2016/12/27

編成は1両だけでいい、2時間に1本通りゃいい

 12月上旬、二胡の演奏を聴く機会があった。二胡とは、弓を使って奏でる中国の弦楽器で、沖縄の胡弓に似ている。中国の民謡、今年流行した日本の曲など何曲かの中に「舟唄」も演奏された。もう30年近く前に発表され、流行した曲なのだが、今でもTVなどでたびたび聞くことがある。そのときは電子ピアノと二胡の演奏だったが、しびれてしまった。曲もさることながら、ボーカルがないにもかかわらず浮かんでくる印象深い歌詞。
 この歌が発表された1979年は、私はまだ小学生。まだその歌の深みがわかる人生経験を持っていなかったが、TVで繰り返し流されてよく覚えている。また、当時は第2次オイルショックの最中、新聞の4コマ漫画「この歌、省エネだなぁ」と冒頭の歌詞を落ちに使われていたり、数年後には怪しげな英訳をしたさびの部分が日本酒のCMソングとして使われていたりしたことを子供ながらに覚えている。
 今年、BSで放送された映画「駅 STATION」でも、「舟唄」が印象的に使われていた。映画の公開は1981年。北海道の日本海側の街の居酒屋に置かれたTVから年末の番組で歌われている「舟唄」を高倉健と倍賞千恵子が演じる男女が聴くシーンである。年末の北海道といえば午後4時ごろに日が沈み、日の出は7時過ぎ。1日のうち15時間が夜である。映画のストーリーはぼんやりとしか覚えていないが、暗く、寒く、物寂しい印象が「舟唄」とともに心に蘇る。
 12月4日の運行を最後に、JR北海道の留萌本線の留萌・増毛間が廃止となった。増毛は舟唄の居酒屋のあった街。映画のタイトルの通り、増毛駅も登場する。
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 2009年には自転車で、2010年にはスーパーカブで小樽から宗谷岬を目指す道中、増毛を通過している。レトロな建物が並ぶ街が印象に残っていて、特に2010年には駅にも立ち寄っている。その時の駅の時刻表によれば、午後で2時間に1本。午前は、始発と通勤・通学時間帯の2本だけ。9時前から13時過ぎまで5時間が空白となっていた。TVの旅番組で「1時間に1本しかないよ」とタレントがいう場面があるが、ローカル線では「1時間に1本もある」のは恵まれたことである。さらにいうと、いくら本数が少なくても、路線が残っていることは大きい。
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 私は、稚内、宗谷岬、利尻島・礼文島、サロベツ原野など、道北が好きだ。しかし、日本海側のフェリー利用の玄関口、小樽からは遠い。自転車で自走すると到達するのに片道で3日かかる。よって、輪行が有効となるが、近年のダイヤ改正による宗谷本線の普通列車の本数の減少が気にかかっていた。元々少ない物がさらに減った。これは、廃止への予兆ではないか、と。
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 そんなことを思っていると、先月JR北海道が「維持困難線区」を発表した。なんと、管轄の総延長の半分に当たる路線。当然宗谷本線もそこに該当するが、「バス転換(つまり鉄道廃止)に向けて」ではなく「存続に向けて」の協議を地元自治体などと行う方に含まれた。
 これで存続が確定したわけではなく、地元が維持費用の負担を受け入れなければ廃止もありうる。
 12月21日には、高波などの被害により2年近く運休が続いている日高本線鵡川・様似の復旧を断念したというJR北海道の発表があった。存続に向けた地元のと協議で費用負担の合意ができなかったとのことだ。財政事情が厳しいのはJRだけではないということか。
 鉄道存続の危機は、北海道だけではない。新幹線開業に伴う「平行在来線」の問題だ。多くは、第三セクター方式として生まれ変わっているが、県境を越えると運営が変わるなど、不便なこともある。
 夏に礼文島で泊まり合せ、その後フェリーと列車でサロベツ原野まで同行した旅人は、その先「青春18きっぷ」で南下していくとのことだった。しかし、その切符で本州に渡ることはできない。JR全線の普通列車乗り放題なのだが、函館から木古内は第三セクターの「道南いさり火鉄道」、木古内からの青函トンネルは新幹線を利用せねばならず、「青春18切符」では乗車できない。本州に渡ってからも東北本線、北陸本線なども今やずたずた。その旅人は、その後どうなったのだろうか。
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 前述の「道南いさり火鉄道」は北海道新幹線の平行在来線である江差線の一部を受け継いだものだが、それに伴い平行在来線ではない江差と木子内の間が、新幹線開業よりも1年ほど早く廃線となっている。
 私の住む京都府にも、北陸新幹線の敦賀・大阪間のコース取りによっては、平行在来線の問題が降りかかってくるところだった。幸い、北陸新幹線は舞鶴には来ないことになったので、舞鶴線や、山陰本線は平行在来線とはならなかった。ちなみに、湖西線が平行在来線になるとのことだ。

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2016/10/29

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(7:帰路とデータ編)

