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2021/02/25

紀伊鳴門明石海峡春淡路(アワイチ)

 2月の初めに走った「姫路明石自転車道」の明石市内の海沿い区間がすごくよかった。日本海側は雪が降っているのにここは晴れて、暖かくて、追い風で、景色がよくて、クルマが来なくて、といいことずくめだった。この海岸沿いをずっと走りたい。そう思って、明石を再訪し前回の続きである神戸須磨海岸までを走ったわけだが、もう一つ頭に浮かんだコースがあった。それは明石海峡の対岸、淡路島。走るなら島一周だ。去年のビワイチに続いてこんどはアワイチに挑む。
 2月21日、夜明け前の3時半過ぎにクルマで出発。1日で一番冷え込む時間なのに、あまり寒くない。とても2月とは思えない。それでも、つい先日の寒波で路肩には雪がみられる。福知山を越え兵庫県丹波市へ南下。5時を過ぎ、自分以外にもクルマが走るようになったので、春日I.C.から舞鶴若狭自動車道へ。しかし、山陽自動車道とか第二神明道路とかのつながりがよく分かっていなくて、迷っていたらうっかり中国自動車道に入り込んでしまった。慌てて、吉川I.C.で降りる。ちなみにカーナビゲーションシステムはない。その代わりのGPSレシーバを見ながら南西へ向かう。国道175号線に合流したら、後は道なりに南下するだけ。
 明石に到着したら、コインパーキングにクルマを止める。時刻は6時半過ぎ。所要時間はちょうど3時間。道順を失敗したが高速道路を全く使わないよりは少し早いようだ。まあ、7時半の船に乗れそうだ。淡路島一周150kmの所要時間は、10時間と見込んでいる。今の時期、この周辺の日没時刻は、17時48分ごろだから、この便に乗れば日没10時間前の8時前にスタートを切れる。しかし逃すと次は1時間後。となると日没後の走行を覚悟しないといけなくなる。
 時間があれば、山岡家で朝食のラーメンを食べようかと思っていたが、そんなゆとりはないようだ。ちなみに、普段は24時間営業の山岡家だが、現在は5時から20時の時短営業中。
 自転車を準備。昨年のビワイチでも使用した、昭和のロードレーサー「RADAC」だ。比較的アップダウンは少なく、平坦区間が多いコースなのでこの自転車が一番向いているという判断だ。
 明石港へ向かう。港の周辺にある駐車場より安いからと2kmほど離れた場所の駐車場で24時間500円。しかし、港への道中400円、そして300円のものが見つかった。クルマならなかなか入り込もうと思わない、住宅街の中の路地に沿った駐車場だ。

