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2015/08/20

礼文サロベツ思い出の道北旅3~愛とロマンの8時間コース~

 そしてツアー当日、朝4:40起床。このツアー参加者のために5時過ぎから朝食と弁当を用意してくれているところも、桃岩荘のおもてなしの凄いところ。5:40にクルマに乗り込み、フェリーターミナルへと送ってもらう。6:20のバスに乗って東海岸を北上、7:22、最北限のスコトン岬に到着。
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 トイレに寄り少しお土産を買って、7:30、さあトレッキングスタート。起きた時には鉛色で、小雨がパラパラ降っていた空模様も、時間とともに明るくなって少し青空がのぞいている。風は東寄り。バスから見た海は少し荒れていたが、西海岸は穏やかで水が青く澄んできれい。
 まずは車道を歩いて須古頓(すことん)の集落を抜ける。廃校になった小学校が草に呑み込まれようとしている。以前はニシン漁で賑わった島も、今は島民2700人ほど。人口減少に悩まされているという。この小さな漁港集落にも、かつては子どもがたくさんいたということだ。
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 岬の稜線から西海岸の鮑古潭の集落へと降りる。集落を抜けると、いよいよシングルトラックの始まり。ゴロタ岬へ、標高差200m超の登り。右手に見える海は綺麗なんだけど、きつい登りだ。そしてまた下りもきつい。いきなり膝に大きな負担。
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 ゴロタ岬を降りると、浜沿いのダブルトラック。浜にはたくさんの二枚貝の貝殻が散らばっているが、その多くは丸い穴が開いている。寄生虫が抜け出た跡とのこと。
 鉄府の集落を越えると、またシングルトラックの登り。短いが急だ。標高差は100m程。次は澄海岬(すかいみさき)だ。その名の通り、この辺り海は澄んで美しい。
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 澄海岬は2度目。2010年2回目の礼文来訪の時だ。ただし、あの時稚内を出港する前に、礼文島と利尻島に大雨の警報が発令されていた。フェリーは欠航にならなかったものの、大揺れで吐き気をもよおしながら礼文上陸。ただし、悪天候とすれ違ったような形で、上陸後の島の天気は急速に回復。その時の足スーパーカブで澄海岬を訪れた。既に空の青さは回復していたものの、海は濁ったままだった。
 それから5年。今日は文字通りのブルー澄海ブルーだ。
 西上泊集落への下りもきつかった。岬の展望台で記念撮影をしてから集落の売店で休憩。全行程の3分の1くらいだ。桃岩荘に連絡を入れる。焼き鮑を買い、それと一緒に弁当を半分ほど食べる。なにせ、朝食からもう5時間経過している。
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 4時間コースのメンバーとはここでお別れ。浜中バス停への車道ルートなので単独での離脱もOK。たまたまこの日はスコトン岬近くの宿「星観荘」から単独で4時間コースを歩いている人に出会い、2人で行動することになった。
 さて、ここからは3人で8時間コースを行く。西上泊ノ集落から、また急なシングルトラックの階段登り。標高差150m程登りきったら、ダブルトラックとなった。そして、高現状の広い稜線を緩やかにアップダウンする草原を行く。海の存在感はぐっと低くなったが、気持ちのいい稜線歩き。まるで森林限界を越えているかのようだ。標高は200~250m。
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 ダブルトラックは召国という海沿いの集落の方へ降りていき、そこから分岐するシングルトラックを行く。ちなみに召国は、夏場のみ数人が住んでいるとのこと。
 召国への道から分かれたシングルトラックはやがて笹の藪、林間と変化し、ぬかるみも現れて歩きにくい。海は見えないし楽しみがない。序盤のアップダウンで膝を痛め、2人に遅れてしまう。そんな中を1時間以上も歩く。西上泊からは2時間以上経過。そして、海を見渡せるオープンスペースに到着。ここで弁当の残りを食べる。
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 さあその後は下る。標高100mを切ったら、「砂すべり」。急なザレ場だ。膝の踏ん張りが効かないので、脇の丸太を組んだ階段を降りる。
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 海岸まで降りたら、沢を渡って、波打ち際を行く。小石の浜と岩場が連続する。足場が悪くてここでも消耗する。しかし、左手法面は断崖絶壁。凄い景色の中を歩いている。
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 そしてたどり着いたのが、宇遠内。前述の召国にはなんとなく轍の付いたダブルトラックが通じていたが、この宇遠内にはシングルトラックしかない。つまり、徒歩か舟でしか行き来ができない。でも、ここにも夏場にはちゃんと人がいて、なんと売店を開いてくれている。その売店で休憩。全行程の3分の2を消化。新雪なお母さんがテレビ電話を貸してくれて、これで桃岩荘に2度目の連絡。
 飲み物を買って出発。
 本来の8時間コースは、そのまま西海岸の浜や岩場を行っていたのだが、波の荒い時は通行不能だし、危険ということで、宇遠内から島の稜線に上がり、礼文林道を歩くコースに変更となった。礼文林道にはレブンウスユキソウの群落がある。しかし、その礼文林道も昨年の豪雨で通行止めとなり、東海岸沿いの車道を行くのが今年のコース。工程が長くなるので、フェリーターミナルまでバスを利用しても可。ただし、バスは1日に数本。お目当てのバスの時刻まで2時間。売店のお母さん曰くは「私の足で1時間半」とのこと。
 登りがきつい。標高150mくらいまで登るとシングルトラック緩やかに下りとなった。自動二輪の轍も見える。インターネットで「MTBで8時間コース」なんていう記述を見たことがあるが、召国へのダブルトラックといい、このシングルトラックといい、楽しめる区間も確かにある。でも、担ぎも長い。相当にハードだということだ。
 下りのシングルトラックは、礼文林道に合流。宇遠内から1時間。宇遠内のお母さんの足と同じペースだ。林道の南に向かう区間が通行止め。直角に曲がった林道で東側に向かう。30分で、東海岸の香深井に到着。バスは30分後。動向の2人は歩きたそうだが、バス利用にしてとお願いする。単独行動はダメなのだ。ここで、桃岩荘へ3回目の連絡。バスを使うことを告げる。
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 30分休んで、乗ったバスは楽ちん。朝は裾野がうっすら見えるだけだった利尻富士が、今はくっきり。
 香深フェリーターミナルから桃岩荘まで最後のひと踏ん張り。桃岩トンネルまでの登りは、車道でなくシングルトラックで近道。トンネルを越えてから蛇行する車道が長い。夕日が沈むのと、我らの帰着のどちらが先だろう。ああ、桃岩が見えてきた。そして桃岩荘も。屋根の上に立って旗を振るヘルパーと玄関前の広場で待ち構える、ヘルパーandホステラーの群れ。これまでは迎える側だったが、とうとう迎えられる側になってしまった。「おーかえりーなさーい」の大合唱が聞こえてきた。食堂の窓からも「おかえり」の声。手をふって、「ただいま」と答える。ああやっと着いた。日没よりも我々が先だった。ああ膝が痛い。
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 さあ、到着のセレモニーだ。屋根の上のヘルパーの音頭で、点呼、そして沈みゆく夕日を背負いながら、「ギンギンギラギラ夕日が沈む」を歌って踊る。
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 チェックインを済ませて、すぐに食堂へ。階段の登り降りがきつい。食べ始めてすぐに日没、そして残照。今日のメニューはタコカレー。
 ミーティングでは、8時間コースの報告をする場面があった。これも、聞く側からとうとう話をする側に。座っても立っても踊っても膝が痛い。
 寝そべっても膝が痛いので、夜はあまり眠れなかった。睡眠不足の状態なのに。

