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2021/11/30

淀川・桂川をさかのぼり大阪から京都へ

 近年、晩夏から初秋の時期に走っているコース。暑い時期なのでアップダウンの少ないこのコースを、というわけ。今年は初秋の時期に比較的過ごしやすい日が続いたので、それなりにアップダウンのある山間コースを走っていた。そんな矢先に、自転車でクラッシュ。手負いとなってしまった。
 1週間が経過し、どうにか自転車に乗れるようになったので、9月下旬に決行。
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 園部まではクルマ。JR山陰本線で嵯峨嵐山駅へ。輪行袋は負傷していない左肩で担ぐ。今日の自転車はPLATINUM LIGHT8。小さくて軽いので輪行に有利。JR嵯峨嵐山駅から渡月橋を渡って阪急嵐山駅へ。再び、阪急電車で輪行。桂駅で大阪行きに乗り換え。15分ほど早く着く特急か、車内が空いていて座って移動できる準急か、迷うが、今日は特急を利用。淡路駅で下車。
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 下新庄駅近くの「地球規模で考えろ」のラーメンを食べるのも慣例となっているのだが、行ってみると店の前に10人ほどが並んでいる。以前も並んだことがあるのだが、その時は4,5人だった。今日はあきらめよう。
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 コンビニで昼食の弁当を買って、淀川へ。土手の上の道をしばらく走って、豊里大橋で左岸へ渡る。去年は右岸をさかのぼったので、今年は左岸。かわりばんこなのだ。淀川は、両岸に土手の上と河川敷に、基本的にクルマが通らない道が設けられている。土手の上を行けば、川の流れと市街地の両方を広く眺められて気分がいいのだが、車道や鉄道の橋によって道が寸断されている。そういう時は河川敷に降りて橋を潜り抜けなければならない。それが面倒なので結局河川敷を行くことになる。今日は初めから河川敷の道だ。
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 河川敷は、野球やサッカーのグラウンド、テニスコート、ゴルフ練習場、そして公園などとして利用されている。さらに、それらの施設の利用者のための駐車場や車道があるため、何度も車止めを越えなければならない。原動機付自転車や自動二輪車が車道の外に出ることを防ぐため、車止めはタイトなものとなっていて、自転車で越える場合も一度停止する必要がある。
 運動場のベンチに腰かけて、コンビニで買った弁当を食べる。
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 大阪市、守口市、寝屋川市、枚方市と行政区は変わっていくが、基本的に河川敷はずっと公園や運動場が続く。それらの施設が途切れると京都府との境。河川敷は、背の高いススキか葦の草原となる。土手の向こうに住宅街に覆われた小高い山が見える。鳩ヶ峰だ。向こう側の斜面には、石清水八幡宮がある。
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 京都府に入ると桂川、宇治川、木津川の三川合流地点。河川敷から土手の車道に乗り上げ、木津川御幸橋を渡る。合流する手前の。木津川と宇治川の間にある「さくらであい館」で小休止。このエリアも公園として整備されていて、その関連施設がさくらであい館。売店などがある。桂川木津川自転車道を走るサイクリストの利用も多い。
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 宇治川御幸橋を渡り、今度は宇治川と桂川に挟まれたエリアへ。そして桂川自転車道を行く。こちらは淀川沿いの道と比べて、道幅が狭い。自転車が多いと感じるのは、、その道幅のせいなのか、それとも絶対数が多いのか。のんびり走る実用車もいれば、高速走行のロードレーサーもいる。さらにランニングの人もいて注意が必要。
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 基本的に左岸の土手の上を行く自転車道だが、鴨川合流点を過ぎ、JR東海道本線・東海道新幹線をくぐると、河川敷へ。畑の中を行く区間もある。国道9号線の橋で右岸へと渡り、またも河川敷の畑の中を行く。そのあと土手へと上がり、車道と並走したり離れたりしながら嵐山へ。渡月橋を渡ってJR嵯峨嵐山駅から輪行。
 この日の走行は60kmほど。折畳小径車とは言えスポーツサイクルとしてのセッティングにしているので、ハンドルにも体重をかけた姿勢。つまり、腕、そして肩にも体重がかかる。痛めた右肩は、やはり痛くなったが、リタイアすることなく完走できた。

