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2021/11/17

小城と山田渓谷

 9月に、兵庫県香美町村岡区の道の駅「あゆの里 矢田川」を起点として両岸の山間部にある集落をめぐるツーリングを行った。緊急事態宣言のさなかでありながら、人との接触はなく感染リスクの低い行動ということで、自粛もせず出歩いていた。ただ、ブログへのアップロードだけを自粛していた。緊急事態宣言も解除され、さらにずっと感染者数も落ち着いているので記録を上げていくことにする。

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(1)小城と山田渓谷
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 氷ノ山山系を水源とし、香美町内を南から北へ流れ日本海にそそぐ矢田川。香住区との境に近い村岡区内に、道の駅「あゆの里矢田川」がある。ここにクルマを止めて自転車(ランドナー)で走り出す。県道4号線で矢田川上流へ。両側に山が迫るが、谷は少し広がりがあり田園や集落がある区間が多いが、ごつごつとした岩にはさまれた狭い谷の区間がたまに現れる。
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 川会集落の手前から右岸の山間部へと入る道へ左折。いきなり急な登りが始まる。めったにクルマが通りそうにない曲がりくねった細い道だが、数台のクルマとすれ違う。電気、あるいは通信回線の工事の関連と思われる車両だ。そして急こう配の斜面に張り付く和佐父へ。山間部にありながら10世帯以上あると思われるまとまった集落。家並みを縫う道もヘアピンカーブでぐいぐい標高を上げていく。
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 集落を過ぎると、薄暗い道となる。やはり、集落があるところは、急勾配でも開けた土地。それ以外のほとんどは藪の中の道なのだ。
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 登っていくと、家建っていたと思われる平らな土地や休耕田と思われるやはり平坦な土地が見られる。この道を走るのは、1999年以来22年ぶり。あの時には、どんな状態だっただろう。残念ながら覚えていない。
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 矢田川の支流、和佐父川に沿った道だが、あるところで3つ股に分かれていた。分岐ではなく、すぐ先で一つに合流している。ただし、通行可能なのは真ん中で、山手の道はがけ崩れで埋まり、谷川は道そのものが崩壊している。災害で傷み、何度も付け替えられたようだ。
 標高600m余りのピークを越える。あまり展望はない。というか、ずっと山また山の風景だ。
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 下っていくと急斜面に一軒家。農家だ。もう少し先が、小城の集落だが、こうした集落から外れた家が点在していたことを思い出す。ただし、人が住んでいる気配がない。おそらく廃屋。たしか、22年前には人が住んでいたと思う。
 山田川の谷へと下っていく。そして、山田川沿いにしばらく下ると分岐があり、それが小城集落の入り口。前回は4,5世帯の集落を見学するため分岐から数百メートルの距離を登ったが、今日はよらずに下ってしまった。久しぶりに集落の様子を見ておけばよかった。
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 分岐から山田川を下る道は遣道258号線。ただし、県道とはいえ「悪路につき通行困難」の立て札。舗装はされているものの、狭く急勾配で曲がりくねり、落石が散らばる状態。道路わきを流れていた山田川は、いつの間にか数十メートル下を流れるようになり、小さな滝がいくつも見られる。山田渓谷だ。当然、落ちたら一巻の終わり。スピードを抑えていくしかない。
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 狭く曲がりくねった落石だらけの道をひたすら下っていく。かなり下って、対岸に畑が現れた。川の流れと道路との落差も小さくなっている。今いる道は右岸、つまり流れの東側だが、対岸から未舗装の道路が合流してきた。この道もかつて通った道だ。こちらも再訪したい。
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 そこから一下りで山田集落。産官から下ってたどり着くと、なかなか大きな人里と思えるくらいに家が並んでいる。20世帯は軽く超えているだろう。集落の中には、小学校の跡地がある。今は廃校だが、前回訪れた22年前にはまだ学校として存続していたのではないかと思う。しかし、山田集落から矢田川沿いの県道4号まで2km近くある山間の集落だ。かつてこの集落の山側のはずれで2,3匹サルが遊んでいた。そして集落の中では、女性2,3名が立ち話中。野生と人里の境界線といったところ。
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 県道4号線にまで来たら、矢田川の流れを横に見て道の駅「あゆの里 矢田川」へ。

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