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2015/08/23

礼文サロベツ思い出の道北旅6~サロベツ原野を巡り帰路に就く~

 翌日は曇天で、時折小雨がぱらつく今一つの天気。ただ、本降りしないのと霧が出ていない分だけまし。利尻が隠れてしまったのが一番痛い。昨日の夕方の稚咲内海岸への夕日ツアーは、水平線に薄雲がかかって中止。庭先から利尻富士と夕焼けを見ることとなった。
 午後の特急まで時間があるので、朝食の後次々に出発する人をお見送り。自動二輪は荷物の積載など出発準備に時間がかかるので、その間旅談義ができる。
 膝の痛みを少し和らいだようだが、筋肉痛が出てきた。みんなが出発したら、こちらもようやく出発準備。出かけようと思ったら、女性ライダーが忘れ物を取りに戻ってきた。サロベツ原野を散策しているそうだ。去年もらったというこの宿のオリジナルイラストマップを持っているので、見せてもらった。面白そうだ、これいってみよう。というわけで、地図を写真撮影させてもらう。
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 ぼんやり頭の中にあった計画は、稚咲内の海岸に出て、オロロンラインを少し南下し、再び内陸に向かい幌延駅から輪行というものだった。しかし、オロロンラインはすでに過去に走っているし、今日は利尻富士が見えない。さらに、強い南風が吹いて、完全な逆風だ。これは却下したほうがいいだろう。
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 ということで、女性ライダーの後を追うように出発。最初のポイントは、牧場脇の小高い丘。地元の人しか通らない道を行く。展望台などが設置されているわけではない。道路を登りきったところに自転車を停める。迷っていたのか、女性ライダーのほうが後から到着。標高50m足らずだが、さえぎるものがないので広大なサロベツ原野を一望できる。何より、あしたの城が見えるのがいい。開けているのは南から西だが、北西の利尻富士の頂も、晴れていれば、見えるとのこと。
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 さあ次のポイントへ。丘を下って原野の中の道を行く。北に向かうので幸い追い風だ。いくつか角を曲がって東に進路を変え、さあいよいよ第2のポイントへの登り。あしたの城から最初のポイントまでは3km弱だったが、そこから第2のポイントまでは9kmあるのでさすがにオートバイのほうが早い。今度は先程よりも少し低く標高40mあまり。同じサロベツ原野を見下ろすのだが、場所が変われば雰囲気も変わる。なかなかの絶景だ。ああこれで利尻が見えたらなぁ。
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 こんな楽しい散策コースだが、走っているのは女性ライダーと私、そしてJAの営業車と、ダンプカーのみ。日本海を北上してサロベツまで来た旅人は、もう宗谷岬が射程に入るので、先を急いでしまう。おそらく今も、オロロンラインに行けばたくさんの旅人が行き交っているのだろう。でも、サロベツはこうやって散策してみないとそのよさが本当には味わえない、24年前の冬にスノーモビルで縦横無尽に走り回ったように。
