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2019/05/17

加賀白山の動画


YouTubeで見るならこちらへ。https://youtu.be/yA5kXVRmBZc

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2019/05/14

Slide and Ride 扇ノ山(滑り納め大ヅッコ)

 ゴールデンウィークが終わり、日差しは強まり気温も上がってきた。冬の降雪は少なかったが、3月4月は何度も寒の戻りがあり、特に4月の平均気温は昨年より2度も低かった。これにより雪が遅くまで溶け残った山は、思いのほか長い残雪シーズンとなった。
 今シーズンも滑り納めは扇ノ山だ。もう登山口までクルマで入ることができ、車道歩きしなくてもよくなっているようだ。さらに、登山道にも雪はほとんどないだろう。まとまった残雪は大ヅッコの北斜面だけだと思われる。その北斜面の雪はどのくらい残っているか。
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 2年ぶりに兵庫県新温泉町の上山高原からのアプローチ。ブナもすっかり緑の葉をつけている。高原には、散策や山菜取りの人の姿がほんの少し。さらに車道を進んでいく。ショウブ池のあたりから大ヅッコと扇ノ山山頂が見える。多少残雪もみられるがブナの緑の葉に隠れてどのくらい雪が残っているかよくわからない。上山高原避難小屋から2km余りで小ヅッコ登山口。1台のクルマが止まっている。さらに1km弱進み、鳥取県との境を越えて「水とのふれあい広場」へ。6台ほどのクルマが止まっている。ここへ駐車。MTBとスキーの準備。その最中、クルマがやってきて水を汲んだり、食事をし始めたり。
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 河合谷登山口が近いのだが、クルマで来た道を引き返し小ヅッコ登山口へと自転車で移動。そしてそちらから入山。
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 すぐに人が下山してきた。単独の男性。大きな捕虫網を持っている。彼と入れ替わるようにMTBを押してやや急な坂を上る。並木道のようなブナ林を少し進むと、小ヅッコ避難小屋。さらに登山道を行く。木の根っこや段差などがしばらく続くが、だんだん登山道がフラットになってくる。そしてしばし乗車。扇ノ山から大ヅッコを経て北に延びる稜線はなだらかで、その上につけられた登山道はMTB向き。登りでもいくらか乗車できる。
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 乗車したり押したりしながら進むと、西からの河合谷登山口の分岐。登山道はブナ林の中だがすぐ西側はダイコンなどの畑となっていて、緑の葉の向こうは開けて明るい。
 小ヅッコと河合谷の登山道分岐点あたりまでは少し勾配があるが、さらに行くと登り勾配はほとんどないといっていいくらいの道となる。乗車率が上がる。これで木の根っこがなければずっと乗っていけるのだが。全くといっていいほど雪は見られず、さらにぬかるみも少ない。ゴールデンウィーク後半からほとんど雨は降らず、高温低湿の日が続いたので、雪解け水を含んだ土壌も乾いてきている。MTBにはいいが、スキーがどれだけできるか心配になってくる。
 何組かの下山パーティとすれ違う。まずはMTBに気付き、少し遅れてスキーに驚いている。そして、「滑れるかなぁ」と心配してくれる。雪の量などこの先の状態について、アドバイスのようなことをしてくれる人もいるが、はっきり言ってほとんど参考にはならない。なぜなら、その人はやったことがないことだから。自分がその場で判断するだけのことだ。
 登山口から小一時間、登り勾配がややきつくなり、登山道に水の流れが見られてきた。いよいよお目当ての斜面へ到着だ。
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 うっそうとしたブナ林に広がる雪原。ただし、広さは小学校の運動場かそれよりやや狭いくらいで、先月来た時には雪に埋もれていた細かい木が顔を出し、ツリーホールは大きく成長し、ブナの芽を包んでいた殻が雪面に散らばっている。とても快適に滑れる状態ではないが、もちろん快適さなど求めていない。雪のシーズンの終わりを感じられればいい。
 雪原斜面の下部にMTBを置いて、スキー板を下ろしてブーツに装着。斜面を登る。ステップソールで軽快に上れる緩斜面だ。雪原の最上部でザックを下ろす。シールもビーコンもツェルトも持たない代わりに、持ってきた荷物を出す。水とのふれあい広場で汲んできた水をコッフェルに移し、湯を沸かす。そしてラーメンをゆでる。
