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2013/04/25

まだまだ滑れる扇ノ山

 4月も半ばを過ぎ中国山地東部におけるスキーシーズンはほぼ終わりとなった。そんな状態で、孤軍奮闘しているのが扇ノ山である。大山よりも400m、氷ノ山よりも200m標高が低いにも関わらず、雪の量は最も多い。残雪の多い年ならば、ゴールデンウィーク直前にようやくアプローチ道路の除雪が整いスキーシーズンが始まる。
 今年は、雪の量がやや少な目で、雪解けが異常に早かったため、4月初めから上山高原への道路が開通し、扇ノ山への日帰りスキー登山が楽にできるようになった。
 4月23日、今シーズン2度目の扇ノ山を目指す。1度目の12日から中10日。かなり雪解けが進んでいることだろう。大ヅッコの北斜面は間違いなく滑れるはずが、大ヅッコの東斜面は無理だろう。山頂の東斜面はどうだろうか。そんなことを思いながら、上山高原に正午過ぎに到着。すると、除雪がさらに延長されているではないか。そういえば、上山高原に置かれていた除雪車が見えない。というわけでさらにクルマを進める。除雪は、小ヅッコ登山口よりも先までのびていて、これで2.4kmの車道歩きの必要がなくなった。ちなみに、下山後に視察したところ除雪は鳥取県側まで続いていて、「水とのふれあい広場」で河合谷牧場からの除雪と合流していた。つまり、鳥取県側と兵庫県側の通り抜けができるわけだ。扇ノ山には10年以上の間、毎年訪れているが、この時期にこの区間が除雪されているのは初めてのことだ。上山高原から先は、6月頃の雪解けまでほったらかしというのが普通。稀に、ゴールデンウィークが終わってもうほとんど解けたときに、日当たりの悪いの数カ所で道路をふさぐ雪を除去する程度の除雪が行われることがあった程度。それが今年は、まだまだ雪深い時期である。ショウブ池の辺りなど、日当たりのいい場所ではすでに雪はなくなっていたものの、一番高いところでは2メートルを遙かに超える壁による雪の回廊ができている。除雪には手間がかかっただろう。壁にはその手間の痕跡が見られる。いつ除雪されたのだろう。路面にうっすら新雪が積もった箇所がある。前日から今朝にかけては降っていないから、その前の平日というと、先週だ。また、通り抜けができるため、行きと帰りに一台ずつ対向車に出会った。往路では、狭く曲がりくねった回廊で対向車と出会ったため、離合に苦労した。
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 さて、前回訪れてからの中10日の間に、平野部で最高気温が28度を超える日があったものの、直近の数日は寒の戻りで気温の低い日が続いていた。そのため、山ではうっすらとではあるが新たに雪が積もっていて、思いの外雪解けは進んでいなかった。
 12:40、小ヅッコ登山口をスタート。標高1060m。空は曇天。天気は下り坂。空気は温い。登山口からのしばらくは、小さな木が雪に上に現れ身を起こして藪の気配が濃くなっている。板は装着せずに歩く。ザックにつけると、板のトップが木の枝に引っかかるので、肩に担いで歩く方がいい。前回に続いて新雪を踏んで歩くが、今回は降っていない日を一日経過しているので、鮮度は落ちている。雪面にはたくさんの足跡。新雪の上についているので、昨日今日のものだろう。スキーのトレースも見られる。
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 河合谷からの登山道との合流点を越えた辺りから板を装着し、ステップソールを効かせて登っていく。実はこの辺りまでは雪が解けていることも考えられたのだが、まだ雪の上を歩けることがうれしい誤算だ。山頂東斜面もきっと滑れることだろう。
 人の声が聞こえたので周囲を見回すと、大根畑の方に人影が見えた。小ヅッコ登山口には私以外のクルマはないので、河合谷登山口からの入山だろう。藪を避けて畑を歩いているようだ。
