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2017/10/24

台風21号

 台風及び秋雨前線により被災された方にお見舞い申し上げます。
 日本海側に位置する京都府北部は、比較的台風の被害の少ない地域なのだが、この秋は9月中旬の台風18号に続き、台風21号でも主に大雨による被害が発生した。10月23日未明の上陸は、観測開始から3番目に遅い時期とのこと。ちなみに、これまでの3位は2004年の台風23号の10月20日。新潟県中越地震の3日前にやってきたこの台風も、近畿北部に大被害をもたらした。由良川沿いの国道でバスが水没し、乗客が屋根の上で一夜を明かした報道が記憶にある方もいることだろう。また、2013年9月の台風18号も福知山などで多くの住宅が浸水する被害が発生し、今回の台風21号では同じような地域でまたも浸水被害が発生し、当事者の方々には、赤の他人が安易な励ますこともはばかられ、申し上げる言葉も浮かばない。
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 2004年23号、2013年18号、2017年18号、21号と京都府北部など北近畿に被害をもたらした4つの台風の経路を示す(気象庁過去の台風資料経路図)。
 いずれも、北近畿の南から東へというコースをたどっている。言い換えれば、北近畿は台風の進行方向の左側にあたる。
 よく言われるのは、台風の進行方向の右側にあたる地域は要注意。反時計回りに渦を巻く台風の風と、台風の進行スピードが重なって、より強く風が吹くからである。しかし、これが当てはまるのは主に太平洋側のこと。海からの風が上陸して山にあたることで山肌に沿った上昇気流が発生し、雨雲が発達する。時には同じ場所で積乱雲が次々と発生し続けるバックビルディング現象も起こる。
 太平洋側と日本海側は海と陸の位置関係(西日本では南北の向き)が反対になる。日本海側では北寄りの風が吹くと雨が降りやすい。西高東低の冬型気圧配置はその例である。上にあげた4つの台風が接近した時、近畿北部では北東から北、そして北西へと北寄りの風が吹き続けていた。さらに、海水温の高い太平洋上を通って近畿地方に接近してくることも強い勢力が維持され、大きな被害を生じる要因となる。
 ちなみに、晩夏や初秋の太平洋高気圧の張り出しが強い時期には、もっと西から台風が接近し北近畿が進行方向の右側に入ることがあるが、そういう時にはあまり大雨にならないことが多かったと記憶している。秋雨前線が停滞していれば台風接近時に大雨が降るが、台風本体の影響は少なく、むしろ遠ざかっていくときの吹き返し、つまり西高東低の気圧配置によりしつこく時雨れることが多い。台風一過の晴天、という言葉もまた日本海側には当てはまらないことが多い。
 昨年夏には、日本近海で台風が発生し東北地方の太平洋側に上陸したり、数日のうちに北海道を3つの台風が襲うなど、かつてないようなことが起こった。結果として、岩手県の岩泉の小本川沿いや、北海道の十勝や南富良野など、これまであまり豪雨被害のなかった地域に大被害をもたらした。こうした地域では北近畿と同様、降り始めからの雨量が300mmほどで洪水が発生する。紀伊山地、九州山地、四国山地のそれぞれ南斜面にあたる地域のように一気に1000mmもの雨が降ることもある地域からすれば大したことのないように思われるかもしれないが、地盤の強さ排水能力など大雨への耐性は地域によって違うのである。
 さて、台風の爪痕。23日の農道には、籾殻や藁が散らばる。ひこばえ(刈り終えた株から伸びた苗)の田に水がたまり、まるで田植えの後のような風景。
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 24日朝の竹野川はまだ水量が多い。
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2017/10/22

