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2020/04/23

20年ぶりの東床尾山(朝来リバイバル3)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 林道床尾線を走ったら、東床尾山に登ってみようという気になった。自然な流れだろう。以前に一度登頂したことがある。いつだったかなぁ。きっちりとしたテキストの記録はないが、パソコン通信に「6月に東床尾山に登った」と発言していた。2000年のログだ。GPSレシーバを使い始めたのは2001年の晩秋だから、GPSトラックもない。でも、デジタルカメラで撮った写真は見つかった。当時はフィルムカメラをメインに使っていたが、Webページに掲載する写真を撮るためおもちゃのような安物のデジタルカメラも並行して使っていた。解像度35万画素で、色もあまりよくない。それでも、場所と通過時刻の関連づけができるということは大きい。

 この頃、段ヶ峰に始まり、10年以上のインターバルを経ての再訪が続いた。いずれも兵庫県朝来市に絡んでいる。「朝来リバイバル」と命名しよう。
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 20年前と同じく朝来市和田山町の大カツラからの入山を目指す。先日の自転車で走った林道床尾線へ竹ノ内からアクセスし、大カツラへの分岐にクルマを止める。分岐にはすでに先客のクルマが1台止まっている。「大カツラ周辺には駐車場所が狭く、また自然のためにここにクルマを止めてください」という旨の注意書きがある。今日、というか大概は入山する人はほとんどなく駐車場所に困ることはないだろうが、自然のためと言われると従うしかない。ただし、大カツラまでの約0.7kmは自転車で行くつもりだ。自転車ならよかろう。
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 大カツラまでは沢沿いの未舗装のダブルトラック。結構登りがきつい。自転車はMTBだが、オンロード用のタイヤ。すぐに大カツラが見えてくる。根元が無数の株に分かれた大きなカツラの木だ。自転車を降りて、東屋の柱にワイヤーロックで括り付けておく。クルマは一台も止まっていない。
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 13:26、根を保護するためにカツラを大きく取り囲む柵を回り込んで、沢にかかる橋のたもとが登山口。登山届の用紙でも入っているのかと思いながら、設置された箱のふたを開けるとイラストマップだった。竹ノ内集落の取り組みのようだ。一枚頂戴する。
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 橋を渡って登山道へ。木々にに覆われた法面をトラバースする形で登山道が伸びている。カツラの少し奥の砂防ダムを越えたあたりで、少し谷が広がりトラバースから解放されるが、しばらく行くとまたトラバース道となる。そして、渡渉ポイント。登山道はずっと沢沿いで、そのあと何度も渡渉を繰り返す。2,3日前にまとまった雨が降ったので増水しているようだ。なかなか飛び石が見つからない。靴を濡らすと厄介なので、慎重に行く。いくつか木製の橋が見られるが、いずれも沢の途中で途切れている。土石流で破壊されたようだ。たまに滝となっている勾配のある沢で、土石流の破壊力も大きいと思われる。沢沿いの登山道もなかなか急だ。要所要所に案内のマーキングが見られる。紙に印刷されたものに防水のフィルムをかぶせ、建築用ステープラーで木の幹に貼り付けられている。これも竹ノ内集落の取り組みと思われる。
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 右の上方にガードレールが見えた。先日自転車で駆け下りた林道床尾線だ。しばらく行くと登山道に分岐があり、右は「峰越林道へ」とある。先日は気づかなかったが、林道途中からも入山できるようだ。今は余裕がないが、できれば下山の時に寄ってみたい。
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 渡渉を繰り返しさらに進む。東床尾山へは、山頂への直登コースと西床尾山への縦走尾根の途中に登るコースの2つがある。登りは直登、下りは縦走尾根経由で周回しようと思うが、表示があるものの分岐そのものがわからず縦走尾根に向けて進んでしまった。もちろんGPSレシーバでミスコースにはすぐに気づくわけで、少し戻って沢の対岸の杉林の法面に直登コースを見つける。渡渉ポイントが荒れて分かりにくく、道なりに進んでしまったというわけか。
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 水際ではシングルトラックもあいまいになっているので、結局渡渉ポイントがどこかということがよくわからないまま、靴をぬらさぬよう慎重に対岸に渡り、法面のシングルトラックへとよじ登る。これまでに増しての急登の始まりである。法面の標高差は50mほどなので、10分足らずで尾根に乗り上げた。しかし、尾根も急な登りだ。ただしトラバースから解放され歩きやすくなる。黙々と登っていくのみだ。この山は全体的に斜面の勾配がきつい。