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 明石港と淡路島岩屋港を結ぶ「ジェノバライン」の乗り場には、自転車を伴った人がちらほらと見られる。ここでスマートフォンをクルマに忘れてきたことに気付く。すでに7時20分。取りに戻れば、7時半の船に乗れない。あきらめよう、スマートフォンの方を。
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 大人540円、自転車230円のチケットを買って、船に乗り込む。後方デッキに、ホイールをはめ込む形の自転車用スタンドがある。20台分ほどが、ほぼ満杯だ。また、125CC以下の自動二輪も載せられ、やはり専用のスタンドがある。こちらは2台のみ。そして船室に移動して座席に腰掛け出航を待つ。
 1990年代前半、明石・岩屋間のフェリーを何度も利用した。クルマで四国に渡るために。開通したばかりの瀬戸大橋を渡るより、淡路島を経由したほうが安かったのだ。その後、明石海峡大橋が開通し、フェリーは廃止され、航路がない状態が続いていた。そして近年、旅客船としてこの「ジェノバライン」が就航した。フェリーと旅客船では、船の大きさも乗り場の広さも全く異なる。夏などに発生する乗船待ちの長大な車列が収まる広大な敷地は、コインパーキングなどへと変わったものを思われる。
 ジェノバラインの明石・岩屋間の所要時間は13分。明石海峡大橋をくぐり、淡路島へと接近していく様子を見ているとあっという間。もちろん、クルマで橋を渡っても淡路島に上陸できるが、短い船旅を選んだ。乗り換えにより交通手段に変化をつけると、旅の味わいが深まるような気がする。
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 岩屋港に着いたら、自転車乗りは三々五々スタートしていく。私はまず明石行きの船の時刻を確認。スマートフォンがないからね。そして、スタート。当面の目標は、30km余り南の洲本だ。かつて何度もクルマで走った国道28号線を進む。明石市内の移動では少し寒さを感じたが、今は適温。左に海を見て気分良く進む。寒いのは朝だけだから、と余計な装備を持ってこなくて正解、などと思っていたらそのうち暑く感じるくらいになってきた。
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 一面の黄色は、菜の花畑だ。あと薄桃色の梅も咲いている。すっかり早春の雰囲気だ。
 晴れの陽気の影響は気温だけではない。絶好の行楽日和で行楽と思われるクルマが多く通るようになる。自動二輪も多い。東浦、津名と合併前の各町の中心街では信号も多い。日曜なので運送業のトラックやダンプカーはほとんど通らず、また今のご時世のため観光バスもいないのは想定していたが、普通乗用車がこれほどまで多いのは誤算だった。幸い道幅が広く、十分な路側帯があるのでさほどストレスは感じない。
 たまに自転車にも追い越される。追い越していく自転車の多くは、複数台でトレイン走行しているもの。
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 小さなアップダウンが出てきたところで、ウィンドブレーカー代わりの合羽を脱ぎグローブを指切りのものに変える。8時半過ぎだというのに、路上の温度表示は17度。今日は20度を超えるかもしれない。予想最高気温19度くらいのはずなのに。気温が上がり空気の対流が強まってきたのか、風が出てきた。今日の風は南西。つまり今は向かい風だ。午前中は3m/s程度と弱く、あまり影響がないと思っていたが、予報より気温の上昇が早く進行して、そのため風が強まっているようだ。
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 順調に洲本に到着。クルマで走った国道28号線と別れ、海沿いの県道76号線へ。住宅や店舗が並ぶ洲本の中心街は国道で内陸に入ったところであり、海沿いは造船所や倉庫などが並んでいるくらいで、あっさりと通り過ぎてしまう。20数年前にクルマで国道28号線を通り抜けたとときには、信号が多くて時間がかかったことを覚えている。
 洲本平野を過ぎると、山が海に迫りちょっとしたアップダウンが続く。そして洲本温泉へ。海を見下ろす高台に、巨大な旅館が並ぶ。TVのCMでおなじみの旅館もある。初めて来たのにおなじみとはCMソングの効果は絶大。
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 そのうち対岸が見えてきた。本州だ。つまり、紀伊水道に差し掛かったということだ。

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 由良までのアップダウンはさほど大したものではない。由良港を過ぎると海が見えない林間となり、長い登り坂が現れる。しかもなかなかの急勾配。南淡路水仙ラインの始まりだ。ギア比の設定が高いロードレーサにはきつい。車種の選択を誤ったか、などと思ってしまう。山深い雰囲気ではあるが標高130mほどでいったん下りとなる。立川水仙郷の入り口を通過。手書きの看板、そして「なぞのパラダイス」という文字がなんとも印象的。でも、その施設ははるか下にあり、自転車では登り返しがきついので寄り道する気にはならない。
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 この峠はダブルピーク。再び登りとなって、先ほどのピークよりも高い位置まで上る。といっても標高150mを越える程度。ピーク付近では、山の間に海ものぞく。そして下り。最後は海沿いの集落めがけてつづら折れの急降下。
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 下りきった小さな集落を過ぎると、海沿いの平たんでまっすぐな道。洲本市街を過ぎ、洲本温泉を過ぎ、由良を過ぎて徐々にクルマの通行が少なくなってきたが、この平たんな道はさらにクルマが少ない。加えて、集落も少ないからあまり人の気配がしない。北海道の海岸を思い出す。例えば、襟裳岬近くの黄金道路とか、積丹半島の先端部とか、瀬棚の尾花岬付近とか。要するに周辺より道路整備が遅れ、「未開通区間」と呼ばれた時期がある区間だ。もしかするとここもそうだったのかもしれない。かつての市町境(今は市境)だったところだし。
 忘れたころにモンキーセンターとか灘の水仙郷といった観光客向けの施設があって、そこだけは人が集っている。
 進行方向からするとまともに南西の風と対抗しながら進まなくてはならないはずだがなぜか無風。帰宅してからアメダスのデータを確認すると、一時的に風が北西に変わっていたようで、諭鶴羽山地が風よけとなってくれたようだ。
 そんな平和な区間も終わりを告げた。集落と集落の間隔が短くなりたまにクルマが通るようになる。そして、突如として又厳しい登りが始まった。アワイチのコース上の淡路島南部は山岳区間で、まとまった登りが4つあるという。その2つ目だ。島の最南端に三角形の突起状に突き出した潮崎を越える。さらに言うと、諭鶴羽山地の稜線越えだ。なんといっても勾配がきつい。標高100mを越えた辺りで勾配が落着き、さらに緩い下りとなった。三角形の半島の中心はまだ先。まだ稜線は越えていないと思っておいた方がいい。ところが、道路脇に現れたため池から伸びる水路は我が進行方向へと流れている。どうやらすでに峠を越えているようだ。いわゆる片峠。登ってきた坂は急勾配だが、下りは緩やかな畑が広がる台地となっている。淡路島名物玉ねぎ畑だ。