 大ヅッコが近づく。ブナの疎林の緩斜面。まだまだ十分滑れる。おそらくゴールデンウィーク中は大丈夫だろう。さらに登って、大ヅッコの東斜面。ちょっと細かい木々の藪が出ているが、笹はまだなので何とか滑れそうだ。この辺りでは、木の枝から落ちた樹氷の死骸を踏んで歩く。
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 大ヅッコからは東の展望が開けた。畑ヶ平、広留野の畑作地、仏ノ尾と青ヶ丸、その向こうの鉢伏山。前回より白さが減っている。香住の三川山越しに、丹後の依遅ヶ尾山が見えた。この時期、晴れれば香住が出ることが多いので、むしろこの日のような曇天の方が遠くが見える場合がある。歩き始めはうっすら汗をかくほどだったが、大ヅッコのピークや山頂辺りは風が強く吹いて、体感温度が下がりちょうどいいくらい。
 山頂との鞍部との下りは、南斜面になるので雪が解けていた。板を外して登山道の丸太で組まれた階段を下る。が、すぐにまた雪に覆われた斜面となる。板を付けて滑り降りる。鞍部を越えて山頂に登り返す。北斜面は一面の雪原だ。
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 山頂手前の展望テラスからは、西が開ける。鳥取市街や湖山池が見える。稜線が白い山が見えたので大山かと思ったが、山容に鋭さがない。那岐山だった。西から天候が悪化しているので、大山までは見えないようだ。
 15:10、山頂到着。避難小屋の周囲の雪の壁は、50㎝位で前回の3分の1くらい。氷ノ山も、東山も前回よりも雪解けが進んで黒さが増した。
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 山頂東斜面は十分滑れる。まずはザックをおろして一本滑り降りる。ゆるんだザラメの上に湿った新雪。板を取られるが、でもいい斜面だ。さすがに前回より灌木の藪が増している。賞味期限はあと数日か。山頂に登り返して、今度はザックを背負ってドロップ。日本目を楽しんだら、そのまま大ヅッコとの鞍部にトラバース。
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 大ヅッコに登り返し、遠くの景色が霞んでいることに気づいたらすぐに雨粒が顔に当たり始めた。西の空は、かなり黒い。天候悪化に加え、やや灌木の藪が増していることもあるので、大ヅッコ東斜面への滑り込みは控えめにして北斜面にトラバース。山頂東斜面は林間なのに対し、大ヅッコ東斜面は大きな木はなく展望が開けてダイナミックに滑れるが、その分雪解けは早め。しかし、北斜面に回り込めば、緩斜面のため積雪量は多く、北向きで林間で日射が少なく長く雪が残る。下手をすると、雪解けでシーズンが終わる前に、ブナの芽吹きによって落ちた殻が雪面に散らばって滑れなくなることもあるくらいだ。この日は、まだまだ快適に滑れる。ストックにカメラをつけて自分撮りしながら滑る。雨は本降りにはならず、たまに小雨がぱらつく程度。
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 その後平坦な区間を過ぎ、ツボ足で登った藪の濃い斜面へ。下りでもつぼ足の方が楽かなという気もするくらいだったが、下りではできるだけ滑りたい。だましだまし藪を縫って滑っていく。天気が悪いのが幸いして、気温が高いので雪はクラストせず、柔らかい状態でスキーの操作がしやすい。結局最後まで滑り降りることができた。予想に反して、ずいぶん滑ることができた。それも快適に。嬉しい誤算だ。16:50、小ヅッコ登山口に到着。
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 クルマにスキーを積みこんだら、鳥取県側の「水とのふれあい広場」まで雪の回廊の視察をしてから帰路に就く。この山のスキーシーズンはまだ終わらない。次は5月、藪の雪が解けてしまった頃に来よう。大ヅッコの北斜面で最後の滑りを楽しむために。