 東床尾山は2000年以来、と書いたが、実は2006年の2月にも試みていた。スキー登山である。2月初めに大雪が降っておなじみの大江山を堪能した後いくつかの新コースの開拓に挑んだ。東床尾山は斜面の勾配がきつく、直登はできず、トラバースしながら行こうとしたら杉林が濃くて、結局撤退した。山頂部北側の伐採斜面がゲレンデになる、と選んだ山だったが、そこに至るまでがあまりに厳しかった。登れたとしても、大部分は滑降もできなかっただろう。
 上方から話し声が聞こえてきた。男性3人組が下りてきた。おそらく林道床尾線の大カツラ入り口分岐に止められていたクルマの主たちだろう。挨拶を交わす。
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 急勾配の登山道は、歩幅を小さくしてゆっくり登っているのに、もGPSレシーバの標高値の増加ペースが速い。前方を見上げると木々の背景が青空。山頂はすぐそこだ。
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 14:42、山頂に到達。いやあ20年ぶりの大展望だ。出石川の谷が麓を回り込む北側の展望が特に良い。急勾配の山なので麓の集落まで俯瞰できる。東床尾山から南西に西床尾山、南東に鉄鋸山と地図上にほぼ正三角形を描く峰々を連ねた山塊である。が、北方の丹後半島の山から見る東床尾山はまるで独立峰のように見える。その丹後半島方面を今日は逆に眺める。ああ、天橋立が見えている。といっても籠神社がある北詰側、砂嘴の半分ほどしか見えていない。多くの人はあれが天橋立だと気づかないかもしれない。隣の郷路岳からの見え方とよく似ている。
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 少しずつ左に視線を振る。但東の田園地帯が広がる出石川の谷を隔てて磯砂山と高竜寺ヶ岳が並んでいる。その奥が丹後の国だ。霞で分かりにくかったが、依遅ヶ尾山が確認できた。特徴的な形、わが故郷の目印の山だ。
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 北側は出石川が注ぐ円山川の流れ。豊岡盆地、豊岡中心街が見える。その奥には来日岳。北西には神鍋高原が位置する。蘓武岳は逆光ではっきりわからない。目印のスキー場ゲレンデもあまりにもぼやけている。ただし、但馬ドームの白い屋根は確認できた。
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 そして西にはまだ雪を頂いた氷ノ山。まだ4月中旬、雪の多い年ならスキーをしたこともある時期だ。今年はさすがにもう無理だろう。三ノ丸を従え、どっしりとした大きな山塊だ。
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 南は山頂にアンテナを頂いた粟鹿山が目立つ。まあ、それしかよくわかっていないのだけれど。粟鹿山にも2006年2月にスキー登山をしている。アンテナ山なので、頂上まで車道があり自転車でもすでに登っていた。ただし、車道だと距離が長くなりスキーでの一度目は時間切れで撤退。何とか2度目で登頂した。ここも山頂部の伐採斜面を滑降できそうだと思っていたが、登頂したものの雪が悪く時間もなかったので、結局車道を上って降りただけだった。そのあと段ヶ峰と続き、当時の記録には朝来シリーズと書いている。
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 さて、東床尾山からの展望の話に戻る。最後に、真東の大江山連峰。ブッシュで分かりにくかったが、千丈ヶ嶽と鍋塚と大笠山が何とか確認できた。
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 一等三角点に腰かけてパンを食べたら、15時ちょうどに下山にかかる。山頂直下こそ急勾配だったが西床尾山に至る尾根はなだらか。朽ちて崩れかけた小屋を過ぎアップダウンを繰り返す。まで沢沿いコースへと降りる分岐にまで。谷へと降りる道は急勾配でジグザグのトラバース道。急な下りを避けて直登コースを上ってこちらを降りることにしたのだが、甲乙つけがたい急勾配だ。しかも、歩きにくいトラバース区間は縦走尾根経由のほうが長い。というより、縦走尾根の標高差はわずかだったから、下りのほとんどがトラバースの急下りだ。ゆっくりと時間をかけけて沢沿いの分岐に降り立つ。ここからは来た道を戻る。
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 林道床尾線への分岐に来た。厳しい下りにもう余計な労力を使いたくないのだが、GPSレシーバによれば林道はすぐそこなので行ってみる。実際すぐそこだった。登山道入り口を示す表示板があるが、かなり小さい。先日自転車で下ったときに気付かなかったのは仕方ない。もしかすると突然の鹿の出現に気を取られていた時なのかもしれない。
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 下りも渡渉は要注意。残りの行程が少ないとはいえ、靴をぬらしたくない。16:53、大カツラへ下山。なんと登りより30分以上時間がかかってしまった。歩きにくい下りだった。
