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2017/03/31

動画でございます、くらます

 林道に降りてからのシーン、酔わないようにお気を付けください。
※4月6日、動画差し替え。


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栃木県那須高原の高校山岳部雪崩事故

 痛ましい事故がまたも起きてしまった。栃木県の高校山岳部の合同春山合宿で、48人の生徒や教師が巻き込まれ、そのうち8人が死亡した。

 NPO法人「日本雪崩ネットワーク」による過去25年間(1990/91-2014/15)の統計(http://www.nadare.jp/assets/cms/Fatalitydata_25years.pdf)によれば、日本国内の平均で1シーズンあたり事故5件、犠牲者9人とのこと。大きな事故が起こればそれで跳ね上がるのだが、1件の事故で8人が亡くなるというのは大変な惨劇である。ちなみに統計の25年間のトータルで、栃木県の雪崩による死者は4人。
 学校や県教育委員会側のコメントは、「経験豊富な引率教員が安全だと判断した」とのこと。要するに「想定外」と言いたいのだろうが、こういう場で使うことに悪いイメージが付きまとうようになってしまったのであえてその言葉を避けているような印象だ。
 また、一言で経験豊富と言っても、何の経験が豊富なのか、という疑問が付きまとう。
 ちなみに、被害者の出た大田原高校のWebサイトの山岳部のページ(http://www.tochigi-edu.ed.jp/otawara/nc2/?page_id=92
)をみると、以下の通り。

----------------------(引用開始)----------------------
県大会
インターハイ予選会(第1位のみインターハイ出場) 8連覇中
関東大会予選会(第6位まで関東大会出場) 3連覇中
新人大会(上位大会なし) 3連覇中
-----------------------(引用終)-----------------------

 最新の情報では、県大会9連覇中とか。一般的なレジャーとしての登山という面だけではなく、大会を目指す体育会系の部活という面も併せ持っている。しかも県内での強豪校。大会出場を見越した登山競技の比重が大きかったのではないか。ちなみに、山岳部のページにこんなことも記述されている。

----------------------(引用開始)----------------------
夏山合宿
平成27年 白馬岳(2932m)第26位  富士山(3776m)日本一
平成26年 槍ヶ岳(3180m)第5位 北穂高岳(3106m)第9位 富士山(3776m)日本一
-----------------------(引用終)-----------------------

 合宿で訪れた山が日本で何番目に高いかということまで書かれている。この原稿を書いた人は、おそらく顧問の教師だろうが、順位へのこだわりが強いように思われる。などというのは穿ち過ぎた見方だろうか。

 ところで、インターハイの登山競技とはどのようなものか。新潟県央工業高校山岳部OB会(http://mtob.sakura.ne.jp/pages/ih/index.html)のサイトに次のように記されていた。

----------------------(引用開始)----------------------
1.安全に登山することのできる体力と歩行技術がある「行動」…40点
2.しっかりとした装備を準備・携行する「装備」…10点
3.テントの設営などを協力して効率よくできる「設営・撤収」…10点
4.カロリーなどを考えた献立で炊事する「炊事」…5点
5.天気に関する知識の習得・天気図を書く「気象」…7点
6.登る山について知る、地図を読むことができる「自然観察」…8点
7.計画を立てる、事後に役立つような行動記録をとる「計画・記録」…10点
8.けがや病気の場合の救急の知識、対処法、医薬品を備えておく「救急」…5点
9.自然に対するマナー、仲間との協調性を持っている「態度」…5点
-----------------------(引用終)-----------------------

 いわゆる「山岳レース」ではなく、総合的な観点で評価されるようだ。審査員は出場者に同行したり、待ち受けたりして、安全で的確に行動できているかを常に監視しているとのこと。また実技だけでなく、筆記試験もあるそうだ。
 ただし、これがは競技であり実際の登山と全く同じということはあり得ないと個人的に思う。強いて言えば、受験英語と実用英語は必ずしも一致しない(無関係ではないが)、と同じようなことがあるのではないか。
 例えば、3.のテントの「設営・撤収」は、同じテントで競わねば競技にならないわけで、当然最新モデルであるわけもなかろう。「時代遅れのテントをストップウォッチでタイムを計られながら、しわなくきれいに張ることを競った」という経験者のコメントもある。
 さらに、高校生が行う競技であるので、もともと安全が確保された状況で行われていることは間違いない。
 そして、上記登山競技は夏山でのもので、雪山では行われない。夏山と雪山は別物で、特に雪崩などは独自の知識や技術(危機管理など)が必要である。経験豊富な顧問は、雪山の経験も豊富だったのだろうか。

