2020/02/27
氷ノ山のロングスノーハイク(戸倉峠-三ノ丸-坂ノ谷)
連休最終日の朝7時。養父市大屋町ですうさんと待ち合わせ。そして作戦会議。動くかどうかわからにリフトを当てにせず、真っ向から自分の足だけで挑む。戸倉峠から兵庫・鳥取の県境尾根を上り、坂ノ谷コースを滑ることに決定。
大屋町から若杉峠を越える。若杉高原大屋スキー場のゲレンデは真っ白。でも営業はしていない。今シーズンは何日営業できたのだろうか。峠付近の道路脇には、昨日のものと思われる新しい純白の雪がちらほら見られる。
波賀町の道谷集落は、この時期通るといつも雪に埋もれているのだが、今年はやはり雪が少ない。1週間ほどしか営業できなかったばんしゅう戸倉スノーパークの脇を抜け、ヤマメ茶屋のある坂ノ谷林道分岐へ。ここが下山口。自転車を置いておく。そして登山口である戸倉峠までは1.5km、標高差70m。
県境のトンネル手前のパーキングスペースには先客のクルマが4台ほど。登山か渓流釣りかと思いながら出発準備を整えていると、そのうちの2台から2人組と単独の2組が共に登山装備で出発していった。いずれもスノーシューだ。




尾根の鞍部が取り付きのポイント。ただし、ひとつ目の鞍部は見送った方がいい。鞍部からいきなり急登となり、そのあと下りで、苦労して稼いだ標高差が水の泡となる。その小ピークを越えた先の鞍部から尾根に取り付けば、あとは緩やかな稜線歩きとなる。
にぎやかだったトレースは、いつしかスキーの下りとレースのみとなり、それに誘われるように2つ目の鞍部に取り付く。気づけば植林の中のダブルトラックを歩いている。林業の作業道だろうか。車道にしてはきつい勾配で、ステップソールでぎりぎり登れるという感じ。多くはないものの、スキーに十分な雪がある。そのダブルトラックのおかげで、楽に尾根に乗り上げることができた。2年前にもここを訪れているが、その時にはこのダブルトラックはなかったと思う。

緩やかで長い尾根歩きが始まった。植林の中にブナなどがなじるようになり、それが左は植林、右はブナ林となり、そして完全にブナ林となっていく。緩やかどころか平坦な区間や、わずかであるが下りもあり、なかなか標高が上がらない。さらに言うと、このコースを復路にすると、スキーが走らない区間があり、それなりに歩きとなってしまう。東隣の坂ノ谷コースの方が滑降には向いている。その代わり、県境尾根からは落葉したブナ林越しに三ノ丸が見える区間がある(坂ノ谷コースからは見えない)。というわけで、県境尾根を上り,坂ノ谷コースを下る周回コースを組んだ。











山頂方面からやってきたスノーシューの2人組は我々より先に駐車場を出発した年配の夫婦らしき男女連れだ。ということは山頂まで往復したの(聞かなかったけど)。だとしたらかなりの健脚だ。間近に見え、標高差もあまりない氷ノ山の山頂だが、両線にはアップダウンがあるため片道1時間程かかる。彼らの出発は我々より10分くらい早かっただけなのに、いつの間にか2時間の差が付いたということか。「スキーは下りは楽で速くていいねぇ。我々はのんびり行くよ」なんて言われた。なんという余裕。


