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2009/12/31

寒暖の差

 30日は午後は時々雨とのことだが、午前中は曇天。風はぬるい。お出かけはスーパーカブで十分。というよりむしろ混雑した道路では小回りがきいてクルマより速い。郵便局の満車の駐車場もお構いなしでポストに横付けし、跨ったままでインナーラックに入れてきた年賀はがきを投函。そして郵便局の前の渋滞するクルマの脇を抜けて信号待ちの先頭に出る。
 買い物をしようとホームセンターの近くまで来たらクルマがのろのろ。対向車線ど真ん中に止まっているクルマはドアが開いている。事故だろうか?その脇で2人の男性が顔をつきあわせて口論。こちら側を向いている短髪めがねのアラフォーのお方は、コントかプロレスか亀田かというような表情で相手を罵倒している(声は聞こえないが)。目立ちたがりやの暇人だ。笑いをこらえながら少し歩道に逃げてホームセンターに左折。クルマは逃げ道がなくて大変お気の毒だ。
 買い物の後は、行きつけの自転車屋「BULLDOG」がすぐ近くなので今年最後の表敬訪問。先日パーツ交換してもらった自転車は調子が良くなったと報告。たまたま余っていた中古パーツを安く譲ってもらった。ラッキー。
 家に帰ったらクルマの洗車。自分のクルマは雨が降り出す前に、家族のもう一台は降り出した雨の止み間に無事洗車完了。
 31日は、朝起きたときには既にうっすら雪化粧。日中も降り続いた。家の前を除雪車が過ぎる。そんなには積もってないんだけど、都会からの帰省のクルマは雪道になれていない、という配慮か。元旦は、どかっと積もるかも知れない。年越しで冬山に入っている人は雪崩に注意です。
 では、みなさん良いお年を。
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クロスカントリースキーで太鼓山

 28日の冬型気圧配置はあっさりと緩み、翌12月29日は日本海沿岸も晴れ。前日キーキーやかましく鳴き続けた自転車のブレーキシューを交換。外での作業も寒くないので、スーパーカブもいじる。少し前に取り寄せていたヘッドライトの電球を交換。消耗品の予備のつもりだったが、せっかく明るいもの(25W→30W)をゲットしたので交換してみる。交換も一度やっておけば切れたときにあわてずに済む。元々ついていた方を予備とする。ついでに光軸も少しあげてみる。これで遠くまで照らせるようになったはず。
 遅くなったが、天気がいいのでちょっと汗をかきに行くことにする。昨日の冬型は平野部には雪をもたらさなかったが、山間部は新雪。雪不足で閉鎖した近くのスイス村スキー場が息を吹き返すほどではなかったので、駐車料金を取られる心配なくスキー場にクルマを止めてクロカンスキーで誰もいないコースを歩くチャンスだ。
 あんまり暖かいのでスーパーカブで板を背負って行こうかとも思った。道路情報カメラの画像を見れば、朝のうちは雪道だったが、昼頃には解けているようだったし。しかし、午後遅くなってきて日差しが陰ってきたので気持ちが萎える。それにその道路情報の画像は、スキー場のアプローチ道路ではなく、世屋高原である。同じ丹後半島縦貫林道のほぼ同じ標高ではあるが、やっぱり日向もあれば日陰もあるし行ってみなければわからない。クルマで出発。
 で、現地に来てみればやや雪が散らばった区間はあったが、スーパーカブで来れなくもなかった。
 意外にもスキー場の駐車場にはクルマが数台。スキー場のコースを通っていく「風の学校」という宿泊などもできる京都府の施設の利用者と職員のクルマのようだ。スノーモビルやワンボックスカーのタイヤをキャタピラに替えた雪上車がたまに行き来している。
 今日は、いつものテレマークブーツでなく、プラブーツを買う以前によく使っていた人工皮革のブーツ。これにステップソールのダブルキャンバーの板で、ほぼクロスカントリースキー。
 圧雪車でなく、雪上車やスノーモビルで踏み固められた凹凸のある新雪に、柔らかいブーツは足首が安定せず疲れる。やっぱりこういうトレーニングも必要だ。人気のないメインゲレンデを過ぎ、太鼓山風力発電所を目指す。雪上車などのキャタピラ跡は風の学校方面に集中し、発電所の方はスノーモビルのトレースが一台分のみ。縦貫林道世屋高原方面は何の跡もない。
 緩く下って最初の風車の足下に到着。夕日が見える。今日は但馬の山々に沈む夕日だ。夏には海に沈む夕日もずいぶん内陸部に沈んでいる。久美浜湾や但馬海岸、そして来日山は完全な逆光にはならず見やすい。
 東側の景色も見たいので少し移動する。風車群をつなぐ連絡通路(車道)を歩くだけではおもしろくないので斜面をすべりおりるが、埋まりきっていないブッシュをよけねばならず、また薄い雪の下のブッシュによる空洞の落とし穴に落ちてもがく。東側は沓島の向こうにうっすらと越前海岸が見える程度。もちろん加賀白山は見えない。
 さあ、日が沈んでしまった。暗くなる前に戻ろう。スキー場まで登り返すと、世屋高原方面からスキーのトレースが付いていた。1人分の片道だけ。こちらの駐車場に下ったのだろうか。
 初心者向け車道コースも、クロカンスキーでは苦戦。キャタピラ跡よりも路肩の非圧雪の方が適度にブレーキがかかって滑りやすい。というわけで何とか暗くなる前にクルマに戻った。
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三春峠と丹波の国巡り