 ニュースを見て驚いたのは、「周囲には埋まっているとみられる数人の顔や手足が雪の上に出ているのが見えた」という那須山岳救助隊の副隊長のコメント。雪崩事故が起きてから通報までに1時間ほどがかかり、救助隊が到着したのはさらにそのあと。雪崩事故での死因で最も多いのは窒息死。前出の日本雪崩ネットワークの講演「アバランチナイト」によれば、死因の65パーセントが窒息。さらに埋没時間15分で生存率80パーセント、30分で50パーセント。救助隊が来るのを待っていてはだめで、即座に自分たちで救助活動を行う「セルフレスキュー」が必須である。
 ニュース等では、ビーコン等の装備を持っていなかったこととについて批判が集まっているが、それ以前の問題である。顔や手足が出ていればビーコンはいらない。それでも掘り出していないのだ。

 ところで、一言で窒息といっても雪の中に空気が存在していないというだけではない。たまたま顔の周りに空洞ができて空気が存在しても、胸や腹を圧迫されるとあばらの筋肉や横隔膜で肺を膨らませることができず窒息する。腹が出た人は前かがみになると息苦しい、ということもこれにあたる。
 ちなみに、昨年1月のNHKスペシャル「震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜」では、阪神淡路大震災の犠牲者のうち多くは倒壊した家屋や家財道具で胸や腹を圧迫された窒息死であった、とのこと。ちなみに「もしものとき.com」(https://moshimonotoki.com/item1341/)のサイトにそのことが記述されている。

----------------------(引用開始)----------------------
死亡原因は窒息死だった
 地震発生から1時間経つと、当日死亡者の約75%にあたる3,842人が死亡しました。その死因は7%が焼死、90%は倒壊した建物の下敷きとなった圧迫死で、さらに検案書の記録から詳しく調べると、即死を意味する圧死は8%にすぎず、61%にあたる2,116人は窒息死でした。
-----------------------(引用終)-----------------------

 大雪のためあらかじめ計画していた那須岳への登山を中止せざるを得ず、だからと言って何もしないのではなく、何か代わりのことを、と考えたのだろう。生徒だけでなく合宿への費用負担を含めた保護者のサポートに対して答えなければならないという思いがあったのかもしれない。
 ただ、指導経験豊富な教師が、雪山に対するリスクマネジメントやセルフレスキューの知識や技術も豊富だったかどうかはわからない。

