« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010/11/27

初冬の久美浜湾一周

 11月最後の土日は、両日とも休み。嬉しいなぁ。日曜は冷たい雨が降る予報なので、晴天の土曜日に走っておこう。
 それにあわせたように注文していたペダルが届いた。金曜の仕事帰りに自転車店「BULLDOG」で受け取る。折り畳み小径車に付け替えるのだ。もともとは折り畳み式のペダルが付いているのだが、スポーツサイクルようでなく表面が平らで靴底が滑る。この小径車はサドルとペダルの位置関係が私の所有するほか野路転写と違って、やや後ろよりにペダルが付いている。代って、ペダルの中央のシャフトの上に母子球を乗せてペダルを回していても、気づくと土踏まずでペダルを踏んでいる。そこでもう少し靴底に引っかかるものに替えた。そのタイプで折り畳みはないが、道具なしで取り外しできるものを選んだ。自転車はスーパーカブに積みっぱなしなので、現地で交換しよう。
 スーパーカブで西へ。久美浜町に入ったらたんたんトンネルを超えて兵庫県豊岡市但東町へ。図書館に本を返しに行く。図書館のある庁舎の前ではイベントの準備中。
P1200492P1200494

 京都府京丹後市に戻り、久美浜の丹後神野駅にスーパーカブを止めて自転車をおろす。日が低い。到着した列車から降りてきた観光客が民宿のワゴンに乗り込んでいく。
P1200500P1200505P1200507


 早速ペダルを交換し、久美浜湾一周へスタート。海を左に見ながら反時計回りに走る。
 小天橋と呼ばれる半島が外海と湾を塞いで、ほとんど湖のような感じ。行楽のクルマが多いのでできるだけ本線を避けて海べりの遊歩道や家並みの狭い道を選ぶ。日陰では息が白い。
P1200511P1200513P1200517


 入り江ので入り口の狭い水道を橋で超えて、湾の西側へ。牡蠣の養殖場やゴルフ場を見ながらアップダウンを超えて、久美浜の中心街へ。海が近い集落の内部には入らず海沿いの散歩道を行く。
P1200522P1200525

 湾の東側に抜け、兜山の裾のアップダウンへ。標高差50mにも満たないヒルクライムが終わる頃、後輪に違和感。パンクだ。
 さあ、どうしよう。2kmくらいでもうゴールなので、歩いて神野駅に戻り、家に帰ってからパンクを修理するという選択しもある。が、やっぱりその場でチューブ交換することにする。なんと行ってもこれから下りになるのだから。
 たまにクルマの通る狭くて見通しの悪い道で作業をするわけにいかず、少し押して公園に行き、東屋の椅子に腰掛けて作業を開始。母親に連れられた2人の用事が遊具で遊んでいる。後輪を外すのにとまどう。変速機が特殊なのだ。シャフトを抜いて何とかホイールを外し、チューブを抜く。パンクの原因は…。どうやらリム打ちらしく、リム側に穴があった。
 母親と幼児達が軽自動車に乗って帰っていく。急がないと暗くなる。新しいチューブに交換しホイールを組み付けて空気を入れる。小径車で初めてのチューブ交換は25分もかかってしまった。残りが本当に2kmだったら、もう到着している時間だ。シャフトに付いているとんがりコーンのような形をしたバネを落として、それを探すのにずいぶん時間がかかった。ホイールの外し方もわかったし、今後は10分くらい短縮できるだろう。
P1200531P1200541P1200544


 残照の中を再スタート。すっかり体が冷えてしまった。一気に下って、後は海沿いの細道を行く。マジックアワーといわれる薄暮の美しい海を見ながら、クルマの通らない海辺の散歩道を行く。いいねぇ。
 神野駅に戻ったらすっかり暗くなっていた。実際にはパンク地点から3km以上あったので、チューブ交換して正解。その3kmは、下りと平坦だったので体はあまり温まらなかった。スーパーカブでの帰り道は、寒い寒い。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

大島半島大山ダブルトラック

 21日の日曜は午前中舞鶴で仕事。昼に西舞鶴の職場を出る。「ずっと休みがないので早めに戻って体を休めたい」という気持ちよりも「ぱーっと遠出しようぜ」という気持ちの方が勝り、若狭方面へとハンドルを切る。何たって今日も小春日和。朝は山間部で霜が降りていたが、今はぽかぽか。
 東舞鶴の市街地を抜けたところにある金剛院は紅葉の名所。東行き車線からは右折で入らないといけないが、小さな交差点に右折レーンがなく渋滞が心配。でも、渋滞するほどの混雑ではなくややゆっくりの流れながらも通過。
 さて、どこまで行こうか。日が短い時期なので常神半島や三方五湖は遠すぎる。去年の同じ時期に訪れた大島半島(高浜町からおおい町)辺りが現実的だが、全く同じコースの繰り返しでは芸がない。そういえば1年前の大島半島ツーリングの途中で登りかけて止めたダブルトラックがあった。登って下るだけの短くてシンプルながら充実した走りとなりそうだ。1年前のリベンジと行こう。ところで、今日のトランスポーターは、スーパーカブでなくクルマ。先週の南山城で使ったランドナーがそのまま積んである。タイヤはダート用なので、その点でも丁度いいコース選定だ。
P1200345P1200348P1200349