■輪行そして帰路
 ちょうどもう一台の自転車が解体して輪行袋へと収める作業を開始した。こちらも作業開始。相手はクロスバイク。少し作業開始が早く、泥よけがない分相手が先に完了。駅舎の中へと入って行った。まあ、こちらは前後の泥よけとホイールを工具なしで素早くはずして、10分ほどで作業完了。あるだろうと期待していたコンビニが駅の周辺にはない。峠ですでに飲料水が切れていたのだが、下りだからと補給せずに来た。ラーメン屋でたくさん水を飲んだが、さすがに2000mも下ると気温が10度ほど違うようだ。カッパの上着を着ていると暑い。結構汗をかいている。コンビニの1Lの紙パック入りのお茶を買いたかったが、自動販売機で500mLのペットボトルを買う。ホームについて飲み始めたら、列車が来る前に大方飲み干してしまった。
 また、気温だけでなく、気圧も随分違う。空のペットボトルがやせ細っている。
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 もう一つの輪行袋は向かいのホーム。東京方面に向かう(帰る)ようだ。乗車予定の列車は18時31分の定刻に到着したが、構内放送では何やら列車の遅れを告げていた。1時間ほどで小淵沢に到着。ここで小海線に乗り換えるわけだが、列車の出発が遅れるとの構内放送。理由は、シカと衝突した中央本線の特急列車が遅れているから。その特急列車が到着し乗客の乗り換えが完了した後で出発するという。どこにもシカがはびこっている。
 結局20時過ぎに20分近く遅れて、小淵沢を出発。それでも野辺山到着は、20時半ごろ。7,8分の遅れまで回復していた。
 塩山からは1000m近く登っているので野辺山は寒い。自転車をクルマに積み込んで、さあ帰宅ドライブの開始だ。
 まずは、八ヶ岳の山腹を巻く道路を行く。2日前の往路でも通ったが、8年前には自転車で走破済みだ。でも今日は真っ暗。小淵沢に戻ったが、高速道路には乗らず国道20号線へ。富士見で「みんなのテンホウ」により再びラーメンを食べる。行動食は粗食だったので、3時間前のラーメンは遅い昼食兼早めの夕食。今度は、長いドライブに備えての夕食兼夜食。
 食事を終えると雨がポツリポツリ。西日本では、夕方から降り出している。茅野でガソリン補給。そして諏訪I.C.で中央自動車道へ。この日の午後から夜にかけては行楽帰りの混雑となったはずだが、さすがに夜も更けてクルマは少ない。マイペースで快調に走り、未明に帰宅。
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■データ編
◎自転車走行
 1日目 ぶどう峠・十石峠 64.9km
 2日目 三国峠       8.1km
 3日目 大弛峠      78.2km
  計          149.2km
◎自動車走行
 全行程         1139 km
◎費用
 高速道路通行料      8460円
 ガソリン代        8469円
 鉄道運賃         1700円
 宿泊料          7400円
 飲食費          6404円
 土産代          1080円
  計          33513円

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東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(6:大弛峠)

