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2020/08/31

北海道一周30ヶ年計画「最西端」補完の旅(5)

■お家に帰るまでが北海道ツーリングです
 定刻21:15、フェリーは舞鶴港に接岸。接岸直前に車両甲板の二輪車用スペースに行くと、私の自動二輪だけが固定ベルトで拘束されたまま。自分で外さないで、という置手紙もある。いつも乗泉寺に「転倒防止のため、荷台の荷物を降ろしてください」といわれるのだが、なぜか今回は言われなくて荷物を積んだままにしておいた。しかし、荷台の上にあまりにも大きく重そうな荷物を積んだオートバイは、特別に警戒されたようだ。まあ、自転車積んだオートバイなんてふつういないからね。スタッフがやってきて、「まだ揺れるかもしれませんから、気を付けてください」と言いながら拘束を解いてくれた。
 さて、昨年は、フェリー航行中にガス欠して下船後にJAFを呼ぶ羽目になった。今回は乗船直前に給油した。というわけで無事エンジン始動。
 今回の旅の往路を含め、ガス欠しなかった時でも、フェリー下船後の最初の給油の際に燃費を計算すると、極端に悪い値が出た。試しに、今回の袋では燃料コックを閉じておいた。舞鶴で下船した後給油してみると、ほぼ普段通りの燃費だった。仕組みはよくわからないが、今後も燃料コックを閉じることにしよう。
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 下船を待つライダーたちの様子には、極端に2つの傾向がある。間隔をあけて一台ずつの下船となるわけだが、とにかく一台でも早くと常に臨戦態勢でポジション取りのつばぜり合いをするライダー。それに対し、オートバイの傍らに佇んでのんびり過ごすライダー。これは、運転にも反映されるのか。私は後者。この日のオートバイの台数は18台。下船のインターバルはおおむね3〜5秒だから、最初の1台から最後の1台まで、1〜2分程度。そのために下船の合図が出る前の4〜5分も気を張り詰めて過ごすなんて効率が悪い。まあね、臨戦態勢のライダーは、時間のことより、他人に先に行かれるのが嫌なのかもしれないだけかもね。
 下船後、ラーメンを食べて、さああと50km余り、1時間強だ。ラーメン屋からの再スタートの際、グローブをつけ忘れていたことに気づく。グローブはタンクバッグの中に入れてあるので、信号停止で装着しよう。なんて横着なことを考えたのがいけなかった。オートバイのバランスが崩れる。あああ、やだやだやだ、こんなところで立ちごけなんて。でも、倒れかけたらもう遅い。抵抗もむなしく右折レーンも入れて3車線あるうちの真ん中の車線で自動二輪が横倒しになってしまった。夜とはいえクルマの通行のある国道27号線。しかも、去年も北海道ツーリングがらみで立ちごけしたけど、荷物を降ろすか誰かに手伝ってもらわないと起こせなかった。ところが、なんと荷台に自転車を積んだまま自動二輪を起こすことができた。これが火事場のくそ力ってやつか。しかし、エンジンがかからない。セルスターターが反応しない。足元を見ると、エンジン付近からオイルのような液体がたれている。路肩によって他のクルマをやり過ごし、何度もエンジン始動を試みるがどうにもならない。さらに歩道に避難。
 さて、この後どうしようか。自動二輪を置いて鉄道で帰ろうか。だめだ、自動二輪をこんなところに放置できない。駅の駐輪場まで運ぶには、遠い。それに、今の時刻は22時。最終列車に間に合わない。田舎は最終列車も早いのだ。
 やっぱりJAFのお世話になるしかないようだ。確か、無料の搬送は14〜15km以内のはず。家まで50km以上を搬送してもらうと、これはかなりかかるぞ。
 ほぼ、1年ぶりにJAFのロードサービスに電話。搬送の料金を尋ねると「15kmを越えると、1kmごとに700円」とのこと。約35kmの超過だから、25,000〜26,000円くらいになる。どっひゃぁ、北海道の片道より高いじゃないか。明日は出勤しなければならない。北海道に遊びに行くことを批判的にとらえられかねないこのご時世。なんとしても、無事に帰って、勤務に差しさわりがないようにしなければならない。社会的信用はプライスレス。2万数千円を失うくらい知れたものだ、涙。
 ロードサービスが到着するまで30分くらいかかるというので、できることをやってみる。まずは、任意保険の緊急ヘルプデスクに電話。今回のケースに使える保証がないか問い合わせる。残念なことにダメ。「車両保険に入られていませんし、入られていても相手がはっきりしている事故でないと保証対象ではありません」とのこと。
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 次に、自動二輪を見てみる。セルスターターが反応しないということは、電気系統のトラブルが疑われる。とりあえずカバーを外してバッテリーを見る。あ、赤い端子が外れている。とりあえず、端子を接触させてキーをon。ニュートラルのランプが点灯。そして、セルスターターも動き、エンジンがかかった。オイルらしき液体の漏れも、その後ないようだ。
 徐々に精神の落ち着きが戻ってきた。そうだった、ただ立ちごけしただけなのだ。大惨事を起こしたわけではない。
 問題は、バッテリーの端子を固定するボルトがない。路上に落ちていないか、立ちごけしたところを見に行く。そこに到着したのはJAFのクルマだった。
 駆けつけてくれた2人のサービスマンに状況を説明する。「よく見つけたねぇ。ナンバープレートのボルトが合うはずだよ」と年配のサービスマン。
 ということで無事に応急措置完了。料金は発生しなかった。あとオイルらしき液体の漏れのことを言うと、「ガソリンだね。倒したら少し漏れるのは当然のこと。故障ではないよ」とのこと。自走で帰れる見通しが立った。
 「よかったね。もし何かあったらまた連絡してくれればいいから」と優しいサービスマン。夜にお騒がせしました。ありがとうございます。
 しかし、完全に復調したわけではなかった。シフトアップに不具合。具体的に言うと、1速から2速へなかなか上がらない。ニュートラルになってしまう。何度かトライしてやっと2速へはいるが、信号停止からスムーズな発信ができない。3速から上は大丈夫なので、停止の際はローギアまで落とさず、2速でゆっくり発進する。
 舞鶴市街を抜けると信号は激減するのでほぼ普通に走れるが、代わりにシカの頻出区間。カーブも多いので、スーパー安全運転。路肩で悪質タックルを狙うように佇むシカの親子をやり過ごす。40分くらい余計にかかったけど、日付が変わる前に帰宅。翌日は無事出勤。社会的信用を損なわずに済んだ。
 後日、変速の不具合を確かめてみた。原因は、左に倒れたためシフトペダルが歪んで可動域が狭くなっていることだった。よかった、復活できそうだ。しかも、費用も数千円で済みそう。古い自動二輪だから、下手をするとどうにもならないかもしれないのだ。あと、翌日の腰痛は、火事場のくそ力の代償か。
 考えてみれば、自転車で帰るという手もあった。50kmちょっとだから、3時間くらいかかる。でも、25,000円を失わなくて済むことを思えば、時給8,000円。相当割のいいアルバイトではないか。睡眠時間が少なくなるが、フェリーで散々寝たから大丈夫だ。自動二輪は、駅の駐輪場においておけばいい。本当は、排気量125cc以下でないと止められないが、緊急時だし、誰かに大きな迷惑をかけることとは思えないので、許してもらおう。そこまでは、JAFに運んでもらえばいい。無料搬送の範囲だ。
 さて、帰宅した翌日、正式にGoToトラベル対象事業の認可が下りた、と新日本海フェリー公式サイトにアナウンス出た。1週間後には、手続きに必要な領収書と乗船証明書がPDFファイルで送られてきた。往復合わせて15,000円あまりの補助がもらえる見通しだ。ラッキー。

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2020/08/30

北海道一周30ヶ年計画「最西端」補完の旅(4)

