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2012/10/28

ふるさとの山「金剛童子山」にMTBで登る

 「弥栄野の東(ひんがし)に立つ金剛の峰の白雲」
 30年前に私が学んだ中学校の校歌の冒頭に歌われる金剛童子山は、京丹後市弥栄町の竹野川流域の平野部を見下ろすどっしりとした山である。子供のころ、「金剛童子が3回白くなると平野部にも雪が積もる」と、初冬の冷え込んだ朝には山を見上げて小学校に通っていた。
 初めて登ったのは、その中学校の遠足。その後、二十歳を過ぎてから1992年秋と、1995年春に登っている。
 金剛童子山の登山のメインルートは、山の南東側、標高450mの味土野集落。数世帯の小さな山間の集落だ。1990年代の2回はいずれもこちらから登っている。
 中学の時には、山の南西側、等楽寺集落から廃村高原を経て登った。しかし、そちらのルートは、登山道の整備が行われず、廃道となっているということだった。
 しかし、1年くらい前に等楽寺集落の登山道入り口に「金剛童子山登山口まで2.5㎞」という新しい看板が立っているの気づいた。そして最近、「金剛童子山を守る会」が登山道を整備した、ということを小耳にはさみ、その会はどういうものかわからないが、事務局の人の連絡先が分かった。問い合わせてみると、味土野側、等楽寺側のどちらのルートもブッシュを刈って、倒木を撤去するなどの整備を行ったとのこと。ただし、等楽寺側の登山道については、昨年の台風で廃村高原までの道が崩れて通行ができなくなったためその奥の道が未整備である、とのこと。一方、味土野側の道は、山頂まで運搬車が通れるような道として整備した、とのこと。
 できれば、等楽寺側から登り、味土野側へ、MTBで周回したい。
 10月22日、午後に休みを取って決行。冬から春先の北摂集中行脚以来、半年ぶりのMTB出動だ。
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 まずは等楽寺側から入山。集落から未舗装のダブルトラックでスタート。廃村高原まではこのダブルトラックが京丹後市の市道として、クルマも通行できる。昨年崩落した箇所が2か所、すでに修復されていたが、路面は水の流れで深い溝ができていた。
 標高300mを超えたところが、廃村高原の入り口。国土地理院の地図に破線で描かれている登山ルートは、ダブルトラックを進んでいく様に示されているが、すぐ先で道路が崩落していて通行不能。登山道は高原集落跡から整備されたようだ。
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 ダブルトラックの法面に取りつく急なシングルトラックが高原への道。急なのは出だしだけで、下りはMTBで乗車できそうな勾配。そこをMTBを押して進んでいく。
 ところで、ダブルトラック区間、シングルトラック区間ともに、倒木の撤去や、草刈りなどが行われていた。「金剛童子を守る会」では、去年の通行止め以降こちらのルートの整備はしていない、とのことだったので、おそらく地元の人が整備をしたのだろう。高原の集落跡には比較的新しい山小屋があったり、周辺に植林があったりして、地元の人にとっては大切な道なのだろうと思われる。
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 中学の遠足で登った時には、多少の廃屋が残っていたが、今は全くない。家の石垣、神社の跡と思われる石段や灯篭、墓石、また倒れた電柱も見られた。
 肝心の登山道はというと、集落跡のはずれに数年前に整備されたと思わる雰囲気に道を発見。しかし、おびただしい倒木により通行は困難。黄色と黒のロープで塞がれていた。
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 残念だが、引き返すことにする。不幸中の幸いは、こちらのシングルトラックも、MTBでそこそこ楽しめたこと。
 等楽寺の集落に戻ったら、MTBをクルマに積んで味土野へ移動。等楽寺から味土野に登る道を通れば近いのだが、非常に細いコンクリート舗装の道で、路肩がかなり傷んでいる。かつてクルマが谷に落ちる事故も起きているところ。その道は通らず、等楽寺の少し西の外村(とのむら)集落から来見谷(くるみだに)集落への道へ。こちらも十分細い道だ。味土野の集落の奥から細いコンクリート舗装の道に入り登山口へ。
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 登山口へクルマを停めてMTBを準備。まずは、一般車両通行止めのダブルトラック。1㎞あまり進めば、シングルトラックの入り口。シングルトラックとはいっても、キャタピラの運搬車が通れる1.5トラックとでもいう道。MTBをおして登る。標高500m付近から始まったシングルトラックは、ぐいぐいと上り、標高580mのピークに出た。ここは、山頂よりも展望のきく場所で私が住む弥栄町の平野部を見下ろしている。その向こうに網野の八丁浜が見える。さらに奥には城崎の来日山。北には、依遅ヶ尾山。その手前には小金山が山頂の祠の赤い屋根を見せている。南には磯砂山、大江山連峰に三岳山。などなど。ただ、360度の展望というわけではなく、西側を中心とした180度強といったところ。
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 その展望ピークには「金剛童子山を守る会」が設置した双眼鏡がある。昭和の観光地を思わせる、なんだか俗なものだ。
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 展望ピークから短いけど急な下りを経て、ひと上りで山頂。613m。ここには役行者ゆかりの行者道がある。ブッシュに囲まれて展望がないというのが過去の記憶だが、現在は展望ピークからは見えなかった東側に少し景色が開けている。そちらには金剛童子山よりも高い太鼓山。スキー場のゲレンデと、風力発電の風車群が目印だ。また、舞鶴と若狭の境の青葉山がうっすらと双耳峰を見せている。
 さあ、夕暮れが近い。下山にかかろう。MTBにまたがって下る。
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 展望ピークに登ると、夕日の光が雲間から線を引いて美しい。俗な双眼鏡をのぞいてびっくり、私の生活する集落に様子が手に取るようにわかる。人物が特定できるほどだ。自分の家を探すが、なかなか見つからない。夕暮れが迫って、焦って余計見つからない。ならば、カメラを双眼鏡の接眼レンズに充てて撮影する。家に帰ってからパソコンで見てみると、双眼鏡とカメラのズームの合わせ技で、スーパー千里眼となってちゃんと我が家が確認できた。俗だと侮れないのである。
 さあ、シングルトラック区間も体感乗車率95パーセント。ダブルトラックはもちろん100パーセントの乗車率。楽しく、あっという間にクルマに戻る。急いでMTBをクルマに積んで、コンクリート舗装の道を味土野と反対方向に走り出す。この道が等楽寺に直接降りる道。来見谷を回れば細い山道が15kmもあった。もっと細くて危険な道だが、やっぱり近道で帰りたくなった。でも暗くなるさらに危険なので、急いで下山してきたのだ。コンクリート舗装がひび割れ、舗装の下の土が流れて空洞になっている路肩にビビりながら、慎重に何とか等楽寺まで下りる。こっちなら6㎞ほどだった。
 また、廃村高原からの道で登ってみたい。展望ピークのすぐ下が、高原からの道の合流点だった。

