2018/09/11

小千谷の花火を見たあと自転車北海道一周30ヶ年計画にリーチをかける旅(ダイジェスト)

 まずは、北海道胆振東部地震で被災された方、大切な人を亡くされた方にお見舞い申し上げます。

 なんとか、この夏、北海道を走ることができた。
 1991年夏に初めて北海道を自転車で走ってから20年以上が経ち、これまでに走ったコースを重ねてみると北海道の形が大方浮かび上がる。ならば北海道の外周を全部走ってやろう、というわけで浮かび上がった計画を名付けて「北海道一周30ヶ年計画」。
 2017年夏に、道東に途切れ途切れに残る未走区間を走る多計画を立てたが、天候不順のため断念。今年の夏は、途切れ途切れの区間を走るならトランスポーターがあった方がいいだろう、と去年の計画を少し見直し自動二輪に折畳小径車を積んで北海道に渡ることにした。
 しかし、この夏も天候不順。またも断念か、という中で起死回生のきっかけとなったのは、新潟県の小千谷の花火大会。北海道を半分諦めながら、12年ぶりの「小千谷ふるさとの丘ユースホステル」を予約したのだが、その足で新潟港に向かい、フェリーで北海道へ渡る可能性を残していた。問題はやはり天気だ。
 丹後から小千谷までの距離は600kmを越え、自動二輪では厳しい。高速道路を何百kmも走り続けることも、前夜に出発して夜通し一般道を走ることも自信がない。ということで、クルマを使うことにした。クルマなら、嫌いな高速道路も何とか我慢できる。だから当日朝の出発で間に合う。またクルマごと北海道に渡ることで不安定な空模様でも行動する気持ちになった。

 では旅のダイジェスト。
 まずは、おぢや祭り花火大会。
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 満月前夜。そして、旧暦7月15日。中秋の名月のひと月前の名月。信濃川にかかる橋の上に列をなすのは、からくり万灯。
 小千谷は2004年の「新潟県中越地震」の被災地。おぢや祭り、、そして花火大会には復興と慰霊の思いが込められている。小千谷ふるさとの丘ユースホステルは、被災を乗り越えたユースホステルだ。
 新潟港からフェリーに乗って、小樽港へ上陸。道東へひたすらクルマを走らせる。
 根室半島の付け根、風連湖から根室市街まで根室湾岸を自転車で往復。一つ目の未走区間を走破。この日は青空も見えた。
 せっかくここまで来たのなら、とクルマで納沙布岬へ。早朝に小樽を出発し、最東端まで到達した。そして、折り返して霧多布岬へ。今夜はここのキャンプ場でテント泊。涼しいというよりも寒いくらい。でも、暑さと違い寒さの対策はいくらでもできる。快適に過ごした。高速道路を使わず、650km走った。自転車は24km。
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 北海道2日目は、霧多布から釧路まで北太平洋シーサイドラインを自転車で走る。今回の途切れ途切れの未走区間の中で最長の約110km。自動二輪には折畳小径車しか積載できず、当初はほぼ中間の厚岸で泊まり2日がかりで走破する計画だったが、クルマに積んできたランドナーなら1日で走れる。こうして、小千谷の花火見物による日程超過分を解消。走行中、タンチョウやキタキツネにも出会う。天気は曇り時々小雨。霧が出なくてよかった。
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 釧路に就いたら和商市場でいくら丼を食べて、根室本線の各駅停車に乗り込む。線路にはエゾシカが出没し、警笛を何度も何度も鳴らして走る。 クルマに戻ったらまた移動。開陽台のテントサイトで泊るつもりだったが、誰もいない。かつてヒグマの出没があり閉鎖されていたこともあるので、ここでテントを張るのを断念。駐車場で車中泊を考えたが、それならば明日の予定の場所まで移動しておいた方がいい。さらにまた移動。根室海峡沿いの尾岱沼の道の駅で車中泊。
 北海道3日目は、標津から本別海まで33kmを自転車で走る。道東最後の未走区間だ。まず標津に自転車を配置し、クルマは本別海へ。路線バスを乗り継いで標津へ戻り、ようやく自転車走行開始。今日も、曇り時々小雨。昨日より雨降りの割合が多い。ちなみに、予報では昨日も今日も曇りだった。実際に降っているときにも、降雨レーダー画像には表示されていないし、周辺各地アメダスの計測による1日の雨量は1mm以下。走っていればそれなり濡れたけど、それは表面だけで、衣類や荷物の中までしみるほどではなかった。走り終えて車に乗ったら、すぐに乾いた。路面には水が浮いていたので、泥除けがないと足元は泥だらけだっただろうが、こういう場面にランドナーは強い。
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 昼前には走り終え、クルマに乗り込む。これで、道東完走。残る未走区間は、連続した140~150km。また機会を改めて走りに来よう。道南なので、天気の不安定な夏でなくても大丈夫だ。
 さあ、また大移動。小樽を目指して西へ500km。

