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2012/10/28

ふるさとの山「金剛童子山」にMTBで登る

 「弥栄野の東(ひんがし)に立つ金剛の峰の白雲」
 30年前に私が学んだ中学校の校歌の冒頭に歌われる金剛童子山は、京丹後市弥栄町の竹野川流域の平野部を見下ろすどっしりとした山である。子供のころ、「金剛童子が3回白くなると平野部にも雪が積もる」と、初冬の冷え込んだ朝には山を見上げて小学校に通っていた。
 初めて登ったのは、その中学校の遠足。その後、二十歳を過ぎてから1992年秋と、1995年春に登っている。
 金剛童子山の登山のメインルートは、山の南東側、標高450mの味土野集落。数世帯の小さな山間の集落だ。1990年代の2回はいずれもこちらから登っている。
 中学の時には、山の南西側、等楽寺集落から廃村高原を経て登った。しかし、そちらのルートは、登山道の整備が行われず、廃道となっているということだった。
 しかし、1年くらい前に等楽寺集落の登山道入り口に「金剛童子山登山口まで2.5㎞」という新しい看板が立っているの気づいた。そして最近、「金剛童子山を守る会」が登山道を整備した、ということを小耳にはさみ、その会はどういうものかわからないが、事務局の人の連絡先が分かった。問い合わせてみると、味土野側、等楽寺側のどちらのルートもブッシュを刈って、倒木を撤去するなどの整備を行ったとのこと。ただし、等楽寺側の登山道については、昨年の台風で廃村高原までの道が崩れて通行ができなくなったためその奥の道が未整備である、とのこと。一方、味土野側の道は、山頂まで運搬車が通れるような道として整備した、とのこと。
 できれば、等楽寺側から登り、味土野側へ、MTBで周回したい。
 10月22日、午後に休みを取って決行。冬から春先の北摂集中行脚以来、半年ぶりのMTB出動だ。
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 まずは等楽寺側から入山。集落から未舗装のダブルトラックでスタート。廃村高原まではこのダブルトラックが京丹後市の市道として、クルマも通行できる。昨年崩落した箇所が2か所、すでに修復されていたが、路面は水の流れで深い溝ができていた。
 標高300mを超えたところが、廃村高原の入り口。国土地理院の地図に破線で描かれている登山ルートは、ダブルトラックを進んでいく様に示されているが、すぐ先で道路が崩落していて通行不能。登山道は高原集落跡から整備されたようだ。
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 ダブルトラックの法面に取りつく急なシングルトラックが高原への道。急なのは出だしだけで、下りはMTBで乗車できそうな勾配。そこをMTBを押して進んでいく。
 ところで、ダブルトラック区間、シングルトラック区間ともに、倒木の撤去や、草刈りなどが行われていた。「金剛童子を守る会」では、去年の通行止め以降こちらのルートの整備はしていない、とのことだったので、おそらく地元の人が整備をしたのだろう。高原の集落跡には比較的新しい山小屋があったり、周辺に植林があったりして、地元の人にとっては大切な道なのだろうと思われる。
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 中学の遠足で登った時には、多少の廃屋が残っていたが、今は全くない。家の石垣、神社の跡と思われる石段や灯篭、墓石、また倒れた電柱も見られた。
 肝心の登山道はというと、集落跡のはずれに数年前に整備されたと思わる雰囲気に道を発見。しかし、おびただしい倒木により通行は困難。黄色と黒のロープで塞がれていた。
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 残念だが、引き返すことにする。不幸中の幸いは、こちらのシングルトラックも、MTBでそこそこ楽しめたこと。
 等楽寺の集落に戻ったら、MTBをクルマに積んで味土野へ移動。等楽寺から味土野に登る道を通れば近いのだが、非常に細いコンクリート舗装の道で、路肩がかなり傷んでいる。かつてクルマが谷に落ちる事故も起きているところ。その道は通らず、等楽寺の少し西の外村(とのむら)集落から来見谷(くるみだに)集落への道へ。こちらも十分細い道だ。味土野の集落の奥から細いコンクリート舗装の道に入り登山口へ。
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 登山口へクルマを停めてMTBを準備。まずは、一般車両通行止めのダブルトラック。1㎞あまり進めば、シングルトラックの入り口。シングルトラックとはいっても、キャタピラの運搬車が通れる1.5トラックとでもいう道。MTBをおして登る。標高500m付近から始まったシングルトラックは、ぐいぐいと上り、標高580mのピークに出た。ここは、山頂よりも展望のきく場所で私が住む弥栄町の平野部を見下ろしている。その向こうに網野の八丁浜が見える。さらに奥には城崎の来日山。北には、依遅ヶ尾山。その手前には小金山が山頂の祠の赤い屋根を見せている。南には磯砂山、大江山連峰に三岳山。などなど。ただ、360度の展望というわけではなく、西側を中心とした180度強といったところ。
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 その展望ピークには「金剛童子山を守る会」が設置した双眼鏡がある。昭和の観光地を思わせる、なんだか俗なものだ。
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 展望ピークから短いけど急な下りを経て、ひと上りで山頂。613m。ここには役行者ゆかりの行者道がある。ブッシュに囲まれて展望がないというのが過去の記憶だが、現在は展望ピークからは見えなかった東側に少し景色が開けている。そちらには金剛童子山よりも高い太鼓山。スキー場のゲレンデと、風力発電の風車群が目印だ。また、舞鶴と若狭の境の青葉山がうっすらと双耳峰を見せている。
 さあ、夕暮れが近い。下山にかかろう。MTBにまたがって下る。
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 展望ピークに登ると、夕日の光が雲間から線を引いて美しい。俗な双眼鏡をのぞいてびっくり、私の生活する集落に様子が手に取るようにわかる。人物が特定できるほどだ。自分の家を探すが、なかなか見つからない。夕暮れが迫って、焦って余計見つからない。ならば、カメラを双眼鏡の接眼レンズに充てて撮影する。家に帰ってからパソコンで見てみると、双眼鏡とカメラのズームの合わせ技で、スーパー千里眼となってちゃんと我が家が確認できた。俗だと侮れないのである。
 さあ、シングルトラック区間も体感乗車率95パーセント。ダブルトラックはもちろん100パーセントの乗車率。楽しく、あっという間にクルマに戻る。急いでMTBをクルマに積んで、コンクリート舗装の道を味土野と反対方向に走り出す。この道が等楽寺に直接降りる道。来見谷を回れば細い山道が15kmもあった。もっと細くて危険な道だが、やっぱり近道で帰りたくなった。でも暗くなるさらに危険なので、急いで下山してきたのだ。コンクリート舗装がひび割れ、舗装の下の土が流れて空洞になっている路肩にビビりながら、慎重に何とか等楽寺まで下りる。こっちなら6㎞ほどだった。
 また、廃村高原からの道で登ってみたい。展望ピークのすぐ下が、高原からの道の合流点だった。