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 3人組が降りてきた。男性2人と女性1人の、「ドリカム」あるいは「いきものがかり」パーティ。私のスキー板を見て「滑れそうですか」と声をかけてくる。雪さえあれば、後は滑れるように滑るのみ。スキーだけでは不完全燃焼に終るかもしれないと想定し、別のお楽しみとしてMTBも用意しているのだ。とはいえ、そんなことを説明するのは面倒だし、わかってもらええるとも思えないので、「はい、滑りますよ」とだけ答える。彼らはもう少ししたらMTBに気付き、変わった人がいるもんだ、と思うことだろう。
 ラーメンを食べたら滑走の準備。滑り降りるのに2分もかからないだろう。木とツリーホールを避け、ブナの芽の殻で滑りの悪い雪面を下る。短い斜面で何度も尻餅をつく。楽しむためというより、ただ下山するための滑走。先週の加賀白山の滑降の終盤、中飯場の上部辺りのような状況だ。1本滑れば十分。もう登り返す気持ちは湧き上がらない。もちろん、山頂を目指す必要もない。
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 さあ、今度はMTBで下ろう。登りではスキー板をMTBに積載、つまりベルトでフレームにくくりつけてきたが、下山は板を背負うことにする。理由は2点。背負う荷物が重くなってもペダルを漕がなくてもいいので体の負担は少ないだろう、ということと、荷物のがたつきが気になるから。
 しかし、板をつけたザックを背負っての乗車はかなり難儀した。まず、重心が高くなって不安定である上に、重い荷物のため姿勢の自由が利かず体を後方に引くなどのポジションの調整がしにくい。バランスを崩せばリカバリーもできず、板を背負って転倒すれば怪我をしそうだ。
 結局、勾配があるうちは全く乗れなかった。勾配が落ち着いてからなら何とかなると思ったが、ちょっとした木の根を越せずいつ前転するかわからない恐怖に襲われまともに乗車できない。
 ザックから板を外し、自転車にくくりつける。この方がよかった。板のトップを自転車のダウンチューブに、板のビンディングの少しトップよりを自転車のサドル下にくくりつける。板のビンディング部分からテールにかけては後方に突き出している。これにより、重心が後方に位置して後輪が浮き上がりにくい。前転しにくくて下りでは好都合だ。
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 これで乗車率は上がったが、やはり板のがたつきが気になる。あまりにもガタガタという音がうるさいので振り返ってみると、サドルの下に固定しているベルトがなくなっている。このベルトには、トゥストラップを利用している。現在のようにビンディングペダルが普及する前、ペダルに足を固定するトゥクリップとあわせて使うベルトのことだ。きつく締め付けて、しっかりと固定できるので、緩んで抜けてしまったとは考えにくい。おそらく切れてしまったのだろう。これまではほとんどが舗装路、たまにダートの道でスキー板を積んで走ったことがあるが、やはりシングルトラックは過酷だったようだ。段差を降りる衝撃がきつかったと思われる。
 進行方向左手は、ブナの新緑の向こうが明るく開けている。つまり大根畑が広がっている。そちらの農道なら板を積んだ自転車でも快適に下れるが、藪を越えるのが大変なのだ。雪が積もっていれば比較的簡単に行き来できるのに。
 とにかく、ストラップを回収に行こう。自転車を置いて登山道を戻る。500mくらい戻ったところで、ストラップを発見。やはり留め金の根元で千切れていた。自転車に戻り、ベルトの両端をまとめて留め金に挟む形で固定。これで下ってみる。
 小ヅッコ登山口と河合谷登山口の分岐に到着。今度は河合谷登山口へ。しばらく行くとまたガタガタ音が大きくなってきた。ストラップが消えていた。回収。もう登山口はすぐそこなので、乗車せずに押して行く。最後は木段の下り。これを担ぎ上げるのが大変なので、往路は小ヅッコ登山口から入山した。
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 木段からアスファルトに降り立つ。舗装路にでれば、自転車が威力を発揮する。が、クルマを止めて水とのふれあい広場までは300m程しかない。私のクルマ1台だけが残っていた。
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 スキーをするには雪解けが進み、MTBにはスキーが重荷となって、どちらも快適とはいえなかった。MTBを使ったにもかかわらず、登りより下りの方が時間がかかってしまった。それでも、状況に合わせていろいろな道具を工夫してみるのは楽しい。サドル下にスキー板を固定するのに、今度は自転車のタイヤチューブをを使ってみよう。これならスキー板程度の負荷で切れることはないし、弾力があるのでがたつきも押さえられるのではないか。だけど、短い行程、標高差も200mほどしかなかったのに、なんだか疲れた。腹筋や背筋など体幹が疲れている。
 これで、今シーズンのスキーは、全日程終了だ。

