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2019/09/12

満を持して富士山初登頂

■登山口まで
 1996年北岳、1997年奥穂高岳、1995年槍ヶ岳、それぞれ登頂。日本の標高2,3,5位の山に登ったのはもう20年以上も前のこと。死ぬまでには富士山にも上らねばならない、そう言い続け20年経つ。
 一般的な登山シーズンは7月上旬から9月上旬までの2か月のみ。毎年のように天候不順の夏。さらに、2013年に世界文化遺産に登録され、大変な混雑となっているらしい。様々な事故により、それ以外の時期に自己責任で登ることは許されぬ風潮となってきているし、初めて登るのに冒険はできない。頭の片隅に「富士山」の文字がありながらも、気づけばシーズンが終わっていた、ということの繰り返し。この夏もそうして終わろうとしていた。9月に入り、山小屋が営業を終えつつある中、好天とこちらの行動できる日のタイミングが一致した。千載一遇のチャンス到来だ。
 9月6日深夜0時、丹後を出発。若狭湾沿いを東へ進み、小浜を越えたら琵琶湖へと南下。今津から時計回りに湖北を回り込んで長浜でガソリン補給。夜の道は交通量が少なく快適。楽しくない高速道路を先延ばしにして伊吹山の裾野を行く国道365号線で関ケ原へ。前方に冬の星座オリオン座が上ってきた。でも、そろそろ高速道路に乗らないと、深夜割引の適用を逃してしまう。ということで、3時半過ぎに関ケ原I.C.へ。0時から4時までの間に少しでもかかっていれば、深夜割引で通行料が約30パーセントの割引になる。まだ先は長くクルマの多い東海道。必ず高速道路を利用しなければならないのだ。
 深夜から未明の高速道路を、大型トラックの脅威におびえながら愛知県内を通過。静岡県にはいる頃には空が明るくなり、大型トラックが一気に少なくなる。朝日を正面に見て走るためまぶしい。東名高速道路と新東名高速道路の二者択一を迫られるが、とりあえず東名高速道路へ。浜名湖S.A.に立ち寄るが、まだこの時間にはフードコートも半分以上が店を閉めているので、ここでの食事をあきらめる。ああ、腹減った。
 なんとなくこの先の時間が読めてきた。このままでは、富士・富士宮の朝のラッシュアワーにまともにぶつかるではないか。まずいと思い富士川S.A.に寄ってみたものの、すでに容赦ない日差しが降り注ぎ、暑い。仮眠など取れないし、フードコートもまだ空いていないだろう。こんなことなら、未明のうちにどこかで仮眠をとっておけばよかった。でも、すでに後の祭り。クルマを降りることなく再出発。
 富士I.C.からそのまま接続する西富士道路は高速道路のようで富士市の混雑は回避できた。しかし、富士宮市内が近づくと渋滞につかまる。ずっと信号のない高速道路のような道に、いきなり信号のある交差点。その手前から渋滞となっていて、追突事故が降りそうな道だ。私のように制限速度で走っていれば問題ないのだが。
 時刻はまだ7時前。混雑は当分続くだろう。どこかで朝食をとりながら混雑の解消を待ちたい。国道139号線沿いには飲食店が立ち並んでいるものの、もちろんこの時間にはまだあいていない。ようやく24時間営業の牛丼チェーン店を見つけ突入。しかし、残念ながらあっという間に牛丼を出され、空腹のあまりあっという間に完食してしまう。仕方なくまだ混雑の続く路上へ復帰。少し進むと今度は24時間営業のラーメン屋があった。東日本を中心に展開するチェーン店「山岡家」だ。よし、ここにも寄ろう。
 ラーメンのチャージが終ると時刻は8時を過ぎ、混雑のピークを越えた。次は、山で食べる食料の買出しだ。国道をそれ、朝から営業しているスーパーマーケットへ。さらに、高度障害に備え、薬店で頭痛薬を買う。
 静岡市内を行く高速道路上からも富士山がくっきりと見えていた。夏場は見えてもぼやけていることが多かったのだが、やはり9月に入ると空気の澄むようだ。富士宮市内からはより大きさを増した富士山に圧倒される。時間の経過ともに中腹が少し雲に覆われてきたが、それでもほぼ全貌が見えている。その富士の懐へ。富士宮市街を抜け上り坂となる。九十九折れの急勾配。周囲は緑、開け放った窓からさわやかな空気が入ってくる。