 まずは腹ごしらえ、おおい町の若狭本郷駅前の「小浜ラーメン」。若狭の鯖を使ったスープが売りだ。オートバイに続いて駐車場にはいる。昼時で空席待ちを経てカウンター席へ。隣の席の男性二人組の一人は、自転車用のヘルメットを持っている。服装は普通だったので気づかなかったが、どうやらサイクリストらしい。先に食べ終わって外に出たら、自転車が2台壁に立てかけられていた。
 青戸大橋を渡って大島半島へ。小浜湾側、東海岸を赤礁崎方面へ少し走り、大島トンネルを越え入り江にクルマを止める。渡船を利用する釣り客向けの広い駐車場では小学生くらいの子どもたちが遊んでいる。
 西の大島半島と東の内外海半島と相対峙して小浜湾を形成している。大島半島は、元々は離島で、それが砂州によって陸続きの半島となった陸繋島(りくけいとう)で、その根本の東側には深く海が切れ込んでいる。その東西に長い青戸入江は、橋(先ほど渡った青戸大橋)も架かりまるで大河のようである。
 この大島半島を地図で見ると、ひょうたんが逆さになったような形をしているが、その中央部のくびれのところにクルマを止めたわけである。
 半島中央部の標高478mのピークは、国土地理院の地図には名前が記述されていないが、おおい町のWebサイトによれば「大山(おおやま)」だそうである。また、大山の山頂には二等三角点があり、点名は「和田山」。ちなみにこの山塊の別の地点が点名「大山」となっている。
 クルマを止めるが、すぐに行動する気にならずシートを倒してお昼寝。海辺のシエスタである。
 子どもの声で目が覚める。クルマの中に人がいることを知ってか知らずか、ずいぶんクルマの近くまできている。いきなり出ると脅かしそうなので、少し様子を見て子どもたちが遠ざかってからクルマを出て自転車をおろす。出発準備を整えていると、年輩の女性が出てきて「そっちへ行くなと言っとるだろうが!」と、岸壁で遊ぶ子どもたちをものすごい剣幕で叱り始めた。子どもたちの内の誰かのおばあさんのようだ。海に落ちる危険があるとか、他人の所有する船に乗り移ってはいけないとか、そういう家庭内あるいは地域の取り決めがあるのだろう。それにしても子どもたちは、冷めた様子。世話になっている人があんなに怒っているのに、全く平気な顔。やれやれ。
 さて、子どもたちが渋々立ち去って静かになった入り江を出発。東海岸を縦断する県道を渡って山の中に向かう道にはいる。舗装路をぐいぐい登っていくと分岐があり、ゲートでふさがれている方が林道「双まぜ線」。片方のコンクリート舗装は、半島の反対側へ向かうようだ。つまりひょうたんの中央のくびれの峠を越えるルートだ。
 ゲートの脇を抜けて、双まぜ線へ。地図上では大山の山頂直下まで線が引かれているが、果たしてどこまで行けるだろうか。
P1200350P1200357P1200363


 ゲートからしばらくは舗装路。登るに連れて木々の合間から海がのぞくようになる。山の雑木林が色づいている。
 ヘアピンカーブを越えるとダートが始まる。1年前は700Cタイヤのクロスバイクで来たので、ダートを少し入ったところで断念した。
 しばらくダートを登ると、ガレている区間があって少し苦労する。乗車のままいけるが、登行スピードはダウン。さらに登ると分岐があった。片方は送電線の鉄塔のメンテナンスのための道のようだ。原発街道と呼ばれる若狭湾沿いだが、この大島半島の先にも原子力発電所があり、送電線が張り巡らされている。本線はつかの間の舗装となる。そして、その舗装を越えたあとは、比較的フラットなダートで頂上部へ。
 海の景色がいい。内外海半島、常神半島と折り重なるリアス式海岸。内外海半島にはこちらと相対峙する久須夜ヶ岳が頭のてっぺんにアンテナを載せている。今いる周辺の木々は赤や黄色に色づいて鮮やか。
 大山の山頂部は高原状のススキ野原だ。ダブルトラックはススキ野原を空へと続く道のよう。振り返れば水平線へと降りる道。
P1200378P1200394P1200405


 ややぬかるんだ赤土の道を突き当たりまで進むとちょっとした広場。林道にも草が生えていて、泥よけに草が詰まる。その縁には落差3mくらいの赤土の崖。石を足がかりに上れそうであるし、実際誰かが登った足跡も残っている。だから登ってみる。あとで位置確認ができるように、自転車のハンドルからGPSレシーバーをはずして持っていく。
 その上には、何か建築物を造るために整地された広場。何だろう、無線アンテナだろうか。その整地広場を囲む土手に登ってみる。ブッシュでよくわからないが周囲にここより高いところは見あたらない。標高も460mを越えている。ほぼ山頂まで来ているのではないか。三角点を探したいところだが、もう日が傾いて探索している余裕はない。とっとと下ろう。崖の部分にはタイガーロープがつり下げられていたので利用させていただく。
 さすがに下りは早い。ガレているところで自転車を倒してしまった。人間は着地。
 東の空には月。だんだん高く明るくなり、リアス式海岸の海に月光が反射している。周囲の山からは「ヒャーッ!」と甲高い鹿の鳴き声。
P1200421P1200426P1200431


 下りきるとすっかり薄暗くなっていた。駐車場に戻ると、クルマの近くでまた子どもが集まっている。今度は女子中学生だ。その内の一人がしきりに「寒い寒い。早く帰ろう」と言っているが、なかなかメンバーの同意が得られないようだ。先に帰るわけには行かない、女子同士の人間関係だ。
P1200433


