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2021/02/25

紀伊鳴門明石海峡春淡路(アワイチ)

 2月の初めに走った「姫路明石自転車道」の明石市内の海沿い区間がすごくよかった。日本海側は雪が降っているのにここは晴れて、暖かくて、追い風で、景色がよくて、クルマが来なくて、といいことずくめだった。この海岸沿いをずっと走りたい。そう思って、明石を再訪し前回の続きである神戸須磨海岸までを走ったわけだが、もう一つ頭に浮かんだコースがあった。それは明石海峡の対岸、淡路島。走るなら島一周だ。去年のビワイチに続いてこんどはアワイチに挑む。
 2月21日、夜明け前の3時半過ぎにクルマで出発。1日で一番冷え込む時間なのに、あまり寒くない。とても2月とは思えない。それでも、つい先日の寒波で路肩には雪がみられる。福知山を越え兵庫県丹波市へ南下。5時を過ぎ、自分以外にもクルマが走るようになったので、春日I.C.から舞鶴若狭自動車道へ。しかし、山陽自動車道とか第二神明道路とかのつながりがよく分かっていなくて、迷っていたらうっかり中国自動車道に入り込んでしまった。慌てて、吉川I.C.で降りる。ちなみにカーナビゲーションシステムはない。その代わりのGPSレシーバを見ながら南西へ向かう。国道175号線に合流したら、後は道なりに南下するだけ。
 明石に到着したら、コインパーキングにクルマを止める。時刻は6時半過ぎ。所要時間はちょうど3時間。道順を失敗したが高速道路を全く使わないよりは少し早いようだ。まあ、7時半の船に乗れそうだ。淡路島一周150kmの所要時間は、10時間と見込んでいる。今の時期、この周辺の日没時刻は、17時48分ごろだから、この便に乗れば日没10時間前の8時前にスタートを切れる。しかし逃すと次は1時間後。となると日没後の走行を覚悟しないといけなくなる。
 時間があれば、山岡家で朝食のラーメンを食べようかと思っていたが、そんなゆとりはないようだ。ちなみに、普段は24時間営業の山岡家だが、現在は5時から20時の時短営業中。
 自転車を準備。昨年のビワイチでも使用した、昭和のロードレーサー「RADAC」だ。比較的アップダウンは少なく、平坦区間が多いコースなのでこの自転車が一番向いているという判断だ。
 明石港へ向かう。港の周辺にある駐車場より安いからと2kmほど離れた場所の駐車場で24時間500円。しかし、港への道中400円、そして300円のものが見つかった。クルマならなかなか入り込もうと思わない、住宅街の中の路地に沿った駐車場だ。

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 明石港と淡路島岩屋港を結ぶ「ジェノバライン」の乗り場には、自転車を伴った人がちらほらと見られる。ここでスマートフォンをクルマに忘れてきたことに気付く。すでに7時20分。取りに戻れば、7時半の船に乗れない。あきらめよう、スマートフォンの方を。
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 大人540円、自転車230円のチケットを買って、船に乗り込む。後方デッキに、ホイールをはめ込む形の自転車用スタンドがある。20台分ほどが、ほぼ満杯だ。また、125CC以下の自動二輪も載せられ、やはり専用のスタンドがある。こちらは2台のみ。そして船室に移動して座席に腰掛け出航を待つ。
 1990年代前半、明石・岩屋間のフェリーを何度も利用した。クルマで四国に渡るために。開通したばかりの瀬戸大橋を渡るより、淡路島を経由したほうが安かったのだ。その後、明石海峡大橋が開通し、フェリーは廃止され、航路がない状態が続いていた。そして近年、旅客船としてこの「ジェノバライン」が就航した。フェリーと旅客船では、船の大きさも乗り場の広さも全く異なる。夏などに発生する乗船待ちの長大な車列が収まる広大な敷地は、コインパーキングなどへと変わったものを思われる。
 ジェノバラインの明石・岩屋間の所要時間は13分。明石海峡大橋をくぐり、淡路島へと接近していく様子を見ているとあっという間。もちろん、クルマで橋を渡っても淡路島に上陸できるが、短い船旅を選んだ。乗り換えにより交通手段に変化をつけると、旅の味わいが深まるような気がする。
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 岩屋港に着いたら、自転車乗りは三々五々スタートしていく。私はまず明石行きの船の時刻を確認。スマートフォンがないからね。そして、スタート。当面の目標は、30km余り南の洲本だ。かつて何度もクルマで走った国道28号線を進む。明石市内の移動では少し寒さを感じたが、今は適温。左に海を見て気分良く進む。寒いのは朝だけだから、と余計な装備を持ってこなくて正解、などと思っていたらそのうち暑く感じるくらいになってきた。
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 一面の黄色は、菜の花畑だ。あと薄桃色の梅も咲いている。すっかり早春の雰囲気だ。
 晴れの陽気の影響は気温だけではない。絶好の行楽日和で行楽と思われるクルマが多く通るようになる。自動二輪も多い。東浦、津名と合併前の各町の中心街では信号も多い。日曜なので運送業のトラックやダンプカーはほとんど通らず、また今のご時世のため観光バスもいないのは想定していたが、普通乗用車がこれほどまで多いのは誤算だった。幸い道幅が広く、十分な路側帯があるのでさほどストレスは感じない。
 たまに自転車にも追い越される。追い越していく自転車の多くは、複数台でトレイン走行しているもの。
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 小さなアップダウンが出てきたところで、ウィンドブレーカー代わりの合羽を脱ぎグローブを指切りのものに変える。8時半過ぎだというのに、路上の温度表示は17度。今日は20度を超えるかもしれない。予想最高気温19度くらいのはずなのに。気温が上がり空気の対流が強まってきたのか、風が出てきた。今日の風は南西。つまり今は向かい風だ。午前中は3m/s程度と弱く、あまり影響がないと思っていたが、予報より気温の上昇が早く進行して、そのため風が強まっているようだ。
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 順調に洲本に到着。クルマで走った国道28号線と別れ、海沿いの県道76号線へ。住宅や店舗が並ぶ洲本の中心街は国道で内陸に入ったところであり、海沿いは造船所や倉庫などが並んでいるくらいで、あっさりと通り過ぎてしまう。20数年前にクルマで国道28号線を通り抜けたとときには、信号が多くて時間がかかったことを覚えている。
 洲本平野を過ぎると、山が海に迫りちょっとしたアップダウンが続く。そして洲本温泉へ。海を見下ろす高台に、巨大な旅館が並ぶ。TVのCMでおなじみの旅館もある。初めて来たのにおなじみとはCMソングの効果は絶大。
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 そのうち対岸が見えてきた。本州だ。つまり、紀伊水道に差し掛かったということだ。

