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2020/11/05

秋の利尻島弾丸紀行(番外)神戸空港再訪

■神戸空港再訪
 北海道の旅の終わりによくミスをする。去年の夏、フェリーから下船しようと思ったら自動二輪がガス欠していてエンジンがかからず舞鶴港にJAFを呼んだ。今年の夏は、フェリー下船直後に信号待ちの路上で立ちごけしてエンジンがかからなくなり、またもJAFを呼んだ。そして、今回飛行機の中にタブレット端末を忘れた。SKYMARKの神戸空港遺失物窓口に電話をすると、預かってくれているという。取りに行くか、着払いで送ってもらうか。前者を選択。送ってもらうほうが楽だが、どうせなら空港再訪をお楽しみイベントにしてしまおう。
 数日後、再び神戸空港へ。クルマは丹波篠山まで。JRと阪急電車を乗り継いで神戸三宮へ。神戸に行くには毎度おなじみの行程だが、今回初めて自転車を輪行している。大阪には過去に何度か輪行しているのだが、これまで神戸への輪行をためらっていた理由は西宮北口での乗り換えだ。駅が混雑していて、輪行袋という大荷物を持って歩くのが嫌なのだ。でも、実際やってみれば、人の流れに逆らわないようにすれば案外スムーズに事は運び、懸念された3分でのホーム移動もクリアできた。ただしその前の、宝塚でのJRから阪急への6分の乗り換えは失敗していたが。
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 三ノ宮で輪行袋から自転車を出す。先日キャリーバッグで北海度へ持っていた折畳小径車。まずは、ラーメンだ。駅の北側の路地の中にある「どか盛りマッチョ」へ。時刻は14:40。15時までの昼の営業に、何とか間に合った。客も少なくなったいい時間だ。麺300gで野菜増しを頂き、満腹。
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 さあ、いよいよ神戸空港へ。ポートアイランドを経て神戸空港までは自転車でも行ける。走り出す前に、神戸空港のSKYMARK遺失物センターに電話をしてこれからタブレット端末を受け取りに行くことを伝える。その間に、UberEatsの大きな四角いザックを背負った自転車が数台過ぎていった。
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 JR、私鉄、地下鉄などが集まる神戸の中心、三ノ宮は人が多い。少し離れるとクルマが多い。自転車走行には要注意だ。2kmたらずの南下で、みなとのもり公園。山と海に挟まれた狭い神戸の街。自動車道路や鉄道の高架が複雑に交差し、公園の一部はその高架下となっている。そしてその高架の中の一つは、人工島「ポートアイランド」へ渡る橋。みなとのもり公園にある歩行者・自転車道の入り口から急なスロープを登って橋へ。ポートアイランド行きの自動車道路に逆方向の自動車道路、運転士不在の新交通システム「ポートライナー」など何層にもなっているし、インターチェンジ方式でいろいろな車道と絡み合うように接続しているし。自分がいる歩行者・自転車道と並走する車道が一体何層目なのかわからない。ただ、船が下を通れるように高い位置から海や港を見下ろすため、眺めがいい。高さだけでなく、長い橋でもあるのだがウォーキングやランニングの人も多い。自転車も、もちろん多い。電動アシスト自転車は、急なスロープをものともせず登っているので、追い越しは慎重に。強引に行くと、対向する歩行者や自転車と衝突してしまう。
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 しばしの、海上および空中散歩を終えて、ポートアイランドの「中公園」に降り立つ。歩行者・自転車にとって橋のたもとは両側とも公園だ。その公園の敷地を抜け、南下していく。周囲はまるで公園のようなプロムナード。公園を抜けてまた公園なのか、と思ってしまう。そう、なぜか交差点もない。進行方向左手には店舗が並んでいるが、それは建物の2階。広い歩道が高架になっているのだ。先日はクルマで通り抜けたのだが、歩道がこんな作りだとは全く気付かなかった。