■大弛峠
 こっつあんちを出発し野辺山駅へ。駅前の無料駐車場にクルマを停め、自転車の準備。本日は、ダート区間を含むのでブロックタイヤのホイールを装着。また、輪行袋も携行する。この野辺山の標高は1300mを超えているので、いくら快晴の朝日が上がってきたとはいえ、本日は長袖着用だ。
 スタートしてすぐ、前輪付近からのカタカタという異音に気づく。前輪がしっかり固定されていない。クイックリリースシャフトの締め付けが弱いのかと疑うが、そうではなく、その外側の中空シャフト(ハブシャフト)のナットが緩んでいた。これは工具が必要なのでクルマに戻る。ホイールを外してナットを締める。これで大丈夫だ。
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 いかにも高原という雰囲気の畑作地帯を川上村に向けて走る。振り返れば雄大な八ヶ岳連峰。農作物の集荷場があった。お化けトラクターが続々とやってくる。
川上村に入ってしばらくは千曲川の南側の山の裾を行く。小さなアップダウンが連続。一昨日の脚のダメージがぶり返さないか心配になるが、今のところは大丈夫だ。もちろん、この程度で異常をきたすなら今日の行程をあきらめざるを得ない。千曲川沿いを行く県道68号線に降り立ったところにスーパーマーケットがあり、そこで行動食を買う。そのあとは県道を東へ。
 救急車の音が聞こえてきた。一昨日の十石峠に続いてのサイレンだ。その音がおさまると今度は頭上からバリバリという音が聞こえてくる。ん、もしや…、と見上げると、見覚えのある赤と白のツートンカラー。ドクターヘリだ。上空を旋回して、川向うの集落へと着陸した。運動公園のグラウンドが臨時のヘリポートらしい。ここで救急車からヘリへとリレーが行われる。もちろんそんな様子など見えないし、見ている余裕はない。
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 お化けトラクターのうごめく畑と千曲川を見ながら、緩やかな登り基調で東へと進み、秋山集落へ。ここにコンビニエンスストアがあるが、先ほどのスーパーマーケットで買い物をしたので素通り。県道68号線から後方にスイッチバックするような形で右折。大弛峠へ向き合う。いきなり急坂だ。とりあえず小休止。曲がり角には、町田市、武蔵野市の自然体験施設の案内板があった。他にも、川上村には三鷹市、蕨市の施設がある。関東からのアクセスの良さが現れている。
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 急坂を越えると、平たんな台地上に広がる畑に乗り上げた。レタスばかりでなく、白菜もあるようだ。しばらくは両側の畑を見ながら緩やかに上る。
 進んでいくと右手前方の山の形が気になる。何ともごつごつとした岩に覆われている。「屋根岩」というらしい。徐々に谷が狭まり、両側に広がっていた畑は右手のみとなりしかも奥行きが小さくなってきた。川端下という集落の入り口には大きな鳥居。御神体は、屋根岩か、それともさらに奥に控える金峰山か。
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 川端下の集落を過ぎ畑が終わると「ふれあいの森キャンプ場」。ここで道が分岐する。左は金峰山の登山口。私は右の大弛峠への道をとる。いずれも山に入っていく雰囲気だ。
 急に道幅が狭まり、一車線のシラカバかダケカンバの林を行く。そして勾配が増す。たまにバリバリと音を立ててオフロードの自動二輪がやってくる。追い越していくもの、前方から下ってくるもの、台数は同じくらいだ。一台の自転車が下ってきた。ランドナーのようだ。また、クルマも時折通る。
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 そのうち、道は沢沿いを行くようになる。休憩をしながら登る。対岸の山肌がごつごつした岩になっている。先ほどの屋根岩といい、何とも迫力がある。脚は大丈夫のようだ。やはり、二晩寝たし、昨日の安息日も効果があったようだ。
 標高1700mを越えたところで、橋を渡った先が舗装されていない。いよいよダート区間の始まりだ。川上村の中心部が標高1150mほどで、大弛峠が2360m。全行程1200mの標高差のうちの半分がダートということだ。山梨県側はすべて舗装されているので、自転車では山梨側から長野側に走る方がいいのだが、そのためには甲府盆地から標高差2000mを登らなければならない。
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 大弛峠は、一般的な車道では乗鞍岳の畳平や富士山スカイラインの富士宮五合目に次ぐ標高である。ただし、富士山スカイラインは有料道路のピストンコース。乗鞍畳平は現在はマイカー規制だが、かつては有料道路「乗鞍スカイライン(岐阜側)」と無料の「乗鞍エコーライン(長野側)」をお互いにマイカーで通り抜けができた。スカイラインのほうは自転車通行禁止だった。しかし、スカイライン無料化により、マイカー規制がかかり、逆に自転車は通行ができるようになった。つまり、かつては、「自転車で取りぬけができる日本一高所の車道」で、「自転車で通り抜けができる日本一高所の 峠と名のつく 車道」が、大弛峠だ。
 よって、大弛峠を自転車で越えた記録は、本、雑誌、インターネットにふんだんにあるが、山梨県側が全面舗装されてからは、山梨側から長野側へ抜けるのが一般的である。それでも中には、長野側から山梨側へ抜けた記録もあって、それによればダート区間の大半は自転車を押して登ったとある。そんな中でも、出だしの標高差100mは何とか乗れたとされているのだが、実際にはガレているし勾配もそこそこ急だし、乗車では相当に体力を消耗する。ランドナーにダート用ブロックタイヤ装着で同じ条件なのだが、その記録は1999年のもの。17年で路面状況が変わったのだろう。
 自転車を押していると、前方から自転車が2台やってきた。一人はMTBに乗った外国人の男性。もう一人は、ランドナーの日本人女性。聞けば、大弛小屋に泊まって、1泊2日の輪行ツーリングだそうだ。それでも塩山から標高差2000mを登ったのは大したもの。本当は、今日このあと三国峠を越えたかったが、埼玉側が通行止めなので燐光で東京に戻る、とのこと。男性のMTBをよく見ればスリックタイヤ。女性のランドナーも私のようなブロックタイヤでないノーマルなもの。それでも軽快に下っていった。
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 さて、押し登り再開。前述の記録では、標高1800mまでは何とか乗車で言ったが、その先は路面が荒れていて大半を押した、とあるが現在は路面の荒れ具合の変化は感じられない。どちらも十分に荒れている。近年の気象条件、特にこの夏の台風の連打により土が流されて石だけが残り、全体的にガレているようだ。
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 どうせ、乗っても押しても所要時間に大差はない。でも、押したほうが格段に楽なダートの急勾配。もう乗車にはこだわらなくていい。オフロードの自動二輪が追い越したり、すれ違ったり。たまにクルマも通る。長い長い押し登りが続く。予報どおり、天気は下り坂。ダート区間に入ってしばらくは、あんなに快晴で気持ちよい木漏れ日を浴びていたのに、周囲の山々の景色が開けて来るころにはだんだん雲が出始め、峠が近づくとすっかり曇り空になってしまった。
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 時折、道路脇に土砂が積み上げられている箇所がある。沢筋が大きくえぐれていて、土石流が道埋め尽くしていた状況が想像できる。除雪された雪が道路脇に積み上げられているようだ。雪は解けるが、路上から撤去されて脇に積み上げられた土砂はいつまでも残る。
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 ようやく峠が迫ってきた。最後の最後は乗車で。複数の記録で共通しているのは、峠の直下の荒れ具合はすさまじいとのことだが、まあ基本的にずっと荒れていた。よって、乗車は勾配が落ち着いた峠の手前数100mのみ。結果的にブロックタイヤの威力は発揮できなかった。登りでもいくらかは乗車できるかという期待に加え、万が一ダートの途中で引き返すことになった時に備えてのことだった。
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 峠はたくさんの登山客で賑やか。ちょうど下山の時間帯のようだ。山ガール、というのか、比較的若い女性の姿が多い。駐車場だけでは収まらず、路上駐車の列が伸びている。峠からは、日本百名山の金峰山をはじめ、国師ヶ岳、北奥千丈岳などに登れる。富士山、日本アルプス、御嶽山、八ヶ岳連峰、白山に次ぐ、標高2500~2600mの山々だ。「川上村は峠の宝庫」と前に書いたが、訂正する。「川上村は山と峠の宝庫」である。
 さあ、合羽の上着とオーバーミトンを着用して、長い下りにかかる。はじめはヘアピンカーブ。峠を挟んで対峙する山々の頂は雲に隠れている。金峰山のシンボル、山頂のトサカのような岩塊が雲の隙間に見えた。
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 しばらく下ると、背後に気配を感じる。登山客を乗せた乗り合いタクシーだ。直線で先に行かせる。次に自動二輪が迫ってきたので、やはり先に行かせる。ワゴン車、自動二輪、自転車と連なって下って行く。真ん中の自動二輪が先に行きたそうだが、カーブが多くてワゴン車をなかなか抜かせない。だいぶ経ってからワゴン車が自動二輪に道を譲った。そのワゴン車のあとを追い回すように行く。そうすれば対向車の危険を回避できる。もちろん、ワゴン車との車間距離は十分にとって。しばらく追走した後、風景を撮影するためにワゴン車とお別れ。
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 谷に沿って下っていたが、勾配が緩み林間に入る。谷をレーンチェンジするようだ。つまり尾根を越えるわけだが、上り返しがないように道がつけられていてありがたい。そして隣の谷に下ったら、柳平。登山小屋がありバスがここまで来ているようだ。ワゴンタクシーから乗り換えたと見られる登山姿の人々が出発待ちのバスの座席についている。標高差800mとかなり下り、人の気配が感じられるところに降り立ったのだが、まだまだ標高1500m。北近畿最高峰の氷ノ山の山頂並だ。また、上高地とも同じくらい。そういえば上高地も、釜トンネルを越えてたどり着けば深い山の中に来た感じがするが、北アルプスから下山した時には人の気配が漂い俗世間に戻ってきた印象を受ける。
 ここで道は分岐。どちらでもいいのだが、右に折れ焼山峠を目指す。まず、琴川ダムのダム湖を反時計回りに回り込んでから、標高差100mを登り返して焼山峠へ。峠は交差点になっていて、左折は展望台だが通行止めの看板。右折は乙女高原。山間部を行く道で、総称してクリスタルラインというそうだ。今走ってきた道もクリスタルラインの一部らしい。で、その交差点を直進。甲府盆地へ下って行く。
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 初めは林間。ヘアピンカーブをいくつかこなして谷に降り、薄暗い沢沿いを行く。暗い沢沿いの林間を抜けると集落に出た。塩平だ。やっと本当の人里に下りてきた。それでもまだ標高は1000m超。再びぜばまった谷の沢沿いを下り、また谷が開けると集落と果樹園が連続する。道は集落の中を行ったり、バイパスで集落を迂回しながら下って行く。暗くなってきたし、クルマも通るようになったので、ライトを点灯。
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 下って、下って、信号機のある交差点へ。久しぶりの交通信号、いや本日初遭遇だ。信号を右折、国道140号線だ。依然下りで快走できるが、クルマが多い。
 交差点にラーメン屋を発見。現在の時刻は17時過ぎ。よし食事をしていこう。塩山駅まではあと4km足らず。18時31分の列車に乗れるだろう。店内は明るく暖かく、長い峠越えをねぎらってくれているようだ。
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 ラーメンを食べたら塩山駅を目指す。その交差点で国道140号線と別れ、町の中心部へ。道は狭く、やはりクルマは多く、下りでスピードが出る自転車をなかなか追い越せないクルマが背後から圧力をかけてくる。そんな状況もつかの間で、中央本線の高架が見えてきた。その下をくぐって、駅の正面に出る。18時ちょうどに駅に到着。