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 由良までのアップダウンはさほど大したものではない。由良港を過ぎると海が見えない林間となり、長い登り坂が現れる。しかもなかなかの急勾配。南淡路水仙ラインの始まりだ。ギア比の設定が高いロードレーサにはきつい。車種の選択を誤ったか、などと思ってしまう。山深い雰囲気ではあるが標高130mほどでいったん下りとなる。立川水仙郷の入り口を通過。手書きの看板、そして「なぞのパラダイス」という文字がなんとも印象的。でも、その施設ははるか下にあり、自転車では登り返しがきついので寄り道する気にはならない。
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 この峠はダブルピーク。再び登りとなって、先ほどのピークよりも高い位置まで上る。といっても標高150mを越える程度。ピーク付近では、山の間に海ものぞく。そして下り。最後は海沿いの集落めがけてつづら折れの急降下。
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 下りきった小さな集落を過ぎると、海沿いの平たんでまっすぐな道。洲本市街を過ぎ、洲本温泉を過ぎ、由良を過ぎて徐々にクルマの通行が少なくなってきたが、この平たんな道はさらにクルマが少ない。加えて、集落も少ないからあまり人の気配がしない。北海道の海岸を思い出す。例えば、襟裳岬近くの黄金道路とか、積丹半島の先端部とか、瀬棚の尾花岬付近とか。要するに周辺より道路整備が遅れ、「未開通区間」と呼ばれた時期がある区間だ。もしかするとここもそうだったのかもしれない。かつての市町境(今は市境)だったところだし。
 忘れたころにモンキーセンターとか灘の水仙郷といった観光客向けの施設があって、そこだけは人が集っている。
 進行方向からするとまともに南西の風と対抗しながら進まなくてはならないはずだがなぜか無風。帰宅してからアメダスのデータを確認すると、一時的に風が北西に変わっていたようで、諭鶴羽山地が風よけとなってくれたようだ。
 そんな平和な区間も終わりを告げた。集落と集落の間隔が短くなりたまにクルマが通るようになる。そして、突如として又厳しい登りが始まった。アワイチのコース上の淡路島南部は山岳区間で、まとまった登りが4つあるという。その2つ目だ。島の最南端に三角形の突起状に突き出した潮崎を越える。さらに言うと、諭鶴羽山地の稜線越えだ。なんといっても勾配がきつい。標高100mを越えた辺りで勾配が落着き、さらに緩い下りとなった。三角形の半島の中心はまだ先。まだ稜線は越えていないと思っておいた方がいい。ところが、道路脇に現れたため池から伸びる水路は我が進行方向へと流れている。どうやらすでに峠を越えているようだ。いわゆる片峠。登ってきた坂は急勾配だが、下りは緩やかな畑が広がる台地となっている。淡路島名物玉ねぎ畑だ。

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 福良で昼食かなと思いながら玉ねぎ畑の中の道を走っていると、また突如として急坂が現れた。3つ目のまとまったアップダウンだ。息が弾む。ロードレーサーのギア比が高いということもあるが、やはり体が慣れていないということが大きく影響しているのだろう。何せ今はまだ2月。日本海側および、中国山地の山間部は、集落があったりクルマがよく通ったりする道を除いて雪に閉ざされている。だから、昨年の秋以降、山道を本格的に走っていないのだ。
 それでも幸いなのは、標高100mくらいで登りは終わる。最初の水仙ラインはダブルピークで曲者だったが、そのあとの2つは突如始まり、あっけなく終わる。そんな印象だ。最後のもう一つはどうだろうか。
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 この3つ目の峠の手前に、「アワイチ75km/150km」の表示板があった。
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 坂を下ると海沿いの道となる。山に囲まれた深い入り江の奥に街並みが広がる。造船所もある。南あわじ市の中心、福良。なんとなく三陸のリアス式海岸を思い起こさせる風景だ。クルマで四国に渡るときには洲本から内陸の三原を経由してこの福良で再び海に出て、大鳴門橋を渡った。でもこの福良の町のことはあまり覚えていない。
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 とにかく、この福良で昼食だ。造船所の船を見ながら街中へ入り、食事のできる店を探す。なければ、スーパーマーケットかコンビニエンスストアだ。「そうめん」とかかれたのれんが下がった店を発見。昨日なんとなく下調べしていた店だ。そうめんといえば小豆島が思い浮かぶが、この淡路島でも手延べそうめんが生産されているらしい。もちろん、今の時期は温かい「にゅうめん」だ。ここで食べよう。店の前にはサイクルスタンドがあるが、自転車はない。まだ11時過ぎだからかな。オニオンスープのにゅうめんとライスの定食を頂いた。
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 外に出て再スタートの準備をしていると、そばにある自動販売機に自転車のイラストが描かれているのを発見。よく見ると、自動販売機で売られているのは自転車のタイヤチューブ、タイヤレバー、パンク補修パッチ、アーレンキーセットなど。そうめんの店の隣はローストビーフ丼など淡路牛の料理が食べられる喫茶店なのだが、店主がサイクリストであり、店の名は「ジロ・デ・アワジ」だそうな。また福良にくることがあれば寄ってみよう。
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 港町の雰囲気漂う狭い路地の商店街を抜けると、海沿いの平たんな道となり、いよいよ登りが始まる。これが4つ目のまとまった登りだ。この道は、かつてクルマで走ったことを覚えている。登っていくと大鳴門橋、そして四国が見えてきた。
 ふと気づくと、左に海を見て走るはずなのに、海が右に見えている。そして大鳴門橋へとまっすぐに向かっている。大鳴門橋へと続く細長い半島の先端へと向かっている。まあとりあえず端っこまで行ってみよう。
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 行き止まりのはずなのにクルマが多いと思ったら、その先端部にある道の駅「うずしお」の入り口には駐車場の空きを待つクルマの列ができている。自転車は関係ない。さっと写真を撮って戻ることにしよう。店の入り口には長い行列。クルマも人も行列だ。大鳴門橋とその橋脚の下の潮流を眺めて引き返す。うずしおは見られなかった。
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 さて、ここまで結構上ったが、まだ登り、いやアップダウンがしつこく続く。入り江の向こうにホテルらしき建物が見えるが、結構高い位置にある。海まで下ってあそこまで上り返すのかと思ったら、今いるところからさらに登ってあそこに下るということだった。この坂の最大標高点は130mほどだが、アップダウンの長さは水仙ラインよりも長いかもしれない。