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 女性ライダーはアイスクリームを求めて国道に出るという。私は南下して「サロベツ湿原センター」へ。丘を下りきると、風は向い風。途中からは向い風に正対する直線となり、ひざに負担がかかる。もしオホーツク方面に走っていたら、こういう時間を長く過ごさねばならかった。
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 11:45、湿原センター到着。2011年にできたということで、前回サロベツに来た時には当然まだなかった。まずは併設のレストランで腹ごしらえ。カニの爪とホタテが入った1000円のサロベツラーメンを奮発。食後は、センター本館に入る。サロベツ原野の自然、そして開発から国立公園指定といった歴史についての展示がある。また、WiFi接続可能なので椅子に腰かけてメールチェックなどをしてすごす。
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 13時過ぎに湿原センターを出発。駅に向かう。国道沿いのセイコーマートで飲み物を買って、13:50、駅で自転車を輪行袋に収める。
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 14:26、札幌行きの特急サロベツに乗り込む。途中乗車だが、乗車率は50パーセントほどで座ることができた。名寄を過ぎたころ、窓際の席が空いて車窓を楽しめる。結局、膝の痛みで旅の後半は大幅な予定変更を余儀なくされたが、24年ぶりのあしたの城に泊まることがきたし、サロベツ原野を楽しむことができた。実は、24年前に泊まった直後の火事で、建物は消失。建物も場所も変わっていた。特に場所については、庭から利尻富士を望み、原野を見下ろす立地。一方で、建物は前のものと似たおしゃれなデザインだし、移動距離も大きくないので、下手をすれば建物が変わったことに気づかないくらいだ。
 19:08、札幌到着。19:26、各駅停車に乗り込んで小樽へ。往路もそうだったが、ホームが同じなのが輪行にはありがたい。
 20:02、小樽築港下車。急いで自転車を組み立て、船内で食べる明日の食料を買い込み、港入口の牛丼屋で食事をして、21時過ぎにフェリー乗り場へ。チケットを買う。二輪車の乗船開始時刻は…、22:45。しまった、1時間勘違いしていた。あんなに急がなくてもよかった。数日前の猛暑は落ち着いたとはいえ、道北よりははるかに暑い。大汗をかいてしまった。
 待合室のテーブル席でこの旅の紀行文を作成。往復の特急列車でもテーブルが使えたのでもう礼文島を出発するところまで書けている。
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 フェリーの中ではできるだけ動かず膝の回復を待つ。サロベツの走りは30km程だったが、やっぱり少し膝の痛みが復活したようだ。
 翌日夜、舞鶴上陸。何もすることがないフェリー乗船の間に、睡眠不足は解消し、膝もずいぶんよくなった。北海道に上陸し列車で北上している最中には雨が降ったが、礼文島を歩いた日は朝のうちは曇りがちだったものの時間を追うごとに快晴。翌日はサロベツから利尻を望み、その次の日は利尻こそ見えなくなったが雨に降られることはなかった。その後天気は不安定となった。やっぱり今年も天候不順のようだ。ちなみに去年はこの時期に台風がやってきて、本州から北海道へのフェリーも、利尻・礼文などへのフェリーも欠航となり、多くの旅人が計画を狂わされた。まあとにかく、自分の休暇と天候が合うかどうか。3年待ってようやくうまくいったということだ。

