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2019/12/31

2019年バイクライフ総決算(走行距離・日数ともに大幅更新)

 自転車の年間走行距離は4643km、走行日数は256日でともに最高記録。しかも、距離は900km、日数は40日と大幅に過去最高を更新した。また、自転車が2台増えて、これで計10台となった。ただし、そのうちの1台はパーツ提供のドナーとしての存在で、ブレーキ本体及びレバーなどが外され走行できる状態ではない。ホイールは別の自転車と共有して生きているのだが。
 では、車種別に詳細を。
1位、VIGOREオリジナルランドナーS(フラットハンドル仕様)、約1003km。
 10月以降の追い上げにより、去年に引き続いて1000km超で1位獲得。特に12月はこれだけで300km走り、1台の月間走行距離としては最長を記録更新。これで、逆転V。雪不足により、初めて2月に丹後半島一周。11月には、関東甲信越遠征。と、2019年もメインバイクとして活躍。しかし、2020年からは別の自転車にメインバイクの座を譲ることに決断。それに伴い暮れにドロップハンドル化、さらにVブレーキもカンティレバーに変更。ちなみに「S」は前のオーナーのイニシャル。同じVIGOREのランドナー、しかもともに無償譲渡により入試したものが2台あるので、前のオーナーのイニシャルで区別することにする。
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2位、折り畳み小径車「Mu-P8」で約933km。
 スーパーカブやCD250Uのエンジン付き二輪車をトランスポータとすることができたり、乗客の多い都会の列車での輪行がしやすかったり、小さく畳めるメリットを生かして躍進。12月初旬までは、この自転車が1位だった。もともと、1台の自転車としては最高記録の年間1300km走ったこともある。近年の低迷の原因はノーパンクタイヤ。チューブ内に加熱すると液体、常温で固体となる「リペアゲル」を注入して使っていた。これは、注入してしばらくの間は空気タイヤと遜色ないが、徐々に劣化し走行抵抗が大きくなってしまう。2018年の夏に空気タイヤに戻したことで走りが復活し、19年の躍進につながった。また、19年夏には苦心の末フロントダブル化にも成功。10年目にして大きな変更を加えた。実際にはあまり追加したフロントギアを使うことはないが、やはり手をかけたら乗りたくなる。
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3位、山口ベニックスのランドナー、約718km。
 これも過去に1位を獲得したことがある実力車。安定の3位。家から走り出すお散歩自転車として活躍。1回1回は短距離の走行。ということはおそらく乗車日数は最多だと思われる。数えていないが。所有歴はまだ10年に満たないが、モデルとしては最も古いもの。貴重な自転車。
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4位、クロスバイク「SPECIALIZED SIRRUS」で、約564km。
 6月までの上半期では、こちらがトップだった。こちらも、2018年にノーパンクタイヤから空気タイヤに戻して走りが復活。ただし、8月以降は全く乗らなくなった。その理由は後述。
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5位、MTBのTrek6500で約519km。
 10年前までは、これがメインバイク。ほぼこの自転車だけに乗って過ごしていた。現在ドナーとなった自転車のホイールもこのMTBで使っている。つまり、ダート用のブロックタイヤと舗装路用のスリックタイヤのホイール2組を使い分けられる。春先の亀岡京都シリーズや、4月の扇ノ山および5月の加賀白山のスキー登山で未除雪林道の走行で使用。ブロックタイヤは白山のみ。3月、4月は月間1位だったが、泥除けがないため時雨の季節には出番がない。
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6位、ロードレーサー「ブリジストンRadac」、430km。
 8月に彗星のごとくデビュー。とはいえ30年以上前、おそらく昭和末期のモデル。自転車店「BULLDOG」経由で廃棄されるものを無償で譲渡された。ただし、チューブラータイヤのホイールは辞退し、上述のクロスバイクの700Cタイヤのホイールを共有して使用。30年を越える自転車歴で初めてのロードレーサー。丹後半島一周では、30年超51回の歴史の中で最速を記録。8月、9月で400km走り、月間1位。しかし、泥除けがないので、時雨の季節には低迷。
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7位、折り畳み小径車「Speed FALCO」、349km。
 9年ぶりの新車購入。その時の新車に続いて2台目の折畳小径車。その経験を活かし、初めからフロントダブルへの拡張、フルの泥除け装着してスタート。5月の丹後半島一周、7月にCD250Uとのコンビで北海道遠征。北海道で記録した1日の走行距離138kmは、今年の最高値。下半期は、もう1台の折畳小径車の躍進に影を潜めたが、いつか世代交代の時が来るはず。
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8位、ランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」、127km。
 春先の亀岡・八木でのタンデムツーリングの集まりへの参加と、そのためのテスト走行のみ。平成元年春に新車で購入。最も所有歴の長い自転車。初めて丹後半島一周した高校の通学用自転車なきあと、私の自転車歴とともに歩んできたといえる。少しずつでいい。大切に乗り続けたい。
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 そして、VigoreオリジナルランドナーH(ドロップハンドル仕様)、0km。
 もう1台のVIGOREに続き、無償で譲渡された自転車。Hは前のオーナーのイニシャル。余り活躍の場がなく、2019年は全く乗らなかったが、2020年からは、メインバイクとして活躍してもらう予定。それに先駆けて、年末にフラットハンドル、Vブレーキへの変更。これで舗装路だけでなく、ダートもガンガン走れる。
 番外として、スーパーカブは約1000km、CD250Uは約2000km。折畳小径車の躍進と合わせて、そのトランスポーターとして前年よりも距離を伸ばした。