 兵庫県、京都府ときいて、山陰、日本海、雪を思い浮かべる人は少ない。その二つの府県の中央部に位置するのは、明治の廃藩置県よりも前には「丹波の国」と呼ばれていた地域。その丹波の国の東側三分の二は京都府に、西側三分の一は兵庫県に組み入れられた。また丹波の国は、日本を日本海側と太平洋側に分ける「中央分水界」を跨いでいる。中央分水界は日本の背骨とも言える境界線で、その多くは旧国境、現在の県境か、そのすぐ近くを通っている。丹波のようにそのエリアのど真ん中を中央分水界が横切っているパターンは少なく、旧国名で言うと飛騨、信濃、岩代(福島県西部)、そして陸奥(青森県)くらいである。飛騨、信濃はそれ自体が山岳地帯である。東北の国は広すぎるため、「岩代」よりもその日本海側に当たる「会津」というエリア名の方がなじみが深いし、陸奥は本州の末端に位置する特殊な国である。
 話を戻して、「中央分水界」は「中央分水嶺」とも呼ばれ、一般的には山脈の稜線である。水の流れだけでなく、人々の流れも分断していたのである。ところが、丹波の中央分水界、特に兵庫県内を含む西半分は険しい山岳地帯ではない。日本海に注ぐ由良川と瀬戸内海に流れる加古川の水系が入り乱れ、その境目は小さな峠であったり、あるいは同じ谷にある「谷中分水界」、さらには同じ川から流れが分かれる「水中分水界」が存在する。日本(本州)で一番標高の低い中央分水界もこのエリアにある。絶対的な境目はなく、囲碁終盤の「寄せ」の応酬のように、相手の弱いところにじわじわ進入して自分の「地所」を広げる由良川と加古川の対局によってできた分水界である。
 人の流れで言えば、かつての山陰道もここを通っていた。丹波一国をまとめあげる大名は現れず、亀山(亀岡)、福知山、篠山などの七藩に分かれていたという。明治政府の廃藩置県、そしてその後の1871年の府県統合により、丹波は東西に分断され、東半分は京都府に、西半分は久美浜県を経て豊岡県となった。そして、1876年の第二次府県統合で、豊岡県が分断、旧丹後の国と丹波のうちの天田郡(現在の福知山市)が京都府、但馬と現在の兵庫県内の丹波が兵庫県に統合された。丹波の国は、府県統合の度に分断、境界が引かれなおした。ちなみに第二次府県統合の際、今の兵庫県がほぼ形成されたのだが、ここには明治新政府の国家戦略が見えるという。開国によって全国に開かれた港のうちの一つ神戸は、当時はまだ村だった。鎖国によって遅れていた日本の国力を発展させるために、港を整備し神戸を国際貿易都市とする必要があった。そのために摂津の西半分を大阪と分けて兵庫県とした。摂津の西半分だけでは基盤となる産業がない。そこで輸出して外貨を稼ぐための生糸や絹織物を生産地である但馬を含む豊岡県と、米・塩・しょう油などの生産が盛んで多額の税収が見込める飾磨県(播磨)を統合して新しい兵庫県が誕生した。伝統ある地域、そしてその産業が国策によって強制的にまとめ上げられた大きな県の東の端にある小さな港(風土も住民の気質も違う遙か遠い地)を日本2位の貿易港、人口日本6位の都市に育てたのである。
 ありゃりゃ、これは脱線してしまった。
 というわけで、前置きがずいぶん長くなってしまったが、地形的かつ歴史的に、境界線が入り乱れたり、引かれなおしたりしてはっきりしない土地が丹波であるということが言いたかったのだ。