 最後のダブルトラックの下りは自転車で快走。大カツラまで自転車で来てよかった。あっという間にクルマへと戻る。
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 帰り道、出石川沿いから東床尾山を見上げる。数時間前にあそこにいたのか。高いなぁ。
 4月中旬。13:10〜16:58

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2020/04/20

11年ぶりの林道床尾線で床尾山を一周(朝来リバイバル2)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 兵庫県の朝来市和田山町と豊岡市但東町の境、東床尾山(ひがしとこのおさん)と鉄鈷山(かなとこやま)の鞍部を超える林道床尾線のことを思い出した。全線開通して間もなくMTBで走ったのだが、峠を越えたところでタイヤがバーストして苦労した覚えがある。そういえば、まだリベンジしていない。あれはいつだったっけ。
 記録を見れば2009年4月。11年前だ。すっかり忘れていた。
 兵庫県豊岡市但東町を経由し、豊岡市出石町へ。出石の中心街の手前、国道426号線沿いのトイレのあるパーキングスペースにクルマを止める。自転車はランドナー。ダートに備えブロックタイヤを履いている。ここから、東西の床尾山を時計回りに一回りする周回のスタートだ。
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 まずは出石川をさかのぼる。スタート地点の標高は15m。国道426号線を避けて左岸ののどかな道を行く。基本的に交通量はほとんどないが、工場があるため狭い道を資材の搬入出の大型トレーラーが通る。まあ、このくらいは仕方ないか。
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 10km足らず走り、但東町中心街の手前、出合市場の交差点を県道56号線へと右折。1kmほどで右へ分岐する道へ。標高60m。畜舎の入り口の脇からダートの急坂が始まる。ガレていてきつい。東床尾山の北東へと長く伸びた尾根へと乗り上げるまでが最も厳しい。ただし、尾根に乗り上げてからも、勾配が少し緩む程度で十分にきつい。周囲の眺めが良くなってくることを励みに登っていく。11年前は開通して1年くらいしか経っていなかったので走りやすいダートだったはずだが、何度も大雨を経験してガレ場が出来上がっている。路肩の側溝が詰まっている個所で水があふれ、路面の土を洗い流してゴロゴロとした石だけが残る。その詰まった個所を境に上側は走りやすい土の路面。まるで道路劣化の標本のようだ。ただ先日の段ヶ峰のダブルトラックほどガレ場区間が多くなくて良かった。山腹でなく稜線付近にダブルトラックが位置していることが幸いだったようだ。日本アルプスなどの山小屋だって、稜線に建つものはより水不足が深刻だ。
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 東床尾山は標高800m台の低山であるが、周囲に高い山がなくよく目立つ。特に北側の麓を回り込むように出石川が流れ、但東や出石の市街地の平野となっているため、私が住む丹後半島の山々や、神鍋高原から見れば独立峰のようにそびえている。その北側の尾根を行く林道からも展望が良いのだ。
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 右前方に東床尾山の山頂部が見え隠れする。山頂に近づくにつれダブルトラックは稜線を外れ、山頂の東側に到達するともう山頂は見えない。代わりにこれからたどる道が山肌に張り付いている様子が見える。なかなかダイナミックな景観だ。見えている範囲を超えると峠だろうか、ときたしながら進むも山襞の向こうにまた上りが続いていた。
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 路盤が崩れている個所があった。道幅が半分くらいになっている。自転車は問題なく通れるが、クルマは車幅ぎりぎりといったところ。そこを過ぎると、前方に何やら動くものが見えたような気がした。鹿かな。でも白かったような気がする。しばらくして山襞の向こうから現れたのはクルマだった。こんな道で対向車が現れるとは意外。でも、先ほどの崩落個所を超えることができるだろうか。大きくて重いワゴン車だ。道幅はぎりぎり行けそうだが、崩れかけた路盤だからね。ある種の賭けといえる。すれ違ってしばらくして振り返る。見通しのきく区間だが、クルマの姿はない。無事通過したようだ。まあ、賭けに勝ったということだが、もしかするとこれも「誤った成功体験」かも知れない。
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 鉄鋸山との鞍部らしきものが見えてきた。ようやく峠だ。でもその手前にきつめのガレ場があった。
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 峠は鉄鋸山の登山口になっている。標高635m。ここから朝来市和田山町だ。ところが和田山側の風景に絶句してしまった。路面が舗装されているではないか。11年の間に舗装されてしまったようだ。登りがダートで下りが舗装なんて、本末転倒。スキーを履いてゲレンデを歩いて登り、リフトで下山するようなものだ。