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菅坂峠でカモシカに遭遇してから舞鶴湾岸を走る周回

 半月ぶりの青空が広がった日、舞鶴へ。舞鶴若狭自動車道の舞鶴西I.C.に近い遠敷集落の池内川のほとりにクルマを止めてランドナーを下ろす。
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 ここから自動車道の効果をくぐって池ノ内集落を抜けて南下。綾部市於与岐町へ越える細い峠道へ。が、いきなり気になる文字が目に飛び込んできた。「この先通り抜けできません。終日大又峠通行止め。」去年の7月の豪雨の被害の復旧工事だ。あらかじめ確認しておくのを忘れていた。完全に油断していた。ここまでのクルマのアプローチだって、本来のルートが通れずに代替ルートを使ってきているのに。そんな状態がもう1年半も続いて感覚が麻痺していたのだ。通行止めの案内板の少し先にバリケード。工事が行われていることを示す本気の雰囲気だ。ちなみに工期は来月中旬まで。これはもうあきらめるしかない。
 本来予定していたコースは、大又峠(名前を初めて知った)を越え、綾部市於与岐町を経て上杉町。もう一つ小さな峠を越えて上林川をさかのぼり、最後に菅坂峠を越えてクルマのデポ地へと戻る周回だ。引き返しながら考えた代替案は、まず菅坂峠へ向かい、その後、東舞鶴の市街地へと下る。そして舞鶴湾岸を西舞鶴市街へ走り、伊佐津川をさかのぼって周回を完了する、というもの。ほとんどクルマが通らないコースから、市街地を走行しなければならないコース変更だが、道を選べば何とかなるだろう。
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 というわけで、スタート地点付近まで戻って今度は菅坂峠を目指して北東に進路を取る。寺田川の流れに沿って、小さな集落が点々と現れる。日差しに川面がキラキラと輝いている。とにかく半月ぶりの青空だ。
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 寺田集落を越えると登りが本格的になる。道は九十九折れとなり日当たりの関係で、今朝までの雨でぬれた路面がまだ乾ききっていない。そこにようやく日が差して来て、うっすら湯気が上がっている。
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 ほどなく丁字路へと突き当たる。左は東舞鶴の市街地へ下り、右は菅坂峠へ上る。ここを右へ。それまでの細い道から、曲がりくねっているがセンターラインの引かれた立派な道となる。登るにつれて、東舞鶴の市街地や舞鶴湾、そしてそれらを囲む山々の展望が広がる。綾部の上林川沿いから越えてきた方が、絶景との感動的な出会いを味わえる。
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 トンネルが見えてきた。入口の手前から旧道が始まる。脇の甘いバリケードで塞がれている。もともとクルマが少なかったが、ここからは皆無だ。
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 旧道には落ち葉が積もっている。日陰のため道も落ち葉も湿っている。木々の合間からは見える絶景は、登るほどに映える。その展望が途切れ切通しへ。ここが峠のようだが、まだ登りが続いている。切通しの向こう側は広くなだらかな空間となっている。先ほどのトンネルを越えた先の2車線の道が眼下に見えてきた。さらに先にもう一つのトンネル。そういえば、旧道の分岐の先に見えていたトンネルには「菅坂北トンネル」と記されていた。もうひとつが南トンネルでその上が旧道の菅坂峠のようだ。峠はすぐだと思っていたのだが、もう少し登らねばならないらしい。道は林の中へ。それを越えると、今度は南西の景色が見えてきた。尖った峰は弥仙山だ。今回大又峠の通行止めでかなわなかったが、予定していたコースはこの弥仙山をぐるりと一周するコース。2007年以来、12年ぶりに走ろうと思ったのだった。
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 進行方向左手は谷で、右手は落葉した広葉樹林。そちらで何やらガサゴソと音がした。右上を見上げると、何かが急斜面を懸命に這い上がっていく。黒いぞ、クマか。いや小さい、イノシシ? 違う、あれは、二ホンカモシカだ! 京都府北部に生息しているとは聞いていたが、実際に見るのは初めて。しかし、とっさのことで写真を撮ることはできず、地形の死角の向こうに消えてしまった。
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 待てよ、あきらめるの早い。カモシカは好奇心が強い。向こうも突然のことで驚いて逃げたものの、あの死角の向こうでこちらの様子をうかがっているのではないか。そう考え、来た道を少し戻る。すると、いたいた。全く想像通りにこちらをじっと見て佇んでいる。何度もこうやって距離を取って対峙したことがある。半年前の加賀白山の登山口、別当出合でもそうだった。写真を何枚か撮影し、動画に切り替える。しかし、被写体が全く動かない。手を振っても微動だにしない。かなり粘ってやっと走り去る姿を取ることができた。
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 そこからすぐ菅坂峠。舞鶴と綾部の市境だ。ここから引き返す。また、大又峠の通行止めが解除されたら向こうからこちらへと菅坂峠越えをしよう。さあ下りだ。落ち葉の上で後輪がスリップ。危うく転倒するところだった。そして展望ポイントへと戻ってきた。木々の開けたところを見つけて、東舞鶴の市街地や舞鶴湾、大浦半島の山並みを眺める。さらに下って、また別の展望ポイントで止まろうと、路肩によりながらブレーキをかけた時、前輪が滑った。今度は転倒。すでに減速していたので大事には至らなかった。よかった。そのあとは、スピードを抑えて下る。
 菅坂北トンネルの北口に戻り、東舞鶴市街地へとむけて下る。もうスリップの心配はないが、ごくたまに通るクルマに注意が必要。自転車のロングライドイベント「グランフォンド京都」のコースになったこともあり、「自転車減速」の看板が立っている。また、シカ、イノシシ注意の看板も。
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 東舞鶴市街へと下る。交番もレンガ造りを模したデザインだ。ちょうど昼なので、東舞鶴駅前のショッピングセンター内のラーメン屋へ。舞鶴ちゃんぽんの野菜増しだ。時間的に混んでいるが、空席はある。
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 ここまで結構時間がかかっている。今日はこの後用事があるのだ。急がねば。東舞鶴の市街地の西の端を通り、北吸トンネルを越える。これは、かつて海軍の軍事用鉄道路線として使われていたもの。クルマは進入禁止。歩行者や自転車は通行できる。赤レンガが組まれ、中はレトロなランプを模した照明が灯されている。
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 その先も鉄道の軌道跡と思われる遊歩道のような径を通り、国道27号線へ。クルマが多いので、広い歩道を行く。赤レンガ倉庫群、海上自衛隊の護衛艦を右に見て進み、中舞鶴交差点から府道565号線へ。小さなアップダウンを越えたら、そのあとは舞鶴湾岸に沿った道を行く。国際埠頭を過ぎ、匂崎の小さなアップダウンを越えたら西舞鶴の漁港へ。伊佐津川に沿って内陸へ向かう。国道27号線を越えたら、川の土手の上の遊歩道へ。ここならクルマを気にせずに市街地を越えることができる。
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 クルマを止めた地点に戻ったら、急いで自転車をクルマに撤収。そして、すぐにクルマをスタート。どうにか間に合いそうだ。
 12月下旬、10:45〜14:05、37.4km

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2019/12/29

泥除けの固定ボルト折れのリカバリーと冬のパンク祭り

 ランドナーのリアの泥除けがカタカタと音を立てる。その音が大きくなった。泥除けの前方の末端をチェーンステイのブリッジに固定するボルトがなくなっていた。突然ボルトが消えるわけはなく、ずっと前から緩んでいてそれでカタカタといっていたわけだ。相変わらず対応が後手に回っている。
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 まあ代わりのボルトを挿せばいいだけ、とある日の仕事から帰宅した後の車庫での作業。ありあわせのボルトを探すがM4と細めのボルトはあまりない。やっと見つかり挿入。締めていくと突如手ごたえがなくなった。いやな感じ。そしてボルトの頭がポロリ。やってしまった。ボルトが腐食していたようだ。チェーンステイのブリッジのネジ穴にボルトの芯が残ってしまった。基本的にこういう場合に折れ残ったボルトの芯を取り出すのは困難である。しかも、細いほど難しい。私にこの作業は無理だろう。以前にスーパーカブで、折れて残ったボルトを鉄工所で抜いてもらったことがある。自転車店「BULLDOG」を通じての依頼し、そのボルトを含むパーツだけ預けた。あとで、やはりBULLDOG経由で2000円のお礼をした。今回はもうそういうことを頼むのはやめよう。ボルトが詰まったネジ穴はあきらめ別の方法を考えよう。ちなみに、上の写真右端が、別の自転車による正常な固定の例。
 ああ、先日大阪のイトーサイクルを訪れたばかりだ。ランドナー、つまり泥除け関連のパーツがあったのに。いや待てよ、明日も大阪に行く予定ではないか。日本橋が目的地。なら3kmちょっと歩けば「ナニワ銀輪堂」があるではないか。というわけで、ナニワ銀輪堂のWebページで使えそうなパーツがないか物色。当初はL字金具のようなものを考えていたが、もっといいものがあった。ブリッジに引っ掛けるフックだ。輪行などで泥除けを外すときにこのフック方式なら工具なしでいける。私の今回のトラブルのランドナーは、リアが分割式の泥除けなので、ボルト固定されていたのだが。
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 というわけで、前の記事の通りナニワ銀輪堂を訪れた。約24時間前の出来事を説明すると、店主はボルトの抜き方などもアドバイスしてくれた。やはり、折れて残ったボルトに穴をあける必要がある。が、その暗い細いボルトだと電動ドリルでは無理。手回しドリルでということになる。あけた穴に逆回転のドリルのような工具を挿してボルトを左回しして抜く工具があるが、これは細すぎてダメ。細い穴を2つ開けて、針のような細い金属棒を2本差し、ペンチなどで回す、など。そんな難しいことが私にできるはずもなく、当初の予定通りチェーンステイブリッジのフックを求める。しかし、在庫がない。そんなに出回るパーツではないのだ。かろうじて旧モデルがあった。もちろん、それで全く問題ない。380円と安い。
 実際に使っている人によると、フックとブリッジがカタカタということがあるので、ブリッジにテープを巻いてから装着するとよい、とのこと。通販でなく、足を運んでよかった。
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 というわけで、その翌日、さっそく取り付け作業。いったん泥除けを外し、位置がずれないように注意して、ボルトを通す穴をあける。2か所に穴をあける必要があるのだが、作業の精度の低い私にはその間隔をきっちり合わせるのが難しい。やすりで削って穴を拡張し何とかクリア。ブリッジにビニールテープを巻いてフックをひっかけ泥除けにボルトで固定。文章にするとこれだけだが、いろいろ試行錯誤を経て、2時間くらいかかってしまった。腐食していないボルトだったら、3分ほどでできた作業なのに。
 ところが作業を終えて乗ってみると、泥除けとタイヤがこすれる音がする。おかしいなぁ、泥除けの位置の誤差は、1mmもなさそうなのだが。結論を言うと、リムの振れが原因だった。スポークの張り調整して音がしなくなった。
 話は変わるが、とにかくパンクが多い。乗っている間は大丈夫だったのに、一晩経つと空気が抜けている、というパターン。ごく小さい穴が開いている。タイヤに何か刺さっているわけではなく、原因が不明ということが多い。
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 ただし一つは、以前にパンクをしてパッチを貼った部分から空気が漏れるようになったというもの。古くて固まりかけていたゴム糊を使っていたのが悪かったかもしれない。すり減っていたタイヤごと新しいものにした。が、なぜか袋を開封しておきながら使っていないチューブを入れたのだが、空気が入らない。5mmを超す裂け目があった。塞がるかな、と大きめのパッチを貼る。ゴム糊は最近買ったもの。が、翌日空気圧が下がっていた。前日貼ったパッチの隅にもう一つパッチを追加。これで何とかなった。
 ごく小さい穴が開いていたものは、ゴム糊とパッチで簡単に穴が塞がる。しかし、この半月ほどで3台の自転車で4,5回ゴム糊andパッチの作業をしている。もう勘弁してよ。