 12月28日、御用納めのあと正午過ぎに京丹後を発つ。丹後は冷たい雨。朝から薄暗い。でも、降雨レーダーは沿岸部のみの雨であることをはっきり示している。南は走れる。実際、与謝野町加悦地区で既に雨は小降り、与謝峠を越えて福知山盆地に降り立てば雲は切れ青空が見え始めた。
 宝製麺でうどんを食べて、R9を南下、旧三和町役場(現在は福知山市役所の支庁)にクルマを止めて自転車をおろす。ここまでくれば、空は真っ青。冬晴れ、快晴である。ひとことで冬型の気圧配置といっても、寒気団の勢力、日本海の季節風の強さなどによって、降水と冬晴れの境目はその時々で変わってくるのだ。
 今日の自転車は、先日岩屋山に登ったVIGOREランドナー改パスハンター。ただし今日は全面舗装、雪道の心配もないのでブロックタイヤは不要。そこで1年前にラインナップに加わったもう一台のVIGOREランドナーのホイールを使う。同じリム、同じフリーギアで組まれているのでホイールの互換はきくはず。自転車ごと変える手もあるのだが、最後に峠の下りが待っているのでドロップハンドルでなく横一文字のハンドルに交換したパスハンターの方がブレーキがかけやすい。寒い時期には特に重要だ。
 とりあえず府道(県道)59号線を西に進み、兵庫県へ行きたいのだが、芦渕交差点までの約1km、交通量の多いR9を通りたくない。支庁の横から延びる、まだ地図に描かれていない新しい道は、府道59号線につながっているように思われる。こちらに行ってみよう。
 まだ新しいアスファルトの道は登りやがて高台の「井の奥公園」という施設がある。駐車場とトイレと芝生とちょっとした遊具があるだけかと思ったら、見下ろす谷にはアスレチックや遊歩道などが敷かれた広大な敷地が見えた。その奥に三和の集落も見渡せる。
 その後一気に下って予想通り府道59号線に突き当たった。由良川水系の土師川の支流に沿って草山集落、戸平と初冬の低い日差しを浴びる静かな農村が続く。しかしその集落の間には京都・兵庫の府県境。戸平集落を越えてから戸平峠へ向けての登りが始まる。ひと登りでトンネルへ。手前の法面やトンネル入り口はまるで鉄の赤錆のような色合い。コンクリートなのに。近づくと赤茶色の苔だった。
 この峠は、同じ由良川水系ながら土師川支流と竹田川支流の分水界でもある。でもなぜ峠が府県境とならなかったのだろう。トンネルもありクルマで越えればとるに足らない峠だが、戸平集落の子供(今はいないだろうが)が通学するにはむしろ越境した方が楽、そんな府県境の引き方である。ちなみに、少し東の県道710号線、509号線の箱部峠と府県境の関係も同じような感じであるし、そのさらに東の県道97号線を走っても地形的根拠不明の府県境を通過する。
 トンネルを越えると竹田川の作る盆地の隅の谷に降りる。旧市島町主要部のある谷である。くどいようだが、府県境でない峠を越えることで雰囲気ががらりと変わる。
 広い谷を下って行くに連れ集落が大きくなっていく。新しいバイパスをさけ、集落内の狭い道を選ぶ。この辺りは立派な古い家が多い。庭の面積は狭くても石が積まれ日本庭園風に整えられている。また庭の片隅に神棚のような小さな祠がおかれている家がいくつもある。立派な門構えの家々は壁を朱く塗られているのが特徴である。先ほどのトンネルの苔のような色合いだ。
 やがてかつての町境を越え旧春日町へ。竹田川本流の谷に出ると、谷の東端を県道138号線で南下。
 竹田川の谷が南北から東西へ向きを変える地点にくると、多紀連山が屏風のようにそびえ立つ。正面にはごつごつした三尾山。ずっと左手、つまり東方向には三嶽と西ヶ嶽も見える。
 多紀連山を右手に見ながら東に走り、下三井庄(しもみのしょう)から北東へ軌道修正、三春峠へと迫っていく。上三井庄で三宝(みたから)ダムを右手に見ながら進む。バイパスをさけ集落に入ると造園の事務所とその自宅。この地方ではたくさん需要がある産業なので立派な建物だ。
 さあいよいよ日が傾いてきた。三春峠到着と落日と競争みたいだ。峠の手前の最後の一軒家もまた立派な庭を持つ農家。それを越えたら林間にはいり、やがて稜線が近づき先ほど走ってきた多紀連山北麓、竹田川の谷が見下ろせるようになる。辺りの景色のうち夕日に照らされた部分が赤く染まっている。
 峠到着と日没は同時だった。三尾山の東の稜線に日がかかり、竹田川が夕日を反射している。三和と春日の境をなす三春峠は珍しくはっきりした境界。中間着を着込み、手袋を変えて、ここから京都府側に一気に下る。北側は空が暗い。この太陽が最も南よりに沈む時期であるからでもあるが、峠の北側の空は先ほどの夕日が嘘のように雲に覆われている。冷たい雨と冬晴れの境界線も、ずいぶん南下してきているようだ。
 峠からしばらく下ったところの尾根を巻くヘアピンカーブから見下ろす眺めはダイナミック。遙か下の谷底に民家と街灯の明かりが見える。真っ暗になるまでに下ってしまいたい。
 キーッ、とブレーキが鳴く。リムとの相性か。ブレーキシューもすり減っているから交換した方がいいかも知れない。
 一気に谷底まで下って最初の一軒家は、やはり立派な門構えと庭を持つ。今は府県が別でも、かつては同じ丹波の国、そして明治初めの5年ほどは同じ県だったエリア。
 マジックアワー(残照時間帯)が終わり、暗くなってきたのでライトを灯す。下り基調を一気に飛ばせば、谷は広がり山村から田んぼの広がる農村へと風景が変わっていく。やがてR9に合流。三和支所はすぐだ。
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2009/12/27

兵庫丹波のアンテナ山「岩屋山」

 この年末の兵庫丹波のアンテナ山シリーズも第3段にて、一応の最終回。氷上の安全山、市島の高谷山に続いて、青垣の岩屋山だ。前回の高谷山から一週間余りのインターバルに寒波が来て日本海沿岸は雪が積もりスキーシーズンが始まった。その点、兵庫丹波は日本の中央分水嶺、しかもその中でもっとも標高が低い。日本海沿岸と比べて降雪は少なく冬の晴天率は高い。というわけで、クリスマスイブの12月24日も、正午過ぎに小雨の京丹後を出発。
 福知山市内に入っても小雨が降っている。インターネットの降雨レーダーには観測されない程の微弱な雨である。9月にオープンした讃岐うどんの店「宝製麺」で昼食。目の前のコンビニエンスストアの駐車場では、警官が数名。交通事故の現場検証らしく、フロントのつぶれた小型車が大型車に積まれ地面に飛び散った破片の後かたづけが行われている。宝製麺(宝うどん)では釜玉うどんを食す。ここでは生醤油でなく、出汁をかける。これがなかなかいける。
 穴裏峠を越えると雨はほぼ止み青空がのぞく。低くてもさすがは中央分水嶺の峠越え。すでに瀬戸内に注ぐ加古川流域だ。
 丹波少年自然の家入り口の駐車場(?)にクルマを止め、自転車を下ろす。フロントの変速機とチェーンを交換して戻ってきたランドナー改パスハンターで1ヶ月ぶりの走りだ。今日のコースは全面舗装と想定しているが、あれた路面もあるかもしれない。雪もあるかもしれない。ブロックタイヤの方が安心なので好都合だ。ただし、後輪の泥よけを忘れてしまった。輪行用に工具なしで簡単に外せるようになっていて、クルマで輸送するときも外すのだ。自転車屋に預けるときも外した状態だったので家の車庫に置き忘れてきた。ドライではない路面だが、跳ねが上がるほどの水が浮いていないことを祈る。
 ゲートを越えて少年自然の家の敷地内にはいる。開け放したゲートには「朝9時~夕方6時まで開門」とある。
 木立の中を一直線に伸びる道の両側には、キャンプ場やログハウスなどの施設。信州の安曇野や八ヶ岳山麓のような雰囲気。その狭い道で2台の車とすれ違った。これから登る岩屋山の山頂エリアにはパラグライダーの出発点があり、どうやらその車のようだ。すれ違ったうちの1台がその後追い越していき、さらにそのだいぶ後にまたすれ違った。
 自然の家の敷地内を過ぎると杉林の急勾配を沢沿いに一直線に登っていく。やがてS字カーブとなり、その直後に大きく右にカーブし沢から離れて尾根へ向けての登りとなる。「岩屋山頂まで4.5km」との道標が立つ。なお、沢沿いにもダートのダブルトラックがのびている。
 周囲は杉林からいつの間にか雑木林となり、標高550mで路肩にわずかな残雪。この辺りから周囲の山々に下界が垣間見える。時折見える山頂は薄くガスがかかっている。
 標高600mを越え、山頂から北にのびる尾根を巻くところがパラグライダーのフライトポイント。展望が良さそうだが、先に山頂を目指す。駐車スペースと思われる広場の奥でゲート閉鎖。この先はNTTアンテナ専用道路らしい。もちろん登山者はOK、自転車も持ち上げて横の隙間を通過。
 ゲートまではきれいな舗装路だったが、そこから上はダート。ブロックタイヤの本領発揮だ。さらにわずかな区間だが、路面が薄く圧雪で覆われていた。スリックタイヤなら滑りそうだ。
 山頂には大きなNTT携帯電話網の中継アンテナが一基。フェンスで囲まれているが、その周囲をぐるりと一周。ちょうど裏側に三角点があり、登山道もあった。展望はあまり良くないので、服を着込んで手袋を変えて防寒対策をしてから、山頂をあとにする。
 ブロックタイヤを信頼して、ダートと圧雪を過ぎ、パラグライダーの発射場へ。ここは大展望。ややガスが出ているのが残念。近くの粟鹿山すら確認できない。その粟鹿山もアンテナ山。丹波と但馬の境界だが、NTT専用道路は丹波側なので、今回のシリーズに入れてもいい。けれど、自転車で登るのは雪解けのあとだな。ちなみに過去には、自転車でもスキーでも登ったことがある。
 さて、あとの舗装路は一気の下り。特に沢沿いの直線は飛ばせる。登りで汗ばんだ体を一気に空冷。自転車を積んだらヒーターをかけたクルマで帰路に就く。
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2009/12/23