 月明かりを浴びながら自転車をクルマに納め、お先に帰路に就く。海沿いの道は、釣り客のクルマが列をなして流れている。みんな青戸大橋を渡って国道27号線の方へ向かうが、私は青戸入江の北岸を若狭富士のシルエットを見ながらのんびり行く。半島の付け根で、海が左から右に変わるが、海岸ぎりぎりの道は狭い路地のためクルマに不向き。1年前なら自転車で路地よりさらに海沿いの遊歩道を走れたのに、クルマは不自由だ。すごすごと国道に戻り、帰路に就く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/25

通勤コースも秋から冬へ

 徐々に晴れてくる予報ながら一日曇天。その分朝の放射冷却はなかった。
 大内峠の紅葉は最盛期。そして今日(11月24日)も浮き島現象。晩秋から初冬の雰囲気へと変わっていく。
P1200438P1200441P1200445


| | コメント (0) | トラックバック (0)

たんたんちりめんポタリング

 11月20、21日の土日はともに勤務。ただしいずれも半ドン。両日ともにぽかぽか小春日和となる模様。
 20日は午前中宮津で勤務の後、与謝野町の旧加悦町中心部の「ちりめん街道」へ。紅葉最盛期の行楽日和、京都縦貫道の宮津I.C.から海沿い天橋立方面に向かう車線は大渋滞。それを横目にスーパーカブで反対車線をすいすい南下。大江山スキー場の手前を右折し、大宮峠、香河峠を越えて与謝野町加悦へ。
 しかし暖かい。朝の出勤時はずいぶん寒かったのに、今はすっかりぽかぽか陽気。朝と同じ出で立ちでスーパーカブに乗ったら暑いくらいだ。
 与謝野町役場加悦庁舎にスーパーカブを停めて、折り畳み小径車を下ろす。服装も薄着で十分。
 先日、テレビで加悦のちりめん街道が取り上げられていた。明治、大正から昭和の初めにかけて隆盛を極めた地場産業「丹後ちりめん」。ちりめんで財をなした人の住居や、ちりめん長者が連夜どんちゃん騒ぎの散財をした旅館、ちりめんなどを運搬するために村民の出資で敷かれた私鉄「加悦鉄道」の駅舎などが残る界隈。近くであり、京丹後から福知山へ南下するときのメインルートが通っている加悦町でありながら、ほんの少し筋違いというだけでほとんど訪れたことのなかったところである。
P1200247P1200250P1200259


 さて、自転車にまたがる。ところで加悦庁舎の前には加悦鉄道の加悦駅の駅舎があるが、今日は外観だけ見て素通り。ちりめん街道といわれる界隈は目と鼻の先。確かに、古くて立派な家が並んでいる。玄関先には「ちりめん街道」と染め抜かれた暖簾が下がっている。入場料を取って内部を公開している住宅以外も、ちゃんと趣があって立派な作りで、ちりめんで栄えていた往時が偲ばれるようだ。
 丹後ちりめんの産地はこの加悦だけではない。宮津、伊根、そして我が京丹後市各地でも、至る所で機音が聞こえていた。近所に住む2人のおば(伯母および叔母)も機を織っていたし、なにより隣の家の機音を聞いて私も育った。しかし、いずれもすでに機をやめてしまった。
 ちりめん街道に、機音が聞こえる家は1軒だけ。デジタルカメラを動画モードにして音を取り込む。
 ちりめん街道の東端にある旧加悦町役場庁舎も、大正から昭和初期を思わせる古い建築物。今は観光案内所となっており、中でイラストマップをもらう。
 公開されている住宅の中を見学してもいいのだが、今日はあまりにも天気が良すぎる。やっぱりこんな日は走るしかない。加悦奥の集落へとハンドルを切る。府道705号線を西に。目指すは但馬の但東町に抜ける加悦奥峠。クルマがほとんど通らない静かな峠で、自転車のためにあるような道である。しかも、その南にはやはり静かな滝峠があり、ちゃんと往復楽しめる。
 快晴の青空。赤や褐色の紅葉が輝く。広い谷には田園が広がり家が点在している。集落を過ぎると両側の山が迫り、登り勾配が増していく。そして、もともと少ない車の通行がほぼゼロになる。ちりめん街道のある界隈から峠までの標高差は、230m程。折り畳み小径車でも十分可能な峠越えだ。展望はあまりないが、峠の手前から背後に磯砂山が見えた。
P1200265P1200268P1200276


 峠は京都府与謝野町(旧加悦町)と兵庫県豊岡市(旧但東町)との境。午後14時を過ぎ、既に日は低い。斜陽を受けて赤や黄色の木々の色づきが増しているようだ。
 夕暮れが早いこの時期、登り標高差の小さい岩屋峠への下方修正も考えたが、やはり予定通り滝峠としよう。
 府道から県道に変わった705号線を下る。途中のモミジが赤く鮮やか。県道2号線に突き当たる。クルマの通行があってやや緊張する。十分に少ない交通量ではあるのだが…。右に曲がれば岩屋峠へ登りが始まるが、滝峠へは左折。いったん下ってから岩屋峠よりも高い位置まで登らねばならない。まあ、加悦より但東の方が標高が高いので知れているが。
P1200284P1200291P1200294