■10年ぶりの羊蹄山一周
 「みなとまーれ寿都」はまだ店が開く前で、トイレと日向ぼっこのみ。次の道の駅「シェルプラザ港」でお土産を買ったら、海岸を離れて蘭越へ。JR函館本線蘭越駅を通過。列車では通ったことがある路線だけど、こうやって自分が運転する乗り物で来るのは初めてだね。
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 道の駅「ニセコビュープラザ」の駐車場にはあふれんばかりのクルマ。警備員の案内がないとどこに止めていいかわからない。自動二輪用のスペースも満車に近い。片隅の空いた場所に自動二輪を止める。クルマや自動二輪の大半は、札幌、室蘭などの道内ナンバー。そうか、今日は日曜日だ。ライダー2人組がこの後の行程について相談している。函館からの日帰りツーリングのようだ。
 ここを拠点に、10年ぶりの羊蹄山一周だ。10時前に道の駅に到着したが、出発は11時となった。自転車とともに積載しているテントなどの積みなおし、衣類のチェンジに加え、外れかけていたリアのブレーキシュー(自転車の方)を交換していたら1時間かかった。
 道の駅に隣接するジェラート店は行列だ。小腹が空いているが、ラーメン屋はまだ開店前。とりあえず走りだして、成り行きに任せよう。道中にも店はあるはずだ。
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 道道66号線を東に。昨日の海岸線と打って変わって今日は高原を走る。昨日に続いて快晴。左に羊蹄山。先ほどまでの雲も取れて全容がくっきり。畑や放牧場が広がる裾野を行く。ただクルマが多いのがストレス。10年前は、そんなにクルマが多くなかったと思う。
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 ニセコ町から真狩村へ。「羊蹄山の湧き水」の駐車場も道の駅同様クルマがあふれかえる。こうなるともう立ち寄る気はしない。10年前に立ち寄ったからまあいいか。
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 その先で道道66号線は真狩村中心部を経て、留寿都、洞爺湖方面へ向かう。私は、道道97号線で羊蹄山一周を継続。クルマが減って一安心。蝦夷富士の名の通り、360度どこから見てもその円錐形は大きく変わらないが、角度によって少しずつ表情を変える羊蹄山。
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 真狩村から喜茂別町へ。羊蹄山の頂から放射状に、尾根や谷を無視して直線的な町村境がひかれている。山麓を一周する道路は、まるで円グラフの輪郭のようだ。羊蹄山の円グラフに示される5つの町村の中で、喜茂別町は一番割合が小さい。要するにすぐに次の京極町へ。はるか遠くまで見渡せる道路。その向こうから近づいてくる自動二輪の集団は、これまで難題もすれ違った自動二里とは少し違う雰囲気。なんとなくのんびりしている。すれ違いざまに見るとほとんどがピンクのナンバープレートで構成されている。スーパーカブもいた。基地外のようなスピードで飛ばすクルマは自動二輪がいる中、排気量にかかわらずのんびり走る姿を見る、安心する。
 道道97号線から478号線に乗り換えるあたりに、道の駅を併設した「羊蹄ふきだし湧水」。冬場の積雪は多いわけだから伏流水も豊富ということか。このあたりでほぼ半周したことになる。絶好の休憩ポイントのはずなのだが、やはりクルマも人も多いから通過。コンビニがあったが、昼ごはんはまだいい。ニセコにゴールしてラーメン屋で食べる、ということでよさそうだ。
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 倶知安に入ると、道道478号線は、東から西への一直線となる。左の羊蹄山もいいが、右手の尻別川のなだらかな谷に広がる牧草地帯もいい感じ。前方右手には倶知安の市街地。そして、旭ヶ丘のゲレンデ。
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 国道5号線は、10年前には走っていない。今乗っている折畳小径車をスーパーカブに積んで北海道に乗り込んできた。買って半年の折畳小径車で、輪行を試したくて倶知安駅からニセコ駅まで鉄道を利用した。一級国道の交通量を避けて、という意味もあった。だが、実際走ってみると、路肩が広い区間も多かった。もちろん、クルマのストレスを感じる区間もあったが。
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 ニセコビュープラザが見えてきた。道の駅に隣接する「広州屋台」でラーメン。でも、あとから来たお客さんが食べていた「あんかけ焼きそば」がボリュームもあり、おいしそうだった。また来ることがあれば、次はそれだな。
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 昼過ぎの道の駅は、午前中よりも空いていた。自転車を自動二輪に積んで小樽へ。赤井川村経由の高原ルートだ。
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 小樽の町に降りる前に、毛無山展望所から街並みと港と、そして励ましの坂を見下ろす。
 小樽市街に降り立ったら、船内で食べる食料の買い出しなどをしながら基本的にフェリーターミナルで過ごす。夕食は朝里の山岡家でラーメン。
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 自動二輪は18台で、自転車はゼロ。予定通り、出港60分前の22:30乗船開始。定員10名のドミトリー型船室には4名が離れて割り振られた。往路で船内が寒かったので、長そでも船室に持ち込んだが、冷房はさほどきつくはなかった。
 

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2020/08/29

北海道一周30ヶ年計画「最西端」補完の旅(3)

■北海道一周に「最西端」尾花岬を補完

 新潟行きのフェリーに乗船する前に積丹半島に行ってくるというライダーに続いて、とまやを出発。こちらは瀬棚を目指す。2013年に自転車で走った他、2012年に奥尻島へ渡るのにスーパーカブでも走っている。あの時も、今日と同じ折畳小径車を荷台に積んでいた。余市まではクルマが多い。岩内を過ぎてようやくクルマが少なくなる。そして、山が海に迫る蝦夷親不知。長いトンネルが続く。
 舞鶴からのフェリー船内から、ずっと寒さを感じている。何せ、小樽の最高気温は20度台前半。丹後よりも10度も低い。そして、丹後の最低気温より低い。前日、自転車に乗るときはTシャツとハーフパンツだったが、下りは寒かった。長袖のシャツを着て、合羽の上着を着ている。昼が近づきようやく暖かくなってきたところだが、ここからのトンネルはまた寒そうだ。一番長い雷電トンネルは3.5kmを越えているし1~2kmのトンネルが連続する。
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 道の駅「みなとまーれ寿都」で休憩。漁港に隣接していい雰囲気。いつも休憩する道の駅だ。止まると強い日差しを浴びて暑い。

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 順調に走って、瀬棚には昼過ぎに到着。昼食を摂りたいところだが、これといった食堂を見つけられないうちに小さな町を通過してしまった。昨日買ったおにぎりがあるので、まあこれでよかろう。道道740号線を少しだけ南下し、太櫓(ふとろ)海水浴場へ。昭文社ツーリングマップルには、この海水浴場にキャンプ場のマークが記されている。ここを本日の宿泊候補地としてきたのだが、実際どうだろうか。新型コロナウィルス感染拡大のためこの夏は海開きをしない、とのお触れ書きが見られるが、何組かの家族連れやグループが海水浴をしている。自己責任だね。何張りかの大型テントが見られるが、おそらくデイキャンプ。更衣室は閉ざされているが、キャンプ場らしいカランが並んだ水場も設置されている。今夜はここで寝られそうだ。ハマナスの咲く駐車場に止めた自動二輪から、自転車を下ろす。日差しが強くて暑い。Tシャツとハーフパンツ姿に変身。こういう切り替えのための、裾が着脱できるズボンだ。おにぎりで腹ごしらえもしておく。
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 まずは、来た道を少し引き返す。国道229号線も交通量が少なく快適だったが、道道はなおのこと静か。
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 国道と道道の分岐までは戻らずに、太櫓川沿いの細い道を遡って国道を目指す。橋の手前、左岸の道へ。田んぼの中、そして川沿いを行く。ところが、途中から道はダートとなった。橋を越えて右岸の道を選んだ方がよかった。でも、戻るのは面倒なのでそのまま行く。舗装路が復活したらすぐに、国道229号線。こちらは7年前に逆向きで走った道。標高180m程の峠越えルートだ。
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 峠を越えて海へと下る。大成だ。分岐から道道740号線に少し入ると、7年前に立ち寄ったセイコーマートがある。あの時はセイコーマート出て、分岐に戻り国道を北上したのだが、そのまま道道740号線を行くことができたのだ。
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 風は北西。つまり向かい風。しばらくは集落や漁港が見られるが、そのうち青い大海原と高い絶壁、その間に道があるだけの風景が続く。こう書けば単調なようだが、複雑な形をした岩が現れたり、沖に奥尻島が見えたり、はるか前方にキタキツネがたたずんでいたりして、退屈することはない。
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 長さ約2kmの帆越山トンネルを越えたら、出口の海側に何やら建物。民家ではなさそう。近づけば鳥居が見えた。太田山大権現、北海道西海岸随一の霊場、とのこと。鳥居の前に建つと社越しに見えるのは海岸からそびえる大絶壁。太田山だ。この山がご神体ということか。また、トンネルで越えたのは帆越岬。沖合を航行する船は、帆を下して敬意を表したという。
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 少し進んだ断崖の下にも鳥居。その奥に急な石段が直登している。こちらも太田山大権現。山の上の奥社があるようだ。
 さらにその先に、海と断崖の間にほんの10軒くらいの小さな集落。太田集落だ。その集落を越えると、かつての行き止まり区間。いまは、太田トンネルが口を開けている。
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 北海道本土最西端の、尾花岬はこの太田トンネルで越える。残念ながら岬へ到達する一般的なルートはない。インターネット上には岩場を乗り越えて岬を訪れた記録が見つかるが、ロッククライミングなどの技術や経験がないと到達は難しい。もちろん、そんなところに行く気はない。それで最西端到達なのか、と思われるかもしれないが、安全に到達できる最西端を訪れたということでいいだろう。例えば、最北端の宗谷岬は安全に波打ち際まで到達できる。ところが、最東端の納沙布岬は断崖の上ということもあり、完全な波打ち際まで降り立つことはできない。駐車場というか策に囲まれた安全圏内から少し離れた岬の突端を眺めて、最東端到達としている。
 屁理屈のような気もするが、まあ最西端到達としておこう。
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 3kmを越える太田トンネル。通り過ぎる約10分間、クルマは通らなかった。トンネルを反対側からも尾花岬方向を振り返る。岬そのものは見えないが、道路わきから何やらうっすら踏み跡のようなものが伸びているようにも見える。とはいえ、先を見通せば険しい岩場が続いているわけで、安易に「行ってみよう」なんてことを考えると命取りになりそう。
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 さて、海の日今日はまだ続く。次の日昼部トンネルが最後のトンネルだが、人気のない海岸が延々と続く。細かい岩礁が散らばる海岸を過ぎると、小さな漁港集落。道は極めて狭い。ここまでくれば、太櫓はもうすぐ。
■風の強さがちょっとテントを揺さぶりすぎて
 太櫓海水浴場の駐車場に戻ると、海水浴の家族連れがクルマにテントなどを撤収中。こちらも、自動二輪に自転車を積み込み服装もチェンジ。支度が整う頃に夕日が水平線に沈む。
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 自動二輪を走らせ瀬棚の市街地へ。まずは、せたな町公営温泉浴場で入浴。8年前に奥尻島を訪れた前後に入浴した。入浴料は410円。露天風呂もあっておすすめ。
 入浴後は夕食だが、瀬棚の町は真っ暗。セイコーマートで弁当を買ってテントで食べよう。太櫓に戻り、まずはテント設営。駐車場の周囲の芝生に張ることは禁止されているので、砂浜へ。他にも2針のテントが見られる。どちらも大型で家族連れかグループらしい。風が強い。高い防波堤が風よけになるかと思ったが、海から吹く風には大した効果はない。その風にあおられながら、苦労して何とかテント設営。風上側のペグを多めに打っておく。今宵の宿が完成したら、夕食。
 北海道とはいえ、道北や道東を除く夏のキャンプでは暑さに苦労することが多かったが、今日は道南なのに寒い。いつもはメッシュにしてある通期窓を完全に閉じても、どこからが隙間風が吹き込んで寒い。できるだけ服を着こんでシュラフに入る。夜が更けるとともに、少し風が弱まり寒さも和らぎ眠ることができた。
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 23日、6時ごろに目覚める。夏の北海道の日の出は早い。できればテントに日があたって暖をとってから外に出たい。が、テントの外を見たが山の影に大きく覆われている。西海岸だからね。テントに日が当たるまでまだ1時間はかかりそう。となれば、気を決して行動を起こす。テントを撤収。風のせいか、夜露は全くない。厚着のまま、上下合羽を着こみ、冬用の防寒グローブを装着。道北を沿うてして装備に入れたグローブだが、目的地を道南に変えたのにかさばるグローブを装備から外し忘れていた。なんとそれを使うことになろうとは。おかげで、寒さに震えることなく移動することができた。
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 今日の夜にはフェリーに乗船しなければならない。トラブルでフェリーに乗れない、なんてことがあるとまずいので、行程には余裕を持ちたい。だから、朝から一目散に小樽へ戻る。順調にいけば小樽には昼前に到着する見通しだ。だから、寄り道しよう。小樽寄りのどこかで。島牧辺りで、ロードレーサーのサイクリストとすれ違う。数台すれ違ったと思ったら、その先でまた数台。それを無数に繰り返す。バスが止まっている。屋根には大量の自転車のキャリア。屋根だけではなく、けん引するトレーラーにも自転車が積めるようになっている。「サイクルショップ朝里」の走行会のようだ。さて、私はどこに寄り道しようか。どこで自転車に乗ろうか。