4月30日追記
 4月29日の時点で、河合谷牧場から「水とのふれあい広場」への道路は、途中までしか除雪されていない。「水とのふれあい広場」まで、1時間ほどの歩きが必要な様子。「水とのふれあい広場」付近では路面の雪が解けていたので、もう除雪されているものと思いこんでいた。
 相変わらず雪解けのペースは遅く、5月上旬、少なくとも大ヅッコ北斜面では、スキーができる見込み。

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2013/04/18

丹波の弥十郎ヶ嶽をMTBで縦走

 北摂の周辺エリア、丹波篠山の南部の弥十郎ヶ嶽。北摂の山に通うときにはその登山口を横目に通り過ぎていた。21年前に発行された「関西MTBツーリングブック」には、弥十郎ヶ嶽も紹介されている。というわけで、それが本日のターゲット。
 昼過ぎに、篠山市後川に到着。日差しが強く、暑いくらいだ。日本海側ではフェーン現象のため夏日となることが予想されている。
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 13:30、後川をスタート。標高370m。動物除けのゲートを越えて竹沢林道を登る。谷が二股に分かれたところの林道のヘアピンカーブの先端から登山道が始まっている。杉林の中、沢に絡むように登山道が延びている。橋があったり、飛び石で渡渉したりするところが現れる。濡れた石が滑りそうなので慎重に足を置くが、予想以上につるつるでMTBを担いだまま転倒。膝から下が濡れてしまった。でも、この気温と湿度ならすぐ乾くだろう、と思ったら本当にすぐに乾いてしまった。
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 沢は滝となって、それに伴い登山道も急勾配に。MTBを担いで岩場を登る。息が切れる。滝の上に乗り上げれば、また緩やかな道となる。ただし、杉の植林の中の道のため、払われた枝が大量に散らばっていてMTBを押して進むのにも一苦労。
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 進んでいくと道がわからなくなった。GPSレシーバーに入力してきたルートからはほとんどはずれていないし、赤いテープのマーキングも見られる。とにかく谷を詰めたら尾根に乗り上げればいいのであまり気にせずに進む。ところが、尾根へのとりつきが壁のような急勾配。足場がなく空荷でも大変なのに、MTBを押したり担いだりしながらでは相当な苦行である。見上げれば尾根はそこに見えているのだが、なかなか到達しない。かなりの時間を費やして、ようやく稜線に出た。
 家に帰ってから調べてみたら、途中から正規ルートの谷より東側の谷に入り込んでしまったようだ。GPSレシーバーに入力したルート作成に参考にした、昭文社の「山と高原地図」に記されている登山ルートが間違っていたようだ。GPSレシーバーだけを頼りにしないで、もっと辺りをよく見るべきだった。とはいえ、マーキングが間違える人も多いことを示している。
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 尾根の道に出たらスムーズに進めるようになる。路岩を越えてジャンクションピークからは乗車もできるようになる。
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 16:10、山頂到着。標高715m。登山口から山頂まで、通常1時間余りのコースになんと2時間半以上費やした。山頂は東から北東の展望が開けていた。北東には篠山盆地東部の広がりが見えるが、濃い霞でぼんやりしている。
 下山中は動画を撮影しようとカメラを探すが、ない。出発準備の時に確かに手に取ったはずなのだが。何となく嫌な感じだ。クルマの中に忘れてしまったということであってほしい。
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 16:30、何はともあれ下山開始。いきなりジャンクションピークまで楽しい下り。道標のある分岐で「篭坊温泉」と記された左手の道へ。いきなり急な下りで乗車不能だが、鞍部近くまで下ると気持ちよく乗れる。登り返しはMTBを押し、ピークを越えたらまた乗車。それを繰り返しながら南東方向に尾根を進む。なかなか楽しい。林の中なので余り実感はないが、両側が急斜面の割と細い尾根のようだ。「ハハカベ山」と刻まれた石碑を過ぎると、西側に尾根道に沿ってネットが張られ、その向こうにダブルトラックがのぞく。地図にないダブルトラックだ。
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 やがて南東に向かっていた尾根は鋭角的にカーブして北東を目指す。すると、17:10、登山道の分岐点に出た。標高622m。尾根を直進すれば「たんば農文塾コース」で原峠方面へ。私は、南側の谷に下りて篭坊温泉方面を目指す道をとる。急な下りが始まるかと思ったが、いきなり浅い谷を緩やかに下る、快適乗車の道。そのうち急な区間や、ガレた区間が現れて、押しの場面が出てくる。実は登りの急な壁のような場面が現れるのではないかと恐れていたのだが、そこまで苦労することはなかった。ただ、谷のルートなので、近年の豪雨の影響だろう、時々ガレて道が不明瞭なところがあった。
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 最後は杉林の中のダブルトラックほどの幅のある道となった。快適に走れそうなのだが、沢山の倒木が通せんぼしているのを越えなければならないのが惜しい。17:35、車道に出た。標高417m。
 壁を登っているときの「もう二度と来ない」という気持ちをを覆すほど楽しい下りだった。登りも正規ルートをとればそんなに大変ではない。いつかもう一度来て、リベンジしよう。、
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 17:40、車道を後川へ。下りなので、山間から田園風景へ早送りで景色が変わっていく。山には山桜、郷には残り花でいい雰囲気。17:55、駐車地に戻ったらすぐにクルマのルーフを見る。やはり、屋根の上にカメラを置きっ放しだ。ルーフキャリアの支柱に隠れるように、しかも色も同じ黒だったのが幸いしたようで、無事だった。本日の全行程は、11.6km。

