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2016/09/26

後山に抱かれた秋の播作周回

 先日の西播磨旧三日月・旧南光のコースのGPSレシーバーで取得したトラックを読み込んだ地図を眺めて、ツーリングの余韻に浸っていたら、また気になる道が見つかった。作用町の北端の県道556号線だ。うねりながら山間部を行く道は、どう考えてもクルマが少ないすばらしい道だ。すぐに県境をまたぐ周回コースが浮かび上がる。距離20kmあまり、標高差は約400mとちょうどいい。
 アプローチは、朝来市朝来町まで南下し国道429号線を西に行く。中国山地を源とする川は、それぞれ日本海または瀬戸内海を目指して南北に流れる。最初の峠「笠杉トンネル」が中央分水界で、日本海側から瀬戸内側へと渡り、後は瀬戸内へと流れる川が作る谷を隔てる尾根を越える峠の連続。林間の峠道は細く暗く険しく、酷道の一つと言えるだろう。
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 揖保川以西は随分久しぶり。おそらく10年以上のご無沙汰だと思われる。分岐を間違えて少し迷走してしまった。何せ、集落の中の道は、国道のほうが細いくらいだ。迷い込んだ先はのどかな山村。迷い道もまた楽しい。
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 揖保川(旧一宮町)、引原川(旧波賀町)、千種川(旧千種町)と、高野峠、鳥ヶ乢トンネルを越えて宍粟市北部を西進し、志引峠を越えて、岡山県美作市の旧東粟倉村へ。あとは川沿いに下り、美作市の中心旧大原町へ。自動車道の高架の手前の道路脇にスペースを見つけクルマを停める。しかし、すぐに行動を開始しようという気持ちに水を差す雨。台風16号の接近によって勢いを増した秋雨前線が連日雨を降らせ続けている。日本海川と比べて瀬戸内川は比較的降水確率が低く、雨は小康状態となる予報だった。アプローチの間、なかなか止まない雨に心を悩ませていたが、千種でようやく雨が上がり何とかなりそうだと思ったのもつかの間、志引峠の山間部に入ってまた降り出し、大原に下りても止まない。雨足はそんなに強いわけではなく、携帯電話の降雨レーダー画像には何も表示されていない。山間部の細道をつないで100km以上も走って来たのに、諦めるわけには行かない。しばらくクルマの中で様子を見る。
 30分ほど待機して、少し雨が弱まったような気がしてきた。これなら走れるのだが、嫌なのはクルマが跳ね上げる泥混じりの水だ。山間部に入ればクルマは少ないが、問題は大原中心街から佐用町への県境越えの国道373号線だ。わずか4kmほどだが、それでも泥水を浴びるのは苦痛だ。
 というわけでクルマで下見に行く。まずは、大原中心街の国道373号線と429号線の重複区間。両側に家並みが迫り、クルマが多いが、この道は走らなくていいのだ。1kmほどで429号線と別れて373号線は左へ。家並みはほとんどなくなり小さな峠越えの道となる。クルマはほとんど通っていない。このあたりは雨の降りが弱いようで木が覆い被さっているところは、路面が乾いている。進行方向左側は、「チェーン着脱所」の表示のあるスペースあり、表示がなくてもクルマが止められるスペースがいくつかあり全体を通じて路肩が広い。また、反対側には歩道があるので、登り区間だけそちらに逃げ込む手もある。とにかく、クルマの水撥ねを浴びることはなさそうだ。
 となると一気にやる気が充満する。周回コースのため、この場の路肩スペースにクルマを止めて起点としてもいいのだが、麓の面倒な区間ははじめに済ませて、長いダウンヒルを終えてそのままゴール、というハッピーエンドにしたいので、先ほどの待機場所に戻る。
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 雨は若干強弱を繰り返すが、小降りのまま。自転車に前後輪とリアの泥よけを装着して走行準備。フロントバッグに防水のバッグとカッパの上着を入れておく。フロントバッグもそこそこ防水が効くので防水バッグは念のため。また、寒い季節ではなく、雨は小降りなのでカッパを着て汗で濡れるか、着ないで雨に濡れるかの2択。もちろん、雨に濡れる方が涼しくて快適。カッパを着る可能性があるのは最後のダウンヒルの時。