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代替ホイールを組みクラッシュからの復活へ

 前の記事の通り、クラッシュによりメインで使っているランドナーのフレームが再起不能となってしまった。それを含めて、ランドナーを4台所有している。大学生の時に自分で買ったユーラシアツーリングと、あと3代はそれぞれ譲り受けたもの。
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 残っている3台は、やはりどれも20年以上前のモデルで、メインバイクとして使うにはかなりくたびれている印象。ほかにはMTB、クロスバイク、ロードレーサー、折り畳み小径車も所有しているが、ツーリングに使うメインバイクとしてはやはりランドナーが勝る車種はない。新しいランドナー、ということも頭に浮かぶけれど、とりあえず保留としておく。
 前述のとおり、ランドナーを4台所有していて、ホイールも4セットある。できるだけ共有して、前輪2本と後輪3本にタイヤとチューブを装着して使用している。舗装路用のタイヤとダート用ブロックタイヤのホイールを区別していたり、リアの変則が7Sと5Sのランドナーが2台ずつだったりするので、そういう構成になっている。4セットのうち1セットはリムの幅が少し太くブレーキシューの調整が必要だったり、スポークが細く(14番)折れる心配があったりするので、これは使わない方がいい。それでも前輪が1本余っている。ただし、これはちょっと訳あり。ユーラシアツーリングと山口べニックスと、1980年代以前のランドナーで使用している5Sのボスフリーが装着された後輪とセットのもの。この5Sボスフリーの後輪が、原因不明の連続パンクに襲われたことがあった。しばらく使っていなかった自転車を復活させるとともに再び使用するようになったホイールだが、しばらくすると後輪がパンク。原因は不明。タイヤは無傷で、チューブのリム側に小さな穴が空いていた。チューブを交換しても10~20㎞走るとまたパンク。10km程度の散歩として走っていたので、1回おきにパンクするような状態。タイヤ内に何かが混入していたのだろうか。リムを雑巾で拭き、リムバンドやタイヤも新しいものに交換して何とか落ち着いた。これが2014年の夏。ところが、翌2015年の春、謎の連続パンクが再発。もう原因究明はあきらめ、空いている前輪のリムと交換した。双方のスポークを外し、リムを交換。初めてのホイール組み作業だった。これでパンクしなくなった。
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 というわけで、余っている前輪ホイールは、リムとスポークとハブがバラバラな状態。しかも、リムは連続パンクした後輪についていたいわくつきのもの。とにかくこれを再利用してみる。
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 ホイールを組むのは3回目。夏に、折畳小径車のハブの交換の時以来。でもやっぱり時間がかかる。休日の午後にやり始めたが日没で中断。翌日仕事から帰ってから、車庫の中で何とかくみ上げた。チューブとタイヤを装着しようと思ったが、このサイズのリムバンドがなかった。結局これを注文。作業再開は次の休日。ホイールの振れ取りは、自転車にホイールを装着し、ブレーキシューを目安にする。組んだ直後は、恐ろしいほどの振れがあるが、根気よくニップルを絞めたり緩めたりしていく。そしてリムバンド、チューブ、タイヤを装着し空気を入れる。そして、走ってみる。
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 この日は、15kmほど。パンクしなかった。さらにその後何回か乗車。100km近く走ってパンクはない。パンクしたのは後輪として使用していた場合であり、果汁の小さな前輪での使用なら大丈夫、ということか、それともタイヤ内に混入していた何かがもうなくなっているということか。とりあえず、もう一度振れを修正してこのまま乗り続けることにしよう。