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2012/10/27

小径車で走る秋晴れの丹後半島一周

 夏に小径車で北海道の奥尻島を走った。標高差400mの坂を越え、累積では500mあまりの標高を獲得した74km。それが走れるなら、丹後半島一周だってできるだろう。ちょうど、10月の初めに天竜スーパー林道の標高差1000mの登りを(ランドナーで)こなした後なので、肉体的にも精神的にも登りに強い状態だ。10月20、21日の土日はどちらも晴天の予報。ならば、土曜の方が空気は澄んでいるだろう。こうして、今シーズン2度目、生涯通算38度目の丹後半島一周が始まった。

 10月20日、朝9時過ぎに京丹後市弥栄町の家を出る。最近は、丹後半島一周の出発時刻は10時過ぎが当たり前、5ヶ月前には正午前スタートという緊張感のない状態だが、さすがに小径車ではそうはいかない。順調に竹野川沿いを北上するが、交通量が結構多い。竹野川河口付近の道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。ここから海岸沿いのアップダウンが始まる。
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 まずは、京丹後市丹後町竹野からの登り。小学校前の急登は拡幅などの工事があり勾配も緩くなったが、統廃合の結果小学校跡となった。
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 坂を上り、田んぼが広がる高台にでると、派手は出で立ちの案山子が待ち受けていた。「絶景田稲刈りイベント」とある。破ったノートにボールペンで書かれていて、手作り感がある。見れば、すっかり稲刈りが終わった田んぼに囲まれ、まだ黄金色の稲が残った田んぼがあり、手作業で刈り入れが行われている。案山子のところに参加者の名前と住所が書かれたノートがあった。都会から来る人は少なく、ほとんどがこの周辺だ。最近は、田舎でも農家は限られてきている。
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 少し走ると屏風岩を見下ろす展望所。屏風岩とは、海にそそり立つ一枚岩。海が青いが、北よりの風が吹いて少し波がある。夏場なら、海底が透けて見える透明な海だ。
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 丹後松島を越え、経ヶ岬を目指す。その手前、丹後町袖師の海では、サーファーが一人波待ちをしていた。
 経ヶ岬のかつてレストハウスがあった更地には、数台のクルマが止まっている。釣り人だろう。ベンチに座って小休止。
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 さあここからさらに登り下りがきつくなる。まずは白南風(しらばえ)トンネルへの登り。トンネルを抜けると伊根町になり、標高100mの絶壁を見下ろす道となる。カマヤ海岸だ。この海岸は、北から南に向かえば下り貴重なので快走できる。甲崎でトイレ休憩をしたら、蒲入(かまにゅう)漁港の集落。それを越えて蒲入峠への登りとなる。蒲入トンネルの工事が始まっている。
 蒲入峠を越えたら、本庄へと下る。ここは、浦島神社があり、道の駅も隣接している。ここでパンを食べて大休止。暑からず、寒からず、さわやかな日和。神社にお参りをして再スタート。
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 国道は内陸部を通るので、府道622号線で野室崎、新井崎を越える。国道が避けるだけあって、険しい海岸のアップダウンだ。その分、クルマが少なく景色もよい。
 まずは野室崎。本庄浜からの登りだしがきつい。海岸から標高120mの登り。青い海に冠島、沓島が近くにはっきりと見える。前方には、これから向かう新井崎。若狭のリアス式海岸はぼんやり見えているが、越前海岸は霞んで見えない。空気がよく澄んでいれば、冠島・沓島の向こうに越前海岸、そして加賀白山が見えるのだが、そんな日は年に数回。到底この日は無理。
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 泊の海岸まで一気に急降下。絶壁に囲まれた入江は、とても静か。道路にカヤックが1艇。神戸ナンバーのクルマが止まり、一人の男性が荷物の整理中。海上で釣りを終えて撤収の最中というところか。