丹波の優しい峠めぐり(三春峠など)2017

 この秋、福知山周辺の十数年ぶりのコースを走ったが、今度は比較的最近の定番コースをたどる。三春峠をはじめとする4つの峠を越える周回だ。京都府と兵庫県にまたがるものの、すべては丹波の国の中のお話である。
 まずは、国道9号線を福知山から京都方面へ。三和の中心部を抜けてすぐ、三春峠へ向かう府道709号線へ右折。これまでは、国道9号線をもう少し先に進んだところの廃れたドライブインの駐車場にクルマを止めていたのだが、出入り口をふさがれている。隙間から侵入することもできるのだが、そもそも私有地であり、しかも「入るな」という意思表示がされているわけだから、そんなところに駐車するのは止めよう。
 ということで、最後に兵庫県側から三春峠を越えて気持ちよく下りでゴールするためこの道に入ってきたのだが、田園と集落が続いてなかなか駐車場所が見つからない。興雲寺、中島の集落を超え、道が狭い谷沿いになったところに、道路わきの広場を見つけ駐車。国道から5km、標高差60mほど来た。
 クルマからランドナーを下ろし、前後の車輪と泥除けを装着。もう7分丈のズボンでは寒いので、長ズボンのすそをベルトで止める。上半身は迷ったが半そでシャツで行くことにする。もう普段は長袖で過ごしているが、今日は雨上がりの曇り空。明日はまた雨。秋雨前線が近く湿度が高い。運動して体温が上昇しても、発汗の気化熱による冷却は期待できない。要するに動けば蒸し暑い気候だ。ただし、スタートの下りは寒い。ウィンドブレーカー代わりの合羽を羽織る。
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 少し下ると、中島集落。それを抜けると、細見川の谷が広がり田園地帯となる。下り基調だが勾配は緩み、ペダルを積極的に回すようになる。体温が上がり合羽を脱ぐ。結局合羽はこれでお役御免。
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 国道9号線が近づくと、細見川の河岸段丘の田んぼの中の道へ。国道の走行を少しでも減らすためのショートカットを試みる。けれど川の近くまで下ったところで行き止まり。「こんなとこ、どこにも行けへんで」と田んぼの手入れをしていたお父さん。ショートカットが勇み足だったようだ。
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 府道709号線まで登り返す。府道手前に数本の栗の木があり、大きな毬が路肩に落ちている。中身は空だが。自転車を止めて写真を撮って、いざ再出発しようと自転車に跨ろうとしたとき足元が滑って自転車ごと転倒。落ち葉の下の泥か苔が濡れて滑りやすくなっていたようだ。
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 次の分岐を細見川方面に入れば、新田集落を通り国道へとショートカットできる道だったが、集落の中の道は難解で細見川を渡る国道の橋の下をくぐってしまった。結局国道に復帰できたのは府道709号線の分岐付近。結局いつもの国道の車歩道を行く。近くに高校の分校があるせいか、車歩道は自転車道といっていいくらいに整備されている。しかし、細見川を渡った東側の河内野(こうしが)集落沿いになると集落内からの細い道の合流により車歩道が分断される。というわけで、河内野集落の中の道を走る。もうクルマが多い国道とはお別れだ。
 これまでこの区間を走るときはゴール手前の夕暮れ時なので府道・国道をそれる余裕はなかったが、今日はスタート・ゴール地点を変えたおかげで集落散策ができた。この経験をへて、次回は新田集落から車歩道へスムーズにアクセスできることだろう(来年か)。
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 河内野集落から、箱部峠へ向かう府道710号線へ。全線でセンターラインがあり篠山方面へ向かう道にいずれ合流するのでそこそこクルマが通る。国道との分岐点周辺の兎原を越えると集落はほぼない。川沿いを南下していくと、そのまま京都・兵庫の府県境。すぐ先が箱部峠なのだが、峠が府県境ではない。それどころか、峠の両側とも桑原集落。そのくらいちょっとした峠ということか。雲の切れ間から日が差して、秋の里を照らしている。風に揺れる白いススキの穂、あかく実ったカキの実、赤や黄色に咲く花。いつしか晩秋の雰囲気。
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 箱部峠を越えた先の桑原で県道509号線へ。完全1車線で離合困難の道だ。この道は、この先で栗柄ダムの建設が行われていたため、2009年から2015年まで7年もの間通行止めだった。その間はこのコースを走れなかったわけだが、昨年久しぶりに走った。桑原を過ぎると集落はなく、細いうえに、この先の峠付近ではヘアピンカーブが連続するため、ほとんどクルマは通らない。自転車にとってはいい道だ。
 家が途切れ田んぼもなくなると、いよいよ山へと入っていく。山はほぼ杉の植林だ。現れた軽自動車と離合。これは珍しい。この道を通っているが、クルマに出会うことはめったにない。しかも山仕事の軽トラックではなく、乗用車だ。これは初めての経験だと思われる。
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 峠へ向かうにつれ勾配が増していく。そして峠付近は前述のとおりヘアピンカーブの連続する急坂だ。桑原からは200m、国道9号線からは300mの標高差を登り、標高400mほどの切通しの峠に到着。
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 峠を越え南に下る。すぐにため池。西紀ダム。そのすぐ下が栗柄ダム。その下に栗柄の集落がある。この集落には、栗柄ダムを経由する杉ヶ谷川と鼓峠からの宮田川が北東から南西に並行するように流れているが、前者は由良川に合流して日本海へ、後者は加古川に合流して瀬戸内海へと注ぐ。つまり、この集落の中に日本の中央分水界がある。「分水嶺」という言葉があるが、山の尾根によって分けられた分水界のことを言う。それに対し、この栗柄は、「谷中(こくちゅう)分水界」である。それだけでもかなり珍しいのだが、集落の西側の栗柄峠がまたかなり個性的。なんと杉ヶ谷川の流れが栗川峠を越えている。
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 その杉ヶ谷川に沿って県道69号線を西へ。登りが全くないまま篠山・丹波の市境の看板に到着。川を見下ろせば、丹波市側は突如急流となり川床がはるか下に見える。近年大規模な拡幅工事が行われた県道は、開放的で丹波市春日町や多岐連山から西に延びる山並みを望むことができる。しかし、その新しく開放的な道も中腹で林間の閉鎖的な道となり、工事用の信号に止められる。拡幅工事はまだ続いている。
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 工事区間を抜け再び新しい道に出ると、右に集落や田園のある谷を見下ろすようになる。その谷底へと降下する道へ。やがて新しい道と合流するのだが、できるだけ集落を走るほうが楽しい。栢野、広瀬、松森と秋の里を行く。立派な構えの農家が多い。壁が朱色に塗られている古い家がみられる。
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 県道709号線で北、そして北東方向へ進路をとる。下三井庄(しもみのしょう)から、上三井庄と三春峠へ向けて進む。県道と書いたが、できるだけ集落の中の道を行く。夕暮れが迫り、曇天がさらに暗くなってきた。これから目指すは、本日最後にして最大の峠だが、もうこれを越えるだけとなると気持ちは楽になる。一心にペダルを回すのみ。
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 やがて田園や集落が広がる谷の奥にたどり着き、山間部へと入る。林間のためさらに薄暗くなる。黙々と進むのみ。先ほど越えた県道710号線の峠よりも標高は高いが、勾配は緩い。走りやすいいい峠だ。丹波の国には、こうした優しい峠が多い。
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 峠が近づくと展望が開けた場所がある。春日の平野部が見下ろせる。対岸の山の中腹には舞鶴自動車道。ヘッドライトの光が行き交っている。先ほどわずかに霧がかかった区間があったが、高みに登りついたら小さな雲の塊が自分よりも下に見える。幻想的な風景だ。
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 標高450mの峠に到着。麓から標高差300mほどを登った。ここで京都府に復帰。さあヘッドライトを灯して下ろう。少し下ると京都府側の展望ポイント。はるか下に街灯の明りと家が見える。あそこまで下るんだ、とその距離と標高差に初めて来たときはおののいたが、下りだからあっという間なのである。
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 実際あっという間に下った。先ほど見下ろしたのは、田ノ谷でほんの数軒の家だが、トタンに覆われた茅葺葺きの立派な農家も見られる。集落のあたりは比較的平坦だが、その先下り勾配が増し狭い谷となる。すぐにクルマを止めた広場へ到着。
2017年10月中旬、14:27~17:49、約38km

