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2015/09/30

人生登り坂最高2015(小樽励ましの坂を登りきれ)

秋の道南松前半島と江差線巡り
「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 舞鶴・小樽間の新日本海フェリーの片道所要時間が、約30時間から約20時間へと短縮された。10年かもうちょっと前のことである。舞鶴出航の場合、小樽到着が一晩早くなり、それまでの早朝到着が、夜に到着するように変わった。これにより、フェリーを降りたら小樽かその周辺に泊まる、ということが定着した。
 2014年9月23日、NHKの「にっぽん紀行~励ましの坂を登りきれ~」が放送された。小樽市街地の北部にある最大24パーセントと言われる「励ましの坂」を足を着かずに登りきることに挑戦するサイクリストたちの姿が届けられた。見事足を着かずに登りきると、坂の上の旅人宿「とまや」で、おめでとう、と言ってもらえる。
 夏の道北の旅では、翌朝早い列車に乗車するため、小樽駅近くのライダーハウスに泊まった。そして、9月のシルバーウィーク、再び北海道へ。今度は道南。小樽駅発は9時ごろでいい。励ましの坂へ挑戦だ。
 というわけで8月中旬から準備開始。録画した「にっぽん紀行」と、Googleストリートビューで景色を頭に入れる。ルートラボでデータを作成し、それをカシミール3Dでプロフィールマップにする。
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 ただし、これだけでは机上の空論。わが地元丹後半島にも激坂がある。天橋立を見下ろす西国三十三所第28番札所「成相寺」に至る道。その上部3分の1の区間は、距離、標高差、勾配で「励ましの坂」に匹敵する。いや、プロフィールマップによれば、標高差と勾配はむしろ成相寺の坂のほうが勝っている。
 ただ、大きな違いは、「励ましの坂」は直線的なのに対して、「成相寺」の最上部の激坂区間はヘアピンカーブの連続だ。インかアウトかかによって勾配が変わってくる。成相寺での実践トレーニングに際し、キープレフトで通行することとした。

 また、放送直後の昨年10月始め、自分を試すため一度成相寺の坂に挑んでいる(その様子はこちら)。急な区間は、道路の幅いっぱいに蛇行してクリアし、登りきった。しかし、今回の目的はこの坂でなく、「励ましの坂」を登ることである。本番で急坂に差し掛かった時にクルマが通れば蛇行は使えない。トレーニングでは蛇行を禁じ手とした。
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 蛇行を使わずキープレフトでも、右カーブではアウト側の緩やかな部分を上ることになる。少し足を休めることになるが、本番の坂で対応できるだろうか。だからと言って、インばかりではとても登れない。
 このトレーニングを、8月下旬から9月中旬まで、計5回。いずれも足を着くことなく登りきった。
 そして、9月19日夜、フェリーを降りた小樽で、励ましの坂に挑んだ。そして、何とか登りきり、宿でおめでとうと言ってもらった。

