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2018/01/27

海も凍る寒さ


 京都府京丹後の日本海に面した久美浜湾が凍結。兜山の麓、川上谷川の河口付近は、まるで北国の湖のような光景になった。
 あるいは、外海との水の出入りの少ない閉じた久美浜湾をオホーツク海にたとえるならば、川上谷川はアムール川。近畿地方でも流氷発生か。

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2018/01/24

大雪の朝

 京丹後市に暴風雪および大雪警報。沿岸部には波浪警報も。玄関先の積雪は30cm。知れた量だが、さらに積もり続けている。
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 さらさらと軽い雪。除雪がはかどる。
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 玄関前と車庫前の除雪を終えて家を出る。危機管理能力の低い人たちがいる。
 3分47秒、路肩から田んぼに落ちたクルマ。JAFのクルマが止まっているが、作業していない。その先に携帯電話で通話しながら歩く50~60代と見られる男性。落ちたクルマの主か。JAFを呼び、少し離れた自動車修理工場で待機していて、現場到着の電話を受けて現場に向かっている、というストーリーが頭に浮かぶ。自分が転落するほど危険な路上を、のんきに通話しながら歩いている。なんと無防備。そりゃ、落ちるわ。
 4分27秒、赤信号になってから交差点に入り、左折するクルマ。不安定な路面と視界不良によるストレスの中、ルールを守ることができなくなっている。
 5分18秒、おそらく赤信号に変わってから強引に右折するクルマ。スピードを落とさずに、しかもハンドルを切るタイミングが早過ぎる内回りで突っ込み、信号待ちしている私のクルマを避けるためにいったんハンドルを戻した後で急ハンドル。結果大きく後輪を滑らせての蛇行。歩行者がいなかったのは幸い。
 そして前後するが、4分52秒、踏み切りの手前で一時停止の際にABSを作動させてしまった私。新しいスタッドレスタイヤにかえるかどうか迷った挙句、古いものを使っている。
 こんな、危険な人たちに巻き込まれませんように。

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2018/01/18

自動車のエンジンオイル減少の経過観察

 昨年暮れ、自動車のエンジンオイルがほとんどなくなっていてあわやエンジンが焼き付くところ、ということがあった。オイルの洩れなはい。エンジンのピストンとシリンダの摩耗により隙間ができ、エンジンオイルが燃焼室に入り込み燃料とともに燃えてしまうオイル上がり、またはバルブシール劣化によるオイル下がりが疑われている。
 修理すると相当な費用が掛かる。すでに走行距離が19万kmに達しようとしているクルマなので、だましだまし余生を送ってもらうことにする。とりあえず、1ヶ月間、オイルの減り方を観察してみた。
 1ヵ月間の走行距離は約1780km。オイルは半分未満に減少していた。オイルの減少はエンジン停止時には起こらないわけだから、途中経過の写真を撮影したときに走行距離を記録しておけばよかった。
 というわけでエンジンオイルを補充。いつも5W-30のSMという規格のオイルを使っているのだが、家に在庫しているのはスーパーカブ用の10W-30のSL。価格が3倍も違う安いオイルだが、すぐに燃えてなくなってしまうんだし、高級オイルが劣化した状態より、安くても新しいオイルの方がいい、という話もある。
 今回は減少のペースを観察するためにあえて1ヶ月補充せずに過ごしたが、少ないオイルをたくさん回すと劣化も早いと思われるので、今後はまめに補充したほうがいいだろう。
 オイルの量と同時に、マフラーから煙が出ているかどうかも気にかけていたのだが、寒い時期のエンジン始動時に煙が出るが、これは以前からそうだしほかのクルマを見ても同じ状況。エンジンが温まると、煙は見えなくなる。要するに、見た目には正常時と同じ状況だった。

■途中経過
 オイル交換から18日
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 オイル交換から28日
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 オイル交換から31日
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久しぶりの低温と雪山捜索訓練そしてスキー動画

 1月10日頃から寒波がやってきた。北近畿、丹後半島およびその周辺でも雪が降るには降ったが、大した量ではなかった。家の前で25cm。新潟方面に雪雲が集中したため、こちらにはあまり配当されなかった。ただし、気温は低かった。特に、12日、13日には、豊岡や舞鶴では最低気温が氷点下4度ほど、福知山や和田山では氷点下6度くらいまで下がった。
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 透明な窓ガラスは全面凍り付いてすりガラスのようになり、開閉も困難になった。軒にはつららができた。池の水も凍った。30年くらい前のは毎年このくらい寒かったが、近年ここまで冷え込むのは珍しい。
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 13日の夕方、凍結により我が家の水道管が破裂してしまった。水道屋にヘルプの連絡をすると、すでに他の家からの依頼が3~4件入っているのですぐには向かえないとのこと。それでも待っているから来てくださいね、とお願いする。
 問題は水道の元栓。屋外の地面にメーターとコックが設置されているのだが、雪が積もっている。雪がそう深くないのが幸いだが、目印がない。かつては、祖父母が暮らす離れの玄関前でわかりやすかったが、もうその建物を壊してしまい更地となっている。スノーダンプで除雪してみる。歩いたりクルマを通すことができる用に雪を薄くできるものの、今は地面を露出させないといけない。スコップに切り替える。スコップを突き立てて捜索を試みる。「かちん」と硬いものにあたって、これかと思い掘り返すが地表付近の雪が凍てついているのだ。かつて建物があった範囲を想像し、さらに「元栓は離れや母屋に配管が分岐する手前にあるはずだから、本管より、つまり道路よりにあるはず」などいろいろ思い出しながらの作業。捜索を始めてすぐに日が暮れ、こちらに面した部屋の明かりをつけ、ポケットにLEDのバッテリーライトを入れての作業。幸い雪はほとんど降らなかったが、たまにあられが落ちてくる。
 捜索開始から1時間半、掘り返した地面を靴でこすってみると金属が擦れる音。LEDライトで照らすと、元栓の蓋だ。ついに発見。
 さらに1時間以上たって、水道屋さんがやってきた。とりあえず応急処置をしてもらい、水道が使えるようになった。
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 雪崩に埋没した仲間がビーコンを持っていなかった場合、プローブ(ゾンデ棒)を雪面に突き立てて捜索をするのだが、これは気の遠くなるような作業。埋没から15分以内に救出できるかどうかで、生存率が大きく変わってくる。ビーコンのあるなしが生死に直結する。改めて、ビーコンのない場合、プローブによる捜索の難しさを思い知らされる、水道の元栓捜索だった。
 それでは、この冬たくさん雪が降りますように、動画をお届けします。
https://youtu.be/3sbWhmgvmqE

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かきしま・角島・海峡を渡る旅4データ編と動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 竹田・かきしま海道・広島市街  95.0km
 2日目 広島市街・角島・下関市街    39.8km
 3日目 関門海峡・竹田          6.7km
  計                 141.5km
◎費用
 鉄道運賃               31470円
 フェリー料金              650円
 関門トンネル通行料           20円
 ガソリン代(138km、16km/L、131円/L)  1130円
 宿泊料                 5900円
 飲食費                 6760円
 土産代                 972円
  計                 45102円

