« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018/12/31

2018年バイクライフ総決算(走行距離は過去最高)

 自転車の年間走行距離は、3772kmで過去最高。走行日数も208日と2番目に多い記録で、週4日ペース。1月、2月、3月、8月、10月に泊りがけのツーリング。10年ぶりの海外ツーリングも敢行した。丹後半島一周は、春と秋に2度走った。また、京都市のランドナー専門店主催のツーリングに4度参加した。
 次に車種別。
 1位は、VIGOREオリジナルランドナーフラットハンドル仕様、1141km。1000km越えで一位返り咲き。春と夏の北海道、秋の信州、そして丹後半島一周などの日帰りツーリングでも活躍。
Img_0881Img_1742Img_3788

 2位は、山口ベニックスのランドナー、804km。基本的には家から走り出すお散歩自転車。でも、4月にはランドナー 専門店のツーリングで、近江の国野洲に出向いた。2016年の春先にリアエンドとリアディレイラーの損傷をして以来、強引にディレイラーハンガーなどで応急処置をして乗っていたが、暮れにエンドを修正。完全復活を果たした。大晦日に800kmの王台に乗せた。
Img_4853Img_1180Img_4851

 3位は、MTBのTrek6500で約651km。1月に瀬戸内「かきしま街道」、角島、関門海峡の遠征。泥除けがないので輪行に重宝する。秋の丹後半島一周など日帰りでも活躍。ブロックタイヤ装着の走行は皆無で、スリックタイヤで舗装路を走るのみ。MTBとしての性能は発揮できなかった。
Dscn1034Img_3394

 4位は、クロスバイク「SPECIALIZED SIRRUS」で、約415km。前半低迷していたが、ノーパンクタイヤから空気タイヤに戻して、走行性能がアップ。輪行はしなかったが、クルマに積むにも泥除けがないので手間がかからない。
Img_4197Img_4269

 5位は、折り畳み小径車で約406km。スーパーカブの荷台に乗せて出かけていたが、今年は新たなトランスポーターが登場。自動二輪車HONDA CD250Uだ。夏には新コンビで北海道ツーリングを目論んでいたが、天候不順により自動車とランドナーのペアにとってかわられてしまった。かつて、スーパーカブとのコンビネーションで北海道を2度訪れ、年間1300km走ったこともある。
Img_2483Img_2291

 6位ランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」、131km。去年は全く乗らなかったのだが、久しぶりの出番。ランドナー専門店のツーリングに参加するため、2年ぶりにフレームにホイールを装着した。そのツーリングは雨で流れたが、試運転をしたのと、せっかく復活させたので何度か乗ってみた。
Img_4155Img_4124

 7位レンタサイクル「GIANTの29インチMTBスリックタイヤ仕様」、124km。2月に台湾を訪れた時に2日走った。ただし、それぞれ別の車体だったが、同じ車種なので1台として計上。
Dscn1764Dscn2007

 8位もう一台のVigoreオリジナルランドナー(ドロップハンドル仕様)、101km。こちらも一昨年以来の登場。ランドナー専門店のツーリングで、3月の京都北山、11月の豊岡・出石コウノトリ。
Img_0303Img_0358

 番外として、スーパーカブは約1000km、CD250Uは約2000km。エンジン付きのバイクよりもエンジンのないバイクによく乗った年だった。
Img_2518Img_2446Img_4175

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/27

山口べニックス復活

 3件前の京都桂川自転車道の記事の通り、40年前の山口べニックスランドナーのリアエンドの変形を修正してもらった。
 2016年3月、走行中にリアディレイラーがスポークに入ってしまったのだが、その後2年半以上、汎用ディレイラーハンガーと余っているディレイラー「DeoreDX」で何とか乗り続けていた
 輸送のために外していたフロントフォークにハンドル、サドル、ペダル、チェーン、そしてリアディレイラーなどを装着し、走行可能な状態に再現した。が、ヘッドセットのボールリテーナー(ハンドルが滑らかに切れるためのベアリング)が落ちてしまっている。上下に2つ必要なのだが、一つは車庫の中で発見。もう一つはどこにもない。どうやら京都市内でフレームを背負って走っているときに落としたらしい。
 20年位前までは、別のランドナーで、フロントフォークを抜いての輪行を何度も行っていたのだが、潤滑剤であるグリースの粘りで落ちることがなかった。しかし、べニックスにはもうグリースがなくなっている。
 試しにボールリテーナー片方だけでフロントフォークを組んで乗ってみたが、ライダーの体重がかかることによる摩擦力で、ハンドルが重い。かなり力を込めないとハンドルが切れないので、その勢いでバランスを崩して危険だ。ちなみに上下それぞれで試したが、どちらが欠けても駄目だった。通販サイトで見ると、ボールリテーナーだけなら2個セットで700円余りと安い。すぐに注文。
 ボールリテーナーが到着し、装着。グリースも忘れずに。ハンドルは問題なく切れる。
Img_4845


