2019/05/17

加賀白山の動画


YouTubeで見るならこちらへ。https://youtu.be/yA5kXVRmBZc

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2019/05/14

Slide and Ride 扇ノ山(滑り納め大ヅッコ)

 ゴールデンウィークが終わり、日差しは強まり気温も上がってきた。冬の降雪は少なかったが、3月4月は何度も寒の戻りがあり、特に4月の平均気温は昨年より2度も低かった。これにより雪が遅くまで溶け残った山は、思いのほか長い残雪シーズンとなった。
 今シーズンも滑り納めは扇ノ山だ。もう登山口までクルマで入ることができ、車道歩きしなくてもよくなっているようだ。さらに、登山道にも雪はほとんどないだろう。まとまった残雪は大ヅッコの北斜面だけだと思われる。その北斜面の雪はどのくらい残っているか。
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 2年ぶりに兵庫県新温泉町の上山高原からのアプローチ。ブナもすっかり緑の葉をつけている。高原には、散策や山菜取りの人の姿がほんの少し。さらに車道を進んでいく。ショウブ池のあたりから大ヅッコと扇ノ山山頂が見える。多少残雪もみられるがブナの緑の葉に隠れてどのくらい雪が残っているかよくわからない。上山高原避難小屋から2km余りで小ヅッコ登山口。1台のクルマが止まっている。さらに1km弱進み、鳥取県との境を越えて「水とのふれあい広場」へ。6台ほどのクルマが止まっている。ここへ駐車。MTBとスキーの準備。その最中、クルマがやってきて水を汲んだり、食事をし始めたり。
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 河合谷登山口が近いのだが、クルマで来た道を引き返し小ヅッコ登山口へと自転車で移動。そしてそちらから入山。
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 すぐに人が下山してきた。単独の男性。大きな補注網を持っている。彼と入れ替わるようにMTBを押してやや急な坂を上る。並木道のようなブナ林を少し進むと、小ヅッコ避難小屋。さらに登山道を行く。木の根っこや段差などがしばらく続くが、だんだん登山道がフラットになってくる。そしてしばし乗車。扇ノ山から大ヅッコを経て北に延びる稜線はなだらかで、その上につけられた登山道はMTB向き。登りでもいくらか乗車できる。
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 乗車したり押したりしながら進むと、西からの河合谷登山口の分岐。登山道はブナ林の中だがすぐ西側はダイコンなどの畑となっていて、緑の葉の向こうは開けて明るい。
 小ヅッコと河合谷の登山道分岐点あたりまでは少し勾配があるが、さらに行くと登り勾配はほとんどないといっていいくらいの道となる。乗車率が上がる。これで木の根っこがなければずっと乗っていけるのだが。全くといっていいほど雪は見られず、さらにぬかるみも少ない。ゴールデンウィーク後半からほとんど雨は降らず、高温低湿の日が続いたので、雪解け水を含んだ土壌も乾いてきている。MTBにはいいが、スキーがどれだけできるか心配になってくる。
 何組かの下山パーティとすれ違う。まずはMTBに気付き、少し遅れてスキーに驚いている。そして、「滑れるかなぁ」と心配してくれる。雪の量などこの先の状態について、アドバイスのようなことをしてくれる人もいるが、はっきり言ってほとんど参考にはならない。なぜなら、その人はやったことがないことだから。自分がその場で判断するだけのことだ。
 登山口から小一時間、登り勾配がややきつくなり、登山道に水の流れが見られてきた。いよいよお目当ての斜面へ到着だ。
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 うっそうとしたブナ林に広がる雪原。ただし、広さは小学校の運動場かそれよりやや狭いくらいで、先月来た時には雪に埋もれていた細かい木が顔を出し、ツリーホールは大きく成長し、ブナの芽を包んでいた殻が雪面に散らばっている。とても快適に滑れる状態ではないが、もちろん快適さなど求めていない。雪のシーズンの終わりを感じられればいい。
 雪原斜面の下部にMTBを置いて、スキー板を下ろしてブーツに装着。斜面を登る。ステップソールで軽快に上れる緩斜面だ。雪原の最上部でザックを下ろす。シールもビーコンもツェルトも持たない代わりに、持ってきた荷物を出す。水とのふれあい広場で汲んできた水をコッフェルに移し、湯を沸かす。そしてラーメンをゆでる。
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 3人組が降りてきた。男性2人と女性1人の、「ドリカム」あるいは「いきものがかり」パーティ。私のスキー板を見て「滑れそうですか」と声をかけてくる。雪さえあれば、後は滑れるように滑るのみ。スキーだけでは不完全燃焼に終るかもしれないと想定し、別のお楽しみとしてMTBも用意しているのだ。とはいえ、そんなことを説明するのは面倒だし、わかってもらええるとも思えないので、「はい、滑りますよ」とだけ答える。彼らはもう少ししたらMTBに気付き、変わった人がいるもんだ、と思うことだろう。
 ラーメンを食べたら滑走の準備。滑り降りるのに2分もかからないだろう。木とツリーホールを避け、ブナの芽の殻で滑りの悪い雪面を下る。短い斜面で何度も尻餅をつく。楽しむためというより、ただ下山するための滑走。先週の加賀白山の滑降の終盤、中飯場の上部辺りのような状況だ。1本滑れば十分。もう登り返す気持ちは湧き上がらない。もちろん、山頂を目指す必要もない。
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 さあ、今度はMTBで下ろう。登りではスキー板をMTBに積載、つまりベルトでフレームにくくりつけてきたが、下山は板を背負うことにする。理由は2点。背負う荷物が重くなってもペダルを漕がなくてもいいので体の負担は少ないだろう、ということと、荷物のがたつきが気になるから。
 しかし、板をつけたザックを背負っての乗車はかなり難儀した。まず、重心が高くなって不安定である上に、重い荷物のため姿勢の自由が利かず体を後方に引くなどのポジションの調整がしにくい。バランスを崩せばリカバリーもできず、板を背負って転倒すれば怪我をしそうだ。
 結局、勾配があるうちは全く乗れなかった。勾配が落ち着いてからなら何とかなると思ったが、ちょっとした木の根を越せずいつ前転するかわからない恐怖に襲われまともに乗車できない。
 ザックから板を外し、自転車にくくりつける。この方がよかった。板のトップを自転車のダウンチューブに、板のビンディングの少しトップよりを自転車のサドル下にくくりつける。板のビンディング部分からテールにかけては後方に突き出している。これにより、重心が後方に位置して後輪が浮き上がりにくい。前転しにくくて下りでは好都合だ。
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 これで乗車率は上がったが、やはり板のがたつきが気になる。あまりにもガタガタという音がうるさいので振り返ってみると、サドルの下に固定しているベルトがなくなっている。このベルトには、トゥストラップを利用している。現在のようにビンディングペダルが普及する前、ペダルに足を固定するトゥクリップとあわせて使うベルトのことだ。きつく締め付けて、しっかりと固定できるので、緩んで抜けてしまったとは考えにくい。おそらく切れてしまったのだろう。これまではほとんどが舗装路、たまにダートの道でスキー板を積んで走ったことがあるが、やはりシングルトラックは過酷だったようだ。段差を降りる衝撃がきつかったと思われる。
 進行方向左手は、ブナの新緑の向こうが明るく開けている。つまり大根畑が広がっている。そちらの農道なら板を積んだ自転車でも快適に下れるが、藪を越えるのが大変なのだ。雪が積もっていれば比較的簡単に行き来できるのに。
 とにかく、ストラップを回収に行こう。自転車を置いて登山道を戻る。500mくらい戻ったところで、ストラップを発見。やはり留め金の根元で千切れていた。自転車に戻り、ベルトの両端をまとめて留め金に挟む形で固定。これで下ってみる。
 小ヅッコ登山口と河合谷登山口の分岐に到着。今度は河合谷登山口へ。しばらく行くとまたガタガタ音が大きくなってきた。ストラップが消えていた。回収。もう登山口はすぐそこなので、乗車せずに押して行く。最後は木段の下り。これを担ぎ上げるのが大変なので、往路は小ヅッコ登山口から入山した。
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 木段からアスファルトに降り立つ。舗装路にでれば、自転車が威力を発揮する。が、クルマを止めて水とのふれあい広場までは300m程しかない。私のクルマ1台だけが残っていた。
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 スキーをするには雪解けが進み、MTBにはスキーが重荷となって、どちらも快適とはいえなかった。MTBを使ったにもかかわらず、登りより下りの方が時間がかかってしまった。それでも、状況に合わせていろいろな道具を工夫してみるのは楽しい。サドル下にスキー板を固定するのに、今度は自転車のタイヤチューブをを使ってみよう。これならスキー板程度の負荷で切れることはないし、弾力があるのでがたつきも押さえられるのではないか。だけど、短い行程、標高差も200mほどしかなかったのに、なんだか疲れた。腹筋や背筋など体幹が疲れている。
 これで、今シーズンのスキーは、全日程終了だ。

 5月上旬

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2019/05/09

久しぶりに滑るビッグマウンテン加賀白山(観光新道-弥陀ヶ原-エコーライン-砂防新道)