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コメント

 金剛童子山ですか・・昔はよく見た山だし、近くは通ったのですが、山頂には行かなかったですね。たしかその辺りには3つの廃村(高原、吉津、畑?)があって後ろの二つは一つの道で行けて味土野に行けたのですが、高原は行き止まりなので行ったことはありませんでした。廃村を探索していたことがあったので行っておけばよかったと思っています。
 味土野は廃村にはなっていないのですね。すごいことです。一度昔の地図を見たのですが、堀越の山奥に集落があったと思います。ご存知でしたら教えてください。

投稿: すう | 2012/10/30 21:12

 えっ、確か1992年秋には、すうさんの案内で金剛童子に登ったと記憶してますよ。某催しの行き先探し兼下見で金剛童子に登ったけど山頂からの景色がいまいちで、やはり小金山になったいきさつがあるんですが。小金山は、間違いなくすうさんの案内です。夕方ジョギングで小金山に舟木から登ったけど暗くなってしまったのでとにかく早く人里に降りられる来見谷に降りたということが少し前にあって、前述の下見の日「(金剛童子がいまいちだったので)じゃあ、小金山にも行ってみようか」とすうさんが言ったはずです。ちょうど、20年前の話です。
 廃村巡りツアーも覚えています。連れて行ってもらったのは竹久僧、三山、神主、大石、力石と丹後町の廃村でしたね。

 先日、金剛童子から下山した後に吉津、畑の道をクルマで下りたんです。道路が傷んでいて、完全に一車線しかないのに路肩が崩れ舗装の下の土がなくなっている所が何カ所かあります。コンクリートの板だけで道になっているわけです。近年は、スーパーカブか軽自動車でしか通ってなかったので、怖かったです。狭くて屈曲が多いだけなら慎重に運転すればいいのですが。