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2013/04/16

扇ノ山で春の新雪を滑る

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 4月12日、正午過ぎに新温泉町の上山高原に到着。ふつうなら4月中旬、残雪の多い年なら4月下旬にならないと除雪されないのだが、今年はなんと4月1日に上山高原までの町道が開通した。寡雪だった2010年以来の早い開通だ。今年は、3月の気温が高く雪解けが凄まじい勢いで進んだのと、このエリアは積雪の絶対量も平年よりも少な目だったようだ。
 実際、道路脇の雪の量もかなり少ない。除雪作業も比較的楽だっただろう。日当たりのよい上山高原は一度はすべての雪が解けたと思われるが、4月8日頃からの寒の戻りでまたうっすらと白くなっている。それどころか、上山高原に着いたらちらちらと雪が降ってきた。仏ノ尾が霞んでいる。まあ、大降りはしないだろうし、雨よりはいい、と準備をして出発。
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 12:36、除雪の限界点からスキー板を付けて歩く。標高916m。急な登りはないのでステップソールで十分だろう。シールはクルマに置いてある。まずは、1時間ちょっとの車道歩きだ。この数日の雪で一面白くなっているが、根雪はすでにかなり解けていて、ショウブ池の辺りや小ヅッコ登山口手前など、何度か板をはずす。また、ショウブ池自体も凍結はなく、すでに青々とした水面が風により細かく波打っていて、すっかり初夏の様相。前方に見えてきた大ヅッコや山頂も林が黒々としていて、滑りの有効期限が近づいていることを感じさせる。
 雪面にはスキーの往復分のトレースが見られる。まだ割と新しい、今朝のものか。あるいは、昨夜は積ほど振っていないだろうから、昨日のものである可能性もある。新雪が今より分厚かったようで、ずっと滑って下山している。
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 13:55、小ヅッコ登山口。標高1080m。小ヅッコ登山口付近では、新雪が5~10cm程積もっていた。雪はいつしか止んでいる。先人のスキーの後は、小ヅッコ小屋で折り返しているようだった。せっかくここまで来て止めるとは。もし前日であれば、天気が悪かったのかも知れない。ガスと降雪の中、車道歩きで心が折れたのかも知れない。勝手な想像だが。
 小ヅッコ小屋を越えて河合谷登山口からの道と合流するまでは、細かい木々が多い。この冬は埋まりきらなかったのかも知れない。復路で滑るのに苦戦しそうだ。
 小ヅッコを越えると、一本一本が大きなブナ林となり、木々の間隔も疎らになる。いつも最後まで滑れる大ヅッコの北斜面は、まだしばらくは大丈夫そうだ。大ヅッコを越え、山頂との鞍部に下る。シールがないのでこういうアップダウンには適しているが、しかしここの下りは林が濃すぎてへっぴり腰の滑りとなる。鞍部を越えたら山頂への最後の登りとなる。
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 15:52、山頂に到着。標高1309m。積雪は、140~150cmくらいだろうか。ブナの根あけのように、山頂避難小屋の周囲だけ雪が解けていて、その壁にスキー板を当てて写真を撮るのを恒例としている。新雪は、深いところで20cm程あった。
 南方向に氷ノ山はうっすらと見え、山頂にガスがかかったり晴れたりしている状態。三室山や後山などはさらにおぼろげな姿。大山は無理。
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 摺り足でステップソールに張り付いた湿った雪を剥がしてから、東斜面にドロップ。雪は重いが、ブナの疎林の程良い勾配で楽しい。登り返してもう一本。またもステップソールの威力を発揮。2本目はそのまま北方向、大ヅッコとの鞍部に向かってトラバースして下山を始める。大ヅッコに登り返せば、あとは下る一方。大ヅッコの東斜面がまだ滑れるのでそちらにドロップ。立木がほとんどないので、景色が開ける。仏ノ尾や青ヶ丸。そして、それらに抱かれた広留野や畑ヶ平の大根畑は新雪で真っ白だ。仏ノ尾の向こうに鉢伏山が見える。ハチ北高原スキー場の最上部北壁の雪はほとんど解け、その下のパノラマゲレンデはまだ白さが残っている。雪の多い年ならまだ営業していることもある時期だが、今年はすでに半月前にクローズ。また、他に三川山、蘇武岳、妙見山の但馬中央山脈も見えていて、南側よりも見通しが利くようだ。
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 登り返しがいやなので、余りしたまで滑らないで小ヅッコ方面にトラバースして稜線に戻る。大ヅッコの北側斜面は、北向きの林間の緩斜面なので雪の多い年なら5月下旬でもスキーができる。今年も、4月いっぱいは大丈夫だろう。
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 それを越えると平坦になり、歩きながら滑る。小ヅッコを越えると藪に苦戦。一端ゆるんだ新雪が夕方になってクラストしていて、さらに大苦戦。転倒してしまった。
 ザラメならば快適に滑れる車道も、重い雪が抵抗となって歩きながらの滑り。もう少し解ければ、車道の半分くらい自転車を使うことができるのだが。18:30、上山高原へ。下山開始が16:45頃だった。本日全行程は12.3km。
 というわけで、早くもスキーシーズン終わろうとする中、思わぬ新雪、そして寒さと雪のちらつきという冬の雰囲気を感じさせてくれたこの日の山行きだった。
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2013/04/15

カタクリが咲いていた

 4月5日夕方、家の近くの山にカタクリを見に行った。もう咲いていた。去年や一昨年よりも10日以上早い。

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2013/04/09

次の冬の新雪が待ち遠しい

 福島に出かける前と、福島での旅の途中にそれぞれヤフオクに入札していたスキー板とビンディングが4月6日に同時に届いた。どちらも入札は1件のみ、開始価格での落札。板は、長さ177cm、ディメンジョン132-100-123のファットスキー。新雪専用で使う予定。写真はK2の板と太さを比べてみた様子。ビンディングはまだつけていない。
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■4月2日、福島市で畑と店のお手伝い