 というわけで小雨の中をスタート。標高は245m。少し肌寒いが、走っていればすぐに温まるだろう。クルマの通らない田んぼの中の道へ。彼岸花が秋桜が咲いている。しつこかった残暑も一段落、もはや晩夏ではない。台風と秋雨前線によって季節が進んだ。
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 後山川を渡り、集落の中の道を南下。これが大原の中心街の国道をパスする裏道。集落の中の道はアップダウンがあるが、クルマが少なくストレスなくいける。そのまま、国道373号線の単独区間へ。先ほどよりも路面は濡れてしまったが、相変わらずクルマは通らない。地図を見れば、無料で通行できる鳥取自動車道が並走していて、国道沿いの集落に用事がなければみなそちらを利用するようだ。
 先ほどクルマでの下見ではなんとも思わず通過したが、「チェーン着脱所」の広場があるということは、積雪があるということだ。作州大原の中心街から近いが、標高は300m近くある美作と播磨の国境の峠道なのだ。今日のコースの近くには、兵庫側にはちくさ高原、岡山側には合併せず現在も村を維持している西粟倉の大茅のスキー場がある。
 軽自動車が一台追い越して行った。対向車線の向こうを見れば民家の広い敷地に井戸があるので、道路を渡ってそちらを見学。ふたがしてあり現在は使われていないようだが、やぐらの付いた立派な井戸だ。そのまま、右側の歩道を行く。
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 下りにかかる前に左側に戻り、そのあと多少アップダウンしながら、上石井集落へ。いつの間にやら兵庫県だ。
 国道から左折し上石井の集落の中へ。佐用川の両側にそこそこの軒数の農家が集まっている。すぐに彼岸花の咲く集落を抜け、川沿いの細い道となる。そこからはただひたすら川沿いの県道556号線を登る。台風と秋雨前線の長雨の為、川の水は岩を食んでごうごうと音を立てているが、濁らず澄んでいる。
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 人里離れた山間部を進んでいる雰囲気なのだが、時折谷が開け田んぼと小さな集落が広がる。稲刈りがほぼ終わり、やはり彼岸花が見られる。
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 いつしか雨は止み、ただ走ることに集中していた。これこれ、この集中した気分が好きで自転車に乗っているんだ。こんな道が大好きだ。いい道に出会えた喜びを感じて走る。
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 じわじわと緩やかな登りが10km近く続き「おねみ滝谷オートキャンプ村」から勾配がきつくなる。キャンプ場は最近はほとんど利用されていないようで、テントを張るデッキが痛んでいる。
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 ローギアが34Tのスプロケットは、ダート用ブロックタイヤのホイールに付けたままで、今日はローが28T。まあ、県道だし急坂でも常識の範囲だろうという想定できたが、その通りで最大でも10パーセント余りといったところ。去年の小樽の励ましの坂への挑戦以来、急坂の基準が変わり、この程度では特別な急坂とは思えなくなった。
 キャンプ場からはGPSレシーバーの標高の値がぐんぐん増して、県境、そして播作国境の奥海乢(おねみのたわ)に到着。標高650m。ここは日名倉山の登山口にもなっていて、廃墟のような山小屋がある。そういえば、峠の手前にもこちらは廃墟の山小屋があった。
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 結局、上石井を過ぎて出会った車両は、追い越したクルマが3台、すれ違ったクルマも3台。すれ違ったうちの1台は道路のパトロール車で、まとまった雨の後のパトロールをしていた。後、すれ違多々バイクが1台。郵便配達だった。