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養父の山中でクラッシュしてVIGORE永眠

 9月下旬の休日、自転車で走りに出ようと思っていながら、クルマで出発したのは遅い午後。だらだら過ごしてずいぶん遅い出発になってしまった。家から1時間あまり。兵庫県養父市の大屋川沿いの県道6号線。十二所の集落のはずれの路肩のスペースにクルマを止める。もう夕方といっていい時間に差し掛かっている。
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 VIGOREオリジナルランドナーを自転車から降ろして出発準備。大屋川をさかのぼる形で県道6号線を進み、旧養父町から旧大屋町へ。樽見集落に差し掛かるあたりから県道をそれて上山の集落への登る道へ。県道をもう少しだけ旧大屋町の中心集落である大屋市場方面に進んでから、登るコースもある。樽見の大ザクラの近くを通る道だ。いずれを通ってもも上山集落の上部で、前述の道と合流する。今回のコースは上山集落を毎年秋にこのコースを走っていて、確か去年は大ザクラから登ったので、今年は手前のコースの順番。かわりばんこなのだ。大きく蛇行している大ザクラ側の道と違い、こちらは出だしが急勾配。細かいヘアピンカーブで標高を稼ぐ。そして上山集落。山村の中を登っていく。
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 毎年走っているので、時間は読める。距離約24km、標高差400mのショートコースだ。何とか日没前後に峠に到着し、あとは一気に下るだけ。どうにか残照の中、走り終えることができる。そういう目論見でいた。ライトも持っている。
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 目論見通り、日没を少し過ぎた18:20、養鶏場のある峠へ到着。分岐があり、直進するとそのまま稜線を登り見祓山に向けて登る道。過去、何度も迷い込んだが、今日はそれを左折、建屋川の谷へと下る。先ほど峠と書いたが、頂上部はなだらかな高原となっていて、養鶏場を過ぎると、今度は牛の畜舎と牧草地。この牧草地はシカの群れがいて、まるで鹿牧場のようなことが何度もあった。今日はシカではなくて牛の姿が見える。牛がいるとシカはいないようだ。
 牧草地を超えると一気に下りが始まる。さあ、真っ暗にならないうちに下ってゴールしたい。
 目の前に道路を横切る排水溝。蓋をするグレーチングに隙間が空いている。ちょうど自転車のホイールがすっぽり入る隙間。前輪が、そこに吸い込まれる。
 気づけば道を歩いて下っていた。自転車から外したGPSレシーバー、暗くなったら自転車に装着するライト、そして財布などの貴重品を持って。右肩が痛い。自転車は?記憶が飛んでいるようだ。引き返してみる。少し歩いたら路肩に自転車を発見。前輪のリムが割れ、タイヤもチューブも破れ、スポークもなんぼか切れたり、曲がったりしている。フロントフォークは大丈夫だろうか。いずれにせよ乗車不可能。自転車を路肩に移動し、必要なものを手に持って歩いて下った。記憶が飛んでいるのはわずか。そしてその間の判断も正しかったようだ。
 クルマを止めた地点まで、行程の半分12kmほど。下りなので自転車なら30分ほど。でも歩きだと2時間はかかるはず。そして、自転車を回収してから帰路に就くことになる。長くなるぞ。
 山間部はすぐに闇夜となり、自転車用のライト灯して歩く。クルマを止めた地点まで、2時間半ほどかかった。
 2,3日は、右肩周辺の傷みが激しくてつらかった。それでも徐々に回復し、半月ほどでほぼ普通の生活ができるようになった。
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 損傷した自転車の状態を見たのは3週間ほど後のことだった。リムが割れたホイールはもうダメ。変形して邪魔な泥除けも外す。別のホイールを装着して走ってみる。違和感がある。フロントフォークが曲がってしまったか。本体のフレームだった。ダウンチューブのハンドルポスト側の付け根がゆがんでいる。つまり、もうこの自転車には乗れない。
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 12年前にある人から譲り受けたランドナー。別のランドナーをメインとして使っていたため、数年は出番があまりなかったが、昨シーズンからメインバイクとして使っていた。京都の工房VIGOREで製作されたフレームを、やはり京都市内の自転車店「キヨセサイクル」で完成車とくみ上げられたオリジナルモデル。前のオーナーである知人が1996年ごろに購入。一度旅につかったものの、その後10年余り輪行袋の中で眠っていた。さらに私のもとに来てからの期間と合わせ、20年以上あまり乗られていない状態だった。おかげでフレームもパーツもまだ新品同様とまではいかないが、いい状態なのだった。そんな自転車が再起不能の状態になってしまい悔やまれる。