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 10時ちょうど、水ヶ塚駐車場へ。駐車料金は1回1000円。標高は1450mほどあり、涼しい。北アルプスの上高地に匹敵する。下界とは別世界だ。登山口五合目へのシャトルバスは、正時と半の30分おき。次は10時半だが、慌てて準備をすると忘れ物をしそうなので、11時のバスを目標に準備を整える。
 11時ちょうどのバスはすいていた。日帰りには遅く、明日のご来光を目指すには早い、中途半端な時間なのかもしれない。
 五合目まで13km、標高差1000m近くを30分かけてバスは五合目へ。富士山保全協力金(入山料)1000円を支払い地図付きのパンフレットと缶バッヂをもらう。トイレはここから有料で100円。バスに乗る直前に済ませておくべきだった。
■初日は新七合目まで
 11時40分、五合目を出発。出だしはなだらかでダブルトラックのような歩きやすい道。夜通しクルマを走らせてきて眠いが、足取りに影響はない。6合目を通過し岩がゴロゴロしだした。ここでヘルメットを着用。半月ほど前の落石による死亡事故を受けて先日購入したものだ。オートバイ用、自転車用、スキー用といくつも持っているのだが、それぞれに特性がある。前述の落石事故以降、無料での貸し出しもあるが、今回だけでなく、春のスキー登山でも使いたいのでこれを機に購入した。
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  13時、新七合目「御来光山荘」到着。今日はここに泊まる。新七合目というが、地図によっては六合五勺と記されている場合もある。標高は2780m。コースタイム通りの1時間20分で歩いた。本当はもっと上まで、できれば3200mの八合目まで登りたかったが、そちらの山小屋はもう今シーズンの営業を終えたとのこと。もう、閉山まで残り数日。営業している山小屋は限られている。
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 山小屋の内外にいるのは立ち寄り登山者。宿泊の登山者は私が一番乗りだった。手続きをすると寝室に案内された。個室ではないが、壁で仕切られたプライベート空間となっている。目隠しのカーテンもついている。カプセルホテルやゲストハウスのようだ。ただし、1枚の布団に2つの枕。今日は1人で使わせてもらえるようだが、混雑するときには、ここで2人寝るようだ。2人用のテントが1人でちょうどよい広さになっているのと同じようなことか。もちろん、その仕切られた空間の広さにはいろいろあり、パーティの人数によっていろいろ割り当てられるようだ。
 というわけで、布団に入る。ああ、眠い。おやすみなさい。
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 16時30分、夕食開始。1番の番号札を持っているので、第一ラウンドで夕食にありつく。メニューはカレーライス。立ち寄り客には1200円で提供しているようだが、宿泊の場合は素泊まりの6000円に1000円の追加で夕食が付く。夕食後は、小屋の前で景色を眺める。眼下には駿河湾と富士市街。三保半島に抱かれた清水港。そのすぐ奥が日本平。その向こうに静岡市街、日本坂、焼津市街。御前崎まで見えているのかどうかわからないがずっと海岸線が伸びている。反対方向は、伊豆半島の付け根の山塊に箱根の大涌谷らしきところ。さらに三浦半島もわかる。神奈川県はずっと市街地だ。昼間よりも雲が少なく、明かりが灯り始めた街が浮かび上がる。すごいね、まるで仙人になったみたいだ。
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 一寝入りしてまた外に出る。今度は夜景。日本海側で、しかも過疎地から来た者からすると、この下界の明るさには目を見張るばかり。その人間界を、月齢6.7、上弦の月が照らしている。山の方を見上げれば、星空と上部の山小屋の明かりがあるだけ。長袖の服装だが、寒くてあまり長居はできない。
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 トイレに寄って、寝室へ。トイレのドアにはコイン投入口があり、百円玉2個を入れると開錠される。宿泊者は食堂にかかっている鍵を使って無料で利用できる。ただし水はない。消毒用のアルコールが置かれている。森林がなく沢のない5合目より上では、水はシビアなのだ。飲料水も、持って来た分量では不安なので購入しておく。500mlのペットボトル入りが500円。