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2016/10/28

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(5:こっつあんち)

■野辺山「こっつあんち」の山ぶどう軍団
 今宵の宿「こっつあんち」は、昨夜の「三輪舎」と同じく、「とほ」という冊子に掲載されている相部屋の安い民宿だ。今では「ゲストハウス」として各地に増えてきたが、かつては「ユースホステル形式の民宿」といわれあまり多くはなかった。「三輪舎」は比較的新しく2008年ごろにオープンしたそうだが、「こっつあんち」は、私が初めて「とほ」を買った1990年にはすでに掲載されていた。ちなみに、ほぼ毎年「とほ」は発行される。聞けば、30年以上続けているそうだ。宿主の「こっつあん」はそれなりの年齢ということだ。、
 16時頃に宿に着いたが、普通の民家のような小規模な宿の駐車場に10台近いクルマがあふれんばかりに停まっていて驚く。そして宿の玄関先には10人近くが座り込んで、なにやら作物の収穫作業中。これは、山に入って採ってきた「山ぶどう」の実を房から外す作業とのこと。山ぶどうを求めて、リピーターを中心に集結した人々ということのようだ。
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 本日は各地から集まった山ぶどう組が8名ほど。あと、自転車で碓氷峠を越えてきたグループが6人ほど。そして私で15名くらいの賑やかな状態。満員ではないが、それに近い状態とのこと。これだけの人を集める山ぶどうの魅力に驚く。
 もちろん、人が集まるのは山ぶどうだけではない。自家製野菜をふんだんに使った夕食は、旅先での食事としてありがたい。翌朝はしっかり快便で、その日の行動中に便意を催す心配がなくすごせる。そして、宿主「こっつあん」の人柄。リピーターが多い中、初めて訪れた私にも積極的に話しかけてくれる。それも、いかにも「気を配ってます」という感じではなく、ひょうひょうと、そして愉快に。20年位前には、とほの宿にもユースホステルにもこんな雰囲気の宿が多かった、と懐かしい気持ちになる。今はといえば、真面目で丁寧なちゃんとした接客が主流だ(意味がわかるかな)。まあ、この宿は昔から変わっていないんだろうなぁ、と感じさせる。
 夕食のあとは、ダイニングルームに隣接した畳敷きの談話室でおしゃべり。しばらくすると厨房のお母さんから「(夕食の片づけが終わり)準備ができたよ」と声がかかり、山ぶどう隊の数名が果汁を絞る作業へ。その果汁をお母さんがジャムにして翌朝山ぶどう隊の人たちが持ち帰る、という流れだ。
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 翌朝は、前日に続き氷点下に冷え込んだ。さすがは標高1300m超。クルマのフロントガラスは完全に凍り付いている。しかし、放射冷却の起こる快晴の空、朝日を浴びて凍りはすぐに解ける。早朝から、目の前の畑にお化けトラクターがやってきて、レタスの収穫作業が始まった。昨日の夜に聞いたところでは、やはり500万円ほどもするそうで、アタッチメントを含めると1千万円くらいになるとのこと。「ある家では2台も停まっていたよ」というと「4~5台持っている家もあるよ」とのこと。それだけ、大きな仕事をしているということか。今年は台風の影響で野菜不足。特に北海道で大打撃。台風の影響が少なかった川上や野辺山に需要が集中しているそうだ。

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2016/10/27

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(4:川上村)