 例年5月下旬に冬季閉鎖が明ける加賀白山の登山口「別当出合」までの石川県道33号線(白山公園線)が、4月26日に開通した。雪が少なかったということか、それとも「超大型連休にはぜひ白山にいらしてください」ということか。とにかく、朗報だ。ゴールデンウィークに別当出合までクルマが入れるようになったことは、2002年以来だろうか。毎年訪れているわけではないので完全に把握できていないが。連休後半は安定した初夏の陽気が続き絶好のチャンス。17年ぶりのゴールデンウィークの白山を滑りに、いざ行かん。
 5月4日22時半ごろ丹後半島の自宅を出発。舞鶴から若狭湾沿いを行く。深夜の国道27号線の流れはいいので、わかさ自動車道や若狭西街道を使わずに行く。小浜からは若狭梅海道で大型トラックも普通車もほとんどいない自由なドライブに切り替える。敦賀からは北陸自動車道に乗り、福井北I.C.で中部縦貫自動車道(無料区間)へ。勝山まで一気に到達。福井・石川県境の谷峠を越えて白山市白峰へ。別当出合の駐車場にはトイレがないので、その手前の一ノ瀬の駐車場にクルマを止める。到着は、2時半。携帯電話のアラームを4時半にセットして仮眠。
 目が覚め、アイマスクを外すと薄明るい。時刻は4時25分。アラームの5分前だ。機能到着した時にいたはずの周りのクルマはもういない。朝食をとって、別当出合へ移動。
 駐車場手前の道路脇のスペースの駐車。どんどんクルマが到着し、道路脇が満車となる。別当川の谷へ降りたところにある駐車場は、上段は満車の様。下段は空いているようだが、標高を下げるのが嫌な人たちが駐車場へのアプローチ道路に長い縦列駐車の列。
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 スキーとMTBの準備を整えて、5時半スタート。チェーンと大きな石の車止めを越えて、舗装路を500m進んだ休憩小屋のある地点へ。白山も登山届が義務化され、この休憩小屋にある用紙に記入して提出ポストに投函する。
 みんな吊り橋を渡って登山道へと入っていくが、私は舗装路をさらに進む。コンクリート舗装の道は主に砂防工事の車両に利用される作業道だが、実は石川県の県道33号線らしい。ちなみに、白山の頂に至る登山道も県道120号線に指定されているらしい。ただし、よく使われる砂防新道ではなく、観光新道が県道のようだ。確かに、観光新道の方が、古くから山岳信仰の道として開かれた歴史を持った登山道である。
 これまでにも何度かこの作業道で中飯場の少し上まで自転車で登り、跡は砂防新道を歩いて山頂を目指したことがある。途中にダートもあるので、ブロックタイヤ装着のMTBが最適だ。板を自転車にくくりつけ、スキーブーツでペダルを漕ぐ。急勾配をゆっくりと登る。
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 すぐに路面を覆う残雪が現れた。小規模で薄く、そして硬く凍てついているため、自転車を押して乗り越える。手前、つまり下側の路面は、残雪が解けて流れた水が凍結しているので滑って転ばないように注意して行く。これまで自転車でこの道を通ったのは、5月下旬か6月上旬だったので路面に残雪は全くなかったが、さすがに今回は時期が早い.そうした残雪帯を数箇所乗り越えたが、とうとうずっと先まで残雪に覆われた区間が現れた。必ずしも雪は下から解けるとは限らない。日当たりの関係で、その先でまた路面が現れているかもしれない。でも、今日はここで自転車を諦めることにする。自転車から板を下ろし、装着。ステップソールがあるのでシールは使わずに雪の車道を歩く。その先、雪の切れ目は本のわずかだった。自転車を乗り捨ててよかったようだ。
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 いくつかヘアピンカーブを超えると、雪面に着いた真新しいくっきりとした足跡があるのに気付く。おそらく今日のもの。古くても昨日夕方だ。それ以前のものは日差しと気温上昇で雪が解けてもう少しぼやけた足跡になるはず。下りのようだ。はて、誰にも出会っていないんだけど。
 別当谷を右に見て進んで行く。法面からの落石がある。見上げれば、不安定な岩も見える。こわごわ通過。
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 砂防新道は、別当谷の対岸にある。だから、橋を渡るのだが。なんと、その橋が外されているではないか。鉄骨を渡し、その上に鉄板を敷いただけの橋は、こうして取り外すためのものだったのか。雪解け期の土石流を伴ったスラッシュ雪崩による橋の破損を防ぐための工夫かもしれない。
 さて困った。水量も、流速も、地形も険しい。とても渡渉など試みる気にならない。中飯場まであと一息だが、引き返すしかなさそうだ。
 この後どうするか。時刻はすでに8時。自転車が使えなかったせいで、過去に同じコースを着たときよりも1時間も押している。別当出合、つまりふりだしへ戻れば、3時間以上のロスとなる。登頂は無理。どこまでいけるだろう。せめて弥陀ケ原までは登りたい。では、砂防新道ではなく、観光新道ではどうだろうか。途中で立体交差する観光新道を潜り抜けてきた。自転車をデポした地点から少しスキーで歩いたところだった。これならあまり戻らなくて済むのではないか。しかし、確か観光新道は砂防新道よりも険しいはず。あと、観光新道をスキーで滑り降りる記録を見たことがない。やはり滑降するのは砂防新道だろう。ならば、自転車をどうする。
 しばし考え、観光新道を登ることに決めた。スキーでの滑降は、いつものようにエコーラインから砂防新道へ。自転車は、別当出合に降りたあと、回収に来ればいい。安全圏の別当出合に下山してしまえば、仮に暗くなってからでも自転車の改修はできる。ライトもあるし。
 方針が決まれば、もう迷いはない。来た道を滑り、観光新道との立体交差へ戻る。その立体交差が見えてきたところで、ふとその上のヘアピンカーブの先端から観光新道へ接続できそうだと思いそちらへまた引き返す。すると、つぼ足の男性単独登山者に出会った。登ってきたのではない。下山だ。状況がわからないまま、挨拶を交わしその登山者を見送る。そうか、やはり観光新道との接続ポイントがこの上にあるのだ。ならば、彼の足跡をたどればいい。朝見かけた足跡も、観光新道を下山してきた人のものだったわけだ。
 結局、立体交差の上の2つ目のヘアピンカーブの先端から法面へ目を凝らすと、登山道が見えた。これだ。
 板をザックに装着して背負う。そして2m程の高低差の雪の壁を登り、その上の地肌、1m弱の高低差を越える。雪がないとキックステップができないので、木にしがみついて登る。
 何とか、観光新道を捕まえることができた。しかし木段の急登が続く。砂防新道は黒ボコ岩に近づくにつれ勾配が増していくが、こちらは出だしが一番きついみたいだ。
 その後何度か残雪が登山道を覆う区間が現れる。残雪に乗り上げるところでは、段差が大きかったり、踏み抜いたりして苦労する。
 おそらくたくさんの人が登っている砂防新道とは対照的に、こちらはほとんど誰も通らない。それでもたまにふと気付けば、背後に登山者が見える。スキーを背負っていることを言い訳に先に行ってもらう。そうやって、3人のつぼ足登山者に追い越された。
 沢筋を直登する区間を越えた直後、先ほど私がいた辺りで「カン!カン!」と硬いものがぶつかる音が聞こえた。落石だ。笹が揺れているのはまさに私が今通り過ぎた沢筋。危ないところだった。タイミングによっては、一撃でアウトか、、そうでなくても行動不能になる可能性もある。帰宅してからGPSトラックを見てみると、登山道はジグザグに付けら手いるがどうしても雪に隠されてしまう残雪期には、ブッシュの中に白く浮かび上がって目立つ沢筋をたどってしまうようだ。
 急登にあえぎながら、どうにか稜線へと上り詰めた。「唐松平」あるいは「白山禅定道分岐」というらしい。とりあえず休憩だ。稜線にあがればさすがに展望がすばらしい。どれがどれかはわからないが、赤兎山、大長山、取立山などの山々が見える。そして、白山そのものの様子もよくわかる。何度も上り下りしている砂防新道を見下ろす。ただし、御前ヶ峰を含めた弥陀ケ原から上の山頂部分は見えない。
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 さて登行再開。雪のない木段と石段を行くが、やはり残雪が現れ、登るにつれ残雪の割合が大きくなる。そしてやはり、段差と踏み抜きに苦労する。
 登山者が降りてきた。なんでもこの先で岩の難所があるという。こちらも先ほどの落石のことを伝える。
 しばらく行くと雪に覆われた痩せた稜線に立ち塞がる黒い大きな岩に行き着く。先ほどの登山者が行っていたのはこれだろう。岩にしがみつくようにトラバース。足元は切り立った斜面。板を背負いスキーブーツを履いた状態では特に厳しい。無事に越えることができてほっとする。ああ緊張した。
 これは仙人窟と呼ばれ、岩が積み重なったトンネルをくぐるのだそうだ。数日後の記録では、雪解けが進みくぐり抜けることができたようだ。
 標準コースタイムをかなりオーバーして、殿ヶ池避難小屋に到着。標高2000mを越えていて、砂防新道の甚之助避難小屋よりも少し標高が高いようだ。
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 登るにつれてどんどん展望がよくなる。前方には黒ボコ岩、そしてその直下の十二曲がりが見えてきた。別当谷を見下ろせば、朝引き返した車道や橋が外された沢も見える。
 とにかく標高2702m山頂まで登ることは、私の力ではもう無理。それどころか、2600m付近と思われる残雪(水屋尻雪渓)の最高点も、2400mの室堂も厳しい。でも、あの黒ボコ岩のすぐ先、弥陀ケ原まで行こう。そうすれば御前ヶ峰と対面できるし、エコーラインを滑降することができる。
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 その先は、雪が多くなりかえって歩きやすくなる。コースタイムほどではないが、少しだけペースがよくなる。
 黒ボコ岩の手前で、スキー板をザックから外し、ブーツに装着。ステップソールで歩ける勾配だ。
 砂防新道の十二曲がりの急斜面が近づいてきた。その下のトラバース道は雪が切れているが、雪のつながった部分にシュプールが引かれている。ああいうコース取りをすればいいのか。さらに、十二曲がりの手前、足元の斜面にはつぼ足のトレースもなく、より快適に滑って砂防新道へと下ることができる。黒ボコ岩まで登らなくても、もうここから滑り降りられるのだ。
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 でもやはり、黒ボコ岩、そして弥陀ケ原を目指すことにする。十二曲がりに見える人々はほとんどは下山中。でも数名登っている人も見られる。この時間に登っているということは、やはりペースが遅い。室堂泊まりの可能性もあるが、明日は天気が悪い予報なので、ほとんどの人は今日中に下山するだろう。
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 ようやく黒ボコ岩を通過。やっとのことで御前ヶ峰とのご対面。弥陀ケ原から室堂、さらにその上部にはまだ人の姿が見られる。その多くは下山スピードが速いスキーヤーだ。私もここから下山開始すれば、彼らと同じタイミングで下山するということになる。
 エコーラインへと向かう。弥陀ケ原は平坦なので、のんびりお散歩気分だ。ステップソールで軽快に歩く。結局シールを使うことはなかったわけだ。
 御前ヶ峰を見ながら休憩をして、そして滑降準備。エコーラインへ。十二曲がりと同じくらいの急斜面だが、十二曲がりが谷筋なのに対してエコーラインは尾根。だから展望がいい。そして、東側の景色が開けているのも重要なポイントだ。しばらく滑っていくと、お目当てのものが見えてきた。御嶽山だ。本当にうっすらと見える。すぐ上には白い雲が浮かび、白い峰との区別が付きにくく紛らわしい。この前日は、北アルプスも御嶽山も誰が見てもわかるほどはっきり見えていて、インターネットに上げられた記録にはその峰々の写真が掲載されていた。しかし、この日もたくさんの人が入山したくさんの記録が上げられているのに、北アルプスや御嶽山の写真を載せているものは皆無。見えたという記述もない。見えていることに気付いていないということのようだ。確かに、見つけてやろうという意思が必要な、うっすらとした姿。でも、そういう意思を持たないということは、山岳展望にあまり関心がないということなのだろうか。
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 気持ちよく滑りながら、先行者のシュプールに注意する。その本数が少なくなってきたら甚之助避難小屋上部へとトラバースを開始。それには少々ブッシュを越えないといけない。ほとんど5月下旬以降に来ているので、雪が切れ切れで等高線に沿った南竜道を板を外して歩いていた。ちなみに、過去に一度だけゴールデンウィークに訪れた2002年は、白山スキー登山が初めてだったこともあり、南竜道より下に滑り降りてしまい、甚之助小屋へ戻る藪こぎに苦労した。今回は、そうならないように注意だ。
 いくつかの先行トレースのひとつについていくと、ブッシュ帯へ。先行スキーヤーが板を外して通過中。私は板をつけたまま通過した。ステップソールの板はこういう場面に強い。
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 そして、甚之助小屋上部の斜面を滑る。私より先行していたはずのスキーパーティが後方から滑り降りてくる。ガイド役の男性1人と3,4人の女性で、熟年世代のようだ。
 甚之助小屋の周囲では、たくさんの人が休憩していた。スキーヤーもいればつぼ足登山者もいる。先ほどのスキーパーティに続いて下山開始。熟年女性たちは、特別スキーの技術が高いわけではないが、でも元気いっぱい。どんどん引き離される。結局追いつくことはできなかった。滑るにつれてブッシュが邪魔になり、つぼ足の人に追いつかれ追い越されるようになる。
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 中飯場の避難小屋の少し上で空き板を外してザックに固定。後は歩いて下る。雪が切れ始め、さらに残雪が少なくなって行く。木々に板が引っかかって歩きにくい。スキーなしの人にどんどん追い越される。車道を自転車で通れたら、あっという間に別当出合まで下れる。せめて橋が架かっていれば、スキーで滑り降りられるのに。
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 登りと下りのコースが分かれた区間へきた。吊り橋が見えてきた。あと少しだ。もう登山道に雪はない。
 ようやく別当出合休憩小屋に到着。とりあえずザックを下ろして一休み。すると、車道をゆっくり歩いて降りてくる者がいた。人間ではない。四つ足だ。イノシシ?
 カモシカだった。特別天然記念物のお出迎えだ。好奇心が強いので人を見ても逃げ出さないで、悠然としている。
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 そのカモシカもいなくなり、板もザックも休憩小屋に残して、自転車を回収へ。たぶん、1kmほどだ。朝日を受けていた山々が今度は夕陽を浴びている。小規模な残雪帯は、朝よりさらにボリュームを下げている。
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 自転車に再会したら、一気の下り。別当出合の休憩小屋でザックと板を回収し、クルマへと戻る。
 想定外のコース変更があり、山頂へ到達することはできなかったが、初めての観光新道は険しかったが展望はすばらしかった。そして、御嶽山も見ることができたし、カモシカにも会えた。それなりに充実度と達成感を味わうことができた、と思う。ただし、落石や仙人窟の通過など、結果オーライ、誤った成功体験という側面があることも否めない。やはり次からも砂防新道だな。
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 帰り道は急ぐ必要がない。明日も休日だ。だから高速道路は無料の中部縦貫道のみ、北陸自動車道は使わない。永平寺や一乗谷を経由し、木の芽峠を越えて敦賀へ。勝山の恐竜博物館を含め、越前の名だたる名所を横目にした、夜のドライブだ。後は若狭梅海道と国道27号線で京都府に戻る。帰宅は日付が変わって、6日の1時。