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2015/08/22

礼文サロベツ思い出の道北旅5~24年ぶりの「あしたの城」~

 15時過ぎ、豊富駅で下車。自転車を組んで、駅前のベンチに腰かけて圧縮弁当の残りを食べてから、利尻富士に向かって走り始める。あっという間に市街地を抜け、周囲は原野となる。サロベツ原野だ。東の風を背中に受け快調に進む。だだっ広い平原と利尻。なんという絶景なんだろう。緩やかな丘を越えたり、林を抜けたり、牧場があったり、川を渡ったりで、少し雰囲気が変わるだけで写真を撮らずにはいられない。膝が痛いなんて言ってられない。
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 10km近く進み、もう少しで日本海というところに「あしたの城(じょう)」の看板があった。それにしたがって右折、坂を登って到着。ここも絶景の宿だ。桃岩荘が海の絶景なのに対し、あしたの城は草原と丘の絶景だ。
 オーナーの城(じょう)さんが出迎えてくれた。
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 「あれっ、前にも来た?」「来ましたよ」「去年」「いえいえ」「一昨年」「まだまだ…、24年前ですよ」「じゃあ(見覚えがあるというのは)かんちがいかなぁ。この前も35年ぶりって人が来たんだよ」
 あしたの城には、1991年の2月と8月に訪れている。初めて来たのは、大学卒業間際のJRの北海道ワイド周遊券を利用した旅。北海道までの往復乗車券と道内の急行、特急を含めたJR全路線乗り放題の切符を、有効期間20日間フルに使っての旅だった。その序盤にあしたの城に2連泊した。結婚してまだ間もない(?)オーナー夫婦はとてもフレンドリー。また同い年の私とY君が泊まっていた。彼は、その前の夏にオートバイで北海道を回った時にもここに泊まったという。既にひと通り道内を周り、帰りのフェリーまで日が余ってしまった。そこで、楽しかったあしたの城に戻ってきてヘルパーのようなことをして過ごした。その時「また冬にもおいでよ」と言われたのでしばらく泊まりに来た、というような感じだったと思う。
 隣の家まで1km、という真っ白な原野の中の一軒家で過ごした足掛け3日間は、夢のようだった。薪ストーブの火の世話をし、夜には勇知の雪まつりにも連れて行ってもらった。そして何より印象的だったのは、当時城さんがはまっていたスノーモビルだ。宿泊客用のレンタルもしてくれていて、夏場には歩けない湿原を縦横無尽に走り回った。天気も良くて、冬にはめったに見られない利尻富士を完全にではないが眺めることができた。また、近所のお友達が2人スノーモビルでやってきた。
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 その冬の思い出を、24年経ったこの日、城さんにしてみると、「あの(近所の友達)2人の名前まで覚えているとはなぁ。俺もやっぱり本当に(君のこと)覚えているような気がする」。
 とにかく私にとっては、一生の思い出をもらったことは間違いない。
 冬があまりにも印象的だったので、その半年後の自転車の旅の途中でも宿泊。その時は、もちろん半年前のことを覚えていてくれた。ただ、たくさんの人が泊まっていていて、オーナー夫婦は大忙し。冬のような密度の濃い時間を過ごすことはできなかった。ただし、この時同宿した自転車乗りと、走る方向が同じだったのでとりあえず一緒に出発し、結局その後の3日間を一緒に走って網走でゴール。夜行列車にも一緒乗って札幌に戻った。今回、当初予定の北オホーツクは、その24年前の夏の思い出を辿るつもりだったのだが、結果的には別の形で24年前を思い出すこととなった。
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 夕食は大きな窓から絶景を眺めながらのジンギスカン鍋。旅に出ると不足しがちな野菜がたっぷりなのがいい。おかげで、翌日は快便。
 私以外の宿泊は8人。自動車と自動二輪車が4人ずつ。自動二輪4台がそれぞれ個性的。ライダーが運転してここまでやってきたのが、道内からと本州からとそれぞれ1台ずつ。ライダーは飛行機できて、道内のレンタルバイクというのが1台。そしてもう1台は、やはりライダーは飛行機でやってきて、自分のオートバイを運んでもらい、あしたの城で受け取りというもの。いろいろなサービスがあるねぇ。