■動画

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2018/01/14

かきしま・角島・海峡を渡る旅3関門海峡「関門トンネル人道」

 7時起床。窓の外の関門海峡は、まだ薄暗い。さすが西に来ているだけあってまだ日の出前なのだが、昨夜遅くから降り出した雨の影響もありそうだ。7時半に食堂へ行くと、夜が明けて少し明るくなった関門海峡を見ることができた。この天候を想定して本日は最寄駅から輪行して帰る計画だ。朝食をとるうちに、さらに少しずつ明るくなる海峡を次々と船が過ぎていく。見ていて飽きない。
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 のんびり支度を整え、8時半過ぎに外に出る。雨は小降りでほとんど気にならない。路面の水撥ねも大したことはない。泥よけのあるランドナーを持ってこようかとも思ったが、輪行時、蝶ねじ4つの手間を減らすためにスリックタイヤ装着のMTBを選んだ。防寒のためのアウターウェアとして上半身に合羽を着ているが、下半身は雨具なし。余計な荷物を省いたのだ。精度の高い天気予報で、雨は降るが雨量は1時間あたりに0~1mmと言っていたのを信じてのことだ。結果、正解だった。
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 ロープウェイ山麓駅を経由して、海峡沿いに降りる。ロープウェイで登る火の山の頂は雲に隠れている。下りきった国道の交差点が、関門トンネル人道入り口。さあ、関門海峡を九州に渡る。下関駅よりも、北九州の門司港駅の方が近いのだ。いずれの駅から乗車しても、新幹線には北九州の小倉駅から乗るのが一般ルート。新下関からだと「こだま」に乗ることになり、時間がかかる。
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 料金箱に20円を入れて、エレベーターで地下に降りる。関門トンネル人道は、ランニングやウォーキングする人が行き交っている。歩行者は無料だ。また、自転車に乗車することはできず、押していかなければならない。
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 山口と福岡の県境を越え、780mを歩いて門司側のエレベーターホールへ。いろいろな展示パネルがある。記念スタンプを押すが、なぜか半円形。もう半分は下関側にあったのかもしれない。
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 エレベーターで地上にでると、国道沿いの下関側とは違って、海に面した静かな場所。先ほどまでいた本州側の陸地が海の向こうに見える。ユースホステルの建物を探す。近くにはホテルもあり、ユースホステルの建物もなかなか立派なので、見分けるのが難しい。駐車場に止められたクルマで判断し、見つけた。
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 門司港とは反対方向に少し行ってみる。ここが九州の最北端、かと思ったが後で地図を見たらもう少し先だった。
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 門司港駅へ向けて南下する。小さなアップダウンを越えるとすぐに公園のように整備されたエリアに突入。海沿いの車歩道を行く。そして、「門司港レトロ」と呼ばれる、明治末期、大正、昭和初期に建てられた建物やそれを模した建物が建ち並ぶエリア。ここに来たかったんだ。
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 これを知ったのは、小説「この胸いっぱいの愛を」を読んでのこと。同名映画のノベライズとして映画に先駆けて刊行されたとのことだが、映画は見ていない。また、こちらの作品も「四日間の奇蹟」の映画公開と同じ2005年とのことだが、どちらの小説を先に読んだかは覚えていない。
 ちらほらと姿が見える観光客は傘をさしていない。これから時間の経過とともにもっと賑やかになっていくのだろう。開店直後の店で土産を買う。
 JR門司港駅も大正時代の建築で「レトロ」物件のひとつなのだが、残念なことに改装中。オフシーズンだからね。輪行袋に自転車を収めて、切符を買ってホームに出る。関門海峡を越える鉄道区間が開通する前は、港に面したこの駅が九州の玄関口だった。始発・終着駅のため跨線橋などはなく、すべてのホームが陸続きだ。ホームの雰囲気もレトロ調だ。
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 始発駅のため余裕をもって快速列車に乗車。しかし、小倉駅での新幹線乗り換えは6分とタイト。昨日の新下関駅での予定の乗り換え列車に間に合わなかったことが頭に残っている。いろいろ焦ってしまい門司駅で降りてしまった。門司港と門司と小倉、駅名を混同してしまった。もうこれで、予定していた新幹線に乗ることはできない。まあいい。姫路駅で乗り換えの待ち合わせ時間が短くなるだけ。播但線は本数が少ないのだ。
 すぐ後の列車で小倉駅へ。そして、25分の待ち合わせで、新幹線に乗車。実は、本来はこの新幹線に乗る予定だった。これだと姫路駅での乗り換えの待ち合わせが58分。改札を出て昼食を摂ろうと思うのだが、もう少し時間の余裕を求めて一つ早い新幹線の時刻を今朝調べたのだ。小倉と姫路に止まる新幹線は限られる。
 乗り込んだ新幹線は、九州新幹線で「ひかり」に相当する「さくら」。山陽新幹線と通し運転しているとは知らなかった。乗車待ち行列の先頭に並ぶこともでき、車両再後部座席の背もたれと壁の間、3列側に輪行袋を入れることができた。この頃は、キャスター付きスーツケースに占有されることも多いのだ。そして当然座席も空いていた。
 広島からは混雑が予想されるため荷物を座席に置かないで、という車内放送の通り、かなり座席が埋まり満席に近くなってきた。指定席は満席だそうだ。3連休の最終日、午後になるともっと混雑してくるのだろうか。
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 姫路駅で下車。まずは輪行袋を播但線ホームに運ぶ。新幹線は当然として、播但線にも専用の改札口がある。加古川駅の加古川線もそうだった。無人駅の多い路線での無賃乗車・不正乗車を防ぐためなのだろう。基本的には、先頭車両一番前のドアから下車するときに、運転手が検札及び清算をするのだが、満員で車内の移動が困難な場合にはすべてのドアを開けて対応する。下車駅が無人ならノーチェックとなってしまう。
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 というわけで、輪行袋をホームに残して自動改札を通過しようとしたら、警報音が鳴って通せんぼ。自動改札機は1回しか通らないんだって。というわけで、駅員さんに切符を見せて2つの改札を通過、駅と一体の商業施設のフードコートへ。ここでラーメンを食べる。播磨と言えば、甘い醤油ラーメンだが、この店は塩ラーメンがメインだった。駅の構内には晴れ着姿の若い女性が目立つ。姫路は今日が成人式だった。男子はすでに動きやすい普段着に着替えているようだ。久しぶりに会う友人同士なのだろう、連れ立って歩いている。
 昼食の途中下車には、58分で十分だった。2両編成の播但線のワンマン列車は、結構込み合っている。大きな輪行袋を携え、肩身の狭い時間を過ごす。しかし途中駅では下車客の方が乗車客より多く、一駅ごとに乗客は減っていく。姫路から20分程の福崎を過ぎると、余裕のある車内空間となった。
 寺前で乗り換え。電車からディーゼル車へ。車両編成は、2両から1両となる。後部に広いスペースがあるので輪行袋はそちらへ。近頃はバリアフリー空間があるのでありがたい。座席も確保できた。
 外は雨が降り、周囲の山には白い雪が見られる。15:22、竹田駅で下車。近年たくさんの人が訪れるようになった竹田城は、今は閉鎖されているので下車したのは私ともう一人。
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自転車を組んで駐車場へ。雨が降っているが、ほんの1kmだ。自転車をクルマに収めて、家まで70kmのドライブ。17時過ぎに帰宅。
 本日の自転車走行は、ユースホステルから門司港駅が5.6km、竹田1.1km。あわせて、6.7km。

