2026/02/01

播磨中央自転車道と加古川自転車道で瀬戸内海目指す

 乗り鉄、撮り鉄いろいろあれど、わが鉄道の旅は載せ鉄なり。レールの先にある絶景の道を求めて、自転車を載せて乗って、降りて走って。ああ、今日もいい気分。これぞ、載せ鉄本線日本旅。
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 雪深い日本海側丹後の国を出発。田島を経由し播磨の国へと南下すると、空は晴れ、景色にも雪はなくなる。
 加西法上でラーメンをチャージしたら、玉岡史跡公園の駐車場にクルマを止めて、自転車を準備。今日は折畳小径車。
 南東に800mほど進み、県道716号を南下。JAや運送会社の大きな施設の前を通過し、フラワーセンターの手前を左折して細い道に入り込む。その細道の途中から播磨中央自転車道が分岐し、フラワーセンターのある小高い丘を時計回りに半周ほど回り込んだら、自転車道は田園地帯を逃がしに進み万願寺川に突き当たり、右岸を南下していく。播磨平野の田園地帯を、川の流れに沿って6kmあまり進む。自転車道は右岸から左岸へと渡り、桜並木を過ぎたら北条鉄道の網引駅へ。いつもここを走るのは冬場なので、桜並木といっても鼻も葉もないのだが。
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 本日は西北西のやや強めの風が吹いている。南下するのには追い風基調だが横風のベクトルが強く、ストレスを感じながら走る。
 集落と田園の境界、小さな木造駅舎のある素朴な雰囲気の網引駅を過ぎる。県道79号を南下し、山陽自動車道の高架をくぐったら、権現池へ。権現ダムが作る人造湖だ。この権現池の北の端が播磨中央自転車道と加古川右岸自転車道の交差点。加古川右岸自転車道は権現池の東側、つまり左岸だが、西側を選択。
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 入り組んだ権現池の岸に沿った道は、向かい風、横風、追い風ところころ変わる。権現池を半周し、権現ダムのロックフィルの堰堤を渡って急坂を下る。権現池から流れ出した細い川に沿って田園地帯を南下。すぐ左側を走る県道79号、さらにその向こううの加古川の大きな土手が近付いてきた。
 川と自転車道は県道とクロス、加古川の土手を間近に見ながらさらに進む。自転車道に沿った川と加古川の合流点を過ぎてから土手に登るのだが、それを待ち切れず支流の橋を渡って加古川の土手の登る。
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 小高い土手の上の道からは見晴らしがいい。右手には木々の合間にごつごつした岩がのぞく升田山。左は加古川の流れと、その向こうの加古川市街。土手のすぐ下にも自転車や歩行者が通れる道があるが、そちらに降りる道がない。
 土手の上をしばらく南下すると、先ほどまで川沿いをたどってきた支流により土手が途切れ、土手の上の道も行き止まり。河川敷の道には支流を渡る橋が架かっている。自転車を押して土手を下り河川敷に降りる。道などがいが、幸い草が刈られている。
 このまま河川敷をずっと行けると思ったのだが、すぐに河川敷の工事のため迂回を強いられる。迂回ルートは県道79号線。クルマの多さがストレスで、国道2号バイパスの下をくぐるところで土手へと上がる。するとまたその下の河川敷も工事。土手の下の道には戻りたくないので、国道2号の橋を渡る。一縷の望みを抱いて訪れた加古川左岸だが、こちらもなんと河川敷を大規模に工事している。
 心が折れた。加古川河口の高砂海浜公園で瀬戸内海を見つもりだった。少し我慢して加古川市街を越えればいいのかもしれないが、クルマの多い道を通りたくない。ちょうど復路で利用するための駅も左岸側だ。
 その位置から最も近い加古川駅でなく、日岡駅を目指す。山陽本線と加古川線の分岐駅である加古川駅は、加古川線ホームまでの距離が長い。加古川線の日岡駅なら輪行袋を担いで歩く距離が短くて済む。
 県道19号を北東へ依進み、住宅街の中の日岡駅へ。5年前に来た時には中に待合室のある木造駅舎だったが、現在はまるでプレハブのような簡素な建屋となっていた。
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 折畳小径車を輪行袋に収め、ホームで列車を待つ。14:46、二両編成の列車がやってきた。それなりに乗客はいるが、席は空いている。ロングシートに腰掛け、体の前に輪行袋を置く。
 走り出してしばらく行くと市街地を抜けローカル線ムードに。駅を経るごとに車内もまばらになっていく。
 加古川の流れを見ながら進み、列車は粟生駅へ。ここで下車。ホームの向かいには北条鉄道の列車が待ち受けている。初めは北条鉄道に乗り継いで、加西北条まで戻るつもりだったが、加古川市内で走行を切り上げたので少し走り足りない。粟生駅から玉岡史跡公園まで走ろう。
 陸橋を渡っていると眼下に加古川線と北条鉄道の列車が同時に出発した。しばし並走し、それぞれの道へと分かれていった。
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 粟生駅はJR加古川線の途中駅であると同時に、北条鉄道と神戸電鉄のターミナル駅。比較的大きな駅だが、駅周辺はのこかな住宅街。
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 とりあえずは隣の網引駅を目指す。線路沿いに行こうかと思ったが、万願寺川粗衣の方が走りやすそうなのでそちらへ。網引駅からは往路でも走った播磨中央自転車道を戻る。向かい風がきつくて大変だった。往路は追い風だったが、より強まったようにかんじるのは、風向きのせいだろうか。

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2026/01/24

一畑電車と宍道湖畔の自転車道

 乗り鉄、撮り鉄いろいろあれど、わが鉄道の旅は載せ鉄なり。レールの先にある絶景の道を求めて、自転車を載せて乗って、降りて走って。ああ、今日もいい気分。これぞ、載せ鉄本線日本旅。
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 連続テレビ小説の舞台となっているため、年末年始のNHKではたびたび松江が取り上げられた。そうだ松江に行こう。一畑電車のサイクルトレインに自転車を乗せてみたい。年次有給休暇でまだ正月休みの1月5日に決行。丹後半島から松江までは200km超。4時間はかかる。京都府、兵庫県、鳥取県、そして島根県と日本海側を西に進むわけだが、兵庫県の中央部から西は高速道路主体となる。しかもほとんどが無料区間。まだ整備途中で未開通区間が何か所かあるものの、基本的に流れがいい。ただし、鳥取島根県境付近から島根県側は「安来道路」と呼ばれる区間で、ここだけ有料。だから、米子西I.C.で高速道路を降りて一般道の国道9号へ。安来の市街地は信号が多くて少し時間がかかった。
 そのあと無料区間が復活するのだが、知らずに一般道を行く。そのまま国道9号を行けばよかったのに、うっかり松江の市街地に入り込んでしまいまたここでも時間ロス。「宍道湖夕日スポット とるぱ」の駐車場にクルマを止めたのは12:25。宍道湖の東岸に位置していて、湖越しの夕日が見えるようだ。けれど、今日は曇天。夕日は難しいだろう。クルマでのアプローチの途中は、本降り雨の時間帯もあったが、今はほとんど止んでいる。岸からすぐ沖合には小さな島が浮かび、旅行ガイドブックなどの写真と同じ風景。
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 さあ自転車を準備して走り出す。目指すはランチ。湖畔の散策道を経由してお目当ての店までの道は、昨日のうちにストリートビューで確認しておいた。迷わずにハンドルを向ける。正月に降った雪はほとんど解けていて、日当たりの悪い場所にわずかに残雪があるくらい。
 松江城近くの「らーめんとんてき大翔」に到着。時間のロスはない。人気店のようだが店の前に行列はなくて安心。さらに店内に客はいない。まあ平日の13時ならこんなもんか。まあこちらには好都合。
 もとはラーメン屋として見つけた店だが、一番人気のとんてきという刻んだ豚肉を焼いた料理を注文。ラーメンとのセットは高いし、量も多すぎるので、ライスとのセットを注文。スマートフォンでQRコードを読み取るシステムだ。
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 この後乗る予定の一畑電車の時刻が迫る。料理が運ばれてきたら、急いで食す。早食い大会のようになり、じっくり味わえなくてごめんなさい。肉は歯ごたえがあって、咀嚼に時間がかかる。十分ボリュームがあって、旨かった。
 13:25、急いで一畑電車の「松江しんじ湖温泉駅」へ向かう。松江城の天守閣を道路から眺め、これで市内観光もできた。
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 13:32、松江しんじ湖温泉駅に到着。自転車を押して駅舎の中へ入ろうとしたら、扉は自動では開かない。でも、近くにいた駅員が開けてくれた。
 一畑電車、通称「ばた電」はすべての列車が常時サイクルトレイン。輪行袋に入れなくても、自転車を車内に持ち込める。ただし、混雑時には断られることもあるようだが。
 そして、自転車の車内持ち込みは有料で、乗車券のほか350円の切符を買わなければならない。
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 切符を買ってしばらくすると改札が始まった。自転車を押して改札口を通過。そしてホームへ。
 始発駅だからすでに電車は入線している。1両編成の電車が2両止まっている。「2114」というヘッドマーク付きの電車はレトロな雰囲気で、ランドナーを載せるのはそちらがいいと思うのだが、手前のやや派手な絵が描かれた、比較的新しい車両に乗り込む。車内には自転車を置くためのスペースが用意されていることもなく、ロングシートに腰掛けてその前に自転車を置く。片側の座席は固定式のロングシートだが、向かい側は稼働式でクロスシートにもセットできるようだが、今は両方ロングシートの状態。乗客は5,6人で自転車は通路に問題なく置ける。
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 13:45、ばた電発車。宍道湖畔を行く。薄日が差して湖面がキラキラと輝いている。いくつかの無人駅に停車しながら西に進み、一畑口駅へ。この駅は、ほかの駅と違いホームが湖岸と垂直に位置している。だから電車は直角にカーブして入線。そして進行方向を変えて発車し、90度向きを変えて西に進む。スイッチバックするわけだ。
 なんとなく思い出したのは、JR北海道石北本線の遠軽駅。ここも旭川と網走を結ぶ路線の途中駅でなぜかスイッチバックする。スイッチバックの理由は、駅を突き抜けて伸びる路線がかつてあった名残。オホーツク海に沿った天北線があったのだが、廃止されて遠軽は行き止まりの終着駅となった。ただし、旭川側と網走側を行き来する列車にとっては途中駅だ。
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 さてばた電の一畑口だが、地図を見れば駅を突き抜けた北方の山中に「一畑薬師」がある。これが電車の名前の由来ではないだろうか。後日、調べてみると、やはりその一畑薬師の手前の集落までかつては線路が延びていた、ということが判明。
 やがてバタ電は宍道湖畔から田園地帯へ。布崎駅で下車する。ここは松江と出雲大社のほぼ中間点。現在は出雲市だが、旧平田町。
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 駅は住宅街の中。家並みを抜けて平田船川沿いへ。川を下っていくと、宍道湖に出た。湖畔の自転車道を行く。西風が強い。湖を右に見ながら進むと、左から吹いていた風が徐々に追い風となる。気象情報では、7m/sの西風。今日はこの風を味方につけて湖畔を走る。
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 自転車道は、やがて国道431号に吸収され、国道の自歩道となる。山と湖に挟まれた狭い場所に、国道431号とばた電が並走し、その間を自歩道が伸びている。1時間当たり1mm未満、つまり傘を持っていても差さないで歩く人がいるくらいの弱い雨の予報が出ていたが、雨どころ雲の切れ間から青空がのぞいている。右前方の国道の向こう、冬の柔らかい日差しを受けてキラキラ輝く湖面越しに、伯耆大山の姿が見えるのではないかと期待したが見えない。空気の住む冬なら晴れればくっきりとその姿が見えるはずだが、残念ながら日本海側は天気の悪い時期なのだ。
 気温は10度を超え、1月にしては暖かい。
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 基本的には左にばた電の線路を見ながら走る。湖と山との間に平野部があると集落が現れ、駅も見られる。
 線路に沿って走っていると踏切が鳴り始めた。自転車を止めて電車を待ち受ける。松江方面からやってきた電車は「2114」のヘッドマーク付き。松江しんじ湖温泉駅のホームで見かけた電車だ。あの1時間後に出発した次発の電車だ。
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 行程のほぼ中間点、「道の駅 秋鹿なぎさ公園」の前を通過。国道を渡る必要があるのでよらずに通過。このまま追い風に乗って一気に松江市街まで走り抜けよう。
 国道から自歩道がなくなった。湖畔を行く国道の内陸側には田園が広がっている。バタ電と自歩道付きの細い車道は、田園地帯の奥の集落へと向かっている。どうやらこの田園地帯は、湖を干拓して作られたようだ。
 国道431号の車道を走っていると追い越していクルマがたまに現れるが、見通しの良い直線で対向車と重なることもないので、ほとんどのクルマが大きくよけてくれた。
 しばらくして田園地帯は終わり、また自歩道が復活。徐々に住宅などの建物が増えてきた。松江市街に差し掛かってきた。
 小さな入り江が現れたが、国道は岸に沿って入り江を回り込むのではなく、入江の入り口にかけられた橋をまっすぐに行く。その橋が水門のようになって、入江は宍道湖本体と隔離され、宍道湖の波の影響を受けないようになっている。入江の中には舟小屋がいくつも見られ、その中や周囲に舟が停泊している。
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 こうした水門道路付きの小さな入り江は、中海と美保湾をつなぐ境水道の美保関側の岸でも見られた。さらに美保関の近くには、その入り江を埋め立てて造られた土地もあり、先ほどの田園地帯はその拡大版ということだ。
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 いよいよ松江の中心街に突入し、国道に左から交差する道路で自歩道が何度も途切れるようになった。変わって湖岸が講演として整備されているので、国道を渡って湖岸の散策道へ。クルマを止めて朝日を眺めることができる、その名も「朝日の見える駐車場」がある。バタ電の松江しんじ湖温泉駅にほど近く松江城もどうにか徒歩圏内の、この駐車場にクルマを止めておくことも考えたが、駐車可能な台数の限られたこの駐車場に3時間も止めておくことがためらわれた。徒歩で行くには松江城から少し離れ駐車可能台数も比較的多い「宍道湖夕日スポット とるぱ」を選んだ。
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 そのまま公園内を行き、宍道湖の北岸から東岸に回り込むと強い風を横から受ける。東岸には波が打ち寄せている。風速7m/sということは25.2㎞/hだから、自転車の巡航速度とほぼ同じ。追い風の時には無風の中を走ることになる。
 15:35、「宍道湖夕日スポット とるぱ」に到着。残念ながら太陽は雲に隠れているが、その雲を突き抜けて届く日差しは低く傾いて黄昏の雰囲気が漂ってきている。ただ、風が冷たくなってきた。急いで自転車をクルマに収めて帰路に就く。
 道路の様子をよくわかっていなくて国道9号を反対方向に進んでしまい、玉造温泉でUターン。そのあとは山陰自動車道無料区間に乗り、優良区間の安来道路では高速を降りる。安来の市街地、特にJR山陰本線安来駅周辺は、道路の両側に住宅や個人経営の飲食店が密集性、一桁国道という幹線ながら、生活道路の雰囲気。夕方の混雑でのろのろ走行。少し時間がかかったが、アプローチの中で印象に残るのは高速道路よりも一般道路。
 米子西I.C,で再び山陰自動車道に乗る。
 アプローチは片道4時間半。往復で9時間。現地滞在、つまりランチ・ばた電・自転車が3時間。あわせて12時間。8時過ぎに家を出て、20時過ぎに帰宅。
 翌日昼前、やや強い揺れを感じた。結構長く揺れた。さらにそのあと何度も。京都府北部で震度3。震源は安来市で、島根県東部及び鳥取県西部で最大震度5強。JRもばた電も夜まで運休。けが人が出たり、建物が損傷したりする被害が出た。
 さらにその1週間後、今度はバタ電のニュース。土日と成人の日の3連休を最後に、1968年に製造された車両が引退するということで、全国から鉄道ファンが集まった、とのこと。慶応電車でデビューし、1995年にばた電に受け継がれたその車両は、2104号と2114号。そうなのか、駅のホームと走行中に見られた2114のヘッドマークを付けた電車は、そんな引退記念イベントを控えていたのか。その車両に乗れなかったのは残念な気もするが、だからこそ湖畔を走っている姿を見られたと思えば、それもまたよしか。
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1月上旬、29.0km