■川上村散策、千曲川、信州峠、三国峠、レタス畑
 宿主さんや同宿の人に見送られて出発。佐久穂・野辺山方面へ南下開始。昨日のコースを逆戻りするつもりが、いつの間にか佐久市街へ吸い寄せられていた。休日の朝なので流れがいいので適当に身を任せてから、昨日の県道へ。途中、信号待ちの対向車線にクラシカルなオートバイを発見。HONDAのCD125T「ベンリィ」だ。レトロな出で立ち、積載性など、自転車でいうとランドナー、あるいはロッドブレーキに大型両足スタンドの実用車に通じる雰囲気を感じる。
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 スーパーマーケットに立ち寄り、パンなどの食料を買ってから南下再開。狭い県道から国道141号線へ。行楽のクルマ、オートバイが目立つ。南牧村で八ヶ岳連峰の裾野に乗り上げる。小一時間のドライブで浅間山から八ヶ岳の支配下へと移動。国道141号線をそれ、再び千曲川の谷に降りて、佐久広瀬駅のそばを通って、川上村へ。全域で標高1100mを超える川上村は、その役場(役所)が日本の市町村の中で最も高所にあるという。今日は、この高原の村で過ごす。
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 いくら安息日とはいえ、遠征に来てこんなにいい天気に自転車に乗らないのはもったいない。ターゲットは、信州峠だ。当初の計画は、体力に余裕があれば川上または野辺山から信州峠を山梨県側に越え、さらに木賊峠を越えて甲府盆地に降り立ち、輪行でスタート地点へ戻るというものだった。もちろん、体力に余裕はない。その場合は、木賊峠を割愛し、信州峠を越えて甲府盆地までひたすら下るというもの。でも、やはりこれもやめてとにかく体力を回復、温存することにする。輪行は、明日にお預けだ。というわけで、峠のふもとの適当なところまで行き、そこから長野県側を自転車でピストンする。信州峠の標高は1460m。川上村からだと標高差300m未満だ。
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 川上村はレタスの産地。とにかく畑が広がっている。そして、そこを行き交うのは巨大なトラクターのような作業車。車輪の直径は人間の背丈ほどもある。かなりの高級車に違いない。後部にはいろいろなアタッチメントを取り付けられるようで、荷台を付けた状態で道路を時速50kmほどで行き交っている。荷台にはレタスを詰めた段ボール箱がぎっしりとおさめられ、一緒に人間が乗っている場合もある。要するに出荷するのに、集荷場で荷卸しの人出も運んでいるということなのだろう。
 畑の中を一直線に貫く道にクルマを停めておく場所を見つけられないまま峠に迫る。畑の平坦な区間が終わり、峠道となったが依然センターラインのある広い道。多くはないが時折クルマも通り、幹線道路に近い雰囲気。結局クルマで峠まで登ってしまった。ブッシュのため展望は良くない。山梨側へ下ってみる。こちらは、細くて自転車で走りたくなる道だ。植林が伐採されていて景色が開けたところにクルマを停める。なんといっても存在感があるのは瑞牆山。全体的に岩がごつごつしていて個性的。さすがは日本百名山の一つ。峠からは、ほんの少しだけ富士山が頭を出しているはずだが、見えない。少し下ったせいかもしれない。さわやかな風に吹かれてのんびりしたところで、移動開始。川上に戻る。やっぱり、信州峠単体では物足りない感じだ。あくまで、木賊峠へのアプローチととらえるのがいいのかも知れない。
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 今度は、三国峠へ行ってみることにする。前述のサイクルスポーツ誌の峠特集で2番手に挙げられていた三国峠は、残念なことに夏の台風の波状攻撃で埼玉側のダート区間の複数個所で土砂崩れ。上から崩れた土砂が道をふさいだり、路面が深く掘れたりと深手を負って、復旧のめどは立っていない。長野側からだと峠まではアプローチできるはずだ。
 千曲川に沿って川上村を西から東へ移動。長野県の東南端に位置する川上村は、群馬県、埼玉県、山梨県と接し峠の宝庫である。埼玉県と長野県を結ぶ唯一の車道が三国峠だ。レタス畑を過ぎ、峠道に差し掛かる。道は細くなり、林間に入る。すると、「通行止」の看板と車止めが立ちはだかる。しかし、その脇には隙間が開いていてクルマが通り抜けた轍が多数。予告ゲートということのようだ。この地点の標高は1500mとちょっと。峠までの標高差は200m。ちょうどいい、ここから自転車で峠に行ってみよう。少し引き返したところの道路脇に、広場があるのでそこにクルマを停めて、自転車の準備。その最中、一台のクルマが登ってきてすぐに引き返した。ゲートを越えずに戻ってきたようだ。また、オフロード用の自動二輪が数台降りてきた。峠までのピストンか、あるいは強引に埼玉側から来たのか。
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 木漏れ日を浴びながら、峠道を登る。太ももは軽い筋肉痛のような症状があるが、つることはない。負荷をかけぬよう、低速ギアでゆっくり行く。シラカバなのかダケカンバなのか良くわからないが、高原を思わせる美しい林間だ。紅葉も始まっている。
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 標高差200mを登り峠に到着。舗装が終わり写真で見た覚えのある切り通しだ。クルマでもここまで来ることができる。埼玉側に少し行ってみると、しっかりとゲートが閉ざされていた。脇をすり抜けることもできない。ただ、格子の間隔が大きいので自転車なら越せるかも。車輪を解体すれば…。もちろん、行くわけない。障壁はゲートでなく、道路状況だ。それに今から突入しても、長野側に戻れないどころか、秩父に降り立つのに何時間かかるかわからない。
 峠からの展望は、周囲の山々やブッシュに阻まれていまいち。峠から、北の三国山、南の十文字峠に向かう登山道があるので、三国岳方面に登ってみる。三国峠の標高は1732mで三国山が1818m。あわよくば山頂まで、と思いながら歩き出す。しかし、アップダウンが続いてなかなか標高が増えぬ稜線歩きの末、20分ほどで断念。ちょっとした岩場をよじ登ったところで景色を眺める。その地点の標高が1765m。峠よりは若干景色が開けるが、劇的に良くなったわけでもない。おそらく、山頂もそこまで変わらないだろう。
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 ところで三国山という名の山は全国にたくさんあるが、この三国山は信濃・上野・武蔵の三国を分けるという意味。直線距離で8kmあまり南には、甲斐・武蔵・信濃を分ける山があるが、こちらはその三国の頭文字をとって甲武信ヶ岳という。ちなみに私の住む京都府にも、丹波・近江・若狭と丹波・近江・山城をそれぞれ分ける二つの三国岳がたったの4kmの距離で隣接している。なんだか芸がないし、紛らわしい。
 峠に戻り、自転車にまたがってクルマを停めた予告ゲートまで下る。往復8kmだ。
 クルマに自転車を積み込んでいると、一台の自転車が登ってきた。挨拶をして過ぎていった。ランドナーだった。
 クルマに乗り込んできた道を引き返す。川上村の中心部のスーパーマーケットで買い物をして、野辺山へ。鉄道最高地点を見てから、早めに宿に行くことにする。

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2016/10/26

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(3:三輪舎)