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2018/01/13

かきしま・角島・海峡を渡る旅2日本海「角島」

 前夜の肉玉そばのキャベツが効果を発揮し、便意で目覚める。支度して7時半過ぎに部屋を出る。まずは、ラウンジ(共用スペース)で、昨日買っておいた弁当を食べる。そして、外に出て自転車にフロントバッグを装着して出発準備。8時のチェックアウト開始と同時に宿を出発。
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 今日も輪行。広島駅を目指す。平和記念公園を通過する。今から35年前の中学生の頃、家族旅行でここに来たことがあるのだが、あの時の記憶より原爆ドームを小さく感じる。あの頃すでに今と同じくらいの身長だった。体重は随分増えた。でも、身長も体重も関係ない。イメージの問題だ。
 その後は市電やバスや乗用車の行き交う、でも日曜の朝なので比較的混雑は少な目の、広島中心街を走り駅へ。自転車を輪行袋につめて、切符を買う。目的地は角島への最寄り、特牛駅。「こっとい」と読む難読地名だ。一応下関市なのだが、下関の中心街よりも萩に近い。
 9時6分の新幹線に乗り新下関へ。ここで山陽本線に乗り換えるのだが、新幹線と在来線の間が随分離れている。ベルトコンベアの動く歩道があるが、インターネットの乗り換え案内サイトで指定された6分後の列車には間に合わなかった。後で地図を見たが、400m程の距離があった。輪行袋を担いでの移動はきつい。ただし、次の山陰本線への乗り換えでの待ち合わせに余裕があるので、山陽本線の列車を一本遅らせても計画全体には影響はない。
 ところで新幹線ホームで、別の車両から下車したサイクリストに出会った。彼も、角島に行くというので一緒に歩き始めたが、新幹線の改札でもたついている。乗り換えに余裕がないので彼を置いて山陽線ホームに向かったが、結局乗り遅れてベンチに座っていると、随分遅れて彼がやってきた。ICカード「ICOCA」が使えず難儀、したとのこと。私のような田舎に住んでいるものにはありえないトラブルだ。まあ、とりあえず旅の道中、話し相手ができたのは、いいことだ。
 なかなか饒舌な彼は、関東や福島県で活動するサイクリストで、私が昨日走った「かきしま」も、そして「しまなみ」「とびしま」もすでに走っているという。所有する自転車は10台を超え、冬の会津では雪の上をファットバイクで走るという。また、スマートフォンで過去の活動のシーンを次々見せてくれた。私もタブレット端末やカメラを出して色々見せたかったが、バッテリーの消耗が心配で踏みとどまった。
 20分ほど後の次の列車は、スーツ姿の若者でいっぱい。下関市では今日が成人式。混雑しているが、一駅先の幡生(はたぶ)で下車。もう一駅先の下関駅が山陰本線、山陽本線のターミナルだが、この幡生で両線は分岐する。よってここで乗り換えるのだ。新下関で予定の列車に乗り遅れたお陰で、幡生での待ち時間は程よい長さ。しかし、山陰線の列車は1両のみの編成で、車内は混雑。2つの輪行袋の置き場がない。すると、母子連れが場所を開けてくれた。ありがたい。数駅過ぎると車内もすいてきて、座席も空いた。先に母子連れの幼い女の子が座り、お母さんが座り、そして母子の隣に我々も座れた。
 車窓にも日本海が見える。萩以西は島が多いが、昨日の瀬戸内海とは全く違う表情だ。島の密度は瀬戸内海よりも低く、そしてその向こうに対岸が見えないし、航行する船もない。瀬戸内海は本州、四国がお互いに見える。ただ、空は薄雲が広がっている。青い海が見たいんだけどなぁ。
 母子が先に下車し、そして特牛が近づく。ところが、同行のサイクリスト、Y氏は特牛でなくもうひとつ先の阿川で下車するつもりだということが判明。角島へ向かう一般的な最寄り駅は、特牛であることを主張するとY氏も特牛で下車することにしてくれた。
 私が初めて角島を知ったのは、2005年公開の映画「四日間の奇蹟」。浅倉卓弥の原作小説の舞台は雪深い山間部だったが、主演が吉岡秀隆で、彼と雪景色の組み合わせはどうしても「北の国から」をイメージしてしまうというわけで、監督が自分の故郷の下関市豊北町にある角島に舞台を変えた。大雪で道が閉ざされ孤立する設定は、嵐で島へ渡る橋が通行できなくなるというふうに。そう、角島は本州からつながる長い橋の景色が有名な島なのだ。
 特牛はその映画にも登場する駅で、旅の番組で角島が取り上げられるときにもたいがいはこの特牛駅で列車を降りている。
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 さて、11時48分、特牛に到着。下車したのは、輪行袋を担いだ我々2人と、若いカップル。テレビで見た通りの無人駅。山と田んぼに囲まれ、クルマの走行音が聞こえるくらい離れて国道435号線が通る。まばらに家があるが、店などは皆無。
 それでもバスの便があり、そのバスに乗ってカップルは角島に向かって行った。
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 K氏の輪行袋は、一回り小さい「ちび輪バッグ」。私も折りたたみ小径車用に持っている。で、その中身は、24インチのやや小さめのホイール装着のロードーレーサー。前後のホイールとハンドルを外して納めてあるのだが、特殊なフレームで少し折りたためるようでもある(よく見ていなかった)。ブランドは知らないもので、もう忘れてしまった。前後輪を外すだけの私の自転車の方が組み上がるが、でもコンパクトになることは輪行の大きなメリットである。
 少しだけ乗せてもらった。「普通のロードレーサーと変わらないでしょう」と言われるが、ロードレーサーに乗った経験がほとんどない(2回のみ)のでよくわからない。でも、軽快であることは間違いない。
 さて、角島に向けて走り出す。まずは、国道435号線。3kmほど走り特牛港で、国道191号線へ。1.4kmほどで、県道275号線へ、アップダウンと屈曲のある道を次々と観光バスが追い越していく。
 そして、山の切れ目から海が見えるところで一休み。ちょうどそこから海側に細い道が分岐しているので、そちらへ行ってみる。
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 しばらく走ると、見えた!海に一直線に伸びる角島大橋。ああ海が青い。空は真っ白なのに、海がなんと青いことか。この時点で来てよかったと思う。でも、晴れていたらもっと素晴らしいのだろう。
 クルマ同士なら離合困難な細い道だが、結構クルマがやってくる。県道に合流する手間にリゾートホテルがあった。そこに先ほどの我々を追い越した観光バスが止まっていたが、なんと10台も連なっている。
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 県道のアップダウンを経て、角島大橋の本州側のたもとに到着。まずはその景色を堪能する。海士ヶ瀬戸と呼ばれる海峡を渡る、1780mの橋。たもとの白い砂浜も美しい。日本海側の白い砂のおかげで海が明るい色になる。曇天の薄日でもこんなに青くなるんだ。またサーファーの姿も見られた。
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 そして、いよいよ橋に向けて漕ぎ出す。昨日のように北西の風が吹くと逆風との真っ向勝負ということになるが、今日は割と風が穏やかで快適に走れる。歩道はない。夏など観光シーズンには渋滞するというが、今日は比較的クルマが少なく、対向車線に大きくよけて追い越してくれる。中間点に非常駐車帯があるので、そこ自転車を止め橋上からの景色をじっくりと味わう。非常駐車体の南西側すぐのところには鳩島が柱状節理の岩肌を見せている。
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 さあ後半戦スタート。非常駐車体から角島側に向かえば急な登りとなる。船が通るためなのだが、こうした橋の最高地点は橋の中間点、というイメージがある。そうでないのは、鳩島のせいかな、と思われる。
 思いのほか楽に登りをクリアして、角島へ渡る。すぐに現れた駐車場の入り口に立つ島の案内地図の前に停止。ここで、角島を周遊するY氏とお別れ。私はとりあえず、駐車場の隅の高台にある展望所へ。東屋の椅子に腰かけてパンを食べる。
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 私はこの後、角島から20km程東方、油谷湾と深川湾に挟まれた向津具(むかつく)半島を目指す予定だ。海岸の断崖の上に赤い鳥居が列をなす元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がアメリカのニュース専門放送局CNNにより「日本の最も美しい場所31選」にも選ばれたパワースポット。さらに、それ以外にも海の絶景が待ち受けている。これは、昨年秋に刊行された「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」というムックに紹介されていて、急遽コースに組み入れた。ところが、ここまで立ち止まるたびにY氏と話が弾んでしまい、かなり時間がかかっている。現在13時半を過ぎたところ。行程はまだ50kmほど残り、しかも半島部は最大200mの標高差を含むアップダウンが連続している。向津具半島の付け根にあるJR長門古市にゴールして、輪行で宿泊地の下関中心街に向かう予定だが、15:32は無理で、16:47か17:18の列車に乗らなければならない。それを逃すと、19:50の便ということになり下関着が21:39で、宿のチェックインの21時半に間に合わない。
