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2015/01/23

雪崩


こんな動画を入手。撮影者の了解を得てYouTubeで公開。
詳細は以下の通り。
* * *
 雪崩は10秒あたり。
 斜度は30~35度。朝からの南岸低気圧によるまとまった雨により濡れざらめの弱層形成。昼前に雪に変わり、湿った雪が2~3時間で20㎝ほど積もった。
 最初のターンで面発生乾雪表層雪崩を誘発。それに気づかず、次のターンでその雪崩につかまってしまった。さいわい、流れる雪の量が少なく埋没せず、10mほど流されて停止。
 新たな雪崩を誘発しないように、斜滑降・キックターンで恐る恐る脱出。
 スキー場係員に報告、訪れたパトロールも雪崩を誘発。その後、コース閉鎖。
 2015年1月15日、関西某スキー場内。

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あれから20年

 前の記事に書いた雪崩事故の起きた日のメディアは、阪神淡路大震災の話題が多数報じられていた。震災から20年と言う節目にあたるため、成人の日以降、TVなどでは特集が組まれ例年よりも多く話題になっていた。
 今から2ヵ月半前の昨年11月初めに、神戸の「人と防災未来センター」、そして震災の爪あとの残る街めぐりをしてきたので、そのとき見てきた現場について地震の時、あるいはその直後の混乱の様子や、その後の復興のことなどTVでまた詳しく説明されて、個人的にもかなり印象深いものだった。
 その阪神淡路大震災と一緒に思い起こされる記憶がある。震災の3日前の出来事だ。
 当時は成人の日が1月15日で、1995年はその日が日曜なので16日の月曜が振り替え休日、つまり土日月の3連休だった。その連休初日の14日、このブログにコメントをくれる「すうさん」と、神鍋高原にゲレンデスキーに出かける約束をしていた。目的地はアルペンローズスキー場。
 正月になっても雪不足でろくに営業できていなかったスキー場に待望の雪が降ったのだが、なんと警報が出る大雪。雪道でなければ1時間あまりで到着できる神鍋高原まで、4~5時間もかかってしまった。もちろん片道である。復路は駐車しているうちにタイヤが雪に沈んでスタックしてしまったクルマを脱出させる時間も加わり、もっとかかった。
 日中も雪が降り続きスキー客は数名、リフトの係員などスキー場関係者のほうが多い状態だった。
 で、それが初めて山スキーの道具で滑った日。前年の11月に京都の店で買ったものだ。当時はまだバックカントリースキーを楽しむ人は少なく、今と比べると道具の使い買ってもいまいち。正直言って、ゲレンデスキーと比べて随分滑るのが難しかった。
 ちなみに、デビューは、その年の5月、道具を買った京都の店の主人とほかの客と一緒に、いきなり立山だった。
 さて、その14日の大雪のおかげで神鍋高原などのスキー場には十分な雪が積もり、良好なコンディションとなったわけだが、3連休明けの早朝に大きな地震が起こり、直接被災しなかった人も自粛ムード。スキー場は、雪があっても来場者は少ない状態だった。
 ようやく客足が出てきたのは、2月の建国記念の日のあたり。リフト待ちの列に並んでいたらこんな声が聞こえてきた。「おい、お前の家傾いているのに、こんなところに来ていいのか。」心の中で「いいよ」と答えてしまった。周囲もそういう気持ちだったと信じている。
 あれからもう20年も過ぎてしまった。すうさんは丹後を離れ、アルペンローズスキー場は閉鎖、山スキーを買った店は閉店、私自身のスキー登山はテレマークスキーが主となった。
 20年前、スキー登山の最新情報を得ようと思えば、「岳人」誌の「山スキー特集」を読むくらいだった。スキー登山について書かれている本は少なく、雑誌もなかった。岳人の特集は、だいたい毎年2月号で、天気も雪も安定した残雪期がスキー登山のシーズンだった。春のぽかぽか陽気にザラメ雪を滑る、そんなイメージ。登山の形態としては、岩登りや厳冬期の雪山などとは違う、比較的穏やかな山行きの形態だった。
 それがいつしか、新雪、粉雪を滑ることが大きな喜びとされるようになり、関連の本、雑誌での扱いが増え、「バックカントリー」「パウダー」という言葉がよく使われるようになった。それから、インターネットの存在も大きい。それを楽しむ人が増えればネット上の書き込みが増え、さらに人が増える。危険を伴う厳冬期の雪山へ挑む形に変わっていった。