冬でもカブ

 注文していたスーパーカブのナックルガードが届いたので早速装着。心配されたグリップウォーマーのスイッチとの干渉もなかった。
 そして知人宅への届け物に往復15kmほど走ってみた。元々グリップウォーマーで手のひらがカイロを握っているように暖かいので、このナックルガードで風を防いだら、薄い手袋で十分。スイッチ類の操作もしやすいまま。
 このナックルガード、普通は3000円弱の値段で売られているもの。それを破格の1700円でゲット。私の注文直後に、値段が2500円に修正されていた。期間限定売り出しの価格から戻すのを忘れていたなどの手違いによるものかも知れないが、とりあえず今回は安い値段で取引が完了した。
 同時に購入したのが、小さく畳めるメッセンジャーバッグ。これも使えそう。
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12月22日「ばんしゅう戸倉スノーパーク」

 オープン予定日を過ぎてもなかなか雪が積もらなかった近畿北部のスキー場が徐々に営業を開始している。ただし、その多くは23日の祝日か、25,26日の土日を初日。その中で「ばんしゅう戸倉スノーパーク」は、22日の平日に営業を始めた。
 午前中の勤務を終え、3時間券をねらって13時50分にスキー場に到着したら(雪道のためちょっと予定より遅れた)、駐車場には18台。半数以上は従業員のクルマだろう。
 このスキー場の魅力は、非圧雪。降雪直後をねらって訪れれば、深雪を存分に楽しめる。
 今回は、冬の最初の降雪のため、根雪がなくたまにスキーが底を打った。また雪の中でブッシュが起きているので、強めのブッシュに引っかかって前方に吹っ飛ぶこともしばしば。本格的な降雪は前日の午前中まで。ちょっと時間が経っているのでやや湿って重かった。それと残念だったのはいつもの貸し切り非圧雪バーンは雪不足でブッシュが埋まらず閉鎖。それでもしっかり滑って2時間半で18km(リフト乗車と滑走の合計)。リフト待ちどころか、貸し切りに近いがらがらのゲレンデ。この3時間券は、休日の1日券を越える値打ち。これで1500円なんだから大変お得。やっぱりばんしゅう戸倉はいい。
 ゲレンデトップから見える氷ノ山の三ノ丸周辺はまだ笹が埋まっていないもよう。
 ばんしゅう戸倉を発ち、新戸倉スキー場に寄り道。先シーズンに続き、今シーズンも休業。思えば2年前、神姫バスがスキー場経営を撤退、次の経営母体がなかなか決まらないと言うニュースが流れたばんしゅう戸倉は何とか経営存続。その一方で静かに休業してしまった新戸倉の復活はあるのか。
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2009/12/21

碇高原でクラッシックスキーに遭遇

 12月21日、前日の日曜に仕事をしたので今日は午後お休み。正午過ぎに職場を脱出し家で昼食をすませて「日本海の荒波を見下ろすミニバックカントリー」碇高原へ。昨夜から今日の午前中の雪でまたまたいい感じ。一昨日よりも早い時間についたので、今日はたっぷり遊んだ。前回の倍の4本。歩行、滑走距離は計5.7km。マジックアワー(日没後の残照時間帯)までの3時間弱無休、無補給で動き続けた。今日は、止み間もあって波浪注意報発令中の海岸も見えた。
 ところで、牧場作業道にはスキーのトレースあり。ここでは珍しい同業者だが、その下に止まっているクルマには「NTT」のロゴ。無線アンテナ保守点検らしい。そのトレースをお借りしてドロップポイントについてシールを外していると、先行トレースの主である2人組が降りてきた。年輩の人が止まって少し話をする。アウターを着ているので普通の雪遊びの人と見分けがつかないが、よく見ると首もとにはカッターシャツの襟が見えて仕事だということがわかる。それよりも特筆すべきは、そのスキー。ちょっと太めの板に、何とも懐かしい雰囲気のビンディング。ブーツは長靴。ストックは竹。シールは着脱せず、ずっと貼ったまま、つまりステップソールのようなものだそうだ。ターンは難しいようで、作業道をそのまますべりおりていった。
 私は牧草斜面を滑り、道路に降りたところで2本目に備えてシールを貼り直しているところに、彼らのクルマが通り別れの挨拶。
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寒波中休み

