2019/01/27

冬が来ない

 待てど暮らせど、白い季節がやってこない。
 期待された寒波、空振り。大雪警報の発令も虚しい気持ちに輪をかけただけ。年末の仕事納め&帰省ラッシュ寒波と同様、風が強すぎた。雲は内陸まで押され、京丹後市など日本海沿岸には積もるほどの雪が降らなかった。半面、太平洋側でも雪が降ったニュースも報じられた。
 京丹後市弥栄町のスイス村スキー場、今シーズンまだ営業できていない。
 一方で、神鍋高原や鉢伏山・氷ノ山周辺の兵庫県のスキー場は、年末から途切れなく営業できている。今回の寒波で雪もリフレッシュされたようだ。少し内陸に入るとこの違いだ。
 1998年、2007年、2016年と9年おきに雪が少ない冬がやって来ていたのだが、今年は周期を無視する早さ。そして、最も少なかった2007年よりも少ない。ただし、これは私の住む京丹後市の話で、神鍋や氷ノ山では少な目ながら、山にはちゃんと雪が積もっているようだ。
 自転車に乗れるのはうれしいが、冬には冬の楽しみを味わいたい。
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2019/01/10

「猪突猛進」でなく「勇往邁進」!?でも本当はぼちぼちと行きたい

 5月に元号が変わる。つまり4月いっぱいで平成が終る。
 平成元年の春に買ったランドナー、ブリヂストン「ユーラシアツーリング」に乗ってみた。もうすぐ満30歳。東海道、信州、九州、四国、北海道と日本各地を走った自転車も、一線を退いて10年余り。乗る機会はめっきり減ってしまったが、まだまだちゃんと走れる状態だ。
 平成元年春のブリヂストン自転車のカタログにはユーラシアでなく、その後継モデルのトラベゾーンが掲載されている。私のもとにあるユーラシアは、おそらく最終モデル。昭和のうちに製造されたものの在庫だったかもしれない。
 とにかく平成が終わっても、ユーラシアは終わらない。
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 また、今年2019年は亥年ということで「猪突猛進」という言葉が聞かれる。今年の抱負として使われる場面も見られる。でも、それでいいの?と思ってしまう。
 辞書を引けば、以下の通り。

【猪突猛進】
[名](スル)周囲の人のことや状況を考えずに、一つのことに向かって猛烈な勢いで突き進むこと。「猪突猛進して敵の策にはまる」
(デジタル大辞泉)

【猪突猛進】
意義素:知性が欠けており、単純な行動や思考しかできない人
類語:物事を深く考えない人 ・ 猪突猛進タイプ ・ 単細胞 ・ バカ正直 ・ 直情径行 ・ 猪突猛進 ・ 単純な人 ・ 単細胞人間 ・ 素直過ぎる人 ・ 直線的な人 ・ 一本調子な人 ・ 向こう見ずな人 ・ 無鉄砲
(Weblio類語辞書)

 「今年は猪突猛進します」と宣言している人が結構多い。芸能人やスポーツ選手なら「ろくに勉強せずに大人になってしまった人達だから仕方ないな」と思う反面、たくさんの人が目や耳にすることで誤用が当たり前になってしまう影響力の大きさが気にかかる。
 さらに、まじめな場面で、あるいは政治家や弁護士などお堅い立場の人でも猪突猛進が良いことを表す言葉のように使っていることがある。意味をよく知らないのに雰囲気だけで選んだ言葉を今年の抱負などにに使うことは、まさに猪突猛進だ。時には他者に対し「猪突猛進してください」などと使われている場合もある。これは失礼だろう。メッセージを強めるため敢えて悪い言葉を使うのであれば、アントニオ猪木の「馬鹿になれ」の方が潔いし、誤用しているのではないか、という疑いをもたれなくて済む。ただし亥年とは関係なくなってしまうが。
 まあ「勇猛邁進」のように使っているつもりなのだろう。
【勇往邁進】
[名](スル)目標に向かって、わきめもふらず勇ましく前進すること。「全国制覇をめざして勇往邁進する」
(デジタル大辞泉)