 4時間弱で50kmを走るのは私には難しい。何度も止まって景色を眺めたり写真を撮ったりすると時間がかかるのだ。時間に追われて走るのは嫌だ。それに、曇天の空模様。青空なら向津具半島に向かってみて途中で判断するのだが、本日はここで心が折れた。
 そうなると時間に余裕ができたので、角島を周遊することにする。数年前にこの遠征を企てた時の計画に戻した形だ。
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 まずは島の南岸沿いを行く。この道はアップダウンが少なく、クルマの少ないいい道だ。角島は東西の2つの島がつながったようなひょうたん型をしている。その中央のくびれから先が見どころのようだ。小さな漁港から道は内陸へと登っていく。灯台が見えてきた。角島灯台だ。まずは島の西の端の海岸に出た。最果て間のある静かな海岸。やっぱり、橋だけでなくここまでく来たのは正解だったな。今度は北上。灯台が立つ夢ケ崎へ。これは島の主要な観光スポットなのか、観光客が結構歩いている。駐車場は何と有料だ。
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 島の稜線を行くメインルートで橋に戻る。往路では通らなかった北側の集落に境界の建物が見える。映画「四日間の奇蹟」のロケのために作られたもので、現在はキャンプ場の施設として利用されているとのこと。
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 中央のくびれで道は海岸まで降りる。島の北岸の砂浜に面していて歩道には砂が上がっている。レストハウスもあって観光客が歩いている。その先でまた昇り返し。標高60mまで登った。最高点を過ぎたら後は下り基調で角島大橋へ。しかし今度は向かい風だ。往路では無風と思っていたが、実は追い風だったようだ。
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 復路でも非常駐車帯で立ち止まる。こちら側には島はなく広々とした海の景色。
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 本州に戻ったら、特牛ではなく一つ長門市側の阿川駅を目指す。Y氏が下車する予定だった駅だ。下車した後の会話だだんだんわかってきたことなのだが、Y氏は角島を周遊した後、下関市街まで走る計画とのこと。確かに特牛は角島へのバスの便もある最寄り駅だが、距離でいえば阿川駅からもほとんど変わらない。西へ走るならば阿川駅スタートの方がレイアウトとしては素直だ。
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 お土産屋さんなどがあり観光客でにぎわう橋のたもとを出発。しばらく行くと海側に細い道を発見、そちらへ。角島と大橋の最後の眺めを味わう。すぐにメインルートに戻り、島戸浦の漁港に降り立つ。角島は見えるが、もう橋は見えない。
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 自動販売機のポスター広告の美しい女性の顔に目がとまる。石田ゆり子ではないか。こんなところで出会えるなんて、なんという運命。そう、石田ゆり子は映画「四日間の奇蹟」のヒロインだった。「四日間の奇蹟」のストーリーとの出会いは小説だった。前述の通り小説の舞台は雪深い山間部で角島とは全く関係がない。ところが、文庫本に映画の広告の帯が巻かれていた。そこに、吉岡秀隆と石田ゆり子の姿があった。
 石田ゆり子のことはずっと前から知っていて、たとえば冬至社会現象を起こした1991年のドラマ「101回目のプロポーズ」にも出演していたことを覚えている。20代前半の石田ゆり子には特に何の印象も持たなかった。なのに、文庫の帯の30代となった石田ゆり子に、突如心を奪われた。小説を読めば、石田ゆり子が演じる登場人物はすぐに特定できた。すると、頭の中ではずっと石田ゆり子が演じていた。その登場人物は、途中で不慮の事故にあい生死をさまよう。「石田ゆり子、死なないで」と夢中で読んだ。
 小説を読み終えたら、映画が見たくなった。しかし、その時点で一般的な映画館ではすでに上映が終わっていた。どうにか、尼崎の生協の商業施設でまだ上映していることがわかり、観に行った。そして、角島のことを知った。
 世間では昨年のドラマ出演で「石田ゆり子再ブレーク」などと言っているが、私にとっては10年以上前からずっとブレークし続けている。
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 漁港からいったん内陸に入り、標高差40mの登りを越える。国道191号線手前でまた小さな登りが見えたので、枝道にエスケープ。こちらなら川沿いに行ける。すぐに海に出た。浦の漁港近くの浜だ。現在の時刻は15時少し前。阿川駅はもうすぐ。列車はおそらく16時頃だろう。先ほどのパンだけでは物足りない。食堂でもコンビニエンスストアでもいい。何か食べたい。
 国道191号線を行ったり来たりして集落のはずれにコンビニエンスストア発見。結果的に、先ほどエスケープしないで小さな登りを進めば通過する位置だった。
 飲料水も切れかけていたので、1Lの紙パックのお茶とスパゲッティを買う。イートインスペースがないので、駅に移動。国道から少し離れた静かな無人駅の前にも、食料品などを扱う雑貨店があった。でも品揃えはコンビニエンスストアの方が充実していそうだし、温めてもらえるかどうかということもある。昨日のような日差しがない分、寒いのだ。
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 駅に着いたら列車の時刻を確認。予想通り、15:58。長門古市15:32発の便だ。駅前にはワゴン車がとまっていた。角島のホテルのロゴがラッピングされている。送迎車だろう。反対方向の列車はもうすぐ着く。
 まずは、外のベンチに腰掛けて自転車を解体、輪行袋に梱包する。そのうちに列車が到着し、ワゴン車は去っていった。輪行準備が完了するころに、「ちょっとお尋ねします」と話しかけられた。まるでヤギのような白く長い顎髭を生やした初老の男性だ。瞬時に、相手が地元の人間だと決めってかかってきているパターンではないかと感じたのだが…。「この辺にヤギを飼っているうちを知りませんか」ときた。これは意表をついた質問だ。つい先ほど生れてはじめてこの地にたどり着いた人間が知るわけがない。
 ホームに輪行袋を運び、待合室で温かいスパゲッティを食べる。食べ終わった頃に、列車の到着を予告する音声が流れる。まだ10分くらいあるのだが、タイミングが良くてついホームのベンチに移動してしまった。すっかり体を冷やして列車に乗り込むことになった。
 2両編成のワンマン列車には十分に空席があるが、より空いている2両目に移動。駅で乗り降りのためにドアが開閉するのは1両目のみ。2両目のドア付近に輪行袋を置けば他の乗客の邪魔になりにくい。日曜だが、車内には学生服姿の男子が数人見られる。夕方には1時間程度、それ以外は2時間程度のインターバルのダイヤ編成からも、学生の利用が主体になっていることをがわかる。きっと平日は学生だらけなのだろう。鉄道に並走する国道にはクルマが多い。
 体が暖まってきた頃、小串駅で乗り換え。予想通りここでは2両目のドアも開くので乗り換えはスムーズ。5分で連絡する列車も2両編成だが、今度はワンマンではない。2両目の最後尾にスペースが開いているのでそこに輪行袋を置く。女性の車掌に、阿川駅で乗車した列車の整理券を渡し、下関駅までの乗車券を購入。
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 17時25分、下関駅下車。夕闇迫る駅前は人やクルマが行き交う。自転車を準備して、とりあえず腹ごしらえ。宿では夕食を頼んでいない。駅前の繁華街、下車直前に車窓から見えたラーメン屋へ。あご出汁の魚介系スープ。
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 関門海峡に沿って東へ向かう。クルマの多い国道9号線を避け海に近い道へ。海峡ゆめタワーがライトアップされている。港湾施設を越えると、車道とは隔離されたまさに海沿いの車歩道をいく。右手には関門海峡と、その向こうに北九州の明かりが見える。海というより大河という感じだ。前方には、観覧車、そして関門橋。今いる辺りには飲食店など。いずれもライトアップされている。
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 きらびやかなエリアを抜け、先ほどエスケープした国道9号線が海沿いに合流。山と海が接近し、山側には亀山八幡宮、赤間神宮と立派な御宮が並んでいる。
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 関門橋をくぐると、壇ノ浦古戦場。国道を山側に渡り、火の山ロープウェイの山麓駅へ登る。ロープウェイは冬場は営業していない。
 そこから今夜の宿「下関火の山ユースホステル海峡の風」はすぐ。新しくて立派な建物だ。2年前にリニューアルオープンしたとのこと。昨日は収容60人がなんと満員だったとのことだが、本日は空いているので自転車を玄関に入れさせてもらった。寝室や食堂の大きな窓からは関門海峡、関門橋の景色が素晴らしい。速めについたのでのんびり過ごすことができた。
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本日の走行距離は、広島市街が約3.9km、角島が約29.7km、下関市街が約6.2kmで、トータル約39.8km。