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 11年前にはこの下りの途中でタイヤがバーストした。ブレーキシューの角でタイヤが避けるという情けないトラブルで、ガムテープを持っていれば裂け目をふさぐことができたのに持ち合わせてなく、ただチューブだけを交換したらすぐにパンク。もう一本の予備チューブを使う気になれず、残り半分の行程をどうするか途方に暮れた。進むか戻るか迷ったあげく、進むことを選んだ。その根拠は二つ。一度見た景色より、新しい景色を見たいということが一点。もう一つは、アップダウンと平坦区間の割合を考えてのこと。出石川沿いの10km近い平坦区間を避けた。幸いなことにバーストしたタイヤは前輪。フロントサスペンションもあるし何とか乗車できる。ただし当然抵抗が大きい。下りは地球の引力が推進力となる。登りは、開き直って押しで行こう。どうせ乗車でもスピードは出ない。一番厄介なのは平坦区間だと判断した。何せ20km/hで走れるはずが、ペダルが重くてスピードが出ないのは精神的にきつい。空気の入っていないタイヤとチューブを外したほうが抵抗は小さくなるだろうが、リムを保護するためにつけたままで行った。それでも、ホイールへのダメージが心配だった。ところが、結果的にはリムもスポークも無事で、その時のものを使い続けて11年、今日に至る。MTBって頑丈だね。
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 今回は舗装路を飛ばしあっという間に糸井の大カツラへの分岐へと降りた。標高380m。その間特筆すべきことは、何頭もの鹿に出会ったこと。驚いたのは、法面から目の前に大きな茶色の塊が転がり落ちてきた、と思ったら鹿で、一瞬で立ち上がりかつかつと蹄の音を響かせて走り出した。
 大カツラは分岐から床尾山の懐にもぐりこんだところにあり、そこが登山道の入口だ。今日は分岐を素通りする。
 お目当てのダートの下りを堪能できなかったが、タイヤに空気が入っているだけいい。いや、日も傾いてきたし、安全にスピーディに下れたことはメリットかも知れない。
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 道はコンクリート舗装となり、まだまだ下りが続く。竹ノ内の集落が見えてきたら下り勾配が緩くなる。それでも緩い下りだが、空気の抜けたタイヤではさぞかしペダルが重かったことだろう。
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 和田の集落で右折。標高115m。ここから県道10号線の峠越えで出石へと戻る。やや急な登り。11年前は押して登った。ダブルピークのひとつ目(標高370m)を超えると廃屋の多い朝日の集落だが、窓に明かりの灯る家もある。だいぶ暗くなってきた。糸井小学校朝日分校も廃校のようだ。轟音を立ててマイクロバスが追い越していった。スクールバスだ。市境の峠となる二つ目のピークの手前の分岐で一人の生徒を下す。その生徒が歩いて行った先には、堀場という集落がある。まだ住人がいるんだ。
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 ヘッドライトをともして峠(標高360m)を出石へと下る。名前からしても山間の集落、奥山にも蕎麦屋があるがここも出石そばなのだろうか。夕暮れの集落に、桜が白く浮かんでいる。奥山川に沿って、ひたすら下っていく。11年前は、もっと遅くなってすっかり夜になってからこの道を下った。暗い川底を鹿が走っていた。空気のない前輪のタイヤの乗り心地の悪い自転車から川を見下ろし、並走する鹿の軽やかにそして優雅に跳ねる足取りがうらやましかった。こちらは舗装路、向こうは石がゴロゴロした河原だというのに。
 結局今回も車に戻るころにはすっかり夜のとばりが下りた。前輪タイヤの空気がないまま後半20kmあまりを走った前回よりも、40分ほど速く走り終えた。当時も大体村くらいの時間のロスだろうと考えていたが、間違っていなかったようだ。だが、まだこれで完全なリベンジとは言えない。次は逆コースで走り、舗装路を登りダートを下らなければならない。
 4月中旬。14:47〜19:10。42.2km。

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14年ぶりの生野段ヶ峰の稜線をMTBで行く(朝来リバイバル1)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 こちらには報告していないが、少し前に兵庫県神河町、つまり播磨の北端に位置する越知ヶ峰林道を走った。そのときに峠から北西方向に見えた稜線が強く印象に残った。あれは生野の段ヶ峰だ。あそこをMTBで走ったのはずいぶん前のことだ。もう10年以上も前のことだろう。再訪したくなった。ならばするしかない。記録を見たら、段ヶ峰のMTB縦走は2006年6月。その4か月前の2月にはテレマークスキーで初めて段ヶ峰を訪れている。いずれにせよ、14年ぶりということになる。
