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2020/02/27

静寂の天橋立

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 長めの昼休みをとることができた日、宮津市内の職場を自転車で抜け出し天橋立へ。砂嘴で仕切られた内海、阿蘇海を一周する。
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 冬でも観光客が訪れる天橋立が閑散としている。文殊堂の前も、天橋立駅前も。

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氷ノ山のロングスノーハイク(戸倉峠-三ノ丸-坂ノ谷)

 2月最後の土日は、天皇誕生日と重なり三連休。連休初日は雨。二日目は雪。そして、最終日は快晴。ほぼ毎年、一緒に氷ノ山を滑っているすうさんもOKとのこと。天気、休日、同行者のスケジュールがうまく一致したのはいいのだが、足りないのは雪の量。いつも上りに利用しているわかさ氷ノ山スキー場のリフトは、先週の寒波によりどうにか全線復活。しかし、連休初日の雨のせいか、北西の季節風の影響か、翌目には頂上のリフトが停止。さあ、どうしようか。
 連休最終日の朝7時。養父市大屋町ですうさんと待ち合わせ。そして作戦会議。動くかどうかわからにリフトを当てにせず、真っ向から自分の足だけで挑む。戸倉峠から兵庫・鳥取の県境尾根を上り、坂ノ谷コースを滑ることに決定。
 大屋町から若杉峠を越える。若杉高原大屋スキー場のゲレンデは真っ白。でも営業はしていない。今シーズンは何日営業できたのだろうか。峠付近の道路脇には、昨日のものと思われる新しい純白の雪がちらほら見られる。
 波賀町の道谷集落は、この時期通るといつも雪に埋もれているのだが、今年はやはり雪が少ない。1週間ほどしか営業できなかったばんしゅう戸倉スノーパークの脇を抜け、ヤマメ茶屋のある坂ノ谷林道分岐へ。ここが下山口。自転車を置いておく。そして登山口である戸倉峠までは1.5km、標高差70m。
 県境のトンネル手前のパーキングスペースには先客のクルマが4台ほど。登山か渓流釣りかと思いながら出発準備を整えていると、そのうちの2台から2人組と単独の2組が共に登山装備で出発していった。いずれもスノーシューだ。
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 8:15、我々も出発。空は真っ青。快晴だ。国道29号線を渡り、新戸倉トンネルへ向けて少し進むと雪に覆われた旧道との分岐。板を装着し、雪の上を歩きだす。すうさんはシール、私はステップソールだ。雪面には、複数のスノーシューが歩いた立派なトレースができている。いわゆる高速道路が敷かれているわけだが、そのトレースをたどっても、外しても歩きやすさに差がない。要するに、雪が薄い、そしてふわふわで柔らかいのだ。場所によっては、昨日積もった分だけのごくごく薄いところもある。さらにスキーのトレースもある。滑降のようだ。雪は昨日積もったもので、トレースは真新しい。今朝のものと思われる。もう降りてきたの?
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 旧道の鉄格子でふさがれた戸倉トンネルのの脇を通過し、さらにもう一段階古い峠道へ。ちなみに新戸倉トンネルで峠を越える現在の国道は平成になってからできたもの。戸倉トンネルの旧道は昭和時代にできた道。そして、いまたどり始めた尾は明治の道。急カーブの連続で標高を上げ、切通しの戸倉峠へ。
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 戸倉峠に立つと西側、つまり鳥取県側の展望が開ける。家ノ谷川が流れる大きな谷だ。その戸倉峠から県境尾根の鳥取側の斜面につけられた林道を北上する。正式名称は知らないが、家ノ谷林道と呼ぶことにする。林道は平らなのでスキーで歩くのに十分な雪があるが、進行方向右上の植林の中の雪はかなり薄い。この先で尾根に乗り上げるのだが、雪がないとスキーで歩けない。
 尾根の鞍部が取り付きのポイント。ただし、ひとつ目の鞍部は見送った方がいい。鞍部からいきなり急登となり、そのあと下りで、苦労して稼いだ標高差が水の泡となる。その小ピークを越えた先の鞍部から尾根に取り付けば、あとは緩やかな稜線歩きとなる。
 にぎやかだったトレースは、いつしかスキーの下りとレースのみとなり、それに誘われるように2つ目の鞍部に取り付く。気づけば植林の中のダブルトラックを歩いている。林業の作業道だろうか。車道にしてはきつい勾配で、ステップソールでぎりぎり登れるという感じ。多くはないものの、スキーに十分な雪がある。そのダブルトラックのおかげで、楽に尾根に乗り上げることができた。2年前にもここを訪れているが、その時にはこのダブルトラックはなかったと思う。
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 稜線でスノーシューのトレースが合流。雪面がにぎやかになる。どうやら小ピークを乗り越えたようだ。その先にまたダブルトラックが見える。家ノ谷林道から何本か分岐しているようだ。
 緩やかで長い尾根歩きが始まった。植林の中にブナなどがなじるようになり、それが左は植林、右はブナ林となり、そして完全にブナ林となっていく。緩やかどころか平坦な区間や、わずかであるが下りもあり、なかなか標高が上がらない。さらに言うと、このコースを復路にすると、スキーが走らない区間があり、それなりに歩きとなってしまう。東隣の坂ノ谷コースの方が滑降には向いている。その代わり、県境尾根からは落葉したブナ林越しに三ノ丸が見える区間がある(坂ノ谷コースからは見えない)。というわけで、県境尾根を上り,坂ノ谷コースを下る周回コースを組んだ。
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 太陽は高く上り、立春を過ぎた日差しがさんさんと降り注ぐ。葉を落としたブナ林では、その日差しまともに浴びた雪面は湿って重く変化している。春の雪だ。一応これを想定して、昨日スキー板にワックスをかけたのだが、やはりそれでも板に雪がくっつく。雪面に強く押し当てながらのすり足で、くっついた雪は外れるが、ワックスをかけていなかったらかなり難儀したに違いない。すうさんもシールに雪が付くのを気にしている。
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 かつて(昭和の初め頃まで)三ノ丸と呼ばれていた標高1182m付近で、小休止。行動食を食べる。ちなみに本日の目標である現在の三ノ丸である1464mピークは、当時二ノ丸と呼ばれていた。藪が雪に覆われた季節にスキーツアーコースとして使われていた県境尾根だが、坂ノ谷林道の延伸により現在の坂ノ谷コースが一般的となり、県境尾根をたどる人はいなくなった。三ノ丸という名前が別のピークに奪われたのもそのせいかも知れない。近年、再び県境尾根が歩かれるようになったのはインターネットとGPSレシーバーの普及によるものではないかと思う。GPSレシーバーにより登山道も道しるべもなくても迷わずに歩け、そうして開拓されたコースがインターネットによって広められる。私が初めて県境尾根を滑った2005年には誰とも出会わなかったのに、2年前も今日も普通に人が歩くルートとなっている。
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 ブナ林から垣間見える三ノ丸が徐々に近づき、下山してくるスノーシュー登山者とすれ違うようになる。我々より一足先に出発した単独のスノーシューハイカーともすれ違った。
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 そしてブナ林が終わり雪原が広がる。いよいよ三ノ丸だ。やはり雪は少なめで、少し笹が顔を出している。でもまばらなのでスキーで滑るには問題なさそうだ。季節風の当たる両線の西側の灌木には小さな樹氷が付いている。
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 三ノ丸は山頂より若干低いものの、展望の良い顕著なピークである。そして、わかさ氷ノ山スキー場、県境尾根、坂ノ谷コース及び殿下コースの各登山道が集結する交通の要衝でもある。よって、こんなに天気のいい日には入れ代わり立ち代わり人の姿がある。ピーク周辺には、東屋、避難小屋、展望櫓と建造物が3つもある。避難小屋の前にはスキー板。我々と同じくテレマークスキーだ。
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 空の青が濃い。北方に見える山頂は例年の白さがない。笹が出ている。近隣の扇ノ山や東山、そして但馬妙見山から蘇武岳の連山などはくっきり見えるものの、わがふるさと丹後の山や伯耆大山はわからなかった。そうそう、近隣の山の一つ「くらます」のオープンバーンは、いつもは真っ白なのだが、今日はやや黒い。笹が出ているようだ。
