇む。自転車は、小径車だ。「こんにちは、BD-1でここを走るとはすごいですね」と声をかける。国道をそれたこの海沿い路線は、丹後半島一周の中でトップクラスの絶景ポイントと思っている。
 けれども国道一直線のサイクリストが多い。しつこく食レポにたとえれば、大味でたくさん食べられればいい、ということなのだろう。
 だから、この路線で出会うサイクリストには、親しみを感じてしまう。コース選びだけでなく、自転車にも独自の創意工夫が見られる。いまどき自転車といえばロードレーサーという中で、ブレないこだわりが見受けられる。お互いの自転車のオリジナルの変更点を述べあい、感心しあう。
 特に、ある工夫には驚かされた。他人のことなので具体的には書かないが。私の所有する折り畳み小径車でも考えたことだが結局断念したことに、そんな解決方法があったとは。ただし、正直に言ってそれはスマートな方法とは言い難く(すみません)、アイデアを真似ようとは思わないのだが、発想の転換というか、柔軟で自由な考え方には脱帽するばかり。既製品に頼るばかりでも、他人のアイデアを真似るばかりでなく、自分で作り出す姿勢が素晴らしい。
 また、20年近く前からGPSレシーバを導入し、高価な日本語モデルではなく底辺モデルを選び続け、国土地理院が公開しているデータをフリーソフトで変換して無料で地図を利用していることも同じ。さらに、インターネット以前にパソコン通信をしていたことまで共通していた。
 光ファイバーもADSLも普及する前の、今では考えられないほどの低速通信の頃、文字、つまり文章で書かれた情報が主体だった。パソコン通信は当然文字ばかりだし、インターネットも普及したての頃は写真等の画像はデータが重く読み込みに時間がかかるため、Webページには小さな写真が少しだけ張られ文字がぎっしり、というものだった。
 だから、当時のパソコン通信の自転車フォーラムには、読んでいると味がしてくるような食レポならぬ、自分が走っているような気分になるツーレポがたくさん上がっていた。
 ああ、まだこういう人が生き残っているんだな、ずっと話し続けていたい、という気持ちを振り切って別れを告げる。彼は、輪行で天橋立駅スタートで網野駅ゴール。つまり、私とは逆方向だ。
 さて、私は本庄浜の海水浴場に寄って、先程買ったパンを食べる。波打ち際で遊ぶ家族連れが遠巻きに見える。
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 食べ終わったら、厳しい坂道に挑む。まずは野室崎。出だしが特に急坂だ。フロントインナーよりも大きい超低速のローギアが組まれたリアスプロケットを装着しているので、とにかくゆっくり登る。夏の間緩くて短いコースしか走っていないので、穏やかに穏やかにペダルを回す。低速ギアのお陰で、標高差120mをノンストプで登り切った。青い海、冠島と沓島、若狭湾のリアス式海岸、青葉山、そしてこれから向かう新井崎(にいざき)が一望できる。
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 断崖に囲まれた入り江の泊へと下り、すぐに新井崎への登りとなる。標高差100m近くまで登ったら、道はいったん水平になり、やがて緩やかに新井の集落へ下る。そして、まただめを押すような登り。一つ一つは短いが、まさに登りの波状攻撃だ。
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 新井の漁港を見下ろしながら登り、小さな棚田の脇を行く。「新井の千枚田」だ。この府道623号線よりも、
大原集落へ向かう道を通れば千枚田の名前の通りのたくさんの棚田の景色を見ることができる。
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 標高130mのピークを越えたら、舟屋の集落に囲まれた伊根湾へと下って行く。私がまだ子どもだった30年余り前は静かな漁村だったのだが、その後注目を浴びるようになり、20年ちょっと前にNHKの朝の連続テレビ小説の舞台となり、さらにこの数年観光客を増やしている。元々は舟屋と母屋の間の中庭を連ねた通路を車道にした、狭い道に散策する人が行き交う。海外からの観光客もいる。また集落の途切れたところには大勢の釣り人。集落を迂回する道、そしてその道沿いに道の駅と大駐車場が設けられているため、狭い道を通るクルマは比較的少ない。観光客を避けながら、自転車を進める。
 伊根を抜け、宮津市の養老集落へ。集落に面した小さな浜がある。ここも美しい白砂の浜だ。
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 国道178号線に戻り、若狭湾を左に見ながら走る。こちらは南東に海が開け季節風の影響を受けないので波打ち際に集落が点在する。つまり、道は平坦だ。しかし、伊根と天橋立という二大観光地を結ぶ一本道なので、クルマが多い。ほとんど途切れない。5月の晴れの昼下がりには、内陸の気温上昇による対流により海風が背後から押してくれるのだが、今日は微風だ。そして、これまでのアップダウンのダメージで、脚がつり始めた。ああ、情けない。夏の間怠けたせいだが、根底には過労による体力の衰えがある。
 天橋立の北詰、府中に到着。いつもはこのまま最後の山越えに向かうのだが、今日は趣向を変えて、天橋立の松並木を渡って、京都丹後鉄道の駅のある文殊へ。歩いたりレンタサイクルに乗ったりして散策する人々に気をつけて進む。そして、シーサイド自転車道で阿蘇海をぐるりと回る。
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 この夏は天候不順で北海道ツーリングを断念した。近年北海道以外で、1日100km走ることはほとんどない。唯一のチャンスは、この丹後半島一周だ。でも普通に走れば80kmを少し超える程度。阿蘇海を回って少し距離を伸ばそうというわけだ。脚のつりをごまかしながら、ペダルを漕ぐ。
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 そして、与謝野町(旧岩滝町)男山から府道53号線へ。勾配は緩やかだが、このコースの最後にして最高地点へ向けての登りが始まる。当然脚つり祭りが始まる。何度も止って痛みを抑える。道路の両側を山に挟まれた狭い空は、いつしか曇天。予報通りの展開。もうここまでくれば構わない。青さの薄れた海はもう見えないのだ。
 延利(のぶとし)で一度緩やかに少し下ってから、久住(くすみ)へとまた緩やかに登る。気づけば頭上には再び青空が広がっていた。集落の中、コスモスなどの秋の花が鮮やかだ。天候に恵まれた一日だった。
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 旧大宮町と弥栄町の境が標高190mで本日の最高地点。その手前で2Lを飲み干した。数世帯の山間集落、堀越から待望の下り。これで、ペダルを漕がなくても貯めこんだポテンシャルエネルギーが家の2km手前まで連れて行ってくれる。
 等楽寺、外村(とのむら)を過ぎ、小さな登りを越えてゴール。これで88km。