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 水の提供がない代わりというわけではないが、なんとこの山小屋では携帯電話の充電ができる。さらに、独立峰のお陰か携帯電話はこの山小屋に限らず通信県内だし、この小屋では無料WiFiも利用できる。ただし、光ファイバーの回線が来ているわけではなくいらし、おそらく携帯電話網を利用しているため、速度は遅く不安定。他の人が寝静まった時間に、何とか気象情報を確認することができた。まあ、他にこの場でアクセスしなければならない情報は他にないのだが。
■夜景を背に頂を目指す
 7日0時ごろ、寝室を出て行く人の物音で目が覚める。0時半に起床予定だったので、そのままぼんやりと過ごす。睡眠負債は、かなり返済できたようだ。予定より早く目覚めても、1時の出発予定時刻を早めるつもりはない。山頂に早く着いてしまっても寒いだけ。山開きの7月10日頃と比べ1時間近く遅い御来光を見定めた出発予定時刻なのだ。
 0時45分、静かに寝床を抜け出し、入り口の広間へ。出発準備をしている人々の隙間にスペースを見つけパンを食べて、靴を履いて外へ。風はない。すっかり雲も消えて下界の街明かりがくっきり。月は消え星が明るい。登山道には登山者のヘッドランプが見える。Tシャツの上に長袖のパーカーを羽織った状態では肌寒いが、歩き出せばこれでちょうどいいはず。多くの登山者は合羽まで着込んでいる。しかも上下。ひざの屈伸を妨げないよう、雨が降らない限り下半身の合羽は着用しないよ、私は。
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 1時にスタート。昼夜逆転の生活、夜行性である。混雑というほどではないが、視界には他の登山者のヘッドランプが見えて、心細さはない。足元を照らして歩く。そのうち、団体登山パーティと抜きつ抜かれつするようになる。「○○号車出発しまーす」といっているのは、ガイド付きバスツアーか。また、「チャーリー隊、休憩します」「ブラボー隊、八合目通過です」と無線機に向かって叫ぶ声が聞こえる。コースリーダー役のニックネームが、小パーティの名前を兼ねているようだ。彼らが休憩している間にこちらが先行し、こちらが休憩しているうちに彼らに先へ行かれる、この繰り返し。
 暑い暑い、と合羽を脱いでいる人が見られる。ヘッドライトで照らされた顔は汗が光っている。こんなに汗をかいたら、のどが渇くじゃないか。たくさん水を摂取しなければならないばかりか、トイレにいかなけれならなくなる。悪循環だ。できるだけ汗をかかないようにして、水は少量ずつ摂取すれば、体が水不足を感じて余り尿を作らないでいてくれる。
 1時35分、元祖七合目(3010m)通過。少し頭が痛い。頭痛薬を飲む。
 登るにつれて岩場の割合が増えてくる。団体パーティの後に渋滞が発生。のんびり行こう。
 2時30分、八合目(3250m)通過。頭を降ると少しクラクラする。頭痛も続いている。高度障害だ。でも、他の登山者もそういっている。団体パーティのガイドは「深呼吸してくださいね」と呼びかけている。
 3時20分、九合目(3460m)通過。東の空が明るくなってきた。八合目辺りまではコースタイムどおりだったが、ここへ来て少し遅れている。渋滞の影響か。
 4時、九合五勺(3590m)通過。富士宮頂上、つまり火口壁までコースタイムによれば30分を切った。岩場が続き、上方のヘッドランプの列は途切れが見えない。頂上まで連なっているようだ。そればかりではなく、下方にもずっと続いている。歩行ペースはゆっくりで、時おり1分程度立ち止まる場面がある。
