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2015/06/22

播磨南西部の周回コース

 兵庫県佐用町の周回コース。なぜかいつも梅雨の時期なのである。アプローチは長いのに、コース自体は短くて効率が悪いのかも知れないが、なぜか気に入って2009年以降、毎年訪れている。
 まずは片道160kmのドライブ。JR播但線に沿って南下し福崎から西へ。播磨平野の北の縁を行く。宍粟市の中心、山崎の市街地を避けて峠を越え、揖保川沿いへ抜ける。少し南下したら、再び峠越えで西に向かう国道179号線へ。二つの峠はいずれも県道だが、勾配がえげつない。この辺りには、こうした短いがパンチの利いた急勾配の道が随所にある。
 JR姫新線の三日月駅を過ぎ、そのまま線路に沿って町道に入り久保集落を左に見ながら通り過ぎ、旧三日月町と旧南光町の境に近い路肩の広場にクルマを停める。
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 自転車を準備したら、来た道を少し引き返して久保集落へ。集落の奥から、動物除けのゲートを開けて山に入る。コンクリート舗装の急坂は、2.5kmで標高差300mを登る、平均勾配12パーセント。とても乗車ではクリアできない。途中の神社にお参り。
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 多賀登山の西の稜線の越えると、かつてはダートの下りだったが、今では完全に舗装されてしまった。途中にごみ処理施設ができたことも舗装化に関係しているかもしれない。
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 道はぶどうの果樹園を経て、センターラインのある道に突き当たる。三ツ尾だ。その道に反射するように細い道に鋭角的に入る。大下りの集落を経由する、沢沿いの道だ。緩い下りだが、カーブが多く、踏み外すと沢に落ちるのであまりスピードは出せない。大下りの小さな集落は廃屋が多く、人が住んでいる家は1,2軒かもしれない。
 大下り集落を過ぎるとかつてはダートが残っていたのだが、年々短くなり、一昨年は数百メートルとなり、去年にはすべて舗装となってしまった。つまり、コースは全面舗装となったわけだ。
 奥多賀集落からはセンターラインのある立派な道となり、肩書きも県道449号線となる。相変わらず川沿いの下り基調なのでスピードを上げて突っ走る。
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 千種川の支流、志文川をわたると県道368号線に突き当たる。久しぶりのクルマの行き交う道だ。ただし、そんな道とはほんの1km未満でおさらば。志文川とともに県道を離れ、田園風景の中を行く。そのうち姫新線も合流してくると、ゴールは近い。
16:05~17:40、15.9㎞、6月上旬、Vigoreオリジナルランドナー

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2015/06/15

環水平アークと幻日

 5月22日には晴れた空に水平の虹のような「環水平アーク」が見られたと、ニュースで報じられた。静岡県下で撮影された映像が放映されたが、ほかにも広い範囲で見られたようだ。例えば近畿地方でも、大阪府や京都府でも。
 なんだかどこかで見たような気がしながら、思い出せない。そんなもやもやが解決したのは、二つ前の記事、白山の報告を執筆している時のことだった。2年前、2013年5月26日に白山を訪れた時の写真にそれはあった。甚之助小屋を越えた標高2040m辺りで見かけた。時刻は午前10時半過ぎだ。
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 これは、空中に漂う氷の結晶がプリズムとなって発生するもので、広い意味では虹と同じような現象(「気象光学現象」というらしい)とのこと。ただし、雲それも上層雲の中の氷によってできるもので、虹のように降雨とは関係ない。
 さらに、最近また別の気象光学現象にであった。環水平アークが太陽が高い位置にあるときに見られることに対し、夕暮れなどの低い位置に太陽があるときに見られる「幻日(げんじつ)」だ。京丹後市弥栄町で6月7日の19時前のこと。太陽の左側の脇に縦長に光っている。薄っすらと虹色に見えた。両脇に見えるものだそうだが、右側は山で見えなかった。
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6年ぶりの林道郷路線