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 桜咲く竹田城を遠めに見上げながら、生野へ南下。少しの迷走を経て、生野高原のゴルフ場に隣接した達磨ヶ峰登山口へとクルマを止める。先客のクルマが一台ある。おそらく達磨ヶ峰、フトウガ峰を経由して段ヶ峰までのピストンだろう。出会うことはないと思われる。
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 自転車に跨り、車道を行く。スタート地点、達磨ヶ峰登山口の標高は570m。MTBにブロックタイヤを装着して走るのは久しぶり。昨年5月の加賀白山と扇ノ山以来。いずれもスキー登山がらみだ。ゴルフ場の施設、そして別荘地を抜けて林間へ。千町峠を目指す。稜線の南側の山腹を巻くこのダブルトラックはやがてダートとなる。林道かと思ったら、市道だ。山襞に沿って蛇行しながら、そこそこの急勾配の登りだ。所々で道がガレている。ひどいところでは、乗車できないほどだ。
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 ガレ場を上っていくとその原因が現れる。法面を流れ落ちる滝だ。大雨で増水するとこの水が路面に溢れ、土を洗い流してしまうのだ。千町峠までそんな滝が何本も現れ、その手前がガレ場となっている。時々、コンクリート舗装がされているところがあるが、そのなんと走りやすいことか。また、滝を過ぎればダートであっても土がとどまり、格段に走りやすくなる。また、水の流れが沢でなく滝であることは、地形が急峻であることを表している。稜線はなだらか。特にフトウガ峰は平坦な台地状になっている。そしてなだらかな稜線の縁からは急に切れ落ちた法面となっている。これは扇ノ山にも共通する地形の特徴である。扇ノ山の場合は稜線ではないが、その周囲に河合谷高原や畑ヶ平高原など大根畑が広がる平坦な高原が広がっている。その縁には霧ヶ滝、シワガラの滝、雨滝などいくつもの滝が流れ落ちている。まあこうした地形の究極は南米ギアナ高地のテーブルマウンテン。世界一の落差のエンジェルフォールなど水が途中でしぶきとなってしまうため滝つぼができない、そんな滝に囲まれている。
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 右手に壁のような崖、左手に深く大きな谷を見て市道のダブルトラックを進む。ダブルトラックの中間点辺りにあるのが杉谷登山口。「最低コル」と呼ばれる稜線の大きな鞍部の直下の谷だ。14年前の2月にスキーできたときには、未除雪のダブルトラックを苦労してここまでクルマで来て、板を背負って登山道を登った。名前の通り谷にある登山口だが、登山道は谷を詰めるのではなく、西側の尾根に乗り上げフトウガ峰へと到達する。
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 前方に千町峠と思われる鞍部が見えてきた。そして千町峠のすぐ手前で、道はきれいなアスファルト舗装となった。峠へ行くにはこんな道ではないだろうとすぐ先で分岐する荒れたダブルトラックを登って行ったら行き止まり。振り返れば千町峠とそこに建つ山小屋が見える。ダブルトラックを下って舗装道路で千町峠へ。標高970m。ここまでは但馬。この先車道を進めば播磨の国。ここまで順調に来たつもりでいたが、帰宅後に14年前の記録と比較すると今回は20分ほど余計にかかっていた。ガレた道のせいだろう。
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 段ヶ峰へは、山小屋の脇を通るシングルトラックへ。数段の急な木段をMTBを担いで登る。が、ボトルケージが邪魔で担ぎにくい。ずっと担いでなかったからそういうことがおろそかになっている。山小屋は個人所有のものらしい。シングルトラックへ入りひと登りすると景色がいい。これから駆ける稜線が見える。突き当りの達磨ヶ峰まではかなりの距離がある。
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 小屋からはまた急な登りが続く。左手は薄暗い杉林で右手は落葉した明るい林。登山道にクロスする方向に無数の木の根が浮き、まるで木段のようだ。ここが一番急なところ。もう少し登ればなだらかになる。
 このシングルトラックがつけられた稜線は播但国境。現在では市町境である。植林と雑木林の違いは行政区の違いを示しているということか。そういえば、2月にスキーで歩いた戸倉峠から氷ノ山三ノ丸に至る兵庫・鳥取の県境尾根でもこういう状況が見られた。
 GPSレシーバに搭載されている地図は、ある程度縮尺を大きくすると等高線が表示されるのだが、これが薄くて読み取りにくい。ところが、最近画面表示を夜間モードに切り替えると等高線が読み取りやすいことが判明した。普段は自動モードとなっていて日の出・日の入りで昼間・夜間のモードが自動的に切り替わる。今回は、シングルトラックに入るときに、これを強制的に夜間モードに設定した。これで地形がよくわかる。ただし道路の標示は日中は昼間モードのほうが読み取りやすいので、舗装路を走るときや自動車や自動二輪で利用するときは自動モードにしている。