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2018/01/12

かきしま・角島・海峡を渡る旅1瀬戸内海「かきしま海道」

 サイクルスポーツ誌で2014年から2015年にかけて「海道を行く」という特集が組まれていた。「しまなみ海道」など芸予諸島およびその周辺の海沿いの5つの自転車ツーリングコースを紹介するもの。個人的には、「海道を行く」の中の、「しまなみ海道」を2007年に、「安芸灘とびしま海道」を2012年に走っている。3番目のターゲットは、「かきしま海道」。呉から倉橋島、江田島を巡るコース。さらに、もう少し足を延ばして山口県の角島も訪れれば、旅は充実したものになるに違いない。
 過去の「しまなみ」「とびしま」はいずれも日本海側が時雨模様となる晩秋、建国記念の日と土日が絡んだ連休に走っている。今年は、建国記念の日は土曜日となり3連休にはならず、しかもできれば9月か10月に決行したかった東信パスハンティングツアーが、天気の関係で11月上旬にずれ込んだ。そうするうちに年が明け、成人の日の3連休に狙うことにした。まだ雪遊びをできるほど山に雪は積もっていない(スキー場には十分に雪があるが連休に行く気にはならない)。瀬戸内や日本海側でも山口県なら積雪の心配はないし、天気もなんとかなりそうだ。
 1月6日、5時にクルマで出発。6時20分、天空の城、竹田城の麓に到着。竹田駅から輪行の予定だが、少し時間があるので、コンビニで弁当を買って朝食とする。夜の闇は薄れていくが、時雨模様の空は夜が明けても薄暗い。7時前に自転車で竹田駅へと移動。輪行の支度が済んだら切符を買う。
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 播但線のディーゼル列車は、生野に向けてゆっくりと上る。周囲の田んぼや家の屋根には、少し雪が見られるようになる。寺前駅で乗り換え。ここから南は電車となる。南下するにしたがって雨はやみ、雲は少なくなり、空は明るい。福崎を過ぎ、姫路に近づくころには立つ人も多く、大きな輪行袋を携えての乗車は肩身が狭い。姫路駅で、播但線から山陽新幹線への乗り換えだが、それぞれに専用の改札口があり、移動距離も長い。制限時間8分での乗継は結構大変。トイレは車内で落ち着いてから。ただ、乗客は少なくて快適。広島までの1時間をのんびり過ごす。
 広島で、今度は呉線に乗り換え。広島湾を眺めながらのんびり列車旅。ぽかぽか陽気。そういえば、「しまなみ」「とびしま」ともに過去の瀬戸内の自転車旅はいずれも小春日和だったが、今回はすでに小春をとっくに過ぎている。
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 11時前、呉駅に降り立つ。外に出ると風が少し冷たいが、この時期にしてはずいぶん暖かい。夜明け前の竹田の寒々とした景色がうそのようだ。
 駅前で自転車を組み、走り出す。すぐにラーメン屋を発見。腹ごしらえだ。15分で食べ終えて、正午前に、本格的にスタート。国道487号線を行く。市街地はクルマが多くてストレスがたまる。右手には、大きな船と造船所で埋め尽くされた呉港で、それは壮観なのだが、とにかくこの状況を抜け出したくてひたすらペダルを回し続ける。
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 くさび形の半島の先端に近づくとクルマが少し減る代わりに、道は狭くなり窮屈になる。はるか頭上に橋が見えてきた。二つある。自転車はどちらを渡るのだろう。
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 倉橋島は目と鼻の先。家やクルマはもちろん、人もはっきり見える。この川のような海峡は「音戸の瀬戸」。ここでいう瀬戸とは狭い海峡を表す。
 手前の第二音戸大橋をくぐり音戸大橋の上り口に到着。信号があり県道66号線が分岐している。サイクリングロードを示す青い線上に描かれた矢印にいざなわれて、県道へと侵入。造船関係の工場にはさまれた狭い道をクルマに追いかけられながら進む。しかし、どんどん橋からは遠ざかり、さらに音戸の瀬戸を離れ、海が開けた。同時に道も開けて海の景色を見ながらのんびり走れるようになる。遠くに見える島々は、後でわかったことだが、5年前の「安芸灘とびしま海道」の下蒲刈島などだった。天気はよく、砂浜も白く、空も海も青く、快適なシーサイドツーリング。って、倉橋島に渡らないといけない。さすがにこれはおかしいと、来た道を戻る。
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 閉塞的な区間を経て分岐でから国道に入り急坂を登って温度大橋を目指す。ループで標高を稼いで、標高差40m近く登る。橋の手前のドライブインの駐車場で、ヘルメットにカメラを装着して橋へと突入。歩道がないので一気に駆け抜ける。
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 ちなみに、第二音戸大橋も自転車が通行できるらしく、こちらには歩道があるようだ。また、私をミスリードした青い線上の矢印は、どうやら分岐付近の渡船を示していたらしい。
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 さて、橋も半ばを過ぎたところで、バックミラーにバスの姿。狭い橋の上で自転車を追い越すのは大変なこと。橋は中央が高いので、もう下りにかかっている。そして倉橋島側は二周半の人工の螺旋で地上に降り立つ。バスを引き離して下る。
 ぐるぐる回ったので、方向感覚を失わないように止まってじっくり地図をにらむ。道路の案内は、左「江田島(県道35号線)」、右「倉橋(国道487号線)」。ところで、倉橋島は複雑な形をしている。強いて言えば「人」のような形だ。この「人」の頭あるいは上半身部分を、北東(右上)から南西(左下)へと移動したいんだが、県道35号線は頭の上を反時計回りに回りこむ。それに対して国道487号線は首またはウエストを通って島を横断する時計回り。つまりどちらを通っても同じような距離で江田島に行ける。ここは、サイクルスポーツ誌の「海道を行く」お勧めルートどおり、国道487号線を選ぶ。橋によって呉市街とほとんど陸続きの感覚で行き来できるせいか、クルマが多い。島の北海岸を回る県道を選んだ方がよかったかも知れない。
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 音戸大橋から、つまり呉の中心街から離れるにつれてクルマは減っていく。小さな入り江には漁港が作られ、石を組んだ防波堤が、過去に走った「しまなみ」「とびしま」、つまり瀬戸内の風景を思い起こさせる。
 海に面した木造の古い建物の軒に、銀色に輝くたくさんの碇が吊り下げられていた。こうした漁具などを販売しているようだ。