 1987年11月に開通した豊岡市(当時は出石郡)但東町の林道郷路線(ごうろせん)は、丹後から近くて短いながらも、展望がよく、走りごたえのあるダートのダブルトラックだった。1992年にMTBを入手し、また仲間もできたことから、ソロで、団体で何度か走ったものだった。90年代の終わりごろにはだんだん舗装されていき、その後しばらく郷路林道から遠ざかっていた。2009年5月、冬に友人からもらったランドナーの慣らし運転で走ってみた。おそらく10年ぶりくらいだっただろう。予想通り完全に舗装されていた。
 それからさらに6年、ぶらりと走ってみた。但東町畑山の公民館に自動車を止め、ランドナーを下ろす。アカバナ側を遡って少しだけ進み、三叉路を右にとって坂津へ。林道が未舗装の頃には、ダートを下るために反対の赤花から薬王寺峠に登り、林道に入ったものだった。舗装された今となっては、景色を眺めながらゆっくり登るのもよかろう。
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 緩やかな棚田に囲まれた中山間地の小さな集落、坂津から曲がりくねった細い道を登ってゆく。標高300mを越えたたら正法寺への峠。林道はそこから始まっている。標高620mの郷路岳の頂上付近を最高地点とし、稜線を北西から南東へとたどるスカイライン林道の始まりだ。まずは標高500mの小ピークまでの登り。インナーローでじわじわと行く。途中道路が陥没(崩落)しているが、法面を削って通行できるようにしてある。近年の豪雨のダメージだろう。
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 稜線に入ると展望が開け、はるか下に集落が点在しているのが見える。東経135度の日本標準時子午線のモニュメントを越える。キャンプ場があり、展望台もあるが、この先郷路岳山頂付近から景色が眺められるので素通り。
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 いよいよ林道最高地点に到着。山頂は脇の藪の中に三角点があるだけ。道路脇の広場となったところから北側の展望が開ける。なにやらアンテナの施設を建設中だが、人気はなく自由に景色を眺めることができる。何より目を引くのが日本海。天橋立の北詰、江尻の辺りと阿蘇海の北岸が見える。わが地元の山である、磯砂山、依遅ヶ尾山、金剛童子山もはっきり同定できる。
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 さあ、最高地点を過ぎたらとりあえずくだりとなる。少し行くと、今度は大江山連峰が良く見えるポイントに来た。千丈ヶ嶽、鳩ヶ峰、鍋塚、大笠山の各ピークが見える。赤石岳は手前の山の死角だ。
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 林道はいったん下るが、そのあと登り返しがある。それを越えたら薬王寺峠。一気に奥赤に下る。ここものどかな山村だ。振り返れば薬王寺峠が見える。
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 あとは下り基調を快走してクルマを停めた畑山へ。
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16:53~18:53、20.7㎞、6月上旬、Vigoreオリジナルランドナー
標高データ:豊岡市但東町畑山[115]-坂津[170]-林道入り口[325]-林道最高地点[610]-薬王寺峠[510]-畑山