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廃道の日トークイベントと大阪市内歩き

 年末大阪2連戦の第2戦。篠山口駅近くにクルマを止めて自転車で南へ約10km、草野駅へ。11:25の列車に間に合った。長か駅へ向かわずに、尼崎駅で東西線に乗り換え、大阪天満宮駅で下車。南森町駅で地下鉄堺筋線に乗り、長堀橋へ。道頓堀へと向かって南下、お目当ての「Loft Plus One West」へ。が、目的地がなかなか見つからない。それがどんな施設かもよくわからずに、地図で位置だけ確認してきたのが不十分だった。
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 ここはめくるめく夜の歓楽街。今は開いていない店が多く、きっと夜になれば街の表情が一変するのだろうな、という雰囲気。
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 一戸建てを想像していたが、どうやらそうではなくて雑居ビルの中のひとつらしい。超小型タブレット端末(携帯音楽プレーヤーともいう)似保存してきた地図データとGPSレシーバーの画面を付き合わせピンポイントで場所を絞り込む。そしてその場所にある雑居ビルの入居している店の表示板を見る。あった。ただし、「Loft Plus One West」ではなく、「廃道の3 大阪 新時代の廃道まつり」と手書きのイベント名が出ていた。時刻は13時半。開始から30分も過ぎている。最初にこのビルの前を通り過ぎた時刻は13時調度くらいだったはず。
 もちろん、このイベントを告知するWebページにはビル名も記されていて、要するに自分がしっかり見ておかなかったから見つけるのに時間がかかったのだった。そのビルを何度も行ったり来たりしてしまい、長堀橋駅からの歩行距離は2.5km。本来なら1km未満のはずなのに。
 エレベーターで該当フロアに上がり、ドアの前で様子を伺うが良くわからない。とにかく突入。「チケットお持ちですか。なければ立ち見でよろしいですか」女性スタッフ。承諾して当日料金3500円を支払う。
 その位置が向正面。飲食物を提供する小さなキッチンカウンターや支払い窓口がある。その反対側、つまり正面には液晶プロジェクターが投影されたスクリーン。そしてそのすぐ前に座っている男女が、この催しの演者である「ヨッキれん」と「トリ」さん。私が立つキッチンカウンター前から縁者の間の薄暗い空間にはぎっしりと人が座っている。120〜130人だそうだ。私以外の立ち見は、1人だけのようだ。
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 突発的な、しかしそちらを優先しなければならない用事が入る可能性があったので、前売り券を買うことができなかった。当日よりも前売りの方が500円安いのだが、実際には購入はインターネットのチケット販売サイトを利用することになる。そのサイトへの会員登録が必要な上、システム利用料220円だの手数料110円だのといろいろ上乗せされて170円しか変わらない。
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 すでにヨッキれんのレポートが佳境を迎えつつあるようだ。
 2年前の秋、長野県の大河原峠を自転車で越えた。麓の春日温泉〜日帰り周回コースを計画して挑んだ。そのうちの登りに使った道が何年も、いやそれどころか15年以上も通行止が続いている道で、道路に崩れ落ちてきた土砂が積もっていたり、道路自体が崩れて欠損していたりという状態だった。帰宅してからその道のことをよく調べてみたらかつて有料道路だった「鹿曲林道」という道らしい。
 そうした情報が最も質、量ともに充実していたWebページが「山さいがねが」。廃道、廃線をたどって報告されている。そしてその際との管理人が、ヨッキれん。もちろん本名ではないが、「れん」はおそらく「ゆうこりん」の「りん」のようなものだと思われるので、敬称はつけない。彼らは自らを「オブローダー(Ob-roader)」と名乗っている。「廃れた道」の訳「obsolete road」から来た造語だ。インターネットでの情報発信は当然として、この2人を含む数名での共著の「廃道を行く」シリーズなどの著作活動、そしてそれぞれTV出演もあり、オブローダーとしては最も顔の売れた2人であるといえる。
 そして、ヨッキれんは、探索活動及びその報告の質、量ともに充実していて、オブローダーの第一人者といえる。例えば、滑落すれば命の保証がない崩落現場を越えての探索を、大量の写真(動画も)と正確な文章で伝えている。現地での記録はもちろん、「机上調査」と称してのインターネット、町史や村史などの文献、現地の人への聞き取り含めて徹底的に調査して作成されたレポート。これをひょうひょうとした文体で表現している。数名での共著である「廃道を行く」シリーズにおいても、廃道レポートだけでなくコラムのような小ネタも担当していて中心的な著者であることが見受けられるし、それ以外に単著もある。
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 この日のイベントにおいても、4つのネタのうち3つがヨッキれんの担当である。もちろん、それぞれの担当であっても常に2人が出ずっぱりで、時にはボケと突っ込みのような掛け合いで話が進められる。要するに、インターネットで公開されているレポートと同じく、ひょうひょうとした語り口なのだ。
 ところで、この「Loft Plus One West」は「トークライブハウス」というらしい。「ライブハウス」とか「トークライブ」という言葉は、もちろん知っていたが、そういう場を訪れるのは初めて。こうしたトーク、音楽を含めたライブハウスの催しの案内の冊子をもらった。ほとんどは東京にあり、例えば正月には「古舘伊知郎トークライブ」なんてのもあった。そうか、TVでちらりと聞いたことがあったこの催しは、こういう場で行われているのか。ちなみに、この日この「Loft Plus One West」では、3つの催しが行われる。午後にこの「廃道の日」。夜にまたもう一つ。そして深夜24時からまたもう一つ。
 私自身、自動車の通る道を避けて(現在は閉鎖された)旧道を自転車でたどることが多い。2年前の鹿曲林道以来、ヨッキれんのWebページ「山さいがねが」を時々訪れている。ちなみにヨッキれんも探索には自転車を活用している。
 このトークライブがどんなものなのかという興味と同時に、いったいどんな人が観に来ているのだろうか、ということも今日ここに足を運ぶきっかけだった。9割が男性で、年齢は30〜50代という感じ。皆が廃道マニアかどうかはわからない。
 15時半終了予定だったが、実際には16時少し前の終演となった。2時間半立ちっぱなしであったが、狭い座席(背もたれのないスツール)がぎっしりと詰まった状態も窮屈だったかもしれない。特にトイレに行くにも身動きが取れないような状況で、休憩時間にはトイレの前に長蛇の列ができていた。私は、トークの最中にさっと済ませた。また、スクリーンの前に座っている演者は、後ろの方の座席からは見にくかったのではないか。立ち見だと演者の表情もよく見えた。ただし、空いた席に脱いだ上着を置いている人がいた。もしかすると求められれば席を提供するつもりだったかもしれないし、こちらも立っているのがさほど苦でなかったし、そんな窮屈なところに座りたいと思わなかった。しかし、逆の立場だったら、そのようなふるまいはできない。
 このライブハウスは、入場料のほか500円以上の飲食が必須で、私は500円のオレンジジュースを頼んだ。何度でも追加注文できる飲食代は退店時の支払いとなるようだ。この人数が一気に清算窓口に押し寄せると大変なことになるのは明らかだったので、あらかじめ500円玉(外税かもしれないので100円玉も)をポケットに用意しておき、終演と同時に清算窓口へ。この身軽さも立ち見ならでは。入店時に渡された番号札を返せば支払金額が伝えられる。500円(税込みだった)を支払いレシートを受け取る。そのレシートを店の出入り口に立つ店員に示して退店となる。
「山さいがねが」
「トリブログ」
「Loft Plus One West」
 「Loft Plus One West」を出たら、南下する。道頓堀は飲食店街の入り口を通過しただけだったが、周辺には人があふれていて外国人の割合が多い。そして日本橋へ。やはりこちらも外国人を含め、とにかく人が多い。
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 今日も二郎系ラーメンを食べる。いくつか店はあるが、この時間に営業しているのは昼夜通し営業の「ラーメン男塾」しかない。16時過ぎという中途半端な時間なのに、店の前には2人組の若い男性が並んでいた。店の外にある販売機で食券を購入。ここは並みが200gなので麺大盛りを追加。やはり300gでないと二郎系としては物足りない。10分ほどで前の2人組と同時に入店。その時点で3,4人が背後に並んでいた。店内は狭く、カウンターのみ10席くらい。ここは麺を茹でる前に「ニンニク入れますか」とくる。すかさず、「ニンニク少な目、野菜増し」とコール。さらに10分ほどでラーメンとご対面。これが昼食兼夕食だ。
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 さて、食後は次の目的地に向かって歩く。すでに地下鉄長堀橋駅からの歩行距離は3.5kmほど。過剰に摂取した炭水化物と塩分をエネルギーとして消費し、汗として排出するためさらに歩くのだ。大阪球場跡地になんばパークスの北側を越え、ひたすら西へ。南海電車を越え、大阪ドームが見えてくるころにはすっかり暗くなった。
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 2ヶ月ぶりの「ナニワ銀輪堂」では、店主が顔を覚えていてくれた。昨夜、仕事から帰宅した後、暗い車庫で作業をしたためにトラブル発生。それをリカバリーするためのパーツを購入。顛末は別に報告する。
 ここまでの歩行距離はおよそ7km。さらにJR環状線の大正駅までで8kmを越えた。大阪駅で下車して最後にもう一ネタ。一時閉店して移転、リニューアルオープンした「ロッジ大阪店」を視察する。予想通り先月まで「石井スポーツ」があった場所に移転していた。一足先にヨドバシカメラ梅田店に移転、リニューアルした石井スポーツには、すでに別の用事で大阪を訪れた際に視察している。
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 梅田界隈は、地下を歩くことが多かったためGPSレシーバーでの歩行距離測定はできなかったが、おそらく大阪市内をトータルで10km近く歩いていることだろう。
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 阪急大阪梅田駅から電車に乗って、宝塚でJRに乗り換えて草野駅で下車。自転車で篠山口へ。復路は、古市の旧街道でなく武庫川沿いを行く。南矢代駅辺りから北は往路でも走った田んぼの中、クルマの通行がない細い道。街灯が比較的狭い間隔で並んでいる。高校生などの自転車通学のためと思われるが、自転車通勤のためでもあるかもしれない。かつて、中国人とみられる若い女性が自転車で走行しているのに遭遇したことがある。近くに工場があるので、もしかするとそこで働いている外国人かも知れない。
 さて、自転車走行も往復で20km。ラーメンのカロリーと塩分は消費できただろうか。