 リアディレイラーはべニックスにもともとついていたCRANEをつけてみた。ガイドプレートがゆがんでいるので実際に使えるかどうかのテストだ。どうにかすべてのポジションにチェーンはかかったが、アウター・ローの状態、つまりガイドプレートが最も伸びた状態ではゆがみの影響が強く出る。チェーンの流れも悪いし、ガイドプレートが後輪のスポークに当たる。実質使う必要のないアウター・ローを禁じ手にすればいいという考え方もあるが、やはり何かのはずみでまた破損してしまう恐れがあるから、これは使えない。また、もともと24Tだったローギアを28Tに変えているので、キャパシティの問題もある。一応シフトできてはいても、厳密にはキャパシティオーバーであるはずだ。
 ランドナーのレストア(再生)が得意な店、ナニワ銀輪堂に「CRANE GS」の中古パーツの在庫が7150円で出ている。パンタグラフまではCRANEと同じで、ガイドプレートを長くしてキャパシティを広げたモデル。これならば、すべてを解決できるではないか。
Img_4704


 ちょうど大阪へ行く予定があったので、ナニワ銀輪堂を訪れたが、残念ながらすでに売約済み。現物を見ることだけはできた。
 仕方がない、損傷の後2年半使っていた、DeoreDXを使うことにする。べニックスの変速はリア5S。リアホイールのシャフトの長さは5Sのフリーに合うように、さらにそのシャフト長に合うようにフレームが作られている。ところが、DeoreDXは7Sモデル。それに合わせて7Sのボスフリーを無理矢理に使っていた。でも、改めて考えればそんなことをする必要はない。もともとシフトレバーにインデックス機能はないし、ディレイラーのアジャストボルト(可動範囲調整ボルト)で調整するだけでいいのだ。もともとの5Sのボスフリーに戻して使う。
Img_4846


 というわけで、ようやく復活。とりあえず、久美浜湾一周を走ってみた。ちょっとしたアップダウンもある18km。チェーンが軽く引っかかる場面があったが、ディレイラーのせいではない。チェーンの長さを調整するため、ミッシングリンクを2セットも使っているのが原因かもしれない。アウター・ローの状態のときのみに起こるので、ガイドプーリーにかかりにくいことが疑われる。この点は調整が必要だが、とりあえずディレイラーは大丈夫そうだ。
Img_4659Img_4693

 また、ガイドプレートが曲がったCRANEも、あきらめたわけではない。キャパシティの問題で使うことはないかもしれないが、修正を考えている。自転車屋かオートバイ屋経由で鉄工所に頼めば何とかなるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アバランチナイトin大阪

 雪のシーズンの始まりを告げる、特定非営利活動法人「日本雪崩ネットワーク」主催のアバランチナイト。雪山での注意喚起する雪崩安全セミナーだ。全国の主要都市や、長野、新潟、富山など雪山に近い地域で開催されることもある。伯耆大山に近い米子で開催されたこともあるし、ワンダーフォーゲル部との協賛により大学で開催されることもあった。
 ほぼ毎年開催される大阪会場。今年の12月12日に駆け付けた。昼過ぎに勤務を切り上げて丹後を出発。クルマで2時間だが、福知山での昼食に30分、15時半過ぎに篠山市へ。JR篠山口近くのコインパーキングにクルマを入れ自転車を準備。毎日のように雨が降る日本海側からはるばる南下してきたので、自転車に乗っておこう。
 福知山を過ぎたくらいから雨は止み地面は乾いた状態だったのだが、なんだか空が暗くなってきている。走り出したら、弱い雨が降ったり止んだりする空模様となった。クルマが通らない田園の中の農道などをつないで南下。南矢代、古市の駅を過ぎ、草野駅手前で折り返し、武庫川沿い北上し南矢代からはほぼ来た道を戻る。16㎞程。
 前後のホイールとリアの泥除けを外し、自転車を1分でクルマにクルマに積む。速足で篠山口駅へ向かい、17時9分の大阪行きの区間快速列車に滑り込む。何とか間に合った。
 大阪駅で環状線に乗り換え。ぎゅうぎゅう詰めだったが、京橋で少し余裕ができ、鶴橋からは座れた。19時前に天王寺駅下車。夜空にそびえるあべのハルカスを見ながら、800m歩いて、19時5分阿倍野区民センターへ。オープニングの映像が始まっていた。
Img_4478