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2015/06/13

Slide and Ride 加賀白山2015

 5月になってからは扇ノ山を滑りに行かなかった。4月の長雨で雪解けが早まったということもあるし、5月に入ると自転車で忙しかったということもある。でも、滑り納めが4月というのもちょっと早すぎて物足りない。やっぱり今年も加賀白山で滑り納めかなぁ。
 けれども別当出合の冬季閉鎖からの開通が遅れていた。例年なら5月中旬に開通するはずなのだが、今年は5月末になるようだ。雪解けが遅いわけではない。道路の側溝を工事しているとのことだ。
 5月29日16:00に開通というわけで、30日の土曜に決行。金曜の21:50に自宅を出発。今年は小浜から敦賀まで舞鶴若狭自動車道がつながったので、贅沢にも舞鶴東I.C.から北陸自動車道の福井北I.C.までずっと高速道路だ。深夜割引あるいは休日特別割引で2480円。高速道路を使わない場合よりも2時間ほど早い。
 勝山から谷峠を越えて白峰に入り、開通したばかりの別当出合には2:30着。丹後から260kmを4時間半だ。これで、2時間の仮眠を確保。しばらくしてから到着した隣のクルマのカーステレオが、うるさいとまではいわないまでも耳に障る。
 4:30、携帯電話のバイブレーションで目覚める。アラームをセットしたがマナーモードのままだった。昨日の夜に買った弁当の朝食、そして出発準備。スキーと自転車をスタンバイ。自転車は急勾配のダートに対応してMTBだ。いいねえ、今日は両方楽しめる。なのに周囲のみんなは、自転車は仕方ないにしてもスキーすら持っていかないなんて。と、自分の価値観を押し付けてしまう。準備をしている最中、スキーを背負った人が入山したのは一人だけだった。また、わざわざクルマを止めて「上も雪は切れているよ」と教えてくれる人がいた。わかっていることなので、ただ「はい」と返事を返すと、リアクションの薄さが物足りないのかこちらをまっすぐに見つめたまま立ち去ろうとしない。「どこから来たの」ととってつけたような質問をしてくるので、「京都府から」と答えると「うぉおー!」と大げさに反応して去って行った。リアクションの見本を見せてくれたのだろうか。
 登山道にこだわらず雪がつながっているところをできるだけつないで滑ればいいし、それでも切れていれば板を外して歩けばいい。スキーのためなら260kmの彼方からだって来るのだ。ちなみにスキーができなければ来ない。
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 駐車場のすぐ奥が車止め。それを越えて500mあまり車道を行くと、別当出合休憩舎がある。マイカー規制時のシャトルバスはここまで乗り入れる。
 昨日利用可能となったばかりのトイレに寄って、さあ本格的な登りに取り掛かる。ここから尾根に上がる観光新道、吊り橋を渡って別当谷の対岸を行く砂防新道などの登山道が始まるが、MTBの私はここまでの車道からスイッチバックするように始まる作業用ダブルトラックへ。もちろん、ゲートが閉じられているが、その脇から入る。砂防工事の作業車両用の専用道路だ。当然一般車両は通行禁止であるが、自己責任で通らせていただく。なお、明確な根拠はないものの、過去の経験から、工事作業はおそらく6月からで5月末のこの日には作業者に出会うことがないだろうと踏んでいる。
 ヘアピンカーブが連続する急勾配立ちはだかる。ああ、つらい。スキー板は背負っていないのにザックだけで十分重い。コンクリート舗装が施してある区間よりは勾配が緩いものの未舗装区間はバラスが浮いていて不安定だ。前輪が浮かないよう、かつ後輪が空回りしないような体重の配分、ペダリングの力加減にはデリケートさを要求される。しかしテレマークスキーのブーツではそれがなかなか難しい。超低速ギアを備えたMTBではあるが、無理せず自転車を押して歩く。とにかくこの先の行程は長い。楽な方法を選ぶのがよい。最も重いスキー板を積んだ荷車という意味で自転車は活躍している。背負って歩くよりは楽なのだ。、
 下のほうからガラガラとタイヤがバラスを踏むような音が聞こえる。えっ、作業車両が来るの、と重い後方を気にしながら進むが、いつまで経ってもカーブからトラックの姿は現れない。落石でもあったのだろうか。
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 観光新道との立体交差を過ぎ、大きな別当谷と不動滝を右に見ながら行くようになると、登り勾配が落ち着いて乗車でいける。そして一時的にくだりとなって別当谷の沢を橋で越える。この沢は、砂防堰堤が列をなしている。
 再び登りとなり尾根を越えると砂防新道の下をくぐる立体交差。それを過ぎて、不動滝を間近に見るヘアピンカーブで折り返して、もう一度砂防新道との立体交差。自転車はここまでだ。とりあえず、小休止。中飯場の小屋のすぐ上、標高1560m。
 スキー板を自転車からザックへと付け替え、ストックを持って登山道へと歩き出す。残雪がちらほら見られる。すぐに分岐。過去のこの時期には冬道を行くことがほとんどだが、今日は既に露出した無雪期の登山道へ。やっぱり、雪が少なめなのか。またインターネットに上がっていた最近の山行レポートによれば、背負ったスキー板が木の枝に引っかかって難儀する、と書かれていたが、それは冬道の話。枝にはさほど苦労しない。
 スキーを背負うとやっぱり重い。どんどん人に追い越されるが、気にせずマイペースを貫き通す。何せ先は長い。ある年配のハイカーから残雪について聞かれる。例年より少なめだと答えると、「スキーできる所あるんですか」と。ないと困るなあ、スキーを持ってきた意味がなくなる。ただし、いくらなんでも弥陀ケ原は滑れるはず。
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 標高1700m辺りから残雪の上を歩くようになる。アルペンスキーを背負った2人組に遭遇。ブーツが山スキー用でなくゲレンデスキー用なのか、登山靴を履いて板にスキーブーツを板に装着している。相当重たいだろう。彼らに見とれていたら道を間違え、藪漕ぎでルートに戻る。雪面には間違えた足跡が他にもたくさん。
 ウグイスやホトトギスの鳴き声がずっと聞こえている。こんな高いところにもいるんだ。
 前方に開けた雪面が見えてきた。十分にスキーができる。ただし、結構急斜面で登るのが大変だ。死角になって見えないが、手前に甚之助小屋があるはずだ。
 甚之助小屋の周囲は完全に地面が露出。少し離れた木陰で小休止。晴れて日差しは強いが、大長山や赤兎山などは霞んでいる。
 ここからシール登行開始。ステップソールが刻まれたこの板にシールを貼るのは、今シーズン最初で最後。本当はもう少し下から行けたのだが。ところが登山道は雪が切れていてすぐに板を外さねばならない。登山道よりも東の甚之助谷よりなら雪がつながっているので、下りはそちらを滑ろう。
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 十二曲がりへのトラバースの道は雪が切れているだろうから、ザックに板をつけて背負って歩き出す。南龍分岐辺りから、下山してくる人と出会い始める。トラバース区間は、登山道を外すと滑落の危険があるので、道を譲りながらすれ違う。
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 十二曲がりでは、ほぼ登山道が顔を出しているが、下のほうの直登ルートは雪面にしっかりとステップが切られているのでそちらを行く。地元の高校生の団体が登山道を降りてきたが、少しの残雪区間で難儀している。言葉と動作でいくら説明されても、かかとでステップを切ることができない者が数名いる。
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 私も途中から露出した登山道へ。しばらく登ると延命水。周囲の雪はとけ完全に露出している。明らかに例年より雪が少ない。水を飲み、空になったペットボトルに補給して出発。苦しいけど、既に2000mを越えて周囲は絶景。気持ちがいい。
 そして黒ボコ岩。その向こうには弥陀ケ原と御前ヶ峰。また今年もやってきた。御前ヶ峰を見ながら大休止。
 弥陀ケ原はシール登行。室堂を右に見て雪原を進む。水屋尻雪渓だ。
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 室堂の社や鳥居、そして小屋は完全に露出、その上の登山道もほぼ露出しているように見える。やっぱり雪が少ない。ただし、水屋尻雪渓は例年通り御前ヶ峰の肩、標高2630m辺りまで雪がある。
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 その雪渓を降りてくる人影が見える。スピードがあるのでスキーかと思ったら、駆け下りてくる。トレイルランというやつか。その後本当にスキーヤー。登りの途中で見かけたアルペンスキーの2人組のようだ。交互に滑って撮影しあっている。ただし、そのうちの一人は、「キェーッ」と甲高い奇声を上げている。懐かしい1980年代のプロレスラー、キラーカーンがモンゴリアンチョップを放つ時の奇声のようだ。大相撲から転向した195cm、140kgの恵まれた体格。本当は日本人だけど、「闘うモンゴリアン」あるいは「蒙古の怪人」という悪役レスラー。その奇抜なキャラクターを強調するための奇声ということは理解できるが、スキーで滑る時の奇声は理解できない。こちらのほうが恥ずかしくなってくる。
 登りはなかなかはかどらず、いつの間にか後方を振り返れば下からガスが湧き出してきた。予報どおりの天気下り坂だ。こちらも早く下り坂にたどり着きたいものだ。
 また一人、雪渓最上部からスキーヤーが降りてきた。今度はテレマークスキー。シール登行しているこちらに向かって降りてきた。出発準備中に先に入山していった人のようだ。どこを滑るのかと聞かれ、エコーラインと答える。
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 ようやく雪渓最上部に到着したが、とうとうガスに追いつかれてしまった。一面霧に包まれたり、晴れたりを繰り返す。もう山頂に行くのは止めよう。設計の最上部からスキーができたらそれでいい。
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 小休止の後、シールを剥がして滑走準備。あと動画撮影のビデオカメラもセット。ガスに覆われると方向に注意しないといけないが、幸い丁度晴れ間に当たった。室堂を左に見て、エコーラインの尾根に向けて滑る。弥陀ケ原下部は縦方向の溝が深くて滑りにくい。まるでモーグルのようだ。4月の雨の影響か。
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 エコーラインの尾根は、途中で雪が切れていた。万歳谷のほうに降りればつながっている箇所もあるが、急な谷なので滑落や雪崩が怖いので、板を外して少し歩く。すぐに雪の上に出たので滑降再開。歩いた部分はあまり滑っても楽しくない斜面なので問題ない。
 南龍ヶ馬場の小屋を見下ろしながら急な斜面を滑り降りる。甚之助方面にトラバースする南龍道を通り過ぎないようにと意識していたら、間違えてエコーラインの登山道を登り返し始めてしまった。すぐに気づいて、再び板を付けてほんの少し滑り降りる。今度こそ南龍道。板を外して、ほぼ水平なトラバース道を行く。雪はなく登山道が露出していた。
 甚之助小屋の上の斜面に戻ったら再びスキー板を装着。急斜面なので、装着の時に板を流さないように気をつけないといけない。そして、すっかりガスに覆われてしまった。ホワイトアウトに近い状態だ。方向を間違えないようにGPSレシーバーを頼りに慎重に滑る。雪がつながっているところを滑りたい。一度ブッシュにつかまってしまった。少し登り返す。こういうときにステップソールは有利だ。
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 どうにか甚之助小屋に到着。ガスも薄くなった。登ってきた登山道に滑り込む。立木が増すが、できるだけスキーをつけたままで降りたい。本当は歩いたほうが楽なのかもしれないが。
 標高1850m辺りで、とうとう雪が切れた。ここまでか、とスキー板をザックに付けて歩き出す。がその下でまた雪が復活。しかも、しばらくいくと木々が少し開けてきた。我慢できず、再びスキーで歩き出す。また雪が切れた。板をザックにつける。いや雪が復活。滑る。こんなことを繰り返しているので時間がかかる。とうとう雨が降ってきた。
 突然ハイカーから、「富山の人ですか」と聞かれる。板に貼ってあった「HAPPY」のステッカーを見てのことだった。HAPPYはステップソール加工をお願いした工房だ。
 標高1720mで、スキー板を外す。もうこの下は滑るところがないだろうが、自転車まであと標高差160m。板はザックにつけずに担いで歩こう。雨は本降りとなってきた。
 自転車に到着する頃には、結構ぬれてきた。特に下半身はアウターなしで、しかも急で笹の出た雪面で転んでその下水溜りにスライディングして飛び込んでしまったので、濡れがひどい。
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 雨足はふもとのほうが強いようで、作業道の路面は薄っすら水が浮きかけている。スキー板を装着した、自転車にまたがる。下りはMTBが快適だ。さすがに早くて、中飯場に同時に着いたハイカーよりも10分ほど早く別当出合に到着。
 泥んこというほどではないが、自分の水はねを浴びた自転車やスキーを撤収して、クルマで岐路に着く。途中で谷峠を越えたところのパーキングスペースの多目的トイレでぬれた服を着替えた。帰り道は高速道路を一切使わない。福井平野の東の縁、福井市郊外の田園地帯の道は、のどかでクルマが少なくて良かった。武生で4kmだけクルマの多い幹線、国道8号線を使うが、すぐに国道365号線、そして476号線で敦賀へ。敦賀からは、若狭梅街道、若狭西街道と信号もクルマも少ない道でストレスなく帰宅。