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磯砂山は丹後の展望台

 5月3日午後、京丹後市峰山町鱒留(ますどめ)から磯砂山(いさなごさん)へ。
 標高661mの山頂からは、ぼんやりだったけれど東に天橋立、北西に久美浜湾の小天橋、そして南に大江山連峰、西に高竜寺ヶ岳、北に依遅ヶ尾山と海山のランドマークが見られた。
 また、野田川流域の加悦谷平野、竹野川流域の平野を見下ろす。天女伝説の山であるが、仙人になった気分で人々の生活圏
を高みの見物。

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2019/05/04

新緑の丹後半島一周

 また自転車を増やしてしまった。稼働していない1台を数に入れると、9台目の自転車がラインナップに加わったということになる。そして2台目の折畳小径車である。フレームの色は「ライムグリーン」。黄緑色の新車だ。
 購入のいきさつや既に8割方完成しているカスタマイズのことは別の記事にまとめることにして、ここでは新車の本格デビュー戦について報告する。
 さて、2019年のゴールデンウィークは超大型連休。10日も休日が連なれば外国にだって北海道にだって行ける、と考える人は多いわけで、飛行機もフェリーもこの時期は割高、そしてすでにほぼ満席。ではもう少し近場で、と思ってみるも3泊くらいなら10連休でなくてもいいわけだし、わざわざ大混雑の日程を選ぶ必要はない。天気が今一つだった連休前半は、半分寝たきり生活で過ごした。後半に差し掛かりようやくこの時期らしい爽やかな陽気が続く予報。手元には新しい自転車。これは行くしかないだろう。
 こうして、今シーズン2度目、生涯通算50度目の丹後半島一周が始まった。

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 満を持して、丹後半島一周に向けて漕ぎだす。でも、京丹後市弥栄町の自宅を出たのは正午を大きく過ぎてから。晴れるという予報に期待して目覚めたものの小雨が降る朝。この時期にしては強い寒気が来ていて、昨日まで続いていた時雨模様の名残らしい。しつこいなあ。一気にテンションが下がる。10連休前半で唯一雨が降らなかった4月29日も、晴れ予報に期待したのに蓋を開けてみれば薄曇りで肌寒い日だった。今日はこの後急速に回復すると思われるが、灰色の空を見ると腰が上がらない。インターネットのライブカメラの画像を見ると、天橋立は曇天または雨だが、経ヶ岬に近い宇川地区や伊根は空は明るく、時間を追うごとに海の色も青くなってきている。窓の外も雲の切れ間に青空がのぞいてきて、ようやく家の外に出たのが11時前。
 でもまだすぐには走り出せない。とある調整のためリアホイールを外したら、ついでにスプロケットを変えるつもりだったことを思い出した。交換してディレイラーの調整。まだ発展途上なのだ。それ以外にもごそごそといじっているうち、刻一刻と時間が経過し正午を過ぎてしまった。延期しようかという気持ちが芽生えるも、いつしか空から燦々とサンシャインが降り注いでいる。日も長くなってきたし、というわけで何とか出発することができた。
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 スーパーマーケットでおにぎりを買って、竹野川の流れに沿うように北上、日本海を目指す。国道482号線は使わず、農道などをつないでいく。いくつかの田には水が張られ、サギやカモメが佇んでいる。この連休のうちに田植えが行われる。だから、いつもは車に出うことがない農道にたまに軽トラックが通る。
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 野山は萌黄色。その景色にコーディネートしたような自転車のフレーム色。緑の新車。新緑のコラボレーション。
 左前方からの向かい風を受けて走る。気温上昇による海風が吹き始めているのか。しかしやや冷たい。寒気の名残の北西風かもしれない。気圧配置はまだ西高東低だ。
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 10㎞ほどで竹野川の河口近くの道の駅「テンキテンキ丹後」。駐車場は満車に近く、自動理二輪も多い。自転車はロードレーサーが数台。ここでトイレと小休止。
 国道178号線で経ヶ岬を目指す。竹野集落を過ぎ急な登りをクリアして海岸段丘に乗り上げると左に日本海が広がる。青い。
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 海岸の断崖に対峙してそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。透明な海水と白い砂により、明るいコバルトブルーの海がみられる場所。ただし、それは空が青く海が穏やかな季節に限られる。今日は美しい色をした海を見ることができた。こういう日に走らないといけない。東屋でおにぎりを食べる。クルマが入れ代わり立ち代わり止まり、途切れることがない。
 風はほとんど感じないが、弱い追い風なのだろう。海岸のアップダウンをこなしていく。クルマが多いがここは国道を行くしかない。遠くから来たクルマも多い。松本ナンバーの自動二輪が6台連なって追い越していった。
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 海岸段丘を一度降りて宇川を越えて、また昇り返す。そして、すぐにまた下る。そこで国道をそれて久僧海水浴場へ。まだ人がいない白い砂浜と青い海、海岸に点在する奇岩を見ながらのんびりと行く。漁港を越えたら海岸段丘の上を行く国道へ合流。自衛隊の分屯地とアメリカ軍のレーダー基地を越え、袖志集落へ。波が穏やかで、今日はサーファーはいない。
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 また軽く登って経ヶ岬へ。灯台への分岐を見送って、さらに上る。標高100mを越えたら白南風トンネル。それを抜けると眼下に青い海が広がる。カマヤ海岸。京丹後市から伊根町へと入った。丹後半島の東側、若狭湾に浮かぶ冠島と沓島。その向こうに若狭のリアス式海岸が見える。海岸線に垂直な方向には、うっすらと越前海岸(正確にはその奥の山)。白山が見えないかと目を凝らすが、そこまでは見えない。そんな大展望と100m下の海を見ながら緩い下りを快走する。いつもは静かなカマヤ海岸だが、駐車スペースにはいずれもクルマが見れる。
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 甲崎を越えると蒲入の集落と漁港を見下ろす。かつてはここから蒲入峠への登りが始まったのだが、蒲入トンネルが開通して下りのまま本庄へ。
 ようやく国道を離れることができる。海に向かう府道623号線を1kmほど進んで本庄浜。そこからは町道で野室崎を越えるアップダウン。いきなり急登が始まる。道路わきの数本の八重桜は、まだ少し花を残していた。
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 「3回地獄を見る。」2013年5月に放送されたNHK-BSプレミアムの「にっぽん縦断こころ旅」で伊根と経ヶ岬の間のこのコースを表現した言葉だ。火野正平は一つ目の地獄、新井崎で自転車を断念、ヒッチハイクした軽トラックの車窓から野室崎やカマヤ海岸を眺める。丹後半島一周が50回目の私は150回も地獄を見ることになるわけだが、私にとっては地獄でなく楽園なのだ。丹後半島一周の中で最も海の景色が美しい区間だと思っている。
 法面の崖の土がむき出しになった区間を過ぎる。落石防止のネットがはがされている。ここは7月上旬まで工事による通行止めなのだが、連休の間は通行可となっている。交通量の多い連休に丹後半島一周したのはここを通るためだ。しかしながら、ほとんどは国道を通ってこちらの町道は静かなものだ。
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 標高120mあまりでこの区間の最高地点。次に超える新井崎、さらに京都・福井の府県境の大浦半島成生岬が見える。そして泊へと下る。断崖に囲まれた小さな入り江の砂浜で家族連れが遊んでいるが、基本的には今日も静か。そして新井崎への登りへ向かう。こちらも登り始めが急登だ。2月下旬にはこの区間は工事で通行止めだった。しばらく上ると法面が崩れていた。昨年の7月豪雨の被害の復旧工事はまだ完了してはいないようだ。
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 標高差70mほどで登りがいったん落ち着き耕地整理された田んぼと新井の集落を過ぎる。30年くらい前は、ここも千枚田と呼ばれる小さな棚田だった。
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 その先で再び登りとなり、小さな田んぼがみられる。水が張られて田植えの準備がされている。新野漁港を後方に見て、標高120mあまりで最高地点。登りが終わってホッとする反面、静かな区間が終わってしまうことが名残惜しい。野室崎新井崎区間で出会った車や自動二輪は数台、自転車は1台だけだった。
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 舟屋が並ぶ伊根湾沿いは狭い道を多数の歩行者が縦横無尽に行き交う。かつてはここが国道だったが、今は国道は高台にバイパスされてクルマの通行は少なくなった。しかし歩行者天国ではない。地元の生活道路だ。歩行者やたまに通る自動車に注意しながら狭い道を抜ける。伊根湾巡りの観光船乗り場を過ぎると安心して走れるようになる。
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 伊根町から宮津市へと変わり、養老の集落を抜けると国道178号線へと復帰。さあここから天橋立江尻まではクルマの多い道を行かねばならない。覚悟を決めて走る。渋滞まではいかないがクルマがあまり途切れることがなく、路肩も狭い。相変わらず関西のクルマは自転車の追い越しのタイミングが悪い。つまりへたくそである。手前で少し減速し対向車をやり過ごしてから自転車を追い越せばスムーズなのに、我先にと突っ込む関西人。なんでも勝負にしてしまう。結果的には大きく減速して対向車と自転車の間すれすれを行くことになる。自転車に追いつくまでは早くても、再加速までトータルすると時間も燃料もロスが大きい。そして危険だ。論理より感情を優先し、目先に気を取られ先を見通せないのが関西人の特徴だ。もちろん、そうでない人もいるけれど。
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 日置まで来たら、リゾートマンションやクルーザーが並ぶマリントピアアリーナへ。国道をそれて息抜きだ。世屋川に阻まれなけらばもっと長く国道をエスケープできるのだが、橋を渡るために国道に戻ると路肩が広くなっていてそのまま国道を走ってしまう。あと少しの辛抱だ。
 昨年の7月豪雨の復旧のための片側通行区間も3ヶ所まで減っていた。
 江尻まで来たら国道から集落の中の道へ。そして漁港を経て防波堤沿いを行く。前方に見えるは天橋立。
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 天橋立も観光客がうじゃうじゃ。江尻と文殊を結ぶ汽船乗り場の桟橋には長蛇の列ができていた。国道も車が渋滞しているが、こちらはシーサイド自転車道へ。自転車道といっても、主な利用者はウォーキングの人だが、今日は珍しく若い男女連れのクロスバイクが走っていた。彼らを追い越し岩滝へ。左は阿蘇海、右は水を張られた田んぼ。水辺に挟まれた道だ。
 岩滝町男山から府道53号線でゴールの京丹後市弥栄町へ戻ることが多いが、今日は府道651号線大内峠を越えることにする。
 もう一台の折畳小径車で丹後半島一周したのは2012年10月。デビューから3シーズン目で走行距離は3000㎞。2度目の北海道遠征では、標高400mの山越えを含む奥尻島一周70㎞もクリアし、丹後半島一周に挑んだのだった。結果的には見事に完走できたのだが、食料の補給をしそこなって軽くハンガーノックとなったこともあり、終盤にばててしまった。帰宅後にGPSのトラックデータを解析してみると経ヶ岬から伊根までの「3度の地獄」あたりでペースが落ちていったことが分かった。一番の原因は、フロントシングル、つまりフロントギアが一枚しかなく、ギア比をあまり落とせないこと。そして、そういう場合はハンドルを強く引きながらペダリングすることによって背筋など体全体の筋肉を使うのが常とう手段だが、折畳のハンドルポストが破損することが心配で強くハンドルを引くことができなかった。これがもう一つの要因。実際にはその時点では順調に走れているつもりだったが、徐々に蓄積された疲労が終盤に現れたということのようだ。ちなみに、その丹後半島一周が、一日の走行距離が長い。
 その経験を踏まえ、新しい折畳小径車はフロントにインナーギアを追加できるモデルを選択。納車前にフロントダブルにカスタマイズし、今日の出発前にリアスプロケットをローギア32Tから34Tのものへと交換した。既にこれまでのテスト走行でも感じていたことだが、フロントダブルの効果は絶大で、ランドナーやMTBなどフロントトリプルの主力バイクと比べてもあまり違和感を感じない走り具合だ。もちろん、前回の小径車の時も実感では大丈夫と思っていたのだが、最後に府道53号線より少しきつい651号線大内峠を選択し、そこで地獄を見た。ならば、同じ大内峠をたどり、フロントダブルの効果をはっきりさせてやろうという目論見だ。
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 シーサイド自転車道からクルマの多い国道178号線を越えて内陸へ。大内峠へと昇る。ヘアピンカーブが連続する。普段は日中に山菜取りなどのクルマがわずかに通る程度なのだが、今日はもう夕方にもかかわらずたまにクルマに出会う。さらに、オートバイが2台。長野と所沢のナンバー。この取り合わせには見覚えがあるような気がする。伊根から天橋立までの国道で追い越されたのではなかったか。
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 標高160mの大内峠も無事に登り切った。せっかくなので一字観公園に立ち寄り天橋立を眺めることにする。文字通り、天橋立が真一文字に見える。キャンプ場も併設されていて、先ほどの長野・所沢コンビが荷下ろし中。サイトに乗り入れができないので何度も往復している。ほかにもう一台の自動二輪と、クルマは10台くらい。
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 これでもう大きな上り坂はなくなった。京丹後市大宮町へと下る。下り切ると市街地となるので国道312号線もその他府道もクルマで混雑。だから、竹野川の堤防の上の道や農道、つまり小学生の通学路をつないで走る。そして、この折畳小径車を買った、自転車店「BULLDOG」に立ち寄り、報告を兼ねて小休止。30分ほど過ごす。
 完全に日が暮れたが、ヘッドライトがあるので問題ない。むしろ薄暮よりも安全だ。19時に再スタート。自宅までは8㎞。ほぼ平坦ではあるが、竹野川の流れに沿ったごく緩い下り基調。十分余力を残して走り終えた。