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2017/03/29

ホワイトくらます西面滑降

■くらますでございます(山の名は)
 その珍しい山名のせいで、ずっと前から存在を知っていた「くらます」。意識したのは去年、2016年2月11日。快晴の氷ノ山三ノ丸から南方、兵庫・鳥取・岡山の三県境をなす山々の中の峰のひとつに立木のない真っ白な斜面が見えた。スキー場? 方向からして「ちくさ高原」?
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 帰宅後、調べてみるとその山が、「くらます」だった。
 いつか登ってみたい。そして、その真っ白なオープンバーンを滑ってみたい。
 そして雪に恵まれた今シーズン、決行することとなった。
 急斜面と藪のため、登山道は整備されていない。南北に伸びる山頂稜線上の標高約1000mの小通峠(こどれとうげ)に舗装林道がしかれている。くらますは小通峠の北方にある標高1282mであるが、その間には標高1137mの高倉、そして1144mの無名ピークがあり、藪の中のアップダウンを越えなければならない。というわけで、藪が雪に埋もれた冬場の入山する人の割合が多い山だが、小通峠への林道は当然除雪されておらず、西または東の急斜面を登ることとなる。東は、国道29号線沿いといってもいい加地集落から、未除雪の加地林道を延々とたどらねばならない。西は、麓の吉川集落までクルマで入ることができ、積雪期の入山口としてはこちらが主である。
 というわけで、吉川集落からの入山と言うことで計画を練る。標高差は700mあり、登りの遅い私ではラッセルでの登頂は難しい。ということで残雪期を狙うことになる。3月初旬にチャンスがあったが、ボーっとして逃してしまった。そのあと2度ほど寒の戻り。ようやく雪が落ち着いたのが3月下旬というわけだ。
 相方は、2年前に一緒に三ノ丸からくらますを眺めた、すうさん。今シーズンは、ちょうど1ヶ月前の大江山以来の同行だ。 
■おはようございます、くらます
 3月25日5時20分、京丹後の自宅を出発。豊岡市の但東、出石を経由して、7時に養父市大屋町ですうさんと合流。若杉峠、戸倉峠を越えて鳥取県若桜町へ。道の駅「若桜」でトイレ休憩を入れ、岩屋堂へと引き返す。県道72号線を5km南下し吉川集落へ。標高500m程の山間部にあるが、なかなか大きな集落だ。世帯数は30以上ありそうだ。
 途中の戸倉峠の兵庫側などは路肩にまだ1mを越えるような積雪が見られたが、鳥取県に入り周囲の山々を見上げながら「雪はまだあるのだろうか」と不安を感じていた。しかし、吉川に近づくに従いその不安は薄れていった。そして、集落の一番奥の牛舎の先で、車道をふさぐ分厚い雪を見て不安は消え去った。
 固さなどの状態を確かめるために雪の上に乗ってみると、表面は凍てついているがすぐ下の層は緩んでいてツボ脚なら少し踏み抜く。曇天で放射冷却は起こらず、冷え込みは緩めだった。しかし、スキーならラッセルはないだろう。雪から降りたところで転倒。雪解け水が凍りついたブラックアイスバーンとなっていた。
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 今日除雪作業をすることはないだろうが、それでも除雪作業の邪魔にならないように少し間をあけ、もちろん牛舎に出入りする人の邪魔にならないような位置を考えて路肩に駐車。ちなみに我々の1台のみだ。
■おじゃまします、くらます
 出発の準備を整え、雪に埋もれた車道を歩きだす。すうさんはシール、私はステップソールで。当然もう民家はないのだが、すぐに山に入るわけではなく、少し開けた谷には田んぼがあるようで、農作業や山仕事の関係と思われる納屋が見られる。道路のわきに「県管理はここまで」という意味の標識があった。この先は県道でなく沖ノ山林道ということか(もっと先まで県道として表示された地図もある)。その辺りの木々の切れ間から山が見えた。くらますだ。よし、白い!
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 足元の雪面には、ツボ脚、スノーシューまたはかんじき、そしてうっすらスキーのトレースが見られる。スキーは下りのものとみられる。
 谷が狭まりいよいよ山に入り、沖ノ山林道はカーブを繰り返し標高を上げていく。ヘアピンカーブの先端から飛び出しているのがヘンブ谷川沿いの林道。こちらへと入り込む。下りとみられる2人分のスキーのトレースがついている。雪面が凍てついていてステップソールのグリップが弱い。踏まれていないところの方がいいかと路肩に寄ったら、側溝の落とし穴に落ちた。脱出に体力を消耗した。
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 ヘンブ谷川に沿ったダブルトラックは、蛇行の振幅は小さく結構な勾配で直登に近く登っていく。この谷の周辺は、くらますの麓で最も勾配が緩い。いたるところに植林があるので、山の周囲からいくつもの林道が山腹に伸びているが、ヘンブ谷以外は蛇行が激しく距離がかさんでしまう。また下りでも勾配が緩く板が走らない。その点、今歩いているヘンブ谷川の林道は、むしろ下りでのスピード出すぎが心配になるくらいの勾配がある。距離、標高差の両面で最も山頂に近い吉川集落までクルマで入れることと、このヘンブ谷の林道があることが、積雪期にこのルートでの入山が一番多い要因である。
