2020/07/09

美作東部日名倉山MTB登山(ホルモン焼うどん2)

 兵庫県佐用町と、岡山県美作市の旧大原町と旧東粟倉村を周回するコースを何度か走っている。今は二県にまたがるコースだが、かつての国名でいうと美作の国の中の周回。ほとんどクルマの通らない道で佐用川の上流部を遡り、奥海乢(おねみたわ)という峠を越えて後山の山腹に広がる東粟倉の中心集落をかすめて大原へと下る。
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 そろそろ変化を付けたくなった。というわけで付け加えたのは日名倉山の山頂に近いベルピール自然公園。標高1047mの山の860m地点まで車道が通じている。後山連山より少し低いものの、独立した円錐型のピークは目立つ。ということは登れば展望もよい。自然公園からは、後山連山と東粟倉の中心集落「後山」などがよく見えた。
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 帰り道に佐用でホルモン焼うどん。36.7km、5月下旬
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 そうなると次は日名倉山の山頂を極めたくなるのは自然の流れというもの。どうやらMTBで楽しめそうだ。というわけで、日名倉山を再び訪れることにする。
 県境の山頂へは、西の岡山、東の兵庫からそれぞれコースがある。岡山側は、ベルピール自然公園から遊歩道を散策するようなお手軽コース。兵庫側は、宍粟市千種町の日名倉神社からダブルトラックを経て登山道が伸びている。登山道の途中までは奥海越(おねごし)という県境をの峠を越える道。その奥海越から分岐して山頂へと向かう尾根上の区間はMTBで楽しめるらしい。そうなると、兵庫側からアプローチしたくなるが、日名倉神社から奥海越までは谷底の暗い道と想像され、こちらはあまり気が進まない。というわけで、起点は岡山側のベルピール自然公園とし、山頂を極めてから兵庫側の奥海越までの下りを楽しんだあと山頂へ登り返し、最後はベルピール自然公園へと下る、ということにする。
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 ベルピール自然公園は、民間の施設で、つまりその敷地内は私有地。敷地外にクルマを止める。12:30、スタート。山腹を巻くようなダブルトラックが伸びている。少したどったがそちらは山頂には向かわないようだ。どこに向かっているのだろう。別方向へのダブルトラックをたどり、おぼろげなシングルトラックを経て、ベルピール自然公園から山頂に向かう道へ。こちらは遊歩道のように整備されている。
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 ヘアピンカーブが連続する九十九折れ。おかげで勾配は緩く下りで乗車できそうだが、ヘアピンカーブのところは木段になっている。なんだかハエのような虫が多い。
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 13:10、山頂到着。360度の展望を期待したのだが、ブッシュにさえぎられていて、北から西にかけてが開けているのみ。だから、後山連山、その懐の後山集落などが良く見える。後山連山の右肩から氷ノ山がのぞいているのだが、ぼんやりしていて存在感は薄い。また、後山連山の左には那岐山がこちらは立派な姿を見せている。
 のんびりしていたいところだが、ハエがうるさいので早々に退散。兵庫・千種側へと下る。
 いきなり急な下り。当然乗車不能。そして登り返し。そこが二ノ丸。それを越えると、また急な鞍部を越えて、一ノ丸。この並び順は氷ノ山とは逆のパターン。
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 一ノ丸からの下りはやや緩く、やがて乗車可能な勾配となる。周囲は広葉樹林から植林となりMTB向きのシングルトラックがつづく。確かに、これは楽しい。
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 あっという間にダブルトラックへと突き当たった。13:50、奥海越へと降り立ったといわけだ。ここで引き返さなければならない。登り返し、さらにまた、一ノ丸、二 丸、三 丸のアップダウンを考えると、このままダブルトラックを下っていきたい気持ちになるが、そんなことをするとクルマの回収が大変だ。諦めて、とぼとぼと自転車を押してシングルトラックを登り返す。
 下りに比べて登り返しは長い。乗車可能区間の上部で、シングルトラックの左手、つまり南側の木々の合間にダブルトラックが見えた。奥海越からの道だろうか。帰宅後に確認すると、これはクルマを止めたベルピール自然公園の奥から山頂南側の山腹を巻くダブルトラックがここへと延びてきているということだった。だから、一、ニ、三ノ丸のアップダウンが面倒ならこのダブルトラックで戻るという手もあったわけだ。