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2019/12/25

丹波篠山曽地奥林道から三田母子周回そしてアバランチナイト大阪へ

 時雨模様の丹後を出発。南下していくにつれ天気が良くなるつ期待しながらクルマを走らせるが、福知山を越え丹波市そして丹波篠山市まで来ても小雨が降っている。時間の経過とともに好転することを期待して、ショッピングセンターでお買い物。
 そう濡れるような降り方ではない、というところまで弱まったので、予定通り行動する。篠山盆地の南の縁、小枕にクルマを止めて自転車の準備。
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 先ほどクルマで来た道を引き返す形で国道176号線交差点へ。右折して東へと向かう。国道はクルマが多くてストレスがたまる。路面がぬれてクルマの水撥ねが上がる。雨はほとんど上がっていて大した水撥ねではないが、トラックの後方は霧のような状態。わずかだろうが浴びたくはない。それを避けるため歩道を走行。小さな丘を越えると、国道に沿った集落の中の道(旧道か)があるのでそちらへ退避。クルマは通らず快適。
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 そのまま集落の中の道や農道をつないで県道308号線へ。クルマなら国道176号線日置北交差点から県道12号線へと右折して南下。分岐を左折して県道308号線というところ。猪名川へと抜ける県道12号線は、国道176号線ほどではないがたまにクルマが通る。それに比べ、基本的にこの先の通り抜けができない県道308号線はほとんどクルマが通らない。
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 曽地中から曽地奥へ。八幡神社を過ぎて集落に入ると、右手に古い茅葺きの建物。その向かいが曽地奥林道の分岐。この道を行くのは3回目くらいだが、2年前の前回は茅葺きの建物に見とれて分岐を通り過ぎてしまった。
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 林道沿いにも2軒ほど家があるが、家の周りの畑は完全に柵に囲まれている。それを過ぎると完全な林間となり登り勾配が徐々に増していく。落葉の落ち葉に覆われた細い舗装路。クルマの通行は皆無。こういう道が大好きだ。
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 いくつかヘアピンカーブがある。道が急斜面につけられていると言うことだ。とはいえ、標高差は200m未満で25分ほどで峠へ。峠の標高は455m。篠山盆地からでも240m程。
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 峠を越えて下ると後川奥。コンクリートでがちがちに護岸された川沿いに、立派な石垣の土台の上に建つ家。普段は猫をかぶっていても、大雨が降れば暴れる川だということがうかがわれる。その川を遡る。
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 ピークは標高530mで、曾地奥林道よりも高い。ここが丹波篠山と三田の市境。その市境ピークは三叉路になっていて、道なりは左で、永沢寺集落へ。が、そちらではなく右の落葉に覆われたコンクリート舗装の急坂の下りを選ぶ。うっそうとした杉林はすぐに狭い谷の田んぼの脇を経て、センターラインが引かれた道へ。そこは母子の集落。萱葺き屋根もある古い農家が見られる一方で、新しいモダンで洒落た造りの住宅が固まる一角がある。
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 母子からは県道49号線。集落内の三叉路は県道308号線の合流点。つまり、曾地奥と同じ路線だが、市境の山間部で寸断されている。その県道308号線の三田側の行き止まり付近から、MTBでシングルトラックに入り市境を越え三国ヶ岳の北尾根を篠山盆地に下ったのは、2014年の春先のこと。もう5年半も経つのだ。
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 さて、しばらくは県道の重複区間だが、すぐに308号線と分かれた49号線は北に進路をとる。市境の峠だが、登りはわずか。三国ヶ岳の西を越え、篠山盆地へと九十九折れの急降下。ブレーキレバーを握る手に力が入る。クルマを置いた小枕へはあっという間。
 12:30〜14:30、約24.1km、12月中旬

 時刻は、14時半。予定よりも時間がかかってしまった。自転車をクルマに積んで移動。とある場所にクルマを止めて再び自転車を準備。篠山口駅から2駅大阪よりのJR福知山線古市駅へ。これから大阪に行かなければならない。
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 タイミングよく15:19の列車に乗車。宝塚で阪急電車に乗り換え、さらに十三で下車。宝塚線から京都線へと乗り換え。一駅先の南方駅近くで遅い昼食兼早い夕食をとる予定なのだが、時刻は17時前。お目当ての二郎系ラーメンの店「笑福」は、事前の調べでは昼から夜まで通し営業。しかし梅田の同系列店は通し営業とうたいながら、実際は休憩時間がある。行って見ないとわからないのだ。南方駅が近づき車窓に注目。あ、のれんが出ている。100パーセントの確証はないが、一か八か下車。跨線橋がないため駅を出て、踏切を渡って笑福へ。やった、営業している。しかも、空いている。腹が減っていたので、麺の量300gの並に野菜増し増しをコールするが、野菜が不足しているので野菜増しまでしかできないとのこと。結果的にはそれで十分だった。ちなみに、笑福では「野菜増し増し」のさらに上をいく「バカ増し」というものもある。
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 1kg近いラーメンを平らげ(スープは飲まなかったけど)外に出ると、辺りはすっかり夕暮れムード。 また駅を回りこんで先ほど下車したホームへ。今まさに発車しようとしている列車は快速。下車予定の上新庄に停車するかどうかわからなくて迷っていると発車ベルが鳴る。電光掲示板に停車駅が出た。上新庄に止まる。飛び乗ろうか。やめておいた。
 2分後の普通列車は千里線に乗り入れるもので上新庄へは行かない。が、分岐駅である淡路駅で京都線に接続、だそうだ。よくわからないが乗ってみる。すると淡路駅ではホームの向かい側に京都行の列車が待ち受けていた。結局快速に乗れなかったことによるタイムロスは3分程度。都会って、交通の便がいいねえ。
 上新庄で下車し、淀川を渡る豊里大橋に向かって歩くこと1.8km、本通りから少しそれたところに位置するイトーサイクルへ。看板には灯かりもなく、閉店か、と焦るが、ちゃんと営業していた。
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 ランドナーに使われるパーツが豊富。いくつかパーツを購入。
 そして、だいどう豊里駅で地下鉄へ。最後にして最大の目的地を目指す。帰宅時間帯とあって車内は混んでいたが、東梅田の手前の駅の乗客の入れ替わりで座ることができた。大阪のキタからミナミへと移動し、阿倍野下車。阿倍野区民センター駅のすぐそば。
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 NPO法人「日本雪崩ネットワーク」による雪崩セミナー「アバランチナイト」が、今日の主たる目的。開始15分前の18:45、到着。初めて参加したのは2006年のことだから、14シーズン目。冬の初めの恒例イベントだが、毎年大阪で開催されるわけでなく、毎回参加しているわけでもないが、数えてみればこれで7回目。休憩を挟んで約2時間のセミナーで、かつては前半1時間に雪崩の基礎知識のお話だったが、近年は「バックカントリーの雪崩対策|7つのステップ」という内容。詳細は、公式サイトをご覧あれ。そして、後半1時間は、昨シーズンの事例報告、3件の事故の現地調査および当事者への聞き取り調査の報告。
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 本日は濃い一日だった。予定通りの日程をこなし、帰路に着く。アベノハルカスを見上げながらJR天王寺駅まで歩き、JR環状線、阪急宝塚線、JR福知山線を乗り継いで古市駅へ。今度は自転車とクルマを乗り継いで丹後へ。