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 さあ、またきついのぼり。ここも出だしが急こう配。変速はフリーの8段のみなので、ローギアでゆっくりペダルを回す。80m程登ったら、かなり豪快な海の景色を見下ろす平坦な道となり、少し下ると田んぼが広がる。新井の集落だ。ここも20数年前は千枚田という棚田だったが、耕地整理をされた。新井を過ぎるとまた登り。標高差100m弱を登って、最高点は130m程。勾配はそんなに急でなく、新井の漁港を後方に見ながら、周辺の千枚田という小さな棚田の集合体を見ながらのんびり登る。千枚田を眺めるなら、もう一段上の町道を走った方がいいのだが、すでに稲刈りも終わっているので府道622号線をそのまま行く。
 最高地点を過ぎて、伊根湾への下りが始まったところで前方から3台の自転車がやってきた。載っているのは金髪の外国人の女性。ショートパンツからすらりと伸びた足に目を奪われる。自転車はなんとレンタサイクル。伊根湾から標高差100mを涼しい顔をして登ってきたのか。と、驚いたが、よく考えたら道の駅「舟屋の里」には、電動アシストのレンタサイクルがあった。きっとそれに決まっている。そうに違いない。
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 伊根湾に降り立てば、釣り人だらけ。舟屋の街並みの狭い通りを抜ける。蒲入峠から野室崎、新井崎のコース最大の難所を越えた。やはり、2週間前に標高1000mの登りを経験した後なので、130m以内の一つ一つの登りはあっという間に感じられ、そんなにつらくは感じなかった。しかし、帰宅後にGPSのトラックを読めば、ランドナーなどで走った時よりも、伊根までの時点で1時間ほど余計にかかっている。前述の変速が8段しかないことが一つ。ハンドルポストは折り畳みになっているので、強く引くことがためらわれて上り坂で上半身が使えず、脚力のみでペダルをこがないといけない。また、小径ホイールは、どうもスピードの維持にも体力を使うような気がする。
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 やはり疲労は蓄積されているわけで、そこからペースダウン。宮津市に入って大島でロードレーサーに抜かれた。これで、今日3台ののロードレーサーに追い越された。
 伊根から天橋立の間は、クルマが多い。行楽客に加えて、土曜日なのでダンプやトラックなど大型車もすぐわきを通り抜ける。これはストレスになる。また、初夏の時期には、この区間の走行では、気温が上がる午後の内陸部の上昇気流によって海風が背中を押してくれる。今日はそのアシストはない。
 宮津市江尻の天橋立汽船乗り場で小休止しようと思ったが、観光客が多いので素通り。阿蘇海の自転車道に入り、途中のベンチで小休止。自転車道なのでクルマは通らないのは快適なのだが、すっかり疲れてペースが上がらない。結局、天橋立江尻から岩滝までの6㎞程に45分もかかってしまった。
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 さて、阿蘇海沿いの岩滝から、スタート・ゴールの自宅がある竹野川流域に行くには、山を越えないといけない。いくつかルートがある中で、最も上りが緩く標高差も少ない国道312号線の水戸谷峠はクルマが多い。坂はきついけど、クルマが少なく天橋立も見下ろせる大内峠を行くことにする。足が動かなくなり、何度も止まって休憩しながら登る。標高160mの峠だが、野室崎・新井崎よりもずいぶん長いように感じる。実際、1時間もかかってしまった。たった標高差160m、距離4㎞にである。
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 実は疲労の蓄積だけでなく、食料と飲料水を切らしていたのだ。補給できる店はあったのに、あとちょっとだからとなめていた。ほかの自転車での時ならそれでよかったのだ。とりあえず、峠の「いっぷく名水」をペットボトルに補給。生水はあまり飲みたくないのだが、背に腹は代えられない。
 ウィンドブレーカーを着て大内峠を下る。下りきったら暑くなって、また半袖で走る。
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 スーパーマーケットでパンを買う。たまらず、店を出てすぐ、田んぼのあぜ道に腰を下ろして食べる。
 暗くなってきたので、ライトを点灯。京丹後市大宮町河辺の自転車店「BULLDOG」に寄り道。この小径車を買った店でもあるので、本日の報告。
 さあ、BULLDOGから自宅まで最後の7㎞。すっかり日が暮れたのでウィンドブレーカーを着て走ったが、うっすらと汗をかいた。

