« 中秋の名月から満月まで | トップページ | 今年は多いよ »

2017/10/10

秋晴れの丹後半島一周

 シーズンに一度は走らねばならぬ、と思っている丹後半島一周だが、いつの間にやらもう10月。ゴールデンウィークから何度も狙っていたのだが、ここぞという日は天気がいまいち。前日の晴れ予報に心を決めていたのに、朝起きるとうっすら曇っている、ということの繰り返し。空が澄み海が青い時に走らないと値打ちが半減する。そのうち蒸し暑い夏がやってきて、自転車に乗る気が失せる。しかも天候不順。待望の9月がやってきたが、また5月のようなことの繰り返し。そして、9月30日、二つ前の記事「今はもう秋」に書いたとおり機会を逃してしまった。やはりその記事に書いたように、9月は土曜または日曜に仕事がある週が多かったのも事実だが、加齢とともに休日をだらだら過ごすようになってしまったのもまた事実。
 翌週は、土日と体育の日で三連休。泊りがけで出たかったのだが、あいにく初日が雨予報。実際には朝のうちだけで止んだのだが、それでもすっきり晴れてくれなきゃやだ。ということで見送り。今シーズンは、いまだ遠征なし。寂しいけど、天気はどうすることもできない。雨や霧では楽しくない。楽しむという目的は達成されない。現地での予定変更もまた同様。すると心残りが発生し、リベンジを企てることとなる。遠征には費用も労力もかかる。例えば、信州方面に2泊3日の遠征を組めば、交通費や宿泊費で3万円はかかる。今月行っていまいちだったから来月また行こう、というわけにはいかない。満を持して、行動を起こそう。
 遠征がダメなら、別の懸案である丹後半島一周をこの3連休に決行しよう。連休初日は、朝のうち雨でその後曇り。寝たきり生活。遠征しようと思っていた地をインターネットのライブカメラで見ると、昼前まで雨で、その後、霧。踏みとどまって正解だった。
 そして連休中日。まずまずの天候なのに、だらだら過ごしてしまった。やはりちょっと雲が多めだったのと、この日は地域の秋祭り。各集落で、神輿や屋台が練り歩き、迂回せねばならない場面があるかも知れず。ちなみに、私の住む集落は、かつては神輿を担ぎに出なければならなかったが、今は子どもの屋台だけになった。
 そして、連休最終日。朝起きると日が射している。予報は前日に曇天に変わり、諦めかけていたのだが、青空が広がっている。というわけで、今シーズン初、生涯通算46回目の丹後半島一周が始まった。
Dscn0010Dscn0011

 9:45、ランドナーで京丹後市弥栄町の自宅を出発。まずは、竹野川の流れに沿って北上。国道482号線を避け、農道などクルマの少ない道をつないで行く。それにしても暑い。下半身は7分丈のズボン。上半身はTシャツの上に半袖シャツ。いつか脱ぐと思っていた半袖シャツを、走り出して30分で脱ぎ、もう着ることはなかった。はじめから着てくる必要はなかった。携行する飲料水は2L。ウーロン茶のペットボトルをフレームに装着。
Dscn0012


 京丹後市丹後町に入ると、小学校が賑やか。地域の運動会が行われている。祭りは京丹後市全域だが、運動会は旧町ごと。先ほど通過した集落の公民館には飾りつけを外した神輿が置かれていた。宵宮を含め2日間にわたる秋祭り、そして運動会と大忙しの3連休だ。
Dscn0014


 細かい藁が散乱した田んぼが見られる。先月の台風の爪あとだ。
Dscn0017Dscn0018Dscn0022


 竹野川河口付近にある道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。予想通りグループにソロのサイクリストの姿が見える。すべてがロードレーサー。ここ数年でその数がかなり増えた。同じ自転車乗りとして共感できる部分もあるのだが、一方でランドナーに乗ったツーリストからすると、全く異なる種族のようにも感じられる。走るペースや距離も違うのだが、それ以前に走る目的からして違うようだ。インターネットのブログやSNSにも自転車関連の書き込みが多くみられるようになったのだが、参考になる情報が掲載されたものや、読みごたえのある内容のものが非常に少なくなった。食レポに例えれば、「こんなにたくさん食べた」「おいしかった」というだけ。後は、自撮りで自分や仲間の姿を映した写真が並べられている。別に否定するつもりはない。表現の自由である。だた、味が再現できるような食レポ(ツーリングレポート)に、私自身が勝手に魅力を感じているということだ。
 そのあとは、国道178号線で海岸線を東に向かう。海岸段丘へと昇る急坂の途中でも歓声が聞こえる。小学校としては数年前に閉校となったが、かつての校区ごとに開催される運動会の会場として使われている。
 海岸段丘へと昇ると、15台ほどのロードレーサーの団体とすれ違った。脇目もふらぬ高速走行。
Dscn0023Dscn0024Dscn0032


