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2019/11/12

関東甲信越遠征「ランドナーの秋、パスハンティングの秋」2019(6)小千谷ふるさとYH小熊黒沢林道

■小千谷ふるさとユースホステル
 長野I.C.から上信越自動車道で。バスの中からI.C.までの道順を頭に入れておいたので、道路は混雑していたが道に迷わずに高速道路に乗ることができた。豊田飯山I.C.では、ETC・一般兼用の1レーンしか通行できず車列ができている。私も、無料措置の書類を提出した後に運転免許証の提示を求められもたつく。その先は千曲川沿いを行く。市街地は少なくなりクルマもまばらですいすいと行けるが、到着予定時刻には間に合いそうにない。すでに暗闇で川の周辺の様子はわからない。国道117号線で長野県から新潟県へ。19時半を過ぎて小千谷ふるさとの丘ユースホステルに到着。19時の夕食に間に合わなかったことを詫びる。もちろん道中に連絡を入れた。夕食と入浴を済ませてお楽しみのお茶の時間。去年の夏以来、1年3ヶ月ぶり。小千谷のおやぢさん、小千谷のおかんさんのマネージャー夫婦とのおしゃべりが楽しい。もう一人泊まり合わせたホステラーとおそらく同世代のメンバーで話は尽きない。日付が変わってお開きとなった。
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 未明にはやや激しい雨。朝には上がったが、曇天。上空の寒気のため日本海側は時雨模様。長野でのボランティア活動は行われるだろうか。
 朝は、炊き立てのコシヒカリの朝食。もちろん昨日の夕食も炊き立てのはずだったのだが、私が遅れたのだ。遅れることを電話した時、もう少し早く言ってくれたらご飯を炊くのを遅らせたのに、とおかんさん。ごめんなさい。もう一人のホステラーも到着が遅かったそうだ。そちらもリピーターのようで、まあお互いマイペースだよね。
 朝食の後もおしゃべりタイムとなり、結局我々が出発したのは11時ごろ。私は京都府北部の丹後半島へ、もう一人はさらに西まで今日中に帰る。
 長野までは来た道を戻る。小千谷ふるさとの丘YHに泊まるためだけに往復250㎞以上をやってきたというわけだ。おやぢさん、おかんさんと会って話をすることにそれだけの価値があると考えている。そりゃあ、夜更かしも長居も当然のことなのだ。しかし、道を間違えた。信濃川の左岸に渡ればよかったのだが、右岸を遡上したため魚野川沿いを来たことに小出で気づく。しばらく魚野川をさかのぼり、上越新幹線の浦佐駅を見てから山越えして、十日町で信濃川沿いの国道117号線に復帰。小出や浦佐の風景も懐かしかったし山越えルート沿いの紅葉もきれいだった。でも時間をロスしてしまった。
Urasa
 信濃川、そして千曲川には洪水の爪痕が残る。円錐形の高社山が見えてきた。北信のシンボルだ。
Oogiya
 飯山でラーメン。「おおぎや」という店。郊外をバイパスする国道19号線から市街地に向けて分岐する道に入ってすぐの場所にあるので、立ち寄りやすい。北信エリアに来るのは2016年3月末の鍋倉山スキー登山以来だから3年半のぶり。千曲川の河川敷でテントを張ってファルトボート(折り畳み式カヤック)で川下りをしたのは2009年のシルバーウィークだから、もう10年たつ。あの時もおおぎやで何度もラーメンを食べた。2002年10月に野沢温泉スキー場上ノ平高原から木島平のカヤの平へ自転車で走ったコースも今は通行止め。早く復旧してほしいものである。そのとき初めて泊まった「高社山麓みゆきの杜ユースホステル」にももう10年以上ご無沙汰。ここも魅力的なYHだ。また泊まりにいきたい。
 この先は中野、小布施、須坂、そして長野市街と時間がかかるのでやはり高速道路を利用する。もうボランティアのための無料措置対象外。豊田飯山I.C.から長野I.C.まで950円のところETCの休日特別割引で670円。
