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2012/02/14

神鍋山から笹尾へ神鍋高原雪上徘徊

 10人で兵庫県豊岡市日高町のアップ神鍋スキー場を訪れた。当初はハチ高原スキー場の宿に泊まりハチ・ハチ北高原スキー場を2日券で滑る計画となっていたが、今回は初日のみ日帰り参加のメンバーが多く、その中にはスキー初級者もいるため近場かつ緩斜面中心のアップ神鍋スキー場で一日滑ることとなった。その後日帰りメンバーは帰路に就き、泊のメンバーはハチ高原の宿に移動、翌日はハチ・ハチ北を滑るという変則的な計画。
 2月11日、朝8時過ぎに京丹後市を出発。うっすらと雪が積もり、青空がのぞく絶好のスキー日和。途中、大きな除雪車が脱輪していた。
 順調に1時間半で神鍋高原に到着し、10時過ぎにゲレンデに出る。みんなは1日券を購入しているが、私は午後券を買うことにする。
 夏に滑走面に彫り物(ウロコ)を入れてもらった板で、まずはスキー場の頂上まで登る。このスキー場はすべてのリフトが並列なので、ベースからトップまでの標高差は100m余りしかない。トップまで登ってリフト利用のメンバーと一緒にゲレンデを滑り降りる。テレマークスキーには雪面が堅くてスピードが出せない。
 ゲレンデを滑ったらみんなと別れる。神鍋高原は火山地帯で平原に標高差100m程度のなだらかな小ピークがぽこぽこ点在し、神鍋単成火山群といわれている。アップ神鍋スキー場がある神鍋山、神鍋山の北隣の大机山(おづくえやま)や南西の鰤山(ぶりやま)もその単成火山である。かつては、大机山には北神鍋スキー場、鰤山には山宮スキー場があった(詳しくはこちらをどうぞ)。
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 単成火山群の一つかどうかは定かではないが、大机山のすぐ東にあるピークにはかつて笹尾ゲレンデがあり、リフトが一本かかっていた。ここはアップ神鍋(当時は神鍋山)スキー場の一部であった。その笹尾ゲレンデ跡を目指して大雪原を歩きだす。アップ神鍋スキー場の北壁ゲレンデと笹尾ゲレンデ跡が相対峙するその間の大平原は、雪がなければ高原野菜の畑で、途中には沢があり橋を渡っていく。笹尾ゲレンデのベースまでは850m程離れていて、笹尾を目指すと緩く登りとなっているので30分近く歩くこととなった。
 豊岡図書館所蔵の「神鍋スキー風土記」には昭和35年頃の写真が掲載され「初心者の練習場として満員の盛況で、橋を渡って第2ゲレンデまで続いている」と記されている。ここでいう「第2ゲレンデ」は笹尾のことで、ヒールフリーのノルディックスキーで歩いて横切るのに30分近くかかる雪原に人があふれていたというのは驚きだ。この時点でまだ笹尾にはリフトがなく、同書によると昭和38年2月9日に笹尾ゲレンデでもリフト営業が始まったとのこと。それから半世紀近く経って、リフト営業しなくなったゲレンデを自分の足で登って滑ろうという物好きがここにいるわけだ。
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 笹尾ゲレンデのベースからさらに20分かけてゲレンデトップへ。実は7年前にも今日とほぼ同じシチュエーションで笹尾ゲレンデを訪れているが、その時にはまだ残っていたリフトの支柱が今はもう撤去されていた。
 ゲレンデトップでちょうど正午。日が射して緩んだ重い新雪を滑り降り、アップ神鍋スキー場へ戻る。小一時間かけて来たコースが、下りの復路では15分。
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 リフト午後券を買って、さあひたすら滑るぞ。日差しで雪面が緩んでテレマークスキーで快適に滑れる状態になった。天候は午後は曇り、夕方から雪。3000円のリフト午後券を使い、ゲレンデ内移動距離(リフト乗車と滑走)は30.1km。自分に課している1円あたり0.01kmのノルマを達成。
(次の記事に続く)

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