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2018/05/23

薫風の丹後半島一周'18

 毎年の個人的な恒例行事となっている丹後半島一周。その報告のタイトルに「薫風の」という枕詞が付くのは3年ぶり。一昨年には土砂崩れにより夏まで通行止め。丹後半島一周とは言えなくなる大きな迂回を強いられる状況の。昨年は、休日の天気がパッとしなかった。よって2年続けて初夏の丹後半島一周を断念、暑くて自転車に乗る気にならない盛夏が過ぎてからの決行となった。
 しかし今年の5月も、天気が良くない。曇りの日が多く、スカッと晴れる日が本当に少ない。それでもどうにか、晴れた日と自分が行動できる日が重なった。こうして、今シーズン初、生涯通算47回目の丹後半島一周が始まった。
 朝をだらだらと過ごし、玄関を出たのは10時前。自転車の準備を整える。が、ワンタッチで着脱可能なフロントバッグの、ハンドルにつけてあるアタッチメントがパキッと音を立てて破損。在庫してあるスペアに交換作業。もう生産終了品なので数年前にまとめて買った在庫が続く限りのもの。
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 10時過ぎに家を出る。まずは弥栄町内を竹野川に沿って北上。クルマの往来の多い国道を避け、農道を行く。田植えを終えたばかりの水田がきらきらと輝いている。晩稲の田んぼを行き交う耕運機の周りには、サギやカモメがたかっている。
 家を出た時には南風に押されて気持ちよく走っていたが、海が近づくと徐々に向かい風に変わっていく。南風によるフェーン現象で陸地の気温がぐんぐん上がり、空気の対流により海風に変わる。この時期の晴天の日の典型的な気象現象だが、早くも風向きの変化が起こっている。今日は最低気温と最高気温の差が15度くらい見込まれている。朝は肌寒かったが、走り出してすぐに半袖シャツと七分丈のズボンで十分な気温となった。
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 竹野川の河口部まで来たら、道の駅「テンキテンキ丹後」で小休止。荷物を満載した自転車が停まっている。さらに「日本一周」と書かれたボードもあった。トイレを済ませ出発しようとしていたら、日本一周の自転車の主が現れた。大きなザックを背負った20~30代くらいの男性だ。九州を出発し日本海側を進んでいるという。丹後半島を越え若狭湾を進んだら、琵琶湖に沿って南下し京都の世界遺産をすべて回り、また日本海側へ戻って北上再開するという時間無制限の旅だそうだ。今日は丹後半島を回り込んで舞鶴を目指すという。
 一足先に日本一周サイクリストが出発し、後を追うように私も出発。ここからは国道178号線。すぐに海岸段丘に上る坂が現れる。短いながらもそれなりに急な勾配。日本一周サイクリストの速度がみるみる落ちてとうとう自転車を押し始めた。「荷物が重くて大変ですね」と声をかけながら追い越す。
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 屏風岩を見下ろす。この辺りは遠浅のため、海底の白い砂が青く澄んだ水に光り輝いてとても美しいのだが、今日は少し波が立っているのが残念。基本的には朝から南風が吹いていたのだが、気温が上がって早くも北からの海風に変わっている。
 日本一周サイクリストは、海岸段丘に乗り上げ勾配が緩んだ区間を乗車で進んでいるが、まだ遠い。彼を待たずに出発しよう。
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 犬ヶ崎トンネルまでは緩やかな登り。トンネルを抜け丹後松島を眺めたら、そのあと下りに変わり、最後は急坂で宇川河口の平野部へと下る。そしてまた海岸段丘へと上る。近畿地方最北端の経ヶ岬が近づき、海と水田と新緑が輝く、静かでのどかな雰囲気となる。
 しかしながら、時おり地響きを立てて通るダンプカーが雰囲気を台無しにする。この先にある自衛隊の経ヶ岬分屯基地に隣接するアメリカ軍の経ヶ岬通信所で行われている工事の車両のようだ。それを過ぎてやっと本当の静寂がやってくる。
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 袖志の集落を過ぎ経ヶ岬へ。白南風(しらばえ)隧道へ標高差100mの登り。サルの姿がちらほら見られる。
 トンネルを抜けると、青い海と空が広がる。カマヤ海岸だ。若狭湾に浮かぶ冠島と沓島。その向こうの小さな山々は若狭湾のリアス式海岸を形成する半島群だ。少し左には奥越・奥美濃の山々と加賀白山が存在するのだが、さすがにそこまでは見えない。まあ、初夏の日中にしてはまずまずの展望といったところだ。
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 カマヤ海岸を走りきった甲崎で小休止。ちょうど昼なので持参していたおにぎりとパンを食べる。今走ってきた断崖の中腹の道が見渡せる。しかし、道の駅で出会った日本一周サイクリストの姿は見えない。荷物が重くてアップダウンは得意でないようなことを言っていたが、それにしてもかなりのスローペースのようだ。私だって間違いなく遅い方だし、写真撮影でしょっちゅう止まっている。こんなに先行することはめったにないことだ。「舞鶴まで」という彼の目標はアップダウンを想定せず距離だけで見積もったもののようだし、要するに最終的には「行けた所まで」ということになるのだろう。何しろ、時間無制限のない旅なのだから。
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 再スタートを切る。蒲入の漁港と集落を見下ろす道を行く。ここが2年前に通行止だった区間。開通しているが現在も工事中。復旧工事から拡幅工事へと継続しているようだ。通行止だった区間はわずかであり、すぐ下に集落があるから、歩行者や自転車なら通り抜けられたのかも知れない、と今になって思うがもう過ぎてしまったことなのだ。