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 というわけで、15:00、山頂まで登り返してきた。やはり、楽しく下った後の登り返しは精神的にもきつい。まあそれでももう一度下りが残っているのが救いだ。
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 やはりハエが多くて長居できない。下りを開始。那岐山に向かう下り。緩い木段だが、これは乗車でクリアできる。そのあとは急な木段は降りて押す。安全第一。でもそれ以外は乗車できて、山腹のダブルトラックよりはこちらでよかった、と思えた。ということで、15:25、あっという間にクルマに帰着。
6.3km、6月上旬
 そういうわけで、今回のホルモン焼うどんは、前哨戦で食した。

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2020/07/06

佐用発美作東部の武蔵の里と棚田めぐり(ホルモン焼うどん1) 

 佐用のホルモン焼きうどんを食べたい。でも、遠い。行くならばやっぱり自転車も楽しまなければ。そういうことで、1年前、中山間地の川沿いの集落と小さな峠をつなぐコースを走ってみた。今年も、行ってみよう。
 佐用の街にクルマを止め、自転車を準備。佐用川の支流、江川川をさかのぼる。川沿いに田園が広がる景色はのどかそのもの。県道240号線はほとんどクルマも通らない。
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 そのまま県道でも小さな峠を越えて宮本へ至るのだが、峠の手前の大畠集落で左に分岐する道をとる。釜坂峠。因幡街道の峠越えだ。集落を抜けると山道となる。シングルトラックとダブルトラックの間のような道幅。もちろん舗装などされていない。MTBかランドナー(パスハンター)向きコース。今日の自転車は、700Cタイヤのクロスバイク。完全に車種の選択を間違えている。でも行くのだ。まあ、距離は知れている。
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 この小さな峠が、兵庫・岡山県境だが、かつては江川川沿いも美作の国だったわけだから、国境だったわけではない。
 こぶし大またはそれより少し大きいくらいの石がごろごろしている道を押して登り、下りは恐々乗車でクリア。かなり上まで舗装路が来ていて助かった。壱貫清水という山水のおかげだ。     
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 舗装路を下ると剣豪、宮本武蔵のゆかりの地「宮本」。武蔵の生家跡などがある。吉野川に沿った県道5号線を3kmほど南西に走り、立石集落で左折。南の山中への細い道を行く。
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 宮原の集落で県道161号線に突き当たる。左折しさらに南下。すると、分岐点。去年と同じく、県道124号線に右折するつもりだったのだが、工事中で通行止め。現場はすぐ先に見えていて、工事車両が完全に道をふさいで作業中。これでは自転車でも通れない。GPSレシーバの地図を見る。何とかなりそう。ホッとする、というよりむしろ楽しくなってきた。やっぱり、既走の道より、未知なる道の方が魅力的だ。左の道へ。つまり県道161号線をそのまま行く形。
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 小さな峠を越えて兵庫県に戻る。県境から1kmも進まないうちに、分岐。これを右折。細い道へ。やがて道は下り坂となり、県道524号線へ突き当たる。鋭角的に右折して道は登りとなる。進み始めてすぐ、ふと立ち止まってGPSレシーバを確認。やっぱり、やめよう。先ほどの分岐に引き返し反対側の道を選ぶ。こちらは下り。
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 この先、大木谷と田和の間の地蔵堂のある峠から大撫山へと向かい、山腹を南に巻いて作用の街へと下る予定。去年は、南側の田和から北上して地蔵堂の峠へと到達したが、今日はこのまま南下して大木谷から地蔵堂の峠へと行こう。
 山また山の景色が続くが、谷には集落が点在している。そして、傾斜地にびっしりと棚田。そして、地蔵堂のある峠の両側は、それぞれ「乙大木谷の棚田」「田和の棚田」と名前が付いた棚田となっている。1年前に田和の棚田を見ながら登った峠を、今日は乙大木谷の棚田を見ながら登る。通行止めのおかげでコースに変化が生まれた。怪我の功名ということか。