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2015/08/21

礼文サロベツ思い出の道北旅4~島と別れ稚内へ~

 一夜開け、島を後にする。チェックアウトのホステラーにはフェリーターミナルまで歩くことを勧められるのだが、膝が痛いので歩く人の荷物と一緒にクルマに乗せてもらう。連泊の人もお見送りでたくさん港まで歩いている。
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 フェリーに乗り込んだらすぐに甲板に出る。岸壁にはお見送りのヘルパーとホステラーがずらり。もう歌と踊りが始まっている。こちらも甲板から答える。いつの間にか、桃岩荘に関係のない乗客も集まり、一緒に手拍子をしている。いつの間にか増えているなぁ。今朝朝食の時に話をしたサイクリストもいる。「どこを走る予定か」と聞くと、「どこも走らない」という。輪行でやってきて、しばらく桃岩荘に滞在し、また輪行で移動して別の宿に滞在してから帰る、という。「もうすでに北海道は走り回った。でも北海道に来ずにはいられない。そして北海道に来るのに自転車がないのはさびしい」とのこと。ああ、わかるなぁ。桃岩荘から港まで、車道で4㎞、徒歩は半分シングルトラックでショートカットして3km。お見送りのための往復に自転車があるというだけで便利。
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 別れを惜しみ、再会を期待して、全力で歌って踊って送り出してくれる。ベタだけど、ストレートに感激してしまう。そしてまた訪れてしまうのだ。
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 稚内に着いたら、自転車に2日ぶりの再会。すぐ近くのJR稚内駅、そして道の駅稚内へ移動。
 船内では少しうとうとしたが、熟睡には程遠い。膝の痛みは一晩で治るわけもなく、あまり動きたくない。 予定では、今日は宗谷岬を越えてオホーツク海岸へ走り出し、明日枝幸経由で音威子府まで。 自転車の平地でのペダリングはさほど苦痛ではないが、乗ったり降りたり、そして歩いたりというのがきつい。もちろん、立ったり座ったりもきびしい。何10kmもノンストップで走り続けるわけには行かず、休憩したり写真を撮ったりで自転車乗り降りするわけだから、その都度痛い思いをしないといけない。はっきり言えるのは今日はずっと辛い時間を過ごさないといけないということだけ。今日を我慢すれば明日は楽になる保証もない。オホーツク岸は鉄道がなく、途中でエスケープできない。そして風は東寄りで、おそらく向かい風の傾向が強いだろう。唯一のプラス材料は、コースが平坦で膝への負荷が少ないということか。
 膝の痛みで心が折れた。予定変更だ。一番楽なのは、午後の特急乗って南下し、夜に小樽からフェリーに乗って帰ってしまうという案。せっかくこんなに遠くまで来たのに日程を余らせて帰ってしまうのはもったいない。どこかいいところはないか。長い行程は無理だが、なんとか自転車に乗りたい。今夜はどこに泊まろうか。稚内か。何度か泊まったライダーハウスがある。
 そうだ、「あしたの城」だ!というわけですぐに予約の電話。これで本日の宿と今日明日の大まかな過ごし方が決まった。現在まだ、11時過ぎ。距離は50kmくらいだから走っていけなくもないのだが、そんな気にはならない。11時前に列車が行ってしまったので、次は14時過ぎの列車。それまでの3時間のほとんどを、この道の駅の中で過ごした。建物の中にテーブルや椅子があり、WiFiが利用できるので好都合。気象情報は詳しくわかるし、これから行く先の地図を端末の地図ソフトに読み込んでおく。キャッシュに保存されるので、これで今日明日は利用できる。また、あしたの城の場所も確認しておく。原野の中の一軒家なのでわかりやすいと思っていたら、実際にそうだった。迷う心配はない。
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 昼食は、桃岩荘で用意してもらった「圧縮弁当」。基本的にはおかずのない日の丸弁当。ただし梅干しだけでなく、昆布などご飯のお供が一面に振りかけられている。そしてその名の通り大量のご飯をぎゅうぎゅうに詰め込まれた大盛り弁当。8時間コースを歩く際にもこれを持っていく。長丁場の行程でもこれひとつで十分。食べ切れない人もいるから、今では「少なめ」といった設定もできているようだ。今日はあまり活動していないので、とりあえずここで半分食べる。
 8時間コースを歩く人のために5時過ぎには朝食と一緒に用意しないといけないわけだから、弁当にそんなに手間をかけることができない。それでも十分に愛を感じる弁当なのである。初めて桃岩荘に泊まったときは、港でのお見送りを受けた後で圧縮弁当を開いたら、思わず感情がこみ上げてきて、泣きながら(心の中でね)弁当を食べたのだった。
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 道の駅を離れたのは、郵便局にお金をおろしに行っただけ。14:12、旭川行きの各駅停車に乗車。1両のレールバスは、懐かしい雰囲気。天井に扇風機があり、冷房はかかっていない。窓を開けることができる。よく見ると、窓は二重で、外側だけが閉まっている。今日は日差しがあって利尻も見えた。車内が少し暑いなあ、と思っていたら、ビーッ、ビーッ、ビーッ、とけたたましい警報音。そして原野の中で列車は停止。おじいさんが扇風機のスイッチと間違えて、緊急停止ボタンを押しちゃった。大きく「SOS」と記されているのに。おじいさん、慌てて何度も押しているけど、それで警報音が鳴り止むわけないよ。運転手が、キーを持ってやってきて警報を解除。その後携帯電話で連絡して、5分くらいで再び走り出した。
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2015/08/20