 5月上旬

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2019/05/09

久しぶりに滑るビッグマウンテン加賀白山(観光新道-弥陀ヶ原-エコーライン-砂防新道)

 例年5月下旬に冬季閉鎖が明ける加賀白山の登山口「別当出合」までの石川県道33号線(白山公園線)が、4月26日に開通した。雪が少なかったということか、それとも「超大型連休にはぜひ白山にいらしてください」ということか。とにかく、朗報だ。ゴールデンウィークに別当出合までクルマが入れるようになったことは、2002年以来だろうか。毎年訪れているわけではないので完全に把握できていないが。連休後半は安定した初夏の陽気が続き絶好のチャンス。17年ぶりのゴールデンウィークの白山を滑りに、いざ行かん。
 5月4日22時半ごろ丹後半島の自宅を出発。舞鶴から若狭湾沿いを行く。深夜の国道27号線の流れはいいので、わかさ自動車道や若狭西街道を使わずに行く。小浜からは若狭梅海道で大型トラックも普通車もほとんどいない自由なドライブに切り替える。敦賀からは北陸自動車道に乗り、福井北I.C.で中部縦貫自動車道(無料区間)へ。勝山まで一気に到達。福井・石川県境の谷峠を越えて白山市白峰へ。別当出合の駐車場にはトイレがないので、その手前の一ノ瀬の駐車場にクルマを止める。到着は、2時半。携帯電話のアラームを4時半にセットして仮眠。
 目が覚め、アイマスクを外すと薄明るい。時刻は4時25分。アラームの5分前だ。機能到着した時にいたはずの周りのクルマはもういない。朝食をとって、別当出合へ移動。
 駐車場手前の道路脇のスペースの駐車。どんどんクルマが到着し、道路脇が満車となる。別当川の谷へ降りたところにある駐車場は、上段は満車の様。下段は空いているようだが、標高を下げるのが嫌な人たちが駐車場へのアプローチ道路に長い縦列駐車の列。
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 スキーとMTBの準備を整えて、5時半スタート。チェーンと大きな石の車止めを越えて、舗装路を500m進んだ休憩小屋のある地点へ。白山も登山届が義務化され、この休憩小屋にある用紙に記入して提出ポストに投函する。
 みんな吊り橋を渡って登山道へと入っていくが、私は舗装路をさらに進む。コンクリート舗装の道は主に砂防工事の車両に利用される作業道だが、実は石川県の県道33号線らしい。ちなみに、白山の頂に至る登山道も県道120号線に指定されているらしい。ただし、よく使われる砂防新道ではなく、観光新道が県道のようだ。確かに、観光新道の方が、古くから山岳信仰の道として開かれた歴史を持った登山道である。
 これまでにも何度かこの作業道で中飯場の少し上まで自転車で登り、跡は砂防新道を歩いて山頂を目指したことがある。途中にダートもあるので、ブロックタイヤ装着のMTBが最適だ。板を自転車にくくりつけ、スキーブーツでペダルを漕ぐ。急勾配をゆっくりと登る。
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 すぐに路面を覆う残雪が現れた。小規模で薄く、そして硬く凍てついているため、自転車を押して乗り越える。手前、つまり下側の路面は、残雪が解けて流れた水が凍結しているので滑って転ばないように注意して行く。これまで自転車でこの道を通ったのは、5月下旬か6月上旬だったので路面に残雪は全くなかったが、さすがに今回は時期が早い.そうした残雪帯を数箇所乗り越えたが、とうとうずっと先まで残雪に覆われた区間が現れた。必ずしも雪は下から解けるとは限らない。日当たりの関係で、その先でまた路面が現れているかもしれない。でも、今日はここで自転車を諦めることにする。自転車から板を下ろし、装着。ステップソールがあるのでシールは使わずに雪の車道を歩く。その先、雪の切れ目は本のわずかだった。自転車を乗り捨ててよかったようだ。
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 いくつかヘアピンカーブを超えると、雪面に着いた真新しいくっきりとした足跡があるのに気付く。おそらく今日のもの。古くても昨日夕方だ。それ以前のものは日差しと気温上昇で雪が解けてもう少しぼやけた足跡になるはず。下りのようだ。はて、誰にも出会っていないんだけど。
 別当谷を右に見て進んで行く。法面からの落石がある。見上げれば、不安定な岩も見える。こわごわ通過。
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 砂防新道は、別当谷の対岸にある。だから、橋を渡るのだが。なんと、その橋が外されているではないか。鉄骨を渡し、その上に鉄板を敷いただけの橋は、こうして取り外すためのものだったのか。雪解け期の土石流を伴ったスラッシュ雪崩による橋の破損を防ぐための工夫かもしれない。
 さて困った。水量も、流速も、地形も険しい。とても渡渉など試みる気にならない。中飯場まであと一息だが、引き返すしかなさそうだ。
 この後どうするか。時刻はすでに8時。自転車が使えなかったせいで、過去に同じコースを着たときよりも1時間も押している。別当出合、つまりふりだしへ戻れば、3時間以上のロスとなる。登頂は無理。どこまでいけるだろう。せめて弥陀ケ原までは登りたい。では、砂防新道ではなく、観光新道ではどうだろうか。途中で立体交差する観光新道を潜り抜けてきた。自転車をデポした地点から少しスキーで歩いたところだった。これならあまり戻らなくて済むのではないか。しかし、確か観光新道は砂防新道よりも険しいはず。あと、観光新道をスキーで滑り降りる記録を見たことがない。やはり滑降するのは砂防新道だろう。ならば、自転車をどうする。