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 千町峠から段ヶ峰の頂までの標高差は140mほどしかないので、急登はさほど長くない。登山道の勾配は落ち着き、林間を抜け景色が開けた。右は但馬の朝来市生野町。左は播磨。千町峠からの登り出しは神河町(旧大河内町)だったがすぐに宍粟市一宮町となっている。さらにこの先進んでいき段ヶ峰の頂を超えると両側ともに但馬となる。右はずっと朝来市生野町のままで、左は朝来市朝来町となる。
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 山頂が見えてきた。立木はまばらになり、景色がさらに開ける。まるで庭園のような風景だ。そして14年ぶりの段ヶ峰登頂.「段ヶ峰1106m」と記された標柱に「段ヶ峰1103m」という表示板が立てかけられている。国土地理院の地図や登山国と案内板などには1103.4mと記されている。帰宅してから14年前の写真を見ると、当時は1106mの表示のみだった。つまり、その後修正されたのだが、なぜか古い方の表示板が撤去されずに置かれているということのようだ。
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 山頂からは360度の展望が広がる。達摩ヶ峰へと続く稜線は、千町峠からよりもよく見える。麓の集落も見下ろせる。西には、まだら模様ではあるが唯一白い雪を残した氷ノ山が三ノ丸、そして戸倉峠へと連なるなだらかな山容を見せている。南には、砥峰高原のススキ野原も見える。
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 さあ、ここからがお楽しみ。稜線を駆けよう。フトウガ峰に向けて少し進んだところに三角点があるが、ブッシュの中なのでご対面せずに素通り。フトウガ峰までは標高の変化はほとんどなくわずかなアップダウンを繰り返すのみで、MTBのためにあるような道。だったはずなのだが。シングルトラックの真ん中に溝が掘れている。はまると転倒してしまう深さだ。14年前もこんなんだったっけ。平坦な区間ならまだいいが、上りでも下りでも勾配が付くと乗車が難しい。新年度早々「はいかいさんは、骨折でしばらくお休みです」なんてことになったら、面目丸つぶれである。とにかく安全に。怖いと思ったら押していく。風が冷たいので、グローブを指切りから防寒のものに交換。さらにウィンドブレーカーを着る。
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 少し進んでから山頂を振り返ると、雪景色を思い出す。14年前の2月にスキー登山にきた時は、杉谷登山口からフトウガ峰までの急登を越えても、スキー板を背負ったまま段ヶ峰まで来た。そして、稜線の南斜面を繰り返し滑った。下山の途中に、今回と同じように振り返り雪面につけたシュプール眺めた。
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 結局あまり乗れないままフトウガ峰。標高1082m。ここは台地のようになだらかな草原となっている。杉谷登山口への分岐もある。そちらの登山道もしばらくはなだらかでそのあと急勾配になる。達摩ヶ峰に向けて進んでいくと特徴的な岩が見えてきた。トサカというか、魚の背びれというか、ウルトラセブンのアイスラッガーというか、板状の岩が立っている。
 その先からこれまでより大きなアップダウンが現れてくる。基本的には下り基調で、下りは大きく上り返しは小さい。アップダウン発生の代わりに、道の溝がない区間が増えむしろ乗車率が上がった。帰宅してから14年前の記録を読むと、フトウガ峰を過ぎるとアップダウンが大きくなって乗車率が下がる、とある。全く逆の記述だが、おそらくフトウガ峰以降の状況はあまり変わっていなくて、段ヶ峰・フトウガ峰間の状況が大きく悪化しているということだろう。
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 フトウガ峰から2段目の下りはものすごく大きい。植林らしき木々の中へと降りていくガレた急なシングルトラックで、当然乗車できない。下りきったところが「最低コル」だ。標高900m。ということは、まだ稜線の中間を少し過ぎた程度。ずいぶん時間がかかっている。だいぶ日が傾いてきたぞ。
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 最低コルというだけあって、上り返しもやや大きめ。登り切ったら少し乗車できるが、その先でまた乗車できないアップダウン。これが延々と続く。達摩ヶ峰にたどり着くころには、日没間際となってしまった。標高912m。最後に稜線から景色を眺める。アンテナが林立する丸いピークは、峰山高原の暁晴山。もしかするともっと前から見えていたのに気付かなかったのかも知れない。生野の中心街がある市川の大きな谷の対岸の山の合間にはダムも見える。また、ダムの堰堤のような壁面が見えるが、その向こうにダム湖が見えないものもある。鉱山を掘り出した土が谷を埋めて積み上げられた場所なのかもしれない。