 海にそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。見ものなのはその岩だけでなく、その周囲の海の美しさだ。北に面した海は、冬は北西の風により荒れ狂うが、夏場は穏やかで、底の砂は白いので、美しく透き通った青色となる。これが見られるかどうで、値打ちが変わる。今日は、ばっちりだ。水平線の手前に、豪華客船が見える。舞鶴港に立ち寄るクルーズ船の一つなのだろうか。(後日の新聞記事によれば、まさにその通りだった)
 しかし、このあたり赤く枯れた松が目立つ。かつては屏風岩のてっぺんにも一本松が生えていたのだが、20年ちょっと前に枯れてしまい少し味気ない姿になってしまった。
Dscn0030


 定期観光バスが止まり、乗客に周囲を囲まれたので、そそくさと脱出する。犬ヶ崎トンネルを抜けると、丹後松島が見える。松島のような風景ということだが、点在するのは島というより岩で、それも陸繋島だ。
 宇川の河口まで降り、対岸へ上り返すがすぐに下ってまた橋を渡り海岸段丘へと上り返す。その間に運動会が行われている小学校グラウンド脇を通過。丹後町の4会場のうちの3つをはしごした、そばを通っただけだが、というわけだ。
Dscn0035Dscn0041

 スーパーマーケットでパンを買って、経ヶ岬方面へ。自衛隊の駐屯地、そしてXバンドレーダーの米軍基地を通過。それらは国道より海側にあるのだが、内陸方向の見上げる山の頂上には自衛隊のレーダーサイトが見える。
 そして、近畿最北の集落、袖志を通過。ここは丹後半島の北岸には珍しく海のすぐそばにある集落だ。国道を隔ててすぐに海。海岸段丘がなく、背後が山という低地に集落がある。穴文殊、そして自衛隊と米軍基地のある小さな岬が北西の季節風と波を少し防いでくれるようだが、防波堤とテトラポットの様子からも、厳しさはうかがい知れる。もちろん、今の時期を含め南よりの風が主体の夏場は穏やかな海である。
Dscn0043


 そして登りが始まる。近畿最北の今日が岬灯台への分岐を経て、経ヶ岬隋道(現地の表札には「白南風(しらばえ)隋道)を抜けると、青い海が広がる。カマヤ海岸だ。断崖の標高100m程のの位置に道路がつけられ絶景だ。左側通行で全体を通して海の景色を堪能でき、枝道の分岐も少ないのに加え、このカマヤ海岸を下り基調で快走でき海の上を飛ぶような気分が味わえるのが、時計回りの半島一周の魅力である。
Dscn0048


 観光客の自動車、オートバイは多いが、屏風岩の手前以来自転車は見ない。
 甲崎を越えて蒲入(かまにゅう)集落を見下ろす。北西の風と波を甲崎が防いでくれる蒲入は海に近い漁港の集落だ。2年前までは、ここからちょっとした峠だったが、トンネル開通により、カマヤ海岸から本庄浜まで下り基調でいける。
Dscn0051Dscn0053Dscn0054


