« 大江山連峰鍋塚南斜面および711P南東尾根の滑降 | トップページ | スキーシールのグルー塗り替え »

2021/01/26

5年ぶりの播磨中央自転車道と加古川右岸自転車道

 昨年および一昨年は雪が少なくて冬場も自転車に良く乗った。今年の1月は、走行距離が伸び悩んでいる。もちろん積雪のせいである。スキーという積雪期限定の遊びができるのはうれしい。しかし、生活範囲内でも乗れて隙間時間を活用したり、通勤などの日常の用途を兼ねたりすることができる自転車とは違う。スキーをするには、そのためにフィールドまで出向かねばならない。
 日本海側に雪が積もってしまったからには、自転車に乗るには丹波高地や中国山地を越えて南下しなければならない。そちらは都市部であり、クルマが多い。ストレスなくそして安全に走るための選択肢の1つが自転車道である。今回は加西から高砂へと播磨中央自転車道と加古川右岸自転車道をつないで走ろう。2015年10月以来5年半ぶりだ。
Img_8456

 加西市の中心街、北条町でラーメンを食べてから郊外の玉丘史跡公園にクルマを止める。前方後円の玉丘古墳古をはじめ、円墳などが点在すし、公園としても整備されている。
Img_8463

 自転車は、16インチホイールの折畳小径車。しばらくは車道脇の自歩道.だが、やがて田んぼの中へ。万願寺川に沿って南下していく。前回もそうだったが、自転車も、ランニング、ウォーキングの人も皆無。田舎の自転車道によくあることだが。
Img_8469Img_8467

 万願寺川に沿った自転車道。周囲には田園が広がり、遠くには緩やかな丘陵が見える。何度が車道を渡らねばならないが、日中の時間外は、クルマはあまり通らないので横断に苦労はない。
Img_8475Img_8476

 10kmほど走ると踏切を越える。北条鉄道と交差である。その線路の先に見えているのが網引駅。のどかなローカル線のたたずまいに引き込まれ、ついつい線路沿いを走ってしまうのだが、自転車道は少し離れた川沿い。その先の県道79号線に突き当たったことろで自転車道から外れたことに気づくのは、5年前と同じ。右折、つまり南方向に進むと車道脇の自歩道.が自転車道となる。山陽自動車道をくぐり抜けると、自転車道は車道から離れて独立。権現湖畔へ出る。
Img_8481_20210126000201Img_8491Img_8482

 播磨中央自転車道はここまで。湖畔の道は、加古川右岸自転車道となる。ただし、加古川右岸自転車道の起点はここではなく、少し西側の志方東公園である。権現ダムはダムによる人造湖であるが、堰堤が3つもある複雑な形。山襞をなぞりながら湖畔を進む。なかなか大きな湖だ。依然として人の気配はあまりなく、閑散とした雰囲気。第三堰堤、第二堰堤とその上を通過。ただしメインの第一堰堤はそのたもとを通過。自歩道.として自転車道が県道79号線に合流し、クルマを止めて佇む人が見られる。堰堤はいずれもロックフィル式で、第一堰堤の下流側の面はソーラーパネルが並んでいる。その堰堤を越えると自転車道は車道から離れてヘアピンカーブ連続の急下り。堰堤のふもとまで下りる。
Img_8487Img_8492Img_8496

 ダムの下流の田園地帯の中、満満と水をたたえた大きなダム湖とは不釣り合いな小さな流れに沿って自転車道は続く。ふと川面を見るとなにやら膜を張っている。いや表面が凍っているのか。それとも油膜のようなものか。よく観察すると氷だった。朝方の冷え込みで凍った川面が午後になってもまだとけていない。そんなに寒いのか。
Img_8497Img_8498Img_8505

 その流れは、少し前まで寄り添っていた万願寺川同様、加古川の支流。下っていけば左手に加古川本流の高い土手が見えてきた。また、周囲に民家が見られるようになる。自転車道と言っても、この区間は交通量の少ない農道または生活道路。交差する道路もあるし、たまにクルマも通る。早く加古川河川敷を走りたいのだが、この自転車道はなかなかじらしてくれるのである。権現ダムからの流れを吸収した西川の堤防に付けられた道だが、なぜかその先で合流する加古川と反対方向の土手の麓に下ろされ、加古川になかなか近づかない。やっと近づいたと思ったら土手の外側を走るクルマの多い県道79号線の自歩道.となって、なんの面白みもない。土手を上るスロープがあったので、しびれを切らして堤防上に乗り上げてみる。堤防の上はクルマが通らず、川の流れやその周囲を見下ろすご機嫌の道。しかし、すぐさきで川を渡る国道2号線の新道で寸断される。河川敷に降りるスロープはないが、階段で降りる。ウォーキングの人が行き交う河川敷を行けば、新旧の国道2号線とそれに挟まれたJR山陽の橋をくぐっていける。そしてようやく自転車道が土手を乗り越え合流してきた。
Img_8499Img_8517