 5月2日、12:30~19:25、約90㎞

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2019/04/23

亀岡から保津峡松尾谷林道・六丁峠・愛宕谷林道で嵐山往復

 ラーメン屋のスタンプラリーと並行しての亀岡シリーズ最終戦。スタンプラリーの目標達成とともに亀岡起点の一連のツーリングも終わる。というわけでまた亀岡にやってきた。ただし、今回は道の駅ではなく、大堰川(保津川、桂川)の左岸、保津小橋の北詰の河川敷の広場にクルマを止める。堤防には薄いピンクの残り花をつけた桜が立ち並び、土手は菜の葉の黄色が広がっている。春の日差しが降り注ぎ、川面はきらきらと輝いている。
 保津小橋は亀岡盆地内で大堰川を渡る橋としては最も下流に位置する橋で、四国の四万十川や吉野川流域に見られる沈下橋、あるいは潜水橋と同じタイプのものである。つまり、建設費を抑えるため橋脚が低く、増水時には流れに飲み込まれてしまう。そのとき、ダメージを受けないよう欄干がない。流れを受け流すのだ。クルマの通行も可能だが、車幅ぎりぎりで欄干のない橋を渡るのはスリリング。今日は渡らないけど。
 その保津小橋の下を保津峡下りの舟がくぐって行く。公式には「桂川」なのだが、ここから下流は「保津川」と呼ばれ、保津峡という渓谷を形成している。さらにその下流の嵐山からは「桂川」と呼ばれるようになる。保津小橋を過ぎると10kmほど下流の嵐山の渡月橋まで、つまり保津川区間には、本流を渡る車道の橋はない。鉄道橋があるだけだ。
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 自転車の準備が整ったら、走り出す。今日は保津川に沿って自転車で上洛する。保津の集落を抜け、右に保津川を見ながらいく。先ほど保津小橋の下をくぐり抜けた舟に併走する形。すると対岸の嵯峨野観光鉄道「トロッコ亀岡駅」から、トロッコ列車が嵐山に向けて出発する。その写真を撮る。
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 自転車、川下りの舟、トロッコ列車と異種格闘技戦ならぬ、異種レースは、トロッコ列車の圧勝。保津川の流れの急なところで、舟より自転車がやや優勢。流れの淀んだところがあるので、自転車の方が速いはずだが、こちらは写真撮影等で何度も止まるので結局自転車が最下位。保津川の景色を一番長く堪能するのだ。
 あと、写真撮影以外に自転車の巡航速度を落とす要因がある。この保津川左岸の道は、対岸にトロッコ亀岡駅を見て少し下流に進んだところの請田神社までは府道401号線。京都府の道路情報提供サイトでは災害のため通行止めとなっている。クルマを止める前に偵察しておいたが、道路脇に倒木が積み上げられていた。おそらく昨年9月初めの台風21号の被害だろうが、道路をふさぐ倒木は撤去されていたということ。ただし、その先は府道でなく松尾谷林道となるため道路情報提供サイトには状況が示されていない。偵察も請田神社までしかしていない。あとは行き当たりばったりだ。ちなみに、府道401号線は京都市の水尾付近で復活する。分断路線というわけだが、どういう経路で府道が敷かれる計画なのかはわからない。
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 松尾谷林道に入り、道路は荒れた舗装からダートとなる。右には保津川の流れ、対岸には嵯峨野観光鉄道の線路を見ながら行く。しばらく進むと倒木で道が塞がれていた。自転車を持ち上げ、倒木をまたいで越える。どうやらこちらは応急処置もされていないようだ。これの状況にはむしろ安心する。この奥に工事の車両が入っていない、つまり復旧作業が行われていないことがほぼ判明した。場合によっては京都市(嵐山)側から作業の手が入っている可能性もあるが、まあ大丈夫だろう。倒木は越えていけるが、復旧作業中だと道が通れない。
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 その先何度か倒木に出会う。その周囲は落石が散らばる。丸太が横たわっているのは越えるのに苦労しないが、枝の茂った部分が道路をふさいでいると苦労する。でもよく見ると、邪魔な枝は払われて人の通り道は確保されている。松尾谷林道は、今回の災害を受けてというわけでなく、常時車両通行止め。管理が手に負えないということのようだ。ただし、保津峡を見ながら歩くハイカーがいるようだ。
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 保津川が大きく蛇行する区間となる。しばらくは、川の蛇行に付き合って蛇行する林道だったが、途中から、もう蛇行に付き合っていられない、とばかりに、高度を上げて、渓谷を俯瞰するようになる。JR山陰線は初めから蛇行を無視してトンネルと鉄橋で直線的にこの区間を貫いている。列車が通れば大音響が谷を埋め尽くす。
 倒木や落石は落ち着き、路面は割と平らな舗装となった。標高を上げ尾根を越え、保津川の支流沿いへと降りる。橋を渡り支流に沿った府道50号線へと突き当たる。松尾谷林道はここまで。左は水尾集落へ、右は嵐山へ向かう。突き当りの法面は杉林だが、ここもまたすさまじい倒木。
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 右折をして支流に沿って下るとやがて保津川本流の左岸を行く。こちら側は府道401号線が復活。50号線との重複区間だ。川の合流点のすぐ手前、支流の向こう側にJR山陰線の保津峡駅。トンネルの合間、保津川本流の橋上駅。山陰線の線路はすぐトンネルに姿を消すが、入れ替わるように別のトンネルから嵯峨野観光鉄道の線路が現れる。この先は、保津川と、その向こうの嵯峨野観光鉄道の線路を右に見て進む。府道ということで、舗装の路面は滑らかだし、倒木で塞がれていることもない。もちろん、一般車両通行可の路線である。
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 しばらく行くと、歩行者用の橋がかかり対岸に嵯峨野観光鉄道の保津峡駅。なんだか懐かしさがこみ上げてくる。かつてはこちらが山陰本線だった。複線電化に伴い、現在の路線に切り替えられたのが平成元年3月。旧路線は平成3年から嵯峨野観光鉄道として生まれ変わった。つまり現在、渓谷美を楽しむ観光鉄道は昭和の時代には、出張のビジネスマンも通学の学生も、さらには大きな荷物を背負った行商人も利用した路線だった。私も、家族旅行、大学受験、帰省などで利用した。印象深いのは、子どもの頃の家族旅行からの帰り道によく乗車した、18時05分京都駅発の急行列車。京都府北部の丹後地域には21~22時頃に到着する。京都駅で買った駅弁を車内で食べるのがその日の夕食となる。京都駅を出て30分ほどのこの保津峡辺りで駅弁を食べるのが、我が家の通例だった。40年の時を経て、そのときの駅弁「うなぎの蒲焼弁当」のたれの味がよみがえってきた。
 ここからは小さなザックを背負って歩く人がちらほら見られる。外国人が多い。保津峡駅でトロッコ列車を降りて、嵐山まで歩くということなのだろう。
 狭いトンネルの入り口で歩行者に呼び止められる。暗くてわからなかったが、外国人の若い男性だった。英語で何やら言っている。何度目かでようやく「嵐山に行くのはこっちでいいか」と訪ねていることがわかった。前方を指差し「Arashiyama!」と伝える。そして、お互い笑顔で別れる。
 やがて道はヘアピンカーブを繰り返す急な登りとなった。六丁峠へ向かう。府道と嵐山高雄パークウェイが立体交差する六丁峠からは保津峡を見下ろすことができる。
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 そして嵐山側への下りは、さらに急勾配。峠に立つカーブミラーがうつむいている。
 こちらもヘアピンカーブがいくつか連なり、小さな沢沿いをへて赤い鳥居の脇に出た。萱葺き屋根の茶屋から石畳が始まっている。嵯峨鳥居本。茶屋に続く家並みは、日本の伝統的な建物。萱葺き屋根もいくつか見られる。何組かの外国人観光客が散策している。ここから程近い渡月橋周辺と比べると静かな雰囲気だ。
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 さて、保津川から名を変えた桂川沿いへと行きたいのだが、たくさんの観光客がひしめきあうJR嵯峨嵐山駅や嵐山電鉄嵐山駅周辺を避けたい。そこで少し下流側で桂川へ。できれば対岸の桂川自転車道へ行きたいところだが、そのために渡月橋へ戻るのは混雑を避けた意味がなくなる。そのまま左岸を行く。川沿いの府道29号線はクルマの通行が多いが、自転車通高架の歩道に上がる。対岸と違って、こちらは人があまり歩いていない。1kmあまりで松尾橋。これを渡って阪急電車の松尾大社駅の駐輪場に自転車を止める。市街地走行は嫌なので電車に乗換えだ。ちなみに、嵐山駅の駐輪場の半額の100円で自転車を止められる。距離は2kmも離れていない。
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 阪急電車に乗り込み、桂駅で乗り換えて河原町駅で下車。高瀬川の流れを見ながら木屋町通りを北上。こちらも外国人観光客が多い。途中で目的のラーメン屋がある河原町通りへとレーンチェンジ。歩道は人が入り乱れ歩きにくい。三条通を越えたところのラーメン屋へ。時刻は14時半。狭い店内は空いている。まぜそばを食べて、6個目のスタンプをゲット。そして、前回もらえなかった5個達成のラーメン無料券をここでもらう。同時に、次の無料券の権利が得られる7個へのリーチがかかった。
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 店を出たら、すぐに歩きやすい木屋町通りへ向かい南下する。往復1.5kmの歩行。
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 阪急電車で松尾大社駅へ戻り自転車に再会。今度は桂川自転車道で嵐山へ。北西の風が正面から吹き付ける。桜ももう見ごろを過ぎたせいか、渡月橋から嵯峨嵐山駅間の混雑も以前ほどではなく、何とか無事通過。往路を引き返すのだが、鳥居本の石畳に入りそこね、いつの間にか並行する府道を走っている。嵐山高雄パークウェイ入り口の陸橋を渡る。ここから京都の市街地が見下ろせる。京都タワーが目立っている。橋を渡ったら、階段を下りて鳥居本の石畳へ降り立つ。自転車はMTBとはいえ階段は乗車でなく押して下る。