 少し休んで、柿を収穫し、再び自転車にまたがる。今度はクロスバイク。お散歩コースを走ってこの日野トータルを100kmに乗せる。標高差50mに満たない小さな峠を2つ越えるコース。ここでも脚つり祭り。13km。
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 ついつい思い入れが余っていろいろ書いたけど、所詮私の方が異端分子。所有する8台の自転車にロードレーサーはなく、短文投稿サイトにつぶやきが行き交い、「インスタ映え」などいう言葉が流行るご時世に、サイズの小さな写真を貼り付けた長文記事を書いている時代錯誤人間。流行にあわせ、主流に乗れる人の方が、協調性もあり他者ともうまく付き合いまっとうな人生を歩めるんでしょうね。

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2017/10/03

今はもう秋

 前日の予報によれば9月30日の土曜日は晴れ予報で絶好の行楽日和。今シーズン未走の丹後半島一周を狙っていたが、翌日の日曜は舞鶴で仕事だし、同様の朝青空が覗いているものの雲が多めなのを理由に結局走らず。時間が経つほど快晴になり走り終えれば大満足となることはわかっていたのに。結局、半ば寝たきりの休日となってしまった。
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 10月1日の日曜は、朝7時にスーパーカブで家を出る。朝の天橋立は、誰もいない海。予想最高気温は27~28度とのことで防寒のアウターの下は半そでのシャツ。舞鶴までの1時間、途中霧が出ていた区間もあり、寒さに震えた。結局、その日の気温は25度未満。昼に仕事を追えて帰路に着く。アウターなしでは走れない。晴れ予報のはずが、現実は薄日の射す曇天。行楽シーズンだけあり、お昼の天橋立は観光客うじゃうじゃ。
 往路の途中、スーパーカブの前輪の空気圧が低いことに気付く。「パンクか!」と焦るが、さらに空気圧が下がることなく職場に到着。後輪は色々と気にかけているのだが、前輪はノーマークだった。確かにやや不安定だった。最近燃費が悪いような気がするのも、このせいだったかも知れない。溝が浅くなったりなくなったりして、交換しなければと思ってはいたのだが。
 家に帰ったら、早速タイヤ交換。もちろん、チューブとリムバンドも交換しておく。後輪と比べて、ホイールを外すのは簡単、と思ったらナットがかたい。結局、クルマのタイヤ交換のときに使う十字レンチを持ち出す。ほんの少し回すと、すぐ軽くなった。長いこと外していなかったので、固着していたようだ。携帯工具で対応しなければならない出先でのパンクがなくて良かった
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 ちなみに、前回前輪のタイヤを変えたのは6年前。その間26,000kmも走っていた。その時同時に交換した後輪タイヤは、以後2回も交換しているし、チェーン交換、スプロケット交換、パンクと、後輪は何度も着脱している。
 タイヤを外す時にはタイヤレバーが使えるのでいいが、問題はホイールにタイヤをはめる時。工具を使うと中のチューブを傷つけてしまう恐れがある。いつも苦労するのだが、今回スムーズにビードがリムに収まった。次もこのブランドのタイヤを買おう。タイヤ交換の所要時間は、30分ほど。だらだらやってこれなら結構早い(自分にしては)。
 ちなみに、スーパーカブ90には標準で、前輪も後輪と同じ太さ2.50インチのタイヤが装着されているのだが、間違えて2.25インチのタイヤを買ってしまった。自転車屋さんにきいたら、逆だと車体との干渉の可能性があるが、タイヤを細くする分には大きな問題はないという。安定感では太い方がいいだろうが、旧型を含め50ccのモデルや、現行の110ccモデルは前輪2.25。燃費向上の期待のほうが大きい。
 その後、自作自転車積載キャリアの調整をして、エンジンが冷めたので、今度はオイル交換。これも、少し前からの懸案だった。もちろんオイルの量だけは確認していたが。
 ドレンボルトを抜いて、劣化して真っ黒なオイルが出尽くすまでの間、自転車もいじる。ああ、色々片付いた。
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 まだ夕暮れまで間があるので、自転車にまたがる。稲刈りをしている田んぼがあった。周囲はもう一月前に借り入れを終えているのに。近くに酒蔵がある。酒米の田んぼかも知れない。日本海に出ると岩場に釣竿を持った人が点々と並んでいる。釣り人のいる海。
 自転車なら半そでに7部丈のズボンでちょうどいい。暑い夏場は、夕暮れ時に10km程走って満足していたが、この日は前日の晴天を無駄にした腹いせに、25kmほど走った。海沿いは冷え込みが緩いようで、ヒガンバナが結構残っていた。

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丹波の小さな分水嶺を越える(穴裏峠・榎峠)