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2015/06/11

香美町村岡区旧射添村の南部を巡る

 先日、林道中辻肥前畑線を走ったが、これは2度目のトライだった。1度目は、ゴールデンウィークの5連休に試みていた。自転車をクルマから下ろして走り始めたら、予報では夕方以降と言っていた雨が降り出した。3kmあまりの走行で撤収となった。まあ、山深い林道の真っ只中で降られるよりはいいのかもしれない。
 片道90km超のアプローチを無駄にするわけにはいかない。以前から少し気になっていた山間の集落を訪れながら岐路に就いた。そこでヒントを得て出来上がったのが本日のコースだ。
 兵庫県香美町の国道9号線と482号線の分岐に近い、長坂と熊波の間、熊波側沿いの細い道の脇のスペースにクルマを止める。
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 香美町村岡区の北西部矢田川の流域はかつて射添村(いそうそん)であったが、1955年小代村と合併して美方町となるが、1961年に小代村と分かれて村岡町に編入される。そして2006年、平成の大合併により、美方、村岡、香住の三町が香美町となった。旧射添村だった地区は、平成の大合併前の区分けにより村岡区の一部となっている。ちなみに旧美方町域は美方区ではなく小代区である。
 ランドナーのホイールと泥除けを組んで東へ。川沿いの細道、県道408号線は国道9号線の側道のような位置関係にあり、大型トラックをはじめとするクルマの轟音が響く。長坂で国道482号線に合流し、さらに9号線を行くことになるが、それはつかの間ほんの200mで県道265号線へ。クルマの多い道よさらば。
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 県道265号線はヘアピンカーブの連続で高度を稼いでいく。国道交差点から標高差100mも登れば丸味川の谷を右に見て進むようになる。その谷を隔てた向こうの山肌には長楽寺がある。但馬大仏の大仏殿のある大きな施設だ。その長楽寺川の法面にも道路がついている。丸味集落を経て、もう少し先で今走っている道と合流するようだ。あちらの道はヘアピンカーブのつづら折れがなく、ふもとの川会集落からほぼ一直線に登っているようだ。きつそうだが、あちらも走ってみたい。
 長楽寺からの道が合流した後しばらくして、左折。直進は春来峠を経て春来集落。左折は国道9号線の春来トンネルの真上を通り柤岡高原へと向かう。いったん落ち着いていた登り勾配が、再びきつくなる。少しいくと周囲に畑が見られ、大きな牛の畜舎がある。後方の展望が開け、白菅山の丸い頭、そしてその右手奥に蘇武岳が見える。
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 標高500m辺りまで登ると、香美町と新温泉町の境界の尾根を行くようになる。国道9号線の春来トンネルの真上で、国道が少しだけ遠くに見える。尾根区間はほんの少しで、町境も道路もそれぞれ反対方向に尾根から外れる。
 そして道は柤(けび)大池の畔へ。キャンプ場もあり、ゴールデンウィークにはテントがいくつも見られたが、今日はひっそりとしている。
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 池の畔の三叉路を新温泉町に向けて走る。登り基調のアップダウン。標高555mの町境は美原高原スキー場の跡地。ゴルフ場も兼ねたなだらかなゲレンデの上部にはリフト降り場が残っている。
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 さて、柤大池まで引き返し、三叉路を今度は柤岡(けびおか)集落へ。この柤岡は南向きの急斜面にへばりついたようなそこそこ大きな集落である。最上部は標高500mを越え、一番下は390~380mほどだから、その標高差は100m以上。5年前の国勢調査では世帯数74となっていて、旧射添村の集落では一番大きい。その集落の中のヘアピンカーブをたどりながら急降下して行く。どの家も階段状に整地された土地に建ち、まるで展望台のような眺めをそれぞれに借景としている。
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 林間を経て降り立ったのは熊波の集落。熊波川の谷底に位置するが、広く開放感がある。家々は畑に囲まれた小さな集落だ。後は熊波川沿いの道を下っていけばクルマを止めたポイントにゴール。
15:45~17:45、20.1㎞、5月下旬、Vigoreオリジナルランドナー