 北海道4日目、最終日。2年ぶり3度目の宿泊となる「とまや」。今までは旅の初め、朝あわただしく出発していた。今回は旅の終わり。この宿でのんびり過ごすことにあこがれていた。朝食の後、「励ましの坂」を自転車で登る。これまでは、フェリーを下船した夜の挑戦だったが、今回初めて明るい中、そして宿主さんや泊まり合わせた旅人さんたちに見守られながら登る。これが本当の「励ましの坂」だ。距離600mで高低差80m、最大勾配は20パーセントを越えるこの坂道を自転車でノンストップで上りきったら、「やったね」とほめてもらえる。
 どうにか今回も登りきった。
 昼前までとまや過ごさせてもらい、フェリーターミナルへ。帰りは舞鶴港へのフェリー。
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 最後に、動画を。

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2018/04/06

向春の道南 太平洋・噴火湾・津軽海峡沿岸を行く

 ブログではダイジェストをお送りします。詳細レポートは「電脳徘徊」にて近日公開予定。
      *       *       *
 3月末には安定した晴天が続き、数年温めていた計画を実行した。
 3月27日夜、残雪の小樽に上陸。二輪車は私の自転車だけだった。自転車の走行距離は小樽市内約3km。
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 28日朝、輪行で苫小牧へ。どこにも雪はない。遠くがかすむ曇天の下、走行開始。交通量が多い道を行くうちに、霞が薄くなり白い山並みが見えてきた。雪解け直後のせいか、路肩には細かいバラスが散らばり、リム打ちパンク。それにタイヤやチューブが古くなっていた。チューブを交換し再スタート。
 東室蘭駅から伊達市の長和駅まで輪行。この区間は10年前にすでに走っているので、脚を温存するためとパンクの可能性を減らすため。長和から走行再開。ずっと平坦だったが、最後に標高差100mを登って降りる。豊浦のホームセンターでタイヤを買って、宿へ。約81km。
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 29日、タイヤを交換してからスタート。天気が良くて海が青い。まずはアップダウンが続く。道路わきに雪が残る礼文華峠、静狩峠を越える。最大標高差は200m余りしかないが、約20kmの長い峠道だった。そのあとはひたすら平坦。風も斜めからの追い風でスピードアップ。長万部で大盛の「かにめし」を食べる。前方に噴火湾越しの駒ケ岳。今日はあのふもとまで。そして、後方にはやはり噴火湾越しの後志羊蹄山。八雲からは、真後ろからの風に押されさらにスピードが増す。クルマも増える。あっという間に宿泊地の森へ。約108km。
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 30日、亀田半島を経由して函館を目指す。快晴で追い風、クルマも少ない、という絶好の条件でスタート。今日も、渡島富士(駒ケ岳)と蝦夷富士(後志羊蹄山)を見ながら走る。時々現れる漁港では干された昆布が風に揺れている。椴法華(とどぼっけ)から恵山岬へ。灯台を見物してから椴法華へ戻る。半島を一周する海岸道路はないのだ。標高100mほどの小さな峠を越えると津軽海峡が見える。下北半島も大きくはっきりと見える。夏にはこのようなことはなく、空気の澄んだこの時期だからこその眺めだ。
 そのあとは風速10m/s近い向かい風に苦しむ。函館山がなかなか近づいてこない。湯の川温泉で塩ラーメンを食べてから再スタートするときには、ようやく風が弱まっていた。夕日に赤く染まる函館山はすぐそこ。約125km。
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 31日、函館散策。が、いきなりパンク。ビスを踏んだ。「春のパンク祭り」開催中だ。まずは、駅で切符を購入。指定席にも十分空きがあるようなので自由席も座れるだろう。朝市をちらっと見てから、金森赤レンガ倉庫群へ。そのあと、昨夜見つけた「チルノワ(CHILLNOWA)」という自転車店へ。さすがに北国、ファットバイクが並んでいる。予備を使い果たしたのでチューブがないかと尋ねるが、サイズやバルブが合わなかった。
 ラッキーピエロの大きなハンバーガーを食べ、朝市のフードコートでラーメンを食べて駅へ。予想通り特急列車の自由席は空いていた。室蘭本線を経由して札幌へ向かう特急を長万部で下車し、函館本線の普通列車に乗り換え。内陸部に入ると一転雪景色。今日は曇天、後志羊蹄山はぼんやりと霞んでいる。
 小樽駅で下車。ラーメンを食べに朝里まで足を延ばす。そして、フェリー乗船。函館市内と小樽市内で約20km。
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 4月1日、フェリーを降りたら桜が咲いていた。
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2018/02/20

台湾弾丸紀行5データ編そして動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 淡水河・新店渓自転車道 55.0km
 2日目 陽明山         68.8km
  計             123.8km

 地図を拡大縮小、スクロールさせたり、プロフィールマップ(標高グラフ)を見たりしたい方は、地図をクリック。

◎費用
 航空券           45130円
 高速道路通行料・駐車料金   2800円
 鉄道運賃(日本)       4730円
 鉄道運賃(台湾)       1304円
 宿泊料(二泊)        3920円
 飲食費            7271円
 土産代            1151円
 自転車レンタル料       2301円
 両替手数料          508円
  計            69115円