 中山で県道2号線から701号線へ左折。そういえばこの辺りもちりめんの産地である。帰ってから調べてみると、江戸時代1700年代の後半に丹後ちりめんの技術が持ち込まれたとのことである。ただし、丹後ちりめんといっても加悦からではなく峰山(現京丹後市)からなので、加悦奥峠を越えて来たわけではないようだ。ちなみに丹後ちりめんはもう少し前、1700年代の初めに京都西陣から技術を持ち込んだのは本格的な始まりとのこと。
 ソバの赤花集落の入り口を過ぎ滝峠へ登る。こちらもほとんどクルマが通らない。峠の向こうは再び与謝野町の旧加悦町エリア。日が傾いてきた。腹も減ってきた。ウィンドブレーカー代わりの合羽を羽織って、手袋を指切りからフリースのものに変えて、とっとと下ろう。峠から大江山連峰(千丈ヶ嶽と鳩ヶ峰)が見えたので写真を撮っていたらクルマが2台通った。珍しい。
 下っていく。前方には大江山連峰が見え隠れ。その方から月が昇ってきた。
P1200308P1200326P1200340


 奥滝集落まで下ったら、「千年ツバキ」の看板が目に入った。そういえばこれも見たことがないな。四方がない、ここまで来たら行ってみるか。後は下るだけ、と思っていたところに登りはきつい。すぐに資料館があったが、ツバキ自体はまだ先のようだ。道は細くなりさらに深い杉林に入っていく。「千年ツバキまで1.5km」という案内板が立っている。これがなかなか遠かった。トイレなどがある公園についた。廃屋が見られる。廃村大田和だ。ツバキはまだおく。「290m」の表示がありダブルトラックの急勾配のダートがのびている。MTBかランドナーなら突入だが、折り畳み自転車は置いていく。
 やっとたどり着いたツバキ。斜面に立って常緑の葉が茂っている。説明板に寄れば、「クロツバキ」という品種で、樹齢は約1200年とのこと。兵庫県養父市大屋町の樹齢600~800年といわれるエドヒガンザクラ(みづめ桜と樽見の大桜)よりはやや小さい。古木のため、枝には松葉杖のような支えが施されている。
 さあ、戻ろう。自転車まで戻れば早い早い。登りとは雲泥の差。大江山連峰の上の月が明るさを増してきた。府道701号線から国道176号線の旧道に突き当たったところは、与謝郡与謝野町与謝(よさぐんよさのちょうよざ)。でも、できるだけ本通りを避けて田んぼの中の農道や家の間の路地をつなぐ。下りなのであっという間に加悦庁舎へ。ポタリングとしてはハードな約35kmを完了。
 自転車を畳んでスーパーカブに積み、服を着込んで、空腹に耐えかねスーパーマーケットで買い食いして、家に帰る。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2010/11/19

浮き島現象

 天気が悪くて毎日クルマで通勤。金曜になってようやく晴れたので、バイク&バイクで通勤。山間部では霜が降りていた。大内峠の紅葉は最盛期。
P1200198P1200230P1200209


 さて、自転車で天橋立を走行途中、冠島、沓島に目をやる。浮き島現象だ。これは蜃気楼の一種で、海面付近の大気が冷え込むと、島が水平線から浮いて見える。この時期この場所で見たことはあるのだが、こんなに顕著なのは初めて。
P1200219P1200217P1200221


| | コメント (4) | トラックバック (0)

南山城ツーリングの翌日はサイクルモード大阪

 11月14日は、サイクルモード大阪へ。
 一つ前の話題からの続きである。前夜遅く青波ごん太君の家を後にし、宇治の天ヶ瀬ダムの近くで車中泊。最近手に入れたばかりの冬用のシュラフのおかげで暖かく過ごせた。冷え込みもさほどきつくなかったしね。天ヶ瀬ダムの朝は、紅葉の鮮やかな宇治川沿いの散歩、ジョギング、自転車と賑やか。
P1200081P1200085P1200089


 桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となる御幸橋を目指し東から西への移動。途中コンビニで弁当を買って朝食。淀川河川公園背割堤の駐車場に9時の開門直後に入る予定が、行動開始は遅いし入り口で迷うし結局9時半を過ぎてしまった。 ここは昨日走った桂川木津川サイクリングロードの途中なので、自転車が多い。ここにクルマを止めたり、集合したりしてサイクリングロードを走る人も多い。
 私は今日は自転車に乗らず、御幸橋を歩いて渡って京阪八幡市駅。石清水八幡宮の門前駅だ。電車に乗って大阪へ。北浜で地下鉄、そしてニュートラムに乗り換えて大阪南港「トレードセンター前駅」へ。
 ATC(アジア太平洋トレードセンター)という大型ショッピングモールで昼食。そして、サイクルモード会場のインテックス大阪へ。
 サイクルモードは大変な人混み。最近ツーリングをテーマにした自転車のムックで見かける絹代という女性がいる。さらにいくつかのブースにはサイドバックを装着した旅仕様の自転車の展示が見られ、中には泥よけの付いた伝統的なスタイルの自転車もあった。サイクルモードは2度目だが、前回の2年前には見られなかった傾向だ。
P1200097P1200098P1200128


 かつての冬季オリンピック出場選手、ノルディック複合の萩原(例の双子だがどうやら次男らしい)とスピードスケートショートトラックの勅使河原のトークショーを見物して、会場を後にする。前回は試乗もしたのだが、今回は人が多くて試乗待ちの行列がずらり。並ぶ気にならない。
 ATCに再び戻り、最後の恐竜展の入り口へ。入ろうかどうか迷ったが、人混みに疲れたので引き返す。ATCの港の見える中庭風(?)テラスには、コスプレの女性たちが寝そべったりポーズを決めて写真を撮りあったりしている。
P1200145P1200143P1200152