 2006年の初参加からアバランチナイトには10回近く参加している。19時から21時までの2時間のうち、前半は雪崩学概論というべき雪や雪崩の基礎知識と安全対策について。休憩をはさみ、後半は昨シーズンの雪崩事故の事例報告。もちろん、北アルプスの立山連峰などアバランチナイト直前の11月下旬等に発生した事故についても、速報として調査報告が行われることもあった。
 前半については毎年変わる内容ではないため、言い方が悪いがマンネリの感もあった。後半の事例報告だけでも駆けつける値打ちがあり、年によっては後半のみの参加ということもあった。
 しかし今年は、「バックカントリーの雪崩対策:7つのステップ」というタイトルで、我々が事前にどんな知識・技術・体力・装備を身につけ、どんな訓練をし、さらに山ではどんな行動をとるかということをまとめた講演内容だった。救護については7段階の内の最後の1ステップ。山に入って救護とむしろ同等かそれ以上に大切なのは周りをよく見て、気づくこと。雪崩に巻き込まれないことが第一なのである。
 後半の事例報告について。昨シーズンの事例からは、2018年1月20日の白馬連峰の小蓮華山・船越ノ頭のみ。昨シーズンは事故が少なかったようで、JANの公式サイトにも前述の船越ノ頭を含めて2例しか掲載されていない。公式サイトの報告は事故直後の調査結果の速報であり、アバランチナイトではその後の聞き取り調査の結果などが加えられてより詳しいものとなっている。
 昨シーズンの事故が少なかった代わりということかどうかわからないが、2013年11月23日の立山連峰真砂岳と2017年3月27の那須岳の事故についての話があった。ともにニュース等で大きく報道され、過去のアバランチナイトでもそれなりの時間を割いて触れられた内容である。
 それぞれ起こったことの説明がされた後、世間の反響や講演している「でがわあずさ氏」の考えなどが語られた。
 真砂岳の方は、「その瞬間、現場付近にいて、他のパーティーが救護に駆け付けているのを見ていたのだが、あまりの雪崩のすさまじさに恐怖を感じて自分は救護に参加することができなかった。自分は間違っていたのだろうか」という人がいたのだが、それは間違いではない。インターネット上で、救護しなかった人を批判する発言が見受けられるが、そちらの方が間違っている、とのこと。
 那須岳の方は、栃木県の高校の山岳部の合同合宿であったということもあり、指揮を執った部活の顧問の責任が問われ相当に叩かれている。しかし、当日の天候により那須岳登山の予定を変更し、スキー場内での訓練にしたことは正しい判断。でも、危険な雪崩の走路を登りルートとしてしまった。ベテラン登山者が「なぜそのような危険なことをしていたのか」と思われるような行動をとり、事故に遭遇した事例はいくらでもある。誰でもミスをする。私も、那須岳の事故の   後の調査の時には、危険地帯に長時間滞在していた。事故にあった人を批判したり、愚かだと見下したりするのは全く意味がない。自分も同じことを起こす、そう考えることが大切。
 実はこの話は過去にも聞いていた。前者の真砂岳の現場にいた人の疑問は直後の大阪でのアバランチナイトの最後の質疑応答で出てきたものだし、校舎の那須岳の話もやはり昨年の大阪会場で出た質問に対する答えだった。
 アバランチナイトの海上で落ち合ったすうさんと、地下鉄で梅田に移動。ラーメンを食べてから、阪急電車へ。川西ですうさんが下車。ここから自宅まではオートバイだそうだ。私は宝塚でJRに乗り換え。30分に一本の篠山口行きが、ちょうど出たところ。25分ほどホームで待って、篠山口まで行く便の最終の一本手前の列車に乗車。篠山口到着は日付が変わっていた。帰宅は2時過ぎ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/12/23

湖北の初冬~入部谷越と安曇川の流れ~

 先日、メタセコイア並木の紅葉を見に訪れた琵琶湖の西北部高島市マキノ。ちょっと遠いけど、十分日帰り可能だし、ご当地ラーメンチェーン「ちゃんぽん亭」で近江ちゃんぽんも魅力的だ。現在は合併により、同じ高島市でも今度は南の高島、安曇川、新旭、朽木を巡るコースを設定。今津はアプローチで必ず通る。これで、合併前の5町1村を制覇できる。
 12月15日土曜日は、朝のみ舞鶴で勤務。10時半過ぎには自由の身になる予定だったのだが、必要な資料を忘れて行ってしまい、その再現に1時間を余計に費やしてしまった。うーん、日を改めようか。でも、冬季閉鎖区間があり、今日は貴重な晴れの日だし、延ばせば本格的に雪に閉ざされてしまう恐れがある。すでに冬季閉鎖の期間に入っているだろうが、まだ積雪はわずかで突破可能という感触だ。というわけで11時半に出発。若狭から近江今津へ。例によって近江ちゃんぽんで腹ごしらえをして、湖岸道路を少し南下。道の駅しんあさひ風車村のはす向かいにある源氏浜駐車場にクルマを止める。寒いのに、椅子やテーブルを並べてデイキャンプを楽しむグループが複数見られる。
Img_4534

 

 

 さて、自転車を準備。濡れた路面でもしっかりと水撥ねをガードしてくれる泥除けが付いたランドナーが今日のパートナーだ。
 湖岸道路をさらに南下。師走の太陽は低く南寄りのため、斜め前方からの日光で湖面がキラキラと輝いている。安曇川を渡る。河口手前で二股に分かれているので北流を越えてしばらく進み、今度は南流を越える。この安曇川が作った扇状地が半円状に琵琶湖に突き出し、その上に高島、安曇川、新旭の市街地及び田園が広がっている。扇状地の縁はアップダウンのない平坦なコースとなっている。対岸には伊吹山。もうすっかり冠雪して白い。
Img_4544Img_4538Img_4544

 

 

 

 

 新旭から安曇川を過ぎ、高島で西に進行方向を変え内陸へ。和田打川、鯰川といった小さな川が並行して、それぞれ琵琶湖に注いでいる。いったんひとつの谷まとまりながらも合流せず、扇状地に入ると放射状に広がって、その後つかず離れずの関係を続けている。この辺りは田園地帯であるため、用水路として人工的に流れを決められた川なのかもしれない。
Img_4554Img_4559