 長野I.C.から千曲川を渡って西へ進み国道19号線へ。長野市街といってもはずれの方なので何とかクルマは流れている。篠ノ井で国道から県道31号線へ。山間部の谷に沿った道だが、クルマの流れは良い。1998年の長野オリンピックに向けて整備されたメイン会場の長野市とスーパー大回転の会場白馬村とを結ぶ道。そうこれから白馬へ寄り道なのだ。
■帰路に寄り道白馬「小熊黒沢林道」
 神城駅あたりで国道148号線に突き当たる。正面に見えるは白馬五竜スキー場だが上部はガスに覆われている。こちらも朝まで時雨れていたのだろう。見えている範囲は全山紅葉だ。国道148号線を南下していくと、いつしか稜線にかかっていたガスは消えている。南から天候は回復しているようだ。今日の昼前からの移動の道中、曇天の雲間から日が射すようになるまで空模様が回復してきているものの、何度か通り雨にもあった。時間が押していることは、天候の回復ということに関してはかえって幸いだったかもしれない。しかし、日没が迫っている。
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 小千谷からすんなり帰るよりも100kmも余計に走っての寄り道をして、しかも高速料金までかけている。やはり最後に自転車に乗ろう。木崎湖の大展望がウリの小熊黒沢林道だ。
 青木湖、中綱湖を通り過ぎたところで鹿島槍スキー場へ。時間的に周回は無理だと思われるので、展望ポイントまでのピストンということで、スキー場の駐車場中で一番高い位置のところへクルマを止める。クルマの外に出ると寒い。急いでランドナーの準備にかかるが、前輪の空気が抜けている。パンクしているのだろう。3日前に走り出す前にも空気圧が下がっていたのだが、道志みちや柳沢峠の2日間持ちこたえてくれた。おそらく穴が小さく、タイヤの内側とチューブが固着していてクルマのチューブレスタイヤのような状態になって空気が抜けにくいのだろう。チューブ交換している暇はないので、空気を入れ直して走ることにする。
 16:20、スタート。標高865m。林道は全舗装。すぐに急な登り。ペダルが重い。またリムとブレーキシューが干渉している。今度は前輪だ。ただしリムの触れではなく、ブレーキ本体が傾いている。Vブレーキなのだが、フレームに固定するボルトが緩んで固定ピンが抜けているのだ。焦る気持ちを抑えながら修正する。GPSレシーバーで日没時刻を確認すると、16:49分。もうすぐではないか。丹後より20分も早い。ちなみに丹後なら11月下旬ごろの日没時刻。
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 クルマが2,3台連なって降りてきた。軽トラックなどお仕事のクルマのようだ。
 17:00、ロッジが立ち並ぶエリアに到着。山の上とは思えない広い平坦地が広がる。鹿島槍スキー場の上部である。北アルプスの鋭い峰も見ええる。すっかりガスは晴れ、残照の空をバックにそびえている。二つの峰があるが、どちらかが鹿島槍ヶ岳なのだろう。帰宅してから調べたところ、左が爺ヶ岳で右が鹿島槍だった。分岐があり、直進すると鹿島川の谷へと降りる。小熊黒沢林道は左折だ。
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 スキーリフトの降り場がある小ピークへ登ってみるが、展望ポイントではなく木崎湖は見えない。林道も登りが続く。
 標高1305mまで登ったら、道は下りとなる。林道の最高点だ。1250mまで下って、登り返す。そうだった、この林道は何度かアップダウンがあるんだった。
 もうすっかり暗くなった。上空には上弦の月。月齢7のまさに半月だ。この月明かりで木崎湖が見えるだろうか。
 ブラインドコーナーを抜けると展望が広がった。おお!街明かりがきらめいている。あれは大町の市街地か。美しい夜景を見られるとは思わなかった。その手前に木崎湖もぼんやり見える。国道148号線を行き交うクルマのヘッドライトの列も見える。南向きは列になっているが、北向きは空いている。