 しばし考え、観光新道を登ることに決めた。スキーでの滑降は、いつものようにエコーラインから砂防新道へ。自転車は、別当出合に降りたあと、回収に来ればいい。安全圏の別当出合に下山してしまえば、仮に暗くなってからでも自転車の回収はできる。ライトもあるし。
 方針が決まれば、もう迷いはない。来た道を滑り、観光新道との立体交差へ戻る。その立体交差が見えてきたところで、ふとその上のヘアピンカーブの先端から観光新道へ接続できそうだと思いそちらへまた引き返す。すると、つぼ足の男性単独登山者に出会った。登ってきたのではない。下山だ。状況がわからないまま、挨拶を交わしその登山者を見送る。そうか、やはり観光新道との接続ポイントがこの上にあるのだ。ならば、彼の足跡をたどればいい。朝見かけた足跡も、観光新道を下山してきた人のものだったわけだ。
 結局、立体交差の上の2つ目のヘアピンカーブの先端から法面へ目を凝らすと、登山道が見えた。これだ。
 板をザックに装着して背負う。そして2m程の高低差の雪の壁を登り、その上の地肌、1m弱の高低差を越える。雪がないとキックステップができないので、木にしがみついて登る。
 何とか、観光新道を捕まえることができた。しかし木段の急登が続く。砂防新道は黒ボコ岩に近づくにつれ勾配が増していくが、こちらは出だしが一番きついみたいだ。
 その後何度か残雪が登山道を覆う区間が現れる。残雪に乗り上げるところでは、段差が大きかったり、踏み抜いたりして苦労する。
 おそらくたくさんの人が登っている砂防新道とは対照的に、こちらはほとんど誰も通らない。それでもたまにふと気付けば、背後に登山者が見える。スキーを背負っていることを言い訳に先に行ってもらう。そうやって、3人のつぼ足登山者に追い越された。
 沢筋を直登する区間を越えた直後、先ほど私がいた辺りで「カン!カン!」と硬いものがぶつかる音が聞こえた。落石だ。笹が揺れているのはまさに私が今通り過ぎた沢筋。危ないところだった。タイミングによっては、一撃でアウトか、、そうでなくても行動不能になる可能性もある。帰宅してからGPSトラックを見てみると、登山道はジグザグに付けら手いるがどうしても雪に隠されてしまう残雪期には、ブッシュの中に白く浮かび上がって目立つ沢筋をたどってしまうようだ。
 急登にあえぎながら、どうにか稜線へと上り詰めた。「唐松平」あるいは「白山禅定道分岐」というらしい。とりあえず休憩だ。稜線にあがればさすがに展望がすばらしい。どれがどれかはわからないが、赤兎山、大長山、取立山などの山々が見える。そして、白山そのものの様子もよくわかる。何度も上り下りしている砂防新道を見下ろす。ただし、御前ヶ峰を含めた弥陀ケ原から上の山頂部分は見えない。
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 さて登行再開。雪のない木段と石段を行くが、やはり残雪が現れ、登るにつれ残雪の割合が大きくなる。そしてやはり、段差と踏み抜きに苦労する。
 登山者が降りてきた。なんでもこの先で岩の難所があるという。こちらも先ほどの落石のことを伝える。
 しばらく行くと雪に覆われた痩せた稜線に立ち塞がる黒い大きな岩に行き着く。先ほどの登山者が行っていたのはこれだろう。岩にしがみつくようにトラバース。足元は切り立った斜面。板を背負いスキーブーツを履いた状態では特に厳しい。無事に越えることができてほっとする。ああ緊張した。
 これは仙人窟と呼ばれ、岩が積み重なったトンネルをくぐるのだそうだ。数日後の記録では、雪解けが進みくぐり抜けることができたようだ。
 標準コースタイムをかなりオーバーして、殿ヶ池避難小屋に到着。標高2000mを越えていて、砂防新道の甚之助避難小屋よりも少し標高が高いようだ。
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 登るにつれてどんどん展望がよくなる。前方には黒ボコ岩、そしてその直下の十二曲がりが見えてきた。別当谷を見下ろせば、朝引き返した車道や橋が外された沢も見える。
 とにかく標高2702m山頂まで登ることは、私の力ではもう無理。それどころか、2600m付近と思われる残雪(水屋尻雪渓)の最高点も、2400mの室堂も厳しい。でも、あの黒ボコ岩のすぐ先、弥陀ケ原まで行こう。そうすれば御前ヶ峰と対面できるし、エコーラインを滑降することができる。
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 その先は、雪が多くなりかえって歩きやすくなる。コースタイムほどではないが、少しだけペースがよくなる。
 黒ボコ岩の手前で、スキー板をザックから外し、ブーツに装着。ステップソールで歩ける勾配だ。
 砂防新道の十二曲がりの急斜面が近づいてきた。その下のトラバース道は雪が切れているが、雪のつながった部分にシュプールが引かれている。ああいうコース取りをすればいいのか。さらに、十二曲がりの手前、足元の斜面にはつぼ足のトレースもなく、より快適に滑って砂防新道へと下ることができる。黒ボコ岩まで登らなくても、もうここから滑り降りられるのだ。
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 でもやはり、黒ボコ岩、そして弥陀ケ原を目指すことにする。十二曲がりに見える人々はほとんどは下山中。でも数名登っている人も見られる。この時間に登っているということは、やはりペースが遅い。室堂泊まりの可能性もあるが、明日は天気が悪い予報なので、ほとんどの人は今日中に下山するだろう。