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2019/12/17

湖北の初冬2019入部谷越と朽木渓谷

 メタセコイア並木の紅葉を目当てにマキノを訪れてから半月。再び琵琶湖を訪れる。タイトルには湖北と書いたが、正確には湖西の高島市。かつての新旭、安曇川、朽木の各町村を巡る周回。去年も同じ日に訪れている
 12月15日、日曜だけど舞鶴で勤務。10時半に終わる予定が、少し遅れて10:50に自由の身となる。そのまま若狭湾沿いを東へ。若狭の国に入り高浜から広域農道「若狭西街道」。国道27号線と比べ、信号も交通量も少なくマイペースでいける。小浜の市街地を越えたあたりで国道27号線へ。敦賀方面に行くには、引き続き「若狭梅街道」があるがそちらへは行かず、上中から国道303号線へ。そして近江今津で琵琶湖に再会。午前中は曇天で、道中小雨もぱらついたが、正午を過ぎて空は明るく薄日が差してきた。
 旧今津・新旭の境界付近のちゃんぽん亭で腹ごしらえ。12時半を過ぎ、満席だが徐々に席が空き始めている。空席待ちのリストに名前を記入するやいなや席に案内された。今日も「近江ちゃんぽん」に「一日分の野菜」のトッピング。
 ラーメンを食べ終えて外に出ると、さらに天気が回復。青空が広がりつつある。さらに南下し、道の駅「新旭風車村」の近くの源氏浜駐車場へ。ここにクルマを止め、自転車を準備。やはりこの時期はランドナーがいい。時雨でぬれたで路面が乾ききっていない山間部の日蔭でも、泥除けが水撥ねを食い止めてくれる。
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 まずは湖岸道路を南下。車道には専用レーンではないものの自転車通行用のレーンがペイントされている。琵琶湖一周(ビワイチ)は、先月しまなみ海道(瀬戸内)、つくば霞ヶ浦りんりんロード(茨城)と並び、「第1次ナショナルサイクルルート」に選ばれた。国土交通省、つまり政府公認の日本を代表する自転車コースというわけだ。
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 対岸にそびえる伊吹山。天気回復途中のため、まだぼんやりしている。うっすら白くなっているようだが、昨年のこの時期はもっと白かった。追い風を受けて快走する。クルマもほとんど通らない。
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 安曇川河口を越えて旧安曇川町へ。それまでは追い風のベクトルが強かったが、とうとう向かい風となった。琵琶湖の西岸旧新旭・安曇川町辺りは、安曇川の流れによって作られた扇状地が琵琶湖に飛び出している、半円状に東に突き出した半島となっている。その先端に安曇川河口。本日は、冷たい風がやや強く吹いている。西の要素が強めの北西の季節風だ。
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 安曇川河口を越えてしばらく湖岸を行き、内陸へと進路をとる。正面に立ちはだかるは蛇谷ヶ峰。これで風と真正面から対峙する形となった。田園が広がる扇状地の平野は逆風をさえぎるものが何もない。速度は15km/hに届かない。早く蛇谷ヶ峰の懐へもぐりこみたい。登った分だけポテンシャルエネルギーを蓄えられる分、登り坂のほうがいい。
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 碁盤の目のように張り巡らされた道を階段状に進み、安曇川中心街を南に迂回する形で西へ。国道161号線とJR湖西線が並行する辺りでは集落が建て込み.クルマが多くなる。建物が風除けとなり速度は上がる。国道や鉄道の高架をくぐり、さらに西に進むとまた田園風景となる。蛇谷ヶ峰は黒々としている。昨年は少し白かった。その左手の釣瓶岳は少し白い部分が見られる。去年は真っ白だった。
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 武曽の集落で、県道295号線へ。「工事により通行止。朽木へ通り抜けられません」との標示。もちろんこれは想定内。おそらく、昨年の7月豪雨の被害と思われる、路肩の崩壊の復旧工事。1年前は、崩壊した箇所にブルーシートを被せた応急処置の状態でほったらかしとなっていた。もちろん通行止だったが、自転車なのでバリケードを乗り越え通り抜けた。今年は復旧工事の最中のようだが、休工日であることを期待して日曜日にやってきた。鴨川沿いを遡る。集落から林間へ。畑が途切れると、再び通行止の標示、そしてバリケード。建設業者や工期を示す案内板の中に朗報が。「週休二日、チャレンジ工事。」ああ、今日は工事していないぞ。働き方改革万歳だ。工期は、今年5月から来年1月。そうか、冬もやるんだ。冬季閉鎖区間だが、雪は余り積もらないと見越しているようだ。
 バリケードを越えると、登り勾配が増す。が、さほどの急坂ではない。県道だからね。焦らず黙々とクランクを回し続ける。
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 中腹まで来ると、すぐ先のヘアピンカーブで折り返す道が右上に見える。そこが工事現場。去年はブルーシートを被せられていた崩落した法面は、現在コンクリートで固められている。工期は残り1ヶ月。もう終盤に差し掛かっているようだ。
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 ヘアピンカーブを超えて現場へ。工事区間の前後には重機が置かれ道を塞いである。路面の土はきれいに踏み固められ(素人目には)あとは舗装を施せば完成と見られる状態。あと1ヶ月もかかるのだろうか。麓のバリケードは人力で動かせるものだし、重機で塞がなければ勝手に通行するクルマが現れてもおかしくない。まあ自転車なら、その重機の脇を抜けていけるわけだが。作業中の路面には、工具がそのまま地べたに置かれ、工事の臨場感が伝わる。いや、突如人類が地球上から消滅してしまったようで、ちょっとホラー。ちなみに去年は、路肩が崩れたままだが、クルマでも通れるだけの道幅はあり、自転車は問題なく通れた。
 工事区間を無事通過。記憶によれば、その先にも路肩崩壊現場があるはず。崩壊の規模は今越えた現場よりも小さい。すぐにその現場に到着。そこは去年見たままブルーシートを被せた状態だ。もしかすると、先ほどの現場が完成した後、こちらの復旧にかかるのかもしれない。それを含めての工期があとひと月ということか。もちろん、真相はわからないが。
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 去年は、路面がうっすらと雪に覆われている区間が断続的に現れた。薄く、しかも解けかかった水っぽい雪なので通行には支障がなかったが。今日は、白でなく褐色の絨毯が敷かれている。誰も通らないから落ち葉が路面を覆っている区間が何度も現れる。
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 木々の合間から安曇川の扇状地と琵琶湖が見下ろせるようになる。そして唐突にトンネルが現れた。入部谷越(にゆたにごえ)だ。
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 あれーっ、伊吹山を見落とした。去年は峠の手前で、琵琶湖の対岸の伊吹山を見たのに。ブッシュの開けた展望ポイントへ、少し戻る。ああ、あったあった伊吹山。去年と比べて存在感が薄い。去年は、時刻が遅く頂いた雪が夕陽でピンク色に染まり目立っていたのだ。さらに言えば落葉前なら見えないかも知れない。
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 さて、峠のトンネルだが、カーブミラー越しにトンネル内に何かいるのが見えた。しかも、パタパタと音も聞こえる。再び訪れたホラーにこわごわトンネルを覗き込めば、クルマのすれ違えない狭いトンネルを塞ぐようにトラックが置かれている。その荷台に被せてあるブルーシートが風ではためいていた。この区間は現在工事による通行止だが、そうでなくても冬季閉鎖区間。向こう側、つまり朽木スキー場側のトンネル入り口にバリケードが設置されているはずだが、厳重にクルマでも塞いであるという事か。しかし、トンネルを吹き抜けてくる風の冷たいこと。ちょうど風除けの稜線にあいた風穴だ。
 トンネルを塞ぐトラックの脇を自転車で通り抜ける。当然ながら、自転車が通る幅は十分にある。でないと、ドアを開けて運転手が出入りすることができない。
 トンネルを抜けるとバリケード。工事のことが記されているが、路肩崩壊の復旧とは別、古くなったトンネルの補修工事だった。建設業者も別。トンネル内のトラックは、トンネル補修工事の作業車だったのだ。
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 朽木スキー場のゲレンデには全く雪は見られない。去年はうっすらと雪が積もっていた。今年はどのくらいスキーができるのだろうか。
 さあ、ここからは下り。装備を整える。アウターの下に中間着を着て、手袋を交換。登りは毛糸の手袋だが、下りは風を通さないものに交換。それだけでは足りないので、その手袋の下に電熱インナー手袋を装着。去年の冬に買っておきながらあまり使っていなくて、そのままどこにしまったかわからなくなっていたのを、昨日なんとか発掘した。今日はこれを試してみよう。効果をはっきりさせるために、片方だけ電熱のスイッチを入れる。
 下りはなかなかの急勾配。本日のランドナーは先日までフラットハンドルでVブレーキだったのだが、今はドロップハンドルでカンティレバーブレーキ。ブレーキ交換により制動力は弱まって、必死のブレーキングが続く。
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 そうそう電熱インナーの効果は。ぽかぽか暖かい、とまでは行かないが、電源を入れた方は指先が冷たくならない、そんな感じ。それで十分なのだが。でも、だんだん左右の差がなくなってきた。
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 急坂急カーブを決死のブレーキングで乗り切り、旧朽木村中心街に降り立つ。が、中心街手前で右折。田園と山の境を朽木渓谷へ向かう。去年は余り意識しなかったが、田んぼの中に牛舎が並んでいる。近江牛の産地のひとつらしい。
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 去年はこの辺りですっかり暗くなってしまったが、今年はまだ日がある。去年見ることができなかった安曇川朽木渓谷を見ながら行く。広い川幅にごつごつとした岩の造形。ほとんど終っているものの、ほんの少し紅葉も見られる。去年のレポートには「もう紅葉は終わっているから暗くて景色が見えなくても構わない」なんて書いていたが、半分は負け惜しみ。リベンジできてよかった、と今年は心に正直に書いておこう。
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 渓谷を抜け、扇状地の平野部へ。景色が開けてきた。左右の手袋の温度差が感じられなくなっている。スイッチを入れたほうも、電源ランプが消えている。バッテリー切れのようだ。では、反対側のスイッチを入れる。すると、じんわり暖かい。でも、下り勾配が緩くなり、自力走行により筋肉からの発熱。電熱手袋の必要はなくなる。
 扇状地に入って最初の橋を渡り、右岸から左岸へ。ただし、安曇川からは離れ田園地帯を緩やかに下る。小さな集落を次々と抜けて行く。去年は暗くなって、寒くなって、何も考えずにそのまま右岸を突き進んだが、今日はGPSレシーバーを見ながら、あらかじめ想定していたコースをたどる。右岸を行けば琵琶湖に突き出した先端部を回り込間なければならず、しかもそれは序盤に走った道を戻ることになる無駄な行程なのだ。今日は、きれいな周回を描くことを目指す。
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 田んぼの中に電車の車両が置かれていた。展示されているようなおき方だが、周囲を塀で囲まれ、屋根の部分だけが見えている。その塀の上に手を伸ばし、カメラで覗き込むように撮影。車両は、路面電車か、ローカル鉄道なのか、とにかくレトロでかわいらしいデザインのもの。
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 JR湖西線越え、国道161号線の高架へ突き当たる。この辺りが新旭の中心街。そのまま直進するつもりだったが、GPSレシーバーの画面を見て路線変更。左折して国道161号線の側道を行く。すると横風を受け、それまでが追い風だったことに気付く。しばらくして右折し、高架をくぐり、琵琶湖岸へ向けて東進。正面は対岸の伊吹山が赤く染まっている。背後の比良山地は黒い雲が少しだけ夕焼けを隠している。
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 風車が見えてきた。道の駅風車村だ。そして、源氏浜の駐車場。完全に周回コースを描くことができた。最後に源氏浜で、対岸の伊吹山をバックに記念撮影。
 13:25~16:40、約44㎞

