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2016/10/29

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(6:大弛峠)

■大弛峠
 こっつあんちを出発し野辺山駅へ。駅前の無料駐車場にクルマを停め、自転車の準備。本日は、ダート区間を含むのでブロックタイヤのホイールを装着。また、輪行袋も携行する。この野辺山の標高は1300mを超えているので、いくら快晴の朝日が上がってきたとはいえ、本日は長袖着用だ。
 スタートしてすぐ、前輪付近からのカタカタという異音に気づく。前輪がしっかり固定されていない。クイックリリースシャフトの締め付けが弱いのかと疑うが、そうではなく、その外側の中空シャフト(ハブシャフト)のナットが緩んでいた。これは工具が必要なのでクルマに戻る。ホイールを外してナットを締める。これで大丈夫だ。
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 いかにも高原という雰囲気の畑作地帯を川上村に向けて走る。振り返れば雄大な八ヶ岳連峰。農作物の集荷場があった。お化けトラクターが続々とやってくる。
川上村に入ってしばらくは千曲川の南側の山の裾を行く。小さなアップダウンが連続。一昨日の脚のダメージがぶり返さないか心配になるが、今のところは大丈夫だ。もちろん、この程度で異常をきたすなら今日の行程をあきらめざるを得ない。千曲川沿いを行く県道68号線に降り立ったところにスーパーマーケットがあり、そこで行動食を買う。そのあとは県道を東へ。
 救急車の音が聞こえてきた。一昨日の十石峠に続いてのサイレンだ。その音がおさまると今度は頭上からバリバリという音が聞こえてくる。ん、もしや…、と見上げると、見覚えのある赤と白のツートンカラー。ドクターヘリだ。上空を旋回して、川向うの集落へと着陸した。運動公園のグラウンドが臨時のヘリポートらしい。ここで救急車からヘリへとリレーが行われる。もちろんそんな様子など見えないし、見ている余裕はない。
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 お化けトラクターのうごめく畑と千曲川を見ながら、緩やかな登り基調で東へと進み、秋山集落へ。ここにコンビニエンスストアがあるが、先ほどのスーパーマーケットで買い物をしたので素通り。県道68号線から後方にスイッチバックするような形で右折。大弛峠へ向き合う。いきなり急坂だ。とりあえず小休止。曲がり角には、町田市、武蔵野市の自然体験施設の案内板があった。他にも、川上村には三鷹市、蕨市の施設がある。関東からのアクセスの良さが現れている。
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 急坂を越えると、平たんな台地上に広がる畑に乗り上げた。レタスばかりでなく、白菜もあるようだ。しばらくは両側の畑を見ながら緩やかに上る。
 進んでいくと右手前方の山の形が気になる。何ともごつごつとした岩に覆われている。「屋根岩」というらしい。徐々に谷が狭まり、両側に広がっていた畑は右手のみとなりしかも奥行きが小さくなってきた。川端下という集落の入り口には大きな鳥居。御神体は、屋根岩か、それともさらに奥に控える金峰山か。
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 川端下の集落を過ぎ畑が終わると「ふれあいの森キャンプ場」。ここで道が分岐する。左は金峰山の登山口。私は右の大弛峠への道をとる。いずれも山に入っていく雰囲気だ。
 急に道幅が狭まり、一車線のシラカバかダケカンバの林を行く。そして勾配が増す。たまにバリバリと音を立ててオフロードの自動二輪がやってくる。追い越していくもの、前方から下ってくるもの、台数は同じくらいだ。一台の自転車が下ってきた。ランドナーのようだ。また、クルマも時折通る。
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 そのうち、道は沢沿いを行くようになる。休憩をしながら登る。対岸の山肌がごつごつした岩になっている。先ほどの屋根岩といい、何とも迫力がある。脚は大丈夫のようだ。やはり、二晩寝たし、昨日の安息日も効果があったようだ。
 標高1700mを越えたところで、橋を渡った先が舗装されていない。いよいよダート区間の始まりだ。川上村の中心部が標高1150mほどで、大弛峠が2360m。全行程1200mの標高差のうちの半分がダートということだ。山梨県側はすべて舗装されているので、自転車では山梨側から長野側に走る方がいいのだが、そのためには甲府盆地から標高差2000mを登らなければならない。
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 大弛峠は、一般的な車道では乗鞍岳の畳平や富士山スカイラインの富士宮五合目に次ぐ標高である。ただし、富士山スカイラインは有料道路のピストンコース。乗鞍畳平は現在はマイカー規制だが、かつては有料道路「乗鞍スカイライン(岐阜側)」と無料の「乗鞍エコーライン(長野側)」をお互いにマイカーで通り抜けができた。スカイラインのほうは自転車通行禁止だった。しかし、スカイライン無料化により、マイカー規制がかかり、逆に自転車は通行ができるようになった。つまり、かつては、「自転車で取りぬけができる日本一高所の車道」で、「自転車で通り抜けができる日本一高所の 峠と名のつく 車道」が、大弛峠だ。
 よって、大弛峠を自転車で越えた記録は、本、雑誌、インターネットにふんだんにあるが、山梨県側が全面舗装されてからは、山梨側から長野側へ抜けるのが一般的である。それでも中には、長野側から山梨側へ抜けた記録もあって、それによればダート区間の大半は自転車を押して登ったとある。そんな中でも、出だしの標高差100mは何とか乗れたとされているのだが、実際にはガレているし勾配もそこそこ急だし、乗車では相当に体力を消耗する。ランドナーにダート用ブロックタイヤ装着で同じ条件なのだが、その記録は1999年のもの。17年で路面状況が変わったのだろう。
 自転車を押していると、前方から自転車が2台やってきた。一人はMTBに乗った外国人の男性。もう一人は、ランドナーの日本人女性。聞けば、大弛小屋に泊まって、1泊2日の輪行ツーリングだそうだ。それでも塩山から標高差2000mを登ったのは大したもの。本当は、今日このあと三国峠を越えたかったが、埼玉側が通行止めなので燐光で東京に戻る、とのこと。男性のMTBをよく見ればスリックタイヤ。女性のランドナーも私のようなブロックタイヤでないノーマルなもの。それでも軽快に下っていった。
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 さて、押し登り再開。前述の記録では、標高1800mまでは何とか乗車で言ったが、その先は路面が荒れていて大半を押した、とあるが現在は路面の荒れ具合の変化は感じられない。どちらも十分に荒れている。近年の気象条件、特にこの夏の台風の連打により土が流されて石だけが残り、全体的にガレているようだ。
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 どうせ、乗っても押しても所要時間に大差はない。でも、押したほうが格段に楽なダートの急勾配。もう乗車にはこだわらなくていい。オフロードの自動二輪が追い越したり、すれ違ったり。たまにクルマも通る。長い長い押し登りが続く。予報どおり、天気は下り坂。ダート区間に入ってしばらくは、あんなに快晴で気持ちよい木漏れ日を浴びていたのに、周囲の山々の景色が開けて来るころにはだんだん雲が出始め、峠が近づくとすっかり曇り空になってしまった。
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 時折、道路脇に土砂が積み上げられている箇所がある。沢筋が大きくえぐれていて、土石流が道埋め尽くしていた状況が想像できる。除雪された雪が道路脇に積み上げられているようだ。雪は解けるが、路上から撤去されて脇に積み上げられた土砂はいつまでも残る。
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 ようやく峠が迫ってきた。最後の最後は乗車で。複数の記録で共通しているのは、峠の直下の荒れ具合はすさまじいとのことだが、まあ基本的にずっと荒れていた。よって、乗車は勾配が落ち着いた峠の手前数100mのみ。結果的にブロックタイヤの威力は発揮できなかった。登りでもいくらかは乗車できるかという期待に加え、万が一ダートの途中で引き返すことになった時に備えてのことだった。
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 峠はたくさんの登山客で賑やか。ちょうど下山の時間帯のようだ。山ガール、というのか、比較的若い女性の姿が多い。駐車場だけでは収まらず、路上駐車の列が伸びている。峠からは、日本百名山の金峰山をはじめ、国師ヶ岳、北奥千丈岳などに登れる。富士山、日本アルプス、御嶽山、八ヶ岳連峰、白山に次ぐ、標高2500~2600mの山々だ。「川上村は峠の宝庫」と前に書いたが、訂正する。「川上村は山と峠の宝庫」である。
 さあ、合羽の上着とオーバーミトンを着用して、長い下りにかかる。はじめはヘアピンカーブ。峠を挟んで対峙する山々の頂は雲に隠れている。金峰山のシンボル、山頂のトサカのような岩塊が雲の隙間に見えた。
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 しばらく下ると、背後に気配を感じる。登山客を乗せた乗り合いタクシーだ。直線で先に行かせる。次に自動二輪が迫ってきたので、やはり先に行かせる。ワゴン車、自動二輪、自転車と連なって下って行く。真ん中の自動二輪が先に行きたそうだが、カーブが多くてワゴン車をなかなか抜かせない。だいぶ経ってからワゴン車が自動二輪に道を譲った。そのワゴン車のあとを追い回すように行く。そうすれば対向車の危険を回避できる。もちろん、ワゴン車との車間距離は十分にとって。しばらく追走した後、風景を撮影するためにワゴン車とお別れ。
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 谷に沿って下っていたが、勾配が緩み林間に入る。谷をレーンチェンジするようだ。つまり尾根を越えるわけだが、上り返しがないように道がつけられていてありがたい。そして隣の谷に下ったら、柳平。登山小屋がありバスがここまで来ているようだ。ワゴンタクシーから乗り換えたと見られる登山姿の人々が出発待ちのバスの座席についている。標高差800mとかなり下り、人の気配が感じられるところに降り立ったのだが、まだまだ標高1500m。北近畿最高峰の氷ノ山の山頂並だ。また、上高地とも同じくらい。そういえば上高地も、釜トンネルを越えてたどり着けば深い山の中に来た感じがするが、北アルプスから下山した時には人の気配が漂い俗世間に戻ってきた印象を受ける。
 ここで道は分岐。どちらでもいいのだが、右に折れ焼山峠を目指す。まず、琴川ダムのダム湖を反時計回りに回り込んでから、標高差100mを登り返して焼山峠へ。峠は交差点になっていて、左折は展望台だが通行止めの看板。右折は乙女高原。山間部を行く道で、総称してクリスタルラインというそうだ。今走ってきた道もクリスタルラインの一部らしい。で、その交差点を直進。甲府盆地へ下って行く。
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 初めは林間。ヘアピンカーブをいくつかこなして谷に降り、薄暗い沢沿いを行く。暗い沢沿いの林間を抜けると集落に出た。塩平だ。やっと本当の人里に下りてきた。それでもまだ標高は1000m超。再びぜばまった谷の沢沿いを下り、また谷が開けると集落と果樹園が連続する。道は集落の中を行ったり、バイパスで集落を迂回しながら下って行く。暗くなってきたし、クルマも通るようになったので、ライトを点灯。
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 下って、下って、信号機のある交差点へ。久しぶりの交通信号、いや本日初遭遇だ。信号を右折、国道140号線だ。依然下りで快走できるが、クルマが多い。
 交差点にラーメン屋を発見。現在の時刻は17時過ぎ。よし食事をしていこう。塩山駅まではあと4km足らず。18時31分の列車に乗れるだろう。店内は明るく暖かく、長い峠越えをねぎらってくれているようだ。
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 ラーメンを食べたら塩山駅を目指す。その交差点で国道140号線と別れ、町の中心部へ。道は狭く、やはりクルマは多く、下りでスピードが出る自転車をなかなか追い越せないクルマが背後から圧力をかけてくる。そんな状況もつかの間で、中央本線の高架が見えてきた。その下をくぐって、駅の正面に出る。18時ちょうどに駅に到着。

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