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 ようやく長いアップダウンを終えて海沿いに降り立つ。この後もう大きな登りはないと安心する。あとは、島の北端に向けて、平坦な道を追い風を受けて快走、と思った。しかし、そうはいかなかった。追い風は緩く吹いているものの野、小さな岬越えのアップダウンが何度も現れる。50mにも満たないアップダウンも、すでに100km走った脚にはじわじわ堪える。さらに難儀したのはクルマの多さだ。東海岸の国道28号線がメインなのでクルマがもっと少ないものと思っていた。しいて言えば、台数は東海岸より少ないのかもしれないが、西海岸の県道は道が狭いのだ。しかも、海を見ながら走れる区間も当然あるが、海は見えず集落の中を行くことが割と多い。視覚的にも閉塞的な区間だ。
 20数年前の四国からの帰り道で、この西海岸をクルマで走ったことがあるが、道が狭かったことだけはよく覚えている。センターラインのない、すれ違い困難な集落の中の路地通りぬけなければならなかった。
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 今は、そうした区間は、集落を山側にバイパスする道ができている。できるだけ平たんな道を行きたいということもあり自転車は旧道を選ぶ。が、クルマは少ないものの、住民がクルマ、あるいは自転車、または歩行者としてたまに通る。めったに人が通らないからと、安全確認を省略して路地から飛び出してくることがあるので注意が必要だ。
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 この西海岸、断続的に現れる海沿いの区間は、マリンリゾートの雰囲気が濃い。北に向かって走れば順光となり海の青さが際立つ。一宮の「多賀の浜」では家族連れなどたくさんの人が日差しを楽しんでいる。スケートボードで遊ぶ若者たちは、半袖のTシャツ姿だ。私もここで小休止。ああ左肩が痛い。腹筋や背筋も疲れている。もちろん脚も疲れているんだけれど、姿勢を維持する部位にダメージがあるようだ。1日に100km以上走ったのは昨年5月のビワイチ以来。それに今年になってからのすべての自転車走行のうちの3分の2は16インチの小径車。ホイールベースが短く、ハンドルが手前なので、上体が起きた乗車姿勢となる。だから、今日こんなに前傾姿勢をとることは、本当に久しぶりなのだ。
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 再スタートを切るが、腹が減ってきた。アワイチを終えたら、明石で明石焼きandラーメンの予定なので腹ペコで岩屋にゴールするのが理想。ただし、今の感触だと岩屋まで持ちそうにない。ハンガーノックになるとまずい。そんな時、道端に「淡路島バーガーあと〇〇km」の看板に気づく。確かに淡路牛に玉ねぎとご当地バーガーに生かされそうな食材はそろっている。そんなご当地バーガーが食べられる店は何か所かあり、確か道の駅「うずしお」でも看板か幟を見かけたような気がする。さらに「あと0.2km」のカウントダウン最終看板を過ぎたら、それらしき店を探す。あった。山側の少し高い位置にあり、本業はバーベキューのようだ。野外のテーブル席で海を見下ろしながらチーズバーガーをいただく。これで岩屋まで走れそうだ。ただし、淡路牛バーガーは高くて手が出せなかった。ボリュームも標準のものの2倍近いとのことだが、明石で明石焼きandラーメンだからね。
 しばらく行くとクルマが滞っている。道路の両側にそれぞれ係員が立ち、クルマの駐車場への出入りと、その向かいの店への歩行者の道路横断を誘導している。海の絶景を見ながらパンケーキが食べられる店のようだが、入り口までずらりと長い行列。
 さらに進むと、北淡震災記念公園の入り口を通過。1995年の阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震で発生した野島断層が保存された施設がある場所だ。ここには、以前来たことがある。もう20年位前だが。そんな大災害の爪痕のすぐ先では、おしゃれなレストランが道路のはす向かいに2軒。いずれもテラス席が人であふれている。先ほどの、淡路バーガーのバーベキュー施設も、パンケーキの店もそうだったが、この西海岸には「〇〇テラス」というネーミングの店が多い。南海岸だったが、「AMA TERRUSSE」なんてのもあった。淡路島は国生み神話の地だからうまいネーミングだが、しかし恐れ多くないかね。
 それにしても、西海岸は長い。もちろん、アップダウンの南海岸、その前の東海岸も、ほぼ50kmずつにうまく等分されているのだが、最も長く感じるのが西海岸だ。そんな中での励みは、中間点でも見かけた「アワイチ〇〇km/150km」の看板。西海岸では5km毎に現れる。もちろん、サイクルコンピュータやGPSレシーバの表示で距離はわかっているのだが、看板が現れることが具体的な区切りとなる。
 このあたりまで来ると、走行中に自転車に追い越されることはほとんどなくなる。速い人たちはもうとっくに先に行っている。このあたりで出会うサイクリストたちよりも、私の方が巡航速度が速い。だから走行中に追い越すことの方が多い。けれど、私は写真撮影での停止が非常に多いため、こんなところで何の写真を撮っているのだろう、という目で見られながら先に行かれ、走り出せば追いつくことの繰り返し。