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2015/09/29

秋の道南松前半島と江差線巡り6「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」

「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
6「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 座席指定はしてあるとはいえ、大きな輪行袋を置く場所があるかどうかという心配はある。いざとなったら、車掌に相談だ。実際乗ってみると、車両の最後部の座席の背もたれと壁の間が開いていた。その席に座っている人に断って、輪行袋を背後に入れさせてもらった。このスペースが輪行袋にジャストサイズなのだ。
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 大沼越しの駒ケ岳が美しい。
 これで万事収まったと思ったら、思わぬハプニングが発生。長万部を出たあと「この列車がこれから通る千歳線の踏切で、快速列車の人身事故が発生しました。運行見合わせとなる可能性がありますが、未だ詳しい情報はわかっていません。わかり次第お知らせします」との車内放送。運行見合わせって、一時的なの。急に不安な気持ちになる。
 こんなことなら、長万部でニセコ経由の普通列車に乗り換えるルートにしておけばよかったかと思う。特急列車は、函館本線直通でなく、室蘭、苫小牧、千歳などを経由する遠回りなのだ。ニセコ経由のほうが距離が短く、乗車賃も安い。
 その後、「事故発生は14:33頃。救急車とパトカーは到着したが、当事者は亡くなっているので救護活動は行われない。現在現場検証のため鑑識係が現場に向かっているが、連休のため到着に時間がかかる見込み」という続報。さらに、登別を過ぎたあと、「16:10、鑑識が到着。現場検証には30分ほどかかる見通し。現場検証が終われば、線路の安全を確認して運行再会」との放送。時刻は16:35なので、もうじき現場検証が終わる。さらに「この列車に関しては、次の苫小牧で待機。すでにたくさんの先行列車が手前の駅で待機している状態なので、再開の順番待ち」との続報。加えて、苫小牧から札幌や千歳空港へのバスの便の知らせがあった。バスに乗り換える場合、乗らなかった部分の切符の払い戻しはするが、バスの運賃は乗客の負担。道路が混雑しているし列車の待機時間はどのくらいなのかわからないので、どちらが早いかわからない、とのこと。
 そして16:46、苫小牧に停車。総合的に考えて、このまま運行再回を待った方が札幌到着は早いという印象だ。私を含む多くの人はそのまま座って運行の再開を待っているが、先が見通せないのが嫌なのか席を立つ人も見られる。ところが、ほどなく「もうすぐ運行再開となります。席にお戻りください」との放送。ほらね。10分遅れで、17:57苫小牧を出発。
 2時間以上足止めを食らった列車もある中、この程度の遅れで住んだことは幸いだ。また、これがもし大型車と列車の事故だったら、けが人の救護、自動車や列車の撤去などで、その後の列車は終日運休かもしれない。亡くなった人には申し訳ないが、不幸中の幸いと思ってしまう。
 札幌駅前で再び待機。なにせ待機していた列車が一気に札幌に押し寄せているのだから、ホームが足りないのだ。30分遅れの18時過ぎ、本来とは別のホームに到着。
 札幌駅は混乱していた。例えば小樽方面に向かう17:53の快速がまだ入線すらしていない。そのホームには釧路方面からの特急が遅れて到着し、車内清掃中。それが車庫に行かないと次の列車が入線できない。事故の発生現場は多くの路線のハブである札幌駅の近くであるため、混乱は各方面に広がり後を引きそうだ。長万部から倶知安経由の路線にも影響が出ているのかも知れないから、やはりこの路線で正解だった。
 結局30分遅れの18:25頃に札幌出発。小樽築港で下車し、大型商業施設で、昼に続いてまたつけ麺を食べる。フェリー内で食べる食料を買って、港に付いたのは21時前。乗船開始は22時なのでまだ1時間以上ある。
 ここでばったり、3日前に泊まった「とまや」の宿主、さりさんに出会う。フェリーで到着したお客さんの迎え。「2人いるんだけど1人見つからなくて」とのこと。その既に見つかった方のお客さんは、8月に自転車で坂を登りきった人。ああ、ブログで見た。ファットバイクだからよく覚えている。北海道の旅の途中で、所要のため自転車を残して本州に一時戻っていた。明日から旅を再開するのだそうだ。
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 彼と話していると、もう一人の客を見つけたさりさんが戻ってきた。宿に向かうクルマを見送る。じゃあ、気をつけて。
 その後1時間ほど座って過ごす。しばらくしたら、テーブル席があいたので、そこでこのレポートを執筆。
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 22時前、二輪車の待機場所に行くと、100台以上のオートバイの群れの片隅に、ファットバイク。あれ、彼はとまやに行ったはずなのに、と思ったら別のサイクリスト。さらに2人組のサイクリストもいて、計4台の自転車。久しぶりに一人ぼっちじゃない。たくさんのオートバイの改札を待つ間も、話し相手がいるので苦にならない。ファットバイクは、港の係員の注目の的。また、ファットバイクの存在感が目立つが、2人組のうちの片方の自転車はなんとも渋い。ARAYAのEXCELLAというモデルで、ドロップハンドルに700cのタイヤで泥除けはなく一見ロードレーサーなのだが、フロントキャリアに帆布製のフロントバッグ、ダウンチューブにはWレバー。紺のフレームに茶色のバーテープがノスタルジック。帰宅してからネットで検索すれば、泥除けがついてスポルティーフとして出ていた。最近は、こうしたデザインのモデルが復活してきている。
 ただ、船に乗ってしまえば眠くて眠くて。ベッドで寝ている時間が長くて、彼らには会えなかった。
 23日定刻21:15東舞鶴港接岸。オートバイや自転車は、今回3層の車両甲板のうち最も下の階層だった。初めての経験である。第2層と第3層にはそれぞれ港からスロープがつけられている。一番下に下りるは、いったん第二層に入り、その床が開いて現れるスロープを下りる。まるで秘密の地下基地、脳内BGMはサンダーバードのテーマ。
 その地下基地から脱出するには、まず第二層の自動車が外に出るのを待たねばならない。これに15分以上かかった。その間に、地下基地ではライダーたちの熾烈なつばぜり合い。スロープ下のポールポジション争いだ。重い大型自動二輪を狭い場所で方向転換させている。閉め切った地下基地、夜間走行の装備の中は汗をかいているに違いない。半袖半ズボンで立っていてまったく寒くないんだから。そして方向転換を終えるとできるだけ前に出て、密集した列を作ったまま、いつでも走り出せるよう跨って信号待ちのような体制でいつ開くとも知れないゲートをにらみつけている。
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 21:35、ようやく天井が開き始めた。同時に、地下基地にオートバイのエンジンが鳴り響く。係員が交通整理をして、間隔をおいて1台ずつ出発の指示を出す。その度に各方向から次の先頭は俺だ、つばぜり合いが発生する。
 面白いもので、だんだんオートバイどうし譲り合いが見られるようになってくる。また、発進の指示待ちの位置もだんだん後ろに下がってくる。もう、「前へ、前へ」の気持ちを丸出しにしているライダーはいなくなった。
 そして、最後の数台は周囲に誰もいなくなってからゆうゆうと方向転換をしたあと、係員に手招きをされるまでのんびりその場で待っていた。せっかちなライダーもいれば、心にゆとりを持った大人のライダーもいると言うことだ。ちなみに、肉体年齢との相関関係はないようだ。
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 さあ、高みの見物は終わった。地下基地は自転車4台の貸し切り。スロープを悠然と押して登る。これが、21:39のことだから、オートバイがすべて下船するのに要した時間はたったの5分位。
 オートバイのナンバープレートを見たところ、圧倒的に大阪が多かった。50ccのスーパーカブがいて、北広島市のナンバーだった。今夜は近くで野宿して、明日以降日本海側を走るとのこと。
 私以外の自転車3人も大阪のようだ。近くの駐車場にクルマを停めているとのこと。
 港で彼らと別れ、2kmあまりで東舞鶴駅。駐輪場でスーパーカブに乗り換える。自転車は後日回収。船を下りたときは夜風が涼しいと感じたが、往路の18日よりは暖かい。月は霞んでいる。天気は下り坂か。東舞鶴駅前のビジネスホテルに入っていくやや年配の男性は、ライダーの出で立ち。泊まるようだ。それに比べ、この後西舞鶴でラーメンを食べて、それでも日付が変わる前に帰宅できる私は恵まれている。
 帰宅後、未明から雨が降り出した。連休の終わりを告げる雨。フェリーから降りて泊まった人はの帰宅も、北広島のスーパーカブの山陰ツーリングも、雨天走行か。港からすぐに大阪まで走った人は、先頭で下船しようが最後尾で下船しようが、合羽を着ずに帰宅できただろう。
 北海道は25日の金曜くらいまでは天気がよさそうだ。連休を日曜まで延長している人にはいい天気周りだ。函館を除く全道的には20日まで、道北や道東は21日まで天気がぐずついていたので、それを取り返すチャンスだ。
 そんな他人のことは置いといて、今回の旅は反省点だらけだ。たくさんのトラブルに見舞われたが、その多くは自分のミスによるもの。なのに、予定したコースは走りきれたし、励ましの坂は登りきれたし、トラブルを乗り越えて満足してしまっている。結局、またミスをするんだろうな。
 自転車はこれから部品交換だ。チェーンは旅の前に交換しようか迷っていたので、交換のきっかけができた。ちなみに、この自転車での走行中のチェーン切れは2008年10月以来2回目。他の自転車も含めると、走行中のチェーン切れは3回目。いずれもチェーンきり工具を携行していなかった。「トラブルは忘れたころにやってくる」ということか。リアディレイラーも交換だ。今までにどの自転車もリアディレイラーを交換しなければならない事態になることはなかった。
 小樽のとまやの宿主さんとの会話の中で出てきた「地獄坂」。家に帰ってから思い出した。去年の夏の「にっぽん縦断こころ旅」で火野正平が訪れた坂だ。坂の上にある小樽商科大学のOBの手紙を受けての内容だ。「人生下り坂最高!」などと叫び、登り坂になれば軽トラを探す火野正平だが、さすがにその日は坂そのものが目的地だし、1km程度の登りなので自力で登っていた。
 ちなみに、「励まし」の方が「地獄」よりきつい。とまやのアルバムやブログを見ると、その励ましの坂を火野正平と同世代の人が登っていた。私のひとつ前の達成者だ。車種はランドナー。すごい。
 最後に、北海道最西端の尾花岬について。渡島半島の日本海側、現在のせたな町で、旧北檜山町と旧大成町の境界の岬である。車道で行くことができず、国道228号線はそのあたりだけ内陸部を通過している。2013年のゴールデンウィークに旧大成から旧北檜山へ国道228号線を走っているのだが、なんとその直前4月24日に海沿いの道道が開通している。あまりに直前過ぎてまったく知らなかった。ただトンネルが多く、尾花岬もトンネルでワープしてしまう。それでも、最西端に肉薄できる道である。そのチャンスを逃してしまった。そのためだけに行くのも厳しいが、いつかは行きたい。
 旅の報告はこれで終わり。

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2015/09/28

コウノトリが4羽

 9月27日、17時45分ごろ、京丹後市弥栄町の竹野川の東側の田んぼの中に、コウノトリが4羽。この辺りでは何度も見かけていて、去年11月にはまとめて5羽を目撃。今回はそれに次ぐ4羽。ここで見かけたのは、今年の1月下旬以来。
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 コウノトリを見た後、中秋の名月を愛でる。
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秋の道南松前半島と江差線巡り5「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)