 後は往路を引き返して八幡市駅へ。背割堤付近は相変わらず自転車が多い。
 去年の南山城ツーリングの後も、こうして八幡市から京阪電車に乗って大阪を訪れ、あのときは折り畳み小径車の専門店を訪れた。そして、直後に注文したのだった。都会の街路樹の紅葉もきれいだし。田舎者にとって、こうして電車に乗って味わう都会もいいものである。たまには。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

晩秋木津川三上山

 晩秋の時期の京都府南部南山城地区のツーリングも、2004年から数えてかれこれ7回目となった。この時期「うらにし」と呼ばれる時雨模様が続く日本海側ではなかなか走れないので、紅葉見物をかねて高校時代からの友人で宇治在住の自転車仲間の いさなごのぼる君 と共に走る計画が定着していた。ただ、近年の11月は暖かく、日本海側でも結構はれて走れる日が多い。10月末には強く冷え込んだ今秋だが、11月中旬には暖かさが戻り、なんとこの時期には珍しい黄砂までやってきた。
 まあ、大義名分は何でも良くて、今年は木津川市旧山城町の三上山とその周辺のダブルトラック林道がターゲットだ。
 11月13日午前7時過ぎに、丹後の自宅をクルマで出発。例年予定の時間に大幅に遅刻して、いさなごのぼる君に迷惑をかけているのだが、今回は勝算あり。京丹波から無料実験中の京都縦貫道を使うのだ。黄砂に加えて朝霧で視界の悪い亀岡盆地を越え順調に南下。予定通り京都縦貫道へ。さすがに紅葉シーズンが始まっているので交通量が多い。でも、最盛期となる1~2週間後にはもっと大変なことになる。
 京都盆地に入って縦貫道は終わり、市街地を迂回するために洛西ニュータウンから長岡京へ。このルートにも紅葉で人気の「光明寺」があるが、周辺に散らばる臨時駐車場にはまだクルマはまばらで順調に通過。最盛期には満車の駐車場には入れないクルマが狭い道にあふれて大渋滞となる。
 そんなこんなで10時40分に城陽に到着。友人の 青波ごん太君 の家の駐車場にクルマを入れる。青波ごん太君に挨拶をして自転車を下ろしツーリングの準備をするが、いさなごのぼる君との約束の11時になったので、集合場所のJR城陽駅へ。いさなごのぼる君と無事落ち合ったら青波ごん太君の家に戻り、私は引き続き準備を整え行動食を軽く食べながら、食料を買い出しにいったいさなごのぼる君を待つ。いさなごのぼる君が戻ってきたが、彼の自転車は整備不良きわまりない。私が予備として持っているブレーキシューを出して交換し、ブレーキワイヤーの調整。なかなか出発できない。ようやくすべてが整ったのが11時半頃。青波ごん太君に出発を告げると、「まだいたのか」と言われる。
 JR奈良線の東側を南下。この辺りは、自衛隊の演習場となっている丘陵地帯と、木津川沿いの平野部の住宅街との境目で、小さなアップダウンを繰り返す。国道307号線につき当たったら、木津川に向けて右折。山城大橋を渡って木津川左岸のサイクリングロードで南下。去年登った万灯呂山は黄砂に霞んでいる。
P1200012P1200013P1200016


 サイクリングロードにはカラフルなウェアに身を包んだサイクリストがいっぱい。ロードレーサーと折り畳み小径車が多い。普段着のまま自転車に乗っているのは我々くらいのものだ。ちなみに教の私の自転車は、今シーズン大活躍のVigoreランドナー改パスハンター。いさなごのぼる君はTREKのMTBだ。
 交差する国道をくぐり抜ける高架下のブラインドコーナーから右側通行の自転車が飛び出してきてびっくり。年輩のサイクリストだ。危ないなあ。そういえば、我々がサイクリングロードに入った直後の車道と斜めに交差している箇所の緩いカーブで、我々の前を行く小径車のサイクリストが対向自転車とキープレフトですれ違おうとしているのに、相手は右側に寄ってすれ違おうとしていた。それも年輩のサイクリストだった。どうもサイクリングロードが公道であることがわかっていない人がいるようだ。
 開橋まで南下したら、木津川を渡ってそのまま東に進んで山間部へとはいる。クルマも自転車も少ない道で快適。青空が見えないのは、黄砂のせいばかりでなく曇天のため。
P1200018P1200020P1200024


 緩やかに道は登り、雑木林や茶畑を抜けて神童寺の集落へ。実際には集落には入らず手前の分岐を通過。その先にはまとまった集落はない。鳴子川に沿ってさらに坂を登って山城町森林公園へ。キャンプ場を主とした野外活動施設のようだ。紅葉が鮮やか。
 森林公園を越えると道はさらに細く、登り勾配が増す。その先に分岐。直進は「冒険の道」というやや荒れた雰囲気のダート。左折のやはりダートのダブルトラック林道へ入る。登り勾配がさらに増して息が弾む。
P1200028P1200032P1200034


 路面はコンクリート舗装とダートを繰り返す。当然コンクリート舗装の区間は勾配がきつい。何度かシングルトラックと交差しながら標高を上げ、「三上山展望台」の案内板を発見。最後はシングルトラック。
P1200040P1200045P1200050


 せっかくの大展望のピークなのに、いまいましき黄砂。京阪奈丘陵がはっきり見えない。眼下に見下ろすのは加茂の中心街。駅前の高層マンションがどうにかうっすら見える。東には和束の集落が見える。行動食を食べてのんびり過ごす。
P1200047P1200057P1200059