 山頂方面からやってきたスノーシューの2人組は我々より先に駐車場を出発した年配の夫婦らしき男女連れだ。ということは山頂まで往復したの(聞かなかったけど)。だとしたらかなりの健脚だ。間近に見え、標高差もあまりない氷ノ山の山頂だが、両線にはアップダウンがあるため片道1時間程かかる。彼らの出発は我々より10分くらい早かっただけなのに、いつの間にか2時間の差が付いたということか。「スキーは下りは楽で速くていいねぇ。我々はのんびり行くよ」なんて言われた。なんという余裕。
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 すうさんがシールを外し、いよいよお待ちかねの滑降だ。坂ノ谷コースへ向けて緩斜面を滑りだす。笹のトラップに引っかからないように気を付けて。春の雪であまり板が走らないからちょうどいい。ゆっくりでも、歩くのではなく、万有引力によって、自分でコントロールしながら進んでいく。これが楽しい。
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 雪原からブナ林へ。疎林の緩斜面なので、快適なツリーラン。「どこかで小休止を」というすうさんに、「これから雪がどんどん悪くなるから林道に降りる手前まで滑っちゃいましょう」と返したのだが。結局すうさんとはぐれてしまった。
 時折何かに引っかかるような雪面。スピードが乱高下する。典型的な春の雪。特にステップソール板の私はすうさんから遅れがち。いつしかすうさんの後ろ姿が見えなくなっていた。そして、このコースは途中で二股に分かれる。一つは、登山道に沿ったルート。もう一つは、冬限定のスキーツアーコース。事前にスキーツアーコースをたどろうと申し合わせていたのに、気づけば登山道沿いコースにいる。にぎやかなトレースに導かれたようだ。すうさんはどっちに行ったのだろう。落葉した疎林はかなり先まで見渡せるが、すうさんの姿はない。やっぱり、ツアーコースに行ったのだろうか。登り返すことにする。そしてツアーコースへ。こちらはブナの木につけられた番号札をたどる。トレースは少ないがスキーのものもある。がスキーのトレースが途中で引き返しているではないか。すうさんはこちらには来ていないのか。だが、もう登り返す気はない。山中で落ち合うのは困難だ。もう下山しよう。下山口はお互いにわかっている。
 トレースがにぎやかな登山道沿いと違い、ツアーコースには1人分か2人分のスノーシューがあるのみ。ブナ林から植林へと変わりやや雪質は改善するが、それでも雪は重く板の走りは悪い。はやくすうさんに再会したい。
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 小さく浅い谷を滑り林道に降り立つ。雪質も斜度もこの日一番快適な斜面だった。
 林道に降りてびっくり。数本の轍で雪面が切り裂かれている。四輪駆動車の集団走行のようだ。こんな山深くまでクルマが入り込んでいるとは。
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 すねくらいまである深い轍をたどるように滑る。クルマのタイヤで踏まれた圧雪でなければ板が走らない。ただし、底面がデコボコしているのと、左右のスキー板ぎりぎりの幅しかないので、スキーのコントロールができない。スピードが出すぎたら、強引に側壁を崩すようにして轍を脱出する。
 この轍の主である複数台のクルマは今どこにいるのだろう。この林道は、氷ノ山国際スキー場へと通り抜けができるのだが、最高地点の大段ヶ平はここよりも100mほど標高が高い。ここよりもっと雪が深い可能性がある。つまり超えられない可能性が高い。往復した後ならいいが、突然背後から車がやってきたら怖いではないか。
 そんなことを思いながら、林道の三叉路まで下る。私がたどった冬限定のルートと登山道沿いのルートが合流する地点。ここですうさんが待っていてくれるかも知れないと期待したがいない。無雪期の坂ノ谷登山口まで行ってみようか。いや、下山しよう。「下山てんでんこ」だ。
 大きな地震が起こり津波の危険がせまったら、身内を助けに向かうのではなく、とにかく自分が助かることを考えて逃げる。これが、三陸の「津波てんでんこ」。身内を見捨てるのではなく、信頼しての行動だ。
 我々ははぐれたわけだが、道に迷ったわけではない。それぞれ(てんでんに)下山すればいいのだ。
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 ここから一気に林道の雪が少なくなる。薄くなるどころか、路面が露出している。何とか雪をつないでいこうと試みるが、板を外さねばならない場面が何度も訪れる。私のすぐ前を下山するスキーヤー。短めの板の着脱の際に見えた滑走面にはシールが付いている。全面でなく、私の板で言うとステップソールのある範囲。「スキーシュー」というやつだ。そのシールは外せないもの。2年前の県境尾根の下山中にあったスキーヤーが履いていた。もしかして感動の再開、かと思ったら違った。さらにその前を行くスノーシューを背負った2人組。後で分かったことだが、彼らは3人組だった。当然、スキーが遅れがち。本当はもうあきらめて板をザックに固定して背負った方が早いとわかっていても、滑れるところはできるだけ滑りたい。
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 腹が減った。行動食の残りを出して食べる。そして、路面が露出した轍を外し、路肩の雪の上を歩いていたとき、岡山ナンバーのSUZUKIジムニーが追い越していった。さらに、2台のジムニーと、1台のジープ(Jeep)が続いた。すべて岡山ナンバーだった。
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 カーブを繰り返して林道は標高を下げ、坂ノ谷川を渡る橋まで下りてきた。谷底に降りると林道は雪に覆われていた。結局ここまでは、板を担いで歩くことと、板を装着し滑走面と石の角がこすれるのを気にしながら歩くことの繰り返しった。日当たりの悪い谷底まで下りるとまた雪が復活するに違いない、そう信じて板をザックに括り付けることはしなかった。
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 四駆の轍の圧雪を滑る。やっぱりスキーはこうでないと。
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 茅葺きの建物が見えてきた。ヤマメ茶屋だ。しかし、窓ガラス話われ、暗い屋内は雑然としているように見える。ああもう営業していないんだな。かつては、こちらから入山するときには、ノートに名前などを記入し、登山届提出のようなこともしていたのだが。また、国道の分岐から数百メートル奥にあるため、かつては自前の重機で除雪していた。除雪の限界点は雪が山積みにされ、四輪駆動車が林道に入ることはなかった。
 ヤマメ茶屋を過ぎると、カーブの向こうから人影が現れた。すうさんだ。やはり先に下山していた。だいぶ待たせたようだ。聞けば、登山道沿いのコースを下ったとのこと。トレースをたどって滑っていたら、ついつい冬限定のコースとの分岐を過ぎてしまったそうだ。林道三叉路でかなり待ってくれていたようで、私が登り返さなければそこで出会えた可能性が高い。下山口まで下って待っていたら、私の前に下山したスキーシューを含めた3人組から私も下山中であることを聞いて安心したそうだ。スキーシューの人は、テレマークスキーに興味があるようだったのこと。
 さて、デポした自転車でクルマを回収に行こう。朝はあまり踏み抜かなかった雪はすっかり緩み、ずぼずぼと深く脚が沈む。3重のロックを解除。その間に国道を自動二輪が走っていく。下界の最高気温は15度を超え、春の訪れを感じさせる。「冬来たりなば春遠からじ」というが、ことしは冬を飛ばして春が来るらしい。
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 1.5km、標高差70mを登り新戸倉トンネル手前の駐車場へ。路肩にはほんの少し氷が解け残っている個所もあった。車線内は大丈夫だろうけど、今の時期に自動二輪でこの峠を越える勇気は、私にはない。
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 ドライブの途中の雪見のカップルのクルマはいるが、朝から入山中の駐車車両は私の一台だけ。クルマに自転車を積み、ヤマメ茶屋入り口に戻る。すうさんとスキー板をピックアップし帰路に就く。
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 長いコースだった。坂ノ谷コース、県境尾根コース、いずれもピストンしたことはあるが、両者をつないだ周回は初めて。雪の状態が良ければ、三ノ丸から1時間ほどで下れる坂ノ谷コースだが、今日は時間がかかった。県境尾根を下った方がよかったか。いや、戸倉峠の旧道も雪が薄かった。朝のうちは雪に覆われていても、午後には路面が出ていたかもしれない。少なくとも、根雪がなく、前日の雪の層のみのところは午後には地面が露出したはずだ。さらに言うと、坂ノ谷林道も、朝ならまだ雪に覆われていて板をつけて歩けたはず。ほらほら、朝は真っ白った若杉高原大屋スキー場のゲレンデも、帰り道には8割方茶色い地面が露出しているよ。ほんの数時間で、まるで別世界だ。