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2026/01/23

近江マキノから越前敦賀へ黒河峠越え

 乗り鉄、撮り鉄いろいろあれど、わが鉄道の旅は載せ鉄なり。レールの先にある絶景の道を求めて、自転車を載せて乗って、降りて走って。ああ、今日もいい気分。これぞ、載せ鉄本線日本旅。
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 京都府北部丹後半島から若狭湾経由で片道3時間のアプローチの末、滋賀県、近江の国のマキノへ。自転車を準備して、走り出す。今日はMTBでしかもいつものスリックタイヤでなく、久しぶりのブロックタイヤ。
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 まずは、知内川沿いの並木。ここもメタセコイア並木だが、樹木も並木の規模も小さめ。その代わり静かでのんびりとみられる。12月になってようやく色づいた並木を抜け、いよいよ賑わうメタセコイア並木へ。
 最も混雑する「高島市農業公園マキノピックランド」を避け、並木の北の600~700m位、並木全体の4分の1を進む。それでも、たくさんの人が溢れ、クルマ、自動二輪が行き交っている。見事に赤褐色に染まるメタセコイア並木を見るため、12月まで満を持していた人たちだ。もちろん私もその一人。けれど、こんな喧騒の中に長居は無用。急いで通り過ぎる。並木が終わり、マキノ高原のスキー場入り口を過ぎ、さらに北へ。
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 白谷から県道533号で在原へと向かう登りに取り掛かる。といっても、在原まではいかず、その手前で分岐するマキノ林道で黒河峠を目指す。メタセコイア並木から在原まで何度か走っているが、いつも気になっていた分岐だ。
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 しばらくは舗装路だが、やがて未舗装となる。舗装と未舗装の境目には鎖が張られ、クルマは通れない。その鎖の支柱の外側を通りぬける。自転車なら問題ないが、自動二輪で通り抜けるには厳しい幅だ。
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 近年、ダートの道は荒れてしまうか、舗装されてしまうかの二極化が進んでいるが、ここは十分走れるダート道。ブロックタイヤが本領を発揮する。
 立派な避難小屋が見えてくると、そのすぐ先が黒河峠。近江と若狭・越前の国境、つまり滋賀県と福井県県境の稜線は「高島トレイル」という縦走路に指定されている。
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 峠を越えると黒河林道に名前が変わる。通行止めの看板はないが、マキノ林道には鎖が張られていたわけで、すでに通行が制限されている区間にいるわけだ。黒河林道は、事前に通行可能の確証が得られなかった。もし工事をしていて通行不能だったら引き返すことになるかもしれない。8月の、ふもとの集落まであと少しのところで道路工事が行われていて、飲料水が枯渇する中、標高差400mを登り返した時の記憶がよみがえる。大雨による土砂崩れなどの災害はこの数年は起こっておらず、道路工事の入札もない。ちなみにマキノ林道については、高島市のWebページで通行可と確認できた。
 一か八か、乾坤一擲の思いで黒河林道を下る。ダート走行はあまりうまくないが、フロントサスペンションのMTBで快適に下れる。どうかこのまま通り抜けられますように。
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 初めは急な下りだったが、徐々に黒河川沿いの緩やかな下りと変わる。かつて災害復旧か゚河川改修かの工事が行われていた場所を過ぎる。もうすでに工事は終わっているが、重機などが残されている。
 この黒河林道にはたくさんの支線があり、それぞれ分岐点が鎖でふさがれている。その支線の一つの分岐点に「送電工事中、関係者以外立ち入り禁止」の看板が立っている。そしてその先は、舗装はされていないがきれいにまっ平に整備されたダートとなる。工事車両が通るためだろう。黒河川の支流を渡る橋の上には鉄板が敷かれている。
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 おそらく支線の奥で、若狭湾の原発からの送電線の工事が行われているのだろう。その工事車両と出会わないことを祈りつつさらに下っていく。しかし、この林道は長い。延々と走って黒河川本流の橋を渡ったところに鎖が張られている。橋の両側の欄干に鎖がかけられているので、脇を通ることはできない。自転車を持ち上げて乗り越える。クルマはもちろん、自動二輪も超えられない。
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 そしてそこにも「送電工事中、関係者以外立ち入り禁止」の看板。つまり、立ち入り禁止区間を抜けたわけだ。峠から5km足らず。これでもう安心。引き返す必要がなくなり、さらに進む。
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 ダートはさらに2km余り続いた。舗装路となったところの左の斜面に木造の建物。石割大岩地蔵の地蔵堂のようだ。すぐに雨谷集落。谷が開け、田園違いが広がる。県道211号は田園地帯を一直線に北上する。
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 舞鶴若狭自動車道の高い効果を潜り抜けると、遥か前方に気比の松原が見えた。さらに小浜線の踏切を越えて進んでいくと、徐々に田園風景から住宅街へと変わっていく。
 県道225号に合流すると道路沿いにはガソリンスタンドやファミリーレストラン、ホームセンターなどが並び、にぎやかな通りとなる。国道27号の効果をくぐり、敦賀の中心街へ。
 駅前には「銀河鉄道999」の車掌さんの銅像が立つ。さらにその先にはメーテル。港町かつ鉄道の要衝である敦賀には「宇宙戦艦ヤマト」と「銀河鉄道999」のキャラクターのモニュメントがいくつか置かれている。
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 敦賀駅が見えてきた。高くそびえたって見えるのは北陸新幹線のホームが高い位置にあるため。改装はされているが、基本的な駅舎は10年くらい前に利用した時と変わらない。以前、小浜線から新日本海フェリーへと乗り換えた。
 敦賀駅到着は、15:35。湖西線の列車は、この時間帯はきっかり1時間ごとで、次は16:20。駅の入り口近くの通行人の邪魔にならないところで自転車を輪行袋に収める。折畳小径車以外の自転車を鉄道に乗せるのは2016年11月以来なんと9年ぶりだが、問題なく作業完了。マキノまでの切符を買ってホームに上がる。ベンチには白衣をまとった恐竜の像が座っている。
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湖西線は北陸本線近江塩津駅から分岐するが、始発駅は敦賀。16時を過ぎるとそれなりにホームに人が集まってきたが、そのあと入線してきた列車に乗り込んだ。満席ではなく、7割程度の乗車率。学生はほとんどいなくて中高年から上の世代が多いのは県境越え区間のためか。2人掛けのクロスシートが確保。乗った車両はトイレ付でその前のスペースが広く輪行袋を置くことができた。車いすの人のための場所であるから、その場所を必要とする人が乗ってきたら明け渡す必要があるが、このときは問題なかった。
 列車は薄暮の敦賀市街を出発し、山間部へ。そのうち雨が降り出した。乗っていても実感はないがループトンネルで標高を上げ新疋田駅、さらに県境のトンネルを越えると近江塩津駅。ここまでが北陸本線。
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 湖西線に入り長原駅を経由しマキノ駅に着くころには夜のとばりが下りていた。雨はやんでいる。駅前で自転車を輪行袋から出して組む。反対方向からの列車から降りてきた学生たちが通り過ぎていく。クルマを停めたところまでは1km余り。次に同じコースを走るときには、マキノ駅前の広い駐車場にクルマを停めよう。
12月上旬、30.3km

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2026/01/22

物見峠と因美線レトロ駅舎巡り

 乗り鉄、撮り鉄いろいろあれど、わが鉄道の旅は載せ鉄なり。レールの先にある絶景の道を求めて、自転車を載せて乗って、降りて走って。ああ、今日もいい気分。これぞ、載せ鉄本線日本旅。
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 クルマでのアプローチの途中、国道53号黒尾峠の手前、JR因美線那岐駅に立ち寄り、駐輪場に自転車を下ろす。クルマで黒尾峠を越えて津山市街の北側、県道6号沿い、加茂川の畔の桜並木の公園の駐車場にクルマを止める。JR因美線加茂駅までは1㎞未満なので歩いてもいいのだが、クルマにもう一台積んできた折畳小径車で駅へ。
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 旧加茂町の中心街にある美作加茂駅は比較的大きな駅だが無人。20年余り前に改築された新しい木造駅舎だ。
 京都府北部丹後半島から片道4時間弱のアプローチ、どうにか目当ての列車に間に合ってほっとする。何せ、これを逃したら次は4時間近くもあと。もう今日の行程をこなせない。
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 そんな1日に数本の列車なのに、到着及び発車時刻が近づいても誰も来ない。さらに、到着時刻になっても近くの踏切はうんともすんとも言わない。
 もしかして運休?
 そんな不安を覚えて一人立ち尽くしていると、ようやく踏切が鳴り出した。3分遅れ12:05の到着だった。
 ロングシートとボックスシートが混在する1両編成のワンマン列車。ボックスシートの一つを独占。この数日後に放送されたTV番組で、この因美線の廃止を心配する地元の人の声が聞かれた。確かにかなり厳しい乗車率だ。
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 加茂の市街を抜けると、加茂川沿いの中山間地の集落をつないでいく。川と反対側の車窓は、山肌が近い。時折がさがさと木の枝が車体をこする。晩秋の黄色や褐色に色づいた木々も窓ガラスのすぐ近くを流れていく。
 県境の3kmほどのトンネルを抜けて因幡の国の最初の駅、那岐駅で下車。斜面の高い地にあるホームから階段を下りた先の改札口を抜ける。ちなみに無人。料金は車内で払ってから降りた。趣のある木造駅舎を出て、2時間ぶりに自転車と再会。というわけで、今回は厳密には載せ鉄ではないが、鉄道利用の自転車旅ということでお許し願いたい。
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 まずは県道296号、あるいはその対岸の細い道で土師川をさかのぼる。小学校の跡地を地域の交流センターとした施設を過ぎ、のどかな集落を過ぎると因美線の線路とも離れ県道296号は山間部に入る。道幅は狭く、勾配を増していく。クルマなど来ない。
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 県道296号は最後に急勾配となって、県道6号に突き当たる。合流する寸前、目の前を自動二輪車が3台、轟音を立てて横切っていった。その後を追うように峠を目指す。
 県道6号は道幅が広くクルマ同士もすれ違える。が、通るクルマはほとんどいない。自動二輪が遠ざかれば、静寂が戻る。
 切通しの物見峠には、「鳥取県、智頭町」と「岡山県、津山市」のカントリーサイン。ブッシュに囲まれて展望はない。
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 一気に物見集落へと下る。集落といっても家はまばら。左手から因美線が合流してきて、後方を振り返るとぽっかり口を開けた県境のトンネルに線路が吸い込まれていた。
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 県道と線路と川が絡み合いながら点在する錦秋の集落をつないでいる。
 そして、集落の中にある因美線の駅にも立ち寄る。美作河井駅、知和駅。どちらも古い木造駅舎だ。知和駅の前には自動二輪と原動機付自転車が止まっていて、男女のペアが駅を見学中。
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 やがて集落が途切れず続くようになると加茂の中心街。公園の駐車場に止めてあるクルマを目指す。自転車を収めたら、クルマで美作加茂駅へ。ここでもう一台の折畳小径車を回収して帰路に就く。
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 帰り道、旧勝北町でホルモン焼うどん。四畳半~六畳くらいの狭い店内。鉄板をコの字型に囲むカウンター席の周りに小さなテーブル席がすし詰めになっている。カウンター席には3人連れの客がいて、空いている一辺へと案内される。先に三人連れの注文したホルモンうどんとホルモン焼そばが目の前の鉄板で調理される。そのあと私のホルモンうどん。三人連れの一人と店主の会話を聞きながらホルモンうどんを食す。店による一番の違いは「たれ」だそうだ。まだその違いが分かるほどいろいろな店を食べ歩いてはないけど、脂っこすぎず旨かった。
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 11月中旬、24.1km