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2017/10/15

今年は多いよ

 去年は少なかったけど、この秋は枝が垂れ下がるほど柿の実が多い。こりゃあ大変だ。熊も出るし、みんなに配って回らないと。
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2017/10/10

秋晴れの丹後半島一周

 シーズンに一度は走らねばならぬ、と思っている丹後半島一周だが、いつの間にやらもう10月。ゴールデンウィークから何度も狙っていたのだが、ここぞという日は天気がいまいち。前日の晴れ予報に心を決めていたのに、朝起きるとうっすら曇っている、ということの繰り返し。空が澄み海が青い時に走らないと値打ちが半減する。そのうち蒸し暑い夏がやってきて、自転車に乗る気が失せる。しかも天候不順。待望の9月がやってきたが、また5月のようなことの繰り返し。そして、9月30日、二つ前の記事「今はもう秋」に書いたとおり機会を逃してしまった。やはりその記事に書いたように、9月は土曜または日曜に仕事がある週が多かったのも事実だが、加齢とともに休日をだらだら過ごすようになってしまったのもまた事実。
 翌週は、土日と体育の日で三連休。泊りがけで出たかったのだが、あいにく初日が雨予報。実際には朝のうちだけで止んだのだが、それでもすっきり晴れてくれなきゃやだ。ということで見送り。今シーズンは、いまだ遠征なし。寂しいけど、天気はどうすることもできない。雨や霧では楽しくない。楽しむという目的は達成されない。現地での予定変更もまた同様。すると心残りが発生し、リベンジを企てることとなる。遠征には費用も労力もかかる。例えば、信州方面に2泊3日の遠征を組めば、交通費や宿泊費で3万円はかかる。今月行っていまいちだったから来月また行こう、というわけにはいかない。満を持して、行動を起こそう。
 遠征がダメなら、別の懸案である丹後半島一周をこの3連休に決行しよう。連休初日は、朝のうち雨でその後曇り。寝たきり生活。遠征しようと思っていた地をインターネットのライブカメラで見ると、昼前まで雨で、その後、霧。踏みとどまって正解だった。
 そして連休中日。まずまずの天候なのに、だらだら過ごしてしまった。やはりちょっと雲が多めだったのと、この日は地域の秋祭り。各集落で、神輿や屋台が練り歩き、迂回せねばならない場面があるかも知れず。ちなみに、私の住む集落は、かつては神輿を担ぎに出なければならなかったが、今は子どもの屋台だけになった。
 そして、連休最終日。朝起きると日が射している。予報は前日に曇天に変わり、諦めかけていたのだが、青空が広がっている。というわけで、今シーズン初、生涯通算46回目の丹後半島一周が始まった。
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 9:45、ランドナーで京丹後市弥栄町の自宅を出発。まずは、竹野川の流れに沿って北上。国道482号線を避け、農道などクルマの少ない道をつないで行く。それにしても暑い。下半身は7分丈のズボン。上半身はTシャツの上に半袖シャツ。いつか脱ぐと思っていた半袖シャツを、走り出して30分で脱ぎ、もう着ることはなかった。はじめから着てくる必要はなかった。携行する飲料水は2L。ウーロン茶のペットボトルをフレームに装着。
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 京丹後市丹後町に入ると、小学校が賑やか。地域の運動会が行われている。祭りは京丹後市全域だが、運動会は旧町ごと。先ほど通過した集落の公民館には飾りつけを外した神輿が置かれていた。宵宮を含め2日間にわたる秋祭り、そして運動会と大忙しの3連休だ。
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 細かい藁が散乱した田んぼが見られる。先月の台風の爪あとだ。
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 竹野川河口付近にある道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。予想通りグループにソロのサイクリストの姿が見える。すべてがロードレーサー。ここ数年でその数がかなり増えた。同じ自転車乗りとして共感できる部分もあるのだが、一方でランドナーに乗ったツーリストからすると、全く異なる種族のようにも感じられる。走るペースや距離も違うのだが、それ以前に走る目的からして違うようだ。インターネットのブログやSNSにも自転車関連の書き込みが多くみられるようになったのだが、参考になる情報が掲載されたものや、読みごたえのある内容のものが非常に少なくなった。食レポに例えれば、「こんなにたくさん食べた」「おいしかった」というだけ。後は、自撮りで自分や仲間の姿を映した写真が並べられている。別に否定するつもりはない。表現の自由である。だた、味が再現できるような食レポ(ツーリングレポート)に、私自身が勝手に魅力を感じているということだ。
 そのあとは、国道178号線で海岸線を東に向かう。海岸段丘へと昇る急坂の途中でも歓声が聞こえる。小学校としては数年前に閉校となったが、かつての校区ごとに開催される運動会の会場として使われている。
