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2016/04/25

地震から10日

 一連の熊本地震の最初の震度7の揺れから10日あまりが経過した。地震による直接的な犠牲者は50人近くに達し、関連死と見られる人はおよそ10人となっている。
 連日のニュースでは、時折余震の速報により中断されながら、行方不明者の捜索の様子、避難所の様子を伝えている。ああまたこの光景か、という感じだ。「天災は忘れたころにやってくる」というが、忘れるどころか記憶に鮮明に残っている。
 中でも、地震の規模や、揺れの波状攻撃、10万人前後という避難者の数など、12年前の新潟県中越地震と似た印象を受ける。そういえば、クルマで避難生活を送る人の「エコノミークラス症候群」という言葉を初めて聞いたのも、中越地震の時だった。
 新潟県中越地震の死者は68人とのことだが、そのうち地震の直接の犠牲者は16人。それ以外の52人は、避難生活などの災害関連死である。この直接死と関連死の比率は、熊本地震の犠牲者の暫定値のそれと完全に逆転している。もちろん熊本地震の今後の直接死は不明者数名の遺体発見の分と見込まれるのに対し、関連死はこれからが本番。上限がわからない。それでも、犠牲者の8割以上が関連死というところまでには達しないように思われる。
 その比率の差は、避難生活の過酷さの違いだろう。中越地震と熊本地震のそれぞれの発生した季節はちょうど半年ずれている。寒冷地で豪雪地帯の新潟県の内陸部の晩秋から冬と、九州熊本の春から初夏。その言葉、文字から伝わる印象は雲泥の差だ。
 強い揺れでダメージを受けた家屋が倒壊する程の積雪は避難者が仮設住宅に移った頃であるが、地震直後の晩秋の新潟県中越地方は、きっと雨が降る日が多かっただろう。そんなことを思いながら、気象庁のサイトで長岡や十日町の気象データベースを見た。以外にも、2004年の10月下旬から11月下旬にかけては、最高気温が20度を超える日が結構あり、降水量がゼロの日も結構ある。もちろん、降水を確認された日の方が多いが。そういえば、台風多発の暖秋だった。9月の中旬までは30度を越える真夏日が観測されることもたびたびあった暑い秋。体感としては、10月の気温の数字異常に寒く感じられたのではないか。さらに11月中旬以降は雨の降らない日はわずかとなり、気温も下がる。
 避難生活が3週間を過ぎ、先がが見えず、疲労もたまる一方という中で連日の雨。これでは避難所やクルマの外に出歩く気にならず、エコノミークラス症候群のリスクが高まる。
 神戸や淡路島の真冬、東北や北信・中越の春先などと比べても、今回の熊本地震が起きたときの気候には恵まれていたのかも知れない。
 しかしながら、度重なる強い揺れにより道路の復旧や住宅の再建、仮設住宅の建設などの対応が遅れ、避難生活が長引く可能性がある。そして、あとひと月もすれば、九州は蒸し暑い梅雨の時期となる。
 TVのニュースなどで避難生活の様子が伝えられる中で、なんといっても辛そうなのは高齢者だ。環境の変化への対応力や暑さ寒さへの耐性が低い。今の時期は、晴れれば最低気温と最高気温の差が10度を越えて当たり前、場合によっては20度にも達する日もある。また、幼い子どもを抱えた人の苦労も伝えられている。
 一方で、うまく避難生活を送っているように見受けられる人の姿もある。その代表は、キャンプ用のテントで寝泊りしている人たちだ。雨の日にテントの中にいる人へのインタビューで、「雨音で寝つきが悪くなるし、地面から冷たさが伝わってきますね」という言葉を引き出していたが、表情は割合余裕があるように見えた(そうでなかったらごめんなさい)。
 装備を持っているかどうかということだけでなく、やはり個々の気持ちによるところが大きいのではなかろうか。
 キャンパー同士で話をしていて、「雨が降るとキャンプは嫌だね」という意見と「大風さえ吹かなければ、雨でもなんともない。強いて言えば、濡れたテントを撤収するのが嫌なくらい」という意見に割れたことがある。キャンパーでも雨への耐性はそれぞれということか。ちなみに私は後者である。
 もちろん、慣れていない人、特に高齢者には、テント生活など全く受け入れられないだろう。身をかがめて狭い出入り口を通過するなど、相当の苦痛に違いない。
 今回の地震のあと、農業用のビニルハウスやバスの待合室で避難生活を送る人々の姿も報じられた。いずれも高齢者で、悲惨な様子を伝えようという意図が感じられた。でも、不謹慎を承知の上で述べるが、北海道を自転車で旅したときのライダーハウスや野宿の夜のことを思い出した。被災者の皆さんには大変申し訳ないが、楽しかった思い出だ。
 もちろん、避難生活を楽しそうだ、なんていうつもりはない。帰ろうと思えば家に帰れる気ままな旅人と、被災者の皆さんを一緒にするのはいささか乱暴で、失礼な話である。自分が好んで選択している場合と、そうせざるをえないのとでは大きな違いである。
 ただ、正直なところ、自分は避難生活への耐性があるほうかもしれないと思う。こうした耐性を身につけ有事に強い人間であることも、災害への備えであるように思う。

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