 12月20日、朝から舞鶴で仕事。8時に家を出る。前夜には雪が止み、路面には雪はなく、朝のうち若干の凍結が見られる程度。普段の日曜の朝と変わらぬ所要時間、1時間今日で舞鶴到着。昼頃には日差しも出てきた。
 仕事を終え丹後半島に戻ってくると、ずいぶん雪が解けていた。しかし、北の方角には真っ黒な雲。夜には雷を伴って雪が降り出した。
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2009/12/19

碇高原でシーズン初滑り

 12月19日は、待望の本格的な積雪。午前中は、家の周りの除雪。3年前は除雪をすることなく冬が終わり春が来てしまったが、今年はスノーダンプの出番があった。平野部で積雪30cmほど。湿った重い雪質。
 今週は週半ばに大阪に出かけたりしてややお疲れ。今日の動きだしは遅く、午後遅くになってやっと家を出る。初滑りに行くのだ。今回の雪は海岸沿いに多い。海を見下ろす見にバックカントリー、碇高原が目的地。
 雪道のため、20km強を50分ほどかけて到着。吹雪いたりおさまったりの中、シールを貼って支度をして歩き出す。強風と積雪がもう一つのため、頂上の笠山展望台は割愛。牧場作業道を使ってのショートコース。風をまともに受ける場所は雪が薄いが降ったばかりの雪が気持ちよい。一本滑った時点で既に日没。せっかくのトレースを利用しない手はないので、もう一本。もう一回シールを貼り直して登る。先ほど自分で付けたトレースがもう埋まりかけている。すぐに林間にドロップ。薄暗い中でのフィニッシュ。やっぱり降っている最中は雪質がいい。
 クルマに乗り込み平野部に降りたら、路面が出ていた。
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雪が積もりました

 12月17日、家の周りにもうっすらと雪が積もる。標高613mの金剛童子山は白く冠雪。
 そして、18日は積雪10cm。やっと冬らしくなった。近畿北部のスキー場も早いところで週末、多くは週明けに営業を開始する様子。初滑りは近い。
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兵庫丹波のアンテナ山「高谷山」そしてAN大阪

 12月16日夜に「日本雪崩ネットワーク(JAN)」主催の雪崩アウェアネスセミナー「アバランチナイト」へ参加する。これで3回目。主催者は、「理論講習という程の内容ではない」とのことだが、雪山講習会での理論講習と比較しても十分しっかりした内容である。前半の一般セミナーはほぼ毎年同じ内容だが、後半の事例報告では前シーズンの事故現場の調査報告などあり大変参考になる。
 年内の仕事も山を越えて少しゆとりが出たので、本日も午後をフリーとして職場を昼に出る。せっかく南に行くのだから自転車にも乗ろう。というわけで兵庫丹波のアンテナ山第2段、市島の高谷山だ。
 今日は次の予定が迫ったけつかっちんなので、クルマの中でパンを食べて昼食とする。京丹後は昨日よりしっかりと降る時雨だが、やっぱり与謝峠を越えた丹波の国は薄日が射している。大江山もまだ冠雪していなかった。府県境の深津峠は低いのであまり空模様の変化はなし。市島で竹田川を渡って国道の対岸の道沿いにクルマを止める。時折ぱらぱらと時雨るが、携帯電話で降雨レーダーを確認しても本降りとなっているのは日本海沿岸だけだ。自転車を下ろす。
 高谷山は北と南に舗装路があって周回することができる。昨日の安全山の急勾配に懲りたので、若干距離が長い北から登ることにする。下竹田の森集落のからは「横峰山頂公園5km」という案内板がある。別の看板には「高谷山案内板」。どちらの名前も生きているようだ。私と入れ違うように林道から軽自動車が下りてきた。
 植林の中から始まる道は、昨日よりは緩い勾配で快適に乗車で登ることができる。登るにしたがって杉林がとぎれ落葉の中を行くシーンも出てくる。
 麓の看板にあったとおり山頂はアンテナ群の一角に展望台やベンチが設置されちょっとした公園として整備されている。せっかくなのでその二階建て展望台に自転車を担ぎ上げて周囲を撮影。竹田川が西日を反射して輝いている。ふと気づくと、人が立っていた。歩いて登ってきたようだ。会釈を交わす。その中年男性はすぐに下山していった。
 こっちも時間がないので、一枚着込んで手袋を変えて下山開始。先ほどの男性を追い越す。その先にのカーブに、彼のものと思われるクルマが止めてあった。
 南の方が落葉樹が多いようで、わずかに残った紅葉が西日に照らされて美しい。
 麓の上垣(うえかい)集落に下り、用水路のある家並みがのどかで集落の中を行く。歩いているおばあさん、庭に立つおじいさんと目があったので、「こんにちは」と挨拶するが返事は返ってこない。田舎であっても関西都市圏近郊。そういえば、ずいぶん前にこの近くに移住してきた人と話をしたことを思い出した。内容は書かないでおこう。
 集落から川沿いの道に出て北上。機械工場が建ち並ぶ。また、スーパーやコンビニの商品輸送トラックがひっきりなしに通り過ぎていく。左手に竹田川、右手にはさっき登った高谷山が見える。同じスーパーマーケットのマークを付けたトラックが短い時間に何台も追い越していく。
 さあクルマに戻って手早く撤収。すぐに南下再開。小腹が空いたので、昨日安全山から見えた大型ショッピングセンターでパンを買って食べる。日没直後の17時、冬晴れの夕暮れマジックアワーだ。
 篠山口を過ぎ三田市街へ近づく頃には、帰宅時間帯と重なりクルマはのろのろ。三田市街地手前で東にルートを変え武田尾駅を目指す。真っ暗な細道の脇、福知山線の旧路線跡を走りに来た2ヶ月前と同じ場所にクルマを止め、駅までの1kmほどは自転車だ。
 JRの列車に乗り込んだのは19時。すでにアバランチナイト開始時刻だ。まあ、前半の内容は過去に聞いている。遅れる旨を、車内からすうさんにメールで知らせる。
 遅れついでに、宝塚で電車賃の安い阪急電車に乗り換え。梅田から地下道を歩いて大阪駅前第2ビルまで来たはいいが、何階だったっけ。結局迷走の末、後半事例報告の開始直後に滑り込む。羊蹄山、八方尾根、那須岳の報告だった。
 アバランチナイトが終わってから、今シーズンからテレマークを始めたいというすうさんと一緒にラーメンを食べ、北新地駅(駅前第2ビルの地下)からJR東西線へ。階段を下りてホームに降り立ったとたん電車が出て滑り込みあうと。15分後、21:59発の快速列車に乗り込む。
 すうさんは川西池田で下車。ここからスーパーカブに1時間ほど乗って帰るそうだ。私は、宝塚で快速から普通列車に乗り換え。改札を出て切符を買い直す。通して買うより分けて買った方が安いのだ。
 周囲が真っ暗な武田尾にで下りたら、真っ暗で寒い道を自転車でクルマに。すうさんはもっと寒いだろうなぁ。
 23時にクルマをスタート。130kmの帰路に就く。今度は新三田で国道176号線に合流。国道もさすがに深夜なのですいすい。
 与謝峠は白く雪化粧していた。午前1時40分に帰宅。武田尾から2時間40分。
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兵庫丹波のアンテナ山「安全山」

