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2015/09/29

秋の道南松前半島と江差線巡り6「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」

「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
6「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 座席指定はしてあるとはいえ、大きな輪行袋を置く場所があるかどうかという心配はある。いざとなったら、車掌に相談だ。実際乗ってみると、車両の最後部の座席の背もたれと壁の間が開いていた。その席に座っている人に断って、輪行袋を背後に入れさせてもらった。このスペースが輪行袋にジャストサイズなのだ。
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 大沼越しの駒ケ岳が美しい。
 これで万事収まったと思ったら、思わぬハプニングが発生。長万部を出たあと「この列車がこれから通る千歳線の踏切で、快速列車の人身事故が発生しました。運行見合わせとなる可能性がありますが、未だ詳しい情報はわかっていません。わかり次第お知らせします」との車内放送。運行見合わせって、一時的なの。急に不安な気持ちになる。
 こんなことなら、長万部でニセコ経由の普通列車に乗り換えるルートにしておけばよかったかと思う。特急列車は、函館本線直通でなく、室蘭、苫小牧、千歳などを経由する遠回りなのだ。ニセコ経由のほうが距離が短く、乗車賃も安い。
 その後、「事故発生は14:33頃。救急車とパトカーは到着したが、当事者は亡くなっているので救護活動は行われない。現在現場検証のため鑑識係が現場に向かっているが、連休のため到着に時間がかかる見込み」という続報。さらに、登別を過ぎたあと、「16:10、鑑識が到着。現場検証には30分ほどかかる見通し。現場検証が終われば、線路の安全を確認して運行再会」との放送。時刻は16:35なので、もうじき現場検証が終わる。さらに「この列車に関しては、次の苫小牧で待機。すでにたくさんの先行列車が手前の駅で待機している状態なので、再開の順番待ち」との続報。加えて、苫小牧から札幌や千歳空港へのバスの便の知らせがあった。バスに乗り換える場合、乗らなかった部分の切符の払い戻しはするが、バスの運賃は乗客の負担。道路が混雑しているし列車の待機時間はどのくらいなのかわからないので、どちらが早いかわからない、とのこと。
 そして16:46、苫小牧に停車。総合的に考えて、このまま運行再回を待った方が札幌到着は早いという印象だ。私を含む多くの人はそのまま座って運行の再開を待っているが、先が見通せないのが嫌なのか席を立つ人も見られる。ところが、ほどなく「もうすぐ運行再開となります。席にお戻りください」との放送。ほらね。10分遅れで、17:57苫小牧を出発。
 2時間以上足止めを食らった列車もある中、この程度の遅れで住んだことは幸いだ。また、これがもし大型車と列車の事故だったら、けが人の救護、自動車や列車の撤去などで、その後の列車は終日運休かもしれない。亡くなった人には申し訳ないが、不幸中の幸いと思ってしまう。
 札幌駅前で再び待機。なにせ待機していた列車が一気に札幌に押し寄せているのだから、ホームが足りないのだ。30分遅れの18時過ぎ、本来とは別のホームに到着。
 札幌駅は混乱していた。例えば小樽方面に向かう17:53の快速がまだ入線すらしていない。そのホームには釧路方面からの特急が遅れて到着し、車内清掃中。それが車庫に行かないと次の列車が入線できない。事故の発生現場は多くの路線のハブである札幌駅の近くであるため、混乱は各方面に広がり後を引きそうだ。長万部から倶知安経由の路線にも影響が出ているのかも知れないから、やはりこの路線で正解だった。
 結局30分遅れの18:25頃に札幌出発。小樽築港で下車し、大型商業施設で、昼に続いてまたつけ麺を食べる。フェリー内で食べる食料を買って、港に付いたのは21時前。乗船開始は22時なのでまだ1時間以上ある。
 ここでばったり、3日前に泊まった「とまや」の宿主、さりさんに出会う。フェリーで到着したお客さんの迎え。「2人いるんだけど1人見つからなくて」とのこと。その既に見つかった方のお客さんは、8月に自転車で坂を登りきった人。ああ、ブログで見た。ファットバイクだからよく覚えている。北海道の旅の途中で、所要のため自転車を残して本州に一時戻っていた。明日から旅を再開するのだそうだ。
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 彼と話していると、もう一人の客を見つけたさりさんが戻ってきた。宿に向かうクルマを見送る。じゃあ、気をつけて。
 その後1時間ほど座って過ごす。しばらくしたら、テーブル席があいたので、そこでこのレポートを執筆。
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 22時前、二輪車の待機場所に行くと、100台以上のオートバイの群れの片隅に、ファットバイク。あれ、彼はとまやに行ったはずなのに、と思ったら別のサイクリスト。さらに2人組のサイクリストもいて、計4台の自転車。久しぶりに一人ぼっちじゃない。たくさんのオートバイの改札を待つ間も、話し相手がいるので苦にならない。ファットバイクは、港の係員の注目の的。また、ファットバイクの存在感が目立つが、2人組のうちの片方の自転車はなんとも渋い。ARAYAのEXCELLAというモデルで、ドロップハンドルに700cのタイヤで泥除けはなく一見ロードレーサーなのだが、フロントキャリアに帆布製のフロントバッグ、ダウンチューブにはWレバー。紺のフレームに茶色のバーテープがノスタルジック。帰宅してからネットで検索すれば、泥除けがついてスポルティーフとして出ていた。最近は、こうしたデザインのモデルが復活してきている。
 ただ、船に乗ってしまえば眠くて眠くて。ベッドで寝ている時間が長くて、彼らには会えなかった。
 23日定刻21:15東舞鶴港接岸。オートバイや自転車は、今回3層の車両甲板のうち最も下の階層だった。初めての経験である。第2層と第3層にはそれぞれ港からスロープがつけられている。一番下に下りるは、いったん第二層に入り、その床が開いて現れるスロープを下りる。まるで秘密の地下基地、脳内BGMはサンダーバードのテーマ。
 その地下基地から脱出するには、まず第二層の自動車が外に出るのを待たねばならない。これに15分以上かかった。その間に、地下基地ではライダーたちの熾烈なつばぜり合い。スロープ下のポールポジション争いだ。重い大型自動二輪を狭い場所で方向転換させている。閉め切った地下基地、夜間走行の装備の中は汗をかいているに違いない。半袖半ズボンで立っていてまったく寒くないんだから。そして方向転換を終えるとできるだけ前に出て、密集した列を作ったまま、いつでも走り出せるよう跨って信号待ちのような体制でいつ開くとも知れないゲートをにらみつけている。
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 21:35、ようやく天井が開き始めた。同時に、地下基地にオートバイのエンジンが鳴り響く。係員が交通整理をして、間隔をおいて1台ずつ出発の指示を出す。その度に各方向から次の先頭は俺だ、つばぜり合いが発生する。
 面白いもので、だんだんオートバイどうし譲り合いが見られるようになってくる。また、発進の指示待ちの位置もだんだん後ろに下がってくる。もう、「前へ、前へ」の気持ちを丸出しにしているライダーはいなくなった。
 そして、最後の数台は周囲に誰もいなくなってからゆうゆうと方向転換をしたあと、係員に手招きをされるまでのんびりその場で待っていた。せっかちなライダーもいれば、心にゆとりを持った大人のライダーもいると言うことだ。ちなみに、肉体年齢との相関関係はないようだ。
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 さあ、高みの見物は終わった。地下基地は自転車4台の貸し切り。スロープを悠然と押して登る。これが、21:39のことだから、オートバイがすべて下船するのに要した時間はたったの5分位。
 オートバイのナンバープレートを見たところ、圧倒的に大阪が多かった。50ccのスーパーカブがいて、北広島市のナンバーだった。今夜は近くで野宿して、明日以降日本海側を走るとのこと。
 私以外の自転車3人も大阪のようだ。近くの駐車場にクルマを停めているとのこと。
 港で彼らと別れ、2kmあまりで東舞鶴駅。駐輪場でスーパーカブに乗り換える。自転車は後日回収。船を下りたときは夜風が涼しいと感じたが、往路の18日よりは暖かい。月は霞んでいる。天気は下り坂か。東舞鶴駅前のビジネスホテルに入っていくやや年配の男性は、ライダーの出で立ち。泊まるようだ。それに比べ、この後西舞鶴でラーメンを食べて、それでも日付が変わる前に帰宅できる私は恵まれている。
 帰宅後、未明から雨が降り出した。連休の終わりを告げる雨。フェリーから降りて泊まった人はの帰宅も、北広島のスーパーカブの山陰ツーリングも、雨天走行か。港からすぐに大阪まで走った人は、先頭で下船しようが最後尾で下船しようが、合羽を着ずに帰宅できただろう。
 北海道は25日の金曜くらいまでは天気がよさそうだ。連休を日曜まで延長している人にはいい天気周りだ。函館を除く全道的には20日まで、道北や道東は21日まで天気がぐずついていたので、それを取り返すチャンスだ。
 そんな他人のことは置いといて、今回の旅は反省点だらけだ。たくさんのトラブルに見舞われたが、その多くは自分のミスによるもの。なのに、予定したコースは走りきれたし、励ましの坂は登りきれたし、トラブルを乗り越えて満足してしまっている。結局、またミスをするんだろうな。
 自転車はこれから部品交換だ。チェーンは旅の前に交換しようか迷っていたので、交換のきっかけができた。ちなみに、この自転車での走行中のチェーン切れは2008年10月以来2回目。他の自転車も含めると、走行中のチェーン切れは3回目。いずれもチェーンきり工具を携行していなかった。「トラブルは忘れたころにやってくる」ということか。リアディレイラーも交換だ。今までにどの自転車もリアディレイラーを交換しなければならない事態になることはなかった。
 小樽のとまやの宿主さんとの会話の中で出てきた「地獄坂」。家に帰ってから思い出した。去年の夏の「にっぽん縦断こころ旅」で火野正平が訪れた坂だ。坂の上にある小樽商科大学のOBの手紙を受けての内容だ。「人生下り坂最高!」などと叫び、登り坂になれば軽トラを探す火野正平だが、さすがにその日は坂そのものが目的地だし、1km程度の登りなので自力で登っていた。
 ちなみに、「励まし」の方が「地獄」よりきつい。とまやのアルバムやブログを見ると、その励ましの坂を火野正平と同世代の人が登っていた。私のひとつ前の達成者だ。車種はランドナー。すごい。
 最後に、北海道最西端の尾花岬について。渡島半島の日本海側、現在のせたな町で、旧北檜山町と旧大成町の境界の岬である。車道で行くことができず、国道228号線はそのあたりだけ内陸部を通過している。2013年のゴールデンウィークに旧大成から旧北檜山へ国道228号線を走っているのだが、なんとその直前4月24日に海沿いの道道が開通している。あまりに直前過ぎてまったく知らなかった。ただトンネルが多く、尾花岬もトンネルでワープしてしまう。それでも、最西端に肉薄できる道である。そのチャンスを逃してしまった。そのためだけに行くのも厳しいが、いつかは行きたい。
 旅の報告はこれで終わり。

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コメント

 いろいろありましたね。お疲れ様でした。ボクは今までノントラブルなのでもしも何かあったら慌ててしまうだろうと思います。  チェーンは今年の夏前に交換しました。5,000km以上は乗ったので、ツーリング前に換えときました。ブレーキシューも。それから1,300kmは走っています。
 天気が良くてよかったですね。雨では修行になりますからね。

投稿: すう | 2015/10/02 22:18

 今回ダメになったチェーンは、2000kmくらいかな。8年使っているけど、あまり乗っていないので交換せずに旅立ちました。結果的には正解でしたね。交換していたら、もったいないことでした。
 去年からローを34Tのスプロケットを使うようになったので、本当ならチェーンを長くしないといけないところ、アウター、ローを使わないでしのいでいる状態でした。ちょうどチェーンを変えるきっかけになりました。
 雨の日には走らないのが一番いいです。NO FUN,NO BICYCLE.です。

投稿: はいかい | 2015/10/03 14:36

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