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2020/02/22

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(5終)

■旅を終えて
 29年ぶり2回目の冬の北海道の旅は、前回の冬の旅と比べると道内で過ごした日数が10分の1という小さな旅だった。しかし、満足度は日数に比例するわけではなく、まあ要するに今回も楽しかった。さらに、自転車に乗れなくても、日程が短くても、もっと冬に訪れておけばよかった、と思う。
 例によって今回も北海道までの往復には新日本海フェリーを利用した。4日間の休暇を利用した北海道の旅は過去に2度。いずれも新日本海フェリー利用。片道1昼夜なので、道内2日間。自転車でそれぞれ230〜240km走った。
 帰りのフェリーの乗船前に、「とまや」で話をした旅人も今回4日間の休暇を利用しての旅。飛行機利用で、道内の滞在時間は当然私の旅より長い。その旅人は関東の交通の便の良い都市部在住。私の住む丹後は飛行場は遠く、港が近いというのがフェリーを利用する大きな理由だが、今回の旅では飛行機という選択肢もあったのではないかと後になって思う。
 道東や道北への直行便は、関西国際空港に限定されるが、新千歳空港への便ならば神戸空港や伊丹空港からも便がある。神戸や伊丹なら関空より近い。できれば一番近い伊丹空港を希望するのだが、現実には神戸空港のほうが選択肢が多い。いずれの飛行場であれ、駐車料金の安い(最安で100円/24時間)JR篠山口駅でクルマから列車に乗り換える。自転車という大荷物がなければ、その後の列車の乗り換えも、飛行機への搭乗も楽である。そもそも、乗り物ごと乗り込むフェリーと違い、飛行場には基本的に鉄道やバスが直結している。
 新日本海フェリーは、私の復路乗船日の翌日の便には遅延が発生し、さらに翌日は欠航した。当然天気予報を確認してから旅程を最終的に決断してはいたものの、予報は多少のずれもありえ、危ないところだった。
 飛行機はフェリーと違い1日に何便も運行されている。しかも複数の航空会社。乗る予定の便が欠航になった場合のリカバリーのことを考えると、飛行機が有利である。今後はそういうことも視野に入れて考えよう。
 具体的に比較すると、往路の場合、フェリーならば前夜に出て当日の夜9時ごろ小樽到着なのに対し、飛行機なら当日の朝7時頃に家を出て昼頃の飛行機に搭乗すると昼過ぎに新千歳空港に到着。4〜5時間くらい早く北海道に到着できる。復路では、最終日前夜に小樽を出発し、最終日の夜に舞鶴到着。帰宅は深夜となる。飛行機では、最終日深夜に家に到着することを基準に考えると、最終日午前中は札幌や小樽周辺で過ごせる。
 最後にスマートフォンについて。先月から使い始めたスマートフォン。これを携えての初めての旅だった。まあ、便利だった。いつでもインターネットに接続できることが、特に。気になる通信料金も、問題なかった。段階的な料金設定で、1ヶ月あたりのデータ量が1GBを超えるとその月の利用料金が上がってしまうのだが、旅を終えた時点で0.51GB。2月の残り半分で1GBに達することはないだろう。試しにといくつかのアプリケーションソフトをWiFiを利用せずにダウンロードしてみた先月に続いて、今月も最低の料金で行ける公算だ。
■ほっつき歩きデータ
 3.4km:東舞鶴駅から舞鶴港往復(12日、16日)
 2.4km:とまやから小樽駅(14日)
 2.4km:札幌駅から大通公園往復(14日)
 2.4km:深川駅からバス停探し(14日)
 3.8km:留萌駅から日本海を見に行く(14日)
 0.9km:深川駅からバス停往復(14日、15日)
 3.6km:音江バス停からイルムの丘YH・国見峠(14日、15日)
 4.4km:滝川駅から新十津川駅(15日)
 8.5km:小樽駅から雪あかりの路など散策しとまや経由小樽港まで(15日)
 合計31.8km
 歩行速度は、雪のなかった舞鶴市内は約6km/h。北海道の圧雪あるいは凍結の路面では4.5〜5km/h。つまり、雪なしだと1km歩くのに約10分。雪道だと1kmあたり3分ほど余計にかかる。
 費用は約48,000円。大まかな内訳は、交通費31,000円(フェリー20,000円、鉄道・バス11,000円)、宿泊2泊7,000円、食費8,000円、土産・差し入れ2,000円。

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29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(4雪あかり) 

