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2012/10/26

南アルプスと中央アルプスの南の端っこ(3)

■中央アルプスの端っこ「神坂峠」
 中津川ふるさとユースホステル到着は20時半。150kmの大移動だった。1時間半も遅れたが、暖めなおして夕食を出してくれた。本当にごめんなさい。そしてありがとうございます。本来ならば、新東名、東名、東海環状、中央道と高速道路を利用するのが最速だろうが、連休で大混雑の様子。よって、秋葉ダムから自転車で通った天竜川・水窪川沿いをクルマでさかのぼり(祭りの城西を通って)兵越林道で長野県入りし、飯田から中央自動車道恵那山トンネルで中津川へと抜けた。南アルプスの南端から中央アルプスの南端への移動をしたわけである。
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 静岡で大学生活を送っていた1990年11月、50ccのスクーターで天竜川を遡って、信州を目指したことがある。ところがこの県境で国道152号線がとぎれているので、天竜川本流沿いの細道をたどったのだった。道路はダートになるし、静岡県から長野県へ抜けたいのに、気づいたらなぜか愛知県にいて、迷いながら天竜峡へたどり着いたことこと、紅葉がきれいだったことを覚えている。また、未明から寒さに震えて走り続け、この天竜川沿いで朝を迎え、地元の人同士が「今朝は冷やっこいね」と会話していたのを覚えている。結局、その日泊まる予定だった駒ヶ根ユースホステルに電話をすると宿泊を断られ(平日の当日予約だから断られて当然)、諏訪湖のユースホステルに泊まった。寒さにたまりかねて、翌日最短ルートの富士川沿いを走って静岡に戻り、さらに次の日列車で南東北の旅に出たのだった。
 そんな20年以上前の旅、さらに2005年と2007年の旅を思い出しながら真っ暗な夜道を走って中津川へとたどり着いたのだった。
 ところでこの中津川のユースホステルのオーナーは、以前丹後にいた人で、ちらりとそんなやりとりも交わしたのだった。団体さん、家族連れが一組ずつで、個人ホステラーは私を含めて男性ばかり4人。
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 さて、連休最終日の10月8日、快晴の中ユースホステルを出発。高速道路が混まないうちに帰路に就きたいところだが、変える前にもう一走り。神坂峠を目指す。昨夜、通った恵那山トンネルの真上の峠である。
 サイクルスポーツ誌1989年10月号はツーリング特集。当時のサイクルスポーツ誌は、トライアスロンやロードレースの記事ばかりで、ツーリングに関する内容は読者投稿のツーリングレポートか、東京神田の「アルプス」(現在は閉店)という店の広告くらいのものだった。そうした中、読者のページに「もっとツーリングの記事が読みたい」という葉書が掲載され、この特集が組まれたのだ。その葉書を出した一人が私だった。当時二十歳、自転車を生涯の趣味として生活する決意をしてランドナーを買ってから半年。熱い時期だった。意見が採用されてのツーリング特集は、何度も繰り返し読んだ。
 その特集の中に、峠越えがテーマのツーリングが2本。その一つ渋峠は、2年前に越えた。もう一つは神坂峠越え。未舗装区間、それもかなりの悪路が残る峠越えを、当時流行初めだったMTBで敢行という記事。今回はこちらだ。ただし、現在は舗装されているのと、長野県側が通行止めになってしまっている。長野県側の通行止めは、道路が丸ごと崩落してしまったようで、復旧のめどはない。仕方ないので岐阜県側、中津川からのピストンとする。ただし、帰りの時間が気になるので、標高880mの欅平まではクルマで上ってしまおう。
 まだ人出の少ない馬籠宿の入り口を過ぎ、恵那山の懐へとはいる。林間の細いくねくね道を登り、キャンプ場のある欅平にクルマを止めて自転車の準備。神坂峠は、日本百名山の恵那山の登山口の一つであるし、周辺のハイキングコースも整備されているので、訪れるクルマやオートバイが通り過ぎていく。
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 うねりながらのびる細い道を上っていく。薄暗いほどに濃い林の中である。樹齢300年の大桧へ向かうダートのダブルトラックの分岐で小休止。するとロードレーサーが立ち漕ぎで上ってきた。少し止まって大桧などの案内板を見ていたが、すぐに出発していった。私も少し遅れて出発。すぐに先ほどのロードレーサーが足をついて休んでいた。その脇を、シッティングでじわじわと追い越す。私と同世代のアラフォーサイクリストと見たが、ランドナーという車種を知っているだろうか。その先で、再びロードレーサーが「きつい坂ですね」と声をかけて抜いていった。
 ヘアピンカーブが連続する区間に来ると、ブッシュを抜けて中津川市街の展望が開けてくる。
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 万葉集に「ちはやぶる神の御坂」と歌われた神坂峠は、東山道の峠。その古道の峠から100m離れたところが車道の神坂峠だが、車道の付け方によって峠を過ぎても登りが続く。とりあえず車道の峠に自転車をおいて、古道の峠へ山道を歩いていく。恵那山の登山口にもなっているので、ハイカーの姿も多い。峠には縄文時代の遺跡もある。
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 自転車に戻り、岐阜県側へさらに上っていく。インターネットにPDFファイルで提供されていたルートマップによれば、神坂峠の南方の1688mのピークに展望台があるようなので、そこを目指す。車道もトレッキングコースとなっているのでハイカーの集団が歩いている。先ほどのロードレーサーとすれ違う。どこまで行ってきたのだろうか。カラマツが黄色く染まりつつある。
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 1688Pのすぐ北方にシングルトラックの入り口があり、そこに自転車を止めて歩き出す。稜線まではすぐ上れるが、1688Pの方向は、笹の藪に覆われていて歩けない。仕方なく反対方向、つまり稜線を北に歩いて見るが展望があまりよくないので引き返す。再び自転車にまたがって、少し進んでヘアピンカーブの先端で長野県側を眺める。昼神温泉あたりが見えるのだろうか。やはり今日も高い山は雲に隠れている。
 さあ、戻ろう。防寒の合羽を着込んで、グローブも指まで覆うものに交換。峠まで戻ったら、その後の林間に備えて、前後にランプを点滅させる。下りではクルマに追い越されることなく、あっという間に欅平へ。

 自転車を車に積んで、丹後へ向けて出発。麓に下ったところで、中央自動車道の恵那山トンネルと神坂トンネルの間の高架が見えた。まだ、高速道路はスムーズに流れているようだ。中津川市街に戻り、13時頃高速道路へ。お土産を買いに恵那峡S.A.によったが駐車場にはまだ空きがあった。ただし、クルマを降りれば施設の入り口も通路も人だらけで思うように身動きはとれない。つらい高速道路の走行は、大垣I.C.で切り上げ、休日特別割引で1250円。ラーメン屋とガソリンスタンドで人とクルマに補給をして、養老を経由して関ヶ原へ。養老川の土手には彼岸花。後は往路と同じく、伊吹山、琵琶湖、日本海を見ながら丹後へ戻る。(おわり)

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