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 福良で昼食かなと思いながら玉ねぎ畑の中の道を走っていると、また突如として急坂が現れた。3つ目のまとまったアップダウンだ。息が弾む。ロードレーサーのギア比が高いということもあるが、やはり体が慣れていないということが大きく影響しているのだろう。何せ今はまだ2月。日本海側および、中国山地の山間部は、集落があったりクルマがよく通ったりする道を除いて雪に閉ざされている。だから、昨年の秋以降、山道を本格的に走っていないのだ。
 それでも幸いなのは、標高100mくらいで登りは終わる。最初の水仙ラインはダブルピークで曲者だったが、そのあとの2つは突如始まり、あっけなく終わる。そんな印象だ。最後のもう一つはどうだろうか。
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 この3つ目の峠の手前に、「アワイチ75km/150km」の表示板があった。
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 坂を下ると海沿いの道となる。山に囲まれた深い入り江の奥に街並みが広がる。造船所もある。南あわじ市の中心、福良。なんとなく三陸のリアス式海岸を思い起こさせる風景だ。クルマで四国に渡るときには洲本から内陸の三原を経由してこの福良で再び海に出て、大鳴門橋を渡った。でもこの福良の町のことはあまり覚えていない。
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 とにかく、この福良で昼食だ。造船所の船を見ながら街中へ入り、食事のできる店を探す。なければ、スーパーマーケットかコンビニエンスストアだ。「そうめん」とかかれたのれんが下がった店を発見。昨日なんとなく下調べしていた店だ。そうめんといえば小豆島が思い浮かぶが、この淡路島でも手延べそうめんが生産されているらしい。もちろん、今の時期は温かい「にゅうめん」だ。ここで食べよう。店の前にはサイクルスタンドがあるが、自転車はない。まだ11時過ぎだからかな。オニオンスープのにゅうめんとライスの定食を頂いた。
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 外に出て再スタートの準備をしていると、そばにある自動販売機に自転車のイラストが描かれているのを発見。よく見ると、自動販売機で売られているのは自転車のタイヤチューブ、タイヤレバー、パンク補修パッチ、アーレンキーセットなど。そうめんの店の隣はローストビーフ丼など淡路牛の料理が食べられる喫茶店なのだが、店主がサイクリストであり、店の名は「ジロ・デ・アワジ」だそうな。また福良にくることがあれば寄ってみよう。
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 港町の雰囲気漂う狭い路地の商店街を抜けると、海沿いの平たんな道となり、いよいよ登りが始まる。これが4つ目のまとまった登りだ。この道は、かつてクルマで走ったことを覚えている。登っていくと大鳴門橋、そして四国が見えてきた。
 ふと気づくと、左に海を見て走るはずなのに、海が右に見えている。そして大鳴門橋へとまっすぐに向かっている。大鳴門橋へと続く細長い半島の先端へと向かっている。まあとりあえず端っこまで行ってみよう。
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 行き止まりのはずなのにクルマが多いと思ったら、その先端部にある道の駅「うずしお」の入り口には駐車場の空きを待つクルマの列ができている。自転車は関係ない。さっと写真を撮って戻ることにしよう。店の入り口には長い行列。クルマも人も行列だ。大鳴門橋とその橋脚の下の潮流を眺めて引き返す。うずしおは見られなかった。
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 さて、ここまで結構上ったが、まだ登り、いやアップダウンがしつこく続く。入り江の向こうにホテルらしき建物が見えるが、結構高い位置にある。海まで下ってあそこまで上り返すのかと思ったら、今いるところからさらに登ってあそこに下るということだった。この坂の最大標高点は130mほどだが、アップダウンの長さは水仙ラインよりも長いかもしれない。

