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2020/11/02

秋の利尻島弾丸紀行(3)うみねこゲストハウス

■うみねこゲストハウスに定福寺五大修行の面影を見る
 うみねこゲストハウス到着は、16時半過ぎ。チェックインの手続きをし、部屋へと案内されながら、「今日はいい夕日が見られそうですよ。自転車組み立てて、見に行ってきたらいかがですか」と宿主のカナコさん。カウンターには、「本日の日没17時03分」とかかれたホワイトボード。ありゃ、早く言ってよ。これは急がないと。慌てて自転車を組み走り出そうとして、部屋に戻る。ライトやズボンのすそを縛るベルトを取り出し、自転車へ跨る。教わった夕日のスポット「夕日ヶ丘」までは、1.5km。港からは上り坂もある。あ、ペダルのビンディングにクリートがはまらない。着脱式のペダルを左右逆に取り付けている。直す時間が惜しくてそのまま行く。スタートからずっとスパートをかける。
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 夕日ヶ丘はすぐに分かった。海岸の小山だ。頂上には数人の人影が見える。自転車を止めて、急なシングルトラックを駆けあがる。頂上に到達できなくても、途中から見られればいい。でも、何とか間に合った。礼文島の左側の水平線に沈む夕日。背後の利尻富士も赤く焼けている。利尻赤富士だ。2、3日前に今シーズンの初冠雪をしたというが、雪の部分は小さくやせ細り、言われなければ冠雪したことに気づかない。
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 帰り道に、うみねこゲストハウスで教わった中華料理店「笑う門」で夕食をとる。寿司屋のような作りの店だった。居抜き物件か。笑う門の近くには大きな「利尻グランドホテル」があり、玄関前に観光バスが横付けされ乗客が下車している最中だ。
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 ゲストハウスに戻ると、カナコさん、トールさん、番頭さんの宿主ファミリーがそろって、若い女性の旅人もいてにぎやか。さらに、あと2人の男性の旅人が到着し、この日宿泊は4人。みな一人旅。札幌のゲストハウスよりもにぎわっているではないか。本来はもうこの時期シーズンを終えているのだが、今年は春から初夏にかけて休業、つまりシーズンインが遅かったので、少し遅くまで営業しているという。後から到着した2人は、それぞれ食事に出かけて行った。しばらくは、私と若い女性の旅人とうみねこファミリーで談話室でおしゃべり。若い女性の旅人は、9月の4連休に小樽の「とまや」からスタートした北海道の旅だそうだ。期限を決めない旅だが、もう明後日くらいに帰るのだそうだ。ということは、私と同じく台風14号が日本に近づくころ。ただし、私と違って帰りの航空券はまだとっていないとのこと。期限がないなら台風が去るまでゆっくりすればいいような気もするが、それでも帰りたいらしい。お互いどうなることやら。天気予報は2日後までは詳しく示されるようになる。私が予約した帰りの飛行機が着陸する明後日の夕方の神戸の1時間ごとの風の予報は、15~18m/s。飛行機の運航には厳しい状況だ。でも、不安を共有できて少し楽になった。いずれにせよ今後の台風の動き次第で状況は変化するのだから、成り行きに任せるしかない。
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 そのうち、食事に出ていた旅人も、それぞれ戻ってきて、旅の夜は楽しく更けていく。
 さて、利尻島がこの旅の最終目的地なのだが、もっと言うとうみねこゲストハウスに泊まるためにやってきたのだ。談話室の壁には、たくさんの旅人の名前のリストが貼られている。それは、このゲストハウスが勧めるアクティビティに挑戦し、達成した人たちが自分で記したものだ。その一つは、利尻富士登山。ただし、標高220mの登山口からではなく、ゲストハウスの前の海に手を浸けて、歩いて登山口へ行き、さらに標高1700m余りの山頂まで登り、最後また海に手を浸ける。その名も「0to0利尻山」。さらに利尻島一周55kmを歩く「GOGOウォーキング」。そしてもう一つは、明日挑戦するので説明は報告を兼ねて後に記す。
 ここで、四国にかつて存在したユースホステルのことを書かねばならない。徳島県との県境に接する高知県大豊町の定福寺ユースホステルだ。名物は「五大修行コース」。自転車や登山などのコースだ。1990年夏にたまたま泊まったのをきっかけに、1997年にユースホステルの営業を終えるまで、年1回を上回るペースで訪れた。特に、標高差800mを登り県境の京柱峠を越え、祖谷渓、大歩危小歩危をめぐる約90kmの「京柱コース」は、5回くらいは走った。また、五大修行の最難関がヨサクコース。剣山の見ノ越峠など峠が連続する四国山地の中を、徳島市から中村市(現四万十市)まで四国を横断するロングコースだ。このコースだけは、自動車やオートバイなど動力のついた乗り物を利用することが許され(ただし運転者のみ認められる)、その中間点付近に位置する定福寺ユースホステルを境に、東西それぞれ半分の走破で修業を成し遂げたと認定される。私は、そのヨサクも全線自転車で走破した。当時は、四国のいくつかのユースホステルでそれぞれ「〇〇共和国」を名乗り「共和国連合」を結成していた。定福寺ユースホステルは、お寺に所蔵されているお地蔵さんにちなんで「笑い地蔵共和国」を名乗っていた。五大修行のうち京柱を含む3つを達成すると笑い地蔵共和国の「国民栄誉賞」が授与され、5つすべての達成で「人間国宝」に認定される。毎夜夕食後のミーティングでは五大修行が紹介され、その日修行者がいれば体験談を聞く。栄誉賞や国宝の要件達成者が現れれば、表彰式が行われる。ミーティングルームの壁には歴代受賞者の授賞式の写真が貼られている。もちろん私も、「国民栄誉賞」「人間国宝」いずれも達成している。と、五大修行のことばかり書いたが、ユースホステルのペアレントであり、共和国の大統領でもある、お寺の住職の人柄の魅力も大きい。笑い地蔵とは住職のことと思っていた人もいる(?)くらいだ。
 定福寺ユースホステル閉所(お寺は存続)から約20年、北海道を中心とした小さくて安く泊まれる宿の有志で発行される「とほ」という冊子(及びそのWebサイト)で利尻島にオープンしたゲストハウスを知る。そこで用意されたアクティビティコース。3つすべてを達成すると、「利尻人」に認定される。SNSに掲載されている写真に見える、談話室の壁の達成者の名前の一覧。失礼かもしれないが、「定福寺ユースホステルの再来」「北に蘇った五大修行」と感じてしまった。もちろんネット越しではあるが、うみねこファミリーの旅人に接する暖かくて楽しい人柄も感じられ、ずっと「ここに泊まりたい」「アクティビティを体験したい」とあこがれていた。

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