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 奥の内港の入り江に面した音戸町畑のコンビニエンスストアで、1Lの紙パック入りのお茶を補給。早朝、竹田のコンビニで買った1Lを飲み干したというわけだ。この辺りには、コンビニのほかホームセンターなどの店が見られ、平成の大合併で呉市に編入される前の音戸町の中心街だったのかも知れない。
 東海岸の奥の内港から西岸へと島を横断する。小さな峠越えだ。下っていくと交差点があり、江田島への案内にしたがって、右折。すぐ先の集落からの細道からロードレーサーが現れた。むむっ?どうやら今向かっている道の先にはトンネルがあるようだ。つまり、集落を迂回するバイパス。当然集落の中の旧道のほうが風情があるに違いないので、ロードレーサーが出てきた小道に入り、先ほどの交差点を直進する道に合流。小さな漁港の海と家並み。やはりこういう道を通らねば。
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 海の中には、何やら貝の養殖とみられる棚がある。「かきしま海道」という名からして牡蠣(かき)を想像するが、貝殻を見るとホタテのようだ。だが、実はホタテの貝殻に牡蠣をつけて養殖しているとのことで、やはり牡蠣の棚だった。
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 さあ、対岸の江田島が見えてきた。「早瀬の瀬戸」だ。前方はるか上方には早瀬大橋だ。この瀬戸も、音戸の瀬戸より少し対岸が遠いが、やはり狭い海峡であることは間違いない。また幅だけでなく、水の流れも川のようだ。
 箸をくぐってすぐに右折、ループする道を上って橋へ。途中での立ち止まりも自由自在の歩道を行く。本日2つ目の、海を渡る空中走行だ。
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 橋の中央を過ぎ下りに差し掛かったところに段差があり、ボトルケージからペットボトルが落下。自転車を止めて拾う。ふと見ると早瀬の瀬戸に異変が表れている。それまで穏やかな流れだったのが、水面が波立つ激しい流れに変わっていく。早瀬という名の通りの、すさまじい潮流。
 ひとしきり流れを見届けたら、走行再開。対向車線の歩道に自転車が現れ、手を振ってあいさつを交わす。
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 そしてループする道を下る。江田島へ到着だ。この江田島がかきしま海道のメインルート。「しまなみ」や「とびしま」と違って、「かきしま」にはコースのバリエーションが多く、呉市街地から倉橋島を経て江田島へとアプローチするのもバリエーションの一つだ。バリエーションが豊富な理由の一つは、江田島もまた複雑な形をしていること、と思われる。倉橋島が「人」形なら、江田島は「Y」字形だ。今はこの「Y」の一本足の足元の右側にいる。ここから東海岸を少し北上した後、北西(左上)方向、つまり島をななめに横断し、西海岸から時計回りで「Y」の二股に分かれた上部を回り込む。そして二股の右側の先端に位置する、切串港がゴール。フェリーで広島市へむかう予定だ。
 島の形を「Y」字形と書いたが、これは大雑把な例えで、さらに小さな半島や入り江がいくつも出入りしている。その半島を回り込んだり、峠で越えたりするわけで、海沿いを走っていても細かいアップダウンの連続で、だんだん疲れがたまってきた。東から西に横断する脊梁の峠への上りでも、脚が回らない。倉橋島でクルマが少ないと思われる県道でなく、国道がサイクルスポーツのお勧めコースとなっていたのも、もしかするとアップダウンの関係かもしれない。
 何とか西海岸に出る。江田島市役所はこの辺り。深い入り江、大原湾に沿って北上。「しまなみ」「とびしま」にも言えることだが、対岸の山が陸続きなのか別の島なのか、あるいは目の前の海が入り江なのか海峡なのか、見ただけでは全く分からない。
 ロードレーサーに追い越された。そしてそのまま北上しいった。「Y」の二股の間の江田島湾に向かうのか。こちらは、入り江にそって走り、「Y」では表現されていないが南に突き出たやや大きめの半島の先端を目指す。
 本日は、北西の風が吹き、北や西に向かうと向かい風。南に向かうと一気に順風に乗ってスピードが上がる。クルマも劇的に少なくなり、快適そのもの。
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 自転車コースを表す路上の青い線には、切串港までの距離が1kmごとにカウントダウンされる。追い風だとそのカウントダウンのペースが早まる。
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 大矢鼻と呼ばれる半島の先端部には、大きなタンクが並ぶ。石油の貯蔵施設らしい。完全に大矢鼻までは行かず、狭いトンネルで半島の西側に出る。そちらはごみ処理施設。さすが瀬戸内、大きな貨物船までもが廃棄されていた。
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 ちなみに、大矢鼻の半島の辺りで、切串まで40km台。大方中間地点だ。
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 逆風となってペダルは重いが、西側もクルマはほとんど通らない。広島湾の海面が西に傾き始めた日の光を受けてきらきらと輝いている。向こうに見えるのは宮島(厳島)か。結構近いんだな。
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 やがて県道36号線に合流し、センターラインが引かれた広い道となるが、依然クルマは非常に少ない。その県道への合流点の辺りが小田漁港で、道路脇におびただしい数のたこつぼが置かれている。ふじつぼがたくさん付いたたこつぼもあり、なんだか韻を踏んでいる。
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 路上の青い線に、切串への距離だけでなく、三吉への距離も表示されるようになった。三吉は、「Y」の二股の左の先端にある地名で、そこからも広島へのフェリーが出ている。二つの港の間には、深く切れ込んだ江田島湾を回り込むため、25kmの距離がある。
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 牡蠣の棚を見ながら北上。逆風の北風と海沿いのアップダウンがつらい。広島の市街が見えている。大都会だ。
 豪頭鼻・岸根鼻のある半島北西端をショートカットして、三吉港を通過。江田島湾へ。「Y」の右上、切串側の半島から江田島湾を塞ぐように突き出した枝のような半島が対岸に迫る。津久茂瀬戸と名前の付いた狭い海峡となっている。
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 平成の大合併で4つの町が江田島市になったわけだが、その4つのうちの2つの町役場、現在の市役所の支庁がこの江田島湾に面している。つまり、クルマの通りもそこそこ多い。進路が南向きに変わり、追い風になったのがせめてもの救いだ。
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 旧能見町の中心街、中町のコンビニで休憩。弁当を刈ってイートインスペースで食べる。西日のサンルームのようなイートインスペースはぽかぽかと暖かい。でも、外に出ると風が冷たく感じる。
 江田島湾最南部を回り、北上。「Y」の右上を目指す。この辺りには、スーパーマーケットやホームセンター、ガソリンスタンドなどが並び、葬儀場もあった。ここまでの道中に葬儀の看板が出ていたのだが、それはいまどき珍しく自宅での葬儀を示すものだった。私の住む丹後では、10年ほど前から自宅での葬儀は完全に途絶え、葬儀場を利用するようになった。だから、自宅での葬儀とは相当珍しく感じていたのだが、葬儀場がない、というわけではないようだ。
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 向かい風を受けながら北上。旧江田島町の中心街で少し内陸に入る。海に面した海上自衛隊の教育施設を迂回する形だ。ここは道が狭くクルマが多い。「江田島市役所江田島支所」の前を通過。本庁は、旧大柿町だ。
 内陸に入るということは、アップダウンもあるということで、上りで少し脚がつるようになった。晩秋からずっと雨が多くまとまった距離を走ることがなかったのが原因だろうが、情けないことだ。実は、今日は少し尻も痛い。尻が痛くなるなんて10年以上なかったことだ。ずっとオフシーズンだったこの時期に、いきなり70kmも走ったせいかも知れない。寒さも影響しているのかも知れない。
 江田島湾を塞ぐ、津久茂の半島をショートカット。小さな峠を脚のつりをだましだまし越える。ところで、これまで走っていた国道487号線は津久茂の半島へと向かい、その先端付近で途切れている。津久茂瀬戸の対岸でも同じ状況。国道の海上区間ということだが、船便などはない。
 さて津久茂の半島をショートカットしたあとは道が複雑。流れとしては県道297号線へとつながるのだが、そちらは内陸を行く。海沿いの道が自転車コースと指定されているので、青い線に従って右折左折を繰り返す。
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 海沿いの道は緩やかなアップダウンが連続する。たまに脚がつるので小休止を繰り返す。日が落ちてきた。広島市街の町明かりが輝いている。切串港18時5分発のフェリーには、間に合うだろう。島に近づいてくるフェリーが見える。あれに乗るのだろうか。
 17時16分に日没。標準時子午線付近の丹後半島よりかなり西に位置する分、15分ほど日没が遅い。残照の海を眺めながら、静かな道を行く。17時半を過ぎると、すっかり暗くなった。
 17時50分、切串港到着。ちょうどいい時間だ。港にフェリーの姿はない。先程海上に見えたのは、一本前の17時30分の便だったようだ。姿がないのはフェリーだけではなく、乗船券売り場の窓口の係りもいない。乗船券は船内で購入してください、との張り紙がされていた。建物の中の待合室で過ごす。外には、自動車や自動二輪がそれぞれ数台集まってきた。
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 フェリーが到着したので、自動車、自動二輪車に続いて車両甲板へ。甲板に立つ係員めがけて進むが、全く指示をしてくれない。こちらから訊けば、近くの壁際を指示される。要するに、壁際ならどこでもいいのだろう。ついでに、ロープなどでの固定もなし。航行中、待合室にいると乗組員がやってきて、乗船料を徴収していった。
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 広島宇品港へ上陸。この航路も、国道487号線の海上区間とのこと。
 港を出るとすぐにスーパーマーケットがあったので、食糧を買う。今夜の宿は、素泊まりのゲストハウスなので、明日の朝食を調達しておいた。
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 大田川の三角州に町が広がる広島。大田川から分留する川が行く筋も流れていて、その川の堤防上には、歩行者、自転車用の道路がつけられていて、クルマを気にせずに快適に走ることができる。また、GPSレシーバーの地図で川の形状を読み取れば、宿への道筋がわかりやすい。南北の移動は川沿いに、東西は洲がくびれたところでとなりの川沿いにレーンチェンジして行く。途中で堤防から河川敷に降りる階段に腰掛けて、先程買って惣菜を食べる。店の電子レンジで温めた惣菜が寒さを中和してくれる。
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 中心街に入ると路面電車が行き交う。最後はその路面電車の駅を目印に、ゲストハウス「Jホッパーズ広島」に到着。宿の前のレンタサイクルの並びに自転車を止める。部屋に入ると女性がいるのでびっくり。外国人のようだ。日本のユースホステルなどでは男女別相部屋が一般的だが、海外では男女共用相部屋が当たり前。その分、ここはそれぞれのベッドは暖簾のようなカーテンで完全に目隠しがされ、ユースホステルのベッドよりも広めでちょっとした個室という感じ。翌朝までの間、先程の女性以外と顔を合わせることはなく、どんな人と泊まり合わせていたのかもわからないままだった。若い頃は、ユースホステルでの旅人同志の交流が楽しかったが、今ではこういうプライベート空間がある宿がいい。しかも2,500円でお得。
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 部屋に荷物を置いたら、食事に出る。受付のフレンドリーな女性スタッフに教えてもらった、お好み焼きのおいしい「だんだん」へ。歩いて5分ほど。狭い店内のいくつかのテーブル席は賑やかなグループが陣取り、私はカウンター席へ。定番の肉玉そばを注文700円。「だんだん」という店名は山陰の方言だが、ここは広島。麺が入って十分なボリューム。キャベツもたっぷり、明日の快便は約束された。ただ、お好み焼き屋ではなく「鉄板居酒屋」で飲み物を頼まなかったのはちょっと申し訳なかった。
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 宿に帰ったら、シャワーを浴びて(風呂はない)、歯を磨いて寝る私宅。前夜は遅くまで旅の計画を練り、早朝からの出発。眠いのだ。
 かきしま海道は迷走もあって、86.4km。竹田駅の1.1kmと、広島市内7.5kmを合わせて、95km。一日の走行距離としてはさほど多いわけではないが、京都府北部から瀬戸内広島県までの移動で半日を費やし、残りの半日での走行とするならばそれなりにハードだったということにしよう。ああ疲れた。おやすみなさい。

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篠山盆地から曽地奥・永沢寺・母子周回、と走り納め・走り初め

 年が明けて10日余りが過ぎたが、2017年最後のツーレポ。
 篠山中心街の南、小枕川の谷に少し入り込んだところに位置する小枕集落の外れにクルマを止める。自転車の準備を整えて出発。来た道を引き返し、篠山盆地へ。盆地の南の縁を行く国道372号線で東へ。北側には多紀連山の三嶽や小金ヶ嶽が見える。八上で篠山中心街からの道と合流すると、国道の南に集落内の旧道が並行する。クルマの多い国道を避けたい気もあるが、多岐連山を眺めながら走ろうとそのまま国道を行く。
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 西荘を過ぎ、日置が近づいたところで国道を南に逸れ、野々垣集落方向へ。茅葺屋根の家が目立つ。野々垣手前で東に進路をとり、曽地口へ。曽地川に沿って曽地中、曽地奥と遡っていく。
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 曽地奥の公民館には、表札が2つ。公民館を示すものと、「神明八幡両社社務所」と書かれたもの。集落の入り口の道沿いに神社があったが、その社務所も兼ねているということらしい。要するに、過疎化の進む小さな集落では、、いろいろと兼務してやっているようだ。とある個人ブログでは地元にの人から「神明八幡神社」とあるが、社務所には「両社」とあるので、本来は「神明神社」と「八幡神社」ということなのだろう。
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 立派な茅葺屋根の古民家に気を取られて一度は入り口を通り過ぎてしまったが、本日のメインステージである「曽地奥林道」へ。まるで都会のゴルフ練習場のように柵に囲まれた畑や民家を過ぎ、一車線の細道で坂を上っていく。道は細くクルマとはまず出会わない静かないい道。それでも落ち葉の敷物がクルマの轍に合わせて切り裂かれているので、まったくクルマが通らないというわけではないようで、上部ではちゃんと道をふさいだ倒木の処理もしてあった。
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 急な山肌を右往左往して貼り付く急坂を上る。水平方向の移動は少ないので、かなり山奥に入ったつもりでいたのにすぐ近くに曽地川沿いの県道が見える。ただし、高度は稼いでいる。
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 後川へ越える峠付近には数日前の雪が少し残っていた。
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 後川奥へと一気に下る。完璧に護岸された川を見ながら篠山と三田の市境の峠へと登る。川沿いに立つ家の石垣も物々しい。そうした立派な建造物の背後には、大雨の被害が見えるような気がする。田んぼの中の水たまりは、氷がはっている。
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 峠は三差路。道なりに行くと永沢寺だが、右に分岐する落ち葉に覆われた細いコンクリート舗装の急坂を下る。どちらをとっても母子へ行けるのだが、自転車にはやはりクルマの通らない細い道がいい。激坂を越えて、谷に降り立つ。柵に囲まれた田んぼの中の道になる。周囲にはほんの少し雪が残る。路面にも雪があった。乗り越えた感触は、固い。凍てついている。さらに、小さな貯水池は全面氷結。近くに置かれていた鉄の棒で氷をたたいてみるが、かちんこちんで全く歯が立たない。
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 広い車道に出た。左折して母子へ南下。母子は斬新なデザインの住宅と、茅葺の古民家が入り混じっている。そして、北に進路をとり三田から篠山への峠へ。これはほんのわずかな登り。三国ヶ岳を反時計回りに半周した形だ。
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 さああとは下るのみ。周囲には雪がまったくないので、路面凍結の心配はない。安心していきたいところだが、屈曲が多く飛ばせない。木々の合間から見える篠山盆地には街明りが灯っている。当然、こちらもヘッドライト転倒。安全第一だ。
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 ため池まで降りたら、三日月を見上げて小休止。そして一気に小枕集落の外れ、クルマの駐車ポイントへ。
 12月下旬、14:57~17:27、25.5km。

 12月30日にどうにか年間走行距離を2,500kmに乗せる。
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 これが走り納めになるかと思われたが、雨予報だった大晦日も午前中は止み間となり、ここで走り納め。
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 新年は、2日の夕方走り初め。
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