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 そこが展望ポイント。パラグライダーのテイクオフポイントでもあるようだ。標高は1280m。三連ピークの2つ目だ。ここまで来たら、ピストンでなく周回しようという気になってきた。
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 17:40、展望ポイントをスタート。1180mまで下り、最後のピーク1245mまで登る。そのあとは長い下り。ヘッドライトを付けているが、曲がりくねった細い道。慎重に。対向車が来た。たまにクルマが通る。めったに通行がない道での出会い頭は危険なのだが、暗い道でお互いヘッドライトを点けているのでかえって安心だ。
 下りが長く寒い寒い。木々の間に木崎湖や湖畔の集落が見えてくる頃には体かかなり冷えてしまった。18:15、木崎湖畔に降り立つ。標高775m。木崎湖の西岸を行く。対岸の国道のクルマの流れは、上から見下ろした時よりも減っているように見える。湖の北岸に達し、しばらく田園地帯を北上し、大糸線の踏み切りを渡って国道148号線へ。ちょうど踏切が鳴り出した。列車を撮影したが、スローシャッターに設定していたのを忘れていて、列車は光の帯になってしまった。
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 ハンドルが重い。前輪の空気が抜けている。あと少しだが、ここで空気を入れ直す。交通量が減ったとはいえ、国道はクルマの天下。でも、2kmで鹿島槍スキー場入り口。一番上の駐車場まで上らなければならないが、体が暖まるのでむしろ歓迎だ。19:00、ゴール。クルマにランドナーを撤収。日が暮れて気温が下がり、クルマのフロントガラスの内側がくもっていた。24.6km。
 さあ、帰路に着く。大糸線沿いの国道148号線を北上。もうクルマはまばらだ。お土産を買うつもりでスーパーマーケットに立ち寄りながら、別のものを買っていたらお土産を買い忘れた。立ち寄り温泉併設の道の駅「おたり」があいていたので、そこでお土産ゲット。
 1995年7月の大雨により、国道148号線は半年、大糸線は1年以上、通行止あるいは運休となった。復旧後の国道はトンネルの連続となった。
 糸魚川I.C.から北陸自動車道に乗るのが最速なのだが、国道8号線も流れがいいので、富山県の朝日I.C.までは一般道を行くのが恒例のパターン。ガソリンも入れなければならないし。だがなかなかお目当てのブランドのガソリンスタンドが現れず、結局富山西I.C.まで国道8号線で行ってしまった。北陸自動車道は交通量が非常に少なく快適。中央自動車道は、中京圏や関西圏へ帰るクルマで混雑しているはず。特に、恵那山トンネルから中津川I.C.の間でリニューアル工事のため片方の車線をを規制し、もう片方の車線を対面通行としている。去年もこの時期に同じような規制をしていて、その区間を越えるのに1時間近くを要した。
 北陸自動車道を順調に走り、恒例により武生I.C.で国道8号線へ。そしてすぐに国道365号線、476号線と南条経由で敦賀へ。クルマが少なく走りやすい国道のほうが高速道路より好みなのだ。敦賀からは国道27号線だが、これもすぐに広域農道「若狭梅街道」へ。日付が変わって、ようやく帰宅。4日間のクルマの走行距離は、1500kmに達した。前半の1泊2日の自転車の旅の間クルマを放置していたというのに。日程の割に壮大な旅だった。
 いろいろと欲張って盛り込んで、どうにかそれをほぼ実現できた。唯一予定通りに行かなかったのは、道志みち。通れると思っていた村道が通れるかどうか、通行止の情報がないだけで実際にはどうなのかわからないことに気付いたのは、現場に向かう途中。幸いその日に開通した別の道に救われた(道志村公式サイトに村道は通行止めであるとの情報が掲載されていることが後日判明)。本来計画していた旧中津川林道を含め、道路の復旧に期待。
 そして何より、被災地の早い復旧。被災された方々の生活の再建。これらの早い実現を切に願う。