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2025/10/04

三方五湖8の字走行

 土曜日は朝から愛鶴で用事。けれど、その用事は10時前には終わり、そのあとは自由の身。ということでさらに東、若狭の国へ。
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 正午ごろに三方五湖の三方湖と水月湖の境界にある広場にクルマを停める。ほかにも4~5台のクルマが止まり、湖に釣り糸を垂れている人々が多数。三方五湖とはその名の通り5つの湖を表しているが、いくつかの湖はつながっている。三方湖と水月湖もつながっていて、目の前がそのつながった場所。すぐ先に対岸が見えて狭い水路となっている。
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 自転車の準備をしていると県道216号を何台も自転車が過ぎていく。ロードレーサー、クロスバイクだ。数年前から福井県で「わかさいくる」という愛称で自転車コースの整備を行っていて、その影響もあるのかもしれない。晴れの土曜とあって、クルマも多い。
 自転車の準備ができたら、クルマで来た道を引き返す形で走り出す。左には三方湖。そして次々と梅園があらわれる。この辺りは梅の産地。道端に、梅園の中に、先始めた彼岸花が赤い。
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 クルマがそれなりに多い。三方湖畔の道は県道216号から国道162号へと変わるが、クルマの量は変わらない。「三方五湖レインボーライン」とその道中、梅丈岳山頂の観光施設へ向かうクルマが多いのか。後この辺りは釣り人も多く訪れる。道の駅三方五湖でトイレを借りて、若狭三方縄文博物館の前を通り、三方湖にそそぐ「はす川(はすの字は魚へんに時)」を少しさかのぼる。はす川の橋を渡ったらすぐに国道162号から農道へ。わかさいくるのコース案内の矢羽根が路面に描かれている。先ほど通った国道162号を対岸に見て、はす川沿いを下り、舞鶴若狭自動車道三方五湖スマートI.C.回り込むように行く。P.A.を兼ねひっきりなしとは言わないまでも、クルマがデイルするI.C.とフェンス一枚で隔てられた湖岸の田んぼの中はのどかそのもの。
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 田園地帯はすぐに終わり、湖畔に山が迫ってくる。山と湖の間の狭い土地は梅園として活用されている。今走っているクルマ一台分の幅の細い道は、梅園の管理のための農道だ。
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 その細い道をしばらく行くと、湖岸を離れ細い渓谷のような水路沿いを行く。そしてすぐにまた湖のほとりに出た。智頭で見ると、先ほどクルマを停めた地点から間近に見えた対岸となる半島の根元をショートカットした形。おそらく人工的に掘削された水路だと思われる。帰宅して彼調べてみれば、江戸時代に掘られた水路で「堀切」と呼ぶらしい。ちなみにこの半島は長尾というそうだが、根本が水路によって切られているので、実際には離島になっている。
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 というわけで堀切を抜けた先は菅湖。長尾はY字型をしていて、二股に分かれた片方が三方湖と水月湖を分け、もう片方が菅湖と水月湖を分けている。
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 クルマ一台分の幅の道で菅湖の東のほとりを北上していく。北西の風が強めに吹いて、入り組んだ湖岸を行けばたまに追い風のタイミングもあるが、基本的に逆風。湖を半分ほど北上すると、右側に迫っていた山がなくなり、田園地帯が開けた。そして、細い道はセンターラインのある道へと突き当たる。右はJR小浜線や国道27号などが走るエリアへ向かうう。三方五湖沿いを行くには左折だ。ただし、両方向の路面に自転車を導く矢羽根が引かれている。
 どちらも「わかさいくる」の推奨ルートということのようだ。「わかさいくる」の推奨ルートは、敦賀と高浜をつなぐ140㎞程の健脚向けロングコースと、各市町ごとのレンタサイクルでも走れるお手軽コースが用意されている。三方五湖はロングコースとお手軽コースの両方に選出されているが、それが微妙に違う部分があって複雑なのだ。
 さて、左折した道も徐々に菅湖の岸から距離が開いていく。そのうち集落に入り湖は見えなくなった。クルマはほとんど通らなくて快適。集落の中で道はまた細くなるが、そのうちまた左に湖が見えてきた。これは水月湖。長尾と対峙して菅湖と水月湖を分ける半島をショートカットしたわけだ。
 水月湖を少し遠くに眺めたらまた湖から離れていく。しかも上り坂。水路が現れた。この水路沿いに行く。やはり江戸時代、堀切の掘削のすぐ後に掘られた浦見川という人工の水路。もともと菅湖と久々子湖は川でつながっていた。先ほど菅湖の東、山が途切れ田んぼが開けたあたりから流れ出していたと思われる。地震による地盤の隆起で川の流れが途絶え、菅湖、水月湖、三方湖は、流れ込んでくる川の水の出口がなくなってしまった。そこで水月湖と久々子湖をつなぐ浦見川が彫られたというわけだ。
 しかし、登り勾配がきつい。浦見川は、水月湖と久々子湖の最短距離を結んでいるが、境をなす山脈は険しい。その三役を超える細い道は険しい。ただし、距離が短いのであっという間に登り切り、今度は急激に下る。
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 久々子湖側は少し平野が広がり田園の向こうに湖面が輝いている。その久々子湖を遠めに見ながら西に進路を取り、日向湖へ。三方五湖一周は、実際には二つの周回コースをつなげた、いわゆる8の字周回。三方湖、菅湖、水月湖と実際にはつながっている3つの湖の周回が一つ。人工の水路はあっても、基本的にそれぞれ独立した久々子湖と昼が子をまとめた集会がもう一つ。この二つをつなぐのが、浦見川。
 日向湖の南端から時計回りに北上。ここでは湖を取り囲む山が北西の風を遮ってくれる。湖面に浮かんだ筏にたくさんの釣竿を持った人が立っている。釣り堀だ。駐車場に並んだクルマは、岐阜や名古屋など東海のナンバーが多い。
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 釣り堀を過ぎ山肌と湖岸に挟まれた道を行くと再び釣り堀。さらに進むと、日向集落へ。この集落は、丹後半島の伊根の舟屋集落と雰囲気が似ている。海が埋め立てられて、船着き場と家屋の間をクルマが通れるようになっているが、さらにその家屋の奥に細い道が通っている。伊根では、各世帯の舟屋と母屋の間の中庭をつないで車道としてあり、それがかつては路線バスのルートだった。この日向の集落の中の道も内陸側の母屋と海側の車庫、あるいは倉庫にに挟まれている。海側の車庫、倉庫はかつての舟屋だったのではないかと思っている。
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 この日向集落の中央部に、日向湖と日本海をつなぐ水路がある。これも人工的に掘られたもの。
 その水路沿いの道で、海側へ。といってもほんの数十メートル。漁港を左に見ながら東へ。北西の風が強めに吹いているが、海は比較的穏やか。入り組んだ海岸線のおかげ。
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 三方五湖レインボーラインへの分岐を過ぎ、久々子湖畔へ。遊覧船乗り場や海水浴場といった観光施設や商店や民宿などがあるちょっとした街の雰囲気になる。久々子湖も日本海に通じる水路があるが、こちらは人工のものではないようで早瀬川という名がついている。
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 久々子湖の東岸を南下。しばらくは県道214号だが、湖畔の公園に差し掛かったあたりから田んぼと湖岸の間のの細い道へ。やがて野球場などの運動公園や漕艇場のそばを行く。野球場からは「〇番、キャッチャー△△くん」というアナウンスが聞こえる。そうしたにぎやかな湖畔の施設を過ぎると、再び田んぼと湖の境界を走り、浦見川へ。これで、日向湖・久々子湖の周回を完了。浦見川沿いの急坂を越えて、水月湖畔へ。三方湖・菅湖・水月湖の周回の残り3分の1ほどに取り掛かる。
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 湖畔まで山が迫り、たまに現れるわずかな平地は梅園となっている。その梅園の農道である細い道を行く。山に囲まれているせいか風の影響はほとんどない。集落もなく、梅も農閑期で人に出会うことはない。
 入り江の奥のホテルの前を過ぎたらすぐに集落となり、県道216号へ。もうクルマを止めた水月湖と三方湖の境目まではすぐ。

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2025/09/09

月曜から寝不足

 9月8日未明の皆既月食。

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雷でやられたTVアンテナを交換

 9月2日の夜の雷雨はすさまじかった。風も吹き荒れた。日本のすぐ南に迫ってきている台風15号から、日本海の前線へ向けて送り込まれた暖かく湿った空気によるものだろうが、近畿北部では5日の台風最接近の時よりも猛烈な嵐となった。
 その雷雨のさなか、TVの画面が真っ暗になった。ただし地上波放送のみ。BSは問題ない。TVの電波塔が雷でやられたか。
 2~3時間たっても復旧しない。もう一台の別のTVをつけてみるとちゃんと地上波放送は移る。ということは、やられたのは我が家のTVアンテナか。
 映らなくなったTVは屋根の上の八木式アンテナで地上波を受信している。治すなら業者に頼まないといけない。ちなみに、もう一台のTVは、もともと八木式だったが、強風でアンテナの向きが変わったようで電波の受信状況が悪くなってしまったのを機に、室内アンテナで受信している。もう5年以上前のこと。
 では、今回映らなくなったTVも室内アンテナにしよう。ただし、以前室内アンテナを導入したTVは2階のテレビ塔に面した方向の部屋にある。ところが、今回映らなくなった方は、1階でテレビ塔とは反対向きの部屋にある。おそらくこの部屋にアンテナを置いても電波を摂れない。アンテナは別の部屋に置かないといけない。
 ネット通販で室内アンテナを探す。なんと、2000円前後のものがたくさんある。中には、1600円足らずのものも。しかも、電波を増幅するブースター付き。前よりもずいぶんお求め安くなっているではないか。ただし、ブースター付きが2000円くらいなのに、ブースター単体だと5000円を超える物が主流。なぜ?
 できれば感度がよいものがいいので、3500円くらいのものを選択。あと、アンテナケーブルも。一番長い30mのものを選択。2700円足らず。そしてケーブルの中継コネクタ。4個セットで500円足らず。全部で6700円くらい。すべて、翌日に届く。
 翌日、ケーブルを壁に固定するコの字型の金具「ステープル」をホームセンターで買ってから夕方帰宅すると、室内アンテナ等はすでに宅配ボックスに。早速開封。そしてTVに接続。試しにTVの部屋で電波が取れないか試してみたが、やっぱりだめ。まったく電波を感知しない。ということでやはり30mのアンテナケーブルの出番。とりあえず長さが足りるかどうか1階のTVのある部屋から2階のアンテナを置く部屋までケーブルをのばしてみる。
 TVと離れているのでアンテナの向きの調整が難しいだろうなと思いながら、とりあえず2階の部屋の窓際にテレビ塔に向けておいてみる。指向性が強く、向きの微調整が難しいはず。
 1階に降りてTVをつけてチャンネル設定をしてみる。問題なく電波を感知し設定完了。しかも、どのチャンネルもきれいに映っている。微調整の必要なし。もう一台のTVの室内アンテナは、少し向きがずれただけでノイズが発生するのだが、感度の違いだろうか。数年で製品は進化しているようだ。
 あとは床に這わせているだけのケーブルを、邪魔にならないように柱に沿って這わせる。この作業が大変で、汗だくになった。

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佐用ホルモンうどんドライブ

 往路は、道の駅「播磨いちのみや」トイレ休憩のみ。復路は、因幡街道の宿場「平福」、日名倉山山頂直下標高846mの「ベルピール自然公園」、山城「波賀城」に立ち降りながら。
自転車はなし。