時折何かに引っかかるような雪面。スピードが乱高下する。典型的な春の雪。特にステップソール板の私はすうさんから遅れがち。いつしかすうさんの後ろ姿が見えなくなっていた。そして、このコースは途中で二股に分かれる。一つは、登山道に沿ったルート。もう一つは、冬限定のスキーツアーコース。事前にスキーツアーコースをたどろうと申し合わせていたのに、気づけば登山道沿いコースにいる。にぎやかなトレースに導かれたようだ。すうさんはどっちに行ったのだろう。落葉した疎林はかなり先まで見渡せるが、すうさんの姿はない。やっぱり、ツアーコースに行ったのだろうか。登り返すことにする。そしてツアーコースへ。こちらはブナの木につけられた番号札をたどる。トレースは少ないがスキーのものもある。がスキーのトレースが途中で引き返しているではないか。すうさんはこちらには来ていないのか。だが、もう登り返す気はない。山中で落ち合うのは困難だ。もう下山しよう。下山口はお互いにわかっている。
トレースがにぎやかな登山道沿いと違い、ツアーコースには1人分か2人分のスノーシューがあるのみ。ブナ林から植林へと変わりやや雪質は改善するが、それでも雪は重く板の走りは悪い。はやくすうさんに再会したい。

林道に降りてびっくり。数本の轍で雪面が切り裂かれている。四輪駆動車の集団走行のようだ。こんな山深くまでクルマが入り込んでいるとは。

この轍の主である複数台のクルマは今どこにいるのだろう。この林道は、氷ノ山国際スキー場へと通り抜けができるのだが、最高地点の大段ヶ平はここよりも100mほど標高が高い。ここよりもっと雪が深い可能性がある。つまり超えられない可能性が高い。往復した後ならいいが、突然背後から車がやってきたら怖いではないか。
そんなことを思いながら、林道の三叉路まで下る。私がたどった冬限定のルートと登山道沿いのルートが合流する地点。ここですうさんが待っていてくれるかも知れないと期待したがいない。無雪期の坂ノ谷登山口まで行ってみようか。いや、下山しよう。「下山てんでんこ」だ。
大きな地震が起こり津波の危険がせまったら、身内を助けに向かうのではなく、とにかく自分が助かることを考えて逃げる。これが、三陸の「津波てんでんこ」。身内を見捨てるのではなく、信頼しての行動だ。
我々ははぐれたわけだが、道に迷ったわけではない。それぞれ(てんでんに)下山すればいいのだ。






ヤマメ茶屋を過ぎると、カーブの向こうから人影が現れた。すうさんだ。やはり先に下山していた。だいぶ待たせたようだ。聞けば、登山道沿いのコースを下ったとのこと。トレースをたどって滑っていたら、ついつい冬限定のコースとの分岐を過ぎてしまったそうだ。林道三叉路でかなり待ってくれていたようで、私が登り返さなければそこで出会えた可能性が高い。下山口まで下って待っていたら、私の前に下山したスキーシューを含めた3人組から私も下山中であることを聞いて安心したそうだ。スキーシューの人は、テレマークスキーに興味があるようだったのこと。
さて、デポした自転車でクルマを回収に行こう。朝はあまり踏み抜かなかった雪はすっかり緩み、ずぼずぼと深く脚が沈む。3重のロックを解除。その間に国道を自動二輪が走っていく。下界の最高気温は15度を超え、春の訪れを感じさせる。「冬来たりなば春遠からじ」というが、ことしは冬を飛ばして春が来るらしい。