 12月15日、午後の空きを利用。日本海は時雨のためどうにもならないので南へ。目論見通り与謝峠を越え丹波の国へと入ると雨は止み、さらに福知山市街を抜けて穴裏峠を越えて兵庫県へ行くにつれ空は明るく自転車に乗れそうな気分となる。穴裏峠を走ってからちょうど10年。初秋に走ったのだが、あのときは夏からの大雨で道路が崩落していた。通行止めのゲートを越えて進入したものの、わずかに残った崖側の側溝の上を、こわごわ自転車を引いて渡った経験がある。
 のどかな農村風景を抜け、丹波市氷上町の中心街へ。目指す山もよく見える。
 とりあえず腹ごしらえ。山東にあるラーメン屋「馬乱(じゃらん)」の2号店がこの秋オープンしたとのこと。目印のスーパーマーケットの近くに発見。ちょっと入り組んでいてわかりにくかった。平日ということもあって貸し切り。山東とは若干違うメニューから、ラーメンと明太子ご飯のセットを食べる。
 そこから今日のお目当て安全山の登り口はすぐ。実は以前にも来たことがあるのだが、そのときは林道入り口をダンプカーが出入りしていたので取りやめた。今日は工事をしているということはなさそうだ。林道入り口近くのわずかな空き地(田んぼの中なので、農繁期には農作業の機械などをおいておくこともあるのだろうと思われる)にクルマを止めて、少し休憩してから自転車を下ろす。
 田んぼの中から動物除けのゲートを越えて林道にはいる。日中は開放されているが19時に閉まるそうだ。もっとも、この時期は17時前に日没なので、それまでには降りてこなくてはならない。
 林間の濡れた舗装路を登る。舗装路といっても、アスファルトは割れて、スリックでなくブロックタイヤできた方が良かったのではないかと思うが、じきに路面の荒れは落ち着く。しかし、勾配はすさまじく急だ。MTBのインナーローでもすぐに息が上がってしまう。引き手に力を込めると前輪が浮き上がり、押さえ込もうと前に体重を乗せると後輪が滑る。暗い杉林をを抜け、周囲の景色が見下ろせるようになってくると勾配が落ち着く。
 舗装路は山頂の東側の肩の無線中継アンテナ群のところが終点。山頂までわずかに標高差30m程足りないが、ここまででいいことにする。展望は大満足。川の流れが作る盆地同士を区切るパーティションのような標高1000mに満たない山々。そのピークからは当然ながら絶景を見下ろせる。あまり土地勘のないエリアだが、それでも気分がいい。多紀連山や六甲山地も見えているような気がする。
 この山頂の肩で標高約500m。麓から3kmあまりで標高差400mを登ったことになる。平均でも10パーセントを超え、特に下部程勾配がきつい。
 少し離れたところに見える大型ショッピングセンターらしきエリアに灯りがともり始めている。上着を着込んで手袋をフリースの厚手のものに変えてきた道を下る。あっという間に下山。
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2009/12/13

冬支度

 12月12,13日の土日は、ぱっとしない空模様。土曜は終日小雨が降ったり止んだり。日曜は、少し持ち直して曇りだったが、夕方から小雨となる。
 週が開け、半ばからは雪の予報が出ている。クルマのタイヤ交換、そしてそろそろ冬眠に入るスーパーカブのチェーンのメンテナンス。ゆるんだチェーンを張り直し油を差す。
 今年の雪はどうなるのだろう。たくさん降ってちょうだいね。
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2009/12/10

初冬の高竜寺ヶ岳

 12月8日、フリーの午後を利用して高竜寺ヶ岳へ。すっかり落葉の登山道。MTBを押し上げる。山頂からは久美浜湾、そして京丹後市の市域が一望。豊岡の市街地も少しだけ見える。日が傾いてきたので下山開始。近年の集中豪雨のためか、登山道は溝が掘れたり、土が流れてがれがれになったりで以前より乗車率は低くなったような気配。
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雨の師走