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 西河内集落で、県道524号線から右折。大木谷へ。峠へ向けての登りが始まる。鶏舎にに集落が貼り付く様子は、四国山地を思い起こすが、そこまで急峻ではないのが中国山地。広い谷は一面の棚田で埋め尽くされ、谷を横切るように並んだ鯉のぼりの群れ。そんな光景を見ながら峠へと向かう。棚田は峠の直下まで迫っている。せっかくなので、反対側に少し下って田和の棚田も見ておく。1年前のちょうど裏返しの行動だ。
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 峠から分岐する細い道を東へと向かっていく。大撫山へ向けての登りだが、山頂付近は西はりま天文台があり、分岐にはその案内板が設置されている。山深い風景の中、アップダウンを一つ越えると来見集落。さらにもうひと登り。天文台入り口の分岐を越えていくと、「佐用の朝霧展望ポイント」という案内板。右に分岐するは、小ピークへと急激に登る道。1年前は足が向かなかったが、今日は意を決してそちらへハンドルを切る。インナーローで急坂を上り、祠のある展望ポイントへ。佐用の街並みが一望できる。もう少し進んだ道路沿いからも展望は見られるが、こちらの方がよりいっそうパノラマの絶景が楽しめる。
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 展望を楽しんだらあとは佐用の街へと一気の下り。ホルモン焼きうどんだ。カウンターは使用せず一人客でもテーブル席。たれの器は使い捨て容器。ニンニクなどの調味料も小袋に小分けされていた。
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37.4km、5月中旬

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2020/06/28

Slide and Ride 扇ノ山2020と湖山池一周(鳥取二郎系3)

 雪が少ない冬だった。もう残雪期のスキー登山はあきらめていたのだが、先日鳥取市の空山から残雪の氷ノ山や扇ノ山の姿を見たら、滑り収めをしたくなった。記録的な暖冬だった昨年よりもさらなる暖冬。その一方で、4月は記録的な低温だった。唯一可能性の残る扇ノ山の大ヅッコ北斜面。行ってみよう。
 浜坂から湯村温泉へと南下し国道9号線へ。兵庫・鳥取県境の蒲生峠手前を扇ノ山の登山口上山高原目指して左折。湯村温泉までの道のりは、蘓武トンネル開通直後は、神鍋高原経由が早かったが、鳥取近畿自動車道が伸びた今は浜坂経由が早い。
 上山高原の広場には、大きなテントを張っている人が数組。ここが除雪の限界点で、年によってはこの時期でも、ここから歩かなければならない。今シーズンは、この先も雪がないだろうということでクルマを進める。小ヅッコ登山口が近づくと、道路わきに残雪が見られる。クルマが一台も止まっていない小ヅッコ登山口を過ぎ、県境を越えるとすぐに水とのふれあい広場。ここは何人もの人が見られる。7,8台のクルマが止められる道路わきのスペースは満車。そこからほんの少し進んだ河合谷登山口の手前の小さなスペースにクルマを止める。自転車とスキーの準備を開始。今日はシングルトラックなので、MTB以外の選択肢はない。もちろんブロックタイヤ。
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 「どこを滑るんですか」という女性の声に顔を上げる。20〜30代とみられるカップル。先ほど、登山口に向かって歩いて行った人たちだ。特に女性の方が、スキー板を積載したMTBに注視していたのだが、私にインタビューしに引き返してきたようだ。彼らもスキー登山をするとのことで、氷ノ山は経験があるが扇ノ山は初めてだという。ただし、さすがにこの時期に滑れることを想定していなかったようで、今日はスキーなし。まあ、こちらも滑れるかどうか行ってみないとわからないけどね。河合谷登山口へ向かう彼らを見送り、こちらも準備が完了。ただし、私は小ヅッコ登山口へ。河合谷登山口からは急な木段を登らねばならない。スキー板を積んだ自転車を担ぐことはあまりにもつらい。
 水とのふれあい広場のクルマは、先ほどと比べ半減していた。多くの人は扇ノ山から下山してきた後だったようだ。県境を越えて小ヅッコ登山口へ。1km近い車道だが、自転車ならわずかなな距離。小ヅッコ登山口からの登山道も木段から始まるが、それを迂回するダブルトラックのような緩やかな道ががある。自転車はそちらを押して登れる。それを登れば、小ヅッコ小屋までは緩やかで乗車可能。といってもわずかな距離であるが。小ヅッコ小屋からは杉林とブナ林の境界付近を行く道で、木の根が浮いていたり、段差があったりで乗車不能。押していく。小さな残雪も見られる。
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 河合谷登山口からの道が合流すると、木の根はマシになり、さらに行くと勾配も緩やかとなり乗車できるようになる。ところが、所々ぬかるんでいて、車輪を取られて乗車できない。自転車には障害となるぬかるみだが、スキーヤーの目線で見るとこれは良い兆候。少し前まで残雪があったということだ。今年の冬は記録的な暖冬で雪不足だったが、4月は記録的な低温だった。今年ほどではないがかなりの暖冬で、4月はかなり低温だった。例年遅くまで雪が残る大ヅッコ北斜面ならば5月でもスキーができる、と訪れたのが5月10日。残雪があるにはあったが、スキーにはかなり厳しい状態で、たったの1本滑っただけだった。その辺のこともあって、今年は1週間あまり早く来てみた。実際現場に行ってみるまで分からない。さあ、どうだろうか。
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  ブナ林にほとんど雪は見られないが、まだブナは芽を吹かず青空が見えている。
 ほぼ水平だった登山道に登り勾配が出てきて、沢のように水が流れている。さあもうすぐだ。しばらくすると前方の木々の間が白くなってきた。
 大ヅッコの北斜面は、ブナの疎林で前述のとおり遅くまで雪が残る。そのゲレンデの下部に自転車を止めてスキー板を下す。昨年よりは、滑れそうだ。
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 ステップソールなのでシールは不要。どのあたりが滑りやすそうかを見極めながら残雪のゲレンデの上部まで登る。そして、1本目。雪から顔を出した細かい木がかなりうるさい。でも、ここまでできらたった1本滑っただけで引き下がれない。そう思えるだけ昨年よりはいい。2本目はブッシュの密度の低いスペースを拾いながら西寄りにコースを取ってみる。そして3本目で自転車を止めたところへ戻る。まあ何とか今年も5月まで滑れたね。
 下山の準備をしていると、入山前に話をしたカップルが下山してきた。なかなか速いペースだ。少し話をして、彼らが去ったら、今度は犬がやってきた。続いてその犬の主を含めた年配の男性3人組。スキー板を積んだ自転車を見て「これ担いで登るんですか」と聞いてくる。「山頂にはいきませんよ。ここで滑ったから、もう下山です」と答える。こんな重いものを担ぐ気にはならない。山頂に行くなら少なくともスキーは置いていく。滑れないところにスキーを運ぶ必要はない。またこの先の登山道で乗車率が落ちる自転車も置いていく。どうしてもスキーと自転車を山頂に持っていくならば、せめてスキー板はザックに固定するなどして加重を分散させる方がいい。まあ、質問する方は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にしているだけなのだろうけど。「山頂に行かない」という私の回答を聞いてか聞かずか、別の一人が「大変だなぁ」とつぶやいている。まあ、よくある決めつけだな、と思いながら聞き流す。
 彼らが去った後、準備が整い後を追うように下山開始。しばらくは勾配がそこそこあり、水の流れはまあいいとして、木の根が浮いて要注意。一方、スキー板を積んだMTBは意外と安定している。鈍重になるデメリットはどうしようもないが、後方に向かって突き出しているスキー板のおかげで、前転しにくい。急な下りでは重心が前方に位置するため、前輪が木の根や石を乗り越えられず、自転車ごと前転しやすい。それを防ぐため、尻をサドルから外して後方に体をひき重心を強制的に後方に持ってくるのだが、スキー板のおかげで、もともと重心が後方に位置した状態となっている。
 水とのふれあい広場までクルマが入れるようになってから、大ヅッコ北斜面だけを滑りに来たことはもう何度もあるがいつもスキー板を背負って登山道を歩いてアプローチしていた。そして去年初めてこの時期にMTBにスキー板を積んで大ヅッコ北斜面まで来た。扇ノ山の大ヅッコまでの登山道は緩やかで、比較的MTB初級者向き。スキー目的でなく、何度もMTBで、さらにランドナーで訪れたことがある。
 しかし、やはり初めてのことにはいろいろ誤算がつきもの。スキー板のおかげで重心が後方にきて安定するということがうれしい誤算。スキー板という荷物を担いで歩くよりも、自転車という荷車に積んで運べば楽だろう。乗れるに越したことはないが、乗れなくてもメリットはある。その程度の期待だったのだが、思いのほかMTBを楽しめることが分かった。しかし、スキーを自転車のサドル下に固定するベルトが、振動で切れてしまったのがマイナスの誤算だ。舗装路はもちろん、ダートの道でも今まで切れたことがなかったので、切れるとは想定していなかった。半分も下らないうちに切れてしまった。