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 3月31日、日中のボランティア活動を終えて、氷雨の降る南相馬を後にし、飯舘、川俣と経由して福島市郊外の知人宅へ。たまたまこの日は、他にも来客があって、にぎやかな夜を過ごした。
 翌4月1日は、ひとりで会津へお出かけ。そして、2日は、福島市内の自然食品店のお手伝い。まずは、開店前にネギの収穫。雨の予報だったが、小雨が時折降る程度。店は、月曜(前日)が定休で火曜日(この日)が品物の入荷日と言うことで、午前中はあわただしく品出し作業。それが終わったら、軽トラックと乗用車を冬タイヤからノーマルタイヤへ交換。午後は、朝収穫したネギの表面の薄皮を向く作業。明日、農協の販売所に出荷するそうだ。
 二泊させてもらったお礼奉公を終え、15時半頃に帰路に就く。


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■4月1日、奥会津博士山スキー登山(雪解けにより途中撤退)

 土湯温泉に近い標高400mの地は、名残雪で一面白くなっていた。快晴の空から日差しが降り注ぎ、白さが輝いている。土湯峠を越えて会津を目指す。吾妻連峰や安達太良山がきれいだ。土湯峠は、テカテカに凍り付いていて怖い。徐行運転。
 視界不良のため29日に断念した磐梯山を狙っているのだが、どうも昨日と一昨日のボランティア活動の疲労が残っている。氷結した急斜面があるため危険だ。ちょうど一年前の今日、安達太良山に登ったが、山頂付近は凍っていて滑りを楽しむどころではなかった。比較的勾配が緩やかな安達太良山でそうなのだから、急勾配の斜面がある磐梯山ではかなり厳しい。それに昨日でスキー場が営業を終えたため、リフトが利用できず登りの負担が増す。ということで、やっぱり磐梯山はあきらめることにする。
 もう一つ用意していたのが、奥会津の博士山。会津盆地を横断し、広域農道で新鶴村から柳津町へ。山間部の田園地帯は、非常にのどか。雪深い山村も徐々に雪が解け、北国の春といった感じ。雪解け水を流す川は水量が多い。
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 柳津町の最南部、昭和村、美郷町(旧会津高田町)と三町村の境をなす博士山。山の南側には、昭和村と美郷町をつなぐ博士峠があり、12年前には自転車でこの峠を越えたことがある。博士という名前が印象深い。
 積雪期の入山口、下平の集落に近い田んぼの中の祠の辺りにクルマを止める。とりつく尾根を見るが、雪解けがかなり進んでいるようだ。
 スキーにシールを貼って歩き始める。いきなり尾根にとりつくのではなく、尾根の南の谷のダブルトラックを進んでいく。しばらくいって尾根にとりつく。杉林が濃く、しかも急斜面。スキーアイゼンが有効だ。しかし、ここは滑って下れないだろう。この山を紹介している資料では、下りは一つ北の尾根を滑るように記述されているのでそうするつもりなのだが…。
 かなり苦労して尾根に乗り上げた。ここからはブナ林だ。下ろうと思っている尾根が見えた。一応全面雪に覆われているのだが、ブナ林が根開けをし、細かい木が雪から身を起こしていて、コース取りに苦戦しそうだ。さらに、谷の様子が見えないが、下手をすると渡渉をしなければならないかも知れない。苦労ばかりが思い浮かび、楽しむ様子がイメージできない。また、これから進んで行くべき尾根を見ても、林が濃くやっぱり負のイメージにおそわれる。尾根を少し登ったところで、心が折れた。もう少し雪が解ける前に来ないといけないというわけだ。
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 シールをはずし、少し尾根沿いを滑る。そして、板を外してザックに固定して、杉林の急斜面を下る。勾配が緩くなったらスキーを着けて滑り出す。ダブルトラックを下って、あっという間にクルマに戻った。
 標高差は200mほど。昨日までの分も含めて、どっと疲れが出た。
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 もう福島市に戻ろう。往復200kmのドライブだ。快晴で、飯豊山や磐梯山がよく見えた。朝は凍結していた土湯峠も、もうすっかり路面はドライ。吾妻連峰の吾妻小富士は、今朝の雪が解けて茶色くなっていた。
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■3月31日、南相馬市小高区で休耕田ソーラーシェアリング発電所の発電パネル設置