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  激坂の六丁峠を越える。道を尋ねられた外国人の青年は無事に嵐山にたどり着いただろうか。普通に行けば、私が阪急電車でラーメンを食べに行っている間に到着しているはずだ。
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 松尾谷林道への分岐までは来た道を引き返す。まったく同じ道を戻っても面白くないので、松尾谷林道には向かわず、そのまま直進。水尾の集落を目指す。道は登り坂だ。
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 しばらく登っていくと、右手の山側の法面のコンクリート壁の上面に何やら茶色の物体が動いている。サルかと思ったが、イノシシの子どもだった。山に戻りたいのだが、コンクリート壁の上のフェンスに阻まれ戻れない。私に気付いてパニックになっているのだろう。何度もフェンスに体当たりを食らわせている。しかし、いくらがんばっても金網を突き破ることはできない。そのうち、コンクリート壁から転げ落ちる。しばらくコンクリート壁に沿って走るが、へとへとに疲れているようあ走り方。一度私に向かって突撃してきたが、足で追い払うと、今度は道の反対側へ。ガードレールをくぐろうとするが、落差のある絶壁で下りられない。ガードレールの支柱を越えるたびに下を覗き込むが、そんなに急に状況は変わらない。というより、一度見ればずっと先の様子までわかるはずなのに。まさに猪突猛進(目標に対して、向こう見ずに突き進むこと。三省堂新明解四字熟語辞典)の視野の狭さだ。
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 そんなイノシシを追い越して、さらに登る。水尾は山間斜面の小さな集落。ゆずの里だ。集落とゆずの木の畑が入り混じった水尾を過ぎてさらに登ると神明峠。ここから愛宕谷林道へ。こちらも松尾谷林道と同じく車両通行止。両側の入り口はゲートで塞がれているのだが、そのゲートが開いている。反対側の入り口をアプローチの際に偵察していたのだがそちらもゲートが開いていた。おそらくこれは災害復旧工事のためだろう。その工事を示す看板が立っている。工事開始として4月中旬の日付が記されていて、それはまさに今日。ただし、日付には「頃」の文字。工事の時間帯は18時まで。現在の時刻は17時40分。もし今日工事が行われていたとしてもそろそろ撤収、後片付けの時間だ。そして、工事関係者は麓の亀岡側に戻っていくだろう。こちら側には向かってこない。つまり、今からこの林道を下っても大丈夫だろう。
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 ということでコンクリート舗装の急な下りに突入。ちなみに、もしこの林道がダメなら樒原まで北上して、そちらから亀岡盆地へ下るつもりだった。その道もダメなら、さらに北上越畑を越えて国道477号線を下ることになる。京都府の道路情報提供サイトで国道は通れることがわかっている。でも、そちらにエスケープしなくても愛宕谷林道が通れそうなのでよかった。
 この愛宕谷林道は2016年1月以来、また往路の松尾谷林道は2015年6月以来、ともに2度目。どちらも一般車両通行止の自転車向きの道。多少路面は荒れているが、オンロードタイヤで十分対応可能。この日の自転車はMTBだが、26×1.50のスリックタイヤ。650Aのランドナーでも全く問題ないだろう。
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 ため池を過ぎたら杉の林間の下りとなる。たくさんの倒木が見られるが、道路を塞ぐものは切られて通行できるようにされている。道路そのものが傷んでいる様子は見られず、災害復旧工事とは倒木の処理ということか。しかし、それももう一通り澄んでいるようで、今日工事が行われていた様子はない。雪が少なく、前倒しして工事が行われたのか。真相は不明。
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 というわけで無事愛宕谷林道を通過。クルマを止めた保津小橋まではすぐ。
 4月中旬、36.2km

 この数日後、近場のラーメン屋で7個目のスタンプとともに2枚目の無料券をゲット。これで、スタンプラリーに区切りをつけた。

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2019/04/21

亀岡「穴太善峰巡礼古道」から旧樫田を経て東別院と曽我谷

 先日4年ぶりに旧樫田村(高槻市)を訪れたが。もちろん4年前とまったく同じコースを走ったわけではない。そうすると4年前には走ったが、先日は走らなかったコースも訪れてみたくなってきた。それに、ラーメン屋のスタンプラリーが無料券ゲットまでリーチがかかっている。生活圏の隣接地域の店を一つ残しているのでそのうち達成できる見通しだが、さらにあと2個スタンプを追加すればもう一つ無料券がもらえる。スタンプラリーの期間はもう少しある。頑張ってみるか。
 上洛の拠点はやはり亀岡。京都市内の店を目指すのだ。亀岡の道の駅から自転車でJR亀岡駅へ。駅前のショッピングセンターのコイン駐輪場に自転車を置いて列車に乗り込む。今日のターゲットは京都外国語大学の北側に位置する店。電車なら嵐山電鉄の山ノ内駅が最寄だが、JRからは嵐山で乗り換えとなる。JR嵯峨嵐山駅と嵐電嵯峨駅とは近いけれど同じ敷地ではない。乗り換えには時間的、空間的、金銭的なロスが発生する。ならば、乗り換えずJR花園駅からラーメン屋まで歩こう。1.7㎞、20分だ。亀岡から乗車すると多少空席もあった車内が、嵐山からはぎゅうぎゅう詰めに近い混雑。外国人が多い。花園駅で下車して一路南へ。アイズバイシクルがある北側へは歩いたことがあるが、南へ歩くのは初めて。ソメイヨシノは残り花だが、枝垂桜が満開。住宅街の狭い路地や講演を横切り、葛野大路通りへ。専門学校か大学のような建物がある。京都外国語大学はもっと先のはずだが。京都先端科学大学だそうだ。フェンスの向こうの敷地内にはバスが止まり、それに乗り込む学生の行列。太秦・亀岡キャンパス間のシャトルバスとのこと。亀岡にもキャンパスがあるんだ。また、その手前にあったのも、京都調理師専門学校。アルファベットの略称で書かれていたのでよくわからなかった。このあたりも文教地区となっているようだ。食欲旺盛な若者が多いから、ラーメン屋も多い。
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 さて、京都外国語大学手前のラーメン屋で混ぜそばを食べてスタンプゲット。これで5個目なのだが、黙っていたら無料券のことには触れられなかった。まあ、次の店でこちらから切り出そう。
 経路に少し変更を加えながら花園駅へと引き返し、さらに列車で亀岡へ。3時間以内に戻ったのでショッピングセンターの駐輪場は無料。もちろん、ちゃんと買い物をする。そして道の駅へ。今日は、ラーメンのスタンプラリーと自転車ツーリングは別々。拠点は道の駅なのだが。
 ツーリングの装備に切り替えて出発。まずは国道9号線を南東へ。でも、幹線道路は嫌なので南の枝道へエスケープ。国道なら真っすぐ行けるところをジグザグに進まねばならないが、幹線道路を走るよりはいい。
 穴太善峰巡礼古道に向かっているわけだが、つつじヶ丘の住宅地の東側を南下するのが一般的なルート。でも、当たり前の道よりも面白そうな道を選ぶのが自転車乗りの性。いや、私だけか。
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 大堰川(桂川)の支流の年谷川沿いに出て、さらに橋を渡ってコンクリート舗装の急坂の道へ。いきなりゲートが閉ざされている。両脇もフェンスで固められているが、胸ほどの高さしかない。乗り越えて侵入する。薄暗い林の中の道。路面は荒れに荒れて、割れた舗装のコンクリートのような石のようなものが転がるがれた状態。乗車で登ることができない。自転車はMTBだが、タイヤはスリックだ。ひとしきり上ると柵の向こうに住宅が並ぶ。つつじヶ丘の住宅街の西端をかすめていく。さらに茱萸谷池というため池の畔へ。ここもダブルトラックとため池の間はしっかりフェンスで隔てられている。
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 京都縦貫自動車道の下をくぐり林間の荒れた道を南下すると、右に分岐がある。穴太善峰巡礼古道へ向かうには道なり、つまり左だが、ちょっと右へ行ってみる。すぐに川で道が寸断されている。年谷川の支流だ。その川の向こうに、府道6号線から分岐するダブルトラックが見える。4年前には府道6号線から脇の甘いフェンスを越えてそのダブルトラックに侵入したのだが、この川を渡ることができずに引き返し、今たどってきたコースを来たのだった。今目の前を流れる川は、4年前のあの日と比べて水量が少なく飛び石で渡れそうだ。4年前は3月上旬だったので、雪解け水で水量が増していたのだ。
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 元の道に復帰して先へ進む。左側は住宅街なのだが、進行方向右には年谷川の支流がやや深い谷を作っている。かつてはこの流れに平和池ダムがあったとのこと。跡地として碑が立っている。その碑のところでダブルトラックは終了。穴太善峰巡礼古道が始まる。またフェンスで閉ざされているので、平和池ダム跡地の碑のところの隙間から脱出。
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 穴太善峰巡礼古道は年谷川の支流の谷を行く一車線の舗装路。たまにハイカーらしき人に出会う。道路わきの流れはたまに滝もある。中ほどに少し平らなところがあり、ちょっとした田園と数軒の集落がある。茅葺の民家がいくつか見られるが、昨年の台風の被害か屋根が破損しブルーシートをかぶっている。
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 さらにまた林間の急坂となる。特に亀岡市と高槻市の境の万寿峠の手前は急勾配。4年前の記事には20パーセントくらいと書いたのだが、もしかするとそこまではないのかも知れない。北海道小樽の「励ましの坂」や、わが丹後の国の天橋立に近い成相寺へ上る坂のような、25パーセント前後の勾配から感じる威圧感はない。写真撮影で止まったものの、4年前に続き今日も乗車で登ることができた。
 万寿峠を越えると、大阪府高槻市。でもかつては京都府樫田村。こちらには車両通行止めの看板が立っていた。さらに、府道733号線に合流する地点にも通行止めの看板。
 万寿峠は片峠で、高槻側は緩やかな勾配。少し前に見た風景をたどり、旧樫田の中心街である田能へ。その田能を北東から南西へ斜めに突き抜ける。路線は府道733号線のままだ。少し賑やかだった田能を過ぎると一気に山間の雰囲気が増す。道は広くセンターラインも引かれているが、クルマが少なくていい。安威川に沿った緩い下りを気持ちよく走る。
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 小さな集落を過ぎると、何やら趣のある建物が見えてきた。白い壁とレンガ造りの煙突が特徴の古い建物。「二料山荘」とある。帰宅してから調べたところ、食事や宿泊のほか、農業や林業の体験ができる施設とのこと。かつて造り酒屋だった建物を利用しているそうだ。
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 そのすぐ先が、二料の集落。集落の真ん中の広場には統一地方選後半の高槻市議会議員選挙のポスター掲示板が立っている。一見行き止まりのようだが、道幅が半減した細い道が家並みの中に続いている。そちらへ。
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 集落はすぐに終わり、杉の林間となる。狭い谷を行く道の途中に府境があり、大阪府から京都府へ。この辺り周囲の山肌の倒木がすさまじい。昨年9月初めの台風の被害に違いない。先日の、田能川沿いもそうだったが、南北方向に伸びている谷は南風の通り道となり被害が大きい。
 谷が開けて田園や集落が現れた。前方の交差する道路を行き交うクルマが見られる。府道46号線だ。信号のない交差点手前は桜並木。標高が高いのでまだ十分に見ごろだ。そこはお寺のようだ。交差点名を表す案内板に「九折」の文字。集落の名前でもある。「tsuzuraore」というローマ字表記もあるが、「クオレ」と読みたくなってしまう。ダイハツの軽自動車やTVアニメの「母を訪ねて三千里」(原作の小説の題名が「クオレ」)が頭に浮かぶ。いずれも、40年位前の話だ。
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 V字を描くように鋭角的に右折。交差点はY字路なのだが。センターラインが引かれ、多くはないがクルマが通る道。それまでのクルマが皆無の道ではない。安威川に沿って集落が並び、視界から完全に家が消えることはない。田舎であるが洒落た雰囲気の建物見られる。この辺りが別院(東別院)。「木のコンビニ」という木工品を生産・販売する店や製材所も見られ、林業が営まれた地であることが改めてわかる。台風の被害は打撃だろう。
 信号のある交差点。ここもY字路。赤信号で停止したのでコースを確認。左の道、府道407号線をとる。青信号だったらそのまま道なりに右を選ぶところだった。
 クルマがほとんど通らない静かな道となり、心が落ち着く。小さな集落を見ながら緩やかな登り。峠というほどではないが、グラウンドのある辺りがピーク。道は緩い下りに変わる。小さな集落には桜が西日を浴びている。
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 曽我谷川に沿った林間の道を下っていくと、景色が開ける。亀岡盆地の南西の端っこに降り立ったわけだが、中心市街地とは隔離された小部屋のような雰囲気。田園が広がり、山際に集落が見える。進行方向右手、つまり東側の山の上には亀岡カントリークラブや霧のテラスがあり、先日はあの上から今いる場所を見下ろしていたのだ。霧のテラスの目印のアンテナはよく見えているが、霧のテラスそのものはよくわからなかった。
 何よりも目立つのは、霧のテラスのある山の麓にある巨大なビルディング。のどかな風景の中、違和感を感じるほど。西日を受けて金色に耀き、強烈に存在をアピールしている。まあ、だいたい心当たりはあるのだが。
 交通量は少ないものの、スピードを上げて走るクルマにストレスを感じるので、農道へとエスケープ。巨大なビルへと近づいて行く。
 ビルの壁面に書かれた施設の名称は予想に反していた。「京都先端科学大学」。京都学園大学じゃないの。実はこの4月から大学の名称が変わったのだそうだ。そして、数時間前に通りがかった京都外国語大学の北側の太秦キャンパスからのシャトルバスの行き先はここだったのだ。なんとラーメン屋のスタンプラリーで系列店のうち7店制覇を目指しているのだが、今日一日で京都先端科学大学の2キャンパスを制覇してしまった。ただし、この大学のスタンプラリーはない。
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 12~13階建ての巨大なビルディングの麓にあるいくつかのグラウンドにはナイターの明かりがつき、野球、サッカー、陸上などの練習が行われている。こちらも自転車にヘッドライトを装着、点灯。
 大学を過ぎると強制的に国道423号線に追いやられる。道路沿いは住宅街となり郵便局やコンビニ、ガソリンスタンドもある。亀岡盆地の端の小部屋から大広間へと出て行く。クルマも一気に増えたので、山際の細い道へエスケープ。家の間を縫う路地のような道だ。
 京都縦貫自動車道の高架をくぐると、国道423号線を走らざるをえなくなくなるが、クルマを止めた道の駅はもうすぐ。