 この時のレート、1元(ニュー台湾ドル)=3.83円で計算。
 帰国直前に買ったキャリーバッグ(約4500円)とデッキシューズ(約1900円)は、今回の旅を終えてからも使うものなので、計上していない。
 円から元への両替は、到着時の桃園空港の銀行出張窓口で。多めに2万円分両替したが、手数料は30元(約115円)と格安。帰国直前に元を円に戻すときにも利用したかったが、深夜のため窓口が閉まっていた。関西国際空港に戻って日本の銀行の窓口で両替したら、1元=3.21円で計算。つまり、1元辺り約0.62円が手数料。つまり16パーセント強の歩合制。両替600元(約2300円)のうち400円ほどが手数料となった。キャリーバッグとデッキシューズを買って元の残金を減らしたのは正解だった。

◎参考資料
・サイクルスポーツ誌
  2016年12月号「俺たちの晩秋ライド・海外弾丸ライド」
  2018年2月号「5万円でいく大満足じてんしゃ旅・台湾冒険野郎」
・るるぶ台湾'16
・Webページ
  台北市内でロードバイクをレンタルしてサイクリング。陽明山の神の手の秘密。
  台湾台北でのロードバイクレンタルまとめ
  トラベルコ(航空券予約)
  じゃらん(宿泊予約)

■動画
 宿泊したゲストハウスから自転車を借りたGIANTストアまでの片道2kmの街歩き、および自転車走行途中に撮影した動画をまとめたもの。
 ヘルメット等に装着するアクションカメラは持っていかなかったので、自転車走行中の動画はない。いずれにせよ天気が悪くて、あまりいい画は取れなかった。

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2018/02/16

台湾弾丸紀行4雪国へ帰国

 今朝とは別のコースを歩いて台湾駅へ。麺類の店先屋台に立ち寄る。
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 今夜も麺類のはしご。牛肉麺と炒青菜と小籠包のセット。
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 キャリーバッグと靴を買い、汚れたザックと濡れた靴をキャリーバッグに収める。
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 お土産は「日月潭」というお菓子を見つけた。
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 関空に降り立つと風が冷たい。泉佐野や岸和田、大阪市内までうっすら雪化粧。
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 大雪警報の丹後へ。家の周りの多いところで積雪90cm。除雪に1時間半。
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※詳細レポートはこちら

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2018/02/15

台湾弾丸紀行3淡水から陽明山を越えて士林へ

 11日朝、今日も2km歩いてGAIANTストアへ。
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 大稻埕碼頭をスタート。今日は北へ。
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 河口の淡水は、シーサイドリゾート。
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 スズメ。
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 淡水駅前から市街地へ。
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 陽明山へ登る。
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 交番でトイレを借りる。
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 集落と寺院。
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 遠くにも寺院。
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 小雨の中、黙々と登る。
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 寒くなってきた。
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 高原地帯へ。
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 下りでは雨が強まる。
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 下界は降っていなかった。路面も乾いている。
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 士林に降り立つ。
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 淡水河畔の自転車道へ。
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2018/02/14

台湾弾丸紀行2川沿い自転車道で碧海吊橋へ

 10日朝、ごく弱い小雨。
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 GIANTストアまでは2kmほどを歩いて行く。台北名物のシェアサイクル「e-Bike」に「YouBike」。
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 GAIANTストアで自転車をレンタルし、淡水河沿いの自転車道へ。
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 クルーズ船の発着する埠頭「大稻埕碼頭」から南下
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 碧海吊橋へ。
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 復路は雨に打たれる。
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 夕食は麺類のはしご。
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2018/02/13

台湾弾丸紀行1旅立ち

 2月9日夕方、関西国際空港からLCCで飛び立つ。
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 夜の台北に到着。
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 屋台で「大腸麺線」を食す。
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 ゲストハウスに泊まり、バッテリーの切れた体と電子機器に充電をする。
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2018/01/18

かきしま・角島・海峡を渡る旅4データ編と動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 竹田・かきしま海道・広島市街  95.0km
 2日目 広島市街・角島・下関市街    39.8km
 3日目 関門海峡・竹田          6.7km
  計                 141.5km
◎費用
 鉄道運賃               31470円
 フェリー料金              650円
 関門トンネル通行料           20円
 ガソリン代(138km、16km/L、131円/L)  1130円
 宿泊料                 5900円
 飲食費                 6760円
 土産代                 972円
  計                 45102円