 

 

 

 

 

 正面にはうっすらと白い蛇谷ヶ峰(じゃたにがみね)が、どっしりとそびえている。向かって左の方にはさらに白さが際立つ山が見える。武奈ヶ嶽かと思ったがその手前の釣瓶岳だった。蛇谷ヶ峰の向かって右側、つまり北側の中腹が当面の目標地点だ。扇状地の南端、伊黒集落の谷へと入る。進路を右、つまり北寄りへと変えていかなければならないのだが、そちらの方向に分岐する道はやけに細い。農道である。舗装されているが、かつてはあぜ道だったものだろう。シカ、イノシシ、クマ、サルなどを敷設防ぐゲートを越えて進むが、鴨川の流れに阻まれる。対岸に渡らねばならないが橋がない。そうだった、谷に入る前に左岸に渡っておかねばならなかったのだ。隣接する別の川に混乱させられてしまった。
Img_4560

 

 

 上拝戸まで引き返し、鴨川を渡って武曽へ。気になる看板を発見。県道295号線の通行止めを告げている。その県道に入るとさらに具体的に、通行止めの区間と距離が示されている。要するに峠の入部谷越にあるトンネルの手前が通れない。もともと冬季閉鎖を示す看板の「冬季」の部分を「当面」に変更してある。夏から秋の前線や台風による被害なのかもしれない。もちろん、撤退はしない。自転車なら通れると信じて進む。ダメなら引き返すだけのこと。まだ現場を見ないうちに判断するのは早い。
Img_4563

 

 

 集落内からすでに細い県道は、鴨川の流れを左に見ながら山間部へと進んでいく。対岸の農道と変わらない道幅だが、ずっと続いていくという雰囲気がある。何度か通行止めの看板のわきを通過し、登り勾配が増す。
Img_4565

 

 

 山林に入りしばらく行くと道が大きく蛇行し、ヘアピンカーブを経て折り返す道が上方に見えるが、路肩が崩落し青いシートがかぶせてある。あれが通行止めの原因か。実際その現場まで登ってみると、かろうじてクルマも通れるだけの幅は残っている。ここが通行止めの根拠かどうかはまだ判断できない。通れないことはなくても安全のことやさらなる崩落を防ぐために通行止めにしているのかも知れないし、この先にもっとひどい個所があるのかも知れない。
Img_4567Img_4568

 

 

 

 

 

 少し先にまた路肩が崩落した箇所があった。一つ目よりも規模が小さい。
Img_4572

 

 

 標高200mを越え、道路の周囲にちらほらと白い雪が見られるようになる。登るにつれ白い部分が増していき、標高300mを越えると道路を薄い雪が覆っている区間も出てきた。雪の層は薄く、湿っているので、そのまま乗車でいける。
Img_4574Img_4590

 

 

 

 

 

 標高400mに近づくと、木々の間に安曇川扇状地と琵琶湖が見える。しかしブッシュが邪魔だ。
 ようやく景色が開けて写真撮影ができた。対岸の伊吹山がピンク色に染まっている。
Img_4592Img_4593

 

 

 

 

 

 カーブミラーの先、広く路面が雪に覆われている。と思いながらカーブを曲がってみると、トンネルが口を開けていた。入部谷越(にゆたにごえ)に到着だ。通行止めの根拠は、先ほどのビニールシートで覆われた路肩の崩落だったようだ。
Img_4596Img_4598Img_4599

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルマがすれ違えない狭いトンネルを越える。かつての町村境のトンネルを抜けると、そこは雪国だった。そんな、ベタな表現がぴったりな景色だった。旧朽木村。朽木スキー場だ。明らかに旧高島町側よりも雪の量が多い。路面に5cm以上積もっている。でも未除雪区間はわずか。直ぐに通行止のゲートがあり、それを越えると、つまり通行止区間を抜けると除雪されている。ただし営業できるほどの積雪ではなく、スキー場は閑散としている。職員の姿もない。16時46分、ちょうど日没時刻。
Img_4600Img_4601Img_4602

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでにフリースの防寒手袋を着用していたのだが、下りに備えさらに厚手のものに交換。
Img_4604Img_4606Img_4611

 

 

 

 

 

 

 

 

 スキー場を過ぎてしばらくは、今朝積もったと思われる雪がほんの少し路面に見られるところもあったが、下るにつれて雪はなくなった。ただし、かなりの急勾配。スピード抑えないと、フルブレーキでもすぐには止まれない。
Img_4614

 

 

 徐々に体が冷えていく。10分ほどで、朽木村中心街が見えてきた。が、その手前で右折、中心街をショートカットして安曇川沿いの県道23号線へ。薄暗くなってきたので、ライトも装着、点灯。
Img_4616

 

 