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 達摩ヶ峰からはクルマを止めた地点へと急降下。もうほとんど乗車できない。下界にゴルフのコースが見える。さらに下には集落が見える。車のヘッドライトや街灯の明かりが目立つほどに薄暗くなってきた。日没を過ぎ残照の時間帯だ。どうせもう乗車できないので、落ち着いて下っていく。急ではあるが登山道は明瞭なので、焦る必要はない。ヘッドランプも持っている。かなり薄暗くなってから、クルマを止めた地点に降り立つ。14年前より1時間余り時間がかかった。先客のクルマはもうない。予想通り誰とも出会わなかった。自転車の前後のホイールを外してクルマに収める。単独行動でアプローチもクルマだから他人との接触はない。でも腹が減ったから、途中で何か食べる物を買おう。混雑する時間を過ぎ閑散とした朝来のスーパーマーケットで買い物。これが唯一の他者との接近だった。
 4月上旬。13:43〜18:52。16.5km。

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2020/04/19

京都円町から六丁峠を越え保津峡松尾谷林道で亀岡へ

※これは、大阪府、兵庫県、東京都など7都府県に緊急事態宣言が発出される前のお話です。

 亀岡の保津川(大堰川あるいは桂川)の左岸の河川敷にクルマを止める。駅や中心街の対岸の河川敷は運動場や公園、そして駐車場となっている。折畳小径車で保津橋を渡りJR亀岡駅へ。輪行袋に自転車を収めて京都行の列車に乗り込む。車内は空いている。一時期人出が戻りつつあったが、また閑散としてきているようだ。また、普段は乗降の少ない駅では、乗客が必要に応じて壁面のボタンを押して開閉させるスイッチ式電動開閉(車内放送では「手動」と案内されている)なのだが、この日はすべての駅で車掌による一括操作でドアが開け放たれる。車内の換気のためだそうだ。
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 円町駅で下車し、自転車で走り出す。住宅街の細い道を北東方向へ1.6kmほど。歩くと20分くらいかかるが、自転車なあっという間。小さな店の前に5台ほどの自転車が並んでいる。「Yume Wo Katare」という名前のラーメン屋。駐輪場はないのでスペースはわずか。小さい自転車でよかった。そしてドアの前の一人の男性の背後につく。しばらくしてもう一人加わり、そのあとロードレーサーの3人組が到着。スタンドのない自転車は止める場所探しにほんの少し手間がかかる。並んでいる間に店員が注文(麺の量)を取り支払いを済ませる。当然300gを注文。5分ほどでまず私を含めた3人が店内に案内される。麺が茹で上がったら順番に「ニンニク入れますか」とトッピングを聞かれる。私は、ニンニクあり、野菜増し増し。今日もこれで満腹、そして満福。
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 少し後でロードレーサーの3人組も入店してきたが、その時点でまた別の人が行列をなしていた。混雑の時間帯が過ぎた13時過ぎに訪れたが、やはり席が少ないから恒常的に3〜5人くらいの行列ができている。多くは学生らしい。
 さあ、食べたら走る。路地を抜け、丸太町通りを西へ。嵐山の北、嵯峨鳥居本へ。愛宕神社の門前にかやぶき屋根など、古い建物が並んでいる。元々嵐山と比べて混雑が少ないが、今は特に人通りが少ない。
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 鳥居の脇を抜け、スギ林の中の細い道へ。急な上り坂だ。フロントダブルのおかげでゆっくり進んでいける。峠まで急であるが、距離は短い。六丁峠の標高は175m。鳥居本からの標高差は100mほどだ。
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 六丁峠からは保津川の流れとV字型の渓谷が見下ろせる。下りはヘアピンカーブの連続だ。下りが落ち着くと保津川沿いを行く。道は細く、特に連続して現れる短いトンネル内は1車線だ。まあ、クルマはめったに通らないが。
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 トロッコ列車の保津峡駅を対岸に見る。私が子どものころはここが山陰本線だった。なつかしい。
 徐々に道は上り坂となり、現在の山陰本線保津峡駅を見下ろす。桜に囲まれている。その後、道は保津川の支流に沿って水尾集落に向かう。そして、松尾谷林道の分岐。法面は北山杉の植林だが、一昨年の台風で無残に杉の木が倒されている。が、さすがに1年半も経って後片付けが進んでいる。1年前にここに来たときは倒れた木がそのまま放置されていた。
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 松尾谷林道は通行止めとされバリケードが設けられている。もちろん、気にせずにバリケードを乗り越える。道は本格的に上りとなり、尾根を越えて再び保津川沿いに降り立つ。そして道はダートになった。そうだ、だから1年前はMTBで走ったんだった。舗装路用のタイヤではあったけど。折畳小径車向きの道ではないが、まあ勾配はあまりない区間だし、グリップは問題ないだろう。それより問題は、道に水たまりがあったりぬかるみがあったりすることだ。春先になって雨が多いからねぇ。さらに具合の悪いことは、先日キャリーケースに入れるテストのため泥除けを外して、そのままだ。自転車が泥んこになってしまった。