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 さすがに雪解けも進んでいて、コンクリート舗装の路面が顔を出している箇所がいくつかあった。なんとか雪がつながっていて、板を外すことなく進むことができた。
 砂防ダムを越え、勾配が急になってきたところで私もシールを装着。もう雪の切れ目はない。
■急登でございます、くらます
 標高800m付近が林道終点。さあ、ここからは道がない。スキーアイゼンを装着し、スキーの下りトレースにいざなわれるように斜面にとりつく。林道をたどってきたわけだから出だしは植林だ。しばらく登ると植林は終わり、比較的なだらかな雪原に出た。ここは楽しく滑れそうだ。朝は曇天だったが、いつしか青空が広がり、とても明るい雰囲気。期待を胸に上る。さらに行くと落葉樹の疎林となり、ここも十分ツリーランが楽しめる感じ。
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 先ほど道がないと書いたが、国土地理院の地図には林道終点から深い谷に破線が描かれている。我々が登っているルートはその破線の北側。谷の南側は植林。当然自分たちが今いる方が滑降に適しているので、登りでこちらにトレースを目印として付けていくのは正解だろう。スキーの先行トレースはさらに北方に消えていった。我々は、くらますの頂のすぐ南の稜線に向けて直登していくことにする。結局先行トレースを上部で見ることはなかった。
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 しかし、進むにつれて勾配は急になり、木々は密になっていく。振り返ると木々の合間に東山が見える。また周囲には大きな岩が見られる。ちなみに、くらます山頂にある三等三角点の点名は「天狗岩」だ。
 標高1000mを越えたところで正午となり、昼食の休憩。
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 登行を再開するが、勾配はさらにさらに増していく。木々の密度も濃く滑るのも快適ではなさそうだが、斜滑降できるだけの隙間はある感じ。登りでは、長い斜登行で大きくジグザグを描いていく。背後の景色にも変化があり、東山の左の稜線の奥に沖ノ山が顔を出した。
 稜線らしき斜面の端は見えているのだが、なかなか近づかない。あまりにも遅いので、先行したすうさんが、心配して降りてきてくれた。
 ようやく勾配が少し緩んできた。稜線が近い。大変な時間を要して、そして、どうにか稜線に到着。稜線歩きは勾配が緩く快適。東側の展望が開け、右後方に立派な山が見えてきた。このあたりの地理にはあまり詳しくなくてわからなかったが、山頂で地図を見たら三室山だった。さらに前方には大きな氷ノ山も見えてきた。三ノ丸が白い。
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 くらます東斜面に注目しながら山頂を目指す。昨年氷ノ山から臨んだオープンバーンが気になるところだが、稜線の両側に結構立木のない斜面があるようだ。
■ありがとうございます、くらます
 両側が切り立った狭い山頂、標高1282mに到着。雪庇に要注意だ。さすがに急勾配の山だけあって展望がいい。
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 そして立地もいい。兵庫県の標高ベスト3である、氷ノ山(1510m)、三室山(1357m)、後山(1344m)、そして鳥取県の東山(1388m)、沖ノ山(1312m)にぐるりと囲まれている。また沖ノ山の左手の奥には那岐山も姿を見せているし、現地では認識できなかったが東山と沖ノ山の間には遥かに大山を望むことができる。写真には辛うじてその山影が写っていた。
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 ただし、稜線は南北に続き、特に北方はすぐ近くに同じような高さの北ピークがあり、そちらのブッシュにより展望がさえぎられる。北方の扇ノ山はどうにかブッシュの脇に見えた。足元の雪の量が少ないと見えなかったかもしれない。
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 北ピークとの間の鞍部は結構急に見える。お目当ての北ピーク東斜面は目の前だが、もうそちらを滑っている時間はないので泣く泣く諦める。
 登りが遅くてごめんなさい。すうさんのペースなら十分北ピークの東斜面で遊ぶ時間があったはずなのに。まあ、登頂を果たしたのだから撤退ではないよね。
■滑ります、くらます
 シールを外し、登ってきたルートをたどる。狭いので慎重に。そして西斜面へ。重いザラメだが、何とかコントロールできる。最初は少し緩いので何とかターンできたが、急斜面になってくるともうダメ。斜滑降・キックターンを繰り返す。斜面が広いのが幸いだ。少し斜度が緩んできたらすうさんは果敢にターンをしているが、怖がりの私はキックターンに頼るしかない。
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■メリーくらます
 我慢の下りを経て、ようやく斜度が緩み木々が疎らになってきた。登りで楽しみにしていた斜面だ。ここで快適な滑りを堪能。お互いの滑りを動画に撮り合う。
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しかし、楽しい時間はあっという間に終わってしまい、植林帯に突入。何度も転倒。
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 そしてようやく林道に降り立つ。ヘンブ谷の林道は斜度があって板が適度に走る。ぐんぐんと下っていく。雪が切れかけたところを慎重に越え、あっという間に沖ノ山林道との出会い。こちらは斜度がなくて板が走らない。ほんのわずかに登りがあって、そこでステップソール板の本領を発揮するが、そのあとのごく緩い下りではステップが抵抗となり、すうさんのシュプールを拝借しているのに、あれよあれよと引き離される。そういいながらも下りは速く、農作業小屋などの建造物が見えたと思ったら、牛舎が見えてすぐに除雪の限界点。お疲れさま。
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 クルマにスキーなどを撤収して帰路に就く。お目当ての山頂北ピーク東斜面を滑ることはできなかったが、雪は十分あって、登りも下りもずっと板を付けたまま行動できた。滑りもそこそこ楽しんだ。まあ、楽しかったね。
■家に帰るまでがスキー登山です
 戸倉峠、若杉峠を越えて大屋ですうさんとお別れ。八鹿氷ノ山I.C.から北側の日高神鍋高原I.C.まで延伸し、今開通したばかりの北近畿豊岡自動車道を通って帰ろう。大屋・養父の旧町境手前の交差点を琴引トンネルへと左折していくクルマが多い。国道9号線および八鹿へのルートだが、この先の自動車道を使えばいいのに。と思いながら大屋川沿いの県道を進み、養父I.C.で南に向かうすうさんに続いて入線しようとしたのだが。北向き車線には入ることができない、ハーフインターチェンジだった。
 そういうことか。先ほど琴引トンネルへと向かったクルマの中には、八鹿氷ノ山I.C.へと向かうクルマもいたのかも知れない。ここまでくるともう自動車道の利用は遠回りになるのであきらめる。
 出石・但東経由が最速ルートだが、安いガソリン給油するために円山川沿いの一般道を日高に向けて北上。見事に空いている。ところが日高で、複数の消防車、救急車、ドクターカーに遭遇。いずれも血相を変えて叫びながら走っている。帰宅してから調べてみると、なんと自動車道開通直後に立て続けに3件の追突事故。南向きで1件、北向きで2件。そのうち北向きの片方は4台の玉突き。開通直後に、3時間の通行止め。
 自動車道に乗れなくてよかった。やはり、トラブルなく変えるのが一番大事。
■振り返ります、くらます
 この報告を書いていて気になったのは、スキーの先行トレース。下りのシュプールだったが、標高900mから下は我々が上り下りしたコースと同じだが、それより上は北方からトラバース気味に降りてきている。そして山頂付近ではトレースを見かけなかった。
 もしかすると北側のピークから直接下ったのかもしれない。
 我々が登頂した三角点のあるピークが最高点。そのすぐ北(直線距離400m足らず)のピークは、三角点より標高で20mほど低い。その分広くなだらかな雪原となっていて東斜面を目当てに訪れる滑走系登山者ばかりでなく、スノーシューやかんじきでの登山者もその解放感と展望を目当てに訪れるようだ。
 我々は、自分たちが立つ三角点ピークから鞍部への急な下りを見て北ピークをあきらめた。三角点ピークから鞍部までの下りは標高差40m程の急勾配だが、鞍部から北ピークへは標高差20mでしかもなだらか。北に行くと、戻ってくるのに時間がかかると思ったのだ。
 来た道を引き返す、という固定観念にとらわれ、北ピークからそのまま西斜面に下るという発想がなかった。北ピークへといっておけばよかった、と今にして思う。まあ、そういうことを思いつく余裕がなくなったのは、私のスローな登りのせいなんだけどね。
 地図を見れば、我々はヘンブ谷の林道終点からほぼ真東に上り下りしている。ヘンブ谷林道の終点から標高1000m辺りまでは真東直登で正解だっただろう。滑りを楽しめる斜面があったし(あの斜面があるかないかで、今回のスキー登山の満足度は大きく異なる)。問題はその上だ。
 三角点ピークの南西側の標高1050~1150m付近は周辺でも最も勾配がきつい辺りとみられる。標高1000mあたりから鞍部に向けて北東に上り下りするコース取りもあり得る。どっちみち登りは斜登行、下りは斜滑降でジグザグを描いていたわけだから、スイッチバックせずそれを斜めにいけばいい。標高1000より上ならば尾根や谷も浅く、トラバースしやすいように見受けられる。見えている範囲、つまり浅い谷から出ないことにこだわりすぎていたのではないだろうか。特に登りで体力を消耗する方向転換を減らす意味もある。
 もし、二度目があるなら、いろいろ考えてみたい。

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2017/03/21

寒さもスキー場も彼岸まで

 兵庫県北部のスキー場の営業も彼岸まで、というところが多い。ただ、今年の場合は雪が解けて営業できなくなるのではなく、1m以上の雪を残しての営業終了である。ハチ高原や神鍋の万場など1.5mも雪がある。標高が低く例年なら3月になると地面が露出し始めるアップ神鍋も余裕で営業できていた。三連休を過ぎても営業しているのは、奥神鍋とおじろが26日まで、ハチ北高原が4月初めまで。2月中旬、つまりおそがけに大雪が降ったことや、3月の気温の低さが影響しているのだろう。
 丹後の低山もまだまだ白い。大江山連峰など、まだスキーができそうなほどだ。下の写真は、左が千丈ヶ嶽と鳩ヶ峰、右が鍋塚。
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 京丹後市の磯砂山も久次岳も宮津の杉山も、この時期にしては白い。
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 週に一度くらいの割合で寒の戻りがある。15日には終日アラレが降ったりやんだり日が差したりという空模様だった。その前の週は少し積もった。左が3月7日で右が8日。どちらも朝の写真で、夕方にはほとんど解けてしまった。
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 山にはもう少し多く積もったんだろうけど、この時期の新雪はすぐに重くなって快適ではない。今回もそうだったけど、寒の戻りの前にはまとまった雨が降ることが多いので、山の根雪も状態が悪くなる。風の当たる雪面だとアイスバーンになる。まあ、気温が低いと根雪が長持ちするので、長い目で見ると寒の戻りがあるのはいいことだ。今天気が悪くて山に行けない分、残雪シーズンが伸びる。
 大雪の被害もいくつか見られ、ビニルハウス、カーポート(簡易車庫)、農作業小屋などがつぶれているのも見かけたが、天橋立の松並木の枝折れも大変な状況だった。枝だけでなく幹まで折れてしまったものもある。折れた枝が集められて山積みになっている様子は、洪水や地震の被災地の瓦礫を思い出させる。折れたものの皮一枚でつながってぶら下がっている枝をクレーン車を使って落とす作業をしている場面もあった。
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 そんな景色を頭に思い浮かべながら、庭木の雪吊りを外す。この雪吊りも庭園業者にやってもらっていて、結構お金がかかる。去年など雪がほとんど積もらなくて雪吊りをしなくても良かったのだが、今年は実際に役に立ったと言えるだろう。
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2017/03/06

続々冬の播磨遠征「RiverWalker再訪と加西のショートダブルトラック」

 話題は前後するが、碇高原でスキー板が折れた。山で使うメインの板、それもこれからの季節に本領を発揮するステップソールが掘られたものだ。
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 2006年4月に名古屋の店で購入。板を携えて市内の地下鉄や近鉄電車に乗って帰ってきた。本格的な使用は2007年から。思えばずいぶんいろいろな山で行動を共にしてきた。2011年シーズンを終えてから、富山の工房でステップソールの加工をしてもらい、活躍の場が広がった。
 ステップソールと言えば、ダブルキャンバーでターンには不利となる。踏み込んでも、たわみにくいのだ。そこで、元々ステップソールではないシングルキャンバーの板に、後からステップを刻んでもらった。購入から11年。本格的な使用開始から10年。昨シーズンにリーシュが切れ、今シーズンにはビンディングケーブルが切れ、続いて板が折れた。天寿を全うしたといえる。
 ところが、しばらく板を買わないうちに、ずいぶんとステップソールの板が充実しているではないか。それも、歩き重視でなく滑りも行けるようだ。私の知る限りでは、KARHUの「XCD GUIDE」というシングルキャンバーとステップソールを取り合わせたモデルが少し話題になっていたが、いまはKarhuではスキー板を製造していないらしい。
 ところが、Madshusというブランドの「ANNUM」というモデルが、かつてのKARHUの生産ラインをそのまま使ってGUIDEと外装は異なれども、中身が全く同じものを作っているらしい。ちなみに、どちらのブランドもK2の子会社とのこと。
 また、ほかのメーカーでもなかなか積極的にステップソールの板を売り出している。
 2月はじめに訪れた、姫路(香寺)のRiverWalkerという店にいくつも置いてあるようだ。通販でもいいのだが、やはり店頭で現物を見て、店主から話を聞きながら選ぶのがいい。そうだ、ビンディングも持って行ってつけてもらおう。自分でつけるとどうしてもビスが抜ける恐れがある。やはり、素人ではなくプロの技に期待しよう。ちなみにビンディングは切れたケーブルを含め、両方とも新しい物に交換。スペアのケーブル及びカートリッジも購入したばかりなので、まだ使わないといけない。
 というわけで、RiverWalkerへ。
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 元々目をつけていたのは、G3の「Stinger 78XCD」。最近は、ステップソールでもずいぶん板が太い。また、カービングの流行が一段落したのか、サイドカーブは緩くなっている。ロッカースキーにもステップソールモデルがあるそうだ。Stingerはセンターの幅が78mmと店の中のステップソールの板では一番細い。また、キャンバーが少なめで、フレックスも柔らかい。ターンのしやすさについて店主に聞けば、「普通のスキーと思ってもらって結構です」とのこと。これで決定。
 そして折れた板から外してきたビンディングをクルマから降ろし、取り付けをお願いする。うっかりヒールピースを忘れてしまったので、そちらは穴だけあけてもらうことになった。
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 ビンディングの取り付けには2時間ほどかかるとのことなので、クルマに乗って店を後にする。市川を渡って加西へ。西谷町あるいは谷町のあたりで県道23号線の北側の田んぼの中へ。農道にクルマを止める。農作業の車両を止める必要があるため、道路脇にスペースがある。今は農閑期なので誰の邪魔にもならない。
 ここで自転車を下ろす。ランドナーだが、久しぶりにブロックタイヤのホイールを装着。今日はダート走行ありだ。
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 クルマが行き交う県道23号線を左に見ながら、農道をのんびり西へ。畑町の集落の中で北に進路を変え、山間部を目指す。道はダートとなり、獣を避けるフェンスの扉を開けて山に入る。高峯神社の入り口をすぎ、ため池を越えると、木々に覆われた薄暗い道となり、本格的な登りとなる。しかし、その登りも標高差150mほど。少しだけ、南側の展望がある。峠を越えると万願寺川の谷への下り。一気に行く。
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 県道145号線まで行かず、手前の集落の中の道を南東へ。ひたすらのどかな中山間地である。
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 若井町の集落で南に進路をとり山間部へ。やはりこちらにもため池があり、その奥に福祉施設がある。それを越えると道幅は狭くなるが、こちらは舗装が途切れることはない。峠までは標高差100mほどしかない。峠から南は、加西の市街地がよく見える。日が暮れてきているので、町明かりが暖かい。
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 クルマがうるさい県道23号線の手前、集落をつなぐ農道へ左折。すぐにクルマを止めたポイントに戻る。12kmの周回を完了。
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 自転車をクルマに積み込んで、RiverWalkerへ戻る。「できあがってますよ」という声で迎えられ、板を受け取る。また、2月初めには、現金を下ろし損ねて変えなかった小物をいくつか買う。この店は、ビンディングのパーツが豊富にそろっている。普通は売られていないものだが、独自に仕入れているんだそうだ。これは頼もしい。
 満足して、店を後にする。これで今度の土日に山に行ける。
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 というわけで、先日報告済みの大江山連峰千丈ヶ嶽・鳩ヶ峰のスキー登山が新しいスキー板のデビューとなった。
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2017/03/04

続冬の播磨遠征「加美の杉原川からハーモニーパークおよび岩座神周回」

 この冬3度目の「最強」寒波でこの冬最大の積雪を観測したが、2月の雪は解けるのも早い。数日ですっかり雪解け。自転車にも乗れるようになってきた。しかしそれも平野部だけ。山に入ればまだまだ道は雪に閉ざされている。ほとんどクルマが通らない道は除雪されない。山間部の集落が平野部から孤立はしないようにされているが、その奥までは費用も手も回らない。
 ということで南へ。1月の寒波では、かなり南の方まで積雪が観測された。標高が高いとやはり雪に閉ざされている。程良い所はないか、と考えて播磨国多可町へ。豊岡市但東、福知山市夜久野、朝来市山東と京都・兵庫の府県境を何度も跨ぎながら南下。2月初めに来たときよりもずいぶん雪が減っている。道路こそノーマルタイヤで走れる状態だが、峠はどこも道の周りにしっかり雪が残っている。粟鹿山も真っ白。あそこにスキーで登ったのは2006年のことだった。あのときはまだ経験が浅く、車道を上って降りただけだった。
 遠坂峠のドライブイン(ホテル?)跡の駐車場にクルマを止めて、景色を眺める。北西方向に真っ白な山が見えた。鉢伏山つまりハチ高原スキー場だった。
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 割れた玄関のガラス扉の中は、荒れ放題。賞味期限の切れと思われるお土産の食品もそのまま。閉鎖になったスキー場の施設もレンタルスキーが何年もほこりをかぶったまま置き去りにされているのを見かけるが、同じような状態である。
 それでも中に入れば不法侵入になるので、覗くだけにしておく。
 播州峠を越えて多可町加美区へ。豊部の多可町役場加美地域局の広い駐車場にクルマを止める。公衆トイレもあるし、コンビニも隣接するいい場所だ。自転車を準備。そしてスタート。まずは杉原川をさかのぼる。国道427号線を避け、農道を行く。左手の山々の奥に、真っ白な千ヶ峰が垣間見える。
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 門村集落で左折、国道を渡って千ヶ峰の懐へ。集落を抜けると、杉原川に注ぐ三谷川の谷を行く。すぐしたに集落がある急勾配の河のためか、しっかりとした護岸がされている。
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 程なく「ハーモニーパーク」という農業公園へ。果樹園を横目に坂を登る。梅が咲いていた。紅梅と白梅だ。一機だけある風力発電の風車を過ぎると農業公園は終わり、一気に参観の雰囲気が増す。道路の脇の雪も徐々に増えていく。
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 営業のものとみられる軽自動車が追い越していき、しばらくしてすれ違った。この先集落は峠の向こうの岩座神(いさり)だが、そこまで行って何か用件を済ませてきたと言うには、あまりにも行って帰ってくるまでの時間が短い。「積雪により通行止め」ということが頭をよぎる。自転車ならなんとかなるだろうか。ここから岩座神まで2km以上ある。今の気温なら上を歩けるほど雪は堅くはない。緩んだ雪のラッセルを強いられ、靴も靴下も濡れることになるだろう。
 とはいえ、行ってみないとどうなっているのかわからない。
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 すぐに千ヶ峰三谷コース登山口。クルマが一台止まっていた。なるほど、ここが除雪の限界点という可能性もある。
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 予想通り、その先で道は雪で覆われていた。しかし、雪は薄く、クルマの轍がついている。ずっと途切れなく雪に覆われているわけではなく、日当たりの悪い所だけ解け残っている雰囲気だ。よかった、これなら行ける。
 登山口から峠までの間に残雪区間は半分もなく、しかも轍を乗車で進むことができた。
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 標高470mの峠を越えると、南斜面になるためか残雪区間はもうない。
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 すぐに岩座神の集落へ。ここは棚田の中に家が点在する傾斜地の集落。初めてここを走った2015年の暮れには本通りをたどったが、今日は集落の中の細道へ。傾斜地に平らな敷地を確保するため、石垣が組まれている。
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 岩座神を過ぎたら一気に下る。今度は多田川沿いの道だ。棚釜をすぎ多田集落の入り口で道は二手に分かれる。旧道とバイパスということではなく、どちらも集落の中を行く道だ。前回は右に行ったので今日は左へ。右側の道は商店や郵便局や信用金庫が並ぶ、多田川と杉原川の合流点まで下って国道427号線に突き当たるが、左の道は多田川を越えて東に向かい国道にワープする。
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 前回は、国道と杉原川をそのまま突っ切って杉原川の対岸の道を走ったが、今回はせっかくショートカットしたのに橋まで南下する気にならず、国道と杉原川の間の農道へ。しかしこの農道もつかの間。最後は国道を走ることになる。まあ、加美地域局はすでに見えているし、つかの間の辛抱だ。
 標高差300m強、16kmの周回完了。どうにか雪道に阻まれずに完走できた。クルマに自転車を撤収。上り下りがあると走った充足感が大きい。

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