 下り基調なのでスピードアップ。扇状地の高島市の中心部と旧朽木村を結ぶメインルートなので、結構クルマが通る。前後にライトを付けているので、追い越すクルマは大きく避けてくれる。ただし、景色はもうほとんど見えない。この朽木渓谷は紅葉の名所であるらしいのだが、もう終わっているので見えなくてもまあいい。
 渓谷の区間を過ぎ、開けた扇状地に出たら、川をそれて左、つまり北方へと向かった方がクルマを止めた源氏浜への近道なのだが、暗いし寒いしあまり地図を見たりコースを考えたりする気が起こらず、安曇川右岸の県道を道なりに進んでしまう。ほぼ平坦になり積極的にペダルを漕がねば進まなくなったので、手袋を戻したのだが、やはり手が冷たくて厚手のものを装着。あとつま先も冷たい。
 結局安曇川よりも南側で湖岸道路に突き当たり、源氏浜へ向けて北上開始。すっかり夜の道を走り、駐車場へ。帰宅後に地図で確認すれば、県道を道なりよりも、北にそれる道を選べば、クルマも少なく寒い夜道を3kmほど短縮することができたはず。
Img_4620

 

 

 走ってみれば、なかなかいいコースレイアウト。湖畔ルートに始まり、田園地帯を経て、程よい峠越え。通行止区間もあったが自転車の走行には支障なく、峠付近の展望もいい。後半は下り基調の川沿いコース。暗くてよく見えなかった朽木渓谷の景色も見たいし、季節を変えて再訪するのもいいかもしれない。
 12月中旬、14:25~18;12、約50km

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/22

京都桂川自転車道

 11月23日に予定されていた滋賀県マキノのツーリングが時雨で中止となって残念。個人的には後日にリベンジできているのだが、グループで走る機会が失われたのは惜しい。ロードレーサー全盛、ハイスピード&ロングディスタンス至上主義が主流の現在、のんびりペースのツーリングを共有できる機会がめっきり減ってしまった。以前は、こんなことではなかったのに。
 でも、マキノのツーリングを主催したのランドナー専門店「アイズバイシクル」では、ほぼ毎月第2日曜に、朝サイクリングを実施している。大概は、京都の北山が舞台となるのだが、この秋の台風で山間部の道が思うように走れない。というわけで、12月には桂川自転車道を走る計画が発表された。それに申し込みをした。
 12月9日、5時半過ぎに京丹後市の自宅を出発。まだ真っ暗で、家の周り、一部にうっすらと雪が積もっている。昨日の日中はみぞれだったが、夜になって雪となった。そして、家のすぐ近くの山間部では昨日の日中から雪で、当然道路にも薄く積雪。除雪が出るほどではないが、先日新調したばかりの新しいスタッドレスタイヤが活躍している。
Img_4413


 近畿自動車道京丹後大宮I.C.から高速道路へ。宮津天橋立I.C.で京都縦貫道へと接続する。有料の京都縦貫道を利用することはめったにないのだが、時間制限があるので仕方ない。これにより、京丹後市から京丹波町の和知(わちI.C.)まで1時間で到達。
 和知からは国道27号線を京都市方面へと進み、そのあと府道で日吉ダムへと向かう。ダムに隣接した道の駅「スプリングひよし」でトイレ休憩だが、その手前に「この先通行止」と気になる看板を目にする。そうだった、おおざっぱに通行止め区間があることを認識していたが、あまり深く追求していなかった。どうやらこれから以降としている、日吉ダムから旧京北町の南部へ抜ける桂川(大堰川上流)沿いの道が通れないようだ。ロードマップを開いてルートを考える。
 本来なら、ダム湖に注ぐ川沿いの細道をたどり、かつての京北町と京都市の市町境である笠トンネルの北側で国道162号線に合流するのだが、府道19号線と78号線で大きく北に迂回して京北町の中心部経由するしかない。そうと決まれば、急ごう。時間に制約があるのだ。
 センターラインが引かれた走りやすい道路。距離は伸びるが時間のロスは少ないかも知れない。たまに現れるかやぶき屋根にうっすら白い雪が積もっている。京北町中心部の北側で国道162号線へ。南下開始してしばらくすると旧京北町の中心、周山と呼ばれる地区。この周山を通る国道162号線は周山街道と呼ばれる。正式には、京都盆地の仁和寺前から周山までの区間のこと。しかし、その先にも美山、さらに小浜へと続き、見所が多く、自動二輪の雑誌でも取り上げられる道である。実際、京都市内から北上してくる自動二輪とすれ違うようになる。寒さに負けない強い人たちだ。
 台風被害と思われる倒木だらけの北山杉の植林を見て、紅葉末期の高雄を超えて京都市内へ。京都盆地の北西部、仁和寺の近くに位置するアイズバイシクルには、このルートで向かえば市街地をあまり移動しなくてすむ。まあ、今の時刻、日曜の朝なら市街地でも比較的スムーズに移動できるだろうけど、帰り道、つまり昼過ぎから夕方には各所で渋滞するはず。
 8時20分、アイズバイシクル近くのコインパーキングに到着。まずは本日の相方のランドナーをクルマから降ろし、前後のホイールを装着。そして、ハンドル、フロントフォーク、サドル、チェーンとリアディレイラー、ペダルを外した別のランドナーフレームをクルマから降ろす。リアエンドが変形してしまったフレームを修理してもらうのだ。2本のタイヤチューブを引っかけて、それに両腕を通してフレームを背負う。その状態で、自転車にまたがってアイズバイシクルへ。
Img_4520Img_4515Img_4421