 海岸段丘へと昇ると、15台ほどのロードレーサーの団体とすれ違った。脇目もふらぬ高速走行。
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 海にそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。見ものなのはその岩だけでなく、その周囲の海の美しさだ。北に面した海は、冬は北西の風により荒れ狂うが、夏場は穏やかで、底の砂は白いので、美しく透き通った青色となる。これが見られるかどうで、値打ちが変わる。今日は、ばっちりだ。水平線の手前に、豪華客船が見える。舞鶴港に立ち寄るクルーズ船の一つなのだろうか。(後日の新聞記事によれば、まさにその通りだった)
 しかし、このあたり赤く枯れた松が目立つ。かつては屏風岩のてっぺんにも一本松が生えていたのだが、20年ちょっと前に枯れてしまい少し味気ない姿になってしまった。
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 定期観光バスが止まり、乗客に周囲を囲まれたので、そそくさと脱出する。犬ヶ崎トンネルを抜けると、丹後松島が見える。松島のような風景ということだが、点在するのは島というより岩で、それも陸繋島だ。
 宇川の河口まで降り、対岸へ上り返すがすぐに下ってまた橋を渡り海岸段丘へと上り返す。その間に運動会が行われている小学校グラウンド脇を通過。丹後町の4会場のうちの3つをはしごした、そばを通っただけだが、というわけだ。
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 スーパーマーケットでパンを買って、経ヶ岬方面へ。自衛隊の駐屯地、そしてXバンドレーダーの米軍基地を通過。それらは国道より海側にあるのだが、内陸方向の見上げる山の頂上には自衛隊のレーダーサイトが見える。
 そして、近畿最北の集落、袖志を通過。ここは丹後半島の北岸には珍しく海のすぐそばにある集落だ。国道を隔ててすぐに海。海岸段丘がなく、背後が山という低地に集落がある。穴文殊、そして自衛隊と米軍基地のある小さな岬が北西の季節風と波を少し防いでくれるようだが、防波堤とテトラポットの様子からも、厳しさはうかがい知れる。もちろん、今の時期を含め南よりの風が主体の夏場は穏やかな海である。
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 そして登りが始まる。近畿最北の今日が岬灯台への分岐を経て、経ヶ岬隋道(現地の表札には「白南風(しらばえ)隋道)を抜けると、青い海が広がる。カマヤ海岸だ。断崖の標高100m程のの位置に道路がつけられ絶景だ。左側通行で全体を通して海の景色を堪能でき、枝道の分岐も少ないのに加え、このカマヤ海岸を下り基調で快走でき海の上を飛ぶような気分が味わえるのが、時計回りの半島一周の魅力である。
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 観光客の自動車、オートバイは多いが、屏風岩の手前以来自転車は見ない。
 甲崎を越えて蒲入(かまにゅう)集落を見下ろす。北西の風と波を甲崎が防いでくれる蒲入は海に近い漁港の集落だ。2年前までは、ここからちょっとした峠だったが、トンネル開通により、カマヤ海岸から本庄浜まで下り基調でいける。
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 この後少し内陸部に入る国道を本庄宇治で左折、府道623号線に乗り換え本庄浜へ。筒川河口にかかる橋のたもとに、ソロサイクリストが佇む。自転車は、小径車だ。「こんにちは、BD-1でここを走るとはすごいですね」と声をかける。国道をそれたこの海沿い路線は、丹後半島一周の中でトップクラスの絶景ポイントと思っている。
 けれども国道一直線のサイクリストが多い。しつこく食レポにたとえれば、大味でたくさん食べられればいい、ということなのだろう。
 だから、この路線で出会うサイクリストには、親しみを感じてしまう。コース選びだけでなく、自転車にも独自の創意工夫が見られる。いまどき自転車といえばロードレーサーという中で、ブレないこだわりが見受けられる。お互いの自転車のオリジナルの変更点を述べあい、感心しあう。
 特に、ある工夫には驚かされた。他人のことなので具体的には書かないが。私の所有する折り畳み小径車でも考えたことだが結局断念したことに、そんな解決方法があったとは。ただし、正直に言ってそれはスマートな方法とは言い難く(すみません)、アイデアを真似ようとは思わないのだが、発想の転換というか、柔軟で自由な考え方には脱帽するばかり。既製品に頼るばかりでも、他人のアイデアを真似るばかりでなく、自分で作り出す姿勢が素晴らしい。
 また、20年近く前からGPSレシーバを導入し、高価な日本語モデルではなく底辺モデルを選び続け、国土地理院が公開しているデータをフリーソフトで変換して無料で地図を利用していることも同じ。さらに、インターネット以前にパソコン通信をしていたことまで共通していた。
 光ファイバーもADSLも普及する前の、今では考えられないほどの低速通信の頃、文字、つまり文章で書かれた情報が主体だった。パソコン通信は当然文字ばかりだし、インターネットも普及したての頃は写真等の画像はデータが重く読み込みに時間がかかるため、Webページには小さな写真が少しだけ張られ文字がぎっしり、というものだった。