礼文サロベツ思い出の道北旅3~愛とロマンの8時間コース~

 そしてツアー当日、朝4:40起床。このツアー参加者のために5時過ぎから朝食と弁当を用意してくれているところも、桃岩荘のおもてなしの凄いところ。5:40にクルマに乗り込み、フェリーターミナルへと送ってもらう。6:20のバスに乗って東海岸を北上、7:22、最北限のスコトン岬に到着。
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 トイレに寄り少しお土産を買って、7:30、さあトレッキングスタート。起きた時には鉛色で、小雨がパラパラ降っていた空模様も、時間とともに明るくなって少し青空がのぞいている。風は東寄り。バスから見た海は少し荒れていたが、西海岸は穏やかで水が青く澄んできれい。
 まずは車道を歩いて須古頓(すことん)の集落を抜ける。廃校になった小学校が草に呑み込まれようとしている。以前はニシン漁で賑わった島も、今は島民2700人ほど。人口減少に悩まされているという。この小さな漁港集落にも、かつては子どもがたくさんいたということだ。
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 岬の稜線から西海岸の鮑古潭の集落へと降りる。集落を抜けると、いよいよシングルトラックの始まり。ゴロタ岬へ、標高差200m超の登り。右手に見える海は綺麗なんだけど、きつい登りだ。そしてまた下りもきつい。いきなり膝に大きな負担。
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 ゴロタ岬を降りると、浜沿いのダブルトラック。浜にはたくさんの二枚貝の貝殻が散らばっているが、その多くは丸い穴が開いている。寄生虫が抜け出た跡とのこと。
 鉄府の集落を越えると、またシングルトラックの登り。短いが急だ。標高差は100m程。次は澄海岬(すかいみさき)だ。その名の通り、この辺り海は澄んで美しい。
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 澄海岬は2度目。2010年2回目の礼文来訪の時だ。ただし、あの時稚内を出港する前に、礼文島と利尻島に大雨の警報が発令されていた。フェリーは欠航にならなかったものの、大揺れで吐き気をもよおしながら礼文上陸。ただし、悪天候とすれ違ったような形で、上陸後の島の天気は急速に回復。その時の足スーパーカブで澄海岬を訪れた。既に空の青さは回復していたものの、海は濁ったままだった。
 それから5年。今日は文字通りのブルー澄海ブルーだ。
 西上泊集落への下りもきつかった。岬の展望台で記念撮影をしてから集落の売店で休憩。全行程の3分の1くらいだ。桃岩荘に連絡を入れる。焼き鮑を買い、それと一緒に弁当を半分ほど食べる。なにせ、朝食からもう5時間経過している。
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 4時間コースのメンバーとはここでお別れ。浜中バス停への車道ルートなので単独での離脱もOK。たまたまこの日はスコトン岬近くの宿「星観荘」から単独で4時間コースを歩いている人に出会い、2人で行動することになった。
 さて、ここからは3人で8時間コースを行く。西上泊ノ集落から、また急なシングルトラックの階段登り。標高差150m程登りきったら、ダブルトラックとなった。そして、高現状の広い稜線を緩やかにアップダウンする草原を行く。海の存在感はぐっと低くなったが、気持ちのいい稜線歩き。まるで森林限界を越えているかのようだ。標高は200~250m。
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 ダブルトラックは召国という海沿いの集落の方へ降りていき、そこから分岐するシングルトラックを行く。ちなみに召国は、夏場のみ数人が住んでいるとのこと。
 召国への道から分かれたシングルトラックはやがて笹の藪、林間と変化し、ぬかるみも現れて歩きにくい。海は見えないし楽しみがない。序盤のアップダウンで膝を痛め、2人に遅れてしまう。そんな中を1時間以上も歩く。西上泊からは2時間以上経過。そして、海を見渡せるオープンスペースに到着。ここで弁当の残りを食べる。