 その通行止と同じ頃に開通した蒲入トンネルへ。峠がひとつ減ったことになる。2年前の今頃、蒲入の住人にとってトンネル開通によって役場がある伊根湾方面や宮津方面の道路状況はよくなったが、その反対側、最寄のスーパーマーケットがある京丹後市方面に抜けられなくなり、日常の買い物に行く道のりが長くなってしまった、と新聞に出ていた。
 本庄宇治で内陸部へ入る国道178号線を離れ、府道623号線へ。国道よりも道は険しいが、海の景色が最も美しい区間へ。本庄浜からの登りに差し掛かったところに、いきなり「通行止」の表示。でも、「解除中」のマグネットのシールが貼られていた。最も勾配の急な登りの始まりを越えると、バラスの路面となった。本当に通行止が解除されているのかと思えるほどに重機がうごめいている。その重機の脇をすり抜けるように工事区間通過。
 しかしその先にも作業員の目があり止って休みにくい雰囲気。結局、標高差120m程をノンストップで登ってしまった。
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 若狭湾方面の海の景色が開けた。本当に青い。そして静かだ。日本一周サイクリストにも、この景色を見てほしかったのだが、彼はこの道を通ることはないだろう。国道の方がアップダウンが少ないとアドバイスしてしまった。もちろん、景色は海沿いの府道がよいことも伝えたが、元々その存在を認識していなかった険しい道を行く気はない様子だった。日本一周という大きな目標へと向きあい、「京都の世界遺産をすべて回る」という自分のこだわりを貫けば、他の場面で密度が薄まっても、それは仕方ないことだろう。
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 静かな証拠に、サルの群れが路上でくつろいでいる。そのうちの2匹が組み合い寝技の応酬、そして上四方固め、と柔道かレスリングを楽しんでいた。
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 ダイナミックな断崖に囲まれた入り江の泊まで下ったら、次は新井崎への登り。こちらも、登りだしが急勾配だ。ひと登りしたら道は水平からやがて下り基調となる。澄んだ海を見下ろしながら新井(にい)の集落へ。道路と海の間の高台に水田が広がる。初めて丹後半島一周した頃には棚田だったが、30年近く前に耕地整理が行われ一つ一つが広く機械で作業しやすい水田となった。
 再び登りとなり、棚田の残る区間へ。そのまま府道を行っても棚田を見ることはできるのだが、よりその景色を堪能できる町道へ。しかし、その分道は険しい。新井の漁港を見下ろせる所まできたら棚田はもうすぐ。
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 一般の水田よりも田植えが遅いのだが、すでに植えられたばかりの苗が風に揺れていた。そして、バックに広がる日本海。これが「新井の千枚田」。
 棚田エリアを越えてもしばらく登りが続き、標高150m程がピーク。その後は府道に合流し、伊根湾へと下る。
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 クルマがすれ違うことが困難な細い道は、舟屋と母屋とを隔てる中庭をつないだもの。かつてはこれが国道178号線だった。10数年前に集落の裏山に車道が開通たので、舟屋集落の中の道を行くクルマは減り、代わりに観光客が行き交っている。
 伊根を過ぎたら、若狭湾に沿った平坦な道を行く。伊根湾を含め、若狭湾に面した側は冬場の北西の風が当たらないので集落は波打ち際といっていいほど海の近くにあり、道路も平坦になる。南風の時には、波しぶきが道路にかかるほどだ。
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 そして初夏の午後に強い海風が吹き、それを背に受けて快走できる区間である。昼ごろまでは風が冷たく感じられることもあったが、今はもう心地よい。
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 前方に見えていた栗田半島が左に見えるようになると天橋立が近い。路肩には、ハマヒルガオが咲いている。
 天橋立の北詰めの江尻で小休止して、阿蘇海沿いの自転車道へ。海と水田に挟まれた道が、これまたまるで架け橋のようだ。
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 与謝野町男山から府道53号線で内陸へ。最後の峠を越える。200m程の本日最も大きい標高差だが、勾配がきつい区間がないので、一日走って疲れた脚でも平気。といいながら、去年はこの登りで脚がつって苦しんだ。
近年、走りにブランクがあると脚がつるようになった。今年は、1月に広島・山口、2月に台湾、3月に北海道としっかり走り続けていることが関係しているのだろう。ちなみに、冬の広島かきしま海道、去年秋の丹後半島一周では、脚つり祭り開催となった。それぞれ晩秋から初冬の時雨模様、夏の暑さのためにあまりはしていない状態からいきなり的また距離を走ったことによるものだったと思われる。
 体調だけでなく、気象条件にも恵まれた一日だった。夏日にとどまらず真夏日さえ観測される今年の5月だが、本日の最高気温は20度台前半。湿度は低く、快適そのもの。風向きも、朝は南風、午後は海風、つまり一日ほぼ追い風。やはり、この時期が一番いい。でも、近年こういう初夏を象徴する天気が少なくなってきているような気がする。
 日本一周サイクリストは、どこまで行けただろうか。予定の舞鶴まで到達できたかな。丹後半島が好天にあたったことは、地元の人間としてはうれしい。
 5月下旬、10:10~16:35、81.7km,、起点及び終点:京丹後市弥栄町

■こちらへのアナウンスを忘れていましたが、3月の北海道ツーリングのレポート本編を公開しています。
 電脳徘徊トップからどうぞ。

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2018/05/13

初夏の依遅ヶ尾山で鮮やかな緑と青に出会う

 ゴールデンウィーク後半の4連休のうち、寒気の影響で3日雨が降った。いずれも短時間の弱い雨であったが、すっきりしない時間帯があった。唯一安定した快晴だったのが子供の日。午後にぶらりと依遅ヶ尾山へ。
 海と空の青、そして緑が鮮やかだった。
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スーパーカブの消耗品交換・後輪タイヤ交換に難儀する

 雪が解け暖かくなってエンジン付きのバイクにも乗りたくなってきた4月、後輪周りの消耗品を交換した。
 リアブレーキを開放し、アクスルシャフトを抜いて後輪を外す。ちなみにアクスルシャフト(axle shaft)は車軸のことで、よく「アクセル」シャフトと間違えられている。
 自転車なら工具不要で、ものの1分でできること。カブに乗るようになり初めて作業した時には、これだけでかなりの重労働だと感じたのだが、どれだけの作業をしなければならないかということがわかっているので、作業を始めてしまえば後は流れに乗って進めていける。それから8年くらい経過し5回以上は経験を積んでいるのだから。まあ、それでも面倒な作業だから、消耗品をまとめて交換しようと言う目論見だ。
 まずは、最も難航すると見込まれるタイヤとチューブ交換。すり減ったタイヤを外すのはタイヤレバーを使えるので問題ない。
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 タイヤより先にリムの穴にチューブのバルブを通してから、タイヤの片方のビードをリムにはめ、タイヤの中にチューブを納める。
 さあいよいよ難関、もう片方のビードをリムにはめる。一周360度の4分の3、270度を超えたあたりから作業が膠着する。ビードが固くて入らない。滑りをよくするビードワックスを塗ってもだめ。タイヤ装着作業開始から30分以上、全体としては1時間近く経過しててもなお膠着が続く。苦し紛れにとうとう禁断のタイヤレバーを使ってビードをはめてしまった。空気を入れてみる。全く空気圧が上がらない。やはりだめ、チューブに穴を開けてしまった。ビードを入れることができても、チューブを傷つけたら全く意味がない。やり直し。ビードを外す。
 穴が開いたチューブは、出先でのパンクに対応するために携行していた普通のチューブ。そうだ、タフアップチューブを入れよう。接地面が二重構造になっていてパンク修理材が入っているもの。普通のチューブよりかさばるので携行には向かない。穴の開いたチューブは、自転車のパンク修理用のゴム糊とパッチを貼って前輪で使おう。
 で、タフアップチューブで再トライするものの、またもビードがはまらず膠着。懲りずに、タイヤレバーを使ってまたチューブがパンク。スーパーカブ版「春のパンク祭り」開催となった。
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 この日タイヤ交換をあきらめ、その後にするつもりだったチェーンとドリブンスプロケットの交換作業。こちらは失敗の可能性の低い作業だから、後回し。集中力の必要な作業が優先なのだ。
 さて、リムにビードをはめる作業は、毎回苦労するとはいえ、今回が初めての作業ではない。なのになぜできなかったのか。翌日以降に考えた。タイヤは耐摩耗の材質が固いもの。1年以上前に買って在庫していた。裸のまま置いていたので、両側のビードの間隔が広がっていた。リムは中央部がくぼんでいる。つまり、径を小くしてある。ビードを中央に寄せ中央部の溝(くぼみ)にはめれば、ビードに余裕ができる。これを「ビードを落とす」という。リムとビードを着脱する際にはビードを落とすのだが、在庫していたタイヤはビードが広がり、固い材質のためビードが落ちなかったのだ。