 そこで今年は、使い古したタイヤチューブを使ってサドル下に固定している。これなら弾力もあり、またぐるぐる巻きにしているのでまず切れることはないだろう。念のため、予備のベルトも数本持ってきている。
 勾配が落ち着くとあとは比較的安全にMTBで行けるようになる。ただ、ところどころ浮いた木の根には要注意であることは変わりないが。すぐに犬連れの男性3人組を追い越していく。
 大ヅッコ登山口と河合谷登山口へのそれぞれの登山道の分岐手前がやや急勾配。木の根が浮いたところでは、安全のため自転車を降りて押してクリアする。下山は河合谷登山口へ。こちらの方が浮いた木の根が少ない。しかし油断は禁物。木の根をよけて左に寄りすぎて、ハンドルの左端が登山道わきの細い木に引っかかった。ハンドルが左に切れて、車体が右に傾く。そして、身体が右前方に投げ出される。右足を地面につき、左足は倒れる自転車をまたいで離脱に成功。しかし、前方につんのめる体。スキーブーツをどたどたと言わせながら走って、体勢を立て直す。どうにか転倒を回避し、振り返ると自転車は10m近く後方で倒れている。左足のふくらはぎの下部、アキレス腱との境界辺りが痛む。この冬以降、脚を酷使した後で痛む箇所だ。2月に北海道で雪や氷の上を2日間で30km近く歩いた後、先日の東床尾山登山の後。一番きつかったのは、2月下旬の氷ノ山の20kmを越えるロングスキーツアーの後。4,5日びっこをひいて歩き、1週間ほどたってほぼ普通に歩行できるようになったところで、職場で半開きのロッカーの扉にうっかり足をひっかけた。再発というか、幹部はふくらはぎの上部で、内出血をして肉離れの症状が半月ほど続いた。歩けないほどではなっかったが、他人が見てかなり違和感を感じるほどびっこをひいて歩いていた。今日はそこまでひどくなさそうだが、明日、明後日くらいは脚を引きずることになるだろう。
 そこから登山口まではもう少し。しばらくして木段の上までやってきた。木段を迂回する道ができている。去年もあっただろうか。そちらなら自転車を押していけるが、木段を3分の1ほど残して迂回路は終わり。自転車を持ち上げながら木段を降りる。登るのと比べれば、大してつらくはない。
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 舗装路に降り立てば、自転車の機動力をさらに強力に発揮できる。ペダリングには痛めた左脚の影響はない。クルマを通り過ぎ水とのふれあい広場へ。自転車をそのまま池に乗り入れ、タイヤとスキーブーツの泥を落とす。そしてクルマに戻って板を自転車から外す。サドルに固定するベルトをチューブに変えたことで、今日はMTBを楽しめた。ベルトと比べ、チューブのぐるぐる巻きには板の着脱に手間がかかるが、そんなことは知れている。
 道具の撤収をしていると犬がやってきた。男性の3人組がようやく下山だ。そういえば、カップルには追い付けなかった。もしかしたらまだクルマで帰宅準備中かと思ったが、水とのふれあい広場の駐車スペースにも姿が見られなかった。彼らはなかなかの健脚のようだ。
 さて、帰る前によるところがある。上山高原には戻らず、鳥取市街に向けて山を下りる。私のクルマはマニュアルトランスミッション。クラッチを切るとき左脚が痛む。殿ダムを見ながらクルマを進め、鳥取市街の南側を迂回して国道29号線に乗る。市街地に入ったら左折、湖山池の南西部の畔、桂見駐車場にクルマを止める。
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 ここで再び自転車を準備。湖岸を北上する。駐車場のすぐ北の「湖山池ナチュラルガーデン」には、ウォーキングやボールを使っての運動をする人たちが姿が見られる。さらにその向こうには鳥取大学の校舎が見える。湖山池から流れ出す湖山川を渡り、半島を回り込む。この半島は平坦で畑が広がっている。ラッキョウ畑だろうか。
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 そして、来ました鳥取大学前駅のその前の「ラーメンつけ麺 今を粋ろ 鳥大前店」。夜の営業開始の17時半を少し過ぎたばかりで、店内は空いている。いや小さな店なので、4,5人で半分ほど席が埋まっている。今日も300gの麺の量で、ニンニクあり野菜増し増しをコール。ちゃんとカメラを持ってきた。ラーメンとは別皿に山盛りの野菜をちゃんと撮影することができた。
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 食後の運動はこのまま湖山池を一周する。平坦な16kmあまり。歩行者と自転車だけしか通れない区間も多いし、全体的にクルマと出会うことは少なく快適。ブロックタイヤの音を響かせて走る。スリックタイヤのホイールも積んで来ればよかった。