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 前方に大きな街並みが見えている。この先の淡路島西海岸にはあんな大きな町はないはずだ。明石海峡の対岸の明石の町並みだろうか。しかし、見え始めた時点で岩屋までまだ20km。つまり明石まで直線距離で20kmあるという事だ。そんな先まで見えているのだろうか。それを明石だと確信したのは、岩屋まで10kmを切ったあたり。少し接近してきてはいるが、島内の景色ならもっともっと迫ってきているはずだ。それに、左手に延々と街並みが続いている。淡路島ならあんなに長く続いてはいないはず。おそらく、加古川辺りも見えているのだろう。
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 「アワイチ145km」の看板を過ぎ、つまり岩屋まで5kmを切ったすぐ先の路肩のスペースで自転車を止めて佇む男性サイクリスト。自転車は小径車だ。ああ、多賀の浜の手前で防波堤に持たれて休んでいるところを通り過ぎた。小径車だったので注目していたら目が合ってあいさつを交わしたのだった。その先のビーチで休んでいるところで追い越され、そのあと後姿を見かけたが淡路島バーガーに寄ったので追いつけなかった。ここで会ったら百年目、というわけでもないが「あと少しですね」と声をかけながら自転車を止める。彼の相方はアレックスモールトン、走れる小径車だ。大阪から自走だそうだ。えっ一日で、と驚いたが、洲本温泉に泊まって2日間の旅と聞いて一安心。ああよかった、普通の人で。
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 大阪のモールトン氏(と呼ぶことにする。自転車のブランドを立ち上げた技術者ではないよ)より一足先に再スタート。約30分後の船を目指す。明石海峡大橋が見えてきた。ずっと見えていた町並みは、橋の背景。間違いなく対岸である。その橋がどんどん近づいてきて、その下をくぐる。道の駅の駐車場はクルマでいっぱい。道路もクルマが途切れることなく行きかっている。ただクルマの流れは岩屋港へは向かわない。橋へと乗り上げるためのI.C.へ向かう道は、道の駅の前の交差点で分岐している。
 すぐ見えてきた港に、のんびり向かう。旅客船でよかった。フェリーだったらこんなのんびりムードではないだろう。
 16時20分、岩屋港到着。10時間と見込んでいたが、8時間半でアワイチ達成。建物の中で乗船券を買って、売店でお土産も買って、屋外の乗り場に向かうと、大阪のモールトン氏に再会。一つ後の便を目指してのんびり行く、と言っていたがこの便に間に合ったようだ。他にも、明石に戻るサイクリストがいっぱい。デッキの自転車スタンドは、ほぼ満杯となる。定刻16時40分、岩屋を出港。
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 明石港で大阪のモールトン氏と別れる。輪行で帰宅するそうだ。私はまず明石焼きをゲットするため、店が集中する魚の棚商店街へ。港から近く、アーケードの下に大漁旗が下がっている。人が多いので自転車を押して歩く。明石焼きの店は夕方に閉まるところが多いが、まだ17時過ぎなのでほとんどの店はまだ営業中のはず。
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 「明石焼き」の幟に足を止める。「ギャラリーであい」という変わった屋号。10個入り540円、15個入り648円で、後者を選ぶ。持ち帰りの注文だが、トイレを借りるため店内に入ると、アンティークな雰囲気の空間に陶器などが展示されていた。10分ほど待って出来上がり。先日の2店では、出汁は半透明のボトル型ふにゃふにゃプラスティック容器に入れられていたが、この店では蓋つきカップに熱い出汁が入っている。また、刻み葱と刻みショウガの小袋がそれぞれ同胞されている。これを出汁に入れるのがこの店の独特の味わい方だそうな。
 国道2号線に出て明石川を渡り、ラーメンを食べる予定の店を見ておく。「らぁ麺 しん」、二郎系だ。当然まだ夜の営業時間前。国道の反対側から、場所の確認をしていったんクルマを止めた駐車場へ。
 まずは車内にスマートフォンがあるのを確認。「らぁ麺 しん」の営業時間を確認。18時からだ。現在、17時25分。自転車をクルマに収めて帰り支度を済ませてから歩いて行こう。撤収作業が完了したのは17時40分。本を読みながらクルマの中で10分過ごす。先ほど買った明石焼きを食べたいが、300gの麺に野菜増しが食べられなくなるから、ここは我慢。開店10分前に店に向かって歩き始めるが、5分で到着。店の前で待つ人はいない。が、なんと臨時休業の張り紙。ショック。店の公式サイトに昨日付のお知らせで臨時休業のことが記されていたのにに気づかなかった。クルマへ戻る道の途中にある、山岡家へ。
 18時半、帰路に就く。混雑しているが、クルマは流れている。それに北へと向かうにつれ、徐々にクルマは減っていく。春日ではなく氷上、青垣を経由して福知山へ。帰り道はもともと高速道路を使うつもりなく、それでも3時間と少しで帰宅できた。この方がコストパフォーマンスがいい。日本海側も今日は20度を超え、朝よりかなり消えたものの、それでも雪を見て今が2月だと思い出す。「春淡し」とは、立春を過ぎてもまだ春めかないこの時期の季語だが、淡路島、そして瀬戸内はすっかり春。というわけで記事のタイトルは五七五で読んでね。