■動画

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2018/01/14

かきしま・角島・海峡を渡る旅3関門海峡「関門トンネル人道」

 7時起床。窓の外の関門海峡は、まだ薄暗い。さすが西に来ているだけあってまだ日の出前なのだが、昨夜遅くから降り出した雨の影響もありそうだ。7時半に食堂へ行くと、夜が明けて少し明るくなった関門海峡を見ることができた。この天候を想定して本日は最寄駅から輪行して帰る計画だ。朝食をとるうちに、さらに少しずつ明るくなる海峡を次々と船が過ぎていく。見ていて飽きない。
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 のんびり支度を整え、8時半過ぎに外に出る。雨は小降りでほとんど気にならない。路面の水撥ねも大したことはない。泥よけのあるランドナーを持ってこようかとも思ったが、輪行時、蝶ねじ4つの手間を減らすためにスリックタイヤ装着のMTBを選んだ。防寒のためのアウターウェアとして上半身に合羽を着ているが、下半身は雨具なし。余計な荷物を省いたのだ。精度の高い天気予報で、雨は降るが雨量は1時間あたりに0~1mmと言っていたのを信じてのことだ。結果、正解だった。
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 ロープウェイ山麓駅を経由して、海峡沿いに降りる。ロープウェイで登る火の山の頂は雲に隠れている。下りきった国道の交差点が、関門トンネル人道入り口。さあ、関門海峡を九州に渡る。下関駅よりも、北九州の門司港駅の方が近いのだ。いずれの駅から乗車しても、新幹線には北九州の小倉駅から乗るのが一般ルート。新下関からだと「こだま」に乗ることになり、時間がかかる。
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 料金箱に20円を入れて、エレベーターで地下に降りる。関門トンネル人道は、ランニングやウォーキングする人が行き交っている。歩行者は無料だ。また、自転車に乗車することはできず、押していかなければならない。
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 山口と福岡の県境を越え、780mを歩いて門司側のエレベーターホールへ。いろいろな展示パネルがある。記念スタンプを押すが、なぜか半円形。もう半分は下関側にあったのかもしれない。
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 エレベーターで地上にでると、国道沿いの下関側とは違って、海に面した静かな場所。先ほどまでいた本州側の陸地が海の向こうに見える。ユースホステルの建物を探す。近くにはホテルもあり、ユースホステルの建物もなかなか立派なので、見分けるのが難しい。駐車場に止められたクルマで判断し、見つけた。
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 門司港とは反対方向に少し行ってみる。ここが九州の最北端、かと思ったが後で地図を見たらもう少し先だった。
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 門司港駅へ向けて南下する。小さなアップダウンを越えるとすぐに公園のように整備されたエリアに突入。海沿いの車歩道を行く。そして、「門司港レトロ」と呼ばれる、明治末期、大正、昭和初期に建てられた建物やそれを模した建物が建ち並ぶエリア。ここに来たかったんだ。
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 これを知ったのは、小説「この胸いっぱいの愛を」を読んでのこと。同名映画のノベライズとして映画に先駆けて刊行されたとのことだが、映画は見ていない。また、こちらの作品も「四日間の奇蹟」の映画公開と同じ2005年とのことだが、どちらの小説を先に読んだかは覚えていない。
 ちらほらと姿が見える観光客は傘をさしていない。これから時間の経過とともにもっと賑やかになっていくのだろう。開店直後の店で土産を買う。
 JR門司港駅も大正時代の建築で「レトロ」物件のひとつなのだが、残念なことに改装中。オフシーズンだからね。輪行袋に自転車を収めて、切符を買ってホームに出る。関門海峡を越える鉄道区間が開通する前は、港に面したこの駅が九州の玄関口だった。始発・終着駅のため跨線橋などはなく、すべてのホームが陸続きだ。ホームの雰囲気もレトロ調だ。
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 始発駅のため余裕をもって快速列車に乗車。しかし、小倉駅での新幹線乗り換えは6分とタイト。昨日の新下関駅での予定の乗り換え列車に間に合わなかったことが頭に残っている。いろいろ焦ってしまい門司駅で降りてしまった。門司港と門司と小倉、駅名を混同してしまった。もうこれで、予定していた新幹線に乗ることはできない。まあいい。姫路駅で乗り換えの待ち合わせ時間が短くなるだけ。播但線は本数が少ないのだ。
 すぐ後の列車で小倉駅へ。そして、25分の待ち合わせで、新幹線に乗車。実は、本来はこの新幹線に乗る予定だった。これだと姫路駅での乗り換えの待ち合わせが58分。改札を出て昼食を摂ろうと思うのだが、もう少し時間の余裕を求めて一つ早い新幹線の時刻を今朝調べたのだ。小倉と姫路に止まる新幹線は限られる。
 乗り込んだ新幹線は、九州新幹線で「ひかり」に相当する「さくら」。山陽新幹線と通し運転しているとは知らなかった。乗車待ち行列の先頭に並ぶこともでき、車両再後部座席の背もたれと壁の間、3列側に輪行袋を入れることができた。この頃は、キャスター付きスーツケースに占有されることも多いのだ。そして当然座席も空いていた。
 広島からは混雑が予想されるため荷物を座席に置かないで、という車内放送の通り、かなり座席が埋まり満席に近くなってきた。指定席は満席だそうだ。3連休の最終日、午後になるともっと混雑してくるのだろうか。
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 姫路駅で下車。まずは輪行袋を播但線ホームに運ぶ。新幹線は当然として、播但線にも専用の改札口がある。加古川駅の加古川線もそうだった。無人駅の多い路線での無賃乗車・不正乗車を防ぐためなのだろう。基本的には、先頭車両一番前のドアから下車するときに、運転手が検札及び清算をするのだが、満員で車内の移動が困難な場合にはすべてのドアを開けて対応する。下車駅が無人ならノーチェックとなってしまう。
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 というわけで、輪行袋をホームに残して自動改札を通過しようとしたら、警報音が鳴って通せんぼ。自動改札機は1回しか通らないんだって。というわけで、駅員さんに切符を見せて2つの改札を通過、駅と一体の商業施設のフードコートへ。ここでラーメンを食べる。播磨と言えば、甘い醤油ラーメンだが、この店は塩ラーメンがメインだった。駅の構内には晴れ着姿の若い女性が目立つ。姫路は今日が成人式だった。男子はすでに動きやすい普段着に着替えているようだ。久しぶりに会う友人同士なのだろう、連れ立って歩いている。
 昼食の途中下車には、58分で十分だった。2両編成の播但線のワンマン列車は、結構込み合っている。大きな輪行袋を携え、肩身の狭い時間を過ごす。しかし途中駅では下車客の方が乗車客より多く、一駅ごとに乗客は減っていく。姫路から20分程の福崎を過ぎると、余裕のある車内空間となった。
 寺前で乗り換え。電車からディーゼル車へ。車両編成は、2両から1両となる。後部に広いスペースがあるので輪行袋はそちらへ。近頃はバリアフリー空間があるのでありがたい。座席も確保できた。
 外は雨が降り、周囲の山には白い雪が見られる。15:22、竹田駅で下車。近年たくさんの人が訪れるようになった竹田城は、今は閉鎖されているので下車したのは私ともう一人。
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自転車を組んで駐車場へ。雨が降っているが、ほんの1kmだ。自転車をクルマに収めて、家まで70kmのドライブ。17時過ぎに帰宅。
 本日の自転車走行は、ユースホステルから門司港駅が5.6km、竹田1.1km。あわせて、6.7km。