 19時にゴール。距離は87㎞。累積の標高差は、600~700mくらいだろうか。
 過去37回の丹後半島一周は、高校時代の通学用自転車で1回、MTBで1回、クロスバイクで1回。あとの34回はランドナー(3台所有)で。ここに折り畳み小径車が加わった。やはり、特別な達成感を感じる。

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2012/10/26

秋ですねぇ

 観測史上最も暑かった9月が終わり、10月は一気に秋めいてきた。最高気温が33度くらいまで上がっていた9月中旬だったが、それから1か月でもう朝夕の寒さは暖房が欲しくなるほど。
 彼岸花は、近年遅くなる傾向だが、それにもまして遅い。その名に反して、彼岸が終わってから咲き始める。
 10月12日、この秋初めて蜃気楼の一種、浮島現象を観測。毎日観測していたわけではないけれど。
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 去年、大変な豊作だった柿は少なく、実りが遅い。
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南アルプスと中央アルプスの南の端っこ(3)

■中央アルプスの端っこ「神坂峠」
 中津川ふるさとユースホステル到着は20時半。150kmの大移動だった。1時間半も遅れたが、暖めなおして夕食を出してくれた。本当にごめんなさい。そしてありがとうございます。本来ならば、新東名、東名、東海環状、中央道と高速道路を利用するのが最速だろうが、連休で大混雑の様子。よって、秋葉ダムから自転車で通った天竜川・水窪川沿いをクルマでさかのぼり(祭りの城西を通って)兵越林道で長野県入りし、飯田から中央自動車道恵那山トンネルで中津川へと抜けた。南アルプスの南端から中央アルプスの南端への移動をしたわけである。
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 静岡で大学生活を送っていた1990年11月、50ccのスクーターで天竜川を遡って、信州を目指したことがある。ところがこの県境で国道152号線がとぎれているので、天竜川本流沿いの細道をたどったのだった。道路はダートになるし、静岡県から長野県へ抜けたいのに、気づいたらなぜか愛知県にいて、迷いながら天竜峡へたどり着いたことこと、紅葉がきれいだったことを覚えている。また、未明から寒さに震えて走り続け、この天竜川沿いで朝を迎え、地元の人同士が「今朝は冷やっこいね」と会話していたのを覚えている。結局、その日泊まる予定だった駒ヶ根ユースホステルに電話をすると宿泊を断られ(平日の当日予約だから断られて当然)、諏訪湖のユースホステルに泊まった。寒さにたまりかねて、翌日最短ルートの富士川沿いを走って静岡に戻り、さらに次の日列車で南東北の旅に出たのだった。
 そんな20年以上前の旅、さらに2005年と2007年の旅を思い出しながら真っ暗な夜道を走って中津川へとたどり着いたのだった。
 ところでこの中津川のユースホステルのオーナーは、以前丹後にいた人で、ちらりとそんなやりとりも交わしたのだった。団体さん、家族連れが一組ずつで、個人ホステラーは私を含めて男性ばかり4人。
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 さて、連休最終日の10月8日、快晴の中ユースホステルを出発。高速道路が混まないうちに帰路に就きたいところだが、変える前にもう一走り。神坂峠を目指す。昨夜、通った恵那山トンネルの真上の峠である。
 サイクルスポーツ誌1989年10月号はツーリング特集。当時のサイクルスポーツ誌は、トライアスロンやロードレースの記事ばかりで、ツーリングに関する内容は読者投稿のツーリングレポートか、東京神田の「アルプス」(現在は閉店)という店の広告くらいのものだった。そうした中、読者のページに「もっとツーリングの記事が読みたい」という葉書が掲載され、この特集が組まれたのだ。その葉書を出した一人が私だった。当時二十歳、自転車を生涯の趣味として生活する決意をしてランドナーを買ってから半年。熱い時期だった。意見が採用されてのツーリング特集は、何度も繰り返し読んだ。