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 そこで、ビードを力尽くで落とすための道具として、クランプ(万力)をネット通販で購入。一つ200円未満の安いものなので3つ注文した。それが届くまでの間に、タイヤレバーで穴を開けた未使用チューブのパンクを修理。タイヤレバーとリムで挟むと、貫通して2か所に穴が開く。しかも大きめの穴。しかも、レバーをタイヤの中で「グリグリ」やれば、穴の個数は「グリ」の回数の2倍ということになる。穴を塞いで空気を入れてみたら別の穴を発見、ということを繰り返す。というわけで、2本のチューブに結構な枚数のパッチを貼って、パンク修理を完了。
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 1週間後に作業再開。ビードを4分の3ほどリムにはめ、膠着状態が始まる頃にすでにはまっている部分にクランプを装着。タイヤを締め上げればビードがリムの中央に寄る。もちろんビードワックスも塗っている。そして、残りのビードに挑む。もう力技しかない。足で踏みつけ全体重をかけてリムにビードを押し込む。10分ほどで、ベコッという断末魔の叫びとともにビードがリムに陥落。やった。
 リムとビードの間にチューブが挟まっていないか点検してから空気を入れる。念のため一番寝かして空気が抜けていないことを確かめてから、車体にホイールを組み付ける。
 最後に、オイル交換をしてようやく作業完了。
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2018/05/01

千の水になって'18

 兵庫県の中央に位置する旧神崎町東部の周回ツーリング。猪篠川流域から、林道越智ヶ峰線を越えて越智川の谷へ。千ヶ峰名水街道を、川の流れとともに下ってゴール。
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 春から初夏へと季節が移り行く季節。さんさんと降り注ぐ陽光の中を走る。神埼中心街から猪篠へはクルマの多い国道312号線をできるだけ避け、農道などをつないで行く。以前はパーキングスペースだったところが道の駅「銀の馬車道 神河」に生まれ変わっていた。
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 猪篠で国道を離れ集落の奥から動物除けのゲートを開けて林道越智ヶ峰へ。路面に土砂が積もっている。日本海側では雪解け時期に暖かい雨が降ったため雨量のわりに川が増水したことがあったが、このあたりはどういう状況なのだろう。積雪はさほど多くないはずだが。あるいは雨が多かったのか。帰宅してからアメダスのデータを見れば、生野で3月上旬に50~60㎜/日の雨が複数観測されていた。
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 「深タワ?」という峠を越えるとあとは下る一方。越智の集落までは林道の急な下り。越智川に沿った県道367号線になると緩やかに下る快走路。ただし、県道ではなく「千ヶ峰名水街道自転車下り」ルートとして指定された農道などクルマの少ない道をつないでいく。八重桜の花びらの絨毯の上を走り、麦畑の中へ。あとひと月余りで褐色の麦秋となる麦畑は、今は緑一色。根宇野で、越智川から笠形山の懐の谷まで続くこいのぼりの大軍を見れば、もうゴールはすぐそこ。
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4月下旬

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