■小樽「雪明りの路」と「とまや」
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 小樽築港駅で途中下車。ここは大型商業施設に直結した駅。とにかく昼食だ。商業施設のフードコートへ。まだ昼食時なので込み合っているがどうにか座れそうだ。すると、私を呼ぶ声。こんなところで私を知っている人なんて限られている。やはり、とまやの宿主さりさんだった。二人のお子さんを連れて昼ご飯の最中。また夜に顔を出すことを告げて別れる。窓際の席を確保し、日が差して少し明るい色になった日本海を見ながら、まぜそばを食べる。そしてそのまま2時間半も居座ってしまった。昼時を過ぎたら席も空いてきたし、隣の女性二人組なんか私が来る前からおしゃべりを続けている。この先も終わる気配がない。まあそういうわけで、今回の旅行記の原稿がかなりかけた。続きは明日、フェリーの中で。
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 16時、小樽築港駅から小樽駅へ。駅から南へ。すごく人が多い。現在「雪あかりの路」というイベント開催中で、その会場の一つ手宮線跡へ。ちょうど点火作業中。雪や氷で作ったたくさんの器にろうそくの火がともされていく。昨日まで気温が高く、雪や氷の器が溶けてしまうので、毎日新しい器を補充しないといけないようだ。
 ただし、まだ明るい。GPSレシーバで確認すると、現在地の日没自国は17:04。丹後より30分早いものの、まだ日没まで30分もあるぞ。そして暗くなるまでというと1時間以上かかる。
 ちょっと早いけど夕食でも食べておくか。10年位前に何度か訪れた駅の近くのラーメン屋へ。やはり準備中。夜の営業にはまだ少し早いもんなぁ。ならばと小樽運河へ。ここも雪あかりの路の会場の一つ。同じく添加作業中。ものすごく人が多く、点火スタッフと見物客が入り乱れている。
 土産物屋などが並ぶ堺町本通りへ。ここも歩道に観光客があふれている。雪が凍てているため滑ってこける人もいる。
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 そしてお目当ての店「ポセイ丼」へ。イクラ丼や海鮮丼などをリーズナブルに食べられる。やはり10年ぶりくらいか。店の前のお品書き展示を見ると1000円を超えるメニューが多い。やはり時代の流れか。一方で500円のものもいくつかみられる。しかし店内に入ると、「500円の品物は本日売り切れですがよろしいですか」ときた。了承して着席。まだ今の時間店内は空いている。900円(税別)のマグロ丼を食す。
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 ポセイ丼を出ると外はようやく薄暗くなっていた。運河沿いの雪あかりの路は大混雑。暗くなってムードが出てきたが、人が多くて落ち着かず。手宮線跡の方はというと、混雑はかなりましだが要所要所の撮影ポイントには人が群がり一人ずつ順番に写真を撮っているので、それを乗り越えて進んでいくのに一苦労。早々に後にする。
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 さあ、とまやに顔を出そう。混雑する道を避け小さな通りを選んだら、途中から歩道が除雪されていない。クルマも少ないがそれでもたまに通る。道路の両側が雪に覆われ狭くなった区間。歩行者と対向車が来てブレーキをかけたクルマからタイヤのスリップする音が聞こえる。雪が凍てているのだ。できるだけ車道に出ないように歩く。
 一昨日の夜にも利用した坂の下のスーパーマーケットでフェリー内で食べる食料を買ってから、励ましの坂を上る。自転車で登ると苦労する最大24パーセントの勾配を持つ坂だが、猛烈に急な区間は案外短い。ロードヒーティングのためアスファルトが露出している。そうでなければ、クルマはもちろん歩くのも危険だ。ロードヒーティングが設けられる前は、自動車は通行止め。しかし歩いていて転倒して骨折などのけがをする人がいたそうだ。
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 とまやで、昨日の朝の出発以降の旅の報告をする。手土産は、深川名物「ウロコダンゴ」。一昨日の夜、そういう名物があることを聞いていたのだが、ユースホステルのある地区へ向かうバス停のまん前に製造元の店があったので買ってきたのだ。団子というが、名古屋の「ういろう」のような感じ。かつて日本海で水揚げされたニシンを留萌本線の列車で運んで来たら、列車が鱗だらけになったということにちなんで、うろこを模した三角の形の団子だ。また、留萌本線往復することも、このとまやでのおしゃべりの中で持ち上がった計画。ちゃんとウロコダンゴとつながっているではないか。
 二人の宿主さんに今宵宿泊の旅人さんを交えて話は尽きないが、やはり帰らないわけにはいかないので後ろ髪をひかれながら、21時ちょうどとまやを発つ。外はまた雪が降ってきた。とまやの庭にも小樽の夜景を見下ろす雪あかり。
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 励ましの坂を下り、21:17手宮のバスターミナルからバスに乗る。小樽駅前を経由し、南小樽駅近くの「潮見台」で下車。交通系ICカードで支払いができるようなので、スマートフォンのモバイルSuicaをつかってみる。が、なかなかうまくいかない。何度か試みてどうにか清算できた。長めにセンサーにかざせばよかったようだ。やはり、小銭を用意しなくていいというのは楽だね。
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 雪が降りしきる中フェリーターミナルへ。途中セイコーマートによって、ターミナルには、22時過ぎに到着。バスを降りてから1.7km歩いた。バスに乗らなければ手宮から3.3km。バスを使った方がいいのかどうかはよくわからない。旅の疲れがあるならバス、元気な状態なら歩いた方がいいということか。
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 乗船開始の22:45。乗船待ちの車列は13台。一昨日の3倍近くだ。定刻通り23:30出航。つまり翌日の月曜からの仕事に合わせ日曜の夜にに舞鶴着、という日程なので悪露よりも少し乗客が多い。とはいえ夏と比べれば劇的に空いた船内。往路でもそうだったが、この時期なのに咳をする人が全くいない。新型コロナウィルスによる肺炎が世界的な話題となり、乗客の中に感染者が確認されたクルーズ船の乗客が船の中で何週間も足止めされたことが影響しているのか。とにかく、船の中で咳き込もうものなら、一斉に批判の目を集めそうな状況だ。
 また、16日以降、日本海の低気圧か急速に発達する予報が出ている。揺れも心配だが、一番心配なのは舞鶴港到着が遅れること。最終列車に乗り遅れる恐れがある。しかし、低気圧が接近する南風のうちに若狭湾近くまで南下してきたおかげでで大揺れも遅延もなかった。低気圧が進み、西高東低の気圧配置になれば大時化となるはずだ。
 定刻21:15、舞鶴港に到着。下船前の船内放送では、「現在の舞鶴港の天候は曇り、気温11度」などと言っていた。昨日の小樽の昼間の最高気温よりも10度も高いではないか。港から駅までの歩行に備え、中間着を脱ぐ。
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 乗客が少ないので、スムーズに下船。雨が降っている。船内放送では曇りと言っていたが、実際には降ったりやんだりなのだろう。傘をさして歩き始める。が、吹きさらしの港は傘が壊れそうなほど風が強い。市街地に入ると風は落ち着く。さらにアーケードの下に入り傘はお役御免。4日前に見られた残雪はすでにない。2kmを20分で歩き、21:35東舞鶴駅到着。22:00の最終便まで少し待たないといけないな、と思ったらそのひとつ前の22:42の便に乗れるではないか。GPSの計測による歩行速度の平均値は、雪道だと4.5〜5.0km/h、雪がないと6.0km/hだった。その列車は綾部行で、綾部と園部で乗り換えれば、0:01に京都駅に到着する。そうか、京都市まで到達できるんだ。でも、それは賭けだね。船が少し遅れてもだめだし、乗客が多くて下船に時間がかかる夏は無理。
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 西舞鶴駅で列車を降りると雨はほぼ止んでいる。よし、あとはもう時間の制約はない。自転車とクルマを乗り継いで帰る。が、すこし腹が減っている。ラーメンでなくご飯が食べたい気分なので、牛丼屋へ立ち寄る。そして、23:30帰宅。

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2020/02/20

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(3札沼線)

■札沼線再訪
 さて、行くぞ。4.5kmを歩いて新十津川駅を目指すのだ。幸い雪速水日が差している。留萌本線より、話が進んでいる札沼線は今年5月7日をもって廃止が決定している。昨年の夏には、いくつかの駅を訪ねたが、今度はこれに乗る。目標は十津川駅を10:00に発車する列車。これが始発便であると同時に最終便でもあるのだ。絶対に乗り遅れるわけにはいかない。滝川駅と新十津川駅の直線距離は2.3kmほどだが、間を流れる石狩川に架かる橋の関係で大きく迂回せねばならず道のりはその倍となる。石狩川を渡るのは石狩川橋と滝新橋と二つの橋のどちらでも距離は変わらない。北側の石狩川橋を渡ることにする。
 滝川駅前の入り組んだ道で迷走している時間はない。いつものGPSレシーバに加え、スマートフォンのGPS機能も重ねて使う。スマートフォンの方が地図がわかりやすい。
 道には迷わなかったが、問題は路面状況だった。今朝は昨日より冷え込みがきつく、路面の圧雪が凍てて滑りやすい。当然歩行速度が落ちる。普通なら1時間で4.5kmは楽勝のはずだが、GPSレシーバーに表示される移動距離の数値がなかなか伸びない。まあ、一応何とか間に合うペースではあるのだが。
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 石狩川を渡る石狩川橋からは周囲の眺めがよく見える。時間を気にしながらも写真を撮る。ちょうど晴れていい感じだ。
 新十津川の中心街に入った。コンビニエンスストアがあった。いったん通り過ぎたが、スマートフォンで確認すると駅はもうすぐそこ。引き返してホットコーヒーを買う。そして駅へと急ぐ。
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 あ、駅だ。列車はまだ止まっている。周囲には写真撮影をする人が数名。私も駅舎の外観の写真を撮って建物の中へ。駅の切符売り場に人がいる。なぜか若い女性。駅員らしからぬ雰囲気。「小樽までの乗車券」と告げると、「ここでは乗車券を売っていません」とのこと。記念品を売っているようだ。
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 改札には「札沼線ありがとう」という横断幕を持った人が列車を見送る構え。急いでトイレに行って、列車の写真を撮って乗り込む。すぐにドアが閉まって発車。どうやら少しだけ待ってくれていたみたい。ごめんなさい。
 1両編成のワンマン列車は、満席ではないがそれなりに人が乗っている。ボックスシートにはそれぞれ1〜2人ずつ座っている。ロングシートに腰掛ける。当然、地元の生活利用者はわずかで、多くはは札沼線に名残を惜しむ人のようだ。カメラをもって窓の外を撮りまくる人。ビデオカメラを構えて車内をうろつく人もいる。今の時期でこれなら廃止直前のゴールデンウィークなんか大変な混雑だろうね。
 7年前のゴールデンウィークの江差線を思い出す。廃止直前だということを知らず、こんな時間ならガラガラだろうと乗り込んだ朝7時前の列車が何とほぼ満員。狭いボックスシートは4人満席。その状態で五稜郭(函館)から江差までの2時間半を過ごした。
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 夏に訪れた、田んぼの中にホームがあるだけの簡素な駅舎に停車するたびに写真を撮る。 
 途中でボックスシートが空いたのでそちらへ移動。しばらくするとおばあさんが向かいに着席。「たくさん乗っているねぇ。いつも一人か二人なのに。やっぱり最後だから」という。それに今日は土曜日だしね。
 のどかな風景と簡素な駅を見ながら列車は進む。駅ごとに、あるいは踏切などにカメラを構えて待ち受ける人がいるのも、7年前の江差線と同じ。
 一日一往復のみの区間は新十津川・浦臼間で、浦臼から南は一日数本の便がある。さらに北海道医療大学駅は、その名の通り大学直結の駅で、この辺りまで来ると札幌の近郊路線という雰囲気になる。また、沿線には北海道教育大もあり、学園都市線という呼び方もされている。この近郊区間は存続となる。
 新十津川からのワンマン列車は石狩当別まで。途中の駅では運転席裏の料金箱に整理券とお金を入れるのだが、石狩当別では改札の駅員に支払う、と車内放送があった。向かいのおばあさんが、財布を取り出し何か探しているので、足元に落ちている整理券を指さすと、笑いながらそれを拾い上げる。そして、「駅員さんがいなくて切符が買えなかったんだけど、お金はどうやって払うんだろうね」というので、先ほどの放送の内容を伝える。しばらくすると、再び車内放送。「あ、ほんとだ。何にも聞いちゃいないんだから」と笑いながら飴玉をくれた。
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 石狩当別駅の窓口で、新十津川駅の整理券を小樽までの乗車券に換えて札幌行きに乗車。札幌で途中下車して昼ごはんのつもりだったが、札幌の一つ手前の桑園駅で小樽方面は乗り換えという車内放送。札沼線の起点は桑園なのだ。ということは新十津川から小樽への乗車券では、札幌での途中下車はできない。ならば小樽を目指そう。
 昨日よりずいぶん寒い。小樽行きの列車が待ち切れず、その一つ前の手稲行きに乗り込む。昼前まで晴れていた空はすっかり曇り、雪がちらちらと舞っている。手稲で降りると、4分後に小樽行きが来るようだ。桑園で表示されていた手稲行きの後の小樽行きはもっと後のはず。どこから来たんだ。まあどうでもいいけど。後日調べたら、手稲までが快速で桑園には止まらない列車だった。
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 手稲を発つときにはそれなりに人が乗っていたけど、そのうち車内はガラガラに空いてきた。車窓は荒れる日本海。雪も強まり寒々としている。実際に車内は寒い。駅に停車してドアが開くたびに気温が下がっていくようだ。年配の男性は、オーバーズボンを重ね履きしてから下車していった。

