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2016/08/22

オホーツクから道北への自転車旅7

■猿払から稚内へ
 鬼志別を過ぎると、周囲になだらかな山が迫って来て、雰囲気ががらりと変わる。木々の雰囲気も並走する鬼志別川の流れも高原のような雰囲気となる。北海道らしい風景の展開だ。小石の集落が現れた。浜鬼志別も鬼志別もそんなに大きくなかったが、小石はさらに小さな山間の集落だ。25年前の旅の紀行文の中の「雪に埋もれた集落」のひとつなのだろう。
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 また、なんとなく2年前に廃線になった道南のJR江差線の木古内・江差間の風景を思い出す。紀行文を読み返したのは今回の旅を終えてからのことで、リアルタイムでは旧天北線の沿線を走っていることなど知らないわけであるが、なんとなくかつての鉄道沿線の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
 「小石交流センター」なる施設があって、立ち寄る。比較的新しい鉄筋コンクリートの無人の建物で、その前は広場となっている。旅を終えてからふと気になって調べてみたら、やはりこれは天北線の駅があった場所だ。鉄道が廃止となり、代替バス路線の停留所となるが、2011年にバス路線もなくなり「交流センター」が建てられたそうだ。
 小石を過ぎるとじわじわと登りがきつくなり、オホーツク海側と日本海側を分ける峠へと迫る。かつての天北線の代替バスはこの峠道を通っていたということになるが、自転車で走っているときにはそんな認識はないし、また25年前の冬の紀行文を読んでもそんなに細かい風景まではよみがえってこない。
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 峠は標高170m程だが、周囲の山は立木が少なく笹に覆われていて、まるで高山のよう。右手はるか遠方の丘を大きく高くしたような山々の景色は、宗谷丘陵を思わせる。そうだ、あの方向は北だから、実際宗谷丘陵から続いているわけだ。
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 峠を越えると稚内市。少し下ったら、正面に雲をまとった大きな山が見えてきた。利尻富士だ。さらに下っていくと周囲の小高いピークに牛が集っている。なんとも起伏のある牧草地だ。地元丹後にある碇高原と似ているが、その規模はぜんぜん違う。やはり北海道は広大だ。
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 峠道を下りきったようで風景が開けてきた。そして曲渕の小さな集落。ここも25年前のバスの車窓に見た雪に埋もれた集落なのだろう。今は、乳母車を押す女性の姿が見られる。気温は高めだが、本州や道南ほどの暑さではなく、乾いた風が心地いい。朝の湿気の多い曇天とは打って変わって、気持ちの良い快晴だ。結構日焼けしてしまった。3日ともスタート時には曇天ため日焼け止めを塗らずに走り出し、その後晴れてきて気付いた時にはすっかり日焼けが進行しているパターンだ。特に、オホーツク海岸を北西方向を向いて走っていたため、左側から日差しを受け、左腕と左脚と左頬が右側と比べてややきつく焼けている。
 鬼志別からずっとクルマは少ないし、旅人も少ない。ツーリングのオートバイとであったのは2台ほど、自転車には全く出会わない。やはりこの辺りまで来れば、宗谷岬を目指すのだろう。私は、自転車で2度、スーパーカブでも1度、宗谷岬に到達しているので、今回はあえて内陸部を選んだ。結果としては、大満足の絶景コースだった。もちろん、この好天のおかげでもあるので、宗谷岬を訪れていたとしても楽しめたことだろう。
 内陸ルートを選んだ別の理由は、宗谷本線の列車に乗り込もうと目論んだからだ。内陸ルートにはいくつか候補を準備していて、初めは浜頓別から豊富への道道84号線を考えていた。ただし、猿払から浜頓別まで来た道を戻るのは遠回りだし、面白くないので、浅茅野から道道732号線で84号線の途中にショートカットしようと考えた。ただし、732号線は、湿原の中を行くダートの道で、冠水したりぬかるんだりすることもある。また、熊に遭遇する危険もあり、エンジン音のしない自転車で、しかもソロでは危険だと思われた。実際、前日の道の駅で確認したところ、732号線は通行止めとなっていた。というわけで、84号線よりも北の138号線を選んだ。それにより、宗谷本線に乗り込む目標の地点は、豊富駅から兜沼駅へと変更。
 この後、稚内に向かう。前の2日間がんばって走ったので列車で楽をしようと思った。でも、道路の案内板の距離表示を見ていると、この先の沼川集落と稚内の距離の差は20kmほどしかない。横断ルートが北に変更されたので、輪行の手間をかけるより走ったほうが楽なくらいの距離となった。天気もいいし稚内まで自走しよう。
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 牧草地が広がる景色を見ながらしばらく走ると沼川。やや大きめの集落。道端の花壇や民家の庭にコスモスなどが咲いていて華やか。小中一貫の天北小中学校があった。写真を撮っていると、小学生の自転車軍団が「こんにちは」と通り過ぎていった。
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 沼川からさらに西へ、兜沼を目指す。アップダウンがある道となりペースダウン。結果的には列車に乗り込むにはかなり急がねばならなかった。でも、もう乗らないと決めたからのんびりマイペースで行く。
 いつしか豊富町へと入り、一時見えた利尻富士が再び見えて来るんではないかと思いながらアップダウンを越えていくが、なかなか見えない。
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 道道138号線は、国道40号線の自動車専用バイパスの豊富北I.C.付近で従来からの国道40号線に合流する。ここでやっと利尻富士に再会。1kmだけ国道を走り、道道1118号線に右折すると、利尻に向かって進んで行く。しかし、兜沼が近づくと利尻はまたも姿をくらませた。
 兜沼から宗谷本線と付かず離れずする道道518号線で北上。稚内までは沼川から北に、つまり旧天北線に沿っていくのが近いのだろう。でも、25年前に冬に訪れた、勇知の集落を通ってみたい。相変わらずアップダウンが続き脚にこたえる。距離も割り増しだろう。
 勇知は小さな集落だ。現在も宗谷本線の駅があるが、旧天北線沿いに点在していた集落と変わらない。まあ、現行路線といっても、特急が止まらない勇知駅の発着は上下あわせて8本程度。通過する特急を数に入れてもその倍にはならない。北海道新幹線からはるか遠い道北では、ダイヤ改正で列車の本数が減る一方の厳しい状態である。また、新幹線が通る地域でも、並走する在来線は廃止となり、新幹線の駅に選ばれた地以外では駅がなくなってしまった。
 さて、また25年前の思い出話。JRのワイド周遊券で冬の北海道を旅していた時に泊まったサロベツの宿で、勇知の雪祭りに連れて行ってもらった。札幌の雪祭りのような観光客が押し寄せるものではなく、地元の人が楽しむ手作りの祭りだった。ちょっとした雪像が作られ、宝探しといってあちこちに番号を記した紙が隠され、それを見つけて交換所で景品をもらう。宝探しといっても、あまりにも簡単に紙は見つかり、まとめて交換所に持っていったら景品は子ども向けのお菓子ばかり。恥ずかしくなって、周りにいた子どもに配った。
 その雪祭りは夜のことだったので景色は覚えていない。紀行文を読むと、会場は小学校のグラウンドだったようだ。さらに調べたら、その小学校はこの春に閉校式が行われたという。鉄道は廃線となり、バス路線は変わり、ライダーハウスも閉鎖されたり新しく生まれたりし、学校が閉校になる。さすがに25年という歳月は長い。
 抜海の駅に近づくとようやく線路と道道がへ移送する。そして正面に日本海が見えてきた。水平線の上に陸地が見える。利尻富士の裾野かと思ったら、礼文島だった。礼文島がこんなにくっきり見えるのは初めてだ。標高1700mの利尻富士の姿は北海道本土から比較的よく見える。目標が大きいし、上空の方が空気が澄んでいる。水平線付近が霞んで平べったい礼文が見えないことが多いのだ。
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 日本海に沿ったオロロンラインに出るとさすがに行き交う交通が多い。徒歩旅行者が荷物を下ろして歩道に座って休んでいる。快晴の空の下、みな気分が上々。オートバイのほとんどが手を上げて挨拶してくれる。追い越すクルマの助手席のまどから手が振られる。こちらも上機嫌で、利尻礼文を左に見ながら北上。いろいろ迷いながらのコース取りだったが、この道を選んでよかったのだろう。自転車、スーパーカブあわせて4回目のこの道だが、こんなに天気がいいのは初めてだ。
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 このまま海沿いを行く道と、稚内市街に向かう道との分岐が現れた。後者の方が近道なのだが、ノシャップ岬を突端とする半島を越えるちょっとした峠越えをしないといけない。その上り勾配が急なのを見て、海沿いを選ぶ。
 しかし左前方から向かい風。正午を過ぎて徐々に空腹がおそってくる。浜鬼志別での朝食以来、ずっとセイコーマートも、ほかのコンビニも、スーパーマーケットもない状態で70km以上走ってきている。途中で輪行の予定だったので、行動食も持たずに走っている。
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 ノシャップ岬に到着。まずは腹ごしらえ。ここまで来たら寄りたい店がある。「漁師の店」だ。その名の通り漁師が経営する海鮮販売の店と食堂である。店の前にツーリングの荷物を積んだクロスカブが止まっていて、そのライダーと思しき若者がお母さんと話しながら出てきた。そして、自転車の私に対して「ここ泊まれるそうですよ」と店の二階を指さす。「うん、泊めてもらったことあるよ。」店の二階はライダーハウス。雑誌やネットなどにはあえて掲載されていないが、宿泊料の割に豪勢な食事が提供されることが旅人同士の口コミで伝わる。私も別のライダーハウスに泊まりあわせた旅人から話を聞いて、2度お世話になったことがある。そのお礼がてら、今日はそこで昼食だ。刺身定食を注文したが、先に食事をしていた家族連れが「食べきれないから」と刺身を差し入れしてくれた。それを食べ終わったとたんに自分が注文した刺身定食が届く、刺身三昧。もちろん余裕で食べきったよ、自転車乗りだから。

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コメント

激坂制覇おめでとうございます。私NHKの番組後半に出ていた髭面の者です。私は今年残念ながら上れませんでした。はいかい様のブログ楽しく拝見させてもらってます。今回の北の旅7のラストのセリフはしびれました。

投稿: 清水伸幸 | 2016/08/23 00:29

清水さん、初めまして。といっても、こちらにとってはお姿もお声もおなじみなんですが。
 あの2年前のNHKの「にっぽん紀行」はお気に入りの番組で、当然今回の旅を終えてからもまた見返しました。清水さんと私は同世代、実は名前も似ていて、他人とは思えないでいます。ちなみに、あの番組の前半の主役の若者の名前も、同じ漢字ですね。
 「励ましの坂」もいいけど、やっぱり「とまや」がいいですね。とまやに泊まりたい。そのためには、坂を上らないといけない。どうせなら足をつかずに上って、やったね、と言ってもらいたい。そういう感じです。
 やはり同世代の山口のOさんと清水さんとの髭面ツーショット写真がとまやのブログやSNSに載ってましたが、お二人にはいつかお会いしたいですね。
 旅のレポートはもう少し続きます。今後ともよろしくお願いします。

投稿: はいかい | 2016/08/23 20:40

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