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尼崎と大阪西淀川区へ買い物汗だく自転車

 尼崎と大阪西淀川区の店でちょっとした買い物がしたい。それぞれ、そのためにわざわざ出かけていくほどでもない。二つまとめてならいいけれど、それぞれ最寄り駅が阪神電車と地下鉄で、乗り換えには梅田とか難波を経由しないといけない。一つの路線で2軒をはしごとなると、阪急電車が浮上してくるが、駅から店までが遠い。阪急塚口駅から尼崎の店までは5kmあまり。阪急上新庄駅から東淀川区の店まで1.6km。徒歩で片道5kmは長すぎるし、片道1.6kmも残暑厳しいこの時期には無理。というわけで、やっぱり自転車が便利だよね、ということになる。
 例年この晩夏の時期に、大阪から京都まで、淀川・桂川沿いを自転車で走っている。クルマがいなくて、信号もなくて、登り坂もないコースを追い風に押されて走れば、猛暑も乗り切れる。もともと、東淀川区の店には、この道中に寄るつもりでいた。さらにスタートを阪急塚口駅とすれば、尼崎の店にも寄れる。距離は10kmあまり伸びるが、まあ何とかなる・・・かな。
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 というわけで、亀岡にクルマを停め、JR山陰本線で嵯峨嵐山下車。自転車で阪急嵐山駅に移動して、まずは桂駅まで。ここで乗り換え。大阪梅田行きの特急へ。十三駅で再び乗り換え、塚口駅下車。ちなみに、JRでなく阪急を利用するのは、自転車を輪行しているから。JRだと京都駅や大阪駅での乗り換えが必要になる。大きくて重い輪行袋を担いで移動するのに、大きな駅は歩行距離が長くてつらい。しかも、京都駅も大阪駅も人が多い。輪行で使うならコンパクトな駅がいい。今回は尼崎スタートということで人が多い十三駅での乗り換えが不安だったが、昼前という時間もあって無難に乗り換えることができた。
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 駅の南側にはロータリーがあり、キッチンカーがいくつか並んでいる。自転車を準備しスタート。スマートフォンのナビゲーションを頼りに南西方向へ。住宅街の中の狭い通りは迷路のよう。やがてJR立花駅へ。ナビゲーションは歩行者モードを利用していて、駅の地下通路で線路を南に越えるというナビゲーション。踏切でもないかと線路沿いを西へ。また地下通路があり、今度は自転車用のスロープ付き。これでJR神戸線(山陽本線)をくぐる。
 そのあとはクルマの多い通りを走行。信号も多い。何より熱い。ストレスがたまる。20㎞/hで走っていれば、5~6m/sの風を全身に受けることになる。赤信号で停止すれば風がやんで暑い。青信号になって再スタートを切れば、0からの加速で負荷が大きい。信号停止の多い市街地走行では、運動エネルギーをブレーキで打ち消し、すぐにまた再生することの繰り返し。これを猛暑の中で行っている。
 たった5kmあまりと思えない走行を経て、目的の「ワークマン尼崎翠明店」に到着。もとは作業服だが、様々な衣料品などを扱うワークマンは、どこにでもあるのだが、目当てのTシャツの目当ての色は、各店舗の在庫のみ。それもすでにほとんどの店で売り切れてしまった。インターネットで在庫を検索したら、ここの店にあったというわけだ。まあ、ついででもなければわざわざ来る穂の買い物ではない。インターネットで取り置き依頼をしておいたので、スムーズに購入。 そのあとはすぐに国道2号に出てこれを東に。クルマがあまりにも多いので、広い自歩道を行く。この国道2号がとにかく長かった。淀川に突き当たるまで8kmあまりに45分ほどを費やし、さらに体力と精神力も削られた。
 堤防の上に登ると、淀川の向こう岸に梅田の高層ビル群が見える。しばらく眺めのいい堤防上を行くが、橋に行く手を阻まれる前に河川敷に降りる。河川敷の道は橋の下をくぐるため、ノンストップで走り続けることができる。クルマはいないのも素晴らしい。
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 運動場が広がり、たくさんの若者が整列している。そして、一斉に大声で何かを叫び始めた。体育祭の応援の練習だろうか。
 そのあとは、広い河川敷に人の姿はほとんどない。暑さのせいでウォーキングやランニングする人も自転車に乗る人も少ない。
 この時期は南から北、あるいは海から内陸に向けて風が吹くので、大阪から京都へ向かえば追い風となる。もちろん今日も風に背を押される。しかし、ここまでの市街地走行が長すぎた。もう心は折れかけている。
 JR東海道新幹線の橋の手前で堤防に上がり北側の市街地へ。阪急南方駅の側の「笑福」でつけ麺を食べる。
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 淀川河川敷に戻り、対岸に「毛馬こうもん」を見てさらに川をさかのぼる。豊里大橋手前でまた堤防に上がり、市街地へ。今度は、「イトーサイクル」へ。ここはランドナーのパーツが豊富な自転車店。分割式の泥除けのジョイントプレートを購入。泥除けのメーカー本所製作所の製品だが、メーカーではもう製造していないのではないだろうか。貴重な品物をゲットだ。
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 これで買い物の目的は達成。もう嵐山まで走ろうなどという気持ちはとっくになく、どこで終わりにするかということを決断するのみ。ここまでずいぶん時間もかかったし、結局そのまま阪急上新庄駅へと向かう。
 乗り込んだから列車の窓から見える景色は、いつの間にか濡れていた。今は降っていないようだが。あのまま走り続けていたらどこかで雨に出会ったかもしれない。
 高槻市駅で特急に乗り換え、桂駅で嵐山方面へ乗り換え。夕方近くなり、桂駅はやや混雑。
 阪急嵐山駅でいったん自転車に乗って、JR嵯峨嵐山駅から再び輪行。こういうのは、走り終えて疲れてからだと本当に面倒だ。嵯峨嵐や駅まで自走で到達できればしなくて済むことなんだけど。
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 JR亀岡駅で下車してから駐車場までまた自転車。
 駐車場に停めたクルマは濡れていた。本降りの雨には出会わないものの、ぬれた路面を走って帰路に就く。

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2025/08/13

続々・廃村小城台風の爪痕(香美町村岡区)

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 先週、旧奥山床瀬林道を走った時の駐車ポイントを過ぎ、国道178号を通り過ぎて香美町へ。山陰近畿自動車道を佐津I.C.から1区間だけ乗って香住I.C.で降り、矢田川沿いの県道4号を南下。香住区から村岡区へと入ってすぐ、「道の駅矢田川」付近にクルマを止める。
 自転車を準備して矢田川沿いをさらに南下。道の駅のそばの電光表示の温度計は27℃。この後最高気温は30度を超えると思われるが、先週の旧奥山床瀬林道の時よりも5℃以上は低い気温。川に沿って吹く風が心地よい。
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 川沿いにある小さな集落をいくつか越え、国道9号との交差点付近の大きな家並みの入り口の川会集落で、左にスイッチバックするように急勾配の細いのぼりの道が分岐している。そちらへハンドルを切る。
 矢田川沿いを緩やかに標高差100m近く登ってきたが、ここからの500mあまりの登りは平均勾配10パーセントを超える激坂だ。
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 まず目指すのは和佐父集落。一般的に参観に集落があるのは周囲と比べて比較的平坦な場所だが、和佐父は全くそんな気配のない急斜面にある。まるでらせん階段のようにぐるぐると巻きながら道は標高を上げ、家の周りに田んぼはおおろか、小さな畑すら見られない。少し離れた場所に棚田があるようだ。
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 和佐父の最上部にある廃屋は、倒壊が進んでいる。この冬は雪が多かったが、前回ここを訪れた2023年8月には、もう家の形をしていなかった。その前は2021年9月で、そのときにはどうにか家の形が残っている部分もあった。
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 2023年8月15日、この周辺は台風7号により大きく被害を受けた。前回ここを訪れたのは、その台風から1週間ほどたった後だった。和佐父集落の道も、まるで除雪された雪のように、重機で寄せられた土砂が路肩に堆積していた。またふもとの矢田川沿いの県道にも、重機で掬い取れなかった川砂が路面にうっすら残り、川の濁流が道にあふれて痕跡が残っていた。
 和佐父集落の最上部の標高が約300m。山間部に入る手前に「通行止」の案内板。はてどこだろうか。
 一昨年はこのずっと先、最高地点を超えてしばらく下ったところで路盤が大きく崩落した箇所があった。自転車が通れる道幅は残っていたが、そのさらに先で通れない箇所があるかもしれないので、その時は念のため引き返した。
 去年はその崩落個所の復旧工事中。反対側から崩落地点まで行ってみた。だから、台風の後のこの先の様子はすべて見ているはず。崩落個所の復旧工事の工期は昨年暮れまでだったから、もう通れるはず。
 「通行止」の案内板は、道の真ん中でなくわきに寄せてありクルマが通れる隙間が空いている。これまでの経験から「通れるけれど、自己責任でね」という意味と判断。先へ進む。
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 台風と関係なしに、常時折れた枝や小石が路面に転がり、それらをよけながら登っていく。
 警告と道が迫ったらいったん道が3つに分かれ、すぐ先でまた合流している。通行できるのは真ん中の道。左手掛けに沿った道は落石に覆われ、右手はコンクリート製の橋が崩壊している。渓流沿いの道の維持の難しさを物語っている。
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 渓流は滝が連続し、それに沿った道路は急勾配。おそらく勾配15パーセントはあるだろう。土石流が起きれば、コンクリートの橋も砕けてしまう。
 一昨年の台風直後は、真ん中の道には倒木や大きな石を含む土砂が道をふさぎ、応急的に崖沿いの道をどうにか通れるようにされていた。
 その先、勾配が緩み少し開けた場所があり、田んぼの痕跡がみられる。さらに家あったと思われる場所も。それを超えるとまた急こう配の登りが続く。暑いが、山間を吹く風は心地いい。もう稜線は近いようだ。
 GPSレシーバが標高660mを示す最高地点には「白菅山登山口」と小さな札が立っている。一昨年にはここに重機がキーを付けたまま放置されていた。
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 さあ待望の下りだ。一昨年は大量の石が散らばり、ひどいところではまるで川原のようになって下りというのに歩くような速度でしか進めなかった。今日は快走だ。ただし、勾配が急なのであまりスピードを出せない。
 標高差100mほど下ると、一軒の廃屋。ここを始めて走った1999年には人が住んでいる気配があったが、2021年に再訪するともう廃屋となっていた。
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 さらにもう少し下ると真新しいコンクリート舗装。一昨年大きく崩落していた箇所だ。路肩から下をのぞくと土台を固めてある。さらに、その10mほどにも同程度の崩落を補修した箇所。まあ、復旧に何か月もかかるよね。
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 一昨年はここで引き返した。ここを乗り越えても、その先の様子がわからない。それに落石で下りが楽しめない、と判断した。
 引き返す途中で、最高地点付近に止めてあった重機とすれ違った。先ほど姿が見えなかった作業員はクルマでどこかへ行っていたらしい。ちょうど昼時だった。で、その重機はというと路上の落石を撤去しながら進んでいるようだ。道路の損傷の様子を確かめていたのかも知れない。
 さて、一昨年から現在へ話を戻す。もう後は下るだけと晴れ晴れとした気持ちで進んでいると、小城集落へ向かう分岐で衝撃的なものを見てしまった。「通行止」の案内板だ。しかも道路の真ん中に堂々と置かれ、工期こそないが工事を行う建設業者の名称も記されている。これはかなり信ぴょう性の高い警告だ。でもなぁ、もう標高差200mも下ってきたし、この先そんな公示するようなところあったかなぁ。去年反対側から先ほど通り過ぎた崩落地点の復旧工事現場まで往復した時には、途中の比較的軽い損傷個所はすでに復旧済みだった。
 まあ、自転車ならんとかなるんじゃないか、とそのまま進む。この先は、今まで以上に勾配が増し道幅も狭く、落石が転がった区間となる。山田川が作る渓谷はとても深く、はるか下に滝が連なる様子が見下ろせる。
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 延々と下って、もうこのまま山田集落まで到達できるのではないか、と思い始めた矢先、前方に工事現場。しかも、工事の真っ最中。路盤は撤去され、何とか通してもらえませんか、などと頼める状況ではない。
 一瞬であきらめ、登り返すことにした。
 GPSレシーバを見ると最高地点から標高差400mあまり下っている。えっ、今からさらに400m以上登るの。
 心が折れて、自転車にまたがることができず、とぼとぼと押して歩く。工事現場の写真を撮るのも忘れてしまった。
 帰宅後、去年の写真を見たら、川沿いの路肩が崩落し土のうで補強された箇所があった。おそらくここだろう。十分にクルマが通れる道幅は残っていたので、このままずっと行くのだろうと思っていたのだが、どうやらしっかり補修するらしい。
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 先ほど見たところいったん路盤をすべて撤去し土台固めをしている様子だった。
 少し冷静になってきた。持っている飲料水は、まだ半分残っている。つまり標高差600mを登るのに使った分と同じ量が、この先標高差400m登るのに残されている、ということ。今日は比較的涼しい日でよかった。ただし、体内の水分量はすでに枯渇しているだろうからかなり厳しい状況であることは間違いない。
 どうにか自転車にまたがって登り始める。最初の目標は小城への分岐、通行止の案内板だ。GPSレシーバで見ると距離はあまりないように見えるが、標高差が大きい。らせん階段のようにぐるぐる同じような場所にとどまって一向に目的地に近づかない。
 どうにか小城分岐にたどり着いた。登り返しの標高差を半分近くクリア。急勾配できつかった。ここで引き返していれば、かなり楽だったのに。
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 次の目標は大規模な崩落の修復箇所。滝が連続する警告から離れたが、今度は滝のような汗が体から流れ、手元の飲料水はどんどん減っていく。
 風副箇所に投薬すると同時に、軽く脚が攣ったので自転車を降りる。すると立ち眩みがする。座って小休止。心地よい風が吹き抜ける。
 しばらくすると落ち着いたので、再スタート。次はの目標、ポツンと一軒家(廃屋)はすぐ。ここでまた軽く太ももが攣ったので自転車を降りる。そして、筋肉の使い方を変えようとしばらく自転車を押して登る。
 また自転車にまたがり、最高地点を目指す。往路では660mと表示されたGPSレシーバの標高地だが、今度は644mで最高地点へ到達。トータル1000mを超える標高差を登り切った。
 もう大きな登りはない。標高差600mを下る。とはいえ急勾配の急カーブの連続、体も披露しているので慎重に行くしかない。登りで見た景色を逆再生の早回しで見る。勾配がきついのでブレーキを握る手が疲れる。
 県道4号まで下ったら、あとは矢田川沿いの緩やかな下りだが、小さなアップダウンがある。そのわずかな登り返しがきつく感じる。
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 どうにかクルマまで帰り着いたら、いつもはすぐに前後のホイールを外して自転車をクルマに収めるのだが、今日はまず椅子を出して腰かけクルマの中に置いていた缶コーラを飲む。木陰に止めたクルマの中、保冷用機に入れていたのでまだ冷たい。
 缶コーラを飲んだら、ようやく自転車を撤収しクルマで帰路に就く。エアコンの冷房を強めにかける。道中のスーパーマーケットでアイスキャンディーとパンを買って食べ、エアコンで冷やした2本目の缶コーラを飲みながらクルマを走らせる。
 家に帰って車庫のシャッターを開けようとクルマを降りると異様に脚が重い。足を持ち上げることが難しく、引きずるようにしか歩けない。すぐに、太ももの裏側、ハムストリングスが攣った。前かがみになってハムストリングスを伸ばす。他人が見たらクルマのそばで何をしているのかと思われるが、幸い誰も通らなかった。
 家に入って体重計に乗ると朝と比べて2.4kgほど体重が減っていた。走り終えた直後ならもっと減っていただろう。もちろん脱水による体重減であり、ダイエットにはならない。
 そのあと寝そべった状態から起き上がろうと状態を起こしたら、太ももの内側が攣った。まずは右の太もも。これを伸ばそうと体制を模索すると左の太ももも。もうどうしようもなくなり、痛みに耐えてしばし過ごす。
 夕食を食べ寝るころには攣らなくなったが、疲労は翌日にも残った。
34.7㎞、11:00~15:49、8月上旬