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 電熱手袋について。昨年から乗っている自動二輪CD250Uの寒さ対策として手に入れたもの。もう一台のエンジン付きバイク、スーパーカブにはハンドルグリップに電熱線を仕込んだグリップウォーマーが装備されている。CD250Uにグリップウォーマーを装着するのが面倒で、電熱手袋を買ってみたということ。この翌日の冷え込んだ朝のCD250Uでの通勤で、改めて電熱手袋を試してみた。結論は、合格点。
 グリップウォーマーもあるとないとで大違いの心強いアイテムだが、マイナス点もある。それは主に次の2点。ひとつは、グリップを握る手のひら側しか暖まらないこと。接触面積の割合が小さい指先が冷える。もうひとつは、グローブの外から暖めること。指先の冷えを防ぐため分厚く保温性の高いグローブを装着すると、グリップウォーマーの効果が薄れるというジレンマを抱えている。
 それに対し電熱手袋は、グリップウォーマーよりも少ない発熱だが、インナー手袋として保温性の高いアウターグローブの中で発熱するので効果的。指先を包むように電熱線が仕込まれているのもいい。マイナスポイントは、やはりおもに2点。手袋を二重に付けねばならず、着脱に手間がかかり、手の操作性も落ちること。そして、リチウムイオンバッテリーを電源としているので、発熱の時間に限りがあること。まあ通勤時間くらいは余裕で持つのだが。
 電熱手袋は薄くて風を通すので、単体では防寒にならない。自動二輪の場合、そして自転車の場合とアウターグローブの組み合わせを対応を考えて使うことにしよう。
 いろいろ書いたけど、要は手が冷たくないかどうか。スーパーカブでもおよそ7,8度以上ならグリップウォーマーでしのげるが、それ未満だと電熱手袋がいい。朽木渓谷を訪れた翌日は、0度近くまで冷え込んだ朝だが、電熱手袋で手は冷たくならなかった。