「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
5「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 22日、5時過ぎ起床。支度して、昨日買っておいたおにぎりを食べて、外に出る。今日は快晴、行け行けGoGo。本日は江差線沿線を走る。当初は昨年廃止された江差・木子内間の約50kmの予定だったが、一昨日走れなかった現在も存続している木古内・五稜郭間40kmも走りきってやる。昼過ぎには列車に乗って小樽へ北上しないといけないから、午前中が勝負だ。
 6時前にスタート。まずは江差駅へ。2年4ヶ月前に下車した駅舎は、配線になったあとも残されている。このまま保存されるのか、そのうち取り壊されるのか。
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 海に降りて、海岸を南下。上ノ国まで戻る。今日も西風。昨日より波がある。
 上ノ国のセイコーマートでお茶と食料を買っておく。木古内まで40kmあまり補給はできない。
 天の川を遡る形で南東方向の内陸部へ。まずは田園地帯。須田小学校の前に踏切の跡。江差線の名残だ。道路と交差するところのみレールは撤去され舗装されているが、両側にレールが伸び、外された枕木が無造作に置かれている。そして何より、信号灯がそのまま立っている。
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 海では西風が強かったのに、内陸に入ると無風。追い風を期待したのに。
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 桂岡という集落に駅舎が残っていた。と言っても貨物のコンテナを改装したもの。ホームに出ようと思ったら、いきなり顔に蜘蛛の巣が張り付く。
 湯ノ岱にも駅が残っていた。文字通り近くに温泉があるため、駅舎は一戸建て。現在もバス待合室として利用されているようだ。ここで小休止。
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 一昨年のゴールデンウィークに江差線に乗った時には、廃線1年前ということで、朝7時前に出発の便にかかわらず鉄道ファン(乗り鉄)で満員だったことは前述の通りだが、泊まる駅ごとに鉄道カメラマン(撮り鉄)が待ち受けていた。その時車内から見た駅の風景と、今佇んでいる駅の風景がなんとなくつながった。
 自転車は相変わらずいまいちだが、例によってフリーを4速で走れば歯飛びはかなり少なくほぼ普通に走れる。
 また、上ノ国・木古内間のバスの便があることは確認できた。鉄道の代替交通機関という意味もあるのだろう。ただし便数は非常に少ない。もしチェーンが切れたらこのバスが頼りだが、利用できそうなのは11時過ぎに上ノ国を出る便。木古内には何時に到着するのか。12:28木古内発の列車に乗らないと、指定席をとってある13:59五稜郭発の特急に間に合わない。まだまだ心配は尽きない。
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 清らかな天の川沿いを進む。護岸が少ない。一昨年の江差線の車窓からこの流れを見て、川沿いを走りたいと思ったのだ。鉄橋もまだそのまま残っている。緩やかなアップダウンを繰り返しながら、徐々に登っていく。交通量が少なく静かな道だったが、8時を過ぎるとダンプが行き交うようになってしまった。
 谷が狭まり田園はなくなった。集落の間隔が開き、アップダウンのうちの登り要素が増して行く。峠まであとどのくらいだろう。GPSレシーバがないので、現在地の標高を知るためには、止まって地図の等高線を読まないといけない。しかし、集落が途切れると現在地の特定がしにくい。道路のカーブは緩く、目印になる急カーブは皆無。
 工事現場が現れた。新たなトンネルを掘っている。鉄道がなくなった代わりに、クルマを便利にしようというのか。ダンプの通行は、この関係かもしれない。
 工事現場の辺りから、登り一本調子となった。腕時計の気圧高度計を見ると120m。これは相対高度計で、海岸でゼロに合わせるか、値を見ておくかすればよかった。ただし、湯ノ岱駅では-5mだったので、あそこから125m登ったということか。これが本当なら、標高200mの稲穂峠は近いのではないか。登り一辺倒だが、勾配はさほどきつくない。この旅じめてフロントのインナーにチェーンをかければ、フリーのローギアが使えなくても問題なく登っていける。
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 そして峠のトンネルに到着。あとは下り基調の14kmで木古内だ。短いトンネルの中から下りが始まる。トンネルを抜けると一気の下りとなる。こちら側にも新しいトンネルの工事現場があるが、無人。すぐ下で道路の法面工事中。拡幅か。
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 すぐに勾配は緩くなり、ペダルを漕ぎたくなる。ただし、フリーのトップギアは歯飛びするのでいまいち快走できない。
 木古内川上流の流れの向こうに江差線の線路が見える。鉄道が並走できるくらいのゆるい勾配ということだ。道路と立体交差している箇所もあった。一昨年のゴールデンウィークには峠付近で残雪が見られたことを思い出す。
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 谷が開け、田園が広がった。踏切跡を越える。おお、待望の追い風が吹いている。ゆるい下りで、スピードが出る。
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 木古内には9時過ぎに付いた。50kmを3時間あまりで走った。ここから輪行も可能だが、このまま五稜郭駅まで行け行けGoGoだ。もし途中でチェーンが切れたら、最寄りの駅まで行き、木古内12:28発の列車の乗ればいい。木古内から五稜郭まで40kmほどの区間に13の駅がある。平均すると駅の間隔は3~4km、歩いて1時間以内にどこかの駅にたどり着ける。とうとうチェーン切れも想定内となった。
 また出発時点で木古内到着の目安を10時としていた。これより遅くなれば輪行しようと。しかし、1時間近く早い。行け行けGoGo。
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 交通量が多い道だが路側帯が広く走りやすい。そして、西風が背を押してくれる。さらにアップダウンは皆無。何より文句なしの快晴、海も空も青い。交通量の多い道を渡り砂浜を見下ろす広場の腰掛けて一休み。上ノ国で買った食料をたべる。昨日の同じくらいの時間には、この近くで、度重なるトラブルに途方に暮れていた。あの状態から200km近くも走ったことが信じられない。もうあと少し。その後の列車も座席指定で確実に座れるし、不安から開放されて非常にいい気分だ。
 木古内を離れると交通量は少し減る。当初の計画では、この区間は一昨日の午後反対向きに走るはずだった。一昨日走れなかった分の挽回だ。道路の陸側を走ることになるが、海沿いにも結構家が建っているから、結局どっち側を橋ってもそう変わらない。そしてずっと西寄りの風が吹いているので追い風。さらにこの快晴。一昨日の予定が今日になったのは正解かもしれない。アウター・トップのギアで行きたいが、歯飛びするトップギアと軽すぎる4速を交互に使いながら、だましだまし走る。
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 サラキ岬で小休止。江戸幕府の軍艦「咸臨丸」が沖合いで沈没した地ということで、モニュメントやら咸臨丸の復元模型やらが置かれている。そのサラキ岬を回り込んだら、巨大な陸繋島、函館山が見えてきた。まだ20kmも先だが、本日の目標が見える。やはりこの向きに走るのが正解のように思える。
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 函館が近づけばクルマが増える。今度は駒ケ岳が見えてきた。函館山は形が変わってきた。北斗市のセメント工場から津軽海峡に突き出た海上ベルトコンベアもあって、役者ぞろいのなんとも賑やかな景色。。
 市街地に入るとあとは早くゴールすることだけを考える。左手のなだらかな山には、5年前にスーパーカブで訪れたきじびき高原がきれいに見える。
 午前中だけで約85kmを走破。江差から木古内までは稲穂峠越えもあり平均速度19.5km/h。その後の平坦区間の快走により江差から通しての平均速度は20.4km/hまでアップ。
 七重浜からは、一昨日の夜チェーンの切れた状態でたどった道を逆に行く。一昨日の大型スーパーマーケットの向かいのラーメン屋へ。つけ麺を食べて、まだ正午。スーパーマーケットへで飲み物を買って、フードコートの席に腰掛けて過ごす。
 13時前、五稜郭駅に移動開始。15分ほどで到着。もう安心だ。輪行袋に自転車を納めベンチで列車の時刻を待つ。
 本日の走行、90.2km、平均速度20.1km/h。

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2015/09/27

秋の道南松前半島と江差線巡り4「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)