 この後少し内陸部に入る国道を本庄宇治で左折、府道623号線に乗り換え本庄浜へ。筒川河口にかかる橋のたもとに、ソロサイクリストが佇む。自転車は、小径車だ。「こんにちは、BD-1でここを走るとはすごいですね」と声をかける。国道をそれたこの海沿い路線は、丹後半島一周の中でトップクラスの絶景ポイントと思っている。
 けれども国道一直線のサイクリストが多い。しつこく食レポにたとえれば、大味でたくさん食べられればいい、ということなのだろう。
 だから、この路線で出会うサイクリストには、親しみを感じてしまう。コース選びだけでなく、自転車にも独自の創意工夫が見られる。いまどき自転車といえばロードレーサーという中で、ブレないこだわりが見受けられる。お互いの自転車のオリジナルの変更点を述べあい、感心しあう。
 特に、ある工夫には驚かされた。他人のことなので具体的には書かないが。私の所有する折り畳み小径車でも考えたことだが結局断念したことに、そんな解決方法があったとは。ただし、正直に言ってそれはスマートな方法とは言い難く(すみません)、アイデアを真似ようとは思わないのだが、発想の転換というか、柔軟で自由な考え方には脱帽するばかり。既製品に頼るばかりでも、他人のアイデアを真似るばかりでなく、自分で作り出す姿勢が素晴らしい。
 また、20年近く前からGPSレシーバを導入し、高価な日本語モデルではなく底辺モデルを選び続け、国土地理院が公開しているデータをフリーソフトで変換して無料で地図を利用していることも同じ。さらに、インターネット以前にパソコン通信をしていたことまで共通していた。
 光ファイバーもADSLも普及する前の、今では考えられないほどの低速通信の頃、文字、つまり文章で書かれた情報が主体だった。パソコン通信は当然文字ばかりだし、インターネットも普及したての頃は写真等の画像はデータが重く読み込みに時間がかかるため、Webページには小さな写真が少しだけ張られ文字がぎっしり、というものだった。
 だから、当時のパソコン通信の自転車フォーラムには、読んでいると味がしてくるような食レポならぬ、自分が走っているような気分になるツーレポがたくさん上がっていた。
 ああ、まだこういう人が生き残っているんだな、ずっと話し続けていたい、という気持ちを振り切って別れを告げる。彼は、輪行で天橋立駅スタートで網野駅ゴール。つまり、私とは逆方向だ。
 さて、私は本庄浜の海水浴場に寄って、先程買ったパンを食べる。波打ち際で遊ぶ家族連れが遠巻きに見える。
Dscn0058


 食べ終わったら、厳しい坂道に挑む。まずは野室崎。出だしが特に急坂だ。フロントインナーよりも大きい超低速のローギアが組まれたリアスプロケットを装着しているので、とにかくゆっくり登る。夏の間緩くて短いコースしか走っていないので、穏やかに穏やかにペダルを回す。低速ギアのお陰で、標高差120mをノンストプで登り切った。青い海、冠島と沓島、若狭湾のリアス式海岸、青葉山、そしてこれから向かう新井崎(にいざき)が一望できる。
Dscn0065Dscn0066Dscn0067


 断崖に囲まれた入り江の泊へと下り、すぐに新井崎への登りとなる。標高差100m近くまで登ったら、道はいったん水平になり、やがて緩やかに新井の集落へ下る。そして、まただめを押すような登り。一つ一つは短いが、まさに登りの波状攻撃だ。
Dscn0070Dscn0074Dscn0077


 新井の漁港を見下ろしながら登り、小さな棚田の脇を行く。「新井の千枚田」だ。この府道623号線よりも、
大原集落へ向かう道を通れば千枚田の名前の通りのたくさんの棚田の景色を見ることができる。
Dscn0083Dscn0084Dscn0087


 標高130mのピークを越えたら、舟屋の集落に囲まれた伊根湾へと下って行く。私がまだ子どもだった30年余り前は静かな漁村だったのだが、その後注目を浴びるようになり、20年ちょっと前にNHKの朝の連続テレビ小説の舞台となり、さらにこの数年観光客を増やしている。元々は舟屋と母屋の間の中庭を連ねた通路を車道にした、狭い道に散策する人が行き交う。海外からの観光客もいる。また集落の途切れたところには大勢の釣り人。集落を迂回する道、そしてその道沿いに道の駅と大駐車場が設けられているため、狭い道を通るクルマは比較的少ない。観光客を避けながら、自転車を進める。
 伊根を抜け、宮津市の養老集落へ。集落に面した小さな浜がある。ここも美しい白砂の浜だ。
Dscn0089Dscn0093Dscn0095