 その特集の中に、峠越えがテーマのツーリングが2本。その一つ渋峠は、2年前に越えた。もう一つは神坂峠越え。未舗装区間、それもかなりの悪路が残る峠越えを、当時流行初めだったMTBで敢行という記事。今回はこちらだ。ただし、現在は舗装されているのと、長野県側が通行止めになってしまっている。長野県側の通行止めは、道路が丸ごと崩落してしまったようで、復旧のめどはない。仕方ないので岐阜県側、中津川からのピストンとする。ただし、帰りの時間が気になるので、標高880mの欅平まではクルマで上ってしまおう。
 まだ人出の少ない馬籠宿の入り口を過ぎ、恵那山の懐へとはいる。林間の細いくねくね道を登り、キャンプ場のある欅平にクルマを止めて自転車の準備。神坂峠は、日本百名山の恵那山の登山口の一つであるし、周辺のハイキングコースも整備されているので、訪れるクルマやオートバイが通り過ぎていく。
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 うねりながらのびる細い道を上っていく。薄暗いほどに濃い林の中である。樹齢300年の大桧へ向かうダートのダブルトラックの分岐で小休止。するとロードレーサーが立ち漕ぎで上ってきた。少し止まって大桧などの案内板を見ていたが、すぐに出発していった。私も少し遅れて出発。すぐに先ほどのロードレーサーが足をついて休んでいた。その脇を、シッティングでじわじわと追い越す。私と同世代のアラフォーサイクリストと見たが、ランドナーという車種を知っているだろうか。その先で、再びロードレーサーが「きつい坂ですね」と声をかけて抜いていった。
 ヘアピンカーブが連続する区間に来ると、ブッシュを抜けて中津川市街の展望が開けてくる。
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 万葉集に「ちはやぶる神の御坂」と歌われた神坂峠は、東山道の峠。その古道の峠から100m離れたところが車道の神坂峠だが、車道の付け方によって峠を過ぎても登りが続く。とりあえず車道の峠に自転車をおいて、古道の峠へ山道を歩いていく。恵那山の登山口にもなっているので、ハイカーの姿も多い。峠には縄文時代の遺跡もある。
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 自転車に戻り、岐阜県側へさらに上っていく。インターネットにPDFファイルで提供されていたルートマップによれば、神坂峠の南方の1688mのピークに展望台があるようなので、そこを目指す。車道もトレッキングコースとなっているのでハイカーの集団が歩いている。先ほどのロードレーサーとすれ違う。どこまで行ってきたのだろうか。カラマツが黄色く染まりつつある。
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 1688Pのすぐ北方にシングルトラックの入り口があり、そこに自転車を止めて歩き出す。稜線まではすぐ上れるが、1688Pの方向は、笹の藪に覆われていて歩けない。仕方なく反対方向、つまり稜線を北に歩いて見るが展望があまりよくないので引き返す。再び自転車にまたがって、少し進んでヘアピンカーブの先端で長野県側を眺める。昼神温泉あたりが見えるのだろうか。やはり今日も高い山は雲に隠れている。
 さあ、戻ろう。防寒の合羽を着込んで、グローブも指まで覆うものに交換。峠まで戻ったら、その後の林間に備えて、前後にランプを点滅させる。下りではクルマに追い越されることなく、あっという間に欅平へ。

 自転車を車に積んで、丹後へ向けて出発。麓に下ったところで、中央自動車道の恵那山トンネルと神坂トンネルの間の高架が見えた。まだ、高速道路はスムーズに流れているようだ。中津川市街に戻り、13時頃高速道路へ。お土産を買いに恵那峡S.A.によったが駐車場にはまだ空きがあった。ただし、クルマを降りれば施設の入り口も通路も人だらけで思うように身動きはとれない。つらい高速道路の走行は、大垣I.C.で切り上げ、休日特別割引で1250円。ラーメン屋とガソリンスタンドで人とクルマに補給をして、養老を経由して関ヶ原へ。養老川の土手には彼岸花。後は往路と同じく、伊吹山、琵琶湖、日本海を見ながら丹後へ戻る。(おわり)

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南アルプスと中央アルプスの南の端っこ(2)