「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
4「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 21日朝6時前、まだ寝静まった宿を出る。オートバイでいっぱいのガレージから自転車を引っ張り出して七重浜駅へ。自転車を輪行袋に収めたら、駅近くのコンビニで買った弁当の朝食。駅のホームには、鉄道ファン数名が、早朝から三脚を立てて、列車を待ち受けている。
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 7:03、1両のみのワンマンカーに乗車。前乗り前降りなので、後部のデッキに輪行袋を置く。
 江差線というが、江差までは通じていない。木古内から江差までの区間は昨年廃線となってしまった。木古内・五稜郭の区間は津軽海峡線との重複区間なのでなくならない(本州と北海道を結ぶ貨物列車が頻繁に通る)。来年春に北海道新幹線が開通した後も、第三セクターとなって鉄道が存続するとのこと。
 2年前のゴールデンウィークに、五稜郭から江差まで、ちょうど同じくらいの時間に出発する列車に乗った。早朝というのに、翌年の廃止を惜しむ人たち(乗り鉄)で満席。窮屈な中で2時間半を過ごした。今日は程々の乗車率。途中の駅では、アジサイとコスモスが同時に咲いていた。夏が短さの表れか。
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 1時間で木古内到着。この駅だけは後部のドアも開き、駅の改札で切符を渡す。
 後部のデッキでは輪行袋が倒れていた。ベルトで手すりにくくりつけていたのに、いつの間にかほどけていた。こんなことは初めて。
 半年後の新幹線開業に向けて工事中の駅前で自転車を組む。今度はチェーンの取り回しを間違えないように。
 8:20、さあ満を持して自転車ツーリングのスタートだ。天気も上々。半袖Tシャツに、ズボンの裾を外して七分丈の状態で全く寒くない。津軽海峡を左に見ながら、さあ快走。おやっ、変速がおかしいぞ。リアディレイラーの調整がうまく行っていないのか。やれやれ、と思いながら自転車を止めて調整し直す。でも、何度試みてもうまく調整できない。嫌な感じだ。見てみると、ディレイラーが内側に傾いている。列車内で輪行袋が倒れていたが、その時にリアディレイラーに衝撃が加わったのだろうか。ディレイラーハンガーの予備を持ってきているので変えてみようか。と思いながらローギアに入れた瞬間にガキっという音と共に、走行に違和感。チェーンが外れ、ローギアとスポークの間に落ちてしまった。手で引っ張り出そうと試みるが、なかなか抜けない。クイックシャフトをゆるめ、なんとかチェーンを抜き出すことに成功。ローギアは使えない。
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 走行を再開すれば、フリーギアが歯飛びをする。変速レバーを操作していないのに、チェーンが隣のギアとの間を行ったり来たりしているのだ。今回の旅で何度目かの嫌な気分を味わいながらチェーンを見る。やはりねじれている。
 なんなんだこの波状攻撃は。トラブルにトラブルを塗り重ねている。
 またもチェーンに歪んだコマが発生。ただし昨夜ほどひどい歪みではない。チェーンにアーレンキーを差し込み、歪みと逆方向にひねって強制的に修正する。完全には戻らないし、やりすぎるとチェーン切れを早めるだけだ。チェーンの応急処置用のコマはもうないが、チェーンを接続するピンの予備はある。チェーン切り工具さえあれば、歪んだコマを外し、詰めてつなぎ直すことができる。チェーンが短くなるが、どうせ最も大きいギアである、ローギアを使えないのだ。
 出発した木古内にホームセンターがあった。そろそろ開店時刻だ。昨日宿で調べたところ、これから通る街のそれぞれにもホームセンターはある。しかし、交換用チェーンやチェーン切り工具までそろった店は少ないだろう。この辺りで一番大きな町である木古内の店が品揃えは一番多いはず。戻るか。でも、もう既に9kmほど走っている。本日の行程は長い。18kmの追加は厳しい。
 迷った挙句、歯飛びしながらも何とか走れる状態なので、前へ進むことにした。戻ったところで、木古内に目当てのものがある可能性は低い。それに夏の道北の旅では、ひざを痛めて大幅に予定変更、自転車であまり走れなかった。今回は、なんとしても走りたい。
 青い海を見ながらご機嫌のコースなのに、歯飛びのストレスで気持ちが沈んでしまう。途中でチェーンが切れたらどうするか、ということは考えないことにする。
 しばらく走ると、フリー8段のうち、4速が歯飛びしにくいことがわかる。フロントの変速を多用して、できるだけリアは4速で固定して走れば、案外普通に走ることができる。
 慣れというのは凄いもので、走っているうちにチェーンの不具合があまり気にならなくなってきた。北海道の道だからそんなに急勾配はないのも幸いしている。
 知内から内陸部に入る。稲作地帯で、黄金色の田んぼが広がっている。道の駅を併設した津軽海峡線の駅は、新幹線の駅として改装工事中みたいだ。
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 すぐ先には青函トンネルの出入り口が見えている。20年前くらいは、フェリーでなく何度か列車で北海道を訪れた。あの頃は、まだ青函トンネルが開通してそんなに経っていなかった。長いトンネルを抜けぱっと明るくなった瞬間、車内に歓声が上がったことを思い出す。それがここなのだ。
 走りながら、昨夜のことを思い出す。函館クロスロードの談話室でおしゃべりしていたメンバーに、元サイクリスト、そして最近自転車ツーリングも始めたライダーがいた。私が自転車の旅だというと、当然自転車の話題になった。「北海道の道って、景色が変わらないから自転車だと退屈なんだよね」と彼らは言う。へえ、そうなんだ。私はその逆。自転車だと一見単調な中にも色々変化が感じられる。スピードが遅いからよく見える、という点はもちろんだが、それだけではない。エンジン音もないから、周囲の音がよく聞こえる。上り下り、風向き、気温、湿度などを肉体感覚として感じられる。空腹感や喉の乾きも、その土地、その道から得られるメッセージなのだ。
 標高160mの福島峠越えをだましだまし完了。下ると福島だが、海沿いの中心街に着く前にホームセンターがあった。自転車コーナーの品揃えは少なく、やはりチェーン関係はない。仕方ない。とりあえず店の前のベンチに腰掛けておにぎりを食べる。
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 福島には青函トンネル記念館、横綱記念館などがある。千代の富士の出身地だそうだ。
 さあ、また左に海を見ながら走る。向かい風を受けてペダルが重い。積み木のような直方体を組み合わせた形で、必ず玄関には前室が付いた家。砕石を敷いた昆布を干すための広場。駆け抜けるオートバイ。北海道らしさに、徐々に気分が高揚してくる。中心街を過ぎると、小さな漁村が次々と現れては過ぎる。ススキの穂が風に揺れている。いつの間にか自転車ツーリングの世界に没頭している。
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 海岸線が荒々しい表情に変わってきた。海岸にはゴツゴツした岩が立ち並び、岩山をくり抜いたトンネルをいくつも抜ける。白神岬まであとどのくらいだろうか。GPSレシーバがないと現在地を知るのにいちいち止まって、タブレット端末の地図を見ないといけない。そろそろ地図を見ようかと思い、ロックシェッドの手前の広場に入ると、白神岬とかかれたモニュメント。北海道最南端到達だ。最北の宗谷岬、最東の納沙布岬に続いて、全て自転車で到達だ。最西端は、渡島半島のせたな町にある尾花岬。いつか行かねば。
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 パーキングスペースの片隅に腰を下ろし、福島のセイコーマートで買った弁当をたべる。
 岬を回り込んだら灯台があった。ここまでの向かい風が追い風に変わることを期待したが、その後も西に向かうためやはり向かい風。
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 松前の町並みが行く手の海岸線に見えてきた。近づくと松前城の天守閣が見える。歴史的な町並みなど見どころのある町だが、まだまだ先は長いし、自転車の駆動系に爆弾を抱えているし、寄っていく心の余裕がない。天守閣を見ながら素通りだ。
 町外れにホームセンターに寄ってみるが、やはり自転車用品の品揃えは少なくチェーン関係の工具はない。
 進行方向が北寄りになるが、依然向かい風のベクトルが強い。さらに、標高30~50mの海岸段丘に乗り上げたり、浜の高さまで降りたりと、勾配は緩やかながらずっとアップダウンが続いている。これが上ノ国までの50kmほど続く。現れては過ぎる集落は、一体いくつあっただろうか。
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 大きな谷をまたぐ橋梁の補修工事で片側通行。信号の青はクルマのスピードに合わせて20秒しかないから、歩行者及び自転車は規制された車線を行く。交通整理員に付き添われ、自転車を押して工事車両の脇を行く。どこまで行くかときかれて江差と答えると、「あと1時間半くらいですか」と言われる。まだ40km近くあるし、すでに80km以上走って疲れている。2時間はかかるよ。橋の中央で、反対側の交通整理員にリレーされる。
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 いつしか進行方向は北東になっていて、気づくと追い風。いいぞいいぞ。しかし、空は雲が広がり、一部青空も見えるが、黒に近い灰色の部分も見られる。晴れ予報が、昨日になって「寒気の影響でところによりにわか雨もあり」へと変わっていた。そして一度ドーンという重低音が鳴り響いた。一瞬の雷鳴だった。
 前方に洲根子岬が見えてきた。あの向こうが上ノ国だ。その手前の海を見下ろす公園で小休止。なんとか自転車は持ちこたえている。岬を回り込むと、かもめ島が見える。江差のシンボル。函館山と同じ陸繋島だ。文字通りゴールが見えた。
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 上ノ国の市街地に向け、海岸段丘を下る。反対側から自転車が登ってきた。初めて出会うサイクリストだ。手を振ると満面の笑みで答えてくれる。どこに泊まるんだろう。荷物が多いからキャンプかもしれない。
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 上ノ国の市街地で、天の川を渡る。ロマンティックな名前の川だ。町外れに自転車屋があった。店先にMTBが置いてある。が、残念ながら閉店中で、ドアには鍵がかかっていた。まあいいや。ここまで来たら、行け行けGoGoだ。明日もだましだまし走ってやる。チェーンが切れることなど想定外だ。
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 江差へ北上する道は、海岸線と廃線になった江差線に挟まれた道。右を見れば鉄橋がまだ残っている。左を見れば、夕日が水平線の上の雲に落ちていく。向かい風だが、もうゴールは目の前だ。
 江差の市街地は、海岸線すぐから海岸段丘の上まで広がっている。本日の宿「ホテルニューえさし」は、海岸段丘の上。最後の登りをクリアして到着。江差にも旅人宿やライダーハウスはないのだ。かつてはユースホステルがあったのだが。
 チェックインを済ませ部屋に荷物をおいたら、すぐ近くの中華料理店で夕食。「北のちゃんぽん」1000円とライス200円。カニとエビとホタテが入ったちゃんぽん麺を選んだ理由は、野菜が多いこと。きっと明日は快便だ。
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 「いにしえ街道」まで歩いていってみる。10分ほど歩いて日本海の漁火を見ながら坂を下ると、レトロな雰囲気のある町並み。ただ、見た目はレトロでも、改装されていたり、新しかったり。作られている感じが強い。しかし少し歩くと立派な古い家があった。「横山家」とある。そば屋を営んでいるようだ。かつての「ユースホステル江差よこやま」はこれか。泊まりたかったなあ。向かいの姥神大神宮に参拝して宿に戻る。
 飲み物や食料は宿のすぐ近くにセイコーマートがあって便利。
 本日の走行、125.0km、平均速度19.5km/h