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2020/08/28

北海道一周30ヶ年計画「最西端」補完の旅(2)

■0to0天狗山とぐるぐるユーラシア
 今回の旅では、道内3日間の日程だったが、尾花岬補完は2日で完了できる。当初は、復路のフェリー乗船を1日早めようかなどと考えていたが、とまやに連泊して小樽でのんびり過ごすことにした。「Oさんは、いつも天狗山にも上ってますよ」なんて言われたものだから、行ってみることにした。正午前にとまやを出発して、教わった食堂のカツ丼で腹ごしらえ。
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 天狗山には自動二輪で登るつもりで出てきたけど、やっぱりそれだと物足りない。途中に自動二輪を止めて、自転車で登ろう。市街地には無料で自動二輪を止めておける場所はないだろうから、山に登りながら駐輪スペースを見つければいい。
 そう思って天狗山を自動二輪で登り始めたが、やっぱり麓から自転車で登らないと面白くないなぁ。結局路肩の空きスペースに自動二輪車を止め、まずは麓まで自転車で降りてから天狗山に登ることにした。「地獄坂」を越えないと意味がないか。でも市街地走行は最低限としたい。ならば、駅がスタート地点か。
 「利尻うみねこゲストハウス」では、利尻登山でも記念品がもらえる。ただし、海沿いのゲストハウスを出て、海水にをつけてから山頂に登り、下山後にはまた海水に手を付けなければならない。それが「0to0利尻山」である。
 今回かなわなかった利尻にちなんで、「0to0天狗山」ということにしよう。ならばスタートは海。フェリーターミナルか。いや、小樽らしく運河から登ることにしよう。海とつながっている運河だから、これで0to0だ。
 自転車で市街地に向けて急降下。でもちょっと寄り道。天狗山ロープウェイ山麓駅にも立ち寄っていこう。少しだけ登り返すことになるが、せっかくならまとめて制覇しておきたい。
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 というわけで、最上一丁目交差点からトラバース気味にロープウェイ山麓駅へ。最後は18パーセントの登りだが、励ましの坂の後だとあまりきつく感じない。
 山麓駅に来て、何となく既視感を覚える。そうだ、2,3ヶ月前に映画「ラブレター」を観たんだった。もちろんレンタルで。冒頭のシーンが、この天狗山スキー場だった。映画の季節は冬、それも四半世紀前。それでも、俯瞰する小樽の街の面影は変わらないようだった。
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 一人の男性に「自転車で登ってきたんですか!」と感心される。ごめんなさい、登るのはこれからなのです。
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 運河めがけて下る。市街地走行はやはりストレス。クルマ依存度の高い地域では、自転車の市民権を認めようとしないドライバーが多い。
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 夏というのに観光客の少ない小樽運河。水に手を付ける儀式は省略した。記念品はないのだから。
 JRの線路を越えて地獄坂へ。不覚にも、坂の名を示した標識を見落とした。写真で見れば、勾配の表示は「10パーセント」。えっ、たったの10パーセントで、いったい何が地獄なんですか。どこにでもある坂じゃないですか。世間知らずにもほどがありますよ。
 励ましの坂のせいで、坂に対する感覚がおかしくなったみたい。
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 地獄坂を越え、洗心橋分岐を右折。「最上一丁目」という交差点が最終信号。ただし、同名の交差点がなぜか3つ続いているので、その最上(さいじょう)部の最上(もがみ)。そこが標高175mほど。天狗山まであと350m。3分の1か。この道は、余市方面へと通り抜けられるので、結構クルマが通る。住宅街を抜け、峠付近の分岐を過ぎるとあとは天狗山へのピストンルートとなるのでクルマは少なくなった。気づけば、最終信号での停止を最後にノンストップで来ている。勾配は大したことない。このままノンストップで山頂を目指そう。ちなみに、途中の写真は、下りで撮影。
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 周囲は白樺林の山岳ルートとなり、少し下りの区間もあり、とうとう山頂へ。ただし、標高532mの天狗山山頂まではなくて、ロープウェイ山頂駅が道路の終点。標高は497m。スキーゲレンデがまだ上まで伸びている。
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 ここからは励ましの坂を正面から見下ろすことができる。肉眼では識別できない、とまやらしき建物もズームアップで写真に収める。ロープウェイのワイヤーの上をカラスがちょんちょんと歩いている。カラスにとってもロープウェイだね。ロードレーサーのサイクリストが登ってきた。きっと速いんだろうな。でも、ゆっくり上るならギア比の低い自転車の方が楽だね。思いのほか楽に登れて、鼻高々。
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 少し下って、自動二輪に自転車を載せて、市街地へ降りる。「旭展望台」という案内板を見つけてそちらにハンドルを切る。坂の街だからいたるところに展望台があるようだ。実はここも「ラブレター」のロケに使われたとのことだが、現地では気付かなかった。
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 とまやに戻る。夕食は、南小樽の「ぐるぐる」というイタリアンな店で、スパゲティミートソース。マスターはサイクリスト、と聞いてきたのだが店先に止められたランドナーには見覚えが。マスターに「ユーラシアですか」と聞いたら、Yesとの返答。そのユーラシアは1987年生まれとのことで、私のユーラシアの2歳上のお兄ちゃん。
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 29年前、北海道に最初に引いた轍は、ユーラシアツーリングだった。まわるまわるよ時代はまわる、ぐるぐる。あの夏泊まったあしたの城には行けなかったが、あの夏の相棒のお兄ちゃんに会えて満足。とまやに泊まって、食事はぐるぐる、が今後の定番になりそう。
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 その夜のとまやでは、昨日泊まり合わせた人も連泊。さらに、もう一人ライダーが加わって昨夜より少しにぎやか。少しだけ、薪ストーブに火が入る。

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2020/08/27

北海道一周30ヶ年計画「最西端」補完の旅(1)