 というわけで、私としては猪突猛進せず勇猛邁進する、といいたいところだが、本当のところは無理なくぼちぼちと進んでいきたい。

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2018/12/04

今年最後(?)の小春日和

 12月2日は旧暦10月つまり小春の25日。日曜だけど舞鶴での勤務の日。貴重な晴れで最高気温が17度くらいの、小春日和。翌日からは時雨模様が続く見通しで、そのまま小春は終る。というわけで、日曜が最後の小春日和となりそうだ。
 舞鶴まで自動二輪で行こうと思っていたけど、朝の寒さに心を折られ、クルマで行く。
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 日没が早い。丹後半島最北の経ヶ岬で、16時46分。あと4日ほどたてば、16時45分と、1年で一番早い日没となり、12月の中ごろからは、日没が遅くなって行く。冬至は最も日が短いけれど、最も日没が早いわけではない。今の時期は、南中時刻も遅くなって行く。必ずしも正午ぴったりではないのだ。地球の自転速度は一定であるが、南中時刻から次の南中時刻までの間は一定でない。その理由は公転軌道が楕円であるため、公転速度が変化するから。
 というわけで、舞鶴から帰ったらもう日没。それでも、自転車で走らないと。
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2018/11/25

今年も浮島の季節

 天橋立から水平線から浮き上がった沓島を。蜃気楼の季節。シーカヤックがいい感じ。
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2018/09/11

「台風21号」「北海道胆振東部地震」そして「秋雨前線」

 まずは、度重なる災害により、被災された方にお見舞い申し上げます。

 9月4日、台風21号が徳島県に上陸、その後淡路島を縦断し、神戸市から兵庫県京都府を北上し若狭湾に抜けた。
 丹後半島など北近畿には大きな被害はなかった模様。台風の進行方向がもっと東向きだったら、通り過ぎた後に日本海から陸地に向かって北寄りの風が吹き、北近畿では風雨が強まる。21号も20号と同様、近づくときも通り過ぎた後も南よりの風だったので、雨、風とも大事に至るものではなかった。
 それに対し、大阪では大阪湾から南西の風がまともに吹き込み、建物の外壁や屋根が剥がれたり、クルマがひっくり返る映像がドライブレコーダーやスマホにより大量生産された。
 何より、関西空港の水没が衝撃的だった。
 早めに帰宅して夕方のニュースを見ていたら、関空でインタビューに応じる人が「これからの11時間をどうやって過ごすかが問題です」と言っていた。要するにその時点で11時間先の便まで欠航が決定しているということだ。しかし、その直後、高潮により冠水した滑走路、さらには貨物船が衝突して損傷した連絡橋の空撮の映像が流れた。
 空港島は孤立。取り残された人数は初め3000人と報じられたが、その後7800人とされた。空港で働いている人は、本当に気の毒としか言いようがない。空港利用者に対しては、気の毒という気持ちと、自分で選んだことだからしょうがない、という気持ちが半々だ。
 その時点で欠航が決まっている便がある。問題はその先の便だ。欠航が決まっていなくても、飛び立てるという保証もない。未定なのだ。しかし、分からないことを自分にとって不利な方に考える人は少ない。うまくいく方を想定している。だから、「こんなにひどくなるとは思わなかった」とか「想定外だった」という言葉が繰り返されるし、交通事故は無くならないし、宝くじは売れる。
 しかし、乗る予定だった便を含め飛行機は飛ばない、船便も欠航、連絡橋も通れなくなる、今までより強い勢力の台風が来るのだから用心しよう、と考え関空に行くことを避けた人もいるはず。自分だったらそういう判断ができただろうか。そういう判断ができる人間でありたい。