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2021/02/24

大阪北部の川沿いを行く

 クルマのほとんど通らない山間部の道は雪に閉ざされていて、自転車で楽しく走れる道は限られている。要するにツーリングのオフシーズンというわけなのだが、こういう時期だからこそ都会に整備された自転車道がねらい目となる。都市部へのアプローチは、クルマだと道路が混雑して効率の良い移動ができないし、駐車料金もかかる。鉄道網が発達しているのでそれを利用する方がいい。そんなときに、16インチホイールの折畳小径車は、輪行のハードルを下げてくれる。同じ折畳小径車でも20インチホイールのものと比べて、明らかに小さくて軽い。田舎と比べて周囲に人が多い都会の駅や列車の中でのプレッシャーが、ずいぶん軽減される。
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 というわけで、大阪へ。丹波篠山まではクルマ。JRと阪急を乗り継いで十三駅下車。自転車の準備が整ったら南へ。すぐに淀川の土手に突き当たる。これを登って、東へ。1km余りで土手を降り、阪急南方駅そばの「笑福」へ。つけ麺の大盛り(麺300g)の野菜増しをいただく。エネルギーを摂取したら、消費しないといけない。淀川の土手に戻り、東へと進む。西寄りの風を受けて順風満帆の走り。正面に見えるのは生駒山地。鉄道や車道の橋が立ちふさがるので、河川敷に降りる。
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 いくつかの橋をくぐり豊里大橋をこえると、かつて走った区間となるが、基本的に川沿いの景色はあまり変化がない。さらに2km余り進んで神崎川沿いへと移りたいと思っていたが、その分岐点を通り過ぎて少し戻る。いきなり強い向かい風に速度が落ちる。
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 神崎川は淀川から分岐しているのだが、もちろんそんなことは自然に起こるわけがない。水運のために奈良時代に掘られた運河というわけだ。
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 分岐を見落とさないよう展望の利く土手に上がる。大きな淀川と比べ橋を渡ったことにも気づかないような小さな水路が神崎川だった。いったん車道に出てから、神崎川沿いへ。その左岸の河川敷が「なにわ自転車道」だ。淀川よりも狭く、ウォーキングやジョギングの人もいるので注意が必要。
 西に向かうため、向かい風なのだが、広い淀川と違い、周囲のマンションや工場の建物がさえぎってくれるせいか幾分ましになる。
 対岸に安威川が合流ししっかりとした流れとなる。このあたりから阪急三国駅付近まではかつて走ったことがある。が、やはり川沿いの道にはあまり景色の変化がなく、既走かそうでないかの違いはあまり感じられない。川が市境となっていて南側、つまり左岸が大阪市で、対岸の北側は吹田市。吹田側は工場ばかり並んでいる。
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 東三国で橋を渡って北岸へ。北岸河川敷にも自転車と歩行者専用の道が設けられているが、いくつか支流が合流していて、その度に土手に上がって車道に沿った自歩道で橋を渡り、また河川敷に降りる。そのせいか、なにわ自転車道のある左岸と比べて行き交う人は少ない。
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 東三国からかなり進んでやっと三国駅付近の阪急京都線を越える。さらにもう少し西に進み旧猪名川の合流点。この流れを遡って北上。本日の風向きは南西なので、向かい風から追い風へと変わる。細い川幅の両岸には、クルマが通らない道がある。しかし、橋が架かっているところでは車道を渡らなければならない。信号はなくクルマに要注意。東側から西側に移動。すると川沿いの道は途切れてしまった。すぐに詩に
は、猪名川の本流が近付いているのでそちらへ移動。橋を渡って西側の土手の上に、車の通らない快適な道が延びている。これを北上だ。ウォーキングする人がたまにいるが、夕暮れの川と街並みを見下ろしながらのんびり走ることができる。しかし、年度末のせいか護岸工事なのか道路工事なのかわからないが通行止がもある。対岸に渡って何とかクリア。
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 周囲の車道はクルマであふれているのに加え、夕暮れの空もにぎやか。伊丹空港が近いのだ。対岸にはJR福知山線。列車の車窓から見た猪名川の流れを思い出し、頭の中で照らし合わせる。
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 伊丹空港の敷地の北端が猪名川と最接近していて、土手の道から滑走路がよく見える。飛行機の離陸の様子をしばし見物。
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 その先で交通量の多い道と交差している。信号がないようだ。辺りを見渡すと河川敷の道をロードレーサーが突っ走っている。そちらに降りて車道の橋をくぐる。
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 中国自動車道の高架をくぐり、阪神高速池田線に沿ってさらに北上。阪急電車の鉄橋をくぐればゴールは近い。果然指揮を脱出して、橋を渡って川の西側へ。地図を見るのが面倒で、とにかく阪急電車の高架に沿っていく。夕方の人出でにぎわう阪急川西能勢口駅に到着。夕暮れに駅前のイルミネーションが映える。ここからゴールのJR川西池田駅は近い。梅田からならば宝塚で阪急とJRを乗り継いだ方が安いが、川西ま
できたらJRで通した方が安い、10円だけど。乗り換えの手間や時間のロスもなくなるし。
 自転車を輪行袋に収めて、ホームへ。篠山口行きの快速列車に乗車。さすがに座れはしないものの、混雑というほどでもなくて一安心。新三田を過ぎると、一気に乗客が減る。あとは着席して読書に没頭。

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2021/02/20

結局暖冬

 2月も後半となり、三寒四温と言われる時期に差し掛かってきた。しかしこの冬は気温の変化が激しい。それも冬のはじめから。まず、12月中旬にいきなり積雪。「この時期としては記録的な大雪」などと言われた。その後年末年始、成人の日前後など久しぶりの寒い冬の到来かと思いきや、1年で最も寒いはずの大寒の時期に15度を超える3月並みの陽気。2月に入れば、寒波は来るもののその勢力は衰え、2月中旬にはなんと20度に達する4月並みの日が2日も続いた。トータルで見ると暖冬である。
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 18日から19日にかけては久しぶりの寒波襲来。玄関先の積雪は約15cm。またこれまであまり積もらなかった、宮津でもは20cmくらい積もってこの冬一番の積雪。見通しの良い直線道路で路肩に落ちているクルマ。久しぶりの雪道で油断したか。普通冬の初めによく起こる事故だ。
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 隣町である兵庫県豊岡市の2月14日と18日の1時間ごとの気温をグラフにしてみた。たった4日でこの違いである。しかも、14日の最低気温は4.6度で、18日の最高気温3.5度よりも1度以上高い。
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 また、同じく豊岡の、1月と2月の平均気温。2021年2月は前半14日まで。これを見てもわかるとおり、今年の2月は記録的な高温を記録している。しかも2月前半のみの集計である。2月は冬が終わり春へと向かう時期。日を追うごとに気温が上昇するのが一般的である。18〜19日の寒波で少し下がったが、21〜22日にはまた20度越えの予報。