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2015/09/26

秋の道南松前半島と江差線巡り3「自転車ツーリングが始まらない」

「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
3「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 20日、6時半起床。予報では不安定な空模様とのことだったが、朝日に小樽市街や海が輝いている。7時半の朝食の1時間前に起きたのは、もう一回励ましの坂を登ろうかと思ったから。起きてすぐにというのは危険だから、7時まで過ごす。
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 昨夜も、宿についてすぐには買ってきた夕食を食べることができなかった。おしゃべりしながら1時間ほど過ごして、食欲が戻ってきた感じだった。
 熱いお茶をいただきながら体が静から動へと変わるのを待つ。向こうの山が霞んだかと思うと霧のような雨がすぐに降ってきた。しかし、2,3分で止んでまた日が差す。さらにまたこれを繰り返す。何度も、何度も。旅人が次々に起きてきて朝食の時間となった。「狐の嫁入り」だとか「うらにし(浦西)」と呼ばれる日本海側の冬場の時雨模様だ。
 朝食の後も、降ったり晴れたりを繰り返し、とうとう出発の時間。しかし、今までで最も強い雨脚。しかも全く止む気配なくずっと降り続いている。今日はまず輪行で移動なので、とりあえず小樽駅まで3kmほどでいいのだが、それにしても雨が強い。列車を遅らせることに決定。当初の予定より2時間遅れの、11:34小樽駅発の列車にする。
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 他の旅人の出発を見送りながらのんびり過ごして、10時過ぎにようやく晴れた。坂道達成者アルバム用の写真を撮ってもらって出発。
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 2時間遅れの直接的な影響は雨だが、「宿の居心地の良さ」も影響したことは間違いない。カッパを着て駅まで行く手もあったのだ。
 朝食の時に他の旅人から、列車の混雑について恐ろしいことを聞いた。自由席はぎゅうぎゅう詰めかもしれない、と。小樽駅で12:13札幌発函館行きの特急の指定席の状況を聞いたが満席とのこと。急いで自転車を輪行袋に収め、予定より1本早い列車に乗り込む。拍子抜けするくらい空いていた。満員の特急に備え、ここでおにぎりを食べておく。
 あれっ、おかしいなぁ。なかなか札幌に着かないぞ。函館行きの特急の発車時刻に間に合うのか。よく考えてみれば今乗っているのは各駅停車。本来乗る予定だったのは、さっきの駅で追い越していった快速だ。タブレット端末で時刻表を確認。ダメだ。札幌着は、12:13の特急が発車した後だ。なんてこった。でも、指定席が買えなかったのはかえって幸いだった。
 その次の特急は14:35札幌発。函館に着いたらもう夜。そこから40kmほど走る予定だったが、もう無理だ。今日は完全に列車移動のみ。
 札幌駅で途中下車。指定券が買えるオンラインの自動券売機があったのでいじってみる。14:35発は満席だが、その次の15:14発なら随分空席があるぞ。この機械でで買うと特急券がダブってしまうので、みどりの窓口で特急券を自由席から指定席に変更。520円の追加。
 いったん緑の窓口を立ち去ってから、ふと思い立ってもう一度る。今度は復路の指定席の空きを照会してもらう。席がひとつ開いていた。すかさず押さえる。結局、フェリーも宿も列車も予約。予定に縛られる旅となってしまった。
 札幌で3時間弱の空白ができてしまった。駅に隣接した大型商業施設の10階に「札幌らーめん共和国」という、道内のラーメン店10店舗程が出店している。そこへ行こう。
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 どの店も行列ができているが、比較的列の短い旭川ラーメンの店に決める。若くて元気な店員が笑顔で案内してくれる。小樽からの列車の中でおにぎりを食べるんじゃなかった。食べ過ぎになってしまった。
 札幌駅に戻るがまだ1時間半くらいある。ベンチに腰掛けて本を読んだり、正面の大型テレビを見て過ごす。昨日の「ブラタモリ」の再放送をやっていた。
 15:14札幌発函館行きの特急は臨時列車のせいか、十分に空いていた。自由席でも良かったくらいだ。落ち着いてこの原稿を執筆。今日走る予定だった分は、明後日、早出をすれば取り戻せるかもしれない。車窓から見る噴火湾は、夕日で輝いているがやや雲が多い。やや風もあるようで、今日の予定コースだと向かい風の公算が高い。天気は明日・明後日の方がいいので、本日の大幅な予定変更は前向きに捉えるべきかも知れない。
 19:25、五稜郭駅下車。駅の中を見回しても、臨時列車の運行を知らせるものは何もない。他の特急は軒並み満車なのに、臨時特急だけ空いていたのがわかるような気がする。せっかく運行するなら、もっと周知したほうがいいのではないかと思うが、おかげでゆっくり座って移動できたのだ。
 駅舎を出てて早く自転車を組み、七重浜の宿へ向かおう。フロントのチェーンホイールからチェーンが外れている。ディレイラーを使って戻そうとするが、何故かペダルが回らない。何度か試みるがうまく行かない。よく見るとリアディレイラーでチェーンがこんがらがっている。これはいかん。後輪装着の時、チェーンの取り回しを間違えている。クルマで運ぶときなど頻繁に行なっているルーティンワークなのに、ここでミスをするとは。
 後輪を外してはめ直すが、何故か中々うまくいかない。なんとチェーンのコマの一つが大きく折れ曲がってしまっている。このコマの所で、もうすぐチェーンが切れる!
 応急処置用のコマは財布に入れて常に持っている。変形したコマをこれに付け替えればいいのだ。しかし、チェーン切り工具を持ってきていない。とりあえず、切れるまではこのままの状態で行くしかない。宿までは3kmくらいだから、宿でペンチを借りて、まずダメになったコマを取り去らねばならない。しかし、宿は線路の反対側。駅のすぐ南に跨線橋には歩行者用の階段はあるが自転車のスロープが見当たらない。いつ切れるかもしれぬチェーンという爆弾を抱えた自転車で、クルマが爆走する車道を行く勇気がわかない。ここは諦めるしかない。
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 国道5号線を北上し、大きく迂回。函館本線の跨線橋からどっしりとした函館山が要塞のようだ。さらに五稜郭駅で分岐する江差線の跨線橋も越えなければならない。その登りでチェーンが切れた。変形したコマが、切れ端に残っているが、素手で除去するのは無理。だから、ここで応急処置用のコマを付けることはできない。チェーンをフロントバッグに納め、橋の上を脚で蹴って進み、下りは万有引力のお世話になる。下りきったところに大型スーパーマーケットがあった。自転車用品を扱ったコーナーがないかと寄ってみる。残念ながら空振り。隣接するホームセンターは既に閉店。スーパーマーケットで、宿で食べるための夕食を買う。
 国道228号線に出たら北斗市との表示。少し南に戻る。宿まであとどのくらいだろう。GPSレシーバを忘れたことが悔やまれる。突如目の前の民家に「函館クロスロード」の文字を発見。到着だ。
 五稜郭駅から随分大回りしてきた。いくら走ったのだろうと、サイクルコンピュータを見ると、なんと作動していない。装着が甘く接触不良だった。暗いのと、心がパニックを起こしていて気づかなかった。
 チェックインの書類を書いている手が真っ黒なのを見た宿主さんに、どうしたんですか、と言われる。工具を借りるきっかけとなった。ニッパーを借り、受付を済ませたら再び外に出てチェーンの曲がったコマを外す。20分ほど格闘して、外れた。そして応急処置用のコマを取り付ける。うまく行った。走れる。変速もできる。旅が続行できる。
 宿主さんは、談話室に常駐してパソコンでお仕事。そこで、買ってきた夕食をいただく。そこへ夕食から帰ってきた旅人が一人加わり、さらにもう一人。4人でおしゃべり。談話室に常駐(素泊まりの宿だから可能?)し、旅人と過ごす時間を大切にする宿主さんが営む宿だから、居心地が悪いわけがない。とまやの宿主夫婦もそうだったけど、ここもやはり旅人が北海道に移住して開いた宿。
 今日の予定は、五稜郭駅に昼過ぎについてから、木古内までの40kmを自転車で走り、夕方の列車で函館に戻ってここに泊まる、というもの。そして、翌朝また列車で木古内に移動して自転車の旅を継続する。そんな変則的な計画になったのは、木古内にはこうした旅人宿がないから。ちなみに函館クロスロードは素泊まり2500円で、木古内までの往復の交通費を加えても、木古内の民宿やあホテルに泊まるより安い。結果的には、木古内まで行けず列車移動だけの一日となったので、函館に宿を取ったことがかえってうまくはまった。なんだか冴えない日だったが、とまやで過ごした朝、クロスロードで過ごした夜の時間は、旅ならではのいい時間だった。あと、特急での4時間も、座れたし。