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2020/02/19

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(2留萌イルム)

■留萌本線
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 13日朝、美瑛の5人組と一緒に朝食をいただき、彼らより先にとまやを出る。ロードヒーティングによりアスファルトが露出している励ましの坂を歩いて下り、小樽駅まで2.4km。30分あれば歩けるというベル氏の言葉を信じて8時半にとまやを出発したが、9:04の列車にわずかに間に合わなかった。凍てついた圧雪の上では、歩行速度が落ちる。
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 計画を立て直さなければならない。スマートフォンもあるが、駅備え付けの時刻表を見る方が手っ取り早い。大丈夫だ、リカバリーできる。夕食の時間までに本日の宿に到着できればそれでいい。
 9:30の快速列車で札幌駅へ。普通列車よりも所要時間を20分も短縮できるが、当初の予定の旭川方面への特急列車にはわずかに間に合わない。その特急が出発して2分後の10:02、札幌到着。乗り換えの待ち時間が1時間近くある、と途中下車。大通公園へ雪まつりの残骸を見に行く。一昨日まで開催されていた雪まつり。最終日の深夜には雪像の取り壊しが始まり、夜を徹しての作業の末、翌朝には単なる雪の山に姿を変えてしまう。現在は、その雪の山を排出する作業が行われている。
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 そのあと、有名な時計台を見ながら札幌駅へ戻る。しかし、乗ろうと目論んでいた列車が電光掲示板に表示されていない。なんと、時刻表の細かい字を読み間違えていた。10:58発ではなく、10:38発。もう出発した後だ。
 乗る予定だったのは普通列車。特急列車に乗ればリカバリーできる。というわけで、11:00発の特急へ。ああ、小樽で乗り遅れたおかげで特急料金が浮く、と喜んでいたのに。でもまあ、最低区間の岩見沢までの特急料金で済むから、被害額は少なめだったけどね。
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 札幌の町を抜けると、雪原の中を列車が行く。雪がなければ田園地帯だ。岩見沢で普通列車に乗り換え。そして、12:30深川到着。今日の宿はここからバスに乗り換えて行くのだが、その前に留萌本線を往復するのだ。JRが自力での経営困難として存続のためには地元の助成を求めている路線だ。といっても助成金額は莫大で、当然地元自治体にもそんな余裕はない。要するに、廃止の方向に進んでいる路線ということだ。
 そんな路線だから、本数は少ない。深川から留萌の往復を1便づつ遅らせることで行程が当初の予定より3時間遅れとなった。ただ、その代わりに深川まで戻ってきてからの宿に向かうバスの接続の関係で、遅れは2時間足らずまで回復でき宿の夕食に間に合う。結局どこか接続が悪いところがあるわけだ。
 留萌本線の乗車まで1時間近くあるので、バス停を確認しておく。ついでに昼ご飯も食べたい。大丈夫、今度は本当に1時間くらいある。バス停は駅前でなく、少し離れた街中にある。これがわかりにくかった。宿のWebページに掲載されていた地図がわかりにくく、300mと書かれていた距離も実際にはもう少しあった。2kmほどさ迷い歩いた挙句、昼ご飯を食べる時間も無くなった。昨日の夜、スーパーマーケットで買ったおにぎりが残っていたのでそれを車内で食べよう。
 13:24、深川発留萌行き1両編成ワンマン列車(?)出発。初めのうちはそれなりに乗客がいたものの、石狩沼田でほとんどの乗客が下りてしまった。ほとんどというのは、私を除くすべて。貸し切りの状態だ。そして列車は石狩平野の雪原から、山間部へ。
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 恵比島駅はドラマのロケで使われた風情ある古い造りの駅舎。そのドラマの中の明日萌駅という駅名標も立っている。この駅は自転車を積んだスーパーカブで通りがかりに目に留まり、立ち寄った。あれはもう10年前のことだ。
 車窓から見える道路をスーパーカブで走ったのだが、あの時はさほどいい道だとは思えなかった。なのに今はとてもいい気分で車窓の景色を楽しんでいる。雪景色のせいだろうか。列車のおかげだろうか。確かに、スーパーカブで走ったときは、大型トラックを含めクルマの流れの中だった。でもやっぱり感じるのは、冬、それも雪国の鉄等旅はいい、という感覚だ。
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 恵比島の次は峠下。雪がちらちら待っている。道路を走るクルマは少なく、除雪車が作業をしている。そのうち谷が開け、凍り付いた留萌川の流れ、雪原に点在する集落を見ながら進む。
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 深川から1時間足らずで、留萌到着。まずは駅そばをいただく。「もう終わりだから食べて」とおにぎりをサービスしてくれた。とりあえず、そのおにぎりは温存。
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 さあ、復路の列車まで2時間もある。地図を見て作戦タイム。日本海を見に行くことにする。港までなら1kmもないのだが、それでは面白くない。やはり、荒れる外海を見に行こう。片道2kmくらいか。圧雪に覆われた歩道を滑らないように黙々と歩く。夏に自転車で、そしてスーパーカブで走った国道を越え、市役所の裏手の高台から日本海を見下ろす。荒波が打ち寄せる灰色の海。見るからに寒々としている。そして実際に寒い。すぐに引き返す。街行く人の会話の「雨降りだよぉ」との言葉で気づく。小雪はいつしか小雨になっていた。
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 ちなみに日本海を見下ろした高台は、かつての留萌本線の線路があった場所だった。2016年に廃止された留萌・増毛間の路線の一部だ。
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 昨日の残りのおにぎりと駅そばだけでは少し足りないので、セイコーマートで弁当を買う。が、駅前の食堂が営業していた。15時過ぎという中途半端な時間なので占めていると思ったのに。恒例のご夫婦が営む、懐かしい雰囲気の店。うどん、そば、ラーメンと麺類が主力のようだ。メニュー表に(ネギのみ)と注釈が添えられた「かけラーメン」をいただく。温かい。
 駅に戻ったが、列車の発車までまだ30分余りある。待合室のベンチで座って過ごす。ほかにも列車を待つ人の姿があって、復路は貸し切りではなさそうだ。
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 駅に戻った時にはまだ営業していた駅そばもいつの間にか閉店。16:17、留萌発深川行き列車が出発。3時間前に見た景色だが、夕暮れが迫りわびさびが増す。
■イルムの丘
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 15:30、深川へ戻る。さて急いでバス停へ。下見をしておいてよかった。5分でバス停へ。そして15:30、バスへと乗車。丹後なら今頃が日没自国で、つまりまだ明るさが残る時間帯だが、北海道ではもうすっかり暗くなっている。7分ほどで音江のバス停へ。すっかり郊外へと出た。
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 バス停から雪道を歩くこと10分余り、ログハウスの「イルムの丘ユースホステル」へ。本日のホステラーは私一人。おいしい夕食を食べてのんびりくつろぐ。相部屋の寝室も、その向かいの談話室もそこにあるTVも独り占め。相部屋料金で泊まっているのに、個室を通り越してスイートルームのよう。
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 14日、6時半に起きてみると小雪が降っている。昨日深川の駅そば屋でもらったおにぎりとセイコーマートで買った弁当で朝食とし、7時に外に出る。昨日はやめに宿についてする予定だった、周辺の散策だ。国見峠展望だを目指し、片道700mを歩く。雪はちらついたり強まったり止んだり。車道は除雪してあるものの、展望台へと上がる道は未除雪。足跡はついているが、雪が深い。靴の中を濡らすと後が大変なのであきらめる。車道の坂道からの眺めでもそれなりに楽しめるし。丘が連なる風景は、美瑛や上富良野と変わらないではないか。もちろん、雪がなければ色々変わるのだろうが。
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 YH(ユースホステル)に戻り、10分ほど過ごしてチェックアウト。バス停までの1kmを歩き、定刻通り8時ちょうどのバスで深川市街地へ。駅に移動したら8:35分の列車を待つ。が、5分ほど遅れているというアナウンス。ちょっと不安を感じる。
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 結局5分遅れで深川を出発。その後1分回復して、4分遅れの8:57、滝川到着。

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2020/02/18

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(1とまや)

■旅立ち、そして「とまや」の夜
 「冬もいいよ。」
 去年の夏、小樽の旅人宿「とまや」の庭先で花火を見ながらの炭火焼肉パーティで同席した時に誰かが言っていた。冬の北海道を旅したのは、29年前の1991年2月。大学生の時だった。北海ワイド周遊券の20日間の有効期限をフルに使っての旅だった。
 記録的な暖冬、寡雪の冬。もちろん北海道も少ないそうだが、ないわけではない。ちょうど休暇を取りやすい時期と重なり、土日と合わせて4日間確保できた。いざ冬の北海道へ。
 水曜日の20時過ぎクルマで自宅を出発。自転車の旅でないから準備が楽だね。夕方から雨が降り出したが、なんだか生ぬるい。せっかく山に積もった雪が解けるなぁ。
 1時間で西舞鶴。某所にクルマを止める。西舞鶴駅までの2kmは自転車で。雨は止んでくれた。駅の駐輪場に自転車を止める。がっちり二重ロックで支柱に括り付ける。
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 21:50の列車で東舞鶴へ。鉄道を使わず自転車で東舞鶴まで来る手もあったが、ちょっと雨が気になった。今日は止んだが、先ほどまで降っていて路面が濡れているのでクルマが跳ね上げる泥水をかぶりながらということになる。それに帰りの日も雨予報だ。
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 21:58、東舞鶴駅。ここからフェリーターミナルまでは歩きだ。なんと、ほんのわずかだが残雪があるではないか。珍しく京丹後市よりも雪が多かったんだ。東舞鶴の中心街もほとんど人が歩いていない。たまにいるのは飲み会帰りと思しき人たち。大きな声で別れの挨拶をしている。
 東舞鶴駅からフェリーターミナルまでは北に向かって2km弱の一直線。歩行者用の橋で入り江を渡っていく。車両はその入り江を迂回しなければならない。
 22:20くらいにフェリーターミナル到着。トラックが乗船中だ。乗船待ちの乗用車は少なく、オートバイも自転車もゼロ。フェリーターミナルの乗船手続きの窓口も閑散としている。が、私が乗船手続きを終えると背後に少し人が並んでいた。ちょうどそういう時間帯だ。出航60分前までにお越しください、とのことだが、乗船開始は出航35分前の23:15.まだ45分もある。待合室で本を読んで過ごす。
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 そして乗船、23:50出航。いやあこんなに空いている新日本海フェリーは初めて。今案でほとんどが夏、後は初夏のゴールデンウィークと、秋のシルバーウィークが一回ずつ。春先に来たときは空いていたけど、さすがに今日はそれ以上に空いている。家族連れがいないから、子供向けの映画の上映や船内イベントもない。静かな船旅を堪能できる。
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 定刻、20:45小樽港着岸.。旅客用下船口から長い通路を経てフェリーターミナルの建物へ。今では輪行袋に入れても完成車でも同じ料金だが、20年ほど前は輪行状態の自転車持ち込み料が安かった。重い輪行袋を担いで歩いたときは、本当に長く感じた通路だ。外を見下ろせば、折り返し舞鶴行きの乗船待ち乗用車は、たったの5台。
 ターミナル1階で「とまや」のベル氏と再会。こうやってフェリーターミナルまでお迎えに来てもらうのは初めて。小樽駅でピックアップされたもう一人の男性の多比一共にクルマに乗り込む。坂の下のスーパーマーケットに寄って、励ましの坂を登り、とまやへ。
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 薪ストーブのある居間では、もう一人の宿主、さりさんと5人組の宿泊客がいてシーズンオフの平日とは思えない賑やかさ。その5人組は、美瑛で宿を営む家族とその宿のヘルパーさん。シーズンオフだからこそのお客さんということか。ちなみに、明日はお客さんがあるので、遅くならないうちに美瑛に戻るそうだ。
 というわけで、20回目の北海道の旅も、小樽の夜から始まった。