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2019/12/09

二郎に会いに京都一乗寺へ

 三度の飯よりラーメンが好き。春はまぜそば。キラメキの春。
 そして夏以降は、夢を語ったり、地球規模で考えたり、歴史を刻んだり、マッチョになったり、男塾に入塾したり…。二郎系と呼ばれるボリュームのあるラーメンを提供するラーメン屋を訪れた。
 その本家「ラーメン二郎」を訪れることにした。ラーメン二郎は本店が東京で、ほとんどは関東県内、あとは東北や北海道に数店とほぼ東日本のみに展開している。西日本唯一のラーメン二郎が京都市のラーメンの聖地、一乗寺にある。ちなみに、チェーン展開ではなく、本店で修行した人が店を構える、いわゆる暖簾分けらしい。
 一乗寺は京都市街の北東部。いつものように山陰本線を利用してのアプローチだと市街地を西から東に横断せねばならず、なかなか遠い。だから、一乗寺はもう15年以上訪れていない。
 園部の道の駅にクルマを止め、折畳小径車で園部駅へ。自転車を輪行袋に収め、11:51の普通列車に乗車。園部発なので席は空いているが、ドアの近くの補助シートへ腰かける。輪行袋があるときにはこの席がいい。亀岡駅で空席はなくなり、保津峡を越え京都盆地に入り嵯峨嵐山駅で車内は混雑してきた。12:28、円町で下車。
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 円町から東へ進む。駅前の丸太町通りはクルマが多いので、その北の狭い通りを行く。クルマは少ないが、見通しの悪い交差点が連続するので注意。絶対に交通事故は起こさない、と強く思いながら行く。烏丸通りで京都御所にぶつかる。御所の中は歩行者や自転車が通行できる。砂利が浮いて走りにくいが、クルマが来ないので安心していける。終わりに近づいた紅葉に癒される。
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 御所を抜けたら、三条大橋を渡り、鴨川の左岸へ。クルマの来ない河川敷を行く。鴨川と高野川の合流点「鴨川デルタ」から高野川を北に行けば河川敷を歩く人は少なくなり、自由に走れる。ここでも紅葉を見て走る。
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  頃合いを見計らって、土手を上がりさらに東へ。叡山電車の線路に当たる。駅が見えた。一乗寺駅だ。ラーメン二郎は、そのすぐそば。店の前のちょっとしたスペースに置かれた3台ほどの自転車の中に私の自転車も並べる。
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 時刻は13:20。行列ができていなくてラッキー、と思ったが店の正面の2枚の扉は、片方が出口で、もう片方がスタッフの出入り口。建物の側面の通路の奥に入り口があるようだ。扉の向こうで4,5人が立っている。そりゃそうだわな。中にスペースがなさそうなので通路で待つ。すぐに若い男性4人組がやってきた。寒そうだ。私は先ほどまで自転車に乗っていたので寒くない。5分ほどで店内へ。自動販売機で食券を買う。300gの並み。本当は、外の通路で待つ場合も食券を買っておかなければならないルールだった。
 店内は狭くL字型のカウンター席のみ。さら待つことに5分ほど。所定の位置で水を汲みレンゲを取って着席。カウンターテーブルと厨房の仕切りの上に食券を置いて待つ。数人分まとめて茹でるため、麺の硬さは注文できない。麺が太いので茹で時間は長め。麺が茹で上がると順番に「ニンニク入れますか?」と聞かれる。きたきた。「ニンニク少な目、野菜増し」と返す。これがコール。300gの麺の上に盛られた麺と同等の野菜、大きなチャーシューが2つ。スープ含めると1kg近いと思われる物体が目の前に置かれる。野菜が、これまでの二郎系他店ではモヤシ主体だったのに、こちらはキャベツの割合が多いのが特徴的。そのためか見た目のボリュームは小さめ。私の後の客は野菜増し増しとコールしていたが、他の二郎系の野菜増しのモヤシの山より標高が低い。あくまで見た目の話。十分なボリュームだった。野菜増し増しはきつかったかもしれない。
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 食後は食器をカウンターテーブルと厨房の仕切りの上に置き、布巾でテーブルを拭く。
 大量の炭水化物を摂取してしまった。カロリーを消費しなければならない。14:00、自転車にまたがり、この界隈のラーメン屋を見ておく。おお、まだ行列ができた店がある。一乗寺ブギーと高安。人気店だねぇ。高安は15年ちょっと前に食べたけど、あの頃はそんな行列はなかった。それから二郎系の他店も見ておこう。少し北上し一つ目は、池田屋。夕日のキラメキと同じ建物に店を構えているというのがすごい。池田屋は14時で昼の営業は終了。キラメキには店内に人影が見える。もう少し北に行き、次の二郎系「ラーメン荘夢を語れ」ここも、老舗「天天有」と同じ建物に軒を連ねている。以前訪れた天天有は、夜のみの営業なのでひっそりしている。夢を語れは15時までやっているはずだが、店内の様子はわからない。
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 ラーメン屋めぐりはこれで完了。高野川沿いへ。復路は、橋を渡って右岸を行く。こちらの河川敷の方が走りやすそうに見えたのだが、実際にそうだった。すぐに鴨川本流との合流点、鴨川デルタへ。出町橋で鴨川を渡って、今出川通を少し西に進み、寺町通南下してから京都御所の中へ。南西に進み、丸太町通りへ出る。烏丸通はすぐそこだが、手前のバス停で歩道にバス待ちの人波が行く手を阻む。慎重に人の間を抜け、交差点で進行方向左側に渡ったら、車道を走れる。丸太町通りを西へ。片側2車線の左レーンの端に自転車通行レーンが描かれている。専用レーンでないとはいえ、なかなか心強い。注意すべきは、バスとタクシーと路上駐車。あとは、基本的に中央寄りの車線を走ってくれる。要するにクルマにとって左側車線は走りにくいんだろう。
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 堀川通、千本通を越え西に進むにつれてクルマが減って走りやすくなる。時折雨がパラパラと降るが、雨は弱くすぐに止む。京都盆地でこういう状況ならば、丹後は冷たい雨が断続的に降り続いていることだろう。
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 西大路通りを越え、JR円町駅を通過。往路では車内が込み合い肩身が狭い思いをしたので、乗車時間を短く、できるだけ混雑の緩やかな区間だけ乗るようにする。次の花園駅までは1.4㎞ほどなので自転車ならすぐ。下り列車の時刻を確認するが、園部行きはだいぶ待たないといけない。京都・園部間の列車は1時間に2本。ただし、そのうち1本は快速列車。各駅停車しか止まらない駅では、実質1時間に一本なのだ。
 こうなったら嵐山まで行こう。嵐山から先はぐっと乗客も減る。銀杏並木の丸太町通りを4.5㎞JR嵯峨嵐山駅へ。渡月橋や天龍寺などに向かう南口と比べ、こちらの北口は静かな雰囲気。自転車を輪行袋に収め、駅の構内に入ると当然多くの人が行き交っている。
 園部行き快速列車は10分後だが、その前の亀岡行き普通列車が入線してきた。乗客が下車すると席があいたので乗車。出入り口付近の補助シートに着席。
 保津峡では小雨模様だったが、亀岡盆地に抜けると雨は降っていなくて薄日が差している。終点亀岡駅で下車。折り返し運転のため、京都行のホームに入線。園部行きに乗るには、跨線橋を渡って隣のホームへ。輪行袋を担いでの階段の上り下り。過剰摂取したカロリーを消費するためと思えばこれもメリットか。
 後続の園部行き快速列車はすぐにやってきた。普通列車より混んでいてほぼ満席。普通列車で来てやはり良かった。吹きさらしのホームで待つ時間も短縮できたし。亀岡で乗客の下車により空いた補助シートへ着席。今後の行動の判断のため窓の外に注目。雨の心配はなさそうだ。ならば風。今日の天気から北西の風向きはわかっている。問題は、強さだ。街路樹はほとんど揺れていない。ススキの穂の揺れ方、スーパーマーケットの店先の登りのたなびき方に注目。あまり強くなさそうだ。
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 八木駅で下車。園部の道の駅まで10㎞の自転車走行でカロリー消費だ。駅前で自転車を整え、国道9号線を渡って大堰川の堤防の上の道へ。ここならクルマはほとんど通らない。川の流れを見ながら快適走行だ。北西の向かい風はほとんど気にならない。
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 5㎞で吉富駅前。この先川沿いになる国道9号線へと吸収される前に対岸へエスケープ。ダートの道を行く。自動車学校のあたりでわずかに舗装路となるが、吉富駅前から園部駅前までの2㎞はダート中心。園部駅前からは、往路でも走った舗装の3㎞。道の駅はもうすぐ。

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初冬の装い

 12月に入り平野部でもみぞれやあられが降るようになった。6日、所々うっすらと雪が積もり、山々も冠雪。写真は大江山連峰。
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 9日は、久しぶりの青空。山の雪は解けたが、少しだけ霜が降りていた。
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 天橋立からは蜃気楼の一種、浮島がみられた。舟も水平線から浮き上がって見える。
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2019/12/08

西舞鶴の伊佐津川

 12月1日は、舞鶴で勤務。天気がいいので、昼休みに自転車で職場を飛び出す。伊佐津川沿いには自転車歩行者用の道がある。北上すれば国道175号線まで続いている。
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 国道を越えて舞鶴港まで足を延ばす。南は西舞鶴の市街地が途切れるあたりで国道27号線に合流。そこまで行ってみた。
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 真ん中辺りには、クルマが通れない木造の橋が架かる。2014年4月のNHKの「こころ旅」でその日の目的地となった。
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 この日も舞鶴までは自動二輪で。暖かい日中に自転車で汗をかき、朝夕寒さに震えながら自動二輪に乗る。
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2019/12/04