 さあ下ろう。まずはシングルトラック。押し担ぎの丸太の階段は、最後の数10メートルを乗車。ダブルトラックに戻ったら、今度は北側の田村新田に向けて下る。こちらは急勾配の区間も舗装されていないので道は荒れている。深い溝が掘れていたり、粒子の細かい土が流され砂利が浮いていたり、ガレていたり。
 登り返しもあるが、ランドナー改の細いタイヤ(ダート用のブロックパターンではあるが)はグリップが弱く押して登る。いさなごのぼる君のMTBは先へ行ってしまった。その先の下りでもやはりMTBに水をあけられる。
 オフロードのモーターサイクルも通るが、やはりタイヤをとられるようで慎重に走っている。
P1200061P1200067

 麓の集落に下ったところで一休み。舗装路との境目で我々が自転車を止めて休みかけたところで、畑に向かうらしい地元の女性が通りがかり挨拶を交わした後しばらく話をする。我々が今下ってきた道はまだ開通してからそんなにたっていないとこのと。また、この数世帯の小さな集落は田村新田(「田村新田」が大字で小字は「平ヶ谷」)井手町の飛び地。田村新田という地名は、飛び地でない井手町の大正池の近くにもあるが、いずれも和束町の田村さんが開墾した土地だということだ。また、かつては車道は天神川沿いにしかなく、この村の子どもは有王の山道を越えて小学校に通ったそうだ。何ともしっかりした説明をしてくれるお母さんだった。
 お母さんと別れて、天神川に沿った細長い飛び地を過ぎる。そのまま舗装路をたどると道はぐんぐん標高を上げる。予定では天神川沿いを下るつもりだったが、間違えて有王を越えて井手町へ向かっていた。気づいたときには旧町境のピークを越えていたが、その先の多摩川沿いの道は既に走っているし舗装路なのでUターン。再び峠を越えて天神川沿いに戻る。
 我々が目指す道は竹藪の中のダートのダブルトラックだ。かつてはこの道がメインの車道。そして今我々が越えた舗装の峠道は、かつて子どもが小学校に通った山道だったようだ。
P1200070P1200072

 ダブルトラックは竹藪から畑をこえ、さらには草ぼうぼうの路面を経て、ガレたりぬかるんだりの沢沿いルートと変化が激しい。緩い下り勾配でなかなか楽しい。ぬかるみの区間は泥よけがありがたい。路面にはたまに2輪の轍。よく見ると4輪の轍も。
 ひとしきり楽しんだら砂防ダムの先で急に視界が開け田園地帯に出た。既に稲刈りを終えた田んぼが広がっている。林道から農道へと変わったダブルトラックは路面の凹凸が激しく、脇の草の上の方が走りやすい。でも、それもつかの間。すぐに一般の車道となる。目標としていた蟹満寺を左に見ながらJR奈良線を越えたところで城陽までのルートを考える。既に薄暗くなって来たので出きればクルマの少ないコースがよい。山城大橋までは国道24号線の交通量の少ない府道・市道を選んで北上し、その後は木津川右岸の土手の上の道を行くことに決め、ライトをつけて北上開始。
P1200077P1200078

 山背古道も併走するルートは趣のある町並み。昭和の感じが漂う駄菓子屋の灯りが何とも暖かい。玉川沿いは紅葉がきれい。以前のこの時期のツーリングで大正池から下ってきたときの記憶が呼び起こされる。
 山城大橋から木津川右岸の土手の道は、車止めがあって自動車は通らないので快適そのもの。左岸のサイクリングロードもいいがこちらもいい。富野で土手を下りて北上。城陽の街は細い路地が多い。クルマは幹線を通るので自転車は路地を行けばいい。玉水から城陽のこのルートはクルマを気にせず走れる区間が多く、しかも往路よりも距離が短かった。
 というわけで本日の走行は45km(いさなごのぼる君はプラス10km)ほど。
 城陽青波ごん太君宅前で、いさなごのぼる君と別れる。私は青波ごん太君夫婦と夕食をともにする。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010/11/07

山サイに使った自転車のブレーキシュー交換

 前日より雲は多めながら時折日が射すぽかぽか小春日和。
 いつもは12月までかかっても収穫しきれない柿の実も、とうとう最後の1個の収穫を終えた。
 そして、文化の日の扇ノ山で使ったランドナー、昨日の氷ノ山で使ったMTBのブレーキシューを交換。どちらもリアはまだ大丈夫そうなのでフロントのみ。
P1190952P1190954P1190955P1190956

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/06

小春日和の氷ノ山三ノ丸

 今年の11月6日は、旧暦の10月1日。つまり小春の初日。晩秋のこの時期は冷たい時雨の降る日もあるが、まだ冬ではないので寒波は一時的でその後には春のようなぽかぽか陽気の日がやってくる。そこから小春と呼ばれ、その春のような陽気を小春日和という。今年は初日から文字通りの小春日和となった。
 しかし、相変わらず初動は遅い。ビデオレコーダーのハードディスクの残り容量が少なくなってしまい、DVDビデオ作成に明け方までかかってしまった。9時過ぎに起きて10時過ぎに家を出る。100kmあまりのアプローチの途中に寄り道2件。一つ目は豊岡市立図書館但東分館で、西宮市の図書館から取り寄せられた本を借りる。京都府民なのに兵庫県の図書館ネットワークも利用できる恵まれた環境。もちろん京都府のネットワークだって利用できる。二つ目は養父の家電量販店。カード会員なので招待状が来ていた。来店記念品を受け取る。レジの行列が長いので何も買わなくてごめんなさい。また買い物に来ます。
 橋は快晴でぽかぽか。クルマの中が暑い。紅葉も映える。
 戸倉峠の兵庫側、ヤマメ茶屋から坂ノ谷林道へ。かなりガレていてゆっくり進むが、落石を跨いで腹を打つ。そしてオフロードバイクが行き交う。10年くらい前のオフロードバイクとはデザインがずいぶん違うようだ。排気量も大きくなっているみたい。何よりエンジン音が静かになっているのがいい。10年あまり前2輪免許を取ってすぐに友人から借りたオフロードバイクで山を走ったが音が大きすぎて静かな山を走ることが厚かましく感じられ、免許は取ったものの2輪に対する思いは消えてしまった。
P1190889P1190898P1190900