■飛行機からフェリーへ道北から道南へ
 舞鶴からのフェリーに、バイクの日(8月19日)にバイク(折畳小径車)を積んだバイク(250CC自動二輪)とともに乗り込む。乗船待ち行列に自転車はなく、自動二輪が6台。クルマも夏とは思えない少ない台数。夏やGWといった混雑する時期は、出港予定時刻の90分前までに港に来るようにとのことだが、この日の乗船開始は出港予定の20分前の23時半。さらに貨物の積み込みがなかなか終わらず、23時40分を過ぎてようやく乗船開始。出航は予定より20分遅れの翌0時10分。
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 今回の旅はフェリーで行くか飛行機にするか直前まで迷った。舞鶴港フェリーターミナルまで車や自動二輪で1時間ちょっとのところに住んでいるので、ずっとフェリーばかり利用していて、飛行機についてはあまり考えたことがなかった。今回降雨県の価格比較サイトをチェックしていると、LCCの安い航空券が提供されていることを知った。関西の各空港から新千歳空港まで1万円を少し超えるくらい、あるいは6千円前後というものもある。ただよく見ると、1万円の方は受託手荷物込みの値段で、6千円台の方は受託手荷物の料金を加算すると、結局1万円を少し超えるくらいになる。それで、舞鶴から小樽までの旅客のみのフェリー料金と同等。自転車の料金分だけLCCが安いといえる。残念ながら、国内線航空券は「Go To トラベルキャンペーン」の対象とはならないが、格安航空券が出発前日まで売れ残っている状況は、この夏のだからこそ。これまでは少なくとも1月以上前には売り切れていたと思われる。来年以降はどうなるか。客足が戻るのか、それとも戻らないのか。もし戻らないなら、さらに飛行機は減便されるように思われる。需要が減れば、供給も減るということだ。今年は、飛行機も千載一遇の大チャンスなのかもしれない。
 さらに、北海道のどこへ行くかということも、二転三転した。初めに行きたいと思ったのは利尻島。とほ宿「利尻うみねこゲストハウス」に泊まって、自転車で利尻一周をすると記念品がもらえる。10年前に利尻一周は走破済みだが、記念品をもらうには、一周だけでなく4つの坂道を登ることが条件として加わる。坂道はまだ未経験だし、なによりこうした企画を用意してくれている「うみねこ」に泊まりたい。そんなことを思っていると、サロベツ原野のとほ宿「あしたの城(じょう)」のブログに宿主、城さんが自転車を手に入れご機嫌で乗っている、という報告が。せっかく道北に行くんなら城さんに「自転車ゲットおめでとう」を言いに行こうか。利尻だけなら、新千歳で乗り継いで利尻空港まで飛行機で、と思っていたが、サロベツに寄るなら、片道の道内はフェリーと陸路ということになる。宗谷本線は便が少ない。それに高速バスの方がかなり安い。と計画を立ててみたものの、新型コロナウィルス感染症のことが頭に浮かぶ。バスにせよ鉄道にせよ、サロベツから札幌まで片道5時間。もし車内に感染者がいたら。幸いこちらへの感染がなくても、濃厚接触者とみなされたら旅の後の社会生活に支障をきたす。そんなふうに考えたら、いくら搭乗時間が短いとはいえ、飛行機も怖くなってきた。自走が一番リスクが低い。ということで、昨夏と同じく、自動二輪をトランスポーターとすることにした。北海道まではフェリーに乗らないといけないが、空間が広く、今年は乗客も少なくソーシャルディスタンスを考慮した船室の割り振りをする、とのことだからリスクは低いと思われる。それにそれに、夜行フェリーはGoTOトラベル対象だし(ただしこの時点では認可申請中)。
 そうなると日程的に利尻は無理。必然的にあしたの城が残った。まずはWebページでフェリーを予約。たいがいは、空き状況を確認しながら飛び込みでチケットを買うが、GoToトラベルの手続きのためには予約しておくことが必要らしいので、念のため予約しておく。そして、あしたの城へ予約の電話。なんと団体客が泊まるので貸切、と断られた。Webページを見れば、この夏唯一の貸切。なんてこった。完全に目的を見失った。北海道のどこに行けばいいんだ。何をすればいいんだ。実はこれは出発当日の話。それもすでに夜。深夜のフェリー乗船時刻が刻一刻と迫る。もう道北である必要はない。とにかく地図をにらむ。
 瀬棚の尾花岬に目が留まる。あ、これだ!
 昨夏、一応の完結となった「北海道一周30ヶ年計画」。渡島半島の日本海側、通称「追分ソーランライン」は2013年のゴールデンウイークに走っている。その時は、国道229号線を江差から岩内へと走り、尾花岬の海岸線を走る道道740号線を走らなかった。その道道は長い間尾花岬付近で行き止まりとなっていたのだが、2013年4月24日に道道が全線開通したことを後で知った。訪れる1週間前に開通したことを、知らずに旅していたのだ。しかも、尾花岬は「北海道最西端」という要所。必ず行かなければと思いながらも、忘れかけていた。この7年越しの懸案を解決するチャンスが巡ってきた。
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 サーモグラフィによる検温を経て乗り込んだフェリーは、夏とは思えないほど空いていた。バイクの日なのに、自転車はゼロ。オートバイは6台。神戸ナンバーが2台、あとは熊本、姫路、なにわ、そして私の京都ナンバーが1台ずつ。一番安い、ドミトリー形式の船室も、定員10名の1室に1名ずつ。事実上の個室だ。おかげでにおいを気にせず、船室でカップ焼きそばを食べることができた。ただし、冷房がきつくて寒かった。長袖の服も船室に持ち込んでおくべきだった。
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 20日日夜、小樽上陸。夜でも明るいはずの小樽運河が今宵は暗い。
 いつものように、坂の上の旅人宿「とまや」へ。宿主のベルさん、さりさんと再会。泊まり合わせた旅人も、何やら見覚えがあるお方。
■励ましの坂5度目の挑戦、今年のテーマは「笑顔」
 21日朝、何はともあれ、励ましの坂への挑戦。最大勾配24パーセントといわれるこの坂を自転車で足をつかずノンストップで登り切ったら、「やったね」とほめてもらえる。去年も折畳小径車(新車)での挑戦だったが、今年はそれとは別の11年目の折畳小径車。去年の北海道の旅の後に、「励ましの坂」対応の大改造に成功したので、その実証を兼ねての挑戦だ。
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 ということでまずは坂道を急降下。そして体制を整えてスタート。ところが、チェーンがローに落ちない。どうやら、出発前にディレイラーハンガーを交換したことが原因のようだ。交換した後全く乗らずに北海道に来てしまった。ローギアが使えなければ、坂をクリアすることはできない。アジャスターボルトの調整をすればいいのだが、工具を坂の上に置いてきてしまった。いったん仕切り直しだ。再挑戦のための体力を温存するため、急坂を押して登る。
 ところが調整がうまくいかない。どうやら変速ワイヤーがもうダメみたい。「今夜も連泊させてもらって、今日のうちにワイヤーをゲットして、明日の朝再挑戦」というと、「いや、クルマ出すから今すぐワイヤー買って再挑戦するのだ」と強い口調のベルさん。では、お言葉に甘えますね。坂の下の自転車屋「フレンド商会」で変速ワイヤーをゲットし、手早く交換を済ませる。
 ところで夏が終わろうとしているのに今年はまだ励ましの坂への挑戦者は表れていない。もしかすると誰も挑戦しないままシーズンが終わるかもしれない。それは寂しい。だから、今年も小樽に来た。なんとしても北海道を訪れたかった。ただし、励ましの坂だけでは、北海道の旅の費用や労力に対しては弱いので、別の目的も捻出する必要があったわけだ。とにかく、なんとしても登り切りたい。
 さらに、ワイヤーゲットにも手を貸してもらったので、余計にプレッシャーが加わる。でもそんな思いも走り出すまで。ペダルをこぎ始めたら、あとは励ましの坂との真っ向勝負。
 「励ましの坂」前半は一般的には急坂ではあるが、常識の範囲内。おそらく10パーセント程度。しかし、その段階で伝家の宝刀「フロントダブルの38Tのギア」を使ってしまった。早すぎやしないか。ほぼ中間点、手宮小学校への交差点を過ぎると勾配が増し20パーセントを越える。でも、思いのほかペダルが重くはならない。ギア比だけで比較すれば、去年の小径車と同じ。ただし、ホイールが少しだけ小さい分、今年が有利なのだ。けれど、それ以上に軽い気がする。
Tengu
 それと、去年あたりからのテーマは「笑顔」。登り切れないサイクリスト続出。歯を食いしばり、顔をゆがめて登るこの坂を、笑みを浮かべながら登る人がいる。前人未踏、去年の夏で9年連続達成のO氏だ。
Smile
 最後の最後、最も勾配のきついところでカメラを構えて待ち受けるさりさんへ向けて、ハンドルから離した右手を振り、渾身のスマイル光線照射。その向こうのベルさんにも向けて。
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 やった、登り切った。5回目の挑戦、5回目の達成だ。そして笑顔の目標も達成だ。率直に言う。今までで一番楽だった。考えてみれば、過去4度の挑戦は、フェリー下船直後かとまやでの朝食のあと。今日は、変速トラブルにまつわるエトセトラがちょうどウォーミングアップとなったようだ。

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2020/08/18

鳥取で今を粋ろ湖山池そして毛無山

 ロードレーサーのキャリパーブレーキを交換した。せっかく、いくらかの費用と手間をかけたのだから、メリットがあるのだということを実感したい。というわけで、交換の引き金となった鳥取市の毛無山を再訪することにした。鳥取に行くならば、二郎系ラーメンも食べよう。
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 というわけで、話は一気に鳥取へ。まずは「ラーメンつけ麺 今を粋ろ 鳥大前店」へと向かうのだが、時刻はまだ正午過ぎ。混んでいるのではないかな。ならば、湖山池の南東部の畔、桂見駐車場にクルマを止めて自転車を準備。湖山池の東岸を北上する。鳥取大学までは、湖山池の畔のクルマが侵入してこない道を行く。左は常に湖山池、右は公園から広大な畑へと風景が変わる。畑の奥には鳥取大学の校舎群。湖山町の繁華街にある「ラーメンつけ麺 今を粋ろ 鳥大前店」は鳥取大学の学生御用達。13時を少し過ぎて到着。目論見通り空いている。麺300gに野菜は増し増し。ここでは、増し増しの野菜はもう一つ別のどんぶりに盛られてくる。私の前に入店した隣の客は、つけ麺を食べている。同じ量、同じ値段、そして同じように別皿に増し増しの野菜。次はつけ麺にしよう。
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 ラーメンの後は、湖山池一周の続き。7割方、クルマが侵入しない道、またはクルマがほとんど通らない道なので安心して走れる。1週17km程のうち、「ラーメンつけ麺 今を粋ろ 鳥大前店」までで5km弱の走行だったので、残りは4分の3。しかし、暑い。月が替わるのに合わせたように、梅雨が明けた。うっすらと薄い雲がかかったような空だが、夏の太陽は十分に強く照り付けている。
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 桂見駐車場に戻ったら、自転車をクルマに収めて移動。湖畔を西に移動し、吉岡温泉を経由して双六原集落の手前、県道191号線と広域農道の交差点付近にクルマを止めて自転車を下し、前後のホイールを装着。10kmもない移動だし、クルマを使う必要はないのかもしれないが、4月と同じように走りたかった。日陰にクルマを止めたが、この後、西に日が傾けば日が当たることは明らか。本当は、今は日向でも戻ってきたときに日陰になっている方がいいのだが、そういう場所がない。せめて、スタートの時だけでも日陰に止めておけば、夕方は日差しも弱まっているだろうし、と思いながらフロントガラスに銀色の日除けをセットする。
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 さあ、これからが今日の本番。新しいブレーキの効果を確かめる毛無山ヒルクライムandダウンヒル。まずは県道191号線を南西に。毛無山へ向けてゆっくりと標高を稼いでいく。県道に沿う矢矯川沿いには、春に咲いていた菜の花の黄色が記憶に残っているが、今は濃い緑となっている。双六原の集落を抜けると、正面に毛無山の台形のシルエットが見えてくる。そして矢矯の集落へ。左手の山から続く道が合流。ずっと東から続く広域基幹林道中央線の延長というような、つまり山間の細く曲がりくねった道であるが、それが県道32号線。数字の大きな191号線の方が幹線道路の雰囲気。ここからは県道32号線と191号線の重複区間。
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 矢矯の集落を抜けると山間の雰囲気が濃くなる。双六原も矢矯も、そこそこまとまった軒数の民家が並ぶ集落だった。そして、勾配が増していく。この先峠を越えると鹿野町となる。既に合併して鳥取市の一部になっているが。その峠のすぐ手前が毛無山の頂上へ至る道への分岐。山頂には、TVなど電波塔が立つアンテナ山。山頂まで、舗装道路が続いている。4年前は伐採・木材搬出作業中で、山頂手前で作業員に追い払われた。立入禁止と書かれたところに無断で立ち入った私が悪いのだが。その時の貼り紙によれば、作業期間は7月31日頃まで。一応その期間は過ぎているのだが、「頃」とはどういうことだろうか。
 毛無山への道の入り口は鎖で通せんぼされている。ただし、施錠されているわけでなく、ポールにひっかけられた鎖を外して誰でも侵入することができる。伐採・搬出作業のことを知らせる貼り紙を貼った移動式看板は、道路の端に寄せられていた。4月にはもっと中央に置かれているのに、今日はかなり遠慮気味だ。しかも、立入禁止の文字が雨に濡れたせいなのか、消えている。どう解釈すればいいのだろうか。考えてもわからないから、突入。とりあえず作業期間は過ぎていることを根拠に、今日はこちらに少し分がある。
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 自転車持ち上げ鎖を乗り越える。いきなり急勾配の登りだ。どうにかインナーローで乗車できるが、かなり厳しい。ランドナー、MTB、クロスバイク、折畳小径車、ほかのいずれの自転車も今日のロードレーサーより楽に登れるのに。
 しばらく走ると林道の枝道の分岐が次々と現れる。春に来た時には、分岐には自動車が止まり、未舗装の枝道の奥からチェーンソーの音が聞こえていた。今日は、車両は見られずとにかく静かだ。いいぞ、今日は追い払われずに山頂まで行けそうだ。
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 上り坂の勾配はきついが、山間であり、かつ林間であるためずっと日陰。湖山池よりはかなり涼しい。枝道への分岐にたくさんの丸太が山のように積まれていた。どうやら完全に作業が終わっているわけではないようだ。ただ、今日は作業をしていない、それが入口の、脇に寄せられた看板が伝えているニュアンスか。と思ったらその少し先の別の枝道の分岐付近に軽のバンなど2台のクルマが縦列駐車されていた。ただし、あたりには人の気配はない。どこかで何か作業をしているのか。でもチェーンソーや重機の音はしない。ずっとここにクルマが置き去りにされているということは考えにくい。たぶん、ここに乗ってきてまた乗って帰ると思うのだが。考えても結論が出るはずもない。
 山頂が近づき、展望ポイントへとやってきた。北側の視界が開けているのだが、今日は霞が濃く、鳥取市街も鳥取砂丘も日本海もぼんやりとしか見えない。4月は寒の戻りの曇天で日本海が青く見えなかったが、それでも今日よりは景色がはっきりとしていた。ただし、あの時はすぐ近くにいた作業員に一瞬でも早く立ち去れとばかりに追い払われ、じっくりと景色を眺めることができなかった。本当は空気が澄んで、しかも涼しくなった秋にでもリベンジに来ようと思っていたのだが、このロードレーサーのブレーキ交換の成果を試すため、思わず来てしまったのだ。
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 展望ポイントから少し上ったヘアピンカーブの先が、前回の折り返し点。カーブミラー越しに道路をふさぐトラックの姿が見え、今まさに搬出作業が行われている音や気配を感じて引き返した。そして、すぐ下の展望ポイントでせめて景色を楽しもうと思ったら、たまたまそこにいた作業員に追い払われた、というわけだった。今回は、山頂まで行けそうだ。
 GPSレシーバーの画面を見れば、山頂まで至近距離に迫っているはずなのに、道が蛇行していてなかなかたどり着かない。まあ、標高差のせいであるのだが。
 それでも、進んでさえいれば山頂に到達するわけで、電波中継の施設が立ち並ぶエリアに到着。予想通り、この建物群と周囲のブッシュのため、展望はない。今の時期草むらをかき分けて展望を探すのはやめておこう。長ズボンの季節でないとね。それに今日の霞んだ景色のために、わざわざ苦労する必要もない。
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 さて、いよいよブレーキ交換の成果を確かめる時が来た。下り始めてすぐに、その効果は感じられた。軽いタッチで、十分な制動力が得られる。春には、固いブレーキレバーを握るために握力を消耗し、何度も止まって回復させなければならなかった。それが今日は、展望ポイントでもう一度、霞んだ景色を眺めたあと、鎖の貼られた入口までなんとノンストップで下ることができた。鎖の手前も急勾配のため、前回はかなり早めにフルブレーキをかけ、ずいぶん手前で止まってしまった。再び乗車しても止まるのが大変なので、数10メートルを押して下った。それが今日は、ちゃんと制動をコントロールしながら鎖の直前で停止することができた。
 とはいえ、やはりドロップハンドルでのブレーキ操作は楽ではない。フラットハンドルをつけたほかの自転車ならもっと楽に下ることができた。もうこれでブレーキ交換のメリットを感じられたわけだし、展望のリベンジにはやはり自転車を変えて挑もう。
 その先県道に入れば勾配は落ち着くのだが、前回は毛無山で疲弊した握力でのブレーキングは厳しく、矢矯穂集落までは緊張を感じながらの下りだった。今日は、安心してスピードを出せる。
 8月上旬、湖山池一周約17.6km、毛無山約16.1km

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2020/08/13

レンタサイクルで鴨川河川敷を走り京都一乗寺のラーメン二郎へ

 京都市内のレンタサイクル店「京都ecoトリップ」では、7月に利用料の大幅な値引きキャンペーンを行っていた。車種によっては無料となるような大胆なものだ。新型コロナウィルス感染症の影響による観光客の減少。特に海外からの観光客が途絶えたことが大きいようだ。さらに、梅雨の長雨も加わる。そんな中、鉄道やバスやタクシーと比べて接触感染、飛沫感染のリスクが低い自転車をアピールする狙いのキャンペーンのようだ。
 せっかくなので、利用させてもらう。
 いつものようにクルマを途中に置いて、JR山陰本線の列車で上洛。京都駅で下車。八条口を出て駅の南側へ。外国人観光客がいないこともあり、列車内には少し空席もあった。ただし、人との接近を避けてのことなのか立っている人も見られた。私は、出入り口付近の補助シートに腰掛ける。まあこれなら折畳小径車の輪行袋の持ち込みもさほど苦にはならない。京都駅の構内は、到着した列車から一気に人が出てくるため人々の密集度合いはあまり変わらないのかもしれない。輪行袋を持っている場合、人々がはけるのを待ってから移動した方が無難だが、その待ち時間が短くて済むということか。いずれにせよ、構内が広く歩行距離が長くなってしまう京都駅は、輪行での乗降に使わない方がよい。今日はレンタサイクル。体一つとはなんと身軽なことか。
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 京都駅の南側には、いつの間にやらたくさんのホテル。豪華なものではなく、かといってビジネスホテルというにはしゃれた感じ。ゲストハウスもあるようだ。また、多くは駐車場を設けていない。そんなホテルと町屋が共存する一角に、「京都ecoトリップ」はある。八条口から5分くらい歩いただろうか。ただし、山陰線ホームから八条口までも5分くらいかかるのだが。
 Webページを見てあらかじめ心に決めていた、内装8段変速の小径シティサイクルを借りる。スポーツサイクルを扱っていない「京都ecoトリップ」では一番走れそうなモデルだ。1日の利用料金は1,300円だが、キャンペーンにより1,100円の割引なのでたった200円で夕方まで借りられる。
 Webページに掲載されていた写真やデータから調べていた通り、車種はブリヂストンの「マリポーサ」というモデルだった。すでに製造されていないが、スペイン語で蝶を意味するマリポーサ。懐かしい響きだ。1980年代から90年代にかけて新日本プロレスで活躍した、「小さな巨人」グラン浜田。167cmの小柄な体で機敏な動きと華麗な空中殺法は、「マリポーサ殺法」と呼ばれた。メキシコを主戦場としていたので、日本での活躍のシーンは限られていたが、だからこそ印象的だった。
 さて、スタッフから説明を受けて、出発。と行きたいが、高めに設定してもらったサドルをさらに上げる。やはりスポーツサイクルに乗るかどうかで、サドルの高さはずいぶん違う。また、ハンドルにGPSレシーバを装着。これで、改めて本格的なスタート。
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 スタッフに教わった道順通り、東に信号3つ分進んで河原町通を北上。東海道本線や東海道新幹線をくぐってから、鴨川を左岸、川端通側に渡り、河川敷に降りる。あとはこの河川敷をひたすら北上するのみ。
 半月ほど前には警報が発令される豪雨で、鴨川も増水、河川敷が水没していた。川に生えている葦が下流側に傾いている。しかも茶色く泥がコーティングされた状態。そうした爪痕は残るが、河川敷はのんびりムード。水辺でで遊ぶ母親と幼い子供。この暑いさなか、上半身裸で日光浴する男性。ウォーキングする人。自転車でポタリングする人。
 「京都ecoトリップ」で借りられるブリヂストン・マリポーサは20インチホイールの小径モデル。小柄で小回りが利き、8段変速のためスポーツサイクルに近い走り。小さな巨人、グラン浜田のイメージに重なる。
 鴨川に高野川が合流する地点に来た。時刻は13時過ぎ。一乗寺まで行こう。鴨川デルタを対岸に見て、そのまま高野川左岸を北上。「Y」の字を下から右上にたどる形だ。
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 目的地を通り過ぎてしまうのが嫌で河川敷から川端通に上がる。さらに川岸を離れ、叡山電鉄の線路沿いを行く。元田中、茶山、そして一乗寺と決行距離があった。結果的には、もっと河川敷を走ったほうがよかった。
 というわけで半年ぶりに一乗寺へ。お目当てはラーメン二郎。店の前の数台分の駐輪スペースには一台の自転車もなく、なんだかひっそりとしているが、ちゃんと営業中のの札が下がっている。入り口は店の側面の通路の奥なので、店の正面には行列は見えない。と思ったが、通路にも行列はなく、カウンター席のみの店内にも客は2,3人。ラーメン二郎がこんなに空いているなんて、いいタイミングだ。麺は300g、野菜は増し増し。一心不乱にラーメンと向き合う。
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 その後客が入れ替わりながらも少し増えた感じで、14時を迎える。スタッフが外に下げられた札をひっくり返した。店によっては、ラストオーダーを閉店時刻の15分前くらいに設定し、その時点で営業中の札をひっくり返すところもある。このラーメン二郎は、14時ギリギリまで客を受け入れている、ということをここに記しておこう。忘れないように。
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 大量のエネルギーを摂取したら、今度は消費する。これでエネルギーの収支がうまくいく、はず。高野川河川敷には向かわず、車道を
南下。百万遍交差点に近い二郎系ラーメンの店「加藤屋百万遍にぼ次朗」を視察していく。ここが本日のもう一つの候補だった。こちらは、昼の営業が15時までなので、まだ営業中。京都大学のおひざ元、京大生御用達といった雰囲気だ。
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 そのあとは鴨川河川敷に降りて、南下。半年前に一乗寺のラーメン二郎を訪れた時には、円町駅から自転車で京都市内を西から東へと車道を走った。本日のように京都駅周辺発ならば、車道走行をかなり少なくできるのだが、広くて混雑する京都駅で輪行袋を担いで下車するのは厳しい。レンタサイクルの値引き期間はもうすぐに終わるし、そもそも期間中に一回限定の特典なのだ。
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 このままレンタサイクルを返却して帰るのも、なんだか物足りないので、京都駅の北側、京都タワーの麓を西へ移動。梅小路公園へ。山陰線の列車が京都駅へと発着する間際、この公園で憩う人々の姿が見える。公園内には木が植えられ、人工の小川が流れている。日差しは遮られ、吹く風は涼しい。まさに、都会のオアシスだ。私のような独り者、幼い子を連れた母親、カップル、制服姿の女子高生など、老若男女がそれぞれの時を過ごしている。少し離れた場所から大勢の人の歓声が聞こえる。京都水族館だ。イルカショーか何かやっているようだ。カメラでズームアップで撮影した写真を見れば、客が間隔をあけて座っているスタンドが見える。
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 一乗寺へのアプローチに関して、京都駅の一つ手前、この梅小路公園に隣接する山陰本線梅小路京都西駅まで輪行して、ここから自転車スタートという案も浮かんだが、二条駅や円町駅スタートの場合と車道走行の距離は変わらなくなってしまう。さらに、快速列車が止まらない梅小路京都西駅では利用できる列車が限られてしまう。加えて、一乗寺までのトータルの距離は円町や二条の方が近い。わざわざ列車に長く乗って、目的地から遠ざかるのは合理的ではない。
 ただ朗報といえるのは、この数年で京都市内の車道が自転車で走りやすくなった。大きいのは、路上に自転車走行レーンの表示がされていること。もちろん、専用レーンではないが、それでもドライバーは自転車の車道走行を認めざるを得ない状況だ。車道を走る自転車に対し威圧をかけるドライバーが当たり前だった20年前と比べれば、今はクルマが自転車に気を使ってくれている。
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 まあそんなことを思いつつも、結局はその日の気分で行動するしかない。今日はレンタサイクルならではの行動ができた。マリポーサを返却し、京都駅へ。
 7月下旬、約20.1km