2020/02/22
29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(5終)
■旅を終えて
29年ぶり2回目の冬の北海道の旅は、前回の冬の旅と比べると道内で過ごした日数が10分の1という小さな旅だった。しかし、満足度は日数に比例するわけではなく、まあ要するに今回も楽しかった。さらに、自転車に乗れなくても、日程が短くても、もっと冬に訪れておけばよかった、と思う。
例によって今回も北海道までの往復には新日本海フェリーを利用した。4日間の休暇を利用した北海道の旅は過去に2度。いずれも新日本海フェリー利用。片道1昼夜なので、道内2日間。自転車でそれぞれ230〜240km走った。
帰りのフェリーの乗船前に、「とまや」で話をした旅人も今回4日間の休暇を利用しての旅。飛行機利用で、道内の滞在時間は当然私の旅より長い。その旅人は関東の交通の便の良い都市部在住。私の住む丹後は飛行場は遠く、港が近いというのがフェリーを利用する大きな理由だが、今回の旅では飛行機という選択肢もあったのではないかと後になって思う。
道東や道北への直行便は、関西国際空港に限定されるが、新千歳空港への便ならば神戸空港や伊丹空港からも便がある。神戸や伊丹なら関空より近い。できれば一番近い伊丹空港を希望するのだが、現実には神戸空港のほうが選択肢が多い。いずれの飛行場であれ、駐車料金の安い(最安で100円/24時間)JR篠山口駅でクルマから列車に乗り換える。自転車という大荷物がなければ、その後の列車の乗り換えも、飛行機への搭乗も楽である。そもそも、乗り物ごと乗り込むフェリーと違い、飛行場には基本的に鉄道やバスが直結している。
新日本海フェリーは、私の復路乗船日の翌日の便には遅延が発生し、さらに翌日は欠航した。当然天気予報を確認してから旅程を最終的に決断してはいたものの、予報は多少のずれもありえ、危ないところだった。
飛行機はフェリーと違い1日に何便も運行されている。しかも複数の航空会社。乗る予定の便が欠航になった場合のリカバリーのことを考えると、飛行機が有利である。今後はそういうことも視野に入れて考えよう。
具体的に比較すると、往路の場合、フェリーならば前夜に出て当日の夜9時ごろ小樽到着なのに対し、飛行機なら当日の朝7時頃に家を出て昼頃の飛行機に搭乗すると昼過ぎに新千歳空港に到着。4〜5時間くらい早く北海道に到着できる。復路では、最終日前夜に小樽を出発し、最終日の夜に舞鶴到着。帰宅は深夜となる。飛行機では、最終日深夜に家に到着することを基準に考えると、最終日午前中は札幌や小樽周辺で過ごせる。
最後にスマートフォンについて。先月から使い始めたスマートフォン。これを携えての初めての旅だった。まあ、便利だった。いつでもインターネットに接続できることが、特に。気になる通信料金も、問題なかった。段階的な料金設定で、1ヶ月あたりのデータ量が1GBを超えるとその月の利用料金が上がってしまうのだが、旅を終えた時点で0.51GB。2月の残り半分で1GBに達することはないだろう。試しにといくつかのアプリケーションソフトをWiFiを利用せずにダウンロードしてみた先月に続いて、今月も最低の料金で行ける公算だ。
■ほっつき歩きデータ
3.4km:東舞鶴駅から舞鶴港往復(12日、16日)
2.4km:とまやから小樽駅(14日)
2.4km:札幌駅から大通公園往復(14日)
2.4km:深川駅からバス停探し(14日)
3.8km:留萌駅から日本海を見に行く(14日)
0.9km:深川駅からバス停往復(14日、15日)
3.6km:音江バス停からイルムの丘YH・国見峠(14日、15日)
4.4km:滝川駅から新十津川駅(15日)
8.5km:小樽駅から雪あかりの路など散策しとまや経由小樽港まで(15日)
合計31.8km
歩行速度は、雪のなかった舞鶴市内は約6km/h。北海道の圧雪あるいは凍結の路面では4.5〜5km/h。つまり、雪なしだと1km歩くのに約10分。雪道だと1kmあたり3分ほど余計にかかる。
費用は約48,000円。大まかな内訳は、交通費31,000円(フェリー20,000円、鉄道・バス11,000円)、宿泊2泊7,000円、食費8,000円、土産・差し入れ2,000円。
29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(4雪あかり)



ただし、まだ明るい。GPSレシーバで確認すると、現在地の日没自国は17:04。丹後より30分早いものの、まだ日没まで30分もあるぞ。そして暗くなるまでというと1時間以上かかる。
ちょっと早いけど夕食でも食べておくか。10年位前に何度か訪れた駅の近くのラーメン屋へ。やはり準備中。夜の営業にはまだ少し早いもんなぁ。ならばと小樽運河へ。ここも雪あかりの路の会場の一つ。同じく添加作業中。ものすごく人が多く、点火スタッフと見物客が入り乱れている。
土産物屋などが並ぶ堺町本通りへ。ここも歩道に観光客があふれている。雪が凍てているため滑ってこける人もいる。





