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2019/11/11

関東甲信越遠征「ランドナーの秋、パスハンティングの秋」2019(5)長野ポランティア

■長野市で復興支援(ボランティア)活動
 ランドナーをクルマに収め、15時スタート。旅の後半に向けて長野県へ。国道20号線と迷った挙句、県道を行く。予想通り、甲府市が近づくと混雑してくる。石和温泉も通過に時間がかかった。どうにか甲府を越え、韮崎で国道20号線へ。広い片側2車線で、店や住宅とも隔離された高速道路のような道。これなら初めから国道20号線を選んだ方がよかったか。すぐに左から国道52号線が合流。50㏄のスクーターで静岡から国道52号線、20号線を走って信州を訪れたことがある。だからこの先は懐かしい道。広い道は新しくて見覚えがないが、片側1車線になると30年近い時間の経過が逆戻りするようだ。特に、右側の屏風のような河岸段丘の段丘崖は印象的。
 左に甲斐駒ヶ岳などの南アルプス、右に八ヶ岳連峰を見て夕景の道を行く。クルマは多いがちゃんと流れている。長野県に入ると宿場の街並みはまた懐かしい。雪のない季節はMTBダウンヒルのゲレンデとなる富士見パノラマスキー場へ左折。MTBをゴンドラリフトで運んで入笠山の山頂近くまで登り、ゲレンデの急勾配は無理なので、林道コースを選んで下ったのは、11年前だ。そのスキー場の手前にある「入笠山湿原ユースホステル」にチェックイン。高台にあり、残照の空をバックにした八ヶ岳連峰が見える。夕食は豪勢だった。
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 ユースホステルでは朝食を取らず、6時半過ぎに出発。八ヶ岳連峰は雲に隠れている。昨日の夕方見ておいてよかった。
 国道152号線で上田方面に向かうつもりったが、分岐を曲がり損ねて、正確に言うと高架化された新しい道でインターチェンジを通り過ぎてしまいそのまま諏訪の町へ。まあいい。諏訪で朝食を取ろう。24時間営業の山岡家で朝ラーメンだ。しかし、正確な場所を調べるのを忘れていた。諏訪市街を迷走する。結局見つけることができず、代わりに諏訪湖畔にすでに営業しているラーメン屋を見つけた。そこで朝食。
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 1年ぶりの諏訪大社下社秋宮の前を通って国道142号線へ。この道も1年前に走った。上田で国道18号線へ。もう道の混雑が始まっている。諏訪で時間を費やし、朝早く出た意味がなくなってしまった。
 千曲市から長野市へ入ってすぐ、野球場のある運動公園が見えてきた。目標が大きな建造物なのでわかりやすい。運動公園への入り口の交差点の角がコンビニエンスストアなので、そこで昼御飯用のおにぎりをゲット。公園内のいくつかの駐車場は既に満車だが、どうにか係員の誘導でクルマを止める。現在10時過ぎ。10時半の受付終了に何とか間に合った。
 先月の体育の日の3連休に日本を強襲した台風19号。その爪痕が残る地域に遊びに来ているわけである。心の傷も未だ癒えぬ人もいるこの地に。せめて1日くらいは復興のお手伝いをしなければ申し訳がない。被災地のすべてがボランティアの募集を行っているわけではなく、例えば山梨県では募集されていない。千葉県や東北各県は今回訪れたエリアから遠いので長野県内に絞られた。だが、多くは地元の人限定の募集。唯一地域を問わず募集されていた長野市に来たわけだ。
 運動公園の広い敷地を歩いて受付場所へ。行列ができていた。「最後尾」と書かれたボードを持った人の背後に建つと、そのボードを渡された。後から来た人にバトンタッチしていく方式だ。行列の途中に受付の長机。そこで名前等を記入。名札シールをもらう。そこからはバス待ち行列。並びながら、5人ずつのグループに編成される。私のグループは、長野市と諏訪市からの男性、名古屋市と岐阜県からの女性。そして京都府からの男性である私。それぞれ単身での参加だ。長野電鉄の観光バスに乗って移動開始。バスは補助席も使って満員の状態。なお、受付は9時からなので、早く来た人はすでに現場に行っているようだ。