 4月上旬、37.6㎞。

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2019/04/17

残雪がいまだに多し扇ノ山

 もうそろそろかな。2度の残雪調査からひと月経過した4月上旬、扇ノ山に足を向けた。寒の戻りの波状攻撃で、記録的な暖冬のわりに近畿地方の桜の開花は平年より1,2日早いくらいだし、満開は平年並みか1日遅くなった。3月中に解けてしまうんではないかと心配した扇ノ山の残雪も、かなり持ちこたえていると思われる。
 扇ノ山の残雪期の登山口として京都府丹後半島から一番近い上山高原までは、まだ除雪されていないかも知れない。例年、4月下旬に行われる野焼きにあわせて除雪が行われる。雪が少ない年には早めに除雪されることがあるが、そのあたりは不確定要素だ。今シーズンのこれまでの情報では、少なくとも上山高原の少し下の標高700m付近までは雪が溶けてクルマが入れるようだが、車道歩きが長い。標高900mの上山高原からの2.8kmの車道歩きだけでも十分だ。過去には標高600mのシワガラの滝入り口から歩いたこともあるのだが。
 それよりも最近のお気に入りは、河合谷牧場からのアプローチだ。兵庫県を越え、鳥取県まで行かねばならないので、クルマの走行距離は片道10kmと少し伸びるが、ある程度雪解けが進むと標高860m付近までクルマが入れるようになる。車道歩きが3.3km。上山高原からの車道歩きと比べて少し長い。ただし、河合谷高原からの車道は、日当りがよいため雪が解けて路面が露出した区間が長く、自転車が使える。雪解けは、必ずしも下から進んでいくとは限らない。日当たりの影響も大きいのだ。クルマは、最初の残雪区間の手前までしか入れないが、自転車は残雪の上を押して乗り越えることができる。
 というわけで、8時半過ぎに家を出る。山陰近畿自動車道の無料区間が延伸し一気に兵庫県を通り抜け、鳥取県に入ってすぐに岩美町から南下。雨滝集落から河合谷牧場へ。
 深く深く山に入る。3月上旬の残雪調査で行く手を阻まれた残雪区間を過ぎる。だが、クルマの通行こそできるものの、道路の両脇には結構雪が残り、ひと月経過した割に雪解けがあまり進んでいない感じだ。日当りのよいところには全く雪が見られないが、山影になるところには雪が残る。そして、道の両側に雪の壁ができている区間があった。これは明らかに除雪の跡だ。今まで、この道が除雪されていることはなかった。年によっては、薄い残雪を乗り越えながら標高860m地点までたどり着いた。今日もその覚悟で、ノーマルタイヤへの交換を延ばし、スタッドレスタイヤを装着したままのクルマで来ているのだ。
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 河合谷牧場の入り口分岐を過ぎ、除雪の壁を何ヶ所か見ながら標高860m地点へ。ここは横向きに張り出した支尾根を回り込む区間で、支尾根の北側は多くの雪が解け残る。残雪期にはクルマはここまでしか入れない状態が長く続く。今日はここまで除雪されていた。
 何はともあれここまで着たら十分だ。自転車を組み、スキー板をフレームとサドルに固定。出発前に、少しパンを食べて腹ごしらえ。すると軽自動車がやってきた。クルマから1人の男性が降りてきて、話しかけてくる。こういう場合、大概「この先にはもう行けませんかねぇ」と、一目瞭然のことを訪ねてくるのだが、やはり今回もそうだった。わかっていても聞かずにはいられないのだろう。熊の調査だという。名残惜しげに引き返していった。
 さて、出発する。作為的に雪が積まれてクルマを通れなくしてあるが、その先も除雪が続いている。積まれた雪を乗り越えたが、100mも進まずに残雪に当たった。雪が積まれている理由はわからない。
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 自転車を押して残雪の上を行くが、雪が緩んでいて足も車輪も雪に埋もれて進みにくい。支尾根を南側に回り込めば雪が解けて路面が出ていることを期待して進むが、きついラッセルを強いられなかなか進まない。雪面は真っ白。まだ積もったばかりの雪なので、締まっていないと言うことか。いや新雪の下の根雪も随分緩んでいる。もう自転車を諦めて、スキーを履いて歩こうかと、心が折れそうになる。かなりの時間を浪費してようやく支尾根の南側へ。やはりこちらは雪が解けている。やっと自転車の活躍の時だ。
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 嬉々として自転車にまたがる。上り坂をスキーブーツでのペダリングではあるが、重い濡れザラメ雪のラッセルよりは劇的にスピードアップ。
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 西側の景色が開けてきた。北西方向に鳥取市街や鳥取砂丘、第1回扇ノ山残雪調査に訪れた時に一周した湖山池もはっきり見える。真西には稜線に雪を頂いた峰々。あれは三国山だ。一度登ると親しみが湧く。あの帰り道に第2回残雪調査をしたのがひと月前だ。さらには奥に大山の姿がうっすら見える。春霞のこの時期、大山が見えるのは珍しい。
 しかし、自転車活躍の場面はつかの間、すぐに残雪に行く手を阻まれる。三日天下どころか数分の天下だった。1kmも走っていないんじゃないか。せめて路肩の50cm位アスファルトが露出していれば十分なのだが。帰宅してからGPSトラックを解析したところ、最初の雪上区間は約600mで、ここを通過するのに30分近いくかかった。それに続くアスファルト露出区間も約600mで、写真撮影の停止を含めても10分弱。アスファルト露出区間は下りでは劇的に速くなるが、残雪区間は下りも難儀することが予想される。せめて雪が締まっていればいいのだが。
 そのあとは小刻みに、残雪とアスファルトが交代で現れる。この辺りでこの春の残雪は思いのほか多いのではないかということに気付き始める。西日本の平野部、特に日本海沿岸の記録的な寡雪の印象が強く、寒の戻りが繰り返し訪れたといっても平年よりは残雪が少ないと決め付けていた。ちなみに、昨シーズンは10日程遅い4月半ば過ぎに扇ノ山を訪れたが、かなり雪解けが進んでいた。天気の週間予報からしても、今シーズンあと10日で昨シーズンのその日と同程度まで雪が解けるとは思えない。1月には久美浜湾(海ですよ)が凍結し、2月には京丹後市の平野部(標高35~40m)の我が家の周囲で50~70cmもの積雪深を記録した昨シーズンよりも、1cmも雪が積もらなかった今シーズン方が、ここへ来て雪が少ないということなのだ。
 さらに、2016年には、今シーズンのこの日と同時期に扇ノ山を訪れているが、2年前のあの日車道はすっかり雪解け。無雪期の登山口までクルマで乗り付けた。そして登山道に入っても雪はなく、山頂を諦め、最も雪が残る大ヅッコ北斜面を滑るだけだった。
 2000年のゴールデンウィーク後半、つまり5月初旬に初めて訪れて残雪の多さに驚いてから毎年欠かさず通い、20シーズン目の扇ノ山となるが、最も雪が少なかったのは2007年。雪があるうちにと3月に何度か試みるも、藪に阻まれたり寒の戻りの新雪ラッセルで山頂にたどり着けなかった。満を持して4月に訪れたらもう雪が解けていた。今年もそうだが、真冬に雪が少ない年には寒の戻りがしつこく繰り返されることが良くあり、訪れるタイミングが難しい。というわけで、この2シーズンだけ扇ノ山の山頂にたどり着けなかった。今日は間違いなく、山頂から滑ることができる。