 だから、当時のパソコン通信の自転車フォーラムには、読んでいると味がしてくるような食レポならぬ、自分が走っているような気分になるツーレポがたくさん上がっていた。
 ああ、まだこういう人が生き残っているんだな、ずっと話し続けていたい、という気持ちを振り切って別れを告げる。彼は、輪行で天橋立駅スタートで網野駅ゴール。つまり、私とは逆方向だ。
 さて、私は本庄浜の海水浴場に寄って、先程買ったパンを食べる。波打ち際で遊ぶ家族連れが遠巻きに見える。
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 食べ終わったら、厳しい坂道に挑む。まずは野室崎。出だしが特に急坂だ。フロントインナーよりも大きい超低速のローギアが組まれたリアスプロケットを装着しているので、とにかくゆっくり登る。夏の間緩くて短いコースしか走っていないので、穏やかに穏やかにペダルを回す。低速ギアのお陰で、標高差120mをノンストプで登り切った。青い海、冠島と沓島、若狭湾のリアス式海岸、青葉山、そしてこれから向かう新井崎(にいざき)が一望できる。
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 断崖に囲まれた入り江の泊へと下り、すぐに新井崎への登りとなる。標高差100m近くまで登ったら、道はいったん水平になり、やがて緩やかに新井の集落へ下る。そして、まただめを押すような登り。一つ一つは短いが、まさに登りの波状攻撃だ。
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 新井の漁港を見下ろしながら登り、小さな棚田の脇を行く。「新井の千枚田」だ。この府道623号線よりも、
大原集落へ向かう道を通れば千枚田の名前の通りのたくさんの棚田の景色を見ることができる。
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 標高130mのピークを越えたら、舟屋の集落に囲まれた伊根湾へと下って行く。私がまだ子どもだった30年余り前は静かな漁村だったのだが、その後注目を浴びるようになり、20年ちょっと前にNHKの朝の連続テレビ小説の舞台となり、さらにこの数年観光客を増やしている。元々は舟屋と母屋の間の中庭を連ねた通路を車道にした、狭い道に散策する人が行き交う。海外からの観光客もいる。また集落の途切れたところには大勢の釣り人。集落を迂回する道、そしてその道沿いに道の駅と大駐車場が設けられているため、狭い道を通るクルマは比較的少ない。観光客を避けながら、自転車を進める。
 伊根を抜け、宮津市の養老集落へ。集落に面した小さな浜がある。ここも美しい白砂の浜だ。
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 国道178号線に戻り、若狭湾を左に見ながら走る。こちらは南東に海が開け季節風の影響を受けないので波打ち際に集落が点在する。つまり、道は平坦だ。しかし、伊根と天橋立という二大観光地を結ぶ一本道なので、クルマが多い。ほとんど途切れない。5月の晴れの昼下がりには、内陸の気温上昇による対流により海風が背後から押してくれるのだが、今日は微風だ。そして、これまでのアップダウンのダメージで、脚がつり始めた。ああ、情けない。夏の間怠けたせいだが、根底には過労による体力の衰えがある。
 天橋立の北詰、府中に到着。いつもはこのまま最後の山越えに向かうのだが、今日は趣向を変えて、天橋立の松並木を渡って、京都丹後鉄道の駅のある文殊へ。歩いたりレンタサイクルに乗ったりして散策する人々に気をつけて進む。そして、シーサイド自転車道で阿蘇海をぐるりと回る。
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 この夏は天候不順で北海道ツーリングを断念した。近年北海道以外で、1日100km走ることはほとんどない。唯一のチャンスは、この丹後半島一周だ。でも普通に走れば80kmを少し超える程度。阿蘇海を回って少し距離を伸ばそうというわけだ。脚のつりをごまかしながら、ペダルを漕ぐ。
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 そして、与謝野町(旧岩滝町)男山から府道53号線へ。勾配は緩やかだが、このコースの最後にして最高地点へ向けての登りが始まる。当然脚つり祭りが始まる。何度も止って痛みを抑える。道路の両側を山に挟まれた狭い空は、いつしか曇天。予報通りの展開。もうここまでくれば構わない。青さの薄れた海はもう見えないのだ。
 延利(のぶとし)で一度緩やかに少し下ってから、久住(くすみ)へとまた緩やかに登る。気づけば頭上には再び青空が広がっていた。集落の中、コスモスなどの秋の花が鮮やかだ。天候に恵まれた一日だった。
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 旧大宮町と弥栄町の境が標高190mで本日の最高地点。その手前で2Lを飲み干した。数世帯の山間集落、堀越から待望の下り。これで、ペダルを漕がなくても貯めこんだポテンシャルエネルギーが家の2km手前まで連れて行ってくれる。
 等楽寺、外村(とのむら)を過ぎ、小さな登りを越えてゴール。これで88km。