 コインパーキングからアイズバイシクルまで1㎞あまり、本通りを避けて住宅街の路地を行く。交差点さえ注意すればいい。
 9時前にアイズバイシクルに到着。店の周囲には数人の参加者の姿が見られ、さらに続々と集合しつつある状況。スタッフに背負ってきたフレームを預ける。
 9時を少し過ぎて出発。西に向かって走り出す。仁和寺前を通り、そして水が抜かれた広沢の池を見て、観光客であふれる嵐山へ。秋の台風で損壊した橋げたを直したばかりの渡月橋を渡り、トイレ休憩のあと、桂川自転車道へ。
Img_4429Img_4430

 北西の風を背に受けて快走。自転車だけでなく、ウォーキング、ジョギングの利用者も多い自転車道。また、ロードレーサーもいれば、シティサイクルもいる。それぞれスピードが異なるので要注意だ。特に鴨川が合流するあたりで道幅が狭まる区間もある。
Img_4435Img_4434

 嵐山から1時間ほどで、桂川、宇治川、木津川の3本の川が合流して淀川になる御幸橋に到着。自転車道は木津川に沿って木津(木津川市)まで続くのだが、本日はここで折り返し。嵐山から木津までの中間点にあたる。淀川三川合流域 さくらであい館という施設もあり、ちょうどいい休憩ポイント。
Img_4436Img_4438

 しばしの休憩の後、復路スタート。斜め前方からの風に押されて往路よりペダルが重い。嵐山の手前では真正面からの向い風になる見込みだが、その手前で自転車道、つまり桂川沿いを離れ天神川沿いを北上する。嵐山まで戻らずにアイズバイシクルへショートカットするのだ。クルマも信号も多い。嵐山まで行っても、ショートカットしても、店までは市街地を走行することになる。
Img_4441


 12時半近くにアイズバイシクル帰着。みなすぐには帰らずに、おしゃべりをしたり買い物をしたりして過ごす。私は、持ってきたフレームの修理作業にさほど時間がかからないと言われ、それが終わるのを待つ。今日は店に預けて、後日受け取ることを想定していたのだが、今日持ち替えられるとは嬉しい誤算だった。
 昼ご飯を食べに行こう、と店を後にする人の流れに乗るように、私も修理代を支払いフレームを背負ってコインパーキングへ。
 せっかく京都市内まで来たのだから、ともう一つ用事を済ませる。背負っていたフレームをクルマに収めたら、自転車で地下鉄太秦天神川駅へ。市営の駐輪場に自転車を入れて地下鉄へ。
 用事を済ませてコインパーキングへ戻る。すでに日は西に傾いている。国道162号線を北上。朝とは比べ物にならないくらいにクルマが多く、仁和寺の西、一条通との福王子交差点を越えるのにも時間がかかる。しかし、それを越えればクルマの流れは良くなる。最低限の市街地走行で高尾へ。
 旧京北町に入ってすぐ寄り道、猪ラーメンの「キャプテン」という店へ。遅い昼食を摂る。ここに来るのはずいぶん久しぶり、15年ぶりくらいか。前回は猪ラーメンの並で1290円というお値段におののき、普通のラーメンと猪肉の餃子しか頼まなかったが、今回は猪ラーメンを食べる。
Img_4450Img_4451

 そのあとは京北を通り過ぎ美山まで北上して、大野ダムを経由して和知で国道27号線へ。かつて何度も泊まった美山ハイマートユースホステルの茅葺屋根の建物を確認しようと思っていたが、位置もはっきりと覚えていない上に、暗くてわからなかった。
 京都縦貫道を使わずにのんびり帰宅。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/04

今年最後(?)の小春日和

 12月2日は旧暦10月つまり小春の25日。日曜だけど舞鶴での勤務の日。貴重な晴れで最高気温が17度くらいの、小春日和。翌日からは時雨模様が続く見通しで、そのまま小春は終る。というわけで、日曜が最後の小春日和となりそうだ。
 舞鶴まで自動二輪で行こうと思っていたけど、朝の寒さに心を折られ、クルマで行く。
Img_4371Img_4372

 日没が早い。丹後半島最北の経ヶ岬で、16時46分。あと4日ほどたてば、16時45分と、1年で一番早い日没となり、12月の中ごろからは、日没が遅くなって行く。冬至は最も日が短いけれど、最も日没が早いわけではない。今の時期は、南中時刻も遅くなって行く。必ずしも正午ぴったりではないのだ。地球の自転速度は一定であるが、南中時刻から次の南中時刻までの間は一定でない。その理由は公転軌道が楕円であるため、公転速度が変化するから。
 というわけで、舞鶴から帰ったらもう日没。それでも、自転車で走らないと。
Img_4375


| | コメント (3) | トラックバック (0)