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追憶のアルペンローズ2020

 冬になったというのに人工雪の設備を持つスキー場以外はずっと休業していたが、立春寒波でようやく営業開始。ちょうど休日が連なる日々を前に雪を準備してくれた形だ。日曜日は大江山連峰を滑り、平日である月曜は雪が降って、建国記念日の火曜は晴れるという絶好の天気回り。いそいそと家を出る。
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 日差しがさんさんと降り注ぎクルマの中はポカポカ。ということは気になるのは雪質。ならば早朝に出ればいいのだが、どうも休日モードでダラダラと朝を過ごし、家を出たのは9時半過ぎだった。スーパーマーケットに寄り道して、豊岡の六方田んぼでコウノトリを撮影してから、神鍋高原の万劫集落付いたのは、11時半近くになっていた。かつてアルペンローズスキー場が営業していたころ、駐車場だった広場にクルマを止める。今日は太い板を使おう。シールを貼りつける。
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 正午過ぎ板を担いで万劫集落の中の道を歩く。集落の奥から未除雪のダブルトラックへ。板をつけてシール登行だ。足首まで沈むかどうかという程度。
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 すぐにコンクリートの柱が見えてきた。かつてのリフト乗り場、20世紀の遺構だ。この先まだダブルトラックが続く。かつての下山コースだ。先ほどの市中からのリフトは、下半分は登行リフト、上半分はゲレンデリフトという特殊なもので、乗車専用の中間駅がある。普通中間駅は下車専用なのだ。
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 ダブルトラックを登り終えると、開けた平面に出る。ここが実質的なスキー場ベース地。2件ほどのロッジがありかつてはゲレンデ食堂やレンタルスキーとして営業していた。また、前述のリフト中間駅もこの一角にある。かつては雪原だったこの広場も、今ではブッシュに覆われつつある。アルペンローズスキー場が最後に営業したのは2000年の冬。あれから20年が過ぎた。
 平原を横切り、斜面に取り付く。かつての「あすなろゲレンデ」だ。アルペンローズスキー場でゲレンデと呼べる広がりを持つのはこのあすなろゲレンデのみ。あとは細めのコースばかり。だから、子供を連れたファミリー層はあまり訪れず、穴場スキー場だった。だからスキー場が混雑していた1990年代にはよくお世話になった。
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 そのあすなろゲレンデも、今ではすっかり恋藪に覆われている。向かって左手が開けた雪原になっているが、ゲレンでの右端にまるで並木道のような通路のようなダブルトラックのような筋道があるのを去年見つけた。行ってみると確かにはっきりとした自動車一車線ほどの筋道が斜面を直登している。いったいこれは何なのだろう。沢にしてはそこが平たく、幅が一定でまっすぐ。人工的なにおいがする。やはり重機が上がる通路として人工的に切り開かれたものか。
 とりあえず快適に歩けるのでありがたく利用させていただく。ステップソールには無理だが、シールだから直登可能の勾配だ。なんて思っていたら板がずり下がって転倒。そして、並木道の中央に空いた溝に体がはまり込む。これは脱出に苦労する。登っていくうちに勾配が増してシールの限界を越えたようだ。並木道を外して蛇行する。左手は木々が開けている。ブッシュを越えてそちらへ。あすなろゲレンデの上部に来ているようだ。開けた斜面を大きく蛇行して登るうちに勾配が落ちてきた。ゲレンデはコースとなって続いていく。このあたりのコースも藪となりつつあったのだが、いつしかきれいに駆られているようだ。
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 この辺りはアルペンローズスキー場の交通の要衝、全3本のリフトの降り場、または乗り場が集積している。左の分岐を少し下れば頂上リフトの乗り場。平坦なスペースがあまり確保できず、2列渋滞のリフト待ち行列を作り、係員のホイッスルで列全体が横移動する特殊なものだった。
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 さらに進むと、右に分岐。神鍋高原最奥の稲葉集落のベースからのリフト降り場がその上にある。そして道なりに登っていけば万劫集落からのリフトの降り場。乗車専用の中間駅のあるあのリフトだ。
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 標高差ではもう全体の半分を越えている。あとは山頂からのコースに沿って登っていくのみ。両側が杉林で日当たりが悪いおかげで雪質がいい。まあここを滑り降りる予定ではないのだが。
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 アルペンローズスキー場最上部へ到着。時刻は14時前。2時間を切ったのは今までで一番早いかもしれない。点名「万劫」の三角点もある。神鍋高原を一望できる。高原中央のアップ神鍋スキー場もどうにか営業しているが、いつまで雪が持つだろうか。わが故郷の依遅ヶ尾山はかすんでよくわからない。大岡山の左肩の向こうに磯砂山が見える。
 シールを外し、スーパーマーケットで買ったパンを食べる。これから滑り降りる予定のススキコースの上部が日差しをいっぱいいぬけているのが気にかかる。ヘルメットには後ろ向きのカメラ。そして胸に前向きのカメラを装着。
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 いよいよ滑降だ。少し日が低くなり風が冷たくなってきている。いざススキコースへ。予想通り日差しを受けた雪面はクラストし始めている。そしてこのコースもブッシュが育ってきている。ブッシュを避ける意味と日当たりの悪い雪面を選ぶ意味とを兼ねて、山側の法面を行く。ここは雪がサラサラ。快適な滑りの感触を楽しむことができる。
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 しかし楽しい時間はつかの間。濃いブッシュにつかまる。一昨日の大江山連峰鳩ヶ峰東斜面で苦労したブッシュよりはましで、ところどころでターンできそうなスペースがあるのだが、雪質が悪くスキーのコントロールが難しい。結局横歩きで降りる場面に何度も遭遇する。下るにしたがって雪質は悪くなり、木々が開けた場所でも斜滑降・キックターンでしのぐ。
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 どうにかあすなろゲレンデ下の広場に降り立った。ここからは登ってきたのと同じ下山コースへ。雪が悪くほとんどターンできないが、登りトレースを外し、力ずくのプルークボーゲンでスピードを殺して降りる。日向と日陰で雪質が変わり、スピードが一定でなくなる。いわゆる引っかかる雪、ストップスノー。これで転倒。それでもすぐに万劫集落へ。板を担いで集落を歩く。15時過ぎにクルマに到着。
 下りに要した時間は1時間15分。雪がよいときより30分は余計にかかっている。斜度があって豪快な恰好が楽しめるススキコースだが、ブッシュが濃くなりすぎている。雪質によっては登りコースをピストンした方がよいかもしない。ブッシュが具すければ、斜滑降・キックターンで何とか下れる。ただし、あすなろゲレンデの上のコース幅が狭い区間ではそれもまた難儀するのだが。
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 そのあとは豊岡市街でつけ麺を食べて、円山川の堤防の上のコースを15kmほど自転車で走る。日高町まで南下したら、奥神鍋や万場スキー場のゲレンデが見える。ズームアップして撮影。営業時間が終わっているのでもうゲレンデに人影はない。