一昨日の夜にも利用した坂の下のスーパーマーケットでフェリー内で食べる食料を買ってから、励ましの坂を上る。自転車で登ると苦労する最大24パーセントの勾配を持つ坂だが、猛烈に急な区間は案外短い。ロードヒーティングのためアスファルトが露出している。そうでなければ、クルマはもちろん歩くのも危険だ。ロードヒーティングが設けられる前は、自動車は通行止め。しかし歩いていて転倒して骨折などのけがをする人がいたそうだ。


二人の宿主さんに今宵宿泊の旅人さんを交えて話は尽きないが、やはり帰らないわけにはいかないので後ろ髪をひかれながら、21時ちょうどとまやを発つ。外はまた雪が降ってきた。とまやの庭にも小樽の夜景を見下ろす雪あかり。



また、16日以降、日本海の低気圧か急速に発達する予報が出ている。揺れも心配だが、一番心配なのは舞鶴港到着が遅れること。最終列車に乗り遅れる恐れがある。しかし、低気圧が接近する南風のうちに若狭湾近くまで南下してきたおかげでで大揺れも遅延もなかった。低気圧が進み、西高東低の気圧配置になれば大時化となるはずだ。
定刻21:15、舞鶴港に到着。下船前の船内放送では、「現在の舞鶴港の天候は曇り、気温11度」などと言っていた。昨日の小樽の昼間の最高気温よりも10度も高いではないか。港から駅までの歩行に備え、中間着を脱ぐ。


2020/02/20
29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(3札沼線)
さて、行くぞ。4.5kmを歩いて新十津川駅を目指すのだ。幸い雪速水日が差している。留萌本線より、話が進んでいる札沼線は今年5月7日をもって廃止が決定している。昨年の夏には、いくつかの駅を訪ねたが、今度はこれに乗る。目標は十津川駅を10:00に発車する列車。これが始発便であると同時に最終便でもあるのだ。絶対に乗り遅れるわけにはいかない。滝川駅と新十津川駅の直線距離は2.3kmほどだが、間を流れる石狩川に架かる橋の関係で大きく迂回せねばならず道のりはその倍となる。石狩川を渡るのは石狩川橋と滝新橋と二つの橋のどちらでも距離は変わらない。北側の石狩川橋を渡ることにする。
滝川駅前の入り組んだ道で迷走している時間はない。いつものGPSレシーバに加え、スマートフォンのGPS機能も重ねて使う。スマートフォンの方が地図がわかりやすい。
道には迷わなかったが、問題は路面状況だった。今朝は昨日より冷え込みがきつく、路面の圧雪が凍てて滑りやすい。当然歩行速度が落ちる。普通なら1時間で4.5kmは楽勝のはずだが、GPSレシーバーに表示される移動距離の数値がなかなか伸びない。まあ、一応何とか間に合うペースではあるのだが。



新十津川の中心街に入った。コンビニエンスストアがあった。いったん通り過ぎたが、スマートフォンで確認すると駅はもうすぐそこ。引き返してホットコーヒーを買う。そして駅へと急ぐ。



1両編成のワンマン列車は、満席ではないがそれなりに人が乗っている。ボックスシートにはそれぞれ1〜2人ずつ座っている。ロングシートに腰掛ける。当然、地元の生活利用者はわずかで、多くはは札沼線に名残を惜しむ人のようだ。カメラをもって窓の外を撮りまくる人。ビデオカメラを構えて車内をうろつく人もいる。今の時期でこれなら廃止直前のゴールデンウィークなんか大変な混雑だろうね。
7年前のゴールデンウィークの江差線を思い出す。廃止直前だということを知らず、こんな時間ならガラガラだろうと乗り込んだ朝7時前の列車が何とほぼ満員。狭いボックスシートは4人満席。その状態で五稜郭(函館)から江差までの2時間半を過ごした。