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コメント

 国土地理院の地図を見ながら読ませていただきました。
 外海側を歩いたんですね。植生など興味あるなぁ。
 もっと興味を持ったのは、道のない集落。なんでわざわざ住んでいるの?農業のためですか?住んでいる人の感覚が知りたいです。

投稿: すう | 2015/08/25 05:55

 漁業でしょう。農業ということはありえません。土地がなく滞在期間も短いものだと思います。また、気候からしてこのあたりで農業といえば酪農ですが、余計ありえませんね。
 北海道の日本海側はかつてニシン漁が盛んで、道南から道北のいたるところに「ニシン御殿」なる建物が残っています。ニシンで財を成した人の豪邸兼番屋です。ちなみに、桃岩荘の建物もかつてのニシン番屋を改築したものです。須古頓の小学校跡もかつてはニシン漁でたくさんの人が住んでいたことの名残です。
 召国(めしくに)や宇遠内(うえんない)に夏に常駐する人たちは、そうしたニシン漁師の末裔ではないでしょうか。ニシン漁の時代にも年間を通じての定住でなく春の漁期だけの滞在で、だから道路を建設するまでにいたらなかったのではないかと思います。今は、昆布やウニが主で、気候のいい夏に滞在しているのだと思います。
 宇遠内の売店はお母さんが一人で切り盛りしていましたが、外には作業をする男性がいました。夫婦ではないかと思います。写真ではわかりにくいですが浜には昆布が干してありました。
 夏以外はどういう生活をしているのかということはわかりません。たずねませんでした。夏場の漁だけで1年暮らせると言うことはないように思います。

投稿: はいかい | 2015/08/25 19:44

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