 少し休んで、柿を収穫し、再び自転車にまたがる。今度はクロスバイク。お散歩コースを走ってこの日野トータルを100kmに乗せる。標高差50mに満たない小さな峠を2つ越えるコース。ここでも脚つり祭り。13km。
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 ついつい思い入れが余っていろいろ書いたけど、所詮私の方が異端分子。所有する8台の自転車にロードレーサーはなく、短文投稿サイトにつぶやきが行き交い、「インスタ映え」などいう言葉が流行るご時世に、サイズの小さな写真を貼り付けた長文記事を書いている時代錯誤人間。流行にあわせ、主流に乗れる人の方が、協調性もあり他者ともうまく付き合いまっとうな人生を歩めるんでしょうね。

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2017/10/07

中秋の名月から満月まで

10月4日中秋の名月
 天気が悪い日が多いが、この日は空模様に恵まれた。左側が少し欠けている。
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10月5日
 仕事帰りに天橋立から見る。栗田半島の上から、煌々と照らす。
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10月6日満月
 日中降り続いた雨も、夜には止み間も現れ、雲の切れ間から満月がのぞく。
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2017/10/03

今はもう秋

 前日の予報によれば9月30日の土曜日は晴れ予報で絶好の行楽日和。今シーズン未走の丹後半島一周を狙っていたが、翌日の日曜は舞鶴で仕事だし、同様の朝青空が覗いているものの雲が多めなのを理由に結局走らず。時間が経つほど快晴になり走り終えれば大満足となることはわかっていたのに。結局、半ば寝たきりの休日となってしまった。
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 10月1日の日曜は、朝7時にスーパーカブで家を出る。朝の天橋立は、誰もいない海。予想最高気温は27~28度とのことで防寒のアウターの下は半そでのシャツ。舞鶴までの1時間、途中霧が出ていた区間もあり、寒さに震えた。結局、その日の気温は25度未満。昼に仕事を追えて帰路に着く。アウターなしでは走れない。晴れ予報のはずが、現実は薄日の射す曇天。行楽シーズンだけあり、お昼の天橋立は観光客うじゃうじゃ。
 往路の途中、スーパーカブの前輪の空気圧が低いことに気付く。「パンクか!」と焦るが、さらに空気圧が下がることなく職場に到着。後輪は色々と気にかけているのだが、前輪はノーマークだった。確かにやや不安定だった。最近燃費が悪いような気がするのも、このせいだったかも知れない。溝が浅くなったりなくなったりして、交換しなければと思ってはいたのだが。
 家に帰ったら、早速タイヤ交換。もちろん、チューブとリムバンドも交換しておく。後輪と比べて、ホイールを外すのは簡単、と思ったらナットがかたい。結局、クルマのタイヤ交換のときに使う十字レンチを持ち出す。ほんの少し回すと、すぐ軽くなった。長いこと外していなかったので、固着していたようだ。携帯工具で対応しなければならない出先でのパンクがなくて良かった
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 ちなみに、前回前輪のタイヤを変えたのは6年前。その間26,000kmも走っていた。その時同時に交換した後輪タイヤは、以後2回も交換しているし、チェーン交換、スプロケット交換、パンクと、後輪は何度も着脱している。
 タイヤを外す時にはタイヤレバーが使えるのでいいが、問題はホイールにタイヤをはめる時。工具を使うと中のチューブを傷つけてしまう恐れがある。いつも苦労するのだが、今回スムーズにビードがリムに収まった。次もこのブランドのタイヤを買おう。タイヤ交換の所要時間は、30分ほど。だらだらやってこれなら結構早い(自分にしては)。
 ちなみに、スーパーカブ90には標準で、前輪も後輪と同じ太さ2.50インチのタイヤが装着されているのだが、間違えて2.25インチのタイヤを買ってしまった。自転車屋さんにきいたら、逆だと車体との干渉の可能性があるが、タイヤを細くする分には大きな問題はないという。安定感では太い方がいいだろうが、旧型を含め50ccのモデルや、現行の110ccモデルは前輪2.25。燃費向上の期待のほうが大きい。
 その後、自作自転車積載キャリアの調整をして、エンジンが冷めたので、今度はオイル交換。これも、少し前からの懸案だった。もちろんオイルの量だけは確認していたが。
 ドレンボルトを抜いて、劣化して真っ黒なオイルが出尽くすまでの間、自転車もいじる。ああ、色々片付いた。
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 まだ夕暮れまで間があるので、自転車にまたがる。稲刈りをしている田んぼがあった。周囲はもう一月前に借り入れを終えているのに。近くに酒蔵がある。酒米の田んぼかも知れない。日本海に出ると岩場に釣竿を持った人が点々と並んでいる。釣り人のいる海。
 自転車なら半そでに7部丈のズボンでちょうどいい。暑い夏場は、夕暮れ時に10km程走って満足していたが、この日は前日の晴天を無駄にした腹いせに、25kmほど走った。海沿いは冷え込みが緩いようで、ヒガンバナが結構残っていた。

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丹波の小さな分水嶺を越える(穴裏峠・榎峠)