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2018/01/13

かきしま・角島・海峡を渡る旅2日本海「角島」

 前夜の肉玉そばのキャベツが効果を発揮し、便意で目覚める。支度して7時半過ぎに部屋を出る。まずは、ラウンジ(共用スペース)で、昨日買っておいた弁当を食べる。そして、外に出て自転車にフロントバッグを装着して出発準備。8時のチェックアウト開始と同時に宿を出発。
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 今日も輪行。広島駅を目指す。平和記念公園を通過する。今から35年前の中学生の頃、家族旅行でここに来たことがあるのだが、あの時の記憶より原爆ドームを小さく感じる。あの頃すでに今と同じくらいの身長だった。体重は随分増えた。でも、身長も体重も関係ない。イメージの問題だ。
 その後は市電やバスや乗用車の行き交う、でも日曜の朝なので比較的混雑は少な目の、広島中心街を走り駅へ。自転車を輪行袋につめて、切符を買う。目的地は角島への最寄り、特牛駅。「こっとい」と読む難読地名だ。一応下関市なのだが、下関の中心街よりも萩に近い。
 9時6分の新幹線に乗り新下関へ。ここで山陽本線に乗り換えるのだが、新幹線と在来線の間が随分離れている。ベルトコンベアの動く歩道があるが、インターネットの乗り換え案内サイトで指定された6分後の列車には間に合わなかった。後で地図を見たが、400m程の距離があった。輪行袋を担いでの移動はきつい。ただし、次の山陰本線への乗り換えでの待ち合わせに余裕があるので、山陽本線の列車を一本遅らせても計画全体には影響はない。
 ところで新幹線ホームで、別の車両から下車したサイクリストに出会った。彼も、角島に行くというので一緒に歩き始めたが、新幹線の改札でもたついている。乗り換えに余裕がないので彼を置いて山陽線ホームに向かったが、結局乗り遅れてベンチに座っていると、随分遅れて彼がやってきた。ICカード「ICOCA」が使えず難儀、したとのこと。私のような田舎に住んでいるものにはありえないトラブルだ。まあ、とりあえず旅の道中、話し相手ができたのは、いいことだ。
 なかなか饒舌な彼は、関東や福島県で活動するサイクリストで、私が昨日走った「かきしま」も、そして「しまなみ」「とびしま」もすでに走っているという。所有する自転車は10台を超え、冬の会津では雪の上をファットバイクで走るという。また、スマートフォンで過去の活動のシーンを次々見せてくれた。私もタブレット端末やカメラを出して色々見せたかったが、バッテリーの消耗が心配で踏みとどまった。
 20分ほど後の次の列車は、スーツ姿の若者でいっぱい。下関市では今日が成人式。混雑しているが、一駅先の幡生(はたぶ)で下車。もう一駅先の下関駅が山陰本線、山陽本線のターミナルだが、この幡生で両線は分岐する。よってここで乗り換えるのだ。新下関で予定の列車に乗り遅れたお陰で、幡生での待ち時間は程よい長さ。しかし、山陰線の列車は1両のみの編成で、車内は混雑。2つの輪行袋の置き場がない。すると、母子連れが場所を開けてくれた。ありがたい。数駅過ぎると車内もすいてきて、座席も空いた。先に母子連れの幼い女の子が座り、お母さんが座り、そして母子の隣に我々も座れた。
 車窓にも日本海が見える。萩以西は島が多いが、昨日の瀬戸内海とは全く違う表情だ。島の密度は瀬戸内海よりも低く、そしてその向こうに対岸が見えないし、航行する船もない。瀬戸内海は本州、四国がお互いに見える。ただ、空は薄雲が広がっている。青い海が見たいんだけどなぁ。
 母子が先に下車し、そして特牛が近づく。ところが、同行のサイクリスト、Y氏は特牛でなくもうひとつ先の阿川で下車するつもりだということが判明。角島へ向かう一般的な最寄り駅は、特牛であることを主張するとY氏も特牛で下車することにしてくれた。
 私が初めて角島を知ったのは、2005年公開の映画「四日間の奇蹟」。浅倉卓弥の原作小説の舞台は雪深い山間部だったが、主演が吉岡秀隆で、彼と雪景色の組み合わせはどうしても「北の国から」をイメージしてしまうというわけで、監督が自分の故郷の下関市豊北町にある角島に舞台を変えた。大雪で道が閉ざされ孤立する設定は、嵐で島へ渡る橋が通行できなくなるというふうに。そう、角島は本州からつながる長い橋の景色が有名な島なのだ。
 特牛はその映画にも登場する駅で、旅の番組で角島が取り上げられるときにもたいがいはこの特牛駅で列車を降りている。
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 さて、11時48分、特牛に到着。下車したのは、輪行袋を担いだ我々2人と、若いカップル。テレビで見た通りの無人駅。山と田んぼに囲まれ、クルマの走行音が聞こえるくらい離れて国道435号線が通る。まばらに家があるが、店などは皆無。