 河川敷は快適。もう少し上流にスロープを設け、快適に走れる区間を増やしてくれればいいのにと思う。
 さらに、国道250号線、山陽新幹線を越えたら河川敷を脱出。山陽電鉄は川と反対側に降りてくぐり抜ける。しばらくクルマの多い道の自歩道.だったが、土手の上を行くようになる。土手の外側の車道を走るクルマもほとんどなくなり、瀬戸内海が近づく。いつしか高砂市だ。
Img_8518

 加古川河口部右岸側にある高砂海浜公園は、小ぢんまりした人口の砂浜。おそらく夏は芋の子を洗うような賑わいとなるのだろうが、昨年夏は状況が異なったかもしれない。
 突端まで言いてみる。隣接する港か造船所の入り江で、大きな貨物船が方向転換をしている。
Img_8523Img_8524_20210126000201Img_8528

 さて、帰路に就こう。もっとも河口に近い相生橋で左岸にわたる。左岸の堤防の上にも車の通らない自転車や歩行者にとって安全な道がある。その道は、車道や鉄道の橋をくぐるためその後河川敷に降り、ずっと上流へと続いている。一部区間とはいえクルマのための道の舎歩道に甘んじる右岸自転車道よりもこちらの方がかえって走りやすいし、気分もいい。河川敷は広場もあり、学生が部活で利用している。道を挟んでボールを打ち合っているテニス部員、一斉に手を止めて道を開けてくれる。
 国道2号線の新道の橋あたりで河川敷を脱出。市街地へ。この後輪行で加西北条へと戻る。前回は、加古川駅から乗車したが、お目当ての加古川線ホームが遠かった。改札を2重に通り抜けなければならない。加古川線には無人駅がいくつもあり、その駅で下車する際の不正防止のための仕組みと思われる。今回は、加古川駅でなく、一駅先の日岡駅から乗車することにする。2駅の間は2kmくらいしか離れていない。
Img_8531

 日岡駅は住宅街の小さな無人駅。次の列車はおよそ15分後。いいタイミングではないか。5分ほどで自転車を輪行袋に収めて後はのんびり過ごす。定刻に入線してきた2両編成の列車は、座席は埋まり数人が立っていた。前回は、平日の退勤時間帯となってしまい、もっと人が多くて肩身の狭い思いをした。そんな状況だから、少なくとも混雑の時間帯には駅に停車すると1両目も2両目もドアが開く。本当は、1両目の先頭、つまり運転席直後のドアから下車しないといけない。でも、混雑して車内の移動ができない場合には、近くのドアから下車するしかない。すると運転手による乗車券のチェックができず、無人駅ではノーチェックでの下車ということになる。だから、加古川駅の2重の改札が設置されている、といことのようだ。でも今はICカードによる運賃の支払いが多いから、あまり不正乗車はできないかな。
Img_8535Img_8536

 次の駅で席が空いて座ることができた。粟生駅で、北条鉄道に乗り換え。1両編成だが、加古川線よりも空いている。さて、どこまで乗ろうか。前回は終点の加西市の中心街である北条町駅まで乗ったが、クルマを止めた玉岡史跡公園まで2㎞あまり自転車で走らねばならない。だったら、北条鉄道に乗らず粟生駅から自走で玉岡史跡公園まで走ってもいいんじゃないか。そんなことを思っていたのだが、粟生駅に降り立てば、隣接するホームにすでに北条鉄道の列車が待っていて、2分後に発車。成り行きで乗り込んでしまった。席が空いているので、座ってからまた悩み始める。結局、粟生駅の次の網引駅で下車することにした。いくら田舎道とはいえクルマの多い夕方の時間帯。粟生、網引間は普通の車道を走らねばならない。その点、網引駅からは自転車道が使える。ということで、玉岡までは約10km。30分ほどだろう。なら、北条町まで20分乗車して、その後10分自走するのと同じ所要時間ではないか。ただし、途中車道の横断では、クルマがなかなか途切れず多少ストレスを感じたが。網引駅をスタートした時には、残照の時間帯。あっという間に暗くなり、ライトを点灯。気温も下がる。

 

|

« 大江山連峰鍋塚南斜面および711P南東尾根の滑降 | トップページ | スキーシールのグルー塗り替え »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大江山連峰鍋塚南斜面および711P南東尾根の滑降 | トップページ | スキーシールのグルー塗り替え »