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2020/08/11

ロードレーサーのキャリパーブレーキ交換

 1年前にもらった30数年前のロードレーサー「レイダック」。ずっと乗られていなくて廃車寸前のだったため、消耗品に加えいくつかのパーツは交換して乗っていたのだが、ブレーキ本体には特に制動力不足を感じることはなく、付いていた「SHIMANO600」をそのまま使っていた。ただし、ブレーキが固い、という難点があった。ブレーキを開放するバネが強すぎるのだ。普通の道を走る分にはさほど問題はないが、長くて急な下りでは、ブレーキレバーが握れなくなるくらいに手が疲れる。4月の鳥取市の毛無山からの下りでは、何度も休憩して握力を回復させる必要があった。
 アップダウンのあるコースを走る場合は別の自転車を使えばいい、などとも思ったのだが、結局交換してみた。SHIMANOの「SORA」。前後セットで6,000円台。
 ブレーキ本体を手で握ってみると、30年前の600よりも、現行のSORAの方が明らかに柔らかい。しかも新旧並べてみると左右のブレーキアーチをつなぐ軸の位置が違っている。600は中央上部、つまりフレームへ固定するボルトがそのままブレーキアーチの軸になっている。ところが、SORAはブレーキアーチの軸が右に寄っている。なるほど、てこの支点と力点の距離(赤い線)を大きくすることによって、作用点に強い力が加わるようにしてあるわけだ。でも、それだけだと左側のブレーキアーチへの効果はあまりない。だからアウター受けを情報に伸ばしてある。
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 そういえば、カンティレバーブレーキも同様にてこの原理で制動力を高める進化を遂げている。
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 ブレーキ本体をリアだけ交換し、ワイヤーを通して試しに乗ってみる。左右比べてみるとSORAの方が軽い力で強い制動力が得られる。30年という時を経て(?)の劇的な変化。ちなみに、現行のようなタイプのことを「デュアルピポット」というらしい。そしてフロントブレーキも交換。
 パーツを交換すると走ってみたくなる。ちなみに、この自転車に乗るのは琵琶湖一周以来、2ヶ月半ぶり。尺骨神経麻痺による左手小指のしびれがいまだに治らない。その間、900kmほど別の自転車で走っていた。さて、ブレーキの効きは…。
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 タッチの軽さと制動力はアップしたが、小さな峠、常識的な勾配だったので、特に交換のメリットは感じなかった。もともとこのコースでは不足を感じていなかったのだから当たり前だ。やはり、国道や府道(県道)の設計の規格外の勾配の坂を下らないと、メリットを感じられないか。いやだめだ。ブレーキがよく効くようになったといっても、それはこの自転車での話。ほかに所有している自転車ならもっと制動力があり、さらにフラットハンドルでブレーキが掛けやすい。ロードレーサーでの急な下りでは、メリットとして感じられるはずはない。唯一ブレーキ強化のメリットを感じられるのは、4月に苦労した記憶があるうちに、もう一度毛無山の下りを体験してみることか。

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くらます周回

 鳥取県若桜町の「くらます」という山をスキー登山で訪れたのは3年前の春だった。鳥取・岡山・兵庫の3県の境の鳥取側の山だ。3月の下旬に西側の麓の吉川集落をベースに登頂し、4月初めにはちょうどその裏側、東側から登った。その時期には雪に閉ざされているものの、さらに奥には両側のベースをつなぐ道もあり、つまりはくらますをぐるりと一周する車道がある。雪が解けたら走ろうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
 国道29号線の戸倉峠を越えて兵庫県から鳥取県へと入ってしばらく、短いトンネルを抜けると「不動院岩屋堂」の案内板がある。ちなみに短いトンネルの名は「岩屋道トンネル」。案内板に従って県道72号線へと左折。すぐに川の向こうに仏閣が見える。崖の中の洞窟に収まったお堂。その名も岩屋堂。鳥取県では三朝温泉の近くにある投入堂が崖の途中の洞窟の中のお堂として有名だが、こちらにもあるのだ。
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 その駐車場にクルマを止める。ここから自転車スタート。数日前に大雨警報が発令されるほどのまとまった雨があったので、増水した吉川川の流れは迫力がある。普段との比較のため、Googleストリートビューの画像を並べておく。その吉川川をさかのぼっていくと吉川の集落。標高500m程の山間とは思えない大きな集落だ。集落の最奥部にある牛舎が冬季の除雪の限界点。スキー登山ではここにクルマを止めて歩き始めた。
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 吉川を抜けると左手に「くらます」が見える。雪に覆われたホワイトくらますとはまた違う、グリーンくらます。
 そのあと道は林間に入り、登り勾配が増す。ヘアピンカーブの先端から未舗装のダブルトラックが分岐している。スキー登山ではくらますの中腹まで続くこのダブルトラックをたどった。
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 しばらくすると県道の終点を示す標識。ここから広域基幹林道沖ノ山線となる。が、その林道の標にも「終」とある。智頭側が林道の起点、こちら若桜側が終点ということなのだろう。ただし、県道から林道へと変わっても、道は舗装のままだし、特に目に見える変化はない。クルマで通れば、あるいは自転車でも下りならば、道路の管轄を表す標にも気づかずに過ぎてしまうことだろう。
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 実際にここを自動車と、自転車の下りで過去に通っている。自動車で通ったのは、2005年の夏。東山から南に延びる稜線のシングルトラックをMTBで走った時のアプローチ。自転車で下ったのは、2003年の初夏。沖ノ山林道ツーリング。
 さて、さらに登っていくと分岐点。沖ノ山線から左に分岐する林道大道中江線へ。ここからは初めてたどる道。ところがその分岐する道には工事中、立入禁止を示す案内板が見られる。なのにその看板は、道を塞ぐようには置かれず、まるでゲートが開かれているような設置の仕方。どう解釈すればいいのだろう。まあそれは考えてわかることではないし、ここで撤退という選択肢はない。突入だ。何せまだ登りなのだから、通行できない現場で引き返せばいい。
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 黙々と登っていく。なんと道路の両側の木の間にクモの巣が張っていた。高い位置なのでその下をくぐる。ということは、工事関係の車両も少なくとも今日は通行していないということだろうか。普通乗用車なら蜘蛛の巣の下を通ることになるが、トラックなら蜘蛛の巣を突き破るはず。数日前の大雨の影響で側溝から路面に水があふれている箇所があるが、クルマが通った濡れあとはない。まあ時間がたてば乾くものだから、あまりこちらの証拠能力は高くないが。
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 峠が近づけば、木々の合間からくらますが見えた。吉川から見上げた時よりも、かなり近く感じられる。ほとんどが木に覆われた山だが、所々部分的に木々がなく、草原あるいは笹原が見えている。この裏側の山頂直にはさらに大きなオープンスペースがあり、冬にはまるでスキー場ゲレンデのように見える。氷ノ山からはそのオープンバーンがよく見え、いつかスキー登山をしてみたいとずっと思っていた山だった。くらますがのぞく木々の切れ間は、土砂崩れの跡だった。道路は修復されているが、谷をのぞき込めば崩れ落ちた痕跡があらわになっている。
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 そして峠へ到着。標高は1000mをほんの少し超えた。峠はくらますの南に連なる高倉というピークのさらに南の鞍部。峠を越えた側には、うっすら雲がかかった高いピークが見える。三室山だ。
 さて、下りにかかろう。今日のコースはわかりやすい。標高差700mを登って下る。そう、あとは下るばかりなのだ。まずは高倉の南斜面をスイッチバックするようにつけられた道を下る。深い谷を隔てた山肌にも、何やら道が見える。あれは、三室山の西の鞍部を越える大通峠へと登る道のようだ。あちらもいつか走ってみたい。
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 このまま順調に進んでいけると思っていたのだが、突然大きなクレーン車が目の前に現れた。法面の崩落を防ぐ工事だ。命綱を付けた数名の作業員が、法面で作業をしている。クレーンは道を塞いでいて四輪車の通行は無理。自動二輪も厳しいが、自転車はすり抜けていける。強行突破を試みる。作業員たちはこちらに一瞥をくれることもなく作業に没頭している。気付かないふりをしてくれたのかもしれない。どうにか通過。
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 ひたすら下って沢の流れる谷底に降り立った。ここは分岐点。さらにこのあたりから道路の路肩が損傷し、応急措置として鉄板がかぶせてあるような箇所が見られる。沢沿いの道の宿命だ。大通峠方面の道から工事関係と思われるトラックがやってきた。道を譲るが、相手は停止したのでこちらが行く。これが山間で出会った唯一の通行車両だ。
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 そのあとは加地川が流れる音を聞きながら下る。しばらく行くと、加地川の中に珍しいものがあった。堰堤のようであるが、水をせき止めるほどの高さはない。さらに、中央に3本の溝が切られ、そこから水は下流に流れている。溝には鉄板が被せられている。つまり、クルマが渡渉できるようになっているのだ。対岸にはダブルトラックが続いている。道路とクロスする沢が路上を通過する「洗い越し」の大規模なものともいえる。まあ、安易に橋を架けるわけにはいかないのだろう。頻繁に起こる土石流で橋が破壊されたり、あるいは橋に引っかかった倒木などが流れを塞ぎ、溢れ出た水が周囲の道路などに被害を及ぼす。数日前の大雨で増水しているからなのか、普段からそうなのかわからないが、とにかくにぎやかな音を立てて流れ続ける加地川は元気な川だということが容易に想像できる。橋を架けるなら水面から高くて頑丈な橋にしなければならないが、それには費用が掛かる。道の用途と建設費用のバランスから出来上がった建造物ということだろう。道なりに行くぶんには渡渉の必要はない。渡渉ポイントを横目に、さらに進む。
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 その先、ヘアピンカーブが続く区間が何度か現れる。滝となった加地川に沿った道が急降下している。その急流区間の下に、水力発電の施設があった。なるほど、普段よりも増水気味であることを差し引いても、常時パワフルな水の流れを利用しない手はないわけだ。
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 さらに下ると、左に橋が架かっているが、ゲートが閉じられクルマは自動二輪は渡れなくなっている。3年前の4月には、この橋のたもとにクルマを置いて、ゲートを乗り越えて入山した。林道はやがてキャタピラ重機用のダブルトラックの作業道となり、山頂近くまで続いている。地図に載っていない植林の作業道を見つけたのは、Googleマップの航空写真。作業道の終点から少しだけ林間を歩けば、スキーゲレンデのようなオープンバーンに到達できた。そのスキー登山の時にも、この橋のたもとでスキーの準備・撤収する間の沢音が耳に残っている。雪解けの季節だから、増水していたということだろうが。集落からかなり奥にあるこの位置までクルマが入れたのは、奥にある水力発電施設の関係だった。施設そのもののためだったか、その手前の道路の工事のためだったかは忘れたが、何かの作業のため早めに除雪が行われている、という情報をつかんで決行したのだった。
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 標高500mの吉川集落まで除雪されている西側に対し、東側は国道29号線沿いの加地集落から延々と林道を歩かなければならず「裏くらます」などと呼ばれることもある。なお、くらますにはしっかりした登山道はつけられていないようで、無雪期には本日越えた峠から、高倉を経由して尾根伝いに行くのが最も一般的らしい。
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 加地川沿いにどんどん進んでいけば、橋が見えた。川岸に畑が見られようやく加地集落まで降りてきた。国道29号線も、下り基調。2kmで岩屋トンネルを越え、岩屋堂へ。
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 ふつうは、登りが長く下りが短く感じられるものだが、今日は下りが長いように感じられた。要するに、登りに使った道沿いにはかなり奥まで集落があり、それも大きな吉川の集落。西側は、ほとんど下りきった加地まで全く集落はない。とにかく、水の流れる音が印象的な下りだった。
 7月中旬、約24.4km