 12月4日は、舞鶴で仕事。8時半には確実に到着していないといけないので、朝7時には家を出る。まだ薄暗い。舞鶴市街の手前、由良川を渡るR27の大川橋は掛け替え工事が完了し11月22日に開通したばかり。大型車同士の離合が難しかった橋は、片側2車線の立派な物になっていた。
 午前中は小春日和といっていいぽかぽか陽気。仕事を終えて昼過ぎに帰路に就く。曇天になったが、雨は降らないだろう。途中天橋立で少し自転車に乗ろうと思ったが、丹後半島に近づくにつれ空は暗くなる。前方の山は霞みあちらは小雨が降っている雰囲気。同じ京都府北部、同じ丹後の国でもずいぶん違うもんだ。師走に入っても雪の気配は全くなし。
 結局自転車には乗らず、自転車屋さんによって、その自転車(MTB)のリアの変速レバーを交換してもらう。入院中のパスハンターはまだ交換する部品を取り寄せていないとのこと。
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2009/12/07

峰山高原のシングルトラック

 12月4日、午後はフリーとなったのだが、日本海側の京丹後はあいにくの小雨。南の方が天気は良さそうなので南下。京丹後の峰山から兵庫県の播州大河内の峰山高原へ。北隣の砥峰高原との間にはシングルトラックの遊歩道があり、MTBには打ってつけのコース。実は10年ちょっと前に走ったことがあるのだが、人の案内だったので余りよくわかっていなかった。10月下旬に砥峰高原を訪れたときに何となく遊歩道の雰囲気がわかりながら日没で走りきれなかったので、今度は峰山側からたどってみようというわけだ。
 京丹後から2時間ちょっと。なんかするほどに空は明るくなっているのだが、やはり山は暗い曇天。そしてぱらぱらと小雨も降ってきた。高原の駐車場にクルマを止めてしばし思案。走るかやめるか。やっぱりここまで来て走らない手はない。
 MTBをクルマから降ろして、まずは暁晴山へ。舗装路で登れる山頂はガスがかかったり晴れたり。途中まで下って、シングルトラックの入り口発見。最初はがれているがそのうち走りやすい道となる。がやっぱり今日も日没が迫り砥峰までの行程をこなせそうにない。途中で引き返してクルマに戻る。
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大阪小径車の店と八幡石清水八幡宮

 当初、車中泊のつもりだったが、青波ごん太君のご厚意で家に泊めてもらい、日曜は大阪へ。のんびりと朝を過ごし、クルマで移動、桂・宇治・木津の三川が合流して淀川となる地点の「河川敷公園」の駐車場にクルマを入れる。9~17時までの日中以外は閉ざされるが、駐車料金は無料で、木津川桂川のサイクリングロードの途中にあるためここにクルマを止めて自転車に乗る人の姿も多く見られる。
 私は歩いて京阪八幡市駅へ。木津川の橋を渡って1km弱、10分の道のりだ。八幡市駅は石清水八幡宮の門前だ。
 京阪電車に揺られて大阪の北浜駅下車。南に10分弱歩いてLORO。様々な小径車が展示してある。畳むとどのくらい小さくなるのか、現物を見るとよくわかるし、重さも感じられる。実感が大事だ。MTBやクロスバイクなど泥よけのない自転車ならば輪行に大した手間はかからないのだが、やはり梱包サイズが大きいので人が沢山乗った電車には乗せにくい。小さく輪行できる自転車に魅力を感じているのだ。そして、スーパーカブの荷台に乗せることも考えている。
 店を出たらぶらぶら歩いて梅田へ。青空に紅葉が映えてきれいだ。新装開店のIBS石井スポーツと好日山荘に顔を出してから、京阪淀屋橋駅へ。
 八幡市駅に戻ったら石清水八幡宮に登る。山の上の神社なのだ。石段を延々と登って、神社にお参りしてから、展望台で京都盆地を眺める。昨日の万灯呂山とは向かい合わせのような感じ。愛宕山や比叡山も見える。ひとしきり楽しんだら、石段を下りて橋を渡ってクルマに戻る。
 駐車場に着いたら16時40分。日は傾き小雨も降ってきた。閉門間近をしらせる放送が鳴り響いている。3時間ちょっとのドライブを経て帰宅。
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万灯呂山・大正池周回井手のダブルトラックツーリング