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2015/09/25

秋の道南松前半島と江差線巡り2「人生励ましの坂最高!」

「旅立ちまで」
2「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 9月18日、21:30、スーパーカブで自宅を出発。一日中雨が降ったりする不安定な空模様で、夜の初め頃には強く降っていたが、どうにか止んでくれた。長袖シャツにゴアテックスのカッパを着用して走る。それでも舞鶴につく頃には、少し肌寒さを感じるくらいに体が冷えていた。西舞鶴のスーパーマーケットで食料を買い込み、東舞鶴駅へ。駅の駐輪場でスーパーカブから自転車に乗り換える。自転車は、一昨日の西舞鶴での仕事の後にここに運んでおいた。大事な物を忘れてきたことに気づく。GPSレシーバがない。なんてこった。でももうどうしようもない。
 フェリーターミナル到着は、23時半を少し過ぎていた。今日はほぼ満員。クルマの乗船中で、100台以上と思われるオートバイの列ではライダーたちが退屈そうにしている。自転車は1台きりだ。
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 何度もフェリーを利用してきたが、今回初めての個室。洗面台や湯沸しポットにテレビまであってなんとも贅沢。また、部屋を出るときには、ドアに鍵がかけられるので貴重品を持ち歩かなくて済む。
 フェリーが到着する19日夜の小樽は雨かもしれない。宿まで数km走らねばならない。また、20日の空模様も心配だ。その一方、一番重要な21日と、その次に重要な22日の天気は大丈夫だったので、その点は良かったということになる。その2日間の天気によってはキャンセルする覚悟だった。
 結局フェリーでは、トイレと風呂以外部屋の中で過ごす。テレビは常時見られるのはBSで、離岸直後、有人島や半島に近づいた時、接岸直前には地上波のいくつかのチャンネルが受信できた。BSの「にっぽん縦断こころ旅2015秋の旅直前スペシャル」と、小樽接岸前の地上波「ブラタモリ」、そして気象情報以外は、面白い番組はなかった。
 接岸前の船内放送によれば「小樽の天候は雨」とのことだったが、実際下船してみると雨は止んでいた。21時過ぎ小樽フェリーターミナルスタート。海と運河に挟まれた湾岸道路を北上していく。運河が途切れたら、少し内陸に入り24時間営業のスーパーマーケットへ。食料を買う。惣菜や弁当は半額だ。嬉しくて、つい多めに買ってしまう。そして店の外のベンチに腰掛け、おにぎりを食べる。やっと夕食だ。ただし、まだひと仕事残しているので、満腹まで食べる訳にはいかない。続きは宿で。
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 手宮バスターミナルの前から、闇の中にそびえる「励ましの坂」に対峙する。とうとうこの時がやってきた。
 ちょうど1年前の2014年9月23日、NHKの「にっぽん紀行」という番組で、「励ましの坂」とその坂を登ったところの旅人宿「とまや」が特集された。距離600~700mで標高差80m以上、最大勾配は22~24パーセントという坂を、自転車で一度も足をつかずに登ることに挑戦するサイクリスト達の姿。達成しても失敗してもみんな最後は笑顔。輝いていた。
 でも、私は弱い人間だから、にっぽん紀行を何度も見て、さらに「googleストリートビュー」で景色を目に焼き付け、「ルートラボ」でプロフィールマップ(横軸が距離、縦軸が標高のグラフ)を作成し、8台所有する自転車の中から最もギア比の低いMTBを選び、地元の距離750m、標高差110m、最大勾配25~26パーセントの坂を仮想「励ましの坂」に見立てて何度もトレーニングをして、今日ここへ来た。にっぽん紀行の番組の中で、40代のサイクリストが「おじさんになると、(体力では若い人に勝てないから)あがくしかない」と秘策を披露し、坂を登りきっていたが、私は、ここに来る前に存分にあがいてきた。もう失敗はありえない。
 自転車のフレーム後部にビデオカメラを装着。ペダリングする足の向こうに進行方向の景色が見えるセッティングだ。暗い夜道で、どれだけの映像が取れるだろうか。
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 いざスタート。まずはそんなに急ではない区間。ここは軽く、でもゆっくりとクリア。住宅街に入ると道が狭く暗くなり、勾配がまして来る。タクシーが降りてきた。こちらもライトをつけているので、早めに気づいてくれてお互い慎重にすれ違う。ギアがローにちゃんと入っているか心配になってきた。事前に、リアタイヤとチューブ、ブレーキシュー、リアの変速ワイヤーと、古くなった消耗品を交換してきた。早めに交換しておけばよかったのに、出発直前になってしまった。変速ワイヤーは長持ちするので、交換の経験が少ない。調整が難しい。
 手宮小学校の横道に。水平な道で変速を確認。大丈夫、ローに入っている。坂道に復帰。
 進行方向右側の住宅が途切れて林になったら、勝負のラスト60mの急坂だ。クルマが通らないのでトレーニングでは禁じ手としていた「蛇行」をする。ゴールの電話ボックスまでもう少し。ゼーゼーと息が弾むが、案外短いぞ。トレーニングをしてきた坂よりも楽だ。
 電話ボックスの角を左折して、ゴール。
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 小樽の夜景が祝福してくれているが、息が切れてそれどころではない。脚もガクガク。フェリーで怠惰な時間を過ごしていたので体が驚いているようだ。港から坂の下までの5kmがなかったら、大変なことになっていたかもしれない。
 古民家の「とまや」はとてもいい宿だった。オーナー夫婦は気さくで暖かく、さりげなく旅人もてなしてくれている。8月に泊まったサロベツの「あしたの城」に、24年前に初めて泊まった時のような居心地の良さだ。