 石碑が立っていて「希望峠」と彫られているが、奥海乢が古くからの名称のようだ。
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 峠を越えると木々の合間から後山連山が見える場所があったが、稜線は雲に隠れている。岡山県の最高峰で、兵庫県3位の標高を誇る後山を主峰とし、南東から北西へと1200~1300mの峰々が連なっている。
 やや急激に国道429号線へと下る。先ほどクルマで志引峠を越えてきた道に合流。まだまだ下りが続く。
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 しばらく行くと後山の集落が見えてきた。後山連山の南斜面に位置する旧東粟倉村は、ほとんど平野がない。その中で比較的なだらかな広がりを見せているのがこの後山集落。もちろん傾斜地の集落だが、後山連山に抱かれた盆地のように棚田と集落が広がっている。また、「おもちゃ村」や宿泊等の施設「愛の村パーク」など立派な建物が、集落のはずれの高台から見下ろしている。さらに、はるか上にはパリの凱旋門のような白い建造物。日名倉山の肩にある「ベルピール自然公園」という施設。見えているのは、鐘のある建物。そこまでは志引峠から車道がついているが、天気のいい日に行かないともったいない。
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 いつしか薄日が差し、どんどん天候が回復しているもよう。しかし、後山は完全に姿を見せてはくれていない。ただただ大きな山塊の中腹が見えているだけ。
 さらに下る。国道だけあって、登りに使った県道よりもカーブが緩くスピードが出せる。想定通りだ。クルマも少なくて、数えていないが追い越したりすれりがったのは合わせて10台くらいだろう。
 道は後山川に沿っていく。ヤマメ・イワナ・アマゴ・ニジマスの養殖場があり、渓流だということを感じさせる。県道556号線沿いにも養殖場が一つあった。
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 しばらく下ると信号があった。本日のコース唯一の信号だ。その辺りには、交番や保育所、小学校があり、少し先には美作市役所東粟倉支所と主要機関が集まっている。後山集落の方が人口はまとまっているように思われるが、そちらには観光施設が集まり、こちらは住民のための施設が並んでいる。
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 下っていけば谷が広がり勾配は緩んで周囲は田園風景となる。彼岸花や秋桜など秋の花が咲いている。ほぼ平坦になり、久しぶりに真面目にペダルを漕ぐ。すぐに道路わきにスペースに止めたクルマが見えてきた。結局、カッパの出番はなかった。
 スタート時には見えなかった後山連山の山腹を見ながら自転車を撤収。小ぶりの雨がすぐに止んだことと、泥除けの効果でフレームはほとんど汚れていない。
 さあ、帰ろう。酷道は往路だけで十分だ。佐用町へ南下。無料の鳥取自動車道が1区間だけ使えるが、そんな野暮な道を通るつもりなどない。こんな遠くに来たのだから田舎道を存分に楽しもう。
 自転車で走った道をおさらいするように国道373号線を走り上石井を過ぎる。智頭急行、用川と絡み合いながら進み、道の駅にトイレ休憩で立ち寄ったら、道路の向かいには歴史的な風情ある家並み。平福の宿場だった。せっかくなので町並みを見物。智頭急行の木造駅舎もまた、立派な佇まい。
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 寄り道を楽しんだら、佐用の中心街へ。佐用といえば数年前の水害が思い起こされるが、この夏から秋の何度かの気象警報発令では大丈夫だったようだ。思えば、今日のアプローチの酷道の峠や自転車で走った道もよく通行止めとならなかったものだ。ラッキーだった。
 あとは旧南光、旧三日月と経由し、先日の8の字周回ツーリングの記憶に浸る。宍粟市の山崎から養父市大屋町に北上し、あとは東寄りに進路をとって帰丹。
 9月下旬。約25.6km。