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旧奥山床瀬林道

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 豊岡市内の国道178号を西に進み、香美町との境界の土生トンネルへの登りにかかる手前の道路わきのスペースの木陰にクルマを止める。自転車を準備したら、クルマで来た道を引き返す形で走り出す。800m足らずで国道を離れ川を渡って集落の中の県道1号へ。そして三椒川をさかのぼる。ちなみに先ほど渡った川は竹野川で三椒川はその支流。交通量の多い国道を離れ、小さな集落が次々に現れるのどかな川沿いの緩やかな登り。しかし、暑い。日差しを遮るものがなく、カンカン照りの炎天下。この日は、この近くの複数の観測点(アメダス)で、40℃を超える気温が観測され、しかもそのうちの1カ所は日本の最高気温を更新した。今いる地点で走っている時間帯、35℃を超えていると思われる。
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 山椒川沿いの最奥の集落、床瀬はそば処で、普通の和風の民家のような蕎麦屋が数件みられる。冷たい蕎麦を食べていると思われる客の姿も見られる。
 神鍋高原へ向けての登りが始まる県道1号からスイッチバックするように分岐する奥山床瀬林道へ。ただし、この名称は古い地図の表記。とっくに舗装され今では県道135号に指定されているらしい。
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 登り勾配が増すが、ところどころ木陰が現れるのでむしろ過ごしやすい。日影ごとに小休止しながら登る。
 時々畑が現れていたが、そのうち完全に林間に入る。日影が増してうれしい。少し下りとなる区間がある。下りとは何と快適なのだろう。
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 そして、また登り。今度は、林道最高地点までひたすら登っていく。
 林道最高地点は、谷を隔てる尾根。等高線に沿ったヘアピンカーブを曲がり支流の三椒川の谷から本流竹野川の谷へ。ブッシュの隙間から、対岸の三川山の中腹の斜面の三原集落がのぞく。四国山地などで見られるような斜面集落だ。以前はもっとよく見えたが、道路沿いの木々が大きくなって目隠しになっている。少し下ったところで大きめのブッシュの切れ間を見つけて写真撮影。
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 木陰の下りは火照った体が空冷され、汗に濡れた衣類も乾いていく。
 急な下りを終えると、竹野川の谷の底へと降り立つ。三原集落への登りの始まりを過ぎて竹野川に沿って下る。路は依然県道135号。直線的で緩やかな下りはハイスピードで走行できる。炎天下ではあるが、体がさらに空冷されて心地よい。
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 国道178号に出たら、駐車ポイントまではすぐ。
26.6㎞、10:20~12:30、7月下旬

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2025/08/03

「くらます」で、くまです

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 国道29号戸倉峠を越えて、兵庫県から鳥取県へ。若桜町の小さな集落を抜けて峠から9㎞、郵便局のある角を左折して、県道72号へ。岩や堂ノ前を過ぎ道路わきにクルマを止めて自転車を準備。
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 準備ができたら国道と反対側へと漕ぎ出す。緩いのぼりの県道を行けば、吉川の集落。標高480mほどの山間部にありながら、開けた谷に30世帯以上ありそうななかなか大きな集落だ。バイパスで集落を迂回する県道をそれ、集落の中をのんびりと行く。集落を過ぎると県道に再会。牛舎の前を通り過ぎて山間へと向かう。しばらくは田んぼがみられるが、左手に「くらます」という不思議な名前の山を見上げるあたりを最後に本格的に山へと入っていく。センターラインがなくなり、1~1.5車線に道幅は狭まるが県道72号線は継続。
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 路が狭まってしばらくすると左にダートのダブルトラックが分岐している。くらますの懐に向かう植林の作業道で、8年前にスキー登山した時にはこの道を使った。今日はそれを見送って、県道を行く。 
 くらますの標高は1282m。その南に連なる「高倉」というやはり変わった山名の1134mピークのさらに南西、1244mの天児屋山との鞍部、標高1004mの峠を目指して登っていく。
 ただ黙々と登っていくと、標高700mを超えたあたり道は二股に分岐する。ここで県道は終わりその先は左右ともに舗装林道となる。右は智頭へと向かう道。左の林道を進む。さらに登っていくと、くらますの山頂が見渡せる地点がある。ずっとブッシュに阻まれていたが、そこだけ木々が途切れている。路肩から谷を見下ろせば土石流の跡。路肩のコンクリートもガードレールも比較的新しい。
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 峠まであと少しかなというところで、前方の路上に何やら黒い物体がもぞもぞと動いていることに気づく。おおっ、クマではないか。
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 自転車で山の中を走っていてクマに出会ったのは2回目。前回は2009年。あの時にはすぐ側の藪でガサゴソ音がした。その日は何度も何度もシカと出会っていたので、またシカだろうと思って振り向いたら、逃げていく背中が黒くたくましかった。16年前の記憶がよみがえる。
 自転車を止める。その距離約100m。どうしよう、引き返すか。こちらに走ってきたら、急いでUターンだ。下りだから逃げられるか。クマの最高速度は50~60㎞といわれる。曲がりくねった山道を、下りとはいえ自転車でそんな速度で走れるわけはないが、それはクマのほうも同じこと。でも、こちらに向かってくる様子はない。こちらの存在に気付いているようだけど。
 今日はGPSレシーバを車に忘れてきてしまったのだが、おそらくもう標高900mを超えている。標高1000mの峠はもうすぐのはず。できればこのまま進んで周回したい。
 100mの距離を隔てて、クマとにらみ合う。向こうもこちらの存在を気にしているようだ。つまりお互いにそこをどいて欲しい、と思っている。根競ぁべが続く。
 5分くらいたっただろうか。クマがゆっくりとカーブの向こうに姿を消した。しばらく様子を見てから、自転車にまたがる。ベルを鳴らしながらカーブへと近づく。曲がった先でクマに出くわしませんように。
 クマはいない。登りではあるが、すたこらさっさのさ、と急いでその場を後にする。
 しばらくして標高1000mの峠に到着。峠の向こう側には兵庫県第2位の高さの「三室山」が見える。到達の証拠写真を撮ったら、すぐに下る。
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 急勾配を下り、分岐に降り立つ。もうクマの心配はないだろう。直進は兵庫県境の大通峠への登り。左折して、加地川沿いを下る。
 しばらく行くと、加地川に変わったものがみられる。対岸へと道が分岐しているのだが、橋は架かっておらず、渡渉をする。いわばクルマ用の飛び石が設けられている。もっと小さな沢が路上を横切る「洗い越し」というものならごくたまに見かけるが、クルマが渡渉をする道はここでしか見たことがない。
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 その先、加地川はたきが連続し、林道も急勾配。雨の後に来ると迫力のある流れだが、今日は普通の水量。
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 水力発電施設を過ぎ、さらに行くと左に分岐する道がある。ここは橋で加地川を渡るが、その橋の手前に立ち入り禁止のゲート。施錠され閉ざされている。8年前の春先には、吉川側から登った少し後に、こちら側からもくらますにスキー登山をした。先ほどの水力発電施設の工事のため、この道が除雪されていたのと、雪に恵まれシーズンが長かったという幸運が重なった。ゲート手前にクルマを止め、スキー板を積んだ自転車を持ち上げてゲートを超え、道が雪に閉ざされたら自転車を置いてスキーで歩いた。路はその先で植林の作業道となり8合目くらいまで続いていた。そしてその上には、伐採されたオープンゲレンデが山頂まで広がっていた。氷ノ山と三室山、兵庫県1位と2位の高峰を見ながらの滑降だった。
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 下り勾配は緩み、普通の下り坂となった。そして畑が見えてきたらすぐに加地の集落、そして国道29号へ。
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 国道を走ること2㎞足らず。郵便局の角を曲がり、岩屋堂の前を過ぎてクルマに戻る。無事周回できてよかった。
24.5㎞、10:15~12:35、6月上旬


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祝コウノトリ500羽達成

 6月下旬にコウノトリの野外個体数が500羽を超えたそうな。豊岡市のコウノトリの郷公園での人工飼育を経て、2005年の訪朝から20年。
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 京丹後市弥栄町でも、今年の5月下旬から7月まで、出会わなかったのは5日くらい。ほとんど毎日コウノトリを見ることができた。それも10話前後の集団でいることも珍しくなかった。

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2025/05/08

元自動車屋さんのラーメンと廃線探訪倉吉線

 GW最終日は、広い範囲で雨予報。でも、本降りは太平洋側中心。日本海側では、あまり強く降らなさそう。特に午後は曇り、または降っても0mm/hの小雨らしい。少雨決行だ。むしろ、「翌日からの社会復帰に備えて自宅でのんびり過ごしなさい」という天のお告げを素直に聞いて、人出が減るなら大歓迎の雨予報。
 8時に雨の京丹後を出発。日本海沿いを西へ。本降りといっていいくらいの雨脚だ。クルマは少なめ。普通の休日の朝、といったところ。
 兵庫県を超え鳥取県に入ったあたりで、前方、西の空が明るくなってきて、心も明るくなる。
 山陰近畿自動車道を西側の終点まで走り、鳥取市街から国道9号で白兎海岸へ。道の駅でトイレ休憩の後、浜村温泉へ。いつの間にか雲は切れ、青空がのぞき、初夏の日差しが降り注いでいる。
 海沿いの国道9号から少し内陸の浜村温泉の集落へ。自動車の中古販売店が趣味でふるまっていたラーメン。副業として営業するようになり、ミシュランガイドに絵記載され、今では自動車販売はやめてラーメン屋になった「ホット・エアー」へ。営業開始30分前の10:45到着。まだ客は誰も来ていない。ミシュランガイド掲載直後はなかなか入れなかったが、近ごろは落ち着いている、というインターネットの口コミ。実際GWにはどんな状況かわからず早めに到着したが、今日は大丈夫なようだ。海沿いに戻り、高台にある龍見台から海を見下ろして時間をつぶす。海が青い。
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 景色がいいので長居をしてしまった。営業開始時間調度にホット・エアーに戻ったら、30分前とは雰囲気が違う。すでに店は開いていて、駐車場に入ろうとするクルマ。急いで駐車場にクルマを止めて店の前に行くと、すでに店内は満席。数人が待っている。しかも待っている2組のうちの片方は6人組の大所帯。結局、着席まで30分ほど待つことになった。ミシュランガイド掲載店をなめてしまった。
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 極み塩ラーメンを、より出汁の味がわかる塩控えめ、油控えめで。とてもあっさりとした味だった。
 12:10、ホット・エアー出発。次は倉吉を目指す。山陰自動車道ではなく、一般道の国道9号でシーサイドドライブ。クルマの流れはよく、時間のロスはないと思われる。
 倉吉市中心部を過ぎ南西方向へ。前方に見える大山の山塊は、中腹まで見えている。そのうち烏ヶ山が姿を見せたが、大山本峰は観世には姿を見せなかった。
 そして関金地区へ。まだ倉吉市に合併する前に関金温泉を通りがかりに訪れたことがある。おそらくそれ以外の関金だが、もう30年ぶりくらいだと思う。
 今日は温泉ではなく、1985年に廃止された国鉄倉吉線の廃線探訪だ。
 「せきがね廃線跡観光案内所」にクルマを止める。駐車場の容量は25台ほどで、6~7割が埋まっている。案内書の前には「やまもり」の駅名標が立っているが、終点の山も利益があったのは、ここではない。案内書の裏にはレールが残され、プラットフォームが残っているようだが、この場所に駅はなく、関金駅と泰久寺駅の間の地点だ。案内書の中には、在りし日の倉吉線の写真、ジオラマなどが展示されている。
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 クルマから自転車を下ろして、泰久寺駅方面へと走り出す。山に向かって坂を登る。線路はすぐになくなるが、しばらく行くと田んぼや民家に囲まれたとこに突然現れ、また消える。観光案内所から歩く人を追い越したりすれ違ったりしながら進む。見覚えのある人が歩いている。先ほどホット・エアーで私の前に並んでいたカップルだ。
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 せきがね廃線跡観光案内所から1㎞ほどで泰久寺駅。線路とプラットフォーム、駅名標が残っている。広場になっているがここにはクルマを止めてはならない。すぐそばに畑があり、建物は駅舎ではなく、倉庫あるいは農作業小屋のようだ。つまり、広場は私有地なのかもしれない。この後、広場に軽トラックを止め、畑仕事をする人が現れた。地主さんだろう。
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 その広場に自転車を止める。今日は利用者がいなかったが、観光案内所にはレンタサイクルもあるし自転車はここに止めてもいいはず。そして今度はレールの上を歩く。200mほどで竹林の中へ。さらにしばらく行くと、2本のレールの間から嶽が生えている。これがこの廃線の顔で、先客が記念撮影をしている。それが終わったらこちらも写真撮影。昨日までなら撮影待ちの行列ができていたのではなかろうか。
 さらに進んでいくと山守トンネル。ただし、入り口は完全にふさがれ立ち入り禁止。定期的に開催されるツアーに申し込めば中に入れるらしい。ちなみに、昨日がそのツアーの開催日だった。
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 来た道を引き返す。泰久寺駅からの自転車は下り坂で楽チン。
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 クルマに自転車を収め、倉吉市街方向へ移動。かつて上小鴨駅があったところにクルマを停める。ここから倉吉市街に向けて、小鴨駅、西倉吉(にしくら)駅までの2区間3.9kmはサイクリングロードとなっている。そして、駅の跡地はそれぞれ「ロードステーション」として駐車場やトイレが設けられている。というわけで再び自転車を準備。線路の跡地がサイクリングロードで西倉吉まで往復する。
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 いつの間にか雲が暑くなり、昼頃には中腹までは見えていた大山も完全に姿を隠している。
 サイクリングロード沿いは、桜並木が延々と続く。今は葉桜だが、3週間前は花盛りロードだったはず。
 西倉吉駅の手前500mほどは、サイクリングロードは車道と一体化してしまっているので、その手前で折り返す。上小鴨へ。
 さあ、雨が降りそうなので急いで撤収。
 倉吉北条道路に乗ればあっという間に日本海沿いの国道8号に到達するのだが、終点手前の北条I.C.から先が通行止め。最後は一般道で国道9号へ。
 北条砂丘のまっすぐで平坦な区間から道なりに山陰自動車道へ。そのサービスエリアのような存在である道の駅「はわい」でお土産を買って一路丹後へ。その後雨が降り出し、本降りとなった。道路は全く混雑なくすいすい帰宅できた。