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コメント

 ようやくレポートを読み終わりました。
 車の機動力を活かした自転車旅(?)ですね。車なのに輪行もあり、自転車を取り巻く総合的な旅行という感じがしました。
 ボランティアお疲れ様でした。行動するはいかいさんは立派です。
 今回ボクが行ったことがあるのはただ一つ、道志みちだけです。SR600Mt.Fujiというブルベのコースだったからです。快適にどんどん下っていった覚えしかありません。
 木崎湖の横の小熊山は同人誌「ロングライダース」で聖地の扱いをされているところだったのではないでしょうか。
 このような行動はボクにはできないと思います。理由は夜が弱いから。疲れて運転していると、すぐに眠くなってしまいます。寝溜めができれば、といつも思います。はいかいさんが羨ましい。

投稿: すう | 2019/12/01 20:32

 長文お読みいただきありがとうございました。
 道志みちの存在を知ったのは、「ろんぐらいだぁす!ツーリングガイド」という本です。ロングライドに挑む女子大生たち登場するゆるふわ自転車漫画「ろんぐらいだぁす!」に登場したコースが紹介されています(ツーリングガイドは漫画本ではありません)。快調に下った、ということはすうさんも私と同じ向きに走られたようですね。ただし、道志みちは神奈川から山梨に向けて走られることが多いようです。都会を抜け出し長いのぼりを経て富士山へ、という感動的なストーリーですからね。自転車だけでなく、当然自動二輪にも人気で柳沢峠を上回る事故多発ロードです。中高年ライダーに加えて、二十歳前後の若年ライダーの事故がかなり多いです。私も自動二輪に乗りますが、なぜそんなに命を粗末にするのかまったく理解できません。
 上記「ろんぐらいだぁす!」はかつて同人誌だったとのことで、すうさん言われる同人誌のことである可能性濃厚です。ツーリングガイドには小熊黒沢林道は載ってませんでしたが。今回の引き金となったのは、この秋のサイクルスポーツ誌に乗っていたから。もちろん、定番コースなので前から行きたいと思っていました。
 ついでに柳沢峠は、サイクルスポーツ誌の1988年8月号の読者の投稿記事でその存在を知りました。昭和の終わりから31年の間温めていたということです。未遂に終った旧中津川林道の復路として今回浮上してきました。
 ところで「車なのに輪行」ってなんだか不思議な表現ですね。なぜこの両者が「なのに」と逆説で結ばれるのか。相反するものではないし、どちらかに絞らねばならないという制約を設ける必要ありませんし。単なる「乗り換え」です。その状況で都合の良い手段に切り替えるだけのことです。例えば、北海道ツーリングではフェリーなのに道内は鉄道で輪行しています。陸路でフェリーは使えないし、北海道まで全部鉄道だと費用が爆発的にかさむからです。また、京阪神に出向く時には、近郊までクルマなのに都市部では鉄道を利用します。自転車があっても(http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2019/09/post-adbc80.html)なくても。
 もう20年以上前のことですが、当時勤務していた職場に長野県のりんご生産者とつながりがある人がいて、その人を通じて箱ごとりんごを購入しました。その段ボール箱がまだ残っていて、「TOYONO」と記されています。今回訪れたのは長野誌の北部ですが、豊野町と隣接した地区です。過去に国道18号線を通過したときに道路沿いにりんご畑が連なり、市町境の前後で変わらぬ風景でした。今回はその道路沿いの住宅街とりんご畑が入り混じった現場を訪れたわけで、20数年前に食べたりんごはこういう風景の中で育ったのか、と感じました。
 最後に、西国三十三所巡礼中のすうさんに報告。小千谷で泊まり合わせたホステラーは広島の方ですが、各地の神社仏閣巡りをされていて、西国三十三所も何度か巡礼したことがあるそうです。私の居住地を伝えるのに「最寄の札所は成相山」と言ったら「天橋立ですね」とすんなり通じました。

投稿: はいかい | 2019/12/04 19:29

 確かに「車なのに輪行」はおかしいですね。

投稿: すう | 2019/12/06 22:51

 細かいことを申して、すみません。
 西国三十三所、結願おめでとうございます。

投稿: はいかい | 2019/12/07 20:58

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