 それでもバスの便があり、そのバスに乗ってカップルは角島に向かって行った。
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 K氏の輪行袋は、一回り小さい「ちび輪バッグ」。私も折りたたみ小径車用に持っている。で、その中身は、24インチのやや小さめのホイール装着のロードーレーサー。前後のホイールとハンドルを外して納めてあるのだが、特殊なフレームで少し折りたためるようでもある(よく見ていなかった)。ブランドは知らないもので、もう忘れてしまった。前後輪を外すだけの私の自転車の方が組み上がるが、でもコンパクトになることは輪行の大きなメリットである。
 少しだけ乗せてもらった。「普通のロードレーサーと変わらないでしょう」と言われるが、ロードレーサーに乗った経験がほとんどない(2回のみ)のでよくわからない。でも、軽快であることは間違いない。
 さて、角島に向けて走り出す。まずは、国道435号線。3kmほど走り特牛港で、国道191号線へ。1.4kmほどで、県道275号線へ、アップダウンと屈曲のある道を次々と観光バスが追い越していく。
 そして、山の切れ目から海が見えるところで一休み。ちょうどそこから海側に細い道が分岐しているので、そちらへ行ってみる。
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 しばらく走ると、見えた!海に一直線に伸びる角島大橋。ああ海が青い。空は真っ白なのに、海がなんと青いことか。この時点で来てよかったと思う。でも、晴れていたらもっと素晴らしいのだろう。
 クルマ同士なら離合困難な細い道だが、結構クルマがやってくる。県道に合流する手間にリゾートホテルがあった。そこに先ほどの我々を追い越した観光バスが止まっていたが、なんと10台も連なっている。
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 県道のアップダウンを経て、角島大橋の本州側のたもとに到着。まずはその景色を堪能する。海士ヶ瀬戸と呼ばれる海峡を渡る、1780mの橋。たもとの白い砂浜も美しい。日本海側の白い砂のおかげで海が明るい色になる。曇天の薄日でもこんなに青くなるんだ。またサーファーの姿も見られた。
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 そして、いよいよ橋に向けて漕ぎ出す。昨日のように北西の風が吹くと逆風との真っ向勝負ということになるが、今日は割と風が穏やかで快適に走れる。歩道はない。夏など観光シーズンには渋滞するというが、今日は比較的クルマが少なく、対向車線に大きくよけて追い越してくれる。中間点に非常駐車帯があるので、そこ自転車を止め橋上からの景色をじっくりと味わう。非常駐車体の南西側すぐのところには鳩島が柱状節理の岩肌を見せている。
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 さあ後半戦スタート。非常駐車体から角島側に向かえば急な登りとなる。船が通るためなのだが、こうした橋の最高地点は橋の中間点、というイメージがある。そうでないのは、鳩島のせいかな、と思われる。
 思いのほか楽に登りをクリアして、角島へ渡る。すぐに現れた駐車場の入り口に立つ島の案内地図の前に停止。ここで、角島を周遊するY氏とお別れ。私はとりあえず、駐車場の隅の高台にある展望所へ。東屋の椅子に腰かけてパンを食べる。
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 私はこの後、角島から20km程東方、油谷湾と深川湾に挟まれた向津具(むかつく)半島を目指す予定だ。海岸の断崖の上に赤い鳥居が列をなす元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がアメリカのニュース専門放送局CNNにより「日本の最も美しい場所31選」にも選ばれたパワースポット。さらに、それ以外にも海の絶景が待ち受けている。これは、昨年秋に刊行された「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」というムックに紹介されていて、急遽コースに組み入れた。ところが、ここまで立ち止まるたびにY氏と話が弾んでしまい、かなり時間がかかっている。現在13時半を過ぎたところ。行程はまだ50kmほど残り、しかも半島部は最大200mの標高差を含むアップダウンが連続している。向津具半島の付け根にあるJR長門古市にゴールして、輪行で宿泊地の下関中心街に向かう予定だが、15:32は無理で、16:47か17:18の列車に乗らなければならない。それを逃すと、19:50の便ということになり下関着が21:39で、宿のチェックインの21時半に間に合わない。