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2015/06/08

薫風の丹後半島一周2015

 記録的な降雨日数の4月に対し、記録的な高温となった5月。暑いといっても夏のような湿気はなくからりとした気持ちの良い暑さ。自転車で風を受けて走れば、快適そのもの。まだ10日近くを残して、月間走行距離はすでに400kmを越えた。締めくくりは丹後半島一周。これで、月間500kmにリーチがかかる。サイクリストとしてさほど多い数字ではないだろうが、自分にしてはなかなかよく走っているのだ。
 こうして、今シーズン初、生涯通算44回目の丹後半島一周が始まった。
 10:55、京丹後市弥栄町を出発。まずは竹野川の流れとともに日本海へ下る。国道482号線を避け、対岸を行く。水をはった田んぼがまぶしい。
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 竹野川の河口付近にある道の駅「テンキテンキ丹後」でトイレ休憩。ロードレーサーの3人組が休憩していた。彼らも丹後半島一周だろうか。
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 急坂を登って筆石(ふでし)の屏風岩で休憩。海の中に立つ屏風のような一枚岩がその名の由来。周囲の海が青く澄んで美しい。道の駅で見かけたロードレーサーの3人が通り過ぎて行ったが、その先で写真撮影をしていたので、今度はこちらが先に行く。抜きつ抜かれつだ。
 知人の家の前を通ると、その人が外にいたのでご挨拶。そしてしばし歓談。畑を荒らす猿を追っ払っている最中とのこと。その猿が家の周りをうろうろ。
 その間にロードレーサーは先に行ってしまい、もう出会うことはなかった。
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 中浜のスーパーマーケットでパンを買って経ヶ岬を目指す。この辺りまで来るとクルマの通行もかなり少なくなり、気分よく走れる。しかし、アメリカ軍レーダー基地ができてしまい、レーダーが稼動するうなり声のような音がずっと聞こえている。
 経ヶ岬のレストハウス跡地でパンを食べようかと思ったが、ベンチも撤去されているので通過。白南風トンネルまで登り、カマヤ海岸に出る。途中の休憩スペースのベンチで、断崖絶壁から海を見下ろしながらパンを食べる。
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 経ヶ岬から伊根湾までには、標高差100mを超えるアップダウンが大まかに3つ続く。その一つ目の蒲入峠を越える。ただいまトンネル工事中で、開通すれば自転車には楽になるが、果たしていいのか悪いのか。
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 蒲入峠を越えて本庄に下ったら、ずっと走ってきた国道178号線を左折して離れる。伊根湾まで内陸を行く国道を離れ、海沿いの府道へ。まずは野室崎を越える。国道よりのぼりがきついが、静かだし、海の景色もきれいだ。
 せっかく本庄浜から標高130mまで登ったのに、泊の海岸まで降りる。絶壁に囲まれた静かな入り江となっている。
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 今度は新井崎を越える。千枚田と呼ばれる小さな棚田がある。今日はその棚田が良く見えるように府道よりもさらに高い位置を行く町道を走ろう。標高150mまで登る。小さな田んぼは田植えの直後だった。
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 さあ、伊根湾に下る。入り江の畔の町役場跡の公園で小休止。役場や少し内陸に移転した。舟屋が良く見えていい。
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 伊根からは平坦な道を快走する。この時期、午後には海から陸に向けての海風が吹くため、ここは追い風となる。今日の海風は、残念ながら弱い。それでも、25km/hほどで進む。また、このあたり赤潮が発生している。この赤潮は、生活排水や工場排水を原因とする富栄養化によるものではなく、「夜光虫」というプランクトンの発生である。その名の通り、夜には青白く光る。
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 天橋立の北詰、江尻で小休止。汽船乗り場には観光客が多い。
 阿蘇海の畔の自転車道をしばらく走ってから、与謝野町男山から内陸へ。府道で峠を越えて弥栄町へ。標高差は200mあまりで全行程での最大の峠だが、勾配はさほどきつくないし単独の峠だし、そして最後だし気分は楽である。それと、今日はコース全体を通して少し登りが軽い。この自転車で走ったのは1年ぶりで、その間にフリーのローギアの歯を2枚増やしたことも関係あるだろうし、今月よく走りこんでいるということもあるだろう。
 延利(のぶとし)、久住(くすみ)と難読地名の中山間地の集落を越え、堀越まできたらあとは下るだけ。
 約82kmを6時間ちょっとで走り終えた。近年ではかなり速いペースだ。
 翌日の自転車通勤で、月間500kmを達成。最終的には530kmほどとなった。
10:55~17:05、83.1㎞、5月下旬、Vigoreオリジナルランドナー