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 この日は、NPO法人が運営する「南相馬市ボランティア活動センター」の募集するボランティアとしての活動。集合は、小高区役所。こちらは、原町区に宿泊所も設置し、団体を受け入れ毎日活動しているようだ。今日は団体だけでなく、個人ボランティアも受け入れている。あいにくの雨または雪の予報で、阿武隈高地の飯舘村では小雪が待っていたが、ボランティアセンターでは雨や雪は小康状態。ただし寒い。こちらでは、少々の雨や雪でも屋外での活動をするとのこと。前日の、社会福祉協議会の方より集合は30分早い8時半。センターから現場へは近く、前日より1時間ほど長く活動できる。
 マッチングと班分けをして、現場に移動。この日は、原発から11km地点の農家。家の前の田んぼに、太陽光発電のパネルを設置する作業。家主のお父さんと、設置業者の男性が迎えてくれた。基本的には、屋根の上にソーラーパネルを設置するのと同じで、発電した電気を電力会社に売る仕組みだ。これを農地でやるわけだが、「ソーラーシェアリング」といってパネルを2m程の高さに疎らに設置し、3分の2ほどの割合で地面にも日光が届くようにして、日照が比較的少な目でも生育可能な品種で営農を品柄太陽光発電もする試み。この春、農地の転用に関わる法律などが整い、今まさに脚光を浴びつつある(!?)仕組みのようだ。お父さん曰く、「どうせ田んぼでは米は作れないのだから」とのこと。原発の影響を受けた福島では初めての試みで、完成したら「福島ソーラーシェアリング一号発電所」と言う看板を掲げる予定とのことで、その看板の裏にボランティアで設置に関わったメンバーの名前の寄せ書きがされている。2000平方メートルの田んぼに200枚のパネルを設置し、50~100kWの出力を見込んでいるとのこと。
 参考までに、屋根などに設置する家庭用の太陽光発電システムの出力は、3~5kWくらいのものが一般的なようだ。一般家庭が使用する平均年間消費電力量は約5,500kWh(財団法人省エネルギーセンターHPデータ総合エネルギー統計 平成15年度版[平成12年国勢調査ベース])とされていることから計算すると、50~100kWだと1時間辺り一般家庭3~6日分の電力を発電できる計算だ。もう一つ参考までに述べると、先日支柱が折れて頭が地面に落ちてしまった京都府丹後半島の太鼓山風力発電所の風車一機の出力は、7500kWとのこと。
 設置作業を始めてから5日目くらいのようで、支柱が組み上がってパネルをその上に乗せ始めている段階。太陽光発電パネルは畳一枚分よりもやや小さいくらいで、重さは15~20kgくらいだろうか。一人で持ち上げることはできないので2~3人で持ち上げる。また、支柱に固定するためのステー(金具)をつける作業も必要で、半分くらいはそちらの作業に割り当てられた。
 午前中は大方曇りで、時々小雪がちらちらと舞う天気。けれども、パネルを持ち上げる力仕事をしていたので、汗ばむくらいだった。午後になって雨が断続的に降り出し、むしろ濡れる分だけ午後の方が寒く感じられた。
 海からは3kmほど離れたところであるが、太陽光パネルを設置している田んぼまで津波がやってきたそうだ。その田んぼと道を挟んだ家屋は、ぎりぎり津波の浸水はなかったそうだ。とはいえ、原発事故から丸1年は家に戻ることができず、現在でも日中の一時帰宅しか許されていない。
 水道は復旧していないが、こちらの家にも地下水があって、手を洗うことができた。検査では飲めないほどの放射線量は検出されなかったものの、地域として飲用は制限されているとのこと。ただし、電気は復旧しているのでペットボトルで売られていた水をわかして、暖かいものを頂くことができた。
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 南相馬市と浪江町の市町境の辺りが原発から10km。警戒区域のゲートが設置され警官が数名常駐していた。浪江町には、入ることができない。ただし、それは3月31日までのことで、4月1日より警戒区域の見直しにより避難指示解除準備区域となり日中の一時帰宅ができるようになる。
 残念ながらいろいろと予定やらやりたいことがあって、31日夕方には浜通りを後にして福島市内へと移動してしまったので、浪江町の様子を見ることはできなかった。今にして思えば、何とかして解除された直後の旧警戒区域を見ておけばよかったと後悔した。
 ちなみに、原発から20km地点の避難指示解除準備区域の境目でも周囲の景色は一変する。避難指示解除準備区域に入れば、営業している店はなくなり、自動車の通行は激減、周囲の田んぼにはがれきや津波で流されたクルマが散乱している。その一方で、電柱や電線は張り直され、道路脇の柵も設置し直され、地震で痛んだ路面の凹凸やひび割れなども補修されているようで、つまり「避難指示解除準備」がされていることも感じられた。

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■3月30日、南相馬市小高区で住宅周囲の瓦礫撤去および屋内の片づけ

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 この日は、市の社会福祉協議会主催による「南相馬市災害復興復旧ボランティアセンター」が募集したボランティアとしての活動。金土日が活動日だが、依頼の件数や依頼者の都合により今週は土曜日、つまりこの日のみ。集合は南相馬市の鹿島区役所。ここで班分け及びマッチング。そして、現場へ移動。
 2006年1月1日に、鹿島町、原町市、小高町の3市町が合併して南相馬市となった。合併前の旧市町がそのまま区となっている。鹿島区は南相馬市の北部に位置し、作業現場は市の南部の小高区。距離は20km余りだが、南相馬の中心街で信号機や交通量の多い原町を通ったり、途中のコンビニで昼の食料を買ったり、現場のお宅を探したりで、クルマでの移動に45分ほどかかる。
 原町区の南部に道路脇にパトカーと警官が常駐しているところがあり、ここから南が「避難指示解除準備区域」。原町区の一部、そして小高区はまるまるその中にはいる。「解除準備」ということは、まだ解除されていないわけで、道路の通行や一時帰宅など日中の立ち入りはできるが夜の寝泊まりはできない。営農や営林、製造や販売などの一部を許されているが、実際には稲など食用のものは作れないし、作っても売れない。また、住むことに関しては「居住制限区域」と同じ扱いである。
 我々の班、8名の依頼先は、小高区の福島第一原発からの距離16km地点、海を見下ろす小高い丘にあるお宅。人なつこいお母さん(おばあちゃん)が迎えてくれた。
 小高い丘にあったお陰で家画が流されはしなかったものの、津波は家まで到達したようで一階の畳は上げられた状態。家の内外の片づけが依頼されたお仕事。ここのお母さんは、家の周りの畑で作物を作り、花を育て、漬け物を漬け、もちろん田んぼで稲作もして年中忙しく過ごしていたそうだ。また、家の前の広い庭では、子どもや孫、あるいは近所の人を集めてバーベキューをするのも楽しみだったとのこと。だから、丸太の椅子や「ござ」などもあって、我々も昼食の時にはそれを使わせてもらった。とにかく、この日は天気が良くて、海もきれいで、楽しい一日を過ごすことができた。もちろん、お母さんも楽しそうにされているように見えた。わずかな時間でも、仮設住宅での生活から離れ、自宅で楽しく過ごしてもらえたのであれば、訪れた甲斐があったというものだ。その分、夕方の別れは少し寂しかった。
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 ところで、「避難指示解除準備区域」ということで、ライフラインは徐々に復旧していて、電柱および電線は再建されて電気は復旧していた。しかし、水道はまだで、トイレは近くの仮設のものを利用しないといけない。ただ、地下水が利用できる家があるようで、お母さんの家でも作業で汚れた手を洗うことはできた。
 なお、仮設トイレのところにはモニタリングポストもあって、0.181マイクロシーベルト/h。原発から倍以上離れた、相馬市南部の磯部地区よりも低い。なのに、あちらでは住むことができて、小高では住めない。
 ボランティアセンターで「(活動中の)現場での写真等の撮影は禁止」と言われていたので、作業を終えて、鹿島に戻って解散してから、再び撮影のため小高に走った。その関係で、みさとユースホステルに戻るのに、飯舘村を経由した。
 飯舘村は、ほぼ全村が「居住制限区域」。道路の通行はできるものの「避難指示解除準備区域」よりも制限はきつく「不要不急の立ち入りは控えるように」とのこと。しかしながら、内陸部の中通りと沿岸部の浜通を結ぶ幹線道路である県道12号線が、飯舘村の中心を貫いているため結構クルマが行き交っている。夕暮れの飯舘村を通過したが、家の灯りが全くつかない集落ばかり。若干、自家用車が止まっている家が見られたが、ぎりぎりまで自宅の片づけなどをして過ごしているのかも知れない。村の中心部にある消防署の敷地には、警察の車両が何台も停まっていた。夜間に、とどまっている住人がいないか見回ったり、空き巣狙いなど防犯のためのパトロールをしたりするのだろう。

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■3月29日、相馬市南部から南相馬市鹿島区を自転車で走る

 ボランティア活動開始よりも一日早く到着したのは、スキー登山をしようと思ったから。目当ては、会津磐梯山。しかし、麓まですっぽりガスに覆われている。これでは楽しめないばかりか、爆裂火口の切れ落ちた断崖の脇の氷結したところを歩かねばならず、あまりにも危険。というわけで断念。ああ、ライブカメラで見たら昨日はよく晴れていたのに。
 土湯峠、福島市街を越えて、本日宿泊予定の「みさとユースホステル」のある伊達市霊山町へ。なだらかな阿武隈高地に抱かれた山里は春の花が咲き始め、うっすらと春の日が射して、のんびりムード。自宅からの走行距離は750kmとなった。荒々しい岩山「霊山(りょうぜん)」を麓から眺めたが、まだまだ時間がある。太平洋沿岸に行ってみることにした。

 国道115号線を東に進み、相馬市で太平洋にぶち当たったら県道74号線で南相馬に南下。津波に襲われた海岸沿いは、広大な更地。おそらく集落があったのだろう。ダンプカーが行き交う。南側には火力発電所が、もうもうと煙を上げている。


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 南相馬の北部の海岸の集落跡にクルマを止めて、折り畳み小径車を下す。やっぱりじっくり見るには自転車に限る。

 まずは、津波によって破壊された防波堤に立つ。津波で家が流された後に残ったコンクリートの基礎はほぼ撤去されているようだが、防波堤はまだ津波の爪痕を生々しく残している。荒々しく波が打ち寄せているが風による表面的な波は騒がしいものの、海底からすべての水の運動エネルギー押し寄せる津波の破壊力にははるかに及ばない。相馬側と違って、南相馬側の海岸はダンプがいなくて静か。クルマを止めて辺りを眺めている人もちらほら見られる。
 先ほど車で通ってきた道を自転車で戻る形で海岸を北上。小さな丘を越える。丘の裾野に建っている家は、その形をとどめているが、側壁が大きく破れている。

 小さな丘を越えると、南相馬と相馬の市境の川が流れる小さな平野部。路肩の盛り土はまだ雑草もなく、新たに付け直された雰囲気ががあふれている。そのわきには、消波ブロックあるいは漁礁などが置かれている区域もあり、海岸の補修も徐々に行われつつあるようだ。
 また、クルマで走っているときには気付かなかったが、道路わきに石碑が立ち、その傍にさらに二つの石碑が寝かされていた。津波でなぎ倒されたのだろう。刻印された文字を読めば、神社と干拓の記念碑。辺りをよく見れば、荒野の中、遠くに津波の後に再建されたと見られる小さな祠が見える。それとこの場所は干拓地のようだ。そういえば、相馬には松川浦という入り江と湖のあいのこのような水辺があるが、ここもかつては同じようなものだったのかもしれない。

 先ほどよりも大きな丘陵地帯を超える。小学校があり太陽光パネルで給電し測定した空間放射線量を表示するモニタリングポストが立っていた。数値は0.211マイクロシーベルト/h。この時初めて見たのでこの値は高いのか低いのかわからなかったが、もっと原発に近く避難指示解除準備区域(つまりまだ避難指示は解除されず立ち入りはできるが寝泊りできない)の南相馬市の南部よりも高く、原発からは離れているがやはり避難指示準備区域の飯舘村よりは低い。ちなみに、ここは福島第一原発からの距離が37~38km。福井県の高浜原発から39.9km地点に住んでいる者にとっては他人事ではない。明日は我が身である。
 丘陵地帯を超えるとダンプが行き交う海沿いの更地。県道はきれいに作り直されているが、おそらく集落の中の道だったと思われる枝道の多くは路肩が崩れたり路面が陥没したりしているため、クルマ止めが置かれている。自転車なので、そうした道に入り波打ち際へ。防波堤に花束が手向けられていた。
 ダンプが行き交うエリアには深入りせず、クルマに引き返す。往復で18km程だった。

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 クルマに戻り、霊山町に戻る。みさとユースホステルは、私が止まり始めた20年前の雰囲気を残す宿だった。80代後半の優しいお母さんは、朝早く出発しなければならないので朝食を断ったが、「時間に合わせて早く出すよ」と言ってくれた。こうした古い宿が大きなリニューアルをしないで残っているのには、固定ファンがいることが多い。夕食の時に、この冬NHKで放送された「にっぽん紀行」という番組で、みさとユースホステルが取り上げられたビデオを見せてもらった。すっかり大人になった常連たちと、お母さんとの触れ合いを描いた内容だった。


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福島南相馬でボランティア活動

 東日本大震災から2年が経過した。過去に、岩手県の被災地を3度訪れたが、福島県沿岸の被災地は初めて。初めて震災のボランティア活動をした2011年夏の時点では、事故を起こした原発が現在よりも不安定な状況である福島県沿岸には近寄りがたかった。そうして岩手県を最初に選び、一度訪れると継続してその移り変わりを見たいと思うようになり、結果約半年おきに訪れてきた。しかしながら、1990年代には毎年のように会津を訪れていた。友人が会津に移住しユースホステルを開いたためだが、ほかにも福島県内に住んでいる知人友人が数人いて、毎年福島県に年賀状を5枚ほど書いている。
 岩手県ではボランティア、つまりは素人による瓦礫撤去は終了し(建設業者による建物の撤去などは続いているし、仮設住宅などを回る生活支援でボランティア活動は継続している)、2012以降警戒区域の見直しが行われた福島県の沿岸部でボランティアの受け入れが行われている。
 4月28日夜に京都府北部丹後半島を出発、日本海沿いに北上。敦賀から北陸自動車道に乗って、新潟県の三条燕で降りる。月末で終了する「災害派遣等従事車両」の高速道路無料措置も往路では利用できるのだが、予定は未定の個人ボランティアだし、面倒だったので手続きをしなかった。せめて高速料金がおよそ半額になる深夜割引を利用して、できるだけ利用区間も短くする。三条燕I.C.から県道や3桁国道をを使って、津川辺りから国道49号線。会津から福島県入り。

■3月29日、相馬市南部から南相馬市鹿島区を自転車で走る
 http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2013/04/329-5e9c.html

■3月30日、南相馬市小高区で住宅周囲の瓦礫撤去および屋内の片づけ
 http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2013/04/330-74f6.html

■3月31日、南相馬市小高区で休耕田ソーラーシェアリング発電所の発電パネル設置
 http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2013/04/331-fadc.html

■4月1日、奥会津博士山スキー登山(雪解けにより途中撤退)
 http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2013/04/post-dd00.html

■4月2日、福島市で畑と店のお手伝い
 http://haikai.txt-nifty.com/denhai/2013/04/42-3c56.html

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