 そして9月6日、最大震度7の北海道胆振東部地震。直後は最大震度6強とされていたが、それにしては震度5弱以上の範囲が、函館から札幌までと広すぎる。と思っていたら、やはり厚真の震度は7とされた。阪神淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震、新潟県中越地震、東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震、熊本地震とならぶ大きな揺れを引き起こした地震ということだ。
 地震の直接的な被害は、震源の厚真町の土砂崩れや札幌市の液状化現象などだが、それ以外の地域では離島を除く北海道全体で停電が発生し、また一部の地域で断水も発生。さらには、JR北海道は全線で運行がストップし、新千歳空港も閉鎖、交通が麻痺してしまった。
 このブログの前の記事の通り、8月下旬に北海道を訪れていた。地震のちょうど一週間前に泊った小樽の宿は停電と断水。また、2年前と3年前と27年前に泊った道北サロベツ原野の宿は停電。それぞれ、SNSやブログで毎日情報発信されているので、現地の様子が伝わった。どちらも、宿泊客と工夫し協力して過ごしていて、いい宿というのは不測の事態においてもいい宿なのだということを感じた。また、停電の夜の星空の写真が掲載されていたことも一致している。
 TVのニュースを見ていて、道北や道東の地震の直接的な被害がなかった地域にも避難所が開設されていることに疑問を感じた。しかし、それはサロベツの宿のブログを読んで解決。非常用電源があり、TVが見られたりWiFiが使えたりする。もちろん、携帯電話やスマートフォン、タブレット端末などの充電もできる。情報もライフラインなのだ。さらに、ただ明るいところで夜を過ごせるということだけでも大きい。決して疑問に思うようなことではないのだ。
 震度7の厚真町の沿岸部、浜厚真にある苫小牧東港は無事。敦賀や新潟や秋田へのフェリーの発着港だ。さらに小樽発着の便もあわせ、新千歳空港が閉鎖された地震当日と翌日の本州行の便は旅客は満席。一部を除いて乗用車やバイクには空きがあったし、逆方向北海道行きは人も車両も空きがあった。
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 ところで、地図を見ていて全道ブラックアウトのきっかけとなった「苫東厚真火力発電所」は、新日本海フェリーが発着する苫小牧東港に隣接していることに気づいた。2008年には、苫小牧東港を夕方に発つ便を利用した。その時、出港するフェリーの甲板から工場のようなものが見えたことを覚えているが、それが発電所だった。
 港に隣接していることには意味があるわけで、GoogleストリートビューやGoogleEarthで見てみると、隣接する埠頭と発電所は、ベルトコンベアと思われる施設でつながれている。発電所の隣には黒い畑のような広大な土地が見られる。巨大な畝は石炭に違いない。ベルトコンベアもそちらにつながっている。「苫東コールセンター」と表示されている。当然「call」でなく「coal center」ということだろう。
 丹後にも、舞鶴市の大浦半島に石炭火力発電所がある。オーストラリアやインドネシアから船で運ばれてくる石炭を運び入れるための専用の埠頭が設けられている。
 苫東厚真発電所も海外炭を使用しているとのことで、苫小牧東港の一部がその専用の埠頭になっているとみられる。かつて、石狩地方の石炭を運び出す港として整備された苫小牧港(西港)だが、あちこちにあった炭鉱が閉山になってから石炭の需要が高まり、今度は運び込まれている、ということに不思議な縁を感じる。
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 私の住む京丹後では、7日夜に雨が降りだししばらくして大雨警報が発令、洪水警報も続いて発令された。翌8日午後にいったん解除になったが、9日未明に再び大雨発令。さらに洪水警報も加わった。10日午後から雨は弱まり洪水警報は解除されたが大雨警報は継続。結局、11日昼前にようやく解除された。ちなみに11日朝にはすでに雨は止んでいた。なのに大雨警報が継続されたのは、土壌にしみ込んだ水の量によるもの。土砂災害の危険があるためだ。雨量だけが基準ではないのだ。
 この大雨は秋雨前線によるもの。前線が南下して大気が入れ替わり、最高気温が25度にも届かない日もあった。
 そのせいか、早くも彼岸花の開花も見られた。ちょっとフライング。
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2018/08/23

ダブルタイフーン

 あーつい、あつーい、高い気温のV字回復、ダブル台風、酷暑の晩夏。
 2013年10月下旬に27号、28号が並んで日本に接近してきた時も「ダブル台風」と報じられた。あの時は、本土上陸はなかったが、今回はどうだろうか。19号は九州の西側を抜け朝鮮半島へと向かうようだが、20号はどうも西日本に上陸する見込み。
 少し前に、気温が前日と比べて6度以上も下がったと書いたが、今度はその逆のことが起こり、見事なV字回復のグラフが描かれた。8月全体としてはW字みたいだけどね。
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 21日の最高気温は北近畿で軒並み37度を越え、宮津ではこの夏最も高い気温となった。さらに、翌22日には前日を上回るどころか、観測開始から最も高い38.8度を記録。福知山では39.6度。もちろん観測史上最高。これも台風からの南風によるもの。フェーン現象により、気象庁のアメダスの最高気温ランキングベスト10には日本海側の地点が過半数を占めた。
 そして、本日は新潟県で40度越え。アメダスランキングではベスト7は新潟県。以下鳥取県、石川県2か所と、ベスト10すべて日本海側。そしてすべて39度以上。さらに、すべて観測史上最高。
 さあ、いよいよ台風が四国に上陸する。そのあと瀬戸内海を経て兵庫県辺りを北上し明日未明から明け方には日本海に抜ける模様。18時半現在で、京丹後ではまだ雨は降らず夕映えの青空。ただし、日中から強い風が吹いている。報道では、鉄道など交通機関も夕方以降運休が相次ぎ、京阪神では店も早じまいしていると告げている。あまり被害が出ませんように。