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明石海峡播磨側ビーチめぐり

 先日の姫路証自転車道の明石市内の海岸「浜の散歩道」が、とてもよかった。美しい海の景色を見ながら、ずっと走りたいと思う道だった。そしてそのあとの輪行で間違えて反対方向の列車に乗ってしまったことも印象深い。明石海峡大橋のたもとにもきれいな海岸が見られた。だから、今度は明石から東へとこの前の続きを走ることにした。
 スタート地点の明石へクルマでアプローチ。先日訪れているのだが、クルマで来るのは何年ぶりだろうか。1990年代、特に前半はよく来ていた。ただし、通過点として。四国へと渡る最も費用が掛からないルートとして、明石からフェリーで淡路島へ渡り、大鳴門橋で徳島県鳴門市に上陸。開通して間もない瀬戸大橋よりも安かった。当時はETCもなかったし。丹波市から国道175号線を南下。西脇から南はクルマが多い、市街地をバイパスする道は中央分離帯のある片側2車線で、信号が少なく、流れはよい。
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 明石の中心街のラーメンで腹ごしらえ。北海道や信州へと遠征でよく利用している山岡家の関西唯一の店舗が明石にあるのだ。そして明石港近くのコインパーキングへクルマを止める。前夜にネットで探したのだが、無料で止められる場所は見つからなかった。駅の周辺と比べると港の方が安いようだ。なんとか24時間最大料金550円の駐車場に1台分だけ空きを見つけてクルマを入れる。前夜調べた限りでは、400円/日というものもあったが、それは予約が必要。おそらく、個人宅の駐車場を時間貸しとして登録する形式のもの。
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 自転車の準備を整え、出発。まず少し市街地に戻り、「きむらや」で明石焼きをゲット。旅行ガイドなどにも掲載される有名店に10数年前ぶりの訪問だ。店内でも食べられるが、持ち帰りを頼む。
 国道28号線を東に。この国道は四国から淡路島を経由してきたものだ。港湾関係の施設が途切れると、右手が大蔵海岸となる。当然そちらへハンドルを切る。開放的なビーチが広がる。前方には圧倒的な存在感を放つ明石海峡大橋。右手には淡路島だ。夏は海水浴場で、冬の今もたくさんの人々が降り注ぐ日差しを浴びて、座ったり、歩いたり、走ったりしている。
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 ベンチに腰掛けさっき買った明石焼きを食べる。まだできたてで温かい。別の容器に入った出汁をかけて食べる。パックにぎっしり16個も入っていて、ラーメンを食べたばかりなのでちょっとボリュームがありすぎ。しかし出汁をかけてしまったので、途中でやめることができず全部食べてしまった。遊歩道でビーチを西から東に通り抜け、再び車道へと戻る。
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 車道は、国道28号線を吸収した国道2号線。ここから神戸市垂水区となる。国道2号線の海側の自歩道を進む。少し市街地の様相となるが、明石海峡大橋がどんどん近づいてきて、その下に来ると再び海岸べりの道となる。橋をくぐったところが舞子海岸。
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 また、人が集まる憩いのビーチが広がる。やはりここも遊歩道を行く。明石海峡大橋は後方に移り、前方はビーチの向こうの傾斜地に広がる市街地が背景となる。ビーチの奥には商業施設。大蔵海岸もそうだったが、人が集まる場所は商売の場、ということか。
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 ヨットハーバーを越え再び国道2号線へ。少し海が見えなくなる区間があるが、すぐにまた右に海を見て進むようになる。山と海が迫った狭い平地で国道2号線とJR山陽本線と山陽電鉄が絡み合う。
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 左手の山肌を登るロープウェイが見えてきた。ここは須磨浦。つまり神戸市須磨区。この文章のタイトルには本州側という意味で播磨と書いたが、ここからは摂津の国だ。ロープウェイが登っているのは鉢伏山。六甲山地の西の端っこ。昨年10月に北海道から神戸空港へ帰ってくる飛行機の窓から俯瞰した絵が思い浮かぶ。
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 しばらく進むと海が見えなくなり、いつしか周囲は庶民的な飲食店などが並ぶ下町の雰囲気の街並みとなっている。さらに、国道を挟んで山側に山陽電鉄、海側にJR山陽本線の駅が対峙していることに気付く。この先国道2号線は海から離れ市街地を行く。そして海岸は工場や倉庫が並ぶ神戸港および周辺の工業地帯となる。ここまでとしよう。
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 まだ乗ったことがない山陽電鉄で明石に戻ろうか、と駅に向かいかけて思いとどまる。須磨海岸に寄っていないではないか。JRの踏切を越え、住宅街の細い道を抜けると、また開放的なビーチが広がる。阪神工業地帯に隣接して、こんな美しい砂浜が広がっているとは。まあ、人工的な雰囲気は感じるけどね。少し西に傾いてきているとはいえ、冬至からひと月余りを経過し力強さを取り戻しつつある日の光が空から降り注いでいる。海は穏やか。密集、密着、密接の3つの「密」とは無縁のオープンスペースで人々が憩っている。海岸線の地形により東方の阪神工業地帯はうまく目隠しされ、西を振り返れば鉢伏山の左に明石海峡大橋と淡路島がのぞいている。その淡路島が輩出した作詞家により書かれた1977年の大ヒット曲の情景とは対極といえる「明石海峡・冬景色」だ。
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 遊歩道で須磨海岸の砂浜の東端まで行きついたら国道2号線へ。駅はさらに少し内陸だ。だったら、もう一度須磨海岸の遊歩道で須磨駅に戻った方がいい。西に向かうと、それまではほとんど感じなかった風の抵抗を感じる。ビーチの西の端までくるとJR山陽本線の須磨駅。先ほど国道2号線側から見た駅舎の反対側だ。このままJRで明石に戻ろう。山陽電鉄よりも安くて速いし。
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 輪行の準備を開始すると、西明石行きの普通列車の入選を伝える校内放送が聞こえてきた。さすがにその列車には間に合わないかと思いきや、発射まで10分くらいあるようだ。どうやら快速か新快速を先に生かせるらしい。というわけで、ゆうゆう普通列車に乗り込んだ。車内は空いている。その語、ホームの反対側に快速列車が到着。その快速列車が先に出発し、当然明石到着も先。でも、普通列車よりも乗客が多くて座れそうにないし、明石到着は5分も変わらない。ということで普通列車の車内で快速列車を見送り、後は明石まで座ってのんびり揺られる。
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 明石に着いたら自転車で港近くの駐車場へ。でもその前にもう一度明石焼きを買おう。同じ店では芸がないので、魚の棚商店街の中の「たこ磯」という店へ。「きむらや」が20個入りで900円だったのに対し、「たこ磯」は15個入りで700円。やはり、店内に入らず、持ち帰りとする。とにかく、早めに市街地を脱出したい。帰り道、どこか途中でいただくことにしよう。出汁は「たこ磯」の方がちょっと色が薄めか。味も少し異なるが、まあ微妙な違いとしか表現できない。容器に残ったものをそれぞれ味わってみたのだが。
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 クルマに自転車を積み込み、帰路に就く。明石川の西側、林崎港近くに1日最大500円の駐車場を発見。50円安いことに加え、こちらは収容台数が多くいつでも止められそうだ。ちなみに、帰宅してから改めて調べてみたけどインターネットには掲載されていなかった。