 国道178号線に戻り、若狭湾を左に見ながら走る。こちらは南東に海が開け季節風の影響を受けないので波打ち際に集落が点在する。つまり、道は平坦だ。しかし、伊根と天橋立という二大観光地を結ぶ一本道なので、クルマが多い。ほとんど途切れない。5月の晴れの昼下がりには、内陸の気温上昇による対流により海風が背後から押してくれるのだが、今日は微風だ。そして、これまでのアップダウンのダメージで、脚がつり始めた。ああ、情けない。夏の間怠けたせいだが、根底には過労による体力の衰えがある。
 天橋立の北詰、府中に到着。いつもはこのまま最後の山越えに向かうのだが、今日は趣向を変えて、天橋立の松並木を渡って、京都丹後鉄道の駅のある文殊へ。歩いたりレンタサイクルに乗ったりして散策する人々に気をつけて進む。そして、シーサイド自転車道で阿蘇海をぐるりと回る。
Dscn0098


 この夏は天候不順で北海道ツーリングを断念した。近年北海道以外で、1日100km走ることはほとんどない。唯一のチャンスは、この丹後半島一周だ。でも普通に走れば80kmを少し超える程度。阿蘇海を回って少し距離を伸ばそうというわけだ。脚のつりをごまかしながら、ペダルを漕ぐ。
Dscn0102


 そして、与謝野町(旧岩滝町)男山から府道53号線へ。勾配は緩やかだが、このコースの最後にして最高地点へ向けての登りが始まる。当然脚つり祭りが始まる。何度も止って痛みを抑える。道路の両側を山に挟まれた狭い空は、いつしか曇天。予報通りの展開。もうここまでくれば構わない。青さの薄れた海はもう見えないのだ。
 延利(のぶとし)で一度緩やかに少し下ってから、久住(くすみ)へとまた緩やかに登る。気づけば頭上には再び青空が広がっていた。集落の中、コスモスなどの秋の花が鮮やかだ。天候に恵まれた一日だった。
Dscn0112


 旧大宮町と弥栄町の境が標高190mで本日の最高地点。その手前で2Lを飲み干した。数世帯の山間集落、堀越から待望の下り。これで、ペダルを漕がなくても貯めこんだポテンシャルエネルギーが家の2km手前まで連れて行ってくれる。
 等楽寺、外村(とのむら)を過ぎ、小さな登りを越えてゴール。これで88km。


 少し休んで、柿を収穫し、再び自転車にまたがる。今度はクロスバイク。お散歩コースを走ってこの日野トータルを100kmに乗せる。標高差50mに満たない小さな峠を2つ越えるコース。ここでも脚つり祭り。13km。
Dscn0120Dscn0125Dscn0126


 ついつい思い入れが余っていろいろ書いたけど、所詮私の方が異端分子。所有する8台の自転車にロードレーサーはなく、短文投稿サイトにつぶやきが行き交い、「インスタ映え」などいう言葉が流行るご時世に、サイズの小さな写真を貼り付けた長文記事を書いている時代錯誤人間。流行にあわせ、主流に乗れる人の方が、協調性もあり他者ともうまく付き合いまっとうな人生を歩めるんでしょうね。

|

« 中秋の名月から満月まで | トップページ | 今年は多いよ »

コメント

 前に半島を走ったのは蒲入トンネルが開通する前だったので、1度走ってみたいです。いいサイクリングコースですね。
 脚がつるのですか?ボクはつりかけたことはあるのですが、本当につったことはないので痛さがわかりません。ただつるのは嫌なので、ブルベには芍薬甘草湯という漢方薬を飲みます。効いているかは不明です。
 同じ嗜好の方と話ができると思わず話が弾んでしまう。そんなことはあると思います。ただ、同じ嗜好の人に出くわすことはなかなかありませんねえ。

投稿: すう | 2017/10/14 14:11

先ほどふと思い立って、BD-1、丹後半島、本庄浜でググったら一発で貴殿のページにヒットしました。
まだこのページしか見てませんが、文章とても達者ですね。お会いした時の状況が目に浮かぶようです。
(まあまだあれから1週間も経っていないのですが)
私も自分のホームページで走行記録を残しています。ただ筆不精なもので文章はほんのわずかで走行軌跡と写真がメインです。
もしよろしければ見てやってください。
http://hiroyuki-kobo.la.coocan.jp/pota/index.htm
互いに相手の自転車の写真を載せてるのが笑えます。
またいつかどこかでお会いしたいものですね。
では。