 さて、坂ノ谷登山口で自転車をおろす。先日文化の日はランドナーで扇ノ山だったが、今日は本当に久しぶりのMTBだ。いつ以来だろう。今シーズンツーリングで使うのは初めてのような気がする。ということは春先にスキー登山の時雪が残りクルマが入れない林道をアプローチするのに使って以来ということか。思わず携帯用ポンプを忘れてしまった(ランドナーに付けてある)。睡眠不足、(昨日より症状は改善したものの)風邪に加え、ポンプがないことで、今日は氷ノ山山頂は目指さず、その手前の三ノ丸までのピストンとしよう。
 12:35、まずは植林の中の登山道を押す。2ヶ月前にMTBでの死亡事故が起こった場所でありMTBに対する風評が気になるが、特に入山を規制する案内板はなくて安心する。サイクルコンピュータの温度計は15度。文化の日の扇ノ山よりも10度近く高い。
 植林からブナ林へ。青空をバックに赤や黄色の葉が輝いている。下山してくるハイカーと挨拶をしてすれ違う。歩くには長すぎるコースなのであまりハイカーとは出会わないのだが、さすがに好天のためロングコースを歩く人がいるようだ。
 3日の扇ノ山ほどではないが登山道は数カ所ぬかるみがあり、全体的に柔らかめ。泥んこ扇ノ山の後洗ったシューズを汚したくないので、今日は防水のトレッキングシューズ。ぬかるみはほんのちょっとだが、そのわずかな区間で汚れて(濡れて)しまうので靴の選択は正解だった。そもそも、シングルトラックではビンディングに固定する場面はない。なのに扇ノ山では自転車用のシューズを履いて登ったことが悔やまれる。やはりしばらく山から遠ざかっていたことにより、感覚が鈍っていたとしか思えない。
P1190908P1190923P1190925


 14:20、三ノ丸到着。誰もいないので展望櫓を独り占め。三ノ丸は8ヶ月ぶり、氷ノ山山域に範囲を広げても7ヶ月ぶり(いずれもテレマークスキー登山)だ。
P1190937P1190942

 14:40、さすがに少し寒くなってきたので下山開始。今日はMTBで先日のランドナーとの走破性の違いを実感する想定で、しかも路面のコンディションは扇ノ山の日よりもずいぶん良い。しかしなんだかこわごわの下り。死亡事故や熊出没騒動で山から遠ざかっていたこともあるし、7ヶ月もご無沙汰だったMTBともあまり息が合わない感じだ。
 15:25、下山。かつては30分くらいで下ったはずなのになぁ。
 クルマに乗って帰路に就く。背後に迫るオフロードバイクを先に行かせ林道をゆっくり下り(腹を打った落石は誰かが撤去してくれていた)、斜陽の田舎道をいく。復路も寄り道。豊岡市立図書館の今度は日高分館。私が生まれる前に出た「兵庫県の秘境」という本の氷ノ山に関する記述を読む。
 充実した小春日和の一日だった。明日は、ゆっくりして風邪を治そう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/03

浦西の扇ノ山

 氷ノ山でのMTB死亡事故、相次ぐ熊出没ニュースに、この秋なかなか山に足が向かわなかったが、色づく山を見るうちについ我慢できなくなってしまった。10月末の土日は雨で身動きがとれず、晴れの特異日文化の日にかける。さすがに雲は多めだが日が射す空模様。
 朝はいつもの休日のようにだらだらと過ごし、少ない柿の実を収穫してから昼前に家を出る。既に2本の木は実がなくなり、最後の3本目だ。例年、高枝切りバサミが届く範囲で手一杯なのだが、今年は脚立に乗って高枝切りバサミを振り回さないといけない。この木も今年と去年を比較する写真を貼っておく。
P1190768P1080286

 11時過ぎに重い腰を上げる。遅いほうが天気が回復するし、何より登山者が降りていくのとすれ違いながら登る方がいい。登山道で自転車を押している姿は登山者には大変なことをしているように見えるらしく、同情的な声をかけてくれる。自転車で下っているときに鉢合わせするのとは180度逆の好印象を与えることができる。
 MTBでおなじみのいつものコースだが、今日は趣向を変えてランドナー改パスハンターで出撃。昨夜の雨から徐々に回復基調だが日が射したり雨がぱらついたり不安定な天気。北西の季節風「うらにし(浦西)」が吹いて、日本海は荒れている。アプローチの道中にも結構な雨足の雨が降り、登山口で出発準備中も軽い通り雨。気温6度、息が白い。登山道はぬかるみ、木の根は滑り乗車率は低い。MTBならもっとましだった。
P1190770P1190788P1190799