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2015/06/06

扇ノ山の懐「林道中辻肥前畑線」

 扇ノ山に登って北東方向を眺めると、尾根の稜線直下に林道が走っているのが見える。2008年秋に開通した「林道中辻肥前畑線」ということがわかった。自転車で走ってみようと思うのだが、そこは雪深い扇ノ山エリア。雪がとけたらと思っていたら蒸し暑い季節になり、涼しくなってからと思っていたら日が短く時雨降る季節となりさらに雪に閉ざされる。いつの間にか何年も過ぎてしまった。
 2015年5月、何だろう自転車に乗りたくてたまらない。4月の長雨で満を持した後、爽やかな晴れが続いたせいだろうか。これを機に懸案を解決しようではないか。
 湯村温泉の南、但馬牧場公園の近くの道路脇のスペースにクルマを止めてランドナーを下ろす。林道はダートなので今日はブロックタイヤのホイールを装着。すぐ近くに林道の起点があり、通行止めの表示が出ていないか確認。ただし、林道を下り基調で走るために終点の肥前畑スタートで、こちらがゴールとなるコース取りだ。
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 まずは中辻の棚田の中を下る。以前はもっと小さな棚田だったのだろうが、現在は比較的大きめの長方形に整えられている。ただし、集落の周囲には小さなままの棚田が残る。傾斜地に建つ家と棚田の風景は2004年の新潟県中越地震の震源に近い旧山古志村に似ている。
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 広い谷の底まで下り、照来川(てらぎがわ)の支流を渡ってから塩山の集落へ登り返す。これがなかなかきつい。集落を超えてしばらくはまだ登り。照来川の谷と岸田川の谷を分ける尾根を越える。いたるところに棚田が見られる。振り返れば、但馬高原牧場スキー場(照来スキー場)のゲレンデ。その奥には但馬中央山脈。頂上にアンテナ群を頂いた三川山だ。
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 どうにか尾根を越えて岸田川へと下る。もうだいぶ疲れてしまった。本格的な登りはこれからだというのに。
 まずは石橋集落を対岸に見ながら、岸田川の右岸を行く。岸田集落で左岸に渡り田中集落へ。すぐに家並みはなくなり、変電所を越え緑の中を行く。この岸田川沿いの道は県道でなだらかなため、自転車で快適に登れる。
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 随分登ったら菅原の集落。といってもほんの数世帯。標高は500mを越えている。川の水を引いたアマゴの養殖プールがある。
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 菅原を越えたら道は分岐していて、片や畑ヶ平の大根畑へ登る九十九折れ。その反対側の肥前畑への道をとる。
 扇ノ山といえば、畑ヶ平や広留野の大根畑、上山や河合谷の牧草地に活用された高原に囲まれたなだらかな山容をイメージするが、その高原地帯の縁はかなり急峻な地形となっている。滝が多いこともその現れである。岸田川はその大きな山塊に深く切り込んだ川で、その谷は主峰の扇ノ山や大ヅッコと青ヶ丸や仏ノ尾を分けている。
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 緩やかな登りを経てたどり着いた肥前畑は本当に小さな集落。その奥には林道の終点。だいぶ日が傾いてしまったが、こちらにも通行止めを知らせる表示はないので、意を決して突入。まずはコンクリート舗装の登り。林道に入ればいきなりきつい勾配。日陰には残雪も見られる。また、雪はなくてもぬかるみが残り、つい最近まで雪があったことがわかる場所もある。
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 時折倒木があるが、クルマが通れなくなるほどではない。もちろん自転車の通行も問題ない。しかし、笹の株が道路を完全に塞いでいた。法面のかなり上の方から根こそぎ剥がれ落ちてきたようだ。クルマは完全に通行不能。自動二輪でも無理。自転車は担いで何とか越えることができる。
 林道の起点・終点に通行止めの表示がないからといって安心はできないというわけだ。怖いのは、この後林道のピークを越えて中辻の手前まで行ってそこで通行不能になった場合だ。今のように担ぐなどして越えられればいいが、道路が丸ごと崩落している場合などは自転車も歩行者も通れない。その頃にはすっかり暗くなっているだろうし、また厳しい林道を登り返して戻る羽目になる。笹の株を越えた中辻側にクルマの轍があるので道は通じているのだろうと思われるが、でもその轍がついた後に道路が崩落していないとも限らない。まあ、それでもここまで来て引き返す気にもならず、進むことにする。
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 左後方に岸田川の谷を隔て扇ノ山と大ヅッコが並んで見える。こうやって見ると大きな山だ。中腹には滝が見える。ここから遠望できるということは結構大きな滝だ。霧ヶ滝か。家に帰ってから霧ヶ滝の写真と比べてみるが、どうも姿が違うようでもある。滝つぼの畔から見上げるのと視点の違いだろうか。あるいは雪解け期の水量の違いだろうか。
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 さらに進むと前方に光る鏡のような田んぼが見えてきた。岸田川沿いの集落のようだ。
 行けども行けどものぼりが続く。標高700mを越えてやっと一つ目のピーク。下りが始まるが、登り返しの急坂が見えるのであまりうれしくない。
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 登り返しはコンクリート舗装。舗装されているところは急勾配というわけだ。次のピークは岸田川と照来川の谷を分ける尾根を越えるもの。これを越えたらおおかた登りは終わりと思っていたが、またその先で登り返しが見えるではないか。
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 日が暮れたのでライトを転倒。日本海に漁火がともる。気ばかり焦ってマイペースで登れない。しかもダートなので、押して登る。何とか最後のピークを越えて、本格的に下る下る。LEDライトが明るいので路面は良く見える。が、砂利が浮いているのでスピードは出せない。
 そのうち路面の様子が変わる。バラスがなくなり、のっぺりした土の路面となった。さらに下っていくと周囲が山林でなく、整地された草地のようなものが見られる。但馬高原牧場スキー場の近くを通っているようだ。さらに鉄筋コンクリートの建物の脇を通る。水道の施設のようだ。よかった、もうこの先で通行不能ということはないだろう。そしてゴールは近い。
 ほどなく、但馬高原牧場入り口近くの舗装路に出て、道路脇のクルマにゴール。

15:25~20:15、34.5㎞、5月下旬、Vigoreオリジナルランドナー(ブロックタイヤ仕様)
標高データ:中辻[328]-照来川支流[175]-塩山[390]-岸田[217]-肥前畑[610]-林道最高地点[805](標高差100m前後のアップダウンがありピークは3つ)-中辻