 毎年恒例となった晩秋から初冬の時期の、「いさなごのぼる君と走る南山城ツーリング」。第6回となった今年は、初めてダートコースを想定した企画。第2回の2005年にも万灯呂山(まんどろやま:地図では「大峰」)・大正池のコースを走っているのだが、そのときは全線舗装路ということを想定してスリックタイヤで挑んで苦労した。今回は、さらにダート区間を増やした結果、地元井手町商工会青年部主催の「山吹MTBチャレンジフェスタ」とほぼ同じコースの逆周回ということになった。ちなみに今年の「MTBチャレンジフェスタ」は我々が走る5日前の開催。分岐には白線が残っているので、道に迷う心配はない。
 11月18日朝6時過ぎ、小雨のぱらつく丹後を出発。周囲の紅葉は美しいが、南下してもフロントガラスに雨は当たり続ける。八木でトイレ休憩したときに、宇治のいさなごのぼる君に連絡。「到着は予定よりやや遅れる、そっちは降ってないか」。
 老ノ坂を越えて京都市内に入ったらすぐにR9を右折して洛西から長岡京へ。紅葉シーズンとあって道路はずっと混雑気味だったが、さらにクルマの流れが悪くなる。このルートには光明寺という紅葉の名所があるためだ。それでもまだ渋滞がましなうちに通過。日中は駐車場への進入を待つクルマで大停滞となるだろう。その次は淀で混雑。競馬である。迂回するルートもあるのだが、そちらには入り損ねた。いさなごのぼる君の行った通り、
 約束の10時に25分ほど遅れて城陽に到着。夜におじゃまする青波ごん太君の家にクルマを止めさせてもらう。そして、宇治からいさなごのぼる君が到着したが、当方の出発準備をしながらおしゃべりが弾み、出発は11時半を過ぎていた。
 2台の自転車は、市街地の東側の山裾を走って井手に南下。ちなみに、いさなごのぼる君はMTB、私はランドナー改パスハンター。
 井手の狭い道を抜けてフルーツラインへ。今は柿の最盛期だ。この辺りの朱い色の実は小振り。小老柿の材料となるのだろうか。
 道は徐々に登りとなり、はじめは周囲に茶畑が少し見られたが、そのうち林間の細道となる。分岐を折れて万灯呂山へ。山頂の駐車場にはクルマとスクーターが一台ずつ止まり、展望の東屋には厚着の男性が読書の最中。スクーターで来た人だろうか。薄日の射す曇天だが、展望はまずまず。同志社大学や木津川の流れ。京都市内方面はかろうじて京都タワーが桃山御陵の向こうに見えた。しかし、その向こうは霞んでいる。京都盆地も北の方は雨かもしれない。南はよくわからないが、奈良や大阪の山も見えているのだろう。おしゃべりをしているうちに京都タワーも霞んで見えなくなった。
 さて、出発しよう。先ほどの分岐まで下る。大正池方面の道は、待望のダートだ。少し下るが、だんだんと登り基調のアップダウンとなり、最終的には万灯呂山より高い位置まで登ることになる。最後の峠を越えて下れば、大正池の公園の裏口。遊歩道を池に向かって進む。さすがに遊歩道はイベントでは大挙して進入できないので、我々だけのお楽しみである。紅葉はやや終わりかけ。4年前にも同時期に来たのだが、あのときは紅葉最盛期で、静かな水面に鮮やかな紅や黄色が写っていた。人は少ないが、少し離れたところの湖畔の東屋にいる子供たちと、水面を泳ぐ鴨のやりとりが賑やかだった。
 この大正池は今はダムによりせき止められた人造湖で「大正池グリーンパーク」としてキャンプ場やバンガローの施設となっている。
 ダムを渡って府道321号線に降り立つ。以前はこの府道を一気に玉水まで下ったが、今回は別のダート道(町道なのだそうだ)を予定しているので玉水と反対の東にハンドルを切る。そして府道から分岐を左折して急な舗装路の坂を上ると、バンガロー群。大正池グリーンパークへ戻ってしまった。寒い中、火を炊いて暖をとる若者や家族連れのグループが数組。バンガローはきれいで、結構楽しそう。
 そのまま行くと先ほど通った公園の裏口へ。少し来たダート道を戻って分岐に気づく。これだ。北方向に進路を取る。ひと登りしたらあとはずーっとダートの下りだ。上着を着込んで手袋をフリースの物に変えて、一気にかけ下る。ぬかるみもあるが泥よけのある私は平気。いさなごのぼる君は後ろを走ってもらう。ダートの道は、時々舗装区間が現れるようになった。
 龍王の滝の標示が見えたので寄ってみる。自転車を止めて階段を下りる。案内には正面から滝を捉えた写真が使われているが、それをとるには沢に入らねばならない。何とか滝を見られる位置を見つける。落差は13m。そんなに大きくないが、近くまで寄れるので迫力を感じる。
 そこからはすぐに往路で万灯呂山に登るときに通った道に合流。井手の街を抜け、山城大橋へ。最後は、木津川右岸の土手の上の道を行く。ジョギングや犬の散歩をしている人が行き交い、クルマは通らない。左手には京阪奈丘陵越しの夕焼け。おしゃべりをしながらのラストスパート。
 流れ橋が見えたら土手を降りる。R24を渡り東へ。近鉄久津川駅の辺りは毎度の大混雑。クルマの列は動きそうにないので脇道に。クルマが通れない狭い踏切を越え、さらに狭い道を行く。府道69号線を越えたところで、いさなごのぼる君と別れる。彼はこのあと京都市内で飲み会。私は城陽の青波ごん太君の家に。
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峰山城趾権現山

 自分が仕事をしている街の中にも山サイを楽しめる山がある。午後フリーとなった11月27日、その権現山へ。地域の集会所にクルマを止めるが、どうやら山の中で工事をしている様子。道は大丈夫だろうか。
 まずは舗装路で山頂まで登る。標高はほんの150m程だが、網野の海が見渡せ、またモミジも美しい。シングルトラック登山道を降りるがあと少しというところで工事現場に出た。木造のダムを造っているとのこと。17時を過ぎたので作業は終わり無人。通り抜けができないか試みるが、登山道は寸断され、降りてきた道を少し登り返して車道に出る。舗装路を一気にクルマに下る。
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旧竹野郡と熊野郡の間

 11月23日、昭和初期の震災による断層が残る京丹後市網野町郷(ごう)を起点とし、切畑から久美浜町の佐野へ、そして三原から木津へとかつての郡境の山間部をぬって周回するツーリング。
 紅葉が美しい。
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3年ぶりの小金山

 10年前までは、年に数回登っていた近場の里山、小金山。最後に登ったのが2006年前の9月。MTBでも走れる登山道なのだが、その2年前の台風23号の被害から復旧していなかった。登山口から山頂まで倒木だらけの登山道で、MTBを担ぎ上げ、担ぎ下ろす苦行となった。
 あれから3年、11月22日に小金山を目指す。さすがに倒木は片づけられていたが、斜面をトラバースする区間や沢を横切るところでは痛みが目立つ。もうMTB向きではないようだ。
 山頂にはアンテナが建っていた。携帯電話のキャリアでなく「京丹後市」の文字。地域の防災無線の中継アンテナのようだ。展望は西に広がる。網野の八丁浜などが見えるがそれより遠くは霞んでいる。小雨が降ってきた。帰ろう。
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