 手元に、昭和45年に弥栄町から発行された地図があります。これは国土地理院の5万分の1図を弥栄町の範囲だけつなぎ合わせて再編集したもので、裏面は弥栄町の様々な統計データが記載されている貴重な資料です。中学校の課内クラブ「地学部」(放課後の部活とは別)でもらいました。
 そこには「表山」という集落が記されています。他にも、堀越(または吉沢)の端郷としていくつかの集落があったようです。小原から堀越の道は、ダブルトラックとなっていて10年程前にMTBで走り抜けたことはあるのですが、その沿線に廃村があることは全く知りませんでした。
 また、森林公園スイス村にはかつて住山という集落があり、そこから須川へと続くシングルトラックにもいくつかの(須川を本郷とする)端郷があったと聞いています。ちなみにそのシングルトラックも3年前にMTBでたどりました。

 味土野は廃村にはなってません。畑仕事をする人の姿がありました。決定的な証拠は、味土野から発信されているこちらのブログ( http://omasumakio.blog86.fc2.com/ )です。3世帯で5人ということも書かれています。驚いたのは、通年住んでいることです。冬は味土野を離れていると思っていました。われわれが小金山などを歩いていた20年ほど前には、確か4世帯ほどだったと思うんですが、あまり減っていないんですね。こちらも驚異的。
 前述の地図には、まだ「文」の記号があります。野間小学校味土野分校ですね。今のガラシヤ荘です。

 最後に廃村についてのこちらのWebサイト( http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/26.Kyoto/01.Kyoto.html )を紹介します。検索したらヒットしました。全都道府県とは言わないものの、10年以内にに北は北海道から南は沖縄まで実地調査を行っているほか、たくさんの参考文献をどうやって読んでいるのでしょう。すべて取り寄せるのは大変だし、出先で図書館に寄っているとすごく時間がかかる。それと、それとまだ30代前半の若い人が調査しているのにまたまたびっくりです。

投稿: はいかい | 2012/11/01 02:15

 あっ、そうでしたか!記憶にございません!小金山には行った記憶があるのですが、それよりも高い山の記憶がないとは…やっぱりボクはいい加減ですね。
 丹後にいた時は廃村というものが身近であったので、何度となく廃村に向かいました。ちょっとした冒険気分です。今でも、山に入り植林なのに石垣があったり、段々になった土地を見て、昔は畑ではないのだろうか、とか想像したりしてしまいます。それも、地図が好き、ということから派生していることだと思うんですが。

投稿: すう | 2012/11/02 23:16

 ご本人が憶えてらっしゃらないならば、こちらの記憶違いなんでしょう。同じ日に金剛童子と小金山のはしごをしたのではなかったのでしょう。催しの主催者ともいえる加悦のO氏とどちらにも登っているのですが、O氏の膝や腰の具合からして、1日2ピークは厳しいですね。金剛童子から戻ってから山頂の景色がいまいちだったという話になって、「じゃあ小金山」といことで後日にすうさんの案内で出かけた、ということだったように思えてきました。
 それと、確かに丹後では廃村が身近ですね。やっぱり雪が影響しているんでしょう。特に昭和38年(1963年)の豪雪が引き金になった廃村は多いですしね。天竜スーパー林道の記事にも書いたのですが、南アルプス南部や四国山地などは丹後よりも急峻で、細い道を延々と山に入っていったところにも人の住む家があります。
 ところで、今は平地にある我が家も数代前までは山の中にあったそうです。すぐ前の山ですが。もちろん、我が家だけでなく集落全体がかつては山の中でその屋敷跡は、それぞれ家所有の竹やぶとなっています。

投稿: はいかい | 2012/11/03 12:48

金剛童子山サイトであなたの記事を見ました。こちらは金剛童子山を守る会事務局の吉岡です。今年の記念登山会等お知らせしたいことがあります住所・氏名をご連絡いただけるなら資料をおくらせていただきます。
627-0142
京丹後市弥栄町黒部3065
   吉岡 徹 0772-65ー3537
       090-5134-0241
当方、66歳無職です。

投稿: 吉岡 徹 | 2013/10/10 17:41

 「金剛童子山を守る会」のことは存じ上げております。昨年の、記念登山は大勢の人が集まったようですね。登山道の整備等、お疲れ様です。
 残念ながら、来月4日の記念登山の参加はできません。
 今後も、ご活躍を期待しています。

投稿: はいかい | 2013/10/20 10:36

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