投稿: ひろゆき | 2017/10/14 19:14

すうさん、
 路上で出会って長話をするということは、近年では珍しいです。あいさつ程度ならばそれなりにありますが。今から28年前の1989年8月19日の生涯通算2度目の丹後半島一周の時は、岩滝での信号待ちで東京から萩へのロングツーリング中のランドナーのサイクリストに話しかけ、信号数回転話が続いた、ということがありました。また、その3年後の1992年8月11日、北海道の阿寒横断道路の登りで、二人のソロサイクリストと出会いました。当時はやっていたMTBでツーリングを始めた人たちで、一日の長がある私が一足先に峠に到着しました。やがて2人が、さらにロードレーサーのサイクリストも到着し、暁度昼時ということでソロサイクリスト4人が結集してにぎやかなランチタイムとなりました。そのツーリングではほかにも出会った人と一緒に走ったり、キャンプしたりという場面が何度もありました。今ではこういうことが少なくなりましたね。
 それでも、泊りがけツーリングの場合は、同士と出会い話し込む機会が多いです。それは、宿に泊まるから。さらに北海道ツーリングではフェリーでも。時間に十分な余裕があり、旅好きということも共通しているわけだから、相手がオートバイあるいはロードレーサーでも、話が広がることがありました(いずれも昨夏の北海道のライダーハウス)。こういうことが旅の楽しみでもあります。
 ただし、同じような雰囲気の同士を見かけても話しかけられなかったり、話が膨らまずすぐに終わってしまったりということもあります。相性もあるし、その時の気分もあるし、なかなかうまくいくばかりではありませんね。
 昨年9月の丹後半島一周でも最後に脚がつっていますね。超人すうさんはともかくとして、サイクリストも高齢化のご時世、サイクルスポーツ誌でも何度も取り上げられている話題なので、それなりに苦しんでいる人が多いのでしょう。漢方やそれ以外のサプリメントなど試してみるのがいいかもしれません。どれが体に合うのかを。

投稿: はいかい | 2017/10/15 18:07

ひろゆきさん、
 ご本人登場ですね、オンラインでは初めまして。
 こちらも毎日ネット検索していたのですが、見つけられませんでした。逆に見つけてもらえればと思い、私にしては早いツーレポアップでした。誤変換にタイピングミスの連発はそのせい、と言い訳しておきます。
 ツーリング歴は高校時代から30年と少しですが、ツーレポ歴も長くて、大学時代から。すうさんへのコメントに書いたツーリングでのエピソードは、サイクルスポーツ誌に掲載された文章の中に書かれているもので、だからはっきりと残っているわけです。当時は手書きで400字の原稿用紙8枚程度の原稿を写真と一緒に郵送し、誌面2~3ページに掲載されると4~5千円(途中で値が上がった)の原稿料がもらえました。倍率はそんなに高くないようで、4回ほど掲載され、ボツは1~2本だったと思います。
 さて、なかなか精力的に走られていますね。それも、結構アップダウンのあるコースも。ポタリングの範疇とは思えません。前日の京都から福知山も細かなアップダウンを連ねた100kmで、かなりハードですね。チェーン切れは、走り出してからのことだったのですね。いろいろと勘違いしていました。
 当方は、通算46回の丹後半島一周の内、反時計回りは3回だけです。それは初期の頃で、もう20年以上前のことです。時計回りがいい理由は本文に書いた通りですが、側溝のこともあるんですね。ひろゆきさんは、3年前に時計回りで走ったので、今回は逆コースということですね。
 今後ともよろしくお願いします。

投稿: はいかい | 2017/10/15 18:08

 自分のページですが、キーワード検索しても本当に引っ掛かりませんねえ。少し前にドメインを解約したのでgoogleの検索対象から外れてしまったのかも。先日気づいてGoogleにURL登録申請したのですが、なかなか反映されません。
 やはり、はいかいさんのツーリングレポート歴は半端ではないですね。なるほど納得です。私が山サイをやりだしたのは15年前からで、当時はGTのLTS-4に乗ってました。(5年ほど前に盗まれてしまいましたが)その後Pacific18というプジョー版BD-1を経て、6年前から今のディスク付きBD-1に乗り続けてます。カスタマイズするのが楽しくていろいろいじってますが、最初に付いていた黒っぽいチェーンが気に入らなくて、銀ピカメッキのDuraAceに変えるなどというミーハー(死語)的なことも割と好きです。
 とっくに5000kmは走ってるのでそりゃチェーンも切れますね。(実はこれが2度目)確か2千円ちょいだしこの際新しくしとくかとAmazonで見るとなんと¥12700。驚いて調べるととっくの昔に廃番になってました。シマノはこの手のが多くて困ります。ローノーマルのRDも、9速のXTシフターも気が付けばもはや入手不可能。といって買い置きするには高価な品だし、持っとけば安心とはいえ実際に使うことは滅多にないしで悩むところです。
 また何かあったらカキコ(これも死語か)させて頂きますね。自転車のシーズンはあと1か月ぐらいでしょうか。お気をつけてご快走を!