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 ようやく黒ボコ岩を通過。やっとのことで御前ヶ峰とのご対面。弥陀ケ原から室堂、さらにその上部にはまだ人の姿が見られる。その多くは下山スピードが速いスキーヤーだ。私もここから下山開始すれば、彼らと同じタイミングで下山するということになる。
 エコーラインへと向かう。弥陀ケ原は平坦なので、のんびりお散歩気分だ。ステップソールで軽快に歩く。結局シールを使うことはなかったわけだ。
 御前ヶ峰を見ながら休憩をして、そして滑降準備。エコーラインへ。十二曲がりと同じくらいの急斜面だが、十二曲がりが谷筋なのに対してエコーラインは尾根。だから展望がいい。そして、東側の景色が開けているのも重要なポイントだ。しばらく滑っていくと、お目当てのものが見えてきた。御嶽山だ。本当にうっすらと見える。すぐ上には白い雲が浮かび、白い峰との区別が付きにくく紛らわしい。この前日は、北アルプスも御嶽山も誰が見てもわかるほどはっきり見えていて、インターネットに上げられた記録にはその峰々の写真が掲載されていた。しかし、この日もたくさんの人が入山したくさんの記録が上げられているのに、北アルプスや御嶽山の写真を載せているものは皆無。見えたという記述もない。見えていることに気付いていないということのようだ。確かに、見つけてやろうという意思が必要な、うっすらとした姿。でも、そういう意思を持たないということは、山岳展望にあまり関心がないということなのだろうか。
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 気持ちよく滑りながら、先行者のシュプールに注意する。その本数が少なくなってきたら甚之助避難小屋上部へとトラバースを開始。それには少々ブッシュを越えないといけない。ほとんど5月下旬以降に来ているので、雪が切れ切れで等高線に沿った南竜道を板を外して歩いていた。ちなみに、過去に一度だけゴールデンウィークに訪れた2002年は、白山スキー登山が初めてだったこともあり、南竜道より下に滑り降りてしまい、甚之助小屋へ戻る藪こぎに苦労した。今回は、そうならないように注意だ。
 いくつかの先行トレースのひとつについていくと、ブッシュ帯へ。先行スキーヤーが板を外して通過中。私は板をつけたまま通過した。ステップソールの板はこういう場面に強い。
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 そして、甚之助小屋上部の斜面を滑る。私より先行していたはずのスキーパーティが後方から滑り降りてくる。ガイド役の男性1人と3,4人の女性で、熟年世代のようだ。
 甚之助小屋の周囲では、たくさんの人が休憩していた。スキーヤーもいればつぼ足登山者もいる。先ほどのスキーパーティに続いて下山開始。熟年女性たちは、特別スキーの技術が高いわけではないが、でも元気いっぱい。どんどん引き離される。結局追いつくことはできなかった。滑るにつれてブッシュが邪魔になり、つぼ足の人に追いつかれ追い越されるようになる。
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 中飯場の避難小屋の少し上で空き板を外してザックに固定。後は歩いて下る。雪が切れ始め、さらに残雪が少なくなって行く。木々に板が引っかかって歩きにくい。スキーなしの人にどんどん追い越される。車道を自転車で通れたら、あっという間に別当出合まで下れる。せめて橋が架かっていれば、スキーで滑り降りられるのに。
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 登りと下りのコースが分かれた区間へきた。吊り橋が見えてきた。あと少しだ。もう登山道に雪はない。
 ようやく別当出合休憩小屋に到着。とりあえずザックを下ろして一休み。すると、車道をゆっくり歩いて降りてくる者がいた。人間ではない。四つ足だ。イノシシ?
 カモシカだった。特別天然記念物のお出迎えだ。好奇心が強いので人を見ても逃げ出さないで、悠然としている。
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 そのカモシカもいなくなり、板もザックも休憩小屋に残して、自転車を回収へ。たぶん、1kmほどだ。朝日を受けていた山々が今度は夕陽を浴びている。小規模な残雪帯は、朝よりさらにボリュームを下げている。
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 自転車に再会したら、一気の下り。別当出合の休憩小屋でザックと板を回収し、クルマへと戻る。
 想定外のコース変更があり、山頂へ到達することはできなかったが、初めての観光新道は険しかったが展望はすばらしかった。そして、御嶽山も見ることができたし、カモシカにも会えた。それなりに充実度と達成感を味わうことができた、と思う。ただし、落石や仙人窟の通過など、結果オーライ、誤った成功体験という側面があることも否めない。やはり次からも砂防新道だな。
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 帰り道は急ぐ必要がない。明日も休日だ。だから高速道路は無料の中部縦貫道のみ、北陸自動車道は使わない。永平寺や一乗谷を経由し、木の芽峠を越えて敦賀へ。勝山の恐竜博物館を含め、越前の名だたる名所を横目にした、夜のドライブだ。後は若狭梅海道と国道27号線で京都府に戻る。帰宅は日付が変わって、6日の1時。