 以下、23日、21:30追記
 つい先ほど、台風20号は徳島県に上陸したとのこと。京丹後市では、風はやや強めに吹いているが、まだ雨は降らず雲の切れ間から明るい月がのぞいている。台風の進行方向右側なので今後も南風が吹き続ける模様。ちなみに、日本海側では南風ではあまり雨は降らない。過去に北近畿に大きな被害をもたらした台風の進路からすると、進行方向の左側になった場合だ。そして、台風が東に抜けた後も、吹き返しの北西の風により雨が降り続く。もちろんこれは日本海側のこと。太平洋側など南に海がある場合は、やはり台風の進路の右側が要注意。
 7月豪雨の後あまり雨が降っていないし、今回の台風も素早く通過しあまり長時間降り続くことはなさそうなので、洪水は起こらないと思うのだが。ただ、風は要注意。倒木などで道路の通行に支障をきたすかもしれない。
 写真は、19時過ぎの西の空。
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2018/08/19

真夏日って涼しいね

 8月14日と15日の近畿北部の最高気温の比較。豊岡38.6度→32.7度。舞鶴37.9度→31.2度。宮津36.9度→30.9度。それぞれ6度前後下がった。
 7月中旬からずっと猛暑日かそれに近い日が続き、台風13号の影響で一時的に気温が下がったものの、8月中旬にはまた猛暑日が訪れていた。その状態からの6度の落差は、しっかりと体感できるものだった。涼しい。台風15号の影響で空は雲に覆われ日差しがないのも、昼前に雨が降ったのも影響しているのだろう。
 ただし、15日から16日にかけての夜間はあまり気温が下がらず、最低気温は28度ほど。この夏一番暑い夜だった。ただし、折れ線グラフでは、16日の再定位気温は低く表示されているが、これは16日の夕方以降に観測されたもの。秋雨前線の南下で風雨とともに気温が一気に下がった。1日の平均気温は、午前中の最低気温より下がってしまった。
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 17日は、さわやかな秋の空気に包まれた。最高気温は30度を下回った。そして数日、最低気温が20度を切る日が続く。

 ここで話は29年前にタイムスリップ。大学生だった1989年の夏、当時住んでいた静岡から丹後まで自転車で帰省した。春に手に入れたランドナーで初めての泊りがけツーリングだった。宿泊地は、名古屋市と京都市。高校時代の同級生に止めてもらう計画だ。連日150~200㎞の行程ということもあり、友人宅ならただ手でもててもらえるという甘えもあり、それぞれ2泊ずつして休養日を入れた。
 名古屋で過ごした7月31日、最高気温は33.4度。友人はアルバイト、私は名古屋散策から帰ってきて交わした言葉は、「今日は暑かったなぁ」。
 ちなみの、その年の名古屋で最も気温が上がったのは8月5日の35.1度。ちなみに猛暑日(この言葉は存在しない)はその1日きり。34度台まで達した日はそれなりにあるが、すべて8月。まだ暑くなり始めた矢先の、その夏トップクラスの暑さだったということ。今年ならばそのくらいの気温は6月から観測されていた(ずっと続いたわけではないが)。そして8月には40度を越えた日を筆頭に、39度台も数日見られた。
 おおざっぱではあるが、29年間に5度上がっているわけである。暑さの基準も変わるというもの。