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2020/08/09

急勾配と廃道ダートと宿場を越える8の字周回(ホルモン焼うどん3)

 西播磨の中山間地を行くシリーズもそろそろ終盤。なだらかな中国山地。温暖で降水量(雨も雪も)が少ない山陽(瀬戸内)の気候。適度なアップダウンがあるクルマの少ない田舎道。そして、佐用のホルモン焼きうどん。
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 クルマを止めたのは、JR姫新線三日月駅に近いパーキングスペース。向いが交番なので、セキュリティは万全。今日の自転車はMTB。走行予定コースには一部ダートが含まれるが、それはほんの少しだけなのでオンロードタイヤのホイール。ただし、34Tのローギアを備えたスプロケットを装着している。
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 志文川の流れに沿って西へ。国道179号線を避けて農道などをたどる。久保集落から三ツ尾へ抜ける林道へ。動物よけのフェンスを越え、コンクリート舗装の急勾配が続く。たったの3kmで標高差400m近くも登る。平均勾配が12パーセントを越え、特に序盤は20パーセント超の勾配が続いていると思われる。所有する自転車の中で最もギア比の低いセッティングで挑んでどうにか乗車で登ることができた。ただし、何度も停車して呼吸を整えた。
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 多賀登山の西側を越えると下りとなる。初めて走った2009年にはダートで、前転しそうな急勾配をこわごわ下ったのだが、いつしか全面舗装されてしまった。廃棄物処理場を越えて果樹園を抜け、県道449号線へ。ここはT(丁)字路ならぬK字路で、もう一本の林道が県道に突き当たっている。ゆくゆくはもう一方の林道をたどるのだが、その前に県道449号線を右にとり、登って行く。すぐに三ツ尾集落。勾配に果樹園と民家が張り付いている。集落を越えると、県道をそれて細い道へ左折。ダードの林道だ。しばらく登ってあとは下りとなる。倒木が横たわり、深い溝が掘れた道。もちろん、ガレ場も当たり前に存在している。次々と立ちはだかる難所。思わず転倒。落ち葉のクッションに受け止められて、かすり傷のみ。短いがスリリングだ。動物よけのフェンスを越えると、三原集落。
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 県道449号線を登って、先ほどのK字路に戻る。そして、もう一方の林道へ。本日のコース取りは頭の大きな8の字を描く。ただし、書き順は逆。
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 沢沿いの下りを行けば、大下り集落。廃屋が目立つが、それを含めても数軒しかない山間の小集落。この道も10年前にはダート区間があったが、いつの間にか全面舗装。
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 やがて田んぼが現れ谷が開けて、多賀集落。川沿いの家の土台の立派な石垣は、川の隠れた性格を表しているのだろう。普段は穏やかでも、時には荒れ狂うというわけだ。
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 そして大きな川へ突き当たる。千種川だ。これを東にさかのぼる。すると川が二股に分かれている。右は志文川。つまりクルマを止めた地点へ戻る。ここは左の千種川本流を遡る。
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 旧南光町の中心街、徳久を越えたら、志文川沿いを離れ左折。北側の山間部へ。
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 別荘地を横目に登った峠でゴルフ場への道と立体交差。頭上をクルマが通り過ぎていく。下っていけば、口金近という印象的な地名。本来のどかな集落なのだが、中国自動車道と鳥取自動車道のジャンクションとなっているので、なにやら近代的な建造物と田舎の風景がミスマッチしている。
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 中国自動車道に沿った谷を下れば、すぐに国道373号線、作用I.C.だ。さて、この近くに2軒、ホルモン焼うどんが食べられる店がるが、現在の時刻は16時前。「かづ」という店は昼夜通し営業のはずだが、あまりにも中途半端な時間なので心配になる。恐る恐る扉を開けると、ちゃんとお母さんが出てきてくれて一安心。ホルモン焼うどんをいただく。うどんが鉄板にくっついてしまった。割りばしでこねくり回すからくっついてしまう、とのこと。でも、このペリペリもおいしいからねと、鉄板からはがしてくれた。
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 ホルモン焼うどんを食べたら、走行再開。平福へ向けて北上。ただし、国道を避けて農道を行く。佐用川の対岸から宿場町の裏側を眺める形だが、これもまた風情がある。
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 そして、佐用川の支流、庵川を遡る。のどかな集落が点在している。
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 徐々に山間の雰囲気が深まり、寺坂峠を越える。降り立ったのは千種川の谷。少し下ったら、次は八重谷峠を越える。並走する志文川の谷へトレーンチェンジだ。八重谷峠への登りで背後から「こんにちは」と声がかかる。ロードレーサーが追い越して行った。元気だねぇ。もしかすると、長い距離を走っているのかもしれない。でも、こちらは変化に富んだコースをはしている。20パーセントの急勾配やほとんど廃道のダートを越えているのだから。
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 志文川沿いへと降り立ったら、あとは下り基調で8の字周回を完結。
 7月上旬、約57.8km