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秋の道南松前半島と江差線巡り1「旅立ちまで」

1「旅立ちまで」
「人生励ましの坂最高!」
「自転車ツーリングが始まらない」
「トラブルの波状攻撃にめげず松前半島一周」(木古内-江差)
「行け行けGoGo江差線」(江差-函館)
「走り終えてもまだまだ続くハプニングと出会い」
番外:励ましの坂攻略レポート「人生登り坂最高2015」

 2015年の9月は敬老の日と秋分の日の二つの祝日が2日違いで、挟まれた日も国民の休日となって5連休。2009年以来、待望のシルバーウィークの到来だ。3連休と違って、5連休はめったにない。夏に何度も訪れている北海道へ、秋にも行って自転車で走ってみたいと思っているのだ。特に近年、北海道も夏は暑い。快適に走れるエリアは道北か道東に限られる。2013年のゴールデンウィークの4連休に強行軍で走った道南の渡島半島の続きをやりたい。
 体育の日の3連休に休暇を継ぎ足して狙ってみたこともあるのだが、その時期の北海道はどうも天気が余りよくない。予備日のない短期決戦の場合、期間中ずっと雨が降らないでいてくれないと困るのだ。
 気象庁のデータベースを見てみると、シルバーウィークの9月20日前後には九州から関東にかけて秋雨前線が停滞することが多い。つまり北海道では前線の北側の秋の高気圧の圏内で晴れることが多い時期であることがわかる。つまり、本州の梅雨の時期と同じような状況である。言い方を変えると、10月上旬の本州で帯状高気圧によって安定した晴れの日が続くことと同じような状況が、9月20日前後の北海道で起こる。気温、湿度ともにベストコンディションではないか。シルバーウィークは大チャンスなのである。
 ただし、不安要素は台風。雨が降るだけでなく、身動きが取れなく足止めを食らってしまう恐れがある。最悪、休日が終わっても帰ってくることができなくなる。
 前回、2009年のシルバーウィークは、気が付いた時にはもうフェリーが満員だった。それを踏まえ今年は8月中旬に確認してみると、すでに往路の9月19日の便は一番安いカプセルホテル形式のベッドはすでに満員。かろうじて、個室の中で一番安いクラスが残りわずか。急いでこれを抑える。直後に空席紹介は、満室に変わった。最後の一部屋だった?帰路の、9月22日の便はまだ大丈夫みたい。
 次に宿泊先のほうも心配になってきた。19,20,21と3泊の予定だ。19日の宿は狙い通りのところを押さえることができた。20日はちょっと変則的だが、何とかなった。ところが21日の宿に空きがない。その日の宿泊予定エリアには、ユースホステル、旅人宿(ゲストハウス)、ライダーハウスがない。ネット予約できるホテルはすでに満室。ウィークリーマンションがあったので電話してみるとすでに満室。もうそれで、他の宿にしらみつぶしに電話をかけて探そうという気力が失せた。ネット予約に対応したホテルがそのエリアでもっとも客室数の多いもの。そこが満室ということは、ほか数件のホテルも同様だろう。後は、民宿ということになるがやはり空室が見つかる可能性は低いし、利益率の低い一人客を受け入れてくれる可能性はさらに低い。また、夕食を頼めば到着時間に気を使うし、素泊まりはやはり利益が減るから嫌がられそうだ。
 というわけでテント泊を考えてみる。キャンプ場は2箇所。ひとつは山の上なのでちょっと自転車でアクセスしにくいが、もうひとつあるし、それ以外にも道の駅や海水浴場らしき浜があるのでテントを張る場所は確保できそうだ。ただし、1泊のためにテントを持っていくのは効率が悪い。せめて、居住性を犠牲にしても小さく軽くて携行しやすいことを重視したい。今もっている中で一番小さいテントは最初に買ったモンベルのムーンライトII型。重量は2kg強と、2Lのペットボトル並み。大きさは、ペットボトルよりも大きい。もっと小さいものはないかとネット検索をかけると、大きさはムーンライトII型より小さく、重量は1.4kgというモデルがあった。値段は5600円程で、狙っていたホテルのシングルルーム素泊まりの料金よりも安い。ただし、居住空間は狭い。室内で体を起こすこともできない。一方で、その時期の最低気温が15度を切るのでかえって暖かくて好都合かもしれない。すぐにでも注文しようかと思ったが、取り扱いの通販サイトはいくつもあるしそれぞれに在庫は十分あるから、急ぐ必要はない。少し様子を見よう。
 それから1週間程過ぎた8月下旬、なんと狙っていたホテルに空室1の表示。キャンセルが出たようだ。すかさず予約。これでもうテントはいらない。やっぱりテントは荷物になるし、その頃の道南の気温は近畿地方だとゴールデンウィーク並み。寝袋がないと寒い。荷物が増す一方だ。宿を抑えることができてよかった。
 さあ、あとは1ヵ月後の天気が良いことを祈るばかり。9月に入ると、復路のフェリーもだんだん空席の残数が少なくなってきた。こちらも予約を入れておく。

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2015/09/13

2つの台風と線上降水帯

 まずは、今回の水害で被災された方に、お見舞い申し上げます。
 台風18号は発生から3日目の9月9日に本州に上陸。台風としては勢力がそれほど強いものではなかったが、日本の近くで発生し、衰える前に一直線にやってきた。そして日本海に抜けてからは温帯低気圧に転身し、上空の寒気によって再び中心気圧が1000hPaを下回った。さらに、台風17号が日本の東海上を北上してきた。2つの大きな低気圧によって湿った空気が2方向から流れ込んでぶつかり合い、関東から東北にかけて南北に積乱雲が連なる「線上降水帯」が発生した。
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(画像引用:気象庁気象人

 積乱雲が連なった状態と聞いて思い浮かぶのは、昨年8月の広島豪雨で何度も使われた「バックビルディング」という言葉。調べてみると、線上降水帯を形成する要因の一つがバックビルディング。ほかの要因もあるが、日本では線上降水帯のほとんどがバックビルディング型とのこと。今回の関東・東北の水害をもたらした線上降水帯もバックビルディング型とのこと。

(http://www.sankei.com/affairs/news/150911/afr1509110008-n2.html
 線状降水帯のこうした発生形態は「バックビルディング現象」とも呼ばれ、昨年8月に広島市を襲った豪雨や、平成25年8月の秋田、岩手両県の豪雨、24年7月の九州北部の豪雨をもたらしたとされる。)

 なぜ、バックビルディングにより発生した線上降水帯なのに、去年は「バックビルディング」、今年は「線上降水帯」という言葉がクローズアップされるのか、ということはわからない。ただ、今回の線上降水帯は、一般的なそれの数倍の巨大なもの。過去に例を見ない大きさだそうだ。


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丹後半島先端部一周

 台風が去って西日本では天気が回復。丹後半島の海岸線の中で、国道から離れる野室崎と新井崎をめぐる周回。
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 スタートは伊根に近い海岸だが、周回コースのためすぐに内陸部を行く。長雨のため、9月中旬というのにまだ稲がかられていない田んぼが多い。
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 この時期枯れていることが多い布引の滝だが、今まで見た中で一番水量がある感じ。雪解けの時期よりも多い。
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 野室崎への標高差130mの急な登りを、ノンストップで踏破。いつも何度も止まってしまうのに。最近、上り坂トレーニングをしているからに違いない。海が青く、若狭小浜の久須夜ヶ岳がうっすら見える。沓島の向こうには、奥越、奥美濃の山々の稜線がかすかに見えるような気がする。
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 いったん泊の海岸まで下りて、また標高差100m以上を登る。
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 新井の千枚田は黄金色。
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 満開のそばの花と垂れ頭の水田が隣り合わせ。
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 最後は舟屋の伊根湾。
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 標高差100~140mのアップダウンが、大きく3つ。距離は26.4㎞。11:23~13:26。9月中旬。