湖北の晩秋2019メタセコイア並木と業平の里

 去年もこの時期に訪れた湖北、滋賀県高島市マキノのメタセコイア並木の紅葉を見に行こう。
 丹後から若狭を経てクルマで2時間半、湖北へ。旧今津と旧新旭の境界にあるちゃんぽん亭で近江ちゃんぽんを食べる。ちょうど昼時で混雑していたがすんなり着席。少し遅れたら待ち時間が発生するタイミングだった。
 腹ごしらえが終ったら、北上して今津に戻り今度は旧マキノとの境界付近へ。湖岸には水泳場が続いていて、小さな無料駐車場が点在している。夏は有料なのかも知れない。その中のひとつに駐車。1年前はメタセコイア並木の近くにクルマを止めたが、湖岸も走るのだからこちらをベースにしてみた。当初予定していたマキノの知内川の河口の知内集落の駐車場を見つけられず、今津に引き返してそこの駐車場へ。知内川およびさらに2本の川が集まったの河口付近は、ちょっとした扇状地のようになり、湖に陸地が突き出している。よって、それまで湖岸を走っていた道はそこだけ少し内陸となる。水泳場および駐車場は道沿いでないというわけで、見つけられなかった。事前調査が甘かった。
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 というわけで、まずは湖岸を行く。海津大崎に葛篭尾崎、竹生島、琵琶湖越しの伊吹山などが見られ、これはこれでよかったと思う。目視では気付かなかったが、写真で蜃気楼の一種「浮島現象」が見られていたことがわかった。
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 クルマの多い県道を渡って内陸へ。田んぼの中を行くと、自転車道を示す標識が見えた。その道をたどる。JR湖西線に沿って北上し、旧マキノ町役場、現在の高島市役所の支所のある集落へ。ただし、集落の中へは入らず、その東側を行く。中学校の脇をとおる細い道を行くとやがて知内川の川岸の道へ。この川沿いにもちょっとしたメタセコイア並木がある。そこより少し西にある本家の並木よりも木々は小さめで本数も少なく、しかも道の片側のみで、迫力には欠けるが人が少ないのはいい。葉は褐色に色づいている。
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 並木を抜けさらにしばらく川沿いを進んでから、動物避けのフェンスを越えて西側へ。河岸段丘乗り上げると本家メタセコイア並木が見えてきた。こちらは2.4kmも続いている。わが丹後が誇る天橋立の砂嘴の松並木に匹敵する距離だ。
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 メタセコイア並木の北端に到着。やはり人が多い。でも、お土産や農産物の販売所、カフェなどの施設「農業公園マキノピックランド」がある南のほうがもっと多いはず。コース終盤でまたこの辺りに戻ってくる予定なので、並木はそのときに通り抜けることにしよう。並木を瀬に北上。左手にそびえる高島とレイルの峰々。中でもむき出しの岩峰に迫力を感じる。そして、その岩峰を除き全山紅葉。
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 マキノスキー場の入り口を過ぎ、そのまままっすぐ北上。白谷集落から知内川の支流、八王子川を遡る。立ち寄り温泉施設やペンション、ロッジの並ぶエリアを過ぎると山間部へ。赤や黄色、そして褐色の紅葉に包まれる。
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 杉の植林を抜けさらに登ると谷が開け田んぼが広がり、家も見られ集落となる。ここが在原。平安時代の歌人、在原業平が晩年をすごしたという伝説がある。集落を抜けたところ~少し山林に入ると「業平の墓」があるが、そちらは去年訪れたので今日は立ち寄らない。
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 緩やかな登りの先に峠がある。在原集落が葉は緩やかだが、反対側は深い谷となった片峠。その深い谷の底には知内川本流が流れ、それと並行する国道161号線を爆走するクルマのエンジン音が聞こえてくる。去年はそのクルマの爆音が嫌で引き返したが、今日は谷底へ下ることに決めてきた。
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 峠付近はブッシュにより展望はない。少し下ると展望ポイントがあった。色鮮やかな木々の間から集落が見える。そして、一気に谷底へと急降下。合流点で数台の車列をやり過ごしてから、国道161号線へ。北に向かえば2kmほどで福井県。われが目指すは南方。追っ手から逃れるように下り坂を駆け抜ける。2.5kmで集落の中の静かな道へとエスケープできる。道沿いに家が現れた。もうすぐか。
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 結局クルマに出会うことなく、野口の集落へ。峠から少し下ったところの展望ポイントから見えたのはこの集落だ。湿原のような休耕田、白い土蔵にトタンを被せた萱葺き屋根の民家。趣のある集落の中を行く。
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 静かな集落の中の道は終わり、国道へ強制的に戻される。そこは、国道303号線の分岐の交差点。その先は歩道もあるし、路側帯も広いので安心して走れる。追坂峠の手前で、国道を離れ西へ。知内川沿いの自転車道へ。この道は去年も走ったが、逆向きだった。こうして自転車や歩行者が安心して通行できる道が整備されているのだが、誰も通っていない。
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 知内川を下っていくと、見覚えのある景色となった。動物避けのフェンスを越え、河岸段丘に乗り上げメタセコイア並木へ。日は傾き、昼過ぎよりも人出は減っている。このまま並木を琵琶湖へと下れば楽なのだが、もう一文張りするつもり。高島トレイルの裾野のダブルトラックを越え、メタセコイヤ並木の南端付近へと行く予定。そのダブルトラックはダートの可能性もあるので、ブロックタイヤではないが太目のタイヤを備えた自転車できている。
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 デジャブのようにマキノスキー上入り口へ向かい、今度はスキー場へ。キャンプ場やペンションがあって夕方というのにそれなりに人がいる。
 目指す道はスキーゲレンデを貫いているようだ。しかし、ゲレンデの下部のなだらかな草原はキャンプ場となっていて、「入場にはキャンプ受付が必要」と記された看板がある。これで心が折れた。引き返そう。この道を目指すなら、反対側からだな。
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 というわけで、2.4kmのメタセコイア並木の通り抜けだ。流石に紅葉ど真ん中。夕暮れ間近なのに、歩く人がいる。まあ、朝夕がお勧めの時間帯であるのdが。南にいくほどに木々の密度が濃いのか、樹木そのものが大きいのか薄暗い。人も多く、狭い道に飛び出して写真を撮る人もいて要注意。
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 並木が終ると川沿いの道で琵琶湖畔へ。去年と折った知内川沿いを行くつもりが、知内川に並走する別の川沿いをたどってしまった。道はダートなのはかまわないが、道幅いっぱいの大きな水たまりや車両の進入を阻止するフェンスなど、次々に障害が現れる。フェンスは腰ほどの高さなので、乗り越えられた。最後はまた対岸の伊吹山を見ながら湖岸を行く。
 11月下旬、13:25~16:30、40.6km

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宵のトリプル明星と三日月

 11月24日の火星と木星の最接近に続き、28,29日には金星と木星に細い月が並ぶとのこと。28日は曇天であきらめていた。でも、退勤時に外に出ると星が出ていた。もしかしたら見えたかも、と思ったがもう後の祭り。翌日にかける。
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 29日、すっかり忘れていたが、帰宅途中のクルマで西に細い三日月を見つけて思い出す。その日はまだ観測できる時間帯。しかし、目当ての天体の位置が低いので、西側が開けていないといけない。
 何とか場所を見つけて、クルマに積んでいる一脚を立てて撮影に挑むも、薄い雲がかかって条件がよくない。さらに木星は沈んでしまった。本家宵の明星である金星は薄い雲越しに見える。金星は三日月の右下に位置しているが、三日月の左上にもやや明るい星。土星だった。ただし、いずれかが薄雲越しに見えるときには、もう一方が雲に隠れ、金星と土星が同時に見えるタイミングはない。月でさえも隠れてしまうことがあった。
 翌30日夕方。日没の後の晴れた西の空に三日月と金星が、そしてその間に土星が見える。まだ残照が明るく木星は見えない。
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  暗くなるをの少し待つと金星の下に木星が見えてきた。木、金、土の3つの惑星と月のそろい踏みを撮影するが、なかなかうまくいかない。月が三日月として映らない。新月から3日後。月齢3.5の正真正銘の三日月なのだが、もうそれでほかの天体と比べて明るすぎるのだ。大きな丸い光の塊として写真に写ってしまう。時間が経過して空が暗くなるにつれその度合いが大きくなる。露出や感度を調整するがダメ。コンパクトカメラの限界か、それともテクニック不足か。やはり、前日までの細い月が観測には適していたということか。一番低い位置の木星が山の端に隠れる寸前まで粘ったが、今一つだった。

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