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2018/01/13

かきしま・角島・海峡を渡る旅2日本海「角島」

 前夜の肉玉そばのキャベツが効果を発揮し、便意で目覚める。支度して7時半過ぎに部屋を出る。まずは、ラウンジ(共用スペース)で、昨日買っておいた弁当を食べる。そして、外に出て自転車にフロントバッグを装着して出発準備。8時のチェックアウト開始と同時に宿を出発。
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 今日も輪行。広島駅を目指す。平和記念公園を通過する。今から35年前の中学生の頃、家族旅行でここに来たことがあるのだが、あの時の記憶より原爆ドームを小さく感じる。あの頃すでに今と同じくらいの身長だった。体重は随分増えた。でも、身長も体重も関係ない。イメージの問題だ。
 その後は市電やバスや乗用車の行き交う、でも日曜の朝なので比較的混雑は少な目の、広島中心街を走り駅へ。自転車を輪行袋につめて、切符を買う。目的地は角島への最寄り、特牛駅。「こっとい」と読む難読地名だ。一応下関市なのだが、下関の中心街よりも萩に近い。
 9時6分の新幹線に乗り新下関へ。ここで山陽本線に乗り換えるのだが、新幹線と在来線の間が随分離れている。ベルトコンベアの動く歩道があるが、インターネットの乗り換え案内サイトで指定された6分後の列車には間に合わなかった。後で地図を見たが、400m程の距離があった。輪行袋を担いでの移動はきつい。ただし、次の山陰本線への乗り換えでの待ち合わせに余裕があるので、山陽本線の列車を一本遅らせても計画全体には影響はない。
 ところで新幹線ホームで、別の車両から下車したサイクリストに出会った。彼も、角島に行くというので一緒に歩き始めたが、新幹線の改札でもたついている。乗り換えに余裕がないので彼を置いて山陽線ホームに向かったが、結局乗り遅れてベンチに座っていると、随分遅れて彼がやってきた。ICカード「ICOCA」が使えず難儀、したとのこと。私のような田舎に住んでいるものにはありえないトラブルだ。まあ、とりあえず旅の道中、話し相手ができたのは、いいことだ。
 なかなか饒舌な彼は、関東や福島県で活動するサイクリストで、私が昨日走った「かきしま」も、そして「しまなみ」「とびしま」もすでに走っているという。所有する自転車は10台を超え、冬の会津では雪の上をファットバイクで走るという。また、スマートフォンで過去の活動のシーンを次々見せてくれた。私もタブレット端末やカメラを出して色々見せたかったが、バッテリーの消耗が心配で踏みとどまった。
 20分ほど後の次の列車は、スーツ姿の若者でいっぱい。下関市では今日が成人式。混雑しているが、一駅先の幡生(はたぶ)で下車。もう一駅先の下関駅が山陰本線、山陽本線のターミナルだが、この幡生で両線は分岐する。よってここで乗り換えるのだ。新下関で予定の列車に乗り遅れたお陰で、幡生での待ち時間は程よい長さ。しかし、山陰線の列車は1両のみの編成で、車内は混雑。2つの輪行袋の置き場がない。すると、母子連れが場所を開けてくれた。ありがたい。数駅過ぎると車内もすいてきて、座席も空いた。先に母子連れの幼い女の子が座り、お母さんが座り、そして母子の隣に我々も座れた。
 車窓にも日本海が見える。萩以西は島が多いが、昨日の瀬戸内海とは全く違う表情だ。島の密度は瀬戸内海よりも低く、そしてその向こうに対岸が見えないし、航行する船もない。瀬戸内海は本州、四国がお互いに見える。ただ、空は薄雲が広がっている。青い海が見たいんだけどなぁ。
 母子が先に下車し、そして特牛が近づく。ところが、同行のサイクリスト、Y氏は特牛でなくもうひとつ先の阿川で下車するつもりだということが判明。角島へ向かう一般的な最寄り駅は、特牛であることを主張するとY氏も特牛で下車することにしてくれた。
 私が初めて角島を知ったのは、2005年公開の映画「四日間の奇蹟」。浅倉卓弥の原作小説の舞台は雪深い山間部だったが、主演が吉岡秀隆で、彼と雪景色の組み合わせはどうしても「北の国から」をイメージしてしまうというわけで、監督が自分の故郷の下関市豊北町にある角島に舞台を変えた。大雪で道が閉ざされ孤立する設定は、嵐で島へ渡る橋が通行できなくなるというふうに。そう、角島は本州からつながる長い橋の景色が有名な島なのだ。
 特牛はその映画にも登場する駅で、旅の番組で角島が取り上げられるときにもたいがいはこの特牛駅で列車を降りている。
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 さて、11時48分、特牛に到着。下車したのは、輪行袋を担いだ我々2人と、若いカップル。テレビで見た通りの無人駅。山と田んぼに囲まれ、クルマの走行音が聞こえるくらい離れて国道435号線が通る。まばらに家があるが、店などは皆無。