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2025/05/05

GWの雪山扇ノ山スキー登山


 2週間ぶりの扇ノ山。180cmほどあった山頂の雪はすっかりなくなっていた。
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 山頂東斜面は、まだ滑走可能。ただし新雪の供給が途絶え、硬い凹凸の雪面となっている。
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 大ヅッコの南面上部は雪解け。途中から板を外して登り返す。
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 大ヅッコ北面は、まだまだしっかりと雪が残る。あと半月くらい雪がありそうだが、この後ブナの新緑が一斉に芽吹く。すると新芽を包んでいた殻が雪面に散らばり滑りが悪くなる。快適に滑れるのはこの連休が最後か。
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 小ヅッコ辺りのブナ林はもう雪がない。西側の河合谷段々畑に出る。こちらの日当たりがよくて雪が途切れていて農道を歩く場面もあるが、残雪を拾って滑ることができる。
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 段々畑を滑り降り、その後は農道で林道河合谷線へ。

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薫風の丹後半島一周2025

 京丹後市弥栄町の家を出発。南風が強い。その風に押されてつい丹後町に向けて北上していた。西に軌道修正。網野町を目指す。離湖の西岸を回り、国道178号へ。
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 海を左に見ながら、丹後町間人へ。国道をいったん離れ、城島から海岸通りで間人漁港を経由、立岩へ。風は、追い風気味であまり苦にならない。
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 再び国道178号を東に向かう。屏風岩の展望所は、老朽化した東屋の撤去作業中。通り過ぎたところの歩道で屏風岩の撮影。すると、ロードレーサーがノンストップで通り過ぎた。自転車で走るスタイルは人それぞれ。私は、じっくり景色を見ていきたい。
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 犬ヶ崎トンネルを抜けた展望所では丹後松島を遠く眺め、久僧・中浜では国道を離れ海岸の道を行き丹後松島を形成する岩相群を間近に見る。
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 袖師集落を過ぎ、経ヶ岬への登り坂でローギアにシフトしようとすると、スプロケットとスポークの間にチェーンが外れて落ちる。今日はリアの変速の具合が悪く、何度も調整しているのだが。アジャスタボルトで外れないように調整してもなかなか収まらない。かなりボルトを締めると、今度はローに落ちなくなってしまう。こんなにシビアだったっけ。また、ローギア以外でも、変速の度に歯飛びをしてしまう。
 自転車を止めてリアスプロケットをよく見る。あら、7Sのはずなのに8枚目がある。島もリアエンドに張り付くように。そんな場所にチェーンがかかるかな。
 よく見たら、それはスプロケットカセットのロックリング。ロックリングが外れているではないか。だからスプロケットがぶれて変速が決まらなかったのだ。
 しかし、ロックリングを絞める工具など、携行しているわけがない。手でできるだけ強く締めるが、それだけでは不安。で携帯工具を物色。細いアーレンキーなどをロックリングの内側にさし、押し広げながら回して締めつける。これで今日一日くらいは持つだろう。もしまた外れたら、また締めればいい。
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 これから始まる厳しいアップダウンに向け、スプロケットが復旧したのは良かった。経ヶ岬の入り口分岐を過ぎ、白南風(しらばえ)隧道への登りが続く。またロードレーサーが追い越していく。
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 白南風隧道を抜けるとカマヤ海岸。青く澄んだ日本海を見ながら緩い下りを快走。八重桜の残り花も。自動二輪も多い。
 甲崎展望所で昼食をとる。カマヤ海岸はここまでで、蒲入漁港を見下ろしながら、蒲入トンネルへ。このトンネル開通で峠が一つなくなった。
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 本庄宇治で国道178号と別れ本庄浜へ。そして野室崎への登り。登り始めの八重桜は、2本のうちの片方が伐採されていた。残る1本もすでに葉桜。
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 標高差120m余りの厳しい登り。交通量は本当に少ない。地元のクルマが通る程度。国道は別世界の静かさ。
 三方を山に囲まれた入江、泊に急降下したら、再び新井崎への厳しい登り。相変わらず交通量はほとんどない。丹後半島一周の中で、海の景色が美しく、のどかで一番いい。
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 登りがいったん落ち着きいたら新井集落。海岸段丘の上の田んぼは、今は耕地整理されたが、40年くらい前には千枚田と呼ばれる小さな棚田だった。
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 その先の分岐を右に。どちらでもいいが、右の方が登りが少し険しい。その代わり、その先の千枚田を見下ろすことができる。新井の漁港を見下ろしながら登る。ある程度登ったら、千枚田の区間。小さな田んぼだが、数年前から休耕している。田植えなどをイベントにして、人を集めて農作業をしていたが、地主の高齢化でそれもできなくなったそうだ。
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 標高150m程まで登って、舟屋の伊根湾に向けて下る。舟屋が並ぶ細い道は、観光客がまるで歩行者天国のように歩いている。その先の駐車場入り口でクルマが渋滞している。入ろうとするクルマと出ようとするクルマがすれ違えず膠着状態となっている。こういう場面では譲り合いが必要だが、一度譲るとずっと譲り続けることになるのでなかなか譲れない。交通整理をする係員がいないとどうにもなりそうにない。
 その渋滞をすり抜けていくと、今度は歩行者とクルマが入り乱れている。こんなところにGWにクルマで来るとろくなことがない。気の毒なのは地元の人だ。
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 伊根を過ぎると、若狭湾や栗田半島を見ながら平坦な道を行く。これまでの経験では午後になると追い風で快走できた。朝のうちの南風でフェーン現象が起こり、陸地の気温が上昇。すると上昇気流が起こり、海風が吹く。海から陸へと向かうということで半島では先端から付け根に向かう風となる、ということだ。
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 しかし、残念なことに向かい風だ。フェーン現象は起こっているのだが、今日は南風が強すぎる。西から低気圧が接近しているようだ。さらにクルマの多さが追い打ちをかける。ここは我慢の走りだ。
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 天橋立府中側からは、レンタサイクルや歩行者を避けながら松並木の砂嘴を渡って天橋立文殊へ。そしてシーサイド自転車道で阿蘇海を回り込んで、岩滝から府道53号で内陸へ。登り坂だが、強い南風が背を押してくれる。標高差200mと本日の最高地点への登りだが、勾配はさほどきつくない。これを越えて下ったらゴール。

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2025/04/23

扇ノ山真夏日のスキー

 4月19日には、上山高原で山開き・山焼きのイベントが開催される。山焼きの最中は通行止めだろうがそれまでに登ってしまえばいいだろう、とその日に扇ノ山をステップソールのスキー板を使って滑ることにした。
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 天気予報では、暑くなるとのこと。そんな条件でも走りをよくするため、前日スキー板にワックスをかける。
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 神鍋高原の麓ですうさんと合流し、蘇武トンネルを抜け湯村温泉経由で上山高原へ。久しぶりに冬らしい冬だったおかげで比較的雪が多い今年の春の扇ノ山。1週間余り前に上山高原までの除雪が完了したとのこと。山開き・山焼きのイベントに合わせて除雪が行われる。倒木などで作業が遅れた年もあったので、それを想定して日程に余裕をもって除雪されたのだろう。ただし、除雪は完了しても正式な開通は山開きの後ということで、道路は通行止めの案内板が置かれているとのこと。通過するときだけそれをどけて(通過後は戻して)上山高原まで侵入するのは、暗黙の了解となっているようだ。
 実際訪れてみると、海上集落を抜け小又川渓谷(シワガラの滝・桂の滝)駐車場を過ぎたところにはまだクルマ止めのゲートが置かれている。けれどのその中央の隙間に置かれる通行止めの看板はわきへよけられ、前を走る軽ワゴン車に続いて高原へ向かう。
 上山高原の一番奥の避難小屋前の広場にはたくさんのクルマが止まり、イベント用のテントを立てる人々。イベントの準備中だ。先行していた軽ワゴン車もイベントのスタッフだったようだ。この後一般参加者を乗せたバスが上がってくる。
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 我々登山者のクルマはイベントのスタッフの指示で広場の一番奥の片隅に停める。既に4台のクルマが止まり、準備を整えた登山者が未除雪の車道を歩きだしている。我々も準備開始。準備中からもう暑い。
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 例によって、すうさんも私もステップソールの板。シールは持ってきていない。シャツ姿でも全く寒くない。すうさんはアウターを着ているけど、暑くない?
 1週間前には、この車道「林道海上線」の雪はずっとつながっていたとのことだが、ショウブ池を見下ろすあたりで雪が途切れていた。ここは日当たりの関係で雪解けが早い。板を外して歩く。遠くに見える白い大ヅッコ、そして頂上に避難小屋を頂いた扇ノ山を眺める。ショウブ池は、まだ氷結(?)。また雪が復活したところで板を装着。
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 その先に車道は、雪が豊富。一部かろうじて雪がつながっている程度のところはあったが、場所によっては車道があるとわからない暗い雪に覆われているところもあった。
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 上山高原から1時間余りで小ヅッコ登山口。すうさん、アウターを脱ぐ。登山口から小ヅッコ小屋に向かって東に進む登山道ではなく、南方向へ谷を詰める。子の田には滑走したことがあるけど、登りに使うのは初めて。しばらく谷を詰めたら、西側の尾根に取り付く。スギの疎林の尾根に乗り上げるとすぐ西側には広い雪原が広がっているようだ。ということは、河合谷登山口からの登山道のすぐそばにいるようだ。
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 兵庫・鳥取県境を挟んで隣接する小ヅッコと河合谷登山口からそれぞれ始まる登山道は、すぐに合流する。その合流点がもうこのすぐ先だ。スギからブナに変わった林の中を行くが、木々を避けて歩くのが面倒になって西側の雪原に飛び出す。河合谷の段々畑跡だ。かつて高原野菜が生産されていたが、今は耕作されていない。日当たりがよく林間より雪が早く溶けてしまうが、何とかどこでも自由に歩けるだけの雪がある。
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 ブナ林との境目に近い雪原を歩く。境目には藪があるが、現在は雪に埋まっているので、畑の雪原とブナ林を自由に行き来できる。初めは緩く登っていた雪原だが、そのうち勾配がなく平らになる。ブナ林の中は、小ヅッコ。
 西に延びる尾根に行く手を阻まれ、ブナ林の中の主稜線へ。徐々に大ヅッコへ向けての登り勾配が増す。雪が深くなり、邪魔だった細かい枝もなくなる。ここは扇ノ山の中でも最も遅くまで雪が残り、かつて5月下旬にスキーをしたことがある。
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 疎林の緩斜面のゲレンデを登ると、いったん水平になる。勝手に踊り場と呼んでいる。それを越えると、やや急な登りで大ヅッコのピークへ。東には、青ヶ丸と仏ノ尾。その間に鉢伏山。今シーズンの営業を終えたハチ北高原スキー場にはまだ雪が残る。また、足元には畑ヶ平。
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 標高1272mの大ヅッコを越えると、標高差50mほど下る。雪解けの速い南斜面だが、現在はまだ十分雪に覆われている。シール登行をしているときには、シールを外すのは手間で、シールを付けたままだと滑りにくいし、と迷うのだが、ステップソールにはそんな迷いは不要。ただし、楽しく滑るにはやや林が濃い。慎重に滑り降りる。
 鞍部に降り立ったら、最後に標高差100mほどの登り。山頂手前で、下山してくる人とすれ違う。ツボ足の2人組。そして単独のスキーヤー。さらに左手に見下ろす山頂東斜面では3人ほどのスキーヤーが滑りを撮影している。
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 標高1310mの扇ノ山の頂に到着。2階建ての立派な小屋の周りは、ツリーホールのように雪が解けている。その雪の壁の一番高いところは、172cmのスキー板よりも少し高い。180cmといったところか。天気がいいので小屋の中に入らず、氷ノ山を眺めながら昼食とする。
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 しばらく我々だけで頂上を貸し切っていたが、東斜面で撮影していたスキーヤーが戻ってきたり、あるいは上山高原、広留野といろいろな方向から登って来た登山者でやや賑やかになる。ツボ足登山者もいるがややスキーヤーの勢力が勝っているようだ。さすが雪の扇ノ山。
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 昼食を終えたら、ザックを山頂に残して、南西斜面へ向かう。藪の尾根を少し進んだ先に広がる南西斜面は、山頂から見えないのであまり知られていないが、東斜面よりもやや急勾配でダイナミックな斜面。ブナの疎林だが、中央部は広く開けた雪面になっている。これを2本滑る。登り返して繰り返し滑るにも、ステップソールは有利。
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 戻る途中に、山頂からはブッシュに隠れていた、東山も見えた。氷ノと山東山の間の奥に見えている山は、三室山だということも確認できた。大山は見えず、鳥取市街は霞んでいて湖山池すらよくわからない。
 山頂に戻ると、ややメンバーが変わっていた。広留野方面から登ってきたテレマーカーと少し話をする。
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 おいていたザックを背負い、山頂東斜面にドロップ。ずっと下まで滑りたい気持ちをこらえ、大ヅッコとの鞍部に向けての斜滑降に切り替える。畑ヶ平へと下山するならばこの東斜面を下まで滑り降りることができるが、楽しいのはここだけ。畑ヶ平の登山口は、その手前の車道が長く雪に閉ざされているし、広留野に向かう林道は勾配がきつすぎたり緩すぎたりしてあまり快適ではない。トータルで考えて、大ヅッコを越え、上山高原か河合谷高原へ滑り降りのが一番楽しいと思っている。
 鞍部へ下るには、狭い稜線を外して斜滑降をする方がスピード調整がしやすくて快適。
 鞍部から大ヅッコへの登り返し。標高差50m、本日最後の登りだ。ここでもステップソールがいい仕事をしてくれる。
 大ヅッコからは南東に開けた斜面に飛び出して稜線の平らな場所「踊り場」へと戻る。そして、ブナ林の緩斜面。雪豊富で快適な滑走。斜度が緩くなってしばらく行くと細かい枝がうるさくなってきたので、ブナ林の西に広がる段々畑跡に出る。ずっと西方向へスキーのシュプールが伸びている。朝はなかった。どういうコース取りだろう。
 段々畑跡、初めは平ら。そのあと緩い勾配が出て滑走できるようになる。雪が少ない時には、このまま農道に残る雪をつないで河合谷登山口の少し西側に出るのだが、本日は十分な雪があるのでブナ林に戻りさらに段々畑と反対側の杉林へ。登ってきたルートをたどって小ヅッコ登山口に降りようと思うが、少し迷走。引き返しながらなんとか登山口への林道海上線に降り立つ。あとはこの車道を滑る。
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 適度な斜度が続き、快適に上山高原へと滑走できる。登山口から登りの半分の時間で上山高原に戻ったが、ショウブ池あたりの雪がつながっていたら、もっと早かっただろう。
 先月の氷ノ山の坂ノ谷林道ではすうさんについていけなかったが、本日はすうさんを追い越した。前日のワックスが効果を発揮した。
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 14時半過ぎ、上山高原到着。15時までの予定だった山焼き・山開きイベントはすでに撤収され高原の広場は閑散としている。山焼きはもう少し離れた場所で行われ、広場の辺りは黒焦げにはなっていない。
 それにしても暑かった。この日麓の鳥取市の最高気温は30度を超える真夏日。豊岡市に至っては、今年の全国の最高である31.2度まで上がった。
 登山者のクルマは我々以外に2台。朝はなかったクルマで、われわれの後に来た人たちのものと思われる。また、スクーターが1台。原付二種のピンク色の鳥取市ナンバー。さらによく見ると残雪の上に自転車が1台。我々が帰り支度をしていると、その自転車の主が下山してきた。スキーを持っている。山頂手前ですれ違ったスキーヤーだった。
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 私自身も自転車にスキーを積んでアプローチをすることがあるので、仲間がいてうれしくなりインタビューをする。「本日はイベントのため上山高原に駐車できない」という旨の表示があったので小又川渓谷(シワガラの滝・桂の滝)駐車場にクルマを止めて自転車で上がってきたのだそうだ。我々はその案内に気づかなかった。彼は、われわれよりもかなり早い時間にここへきているようで、もしかするとその時間にだけその案内板が設置されていたのかもしれない。スタッフがまだ上がってくる前に上山高原の広場に自由にクルマを止められないように。その後、イベントスタッフのクルマが通過する際、通行止めの案内板とともに、駐車できないという案内板も撤去された。あくまで妄想であるが。
 クルマで帰路に就くと、上山三角点あたりから下の高原は草が焼かれ黒焦げになっている。
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 その先で、路肩に通行止めを知らせる看板あり。県境から先の林道河合谷線が通行止めのため鳥取県側に通り抜けられないことを知らせるものだ。期間は記されていない。現在は、県境手前の海上線も上山高原からは通行できないので、この案内板は雪のない時期に立てられたものだろう。設置者は、新温泉町建設課。つまり管轄外なので、詳細は鳥取市に聞いて、ということのようだ。
 帰宅してから確認すると、鳥取市のWebページに林道河合谷線の通行止めに関する情報が掲載されていた。掲載された日付は、2024年6月28日。2023年8月の台風7号の被害による復旧工事で、通行止めの解除予定は2026年度末、とのこと。なるほど、昨年(2024年)4月に自転車で河合谷線を登った時に少なくとも8箇所で路肩が崩落していた。まだ復旧工事は始まっていなくて、応急処置が施された状態だった。生活道路ではなく緊急性が低いため、着工は被災の翌年度。予算編成の際に工事が計画され、除雪されない路線なので自然融雪を待って着工。という妄想が頭をよぎる。8箇所所以上も公示しなければならなければ、そりゃ3年近くかかるよね。しかも半年近くは雪に閉ざされるわけだし。
 また、自転車で上山高原に上ってきたスキーヤーの記録も、翌日夜にはネットに上がっていた。段々畑跡で西に延びていたシュプールは彼のもののようだった。また、山頂直下で我々とすれ違う前には、畑ヶ平方面に滑降して登り返してきていた。その移動距離は、自転車を含めて、我々の2倍の24km。