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山の緑も川面もきらめく播但めぐり

 毎年初夏に兵庫県中部の神河町の東部、旧神崎町の周回コースを自転車で走っている。今年も、4月下旬に走った。そこで、その周回をもっと広げ、神河町西部の旧大河内町、朝来市南部の旧生野町を巡るコースを考えてみた。播磨と但馬をまたぐコース取りだ。
 スタートは、おなじみの旧神崎町の中心街に近い法楽寺。越知川の畔の広場にクルマを停めさせてもらう。
 ランドナーの前後のホイールと泥除けをセットしたら、南西に走り出す。市街地を越えると広い穀倉地。越知川と市川本流が合流するあたりは麦畑と田んぼが広がる。田んぼは田植え直後で湖のように水がきらめき、麦秋の黄金色とのコントラストが大きい。
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 市川を渡って旧大河内町エリアへ。まずは、用水路の水車軍がお目当て。ただし、その場所はJR播但線の新野駅に近いということくらいしかわかっていない。市川との町境まで南下してから用水路に沿って北上。新野駅を越えてさらに少し北上すると、あったあった竹製の3基の水車がぎしぎしと音を立てて回っている。水路の水を田んぼに組み上げるため300年以上前からあったという水車は、一時その姿を消しかけていたが地域おこしのため復活し保存されているとのこと。冬場は取り外されて(一人で運べるほど軽量とのこと)別の場所に保存されているそうだが、田植えの今が用水路の水量もあり最も水車が活躍する時期である。
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 さらに用水路沿いに北上すると、すぐに次のお目当て梅花藻の群生地に到着。用水路の本流でなく、山からの支流の水中に揺れるたくさんの小さな花。梅の花に似ていることからその名がついたとのこと。透明な水の中で踊る姿がかわいらしい。
 そこからさらに北上すればすぐに寺前の集落。JR播但線の寺前駅や神河町役場がある。元々は大河内町の中心集落で、木造の建物が並んで長閑な雰囲気。むしろ国道312号線の通る旧神崎町の中心の粟賀のほうが鉄筋コンクリートの建物が並んで都会的な雰囲気だ。
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 さて、寺前を過ぎると辺りは緑に包まれ、市川の渓谷沿いの静かな道となる。クルマは少ないがたまに通れば猛スピードのエンジンの轟音が鳴り響く。谷あいのわずかな土地に集落と田んぼが点在している。
 JR長谷駅よりも北に行けば集落が少なくなり、クルマもさらに減る。岩がごろごろした市川の流れがただただ続く。川を遡っているわけなのでずっと登り基調で、その勾配が徐々に増している。
 ずっと県道を走っているわけだが、渕という小さな集落で県道は支流の栃原川に沿って北上。市川は北東方向に向かい、その川岸の細い道を行く。その細い道はクルマがほとんど通らないいい道。しかも、栃原川沿いの県道が峠越えなのに対し、こちらは川の流れに沿って生野へと抜けることができる。出会ったのは自転車に乗った年配の男性だけだった。
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 生野高校のそばを通り、細い道は市川とともに国道の橋の下をくぐる。要するに立体交差だ。現在は朝来市の一部となった旧生野町。但馬の国に属するわけで、つまり日本海側というイメージなのだが、この旧生野町の大半は分水界の瀬戸内側、市川の水系ということになる。
 生野の中心集落口銀谷(くちがなや)に入ると懐かしい雰囲気の家並みとなる。寺前よりもさらにレトロな雰囲気だ。鉱山で栄えた頃の町並みが残っているらしい。
 いったん町並みの中に入った道は再び市川沿いとなり、三菱マテリアルの大きな施設の前を通る。施設の向かいには年季の入った人気のない建物。18年前にもここを自転車で走ったことがあるのだが、その時は何か見せのようなものだったと記憶している。三菱マテリアルの作業員のための売店のようなものだということだろう。軒下に下がる、やはり年季の入った小さな「たばこ」の看板が往時を物語る。
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 奥銀谷集落の手前で市川を渡る。鯉のぼりの群れも川をまたいでいる。ここからは白口に向け山間部へと入って行く。市川を離れると小さな新町、猪野々集落を越え、民家はなくなり、すぐに山深い雰囲気となる。市川の支流、白口川は結構な急勾配で、それが作る谷は深く、要するに展望もないつらい登りということだ。18年前にもこの登りを越えたが、あの時はまだダートだった。今は全面舗装されてしまった。
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 かなり登って、突然石垣と民家が現れた。白口集落だ。標高は500m近い。こんな山深いところに集落があるのに驚くが、坑口があって納得。江戸時代の前半にはなんと8百軒以上もの家があったという。今では数世帯で、そのうち数軒は生活の気配がない。人が住んでいる家は片手で足りる感じだ。
 白口を過ぎてもまだのぼりが続く。ああきつい。ずっと谷で峠が近づいても展望がないから余計につらい。登りにうんざりした頃、ようやく峠に到着。再び播磨の国に戻り、越知川沿いの作畑まで一気に急降下。
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 作畑からは越知川に沿って下ればいいのだが、せっかくなので上流に向けて3kmほど遡る。神殿の集落を超えてすぐのキャンプ場などのある「新田ふるさと村」。ここが越知川下りの自転車コースのスタート地点。さあ、20km弱の川沿い下り基調を快走しよう。
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 越知川を縫うように右岸左岸を行く。クルマの通る道の対岸の細い道を行くこともある。出だしは吊り橋を渡って不動滝の側の遊歩道のような道を行く。その後は、中山間地という言葉がぴったりの、集落をつないで行く。夕方なので煙突から煙が出ている。薪で風呂をたいている家がたくさんあるということだ。我が家も30年前はそうだった。
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 越知の集落まで下れば、後は毎年通っている勝手知ったる道。麦秋の麦畑の中を泳ぐ鯉のぼりの大群が見えたら根宇野。ゴールは近い。
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14:45~18:40、55.7㎞、5月中旬、Vigoreオリジナルランドナー
標高データ:神河町中村法楽寺[170]-新野[135]-朝来市口銀谷[315]-峠[630]-神河町作畑[410]-新田ふるさと村[475]-法楽寺

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