途中でボックスシートが空いたのでそちらへ移動。しばらくするとおばあさんが向かいに着席。「たくさん乗っているねぇ。いつも一人か二人なのに。やっぱり最後だから」という。それに今日は土曜日だしね。
のどかな風景と簡素な駅を見ながら列車は進む。駅ごとに、あるいは踏切などにカメラを構えて待ち受ける人がいるのも、7年前の江差線と同じ。
一日一往復のみの区間は新十津川・浦臼間で、浦臼から南は一日数本の便がある。さらに北海道医療大学駅は、その名の通り大学直結の駅で、この辺りまで来ると札幌の近郊路線という雰囲気になる。また、沿線には北海道教育大もあり、学園都市線という呼び方もされている。この近郊区間は存続となる。
新十津川からのワンマン列車は石狩当別まで。途中の駅では運転席裏の料金箱に整理券とお金を入れるのだが、石狩当別では改札の駅員に支払う、と車内放送があった。向かいのおばあさんが、財布を取り出し何か探しているので、足元に落ちている整理券を指さすと、笑いながらそれを拾い上げる。そして、「駅員さんがいなくて切符が買えなかったんだけど、お金はどうやって払うんだろうね」というので、先ほどの放送の内容を伝える。しばらくすると、再び車内放送。「あ、ほんとだ。何にも聞いちゃいないんだから」と笑いながら飴玉をくれた。

昨日よりずいぶん寒い。小樽行きの列車が待ち切れず、その一つ前の手稲行きに乗り込む。昼前まで晴れていた空はすっかり曇り、雪がちらちらと舞っている。手稲で降りると、4分後に小樽行きが来るようだ。桑園で表示されていた手稲行きの後の小樽行きはもっと後のはず。どこから来たんだ。まあどうでもいいけど。後日調べたら、手稲までが快速で桑園には止まらない列車だった。

2020/02/19
29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(2留萌イルム)

9:30の快速列車で札幌駅へ。普通列車よりも所要時間を20分も短縮できるが、当初の予定の旭川方面への特急列車にはわずかに間に合わない。その特急が出発して2分後の10:02、札幌到着。乗り換えの待ち時間が1時間近くある、と途中下車。大通公園へ雪まつりの残骸を見に行く。一昨日まで開催されていた雪まつり。最終日の深夜には雪像の取り壊しが始まり、夜を徹しての作業の末、翌朝には単なる雪の山に姿を変えてしまう。現在は、その雪の山を排出する作業が行われている。



乗る予定だったのは普通列車。特急列車に乗ればリカバリーできる。というわけで、11:00発の特急へ。ああ、小樽で乗り遅れたおかげで特急料金が浮く、と喜んでいたのに。でもまあ、最低区間の岩見沢までの特急料金で済むから、被害額は少なめだったけどね。



そんな路線だから、本数は少ない。深川から留萌の往復を1便づつ遅らせることで行程が当初の予定より3時間遅れとなった。ただ、その代わりに深川まで戻ってきてからの宿に向かうバスの接続の関係で、遅れは2時間足らずまで回復でき宿の夕食に間に合う。結局どこか接続が悪いところがあるわけだ。
留萌本線の乗車まで1時間近くあるので、バス停を確認しておく。ついでに昼ご飯も食べたい。大丈夫、今度は本当に1時間くらいある。バス停は駅前でなく、少し離れた街中にある。これがわかりにくかった。宿のWebページに掲載されていた地図がわかりにくく、300mと書かれていた距離も実際にはもう少しあった。2kmほどさ迷い歩いた挙句、昼ご飯を食べる時間も無くなった。昨日の夜、スーパーマーケットで買ったおにぎりが残っていたのでそれを車内で食べよう。
13:24、深川発留萌行き1両編成ワンマン列車(?)出発。初めのうちはそれなりに乗客がいたものの、石狩沼田でほとんどの乗客が下りてしまった。ほとんどというのは、私を除くすべて。貸し切りの状態だ。そして列車は石狩平野の雪原から、山間部へ。
車窓から見える道路をスーパーカブで走ったのだが、あの時はさほどいい道だとは思えなかった。なのに今はとてもいい気分で車窓の景色を楽しんでいる。雪景色のせいだろうか。列車のおかげだろうか。確かに、スーパーカブで走ったときは、大型トラックを含めクルマの流れの中だった。でもやっぱり感じるのは、冬、それも雪国の鉄等旅はいい、という感覚だ。