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2015/01/21

相次ぐ雪崩事故

http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/mainichi-20150119k0000m040070000c.html
-----------ニュース記事引用-----------
毎日新聞2015年1月18日(日)20:44
<雪崩>相次ぎ、4人死亡…外国人2人含むスキー客ら(毎日新聞)
 新潟県と長野県で、スキー客らが雪崩に巻き込まれる事故が相次ぎ、18日、4人の死亡が確認された。
 18日午前11時すぎ、新潟県妙高市西野谷の粟立(あわだち)山(標高1194メートル)の標高約700メートルの林道付近で、県警妙高署や消防などの捜索隊が同県上越市の男性2人を発見。同市○○、会社員、○○さん(48)は意識不明で病院に搬送されたが、死亡が確認された。死因は窒息死。別の男性(38)は軽い凍傷。
 同署などによると、2人は17日午前、同山の東斜面で、スノーボードで山を滑走する「バックカントリー」をしていたところ、雪崩に遭った。捜索隊は17日、救助を日没で中断、18日朝に再開した。

 同県妙高市田切の「赤倉観光リゾートスキー場」のコース外の沢では18日午後0時55分ごろ、同署などの捜索隊が、17日から行方不明の名古屋市○○、大学院生、○○さん(35)を発見。搬送先の病院で死亡が確認された。死因は窒息死。
 同署によると、岡本さんは17日正午ごろ、コース外を滑っていたとみられ、発見時は雪に埋もれた状態だった。同署は雪崩に巻き込まれたとみている。

 二つの現場付近では16日に降雨があり、17日朝は吹雪だったという。地元消防は、水分を含んだ重い雪の上に新雪が積もることによる「表層雪崩」が起きたとみている。

 また、18日午後2時50分ごろ、長野県山ノ内町夜間瀬の「竜王スキーパーク」で、滑走していたアルゼンチン国籍の男性2人が雪崩に巻き込まれた。パトロール隊員らに救助されたが、意識はなく、死亡が確認された。
 県警中野署によると、死亡したのは○○さん(50)と、○○さん(54)。友人同士で旅行中だった。上級者向けコースから立ち入り禁止のロープを越え、林の中を滑っていたという。
 雪崩は幅約30メートル、長さ約200メートル。16日以降、50センチ以上の新雪が積もっていたという。
-----------引用ここまで----------(ニュース原文には個人名や住所も記されていた)

 1月17,18日の土日、またも痛ましいニュースが報じられた。あまりにも簡単に命が失われすぎている。
 後日「日本雪崩ネットワーク(JAN)」(http://nadare.jp/)から現地調査の報告がある見込みだが、自分の判断力を試すために離れた地にいても得られるデータから状況を分析してみたい。ただし、同じ17日に近隣の山で2件の事故が起こった妙高市の状況に限定して分析を行う。
 なお以下に書くのは、当方の仮説であり想像であるので、後日JANからの報告で答え合わせをする予定である。
 それと、雪崩に遭遇した人の行動については、不明な点が多々あるので、ここではそれについて想像であれこれ言うのは避けたい。あくまでも、雪崩についての分析ということに限定する。