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磯砂山は丹後の展望台

 5月3日午後、京丹後市峰山町鱒留(ますどめ)から磯砂山(いさなごさん)へ。
 標高661mの山頂からは、ぼんやりだったけれど東に天橋立、北西に久美浜湾の小天橋、そして南に大江山連峰、西に高竜寺ヶ岳、北に依遅ヶ尾山と海山のランドマークが見られた。
 また、野田川流域の加悦谷平野、竹野川流域の平野を見下ろす。天女伝説の山であるが、仙人になった気分で人々の生活圏
を高みの見物。

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2019/05/04

新緑の丹後半島一周

 また自転車を増やしてしまった。稼働していない1台を数に入れると、9台目の自転車がラインナップに加わったということになる。そして2台目の折畳小径車である。フレームの色は「ライムグリーン」。黄緑色の新車だ。
 購入のいきさつや既に8割方完成しているカスタマイズのことは別の記事にまとめることにして、ここでは新車の本格デビュー戦について報告する。
 さて、2019年のゴールデンウィークは超大型連休。10日も休日が連なれば外国にだって北海道にだって行ける、と考える人は多いわけで、飛行機もフェリーもこの時期は割高、そしてすでにほぼ満席。ではもう少し近場で、と思ってみるも3泊くらいなら10連休でなくてもいいわけだし、わざわざ大混雑の日程を選ぶ必要はない。天気が今一つだった連休前半は、半分寝たきり生活で過ごした。後半に差し掛かりようやくこの時期らしい爽やかな陽気が続く予報。手元には新しい自転車。これは行くしかないだろう。
 こうして、今シーズン2度目、生涯通算50度目の丹後半島一周が始まった。