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 結局、車道区間の半分を少し過ぎた1.9km地点で自転車を諦める。スキーを装着して雪の上を歩くのは、なんと快適なことだろう。その先はスキー板を外さねばならなかったのは1ヶ所のみ。残雪が丘のように盛り上がったところもあり、自転車を諦めたのは正解だった。
 自転車が活かせず残念な気持ちになるが、スキーが主目的なのだから雪が多いのはいいことではないか、ということを思い出す。
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 山水が湧いている「水とのふれあい広場」も、周囲は雪に覆われている。そのすぐ先が河合谷登山口。この登山口は取り付きに木段が組まれている。急斜面で雪が付きにくく木段が露出していることが多いが、今日は雪に覆われている。スキーでも登れそうだが、それはシールがあっての話。ステップソールでは急すぎるので、いつものようにもう少し進んで段々畑を縫う農道から入山する。
 県境を挟んで、兵庫側の小ヅッコ登山口と鳥取側の河合谷登山口が比較的近い距離にあり、それぞれの登山道は山に入ってすぐに合流して県境の尾根をたどる。両方とも登山口からしばらくの間は藪、つまり細かいブナの木や、倒木、落ちた枝を除けながら歩かねばならないが、鳥取側はブナ林に隣接して大根の段々畑となっている。雪が解けてくると段々畑のエッジが露出して、農道を辿るしかなくなるが、今日は一面の大雪原となっている。
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 その雪面にスキーのトレースが数本。数日前のものだ。さらに今日のトレースも加わった。今日のトレースは下りのもの。今までは見られなかったことから兵庫側、上山高原からのアプローチだろう。登りはブナ林を歩いたものの、縦横無尽に滑ることができる段々畑に出てきたというところか。上山高原までは車道の残雪が途切れなくつながっているだろう。問題はどこまで除雪が進んでいるかだ。このトレースの主がネットに記録を上げてくれたら、その様子がわかるのだが。
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 段々畑を登り、大ヅッコ手前で林の中の登山道へ。ここまで来ると、疎林となるため歩行はもちろん下りでも楽しいツリーランができる。
 大ヅッコを越えたら一度鞍部へ下る。ステップソールのお陰でアップダウンは問題ない。南向きで雪が解けて地面が出ていることもあるが、やはり今日は分厚い雪に覆われている。ややブナの木の密度が高いが快適なザラメの滑降だった。
 そして山頂への登り返し。十分に雪はあり心が躍る。
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 誰もいない山頂へ到着。東山、そして氷ノ山がくっきり。氷ノ山もまだ白い。東尾根は一の谷まで十分滑れるんじゃないか。扇ノ山の山頂の小屋の周囲は、ブナの根明けのように丸く雪が解けている。積雪深は場所によってはまだ1mを軽く越えている。壁が垂直ではないので単純には言えないが、170㎝あまりのスキー板と比較して150㎝以上の積雪ありそうだ。
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 風が冷たいので小屋に入って休憩。ブーツを脱ぐのが面倒なので、土間でパンを食べる。
 さあ、いよいよ滑降だ。程よい斜度の山頂東斜面は十分な積雪。ただし、冷たい風でややクラスト。滑り出しでいきなり転倒。そのあとは、足の裏で雪質を探るように慎重にターン。もう登り返しはせず、そのままトラバースで大ヅッコとの鞍部へ。
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 大ヅッコへ登り返して、大ヅッコ東斜面へ。東斜面は、早く日が陰るのでクラストして滑りにくいが、こちらから東側の景色も見ておきたい。山頂からは東に延びるブナに覆われた尾根に阻まれるが、大ヅッコからは東の展望が開けている。
 青ヶ丸と仏ノ尾の間に見える鉢伏山はすでに茶色だ。でも、3月末までハチ北高原は営業していた。さらにうっすらと見えるのは丹後の山、依遅ヶ尾山。独特の形が目印だ。これが見えるということはこの時期にしては見通しがいいということだ。
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 そのあとは大ヅッコの北斜面でツリーランを楽しみ、段々畑に飛び出す。この先の登山道は濃い藪の緩斜面となり、スピードを抑えて歩くようにいかねばならない。それに比べて段々畑は障害物がなくスキー場の初級者ゲレンデのようなオープンの緩斜面。スピードを殺さずに縦横無尽に滑り、あっという間に車道まで降りる。河合谷牧場の向こうに広がる鳥取平野に向かって滑降する場面もあって総会だ。雪は緩んでいて板の滑りはあまりよくない。歩きためのステップソールと、ターンのためのシングルキャンバーの板だから、滑りが犠牲にされている。滑走時にステップソールの影響を抑えるダブルキャンバーなら少し滑りがよくなるかもしれないが、この雪質ではターンに苦労することだろう。
 もし上山高原からきていたら、段々畑を少し滑ったら藪の中に戻り小ヅッコ登山口へ戻るか、畑を河合谷登山口まで滑り降りてから雪の車道を歩いて小ヅッコ登山口へ戻ることになる。
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 水とのふれあい広場を過ぎ、河合谷牧場の中の車道を下る。自転車に戻るが、やはり雪の上は苦労する。雪のゆるみが増して重い濡れザラメのラッセルがつらい。最後の雪上600mは特に厳しい。自転車にくくりつけたスキー板を下ろし、ブーツに装着。スキー歩行で自転車を押す。こうすれば、足は雪面を踏み抜かないし、軽くなった自転車もあまり沈まなくなる。しかし、何のために自転車を持ってきたのだろう。最後の数十mはアスファルトの上。スキー板を簡単にザックに固定して自転車にまたがる。
 こうしてクルマへと戻った。数日後、ネットにあがった記録によれば、4月6日の時点で上山高原までの除雪が完了していた模様。その日は除雪の限界からずっと雪も途切れず小ヅッコ登山口、そして山頂まで続いていたようで、そちらからのアプローチが最も効率的だった。まあ、効率だけを求めるのではないけどね。
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 こうしてクルマへと戻った。数日後、ネットにあがった記録によれば、4月6日の時点で上山高原までの除雪が完了していた模様。その日は除雪の限界からずっと雪も途切れず小ヅッコ登山口、そして山頂まで続いていたようで、そちらからのアプローチが最も効率的だった。まあ、効率だけを求めるのではないけどね。
 また、車道を下山しているときにクルマのわだちを見た。残雪に挟まれたアスファルト露出区間だ。登山口側の残雪に乗り上げようと試みるも、全く歯が立たず断念した痕跡だ。どうやってクルマがここに来たのだろうかと思いながら周囲を見ると、急勾配の枝道があった。牧場内の作業道だ。クマの生態調査の人がいろいろあがいたのかも知れない。いずれにせよ、1,2か所の残雪帯を越えても、どんどんと厚みを増した残雪が現れる。どうせ登山口まで来るまで行くことは無理なのだ。
 とにかく、扇ノ山の残雪は、ここへ来て平年並みまで持ち直したといってもいい。おそらく大ヅッコ北斜面はゴールデンウィークも滑れそう。さすがは扇ノ山だ。