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2021/02/08

姫路明石自転車道は晴れの道

 兵庫県の播磨地区にある大規模自転車道には、先日走った「播磨中央自転車道」「加古川右岸自転車道」に加え、「姫路明石自転車道」がある。郊外や川の土手及び河川敷を走る「中央」「加古川」と比べ、播磨の国の二大都市を結ぶ市街地及び工業地帯を行く「姫路明石自転車道」は、今一つ魅力を感じなかった。ただし、その東側3分の1にあたる明石市内は瀬戸内海に面した絶景区間。そこだけは過去に走っている。といってもそれはもう19年も前のことだし、全線通して走ってみよう。
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 雪の降る丹後を出発。国道312号線を南下し、市川沿いの公園の駐車場にクルマを置いて16インチホイールの折畳小径車でJR播但線仁豊野駅へ。15分、210円で姫路駅へ。駐車料金もかからず、交通量が多く事故のリスクが高めで、所要時間がかかる区間をルマでも自転車でも走らなくて済むアプローチ。小さくて軽い自転車は、輪行のハードルを下げてくれる。
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 正面に姫路城が見える姫路駅前で自転車の準備を整え、駅から数百メートルのラーメン店「丸十」へ。店のすぐ近くにある、最初の90分無料の駐輪場に自転車を止めて店内へ。「白とんこつラーメン大盛り」は麺の量こそ普通の大盛り程度だが、500gの野菜や太麺などは二郎系といっていい(諸説あり)。ちなみに、隣も向いもラーメン屋だ。
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 自転車道の起点は国道2号線の市川橋東詰。丸十の前の通りを東へ向かい、市川に突き当たったところで2号線へ北上。市川橋を渡る。雪の丹後が嘘のような、快晴の青空が広がっている。
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 「姫路明石自転車道」の起点といっても、何の標識も見当たらない。しかも、自転車道といってもそれは単なる国道の自歩道。自転車道の存在を知らない地元民も多いのではなかろうか。
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 店舗が立ち並ぶ国道2号線はクルマの通行が多い。安全第一で自歩道を行く。それまで国道2号線と重複していた国道312号線をたどって南へ。御着駅の東のアンダーパスでJR山陽本線と山陽新幹線を越える。そして、山陽新幹線の高架下に敷かれた広めの自歩道へ。これが自転車道だ。いつしか周囲には畑や田んぼが見られる。頭上に山陽新幹線、そばに山陽本線、少し離れて国道2号線と、西日本の大動脈が通っているものの、自転車道に並走する車道はクルマが非常に少ない。だから自歩道の段差を避けでその車道を走る。田畑を隔てて少し離れた国道2号線とは別世界のようだ。間断なく大型車の轟音が聞こえてくるのだが。その国道の向こうに見える低い山は、大きな木が生えているわけではないがまばらに低木が茂りはげ山でもない。灰色の山肌の背景は冬晴れの青い空。繰り返すが、雪の丹後が嘘のよう。強いて言えば風は冷たい。でも降り注ぐ直射日光のため、あまり寒さを感じない。しかも追い風だし。「晴れの国」とは岡山県のキャッチフレーズだが、その隣の兵庫県播磨地方もまた「晴れの国」なのだ。ちなみに、先日訪れた氷ノ山の三ノ丸が播磨の国の最北地点。あの雪原と樹氷林も含めて播磨なのだ。これは岡山県でも同じことで、蒜山高原や人形峠に恩原高原など、雪の世界だ。
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 天川を越えると並走していた山陽新幹線と山陽本線が分かれる。自転車道は引き続き新幹線の高架下を行く。先ほどの天川を含め、いくつかの川、そして国道2号線バイパスと新幹線のが交差するところでは、高架下の道が途切れる。そうした個所では、橋や地下道トンネルなどに迂回するため、若干複雑な道順となる。まあ、新幹線の高架という大きな目印があるから迷うことはないが。
 高砂市に入ると新幹線の高架の周囲は住宅街となり、高架下の車道を行くクルマが増えてくる。さらに交差点も次々に現れ、注意が必要だ。
 加古川の土手に突き当たった。国道250号線に北上し播州大橋を渡る。橋上から河川敷を見下ろせば、先日走った加古川右岸自転車。
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 対岸に渡れば加古川市。また新幹線に向かって南下。川を見渡せる土手の上を走りたいが、そちらはクルマのための道。自転車道は安全を重視して土手の下なのだが、川を見ることもできず面白くない。さらには、そのあとの新幹線の高架下は、高砂市側に増してクルマも交差点も多い。山陽電鉄が並走し、その駅の近くでは歩行者も多いから、さらに注意が必要。
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 播磨町に入り、播磨中学校のそばの川沿いに公園を見つけトイレ休憩。ずっと我慢していたのだ。
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 明石市に入ってすぐ、長く連れ添ってきた新幹線の高架下から、交差する国道250号線の自歩道へ自転車道は乗り換え。ただし、国道250号線とのランデブーは1km余り。国道と交差する瀬戸川沿いの生活道路へまたも乗り換え。クルマが行きかう片側2車線の大通りから、ジョギングする人や自転車にに乗った子供たちが行きかうのんびりした道へ。この先通行止め、とあるからクルマはほとんど通らない。もちろん、歩行者や自転車は通り抜けられる。
 数百メートルで山陽電鉄の線路を越え、さらに数百メートル進むと海の香りが漂う。
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 瀬戸川の河口で青く広がる海。待望の瀬戸内海だ。それまでストレスフルな区間が続いていたため、感動的な海との出会い。閉塞した状態から、一気に開放感あふれる景色へと、ドラマティックな展開だ。やはり、この自転車道は姫路から明石に向けて走るに限る。背後は工場群が並ぶ瀬戸内工業地域そのものの景色だが、進行方向には浜が伸び、沖合に淡路島が見える。しかも、追い風が吹いている。
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 テトラポットで埋め尽くされるほどの狭い浜は、魚住の漁港を越えると広い浜となる。その浜では数名の若者が駆け回り、まさに青春している。
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 さらに進んでいくと、江井ヶ島の漁港。その漁港を越えると江井ヶ島海岸。リゾートの雰囲気漂うきれいなビーチだ。前方には明石海峡大橋も見える。このあたりが、姫路明石自転車道の一番の絶景ポイント。そして、海沿い区間は「浜の散歩道」とも呼ばれている。
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 景色はいいし、車は通らないし、追い風だし、とにかく気分がいい。こんな道をいつまでも走っていたい。
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 海沿いを延々と走り、林崎漁港を迂回。もう明石の中心街が近い。漁港の周りの路地を抜け、再び望海浜公園で瀬戸内海と明石海峡大橋、そして淡路島を見る。ただし、これが最後。あとは明石川河口から市街地へ向かう。久しぶりに明石焼きを食べたいな、と思ったがもう通り過ぎていた。ゴールの明石駅へ向かおう。夕方の混雑の前に輪行を終えてしまいたい。
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 明石駅に着いたと思ったら、それは山陽電鉄の明石駅。JRの駅も隣接しているのだが、輪行袋を担いで歩く距離をできるだけ少なくしたいので、北側に回り込む。こちらがJR明石駅。
 5分で自転車を輪行袋に収めて山陽本線のホームへ。ちょうど列車が到着したので、乗り込む。が、乗ってから気づいた。反対方向ではないか。京都府に帰ることを考えていたら京都方面行に乗ってしまった。姫路にクルマが止めてあるというのに。新快速だから次の停車駅は神戸。10分余り。まあ、瀬戸内海や淡路島、明石海峡大橋が車窓から見えてよかったけど。
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 神戸で折り返して30分のロス。まあ座れはしないけど、大混雑というほどではないのでほっとする。加古川で乗客がかなり降りて席が空いた。輪行袋を伴いボックス席を独り占め。高齢者等の優先座席だが、次が終点の姫路なので問題なかろう。
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 播但線は本数が少なめなので、混雑が心配されたが意外にも座れた。まあ、12分ほどだけど。仁豊野で降りたら、自転車で1km。そしてクルマに乗って晴れの国から雪国へ戻る。