 懐かしのコース再訪シリーズ。今回は1999年以来18年ぶり。福知山市街の西側、和久川に沿った国道429号線などで、兵庫県の丹波市青垣町へ行って戻ってくる周回コース。
 国道9号線の新庄交差点から、国道429号線へと分岐すると、ちょっと雰囲気が変わる。はじめは狭い道の両側に家が立ち並び、クルマの通行も多くて狭苦しい雰囲気だが、そのうち田園の中の開放的な風景となる。4kmほどで、国道429号線と府道109号線との分岐のある口榎原へ。このあたりにクルマを止めたいのだが、なかなか適した場所がない。田舎なのでどこにでも止められそうなのだが、民家のそばに止めるわけにはいかず、農道をふさぐわけにもいかず、店や施設の駐車場に勝手に止めるわけにもいかず、決断がつかない。18年前は、額塚集落の対岸の武神社にとめたのだが、周回からずいぶん外れているのであまりよくない。結局、談の集落を過ぎ、山間部へと入りかけた国道429号線の路肩に広めのスペースを見つけて駐車。自転車を下す。前後の車輪と泥除けをつけて出発準備。
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 まずはクルマで来た道を引き返す形で談へ。そして、下り基調で口榎原へ。川沿いに大きな木が立っている。その川の流れは、なぜか白く濁っている。これから向かう奥榎原方面からの支流榎原川の水が濁っているのだ。
 集落を抜け、信号のある交差点から府道109号線を南下。すぐに登りとなり口榎原を緩やかに見下ろす高台を通る。どうやらこれはバイパスで、もし次があるならば口榎原の集落の中を榎原川沿いに通ることにしよう。
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 口榎原を過ぎると、榎原川の谷が狭まってくる。そして、少し開けたら奥榎原集落。川の中で重機が動いている。これが水の濁りの原因だった。先の、台風18号の復旧作業かと思ったが、それ以前から行われている護岸工事のようだ。考えてみれば、台風からまだ半月も経っていない。応急処置はすぐに行われるが、本格的な復旧工事が行われるのは数か月後であるのが田舎の現実だ。2004年10月の台風23号では、榎原でも浸水被害が出たと聞いている。つまりこの榎原川が溢れたのだろう。台風被害を受けての護岸工事が12年経ってまだ完了していないということなのか、台風被害とは関係なく工事が行われているのかは定かではない。福知山の中心街が水に浸かる被害が出た由良川本流の堤防の工事でさえ、完了しないまま9年後の2013年の台風18号により再び大被害を受けている。この山間の榎原川は、順序が後回しになり今に至る、ということもあり得る話だ。
 すでに護岸が完成している区間もある。のっぺりしたコンクリートでなく、石垣風にデザインされてはいるが、それでもやはり自然の川とは異なり味気ない。もちろん、通りすがりの他人が住民の安全に口を出すわけにはいかない。
 集落を抜け、田園も見られなくなり、榎原川から離れ、山間部へと入っていく。センターラインがなくなり、勾配もまし、峠越えの雰囲気が高まってきた。ただしこの道は、それなりにクルマの通行がある。多い、というほどではないが、それなりに。左カーブに差し掛かったところで、クルマが追い越しをかけてきた。そこへ対向車。しかも、カーブを内回りしてくる。あわや正面衝突だ。特に西日本に多い、先の見通すことがのできない下手なドライバーの典型だ。18年前は、峠の手前で道路が崩落していて通行止。自転車なら通れる、と強行突破を試みたのだが、道路が完全に崩れ落ち、山側の側溝の、普段は土の中にあるはずの裏側が露出している状態。気に掴まりながら法面に足をかけ、宙ぶらりんの側溝を軌道の様にして自転車を引きずってクリアした。18年前のツーリングレポートを見れば、夏に何度か豪雨に襲われて、あちこち被害があったとのこと。その日は、通行止の開始つまり崩落から1週間あまりしか経過していなかったので、工事は始まっていなかった。麓の通行止の案内では諦めきれず、バリケードの手前までやってきてUターンしていくクルマは何台書いたものの、普段より交通量が少なかったことは間違いない。
 そのバリケードがあった豊富用水池入り口を通過。18年前の記録には「ロックフィルダム」とあるが、今回は確認に行かなかった。
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 もくもくと登り、用水池を見下ろすようになる。カーブが連続する、そこそこの急勾配だ。夏の間、平坦なルートしか走っていなかったので超低速ギアを使って切り抜ける。
 カシミール3Dの地名データベースによれば、穴裏峠の標高は333mとなっている。まだ100m登らねばならならいはずなのに、そんなに登ったら稜線に届いてしまいそう。トンネルで越えるはずなのに。
 カーブを越えるとトンネルがぽっかり口を開けていた。地名データベースの標高値は、トンネルではなく旧峠、つまり稜線の標高を示していたようだ。ちなみに、GPSレシーバやカシミール3Dを使い始めたのは16年前の2001年なので、18年前の走行ログはない。
 ちなみに、トンネルの表札には「穴の浦隧道」と記されている。国土地理院などの地図には「穴裏峠」で漢字が異なっている。いずれの漢字でも読みは「あなのうら」とのこと。
 耳を澄ませトンネル突入のタイミングをはかる。峠道は谷の中の九十九折れなので、エンジン音が聞こえてからでもクルマがトンネルに到達するまでまでは結構な道のりなのだ。
 クルマのエンジン音が聞こえないので突入。トンネルの長さは200m程。一気に駆け抜ける。
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 トンネルを抜けると、兵庫県丹波市。旧青垣町。この峠は、府県境であり、由良川水系から加古川水系へと分かれる中央分水界である。と言ってもすべては旧丹波の国の中のお話。また、丹波市の中でも、青垣町の東に位置する市島町は由良川水系である。日本列島の背骨といえる中央分水界を大胆にまたいだ自治体が存在するのは、今も昔もこの丹波地区くらいのものである。
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 青垣町の平野部へと向けて下る。いくつものカーブを経て、芦田川の流れる谷底へと下り、東芦田へ到達する。コスモスなどの秋の花の咲く、中山間地の集落だ。ヒガンバナはすでに残り花の状態。日本の脊梁にしては低いとはいえ、標高は100m余りで日本海沿いの丹後よりは冷え込みが強く、秋の花も早い。
 広々とした田園が広がる青垣町の中心の盆地へ。青空も広がり、開放的な風景だ。芦田川は加古川へと合流した。幹線の県道7号線を避け、農道を行く。十分な幅があり、まっすぐな走りやすい道のためたまにクルマが通るが、稲刈りを終えた田んぼに囲まれた静かな道である。
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 田園地帯から加古川沿いを走るようになる。道なりに行くとやがて県道7号線へと合流してしまうので、その手前で軌道修正。舞鶴自動車道の下をくぐり、加古川の支流、遠坂川沿いの道を行く。土手にはヒガンバナが群生し、川の中にサギが佇む。午後も遅くなり、日が傾いてきた。夕暮れまではまだ時間があるが、秋の日は低い。
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 国道427号線と分かれ、単独区間となったばかりの国道429号線に突き当たった。これを右折し、榎峠を目指す。左前方にはパラグライダーの練習用斜面が見える。振り返れば岩屋山。アンテナを頂く車道が通じた山で、標高700mからパラグライダーがテイクオフする。
 しばらくはセンターラインのある普通の田舎道だが、平野集落(中佐治の小字)にかかると国道429号線はその本性を見せる。左に分岐する道に対して「←福知山」と大きな案内板に記してあるが、集落の中心に直進する道と比べて信じられないほど細い。いわゆる狭隘道路の酷道なのだ。いきなり集落の中のヘアピンカーブ。離合困難、大型車通行不能。
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 小さな集落を抜けると、薄暗い杉の植林の中へ。道は曲がりくねる。クルマは皆無と言っていい。実際、福知山側の集落手前で一台であっただけだった。ただし、近くを舞鶴自動車道が通っているので、音だけは聞こえる。「声はすれども姿は見えず」というやつだ。展望こそないが、勾配も適度で、のんびりと走れるいい峠だ。
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 標高290mほどにある切通しが榎峠。こちらも不県境で中央分水界。
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 さあ京都府側の下りだ。傾斜地にある法用集落を抜けると、駐車ポイントはもうすぐ。
2017年9月下旬、14:40~16:55、約28km