■旅人の宿「三輪舎」
 先日、フロントの泥よけを工具なしで外せるようにしたので、手軽になった輪行を試したいのだが、今日はお預け。小海でクルマを回収した後、この海瀬のそばを通るので自転車をピックアップする予定だ。だから、輪行袋を携行していない。次の列車は、18時10分。到着が遅れることを宿に連絡するが、留守番電話。夕食の準備と宿泊客の受け入れで忙しい時間に電話をすることは本来避けるべきなのだ。2度目の電話でつながった。ひたすら謝るが、おおらかに受け止めてもらえて助かった。あとは、ベンチに腰掛けてボーっとして過ごす。
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 定刻通り到着した列車に乗り込み、18時24分に小海駅で下車。クルマに乗り込み国道141号線を北上する。夕暮れの国道はクルマが多くてあまり行程がはかどらない。10分余り北上したら、右折して千曲川を渡り海瀬駅へ。自転車をクルマに積む。そのあとは、混雑する国道を避けて右岸の県道を使い北上再開。佐久市を目指す。しかし、こちらは集落の中の狭い道で対向車との離合の度に停止または減速。国道が混み合うわけだ。なお、小海・海瀬間も同様の状況で、やはり自走は苦痛となるだけだった。
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 ただ、右岸の県道は佐久市街地を迂回する意味もあるのでそのまま行く。そのうち広い田んぼの中のセンターラインのある道となる。佐久盆地に入ったようだ。
 それにしてもなかなか着かないなぁ。朝、野辺山で見た道路標識に示されていた距離をもう過ぎているのだが。実は後でわかったのだが、その標識の「佐久 ○○km」の佐久は、佐久市ではなく、佐久穂町の佐久地区、つまり海瀬駅の辺りを表していたようだ。かつては佐久市とは別に佐久町があり、これが八千穂町と合併して現在は佐久穂町。そういうことがよくわかっていなかったわけだ。ちなみに佐久市は、佐久盆地の別名「佐久平」と表記されるらしく、駅名もそうなっている。
 結局、佐久市の北東の郊外にある、旅人の宿「三輪舎」には19時半に到着。温厚な宿主さんが、温かく出迎えてくれた。この日の宿泊客は、私ともう一人だけで、食事は私一人。だから、夕食の時間に融通を聞かせてくれたのだ。ありがとうございます。とてもおいしい夕食だった。
 夕食の後は、もう一人の宿泊客である東京からのライダーと、宿主さん夫婦と楽しいお話の時間。宿主さんは、かつてランドナーに乗っていたサイクリストで、自転車の話もたっぷりと出来た。
 翌朝、大きな窓から浅間山を眺めながら朝食をいただく。昨日に続いて今日も快晴だ。夏の夜のような寝苦しさはなく、布団をかけてちょうど睡眠のとりやすい夜の気温。夜通しクルマを走らせてきた極端な睡眠不足の状態からは解放された。ただ、やはり脚はかなり疲れている。思い切って今日は安息日として、明日にかけた方がよさそうだ。明日も天気がいいはずだ。

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2016/10/25

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(2:ぶどう峠・十石峠)