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2021/11/19

部分月食

 月食の観測を忘れかけていた。時刻は、18:05。食の最大は18:03だから、急いで窓から外を見る。建物の死角で見えない。急いで外に出る。どうにか大方が地球の影に隠れた月を見る。といっても影の部分がぼんやり赤く見える。ぼんやり見えるのは光の干渉によるもの。赤いのは、地球の大気を通過した太陽光の影響。朝日や夕日が赤いのと同じ原理。そして写真撮影。

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 そのあと、19:30頃。欠けた部分が小さくなってきた。

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 そして、19:50頃。もう月食は終わりかけ。

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 2014年10月の皆既月食の記事はこちら。その時のGIFアニメーション

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2021/11/17

林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(3)林道本谷線から久斗山・大熊・伊角の山里巡り
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 三度目の道の駅「あゆの里 矢田川」。これまでの2回と違い、今回は左岸、つまり西側の山里をめぐる。これで矢田川シリーズはフィナーレ。まずは、矢田川に沿って県道4号線を下流に向かう。すぐに長瀬の集落。ここから山間へ向かう。林道本谷線。いきなり急登が始まるのは、毎回のこと。「倒木により通り抜けできません」との案内板があるが、まあ自転車なら何とかなるだろう。その先で、路面は舗装からダートに。
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 しばらく登るとトラックや重機が見えた。木の切り出し作業中だ。静かに脇を通り抜ける。路面が少しぬかるんでいる。太いタイヤのMTBでよかった。植林作業のおかげか、走路をふさぐ倒木は、切られている。
 植林作業区間を過ぎても、倒木は処理されている。また土砂崩れも起きているが、ふさがれているのは一部で、クルマが通り抜けられるだけの道幅は確保されている。軽自動車ならね。
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 このコースは、2007年以来14年ぶり2回目。ただし、前回とは逆回りの周回とした。その理由は、通行不可能である可能性がある林道本谷線を先に行くため。前回は、コース終盤のこの林道が土砂崩れでふさがれていた。その時は、自転車を担いで乗り越えたが、道路そのものが崩落していたらどうしようもない。来た道を延々と戻らねばならないところだった。
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 倒木も土砂崩れも、問題なくクリア。でも最後は路面にうっすら草が生え、まるで草原のようで走りにくかったが、どうにか舗装路にたどり着いた。あとは、ずっと県道だ。
 まずは県道257号線。少し下るとグラウンドとトイレがある。グラウンドも草原になっている。スタートは香美町だったが、こちらは新温泉町。
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 そこから久斗川の谷に降り立つとほんの数軒の集落があった。久斗山集落の端郷らしい。いくつかは廃屋のようだ。久斗川の流れに沿ってかなり下ると久斗山集落。こちらはバス停流所もある比較的大きめの集落。
 久斗山集落から県道549号線に乗り換え、小さな峠を越える。今はどちらも新温泉町内ではあるが、旧浜坂町からかつての温泉町へ
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 峠を越え下っていくと大熊集落。大きな寺の裏手から集落へ。三叉路を左へ。今度は県道550号線で熊谷川をさかのぼって伊角集落を抜ける。谷を埋め尽くす棚田を見ながら登る。5.6名の男性が稲刈り作業の休憩中。比較的若い。14年前も同じ時期にここを走ったが、記録を読めば「農作業をしているのは高齢者ばかり」とある。必ずしも親子とは限らないが、何らかの形で世代交代が進んだようだ。
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 棚田を抜け最後の峠を越える。峠の反対側に桧尾の集落。立派な建物だが、廃屋のようで一部損壊している。今回はそれを遠目に通り過ぎたが、前回は近くまで行って小学校の跡だということを確認していた。
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 そして矢田川に向けて本格的に下りが始まる。道がとても細い。クルマはすれ違えない。そして急坂で曲がりくねってスピードを出せない。このくだりの途中に新温泉町と香美町の境がある。矢田川の支流の谷底まで下って、味取集落で矢田川沿いへ突き当たる。橋を渡って県道4号線まで来たら、道の駅「あゆの里 矢田川」はすぐそこ。