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2017/10/02

丹波三岳山南麓周回

 昨年の晩秋には17年ぶりのコースを走った。綾部市を起点とし、長宮峠とその西の峠を越えて旧三和町や福知山を周回した。また今年も久しぶりのコースを走ってみる。
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 福知山のJR山陰本線上川口駅の北、牧川の対岸から国道426号線を少し北上したところの路肩の広いスペースにクルマを止めて、自転車を下す。ランドナーに前後輪と泥除けを装着し準備完了。まずは国道から南東方向に分岐する道へ。小さな峠を越えて夷集落を通過、府道528号線へ突き当ったら左折、北上。下大内、上大内と中山間地の集落を見送り植林へと入り、またも小さな峠を越えて大呂へ。どん突きを左折。谷に点在する集落を縫って北東へ。進むにしたがって、両側の山が迫り谷が深くなっていく。中村(国土地理院の地図に記載されている集落名、「大呂」あるいは「喜多」の小字か)までは、センターラインのある立派な道が続いているが、その先1~1.5車線のやや細い道となる。同時に、上り勾配も増す。
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 このコースを走ったのは17年前の2000年9月。そのときは、熊野神社の分岐を左折、西進したが、今回はさらに北上を続ける。しばらくは集落もなく、かといって山林の中の区間はそんなに続かず、道路の周囲には明らかに整地された平らな土地がみられる。休耕田と思われるものもあるが、中にはおそらく家などの建物が建っていたのだろうという広場もある。
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 道が大きくうねり、見安(国土地理院の地図に記載されている集落名、「上野条」の小字か)に至る。広々とした棚田の中に家々が点在する斜面集落だ。そびえる山の斜面から木造の家屋が見下ろしている。
 棚田の中をうねうねと蛇行して登り、等高線に沿った道へと突き当たる。これを右折してすぐに御勝八幡宮。で、そのすぐ先が峠になっている。丁字路から峠までは100mもなく、峠のすぐ先は上野条集落。
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 上野条集落も斜面に家々が点在している。見安は集落の下を道が通っていたが、こちらは両側に家々があり、見下ろすアングルも楽しめる。また、底の見えない谷を隔てて、大江山連峰の最高峰、千丈ヶ嶽が見える。今いる上野条は、大江山に対峙する三岳山の中腹だが、その三岳山の山頂は見えない。
 そのまま進んでいくと、国道176号線の坂浦トンネルの南の下野条へいく。幹線国道は走りたくないので、すぐに峠に引き返す。そして、御勝八幡宮に参拝。
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 先ほど上ってきた道を左に見送って、丁字路を直進。ほぼ等高線に沿った道を南下する。大字は「上野条」から「喜多」となったようだ。集落のはずれに、ログハウスがある。別荘かもしれない。
 熊野神社の分岐からの道を合わせ、徐々に道は下り始める。戸倉も傾斜地の集落。激しく下っていく。いつしか谷底に下り、さらに佐々木の谷へと合流する。この谷は、国道426号線が通る。国道176号線ほどではないにせよ、こちらもクルマが多い道なので、佐々木川の左岸、つまり国道の対岸の集落をつなぐ道を南下する。
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 夕暮れの里を行く。秋らしくなってきた。日尾野集落の手前に橋を渡って国道へ。そのまま左岸を進んだほうが静かに走れるのだが、日尾は少し川から離れている。河岸段丘へと登らされることを避けた。帰宅してから詳しい地図を見ると上流側からならば、大した登りはなかった。次があるならこちらを通ろう。
 下り基調の国道を飛ばす。すぐにクルマを止めたポイントに到着。
2017年9月中旬、16:20~18:15、約19km