 粟立山はアライスキー場のすぐ北側の山であり、もう一方の現場は赤倉観光スキー場の場外。その間に気象庁のアメダス「関山」がある。関山アメダスから、粟立山までの直線距離は約11kmで、「赤倉観光リゾートスキー場」までは約3km。関山アメダスの標高は350mで、2つの雪崩事故の現場より低い。
 引用の記事からもわかるとおり、根雪が降雨によって「濡れザラメ」となり、その上に積もった新雪が滑り落ちた「表層雪崩」であることは間違いないだろう。
 北海道雪崩事故防止研究会編「決定版雪崩学」(山と渓谷社)に、雪崩の原因となる弱層のひとつ「濡れざらめ雪」について以下のように記されている。
-----------引用ここから----------
 積雪は適度に濡れているとしまって安定する方向に向かってどんどん変化が進んでゆく。しかし、強い日射に当たったり、大雨や肌ではっきりと感じ取れるほどの急激な気温上昇があって、積雪が多量の水分を含んだときはこの限りではない。ビショビショに濡れた状態がしばらく続くと、雪粒は球形化して独立し、結合の乏しい層を形成することがある。しかしこの弱層は、融け水が下方へと浸透したり凍り付いたりすると、一転して結合の強い堅固なざらめ雪へと変化してゆくため、長続きはしない。
 濡れざらめ雪が弱層となるのは、積雪表面が日射等で急激に溶けて、つながりの少ない球状のざらめ雪になり、その直後に、多量の雪(上載積雪)が積もった時である。濡れざらめの雪の上に断熱性の高い新雪が積もると、歓喜の親友は遅く、弱い濡れざらめの状態がしばらく保たれるので雪崩の危険がある。
-----------引用ここまで----------
 ここで、気象庁の関山アメダスの観測値について。降水量、気温、降雪、積雪のデータを、雪崩事故当日までの3日間の日ごとのものと、15日と16日のそれぞれ降り始めからの1時間後とのものを抜き出して表にした。
Sekiyama


 まず15日に、19mmのまとまった降水があった。山梨県や長野県南部、そして北関東に雪をもたらした南岸低気圧である。関山では13~14時に雨として降り出しその後雪に変わったようだ。ただし、降雪が観測されている時間帯も気温はプラスなので、降っていたのは湿った雪だと推測できる。このアメダスよりも標高が高い雪崩現場では、初めから雪だったかもしれない。また、アメダスより低い妙高市の中心街(旧新井市)ではずっと雨だっただろう。ここで濡れざらめの弱層が形成されたのではないか。
 15日には、0.5mというわずかな降水(雨)が観測されているが、午前3~4時のものである。冒頭の引用のニュース記事では「付近では16日に降雨」とあるが、15日の間違いではないかと思われる。ちなみに、同じ毎日新聞の続報(引用はしていない)で「16日夕にはまとまった雨が降り」となっているので、やはり15日の間違いである可能性が高い。
 また、アメダスによれば15日の気温は最高が3.7度で最低が0.6度。もちろん、雪崩現場はもっと標高が高いので氷点下になる時間帯もあっただろうが、標高差から考えて2~3度程度の差。つまり、気温がプラスの時間帯もあったわけだ。氷点下の時間帯には新雪が断熱材となり、気温が0度を超えた時間帯にはその湿った新雪が溶けて水になって、濡れざらめの状態が維持された。
 そして、17日、雨、または湿った雪で降り出し、その後気温が下がってどんどん雪が積もっていった。不安定な濡れざらめの上に分厚く重い新雪が乗っかった雪崩の危険が高い状態が出来上がったわけである。そして、そこに人が入って面発生乾雪表層雪崩を誘発。
 これが、私の仮説である。日本雪崩ネットワーク主催の雪崩安全セミナー「アバランチナイト」では、「急激な気象現象が起こったときには要注意」と言われている。今回は、雨とその後の雪がそれに当たる。現地調査の報告が待ち遠しい。
 また、長野県白馬村のスキー場「Hakuba47」から17日に入山したまま連絡が途絶えているスキー登山のグループは21日現在、まだ見つかっていない。本当に心配だ。

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2015/01/13

今年の初乗り

 通勤で15㎞ほど。路面に雪解け水が流れているところがあるので、泥除けがいるね。
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2015/01/11

碇高原の季節がやってきた

 正月の雪は解けてしまったみたい。雪は少なめ。もっと降れ降れ。
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続、神楽ヶ峰の遭難事故について

 救助後の記者会見の映像が報道されたため、ネットでは画像付で話題にされてしまっている。髪型が奇抜だったり(帽子かと思った)、泣きながら話す様子が去年話題になった記者会見を連想させてしまったり、揶揄する内容のものも多数みられる。
 4日、朝8時50分に救助され、7時間後の16時前にはインターネットで記者会見の様子を含めたニュースが報じられていた。現場からの搬送、病院での診察と怪我(凍傷)の手当て、警察での事情聴取、そして記者会見。なかなかハードスケジュールではないか。常識的に考えて、食事は摂っただろうけど、ゆっくり休む時間などなかっただろう(眠れる精神状態だったかどうかはわからないが)。二晩ろくに寝ていない体には大変だっただろう。
 記者会見に応じるかどうかは任意だと思われる。おそらく本人の意向、それもその内容から誠意として応じたものと思われる。しかし、その映像が、揶揄の材料に使うやつらがいるというのは、情けない話である。

 救助現場で隊員が罵る場面を収録したニュース映像がYOUTUBEで見らる。発信者は、TBS。私が、そのシーンをTVで見たのも、TBS系列のニュース番組だった。
  https://www.youtube.com/watch?v=O2YEh6im2W8
 改めてこの映像を見ると、「コース外に立ち入るには登山届が必要」と字幕と音声で伝えられている。前の記事でも述べたが、正しくは登山届提出は「任意」である。
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 さらに、一週間分(今回は年末年始の休暇を含めてやや期間が長め)の出来事を扱う週末のニュース番組では、上記の映像から、届け出をしたと嘘をついたという告白した部分や、救助隊の罵倒部分を残し、持参した装備で雪洞を掘って二晩をしのいだことを説明する部分をカットした編集がされて放送されていた。しかも、登山届提出については「必要」から「義務」と強められていた。繰り返すが「任意」である。
 雪山登山を悪いことと印象付けようという意図を感じる編集だ。

 ところで、今回あちこちで言われている「コース外」という言葉だが、どうも誤解があるように思われる。一言で「コース外」と言っても、それには種類があるのだ。
 一つ目は、スキー場内の進入禁止区域。地形や雪の状態、整備の状況等で、スキー場が判断して侵入を制限している。
 二つ目は、スキー場の外に出ること。
 今回の神楽ヶ峰の事象は、後者で起こったことである。外に出てからのことに対しては、スキー場が決めた場内ルールに違反したとは言えない。
 ただし、届け出をしたと嘘をついたことは、いくら提出は任意とはいえ、スキー場との信頼関係を失うものであるし、今回は世間一般に対し当事者のみならずスキー登山、スノボ登山を楽しむ人々の信用を損なうものとなってしまった。

 前出のニュース映像にはGoogleEarthの画像に遭難場所の概略が示された映像が出てくるが、それを見ても報道関係者の認識不足がうかがえる。神楽ヶ峰の頂から、彼らが目指していたスキー場に戻る中尾根でなく、誤った方向に滑ったことを「コース外滑走」と言っているのだ。山頂がスキー場外であることすらわからないで映像を作ったのだろうか。
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 まあ、要するに世間一般にはこの程度の認識しかされていないのである。とにかく、危険行為をする悪者なのである。われわれとは、決して折り合わない。

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2015/01/07

神楽ヶ峰の遭難事故について

 この年末年始も雪山での遭難事故のニュースが世間を騒がせた。
 中でも印象的だったのが、新潟県の神楽ヶ峰でのスノーボーダーの遭難のニュース。

 40代の男女3人のスノーボーダーが、2日朝かぐらスキー場の宿をでてスキー場のゲレンデ最上部から神楽ヶ峰に登頂し、滑走しようとして道に迷った。ちなみに、登山届を提出しておらず、ゲレンデ最上部に常駐するパトロール隊員には「登山届けを提出している」と偽ってスキー場外に出たとのこと。持参していた登山用の携帯スコップで掘った雪洞で二晩を過ごし、4日午前、捜索のヘリコプターににより発見、救助された。

 情報源NHKWebNews http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150104/t10014422961000.html
 3人とも軽い凍傷とのことで、病院で治療を受けた後に警察署で記者会見が行われ、その映像がTVやインターネットで流された。

 同じようにスキー登山で雪山に入る身として、とにかく生還されたことは良かった。そして、人命救助に尽力された新潟県警の方々にも頭が下がる。

 しかし、心配なのは雪山に入ることが、また非難の対象になってしまうことである。
 よくわかっていない短絡的で無責任な個人ネットユーザーによる批判は読み流していいとして、TVのニュース番組等でも遭難した人に批判的な編集が一部でなされていたように感じた。それは、まさに現場で救助されているときの映像(体に小型カメラを見に付けて撮影しながら作業を行っている)で、県警の救助隊員が当事者に対して「コース外滑走なんかしたら駄目じゃないですか。こっちも命がけなんだぞ。なにを考えているんだ」と怒鳴りつけているシーンが流された。
 前後の文脈はなくそこだけを断片的に挿入されたシーンなので、スノーボーダーがとても悪いことを犯してしまったような印象を受ける人もいるかもしれない。
 ちなみに、登山届を提出している、していないにかかわらず、雪山に入ることを制限する法律等はない。地域によっては自治体により条例で定められているが、この神楽ヶ峰では登山届の提出は任意である。そして自己責任で雪山に入山することも個人の自由である。つまり、登山届の提出も入山の制限も、スキーパトロール隊員や警察の救助隊員であろうと強制できるものではない。スキー場以外の登山口から入山するのと同様である。
 ただし、自力で生還できなければ行動の自己責任は破綻。その責任を肩代わりしてくれている救助隊員からの注意が、強い口調になることは間違ったことではないと思う。しかし、それは当事者同志の中で行われればいいこと。一部の言葉だけを切り取って報道することは、誤解を生じかねない。

 インターネットの掲示板のまとめサイトを見てみると、「雪山遭難=無謀・軽率」という頭ごなしの批判や、40代という年齢、髪型を揶揄する内容の書き込みも見られたが、記者会見で言い逃れをせずにひたすら反省とお詫びに徹する姿勢を好意的に捉える意見もあった。

 実際、ビバーク(不時野営)で二晩を耐えしのぎ、救助されたその日に(丸二日ろくに寝ていない状況で)3人そろって記者会見に応じていたのだから、肉体的にも精神的にも比較的強い人たちだったといえるのではなかろうか。それに、最上部のリフトが動いたので急遽入山した、とのことだったが、装備や雪山技術の面での少なくとも最低限の備えはあったといえるのではなかろうか。記者会見では「雪山の恐ろしさがやっとわかった」と反省していたが、元々わかっていたからこそ生き延びたのだと思う。

 かぐらスキー場から神楽ヶ峰へは、2006年の5月の連休にスキー登山したことがある(もう9年も経つのだ)。圧雪ザラメの歩きやすい状態だったので、1日に2回登頂し短いコースと比較的長いコースの2本を滑った。お手軽コースと言うわけである。その日はたくさんの人が登頂していた。
 この1月2日にも、30人ほどが入山していたという。無事に戻ってくることができたかどうかで、大きく明暗が分かれるわけである。

 まあでも、遭難なんてろくなことはない。先日のアバランチナイトでもいわれていたとおり、雪山に行く人間と、そうでない人間との間で、考えは折り合わない。厳しい意見をあびせられることも仕方ないこと。
 それに、当事者だけでなく、その地域に対する風評にも影響する。例えば「遭難の多い山」などという不名誉な形容をされてしまう。そして、同じことを楽しむ同志も厳しい目で見られ、条例等で活動が規制されてしまう可能性も出てくる。
 明日はわが身。気をつけなければならない。

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2015/01/01

正月早々

 大雪警報だよ。
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 夕方、玄関先の積雪は、26cm。
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