 バスは混雑する市内を移動し、上信越自動車道長野I.C.から一区間北上し須坂長野北I.C.へ。千曲川を渡る。広い河川敷に立つ木々は下流に向けて傾き、泥がコーティングされ、ごみが引っ掛かっている。洪水の跡がくっきり。
 バスがスタートした運動公園は、長野市南部の拠点。それに対しこれから訪れるのは北部の拠点。10km以上離れているため高速道路での移動。その北部の拠点が、ボランティアセンターの総本部というわけで、本来は市役所の支所。駐車場には災害派遣の自衛隊の車両が並ぶ。こちらでは被災者からの相談窓口もあり、実際面談が行われている最中だった。運動公園で受付を済ませている我々にとっては、トイレを済ませることがここに来た実質的な理由。後、昼ご飯を持ってきていない人はすぐ近くのコンビニで買ってくる。バスは満員なので乗り降りにも時間がかかる。
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 再びバスに乗り込み次の拠点へ。「市中引き回し」されているようでどこに向かっているのかわからない。2回目の移動は比較的短くて、付いた先は特別養護老人ホーム。隣接した更地がバスの発着場として使われている。ここでバスを降り、歩いて活動現場に移動する。それぞれの拠点には、スタッフが常駐しそれぞれ案内をしてくれる。そのスタッフは、全国各地の自治体の社会福祉協議会から派遣された人たちらしい。たくさんのボランティアを受け入れるには、大勢のスタッフで体制を組む必要がある。全国どこかからでもボランティアを受け入れられるのが長野市のような大きな自治体に限られるのは、こうしたことが理由だ。
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 数台のバスで運ばれてきた人々で、大グループが形成される。我々は、5人一組のグループが13組で65人の大グループを形成。リンゴ果樹園と住宅が入り混じったエリアを5分ほど歩き、20~25人くらいずつが現場に振り分けれれていく。その現場とは、ゴミが積み上げられて山となった住宅の合い間の空き地。ゴミの仮置き場だ。ゴミに埋め尽くされているので、その土地がもともとどういうものなのかわからない。そこには、家電、表具、廃材、そして生活雑貨、装飾品など泥にまみれたありとあらゆるもの。それが分別されずに積み上げられている。例えば、冷蔵庫の中には、野菜や魚の切り身など食品が入ったまま。食器棚には食器、CDラックにはCDが入って捨てられている。このごみ集積地に次々にトラックが横付けされ、そこにある程度分別をしながらごみを積み込むのが我々の役目。また、長野のボランティアセンターでは、人員だけでなく軽トラックも募集されていて、ごみの搬出のトラックもボランティアとして参加しているもの。仮置き場からごみを撤去するのが、この3連休の目標だそうだ。
 リンゴの木の下にはたくさんのリンゴが落ちている。落ちていない実も泥に汚れている。一度川の泥水に使ったリンゴはもう出荷できない。細菌やウイルスが含まれた泥水を浴びたものを食べるわけにはいかない。
 我々が現場に到着した時刻は正午過ぎ。運動公園から2時間かかって到着したことになる。すでに、先着した人たちが作業を行っていて、我々が昼休憩に入る彼らと交代して作業にかかる。木材、木製品など可燃物を中心にトラックに積み込んでいく。障子やふすまなどの建具が場所を取っていて、それらを取り除くと辺りが開けて作業がはかどった感じがするのだが、いろいろなものが上に積み重なっていてなかなか引っこ抜くことができない。まるで城を攻めるのにまず外堀を埋めるかのように、周囲の細かなものを取り除く必要がある。木製品には、木彫りの民芸品なども含まれる。釘の出た角材もあり、靴底を踏み抜いて怪我をする事例もしばしばある。私の場合。東日本大震災の被災地で活動するときにそろえた装備が役に立つ。長靴には金属の中敷きを入れてあるので、安心して歩ける。細かい土ぼこりが立つのでゴーグルをつけるが、マスクの端から漏れる呼気がゴーグルの中に入り視界が曇ってしまう。こうした作業用のマスクでなく、普通のマスクを持ってきたのがよくなかった。二者択一でマスクを選び、ゴーグルは基本的に外し土ぼこりが立った時だけかける。
 そのうち、このトラックには「家電」、とか「金属製品」などと指示が出る。冷蔵庫など大きなものは、数人で力を合わせて運ぶ。50インチを越えていると思われる大画面のテレビもかなり手ごわかった。
 5人グループに振り分けられたとはいえ、こうした現場では小グループにこだわらず、その場にいる人々と協力して作業をする。この現場では、5人グループは、実質人数の把握のためのもの。その5人グループ編成の際にリーダーが選ばれるが、要するに全体の指示をメンバーに伝えたり、移動の際にメンバーがそろっているかを確認する世話係。ちなみに、我々のグループでは私がリーダーに選ばれた。ヘルメット(2か月前の富士登山用に買ったもの)をかぶっていたり、薄汚れた服装をしていたりしてこういう活動になれているように見えたらしい。
 ただ、狭い場所で大人数が動くので作業の効率が悪い。列になってリレー形式で受け渡しをする方がいいと思うが、他の参加者に指示をするような立場ではないので、自分の行動をどうすればよいかを考える。ゴミの山から運び出すものを発掘する作業に専念する。発掘と運搬、それぞれ係に分かれるだけでも効率は上がる。
 我々の作業開始から1時間余り、13時半ごろに12時過ぎの到着組の昼休憩の指示が出る。落ち着いて休憩できる場所はない。もともとは住宅街で、空いた場所にごみが詰まれ、その搬出作業で人がうごめいている状態。住宅の隅、つまり私有地をお借りしグループでまとまって持参したおにぎりを食べる。
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 14時前作業再開。あと1時間余りだ。この後は、ごみの山の周囲の道路の通行をしやすくする作業が中心。実は、ごみは道路の端を占拠している。1車線と思われた道路は、実はすれ違いのできる道幅だったのだ。道幅が確保できればトラックの出入りがスムーズになり搬出作業がはかどるということ。午前中の作業でごみの山はかなりボリュームダウンしたので、トラックが来なくても道に置かれたごみを空き地の中に移動させる。その際に木、金属、プラスティックなどに大まかに分別する。作業終了時刻が近づくと、搬出用トラックが来なくなった。
 指示を近くで聞いていた人がそれぞれの場所を決めて分別していくが、少し離れて作業していた人が加わると分別があいまいになる。また、もともとあった場所にも、全く無分別で積まれていたと思われていたのだが、底の方には実は同じような種類のものが集められていることもある。例えば、ヘアドライヤー、ビデオカメラ、ラジカセ、扇風機などの家電がまとまっているなど。つまり元々は存在した分別の意志がだんだん薄れていく、これの繰り返しではないか。道幅が確保できたらゴミの分別が作業の主体となるが、分別の基準がだんだんあいまいになる様子に作業の意欲が薄れてしまう。果たしてこの作業に意味があるのだろうか。正直なところ、早く作業終了の指示が出ないかと待ち望む気持ちになっていた。
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 15時半予定通り作業終了。しかし、拠点まで歩いて戻る。ここで長靴の洗浄。こうした現場でいつも思うのだが、長靴をピカピカに磨くことに労を費やす日本人のなんと多いことか。しかし、はいかいちゃんは知っています。「次に使えばまた汚れる。」
 そしてバスに乗り込む。往路では、帰りもこのバスに乗り込んでください、とスタッフが言っていたので号車ナンバーやプレートナンバーを記憶していたが、実際には発着場に来たバスに次々に乗り込んでいく。今日はボランティアの人数の最高記録更新とのことで、いろいろ予定外のことが起こっているようだ(予定にとらわれず柔軟に対応しているということ)。高速道路を経由して運動公園へ。往路より経由地は1か所減ったが夕方の混雑のためやはり1時間半ほどかかる。高速道路の無料措置の手続きをして、自分のクルマに乗り込んだのは17時過ぎ。

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