駅に戻ったが、列車の発車までまだ30分余りある。待合室のベンチで座って過ごす。ほかにも列車を待つ人の姿があって、復路は貸し切りではなさそうだ。








2020/02/18
29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(1とまや)
「冬もいいよ。」
去年の夏、小樽の旅人宿「とまや」の庭先で花火を見ながらの炭火焼肉パーティで同席した時に誰かが言っていた。冬の北海道を旅したのは、29年前の1991年2月。大学生の時だった。北海ワイド周遊券の20日間の有効期限をフルに使っての旅だった。
記録的な暖冬、寡雪の冬。もちろん北海道も少ないそうだが、ないわけではない。ちょうど休暇を取りやすい時期と重なり、土日と合わせて4日間確保できた。いざ冬の北海道へ。
水曜日の20時過ぎクルマで自宅を出発。自転車の旅でないから準備が楽だね。夕方から雨が降り出したが、なんだか生ぬるい。せっかく山に積もった雪が解けるなぁ。
1時間で西舞鶴。某所にクルマを止める。西舞鶴駅までの2kmは自転車で。雨は止んでくれた。駅の駐輪場に自転車を止める。がっちり二重ロックで支柱に括り付ける。


東舞鶴駅からフェリーターミナルまでは北に向かって2km弱の一直線。歩行者用の橋で入り江を渡っていく。車両はその入り江を迂回しなければならない。
22:20くらいにフェリーターミナル到着。トラックが乗船中だ。乗船待ちの乗用車は少なく、オートバイも自転車もゼロ。フェリーターミナルの乗船手続きの窓口も閑散としている。が、私が乗船手続きを終えると背後に少し人が並んでいた。ちょうどそういう時間帯だ。出航60分前までにお越しください、とのことだが、乗船開始は出航35分前の23:15.まだ45分もある。待合室で本を読んで過ごす。



ターミナル1階で「とまや」のベル氏と再会。こうやってフェリーターミナルまでお迎えに来てもらうのは初めて。小樽駅でピックアップされたもう一人の男性の多比一共にクルマに乗り込む。坂の下のスーパーマーケットに寄って、励ましの坂を登り、とまやへ。


というわけで、20回目の北海道の旅も、小樽の夜から始まった。
追憶のアルペンローズ2020






平原を横切り、斜面に取り付く。かつての「あすなろゲレンデ」だ。アルペンローズスキー場でゲレンデと呼べる広がりを持つのはこのあすなろゲレンデのみ。あとは細めのコースばかり。だから、子供を連れたファミリー層はあまり訪れず、穴場スキー場だった。だからスキー場が混雑していた1990年代にはよくお世話になった。

とりあえず快適に歩けるのでありがたく利用させていただく。ステップソールには無理だが、シールだから直登可能の勾配だ。なんて思っていたら板がずり下がって転倒。そして、並木道の中央に空いた溝に体がはまり込む。これは脱出に苦労する。登っていくうちに勾配が増してシールの限界を越えたようだ。並木道を外して蛇行する。左手は木々が開けている。ブッシュを越えてそちらへ。あすなろゲレンデの上部に来ているようだ。開けた斜面を大きく蛇行して登るうちに勾配が落ちてきた。ゲレンデはコースとなって続いていく。このあたりのコースも藪となりつつあったのだが、いつしかきれいに駆られているようだ。


シールを外し、スーパーマーケットで買ったパンを食べる。これから滑り降りる予定のススキコースの上部が日差しをいっぱいいぬけているのが気にかかる。ヘルメットには後ろ向きのカメラ。そして胸に前向きのカメラを装着。