 それでもバスの便があり、そのバスに乗ってカップルは角島に向かって行った。
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 K氏の輪行袋は、一回り小さい「ちび輪バッグ」。私も折りたたみ小径車用に持っている。で、その中身は、24インチのやや小さめのホイール装着のロードーレーサー。前後のホイールとハンドルを外して納めてあるのだが、特殊なフレームで少し折りたためるようでもある(よく見ていなかった)。ブランドは知らないもので、もう忘れてしまった。前後輪を外すだけの私の自転車の方が組み上がるが、でもコンパクトになることは輪行の大きなメリットである。
 少しだけ乗せてもらった。「普通のロードレーサーと変わらないでしょう」と言われるが、ロードレーサーに乗った経験がほとんどない(2回のみ)のでよくわからない。でも、軽快であることは間違いない。
 さて、角島に向けて走り出す。まずは、国道435号線。3kmほど走り特牛港で、国道191号線へ。1.4kmほどで、県道275号線へ、アップダウンと屈曲のある道を次々と観光バスが追い越していく。
 そして、山の切れ目から海が見えるところで一休み。ちょうどそこから海側に細い道が分岐しているので、そちらへ行ってみる。
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 しばらく走ると、見えた!海に一直線に伸びる角島大橋。ああ海が青い。空は真っ白なのに、海がなんと青いことか。この時点で来てよかったと思う。でも、晴れていたらもっと素晴らしいのだろう。
 クルマ同士なら離合困難な細い道だが、結構クルマがやってくる。県道に合流する手間にリゾートホテルがあった。そこに先ほどの我々を追い越した観光バスが止まっていたが、なんと10台も連なっている。
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 県道のアップダウンを経て、角島大橋の本州側のたもとに到着。まずはその景色を堪能する。海士ヶ瀬戸と呼ばれる海峡を渡る、1780mの橋。たもとの白い砂浜も美しい。日本海側の白い砂のおかげで海が明るい色になる。曇天の薄日でもこんなに青くなるんだ。またサーファーの姿も見られた。
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 そして、いよいよ橋に向けて漕ぎ出す。昨日のように北西の風が吹くと逆風との真っ向勝負ということになるが、今日は割と風が穏やかで快適に走れる。歩道はない。夏など観光シーズンには渋滞するというが、今日は比較的クルマが少なく、対向車線に大きくよけて追い越してくれる。中間点に非常駐車帯があるので、そこ自転車を止め橋上からの景色をじっくりと味わう。非常駐車体の南西側すぐのところには鳩島が柱状節理の岩肌を見せている。
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 さあ後半戦スタート。非常駐車体から角島側に向かえば急な登りとなる。船が通るためなのだが、こうした橋の最高地点は橋の中間点、というイメージがある。そうでないのは、鳩島のせいかな、と思われる。
 思いのほか楽に登りをクリアして、角島へ渡る。すぐに現れた駐車場の入り口に立つ島の案内地図の前に停止。ここで、角島を周遊するY氏とお別れ。私はとりあえず、駐車場の隅の高台にある展望所へ。東屋の椅子に腰かけてパンを食べる。
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 私はこの後、角島から20km程東方、油谷湾と深川湾に挟まれた向津具(むかつく)半島を目指す予定だ。海岸の断崖の上に赤い鳥居が列をなす元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がアメリカのニュース専門放送局CNNにより「日本の最も美しい場所31選」にも選ばれたパワースポット。さらに、それ以外にも海の絶景が待ち受けている。これは、昨年秋に刊行された「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」というムックに紹介されていて、急遽コースに組み入れた。ところが、ここまで立ち止まるたびにY氏と話が弾んでしまい、かなり時間がかかっている。現在13時半を過ぎたところ。行程はまだ50kmほど残り、しかも半島部は最大200mの標高差を含むアップダウンが連続している。向津具半島の付け根にあるJR長門古市にゴールして、輪行で宿泊地の下関中心街に向かう予定だが、15:32は無理で、16:47か17:18の列車に乗らなければならない。それを逃すと、19:50の便ということになり下関着が21:39で、宿のチェックインの21時半に間に合わない。