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 満を持して、丹後半島一周に向けて漕ぎだす。でも、京丹後市弥栄町の自宅を出たのは正午を大きく過ぎてから。晴れるという予報に期待して目覚めたものの小雨が降る朝。この時期にしては強い寒気が来ていて、昨日まで続いていた時雨模様の名残らしい。しつこいなあ。一気にテンションが下がる。10連休前半で唯一雨が降らなかった4月29日も、晴れ予報に期待したのに蓋を開けてみれば薄曇りで肌寒い日だった。今日はこの後急速に回復すると思われるが、灰色の空を見ると腰が上がらない。インターネットのライブカメラの画像を見ると、天橋立は曇天または雨だが、経ヶ岬に近い宇川地区や伊根は空は明るく、時間を追うごとに海の色も青くなってきている。窓の外も雲の切れ間に青空がのぞいてきて、ようやく家の外に出たのが11時前。
 でもまだすぐには走り出せない。とある調整のためリアホイールを外したら、ついでにスプロケットを変えるつもりだったことを思い出した。交換してディレイラーの調整。まだ発展途上なのだ。それ以外にもごそごそといじっているうち、刻一刻と時間が経過し正午を過ぎてしまった。延期しようかという気持ちが芽生えるも、いつしか空から燦々とサンシャインが降り注いでいる。日も長くなってきたし、というわけで何とか出発することができた。
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 スーパーマーケットでおにぎりを買って、竹野川の流れに沿うように北上、日本海を目指す。国道482号線は使わず、農道などをつないでいく。いくつかの田には水が張られ、サギやカモメが佇んでいる。この連休のうちに田植えが行われる。だから、いつもは車に出うことがない農道にたまに軽トラックが通る。
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 野山は萌黄色。その景色にコーディネートしたような自転車のフレーム色。緑の新車。新緑のコラボレーション。
 左前方からの向かい風を受けて走る。気温上昇による海風が吹き始めているのか。しかしやや冷たい。寒気の名残の北西風かもしれない。気圧配置はまだ西高東低だ。
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 10㎞ほどで竹野川の河口近くの道の駅「テンキテンキ丹後」。駐車場は満車に近く、自動理二輪も多い。自転車はロードレーサーが数台。ここでトイレと小休止。
 国道178号線で経ヶ岬を目指す。竹野集落を過ぎ急な登りをクリアして海岸段丘に乗り上げると左に日本海が広がる。青い。
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 海岸の断崖に対峙してそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。透明な海水と白い砂により、明るいコバルトブルーの海がみられる場所。ただし、それは空が青く海が穏やかな季節に限られる。今日は美しい色をした海を見ることができた。こういう日に走らないといけない。東屋でおにぎりを食べる。クルマが入れ代わり立ち代わり止まり、途切れることがない。
 風はほとんど感じないが、弱い追い風なのだろう。海岸のアップダウンをこなしていく。クルマが多いがここは国道を行くしかない。遠くから来たクルマも多い。松本ナンバーの自動二輪が6台連なって追い越していった。
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 海岸段丘を一度降りて宇川を越えて、また昇り返す。そして、すぐにまた下る。そこで国道をそれて久僧海水浴場へ。まだ人がいない白い砂浜と青い海、海岸に点在する奇岩を見ながらのんびりと行く。漁港を越えたら海岸段丘の上を行く国道へ合流。自衛隊の分屯地とアメリカ軍のレーダー基地を越え、袖志集落へ。波が穏やかで、今日はサーファーはいない。
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 また軽く登って経ヶ岬へ。灯台への分岐を見送って、さらに上る。標高100mを越えたら白南風トンネル。それを抜けると眼下に青い海が広がる。カマヤ海岸。京丹後市から伊根町へと入った。丹後半島の東側、若狭湾に浮かぶ冠島と沓島。その向こうに若狭のリアス式海岸が見える。海岸線に垂直な方向には、うっすらと越前海岸(正確にはその奥の山)。白山が見えないかと目を凝らすが、そこまでは見えない。そんな大展望と100m下の海を見ながら緩い下りを快走する。いつもは静かなカマヤ海岸だが、駐車スペースにはいずれもクルマが見れる。
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 甲崎を越えると蒲入の集落と漁港を見下ろす。かつてはここから蒲入峠への登りが始まったのだが、蒲入トンネルが開通して下りのまま本庄へ。
 ようやく国道を離れることができる。海に向かう府道623号線を1kmほど進んで本庄浜。そこからは町道で野室崎を越えるアップダウン。いきなり急登が始まる。道路わきの数本の八重桜は、まだ少し花を残していた。
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 「3回地獄を見る。」2013年5月に放送されたNHK-BSプレミアムの「にっぽん縦断こころ旅」で伊根と経ヶ岬の間のこのコースを表現した言葉だ。火野正平は一つ目の地獄、新井崎で自転車を断念、ヒッチハイクした軽トラックの車窓から野室崎やカマヤ海岸を眺める。丹後半島一周が50回目の私は150回も地獄を見ることになるわけだが、私にとっては地獄でなく楽園なのだ。丹後半島一周の中で最も海の景色が美しい区間だと思っている。
 法面の崖の土がむき出しになった区間を過ぎる。落石防止のネットがはがされている。ここは7月上旬まで工事による通行止めなのだが、連休の間は通行可となっている。交通量の多い連休に丹後半島一周したのはここを通るためだ。しかしながら、ほとんどは国道を通ってこちらの町道は静かなものだ。
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 標高120mあまりでこの区間の最高地点。次に超える新井崎、さらに京都・福井の府県境の大浦半島成生岬が見える。そして泊へと下る。断崖に囲まれた小さな入り江の砂浜で家族連れが遊んでいるが、基本的には今日も静か。そして新井崎への登りへ向かう。こちらも登り始めが急登だ。2月下旬にはこの区間は工事で通行止めだった。しばらく上ると法面が崩れていた。昨年の7月豪雨の被害の復旧工事はまだ完了してはいないようだ。
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 標高差70mほどで登りがいったん落ち着き耕地整理された田んぼと新井の集落を過ぎる。30年くらい前は、ここも千枚田と呼ばれる小さな棚田だった。