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林道宮神山田線

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(2)林道宮神山田線
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 1週間ぶりの道の駅「あゆの里 矢田川」。駐車場に止まっている車中泊装備の軽ワンボックス、芝生エリアのテントとそのわきランドナーにはそれぞれ見覚えがある。事情はよく分からない。
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 先週と同じように、自転車で矢田川をさかのぼる。今日は、ダート走行に備えMTB。前回は川会集落から山間に入ったが、今日はその手前の高津集落から。集落を過ぎたところから、スイッチバックするように急坂が始まる。ぐいぐいと高度を稼いで、集落の頭越しに矢田川の流れ、そして対岸の数世帯の集落を見渡せる。その高津を過ぎると、延々山間の急こう配を登っていく。標高500mほどのところに、それまでの林間から一転、平らで開けた畑が広がる。小学校の校庭くらいはあるだろうか。その先が宮神の集落。矢田川沿いから標高差400mほど登ったことになる。
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 今日のコースは、22年前、14年前に続いて3回目。その時の記録文を読むと、2度とも「こんなところまで自転車で登ってくるなんて、大変だろうに」と女性から声をかけられている。それが同じ人かどうかはわからない。
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 標高が高く麓からの道のりの長い、この宮神や、前回訪れた小城は、冬の間は雪に閉ざされるとのこと。麓に子どもの世帯がある高齢者が住んでいた、ということだろう。ただしそれは以前の話。最後に訪れてから14年。今は人の気配はない。家は雪囲いがされたまま。そのうちの1軒の玄関には麓の集落名と連絡先電話番号、そして「しばらく留守にします」と記された張り紙。それでも、家の周りの小さな田んぼには、稲が育っていた。かつて声をかけてくれた女性は、どこかで元気に暮らしておられるだろうか。
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 宮神集落を過ぎてさらに登ると、舗装が終わりダートとなる。林道宮神山田線だ。いやダートと書いたが、荒れた舗装のような区間もみられる。ほとんどダートのようなものだが。
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 しばらく登りが続くが、そのうちピークに達し、下りとなる。林道は林間だが、木々の合間から南西の山々が見える。扇ノ山あたりが見えるようだが、稜線は雲に隠れている。山腹に集落が見える。あとでカシミール3Dで検証してみれば、春来ではないかと思われる。
 ブロックタイヤのランドナーで走る、ということも考えたが、今日はMTBとした。近年、荒れたダートの路面を走ることが多く、ランドナーではかなりてこずってしまう。より太いタイヤと、サスペンションの付いたフロントフォークがしっかり仕事をしてくれる。また、このダートは比較的整備がされていて、側溝はちゃんと水が流れるように掘られている。法面が崩れ側溝が埋まると、路面に水があふれてガレてしまう。
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 下っていくと、今度は北の景色が開ける。山々の向こうに日本海。香住あたりか。さらに下ると、さらに景色が開け港の防波堤が見えた。香住港だ。
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 どんどん下っていくと、前回小城からの下りで見た畑を、前回と反対側から見る形となり、そして山田川を渡って前回の道に合流。そして山田集落へ。ここからは、前回と同じ道。

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小城と山田渓谷

 9月に、兵庫県香美町村岡区の道の駅「あゆの里 矢田川」を起点として両岸の山間部にある集落をめぐるツーリングを行った。緊急事態宣言のさなかでありながら、人との接触はなく感染リスクの低い行動ということで、自粛もせず出歩いていた。ただ、ブログへのアップロードだけを自粛していた。緊急事態宣言も解除され、さらにずっと感染者数も落ち着いているので記録を上げていくことにする。