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 ポートアイランドを訪れるのは数日ぶりだが、その前は実に39年前。1981年の「神戸ポートアイランド博覧会」通称「ポートピア」だ。中学1年生の夏休み、親と親戚に連れられて、2度訪れた。当時、博覧会と聞くと、行ってみたくて仕方なかった。きっかけは、さらにその2年前の東京で開催された「宇宙博(宇宙科学博覧会)」である。前年の1期に続き、2期が開催された1979年はユネスコが「国際児童年」を宣言したこともあり、「わが子への愛を世界のどの子にも」の文言がテーマに加わった。当時は、TVアニメ「宇宙戦艦ヤマト」が大ヒットし劇場公開を経て、TVの第2シリーズが放送された。そんな宇宙戦艦ヤマトに夢中になり、宇宙、科学、そして未来へと興味を持つ子どもの一人が私だった。さらに、宇宙博の特別協賛が「日本船舶振興会」。宇宙博の会場の一つ「船の科学館」は「日本船舶振興会」が設立した「日本海事科学振興財団」(ややこしいかな)。でその「日本船舶振興会」が単独でスポンサーを務めていたTVアニメ「一休さん」でCMが流れていたことから、宇宙博のことを知り興味を持った。夏休みに家族で東京都町田市の叔父の家を訪れたとき東京タワー、そして宇宙博へと連れて行ってもらった。他にも訪れたところがあったかもしれないが、その二ヶ所しか覚えていない。
 「宇宙博」と「ポートピア」。前者は「宇宙」、後者は「港および都市」がテーマであるが、共通して連想されるのは「科学技術」や「未来」といった単語。人々の記憶の中には高度経済成長があり、また「大阪万国博覧会」や「沖縄海洋博覧会」といった国際博覧会(いわゆる万博)の流れを汲んでいると思われる(大阪も沖縄も私は幼すぎてリアルタイムの記憶はない)。とにかく、規模も来訪者数も万博並みで、会場を訪れたものの人気パビリオンは待ち時間が長すぎてろくに入れなかった。
 脱線が長くなってしまったが、そんな40年前の子供のころの記憶をよみがえらせながらポートアイランドを北から南へと走り抜ける。平坦であるが、とにかく広い。40年も前に、よくこんなものを作ったものだ。そう考えると、先日の北海道新千歳空港からの飛行機の着陸直前に見た六甲山中に開かれた住宅地を思い出す。クルマで走っても長かった。六甲山地を抜けたのかと思ったら、港町としての神戸はまだまだ先。同じ神戸であっても山中に切り開かれた街が延々と続いた。山を削って街を作り、その土砂で海を埋め立ててそちらにも街を作る。小学校の社会科で習った時には人間の頼もしさを感じたのだが、年齢を重ねるに従い人間とはなんと恐れ多いことをするのだと感じるようになった。
 と、また脱線してしまった。かつては未来を感じさせたこの土地も、40年も経てばそれなりに建物を含めた街並みに年季が入り、普通の生活感を感じるようになっている。そうした住宅街を抜けると、大きな医療センターを経て、大学や理化学研究所などの研究施設が並ぶエリアへ。高架の歩道はいつの間にかなくなり、いつしか地上の広い道を走っている。
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 やがてポートアイランドの南端に達し、神戸空港へ渡る橋の袂へとやってきた。多層構造ではなく、ポートライナーの軌道と車道と車歩道が横に並んだ橋。ただし、下を船がくぐる高い橋であるから、やはり長くて急な坂を登ることになる。歩いている人はもちろん、自転車もいない。この後の復路で、1台の自転車とすれ違った。ついでに言うと、車道部分を走るクルマも少ない。
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 神戸空港島へ降り立つ。空港の駐車場の一角に二輪車のエリアがあり、自動二輪に原付自転車、そして自転車が止められている。橋を渡って自動二輪がやってきた。二人乗りだ。同乗者の女性は大きな荷物を抱えている。飛行機に乗ってどこかへ行くのだろう。
 自転車を止め、空港の建物へ。SKYMARKのカウンターでタブレット端末を受け取る。事前に電話をかけていたので、スムーズに事が運ぶ。本来の目的があっけなく終わった。
 さて、はるばるやってきた空港でのんびり過ごしたい気もするが、夕方の混雑がひどくなる前に輪行で帰らなくては。急いで帰路に就く。
 三ノ宮界隈はすでに混雑の時間帯が始まりつつあるが、阪急電車では西宮北口で乗り換える前も後も大混雑ではなく、途中からは座席に座ることもできた。JRも三田から北はいつも通り座ることができた。

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