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 さあその後は下る。標高100mを切ったら、「砂すべり」。急なザレ場だ。膝の踏ん張りが効かないので、脇の丸太を組んだ階段を降りる。
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 海岸まで降りたら、沢を渡って、波打ち際を行く。小石の浜と岩場が連続する。足場が悪くてここでも消耗する。しかし、左手法面は断崖絶壁。凄い景色の中を歩いている。
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 そしてたどり着いたのが、宇遠内。前述の召国にはなんとなく轍の付いたダブルトラックが通じていたが、この宇遠内にはシングルトラックしかない。つまり、徒歩か舟でしか行き来ができない。でも、ここにも夏場にはちゃんと人がいて、なんと売店を開いてくれている。その売店で休憩。全行程の3分の2を消化。新雪なお母さんがテレビ電話を貸してくれて、これで桃岩荘に2度目の連絡。
 飲み物を買って出発。
 本来の8時間コースは、そのまま西海岸の浜や岩場を行っていたのだが、波の荒い時は通行不能だし、危険ということで、宇遠内から島の稜線に上がり、礼文林道を歩くコースに変更となった。礼文林道にはレブンウスユキソウの群落がある。しかし、その礼文林道も昨年の豪雨で通行止めとなり、東海岸沿いの車道を行くのが今年のコース。工程が長くなるので、フェリーターミナルまでバスを利用しても可。ただし、バスは1日に数本。お目当てのバスの時刻まで2時間。売店のお母さん曰くは「私の足で1時間半」とのこと。
 登りがきつい。標高150mくらいまで登るとシングルトラック緩やかに下りとなった。自動二輪の轍も見える。インターネットで「MTBで8時間コース」なんていう記述を見たことがあるが、召国へのダブルトラックといい、このシングルトラックといい、楽しめる区間も確かにある。でも、担ぎも長い。相当にハードだということだ。
 下りのシングルトラックは、礼文林道に合流。宇遠内から1時間。宇遠内のお母さんの足と同じペースだ。林道の南に向かう区間が通行止め。直角に曲がった林道で東側に向かう。30分で、東海岸の香深井に到着。バスは30分後。動向の2人は歩きたそうだが、バス利用にしてとお願いする。単独行動はダメなのだ。ここで、桃岩荘へ3回目の連絡。バスを使うことを告げる。
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 30分休んで、乗ったバスは楽ちん。朝は裾野がうっすら見えるだけだった利尻富士が、今はくっきり。
 香深フェリーターミナルから桃岩荘まで最後のひと踏ん張り。桃岩トンネルまでの登りは、車道でなくシングルトラックで近道。トンネルを越えてから蛇行する車道が長い。夕日が沈むのと、我らの帰着のどちらが先だろう。ああ、桃岩が見えてきた。そして桃岩荘も。屋根の上に立って旗を振るヘルパーと玄関前の広場で待ち構える、ヘルパーandホステラーの群れ。これまでは迎える側だったが、とうとう迎えられる側になってしまった。「おーかえりーなさーい」の大合唱が聞こえてきた。食堂の窓からも「おかえり」の声。手をふって、「ただいま」と答える。ああやっと着いた。日没よりも我々が先だった。ああ膝が痛い。
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 さあ、到着のセレモニーだ。屋根の上のヘルパーの音頭で、点呼、そして沈みゆく夕日を背負いながら、「ギンギンギラギラ夕日が沈む」を歌って踊る。
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 チェックインを済ませて、すぐに食堂へ。階段の登り降りがきつい。食べ始めてすぐに日没、そして残照。今日のメニューはタコカレー。
 ミーティングでは、8時間コースの報告をする場面があった。これも、聞く側からとうとう話をする側に。座っても立っても踊っても膝が痛い。
 寝そべっても膝が痛いので、夜はあまり眠れなかった。睡眠不足の状態なのに。