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 ようやく長いアップダウンを終えて海沿いに降り立つ。この後もう大きな登りはないと安心する。あとは、島の北端に向けて、平坦な道を追い風を受けて快走、と思った。しかし、そうはいかなかった。追い風は緩く吹いているものの野、小さな岬越えのアップダウンが何度も現れる。50mにも満たないアップダウンも、すでに100km走った脚にはじわじわ堪える。さらに難儀したのはクルマの多さだ。東海岸の国道28号線がメインなのでクルマがもっと少ないものと思っていた。しいて言えば、台数は東海岸より少ないのかもしれないが、西海岸の県道は道が狭いのだ。しかも、海を見ながら走れる区間も当然あるが、海は見えず集落の中を行くことが割と多い。視覚的にも閉塞的な区間だ。
 20数年前の四国からの帰り道で、この西海岸をクルマで走ったことがあるが、道が狭かったことだけはよく覚えている。センターラインのない、すれ違い困難な集落の中の路地通りぬけなければならなかった。
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 今は、そうした区間は、集落を山側にバイパスする道ができている。できるだけ平たんな道を行きたいということもあり自転車は旧道を選ぶ。が、クルマは少ないものの、住民がクルマ、あるいは自転車、または歩行者としてたまに通る。めったに人が通らないからと、安全確認を省略して路地から飛び出してくることがあるので注意が必要だ。
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 この西海岸、断続的に現れる海沿いの区間は、マリンリゾートの雰囲気が濃い。北に向かって走れば順光となり海の青さが際立つ。一宮の「多賀の浜」では家族連れなどたくさんの人が日差しを楽しんでいる。スケートボードで遊ぶ若者たちは、半袖のTシャツ姿だ。私もここで小休止。ああ左肩が痛い。腹筋や背筋も疲れている。もちろん脚も疲れているんだけれど、姿勢を維持する部位にダメージがあるようだ。1日に100km以上走ったのは昨年5月のビワイチ以来。それに今年になってからのすべての自転車走行のうちの3分の2は16インチの小径車。ホイールベースが短く、ハンドルが手前なので、上体が起きた乗車姿勢となる。だから、今日こんなに前傾姿勢をとることは、本当に久しぶりなのだ。
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 再スタートを切るが、腹が減ってきた。アワイチを終えたら、明石で明石焼きandラーメンの予定なので腹ペコで岩屋にゴールするのが理想。ただし、今の感触だと岩屋まで持ちそうにない。ハンガーノックになるとまずい。そんな時、道端に「淡路島バーガーあと〇〇km」の看板に気づく。確かに淡路牛に玉ねぎとご当地バーガーに生かされそうな食材はそろっている。そんなご当地バーガーが食べられる店は何か所かあり、確か道の駅「うずしお」でも看板か幟を見かけたような気がする。さらに「あと0.2km」のカウントダウン最終看板を過ぎたら、それらしき店を探す。あった。山側の少し高い位置にあり、本業はバーベキューのようだ。野外のテーブル席で海を見下ろしながらチーズバーガーをいただく。これで岩屋まで走れそうだ。ただし、淡路牛バーガーは高くて手が出せなかった。ボリュームも標準のものの2倍近いとのことだが、明石で明石焼きandラーメンだからね。
 しばらく行くとクルマが滞っている。道路の両側にそれぞれ係員が立ち、クルマの駐車場への出入りと、その向かいの店への歩行者の道路横断を誘導している。海の絶景を見ながらパンケーキが食べられる店のようだが、入り口までずらりと長い行列。
 さらに進むと、北淡震災記念公園の入り口を通過。1995年の阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震で発生した野島断層が保存された施設がある場所だ。ここには、以前来たことがある。もう20年位前だが。そんな大災害の爪痕のすぐ先では、おしゃれなレストランが道路のはす向かいに2軒。いずれもテラス席が人であふれている。先ほどの、淡路バーガーのバーベキュー施設も、パンケーキの店もそうだったが、この西海岸には「〇〇テラス」というネーミングの店が多い。南海岸だったが、「AMA TERRUSSE」なんてのもあった。淡路島は国生み神話の地だからうまいネーミングだが、しかし恐れ多くないかね。
 それにしても、西海岸は長い。もちろん、アップダウンの南海岸、その前の東海岸も、ほぼ50kmずつにうまく等分されているのだが、最も長く感じるのが西海岸だ。そんな中での励みは、中間点でも見かけた「アワイチ〇〇km/150km」の看板。西海岸では5km毎に現れる。もちろん、サイクルコンピュータやGPSレシーバの表示で距離はわかっているのだが、看板が現れることが具体的な区切りとなる。
 このあたりまで来ると、走行中に自転車に追い越されることはほとんどなくなる。速い人たちはもうとっくに先に行っている。このあたりで出会うサイクリストたちよりも、私の方が巡航速度が速い。だから走行中に追い越すことの方が多い。けれど、私は写真撮影での停止が非常に多いため、こんなところで何の写真を撮っているのだろう、という目で見られながら先に行かれ、走り出せば追いつくことの繰り返し。