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2017/09/06

小径車輪行で桂川自転車道

 JR山陰本線吉富駅から折り畳み小径車を輪行。座席はがらがらだが、輪行袋があるのでドア横の補助シートに陣取る。亀岡からは徐々に乗客が増し、嵯峨嵐山で観光客がどっと乗り込んでくる。座席はほぼ満員。建っている人もいる。
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 丹波口駅で下車。五条通り(国道9号線)を少し東に走ってから七条通りに南下し、あらかじめ調べていた店で「まぜそば」を食す。五条や七条の通りには、車道と歩道の間に自転車レーンができていた。1m強の幅のレーンにセンターラインが引かれ、左側通行を促す矢印が描かれている。これなら正面衝突の危険を減らすことができそうだ。またバス停では、車道、待合所、自転車レーン、歩道の順で区分けされているので、バス待ちの客が通行の支障になることはない。
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 ただし、自転車レーンにも交差点では落差1cm弱の段差がある。また、レーンの幅が狭いので高齢者や女性等、車幅感覚に不安があったり、ふらつかずまっすぐ走る自信がなかったりする人は、対抗自転車が来ると歩道に逃げている。
 食後は、桂川自転車道を目指し、七条通をひたすら西へ。自転車レーンはすぐに消滅し、歩道はアーケード付きになり商店が立ち並んで、それなりに歩行者がいる。車道には駐車車両が多く、自転車では走りにくい区間だ。そんな道を地元民のまたがる自転車が勢いよく進んで行く。その自転車の後をつける。サイクリストは前期高齢者と見られる男性、自転車はスポーツサイクルではないが、なかなかのスピードで歩道を進んで行く。そのサイクリストがコースアウトすると、別のサイクリストに切り込み隊長を交代してもらう。先程と同じような年齢で、やはりスポーツサイクルではない。しかしこちらは、車道を行く。その分さらにハイスピード。
 やがて切り込み隊長はいなくなったが、道路も片側2車線から片側1車線に変わった。地図を見ず、道な利に走っていたら、いつしか西から北西へと向きをかえ、桂川に沿うように走っていた。西京極運動公園を時計回りに回り込む形だ。
 大きな通りに突き当たった。五条通り(国道9号線)だ。その、桂川を渡る橋の東詰めなので、そこから自転車道へと入る。
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 桂川の左岸を南下して行く。堤防の上から畑の広がる河川敷へと降りる。桂川自転車道は3年ぶり。その時は台風による洪水の痕跡が生々しかったが、今はもう跡形もない。
 クルマのストレスから開放された。その代わり、自転車の通行が以前より増えている。自転車を止めて写真を撮っていると、その脇をハイスピードで自転車がすり抜けて行く。また、折り畳み小径車と比べロードレーサー、クロスバイクはスピードが速く、どんどん追い越される。スポーツサイクル以外も。七条通りの切り込み隊長達のような年配のサイクリスト。
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 阪急電車の鉄橋をくぐり、桂大橋をくぐり、さらにはJR東海道本線と東海道新幹線をくぐる。気温は30度近くまで上がっているようだが、湿度が低く肌はさらさらとしている。汗をかいていないわけではなく、自転車を止めるとうっすら汗がにじんでくる。汗腺を出たらすぐに汗が蒸発し、気化熱で効率よく体温を下げているので熱さを感じにくい。しかし、体から水分が奪われているので、脱水に気をつけねばならないが、飲料水の持ち合わせが残り少ない。まあ、買えばいいのだが。
 久世橋をくぐり、名神高速道路の桂川橋をくぐり、久我橋の東詰めまで来たら、いったん桂川を離れ、東側の鴨川へ。鴨川左岸を行く。すぐに鴨川は桂川に合流。羽束師橋を渡る。この橋は2層構造となっており、上階はクルマの専用。下を自転車や原付自転車が通行する。自転車道と分かれて桂川右岸へ。
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 右岸の堤防の上は車道だが、すぐに車止めがあり、車道は堤防を降りる。車止めの向こうは遊歩道だが自転車の通行も規制されていない。左に桂川、右に運転免許試験場を見下ろす。3年前には、運転免許の更新のため、嵯峨嵐山駅から桂川自転車道を通ってここまで走った。今日は、さらに先の道の区間へと轍をつける。
 対岸の自転車道よりもやや道幅が狭く、両側から草が覆うように茂っているので、さらに狭く感じる。ただし、ジョギングの人がごくたまにいる程度で、自転車は私のみ。安心して走ることができる。
 しかしそれもつかの間、車道へと合流してしまった。交通量はさほど多くないが道幅は狭く、路側帯のない路肩の脇は急な土手。スリリングな走行となってしまった。
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 淀の競馬場に近い宮前橋をくぐり、しばらく行くと河川敷に降りていく未舗装の道を発見。そちらへエスケープ。ダート、そして細い支流を渡るのは鉄板を敷いた仮設橋のようなもの。災害時などの緊急車両の通行のための道、というようなことだったかも知れない。出入り口はゲートがしまっているので、クルマが通らず安心だ。いつしか、京都市を出て大山崎町となる。
 しばらく行くと、淀川河川公園に出た。京滋バイパスをくぐり、舗装された河川敷の遊歩道を行く。巨大な物流センターの建物を過ぎると、交通量の多い国道171号線が堤防の上に見えてきた。阪急の大山崎駅をゴールとしよう。3年前のこの時期に、大阪市内から淀川沿い(堤防や河川敷の遊歩道)を遡って大山崎駅まで走った。これで、京都と大阪の間、自転車の轍をつないだことになる。思えば、その年も天候不順の夏だった。遠征をしないで夏を終えるのが物足りない。日帰りでも、日ごろ生活している田舎とは別世界、そして輪行。非日常を堪能できるのだ。
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 国道171号線を渡り、阪急大山崎駅の前で輪行袋に自転車を納める。JR山陰線の吉富駅に戻ることを思えば、JR東海道本線の山崎駅から乗車した方がいいという考え方もあるが、自転車を輪行することを思って阪急を選択。理由の一つは、列車の混雑。もう一つは、京都駅での乗り換え。大きな駅での乗り換えは、移動距離が長い。特に山陰線ホームは離れている。しかも、京都駅は混雑している。
 というわけでロングシートの端に輪行袋を携えて座る。桂駅で乗り換え嵐山駅へ。
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 夕暮れの嵐山は、ほどよい気温。桂川を吹き渡る風が心地よい。浴衣姿の女性が涼しげだ。
 JR嵯峨嵐山駅までは渡月橋を経由して1.6kmほどあるので、自転車で移動。
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 今回は輪行を少し工夫してみた。折り畳み自転車といっても、折り畳みでないMTBやクロスバイク、ロードーレーサーなどと輪行の手間は変わらない。スポーツサイクルの前後の車輪を外すのにも装着するのにも、工具不要で1~2分でできる。泥よけの付いたランドナーでも、工夫をすれば1分上乗せ程度で済む。
 そうした自転車の折り畳みや分解よりも、輪行袋の中に収めることの方が手間なのである。
 そこで今回は、上を向けた袋の口から自転車を入れるのでなく、自転車の上に袋をかぶせる方式とした。これなら自転車を持ち上げる必要もなく手軽だ。さらに、運搬するにも持ち上げずに車輪とキャスターで転がしていくことができるような試行錯誤を行っている最中。今回は間に合わなかった。
 嵯峨嵐山駅に到着した列車は混雑していたが、かなりの乗客が下車。想定したとおりだ。ただし、座れるわけではなく、出入り口付近に輪行袋を携えて立つ。亀岡駅でさらに乗客が減り、補助シートを利用してよい、という車内放送。補助シートに腰掛け吉富駅へ。