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2015/08/19

礼文サロベツ思い出の道北旅2~桃岩荘~

 香深港フェリー ターミナルが近づけば、大きな旗を振り回す人が見える。この景色を見るのは5年ぶり3回目。ああ、またやってきたんだなぁ。
 港に降り立ったら、旗を振っていた人たちに挨拶をして、 フェリーから降りた桃岩荘に同宿する4人と一緒に クルマに乗り込む。この送迎車に乗った時から始まるハイテンションなおもてなしの数々。大きな声と大きな身振り、全力で我々を迎えてくれる。その具体的な内容は内緒。興味があるなら実際に体験して欲しい。
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 港のある島の東海岸から、西海岸へ。絶壁と奇岩に囲まれた桃岩荘ユースホステルに到着。シンボルであり、名の由来である桃岩は頂上を霧で隠している。フェリー最終便での到着はなかなか忙しい。食事に風呂に、ミーティングと盛り沢山なのだ。
 大学生の頃からもう26年もの間、ユースホステルを利用しているが、桃岩荘の存在を知ったのは利用し始めて2年目の北海道20日間冬の旅の途中だった。まだインターネットが普及する前のことだから、情報交換は旅の途中の口コミが主流で、桃岩荘のことも当然泊まりあわせた人から聞いた話だった。
 当時、若者の旅離れ、ユースホステル離れが始まっていたし、また国鉄がJRとなり赤字路線廃止の影響もあったのかもしれない。全国的にユースホステルの廃業が進んでいった。その一方で、廃業より少ないながらも新たにオープンするユースホステルや、ハード面、ソフト面を一掃し、生まれ変わっていくユースホステルが見られるようになっていく。食事の内容が良くなり、アルコール飲料が飲めたり、自分が使った食器の洗浄をしなくてよかったりするユースホステルが増えていく。そして、料金も上がった。また、ミーティングも廃止されていった。夕食の後、泊まり合わせたホステラーで、ゲームをしたり歌を歌ったりするというもの。
 私がユースホステルを利用するときにはすでにその過渡期に差し掛かっていたわけだが、ミーティング廃止については既にやっているところはほとんどなかった。また、まだ残っているところでも、お手製のイラストマップをみながら観光案内を聞くというものばかりだった。
 そんな中、まだ盛大にミーティングをやっているところとして、えりも岬、岩尾別(知床)、そして桃岩荘の名前があがっていた。
 それから20年近くが経ち、2009年夏、小樽から宗谷岬までを順調に自転車で走りきり、予備日が余った。稚内のライダーハウスで泊まりあわせた人の「桃岩荘楽しかった」の言葉に、礼文島へと渡った。ヘルパー達の全力もてなしに圧倒され、翌年もスーパーカブで訪れることとなった。
 2011、12年夏は東日本大震災の復興支援に岩手県へいき、2013、14年は日程と天候が合わずどこにも行かない夏を過ごした。
 5年ぶり3度目の桃岩荘、ヘルパーの顔ぶれは全て変わっていたがそのミラクル全開パワーは全く変わらない。「歌って踊ってのミーティング」と聞いて敬遠する人もいるが、ヘルパー側の歌、踊り、話を聞いたり見たりしている方が圧倒的に多い。そして、参加は自由である。
 20数年前、盛大なミーティングで名前が通っていた3つのうち、岩尾別ユースホステルはもうかつてのようなミーティングではなくなったと言うし、えりも岬はユースホステルではなく民宿になってしまった。ちなみに、2001年、民宿になる前のえりも岬ユースホステルに泊まったことがある。当時は、毎夜毎夜大騒ぎをするわけではなく、まず夕食の時の干すテラーの雰囲気を見てその日のミーティングの方針を決めるシステムだった。私が泊まった夜には、幸い(?)にも「今日は楽しく!」とヘルパーが言葉を交わしていた。「岬めぐり」などを振りを付けて歌った。民宿になった今でも、賑やかにやっているのだろうか。かつての常連客が集まることがあるだろうし、そういうときにははじけているのだろう。
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 桃岩荘のミーティングと並ぶ名物は「愛とロマンの8時間コース」である。車道が通っていない礼文島の西海岸を歩く30kmのトレッキングコースで、今回の旅のメインエベントだ。これは、ガイドツアーではなく、単独での挑戦はNG。一人旅の場合はたまたま泊まり合わせたメンバーでもなんでも2人以上の希望者が集まることが必要。一緒に歩けば親睦が深まる、ということでその名がつけられた。前夜のミーティングのあとに参加希望者に対する説明がある。今日は、雨がパラつく生憎の空模様のため希望者ゼロだったとのこと。でも明日の8時間コース参加者は私を含め3名。さらに途中でコースアウトする4時間コースにも1名が名乗りを上げている。