 懐かしのコース再訪シリーズ。今回は1999年以来18年ぶり。福知山市街の西側、和久川に沿った国道429号線などで、兵庫県の丹波市青垣町へ行って戻ってくる周回コース。
 国道9号線の新庄交差点から、国道429号線へと分岐すると、ちょっと雰囲気が変わる。はじめは狭い道の両側に家が立ち並び、クルマの通行も多くて狭苦しい雰囲気だが、そのうち田園の中の開放的な風景となる。4kmほどで、国道429号線と府道109号線との分岐のある口榎原へ。このあたりにクルマを止めたいのだが、なかなか適した場所がない。田舎なのでどこにでも止められそうなのだが、民家のそばに止めるわけにはいかず、農道をふさぐわけにもいかず、店や施設の駐車場に勝手に止めるわけにもいかず、決断がつかない。18年前は、額塚集落の対岸の武神社にとめたのだが、周回からずいぶん外れているのであまりよくない。結局、談の集落を過ぎ、山間部へと入りかけた国道429号線の路肩に広めのスペースを見つけて駐車。自転車を下す。前後の車輪と泥除けをつけて出発準備。
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 まずはクルマで来た道を引き返す形で談へ。そして、下り基調で口榎原へ。川沿いに大きな木が立っている。その川の流れは、なぜか白く濁っている。これから向かう奥榎原方面からの支流榎原川の水が濁っているのだ。
 集落を抜け、信号のある交差点から府道109号線を南下。すぐに登りとなり口榎原を緩やかに見下ろす高台を通る。どうやらこれはバイパスで、もし次があるならば口榎原の集落の中を榎原川沿いに通ることにしよう。
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 口榎原を過ぎると、榎原川の谷が狭まってくる。そして、少し開けたら奥榎原集落。川の中で重機が動いている。これが水の濁りの原因だった。先の、台風18号の復旧作業かと思ったが、それ以前から行われている護岸工事のようだ。考えてみれば、台風からまだ半月も経っていない。応急処置はすぐに行われるが、本格的な復旧工事が行われるのは数か月後であるのが田舎の現実だ。2004年10月の台風23号では、榎原でも浸水被害が出たと聞いている。つまりこの榎原川が溢れたのだろう。台風被害を受けての護岸工事が12年経ってまだ完了していないということなのか、台風被害とは関係なく工事が行われているのかは定かではない。福知山の中心街が水に浸かる被害が出た由良川本流の堤防の工事でさえ、完了しないまま9年後の2013年の台風18号により再び大被害を受けている。この山間の榎原川は、順序が後回しになり今に至る、ということもあり得る話だ。
 すでに護岸が完成している区間もある。のっぺりしたコンクリートでなく、石垣風にデザインされてはいるが、それでもやはり自然の川とは異なり味気ない。もちろん、通りすがりの他人が住民の安全に口を出すわけにはいかない。
 集落を抜け、田園も見られなくなり、榎原川から離れ、山間部へと入っていく。センターラインがなくなり、勾配もまし、峠越えの雰囲気が高まってきた。ただしこの道は、それなりにクルマの通行がある。多い、というほどではないが、それなりに。左カーブに差し掛かったところで、クルマが追い越しをかけてきた。そこへ対向車。しかも、カーブを内回りしてくる。あわや正面衝突だ。特に西日本に多い、先の見通すことがのできない下手なドライバーの典型だ。18年前は、峠の手前で道路が崩落していて通行止。自転車なら通れる、と強行突破を試みたのだが、道路が完全に崩れ落ち、山側の側溝の、普段は土の中にあるはずの裏側が露出している状態。気に掴まりながら法面に足をかけ、宙ぶらりんの側溝を軌道の様にして自転車を引きずってクリアした。18年前のツーリングレポートを見れば、夏に何度か豪雨に襲われて、あちこち被害があったとのこと。その日は、通行止の開始つまり崩落から1週間あまりしか経過していなかったので、工事は始まっていなかった。麓の通行止の案内では諦めきれず、バリケードの手前までやってきてUターンしていくクルマは何台書いたものの、普段より交通量が少なかったことは間違いない。
 そのバリケードがあった豊富用水池入り口を通過。18年前の記録には「ロックフィルダム」とあるが、今回は確認に行かなかった。
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 もくもくと登り、用水池を見下ろすようになる。カーブが連続する、そこそこの急勾配だ。夏の間、平坦なルートしか走っていなかったので超低速ギアを使って切り抜ける。
 カシミール3Dの地名データベースによれば、穴裏峠の標高は333mとなっている。まだ100m登らねばならならいはずなのに、そんなに登ったら稜線に届いてしまいそう。トンネルで越えるはずなのに。
 カーブを越えるとトンネルがぽっかり口を開けていた。地名データベースの標高値は、トンネルではなく旧峠、つまり稜線の標高を示していたようだ。ちなみに、GPSレシーバやカシミール3Dを使い始めたのは16年前の2001年なので、18年前の走行ログはない。
 ちなみに、トンネルの表札には「穴の浦隧道」と記されている。国土地理院などの地図には「穴裏峠」で漢字が異なっている。いずれの漢字でも読みは「あなのうら」とのこと。
 耳を澄ませトンネル突入のタイミングをはかる。峠道は谷の中の九十九折れなので、エンジン音が聞こえてからでもクルマがトンネルに到達するまでまでは結構な道のりなのだ。
 クルマのエンジン音が聞こえないので突入。トンネルの長さは200m程。一気に駆け抜ける。
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 トンネルを抜けると、兵庫県丹波市。旧青垣町。この峠は、府県境であり、由良川水系から加古川水系へと分かれる中央分水界である。と言ってもすべては旧丹波の国の中のお話。また、丹波市の中でも、青垣町の東に位置する市島町は由良川水系である。日本列島の背骨といえる中央分水界を大胆にまたいだ自治体が存在するのは、今も昔もこの丹波地区くらいのものである。
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 青垣町の平野部へと向けて下る。いくつものカーブを経て、芦田川の流れる谷底へと下り、東芦田へ到達する。コスモスなどの秋の花の咲く、中山間地の集落だ。ヒガンバナはすでに残り花の状態。日本の脊梁にしては低いとはいえ、標高は100m余りで日本海沿いの丹後よりは冷え込みが強く、秋の花も早い。
 広々とした田園が広がる青垣町の中心の盆地へ。青空も広がり、開放的な風景だ。芦田川は加古川へと合流した。幹線の県道7号線を避け、農道を行く。十分な幅があり、まっすぐな走りやすい道のためたまにクルマが通るが、稲刈りを終えた田んぼに囲まれた静かな道である。
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 田園地帯から加古川沿いを走るようになる。道なりに行くとやがて県道7号線へと合流してしまうので、その手前で軌道修正。舞鶴自動車道の下をくぐり、加古川の支流、遠坂川沿いの道を行く。土手にはヒガンバナが群生し、川の中にサギが佇む。午後も遅くなり、日が傾いてきた。夕暮れまではまだ時間があるが、秋の日は低い。
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 国道427号線と分かれ、単独区間となったばかりの国道429号線に突き当たった。これを右折し、榎峠を目指す。左前方にはパラグライダーの練習用斜面が見える。振り返れば岩屋山。アンテナを頂く車道が通じた山で、標高700mからパラグライダーがテイクオフする。
 しばらくはセンターラインのある普通の田舎道だが、平野集落(中佐治の小字)にかかると国道429号線はその本性を見せる。左に分岐する道に対して「←福知山」と大きな案内板に記してあるが、集落の中心に直進する道と比べて信じられないほど細い。いわゆる狭隘道路の酷道なのだ。いきなり集落の中のヘアピンカーブ。離合困難、大型車通行不能。
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 小さな集落を抜けると、薄暗い杉の植林の中へ。道は曲がりくねる。クルマは皆無と言っていい。実際、福知山側の集落手前で一台であっただけだった。ただし、近くを舞鶴自動車道が通っているので、音だけは聞こえる。「声はすれども姿は見えず」というやつだ。展望こそないが、勾配も適度で、のんびりと走れるいい峠だ。
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 標高290mほどにある切通しが榎峠。こちらも不県境で中央分水界。
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 さあ京都府側の下りだ。傾斜地にある法用集落を抜けると、駐車ポイントはもうすぐ。
2017年9月下旬、14:40~16:55、約28km