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 前方に大きな街並みが見えている。この先の淡路島西海岸にはあんな大きな町はないはずだ。明石海峡の対岸の明石の町並みだろうか。しかし、見え始めた時点で岩屋までまだ20km。つまり明石まで直線距離で20kmあるという事だ。そんな先まで見えているのだろうか。それを明石だと確信したのは、岩屋まで10kmを切ったあたり。少し接近してきてはいるが、島内の景色ならもっともっと迫ってきているはずだ。それに、左手に延々と街並みが続いている。淡路島ならあんなに長く続いてはいないはず。おそらく、加古川辺りも見えているのだろう。
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 「アワイチ145km」の看板を過ぎ、つまり岩屋まで5kmを切ったすぐ先の路肩のスペースで自転車を止めて佇む男性サイクリスト。自転車は小径車だ。ああ、多賀の浜の手前で防波堤に持たれて休んでいるところを通り過ぎた。小径車だったので注目していたら目が合ってあいさつを交わしたのだった。その先のビーチで休んでいるところで追い越され、そのあと後姿を見かけたが淡路島バーガーに寄ったので追いつけなかった。ここで会ったら百年目、というわけでもないが「あと少しですね」と声をかけながら自転車を止める。彼の相方はアレックスモールトン、走れる小径車だ。大阪から自走だそうだ。えっ一日で、と驚いたが、洲本温泉に泊まって2日間の旅と聞いて一安心。ああよかった、普通の人で。
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 大阪のモールトン氏(と呼ぶことにする。自転車のブランドを立ち上げた技術者ではないよ)より一足先に再スタート。約30分後の船を目指す。明石海峡大橋が見えてきた。ずっと見えていた町並みは、橋の背景。間違いなく対岸である。その橋がどんどん近づいてきて、その下をくぐる。道の駅の駐車場はクルマでいっぱい。道路もクルマが途切れることなく行きかっている。ただクルマの流れは岩屋港へは向かわない。橋へと乗り上げるためのI.C.へ向かう道は、道の駅の前の交差点で分岐している。
 すぐ見えてきた港に、のんびり向かう。旅客船でよかった。フェリーだったらこんなのんびりムードではないだろう。
 16時20分、岩屋港到着。10時間と見込んでいたが、8時間半でアワイチ達成。建物の中で乗船券を買って、売店でお土産も買って、屋外の乗り場に向かうと、大阪のモールトン氏に再会。一つ後の便を目指してのんびり行く、と言っていたがこの便に間に合ったようだ。他にも、明石に戻るサイクリストがいっぱい。デッキの自転車スタンドは、ほぼ満杯となる。定刻16時40分、岩屋を出港。
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 明石港で大阪のモールトン氏と別れる。輪行で帰宅するそうだ。私はまず明石焼きをゲットするため、店が集中する魚の棚商店街へ。港から近く、アーケードの下に大漁旗が下がっている。人が多いので自転車を押して歩く。明石焼きの店は夕方に閉まるところが多いが、まだ17時過ぎなのでほとんどの店はまだ営業中のはず。
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 「明石焼き」の幟に足を止める。「ギャラリーであい」という変わった屋号。10個入り540円、15個入り648円で、後者を選ぶ。持ち帰りの注文だが、トイレを借りるため店内に入ると、アンティークな雰囲気の空間に陶器などが展示されていた。10分ほど待って出来上がり。先日の2店では、出汁は半透明のボトル型ふにゃふにゃプラスティック容器に入れられていたが、この店では蓋つきカップに熱い出汁が入っている。また、刻み葱と刻みショウガの小袋がそれぞれ同胞されている。これを出汁に入れるのがこの店の独特の味わい方だそうな。
 国道2号線に出て明石川を渡り、ラーメンを食べる予定の店を見ておく。「らぁ麺 しん」、二郎系だ。当然まだ夜の営業時間前。国道の反対側から、場所の確認をしていったんクルマを止めた駐車場へ。
 まずは車内にスマートフォンがあるのを確認。「らぁ麺 しん」の営業時間を確認。18時からだ。現在、17時25分。自転車をクルマに収めて帰り支度を済ませてから歩いて行こう。撤収作業が完了したのは17時40分。本を読みながらクルマの中で10分過ごす。先ほど買った明石焼きを食べたいが、300gの麺に野菜増しが食べられなくなるから、ここは我慢。開店10分前に店に向かって歩き始めるが、5分で到着。店の前で待つ人はいない。が、なんと臨時休業の張り紙。ショック。店の公式サイトに昨日付のお知らせで臨時休業のことが記されていたのにに気づかなかった。クルマへ戻る道の途中にある、山岡家へ。
 18時半、帰路に就く。混雑しているが、クルマは流れている。それに北へと向かうにつれ、徐々にクルマは減っていく。春日ではなく氷上、青垣を経由して福知山へ。帰り道はもともと高速道路を使うつもりなく、それでも3時間と少しで帰宅できた。この方がコストパフォーマンスがいい。日本海側も今日は20度を超え、朝よりかなり消えたものの、それでも雪を見て今が2月だと思い出す。「春淡し」とは、立春を過ぎてもまだ春めかないこの時期の季語だが、淡路島、そして瀬戸内はすっかり春。というわけで記事のタイトルは五七五で読んでね。