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鳩の山に雪を!2020

 1996年以来ずっと雪の大江山連峰を滑っている。しかし、昨シーズンに続いてまたも深刻な雪不足。いや、昨シーズンは年末からずっと冬中途切れず営業していた神鍋高原のスキー場も、今シーズンは1月が終わっても天然雪では開業できないでいる状況。立春を過ぎてようやく雪をもたらす寒波が襲来。神鍋高原のスキー場もようやく営業を開始した。というわけで満を持して大江山連峰へ。
 2月9日、起きるとうっすらと屋根が白くなっていた。重い腰を上げ玄関を出たのが10時。車庫でごそごそしていたため、出発は10時半を過ぎた。山間部では、除雪車が出るほどではないがうっすらと雪が積もっている。昨日の冷たい雨も、山では雪だったようだ。家から40km、1時間ほどで大江山連峰の千丈ヶ原へ。いいぞ、ちゃんと雪が積もっている。路面も雪に覆われていてスタッドレスタイヤが機能している。
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 近年、ログカフェ「FLORESTA」ができたおかげで除雪区間が少し伸びた。冬は営業していないようだが。その限界点では家族連れが雪遊びをしているので、少し手前の路肩に通行の邪魔にならないように縦列駐車をする。先に止めてある2台のクルマにはそれぞれ怪しいステッカーが貼られている。他には三脚を立てて写真を撮っている人がいたり、オフロードバイクで雪道を登ってきた人がいたり。
 11:55、準備が整ったら鍋塚林道を歩き出す。雪遊びの家族連れは少し前に下山していった。奥にもう一台クルマが止まっていたクルマがちょうど下山していく。早々に下山してきたということだろうか。
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 鍋塚林道にはスノーシューのトレースがあり、いい道ができている。複数のスノーシューが歩いた平らなトレースだ。登り方向のみなのでまだ山にいるようだ。トレースがなければ、足首より少し深いくらいのラッセルだ。スノーシュー以外にスキーのトレース。こちらは下りのみ。千丈ヶ嶽から周回してきたのかも知れない。
 今日はちらちらと雪が舞う時間もあるが、日が差すこともあり、風は弱くまずまず穏やかな空模様。気温は低く、昨日の雪の鮮度は保持されている。いい日になった。
 鍋塚林道には2,3ヶ所、ショートカットできるヘアピンカーブがある。スキーのトレースは積極的にショートカットを行っていて、スノーシューもそのトレースを追うようにショートカットしている。要するに両者のトレースが重なっているので、スキーが先だということだ。スキーが後なら、わざわざスノーシューのトレースをたどって滑降することはない。
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 しかし、こちらはショートカットしないでそのまま林道を歩く。理由はその方が楽だから。林道にもまだ1人分のスノーシュートレースがついている。さらに、ステップソールのスキー板にシールを貼らずに歩いている。ショートカットすると林道よりも急勾配となるのでシールを貼った方がいい。でも、林道の勾配はステップソールにちょうどいい。シールよりも軽快だ。もちろん、下りならショートカットするけどね。
 大きな2つのショートカット可能なカーブを越え、最後のヘアピンは小さめのショートカット区間。その先、林道にトレースはない。これまでショートカットせずに林道を歩いていたトレースの主は、ここではショートカットをしたのか、それとも心が折れて引き返したか。やはり、下りも歩かねばならないスノーシューは、折れない心を維持するのが大変だ。
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 歩き出して70分、13:07に大江山連峰の主稜線に到着。小屋があるのだが、その前に2組のスノーシューが見える。なんとなく、千丈ヶ原の縦列駐車の2台の主だと直感する。中に入ると男性2人組が出発準備中。やはり、例の2台のクルマの主で、インターネット等で何度か活動の様子を拝見している方々だった。今日は鳩ヶ峰までのピストン。登頂を終え、この後林道を下山するとのこと。彼らが出発した後、私も食事。そのあと入れ替わりに小屋に入ってきたのはワカンの男女2人組。やはり、近隣からのリピーターだそうだ。満を持してこの日にやってきたのは、みな同じ。その男女2人組は、ここまで林道ではなく、ノートラックの登山道をラッセルしてきたのだそうだ。スタート地点は千丈ヶ原より下の大江山グリーンロッジで、私がまだ家にいた10時過ぎから歩き始めていたとのこと。もうここで引き返すという。
 彼らに別れを告げて小屋を出る。縦走路で鳩ヶ峰へ登る。稜線ということで、それまでは見えなかった西側の景色が開ける。足元の加悦谷の田んぼは茶色。与謝峠への登りの途中から白い雪景色となっている。
 スノーシューなどのトレースがあるが、当然ながら林道よりも勾配が増す。縦走登山道、つまり先行トレースに沿って歩いていたら板がずり下がって転倒。ステップソールの許容勾配を越えた、登山道の幅いっぱいを使って板をフォールラインに対し斜めにしたり、登山道を外して蛇行したりせねばならない。しかし、登山道は溝のようになっていてしかも幅が狭い。板を斜めにすることができず溝から脱出を図るも、法面は柔らかい新雪でこれまた難儀する。シールを使えば直と可能な勾配である。なぜシールを使わないかというとその先に少し下りがあるから。ほんの少しだけど気持ちよく滑りたい。
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 小ピークを越えると鳩ヶ峰への登り、やはりまたステップソールで苦戦する。もうここまで来たら鳩ヶ峰の頂はすぐそこ。シールを貼るのが面倒くさい。でも面倒でも貼った方が楽なような気もする。シーズン初めということでシールのチェックでもしようかとザックに入れてきたシールを結局使わなかった。
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 というわけで鳩ヶ峰の頂に立つ。大江山連峰の主峰、千丈ヶ嶽がどっしりと構えている。まだ枝に雪を載せているブナ林が白い。スノーシューのにぎやかなトレースはここまで。千丈ヶ嶽方面へ延びているのは孤独なスキーのトレース。いいなぁ。ブナの樹林帯である千丈ヶ嶽の北斜面は、大江山連峰で最も雪質がいい。今日など最高の条件だったに違いない。そこを独り占めしてきたなんて、なんて贅沢なんだろう。
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 さて、一通り展望を楽しんでおく。北方向は磯砂山、依遅ヶ尾山、金剛童子山などわが生活圏のシンボル。東は丹後若狭国境の青葉山くらいまで。若狭や越前、そして近江の山はかすんでいる。南は三岳山。西の神鍋高原のスキーゲレンデはかすんで見えない。
 さあ滑ろう。千丈ヶ嶽に次いで雪質がいい鳩ヶ峰北斜面もいい感じだったが、そちらではそのあと林道を下ることになる。要するにピストンコースというわけだ。ピストンでは芸がない。林道はつまらない。いくつかショートカットするにしてもせいぜいごまかし程度の楽しみだ。今日は思い切って鳩ヶ峰東斜面を滑ろう。ある程度の積雪量がないと滑れない東斜面を最後に滑ったのは、3年前のこと。去年も一昨年もこの場に立ちながら北斜面に逃げてしまった。今日は登りで板がずり下がって何度もひっくり返り、立ち上がるのに苦労した。思いのほか雪が深かったのだ。そして東斜面が滑れるのではないか、そう感じた。
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 意を決して東斜面へ。まずは小さな杉の木の疎林。岩や倒木の凹凸が雪面に現れているが、柔らかい雪でコーティングされた層は厚く、板がひっかることはない。もちろん慎重にゆっくり滑る。去年よりも雪が多いのかどうかはわからない。自分がこちらに滑り込む決断をしたどうかの違いだ。雪質はまずまず。しかしブッシュにつかまってしまった。細い木のジャングルだ。もちろんこれまでも多少の藪を越えていたのだが、なぜか今日は密度の濃いところに入り込んでしまった。雪が少ないせいか。
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 これまでは杉の疎林をしばらく下り、雑木が加わりすこし濃くなった藪を越え植林に入っていた。植林は下草が駆られている。それを目指して背の高い杉が立っている方に向かうが、藪の中で身動きが取れない。こっちかと思いながら進んだら、目の前に谷が開けていた。鳩ヶ峰東斜面はその先尾根を東に伸ばす、その尾根に乗らなくてはならない、植林も尾根の上だ、というわけで、方向転換してまた藪との格闘。頼みの綱のGPSレシーバに搭載されている地図は太陽光の下では等高線が薄くて地形が読み取れない。地理院地図を切り出してインストールしておくべきだった。そうなのだ、これまでは東斜面から東尾根へと向かって滑っていけば藪に苦労することがなかった。2年前、それまで使っていたGPSレシーバが故障したことで更新した。付いていた地図データに少し問題があった。何度も訪れている山なので油断していた。
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 右往左往を経て、どうにか植林帯へ。杉林であるが細かいブッシュがないということはなんと快適なんだろう。しかも今日は雪質もいい。まだ枝の上に雪が乗っかっているのだ。この雪が落ちると、せっかくのふわふわの新雪が中途半端なっ節となり劣化してしまう。いつもここは雪質に苦しめられるのだ。今日は快適にその下をトラバースしている林道に降り立つ。
 林道を越え、さらに東尾根を下る。小ピークを越えると尾根は細くなっていき、進行方向左、北斜面を斜滑降して進んでいく。背後には鳩ヶ峰が遠ざかっていくのが見える。この辺りも雪質がいい。過去最高と言えるのではないか。左下に鍋塚林道が見える。今は誰も歩いていないがトレースがにぎやかだ。登りで林道を歩いているときには、東尾根は雪が薄くて滑るのは無理かと思っていたが、何とか大丈夫だった。雪がまだふわふわの状態だからだろう。鮮度が落ちへたってしまうと、雪の下の岩谷切株や倒木に引っかかるかもしれない。
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 最後は植林の斜面を経て鍋塚林道へ降り立つ。いつも雪質に苦しめられるところなのに、今日は最後まで雪質に恵まれた。
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 そこから400〜500mで鍋塚林道は終わり。林道の起点である分岐には、軽トラックが止まり、荷台から雪面にスロープを下ろしている。スノーモビルか。トレーは鍋塚林道ではなく、鬼嶽稲荷神社の方へ向かっているようだ。
 板を担いで歩くこと200mほど。クルマに戻った。小屋で話をした人たちのクルマはもうない。少しクルマを下山方向に走らせたところで、鳩ヶ峰を振り返る。カメラでズームして山頂直下に付けた自分のシュプールを撮影。
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 3年ぶりの鳩ヶ峰東斜面・東尾根は、雪質に恵まれ楽しかった。ブッシュに苦しめられたことはまあいい経験だ。雪が積もるかどうか危ぶまれたが、大江山連峰を滑るようになって25回目の冬も、無事に終わった。
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 うっすら雪が積もった旧大江山スキー場のゲレンデには、いくつかシュプールがついていた。
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 帰宅したら、休日の定例コースを自転車で一回り。平野部にはまったく雪がない。

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