下りに要した時間は1時間15分。雪がよいときより30分は余計にかかっている。斜度があって豪快な恰好が楽しめるススキコースだが、ブッシュが濃くなりすぎている。雪質によっては登りコースをピストンした方がよいかもしない。ブッシュが具すければ、斜滑降・キックターンで何とか下れる。ただし、あすなろゲレンデの上のコース幅が狭い区間ではそれもまた難儀するのだが。



鳩の山に雪を!2020
2月9日、起きるとうっすらと屋根が白くなっていた。重い腰を上げ玄関を出たのが10時。車庫でごそごそしていたため、出発は10時半を過ぎた。山間部では、除雪車が出るほどではないがうっすらと雪が積もっている。昨日の冷たい雨も、山では雪だったようだ。家から40km、1時間ほどで大江山連峰の千丈ヶ原へ。いいぞ、ちゃんと雪が積もっている。路面も雪に覆われていてスタッドレスタイヤが機能している。

11:55、準備が整ったら鍋塚林道を歩き出す。雪遊びの家族連れは少し前に下山していった。奥にもう一台クルマが止まっていたクルマがちょうど下山していく。早々に下山してきたということだろうか。

今日はちらちらと雪が舞う時間もあるが、日が差すこともあり、風は弱くまずまず穏やかな空模様。気温は低く、昨日の雪の鮮度は保持されている。いい日になった。
鍋塚林道には2,3ヶ所、ショートカットできるヘアピンカーブがある。スキーのトレースは積極的にショートカットを行っていて、スノーシューもそのトレースを追うようにショートカットしている。要するに両者のトレースが重なっているので、スキーが先だということだ。スキーが後なら、わざわざスノーシューのトレースをたどって滑降することはない。

大きな2つのショートカット可能なカーブを越え、最後のヘアピンは小さめのショートカット区間。その先、林道にトレースはない。これまでショートカットせずに林道を歩いていたトレースの主は、ここではショートカットをしたのか、それとも心が折れて引き返したか。やはり、下りも歩かねばならないスノーシューは、折れない心を維持するのが大変だ。

彼らに別れを告げて小屋を出る。縦走路で鳩ヶ峰へ登る。稜線ということで、それまでは見えなかった西側の景色が開ける。足元の加悦谷の田んぼは茶色。与謝峠への登りの途中から白い雪景色となっている。
スノーシューなどのトレースがあるが、当然ながら林道よりも勾配が増す。縦走登山道、つまり先行トレースに沿って歩いていたら板がずり下がって転倒。ステップソールの許容勾配を越えた、登山道の幅いっぱいを使って板をフォールラインに対し斜めにしたり、登山道を外して蛇行したりせねばならない。しかし、登山道は溝のようになっていてしかも幅が狭い。板を斜めにすることができず溝から脱出を図るも、法面は柔らかい新雪でこれまた難儀する。シールを使えば直と可能な勾配である。なぜシールを使わないかというとその先に少し下りがあるから。ほんの少しだけど気持ちよく滑りたい。









さあ滑ろう。千丈ヶ嶽に次いで雪質がいい鳩ヶ峰北斜面もいい感じだったが、そちらではそのあと林道を下ることになる。要するにピストンコースというわけだ。ピストンでは芸がない。林道はつまらない。いくつかショートカットするにしてもせいぜいごまかし程度の楽しみだ。今日は思い切って鳩ヶ峰東斜面を滑ろう。ある程度の積雪量がないと滑れない東斜面を最後に滑ったのは、3年前のこと。去年も一昨年もこの場に立ちながら北斜面に逃げてしまった。今日は登りで板がずり下がって何度もひっくり返り、立ち上がるのに苦労した。思いのほか雪が深かったのだ。そして東斜面が滑れるのではないか、そう感じた。




板を担いで歩くこと200mほど。クルマに戻った。小屋で話をした人たちのクルマはもうない。少しクルマを下山方向に走らせたところで、鳩ヶ峰を振り返る。カメラでズームして山頂直下に付けた自分のシュプールを撮影。


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