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山笑う声ヶ乢2025

 丹後の国から但馬、播磨の国を経由して美作の国、津山へ。津山市役所の大駐車場にクルマを止めて、折畳小径車に乗り換える。石垣の上に満開の桜を頂いた鶴山城に麓から出雲街道へ。城下町の街並みを過ぎ、ホルモンうどんを求めて橋野食堂へ。江戸の街並みから、昭和の雰囲気漂う食堂へと、タイムスリップ。しかし、ずいぶんひっそ知りていると思ったら、「定休日」の札が下がっているではないか。しまった、リサーチ不足だった。以前撮影した店内のこころ旅火野正平のサイン色紙を、もっときれいに撮り直したかったのに。
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 仕方ない、別の店を探そう。店の向かいの駐車場に座り込んでスマートフォンの地図アプリを開く。自転車で駐車場に戻り、クルマでこれから向かう方向にある店にしよう。今日は営業日。昼の営業は14時まで。現在、13時少し前。間に合いそうだ。というわけで、自転車からクルマに乗り換えて津山市郊外の店に到着したのは13時半少し前。なんともう昼の営業が終わっていた。平日によくあることだ。
 こうなったらもうホルモンうどんはあきらめる。これから自転車で走るコースのスタート地点、三浦へ向かう。途中には店は何もないが、わざわざ回り道をする気にもならず、昼食抜きで走ることにする。20㎞位のコースだから何とかなるだろう。
 加茂川沿いの県道6号を北上し、かつての加茂町との旧市町境の手前、三浦集落の道路わきの広場にクルマを止める。県道の山側にはJR因美線が並走し、すぐ先に満開の桜が林立しているのは三浦駅だ。広場にはすでに9台のクルマが止まっていて、どうにか1台分の空きがあった。ここにこんなにクルマが止まるのは、今の時期のみ。平日でこれだから、休日はもっと大変なことになるだろう。
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 自転車の準備をしようとクルマを降りたら、列車が通り過ぎた。そして、大きなレンズを付けたカメラと三脚を抱えた人たちが三々五々広場に戻り、あっという間にクルマは2、3台だけになった。待合室として東屋はあるものの駅舎がなく、単線で列車のすれ違いができない三浦駅。線路とホームに沿った桜並木は、この時期花のトンネルのよう。桜が満開の季節には、日中は上下合わせて2時間に1本くらいの列車に合わせて、撮り鉄の人たちが集まってくる。
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 その三浦駅の見物は後回しにして、自転車を準備したら駅と反対方向、県道6号を南下する。すぐに県道はトンネルに向かうが、加茂川沿いの細い道へとハンドルを切る。すぐに集落の中に入り、進んで行くと三浦駅の次の駅、美作滝尾駅。風情ある木造の駅舎で、三浦駅ほどではないがすぐ前に満開の桜の木。ここは映画「男はつらいよ」のロケも行われ、その様子を撮影した写真が駅舎内に展示されている。作業服を着た人たちがホームにいるので、今日は駅の外観のみ撮影して美作滝尾駅を後にする。
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 集落を抜けるとトンネルを抜けてきた県道6号に合流。その県道を渡って東へ。しばらく県道348号を走る。進行方向左手、つまり北側には那岐連山の西の端、山形仙がそびえる。その那岐連山には主峰の那岐山を含め、もう雪は見えない。そのすそ野の集落の中の細い道へと左折。傾斜地には段々になった田んぼが広がり、集落が点在している。アップダウンを繰り返しながら山形仙のすそ野を巻いていく。
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 このコースは3回目。過去2回は、このまま県道450号に突き当たるまですそ野を巻いていったが、今日はちょっとコースに変化をつけるため、前2回の周回の内側の林道をたどる。山形仙の懐へとハンドルを向け、山頂に向けて斜面を登る。
 集落を抜けると道路をふさぐゲートが見えてきて通行禁止かと少し焦ったが、集落へのイノシシなどの侵入を防ぐためのもので、自由に開け閉めして通過できるものだった。何せ、この山域は自衛隊の演習地があり、道を間違えて迷い込むと「この先立ち入り禁止」の札がついたゲートがあちこちに立ちふさがっているのだ。
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 山形仙の頂上に向かっていた道だが、斜度が急になってくると道は直登を避けてか左方向、つまり西に進路を向けていく。しばらく登ればスイッチバックするように北東に進路を変え、山形仙と広戸仙の間の鞍部、声ヶ乢に向かう。路面には落ち葉や細かい枝、落石などが散らばっている。ずっと木々に囲まれて展望がなかったが、声ヶ乢が近づくにつれブッシュの合間から麓に広がる日本原が見下ろせるようになる。
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 標高500mを越えて下りとなる。標高差50mも下って、県道450号に突き当たる。そこは「ウッドパーク声ヶ乢」の入り口。ソメイヨシノやヤエザクラ、ヤマザクラなど1,200本の桜が植えられていて、春には桜まつりが開催される。2年前のこの時期、ただし2.3日早めだったが、桜が満開で広場にレジャーシートを広げて花見を楽しむ人が見られたが、今年は開花が遅いようでまだ3分咲き。提灯の飾りつけはされているが、誰もいない。
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 そんな桜の広場に沿った県道450号は登っていく。声ヶ乢のピークは標高530mほどで、先ほどの林道のピークと同じくらい。声ヶ乢は、山形仙や広戸仙の登山口となっていて、さらに広戸仙を越えと滝山そして連山の主峰那岐山への縦走の拠点ともなっている。
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 声ヶ乢を越えるとあとは下り。山桜の咲く山肌を見ながら、一気に下った集落は奥津川。集落からは、津川川の流れに沿って緩やかに下る。勾配が緩く直線的で、クルマの少ない道を自転車で飛ばす。あっという間に県道6号が見えてくるが、その手前で田んぼの中の細い径に左折し三浦集落の中へ。細い径をたどって三浦駅へ。桜の花に包まれている。列車が来る時間ではないので、誰もいない。乗客も撮り鉄も。
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 三浦駅を後にして、クルマを停めた広場へ。ああ腹ペコだ。帰路は因幡の国経由。智頭の桜土手をクルマで走りながら見物して、鳥取市街でやっと、遅い遅い昼食にありついた。
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4月上旬、津山市街約6.1km、声ヶ乢約19.1km

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2025/04/20

ランドナーの分割式泥除けの交換

 サイクルベースあさひの通販で注文していたリアの泥除けが届いた。ランドナーの泥除けと言えば、本所製作所製が一般的だが、高い。サイクルベースあさひのオリジナル製品なら、2200円で本所の4分の1の価格。一般車用だがランドナーに元々ついていた本所のモデルと見た目は変わらないので、以前ホイールとともにクラッシュしたフロントの泥除けもこのあさひのモデルを使っている。今回でリアもあさひオリジナルとなる。ただし、分割して取り外す部分だけ。シートチューブに沿った、取り外さない部分は元の本所のままでいい。泥除けが分割式になっているのは輪行のためだが、このランドナーで輪行する機会はほとんどない。ただ、クルマに積むのに前後のホイールとリアの泥除けを外す。これでステーションワゴンのラゲッジスペースにも、セダンのトランクにもランドナーが収まる。
 さて、新しい泥除けのジョイントなどの加工をしなければならない。まずは、必要長さに泥除けをカット。100円均一店で買った金切りのこぎり(本体110円+刃110円)を使うが、なかなか切れそうにない。面倒になって、目の前にあるグラインダーでカット。さらに切断面の形もブラインダーで整える。試しに、本体のジョイント部分にはめてみる。大丈夫、古い泥除けと全く同じサイズだ。
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 もともとの泥除けについているプレートを移植するのだが、まずはプレートをもとの泥除けから外さないといけない。泥除けにプレートを固定しているリベットを破壊する。その作業に使うためグラインダーを準備していたのだ。泥除けの外側の2つのリベットの頭をグラインダーで削る。これで泥除けとプレートが分離。
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 さらにプレートからリベットが外れる、と思いきや全く抜ける気配がない。リベットが抜けた穴を、新しい泥除けにプレートを固定するのに利用したいのに。
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 リベットの反対側の頭も削って平らにして、そこに電動ドリルで穴をあける。新しい泥除けにも穴をあけ、ボルトとナットで泥除けとプレートを固定。ナットは古い泥除けの延命措置に使用した泥除けステイを固定いする金具を使う。ちょうどリベットと穴の間隔が一致するのだ。プレートを固定したら、ジョイントを確認。ばっちりだ。ただし、プレートには小さな亀裂もあって、もうあまり持ちそうにない。これも代替品を準備しないといけない。
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 あとは、ステイとリフレクターを古い泥除けから移植。これで作業は完了。

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2025/04/08

終わらないパンク祭りとランドナーの泥除けの延命措置

 春のパンク祭りは終わっていなかった。常神半島を走ったランドナーの前輪と後輪が、さらに1回ずつパンクした。
 まずは前輪。走行中まるでサスペンションがついているようにふわふわする。嫌な気持ちになりながら前輪を見ると空気圧が下がって潰れていた。落ちた杉の葉が一面に散らばった林道を走っていたのだが、そのとげ状の葉がタイヤにささっていた。予備のチューブに交換して走行継続。帰宅してから、パンクしたチューブは、まだ新しいのでパッチを貼って補修。応急処置としてタイヤに入れた新品チューブをタイヤから抜き、再び予備とする。そしてパッチを貼ったチューブをタイヤに収める。もうタイヤも新品に交換。
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 次に後輪。前の記事の作用・美作ツーリングの翌日、後輪の空気圧が下がっていた。チューブを出して水に浸けて確認すると、やはり穴が開いていた。パッチを貼って、こちらもタイヤを新品に。
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 そのランドナーをクルマに積むときには、前後のホイールと、リアの泥除けを外す。そのリアの泥除けに亀裂が入り、ぽっきり折れそうになっている。あちこちへこんででこぼこになっているし、もう交換した方がいいのだが、いわゆる分割式でシートチューブに沿った部分を残して3分の2程を簡単にフレームから外せるようになっている。分割式泥除けは、市販されているのではなく、工房や自転車メーカーで、その自転車のフレームに合わせて加工されたもの。その加工についてクリアしないといけないが、とりあえず亀裂を何とかして、泥除けをもう少し持たせることにする。いわゆる延命措置だ。
 まず考え付いたのは、折れてしまったスポークを使っての添え木作戦だ。スポークを泥除けに沿うように曲げて、土与ロケの両サイドにあてる。どうやって固定するか。結束バンドも考えたが、やはり針金を使う。電動ドリルで泥除けに穴をあけて、針金でスポークを縛り付ける。
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 かなり強くなったが、でもまだ安心できない。目に留まったのは、泥除けのステイを固定する金具の、泥除けの内側の方のパーツ。これだ。
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 Amazonで探すと、ねじセットとして出ている。しかも、249円と安い。すぐに注文。
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 ドリルでさらに泥除けに穴をあけて、外側からボルトを締める。金具はナットになっている。本来の用途、ステイを抑えるための横から見て「ひ」の字のような形の金具は、使わない。
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 これは強力に補強されている。少し力を加えても亀裂のない部分とそん色ない。
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 一方で、泥除けを新しいものに交換することも考えておく。フレームに固定したままのシートチューブに沿った方はそのまま使って、外す方だけ新しくするのが楽だろう。ジョイント部分の金具を移植すればいいのだが、これがリベットで泥除けに固定されている。「リベット 外し方」のキーワードでネット検索すると、いくつか出てきた。電動ドリル、グラインダー、たがねなどでリベットを破壊する。何とかなりそうだ。新しい泥除けを注文する。

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佐用発美作東部の武蔵の里と棚田めぐり2025

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佐用のホルモン焼うどんは、つけだれで食す。ここが津山との大きな違い。
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腹ごしらえができたら…
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自転車に乗る。
1.五分咲きの桜を見ながら走りだして
2.参勤交代にも使われた因幡街道で県境を越え兵庫から岡山へ
3.「元祖二刀流」の里を通って
4.兵庫に戻り、棚田を上り詰めて
5.頂を雲に隠した岡山最高峰を遠く眺めて
6.未舗装の林道を走って
そのあとは…
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下りを残すのみ。
アップダウンの連続だったが、最後は駐車場に停めたクルマめがけて急降下。コツコツため込んだポテンシャルエネルギーを、一気に使い果たす贅沢な時間。
それではご安全に。

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2025/03/27

久しぶりの薪ストーブ

 雪が積もって冬眠していた薪ストーブ。雪が解けたので火を入れた。
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 薪を割って冬中ほったらかしにしていたら、よく乾燥していて、すぐに燃え付いて、火力も強力。ああこの火力は、寒い時期に欲しかった。やはり、薪は割った状態で保存しておいた方がいい。

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春のパンク祭りが開催されたよ

 折畳小径車に乗ろうとしたら、後輪がパンクしていた。ホイールを外しチューブを出してみると、バルブの根元が裂けていた。このチューブの寿命が尽きた。新しいチューブに交換して走った。
 数日後、常神半島をランドナーで走った。トンネルができたことで廃道となった道を行ってみたら、イバラの道と化していた。服にとげが引っ掛かかる中を自転車を担いで乗り越えた。イバラの道はコース序盤で、そのあと20km近く走ってから、前輪がパンク。イバラのとげの先端部と思われる、細かい突起物が何個かタイヤにささっていた。1~2mmの細かい突起物なので、一撃でタイヤを貫通するわけではなく、タイヤのひび割れに入り込んで、ホイールの回転によって何度も地面に押し付けられて奥へと進入しチューブに到達。とがった先端が何度もチューブに押し付けられて小さな穴が開いたようだ。タイヤにささっているとげをすべて取り除き、チューブを交換。後輪も気になるが、前輪と比べるとタイヤが新しく、その日の行程を終えるまでは大丈夫。クルマに自転車を積み込むためにホイールを外した際、2~3ヶ所とげが刺さていた。すべて外しておく。
 翌日、ランドナーの後輪も空気が抜けていた。イバラのとげによって、走っている最中にすでにチューブに穴が開いていたが、穴が小さく、空気が抜ける前に走り終えたようだ。
 さらに別のランドナーも後輪の空気が抜けていた。2台のランドナーの後輪のチューブを外し、空気を入れた水に浸してみるが穴が見つからない。夕暮れが迫り暗く寒くなってきたので、タイヤに戻して空気を入れる。やはり、翌日には空気が抜けていた。
 改めて後日、チューブを水に浸してみる。数秒に1回程度小さな泡が出てくるような小さな穴のパンクを想定していたが、2本ともブクブクと泡が出てきた。先日なぜ見つけられなかったのだろう。
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 2本のチューブそれぞれの穴をゴムのりとパッチで塞ぐ。走行中にパンクしたランドナーの前輪のチューブは、すでにパッチが貼ってあったのでもうあきらめる。
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 さて、後輪の2本のチューブのうち常神半島のイバラでパンクした方は、すでにタイヤにささったとげを外してあるのでそのままタイヤに収めればいい。問題は、もう一台のランドナーの後輪。パンクの原因を見つけて除去しないと、またパンクする。しかし、タイヤを点検しても見つからない。仕方なくそのままタイヤに収める。そのあと10kmあまり走ってみたが大丈夫だった。しかし、後日また10kmあまり走ってみると、走り終えるころに空気圧が下がっていた。再びチューブを取り出しゴムのりとパッチで穴を塞ぐ。その穴の辺りのタイヤをチェックすると、とがった小さな石がタイヤにささっていた。これが原因か。
 とりあえず、異常で落ち着いている。春のパンク祭りは、もうこれで終わりかな。

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2025/03/20

常神半島

 リアス式海岸の若狭湾に西から栗田半島、大浦半島、音海半島、大島半島、内外海半島、常神半島、敦賀半島が並ぶ。1月に走った敦賀半島に続き、今回は常神半島を訪れる。
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 この常神半島は根元に三方五湖を抱え込んでいる。そのうちの三方湖と水月湖の境目にクルマを止める。この二つの湖と水月湖の西の菅湖はつながっている。クルマを止めた道路わきのスペースからは対岸が間近に見え、細くくびれて二つの湖に分かれている様子がわかる。
 自転車を準備して半島の先端に向けてスタート。まずは水月湖畔の道を行く。走っているのは県道216号で、今日は基本的にこれを往復する。
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 寒の戻りで気温は低め。水月湖越しに白い山が見える。帰宅してから調べたら、野坂岳だった。とはいえもう3月中旬、湖畔に点在する梅園のうち、半数位が咲き始めている。若狭は梅の産地だ。ぽかぽかと日差しは降り注ぎ、風は弱い。西風が荒れ狂っていた1月の敦賀半島とはまさに別世界だ。
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 かつて有料道だったレインボーライン入り口を越え、今はシーズンオフでだれもいない遊覧船乗り場を過ぎ、軽く坂をのぼって塩汲越トンネルを越えると、半島の西岸に出る。海が青い。そして海面から40~50mの高さにあるので、遠くが見渡せる。隣の内外海半島久須夜ヶ岳だ。
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 県道は遊子トンネルとなる。常神半島は、それ自体も入り組んだ複雑な形をしていて、支半島を越えるトンネルがいくつか作られている。その一つが遊子トンネルだ。初めて常神半島を訪れた2007年にはこうしたトンネルはなかった。今日もトンネルではなく、海岸線をなぞってつけられた旧道を行くことにする。旧道入り口には車止めが設けられている。つまり、管理はされていない廃道だ。2021年に来た時にもこの旧道を通ってイバラに苦しめられた記憶があるが、まあ行ってみよう。
 落石があったり、舗装を突き破って生えていたりするが、しばらくは問題なく通行できる。展望台もあって、先ほどよりさらに遠く、うっすら丹後半島が見える。
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 しかし、難所が訪れた。伐採された気が積まれ道路がふさがれている。自転車を担いで何とか乗り越える。
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 さらに進むとまたも伐採された木々が立ちはだかる。ここも自転車を担いで乗り越えるが、イバラにつかまる。根元に向かって傾いた細かいとげが、一度捕まったら話してくれない。数本の細い枝がアウターウェアに張り付き、ひとつづつはがしていく。しかし、一つはがすうちにまた別の枝にとらえられ、永遠に逃れられないような気がしてくる。2021年にはアウターウェアが裂けてボロボロになった。今回は、裂ける生地ではないが、それでも少し傷んでいる。何とか脱出したが、ウェア越しにとげが刺さり、腕や脚に傷ができていた。タイヤがパンクしないかも心配だ。
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 そして、今度は道路の崩落。山側に路盤が残っているが、そこはアスファルトを突き破って木が生えている。ここも自転車を担いで何とか超える。これでようやく遊子トンネルの反対側出口にたどり着いた。
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 道路は下りとなり遊子集落へ。港と釣り宿の小さな集落だ。集落を越えると小さな半島を越える。ここはトンネルがなく、海岸をなぞる道が現役だ。半島の先端にはやはり展望スペースが設けられている。
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 その半島を越えると、小川集落。集落の外れに神子トンネルが口を開けているが、当然ここも旧道へ。坂を登り車止めを越えて廃道区間へ。落石や細かな枝が点在しているが、遊子トンネル旧道より後に廃道となったのか、荒れ方は浅い。道幅も広くて走りやすい。と思ったら大木が倒れて道路を塞いでいた。自転車を担いで通り抜ける。さらにその先にも倒木があり、こちらは自転車を押して越えられた。
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 こちらにも展望台がある。おしゃれな白いテラス風の東屋に破風崎という立派な石碑。廃道にしておくのはもったいないように思える。常神半島の先端の常神岬方面が見える。
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 進んでいくと、路肩の排水溝がふさがって道路が冠水していたり、杉の落ち枝が敷き詰められていたりする区間を過ぎて、神子集落へと降り立つ。
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 この神子も遊子、小川と同じく漁港と釣り宿の集落。海水浴場もあるようだ。集落の外れにはやはりトンネル。2021年に来た時にはまだ建設中だった常神トンネル。もちろん旧道を行く。やや急な坂を登っていくと、すでに車止めが設けられている。この区間には展望台のような施設はないが、木々の合間からはるか青葉山が見えた。
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 常神トンネルを抜けてきた道と合流し、入江沿いの道を進んでいくと常神集落。半島の先端の集落だ。やはり漁港と釣り宿の集落だが、家と海が近い。入江が深く、冬場の荒波から集落が守られているようだ。
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 路地を抜けた民家の裏庭に「常神のソテツ」。樹齢1300年だそうだ。前に何度か見に行っているので、今日はもうやめておこう。初めて来たときには、山道を歩いて常神岬の灯台にも言った。標高244mで日本で7番目に高い位置の灯台だそうだ。
 さあ帰路に就こう。もう旧道ではなく、トンネルを抜けて戻る。2つ目の神子トンネルの途中で、なんだか路面の凹凸から生じる振動が強く感じられるようになった。嫌な感じだ。自転車を止めて前輪を触ってみると、やはり空気圧が下がっている。パンクだ。そのままトンネルの外まで走れないかと試みたが、空気が抜けるのが早い。あきらめて押してトンネルを出る。前輪を外して確かめると、何か所か細かいとがった破片がタイヤにささっていた。石ではない。思い当たるのは…。イバラのとげだ。とりあえず全部抜いてからチューブ交換に取り掛かる。しかし、バルブの根元のリムナットが硬くて外れない。何とか外すまでにずいぶん時間がかかった。結局、作業完了まで30分くらい経過してしまった。後輪もパンクしないか気になるところだが、前輪より新しく摩耗していないのであまりとげは刺さっていないようだ。このままクルマまで戻ろう。
 ということで、水月湖と三方湖の境の駐車ポイントに戻る。往路は17kmあまりだったが、復路はトンネルショートカットのため往路の3分の2の12km足らず。スタート時点ではだれもいなかったが、今は釣り客が数人。クルマに自転車を積むためにホイールを外す。後輪のタイヤをチェックすると、3か所ほどとげが刺さっていた。全部抜いておく。しかし、翌日に羽後輪も空気が抜けていた。もう遊子トンネルの旧道は通らない方がよさそうだ。
 3月中旬、約29.1km

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2025/03/18

ハクチョウの去った田んぼでコウノトリに出会う

 ハクチョウはもう旅立ったようだ。昨年最後に白鳥を見たのは、2月25日。今年最後は、2月11日。毎日見に行ったわけではないけれど。
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 雪が解けたせいか、田んぼでコウノトリを見かけるようになった。3月8日、12日、15日、17日と、出会う間隔は短くなってきている。しかも、
「1羽と出会ったけど写真を撮れなかった」
「1羽と出会い写真を撮ったけど、撮る前に飛び立たれてしまった」
「1羽と出会い、離れたところからじっくり観察して、ズームで写真を撮った」
「2羽と出会い、離れたところからじっくり観察して、ズームで写真を撮った」
 と条件も徐々に良くなっている。この調子なら、今後は毎日出会い、出会う個体も1羽ずつ増えていくということ。まあ、そうはいかないだろうけど。

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