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猛暑で冷夏だった

 8月の中旬以降、日本は秋雨前線が停滞し、低気圧の通り道となって、9月に入ってもずっと不安定な天気が続いた。要するに太平洋高気圧の勢力が例年に比べて弱い。舞鶴のアメダスのデータでは8月7日を最後に、猛暑日は途絶えている。それどころか、最高気温が30度を下回る日や、月末には25度に届かない日まで現れた。ただ、7月下旬から8月上旬には夏らしい気温で、特に8月の上旬は猛暑日が続き、体温を越える日が何日もあった。
 そういえば梅雨の明け方も妙だった。近畿地方などは平年並みの7月20日頃だったが、九州北部は7月29日と平年よりも10日も遅く、東北北部と同じ日の日本で一番遅い梅雨明けとなった。
 また、今年の梅雨明けは日本に上陸した台風の北上が梅雨前線を連れ去るパターンで、要するに太平洋高気圧が弱い時のパターンである。太平洋高気圧の張り出しが弱いから台風が日本に上陸するわけで、台風が北に去った後も太平洋高気圧の中心から離れた九州では大気の状態が不安定で、特に北部では各所で局地的な雨が降り続いた。
 7月下旬から8月上旬は猛暑だったが、冷夏の傾向が強かった。
 ところで、舞鶴の8月の月間降水量は114.5mm、月間日照時間は194.0時間、月平均気温は26.4度。気象庁のアメダスのデータベースにまとめられている過去数年のデータと比較すれば、雨は多め、日照時間は少なめ、気温は低めということはわかる。しかし、昨年(2014年)はというと、436.0mm、83.1時間、26.0度。すべてにおいて今年よりも夏らしくない夏ということである。ちなみに、舞鶴の昨年8月は観測史上最も降水量が多く、日照時間が短いと言うこともわかった。ちなみに、最も気温の低かったのは夏じゅう前線が停滞し後に梅雨明けが撤回された1993年で、月間平均気温が26.0度。また、1980年も26.1度。ちなみに1993年の8月の、月間降水量は250.5mm、月間日照時間は119.4時間。
 逆に暑い方はというと、2010年の8月の月間平均気温が29.4度。一日の平均気温の月平均が30度近い。ちなみに、最高気温の月平均は35.5度と、最低気温の月平均は25.0度。ひと月ずっと猛暑日で熱帯夜というレベルだ。ついでに、この2010年の9月の平均気温は24.9度と1993年の8月より高い。上旬に限定すれば、今年や去年の8月より高い。
 雨が少ないのは、1985年2.5mm、2000年4.5mm。日照時間が長いのは1994年の275.3時間を筆頭に250時間を越える年が多数。ちなみに、京都府北部の8月の昼間の時間は418時間で、このうち日照の基準値「直達日射量が0.12kW/㎡以上」を満たす可能性のある時間帯はもっと短い(つまり日の出直後や日の入り直前は晴れていても日照とみなされない)。

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夢前川と菅生川を周回

 丹後から遠くても道路の混雑がなくアプローチがしやすい西播磨。いくつかのルートがあるのだが、国道312号線を福崎まで南下し、中国自動車道沿いの県道を西に行くのもその一つ。その道中の夢前(ゆめさき)という地名が印象に残る。かつては夢前町という独立した自治体だったが、合併により今は姫路市の一部。北から南に並行して流れる夢前川と菅生川の流域が姫路市夢前町の町域だ。
 京丹後市から豊岡市但東町、福知山市夜久野町と南下。大方まっすぐに進んでいるのに、京都と兵庫の府県境を何度も越える。南丹市朝来町から明延鉱山神子畑選鉱所跡地を経由して宍粟市へ。一宮、山崎と南下し、中国自動車道に沿って東へ。姫路市夢前町に入り、菅生川沿いを少しだけ遡り莇野(あざの)にクルマを停める。谷の西側の小高い山の影が川沿いの空き地までもうすぐ。30分以内にクルマは日陰に入る。自転車で走り終えたあと、温室の車内で帰路に着くということはない。中国自動車道に沿った県道から少しそれただけで、景色は随分のんびりした雰囲気になっている。ただし、川の水は濁って、まったく透明感がない。上流のダムのせいだろう。
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 中国自動車道まで南下し、それに併走する県道23号線を東へ進む。菅生川から夢前川へと谷のレーンチェンジをするため小さな峠を越える。高速道路はアップダウンが少ない地形を選んで設けられているわけだから、県道の峠も標高差は小さい。つまり、直線的な道をビュンビュンとクルマが飛ばすわけである。こんな道はできるだけ走りたくない。2kmほど我慢したら、神種(このくさ)へエスケープ。すぐに田んぼが広がる別世界。
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 夢前町の中心街を北に迂回して、そのまま夢前川本流を遡る。川の流れを見ながら北上するわけだが、先程の菅生川とは比べ物にならないほど水が澄んでいる。ダムのあるなしでこうも変わるものか。また、前方の山肌には岩の路頭が見える。上流部に鎮座するロッククライミング名所、雪彦山(せっぴこさん)の前衛という雰囲気だ。
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 遡っていくと、谷は狭まり田んぼや集落は疎らになる。「木戸ダム」という案内板があった。ダムといっても大きな堰堤で、水は澄んだまま流れている。堰堤の上流の川原にはビーチパラソルの花が咲き、水泳している人も見られる。涼しげで、いいねぇ。
 「鮎つかみ・鮎狩り」の体験をさせてくれたり、鮎料理を出す施設を過ぎていくと、やや大きな集落、立船野(たちょうの)で左折。谷は狭まり山深い雰囲気の中に、家が密集している。
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 立船野より上流はいくつもの支流に別れ、それぞれの谷に小さな集落がある。一番西側の谷をたどる。馬頭集落の手前から、スイッチバックするように左後方へ分岐する急な坂道に取り付く。ここから標高差200mの急な登りだ。
 薄暗い林間を息を弾ませながら登る。道は細くクルマがまったく通らない。谷が深すぎて、GPSレシーバーが示す標高はあてにならない。周囲の稜線が近づいてきた。峠までの標高差は残り100mを切ったかな、と思ったころ、突如前方にトンネルが現れた。そうか、トンネルの峠越えか。ああもう登らなくてもいいんだ。
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 トンネルは細くて暗く、中の壁からは勢いよく水が流れ出し、手前の法面は崩れていて、なんとも山深い雰囲気。そのトンネルを通り抜け、反対側の口は水のカーテンで塞がれていた。いや、カーテンというのは大げさで、幾筋もの水の檻、あるいは籠のような状態。滴る水の筋が細くて密度が低い中央部分を突破。
 さあ、待望の下りだ。急な下りはあっという間。すぐに木々の間に小畑の家並みが見えてきた。下りだから短く感じるだけでなく、実際反対側より短いようだ。その代わり、菅生川沿いは夢前川沿いよりも勾配があってペダルをこがなくてもぐんぐん進む。クルマを停めたところと同じ川だとは思えないほど水が澄んでいる。川が生きている。こちらにも鮎に関連した施設がある。
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 その下り勾配がなくなり平坦になった。菅生ダムが近づいた。ペダルをこがないと進まない。川の水はすっかり濁ってしまった。
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 菅生ダムはかなり落差があり、そのダム湖も大きい。緑色に濁った水は北アルプスの黒部ダムや南アルプスの井川ダムのダム湖を髣髴させる。上流の山の切り立った感じも山深い雰囲気で、ますます日本アルプスっぽい。私の住む京都府の丹後地方には標高の高い山がないので、ダムといっても干上がった砂防ダムくらいしかない。子どもの頃、生まれて初めて認識したダムは、地元のものではなく、黒部第四ダムだ。だから、黒四ダムに似ていると感じるこの菅生ダムは、子どもの頃のイメージどおりのダムというわけだ。
 さあ再び急な下りとなる。ダムのすぐ下流に集落あるが、川の流れが入り組んでいるので集落からダムは見えない。下りをどんどん飛ばしたら、あっという間に駐車ポイントに到着。すっかり日陰に入っていたクルマの中は涼しい。
 帰りは福崎から北上する。
24.2km、標高100~400m、15:47~17:27、8月下旬

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