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 私のすぐ後方、2,3人の若い男性パーティが、追い越したそうにしている。少し登山道が広くなったところで斜め後方に張り付いて前に出ようとするが、すぐに両側に迫る岩や、コースを示すロープに阻まれて、背後に戻る。延々と続く列の中で数人を追い越したところで何の意味もないのだが。なにを焦っているのかと思えば、明るくなった東の空を見て御来光に間に合うかどうかを気にしているようだ。御来光はまだ1時間以上も先だ。登山口の看板やパンフレットに記されている御来光の時刻を見落としているのだろう。だとしても、日没を過ぎても残照の時間が結構長いことや、もうすぐ昼夜が12時間ずつの秋分の日であることを根拠に論理的に考えれば、焦る必要はないはずなのに。道幅が広い状態が続いた区間で、彼らは先に行った。
 渋滞のゆっくりペースで歩いていれば、休憩をとる必要がない。結局、私も定期的に休憩をとる団体さんを追い越すことになった。
■登頂そして御来光を見る
 4時30分、富士宮頂上到着。浅間神社奥社に人があふれかえっている。近くの小ピークでは三脚を立てご来光を待つ人だかり。まだ小一時間ものに、じっと待つのは寒いよ。というわけで、私は最高峰剣ヶ峰を目指す。あちらはまだ人が少ないようだ。砂地と岩場の凸凹の空間は、地球以外の天体のようだ。背後の東の空はいよいよ赤みを増している。そして、正面の剣ヶ峰も赤い。
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 馬の背の急勾配を登る。滑りやすい。下りが心配だ。狭い山頂部には流石に途切れなく人がいるようなので、一段下のスペースに腰を下ろす。ここはまだすいている。御来光まであと20分くらいか。座っていると体が冷えてくる。座るときに合羽を着たのだが、それでも体が冷えていく。風があったらもっと寒いはず。でも、日が昇ればすぐに暖かくなる。
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 御来光の瞬間を動画におさめたい。ということは、お日様が顔を出す前に撮影を開始しなければならない。そろそろかな、というタイミングで東の雲海を狙って動画撮影スタート。しかし、なかなか太陽が顔を出さない。何度か、撮影を止め、再スタート。3度目で御来光の瞬間を捉えた。完璧だ。いつしか周囲にはたくさんの人がいるが、みな静かに御来光を眺めている。こういう雰囲気がいい。先ほど、富士宮山頂直下で、団体パーティが「行くぞ」「オーっ」というような感じで奇声を上げていたが、こういうのは苦手。みんな揃って奇声を発してから瀬に挑むラフティングも好きになれない。ついでにいうと、みんな揃ってではないが、スキーで滑りながら奇声を発するなんて信じられない。きっと周囲への気配りができない人なのだろう、と思ってしまう。自分なら、そんな声を他人に聞かれるのは恥ずかしいこと。とにかく、団体だろうと個人だろうと周囲に人がいる中で、どうして大声を出すことが平気なのだろう。
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 御来光を見たら、いよいよ3776mへ最後の1ステップ。気象衛星などがなかった時代に、台風の接近をいち早く知るために設置されたレーダー測候所(もうレーダードームはないが)の建物の前の日本最高峰のモニュメントの周りは、お祭りのような賑わい。記念撮影の順番待ちの大行列ができているではないか。もちろん、そんなところに並ぶ気はなく、少し離れた場所から自撮り。後日、インターネットに上がっていた報告によれば1時間くらい並んだそうだ。あと、北方の山々は測候所の建物に阻まれて見難いので、さっと写真を撮って退散。南アルプスに八ヶ岳連峰に浅間山、あるいは甲武信ヶ岳など秩父山地といって山々は写真で同定することにしよう。
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 剣ヶ峰からでなくても、お鉢めぐりをすれば、周囲をじっくり眺めることができるだろうけど、直径約700mの火口を一回りするのには、きっと私なら2時間くらいかかる。下山路、そして帰り道が気になるので、とっとと下山しよう。
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 滑りやすい馬の背を慎重に降りる。途中で影富士を見る。浅間神社にも参拝、あるいは御朱印ゲットの大行列。もちろん並ばず、少し離れたところから手を合わせてご挨拶。
■下山そして帰路