■南アルプスの端っこ「天竜スーパー林道と秋葉山」
 7日朝6時に宿を出る。宿のすぐ近く
の牛丼屋で朝食。明け方に雨が降ったようで、クルマが濡れている。コンビニに寄って、「シクロツーリスト」の今日の予定のコースマップ、プロフィールマップ、走行のタイムテーブルなどが載っているページをコピーする。磐田I.C.を過ぎてさらに北上すると、すぐに家はまばらになり茶畑が目立つようになった。少し西の天竜川左岸沿いの道にレーンチェンジするタイミングを逃し、気づけば磐田原という台地にいる。天竜川沿いとは標高差が50m以上もある。真上は灰色の雲がかかり、小雨がぱらつくが前方の空は明るいのであまり不安にはならない。浜松市の旧豊岡村に入って茶畑と田園風景の中、天竜浜名湖鉄道と並行して走り、ようやく天竜川沿いを往く。
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 2007年の合併で、太平洋に面した浜松市は、南アルプスの南端長野県境までの市町村を合併し巨大化、政令指定都市となった。本日自転車で走る天竜スーパー林道を含む周回コースは、すべて浜松市天竜区内である。天竜区は、旧天竜市、旧春野町、旧佐久間町、旧龍山村、旧水窪町の旧五市町から成るが全国の政令指定都市のすべての区の中でもっとも人口も人口密度が低いのがこの天竜区だそうだ。京都市の左京区や右京区も広大な山村エリアを含むが、その一方で京都盆地の過密地域も含んでいる。天竜区の南端の二股は、旧天竜市の中心街で区役所や駅などがあるが、それでもずいぶん長閑な雰囲気である。道路の案内には、秋葉神社とある。
 天竜川は深い谷となり、船明ダムやのどかな集落を見ながら蛇行する。やっと秋葉ダムが見えてきた。だむの真下に広がる家並みは、旧龍山村の中心部だ。トンネル内の交差点を右折して、ダムの上を右岸から左岸に渡ると駐車場がある。ワンボックスカーが3台に3人の中高年の男性。釣り人だろうか。車中泊をして、今度は大井川沿いに移動するようだ。
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 自転車を下して出発準備にかかる。ここまでの道中でぱらついていた雨は止んだが、上空にはまだちょっと振りそうな雲。肌寒さもあってウィンドブレーカーを着て、合羽をフロントバッグに入れておく。右岸の国道152号線でなく、左岸の道を行くがスタートしてすぐに「道路崩落で通行止め」とある。集落はなくクルマが全く通らない左岸の道から、対岸を見れば集落や生々しい土砂崩れの後が見える。天竜川の谷は大きく深く、はるか上方の急斜面には数軒の家がへばりついている。まるで、四国山地を思わせる眺めだ。なだらかな丹波高地や中国山地のそれも日本海側を見慣れたものには、九州山地、四国山地、紀伊山地、そして静岡県内の南アルプスの太平洋側には、共通の雰囲気を感じる。険しいというだけなら北アルプスだってそうなのだ。しかし、山は険しくても雪はあまり深くないせいか、どんどん奥に入っていっても集落があり田や畑がある。豪雪地なら、ひと冬に何度も孤立してしまいそうなところ、雪崩にのまれそうなところに当たり前に家がある。急勾配にへばりつく数軒の家なんかその典型だ。しかしながら、太平洋からの南風がまともに当たるこれらの山地は、止まずに降り続く雨の降り方により近年日本でも頻発している深層崩壊の危険地域である。
 しばらく走ってからつり橋で右岸にわたる。シクロツーリストの記事と同じように走ることとなる。右岸の国道152号線は、しばしばクルマが通る。さらには、7,8台のロードレーサーの集団が颯爽と追い抜いていった。
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 国道沿いには集落が点在し、天竜川の流れと懐かしい雰囲気の家並みを交互に見ながら走る。いつしか空は青く晴れ渡り雨の心配は吹っ飛んだ。気温もちょうどよい。ウィンドブレーカーは走り出してすぐに脱ぎ去った。
 真っ赤な橋を渡り、今度は左岸を走り出すとすぐに旧水窪町に入る。久しぶり(いや自転車で走り出して初めてか)の信号の交差点で国道473号線が左に分かれ、それとともに天竜川の本流も西へ。ここからは、支流の水窪側の流れを左下に見ながら行く。はるか下の河原には釣り人の姿が見える。ダムからかなり遡り、流れがあるので水も透き通っている。
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 飯田線が西から合流してくると、駅の周りの集落はにぎわっているように見える。と思ったら、秋祭りだ。家の玄関には提灯が飾られている。高台の神社の方からは笛や太鼓の音が聞こえ、半被姿の人も見える。秋葉街道の秋祭りだ。