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2016/09/20

旅のテレビ番組

 当ブログでも報告した、この夏の北海道の旅。一般的な観光旅行とはだいぶ異なる。
 宿も交通機関もあまり事前予約をせず、極力行き当たりばったり。安い相部屋の宿に泊まるかキャンプをして、旅の費用を抑える。一人旅が多く、その分旅先で偶然出会った旅人同士のつながりが強い。もちろん明確にそう決まっているわけではないけれど。
 こうした一般的にはあまり知られていない自由な旅のことを取り上げたテレビ番組が、最近少し増えてきているように感じる。

■2016年9月19日放送 NHK「にっぽん紀行 北の大地を走る ~自分を見つめる自転車の旅~」
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 「励ましの坂を上りきれ」からちょうど2年。「励ましの坂」では、その坂、および坂の上の旅人宿「とまや」を舞台に、そこに集う旅人と宿主家族を描いた番組だった。
 にっぽん紀行という番組は、定点観測に近いスタイルで、地域を固定して数日から数ヶ月にわたって取材をした番組というイメージだった。今回の「北の大地」は、札幌の「Mr.Bicycle」というかつて自転車で日本一周をした店主が営んでいて、サイクリストが立ち寄る理髪店を舞台に展開していくものかと思われた。ところが、番組中盤以降立ち寄ったサイクリストの旅に密着していくロードムービーならぬロードドキュメンタリーといったようなスタイル。要するに旅そのものを取材した画期的な内容だった。
 思い返せば、昨年夏に「にっぽん紀行」で道東の原野を貫く70kmのトレイル「北根室ランチウェイ」を扱ったときには、トレイルを開拓した男性を中心にしていたが、後半はその男性の下でトレイルの管理などを手伝っている若者が実際に自分でトレイルを歩く旅に密着したロードドキュメンタリーとなっていた。そして、「旅を通じて成長する若者」を描いていた重なる内容。

■2016年9月12日放送日本テレビ「月曜から夜ふかし」
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 少し前の記事へのコメントにあるとおり桃岩荘ユースホステルが取り上げられた。目を引いたのは、動画撮影禁止とされているミーティングの様子が、短い尺ではあったが伝えられたこと。貴重な映像だ。
 もっと印象的だったのは、お出迎え、そしてお見送りのシーン。番組MCもワイプ画面で「えーっ(宿のスタッフだけでなく)客も一緒にやってんの」と驚いていた。前述の「励ましの坂」では、自転車で急坂を登るサイクリストを宿主家族だけでなく泊まりあわせた旅人も応援するシーンで「励ます人もまた旅人」という字幕がとても心に残った。当方の夏の旅のダイジェスト動画の桃岩荘のお見送りシーンに「見送る人もまた旅人」という字幕を入れたのもその影響だ。
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宿の前で一度盛大にお見送りをしておいて、またフェリーターミナルでもお見送りをする。「客も一緒についていくの」と驚いていたが、それはさらにお見送りのために山越えの4kmを歩いていっているということを知ったらさらに驚くことだろう。

 ついでに、北海道の旅から帰ってきて、見返した過去のテレビ番組をあげる。
■2014年9月23日放送 NHK「にっぽん紀行 励ましの坂を上りきれ」
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■2010年8月26日放送 NHK「にっぽん紀行 何もないから良いのです~北海道最北の無人駅~」
 宗谷本線抜海駅での定点観測。自転車でもすぐそばを通過した。立ち寄ればよかった。

■2013年9月1日放送 NHK「小さな旅 風を切り北へ~サロベツから宗谷岬~」
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 日本海オロロンライン、あしたの城、漁師の店、北を目指す自転車やオートバイの旅人。

■2014年2月28日放送 NHK「ドキュメント72時間 最北のバス停で」
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 宗谷岬のバス停で2013年から14年の年越しを定点観測。この夏、興部のライダーハウス「ルゴーサ・エクスプレス」で泊まりあわせたライダーが、スパイクタイヤを履いたスーパーカブでこの年越しに参加していたとのこと。