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2019/04/11

亀岡から旧樫田村を越えて高槻へ

 先日は亀岡で自転車の集まりがあり、併せて大阪の用事を済ませることができた。亀岡から大阪への移動の途中、京都市内でラーメン屋に立ち寄った。それはスタンプラリーのためで、往路と復路で2軒、スタンプ2個をゲットした。このスタンプラリーは、とあるラーメンの系列店10軒あまりのうち、とりあえず5軒のスタンプを集めるとラーメンの無料券または記念品がいただける。目当ては無料券だ。系列店のうち2軒は、生活圏の隣接区域、自宅または職場からクルマで1時間以内の範囲。しかし、それ以外は京都市内または大阪府下で、所要時間は2時間以上かかる。というわけで、あまりスタンプラリーに乗り気ではなかったのだが、生活圏隣接区域の2軒と亀岡・大阪遠征で2軒を稼ぎ、リーチがかかった。となると、もう1軒行きたくなってくる。ラーメンのためにお出かけをする、ということでもいいのだが、無料券を得るために高い交通費を費やす、と考えると本末転倒のような気がする。何か別の用件もあれば、というわけで自転車ツーリングを企画した。
 というわけで、再び自宅から2時間半、道の駅「ガレリア亀岡」にクルマを止める。自転車を組んで走り出す準備。今日はMTBだ。
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 11時15分、国道9号線を京都方面へ走り出す。が、300m程で国道372号線に右折。1kmも走らずに京都縦貫道の高架へ。その下をくぐらずに、側道へ左折。もうここからはほとんどクルマが通らない道だ。道は急激に高度を上げ、陸橋で京都縦貫道を渡る。さらに険しい登りが続き、亀岡カントリークラブへ向かう。標高100mの亀岡盆地から、標高400mの亀岡カントリークラブ入り口へ、一気に300mを登る。そこには「かめおか霧のテラス」がある。亀岡盆地の雲海を眺める展望台だ。いつだかそういうものが整備されたという新聞記事を読んだ記憶があるが、そうかここのことだったか。ここを訪れるの2回目だが、それは4年前でまだ霧のテラスがなかった。そのときも自転車だったが、反対向きで、しかもここを通過したのは夜だった。どこかで亀岡盆地の夜景を見下ろしたのだが、この場所だったかどうかはわからない。今日は昼間なので雲海はないが、眺めはいい。眼下には京都学園大学。愛宕山は時雨れているようだ。雪かもしれない。案内板によれば先日立ち寄った平ノ沢池も見えるようだが、肉眼でははっきりとわからない。ショッピングセンターの大きな建物が目印となる亀岡駅の辺りは、ここよりも少し手前にあるもう一ヶ所の景色の開けた地点からの方がよく見渡せた。
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 霧のテラスからは左にゴルフコースを見ながらの緩い下りとなる。ゴルフ場が終わり小さな山間集落を抜けると、府道46号線に突き当たり、これを左折。今度は緩やかな登り。やがて、京都府から大阪府へ。高槻市、かつて樫田村だった地区だ。大阪府でありながら京都府内に、「Ω」(ギリシャ文字「オメガ」の大文字)のように深く入り込んだ旧樫田村は、かつて京都府だった。高槻市とのつながりが大きく、京都府から大阪府へと替わった経緯がある。府道6号線で旧樫田村の中心部へ。
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 4年前にこの辺りを走ったときはまだ暗くなる前だったので、景色が思い出される。標高300mを越える高地集落とは思えない、田園風景が広がる。
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 樫田の中心集落を抜けて府道733号線で中畑へ。4年前には訪れなかった出灰(いずりは)の道を通ろうと思ったのだが、分岐には通行止の看板が立っている。おそらく、昨年の梅雨前線、秋雨前線、台風のいずれかによる被害だと思われる。また、中はた集落の裏山は、植林の杉が倒れた一角がある。これは、昨年9月初めの台風21号の被害で間違いないだろう。強風でタンカーが流されて関西国際空港の連絡橋に衝突したほか、大阪府内各地で建物の屋根が飛ばされたりクルマがひっくり返ったりしたあの台風だ。
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 通行止の看板は、なんと見える範囲に3つも立っている。これだけアピールしているということは、自転車でも通れないだろう。引き返すことにしよう。
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 旧樫田村の中心街、田能まで戻り、府道6号線に復帰。南下する。おそらく旧村内唯一の信号機の周辺は、郵便局や学校や店などがあり結構賑やか。ひときわ大きな建物は、高齢者向けの養護施設だ。
 さあ、田能川に沿って高槻の中心街へと一気に下る。4年前は、亀岡起点の周回コースだったので、ここからは初めての道だ。いや、15年ほど前と、さらにその10年以上前に自動車で通ったはずだ。ずいぶん前だし、クルマだし景色は覚えていない。
 この田能川はかつて何度も洪水を起こしたが、大阪府へと流れる川であり京都府は積極的に治水をしなかったことも、大阪府への編入を地元が希望する一因となったとのことだ。
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 野外活動の拠点の施設を過ぎ、出灰川との合流点にある集落を過ぎる。その先の景色に思わず自転車を止める。見渡す限りの山肌の木が倒れているのだ。間違いなく、台風21号による強風の被害。この谷が風の通り道となったようだ。中畑、あるいはこの谷に入ってから何ヶ所か、倒木を見かけたものの、ここが一番ひどい。
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 土ぼこりが舞う採石場を過ぎてしばらく行くと、下りがひと段落。周囲はまだ田園が広がり、クルマは少ない。ただし、採石場に出入りするダンブカーがたまに通る。
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 しばらくすると、道の両側が住宅街となり、クルマやバイクが増えてきた。市街地走行だ。もう一下りして、名神高速道路をくぐり、高槻市の中心街へ。JRの線路をくぐり、阪急高槻市駅の近くのラーメン屋を目指す。JRと阪急の駅の間の界隈は、道が狭く飲食店など店がぎっしり。
 14時10分、お目当てのラーメン屋へ。オーダーストップ20分前だ。昼時には行列ができると思われる狭い店内に、客は少ない。絶好のタイミング。そして「まぜそば」とスタンプをゲット。
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 目的を果たして、阪急高槻市駅へ。輪行袋へ自転車を収める。もう少し走ろうと思えば、淀川の河川敷の自転車道(?)をクルマを気にせずに行けるのだが、今日は北よりの風が強い。向かい風は嫌なので輪行だ。なんたって、阪急電車は安いのだ。
 桂で乗り換え嵐山で阪急電車を降りる。亀岡へはJRしかないので、自転車を組んでJR嵯峨嵐山駅へ移動。高槻からJRに乗るよりもこの方が安いのと、JR京都駅では混雑の中を長く歩かねばならず、輪行袋を担いでの乗り換えは厳しいものとなる。また、京都市内の列車内も混雑する。その点、阪急電車は比較的すいているし、桂駅は京都駅のように大きくないので乗り換えの歩行距離も短くて澄む。
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 嵐山は大変な人出だった。先日も賑わっていたが、桜が見ごろを迎えた今日のほうがより混雑している。渡月橋の歩道はあふれんばかりの人の列だ。渡月橋を渡り、土産物屋や天龍寺などの寺院、そして嵐山電鉄の駅がある道はさらに混雑。車道にはタクシー、歩道には歩行者が連なっている。のろのろ運転のタクシーの後を行くしかない。下手に急ぐのは危険。絶対に交通事故を起こしたくない。
 前を行くタクシーが動かなくなった。対向車が途切れるまで人力車を追い越せないのだ。今がチャンス。歩道の歩行者に注意しながら数台のタクシーの左をゆっくりすり抜ける。タクシーの前に出たら、車道の中央から人力車を追い越す。タイミングよく対向車が途切れたので、後方からタクシーに追いつかれる前にJRの駅に向かう路地へと右折。最大の危険を乗り越えた。ただし、狭い路地を行くクルマはほとんどいないが、歩行者が縦横無尽に歩いている。彼らは蛇行や突然の立ち止まりも当たり前。近寄らずゆっくりと進む。どうにか無事にJR嵯峨嵐山駅に到着。再び輪行袋に自転車を収め、混雑する駅の中へ。
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 列車が混雑するのは京都駅から嵯峨嵐山駅までの区間。多くの乗客が下車したあとの亀岡・園部方面の列車に乗り込む。ちらほら空席はあるが、出入り口付近で輪行袋を支えながら立って過ごす。亀岡までは20分ほどだ。
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 亀岡駅で下車したら、自転車を組んで道の駅へ。本日の走行はトータルでちょうど40km。
 4月上旬。

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2019/04/08

亀岡タンデム学会からの京都ラーメン・大阪買い物ツアー

   3月末日は、京都のランドナー専門店「アイズバイシクル」主催のタンデムラリー。主役は、タンデム(2人乗り、2人こぎ)自転車だが、ソロ(いわゆる普通の1人乗り)で参加してもかまわないとのことなので、昨年に引き続き参加。
 6時過ぎに、丹後を出発。去年はタンデムの公道走行が許可されたばかりの滋賀県野洲市での開催だったが、この日は京都府内。京都府では2015年秋にタンデムの公道走行が解禁され、そこからこのタンデム走行会が始まった。要するに、大きな車体で相方も必要なタンデム自転車に乗る機会を設け、交流を図るための走行会だ。とにかく、数年前までは公道の走行が認められていなかったタンデム車にはノウハウの蓄積が少ない。走ってみてわかることがいろいろとあり、「タンデム学会」の名を冠するようになった。そういう意味でも、みんなで一緒に、さらにメカニック(スタッフ)もついた走行会というのは安心感があるというもの。
 さて、高速道路は使わずに、2時間半で集合場所の亀岡に到着。大堰川(桂川、保津川)左岸河川敷の広いグラウンドの駐車場にはすでに参加者が走行準備中。私もクルマを止めて、保津峡下りのアナウンスとグラウンドの野球少年たちの声を聞きながらランドナーの準備をする。
 アイズバイシクルの親方(オーナー)のあいさつの後、9時半出発。タンデムが親方夫妻のものを含め16台、ソロはスタッフの2台を含めて5台。去年はもう少しソロもいたのだが。主役のタンデムにあわせて、アップダウンの少ないコースレイアウトのため、ソロでは走り足りないという人もいる。
 しかし、今日も寒い。去年は4月の上旬の開催で、3月が暖かく桜が終わりかけていたにもかかわらず寒の戻りで、早朝雪が降るなか家を出たし、琵琶湖越しに見た比良の山は白くなっていた。今年は、3月に繰り返し寒の戻りがあって、桜は開花したもののまだ見ごろまで行かない。そして今日も寒の戻りだ。
 まずは亀岡盆地の縁を北上。公園やら神社やら各所で花見のイベントが行われ賑わっている。なかなか桜の開花に合わせるのが難しい、今年の冬から春の気候だった。
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 南丹市八木町に入り、平ノ沢池で小休止。そのあともう少し北まで走ってから、今度は大堰川に沿って南下。11時半、大堰橋の畔の大堰川緑地公園で昼食の休憩。のんびり2時間くらい滞在予定、と親方は言うけれどこの寒さでそんなに持つかなあ。多くの人はストーブで湯を沸かし温かいものを食べている。
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 結局1時間で再スタート。北からの追い風の影響もあり、スタート・ゴール地点はぐんぐん近づく。13時半ごろに保津橋のたもとの駐車場に到着。9:30~13:30、29㎞。
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 今日は、ブリヂストンユーラシアツーリング。所有する4台のランドナーの中で、唯一新車から乗り続けている。
 これを手に入れたのは、大学生だった平成元年の4月。ちょうど30年。最近は一線から退いているものの、平成の始めから終わりまで乗り続けたということだ。ちなみに、平成元年春のブリヂストンのカタログからは「ユーラシア」が消えて、ツーリング車のニューモデル「トラベゾーン」というモデルに変わっていた。つまり、私の元にあるのはユーラシアの最終モデル。これもなかなか感慨深い。もちろん、古い方がいいのだ。平成も残り1ヶ月。翌日には次の元号が発表される。ユーラシアにとっては、平成最後の思い出の日となるだろう。こういう古いランドナーで参加すると、ちゃんと声をかけてくれる人がいるのが、アイズバイシクル主催の走行会。去年、40年前の山口べニックスにも声をかけてくれた人だった。
 記念撮影の後、解散。予定よりも1時間以上早い解散だった。次の予定がある私には好都合。大阪まで足を延ばすのだ。
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 クルマを亀岡に置いて鉄道を使う。そのまま河川敷の駐車場に止めておいてもよさそうな気もするが、ここに戻るのは夜になる。夜間は出入り口を塞がれる(そんな扉やチェーンをかける柱は内容ではあるが)、というようなことになると一大事なので、確実に24時間出入りできる場所へと移動。保津橋で大堰川を渡り国道9号線沿いの道の駅へ。道の駅からJR亀岡駅まで2㎞弱あるので、自転車を利用。ただし、再びランドナーを組むのが手間なのでこのために折畳小径車を積んできた。まあ、ランドナーの組み立てにかかる3分が、折畳小径車は1分に短縮できる程度だが、この差が結構大きいのだ。それに、撤収したランドナーをまたすぐ組むのもなんだか無駄が多いような気がする。駅の駐輪場よりも安い、駅前のショッピングセンターの駐輪場に自転車を止めて列車に乗り込む。
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 亀岡から嵯峨嵐山まではJR。嵐山は桜が満開に近く、日曜の午後とあって大変な人出だ。1.5㎞ほど歩いて阪急の嵐山駅へ。ただし、大阪まで行く前に上桂駅で下車。ラーメン屋で「まぜそば」を食べる。上桂駅からラーメン屋まで往復1㎞ほど。見ごろの桜に囲まれた上桂駅のホームには、結婚式の前撮りをするカップルがいた。
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 上桂から阪急電車で大阪へ。淡路で天下茶屋行きに乗り換え。そのまま地下鉄に乗り入れて北浜駅。地上に上がれば、路面がぬれている。折畳小径車専門店「LORO CYCLE WORKS(ローロサイクルワークス)」へ。注文していたパーツをゲット。これについてはまた記事を改めて。
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 そして、北浜駅に戻る。往復1㎞の歩行。復路は、京阪電車だ。結構混んでいて座れない。京橋で座席を確保。七条駅で下車して京都駅でJRに乗り換える案もあったが、結構時間を費やして夕食タイムになってきたので、祇園四条駅まで京阪で北上。ちなみに運賃は変わらない。夕暮れの四条大橋、そして四条河原町も嵐山に劣らぬ人出。四条烏丸まで1㎞ちょっと歩いてラーメン屋へ。上桂のラーメン屋と同じグループの店。タンデムラリーの後はラーメン屋のスタンプラリーなのだ。さすがにもうまぜそばはやめて、ラーメンにしておく。
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 四条烏丸から阪急電車で嵐山。さすがに夜は人が少なく、のんびり夜桜を見ながら渡月橋を渡りJRに乗り換え。トータルで6㎞以上は歩いたね。
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 亀岡駅で下車したら、自転車を止めたショッピングセンターで買い物。駐輪代は50円。ライトをともして道の駅に戻り、あとはクルマで帰路に就く。

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