2018/12/03

湖北の晩秋~紅葉の巨木と業平の里と漁村~

 京都市内のランドナー専門店「アイズバイシクル」主催のツーリングイベントが、雨で流れてしまった。数日後、TVのニュース番組で、紅葉したメタセコイアの並木からの中継。先のツーリングで走る予定だった道だ。場所は滋賀県の北部高島市のマキノ。次のこうしたツーリング企画は来春とのこと。どこを走るかはわからない。今回のコースだとしても、紅葉は今しか見られない。というわけで、一人で走ってきた。
 丹後半島から若狭湾に沿って東へ進み、上中の熊川宿を経由して、近江今津へ。途中自衛隊の演習場のそばを通る。誤って敷地外へ着弾して話題になったところだ。
 クルマで2時間半とちょっと。丹後から一番近い琵琶湖。到着は昼。まずは近江ちゃんぽんで腹ごしらえ。朝のうちは時雨模様だったが、何とか小降りになってくれた。
 今津からマキノに北上し、かつての町役場、現在の高島市の支庁がある中心街の東のはずれマキノグラウンドにクルマを止める。たどり着くのにちょっと迷走。湖北バイパスを経由すれば、盛土による高架区間が終った先左折すれば直ぐなのだが、湖畔にある「ちゃんぽん亭」から湖岸近くを走ってきたせいだ。マキノグラウンドはその名の通り運動公園で、図書館も隣接している。
Img_4257


 赤く色づいたモミジに囲まれた駐車場で自転車を準備する。自転車はクロスバイク。雨はほぼ止んだが、路面は濡れている。ランドナーの方がよかったな、と思いながら簡易泥よけを装着する。簡易泥よけで体への泥撥ねは防げるが、フレームは汚れる。やはり、ランドナーに装着されているようなしっかりした泥よけがいい。
 自転車にまたがり走り出す。田んぼの向こうにメタセコイアの並木が見えている。
Img_4259


 マキノの中心集落を抜けメタセコイア並木に近づくと、突然クルマが増える。クルマだけでなく、自動二輪も。そして、並木に差し掛かると人がうじゃうじゃいる。道は狭く、並木の外側に遊歩道が設けられているが、多くの人は車道の脇の路側帯を歩いている。中には、写真撮影のため道の中央に長時間佇んでいる人、そしてその人たちにクラクションを浴びせるクルマ。関西人らしい。
 道の両側に高くそびえるメタセコイアの木々は、褐色に色づいた葉を付けている。まだ紅葉の始まりで、落葉は少ない。回復基調の空からは日が射して、木漏れ日の並木道だ。木々、あるいは枝や葉の密度にも濃い薄いがあるようで、薄暗くトンネルを行くような区間もある。
Img_4263Img_4269

 並木道は2kmを越える。見物するには自転車が有効だ。クルマで走りぬけるだけでは、味気なく見物したうちには入らない。並木の途中の観光施設や周辺の駐車場にクルマを置いて歩くにはちょっと長い。片道ならいいくらいだが、往復だと5km近くになる。ちょうど丹後の天橋立の松並木、つまり砂嘴区間も同じくらいの長さだが、天橋立は観光船もあり往路と復路に変化をつけることができる。それでも、誰もが全線通して歩くわけではない。当然メタセコイア並木も、駐車場の近くで観光客の密度が高く、離れるにしたがって疎らになる。要するに、人がうじゃうじゃいる状態でしか並木を見物していない人が多いのだ。
Img_4268


 自転車で通り抜ければ、人が少なく静かな区間も味わえる。それに並木の表情そのものにも変化があるので走っていて退屈しない。クルマよりも、自動二輪よりも表情の変化がよく見える。そして、いつでも自転車を止めてじっくり眺めたり写真撮影したりできる。並木の外側は栗園でそちらから見る並木もいい感じだ。なのに、並木道で見かけた自転車は本の数台、数えるのに片手で足りる。その中の1人は、自転車を押して歩いていた。本当はそうやってところどころで歩いてじっくり見物するのがいいのだけれど、私の場合は何度か停車したけれども基本的には走り抜けてしまった。
 並木が終ると湖北の山並みが目に入る。その直ぐ先がマキノスキー場。雪はまだ一切積もっておらず、駐車場を自由に利用してよい、と記されているが止まっているクルマを数えるのにも、やはり片手で足りる。並木までの200mを歩くより、人がうじゃうじゃいる施設の駐車場に空きを探す方がいいらしい。
 このメタセコイア並木が有名になったきっかけは、韓国のドラマ「冬のソナタ」とのこと。オープニングを含めた各場面に登場する並木と似ているらしい。私自身は「冬のソナタ」に全く興味がなかったのだが、それが日本で社会現象になったのとちょうど同じ頃、とあるテレマークスキー関連の映像の中にメタセコイア並木が登場していた。おそらくマキノスキー場の帰り道のクルマの車窓風景を撮影したものだろう。
 さらにそのもう少し前、1999年5月に、私自身この並木道をクルマで走っている。静岡県の山間部を自転車で走るために訪れた帰り道、マキノに寄り道したのだ。丹後と東海地方とを結ぶ最短ルートは湖北を経由するのだ。しかし、新緑に覆われていたはずのメタセコイア並木の記憶は一切ない。静岡の茶畑の緑はしっかり焼きついているのに。
Img_4280