 NHKばっかり。

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2016/09/18

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 丹後から100km以上もあるけれど市街地をほとんど走らずにアプローチできる播磨の国。中国山地と瀬戸内海岸の間には平野あり川あり山ありののどかな景色が広がる。道を選べばクルマも少なく、自転車で走るのにもってこいのエリア。
 新宮から国道179号線を西に進み、JR姫新線の三日月駅を過ぎ、そのまま線路に沿って町道に入り久保集落を左に見ながら通り過ぎ、旧三日月町と旧南光町の境に近い路肩の広場にクルマを停める。
 本日の自転車はランドナーで、ダート走行も想定してブロックタイヤのホイールを装着。走り出す前にブレーキシューを交換したら、結構時間を費やしてしまい、日が傾いてきた。ダートを走る余裕があるかな。
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 まずは姫新線と志文川を越えて久保集落へ。集落奥の急勾配の道に取り付き、50m程登ったところの急斜面に建つ動物避けのゲートを空けて通過し、さらに急勾配を登る。要するに、ずっと急勾配のままなのだ。
 ちなみに久保から多賀登山の西の峠まで、およそ2.9kmで290も登る。平均勾配10パーセント。実は、峠の手前に勾配が緩い区間があるので、その手前まで出計算すると1.8kmで240m。なんと平均勾配が13パーセント。平均が、である。
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 最もきついのは、下部のゲート前後。ヘアピンカーブで、路面にレンズの高さを合わせ、カメラを水平の状態で撮った写真から計算した結果、カーブの外側で20パーセントあまり。内側では40パーセントという恐ろしい勾配。どんな風にコース取りをしても、小樽の「励ましの坂」や丹後の天橋立の成相寺へ登る坂の最大勾配以上の急斜面を越えねばならないということになる。
 もちろん、この路線は林道なので、国道、県道、町道などの一般道とは道路設計の条件が異なる。今では全線コンクリート舗装が施されているが、5年ほど前までは、峠から南側はダートだった。
 細い道のため蛇行することもできず、押して登る。26X34Tのインナーローでも歯が立たない。神社を過ぎるとようやく乗車できるようになる。前回この坂を上ったのは、昨年の6月。同じ自転車だが28Tがローギアというセッティングの時だった。登りのほとんどを押していた。今回は34Tのローギアの効果で後半は乗車できた。
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 多賀登山の頂の西北西500mの地点の峠に到着。標高は400mちょっと。三ツ尾方面へと下る。前述のとおり、かつては未舗装だったが、5年ほど前、中腹にごみ処理施設ができたころ舗装されてしまった。こちら側も急坂で、体を後方に移さないとブレーキで後輪が浮き上がってしまう。ダートの時はさらにスリリングだった。
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 ごみ処理施設建設のための伐採により、播磨科学公園都市が見える。大型放射光施設SPring8などの施設がある。ごみ処理施設を過ぎると、一般車両が通れるように常識的な急勾配に整備しなおされた道となる。すぐに果樹園となり林道区間は終了。こちら側にはゲートはない。標高差は100mあまり下ったことになる。
 ここで大下り集落を経由して志文川まで下りそのまま川をさかのぼれば、いつもの周回完了である。が、今日はオプションを付け加える。三ツ尾集落を越えて南下してすぐ、先ほどの林道終点から600mほどの距離をゆるく登り、大畑集落の手前の分岐を左に。ダートが始まる。この道のために、ブロックタイヤのホイールを装備してきたのだ。
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 林間のダート道でゆるくアップダウンを繰り返す。途中からは通行がほとんどないらしく、路面に雑草が生えている。
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 1.3kmほどで峠となり、その先はやや急勾配の下り。手ごわいのは、路面の深い溝。ところどころ深さ30㎝位もあり、乗車では越えられない。クルマは通っていないようだ。800mほどで三原集落に出る。動物除けゲートを越えて舗装路に戻り、舗装路で三ツ尾に戻る。標高差60mほどを上り返し、約4kmの周回を完了。ダート付きのオプションで変化のある8の字コースとなる。
 さて、再び果樹園の交差点から大下りへ。志文川の支流の渓谷沿いの細いグネグネ道。ブラインドコーナーを越えると、道の真ん中にたたずむ大きなシカの姿にびっくり。向こうもびっくりしたようで、すぐさまガードレールを越えて谷へと降りて行った。しかし、そののり面は崖のような急勾配。スキー場の上級車コースどころではない。そこを駆け下っていった。少しでも躓けば前転してしまう。源平の一の谷鵯越の合戦で、源義経が「鹿も四つ足、馬も四つ足」といって断崖を駆け下りて奇襲をかけた、という「坂落とし」の逸話があるが、馬都市化では身軽さがだいぶ違う気がする。
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 大下りから奥多賀の間、つまり旧三日月・南光町境もかつてダート区間があった。ダートと舗装の混在周回コースとして開拓したのだが、いつしか舗装路のみとなってしまった。そこで今日のオプションでダート区間を付け加えた。こちらは、舗装される心配はなさそうだ。
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 狭い田んぼが現れたら奥多賀集落は近い。一気に道はセンターラインがひかれた広いものとなる。勾配は緩くなったがまだ下り基調、ぐんぐん飛ばす。ああ日が落ちてきた。谷が開けてきたら、志文川本流が近い。
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 志文川を渡って、国道179号線へ続く県道368号線へ出るとたまにクルマが通るので、ライトを点灯。その道も1kmほどで姫新線沿いの町道へ。もうゴールは近い。
 9月上旬。20.0km

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2016/09/06

今度は道北も

 台風12号のなれの果ては、6日熱帯低気圧から温帯低気圧へと変わった。暖気団の真っ只中から寒気団との境界まで北上したということだ。ということで前線を伴い、その寒冷前線がかかった北海道は全域で雨。8月は比較的雨の被害が少なかった道北が、今日は記録的な豪雨に見舞われたようだ。
 稚内、猿払、豊富、礼文、利尻、利尻富士の最北6市町村に大雨(一部には洪水も)警報が発令された。稚内市街の冠水のニュース映像、そして利尻では「50年に一度の大雨」と報じられた。
 今はインターネット(SNS)があるから、夏にお世話になった人々が大事に至っていないことがすぐに確認できたけど、道路の通行止めなど不自由が起こらないようにと祈るばかり。
 ところで、近畿北部は、北西の風が吹き午後は少し涼しく、夕方から弱い雨も降ったけど、蒸し暑い。真夏日にはならなかったのに、湿度が高い。

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2016/09/05

晩夏の丹後半島一周2016

 毎年、薫風の5月に丹後半島一周をしているのだが、今年初めの土砂崩れで蒲入付近で道路が通行止め。復旧したのは6月下旬。すでに爽やかな季節は終わり、蒸し暑く、梅雨末期の不安定な空模様が続きいた。そして盛夏を迎え、とても日中に自転車で走ろうと思えない気温となった。
 8月末、台風が温帯低気圧となって寒気を呼び込んだ。一時的に気温が下がり、その後真夏日ながら湿度が極度に下がり(最小で30パーセントを切った)爽やかな日があった。
 20年ほど前、晩夏の時期にも好んで丹後半島一周していた。暑さも下火となり、クラゲの発生もあって静かな海水浴場だが、まだ透明で青い夏の表情を残した海を見ながら走った。
 残念ながら次の台風の接近もあってじわじわ蒸し暑さが戻って来たが、思い切って丹後半島一周を決行した。暦の上ではセプテンバー、でもハートはまだサマー。稲刈りはまだ本格的には始まっていない。
 こうして、今シーズン初、生涯通算45回目の丹後半島一周が始まった。
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 例によってだらだらと過ごし、出発は昼前になってしまった。11時15分スタート。
 まずは弥栄町から黄金色の田んぼの中を北上。竹野川に沿っていくのだが、クルマの多い国道482号線を避けて農道などをつないで行く。
 竹野川河口まで走り、右折、日本海を左に見ながら海岸段丘へ登る急坂へ。筆石の屏風岩を見下ろす。このあたりの透明感のある明るい青の遠浅の海がとてもいいのだが、なんと濁ってあまり美しくない。出発の時の青空がいつしか雲に隠れていることも影響している。昨日は過ぎ去った台風の影響で風が強かったが、南風だったので半島北岸は穏やかで濁っていないと思ったのだが、なかなかうまくいかない。数日前、台風10号の間接的な影響で警報が出る大雨にみまわれた。その時に竹野川から流れ出した濁流の影響もありそうだ。
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 ここまで来てやめて引き返すわけにはいかない。海岸のアップダウンをクリアして久僧の「近畿最北のスーパーマーケット」で昼食を買う。さあどこで食べようか。
 さすがに蒸し暑くなってきた。薄い雲で覆われて炎天下でないのがいいのか、すっきり晴れて空も海も青い景色がいいのがいいのか。袖志の海岸には波が打ち寄せていた。微風により汗がすぐに乾いていくのはありがたい。気化熱万歳だ。
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 経ヶ岬に近づく。かつては国道沿いにレストハウスがあったが、岬の灯台の近くまで道が伸びたため、今は更地となっている。ベンチも撤去されロープを張って立ち入り禁止になった。ここでの昼食は諦めて先へ進む。白南風(しらばえ)トンネル(経ヶ岬隧道)への標高差100mをクリアし断崖絶壁のカマヤ海岸へ。ここは下り基調なので飛ばす。
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 蒲入手前の甲崎のトイレのある駐車スペースで昼食の大休止。ベンチに腰掛けてダイナミックな海岸を見ながらさっき買った物を食べる。が、日なたなのであまり長居をせずに出発。
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 その後、半年近くにわたって通行止めだった区間へ。それは、蒲入の集落のすぐ上を走るところ。集落のすぐそばなので抜け道の一本くらいありそうに思うのだが、それを許さない地形ということのようだ。
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 去年までは蒲入峠を越えていたが、蒲入トンネルの開通によりアップダウンが一つ減った。
 今まで通らなかった海沿いの道から、トンネルでワープして本庄宇治へ。野室崎と新井崎を越える激しいアップダウンへ挑む。まずは野室崎。登り始めが最も急勾配。小樽の励ましの坂など20パーセントを越える急勾配に対応した低いギア比のため、何とか乗車でクリアできる。出だしさえクリアしたらあとはゆっくりじっくり登れる。ノンストップで、標高差130mをクリアできる。
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 途中、法面の崩落防止の工事で通行止めが予定されているようだ。通れるうちに訪れたのが幸いだった。
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 いったん泊の海岸まで下る。絶壁に囲まれた静かな入り江だ。そして再び新井崎越えの登りが始まる。ここもきついが、まず出だしで半分ほど登ってから水平な区間となり新井集落を越えてから後半の登りが始まる。後半の上りは2つコースがあるが、そのうち大原経由のやや内陸へ向かう方を選ぶ。こちらのほうが標高差も勾配もきついが、千枚田と呼ばれる棚田を通ることができる。海を背にした黄金色の小さな田んぼの絶景だ。
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 さあ、あとは伊根湾へと下る。が、入り江に降り立ってびっくり。元々床下浸水しているようなつくりの舟屋だが、その水位が見たことないほど高い。高潮だ。
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 舟屋の見える浜辺で小休止したあと、若狭湾を左に見ながら南下。微風ながら追い風で快走。
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 宮津市大島では砂浜が水没していた。海岸線の曲線の加減で、道路が東西に伸びている区間では、高潮と昨日の南風の影響だろう、道路に波をかぶった痕跡があった。
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 伊根から天橋立の北詰にあたる江尻までの区間は、丹後半島の海岸線には珍しい平坦区間。追い風の助けもあって快走なのだが、クルマが多くてストレスがたまる。
 江尻で休憩したあと阿蘇海沿いの自転車道へ。クルマがいなくてうれしい。日が傾いて少し涼しくなってきたのもさらにまたうれしい。
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 このあたりも高潮で道路が冠水しているところがある。防波堤は波を防ぐもの。高潮は、川や用水路を遡って襲ってくる。
 与謝野町男山から内陸に入る。最後の山越えだが、脚がつった。脱水症状を起こしているようだ。本日準備した飲料水は1.5L。わずかに残っていた最後の水を飲み干して小休止。そのあと、落ち着いたが、京丹後市大宮町延利(のぶとし)を過ぎ、久住(くすみ)から最後の最後ののぼりにかかったところでまた脚がつった。もう水はない。でも登りはわずか。残り標高差40m程。だましだまし行く。
 登り切ったらあとはもう心配ない。暑かったけど18時ちょうど、無事にゴール。いくつかの集落ではコスモスが咲き始めていて、晩夏と初秋の境目といった雰囲気。ああもう少し青い海が見たかった。
 約83km。9月上旬。