投稿: ひろゆき | 2017/10/16 20:38

 ツーレポの書き方の一番の修業の場は、1994年から参加したパソコン通信でした。自転車フォーラムに自己紹介したら、それがきっかけとなり丹後半島一周OFFが開催されるという衝撃的デビューでした。もちろんいきなりOFFを主催したわけでなく、先輩が幹事を務めてくれ、私は案内役という立場でした。当時は携帯電話がないのに、集合場所を間違えてしまい(本当は宮津駅のところうっかり天橋立駅で待っていた)迷惑をかけたのも、懐かしい思い出です。
 未熟な文章をちゃんと読んで反応を返してくれる、という場で修練を積んだ経験は大きいです。写真は使えず文章だけで勝負しなければなりません(途中からは、それぞれが自分のWebサイトを持ち、そこにアクセスすれば写真付きレポートが読めるようになりましたが)。文章で伝えるのは難しいことです。複数の解釈ができ内容を特定できないこともあるし、情報不足で意味を分かってもらえないこともあるし、逆に余計なことを書いて回りくどかったり、ミスリードしたりということもあります。読み手も完璧ではありませんから正しく書いていても誤解されることもある。誤解されないような配慮も必要です。そして、他人のあまり上手くない文章を読むことも、勉強になりました。下手な文章は今の方がふんだんに見られますが、苦労して解読しても初めから中身がないので面白くありません(すみません主観です)。
 私が主な活動の場としていた自転車ツーリングのフォーラムや登山のフォーラムのメンバーは特に紳士的で、今でいう炎上ということなど皆無で、著作権などを含めたローカルルールがきちっとしていて、ルールやマナーが守られていないケースには役職についているメンバーだけでなくそれぞれが注意し合い、この場が平和に存続していけることが念頭に置かれていました。すばらしい場でしたね。
 近年「CYCLO TOURIST」や「旅と自転車」などツーリング系ムックがいくつも出ていますが、パソコン通信の自転車フォーラムのメンバーが書いた記事がかなりの割合を占めています。私も短期間ですが、「FIELD BIKERS」という雑誌に記事を寄せていたことがあります。毎号2,3コースずつ紹介されるコースガイドを書くライターの一人でした。要するに全国を網羅するのに、特定のライターを派遣する人件費や交通費が捻出できなかったのでしょう。原稿依頼などはすべて電子メールで、編集者には一度も会ったことがありませんでした。ライターの多くはやはり自転車フォーラムのメンバーでした。ちなみに、1ページの記事で1万4千円ほどの原稿料で、なんでも自分が好きなようにかけるわけではないが、ボツはない所は、読者の投稿とは違います。2,3回記事を寄せたところで、雑誌が休刊(事実上の廃刊)となってしまいました。
 私の所有する自転車は、リア7S、8S、そして5Sなので、スプロケット、ディレイラー、シフターなどはある程度在庫しています。ただし、ランドナーのWレバーはまず壊れないので在庫していません。むしろこういう古い、伝統あるパーツの方が、こだわらなければ、手に入らなくなることはないように思われます。
 さて、現地でお話ししたとおり、当方も折り畳み小径車を所有しています。最近のカスタマイズ記事は以下の通り。
http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2017/07/post-5379.html
 小径車を買う動機となったのは、小型自動二輪(スーパーカブ90)に積める自転車が欲しかったため。8年目でVブレーキですが、リムの熱でビードを焼いてバースト、の経験はありません。一日最高は丹後半島一周の85km、自転車北海道奥尻島一周の76kmで、ひろゆきさんと比べたらおとなしい乗り方のせいかもしれません。一定の距離を走るのに、ホイールが小さいとたくさん回転することになるので、タイヤもリムもチェーンも消耗が早いですね。

投稿: はいかい | 2017/10/16 22:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42369/65901831

この記事へのトラックバック一覧です: 秋晴れの丹後半島一周:

« 中秋の名月から満月まで | トップページ | 今年は多いよ »