 大ヅッコと扇ノ山山頂の間は階段があるしほとんど乗車できないので、MTBであっても途中でデポして山頂を往復することがある。ましてや走破性の劣る自転車で来ているのだが、せっかく初めての山サイを経験するランドナーに山頂での記念撮影に参加してもらおうと、押しで山頂を目指す。最後は乗車で15:40山頂到着。1時間半で登頂だ。スキーで訪れてらい半年ぶり。紅葉シーズンとあってか、遅い時間に到着した山頂にはまだ2組3人の登山者がいた。大きな声で山で日が暮れて迷った体験談を発表しているが、一方でもうすぐ暗くなるというのにまったく出発する気配がない。泊まりの装備はなさそうだが。
 山頂のみガスで覆われ、大山はおろか氷ノ山さえも見えなかった。後から来たのに、彼らより先に15:50出発。
 ぬかるみと滑る木の根に難渋。特にぬかるみがひどい。下りでもペダルが重い。深いところでは自転車が自立する。勢いで突っ切れると思ってぬかるみに突入するも止まってしまう。とっさに飛び石代わりの丸太や木の根に足を付こうとするが、これがつるつるに滑って何度も泥の中に足をついてしまう。
 それでもさすがに下りは早い。釣瓶落としの夕日と競争だ。ゴール間近で小雨が降り出す。足は泥んこだが、泥はねはマッドガードがカットしてくれた。17:05下山。入山から丁度3時間弱。下りの乗車率は低かったが(体感で40パーセント)、MTBですっ飛ばしたときと所要時間はさほど変わらない。
 ヘッドライトをつけ、ワイパーを動かして帰路に就く。上山高原からは漁り火が見えた。
 紅葉は登山口や小ヅッコの辺りから下が見頃。それより上は既に落葉が進んでいた。上山高原はススキの穂が最盛期。上山は全体が綿毛をかぶっているよう。
 往路は香住浜坂を経由したが、「ジオパークロード」という表示と新しくなった余部鉄橋、そして山陰本線の線路沿い(鉄橋付近ではない)にたくさんのカメラマンがいたことが印象的。(後日、6日で定期運転を終える特急「はまかぜ」の車両がお目当てだということがわかった。)
P1190801P1190820P1190827

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/11/02

柿が不作

 1年おきに豊作と不作が繰り返すというが、わが家の3本の柿木は毎年絶好調で実を付けていた。しかし、今年は史上空前の不作。
 ちなみに山の木の実も不作で、熊出没情報が近隣でも毎日のように聞かれるが、柿の不作との相関関係はあるのだろうか。猛暑の影響はあるのか。誰か教えて。
 写真は今年と多かった一昨年の比較。同じ木だというのに。
P1190715P1030333

| | コメント (0) | トラックバック (0)

晩秋の台風と寒波襲来

 10月末に、台風14号が日本付近を通過した。もし上陸していれば、1951年の観測以来2番目に遅い記録となった。ちなみにもっとも遅い日本上陸は、1990年11月30日の台風28号。これがダントツに遅い。当時大学4年生で、静岡での生活も後数ヶ月となり思い残すことがないようにと市街地から見える竜爪山という1000mあまりの山(南アルプス前衛で、富士山の展望も良い)に登ったのが、台風一過の12月1日だった。師走とは思えぬ暖かい風に吹かれ、汗をかいたことを覚えている。
 また、3番目に遅かったのは、6年前の台風23号。2004年の10月20日、北近畿などに大きな被害をもたらしたやつである。
 ちなみに2番目は1967年10月28日の台風34号だが、生まれる前のことなので思い入れは全くない。しかし、34号という番号に驚き。今年の同じ時期の台風が14号だっただけに、倍以上である。

 遅い時期の台風日本上陸および接近ついて共通することは、秋が暖かいことである。本来秋が深まれば東に遠ざかるはずの太平洋高気圧が未だ日本の南海上に居座り、その縁を回って日本付近に台風がやってくるということだ。
 また、台風は大気の循環ももたらす。南から暖かい空気を持ち込んでくると同時に、その強力な吸引力で北の気団も引き寄せる。10月下旬ともなれば、日本のすぐ北には冬の寒気団が控えているので特に台風の去り際、西高東低の気圧配置になったときには急に冷え込むのだ(ちなみに8月の北海道で台風のなれの果ての温帯低気圧を体験したが、さすがに北海道くらいになると台風一過はとても寒く、泊まった宿では真夏にストーブを焚いていた。)。
 たくさんの台風が日本を襲い台風の当たり年だった2004年には、前述の23号の数日後にも日本に台風が接近し、その去り際に強い寒波が来て中国山地最高峰の大山が冠雪した。
 今年は、その2004年以来6年ぶりに10月中に大山が冠雪した(27日)。そのときには台風14号が東シナ海で満を持している状態。うまく説明はできないが、台風のエネルギーが寒波を北から引き寄せたことに何らかの関与をしているのではないだろうか。例えば、台風による大気の循環で起きる下降気流が、中国内陸部の高気圧の勢力に荷担して西高東低をより強めたとか。
 写真は、台風が接近し天橋立付近の海岸を波が洗う。まるで生きているような波に、「崖の上のポニョ」のワンシーンを思い出す。
P1190712


| | コメント (0) | トラックバック (0)

好天に恵まれた10月

 10月中旬は、安定した晴天が多かった。まとまった雨が半月ほどなかった。海沿いを中心に、ポタリング程度の走りを何度となく楽しんだ時期だった。
 そんな中で季節は進む。彼岸花はすっかり消え去り、徐々に山の木々が色づいてきて、さらに月末には天候は一変したが、それは次の話題で。
P1190596P1190639P1190652

P1190664_2P1190695P1190709

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »