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2016/08/31

久しぶりの B and B 通勤

 暑くて自転車で通勤していなかった。台風10号の間接的な影響で、29日は昼過ぎから大雨警報。北近畿各地では最高気温が25度前後。夏日になるかならないかという気温。翌30日は、朝から晴れたが、昨日に続いて過ごしやすい気温。夏日以上、真夏日未満。
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 久しぶりに、Bike and Bicycle 通勤だ。いつの間にか、ハマナスはほぼ終わっていた。阿蘇海も宮津湾も水位が高い。台風の間接的な影響か。天橋立の北詰にあたる江尻では道路が冠水していた。
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 その台風10号は、迷走の末、岩手県南部に上陸。まったく、奇想天外なコース取り。日本近海の海水温の高さ、太平洋高気圧の位置、夏にしては強い寒冷渦など、異例づくめ。
 さらに台風は東北を東から西に横断し、日本海北部も横断し、温帯低気圧に転身しながらも強い勢力を保ち、中国北部、あるいはロシア極東へ向かう模様。(31日未明現在)
 中国北部やロシア極東では、こんな強い台風のなれの果ての低気圧がやってくることが過去にあったのだろうか。今までに経験したことのない状況は、日本だけのことではないようだ。

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2016/08/26

オホーツクから道北への自転車旅11

■データ編およびダイジェスト映像
◎走行データ
0日目
 舞鶴市内    2.24km
1日目
 小樽市内    4.55km
2日目
 小樽市内    6.13km
 遠軽 - 興部  74.20km
3日目
 興部 - 猿払 133.88km
 猿払村内    9.57km
4日目
 猿払 - 稚内  92.36km
5日目
 礼文島内   19.85km
6日目
 豊富 - 幌延  42.78km
 小樽市内    2.53km
7日目
 舞鶴市内    2.48km

計       390.57km

◎費用   計80051円
交通費    51720円
・新日本海フェリー  : 26480円
  舞鶴・小樽間往復(往路10800円+自転車2980円、
      復路9720円+自転車2980円)※復路は往復割引
・JR北海道      :19460円
  小樽・遠軽(乗車券5720円+指定席特急券2900円)
  稚内・豊富(乗車券930円)
  幌延・小樽築港(乗車券6800円+指定席特急券3110円)
・ハートランドフェリー:5780円
  稚内・礼文島香深港(往路2260円+自転車1260円、
      復路2260円)※復路は自転車は輪行で手荷物扱い
宿泊(入浴) 11690円
  ライダーハウス2泊(日帰り入浴施設2回)、
  旅人宿2泊、ユースホステル1泊、
食費     13681円
  行動食、飲料、宿の食事代
その他     2960円
  土産等

◎ダイジェスト映像

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2016/08/25

オホーツクから道北への自転車旅10

■サロベツ周遊と帰路
 朝食のあと、輪行袋から自転車を出し、前後輪を装着して走行の準備。朝食の最中通り雨があったが、すぐに上がってまた晴れてきた。城さん夫婦にお礼をいって、出発。まずは利尻を正面に見ながら稚咲内海岸へ。そして日本海を右に見ながら10kmあまりを南下。この道道  号線、通称オロロンラインは人気路線だけにオートバイや自転車が多い。私も過去に3度走っているが、南に向かうのは初めて。利尻は昨日までと比べてやや霞気味だが、3日間その姿を見せてくれていた。
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 正面に巨大な壁のようなものが見えてきた。河口の水門かと思ったが、あまりにも高い。風車だった。一列に並んでいるので、横から見ると壁に見えたのだ。その風車は私の進行方向の右前方を向いている。まあ、向かい風気味だ。
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 風車群の手前、音類(おとんるい)で左折、内陸に向かう。ここで強い味方が出現。追い風だ。4kmほどで幌延ビジターセンタ。サロベツ原野の自然のなどを伝える資料を展示した小規模な博物館だ。あしたの城と豊富駅の中間にも「サロベツ湿原センター」という同様の施設があるが、そちらは去年訪れている。この豊富の方はレストランが併設されて展示内容もやや規模が大きいが、幌延の方には湿原を見渡す展望等がある。ビルの5,6階の高さはありそうだが、当然エレベーターなどなく階段で上下する。ちなみに豊富のほうを上サロベツ、幌延を下サロベツというそうだ。展望等から橋もサロベツが一望。長沼や利尻富士も見える。利尻は、全体がぼやけている上に頂上は雲に隠れている。
 ビジターセンターから幌延の中心街へ。日差しが強くて暑い。思わずセイコーマートで冷たい飲み物を買ってしまう。駅の近くの食堂で昼食。そして、トナカイ牧場へ。中心街からは3kmほど。登坂車線のある登り坂を行く。トナカイが放牧されている広場に行くには、レストランのある建物を通り抜ける仕組み。炎天下の広場にはヤギ数頭もいるが、それぞれ犬小屋のような自室に引きこもっている。アブが多いせいか、しきりに耳を動かしている。トナカイは中央の東屋にたむろしているが、時折思い立ったように駆け足で辺りを走り回る。まるでパフォーマンスでもするように、見学客のいる柵の近くを走る。
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 日陰は風が心地いい。人間用の東屋のベンチでずっと過ごしていたいが、アブが多い。下り基調で幌延駅へ戻る。街中の並木は白樺で、北の町という雰囲気が漂う。本日の走行距離、約42km。
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 自転車を輪行袋に納め、駅舎へ。まだ1時間あるので、小上がりの座敷で横になってうとうとする。
 14時44分、特急列車で札幌に向けて出発。デッキにはすでに輪行袋が2つ。どうにか、車両の最後部の座席の背もたれと壁の間を確保。その後の停車駅で、さらに輪行袋が2つほど増えたが、かつてスキー板などを置いたと思われる荷物スペースがデッキなどに何とか収まったようだ。
 窓際の座席指定のおかげで、札幌まで4時間超の行程を、天塩川の流れ、テントの花咲くキャンプ場、塩狩峠の林間のヒュッテなど美しい北海道の景色を眺めながら過ごすことができた。旭川、そして札幌近郊は都会的な風景。夕暮れが迫る道路には途切れなくクルマが連なる。
 札幌で快速列車に乗り換え、20時01分小樽築港下車。自転車を組んでスタート。この駅は大型商業施設に隣接しているのでフェリー乗船の準備を整えるのに都合がいい。ただ、人間だけなら駅の高架から直接商業施設に入れるのだが、自転車を停めるためには施設の反対側まで行かねばならない。長さ500mもある広大な施設であるが、自転車なら知れた距離だし、しかもフェリー乗り場へ向かう道に沿っているのでその点はいい。問題は店に入ってから。食事を摂りたいのだが、中央部のラーメン屋はすでに閉店していて、駅側の入り口近くのフードコートまで500m近く歩いて戻らなければならない。8時半で閉まった店もある中、どうにか丸亀製麺のうどんにありつく。また約500m歩いてイオンのスーパーマーケットで船内で食べる明日の食料を買い込む。北海道新幹線の名を冠した入店時に菓子折りを見つけていたのだが、つどんとそこまでの往復10分の間にお土産コーナーは閉店。
 港の入り口にあるセイコーマートによって、フェリーターミナルへ。乗船待ちの場所に自転車を止め、乗船開始までまだ1時間以上あるのでフェリーターミナルの建物へ。ここでお土産を買う。新幹線のものはなかった。
 この日乗船した自転車は計3台。私以外は2人組だが、見覚えがある。往路のフェリーでも一緒だった人たちだ。往路のフェリーに乗ってきた自転車は私以外に5台。猿払、そして復路のフェリーで、3人に再会したことになる。
 彼らの自転車は、ドロップハンドルのランドナー系をベースにしたもの。片方は泥除けをリアのみ装着。もう一方は簡易式の泥除け。どうやらフォークを抜いての輪行はしないようだ。テント泊をしながら宗谷岬まで走ったとのこと。今日稚内から輪行して戻ってきたそうなので、もしや同じ列車か、と思って聞いてみたら、なんと各駅停車を乗り継いで来たという。10時間かかったそうだ。
 当方は手軽な輪行のため泥除けのない自転車を選んだわけだが、それでも問題はなかった。つまり、天候に恵まれた。雨は夜間に降っただけ。道内は天候不順の夏となり、大雨洪水の警報、さらには避難勧告や避難指示も発令された。そんな中、道北は比較的落ち着いているのだが、それでも私の旅の前後は雨かちの天候。サロベツから利尻があまり見えないとのこと。
 また、昨年9月の旅では、「列車への乗り遅れ」に始まり「チェーン切れ」「ディレイラーの損傷」などトラブル続きだった。乗り遅れはもちろん、自転車の故障についても、「自転車に車輪を装着する時のチェーンの取り回し」や「列車内での輪行袋の固定」の人為的ミスが招いたものだった。「前回はなぜあんなミスをしたのだろう」と不思議に思えるくらい、今回はトラブルもなかった。いや、過去にもそんなミスをしたことがなかった。
 翌日21時頃、舞鶴でフェリーを降りたら、東舞鶴駅で自転車からスーパーカブへ乗り換えて、53kmのナイトツーリング。日付が変わらないうちに帰宅。さらに翌日、仕事で舞鶴を訪れたついでに、駅の駐輪場の自転車を回収して完全に旅が終わった。

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2016/08/24

オホーツクから道北への自転車旅9

■サロベツ「あしたの城」で夕日と星空と朝日
 稚内のフェリーターミナルから駅までは約1km。列車に乗り継ぐ予定なので輪行袋を解かずに担いで歩いて運ぶ。途中、海上自衛隊の掃海艇の一般公開の会場の前を通る。声をかけられて石垣島氏はそちらへ吸い込まれていったが、大荷物を持った私は寄り道する余裕がなく、ひたすら駅への道を行く。2度の休憩を交えて駅にたどり着き、輪行袋を下ろして一息つく。小休止したら、先程の掃海艇の公開会場へいってみる。が、すでに閉店ガラガラ。先程が最後の客引き(?)だったようだ。
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 駅に戻って石垣島氏に再会。ここは道の駅もかねていて無料WiFiもあるしレストランなどもある。が、ネット接続は今夜の宿でもできるので気象情報とメールのチェックをすれば今はそれで十分だし、船内で桃岩荘の弁当を食べたし、特にすることはない。前回のダイヤ改正で宗谷本線の普通列車の本数はさらに減り、今からまだ2時間もある。昼前から6時間半も空白があるのだ。まあ、その間に特急が2本あるのだが。石垣島氏も同じ列車に乗る予定。今日は祭りで夜は花火が上がるらしい。浴衣姿の人もちらほら見られる。掃海艇公開もその催しのひとつか。
 ボーっと過ごし、満を持して列車に乗り込むころには風は涼しくなってきた。利尻を見るため、進行方向右側の席へ。17時17分、稚内を出発。南稚内の駅を過ぎ、抜海駅の手前で海越しの利尻富士を見る。その後も何度か利尻を見ることができるが、海は見えない。
 兜沼で石垣島氏は下車。私は豊富へ。今夜の宿「あしたの城(じょう)」からクルマでお迎えに来てもらった。この宿は4回目。25年前の冬と夏、そして去年夏と今回。クルマの中で宿の母ちゃん(といっても年は私とさほど変わらないのでお姉さんと呼びたい)に夕日鑑賞ツアーのことを聞くと、「今日は行く予定」とのこと。「8月になると空に秋の気配が漂う。そして日が短くなった」などといった会話を続けたのだが、私の住む丹後よりも1200kmも北東にあるこの地では、その季節の感じ方が同じではないのかもしれない。東にあるため南中時刻が早く、北にあるため白夜・極夜に近い。つまり、夏至と冬至での昼と夜の長さの差が大きい。具体的にいうと夏至の時期にはサロベツ(北海道)の日の入りのほうが丹後(近畿)よりも6,7分遅い。しかし、8月に入るとサロベツの日の入り時刻は丹後のそれを追い越し、冬至になるとその差はぐんぐん広がって1時間以上にもなる。ちなみに、サロベツと丹後の南中時刻の差は年間を通じて一定の約25分であり、春分と秋分の日には日の出日の入りの時刻のさもほぼ同じとなる。ということは、季節による日の長さ短さの変化の感じ方は、北の人のほうが大きいということか。
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 宿について荷物を下ろしたら、他の宿泊客も一緒に再び宿のクルマに乗り込んで、すぐに夕日鑑賞ツアーへ。駅とは反対側の日本海へ。稚咲内(わかさかない)のパーキングスペースにクルマを停める。少し前までは利尻富士の向かって右側の水平線に沈んでいた夕日も、この日は山の中腹に沈む。18時54分。
 「あしたの城」5泊目にして初めての夕日鑑賞ツアー。25年前の冬は、その季節にしては珍しく天気が良く連日利尻富士が見えた。2連泊したのだが、1泊目は冬場の夕日は早く到着が間に合わず、2泊目は冬にしては天気がいいものの夕日が見られる程ではなかった。その夏に訪れたのは雨の日。次は去年の夏で、夕日ツアー直前に雲が出て急遽中止。空は晴れていても、水平線付近に雲が出るともうダメなのだ。そして、今日は朝からずっと安静した快晴だ。
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 夕食はここの名物牛乳鍋。去年はジンギスカンだった。25年前は…、確か夏はジンギスカンだったような気がするが、冬のことは全く覚えていない。いずれにせよ旅に出ると不足がちな野菜をふんだんに食べられるのがうれしい。夜になるとさすがに涼しく、鍋物も熱くて暑くて大変ということはない。
 夕食のあと「星空がきれいですよ」という母ちゃんの声に誘われて、外に出る。前夜の桃岩荘の玄関先で見た星空もきれいだったが、漁火がない分サロベツの方が星が輝いている。天の川もしっかりと濃い。丹後の自宅の庭先では天の川はうっすらとしか見えない。見えるだけいいのだが。流れ星も、3つ4つ見えた。昨日は、漁火のせいだけでなく、薄い雲が広がってしまい、結局1つしか流れ星が見られなかった。
 大きなカメラの機材を抱えて母ちゃんが出てきた。「お客さんのいる日にはあまり撮影しないんだけど、久しぶりに澄んだ星空だから」と機材のセッティング。
 この日、私以外には家族連れが2組。ともに個室で、窓から明かりが漏れている。去年はオートバイなどで一人旅の人が何人もいて、食後の今は賑やかだった。ただし、一人旅でも個室に泊まる人が増える傾向にあるようだ。旅人の年齢層が上がって、少しでも安く、ということが薄れているのかも知れない。いやどうも宿のニーズも変わってきているようだ。「あしたの城」や「とまや」、さらにユースホステルのように相部屋設定のある宿では、旅人同士の交流も大きな魅力だったのだが、その距離感が変わってきている。中には「初対面の人と同じ鍋で料理を食べるなんて考えられない」という旅人もいるから、予約の時にそれでもいいかどうかちゃんと確認しないといけないそうだ。確かに今日もひとつの鍋だったが、直箸(じかばし)などは許されない雰囲気だった。
 その時の母ちゃんの写真は、宿の公式サイトで公開されている。窓灯りと星空を喧嘩させず、両者を立てたお見事な腕前だった。
 静かな居間に戻ったが、こういう日は宿主の城(じょう)さんも早めに引き上げるようだ。私も相部屋料金の個室へ。
 深夜トイレにおきると、すでに外が明るくなっている。カメラを持って外に出てみるとちょうど日の出だ。背後の利尻も赤く焼けている。利尻の赤富士だ。
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2016/08/23

オホーツクから道北への自転車旅8

■また来たよ礼文島、ただいま桃岩荘
 ノシャップ岬の先端の公園広場で利尻礼文を眺めて、稚内中心街へ南下。14時過ぎに稚内中心部に到着。いい時間になってしまった。当初の予定では55kmほど走って輪行ということだったのに、実際には90km以上走ってしまった。
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 セイコーマートで冷たい飲み物とちょっとした食糧を買ってフェリーターミナルへ。ちょうど14時45分の礼文島香深港行きのフェリーの乗船待ち。少し前に到着したフェリーの車両甲板からクルマ、オートバイ、自転車が下船してくる。自転車用のトレーラーを牽引したスーパーカブも降りてきた。
 さあ、下船が済んだらクルマに続いて乗り込む。自転車は3台。私以外はロードレーサー。それぞれソロの男女。男性の方は話好き。かつて、ブリジストンのダイヤモンドに乗って旅していたという。もしや、25年前に一緒にサロベツから網走まで走ったあの人!?年齢も大体一致するみたいだし。なんて思ったけど、そこまで劇的な再会ではなかった。
 およそ2時間で礼文島に接岸。別の宿に向かう女性サイクリストとはここでお別れ。同じ宿に泊まり合わせる男2人、送迎車「ブルーサンダーエース号」の元へ。宿は島の反対側の西海岸。距離こそ4kmだが、ちょっとした峠越え。自転車ごとブルーサンダーエースに乗せてもらう。6人の宿泊客と2台の自転車を載せて、いつものように賑やかに、いざ桃岩荘ユースホステルへ。
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 桃岩、猫岩などの奇岩が並ぶ海岸に、元はニシン番屋だった桃岩荘は位置している。建物の正面の壁には、今ブルーサンダーエース号から下ろされた2台を含めて、5台の自転車が立てかけられている。ロードレーサーが3台、クロスバイクが1台、そして私のスリックタイヤを履いたMTB。玄関を入ると吹き抜けの大広間。2年連続4度目の私は、宿泊の説明を省かれ、受付をして、ベッドを指示される。ベッドは吹き抜けをぐるりと囲んだ2階部分。大広間とはつながった空間にある。もちろんそれは男性用のベッド。女性の部屋や食堂、風呂は別の棟にある。傾斜地にあるため、渡り廊下ならぬ渡り階段で棟々はつながっている。
 入浴を済ませ、食事を摂っていると、外が騒がしくなった。「愛とロマンの8時間コース」に出かけていた人たちが帰ってきた。ヘルパーが屋根に上がり、大声で歌って迎えている。宿泊者も外に出たり、われわれのように窓から手を振ったりして出迎えている。島を北から南に歩き通す8時間コースを歩いたのは、本日5人ほど。毎日このくらいの人数が出かけているようだ。私も、昨年歩いた。
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 18時45分頃、夕日鑑賞の集合がかかる。玄関前から水平線に沈む夕日が見られる。ザックの中からカメラがなかなか出てこなくて、夕日にほんの少し間に合わなかった。けれど、残照もきれい。ヘルパーのギターの伴奏でみんなで合唱する。最後は松山千春の「大空と大地の中で」。感極まって涙が出てきた。北海道、特に道東や道北を自転車で走るとき、BGMとして最もあっているのはこの曲だと思う。特に、昨日今日の北よりの向かい風を受けたときには、頭の中でこの歌を歌っていた。
 さあ、感動の夕日のあとは、桃岩荘の代名詞ともいえるミーティング。歌って踊って笑って過ごす2時間。時の流れとともに色々なことが移り変わっていく中で、変わらず受け継がれているのが桃岩荘。酒を飲むこことも許されず、食後は自分の食器を洗う、などユースホステルかつて当たり前だったことが残っていることが今や珍しい。絶滅危惧のスタイルだ。
 そうはいっても以前と全く変わらないわけではない。「8時間コースに連日5人くらい」というと「そんなに少ないの」という人がいる。かつては参加者が多すぎて複数のパーティに分けたくらいだったらしい。またホステラー(宿泊者)の年齢も上がっている。以前は大学生、あるいは高校生が多かったが、今は社会人、それも中年から上の世代が多い。この日のサイクリストも中高年世代ばかりだ。そういえば、小樽の「とまや」でも「若い人は自転車で来ていてもあまり励ましの坂に挑戦しない。だから、達成者名鑑に載っているのは40代以上が多い」とのことだった。
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 翌朝、ラジオ体操で一日が始まる。といっても、8時間コース参加者はとっくに出発している。起床時間よりも早くに朝食が食べられるのが、ここの特徴。朝食を終えたら、最初の船便で島を出る人をお見送り。フェリーターミナルまで歩いていくことをすすめられて、フェリー乗船の1時間半ほど前に玄関前の庭で。今日は朝から快晴だ。
 そのあと大広間や吹き抜け二階の掃除をして、今度は送迎車で港に行く人が出発。一緒に私も自転車で出発。「見返り坂」というやや急な坂へとりつく。この坂は勾配よりも緩いバラスが手強く、送迎車も徐行運転。タイヤが細いロードレーサーやクロスバイクのサイクリストのほとんどは上りも下りも押していく。また、オフロード車以外のオートバイは、坂の上の倉庫に泊めて歩いてくる。ここを乗車のノンストップで上る。スリックタイヤ装着とはいえ、MTBだ。ギア比も低い。背中に「いってらっしゃーい」の声を受けるが、登りきるまでもうちょっと待っててね。私より少し先に出発し、クロスバイクを押しているサイクリストを追い越すと「え、乗っていく!?」と声がかかる。「ギア比が低いから」と答える。
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 桃岩を正面に見ながら登り、舗装された駐車場のある平坦な広場まで上って自転車を止め、「いってきまーす」の声を返す。しばらくこの応酬を続けて、駐車場から上の舗装路の登りへ。元地集落からの道に合流し、標高100mあまりの桃岩トンネルへ。島の東西を分ける分水界の峠だ。新しいトンネルの開通とあわせて、桃岩トンネルの廃止が決まっているそうだ。実はこのトンネルを自転車で通り抜けるのは初めて。初めて礼文に来たときには、西海岸には自転車で走れる道がほとんどないため、香深フェリーターミナルに自転車を置いてきた。2度目は、荷台に折りたたみ自転車を積んではいたものの島はスーパーカブで巡った。3度目は稚内フェリーターミナルに自転車を置いて礼文に渡った。そしてようやく今回、最初で最後の自転車によるトンネル通過である。「愛とロマンの8時間コース」の最後にこのトンネルを抜けて桃岩荘に戻るのだが、そのコース取りも変更ということか。
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 さて、本日は昼過ぎのフェリーで島を出る計画で、その前に礼文岳に登ろうと思っていた。でも、それならばもっと早く桃岩荘を出なければならなかった。今から急げば間に合うのかもしれないが、初めてだし自信がない。フェリーに乗り遅れたら大変だし、昨日予定より多く走って疲れたし、やめておこう。持ってきていたトレッキングポールを結局ザックのサイドから外すことはなかった。
 香深フェリーターミナルに行って、すでにスタンバイしている桃岩荘のメンバー(ヘルパーとホステラー)に合流してフェリーのお見送り。それが終わると、ヘルパーに乗船予定を昼過ぎから昼のフェリーに変更することを告げて、単独行動へ。とりあえず、島の北側2kmのところにあるセイコーマートへ。すると先ほど一緒にフェリーを見送ったサイクリストがいた。彼は道内に住んでいるということで、桃岩荘に連泊して礼文島を楽しんでいるとのこと。昨日は8時間コースを歩いたそうだ。
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 冷たい飲み物を買って、道内サイクリストのすすめで「北のカナリアパーク」へ。2012年に公開された映画「北のカナリアたち」のロケ地で、2013年に整備された。昨年は「8時間コース」を歩くだけの礼文訪問だったので、島の南部で8時間コースからからはずれているカナリアパークのことは知らなかった。その前の礼文訪問は2010年なのでまだカナリアパークはできていなかった。
 島の東海岸に沿って南下。フェリーターミナルを過ぎ、最南端に近い差閉(さしとじ)という集落から高台へと上がる道がつけられている。標高差は50mほど。ここもノンストップで登る。映画で使われた小学校のセットと真っ青な海を越えてそびえる利尻富士の風景がなんともお見事。そして、吹き渡る風が心地いい。時間はたっぷりある、のんびりと小学校の中を見学し、売店でとあるNPO法人の女性から、礼文島の花のお話をスライドショーの画面を見ながら聞かせてもらう。桃岩荘のミーティングでも花の説明を聞いているが、より詳しく教えてもらった。
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 自動車やオートバイの人が入れ替わり立ち替わり訪れる。集団の原付スクーターは港のレンタルバイクか。
 高台から一気に下ってフェリーターミナルへ戻る。船内で飲む冷たい飲み物を求めてもう一度セイコーマートへ。港にも売店があるが、セイコーマートの方が安い。2kmの距離は自転車なら何でもない。そして、桃岩荘で泊まりあわせほぼ同時に出発したクロスバイクのサイクリストと再会。
 フェリーターミナルに戻り、まだ少し時間があるので自転車を輪行袋に収める。そうすると手荷物となって、フェリーへの持ち込みが無料となる。ちなみに完成車は1260円。車両甲板で倒れないようにロープで壁にくくりつける手数料ってこと!?
 本日の走行距離は19km。
 チケットを買い、乗船開始までまだ少し間があるので外に出る。桃岩荘のブルーサンダーエース号がホステラーを送ってちょうど到着したところ。そのホステラーは石垣島から来た男性だ。一昨日、8時間コースを歩いて膝が痛くなり、昨日は何もせず、今日はクルマでここまで送ってもらった、とのこと。
 しばらく外で過ごした後、ころあいを見てフェリーターミナルの建物の二階の乗り場へ移動。見送りの人もぎりぎりまで一緒に来てくれる。船に乗り込んだら、甲板と岸壁とで歌を歌い、踊り、そして船が離岸すると「いってらっしゃい」「いってきます」の応酬がエンドレスで始まる。桃岩荘のおもてなしは島が小さくなるまで続く。しばらく甲板で、石垣島から来た彼とともに、礼文島の余韻に浸る。
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2016/08/22

オホーツクから道北への自転車旅7

■猿払から稚内へ
 鬼志別を過ぎると、周囲になだらかな山が迫って来て、雰囲気ががらりと変わる。木々の雰囲気も並走する鬼志別川の流れも高原のような雰囲気となる。北海道らしい風景の展開だ。小石の集落が現れた。浜鬼志別も鬼志別もそんなに大きくなかったが、小石はさらに小さな山間の集落だ。25年前の旅の紀行文の中の「雪に埋もれた集落」のひとつなのだろう。
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 また、なんとなく2年前に廃線になった道南のJR江差線の木古内・江差間の風景を思い出す。紀行文を読み返したのは今回の旅を終えてからのことで、リアルタイムでは旧天北線の沿線を走っていることなど知らないわけであるが、なんとなくかつての鉄道沿線の雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
 「小石交流センター」なる施設があって、立ち寄る。比較的新しい鉄筋コンクリートの無人の建物で、その前は広場となっている。旅を終えてからふと気になって調べてみたら、やはりこれは天北線の駅があった場所だ。鉄道が廃止となり、代替バス路線の停留所となるが、2011年にバス路線もなくなり「交流センター」が建てられたそうだ。
 小石を過ぎるとじわじわと登りがきつくなり、オホーツク海側と日本海側を分ける峠へと迫る。かつての天北線の代替バスはこの峠道を通っていたということになるが、自転車で走っているときにはそんな認識はないし、また25年前の冬の紀行文を読んでもそんなに細かい風景まではよみがえってこない。
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 峠は標高170m程だが、周囲の山は立木が少なく笹に覆われていて、まるで高山のよう。右手はるか遠方の丘を大きく高くしたような山々の景色は、宗谷丘陵を思わせる。そうだ、あの方向は北だから、実際宗谷丘陵から続いているわけだ。
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 峠を越えると稚内市。少し下ったら、正面に雲をまとった大きな山が見えてきた。利尻富士だ。さらに下っていくと周囲の小高いピークに牛が集っている。なんとも起伏のある牧草地だ。地元丹後にある碇高原と似ているが、その規模はぜんぜん違う。やはり北海道は広大だ。
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 峠道を下りきったようで風景が開けてきた。そして曲渕の小さな集落。ここも25年前のバスの車窓に見た雪に埋もれた集落なのだろう。今は、乳母車を押す女性の姿が見られる。気温は高めだが、本州や道南ほどの暑さではなく、乾いた風が心地いい。朝の湿気の多い曇天とは打って変わって、気持ちの良い快晴だ。結構日焼けしてしまった。3日ともスタート時には曇天ため日焼け止めを塗らずに走り出し、その後晴れてきて気付いた時にはすっかり日焼けが進行しているパターンだ。特に、オホーツク海岸を北西方向を向いて走っていたため、左側から日差しを受け、左腕と左脚と左頬が右側と比べてややきつく焼けている。
 鬼志別からずっとクルマは少ないし、旅人も少ない。ツーリングのオートバイとであったのは2台ほど、自転車には全く出会わない。やはりこの辺りまで来れば、宗谷岬を目指すのだろう。私は、自転車で2度、スーパーカブでも1度、宗谷岬に到達しているので、今回はあえて内陸部を選んだ。結果としては、大満足の絶景コースだった。もちろん、この好天のおかげでもあるので、宗谷岬を訪れていたとしても楽しめたことだろう。
 内陸ルートを選んだ別の理由は、宗谷本線の列車に乗り込もうと目論んだからだ。内陸ルートにはいくつか候補を準備していて、初めは浜頓別から豊富への道道84号線を考えていた。ただし、猿払から浜頓別まで来た道を戻るのは遠回りだし、面白くないので、浅茅野から道道732号線で84号線の途中にショートカットしようと考えた。ただし、732号線は、湿原の中を行くダートの道で、冠水したりぬかるんだりすることもある。また、熊に遭遇する危険もあり、エンジン音のしない自転車で、しかもソロでは危険だと思われた。実際、前日の道の駅で確認したところ、732号線は通行止めとなっていた。というわけで、84号線よりも北の138号線を選んだ。それにより、宗谷本線に乗り込む目標の地点は、豊富駅から兜沼駅へと変更。
 この後、稚内に向かう。前の2日間がんばって走ったので列車で楽をしようと思った。でも、道路の案内板の距離表示を見ていると、この先の沼川集落と稚内の距離の差は20kmほどしかない。横断ルートが北に変更されたので、輪行の手間をかけるより走ったほうが楽なくらいの距離となった。天気もいいし稚内まで自走しよう。
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 牧草地が広がる景色を見ながらしばらく走ると沼川。やや大きめの集落。道端の花壇や民家の庭にコスモスなどが咲いていて華やか。小中一貫の天北小中学校があった。写真を撮っていると、小学生の自転車軍団が「こんにちは」と通り過ぎていった。
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 沼川からさらに西へ、兜沼を目指す。アップダウンがある道となりペースダウン。結果的には列車に乗り込むにはかなり急がねばならなかった。でも、もう乗らないと決めたからのんびりマイペースで行く。
 いつしか豊富町へと入り、一時見えた利尻富士が再び見えて来るんではないかと思いながらアップダウンを越えていくが、なかなか見えない。
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 道道138号線は、国道40号線の自動車専用バイパスの豊富北I.C.付近で従来からの国道40号線に合流する。ここでやっと利尻富士に再会。1kmだけ国道を走り、道道1118号線に右折すると、利尻に向かって進んで行く。しかし、兜沼が近づくと利尻はまたも姿をくらませた。
 兜沼から宗谷本線と付かず離れずする道道518号線で北上。稚内までは沼川から北に、つまり旧天北線に沿っていくのが近いのだろう。でも、25年前に冬に訪れた、勇知の集落を通ってみたい。相変わらずアップダウンが続き脚にこたえる。距離も割り増しだろう。
 勇知は小さな集落だ。現在も宗谷本線の駅があるが、旧天北線沿いに点在していた集落と変わらない。まあ、現行路線といっても、特急が止まらない勇知駅の発着は上下あわせて8本程度。通過する特急を数に入れてもその倍にはならない。北海道新幹線からはるか遠い道北では、ダイヤ改正で列車の本数が減る一方の厳しい状態である。また、新幹線が通る地域でも、並走する在来線は廃止となり、新幹線の駅に選ばれた地以外では駅がなくなってしまった。
 さて、また25年前の思い出話。JRのワイド周遊券で冬の北海道を旅していた時に泊まったサロベツの宿で、勇知の雪祭りに連れて行ってもらった。札幌の雪祭りのような観光客が押し寄せるものではなく、地元の人が楽しむ手作りの祭りだった。ちょっとした雪像が作られ、宝探しといってあちこちに番号を記した紙が隠され、それを見つけて交換所で景品をもらう。宝探しといっても、あまりにも簡単に紙は見つかり、まとめて交換所に持っていったら景品は子ども向けのお菓子ばかり。恥ずかしくなって、周りにいた子どもに配った。
 その雪祭りは夜のことだったので景色は覚えていない。紀行文を読むと、会場は小学校のグラウンドだったようだ。さらに調べたら、その小学校はこの春に閉校式が行われたという。鉄道は廃線となり、バス路線は変わり、ライダーハウスも閉鎖されたり新しく生まれたりし、学校が閉校になる。さすがに25年という歳月は長い。
 抜海の駅に近づくとようやく線路と道道がへ移送する。そして正面に日本海が見えてきた。水平線の上に陸地が見える。利尻富士の裾野かと思ったら、礼文島だった。礼文島がこんなにくっきり見えるのは初めてだ。標高1700mの利尻富士の姿は北海道本土から比較的よく見える。目標が大きいし、上空の方が空気が澄んでいる。水平線付近が霞んで平べったい礼文が見えないことが多いのだ。
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 日本海に沿ったオロロンラインに出るとさすがに行き交う交通が多い。徒歩旅行者が荷物を下ろして歩道に座って休んでいる。快晴の空の下、みな気分が上々。オートバイのほとんどが手を上げて挨拶してくれる。追い越すクルマの助手席のまどから手が振られる。こちらも上機嫌で、利尻礼文を左に見ながら北上。いろいろ迷いながらのコース取りだったが、この道を選んでよかったのだろう。自転車、スーパーカブあわせて4回目のこの道だが、こんなに天気がいいのは初めてだ。
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 このまま海沿いを行く道と、稚内市街に向かう道との分岐が現れた。後者の方が近道なのだが、ノシャップ岬を突端とする半島を越えるちょっとした峠越えをしないといけない。その上り勾配が急なのを見て、海沿いを選ぶ。
 しかし左前方から向かい風。正午を過ぎて徐々に空腹がおそってくる。浜鬼志別での朝食以来、ずっとセイコーマートも、ほかのコンビニも、スーパーマーケットもない状態で70km以上走ってきている。途中で輪行の予定だったので、行動食も持たずに走っている。
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 ノシャップ岬に到着。まずは腹ごしらえ。ここまで来たら寄りたい店がある。「漁師の店」だ。その名の通り漁師が経営する海鮮販売の店と食堂である。店の前にツーリングの荷物を積んだクロスカブが止まっていて、そのライダーと思しき若者がお母さんと話しながら出てきた。そして、自転車の私に対して「ここ泊まれるそうですよ」と店の二階を指さす。「うん、泊めてもらったことあるよ。」店の二階はライダーハウス。雑誌やネットなどにはあえて掲載されていないが、宿泊料の割に豪勢な食事が提供されることが旅人同士の口コミで伝わる。私も別のライダーハウスに泊まりあわせた旅人から話を聞いて、2度お世話になったことがある。そのお礼がてら、今日はそこで昼食だ。刺身定食を注文したが、先に食事をしていた家族連れが「食べきれないから」と刺身を差し入れしてくれた。それを食べ終わったとたんに自分が注文した刺身定食が届く、刺身三昧。もちろん余裕で食べきったよ、自転車乗りだから。

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2016/08/21

オホーツクから道北への自転車旅6

■浜鬼志別のバス停
 6時起床。曇天だ。夜になってからずっと雨が降っていた。基本的に小雨だったが、時折雨音が聞こえるくらいの雨足になった。
 一足先にライダーが出発。ちょうどオーナーさんが来ていたのでお礼を言って、軽く掃き掃除をして出発。また今日も雨上がりの湿気の中のスタート。これで3日連続だ。
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 ロードレーサー氏は反対方向に向かうはずなのだが、彼の進行方向には浜頓別まで30km近く店がないので、浜鬼志別まで戻ってセイコーマートで朝食を摂るという。同じ方向ながら巡航速度が雲泥の差。あっという間に彼の姿は小さくなった。
 セイコーマートで合流し、弁当を買う。近くの海岸の防波堤に腰掛けて食べる。その後は、浜鬼志別のバス停で記念撮影。この一戸建てのバス待合小屋は、25年前に野宿した思い出の宿なのだ。校庭の足洗い場の水道で水をもらったすぐ近くに後者が見える小学校も見えている。
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 1日に140km以上走ったのはいつ以来か、記憶をたどってみるとそれは、25年前浜鬼志別のバス待合小屋で朝を迎えたあの日のことだった。北西の風を背負い、興部の20km先の紋別まで155kmほどを走ったのだった。要するに逆方向ではあるが、ほぼ同じ場所だったと言うわけだ。
 25年前のあの日、3人のサイクルツーリストがバス待合小屋で一夜を過ごした。私ともう一人はサロベツの宿で出会い、方向が同じということでノシャップ岬、宗谷岬を経てここにたどり着いた。すると先行者が一人いたというわけだ。北西の風が吹く寒い夜だったが、一戸建ての待合室の中は風が遮断され安心して夜を過ごすことができた。夜更けにおばあさんがやってきて、「私はここの管理を任されている。泊まってはいけない事になっているんだけど、まあ気にしなくていいよ。このあと一台バスが来るけど、乗る人はまずいないし、降りた人が待合室に入ってくることはない。そのあと、明かりは自動的に消える。火の扱いだけは気をつけてね」と、宿泊上の注意のようなものを伝えて帰っていった。
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 その泊まりあわせた3人の自転車は、いずれもブリジストンのツーリングモデルで、しかもそれぞれ世代が異なる。私がユーラシアツーリング、サロベツから一緒に走ってきた人はダイヤモンドというキャンピング車。ユーラシアの前の世代のモデルだ。そして、先行のもう一人が当時最新モデルのトラベゾーン。自転車の世代で、オーナーの年齢順もわかるという具合だ。
 翌朝、皆走る方向が同じということで3人そろって出発したが、最新モデルのトラベゾーンに乗る最年少の彼が、ペースについていけないと途中で脱落。サロベツから同行のダイヤモンドの彼とは、その皿に翌日の網走のゴールまで一緒に走り、夜行列車の隣同士の席に座って札幌まで移動した。出発前にバス待合小屋のまえで3人並んで撮った写真は、サイクルスポーツ誌に投稿したら掲載された。
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 ロードレーサー氏と別れ、道道138号線で私は内陸へと向かう。天気は急速に回復、晴れてきた。だが、風はまともに向かい風。内陸に入ればもっと弱くなるだろう。のんびり行こう。起伏ある大地に牧草地が広がっている。しばらく行くとホタテの加工場があった。ダンプカーでホタテの貝殻を運んでいる。
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 猿払村役場のある鬼志別集落で「鬼志別駅」という道路の案内板を見つけて寄り道。かつての天北線の駅をバスターミナルとして利用している。今走っているルートは天北線に沿っている。
 25年前の夏にオホーツク海沿いを自転車で走ったその半年前、JRの「北海道ワイド周遊券」で有効期限の20日間をフルに使って冬の北海道を旅したことがある。宗谷岬からバスで浜頓別まで移動したのだが、その旅の紀行文から引用する。
          *        *         *
 今日はこれから、バスで浜頓別へ行くのだが、宗谷から直接向かう便はないから稚内市街へ戻らねばならない。しかし、市街地に戻る前の声問というバス停で乗り継ぎできるのではと思いそこで降りてしまう。ここは、波の荒れ狂う宗谷海峡を間近にみる小さな集落で、廃線の天北線の駅もある。しかし、バス停の時刻表をみると浜頓別行きは通らないようだ。結局、稚内行きのバスに乗り南稚内まで行き、そこから浜頓別行きのバスに乗り換えた。浜頓別行きのバスは、長距離を走るため車内にトイレもある。声問の手前から、内陸部に入り天北線沿いに進む。峠を越え、雪に埋もれた集落を結んで走る。鬼志別のバス停で一旦休憩である。天北線の駅をそのまま使ったバスターミナルの二階は、列車の模型などが展示してあった。バスはその後オホーツク海岸にでて、左に海を見ながら走る。日が差していて海が青々と見える。やはり駅舎を使った浜頓別のバスターミナルには今日の宿「トシカの宿」のオーナーが迎えに来てくれていた。
          *        *         *
 ああ、鬼志別のバス停に立ち寄っているではないか。当時は天北線が廃止されてからまだ2年足らず。バス路線は忠実に天北線沿線をたどっていたようだ。しかし、浜頓別行きのバスに乗る前に迷走しているが、バスの本数が少ないと思われる中、よく浜頓別行きに間に合ったものだ。
 また、25年前の夏の自転車ツーリングでは、宗谷岬からオホーツク海沿いを走り出したころからその日の宿のことが気になりだした。即席とはいえ同行者がいたことで安心していたのか、その日の宿のあてが全くないまま走り続けていた。するとライダーハウスの看板が見えてきた。二人で「あ、助かった」と安堵したのはつかの間、近づけば「この先180km」との文字。もう日も暮れかかってそこから180kmなんて到底無理。そこで、その半年前の冬の旅で、バス停に立派な待合小屋があり「泊まれるんじゃないか」と感じていたことを思い出したのだった。
 結局、その日はその記憶を頼りにバス待合小屋に泊まり、翌日紋別まで155kmを走って、あの看板のライダーハウスへ泊まったのだった。ちなみのそのときのライダーハウスは今はもうなくなり、逆に当時「やませ」はまだなかった。
 鬼志別のバスターミナルの二階には、現在も天北線資料室が残っているようで、立ち寄ればよかった。
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2016/08/20

オホーツクから道北への自転車旅5

■ライダーハウス「やませ」で新旧自転車談義
 「ライダーハウスやませ」は、国道238号線沿いにある食堂に併設された個人経営のライダーハウスで、食堂の店主が別の場所にある自宅に帰ってしまうと管理者不在となる。それが18時で、基本的にはその時刻までに到着しないといけない。ところがその時間に遅れても自宅または携帯電話に連絡すれば泊めてもらえる、とても良心的な宿。それらの電話番号は、留守番電話の中でも言われていたが、メモを取るのが手間なので現地についてからかけよう。電話番号はドアにも貼紙があるとのこと。店主は早めに帰宅することがあるとのことだが、今日も早く帰ってしまったのかも知れない。
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 しばらく走ると前方の道路の海岸側に、広大な敷地に点在する黄色い小屋の群れ。ネットに掲載されていた写真と一致。ライダーハウスやませだ。走行距離は133km。平均速度が20.2km/h。浜頓別の手前の失速で20を切ったが、そのあと挽回した。
 別棟のライダーハウスにはライダーが出入りしている。ライダーハウスの入り口ドアの貼紙を見て電話をしようとしていたら背後から声をかけられた。オーナーさんだった。何らかの事情で電話には出られなかったけど、まだいてくれたんだ。時刻は18時01分。閉まっている食堂の中で宿泊者カードに必要事項を記入し、宿泊料1000円をお支払いする。ライダーハウスは2棟あり、簡単な炊事場やコインランドリーがあるメイン棟は満員とで、かすみ荘という別館に泊まるようにいわれた。そちらは今のところ1人のライダーと私だけとのこと。
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 荷物を置いて2km北にある道の駅にある温泉施設へ。ライダーハウスの前の原野には、エゾシカの群れ。8頭ほどいる。さらにその先の浜鬼志別にセイコーマートがあるので、足を伸ばして飲み物などを買おう。地図で見ると道の駅からセイコーマートは近いように表示されているのだが、実際には2.5kmあり、やませからのトータルでは4.5kmとなった。ということは、本日の走行距離は140kmを超える。こんなに走ったのは、いつ以来だろうか。
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 まずは、道の駅で夕食。ホタテのフライ丼。この道の駅にもキャンプサイトが併設されている。セイコーマートで買い物をしたあと、道の駅まで戻り入浴。風呂を出たら1台のロードレーサーが出発していった。荷物を持っていないこと、走っていった方向からして同じライダーハウスの旅人かも知れない。
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 帰ってみるとやはり先ほどのロードレーサーは同宿で、私のあとに到着したようだった。聞けば、本日は日本海側の羽幌から宗谷岬経由で約200km走ってきたとのこと。岡山在住で新日本海フェリーを利用して小樽へ上陸、走行は2日目だそうだ。おやもしかして、と思って聞いてみたらやはり私と同じフェリー便でやってきたようだった。下船後はライダーハウス小樽に泊まったとのことで私も1年前に利用している。同じ日に全く別方向に小樽を出発し。北海道において小樽とは真裏の位置にある北オホーツクで泊まり合わせるとは何たる奇遇。
 アラフォー世代と見受けられる彼だが、自転車歴はさほど古くないようで、要するにロードレーサーで自転車を始めた今どきのサイクリスト。20年前、30年前の状況、ランドナーの話、私の25年前の旅の話を興味深く聞いてくれた。また、私の方が疎い昨今のロードレーサーのことを聞かせてもらった。
 彼はとても聞き上手で、聞いたことをしっかり理解する聡明さを持っていた。的確なコメントが帰ってくるので、さらに次の話へと移行できる。同じ説明を繰り返す必要がないので、スムーズにコミュニケーションが進んだ。深く、濃い話ができた夜だった。
 小樽の「励ましの坂」と「とまや」のことも話題にすると、それを取り上げがNHKの「にっぽん紀行」の番組を見た、とのこと。

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2016/08/19

オホーツクから道北への自転車旅4

■興部から猿払へ
 7時20分出発。明け方の雨のせいで蒸し暑い。道路の電光掲示板も23.8度を示している。昨日に続いて湿気の中のスタートだ。天気はすっかり回復して、とりあえず雨の心配は無さそうだ。予報でも、道北は晴れるとのこと。
 昨日より強い風に押されてロケットスタートと思ったのもつかの間。1km走って国道238号線へ左折すると真横からの風。これだけ強いと風は一定方向からは吹かない。地形の影響もある。また、道も完全な一直線ではない。大筋は内陸から海、つまり左から右。しかし、時折向かい風のベクトルや追い風のベクトルが混じる。移動していると、追い風の要素はわずかでも感じるのに、向かい風の要素は感じにくい。今日はこの風に翻弄される。
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 最終目的地は130km先の猿払だが、当面は75km先の枝幸だ。もちろんさらに短期の目標をさだめるのだが、ほぼ15?20km毎にセイコーマートのある集落がある。最初は、雄武のセイコーマートで補給。暑いので飲み物の消費が激しい。幌内、乙忠部とセイコーマートに出会うたびに立ち寄る。買うものがなくても、店の前のベンチで休憩するのだ。
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 徐々に湿度が下がってきた。そのかわりに暑い。そして、横風がきつい。海は青く、雨の心配もないのだが、ゴールがなかな近づかない。
 また、小休止のたびに少しずつ飲食しているので、昼食をるタイミングを逃した。どのくらい食べているかもよくわからない。
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 枝幸の手前の岡島に道の駅があったので小休止。海岸にある建物は船を模している。広い芝生の広場があってキャンプサイトとなっている。船の建物の中の端末で気象情報や道路情報をチェック。先週からの不安定な天気のため、道道37路線55箇所で通行止め、とのこと。国道は大丈夫。今いる道北は比較的被害が少ないようだ。天気も、道北は問題ない。
 当面の目標だった枝幸に昼頃到着。街中に東屋とベンチがあったので座って休みながら、今宵と明日の宿へ予約の電話を入れる。どちらもOKだった。
 しかしここからペースダウン。半分は過ぎているのだが、その分疲労が蓄積している。しかも、枝幸から浜頓別までの約30kmは補給地点がなく、そんな時に限って食料も飲料水も切らしてしまった。その上空腹に襲われ、さらには風も逆風になってしまった。なんてこった、マイナス要素がこうも重なるとは。プラスなのは、オホーツク海が青く美しいことと、雨の心配がないこと。まあ、これはすごくいいことだよね。
 北緯45度線、そのあと神威岬を通過。
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 何度も止まって、なかなか再出発できず、ただ道端に佇む、ということを繰り返す。本当に少しずつ浜頓別に近づいていく。その浜頓別の手前で道は内陸に向かい、真正面から風が当たる。ああ、なかなか進まない。それでも、前方にセイコーマートの看板を見つけて歓喜。ああこれで食料にありつける。
 冷たいお茶とジュースと弁当を買って、日陰にへたり込んで食べる。生き返った。
 すると不思議なもので、浜頓別から北に向かうと横風が主体ながら追い風の要素が強くなってきた。先ほどまでとは見違えるように巡航速度が上がる。国道238号線は一時的に内陸へと入る。途中を右折して「エサヌカ線」へ。広大な原野と牧草地の中を走る道だ。クルマも非常に少ない。するとさらに追い風のベクトルが大きくなる。素晴らしい。遠くにエゾシカを発見。止まって写真を撮る。ズームアップしてみると、ずいぶん離れているのに、こちらを振り返って警戒している。そのうち前方の道路を横切って走りさって行ったので、そのシーンを動画で撮る。
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 エサヌカ線が国道238号線に合流。その後オホーツク海沿いを行く。アップダウンがあってはかどらなくなる。本日のお宿「ライダーハウスやませ」の看板を発見。「あと3km」とある。腕時計を見ると17時50分を少し過ぎたところ。宿に電話をかける。が、留守番電話だった。

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オホーツクから道北への自転車旅3

■ライダーハウス「ルゴーサエクスプレス」にカブ仲間が集結
 内陸に向かう国道239号線を約1kmで、道の駅「おこっぺ」。ここにある「ライダーハウスルゴーサエクスプレス」が本日のお宿だ。受付をすべき道の駅の売店は18時で閉店。でも、18時を過ぎても、満員でなければ泊めてもらえると事前に確認済み。しかも、ここはなんと無料なのだ。鉄道の車両を改装した。既に6人が、備え付けの布団の上に持参のシュラフを広げて、寝床を確保している。私は寝具を持参していないので、備え付けの布団と毛布で寝床を作る。定員11名なのでまだ余裕がある。あと、宿泊者カードに必要事項を記入して、宿泊準備OK。
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 外にテントを張っているライダーもいる。私のあとに到着した人は皆テント泊で、ライダーハウス内は、結局私を含めた7名。ちなみに自転車は私だけで、あとは中も外も皆オートバイ。
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 道の駅に隣接して銭湯があって非常にありがたい。番台のある昔ながらの雰囲気。食事は、道の駅のレストランは閉まっているが、やはり隣接している中華料理の食堂がある。ラーメン定食を食べたのだが、野菜トッピングを追加して大正解。白菜や玉ねぎを始めたっぷり入っていて、美味しいし翌朝のお通じの調子も良くなった。
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 7人のうち2人は終身直前まで外で過ごしていたので、ライダーハウス内では5人。2人組と、ソロが3人。ソロライダーの1人に話していると、彼はスーパーカブ110で走っているという。「私もカブ90持ってます」というと、さらに「私も」「私も」という声が続く。それぞれセカンドバイク、あるいはたくさん持っているうちの1台がカブで、実用バイクとして活躍している。結局、4人がカブ主だった。あとの1人はというと、カブではないっがCD125「ベンリィ」がセカンドバイクだという。また、もう一人のソロライダーは、カブにスパイクタイヤを装着し宗谷岬で3年連続年越しをしているという。大晦日の夜、最北のバス停に旅人が集まってくるのが恒例になっているのだ。
 カブのチューブタイヤがパンクしたらJAFではその場では直してくれない、という話から始まって旅先での故障の体験談などためになる話や、その他いろいろな楽しい話をすることができた楽しい夜だった。
 翌朝は、6時前に起床。北海道の朝は早い。子午線よりかなり東だし、緯度が高いので夏は白夜に近い。4時にはもう明るい。日が昇ると、まずテントの中が暑くなってキャンパーが起き出す。ライダーハウスも窓にカーテンがなかったり網戸がなかったりと簡素な建物なので、やはり早めに目覚めてしまう。テントの撤収がないので、結局ライダーハウス組のほうが早く出発する傾向にある。本日は130km走る予定なので、出発は早いほうがいい。昨日買っておいた弁当を食べて出発準備。

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2016/08/17

オホーツクから道北への自転車旅2

■遠軽から興部へ
 さて、楽しい夜を過ごし翌朝後ろ髪を引かれる思いで出発。ああ次は小樽でもっとゆっくりしたい。
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 7時40分にとまやを出て、コンビニで飲み物を買って8時5分に小樽駅とうちゃこ。気合で輪行袋に自転車を納め、切符を買って、8時22分発の列車に乗車。8時31分でも53分でもいいのだが、札幌駅での乗り換えに余裕を持ちたい。
 札幌駅には9時01分到着。復路の列車の切符を買っておく。今から乗る列車もそうだが、指定席を取るのだ。3時間4時間の長時間の移動、500円あまりで座席が確保できるのだ。
 9時41分、網走行きの特急オホーツクが札幌発車。13時17分、遠軽到着。25年前と変化を付けるため、オホーツク海岸を逆方向に走る。サロマ湖、能取湖を内陸に迂回する区間を割愛し、どうせ内陸なら未踏の遠軽をスタート地点に選んだ。
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 13時20分、定刻より3分ほど遅れで遠軽下車。今は雲間から日が差しているが、道路のアスファルトがところどころ濡れている。通り雨があったようだ。このあとは不安定な空模様となる予報が出ている。ちなみに北見と紋別の降水確率は、それぞれ70パーセントと30パーセント。遠軽は両者の間だが、紋別寄りでしかもこれから紋別を目指す。好天のエリアに向かうわけだが、微かに小雨がぱらつくのが気がかり。
 100円ショップ併設のスーパーマーケットがあったので入る。100円ショップで持ってくるのを忘れた小物を買う。携帯電話の充電ケーブル、アイマスクと耳栓のセット、イアホン、クリップ、電源コンセントの分配タップ。そして、結構忘れたな。あとスーパーマーケットでお茶の2lのペットボトルと、おにぎりを買う。
 少し走ると山岡家を発見。東日本を中心に展開するラーメンチェーン店だ。すかさず飛び込む。さっき買ったおにぎりはおあずけだ。
 腹ごしらえを済ませて店の外に出ると、またポツポツと雨が当たる。携帯電話で降雨レーダー画像を確認すると、ちょうど遠軽の南西あたりで東西に帯状の降水帯が見られる。早く北上しよう。
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 遠軽の市街地を抜けると、トウモロコシ畑が果てしなく広がっている。道東らしい風景だ。この数年は道南を走ることが多かったので、なんとも懐かしい景色だ。考えたら10年ぶりか。
 北上コースを選んだ理由は、25年前と変化を付けるためと先に書いたが、他にも理由があって、それは南寄りの風を背負って走ることだ。25年前の北西の風はどちらかといえば例外で、この夏など安定して南寄りの風が吹き続けている。実際に来てみると、弱いながらも追い風を受けて軽快に走る。しかも、オホーツク海沿岸に出るまでは下り基調。
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 湧別手前の道路情報の電光掲示板に「紋別南部大雨警報」の文字。驚いて、携帯電話の降雨レーダーをチェックすると、これから向かうオホーツク海沿岸、つまり紋別北部には全く降雨はないが、内陸部で局地的に強く降っている。スタート時に確認した東西の帯状の降水帯だ。並走する湧別川はまっ茶色の濁流で、蒸溜の豪雨を物語っている。
 風向きが右手から吹いてきた。ちょうどすぐ先の湧別で左折なのでまたも追い風だ。湧別で左折、市街地はすぐになくなり、原野の中の道となる。通称「オホーツク国道」の238号線だ。シブノツナイ湖とコムケ湖を内陸に迂回するため、まだオホーツク海は見えない。ただひたすら原野や牧場や木立の中を行く。交通量は少ないが、たまに通るクルマは、轟音をあげ、ハイスピードで飛んでいく。道は緩やかにアップダウンを繰り返し、25年前の記憶が蘇る。でも、追い風に後押しされて自分にしてはハイペースで進んでいる。
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 紋別が近づくと、海が見えてきた。道端にはハマナスが咲いている。道は高台にあるため海が見えるのだが、海までは少し距離があり、道路と海の間にはなにか広大な公園のような施設が広がっている。地図を見ると「オホーツク紋別空港」だった。
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 紋別のセイコーマートに寄って飲み物を補給し、さらに北上。ここからはオホーツク海の景色が素晴らしい。本来海沿いを走るならば、海を左に見る方向に走るほうがいい。海の近くをいけるからだ。ただしこの路線は、海と同うろの間に少し原野がある。だから、今回のように反対方向の走行でも、ストレスを感じない。これも25年前に走った記憶があるから計画できたことだ。道路脇に、鉄道の鉄橋が残っていた。かつての鉄道の遺跡だ。
 緩やかなアップダウンと小さな集落を次々にやり過ごし、興部に到着。14時過ぎスタートで、ただ今18時20分。約75km走った。朝の小樽市街の分と合わせて、80kmちょっと走ったことになる。下り基調と追い風の協力もあり、平均時速は21.8km/h。

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オホーツクから道北への自転車旅1

■達立ち、そして小樽「励ましの坂」と旅人宿「とまや」
 京都府北部に住む人間にとって北海道の玄関口は小樽である。舞鶴からの新日本海フェリーでつながった港というわけだ。その小樽から道内で最も遠いのはオホーツク海沿岸かもしれない。ちょうど対辺の関係であるし、両端の稚内や網走には列車の便があるが、その間の長い海岸線が鉄道の空白区間となって久しい。
 個人的には、1991年の晩夏に走って以来20年以上自転車ではご無沙汰だ。2010年、スーパーカブで北オホーツクを少し走って、そのすばらしさをサイン認識。そして昨年、北オホーツクを自転車で走る計画を立てたのだが、その前日に礼文島を縦走する「愛とロマンの8時間コース」を歩いたら膝が痛くなって急遽予定変更。計画はお流れとなった。1年待って、リベンジ決行の運びと相成った。
 スタートはスーパーカブで自宅から東舞鶴駅まで54km、1時間あまりの夜間走行。街灯がなく真っ暗な山間部の区間があり、スーパーカブの暗いヘッドライトでは心もとない、という問題があった。そのためにクルマのフォグランプなどに使うLEDのサブライトを準備していたのだが、装着したのは出発日の夕方。シガーソケット電源用の端子を自分ではんだ付けしたのだが、実際使ってみると接触不良で点いたり点かなかったりした挙句、完全に点かなくなっってしまった。端子のヒューズが飛んだようだ。サブライトは諦めて、代わりに自転車用のバッテリーライトを使うことにしよう。結果的にはこれが随分明るくて、カブのヘッドライトを完全に凌駕している。単三乾電池2本でこの明るさを引き出すことが可能になったLEDの技術革新は素晴らしい。青色LEDがノーベル賞を受賞するだけのことはある。(赤、緑、青の光の三原色が揃うことによって白色光が出せるようになり、LEDのライトが普及。様々な機器を省電力化した。それらを踏まえ、開発から10年あまりが経過してノーベル賞が送られた。)
 21時に出発しようと思っていたのに、出発準備でドタバタして40分遅れとなってしまった。船内での食料を途中で買い出し、東舞鶴駅は23時となってしまった。本来なら港に付いているべき時刻である。駅の駐輪場に予め配置してあった自転車に荷物を移し、いざ港へ。駅の駐輪場は無料。自転車はもちろん、原動機付自転車(原付二種)止められる。クルマを駐車場に止める場合、フェリー利用の割引があるが、それでも4~5千円かかってしまう。数日前、西舞鶴で仕事に来たとき少し足を伸ばして運んでおいた。もちろんロックは厳重に。二重ロックで柵に縛り付けておいた。交代で留守をあずかってもらうカブの車輪にも太めのワイヤーロックをかけておいた。カメラで監視されている場では、短時間で持ち出せないようにすることで、盗難のリスクはかなり減らせるはずだ。
 駅から港までは2.4km。到着は23時半になってしまった。出稿1時間前だ。乗客の多い夏休みは乗船開始が早まるため、90分前までに港に来るようにとされている。実際すでにオートバイ、自転車の乗船は完了しているようだ。それでも、乗せてもらえないわけではないので、チケットを買って乗船待機位置へ。クルマの乗船完了を待って、数台のオートバイのあとから乗船。出稿30分前までに船室に入れたので、要するにそんなに混んではいないようだ。満員だった去年のシルバーウィークは、出港時刻になっても各車両の乗船が完了しなかったように記憶している。
 船室は、以前の雑魚寝部屋からカプセルホテルのような寝台を指定されるようになった。もちろん、最も料金の安い船室の話である。それぞれの寝台にコンセントが用意されているので、LEDライトやGPSレシーバのニッケル水素電池、タブレット端末、カメラのバッテリーを充電。そしてひたすら寝て過ごす。この数日は、気温こそ熱帯夜ではないものの、湿度が高く寝苦しい夜が続いた。それに比べてフェリーの中は冷房が効き過ぎて寒いくらいだ。
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 舞鶴を出て20時間、曇天の小樽に到着。一瞬、夜風をひんやりと感じるが、走り出したら暑い。湿度が高いようだ。1週間ほど前に関東地方が梅雨明けしてから、梅雨前線が北海道あたりに北上し、北海道では天気が不安定、この数日は各所で洪水になるほどの大雨に見舞われていた。明日からの天気はどうだろうか。
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 スーパーマーケットで夕食を買い、坂の下へ。「励ましの坂」と11ヶ月ぶりのご対面だ。距離600mで、標高差は80m。最大勾配22パーセントの坂を自転車で一度も脚をつかずに登り切ると、ちょっとイイことがあるのだ。去年のシルバーウィークのようにトレーニングして来なかった。毎日暑くてとてもトレーニングしようと思えるような気象条件ではなかった。去年達成しているんだから今回は足を着いたって構わない、やっぱ頑張ってしまうサイクリスト心。出だしはさほどではないが、終盤に一気に勾配を増す。とても直登はできない。クルマが来ないのを良い事に、そしてもし来たらヘッドライトですぐに気づくのを良い事に道幅いっぱいに蛇行。
 ゴールの目印の電話ボックスが見えない。まだまだ登らないといけないのか。もうダメだと思う寸前、目の前に電話ボックス発見。辛くてよく見えてなかった。やった、2連勝負けなしだ。
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 そして坂の上の宿「とまや」へ。11ヶ月ぶりのとうちゃこだ。舞鶴からのフェリーの小樽到着時刻が早朝から夜に変わって10年以上になる。小樽やその周辺の宿にいくつか泊まった。どこも良かったが、特に自分に合っていると思えるのがこの「とまや」。その人まりあわせた旅人と宿主とくつろぎながら歓談する光景は、北海道の宿ではよく見られるのだが、この宿の夜は特に雰囲気がいい。定員の小さな宿なので集まる人数が程よいとか、宿主夫婦の人柄がいいとか、そんな表現しかできないのだが、それは他の宿だって当てはまること。他の宿と違うことを強いて言うならば、励ましの坂をノンストップで登りきたら、「すごいね」と褒めてもらえること。これが先ほど書いた、ちょっとイイこと、なのだ。

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