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 その先で再び登りとなり、小さな田んぼがみられる。水が張られて田植えの準備がされている。新井の漁港を後方に見て、標高120mあまりで最高地点。登りが終わってホッとする反面、静かな区間が終わってしまうことが名残惜しい。野室崎新井崎区間で出会った車や自動二輪は数台、自転車は1台だけだった。
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 舟屋が並ぶ伊根湾沿いは狭い道を多数の歩行者が縦横無尽に行き交う。かつてはここが国道だったが、今は国道は高台にバイパスされてクルマの通行は少なくなった。しかし歩行者天国ではない。地元の生活道路だ。歩行者やたまに通る自動車に注意しながら狭い道を抜ける。伊根湾巡りの観光船乗り場を過ぎると安心して走れるようになる。
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 伊根町から宮津市へと変わり、養老の集落を抜けると国道178号線へと復帰。さあここから天橋立江尻まではクルマの多い道を行かねばならない。覚悟を決めて走る。渋滞まではいかないがクルマがあまり途切れることがなく、路肩も狭い。相変わらず関西のクルマは自転車の追い越しのタイミングが悪い。つまりへたくそである。手前で少し減速し対向車をやり過ごしてから自転車を追い越せばスムーズなのに、我先にと突っ込む関西人。なんでも勝負にしてしまう。結果的には大きく減速して対向車と自転車の間すれすれを行くことになる。自転車に追いつくまでは早くても、再加速までトータルすると時間も燃料もロスが大きい。そして危険だ。論理より感情を優先し、目先に気を取られ先を見通せないのが関西人の特徴だ。もちろん、そうでない人もいるけれど。
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 日置まで来たら、リゾートマンションやクルーザーが並ぶマリントピアアリーナへ。国道をそれて息抜きだ。世屋川に阻まれなけらばもっと長く国道をエスケープできるのだが、橋を渡るために国道に戻ると路肩が広くなっていてそのまま国道を走ってしまう。あと少しの辛抱だ。
 昨年の7月豪雨の復旧のための片側通行区間も3ヶ所まで減っていた。
 江尻まで来たら国道から集落の中の道へ。そして漁港を経て防波堤沿いを行く。前方に見えるは天橋立。
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 天橋立も観光客がうじゃうじゃ。江尻と文殊を結ぶ汽船乗り場の桟橋には長蛇の列ができていた。国道も車が渋滞しているが、こちらはシーサイド自転車道へ。自転車道といっても、主な利用者はウォーキングの人だが、今日は珍しく若い男女連れのクロスバイクが走っていた。彼らを追い越し岩滝へ。左は阿蘇海、右は水を張られた田んぼ。水辺に挟まれた道だ。
 岩滝町男山から府道53号線でゴールの京丹後市弥栄町へ戻ることが多いが、今日は府道651号線大内峠を越えることにする。
 もう一台の折畳小径車で丹後半島一周したのは2012年10月。デビューから3シーズン目で走行距離は3000㎞。2度目の北海道遠征では、標高400mの山越えを含む奥尻島一周70㎞もクリアし、丹後半島一周に挑んだのだった。結果的には見事に完走できたのだが、食料の補給をしそこなって軽くハンガーノックとなったこともあり、終盤にばててしまった。帰宅後にGPSのトラックデータを解析してみると経ヶ岬から伊根までの「3度の地獄」あたりでペースが落ちていったことが分かった。一番の原因は、フロントシングル、つまりフロントギアが一枚しかなく、ギア比をあまり落とせないこと。そして、そういう場合はハンドルを強く引きながらペダリングすることによって背筋など体全体の筋肉を使うのが常とう手段だが、折畳のハンドルポストが破損することが心配で強くハンドルを引くことができなかった。これがもう一つの要因。実際にはその時点では順調に走れているつもりだったが、徐々に蓄積された疲労が終盤に現れたということのようだ。ちなみに、その丹後半島一周が、一日の走行距離が長い。
 その経験を踏まえ、新しい折畳小径車はフロントにインナーギアを追加できるモデルを選択。納車前にフロントダブルにカスタマイズし、今日の出発前にリアスプロケットをローギア32Tから34Tのものへと交換した。既にこれまでのテスト走行でも感じていたことだが、フロントダブルの効果は絶大で、ランドナーやMTBなどフロントトリプルの主力バイクと比べてもあまり違和感を感じない走り具合だ。もちろん、前回の小径車の時も実感では大丈夫と思っていたのだが、最後に府道53号線より少しきつい651号線大内峠を選択し、そこで地獄を見た。ならば、同じ大内峠をたどり、フロントダブルの効果をはっきりさせてやろうという目論見だ。
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 シーサイド自転車道からクルマの多い国道178号線を越えて内陸へ。大内峠へと昇る。ヘアピンカーブが連続する。普段は日中に山菜取りなどのクルマがわずかに通る程度なのだが、今日はもう夕方にもかかわらずたまにクルマに出会う。さらに、オートバイが2台。長野と所沢のナンバー。この取り合わせには見覚えがあるような気がする。伊根から天橋立までの国道で追い越されたのではなかったか。
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 標高160mの大内峠も無事に登り切った。せっかくなので一字観公園に立ち寄り天橋立を眺めることにする。文字通り、天橋立が真一文字に見える。キャンプ場も併設されていて、先ほどの長野・所沢コンビが荷下ろし中。サイトに乗り入れができないので何度も往復している。ほかにもう一台の自動二輪と、クルマは10台くらい。
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 これでもう大きな上り坂はなくなった。京丹後市大宮町へと下る。下り切ると市街地となるので国道312号線もその他府道もクルマで混雑。だから、竹野川の堤防の上の道や農道、つまり小学生の通学路をつないで走る。そして、この折畳小径車を買った、自転車店「BULLDOG」に立ち寄り、報告を兼ねて小休止。30分ほど過ごす。
 完全に日が暮れたが、ヘッドライトがあるので問題ない。むしろ薄暮よりも安全だ。19時に再スタート。自宅までは8㎞。ほぼ平坦ではあるが、竹野川の流れに沿ったごく緩い下り基調。十分余力を残して走り終えた。

 5月2日、12:30~19:25、約90㎞

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