■初秋の矢田川、右岸左岸の山里巡り(1)小城と山田渓谷
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 氷ノ山山系を水源とし、香美町内を南から北へ流れ日本海にそそぐ矢田川。香住区との境に近い村岡区内に、道の駅「あゆの里矢田川」がある。ここにクルマを止めて自転車(ランドナー)で走り出す。県道4号線で矢田川上流へ。両側に山が迫るが、谷は少し広がりがあり田園や集落がある区間が多いが、ごつごつとした岩にはさまれた狭い谷の区間がたまに現れる。
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 川会集落の手前から右岸の山間部へと入る道へ左折。いきなり急な登りが始まる。めったにクルマが通りそうにない曲がりくねった細い道だが、数台のクルマとすれ違う。電気、あるいは通信回線の工事の関連と思われる車両だ。そして急こう配の斜面に張り付く和佐父へ。山間部にありながら10世帯以上あると思われるまとまった集落。家並みを縫う道もヘアピンカーブでぐいぐい標高を上げていく。
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 集落を過ぎると、薄暗い道となる。やはり、集落があるところは、急勾配でも開けた土地。それ以外のほとんどは藪の中の道なのだ。
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 登っていくと、家建っていたと思われる平らな土地や休耕田と思われるやはり平坦な土地が見られる。この道を走るのは、1999年以来22年ぶり。あの時には、どんな状態だっただろう。残念ながら覚えていない。
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 矢田川の支流、和佐父川に沿った道だが、あるところで3つ股に分かれていた。分岐ではなく、すぐ先で一つに合流している。ただし、通行可能なのは真ん中で、山手の道はがけ崩れで埋まり、谷川は道そのものが崩壊している。災害で傷み、何度も付け替えられたようだ。
 標高600m余りのピークを越える。あまり展望はない。というか、ずっと山また山の風景だ。
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 下っていくと急斜面に一軒家。農家だ。もう少し先が、小城の集落だが、こうした集落から外れた家が点在していたことを思い出す。ただし、人が住んでいる気配がない。おそらく廃屋。たしか、22年前には人が住んでいたと思う。
 山田川の谷へと下っていく。そして、山田川沿いにしばらく下ると分岐があり、それが小城集落の入り口。前回は4,5世帯の集落を見学するため分岐から数百メートルの距離を登ったが、今日はよらずに下ってしまった。久しぶりに集落の様子を見ておけばよかった。
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 分岐から山田川を下る道は遣道258号線。ただし、県道とはいえ「悪路につき通行困難」の立て札。舗装はされているものの、狭く急勾配で曲がりくねり、落石が散らばる状態。道路わきを流れていた山田川は、いつの間にか数十メートル下を流れるようになり、小さな滝がいくつも見られる。山田渓谷だ。当然、落ちたら一巻の終わり。スピードを抑えていくしかない。
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 狭く曲がりくねった落石だらけの道をひたすら下っていく。かなり下って、対岸に畑が現れた。川の流れと道路との落差も小さくなっている。今いる道は右岸、つまり流れの東側だが、対岸から未舗装の道路が合流してきた。この道もかつて通った道だ。こちらも再訪したい。
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 そこから一下りで山田集落。産官から下ってたどり着くと、なかなか大きな人里と思えるくらいに家が並んでいる。20世帯は軽く超えているだろう。集落の中には、小学校の跡地がある。今は廃校だが、前回訪れた22年前にはまだ学校として存続していたのではないかと思う。しかし、山田集落から矢田川沿いの県道4号まで2km近くある山間の集落だ。かつてこの集落の山側のはずれで2,3匹サルが遊んでいた。そして集落の中では、女性2,3名が立ち話中。野生と人里の境界線といったところ。
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 県道4号線にまで来たら、矢田川の流れを横に見て道の駅「あゆの里 矢田川」へ。

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