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2018/07/15

梅雨前線、西日本で大暴れ、そして梅雨明け

 まずは、被災された方々へお見舞いを申し上げます。
 死者および行方不明者が発生したのは岐阜県から鹿児島県。中部、近畿、中国、四国、九州と広範囲にわたる災害という点では、7年前の東日本大震災に匹敵する。
 直接的には梅雨前線によるものだが、先の台風7号に間接的原因があったといってもいいと思う。台風の背後の北西の風により、北海道まで北上していた前線が西日本まで南下したことに加え、大量の水蒸気を運んできた。過去に近畿北部に打撃を与えたいくつかの台風に共通するのは、四国沖を北西に進み紀伊半島あるいは東海から本州に上陸するコース取りであること。今回の7号は日本海を通ったこと、そしてゆっくりであるから時間の経過とともに衰える。台風本体による近畿地方日本海側への影響は少ないだろう。梅雨前線は北海道まで北上していたので、台風からの南風で活性化したとしても近畿地方には影響ない。強いて言えば、台風が通り過ぎたあとの西高東低の気圧配置による生暖かい時雨模様となるくらいだろう。そう予想していた。まさか、台風の過ぎた後にこのような展開が待ち受けているとは思わなかった。
 大雨警報発令の2日目、7月6日金曜日の家の近くの川の朝と夕方の様子。明らかに夕方の方が増水している。もう一枚は、その前日5日夕方。竹野川から田んぼに水があふれている。
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 天橋立で宮津湾と仕切られた阿蘇海も増水。
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 この日は午前中宮津に勤務。午後、西舞鶴に行く予定だったが、国道178号線の奈具海岸が規定雨量に達したとのことで通行止になった。まあ、いつも最短距離の裏道を通っているので、海岸沿いの通行止の影響はない。しかし、その裏道は山間部を通るため、土砂崩れの心配がある。西舞鶴行きは、その日でなくてもよいのだが、宮津での仕事も大雨のため来週回しになった業務が発生。そうなると来週(この時期をアップした時にはすでに過去のことだが)は余裕がなくなる。急いで荷物をまとめ、西舞鶴へ。
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 実際に行ってみると、雨足には強弱があり、風も弱く、嵐という感じではない。度の川も茶色く濁って増水しているものの、往路で通った道がすぐに通れなくなりそうな気配はなく(何の根拠もないのだが)、西舞鶴で長居をした。幸いにも帰路も問題はなかった。
 しかし、さらに雨量が増し京都府北部の各市町に大雨の特別警報が発令されたのは、その夜のこと。宮津や舞鶴では土石流や川の氾濫が発生し、金曜日の日中に通った道の何ヶ所かが通行止となった。特に宮津舞鶴間の裏道では2箇所がいまだ復旧していない。おそらくしばらくかかるものと思われる。

 週明け、「大丈夫でした」が挨拶となった。そして、話題になるのは14年前、2004年10月の台風23号。そのあとにも何度か台風の被害があったが、やはり一番印象に残っているのは2004年の23号である。強風を伴い短期間で大雨を降らせた嵐だった。それに比べると、また違うのが梅雨前線。風による被害はなく、台風23号の時ほど強い雨ではなかった。でも、降っている期間が長かった。前述の範囲の広さと加えて、停滞する前線の特徴だ。降り始めから止むまでの積算雨量では、台風23号の時を超えている。
 そして、雨が止むと夏の日差し。梅雨前線は再び北上、西日本はあっさり梅雨明け。猛暑続きの日々となる。
 警報発令の6日から全面運休していた京都丹後鉄道は、11日にようやく一部で運行再開。10日には復旧作業の様子も見られた。レールの上を走れるユンボが働いていた。
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 海沿いには、おそらく川から流れた色々なごみがたまっていた。
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 最後に私事だが、幸いにも我が家には被害がなかった。基本的に戸地の高さも川の流れも不変。いいところに家を構えてくれた、とご先祖様に感謝するばかりである。
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 大雨から一週間経過。路面に泥がうっすらと残っているところもある。撤去した土砂が道路わきに積まれている箇所もある。川の水量も、平常時よりもまだ多い。幹線道路を中心に通行止めも解消されつつあるが、交通量の少ない道程後回しにされ復旧の見通しが立たない。京都丹後鉄道の完全復旧もいつになるのか。
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2018/03/05

雪解かしの雨

 暖かい雨。さほど雨量が多いわけでもないのに、川は増水し濁流が勢いよく流れている。上流の山間部での雪解け水だ。残雪からは湯気のようなものが上がり、そのあたりだけまるで霧がかかったよう。
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2018/03/04

月が替わって雪解けよ

 一つ前の記事から2週間、ずいぶん雪が解けた。特に、3月1日の雨で、一気に景色が変わった。
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 標高60m程の小さな峠へ登る道はまだ雪に覆われていた。除雪されない道、そして日陰だとなかなか解けない。ただし、峠はすぐ先のカーブの奥の切通。おそらく、雪に閉ざされた区間はほんの数百m。でも強行突破すると靴の中まで濡れるので、引き返す。この日の最高気温は15度を超えて雪はかなり緩んでいた。翌日はさらに上がって、20度を超える予報。さらに翌日は温かい雨。きっと来週には開通することだろう。

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