 4時間弱で50kmを走るのは私には難しい。何度も止まって景色を眺めたり写真を撮ったりすると時間がかかるのだ。時間に追われて走るのは嫌だ。それに、曇天の空模様。青空なら向津具半島に向かってみて途中で判断するのだが、本日はここで心が折れた。
 そうなると時間に余裕ができたので、角島を周遊することにする。数年前にこの遠征を企てた時の計画に戻した形だ。
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 まずは島の南岸沿いを行く。この道はアップダウンが少なく、クルマの少ないいい道だ。角島は東西の2つの島がつながったようなひょうたん型をしている。その中央のくびれから先が見どころのようだ。小さな漁港から道は内陸へと登っていく。灯台が見えてきた。角島灯台だ。まずは島の西の端の海岸に出た。最果て間のある静かな海岸。やっぱり、橋だけでなくここまでく来たのは正解だったな。今度は北上。灯台が立つ夢ケ崎へ。これは島の主要な観光スポットなのか、観光客が結構歩いている。駐車場は何と有料だ。
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 島の稜線を行くメインルートで橋に戻る。往路では通らなかった北側の集落に境界の建物が見える。映画「四日間の奇蹟」のロケのために作られたもので、現在はキャンプ場の施設として利用されているとのこと。
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 中央のくびれで道は海岸まで降りる。島の北岸の砂浜に面していて歩道には砂が上がっている。レストハウスもあって観光客が歩いている。その先でまた昇り返し。標高60mまで登った。最高点を過ぎたら後は下り基調で角島大橋へ。しかし今度は向かい風だ。往路では無風と思っていたが、実は追い風だったようだ。
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 復路でも非常駐車帯で立ち止まる。こちら側には島はなく広々とした海の景色。
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 本州に戻ったら、特牛ではなく一つ長門市側の阿川駅を目指す。Y氏が下車する予定だった駅だ。下車した後の会話だだんだんわかってきたことなのだが、Y氏は角島を周遊した後、下関市街まで走る計画とのこと。確かに特牛は角島へのバスの便もある最寄り駅だが、距離でいえば阿川駅からもほとんど変わらない。西へ走るならば阿川駅スタートの方がレイアウトとしては素直だ。
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 お土産屋さんなどがあり観光客でにぎわう橋のたもとを出発。しばらく行くと海側に細い道を発見、そちらへ。角島と大橋の最後の眺めを味わう。すぐにメインルートに戻り、島戸浦の漁港に降り立つ。角島は見えるが、もう橋は見えない。
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 自動販売機のポスター広告の美しい女性の顔に目がとまる。石田ゆり子ではないか。こんなところで出会えるなんて、なんという運命。そう、石田ゆり子は映画「四日間の奇蹟」のヒロインだった。「四日間の奇蹟」のストーリーとの出会いは小説だった。前述の通り小説の舞台は雪深い山間部で角島とは全く関係がない。ところが、文庫本に映画の広告の帯が巻かれていた。そこに、吉岡秀隆と石田ゆり子の姿があった。
 石田ゆり子のことはずっと前から知っていて、たとえば冬至社会現象を起こした1991年のドラマ「101回目のプロポーズ」にも出演していたことを覚えている。20代前半の石田ゆり子には特に何の印象も持たなかった。なのに、文庫の帯の30代となった石田ゆり子に、突如心を奪われた。小説を読めば、石田ゆり子が演じる登場人物はすぐに特定できた。すると、頭の中ではずっと石田ゆり子が演じていた。その登場人物は、途中で不慮の事故にあい生死をさまよう。「石田ゆり子、死なないで」と夢中で読んだ。
 小説を読み終えたら、映画が見たくなった。しかし、その時点で一般的な映画館ではすでに上映が終わっていた。どうにか、尼崎の生協の商業施設でまだ上映していることがわかり、観に行った。そして、角島のことを知った。
 世間では昨年のドラマ出演で「石田ゆり子再ブレーク」などと言っているが、私にとっては10年以上前からずっとブレークし続けている。
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 漁港からいったん内陸に入り、標高差40mの登りを越える。国道191号線手前でまた小さな登りが見えたので、枝道にエスケープ。こちらなら川沿いに行ける。すぐに海に出た。浦の漁港近くの浜だ。現在の時刻は15時少し前。阿川駅はもうすぐ。列車はおそらく16時頃だろう。先ほどのパンだけでは物足りない。食堂でもコンビニエンスストアでもいい。何か食べたい。