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2017/07/21

5年ぶりの桂川木津川自転車道

 前の記事の通り、折り畳み小径車の補修パーツを受け取るために大阪を訪れた。その時は所要もあったためクルマを石清水八幡宮の近くの八幡市営駐車場に入れて、京阪電車で大阪の北浜駅まで往復した。
 大阪滞在30分で八幡に戻り、せっかくなのでクルマに積んでいたクロスバイクで流れ橋(上津屋橋)までピストン。夕暮れ時で、少し涼しくなって走りやすい。
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 桂川・木津川・宇治川の合流し、桜の名所でもある背割堤の近くには、「さくらであい館」という施設ができていて(この春オープン)て、展望台や特産品の販売コーナーなどがあり、そして自転車スタンドも設置され、周囲にはサイクリストがたくさん休憩していた。自転車道には暑い真っ昼間からたくさんの自転車が行き交い、しまなみ海道や琵琶湖沿岸のような雰囲気。以前よりも自転車が増えた感じ。
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2017/05/31

伊由峠を越え朝来山麓一周

 伊由峠の存在を知ったのは、春先のことだった。平野部の雪はほぼ解けたものの、山間部の道はまだ雪に閉ざされている時期。同じようなところばかり走っていても面白くないので、竹田城のある朝来市まで南下してきた。竹田城の麓の駐車場にクルマを止め、自転車でふらふらと走っていて、たまたまそういう道があることを知った。
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 2ヵ月半前と同じように、竹田城の麓の駐車場にクルマを止め、円山川沿いを自転車で走る。右岸(東側)には幹線の国道312号線がありクルマはそちらに集中する。左岸の県道、あるいは堤防の上の道、そして田んぼの中の農道など、自転車で静かに走れる道がより取り見取り。
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 実は、春先以来、何度もここを走っている。随分と日差しが強くなり、緑が輝いている。また、出で立ちも、上半身にウィンドブレーカー代わりの合羽着用から、半そでシャツに七分丈のズボンへと変化している。
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 円山川左岸を4kmほど南下したところで橋を渡って、東側の支流、伊由谷川を遡る。竹田城の絶好の展望所、立雲峡がその中腹にある、朝来山の南の谷だ。支流の最も下の集落、沢からは竹田城と朝来山が相対峙する姿を見ることができる。そして正面には青倉山。この辺りの地理にも、随分詳しくなった。
 初めて来た時は、最奥の集落、川上で行き止まりかと思っていた。ところが、さらに道が延びていた。それが伊由峠だった。ただし、法面の工事のため3月下旬まで全面通行止、バリケードで閉ざされていた。また、川上集落の中から分岐する道は、青倉神社を経由し、多々良木ダムや黒川温泉へと越えられるようだ。もちろん、その時はまだ雪に閉ざされていたはずだ。ということで、その日はそこで引き返した。
 4月中旬、伊由峠の通行止解除を見計らって川上を再訪。しかしバリケードは閉ざされたままで、なんと通行止期間が5月下旬まで延長されている。この冬は雪が多くて工事ができなかったのかも知れない。では、青倉神社の道はどうか。さすがにもう雪解けしているだろうと思われるが、伊由峠よりもかなり険しい登りだ。結局気持ちが乗らず、すごすごと引き返した。
 4月下旬に、今度は予め気合を入れてきて、青倉神社を越えて多々良木へと走った。
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 そして、それからひと月。一連の伊由谷訪問に決着をつける日がやってきた。バリケードは開いているもののなぜか撤去されていない。特に通行止の看板は立っていないから、通れるのだろう。実は、不安で自転車で走り出す前にクルマで下見に来ている。それも両側のバリケードを。
 川上までは県道526号線で、集落奥からは「林道山東・朝来線」となる。開通からまだ20年未満の比較的新しいため、センターラインこそ引かれていないものの、クルマの離合ができる道幅で、勾配も10パーセント程度の舗装道路だ。
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緑の中を登っていくと、ヘアピンカーブが2つ。そして峠のトンネルへ。標高約376m。切り通しでも良さそうな感じだ。トンネルの開通は1999年とのこと。
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 トンネルを抜けると正面に粟鹿山が見えた。山東町与布土へ向けて下る。はるか底に砂防ダムの見えるやや深い谷があり、少し山深い感じがするが、すぐに水田が現れる。そして、開かれたバリケードを越えると、県道276号線へと突き当たる。
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 アプローチの道中こちら側を偵察に来ら、この県道の与布土川上流方面が工事中で、さらに県道の開かれてはいるが撤去されていないバリケードも気になって、結局朝来の伊由谷川も偵察することとなったのだ。
 17時を過ぎて、工事関係の車両がいなくなっていた。左折して与布土川の流れと共に与布土集落へと下る。ちなみに、工事が行われている上流側にもまだちょっとした集落があるようだ。
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 すぐに田んぼが広がる。与布土温泉を過ぎてすぐに県道277号線に突き当たり左折。朝来山を左に見て進む。
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 緩い登りを越えたら、正面に竹田城を見ながら一気に下る。立雲峡への上り口を過ぎ、円山川を渡り、山城の麓の駐車場へ。朝来山の山麓を反時計回りに一周した。
5月下旬、16:34~18:06、約17.8km、標高101~376m