■ぶどう峠と十石峠
 千曲川の支流相木川に沿って県道2号線を行く。そのまま千曲川沿いの道で北相木村へ。すぐに分岐する県道124号線へ。この辺りは稲作地帯。刈り取った稲が干してある。稲刈りは西日本より1ヶ月遅いようだ。丹後では高さ3mかそれ以上の高さまで丸太や竹筒を組んだ稲木をたてる。稲をかける。横木は7~8段のものが一般的だ。しかし、信濃では1段のものしか見かけない。低いものは一人でかけていくことができるが、たくさん設置しなければならない。高いものは、上の方に掛けるときは、一人が上に登り、もう一人が下から稲の束を投げて渡す。複数の田んぼの分を一つの稲木で干せる。ただ、丹後の稲木は機械乾燥に押されてあまり見かけなくなってしまった。その点、信濃では天日干しの風景をちょくちょく見かける。マネキンの頭部を付けた個性的な案山子に目が行く。
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 道は緩やかな登りで田園および農村風景を進んでゆく。村役場のある集落を過ぎ、さらにいくつか集落を過ぎてようやく本格的な峠への登りとなる。GPSレシーバーの高度表示の値が順調に増えていく。
 そしてぶどう峠に到着。今回ひとつめの峠は、標高1504m。小海からの標高差は600m強。
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 峠の手前で追い越して行った2台の自動二輪が峠に停められ、テーブルとベンチで2人組が食事中。前期高齢者といった感じのライダーだ。長野側の景色は八ヶ岳連峰が主役。群馬側は知らない山ばかりだが岩がごつごつしたような山がいくつかあるのが特徴的。群馬側に少し下ると景色の開けたところがあったので、そこで大休止。「御巣鷹の尾根」とかかれた小さな看板が立っている。そうだ、31年前の日航機墜落の山域なのだ。
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 さあ待望の下り。沢に沿って標高差約900mを、ひたすら下る。下りはカッパの上着と、オーバーミトンを着用するが、結構冷える。フリースの手袋を持ってくるのを忘れてしまうのが、この秋の遠征でのありがちなパターン。今回は、クルマの中にオーバーミトンがあって助かった。延々と下って、中ノ沢に到着。谷あいの小さな集落だ。玄関先に展示された熊の剥製に目を奪われる。
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 御巣鷹の尾根に向かう分岐を過ぎ、緩やかに下って行く。すると左手に「矢弓沢林道」の分岐があった。もう少し進んだら出会う国道299号線でも、この林道でも十石峠へ向かうことができる。地図で見ると曲がりくねった国道を林道がショートカットしているので、ついつい林道にハンドルを向けてしまった。当然ながら、矢弓沢林道は急勾配。それも、並大抵の急勾配ではなかった。林道全体では7.3kmで標高差606mと平均勾配が10パーセント近い。さらに、下部で区切れば、2.9kmで320mとなんと平均勾配10パーセント越え。平均が、である。普通は平均勾配が5パーセントくらいでも、10パーセントくらいの勾配の箇所が何度も現れるきつめの登りなのだが、この林道は20パーセント近い勾配が何度も現れ、それが延々と続く。インナーローにギアを落とし、微速で進んでも、有酸素運動の限界を超える。つまり、無酸素運動となり、ゼイゼイと息切れをする。何度も休憩する。いつかは勾配が緩くなることを期待するが、いつまでたっても急坂が続く。そのうち太ももがつり始めた。体が悲鳴を上げている。休憩と水分補給をしながら、だましだまし行く。
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 だいぶ登ってきたら、救急車のサイレンが聞こえてきた。谷を埋め尽くす大音量。姿を見せぬまま、ただ延々と音が聞こえ続ける。10分以上たっただろうか、ようやく間近に音が迫ってきた。どっちだ、上からだ。ドップラー効果による音程の変化を起こしながら、救急車が通り過ぎて行った。さらにしばらく間をおいてヘッドライトをハイビームにしたクルマが数台、救急車の後を追って行った。山仕事の道具を積んだ中には軽トラックも含まれていた。交通事故ではなく、山仕事中の事故だろうか。さらにそのしばらく後には、パトカーが登ってきた。
 一方、私の体の方はというと、太ももの筋肉のつりがどんどんひどくなっていく。膝を深く曲げるとスイッチが入るように、太ももがつる。これではペダルをこげないので、押して登る。国道299号線への合流が近づき、勾配が緩くなってきたというのに乗車することができない。そして国道に合流しても、以前状況は変わらず、ただ時間ばかりが過ぎていく。
 十石峠を下ったら、海瀬駅から小海駅まで列車を利用する予定だ。距離は10km足らずなので走っても知れているのだが、登り基調だしクルマが多くて楽しくなさそう。小海線の本数は1時間に1本以上とローカル線にしてはまずまずで、夕方の時間帯は50分に1本といった割合だ。16時36分の乗車はとっくにあきらめているのだが、楽勝と思われていた17時19分の列車にも暗雲が垂れ込めてきた。これを逃すと宿の夕食の時間に間に合わない。
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 峠が近づき景色が開けてきた。頂上に雲をかぶったように見えるのは、噴煙を上げる浅間山か。しかし、そんな景色をじっくり堪能する余裕はない。道路と県境(尾根)が並走している場合にはよくあることなのだが、ここもダブルピークとなっている。それもダミーの方が県境の十石峠よりもやや高い。こんななしの状態の時に、と思うが仕方ない。一つ目のピークを越えて少し下り、正真正銘の十石峠へ最後の登りへ。下りで少し休んだもののやはり登りは押さないと脚がつる。
 ようやく峠に到着。標高は1354m。いきなり「通行止」の看板にひやりとするが、10月17日から11月末までの間の予告だった。中ノ沢からは標高差700m登り、本日のトータルは1300m登ったことになる。
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 さて、時刻は16時40分。海瀬駅まではあと16km。50分後の列車に乗れるのだろうか。とにかく自転車にまたがって下り始める。
 序盤は狭区曲がりくねった道。あまり飛ばすわけにはいかない。そのうちカーブは緩くなりセンターラインにある道に変わり、スピードを上げる。しかしそれもつかの間。まだ海瀬までの標高差を残しているのに道が平たんになった。左を行く抜井川の流れは淀み、川幅が広がっている。ダム湖だ。ということは少し先で急な下りがあるはず。そこまで何とか行きたいが、ペダリングで膝を曲げると少ない付加でも脚がつる。なんと、ここでも押し。平たんなのに。予想外の時間を浪費して、ダムの下流の下りへ。ここから集落が現れる。国道は、集落を迂回するバイパスとなっている。秋深まる集落の中を行く方が風情があるのだが、今はそんなことを言ってはいられない。
 パイパスの一直線の下りを快走するが、その先で勾配が無くなると急速にスピードダウン。何とか押さずに行けた。谷が開け田園が広がり海瀬駅が近づく。集落が密集し始め、クルマの台数も増える。そして薄暮。事故を起こすわけにはいかないので、急ぎながらも慎重に。
 国道のうえを行く高架を列車が過ぎる。ああ、わずかに間に合わなかった。住宅街に、駅舎がなく、ただホームがあるだけの駅。単線で列車の行き違いもできない。列車を下りた高校生たちが、線路沿いの路地から出て来るのを見て、そこが駅への入り口がわかるような状況だ。その周囲を見回して、どうやら駅の利用者用と思われる駐輪場を発見。すぐ前のアパートの駐輪場と見紛うが、その敷地外にある。しばしの間のことだし、大きな問題はないだろう。というわけで自転車を駐輪場の支柱に括り付け、薄暗いホームへ。

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2016/10/24

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(1:旅立ち)

■旅立ち
 10月に入り、蒸し暑さからようやく開放された。野外で快適に体を動かすことができ、空気が澄んで景色が美しい。また、秋には祝日が多く、中部山岳に遠征に出るにも都合がよい。まさに、パスハンティングの秋、到来だ。
 2年越しの計画がある。サイクルスポーツ誌2015年11月号に掲載された「日本の峠25」で1位に選ばれていた十石峠と2位の三国峠だ。どちらも長野県東部で1回の遠征でハシゴをするのに都合がよい。ところが、2015年の秋は、9月にシルバーウィークの5連休が出現、これだけ休日が連なることはまれなので思い切って北海道まで出かけた。10月の連休は天気がいまいちで、11月になると既に寒くなり山間部、それも高所の天候は不安定で、とうとうこの年には実現できなかった。
 半年間の冬季閉鎖が明けた2016年ゴールデンウィークにもちょっと狙ってみたものの、やはり天気がいまいち。夏は暑いから駄目だし、9月も雨が多くて蒸し暑かった。そうしてようやくチャンス到来となったわけだ。
 限られた休日を最大限に活用するため、前夜に出発。丹後から若狭湾沿いに東進し、琵琶湖の北部に抜ける。本来は木之本が最寄なのだが、ガソリン補給の関係で長浜I.C.で北陸自動車道に乗り、名神高速道路、中央自動車道へと乗り継ぐ。深夜の高速道路にも行楽客のものだろうと思われるクルマがそこそこ走っている。眠くなってきたので、岐阜県内の中央自動車道屏風山S.A.で仮眠をとる。目覚めてアイマスクを外すと、すでに明るくなっている。1~2時間寝たようだ。さあ、ドライブ再開。長野県へと入るがクルマがずいぶん多い。京阪神や中京圏を早朝に出てきたクルマのようだ。
 富士山が見えてきたらそこは文字通り富士見。長野県から山梨県に入って小淵沢I.C.で中央道を下り、道の駅でトイレ休憩してから、八ヶ岳の中腹を行く道路で、山の南側から東側へ。この道路からも富士山が見える個所があった。
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 清里を過ぎ、再度長野県に入って八ヶ岳連峰を左に見ながら北上。小海に着いたのは9時頃。予定よりかなり遅くなってしまった。駅の近くにクルマを停めても大丈夫そうな場所を見つけ、自転車の準備。自転車は、ランドナー。フラットハンドルを付けたパスハンター仕様だ。肌寒くて少し迷ったが、半袖で行こう。