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 秋たけなわの城西駅周辺の集落を抜け、川沿いを行くと、大きな集落が見えてきた。向市場だ。確か今日2つ目、そして最後の信号の交差点を右折して東に向かう。秋葉街道に別れを告げ、目指すは県道389号線の山住峠。標高差800mを超える登りにとりつく。集落はすぐに終わり、そして田んぼもなくなり、渓谷沿いを延々と上っていく。交通量は一気に少なくなる。岩壁に張り付くように流れ落ちる布滝を過ぎると河内浦という小さな集落。小休止して、軽く行動食を口にする。
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 集落をすぎると、道は山肌にへばりついて蛇行を繰り返す。シクロツーリストの記述通り水場があるので、空になったペットボトルに汲む。峠の手前には、「みさくぼの名水・山住の水」。これが今日のコース最後の水場とのことなので、ここでも補給。
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 峠には山住神社や茶屋があってクルマやオートバイが止まり、人が歩いている。神社にお参りしたら、いよいよ天竜スーパー林道だ。西側の天竜川本流および水窪川と東側の気田川に挟まれた南アルプスの南端の小山脈。その1000~1300mの稜線に天竜スーパー林道が走る。山住峠とは、旧水窪と旧春野を結ぶ県道389号線にとってのもので、それに直交するスーパー林道に入ればまだまだ登りが続くのである。目指すは、井戸口山付近の林道最高地点、標高1280mである。途中、腹が減って、道端に座っておにぎりを食べる。
 林が続いて、絶景スカイラインという訳にはいかないが、さすがに稜線近くだけあって時折周囲の山々が見える。しかし、高い山は雲に隠れている。また左には気田川の谷をはるかに見下ろす。あちら側も走ってみたいものだ。
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 ようやく最高地点へとやってきた。向市場からの標高差はざっと1000m。秋葉ダムからだと、1200m近く上っている。この先スーパー林道は、いったん標高差200m近く下ってから100m以上登り返す。「天竜の森」という自然観察や野外活動の施設が次の目標で、これをすぎればお待ちかねのダウンヒルとなる。しかし、これが広く、つまり林道に沿って細長く、着いたと思ってもなかなか下りは始まらない。展望台からは恵那山や御嶽山が見えるとあるが、恵那山は薄く、御嶽山は見えているのか見えていないのかよくわからない。
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 それでもようやく登りは終わり、ウィンドブレーカーを着てダウンヒル開始。標高差400m近く下って、秋葉ダムへと下る道の分岐へ。スーパー林道はまっすぐ東雲名という天竜川沿いの集落へ下るが、それだとダムより下流に行きすぎるのでここで左折するシクロツーリストの記事通りをたどるつもりだ。つまり、秋葉神社にはよらないつもりだった。しかし、そこの看板に「秋葉神社駐車場まで900m」という看板が目に付いた。すぐじゃないか。これを逃したらもう一生こないかもしれない。
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 というわけでついつい、秋葉神社へ向かってしまった。しかし、1km足らずの距離ながら、標高差は50m。駐車場から大きな鳥居をくぐって始まる参道は階段が延々と続く。結局神社までさらに標高差70m。秋葉山の山頂付近まで上ったというわけだ。神社は立派で、しかも徐々に霧がかかってきて神秘的。お参りを済ませたら急いで下山。参道の常夜灯に明かりがともった。
 ところで、かつて何度も大火に見回れた江戸では、明治の初めに明治天皇の勅命により、鎮火社という神社が設置された。しかし人々は火防(ひぶせ)の神である「秋葉大権現(秋葉神社)」と思い秋葉さんと呼んだ。そして、その神社の周辺の延焼を防ぐための空き地を秋葉原と呼んだそうだ。つまりは、今をときめくAKBの由来の大元はこの秋葉神社ということになる。
 さあ、急いでくだらなくては。ウィンドブレーカーを脱いで、ゴアテックスの合羽を羽織り、グローブは指先まで覆われたものに変える。標高差700mの急な下りだが、途中の尾根を越える小さな登り返しがきつい。一気にダムまで急降下。
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 累積標高差は1500m位はあるだろう。秋を満喫、充実の76km。それに、2005年と2007年のこの時期に、地蔵峠、青崩峠、下栗の里、しらびそ峠などを走った、秋葉街道シリーズの完結編でもある。
 自転車をクルマに撤収し、今宵の宿「中津川ふるさとユースホステル」に電話を入れる。ごめんなさい、どうがんばっても夕食には間に合いません。(つづく)