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2017/05/24

森の京都丹波「峠と河岸段丘を行く」

 昨年(2016年)の晩秋、京都市内の「アイズバイシクル」主催のツーリングに参加した時に走った奥山峠。旧和知町(京丹波町)と旧三和町(福知山市)を結ぶものだが、比較的新しく開通(1997年発行のロードマップには掲載されていない)したもので、その存在を知らなかった。その峠を、今度は単独でじっくり味わってみたい。アイズのツーリングは輪行を含んだ企画だったが、今度は周回コースとしたい。やはり、昨年の晩秋に走った長宮峠を組み合わせることにした。綾部市の郊外を基点とし反時計回りに回れば、奥山峠も長宮峠もかつて越えたときと逆方向で走ることができる。
 綾部市外から少し由良川を遡り、左岸(JR山陰本線のある南岸)の河岸段丘の府道450号線の、路肩の広場にクルマを止めて自転車を組む。
 まずは、綾部市街に向かって西に進む。交通量の多い国道27号線は対岸。こちらはクルマが少ないのどかな道だ。列車の中から何度も見た景色だが、こうやって自転車で走るのは初めて。
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 国道173号線の新綾部大橋をくぐると、住宅街に入る。正暦寺という立派な構えのお寺があり、それが寺町という集落名の由来だろうか。
 川の畔の集落の狭い道から、クルマの通れない細い踏切を越える。長宮峠のある西に向かうのだが、突如、目前に恐るべき急勾配の登り坂が立ちはだかる。ヘアピンに近い急カーブを曲がった先にあるので、まさに突如現る、という表現が当てはまる。ほんの30~40m程だが、いきなりその見た目で心を折られる急勾配。20パーセントを越えていることは間違いない。つい先日の、三田の黒川渓谷や今日この後挑む長宮峠にも急勾配の区間があるが、それは20パーセント未満。明らかに格が違う。小樽の励ましの坂、天橋立の成相寺へのアプローチ、朝来市の多々良ダムから青倉神社へ道、などに匹敵する勾配だ。あいにく今日はロー32Tの激坂用スプロケットを装着していない。前述の立地条件から、助走をつけることもできない。あっさり観念し、押して登る。
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 その坂のすぐ脇、ヘアピンカーブに囲まれた土地には民家があり、その住人が外で作業をしていたので写真を撮るのははばかられた。変わりに、Googleストリートビューの画像を掲載する。ほんの30~40mで2階建ての家の屋根の上の高さ(10mくらいか)まで登るのだから、やはり20パーセントを越えていることは間違いない。
 その坂を登ったところが、桜ヶ丘公園。住宅街の入り組んだ細い道を、GPSレシーバーを頼りに長宮峠の麓の田野町へ向かう。峠に向け南に進路をとると、のどかな田園風景となる。しかし、暑い。まだ5月というのに真夏日が続いている。
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 集落を抜け山間部へと入って行く。道は細く急な登りとなって行く。林間のため日差しがさえぎられるのがありがたい。ウグイスの声とセミの声が聞こえる。大型連休明けの5月8日に今年初めてセミの声を聞いた。この時期はまだ成虫は少ないようで、大合唱ならぬ独唱。だから、数十秒鳴いた後に数分のインターバルを経て再び鳴く、というパターン。この時期、成虫の個体が少ないということは、異性に巡り会い生殖する機会も少ないのだろう。
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 さあ、いよいよ長宮峠の核心、急勾配の区間へ。やはり15パーセントは越えているようで、つい先日の三田の黒川渓谷の勾配を上回っているかもしれない。でも、先程の寺町の住宅街の坂の比ではない。何度も休んだが、28Tのローギアで十分ペダルを回すことができる。この辺りの峠の名物「路面に生えたコケ」は、ここ数日の乾燥した晴天のせいで勢いを失っている。あまり存在感がない感じだ。
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 急坂にあえぎながらも長宮峠に到着。標高297m。スタートから250m程しか登っていないが、それ以上にきつく感じる。峠は、北側の綾部側に少し展望が開ける。一番奥にうっすら見える山は、大江山連峰だろうか、それとも由良ヶ岳だろうか。帰宅後確認したら由良ヶ岳だった。
 福知山市三和町に向けて一気に下る。今日は、長宮峠区間で3台ものクルマに出会った。いずれも軽トラックだった。過去2回ここを走っているが、クルマに出会った記憶はない。一応長宮峠も府道709号線だ。
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 標高115mまで降りてきた。上川合で府道59号線へ突き当たり、左折。こちらは、たまにクルマが通る。日差しがきつい。
 少し国道173号線を走らねばならない。クルマ、それも大型車が通る。大原で再び府道59号線。大原神社を過ぎ、奥山峠への登りが始まる。
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 いくつかの小さな集落を越えていく。標高390mと長宮峠よりも高いが、上り出しの標高も高いし、勾配は長宮峠ほどではない。この奥山峠再訪がメインテーマだったが、走ってみての印象は長宮峠のほうが強い。
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 その奥山峠は、由良川の雲海が見物だが、この時期のしかもこんな真昼間に雲海が見えるはずもない。
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 さあ、和知に向けて下ろう。和知側の方が急勾配の区間がある。
 京都縦貫道の高架が見えたら、由良川が近い。そして左岸の河岸段丘を行く。由良川の流れに沿って緩やかな下り基調のアップダウンだ。コースの終盤はこういう道がいい。
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 立木駅、山家駅を越えて、水田と農村の風景の中を行く。由良川の流れは見えず、やはり集落と田園の広がる対岸の河岸段丘が同じ目線の高さに見える。
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 そして、クルマを止めたポイントへ戻る。33kmの周回を完了。
 今回の綾部から長宮峠、奥山峠を越える区間は、5月14日のグランフォンド京都の序盤のコースと一致している。「グランフォンド」とは自転車のロングライドイベントで、山岳コース主体のものだそうな。自転車版市民マラソンといわれることもあるらしい。そのグランフォンド出場者が大体2時間以内で走っているところを、私は3時間近くかけた。走るのが遅いということもあるが、写真撮影のための停止もやたら多い。しかもこの日は、セミやウグイスの声を記録するために、泣き出すのを数分待ち続ける場面もあった。それに対して、制限時間内に全行程150(または114)kmを走るイベントではのんびりしている暇はないのだろう。同じ自転車でも、楽しみ方は随分違うのだ。
5月下旬、14:32~17:24、約32.9km、標高45~390m