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コメント

 アワイチお疲れ様でした。
 洲本、福良より南の部分が自然豊かで車も少なく一番好きになれるところです。海岸線に沿って平坦な道が続くところもグッド。
 そもそも海岸線に平坦な道があることはあまりないですね。小さいアップダウンが延々と続いて体力が消耗していきます。
 また、帰りのサンセットラインは感覚として長いですね。

投稿: すう | 2021/03/16 20:33

 すうさんはすでに何度か走っているんですよね、アワイチ。単独だったり、息子さんと一緒だったり。
 明石海峡の対岸から見た時には、もう少しのんびり走れるだろうと思っていたのに、クルマが多かったですね。この時点ではまだ緊急事態宣言の解除前。いたるところに貼られたポスターから感染症対策の担当である経済再生担当大臣が見ているというのに。まあこれは、啓発のためのものではなく、選挙ポスターですが(出身地の明石市、及び淡路島が選挙区)。
 「距離でいえば、丹後半島一周はアワイチの半分より少し長い。ただし、アップダウンは75パーセントくらい(野室崎、新井崎を経由する場合)。ともにコース半ば最大のアップダウンがあり、標高差100m前後のアップダウンがアワイチでは4つ、丹後半島一周では3つ連なる。さらに、コース全体のアップダウンもやはりその比率といえる。」アワイチ終盤に出会った大阪のモールトン氏との船の中での会話で、丹後半島一周について効かれてこう答えました。この説明は今後使えそうですね。
 さて、アワイチから1ヶ月。京都市内では桜が開花。丹後でも梅や菜の花が咲いて春らしくなりました。数日前からウグイスの声が聞こえます(毎年春に家にいながらウグイスの声が聞こえるようになりました)。でも、アワイチを走った日のような暖かさを感じるまでには至りませんね。

投稿: はいかい | 2021/03/20 10:07

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