 国道191号線を行ったり来たりして集落のはずれにコンビニエンスストア発見。結果的に、先ほどエスケープしないで小さな登りを進めば通過する位置だった。
 飲料水も切れかけていたので、1Lの紙パックのお茶とスパゲッティを買う。イートインスペースがないので、駅に移動。国道から少し離れた静かな無人駅の前にも、食料品などを扱う雑貨店があった。でも品揃えはコンビニエンスストアの方が充実していそうだし、温めてもらえるかどうかということもある。昨日のような日差しがない分、寒いのだ。
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 駅に着いたら列車の時刻を確認。予想通り、15:58。長門古市15:32発の便だ。駅前にはワゴン車がとまっていた。角島のホテルのロゴがラッピングされている。送迎車だろう。反対方向の列車はもうすぐ着く。
 まずは、外のベンチに腰掛けて自転車を解体、輪行袋に梱包する。そのうちに列車が到着し、ワゴン車は去っていった。輪行準備が完了するころに、「ちょっとお尋ねします」と話しかけられた。まるでヤギのような白く長い顎髭を生やした初老の男性だ。瞬時に、相手が地元の人間だと決めってかかってきているパターンではないかと感じたのだが…。「この辺にヤギを飼っているうちを知りませんか」ときた。これは意表をついた質問だ。つい先ほど生れてはじめてこの地にたどり着いた人間が知るわけがない。
 ホームに輪行袋を運び、待合室で温かいスパゲッティを食べる。食べ終わった頃に、列車の到着を予告する音声が流れる。まだ10分くらいあるのだが、タイミングが良くてついホームのベンチに移動してしまった。すっかり体を冷やして列車に乗り込むことになった。
 2両編成のワンマン列車には十分に空席があるが、より空いている2両目に移動。駅で乗り降りのためにドアが開閉するのは1両目のみ。2両目のドア付近に輪行袋を置けば他の乗客の邪魔になりにくい。日曜だが、車内には学生服姿の男子が数人見られる。夕方には1時間程度、それ以外は2時間程度のインターバルのダイヤ編成からも、学生の利用が主体になっていることをがわかる。きっと平日は学生だらけなのだろう。鉄道に並走する国道にはクルマが多い。
 体が暖まってきた頃、小串駅で乗り換え。予想通りここでは2両目のドアも開くので乗り換えはスムーズ。5分で連絡する列車も2両編成だが、今度はワンマンではない。2両目の最後尾にスペースが開いているのでそこに輪行袋を置く。女性の車掌に、阿川駅で乗車した列車の整理券を渡し、下関駅までの乗車券を購入。
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 17時25分、下関駅下車。夕闇迫る駅前は人やクルマが行き交う。自転車を準備して、とりあえず腹ごしらえ。宿では夕食を頼んでいない。駅前の繁華街、下車直前に車窓から見えたラーメン屋へ。あご出汁の魚介系スープ。
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 関門海峡に沿って東へ向かう。クルマの多い国道9号線を避け海に近い道へ。海峡ゆめタワーがライトアップされている。港湾施設を越えると、車道とは隔離されたまさに海沿いの車歩道をいく。右手には関門海峡と、その向こうに北九州の明かりが見える。海というより大河という感じだ。前方には、観覧車、そして関門橋。今いる辺りには飲食店など。いずれもライトアップされている。
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 きらびやかなエリアを抜け、先ほどエスケープした国道9号線が海沿いに合流。山と海が接近し、山側には亀山八幡宮、赤間神宮と立派な御宮が並んでいる。
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 関門橋をくぐると、壇ノ浦古戦場。国道を山側に渡り、火の山ロープウェイの山麓駅へ登る。ロープウェイは冬場は営業していない。
 そこから今夜の宿「下関火の山ユースホステル海峡の風」はすぐ。新しくて立派な建物だ。2年前にリニューアルオープンしたとのこと。昨日は収容60人がなんと満員だったとのことだが、本日は空いているので自転車を玄関に入れさせてもらった。寝室や食堂の大きな窓からは関門海峡、関門橋の景色が素晴らしい。速めについたのでのんびり過ごすことができた。
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本日の走行距離は、広島市街が約3.9km、角島が約29.7km、下関市街が約6.2kmで、トータル約39.8km。

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