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2017/05/23

三田郊外自転車工房と田園・渓谷周回

 今年の初め、このブログにコメントを寄せてくれる「すうさん」が、新しい自転車をあつらえた。クロモリのオリジナルロードレーサーだ。製作は「エコー(eco)」という自転車工房。店舗は吹田だったが、この春、三田の郊外へ移転するとのこと。しかも、カフェも始めるとのことで、自転車をあつらえる必要がなくても気軽に立ち寄れる。
 そして、5月半ば新しい場所でオープンする、という知らせがブログにあがった。よし、行ってみよう。
 自動車で訪れるのも芸がないので、エコーのある小野の集落を含む周回コースのツーリングを計画。もちろん、100kmあまり離れた土地なので、自走ではなく、いつものようにトランスポーターとしてクルマを利用する。
 篠山市南部の後川から羽束川沿いに三田市へ。もうここは本日の自転車コース。適当な場所にクルマを止めて自転車に乗り換えたいが、なかなかいい場所が見つからない。あれよあれよと小野についてしまった。その小野集落の外れに、ポケットパークがあった。その駐車場にクルマを止める。
 自転車を準備して小野集落へ。エコーを探す。まだ、店のWebページやブログには地図が掲載されていない(現在はGoogleMapに登録されている)。集落内をうろつくが、当然店なのだから案内看板があるはずだ、と集落の外の本通りに出てみるといきなり発見。普通の農家と変わらない古民家ながら、ちゃんととおりに見えるように看板が設置されている。
 敷地を回りこむように細い道を辿って、「自転車工房エコー」へ。作業場の戸は開け放たれ、フレームビルダー兼店長と目が合い挨拶を交わす。自転車を止めている間に、店長が出てきて即座に自転車談義が始まる。自分で決めたコースを、自分のペースで楽しむ。ツーリングに関しては、私と馬が合うようだ(それとも商売上手なのか)。
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 いつまでも話していたいが、奥様と娘さんが担当するカフェを勧められそちらへ。店長も忙しいようだ。喫茶だけでなく食事もできるようなので、それを目当てに来たのだが、すでに15時になろうとしている。念のため、アプローチの途中でおにぎりを買って食べたのだが、なんとこの時間でも食事を出してもらえた。さすがスタートしたばかり、気合が入っている。
 縁側がカフェスペース。山頂部に花山院というお寺がある東光山を借景に、庭と畑が見える。しかし、すばらしい青空だ。先日ちょっとした寒気がやって来たせいか、まるで冬晴れのように空気が澄んでいる。
 食卓の下には火鉢があった。もちろん今は火が入っていないが、冬場には活躍することだろう。200m近い標高があり、日本海沿岸の平地よりも寒い。この冬も10㎝ほどの積雪があったそうだ。
 ブログに掲載されていた写真にちらりと写っていた、キーマカレーを注文。30種類ものスパイスを使っているという本格的なもの。その味もさることながら、量に圧倒される。出されたものを残すのは性分ではないので食べきったが、アプローチのおにぎりは完全に余計だった。後で聞いたら、3膳分のご飯を使っているそうだ。
 食べている間にもう一人お客さんがやってきた。なじみの客のようだ。食事メニューのもう片方を注文。野菜など、三田産の食材を使った定食だ。次来た時にはそちらを頂こう。娘さんが作るケーキもお勧め、とのこと。
 食べ終わって外に出る。店長ともう少し話がしたかったが、溶接作業に入り手が離せないようなので、またのお楽しみとする。
 季節離れしているようなクリアな青空と降り注ぐ陽光とまばゆい緑。新生活を開始し生き生きとした人たち。何か、桃源郷に来たようだった。
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 さて、自転車にまたがる。黒川沿いの県道49号線を永沢寺に向けて北上。広い谷に、水を張った田んぼが広がるのどかな風景だ。乙原までは、2年半前に走った道。ただし、逆方向。母子からダートのダブルトラックを南下して下ってきた。かつて存在した「柴田ファーム」という観光農場の前を通る道だ。20年ちょっと前にはMTBの常設コースがあり、そこを舞台としたレースに出場する友人の応援に駆けつけたことがある。
 今回はそちらへはむかわず、県道を北上。集落が途切れ、周囲が林間となる。黒川の流れは細くなり、警告の雰囲気となる。そして、登り勾配がきつくなる。道幅やや狭くなるもののクルマの離合は十分にできる。さほど多くないものの、そこそこクルマが通る。そして、オートバイもたまに通る。別荘のような建物がたまに現れ、その中にはログハウスもある。また、「ライダーズ・カフェ」といった、オートバイで訪れる人向けの店もある。
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 登り勾配がきつくなってきた。腹の中のキーマカレーが重い。結構な勾配だ。15パーセントを越えているんじゃなかろうか。「黒川渓谷」と記された案内看板があったので写真を撮る。その看板が垂直に立っていると信じて、帰宅してから勾配を計算してみたら16~17パーセントだった。
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 林間のため日差しがさえぎられるのは幸いだが、腹が重い。何度も止って呼吸を整える。やっとのことで峠に到着。標高は590m。小野が190mだから400m登ったことになる。
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 少し下ったところに展望所があり、永沢寺の集落を見下ろせる。湖のように輝く水田に、茅葺屋根(トタンに覆われているが)の家々。なんと美しい景色だ。
 その永沢寺に下り、道なりに母子へと向かいそうになるのを踏みとどまって細い道でさらに北上。左(西)へのコンクリート舗装の細い急な下りは、やはり母子へと行ってしまう。右の道を選び、後川へ。その分岐は三田と篠山の市境となっていて、少しだけ篠山市に入る。ちなみに、その辺りもすでに走ったことがあり、その時は篠山盆地を基点とする周回だった。3年半前のことだ。
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 後川奥、後川上と羽束川の流れに沿って下って行く。田園が広がってきたところで県道37号線に突き当たり、右へ進路をとる。そのまま羽束川沿いに南下して行く。峠越えはなく、下り基調で三田市へと戻る。
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 すぐに田園から林間の道となり、先程の黒川渓谷と少し似た雰囲気となる。ただし、勾配はさほど急ではなく、ブレーキをあまりかけず、軽くペダルを回しながら快適に下れる。ただし道はやや狭い。クルマはほとんど通らないが、キープレフトは必須だ。
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 やがて景色が開け、田園風景となる。すぐに分岐を右にとり、県道309号線へ。ごく緩やかな下り基調をしばらく行くと、突然急な上りとなる。羽束川から黒川の谷へとレーンチェンジをする小さな峠越えだ。標高差は数十メートルとわずかだが、急な上りだ。
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 それを越えると後は下るのみ。一気に小野へ。30kmに満たないが、なかなかパンチの効いた登り坂のあるコースだった。
5月中旬、15:32~17:36、約28.2km、標高190~590m

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