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 珍しく自転車とすれ違った。クロスバイクとロードレーサーの若い男性2人組だ。顔が引きつっている。ダートを想定していなかったようだ。
 材木の切り出しの作業をする人たちがいた。そのおかげで、去年は何か所かで道を塞いでいた倒木が、今回はなかった。
 突然話し声が聞こえてきた。林業の人のいた場所からはもうずいぶん走ったのに。保津峡下りの舟が川面を過ぎていった。観光客が少ないようで便が少ない。だから舟がいることが想定できていなかった。
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 請田神社まで来ると松尾谷林道は終わり、府道となる。そして道は舗装路となる。前方に亀岡盆地が広がっている。クルマを止めた河川敷まではもう少し。
 4月上旬、約23km 

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2020/04/12

いつかまた異国を走ることを想いながら

 これまでに海外旅行を3回経験し、毎回自転車で走っている。
 初めての海外は韓国で、広島から釜山へフェリーを利用した。だから、輪行に関しては北海道に行くのと同じようなことだった。フェリーにも通常の輪行袋に入れて持ち込んだ。
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 2回目はハワイ。初めて飛行機で輪行した。大変だった。飛行機輪行で他人に預けることを想定した厚手の輪行袋、オーストリッチOS500を利用。かさばるため、ツーリングに携行することはできない。初日と最終日に空港の近くに宿泊し、そこで預かってもらった。
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 3回目は台湾。前回に懲りて自転車をもっていかなかった。自転車大国台湾ではスポーツサイクルがレンタルできるし。
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 そして次は…。具体的に考えているのは台湾再訪。国内旅行と変わらないくらいに近いため、飛行機代も安く、搭乗時間も短い。ただし、前回は台北のみだったが、当然次は行動範囲を広げたい。とはいえ、さほど長い日数の滞在はできないので、鉄道を利用して効率よく行きたい。台北以外でもスポーツサイクルを借りられるようだが、それなりの人口の都市に限られるような気がする。言葉の通じない異国であまりあるかどうかわからないレンタサイクルを探すのは旅そのものができるかどうかに関わってくる。やはり、自分が乗る自転車をあらかじめ確保する必要がある。ただし、借りた自転車で輪行するのは難しい。前回借りた自転車では、輪行するならスタンドを外す必要があり、それなりに手間がかかる。勝手に解体してもいいのかどうかもわからない。台湾の鉄道には、完成車のまま車内に持ち込める便もあるが、便が限られていている。やはり、異国の言葉で書かれた時刻表からその便を読み取るのは難しい。
 というわけで、自分の自転車を持って行くのが確実だろう。折畳小径車をキャスター付きのキャリーケースを使って飛行機に乗せることを考えてみた。容積100Lを超える最大サイズのものなら入りそうだ。現地の空港の荷物預かりサービスを利用すれば、走行中に携行する必要はない。輪行袋は別に持って行く。ただし、いくら大型のキャリーケースでも自転車を折り畳んだだけでは無理で、ホイールを外すなどの工夫が必要だろう。それと、キャリーケースが5万円以上と結構高い。あと、荷物の追加料金も覚悟せねばならない。
 また、気になっていたのは折りたたみ小径車用のキャリーケース。これが一番いいのだが、14インチホイールの自転車用となっている。私が所有しているのは20インチのモデル。キャリーケースより一回り大きい。
 迷ったあげく買ってしまった。2万円を切っていて他の大型キャリーケースより安い。ついでに、キャッシュレス決済の5パーセント還元で、さらに1000円ほど安くなった。
 届いたらすぐ、とりあえず試してみた。当然入らない。数日後、今度は本気で試みる。ホイールを外してやってみる。普段は前後にフルの泥よけを装着しているのだが、それも外す。シートポストは抜く。すると、なんとか入った。泥よけの着脱には手間がかかるので、旅の時には予め外して置いておくのがいいだろう。後は、ペダルもホイールもクイックリリースなので、工具なしでキャリーケースに収めることができる。
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 そして、このキャリーケースの売りは、空の状態では折り畳んで比較的コンパクトになること。さらに、ストラップが付いているのでザックのように背負うことができる。ただし、ザックと違って荷物は入らなず、これを背負った状態でツーリングをしようとは思えないが、ハワイに持って行ったオーストリッチOS500よりは背負える分だけ持ち運びやすい。
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 今は、いつかこれを使える日が来ることを待つ。

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