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台風が北日本を集中攻撃

 まずは、このたびの台風等で被災された皆様に、お見舞い申し上げます
 8月中旬から下旬にかけての1週間に台風7.11.9号が東北地方の太平洋側を北上してすべて北海道に上陸した。すさまじい波状攻撃である。
 例年ならばこの時期、太平洋高気圧にブロックされて台風が立ち入ることができないエリアに進入していった。太平洋高気圧の張り出しが弱い、と思ったが、確かに張り出していないが「弱い」という表現は的確ではなかった。勢力は決して弱いわけでなく、例年より北東に位置しているのだ。
 日本付近の海域では、海水温が高い状態のため、東北地方の東側の太平洋の水蒸気をエネルギーとして強い勢力のまま北上、上陸した。
 夏の北海道を自転車で旅しているときに台風に襲われた経験はある。ただし、正確には台風の成れの果ての温帯低気圧だが。
 1992年の台風10号は8月8日に九州に上陸、その後日本海に抜け9日秋田県沖で温帯低気圧となった。その後、東北の北部および北海道に上陸した。
 九州、本州、北海道への何度も上陸、そして太平洋ほど水温が高くなく水蒸気の供給が少ない日本海を通って熱帯低気圧としてはいったん勢力を弱めながらも、温帯低気圧に転身して上空の寒気などをエネルギーにして勢力を維持して(あるいは強めて)北海道を襲った。気象庁の「災害をもたらした気象事例」のデータベースによれば、「北海道では南部を中心に、9日の日降水量が200mmを超えた所があった」とのこと。これは北海道では相当な雨量だ。ちなみに5年前の紀伊山地の水害の時、降り始めからの積算雨量の多いところでは、2000mmを越えている。まさに桁違い。地域により耐性は異なる。
 その時の私は、8日ウトロを出発して霧雨の知床峠を越え、羅臼を経由して中標津、開陽台のすぐ近くの宿「地平線」へ。テントを持っていたが、台風の接近のため、宿に連泊をした。9日は朝から強い雨が降り続いたが、同宿の人のご好意で羅臼までドライブに連れて行ってもらった。そんな雨の中でも走っているオートバイがいたし、宿の近くの開陽台キャンプ場でテント泊している人もたくさんいた。
 また、暖気のみで構成される熱帯低気圧(その強いものを台風と呼ぶ)から温帯低気圧に変わったためと思われるが、低気圧の訪れによって気温が下がった。低気圧が去った10日には快晴となりキャンプツーリングを再開することができたが、夜は寒くてテントの外で過ごす事ができなかった。
 さて、この夏の話である。前述の24年前の夏との違いは、波状攻撃である。大地、特に山林などは保水力を持っているのだが、許容量がある。次々と台風による大雨を畳み掛けられると、各所で洪水や土砂崩れが起こやすくなる。
 すでに3つの台風で被害が出たところもあったが、さらに8月末の台風10号がダメを押す形となってしまった。
 そもそも、熱帯低気圧が発達し台風が発生したのが八丈島の東と日本本土近海。その後南西に進んで大東島の南(沖縄本島の南東)まで到達して停滞したあと、また発生した八丈島の東海上まで戻ってくるという迷走。そのあと北上し、東北地方を岩手県大船渡から北西に向けて津軽半島で海上に出て、北海道松前半島をかすめて日本海を横断、ロシア極東方面へと向かっていった。行ったり来たりの迷走、西進などは本来日本のはるか南の海上で起こすような動きである。
 上陸こそしなかったものの北海道では空知川の氾濫により南富良野の集落全体が水に浸かった様子が報道された。
 上陸しなかったといっても、それは台風の中心(目)のことで、特に東側に大きく広がる雲が北海道の南岸を襲った。特に南風が日高山脈に沿う形で十勝平野に侵入。十勝清水や新得など平野から山に変わるところで、山肌に沿って上昇気流が発生。同じ箇所に次々と積乱雲が発生し長時間にわたって豪雨を降らせるバックビルディング現象が起こったのではないかと思われる。また、日高山脈と十勝連山(大雪山地)に阻まれて行き場を失った南風は、狩勝峠に突破口を見出し、雨雲(積乱雲)が集中して南富良野方向に抜け、空知川を決壊させたのではないか。なんてことを地図を見ながら創造する。
 南富良野の中心街、幾寅も2000年夏に自転車で、2006年夏に自動車で訪れている。1999年公開の映画「鉄道員(ぽっぽや)」で幾寅駅(映画では「幌舞(ほろまい)駅」)が使われて、周辺には野外セットの建物も残されいた。すべて水に浸かっているのだろう。
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 また、東北地方の被害も甚大で、岩手県岩泉町の高齢者施設でまとまった数の人的被害をもたらした。ここも訪れたことがある。それも今年3月、つまり5ヶ月前のこと。フェリーを下船した秋田から岩手の沿岸へとクルマで向かう時のこと。岩泉の道の駅によっている。高齢者施設は道の駅から300m程しか離れていない。施設のことは記憶にはないが、川沿いの道をずっと走っていたので、水があふれた小本川ははっきりと覚えている。また、その夜泊まったのは宮古の中心街のかつてはユースホステルも営んでいた旅館だが、こちらも5年前の津波に続いて浸水被害を受けている可能性がある。
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 岩泉町や宮古市は台風が上陸した大船渡の北側に位置し、台風が再接近した時には海からの風が吹いていた。10m/sを越える強い東風だ。これが北上山地に当たって上昇気流となり雨雲を発生させた。
 なお、日本海北部を横断してロシア極東へ向かった台風10号の成れの果てだが、別の低気圧に引き寄せられる形で北朝鮮北部でひとつの低気圧になった。北朝鮮も大変な被害に見舞われたようだ。
 そして、9月に入って台風12号が日本に接近。今日(5日)長崎県に上陸して日本海の山陰沖を進んでいる。動きがゆっくりのため勢力を弱め、熱帯低気圧に変わった。今でこそ「熱帯低気圧」だが、かつては「弱い熱帯低気圧」と呼ばれていた。「強い熱帯低気圧」を台風と呼び、「熱帯低気圧」はそれらの総称だった。それが、「弱い」とつくことで人々が油断すると言うことで、今の呼び方に変わった。
 暖かい海水の水蒸気を主なエネルギーとする「熱帯低気圧」に対して、上空の寒気、つまり寒気団と暖気団の交じりあうエネルギーによって貼ったするのが「温帯低気圧」。スピードが速く強い勢力を保ったまま、寒気団の存在する緯度まで進むと「温帯低気圧」となり、また別のエネルギーによって発達する。

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