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2017/10/02

丹波三岳山南麓周回

 昨年の晩秋には17年ぶりのコースを走った。綾部市を起点とし、長宮峠とその西の峠を越えて旧三和町や福知山を周回した。また今年も久しぶりのコースを走ってみる。
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 福知山のJR山陰本線上川口駅の北、牧川の対岸から国道426号線を少し北上したところの路肩の広いスペースにクルマを止めて、自転車を下す。ランドナーに前後輪と泥除けを装着し準備完了。まずは国道から南東方向に分岐する道へ。小さな峠を越えて夷集落を通過、府道528号線へ突き当ったら左折、北上。下大内、上大内と中山間地の集落を見送り植林へと入り、またも小さな峠を越えて大呂へ。どん突きを左折。谷に点在する集落を縫って北東へ。進むにしたがって、両側の山が迫り谷が深くなっていく。中村(国土地理院の地図に記載されている集落名、「大呂」あるいは「喜多」の小字か)までは、センターラインのある立派な道が続いているが、その先1~1.5車線のやや細い道となる。同時に、上り勾配も増す。
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 このコースを走ったのは17年前の2000年9月。そのときは、熊野神社の分岐を左折、西進したが、今回はさらに北上を続ける。しばらくは集落もなく、かといって山林の中の区間はそんなに続かず、道路の周囲には明らかに整地された平らな土地がみられる。休耕田と思われるものもあるが、中にはおそらく家などの建物が建っていたのだろうという広場もある。
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 道が大きくうねり、見安(国土地理院の地図に記載されている集落名、「上野条」の小字か)に至る。広々とした棚田の中に家々が点在する斜面集落だ。そびえる山の斜面から木造の家屋が見下ろしている。
 棚田の中をうねうねと蛇行して登り、等高線に沿った道へと突き当たる。これを右折してすぐに御勝八幡宮。で、そのすぐ先が峠になっている。丁字路から峠までは100mもなく、峠のすぐ先は上野条集落。
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 上野条集落も斜面に家々が点在している。見安は集落の下を道が通っていたが、こちらは両側に家々があり、見下ろすアングルも楽しめる。また、底の見えない谷を隔てて、大江山連峰の最高峰、千丈ヶ嶽が見える。今いる上野条は、大江山に対峙する三岳山の中腹だが、その三岳山の山頂は見えない。
 そのまま進んでいくと、国道176号線の坂浦トンネルの南の下野条へいく。幹線国道は走りたくないので、すぐに峠に引き返す。そして、御勝八幡宮に参拝。
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 先ほど上ってきた道を左に見送って、丁字路を直進。ほぼ等高線に沿った道を南下する。大字は「上野条」から「喜多」となったようだ。集落のはずれに、ログハウスがある。別荘かもしれない。
 熊野神社の分岐からの道を合わせ、徐々に道は下り始める。戸倉も傾斜地の集落。激しく下っていく。いつしか谷底に下り、さらに佐々木の谷へと合流する。この谷は、国道426号線が通る。国道176号線ほどではないにせよ、こちらもクルマが多い道なので、佐々木川の左岸、つまり国道の対岸の集落をつなぐ道を南下する。
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 夕暮れの里を行く。秋らしくなってきた。日尾野集落の手前に橋を渡って国道へ。そのまま左岸を進んだほうが静かに走れるのだが、日尾は少し川から離れている。河岸段丘へと登らされることを避けた。帰宅してから詳しい地図を見ると上流側からならば、大した登りはなかった。次があるならこちらを通ろう。
 下り基調の国道を飛ばす。すぐにクルマを止めたポイントに到着。
2017年9月中旬、16:20~18:15、約19km

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