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2015/08/18

礼文サロベツ思い出の道北旅1~旅立ちから礼文上陸~

 2013年のゴールデンウィーク以来、2年3か月ぶりの北海道。計画は2年前から出来上がっていたのだが、天候不順の夏が2年続いたため、インターバルが開いてしまった。せっかく出かけても、雨ならどうしようもないんだからね。
 8月某日、21時に家を出ようと思ったが、もたついて22時前になってしまった。スーパーカブで東舞鶴駅まで1時間20分。駐輪場で自転車に乗り換える。先日西舞鶴まで仕事で行った時に、自転車は配置しておいた。駐輪場は無料で利用できる。
 フェリーターミナルについたのは23時半になってしまった。すでに自転車など二輪車の乗船は終わっているようだ。チケットを買って乗船。主に大型トラック用の車両デッキの片隅に案内された。このデッキには、他に自転車もオートバイもない。
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 船内で20時間。主に読書とうたた寝で過ごす。北海道本土が近づくと、携帯電話の通信圏内となる。しまった!宿泊予定の小樽のライダーハウスの電話番号がない。
 最近は、紙の資料を持たず、WebページをhtmlやPDFファイルとして保存したり、本や雑誌をスキャンした画像ファイルにしたりしてタブレット端末で持ち運んでいる。バッテリー切れや故障に備え、7インチのタブレット端末(Nexus7)と、タッチパネル式の携帯音楽プレーヤー(iPodTouch)に同じデータを保存し、お互いをバックアップとしている。端末の大きさが違うから、それぞれの特長を生かした使い方ができる。例えば地図を見るとき。じっくり見るときには画面の大きなタブレットで。行動中には携帯音楽プレーヤーをポケットから取り出してこまめにチェック。ただし、WiFiのない所では通信できないので、必要な区域の地図は、事前に家のWiFiで地図ソフトに表示させ、キャッシュに覚えさせておいた。
 この他にガラパゴス携帯電話も持っている。これでインターネットに接続して検索するが、なかなか見つからない。粘り強く検索をかけ続け個人サイトにようやく見つけた。電話帳に登録されていないと思ったら、連絡先は携帯電話だった。通信料金は、使い放題の設定をしておらず、しかも一番安い設定なので、パケット代は一気に4千円をこえ、繰り越してためておいた無料通話分を超過していた。ちなみにそのライダーハウスのほぼ3泊分だ。まあ、仕方ない。旅を楽しもう。
 さらに、デジタルカメラとGPSレシーバーもそれそれ持っているので、電子機器だらけである。
 20:45、フェリーは小樽に接岸、21時下船、21:15小樽駅前のライダーハウスに到着。オートバイもあとから2台到着。港から3,4kmほどしかないので自転車もオートバイもあまり関係なく、下船順に到着する感じ。すでにオーナーと宿泊客たちの酒盛りが始まっている。そのまま加わりたいところだが、夕食がまだなのでいったん外に出て、ラーメンを食べてくる。そして、宴に加わる。下戸なので酒は飲まないが、旅人と宿主が輪になって談笑する空間に身を置くと、北海道に来たんだなぁ、という実感が湧く。
 23時過ぎに宴は終わり、就寝。この夏の北海道は暑い。窓を開けても寝苦しい。深夜には道路を走る(旅のとは別の)オートバイの音が、明け方にはカモメの鳴き声が賑やかだった。あまり眠れなかったが、フェリーでたくさん寝てきたから大丈夫。どうせ次の日はまた移動だし。
 朝5時に目覚める。鶏ではなくカモメの声が目覚ましだ。携帯電話のアラームをセットした5時半まで寝床で過ごし、同宿の旅人たちを起こさないよう静かに大部屋を出る。日差しが照りつけて暑い。札幌の予想最高気温は34度というから、本州と変わらない。
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 コンビニエンスストアで朝食のおにぎりとお茶を買って、小樽駅へ。自転車を輪行袋に収める。通勤ラッシュが始まらないうちにと、予定より早めの列車でまずは札幌へ。札幌近郊までは空いていた。
 7:48、札幌発稚内行きの特急スーパー宗谷1号に乗り込む。自由席が満席で発車。次の岩見沢で空席ができ、その後乗車率7,8割をキープ。旭川あたりで曇天となり、名寄を過ぎたら雨が振ってきた。あすは回復するだろうか。
 13:06、13分遅れで特急列車は稚内に到着。遅れの原因は、行き違い列車がエゾシカと衝突して遅れたため。本州でも、ニホンジカが自動車や列車と衝突する事故が起こっているが、北海道ではエゾシカが同様の事故を起こしている。近年の温暖化もの増加の原因の一つと言われている。冬の餓死凍死の数が減っているということだ。
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 ホームの数カ所に、「日本最北の駅」という字が書かれていて、降りた客が立ち止まって記念撮影、そしてその順番待ちの人々が集まり、輪行袋をいう大荷物を持っての移動に手間取る。稚内を訪れるのは5年ぶりだが、駅が改装されている。鉄道の駅であるのだが、道の駅も併設されている。線路の末端は、道の駅の広場の真ん中でモニュメント化されてしまった。
 空は鉛色の曇天だが雨はほとんど降っていない。ときおり細かい水滴がポツポツ当たる程度。とりあえずベンチに腰掛けて本日のお宿を確保しよう。礼文島の桃岩荘ユースホステルだ。宿が決まったら、次は宿までの足の確保。フェリーターミナルで礼文島行きのチケットを買っておく。次に、買わなければならないものがある。ズボンのウェストのバックルが傷んでしまったので、ベルトを買うのだ。自転車で南稚内まで戻ると衣料品店があった。
 そして遅めの昼食。14時を過ぎて、一時閉店している店が多い。道の駅にもどりその中の食堂でラーメンと豚丼のセットを食べる。フェリーの時間が迫る。宿の夕食には数に限りがあり、もう予約完売とのことだったので、セイコーマートで弁当を買ってフェリーターミナルへ。自転車は港の駐輪場に置いて、乗船。海霧に霞む稚内港を後にする。
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 2時間弱の航海で1時間ほど睡眠をとることができた。

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