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播但丹三国巡り四つの峠越え

 2007年の夏に1度走ったきり疎遠になっているコースがある。恒例行事として毎年走っているコースもあれば、こういう疎遠となるコースもある。理由は自分でもよくわからない。強いていえば、複数の峠越えがあり、挑むのに気合いが必要だということか。また、このコースはダートのダブルトラックを含んでいる。2007年の6月にランドナーを譲ってもらった。京都市内にあるVigoreという工房のオリジナルモデル。ハンドルを中心にパーツを交換する必要があった。また、すでに1台ランドナーを所有していた。どうせなら雰囲気を変えた自転車に、ということでフラットハンドルのパスハンターとして仕上げた。ホイールにはブロックタイヤを履かせ、ダートにも対応させた。そのパスハンターの本格的なデビューの舞台が、13年ぶりに走る今回のコースである。その2年後に、別の人からまたもVigoreのランドナーを譲ってもらってからは、ダート用と舗装路用の2種類のホイールを選んで乗れるようになった。その2007年に譲ってもらったランドナーはメインバイクとして活躍してくれたのだが、今シーズンからは一線を退いてもらった。というわけで、新しい方のVigoreランドナーで走る。
 スタート地点は、兵庫県多可町加美区の道の駅「杉原紙の里・多可」。ダート用のブロックタイヤのホイールを装着する前にスプロケットを交換しなければならない。ダート用ホイールにつけているのはローが34Tのスプロケット。リアディレイラーのキャパシティが足りない。メインバイクとして使うにあたり、リアディレイラーもキャパシティの大きなものに交換するべきだったのだが、まだ交換していないのだ。チェーンも長くしなければならないので、チェーンと合わせて交換しないといけない。消耗品であるチェーンが劣化したら交換しようと思っているのだ。
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 しかし、トラブルが発生。スプロケットを外す専用の工具が、作業途中で行方不明になってしまった。つい先ほどクルマの荷室のどこかに置いたはずなのに、なぜか見つからない。暑い日だが、山間の木陰にクルマを止めているので、風が心地よい。実に1時間近く探したけれど見つからずあきらめた。今日は、舗装路用のタイヤで走ろう。ちなみに、スプロケットを外す工具はとある収納袋の中に入り込んでいた。見つかったのは、2週間ほどのち、その袋の中身を使う時のことだった。
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 満を持してのスタート。杉原川に沿って、下っていく。中山間地の風景から旧加美町の中心街へ。西山集落あたりで杉原川沿いを離れ、西へ。千ヶ峰の懐へと入り込んでいく。市原の集落を越えると本格的な登りとなる。舗装路の登りだ。この先、千ヶ峰の北側の稜線に位置する市原峠が、今日のコースの最大の峠。しかし、国境ではなく播磨の国の中の峠越え。黙々と登り坂に向き合う。クルマは全く通らず静かそのもの。でも、1台の自動二輪車とすれ違った。
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 峠は千ヶ峰の登山口となっている。1台のクルマが止まり、中年の男女3人連れがいた。登山道を歩き出したが、登山という雰囲気ではない。
 一通り展望を楽しんだら、神河町側へと下る。13年前には、こちら側はダートだった。途中で追い越していったクルマは、先ほど峠に止まっていたもの。やはり、登山ではなかったようだ。
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 越智川の谷へと降り立った。今度は越智川を北へと遡る。キャンプ場などのある新田ふるさと村を過ぎれば、開け放たれたゲートがあり、「伐採・木材搬出作業中、通行注意」を告げる看板がある。進んでいくとやがて道はダートとなる。
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 さあまた市原峠と同じ高度まで登らねばならない。ダートのせいもあるし、こちらの方が山深い雰囲気だ。前方上方には、伐採されたはげ山に切り付けられたようなダブルトラックが斜めに走っている。あそこを行くのだろうか。路面ががれていて走りにくい区間が現れる。また、舗装区間も。そのうち重機の轟音が響いてくる。道路工事をしているのか、と不安になる。ブラインドコーナーを越えると大きなユンボがのたくっているのが見えた。幸い道路脇の広場で作業中で、林道の通行は制限されていなかった。
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 乾いた砂ぼこりが舞う峠へとたどり着いた。道が分岐している。さてどっちだ。よくわからないのでしっかりしたルートを選んで侵入。しばらく進んでGPSレシーバーにひかれたトラックを確認すると、ルートをそれている。分岐に引き返す。そして細くて草の生えた心細いルートへ侵入。播磨から但馬へ。朝来市生野町だ。
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 生野側はずいぶんと荒れた道だった。水で溝が掘れているし、法面から崩れ落ちてきたこぶし大かそれより大きい石がごろごろしている。タイヤをパンクさせないように慎重に行く。こういう道は、下りなのにずいぶん長く感じる。
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 徐々に路面が落ち着いて来たら集落が近い。降り立ったのは梅ケ畑の集落。ほんの数軒の集落だが、廃屋が目立つ。一応バス停があるが、定期便ではなく、予約が必要らしい。
 舗装路の下りは早い。市川に沿った国道429号線へ突き当たった。但馬の国の大半は日本海側の推計であるのだが、朝来市の生野町だけは瀬戸内の水系。市川は姫路へと流れていく。その市川を少し遡り、国道429号線は市川を離れ生野峠へ向かう。峠といっても、生野側からの登りはほんのわずか。あっという間に本日3つ目の峠へ到着。但馬から丹波へ。
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 国道312号線の生野峠は幹線道路なのに対し、国道429号線の生野峠はいわゆる酷道の峠道。丹波市青垣町側はクルマのすれ違いに苦労する細くくねった道。しかも杉林の中で昼間でも薄暗い。あまり長いしたくない区間なので、こちらを下りに選んだのは大正解。
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 センターラインの引かれた広い道となり、国道427号線へと突き当たる。丹波市青垣町大名草(おおなざ)。印象的な地名だ。そして、最後の峠を目指す。クルマのための広い道。でも、交通量は極めて少ない。播州峠をトンネルで越える。あと少し下ったらクルマを止めた道の駅へゴールだ。
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 6月下旬、約46.2km

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林道床尾線再訪逆向き周回

 本当は別のコースを走ろうと思っていたのだが、南風が強すぎる。クルマでのアプローチの最中に急遽、風の影響を受けにくいコースへの変更を決めた。4月初めに走った林道床尾線。あの時と逆向きで走ろう。そうすれば、上りが舗装で下りがダートとなる。
 豊岡市但東町出合市場の出石川沿いの小さなパーキングスペースにクルマを止める。前回は出石にクルマを止めたが、周回の起点を変更。下りきってゴール、という形にするためだ。
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 まずは東床尾山の北側、出石川を下る形で東から西へ。国道426号線を極力避け、対岸の農道や集落の中の道を行く。旧出石町へと入ったら、県道10号線へと左折。奥山川をさかのぼる形で南へ。ここは向かい風の影響をまともに受ける。ペダルが重い。けれどそれもしばしの間の辛抱。山の懐へと入っていけばほとんど風を感じなくなる。のんびりと登りに取り掛かる。豊岡市出石町奥山の山村集落を過ぎ、ダブルピークの1つ目が豊岡市と朝来市の市境。すぐに朝日の集落。小学校は廃校。集落の家もざっと半分ほど廃屋があるように見受けられる。4月はじめと比べ草ぼうぼう。廃屋は草に飲み込まれているようだ。朝日を過ぎるとダブルピークの2つ目。それを越えたら一気に急降下。
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 下り切ったら和田の集落。朝来市の中心街に背を向け、今度は糸井川をさかのぼる。今度は追い風だ。集落を抜け見ながら床尾連山の懐へと入り込んでいく。道路脇を流れる糸井渓流は、一つ一つの落差はさほど大きくないものの滝、あるいは滝のような急流が連続して登り勾配がきつい。東床尾山のメイン登山口である糸井の大カツラへの分岐にたどり着くのに結構消耗した。それもそのはず、林道最高地点のまでの半分とは言わないが、標高差の4割くらいはもう登ったことになる。
 その分岐から先が林道床尾線。入り口付近に看板が立てられている。通行止めだそうだ。但東側で路肩崩落、とあるが心当たりがある。自転車は問題なく通れるはず。4月に来た時には通行止めの案内板さえない、手付かず以前の状態。それから2か月。復旧工事が始まっているとは思えない。当然強行突破だ。
 林道床尾線の和田山側は舗装済み。林道なので、勾配などは国道や県道の道路規格外。急な登りだが、むしろ糸井渓谷沿いよりはましだ。標高650mほどに位置する東床尾山と鉄山との鞍部が最高地点で朝来市和田山町と豊岡市但東町の境。その手前に、大カツラからの道と合流し東床尾山に至る登山道の入り口、つまり登山口がある。あまりにも小さな案内板のため、4月にこちらを下った時には全く気付かなかった。
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 豊岡側はダートとなるのだが、通行止めのバリケードが設置されている。もちろん、突入。そのつもりで来ている。いきなりガレた急な下り。スピードを落として慎重に行くしかない。
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 徐々に勾配が落ち着き、路面状態もましな区間が現れる。そして路肩が崩落した箇所へとやってきた。前回と違いバリケードで囲まれている。また、山側の側溝が掘り返されている。前回はクルマとすれ違ったのだが、そのクルマは強引にこの個所を越えていった。今は、もうクルマが通れない。バリケードを外しても、側溝に車輪が落ちてしまう。前回は側溝が完全に埋まっていた。
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 その先もずっと側溝が掘り返されていた。確かに路面の維持・管理には有効だ。側溝がふさがっていると、雨水が路面を流れて土が洗い流され、石が残ってガレ場となる。川原のような状態だ。さらに流れによって路面が掘れてしまった状態は、廃道化して使われていない道で見られる。勾配のある区間では、水が激しく流れるため部分的にコンクリート舗装されている、ということはよくあるパターン。舗装路って走りやすいよね。
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 厄介なのはガレた路面だけではなかった。ずっと側溝の掘削作業が行われていて、掘り起こされた土砂が路面に敷かれている。それは小石だったり、ゆるんだ土砂だったり、ぬかるんでいたりといずれにしても走りにくい。なかなか手ごわい。さらには、重機とその側に佇む2人の人の姿が見えた。どうやら作業中のようだ。「この道は通行止めですよ!」と注意されるのではないかと警戒しながら近づく。すると何やらは言葉がかけられた。2人同時で聞き取れなかった。が、年配の方が「休憩してください」。若い方が「この先、特に荒れているので気を付けてください」。よかった優しい人たちで。若い方の言葉に対して「わかりました」と告げて通り過ぎる。確かにその先の荒れようはすさまじかった。側溝を埋めるというだけでなく、がけから斜めに堆積していた大量の土砂は、湿っていて路面はぬかるんだ緩い土砂が堆積している。車輪をとられるので、乗車をあきらめて自転車を押す。ダートの下りを楽しむつもりで、前回と逆向きの周回としたのだが、あまり楽しめなかった。
 そんなこんなで長い長い下り。最後のガレた急坂を下り終え、何とか県道へ。あとはクルマを止めた地点まで一気に走る。
 6月中旬、約42.1km

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