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2021/02/04

樹氷の氷ノ山2021

 せっかく雪が積もったのに、土日の旅に天気が悪かった。1月末になり、ようやくチャンス到来。金曜土曜に寒波が来て、日曜は回復との予報。

 当日6時半に丹後を出発。8時、兵庫県養父市大屋町で同行のすうさんと落ち合う。が、すうさん少し遅れて到着。舞鶴自動車道から近畿豊岡自動車道へ分岐するジャンクションを先頭に込み合っていたとのこと。その多くは、ハチ・ハチ北スキー場へ向かうクルマらしい。みんなこの日を待っていたというわけだ。

 天気の回復も遅れている。予報では「明け方まで」のはずの雨が、弱いながらも降ったりやんだり。周囲の山々の稜線はガスに覆われている。あと、雪もあまり多くない。
 若杉峠、戸倉峠を越えて鳥取県若桜町へ。我々の前後にも「わかさ氷ノ山スキー場」へ向かうクルマ。駐車場にクルマが止められるかが心配。雨は降っていないが、周囲の山々の稜線はガスに覆われている。
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 予想通りゲレンデに近い駐車場は満車。あちこちに路上駐車のクルマ。何とか離れた駐車場に空きを見つけて、クルマを止める。入山の準備をしたら板を担いでゲレンデへ。曇天ながらゲレンデ最上部まで見えている。リフト1回券を2枚買って、スキーパトロールで登山届けに記入し10時半過ぎリフト乗車。10時の予定より遅れたものの、天気回復も遅れている。
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 リフトを2本乗り継ぎ。スキー場トップ、標高1200mまではガスも晴れている。上部リフト中間降り場より上のゲレンデも今日は開放。登山者だけでなくゲレンデ滑走者も最上部に登ってきている。
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 最上部リフト降り場では、入山準備中のスノーボーダーが数名みられる。スプリットボードだ。我々もスキー板をザックに括り付けて準備。ゲレンデを見下ろすことはできるが、扇ノ山は見えない。
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 しばらくは樹林帯の急登。トレースはしっかり踏み固められていて歩きやすい。新雪はあまり深くないようだ。霧がかかった樹氷林がなんとも幻想的。痩せ尾根の区間はいつも雪庇ができるところ。例年より雪庇の張り出しが大きいように見える。風が強いことが多かったという事だろうか。このあたりから薄日が差すようになる。ゆっくりガスが薄まっているようだ。
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 雪庇の痩せ尾根を越えたら、広い頂上台地。樹氷に覆われたブナ林で、シール歩行に切り替え。その作業中、次々に登山者がやってくる。みんなこの日を待っていたのだ。
 樹氷林を抜けると広い雪原となる。ガスに覆われているがホワイトアウトというほど濃くはなく、それなりに周辺の景色が見える。視界が悪いと方向を見失いやすいところなのである。
 三ノ丸直下の東屋の脇で休憩。すでに何組かのパーティがいて、さらにあとからあとから登山者が到着。大まかに言うと、スノーシュー夜間時期の登山者が5、スノーボーダーが3、スキーヤーが2といった割合。
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 休憩の間にガスが晴れてきた。直射日光が降り注ぐ。三ノ丸のピークも見えている。ああ、扇ノ山も顔を出した。氷ノ山の山頂も一瞬見えたが、すぐにまた薄くガスに隠れてしまった。
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 三ノ丸のピークへと一登り。赤い屋根の避難小屋にも人が入っている。換気のためか入り口の扉は開け放たれているが、中は狭い。東屋で休憩しておいてよかった。
 向きによってはそれなりに離れた山も見える。あれは粟鹿山か。なのにそれより近いはずの、東山やくらますは見えない。何より氷ノ山山頂も先ほどの一瞬をのぞいて見えていないのだ。
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 三ノ丸のピークからシールを付けたまま下り、ワサビ谷の頭の小ピークへ上り返す。そしてシールを外す。いざ、ワサビ谷の樹氷林へ。
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 雪質はまだまだ鮮度を保って良好。新雪のおかげで気持ちいい滑り。ただし、深雪ではなく、浅い新雪。薄いガスの中の樹氷林が幻想的。滑り降りるうちに樹氷のついた枝越しに垣間見える空は青くなっていた。樹氷林が明るく輝きだしている。いやあ、美しい。
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 だいぶ下まで滑り降りてきた。雪の多い年には法面からの雪崩によるデブリが見られる区間だが、今日はデブリなし。根雪もあまり多くないようだ。その裏付けに、沢が完全に埋まらずに流れて見えている。しっかりしたスノーブリッジができたところもあるから、渡渉の必要はない。
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 右岸法面をトラバースしていくとやがて杉林へ。いつも雪質が悪い区間だが、今日はまだいい雪の状態を保っている。イヌワシゲレンデに出るのだが、いつもより少し下に向かってしまい、ゲレンデに出るには登り返しが必要になってしまった。面倒なので杉林をどんどん降りていくことにする。するとスノーピアゲレンデとイヌワシゲレンデの連絡コース途中へ出た。そのままイヌワシゲレンデへ。ゲレンデ上部へと出たすうさんが下りてくるのを待って、ゲレンデを後にする。いつしか青空をバックに真っ白な氷ノ山山頂が見えていた。
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 帰宅後、買い物がてら少し自転車に乗ったが、除雪されない道はまだ雪が残りあまり走れなかった。

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