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2016/09/20

旅のテレビ番組

 当ブログでも報告した、この夏の北海道の旅。一般的な観光旅行とはだいぶ異なる。
 宿も交通機関もあまり事前予約をせず、極力行き当たりばったり。安い相部屋の宿に泊まるかキャンプをして、旅の費用を抑える。一人旅が多く、その分旅先で偶然出会った旅人同士のつながりが強い。もちろん明確にそう決まっているわけではないけれど。
 こうした一般的にはあまり知られていない自由な旅のことを取り上げたテレビ番組が、最近少し増えてきているように感じる。

■2016年9月19日放送 NHK「にっぽん紀行 北の大地を走る ~自分を見つめる自転車の旅~」
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 「励ましの坂を上りきれ」からちょうど2年。「励ましの坂」では、その坂、および坂の上の旅人宿「とまや」を舞台に、そこに集う旅人と宿主家族を描いた番組だった。
 にっぽん紀行という番組は、定点観測に近いスタイルで、地域を固定して数日から数ヶ月にわたって取材をした番組というイメージだった。今回の「北の大地」は、札幌の「Mr.Bicycle」というかつて自転車で日本一周をした店主が営んでいて、サイクリストが立ち寄る理髪店を舞台に展開していくものかと思われた。ところが、番組中盤以降立ち寄ったサイクリストの旅に密着していくロードムービーならぬロードドキュメンタリーといったようなスタイル。要するに旅そのものを取材した画期的な内容だった。
 思い返せば、昨年夏に「にっぽん紀行」で道東の原野を貫く70kmのトレイル「北根室ランチウェイ」を扱ったときには、トレイルを開拓した男性を中心にしていたが、後半はその男性の下でトレイルの管理などを手伝っている若者が実際に自分でトレイルを歩く旅に密着したロードドキュメンタリーとなっていた。そして、「旅を通じて成長する若者」を描いていた重なる内容。

■2016年9月12日放送日本テレビ「月曜から夜ふかし」
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 少し前の記事へのコメントにあるとおり桃岩荘ユースホステルが取り上げられた。目を引いたのは、動画撮影禁止とされているミーティングの様子が、短い尺ではあったが伝えられたこと。貴重な映像だ。
 もっと印象的だったのは、お出迎え、そしてお見送りのシーン。番組MCもワイプ画面で「えーっ(宿のスタッフだけでなく)客も一緒にやってんの」と驚いていた。前述の「励ましの坂」では、自転車で急坂を登るサイクリストを宿主家族だけでなく泊まりあわせた旅人も応援するシーンで「励ます人もまた旅人」という字幕がとても心に残った。当方の夏の旅のダイジェスト動画の桃岩荘のお見送りシーンに「見送る人もまた旅人」という字幕を入れたのもその影響だ。
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宿の前で一度盛大にお見送りをしておいて、またフェリーターミナルでもお見送りをする。「客も一緒についていくの」と驚いていたが、それはさらにお見送りのために山越えの4kmを歩いていっているということを知ったらさらに驚くことだろう。

 ついでに、北海道の旅から帰ってきて、見返した過去のテレビ番組をあげる。
■2014年9月23日放送 NHK「にっぽん紀行 励ましの坂を上りきれ」
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■2010年8月26日放送 NHK「にっぽん紀行 何もないから良いのです~北海道最北の無人駅~」
 宗谷本線抜海駅での定点観測。自転車でもすぐそばを通過した。立ち寄ればよかった。

■2013年9月1日放送 NHK「小さな旅 風を切り北へ~サロベツから宗谷岬~」
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 日本海オロロンライン、あしたの城、漁師の店、北を目指す自転車やオートバイの旅人。

■2014年2月28日放送 NHK「ドキュメント72時間 最北のバス停で」
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 宗谷岬のバス停で2013年から14年の年越しを定点観測。この夏、興部のライダーハウス「ルゴーサ・エクスプレス」で泊まりあわせたライダーが、スパイクタイヤを履いたスーパーカブでこの年越しに参加していたとのこと。

 NHKばっかり。

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2016/08/26

オホーツクから道北への自転車旅11

■データ編およびダイジェスト映像
◎走行データ
0日目
 舞鶴市内    2.24km
1日目
 小樽市内    4.55km
2日目
 小樽市内    6.13km
 遠軽 - 興部  74.20km
3日目
 興部 - 猿払 133.88km
 猿払村内    9.57km
4日目
 猿払 - 稚内  92.36km
5日目
 礼文島内   19.85km
6日目
 豊富 - 幌延  42.78km
 小樽市内    2.53km
7日目
 舞鶴市内    2.48km

計       390.57km

◎費用   計80051円
交通費    51720円
・新日本海フェリー  : 26480円
  舞鶴・小樽間往復(往路10800円+自転車2980円、
      復路9720円+自転車2980円)※復路は往復割引
・JR北海道      :19460円
  小樽・遠軽(乗車券5720円+指定席特急券2900円)
  稚内・豊富(乗車券930円)
  幌延・小樽築港(乗車券6800円+指定席特急券3110円)
・ハートランドフェリー:5780円
  稚内・礼文島香深港(往路2260円+自転車1260円、
      復路2260円)※復路は自転車は輪行で手荷物扱い
宿泊(入浴) 11690円
  ライダーハウス2泊(日帰り入浴施設2回)、
  旅人宿2泊、ユースホステル1泊、
食費     13681円
  行動食、飲料、宿の食事代
その他     2960円
  土産等

◎ダイジェスト映像

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