 4時間弱で50kmを走るのは私には難しい。何度も止まって景色を眺めたり写真を撮ったりすると時間がかかるのだ。時間に追われて走るのは嫌だ。それに、曇天の空模様。青空なら向津具半島に向かってみて途中で判断するのだが、本日はここで心が折れた。
 そうなると時間に余裕ができたので、角島を周遊することにする。数年前にこの遠征を企てた時の計画に戻した形だ。
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 まずは島の南岸沿いを行く。この道はアップダウンが少なく、クルマの少ないいい道だ。角島は東西の2つの島がつながったようなひょうたん型をしている。その中央のくびれから先が見どころのようだ。小さな漁港から道は内陸へと登っていく。灯台が見えてきた。角島灯台だ。まずは島の西の端の海岸に出た。最果て間のある静かな海岸。やっぱり、橋だけでなくここまでく来たのは正解だったな。今度は北上。灯台が立つ夢ケ崎へ。これは島の主要な観光スポットなのか、観光客が結構歩いている。駐車場は何と有料だ。
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 島の稜線を行くメインルートで橋に戻る。往路では通らなかった北側の集落に境界の建物が見える。映画「四日間の奇蹟」のロケのために作られたもので、現在はキャンプ場の施設として利用されているとのこと。
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 中央のくびれで道は海岸まで降りる。島の北岸の砂浜に面していて歩道には砂が上がっている。レストハウスもあって観光客が歩いている。その先でまた昇り返し。標高60mまで登った。最高点を過ぎたら後は下り基調で角島大橋へ。しかし今度は向かい風だ。往路では無風と思っていたが、実は追い風だったようだ。
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 復路でも非常駐車帯で立ち止まる。こちら側には島はなく広々とした海の景色。
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 本州に戻ったら、特牛ではなく一つ長門市側の阿川駅を目指す。Y氏が下車する予定だった駅だ。下車した後の会話だだんだんわかってきたことなのだが、Y氏は角島を周遊した後、下関市街まで走る計画とのこと。確かに特牛は角島へのバスの便もある最寄り駅だが、距離でいえば阿川駅からもほとんど変わらない。西へ走るならば阿川駅スタートの方がレイアウトとしては素直だ。
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 お土産屋さんなどがあり観光客でにぎわう橋のたもとを出発。しばらく行くと海側に細い道を発見、そちらへ。角島と大橋の最後の眺めを味わう。すぐにメインルートに戻り、島戸浦の漁港に降り立つ。角島は見えるが、もう橋は見えない。
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 自動販売機のポスター広告の美しい女性の顔に目がとまる。石田ゆり子ではないか。こんなところで出会えるなんて、なんという運命。そう、石田ゆり子は映画「四日間の奇蹟」のヒロインだった。「四日間の奇蹟」のストーリーとの出会いは小説だった。前述の通り小説の舞台は雪深い山間部で角島とは全く関係がない。ところが、文庫本に映画の広告の帯が巻かれていた。そこに、吉岡秀隆と石田ゆり子の姿があった。
 石田ゆり子のことはずっと前から知っていて、たとえば冬至社会現象を起こした1991年のドラマ「101回目のプロポーズ」にも出演していたことを覚えている。20代前半の石田ゆり子には特に何の印象も持たなかった。なのに、文庫の帯の30代となった石田ゆり子に、突如心を奪われた。小説を読めば、石田ゆり子が演じる登場人物はすぐに特定できた。すると、頭の中ではずっと石田ゆり子が演じていた。その登場人物は、途中で不慮の事故にあい生死をさまよう。「石田ゆり子、死なないで」と夢中で読んだ。
 小説を読み終えたら、映画が見たくなった。しかし、その時点で一般的な映画館ではすでに上映が終わっていた。どうにか、尼崎の生協の商業施設でまだ上映していることがわかり、観に行った。そして、角島のことを知った。
 世間では昨年のドラマ出演で「石田ゆり子再ブレーク」などと言っているが、私にとっては10年以上前からずっとブレークし続けている。
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 漁港からいったん内陸に入り、標高差40mの登りを越える。国道191号線手前でまた小さな登りが見えたので、枝道にエスケープ。こちらなら川沿いに行ける。すぐに海に出た。浦の漁港近くの浜だ。現在の時刻は15時少し前。阿川駅はもうすぐ。列車はおそらく16時頃だろう。先ほどのパンだけでは物足りない。食堂でもコンビニエンスストアでもいい。何か食べたい。