 白谷からは八王子川の谷を遡る。用水路の流れる木造の建物の集落を過ぎると、赤や黄色が鮮やかな木々に囲まれた別荘地。そして、19年前の初夏、長いドライブの気分転換に訪れた温泉入浴施設の脇を過ぎる。さあ標高差300mの登りの始まりだ。先日雨で流れたツーリングの計画にはない区間だ。そのツーリングはタンデム自転車、つまり二人で漕ぐ二人乗り自転車を中心としたものなので、アップダウンを少なめに計画されている。
 メタセコイアの並木道の県道283号線とはうって変わってほとんどクルマが通らない。その県道533号線は、別荘やペンションが立ち並ぶ区間を過ぎると、山間部の景色に変わる。色づいた山と八王子川の流れを見ながら上る。
Img_4283Img_4292Img_4295


 進行方向が北から東に変わりしばらく登ると勾配が緩くなり、谷が開け田園が広がる。直ぐに集落が現れた。在原だ。何も調べずに来たのだが、集落内の案内板を読むと平安時代の歌人、在原業平ゆかりの地で、その墓もあるらしい。いずれにせよのどかな山里だ。元々、淡い秋の日差しが、西に傾いてさらに弱く照らしている。葉を落とし実だけをつけた柿の木が、茅葺屋根の民家が、風に揺れるススキの穂が、静かな静かな里の秋を演出している。
Img_4310Img_4308Img_4332


 集落を抜けたところに、在原業平の墓、の案内板があった。県道から北側の山手に向かい、数段の棚田を抜け、山林に少し入ったところに小さな塔があった。これが墓らしい。
Img_4314Img_4317Img_4320


 さらに東へ進むと、峠だ。地図には峠名は出ていない。標高は430m程。峠の向こう側は知内川の谷で、標高差200m以上を一気に下る。その谷底を走る国道161号線を走るクルマの音が聞こえる。その国道を通ってマキノの中心街へ戻ることもできるのだが、大型トラックの割合が高いクルマの爆走道路を走る気にはならない。引き返すのだ。それでも、その谷を見下ろす景色を求めて少し知内川方面に下って見る。木々に阻まれ展望が開けた場所はない。辛うじて、対岸の斜面の雪崩防止柵や電信柱の頂上が見える場所で写真を撮って峠へ登り返す。
Img_4321Img_4329

 ここまで指切りグローブで来たが、防寒のフリース手袋に交換して来た道を下る。標高差300mを一気に駆け下りる。途中で、一台の自転車とすれ違う。折畳小径車「ブロンプトン」だ。確か、メタセコイア並木でも見かけたぞ。ブロンプトンは折り畳むと非常にコンパクトになるが、反面走行性能は高くない。この坂道はかなりきついはずだ。がんばるなぁ。
Img_4334Img_4343

 白谷まで下り、クルマがそこそこ通る県道283号線を渡って、農道へ。そして、知内川へ。在原の峠から見下ろした谷底を流れる知内川の少し下流というわけだ。動物除けのゲートを抜け、端を渡って川沿いの道へ。自転車歩行者専用道路として整備されている。東に向かって川を遡る。とはいえ、緩やかで登りというほどのものではない。少し狭まった谷が開け広大な田んぼとなる。国道161号線の追坂峠かわすように知内川は左にカーブし、国道に沿って北上して行く。在原の峠から見下ろした谷へと続いていくわけだ。私は川沿いを離れ追坂峠へ。といっても登りらしい登りはない。
Img_4351Img_4352

 峠からは琵琶湖に急降下だ。センターラインの向こう側には登坂車線がある。クルマの爆走国道ルートだが、短いし、しかも急な直線の下りなので一気に通り抜けられる。ここがタンデム自転車のツーリングコースに組み入れられている。登りでないとはいえ、下りも要注意だ。一人乗りの自転車と同じブレーキで、ライダー二人分の体重とその分増量したフレームを含めた車体重量をコントロールしないといけない。
Img_4354Mvi_4361mp4_000005873

 下りきったら国道を離れ、海津の湖岸に出る。少し海津大崎に向かって走ってみる。現在、少し先のトンネルが通行止。そのせいかクルマが少ない。サルの群れが道を占拠している。夕陽が湖を照らし、きらきら輝いている。通行止の手前で折り返し海津に戻る。
 海津の集落の中の道が工事で通行止。国道をできるだけ走りたくないので、集落の中の路地を迷走。木造の風情ある家並みだ。ここは漁村で、船着場のある運河のようなものもあった。
Img_4365Img_4367

 結局、少し国道を走る。路肩は狭く、クルマは多く、1kmにも満たないがストレスのかかる路線だ。西浜で国道を離れ湖岸へ。知内川の河口からは左岸の堤防の上を行く。この堤防の上も自転車歩行車道として整備されているが、実はそれは対岸の堤防。でも、その名目のつかないこちら側も同じように整備されて走りやすい。国道161号線は高架橋の下をくぐり、マキノグラウンドの直ぐ近くの橋のたもとに到着。橋を渡ればゴールだ。ちょうど日没。
Img_4368


 自転車をクルマに収め、17時ちょうど、帰路に着く。
 11月下旬、13:35~16:45、37km

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »