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2016/12/31

2016年バイクライフ総決算(200日/年、そして3500km/年達成)

 乗車日数は220日、走行距離は3591km。ともに、最高を記録した。要因の一つは、雪不足。1月の月間走行距離は317kmで、8月、10月に続いて3位。そして、1月の月間走行日数は、10月とともに23日で1位。ちなみに、月間最長距離の8月には600kmの王台突破。去年5月を越えて、月間距離の最高値。北海道遠征が効いた。次点の10月は400km。こちらも信州遠征。伸び悩んだのが5月で、309km。ひざの痛みで1月を下回った。また、この時期、道路の通行止めで丹後半島一周できなかったことも不振の要因。
 次に車種別。
 1位は、今年もVIGOREオリジナルランドナーフラットハンドル仕様で、974km。残念ながら、去年に引き続いての1000kmには届かなかった。10月の信州ツーリング、9月の丹後半島一周をはじめ、ツーリングのメインバイク。フロントの泥よけを加工して、輪行が手軽にできるようになった。
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 2位は、去年に続いて山口ベニックスのランドナー、802km。参戦3年目で、年間距離は最長。ただし、一昨年は6月下旬のデビューから半年で750kmを走り、その年の走行距離車種別トップだった。3位まで拮抗していたということだ。ちなみに、今年は自動車に積んで出かけることがなく、すべて自宅から走り出してこの距離を達成。3月には年代物のリアディレイラー損傷、そして交換。リア5sから7sへと変更。
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 3位は、折り畳み小径車で約771km。かつては1300km/年走ったこともあるが、昨年は500kmと低迷。今年は少し持ち直した。スーパーカブとのコンビは健在。
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 4位は、クロスバイクで約508km。もっとも乗ったのは1月。しかし、その後低迷。
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 5位は、MTBのTrek6500で、約501km。そのうち約400kmは、8月の北海道ツーリング。それ以外、ほとんど乗っていないといっていいくらい。シングルトラックの山岳サイクリングを全くしなかった。かつてのツーリングのメインバイク。そして最近は輪行ツーリングの際の主力バイクだったが、今後はVIGOREオリジナルランドナーでの輪行の機会が増える見込みなので、さらに出番が減るかも知れない。
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 6位は、もう一台のVigoreオリジナルランドナー(ドロップハンドル仕様)で、32km。11月の琵琶湖の長浜でのツイードランの1日だけ。
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 そして、7位が、大学時代から乗り続けているランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」。今年も出番なく0km。特に今年の3月に、後輪を共有している山口べニックスのリアディレイラーを交換した関係で、ホイールを付け替えるときにはボスフリーを交換しなければならなくなった影響は大きい。
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 番外として、スーパーカブは約3460km。去年より200km近く伸びたが、もっとも乗った年の半分にも満たない。ちなみに、去年は自転車全体の走行距離と同等だったが、今年はついに自転車を下回った。

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2016/12/27

あべのハルカスの麓でアバランチナイト

 今年も雪のシーズンが近づいてきた。NPO法人「日本雪崩ネットワーク」の雪崩安全セミナー「アバランチナイト」が開催された。初参加から10年だが、平日の夜のセミナーなので、関西で開催されないと参加できない。よって、2年ぶりの参加だ。やっぱり雪山に入る者として安全に対する一定の認識を維持するために、できるだけ参加したい。
 大阪会場は12月19日。いつも梅田周辺で行われることが多かったのだが、今回は阿倍野での開催。ちょっと遠いけど、あべのハルカスを間近に眺めるいい機会だ。あべのハルカスなんて、この前大阪ドームの近くの大正駅のホームから遠望したのが、最初で最後だ。
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 月曜日の仕事を早めに切り上げて、一目散に大阪へ。篠山口から快速に乗り、大阪駅で環状線に乗り換え天王寺で下車。おお、あべのハルカスが薄暮の空突き上げている。ビルや寺の向こうには、通天閣も。
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 かつては、日本橋をたびたび訪れていたが、梅田にヨドバシカメラができてからは、大阪駅周辺で満足して帰るようになってしまった。まして、天王寺や阿倍野なんてめったにくることはない。天王寺のどこかのお寺で執り行われた親戚の葬式以来、16年ぶりくらいか。とはいえ、日本橋から徒歩圏内だ。
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 まずは、天王寺駅から北上し松屋町筋のオートバイ屋へ。バイク通りの名の通りの町並み。お目当ての自動二輪を見せてもらい、名刺をもらって天王寺駅へ引き返す。
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 今度は南下。駅のすぐ南から阿倍野区となる。大阪の地理を良くわかっていないのだが、この辺りまで来るともうミナミではないらしい。ミナミとは、かつての南区だった中央区と浪速区にまたがる繁華街を指すらしい。竹内力主演の「ミナミの帝王」の原作者が天王寺大という名前なので、なんとなく天王寺区もミナミという印象を持っていたが、どうやら違うらしい。
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 あべのハルカスの足元には商業施設が並んで華やか。つけ麺の店で夕食。そして、アバランチナイトの会場、阿倍野区民センターへ。
 19時から21時までの2時間のうち、前半1時間は「雪崩学概論」とでもいえる内容。基本的に毎回不変のものなので、過去に受講した時の内容を自分でまとめた文書や日本雪崩ネットワークの公式サイトに上げられていた文書をタブレット端末で参照しながら、それらに書かれていないことだけメモを取る。
 後半は、これまでは昨シーズンの雪崩事故の調査報告で1時間と言うことだったが、今回はまず「長野県山岳センター」の調査やアバランチナイト会場でのアンケートなどの統計の報告があり、その後事故の調査報告となった。前者は、遭難者の性別、年齢別、行動様式(登山、スキー、あるいは山仕事など)別、あるいはアバランチナイト参加者の雪崩遭遇、クラック転落などのトラブルへの遭遇率など、さまざまなデータが報告された。その後の事故の調査報告は、昨シーズンのものが3件。今シーズンのものが1件。寡雪の昨シーズンは雪崩事故も少なかったということか。
 また昨シーズンの「160131前武尊雪崩事故」について、誤解を招く報道がされたことにも言及をされた。上記サイトに記述されている内容を一部引用する。
-----引用開始-----
●報道機関へのお願い●
この事故はスキー場は一切関係のない「山岳遭難」です。「コース外滑走」という言葉を用いることで、あたかもスキー場と関係ある事案のように報道することは、事故に対する誤謬を招き、安全対策を進める上での障害となるだけでなく、スキー場事業に対するネガティブ・イメージの拡散にしかなっていません。(中略)夏季において、リフト利用者がスキー場から出たところ100m先で滑落すれば、それはスキー場利用者の事故と報道されず、山岳遭難として取り扱われます。(中略)また、「バックカントリースキー」は、日本にスキーが伝わった100年以上前から行われている「山スキー」と同義であり、スキー場内の禁止区域を滑る行為とはまったく異なります。  
-----引用終了-----
 報道する側の知識不足がうかがわれる「コース外」という言葉の使い方、2年前にも当ブログでも触れている
 その2年前の事故のTVのニュース報道も、言葉の誤用のみならず不正確なものだった。遭難した本人に非がないわけではないが、事実を越える批判をしているものだった。故意なのか知識不足なのかはわからないが、遭難者が不利になるように事実が捻じ曲げられた部分があった。こうしたことに対し、BPOに意見を送ることができ、さらにそれが放送局にまで届くということを知らなかったことが悔やまれる。
 ほとぼりが冷めてからインターネットで検索してみたが、掲示板の匿名の書き込みの方がむしろ事実を的確にとらえ、遭難者にも落ち度はありそれを弁護をしないが、盲目的に責めるものではなかった。おそらく、もともと山を知っている人が書いたものもあると思われたが、それにしても報道の専門機関がお粗末さが浮き彫りになる結果となった。
 いずれにせよ、遭難すれば死んでも、生きて帰っても地獄。絶対に避けたいのである。
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 さあ、LEDのイルミネーションが輝く街を歩いて帰路に就く。あべのハルカスの麓を走る路面電車。近代的なものとレトロが混在している。さすがに人通りは来る時よりも減っている。環状線も福知山線も座ることができ読書に没頭。
 23時半、篠山口駅前駐車場に止めたクルマに戻る。季節外れの暖かさで、窓ガラスがは結露しているが凍結はない。100km余りのドライブを経て、20日2時過ぎに帰宅。睡眠時間は3時間弱。まるでピンクレディ。

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編成は1両だけでいい、2時間に1本通りゃいい

 12月上旬、二胡の演奏を聴く機会があった。二胡とは、弓を使って奏でる中国の弦楽器で、沖縄の胡弓に似ている。中国の民謡、今年流行した日本の曲など何曲かの中に「舟唄」も演奏された。もう30年近く前に発表され、流行した曲なのだが、今でもTVなどでたびたび聞くことがある。そのときは電子ピアノと二胡の演奏だったが、しびれてしまった。曲もさることながら、ボーカルがないにもかかわらず浮かんでくる印象深い歌詞。
 この歌が発表された1979年は、私はまだ小学生。まだその歌の深みがわかる人生経験を持っていなかったが、TVで繰り返し流されてよく覚えている。また、当時は第2次オイルショックの最中、新聞の4コマ漫画「この歌、省エネだなぁ」と冒頭の歌詞を落ちに使われていたり、数年後には怪しげな英訳をしたさびの部分が日本酒のCMソングとして使われていたりしたことを子供ながらに覚えている。
 今年、BSで放送された映画「駅 STATION」でも、「舟唄」が印象的に使われていた。映画の公開は1981年。北海道の日本海側の街の居酒屋に置かれたTVから年末の番組で歌われている「舟唄」を高倉健と倍賞千恵子が演じる男女が聴くシーンである。年末の北海道といえば午後4時ごろに日が沈み、日の出は7時過ぎ。1日のうち15時間が夜である。映画のストーリーはぼんやりとしか覚えていないが、暗く、寒く、物寂しい印象が「舟唄」とともに心に蘇る。
 12月4日の運行を最後に、JR北海道の留萌本線の留萌・増毛間が廃止となった。増毛は舟唄の居酒屋のあった街。映画のタイトルの通り、増毛駅も登場する。
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 2009年には自転車で、2010年にはスーパーカブで小樽から宗谷岬を目指す道中、増毛を通過している。レトロな建物が並ぶ街が印象に残っていて、特に2010年には駅にも立ち寄っている。その時の駅の時刻表によれば、午後で2時間に1本。午前は、始発と通勤・通学時間帯の2本だけ。9時前から13時過ぎまで5時間が空白となっていた。TVの旅番組で「1時間に1本しかないよ」とタレントがいう場面があるが、ローカル線では「1時間に1本もある」のは恵まれたことである。さらにいうと、いくら本数が少なくても、路線が残っていることは大きい。
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 私は、稚内、宗谷岬、利尻島・礼文島、サロベツ原野など、道北が好きだ。しかし、日本海側のフェリー利用の玄関口、小樽からは遠い。自転車で自走すると到達するのに片道で3日かかる。よって、輪行が有効となるが、近年のダイヤ改正による宗谷本線の普通列車の本数の減少が気にかかっていた。元々少ない物がさらに減った。これは、廃止への予兆ではないか、と。
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 そんなことを思っていると、先月JR北海道が「維持困難線区」を発表した。なんと、管轄の総延長の半分に当たる路線。当然宗谷本線もそこに該当するが、「バス転換(つまり鉄道廃止)に向けて」ではなく「存続に向けて」の協議を地元自治体などと行う方に含まれた。
 これで存続が確定したわけではなく、地元が維持費用の負担を受け入れなければ廃止もありうる。
 12月21日には、高波などの被害により2年近く運休が続いている日高本線鵡川・様似の復旧を断念したというJR北海道の発表があった。存続に向けた地元のと協議で費用負担の合意ができなかったとのことだ。財政事情が厳しいのはJRだけではないということか。
 鉄道存続の危機は、北海道だけではない。新幹線開業に伴う「平行在来線」の問題だ。多くは、第三セクター方式として生まれ変わっているが、県境を越えると運営が変わるなど、不便なこともある。
 夏に礼文島で泊まり合せ、その後フェリーと列車でサロベツ原野まで同行した旅人は、その先「青春18きっぷ」で南下していくとのことだった。しかし、その切符で本州に渡ることはできない。JR全線の普通列車乗り放題なのだが、函館から木古内は第三セクターの「道南いさり火鉄道」、木古内からの青函トンネルは新幹線を利用せねばならず、「青春18切符」では乗車できない。本州に渡ってからも東北本線、北陸本線なども今やずたずた。その旅人は、その後どうなったのだろうか。
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 前述の「道南いさり火鉄道」は北海道新幹線の平行在来線である江差線の一部を受け継いだものだが、それに伴い平行在来線ではない江差と木子内の間が、新幹線開業よりも1年ほど早く廃線となっている。
 私の住む京都府にも、北陸新幹線の敦賀・大阪間のコース取りによっては、平行在来線の問題が降りかかってくるところだった。幸い、北陸新幹線は舞鶴には来ないことになったので、舞鶴線や、山陰本線は平行在来線とはならなかった。ちなみに、湖西線が平行在来線になるとのことだ。

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2016/12/04

ツール・ド・忘年会

 12月3日、高校の同窓生の友人たちのと忘年会が企画された。会場は宮津市。家からは20km余り。当日は土曜日で休日。そして貴重な晴れの日。自転車で行こう。帰路は列車だ、輪行だ。
 泥よけのないMTBの出番だ。タイヤはスリック。ロー34Tのスプロケットがついているので、出発前にこれをロー28Tに交換。あとフロントインナーからアウターへワイヤーを引きにくくなっているので、変速レバーを交換。現在ではランドナーくらいにしか使われていない、ダウンチューブのWレバーが壊れることはまずないのだが、MTBなどのハンドルのシフトレバーはある程度使っているとワイヤーが引きにくくなる。リアのレバーを交換した時、前後セットのためフロント用のレバーの在庫がある。こちらに交換だ。
 結局、出発予定の15時半を少し過ぎて、15時45分出発。小春日和といいたい陽気だが、季節が進みもう小春ではない。11月末から日中は比較的暖かい日が続いている。が、夜には寒くなるのでそれに対応した服装を携行しないといけないので、大き目のフロントバッグがいっぱいになってしまった。
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 まずは、府道53号線で標高差200mの登り。勾配は緩やかなので34Tのローギアは必要ないという判断は正しく、フロントインナーの出番もなかった。
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 それを越えたら阿蘇海へと下る。波打ち際に自転車道があるのでそちらへ。ここから宮津市街まではほぼクルマと隔離された路線を走る。
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 天橋立の北詰、江尻でちょうど1時間経過。いいペースだ。ここで日没となり、ライトを装着、点灯。さあ、天橋立の松並木、2.6kmの砂嘴で海を渡る。近頃雨が多いので地面は湿っているが、ぬかるむほどではなく泥よけがなくても問題なかった。好天の土曜、しかもカニシーズンとあり、まだ観光客が行き交っている。日中は大変な賑わいだったことだろう。
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 遊覧船通行のため廻旋橋が開いていた。再びシーサイドの自転車道へ宮津市街へ。空には三日月。宮津漁港から宮津駅へ。駅前の喫茶店に17時20分に到着。25.9km。
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 ここでメンバーと待ち合わせ。持ってきた文庫本を読んで40分余り、18時過ぎに列車でメンバーが到着。忘年会の会場へ移動。
 実に久しぶり。今回のメンバーでは2003年の新年会以来だから、およそ14年ぶりだ。
 さて、22時過ぎに楽しい会合はお開きとなった。遅れてクルマで駆け付けたメンバーが何人かを送ることになったが、自宅の最寄駅に自転車を置いてあるメンバーは列車で買えるというので、せっかく輪行袋を持ってきた私も列車で買えることにする。でも、もうあまり時間がないよ。最終列車だから乗り遅れると大変。
 2重のロックがなかなか外れず、約1kmの距離を小走りで移動した友人と同時に、22時24分、京都丹後鉄道宮津駅に到着。列車は22時35分。急いで輪行袋に自転車を収める。泥よけの処理が必要ない分、ランドナーより早い。発車3分前に、陸橋を渡った向こう側のホームに止まっている列車に乗車。
 列車に揺られること30分、23時過ぎに峰山駅で下車。友人は一つ手前の京丹後大宮で下車している。
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 イルミネーションが賑やかな駅舎前で自転車を組み、中間着を脱いで家まで5kmのラストラン。昼間よりもずいぶん寒いのだが、合羽の上着を着ている分また汗をかいた。本日のトータルの走行距離は、33.8km
 深夜になってから走って神経が昂ったのか、あまり熟睡できなかった。翌日は寝たきり生活。

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晩秋の丹波の小さな峠巡り(長宮峠ともう一つ)

 11月3日のアイズラリーは、輪行でスタート地点へと戻るコース取りだった。しかし、復路も自走したい、と希望する参加者もいたため、輪行組と自走組が別働となった。私は、他人と一緒に行う中で自分の技術を試すチャンスというわけで輪行を選択したが、復路のコースにも少し引っかかるものがあった。ほぼ踏破済みとはいえ、福知山から綾部へ抜ける峠は、20年近く前に一度越えただけ。パソコン通信のログを検索してみれば、1999年の8月に走行した記録が見つかった。まだGPSレシーバーを使い始める2年前、デジタルカメラはこの年の暮れから。簡単に探し出せる記録はテキストのログだけ。でも、サイクルコンピュータと腕時計の気圧高度計でコースのデータも丁寧に記録されていて、我ながら「こういうことが大切だえらいえらい」と過去の自分をほめてしまう。
 午前中西舞鶴で勤務をして昼過ぎにからフリーになる日があるので、その足で綾部へ。ポカポカ小春日和だ。ラーメン屋で遅い昼食を取り、綾部の市街地の南、四尾山の西の道路わきのスペースにクルマを停め、ランドナーを下す。当面輪行の予定はないので、フロントキャリアを装着しなおし、フロントの泥よけも簡単には外れないが前方への突き出しが十分な長さの安心タイプを装着してきた。クルマに積むときにはフロントの泥よけがついていても大丈夫なのだ。1月前に買ったばかりの新しい泥よけがピカピカと輝く。
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 まずは府道522号線で安場町へ南下。谷を埋め尽くす田んぼは、稲刈りから2か月以上が過ぎ、新たな稲穂が伸びている。集落には実をつけた柿木。のどかな中山間地の里の風景だ。
 安場町の集落までは緩い登り、そして集落を過ぎると道は狭まり勾配が増す。とはいえ、ここも優しい峠。さほどきつい勾配でもなく、標高差も200m弱。あっさりと峠に到着。ブッシュのため展望はよくない。少しだけ麓の建物が見える。クルマが通らないのがとてもよい。路面に苔が生えている。
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 さあ、夕暮れが早い、さっさと下ろう。というわけで一気にふもとの三俣集落へ。高台にある学校のイチョウが秋の日差しを浴びて黄色く輝いている。
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 国道9号線に突き当たるが、立体交差する農道で国道をくぐり抜ける。旧道沿いには木造の風情ある家並み。京街道の宿場町「生野」だ。小倉百人一首の「大江山生野の道も遠ければまだふみも見ず天橋立」の短歌で有名なあの生野である。
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 集落を過ぎると旧道は国道に合流してしまうが、100m先で西側に分岐する道へ。細い橋で土師川を渡って芦渕集落へ。広い田んぼが広がっている。国道を行き交うトラックの轟音は対岸の出来事。のんびりとした風景の中を行く。
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 しかしそれもつかの間、府道59号線に突き当たると、国道ほどではないがそこそこクルマが行き交う。逆方向だが11月3日に走った道だ。やっぱり、クルマがめったに通らない道がいい。
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 緩やかな登りで、岼(ゆり)という集落へ。ここで、府道709号線へ左折。長宮峠を目指す。徐々に日が傾いてきた。少し勾配が増すが、長宮の集落まではまだまだ緩やかな登り。しかし、峠が近づくとなかなかの急勾配となってきた。とても10パーセントではきかない。15パーセント以上はあるだろう。今日も、ローが28Tのリアスプロケットを装着しているが、34Tのローギアが使いたい勾配だ。このひと月、いくつか丹波の峠を越えてきたが、一番の急勾配。あえぎながらの上りとなった。それでも長宮からの標高差は100m未満。ノンストップとはいかなかったが、峠に到着。ここも車が全く通らなかった。
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 暗くなってきて、ブッシュの隙間からのぞく綾部の市街地のはずれがすでに夜景の雰囲気。ライトをつけて峠を下ろう。
11月中旬、26.1km

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