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南アルプスと中央アルプスの南の端っこ(1)

■旅立ちまで、そしてアプローチ
 祝日の多い9月10月の連休を利用して、毎年のように2泊くらいの旅に出ている。自動車でアプローチしての自転車ツーリングが目的だ。短期決戦で充実感を得るためなのかどうかは自分でもわからないが峠越えが主体で、主立ったものとして、しらびそ峠、麦草峠、渋峠、野麦峠など長野県を中心に標高差1000mというのが一つの基準のようになっている。今年のコースを考えながら「シクロツーリスト」Vol.4林道特集号の記事が目にとまった。静岡県の大井川上流から山伏峠を越えて山梨県へと抜ける「井川雨畑林道」のレポートである。執筆しているのは東京のサイクリスト、高地大輔さんだ。彼とはかつてパソコン通信のNIFTYの自転車フォーラムでは何度もやり取りした仲。OFFで会ったのは一度だけだが、南会津では同じ場所をたった1時間の時間差でニアミス、北海道ではお互い輪行がらみで駅前でばったり出会うなど、旅先での偶然もあった。そんな高地さんの記事は、自転車フォーラムにあげられていたレポート同様。詳細で分かりやすいもの。このコースを走った後、下部温泉に宿をとり、翌日安倍峠を越えて再び静岡県に戻ってくるコース案が浮かんできた。宿の仮押さえ、ツーリング前後に乗車する東海道本線や大井川鐡道の時刻表もチェックなど具体的に計画をを進める中、昨年の台風による被害で、山伏峠も安倍峠も通行止めであることが分かった。コース案は白紙に戻った。復旧工事は行われているようなので、このコースは暖めておくことにしよう。
 次には、シクロツーリストの林道特集の天竜スーパー林道の記事に反応した。これも、高地さん同様、一般サイクリストの執筆によるもの。この特集は、全国のサイクリストによる、ランドナーなど泥除け付きのツーリング車を利用してのツーリングに編集者が同行して取材が行われたもの。
いい本だねぇ。

 10月6日は、午前中は舞鶴で仕事。でも目的地は東、その足で向かえばそんなにロスはない。昼過ぎに舞鶴を出発し、若狭から近江へ抜ける。連休とあって、行楽のクルマが多い。木之本から北陸自動車道に乗るのが一般的なのだが、高速道路は嫌いなので国道365号線から伊吹山のふもとの広域農道を通って、関ヶ原へ。ここから名神自動車道に乗る。高速道路は戦場のように激しくクルマがひしめき合い、一気にストレスがたまる。これも時間短縮のため、東名自動車道磐田I.C.へ向けてひたすら我慢の走行。愛知県内では、道路情報の電光掲示板に渋滞の表示。でも、60~70km/hで流れていた。静岡県に入ると比較的クルマが減って少し楽になった。浜名湖S.A.で、宿に電話をして到着予定時刻を告げる。すっかり日は暮れたが、丹後よりかなり暖かい。建物の外で過ごしている人が多い。19時過ぎに磐田I.C.で高速道路を下りる。休日特別割引で2000円。
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 I.C.から市街地へ南下。とりあえず宿に荷物を置いて、自転車で夕食と明日の行動食の買い出しに出る。夕食は、I.C.から宿への途中にあった「五味八珍」という中華料理屋でラーメンと浜松餃子のセット。浜松は、宇都宮に次ぐ餃子の消費量のダントツの2トップの一角で、2011年の調査では宇都宮を抜いて浜松が1位になったとのこと。(総務省統計局の「家計調査年報」による調査。調査対象は都道府県庁所在都市または政令指定都市)。買い出しは宿の二軒隣りのスーパーマーケットで。今日は祭りだそうで、浴衣やはっぴ姿の人が歩いている。駅の方に行けば屋台が見られたようだ。半袖のシャツ、七分丈のズボンで自転車に乗ればうっすらと汗をかくくらいだから、浴衣でも寒くないわけだ。宿は磐田駅から1㎞も離れていないのに、素泊まり3000円の低料金。古めのビジネスホテルという感じの本館と別館のほかに、工場と棟続きの建物があり、そちらの部屋に案内された。中は、寮か、私が大学生だった20数年前のアパートのような作り。懐かしい。部屋はフローリングにカーペット敷きで、寝転がってTVを見ていたら眠くなってきた。ベッドに移ってぐっすり眠った。元々、工事作業員などの仕事で滞在する人が多く利用する宿のようで、本館の1階の食堂ではボリュームのある食事も用意されるらしい。到着が遅く、出発が早いため食事をとれなかったのが残念。(つづく)

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2012/10/04

月が変われば季節が進む(今度こそ)

 9月30日夜に愛知県に上陸し、10月1日にかけて東日本を縦断した台風17号。近畿地方の日本海側では、台風が接近してくる29日夜から雨が降り出したが、大雨というほどのことはなかった。むしろ、過ぎてからの西高東低の気圧配置が雨の本番という想定通り、1日の朝には京丹後市と伊根町で大雨警報が発令された。しかし、北西の風は弱く、海は穏やか。警報昼前には解除され、午後は雨がやんだ。気温がぐっと下がると思っていたが、さほどでもなかった。むしろ湿度が高くて20度代前半の気温でもやや蒸し暑いくらい。関東などの太平洋側では真夏日になったようだ。
 2日、3日と日中は日が射す夏日となったが、雲は多めで夕方には時雨模様となった。季節は進んでいる。

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スーパーカブのオイルとスパークプラグを交換

 スーパーカブのオイルとスパークプラグを交換した。2万6千km以上走ってスパークプラグはおそらく初めての交換(少なくとも私がオーナーになった5700km走行時から今まで交換していない)。オイル交換も久方ぶり。どちらも真っ黒だった。消耗品の交換はお早めに。

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