 国道191号線を行ったり来たりして集落のはずれにコンビニエンスストア発見。結果的に、先ほどエスケープしないで小さな登りを進めば通過する位置だった。
 飲料水も切れかけていたので、1Lの紙パックのお茶とスパゲッティを買う。イートインスペースがないので、駅に移動。国道から少し離れた静かな無人駅の前にも、食料品などを扱う雑貨店があった。でも品揃えはコンビニエンスストアの方が充実していそうだし、温めてもらえるかどうかということもある。昨日のような日差しがない分、寒いのだ。
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 駅に着いたら列車の時刻を確認。予想通り、15:58。長門古市15:32発の便だ。駅前にはワゴン車がとまっていた。角島のホテルのロゴがラッピングされている。送迎車だろう。反対方向の列車はもうすぐ着く。
 まずは、外のベンチに腰掛けて自転車を解体、輪行袋に梱包する。そのうちに列車が到着し、ワゴン車は去っていった。輪行準備が完了するころに、「ちょっとお尋ねします」と話しかけられた。まるでヤギのような白く長い顎髭を生やした初老の男性だ。瞬時に、相手が地元の人間だと決めってかかってきているパターンではないかと感じたのだが…。「この辺にヤギを飼っているうちを知りませんか」ときた。これは意表をついた質問だ。つい先ほど生れてはじめてこの地にたどり着いた人間が知るわけがない。
 ホームに輪行袋を運び、待合室で温かいスパゲッティを食べる。食べ終わった頃に、列車の到着を予告する音声が流れる。まだ10分くらいあるのだが、タイミングが良くてついホームのベンチに移動してしまった。すっかり体を冷やして列車に乗り込むことになった。
 2両編成のワンマン列車には十分に空席があるが、より空いている2両目に移動。駅で乗り降りのためにドアが開閉するのは1両目のみ。2両目のドア付近に輪行袋を置けば他の乗客の邪魔になりにくい。日曜だが、車内には学生服姿の男子が数人見られる。夕方には1時間程度、それ以外は2時間程度のインターバルのダイヤ編成からも、学生の利用が主体になっていることをがわかる。きっと平日は学生だらけなのだろう。鉄道に並走する国道にはクルマが多い。
 体が暖まってきた頃、小串駅で乗り換え。予想通りここでは2両目のドアも開くので乗り換えはスムーズ。5分で連絡する列車も2両編成だが、今度はワンマンではない。2両目の最後尾にスペースが開いているのでそこに輪行袋を置く。女性の車掌に、阿川駅で乗車した列車の整理券を渡し、下関駅までの乗車券を購入。
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 17時25分、下関駅下車。夕闇迫る駅前は人やクルマが行き交う。自転車を準備して、とりあえず腹ごしらえ。宿では夕食を頼んでいない。駅前の繁華街、下車直前に車窓から見えたラーメン屋へ。あご出汁の魚介系スープ。
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 関門海峡に沿って東へ向かう。クルマの多い国道9号線を避け海に近い道へ。海峡ゆめタワーがライトアップされている。港湾施設を越えると、車道とは隔離されたまさに海沿いの車歩道をいく。右手には関門海峡と、その向こうに北九州の明かりが見える。海というより大河という感じだ。前方には、観覧車、そして関門橋。今いる辺りには飲食店など。いずれもライトアップされている。
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 きらびやかなエリアを抜け、先ほどエスケープした国道9号線が海沿いに合流。山と海が接近し、山側には亀山八幡宮、赤間神宮と立派な御宮が並んでいる。
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 関門橋をくぐると、壇ノ浦古戦場。国道を山側に渡り、火の山ロープウェイの山麓駅へ登る。ロープウェイは冬場は営業していない。
 そこから今夜の宿「下関火の山ユースホステル海峡の風」はすぐ。新しくて立派な建物だ。2年前にリニューアルオープンしたとのこと。昨日は収容60人がなんと満員だったとのことだが、本日は空いているので自転車を玄関に入れさせてもらった。寝室や食堂の大きな窓からは関門海峡、関門橋の景色が素晴らしい。速めについたのでのんびり過ごすことができた。
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本日の走行距離は、広島市街が約3.9km、角島が約29.7km、下関市街が約6.2kmで、トータル約39.8km。

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