 しばらくは、登ってくる登山者は少なく順調に下る。が、だんだん膝が痛くなってきてペースダウン。八合目を過ぎると、すれ違う登山者がどんどん増えてきた。五合目を朝出発した人たちだろう。
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 下るにつれて膝の痛みが増し、登ってくる人が増えてペースが落ちる。下山者にどんどん追い越される。登りはほぼコースタイム通りだったが、下りはコースタイムを大幅に超過。標準コースタイムでは、下りは登りの半分くらいのはずなのに、その平均値くらいかかった。
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 結局、間に合うと思っていた10時のシャトルバスがドアを閉めて出発していくの見送り、10時半のバスを待つ(涙)。
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 11時、水ヶ塚駐車場に降りた。バスの中からは、富士山スカイラインを登るサイクリストたちをたくさん見た。乗鞍畳平に次いで標高の高い車道なのだ。
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 バス停のすぐ近くのお土産を買って、トイレへ。御来光山荘出発以来、10時間ぶりのトイレ。有料トイレを使わない作戦成功だ。しかし、濃いねぇ。この後はたくさん水分補給をして尿を正常な状態にまで薄めないといけない。有料トイレのため、昨日の朝富士宮市街での食事や買い出しの支払いの度にため込んでいた百円玉が余ってしまった。だから、先ほどお土産の購入の際には十数個の百円玉で支払った。
 富士宮市街へと下る。たくさんの自転車とすれ違う。このクルマにも自転車を積んでいるが、膝が痛くてそれどころではない。高速道路に乗る前に、食事をしたりガソリン補給をしたりしたい、と思うが、昨日の朝のラッシュアワーほどでないけれど富士宮市街はクルマが多くて移動に時間がかかるので、市内をさまよった挙句諦めて西富士道路へ。今度は新富士I.C.から新東名高速道路を利用。東名高速道路よりも内陸部に設置され、茶畑に覆われた山の中を行く。つまりトンネルが多い。トンネルは日差しがさえぎられて涼しい。しかし、富士山はほとんど見えない。清水S.A.手前でバックミラーに少し映っただけだった。日中のため大型車が少ないのはいいが、でも交通量はそれなりにある。3車線だったり、制限速度が120km/hだったりする。
 新東名から東名へ。愛知県内は夜も昼もクルマが多くて厳しい。北陸自動車道が待ち遠しい。
 北陸自動車道長浜I.C.で高速道路とおさらば。往路と同じガソリンスタンドで給油してから、近江ちゃんぽんを食べる。トッピングで一日分の野菜を補給。
 そのあと湖北から若狭湾へ抜け丹後へ。19時30分帰宅。
 好天に恵まれ大成功だった。残念だったのは、北方の山をじっくり眺められなかったこと。となると、次は富士吉田口から登ってみたい。

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2019/09/05

大阪から京都へ淀川左岸を折畳小径車で遡る

 この夏、購入から10年目にしてフロントダブル化という大きなリニューアルを果たした折畳小径車Mu-P8.せっかくなのでどこか走りに行きたい。丹後半島一周は、先日別の自転車でしたばかり。がらりと趣向を変えて、大都会への輪行ツーリングとしよう。具体的には京都と大阪の間、淀川沿いだ。これなら大都会といってもクルマも信号も気にしなくてよい。5年前にも同じようなところを走ったが、あの時は右岸だったので、今回は左岸を行こう。また、前回はJR福知山線篠山口、阪急宝塚線経由のアプローチだったが、今回は山陰本線吉富駅、嵐山経由でのアプローチとしよう。
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 南丹市の吉富駅近くにクルマを停めて、11時19分の列車に乗り込む。11時40分、嵯峨嵐山駅で下車。輪行袋から自転車を出して、阪急嵐山液へと移動。12時14分の列車に乗車。桂駅で大阪行きへと乗り換え。12時28分の特急に乗るつもりでいたのだが、特急よりも先に到着し29分に出発する準急列車が空いていたので、そちらに乗ることにする。輪行袋という大荷物があるので、ロングシートの端っこ、出入り口脇の席を確保したい。予想通り特急は、ロングシートの端っこは埋まっていた。席を選ばなければ十分座れるのだが。なあに、準急だって目的地まで15分多くかかるだけだ。片道コースなので、前回に続き今回も阪急電車のお世話になるわけだが、前回と逆に今回は往路を電車にした。夕方よりも日中の空いた時間を狙うことにしたのだ。
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 13時8分、淡路駅で下車。ここからスタート。だが、まずは淀川ではなく下新庄駅方面へ向かう。が、迷走。阪急千里線に沿って北上すればいいのだが、線路沿いを少し離れたらわからなくなった。ようやく見つけた鉄道の高架に沿って走ってみるが、それは新幹線だった。便りのGPSレシーバーも、直射日光が画面に反射して見難い。
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 それでもどうにかたどり着いたのは、「ラーメン荘 歴史を刻め」。この春はキラメキ系列のラーメン屋を訪ね歩いたが、夏には神戸、大阪、京都の二郎系を食べ歩いている。魅力はその量。多くの二郎系のラーメンは、一般的なラーメン店の大盛りよりも多い麺300gが並。さらに、無料で野菜(主にモヤシ)を山盛りのトッピングが追加できるのもすばらしい。今回訪れた店も典型的な二郎系で、狭い店内のL字型に厨房を囲むカウンター席に若くて体格のいい男性客がひしめき合っている。テーブルも狭く、箸立てなどは置かれていない。水、箸、レンゲ、お絞りなどは置き場から自分で取ってくる。うどんのような太い麺が茹で上がったら「ニンニク入れますか」と訊かれるので、「ニンニク抜き、野菜増し」などと応える。
 ラーメンとの勝負が終わったら、食器をカウンターの上にあげ、テーブルを拭いて店を出る。ああ、満腹。
 さあ、大量に摂取した炭水化物を消費しないといけない。また迷走しながら淀川へと南下。目標は点でなくて線なので、大雑把に狙っていけばいい。緑色の土手に突き当たった。階段があったので自転車を持ち上げて登る。
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 堤防の上の道を東へ。対岸に渡りたいのだが、見えていた橋は鉄道橋だった。堤防の上の道は鉄道に寸断されているので、河川敷に降りて橋をくぐる。しばらくするとクルマが行き交う橋が見えてきた。再び堤防に上がり橋を渡る。菅原城北大橋だ。
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 右岸同様、左岸も堤防の上と河川敷の両方に道が敷かれている。二階建ての家屋を見下ろす堤防の上の道のほうが川も街も見ることができて退屈しないのだが、たびたび現れる橋をくぐるには河川敷に降りなければならない。河川敷には運動場などの施設があり、それに出入りするための車道が設けれら手いる。川に並行する道は、自動車はもちろん自動二輪車や原付自転車も通行禁止。そのため、交差点にはかなり窮屈なクルマ止めが設置されている。自転車に乗って越えることはできない。
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 しかし、暑い。9月になったというのに、強い日差しがガンガン照りつけ入道雲が湧いている。暦の上ではセプテンバー、でも気温はまだサマー、だ。自転車で行き交う人もそうだが、ランニングしている人はそれ以上に暑そう。
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 堤防の上にあがったり、河川敷に降りたりしながらもくもくと進む。遠くに観覧車が見える。ひらかたパークだ。枚方の中心街では、河川敷の道はパターゴルフかグラウンドゴルフかマレットゴルフかよくわからないが、そういった施設に阻まれて堤防に上がる。そこは交通量の多い車道だ。その歩道部分を行くと車道と別れた堤防の上の細い道は、ダートとなり、支流を越えるために大きく迂回して、またダートが続く。しばらくすると舗装された道となり、延々と進むと合流してきた車道に吸収されてしまった。クルマは多く、大型車も通る。歩道は反対車線だ。河川敷を見下ろせば依然ゴルフの施設が続いている。
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 いつしか京阪電車の線路も並走している。葛葉駅を過ぎたところで、ゴルフ場はようやく途切れ、河川敷に降りるスロープを見つけ、逃げ込む。河川敷にずっと道は続いていたようだ。帰宅してから調べてみたら、ゴルフ場の河畔側に道はあったようだ。次はずっと河川敷を走ろう。
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 ただし、河川敷の道は見通しが悪くて退屈だ。例えば、堤防の上の道だと京阪電車の線路の向こうに、小山が見えていた。斜面にたくさんの住宅を貼り付けた鳩ヶ峰だ。その裏側には石清水八幡宮がある。これは、大阪府と京都府の境を示す目印としてかなり手前から目標としてきた。けれども、河川敷に降りたら、堤防の死角に入って見えない。対岸の河川敷からだと見えるんだけど。その堤防の上には、青空と入道雲をバックに府境の標識が見えた。
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 京都府に入るとすぐに橋が見えてきた。御幸橋だ。桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となるのだが、自転車で淀川を遡ってきた立場だと、桂川と木津川のそれぞれの自転車道への分岐点。「淀川三川合流域 さくらであい館」という施設には自転車スタンドもあり、サイクリストのオアシスのような場所。水道の水を頭からかぶっているサイクリストもいる。この日の京都市の最高気温は35度を越え、全国のアメダスで2位だった。
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 桂川自転車道で嵐山へと向かいたいのだが、川や道が入り乱れどう行けばいいのかわからず迷走。決して初めての場所ではないのだが、例えば去年の年末には、嵐山からここまでのピストンだったので迷うことはなかった。宇治川と桂川のデルタをV字型にたどるため、一度嵐山とは反対に向かわねばならない。これが迷走の原因だった。
  さあ、一路嵐山へ。淀川沿いのように窮屈な車止めはない代わりに、鴨川との合流点付近は道幅が狭い。歩行者やランナーもいるし、対向する自転車もあるから慎重に。
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 新幹線や東海道本線をくぐると、自転車道は河川敷に降りる。河川敷には畑や田んぼがあり、自転車道は農道をかねている。稲はすっかり黄金色になり、稲刈りはまだ始まっていないがその準備なのかたまに軽トラックが通る。
 国道9号線の西大橋を右岸に渡れば、もう嵐山は近い。松尾大社辺りから自転車道を歩く外国人観光客が見られる。
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 渡月橋が見えてきた。もう一息だ。夕涼みというにはまだ暑い、渡月橋のたもとの河畔で一息。列車の時刻を確認。20分後ではないか。休んではいられない。渡月橋を渡りJR嵯峨嵐山駅へ。
 17時82分の快速列車で吉富駅へ。流石に座ることはできないが、嵯峨嵐山から郊外への区間は京都市内ほどは混んでいない。亀岡を過ぎればさらにスペースに余裕が生まれる。吉冨までの乗車時間も20分なので、立って過ごしてもさほど苦痛はない。
 というわけで、無事に走り終えた。フロントダブル化したけれども、予定通りフロントアウターだけでことは足りた。チェーンの脱落や引っかかりなく走れることが確かめられれば今日はそれでいい。前回は、大阪府から京都府に入ってすぐの大山崎駅までしか走らなかったが、今日はその倍以上を走った。平均速度は19.8km/hとまずまず。市街地や迷走区間を除けば20km/hを軽く越えていた。小径車でこれだけ走れば十分だ。

 9月上旬、約62km

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