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5月上旬

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空山と鳥取広域農道・広域基幹林道中央線(鳥取二郎系2)

 鳥取市内には、先日訪れた「今を粋ろ」以外にも二郎系のラーメン店がある。今度はそちらの店と、前回未遂に終わった鳥取中央林道を制覇するために、また鳥取へ。
 鳥取市の中心街にある「ラーメン・つけ麺 笑福」。聞き覚えのある店名。大阪に数店あるうちの2店にすでに訪れている。本社は米子、つまり山陰生まれの二郎系だ。二郎系といえば、狭く席数の少ない小さな店、が一般的だが、ここはファミリーレストランのような外観。周囲の店と共有であるが、店の前に広い駐車場がある。店内も広く、カウンター席のほか、いくつもの小上がりのテーブル席がある。こんな二郎系は初めてだ。もしかすると、居ぬき物件を利用しているのかもしれない。まだ昼の営業開始直後の11時過ぎなので、店内は空いていて、余計広く感じる。調理場と客席が隔離されているので、「ニンニク入れますか」から始まるやり取りは不可能。食券には各トッピングの増量、減量のチェックボックスが印刷されている。フロア係の女性が食券を受け取る際にトッピングを確認し、該当の個所にチェックを入れる。例によって、野菜は増し増し。この後、人と会うことはないから、ニンニクあり。笑福では、野菜増し増しの上に「バカ増し」なんていう増量レベルがあるが、まだそれを頼む勇気はない。ちなみに増量の各レベルは写真で示されている。また、この店舗では太麺と細麺の好きなほうが選べる。基本的に細麺が好きなのだが、量が多い二郎系は食べるのに時間がかかるので、伸びにくい太麺が基本。ここでも無難な太麺を選んでおく。
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 太麺のため、20分ほど待ってラーメンが運ばれてきた。「今を粋ろ」では増し増しの野菜が別皿だったが、ここはラーメンの上に乗せられている代わりに、取り皿としてもう一つ丼が出される。京阪神では、野菜をこぼさずに食べるのに苦労したのだが、取り皿があれば安心。鳥取の店はなかなか親切だ。この店では、麺の量が270gとやや控えめだが、二郎系以外のラーメン屋の大盛よりも十分に多い。おかげで今日も満足。
 食後の運動のため、南下。鳥取中央林道の前にもう一つ訪れる場所がある。前回訪れた毛無山などの事後調査の時に見つけた空山を目指す。放牧地や風力発電の風車群がある展望の良い山だ。山頂付近までクルマで登れるようだ。もちろん、私は自転車で。
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 千代川の右岸を南下するが、河原町との境まで南下するなど少々の迷走を経て、少し山間を走る県道291号線へ。その道を南下していくと「鳥取放牧場、風力発電所」への分岐点がある。その付近の道路わきの広いスペースにクルマを止め、自転車を下す。今日はランドナー。前回の毛無山でのロードレーサーにはもう懲りた。今日もアップダウンの連続する走りを予定している。ランドナーのギア比ならゆっくり楽に登れるし、フラットハンドルとVブレーキを備えているので下りも安心。この後の鳥取中央林道では、数日前の寒の戻りによる時雨を受けて路面がぬれている箇所があるかもしれないが、水撥ねは泥除けが受け止めてくれる。
 目指す空山山頂は標高340mだが、スタート地点が標高100m近いので標高差はさほどではない。それでもそれなりに急勾配の登りだ。通り抜けはできないので、クルマは少ない。ただし、公園のように整備された山頂部へと出入りするクルマが少しある。標高差があまりなく、急勾配ということは距離は短い。あっという間に景色が開け、風車が林立する山頂部へ。駐車場があり数台のクルマが止まっている。それらのクルマの主は、芝生にシートを広げて座っている子供連れのグループなど。舗装路はまだもう少し続くようだが、ゲートが閉ざされている。よく見ると駐車場の奥に、ゲートの向こう側への抜け道があり、歩行者はそちらからさらに進んでいける。もちろん、自転車も。
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 たどり着いた先が空山の頂。中継アンテナらしきものが立っている。景色は素晴らしい。北に鳥取市街、千代川、湖山池、そして青い日本海。東側の山並みには少し雪を残し峰が離れて2つ。左が扇ノ山で、右奥が氷ノ山だ。カメラでズームアップするとそれぞれの山頂の小屋が確認できる。扇ノ山のほうが白い部分が多いようだ。大ヅッコの北斜面はまだスキーができるかなぁ。西に目を転じるが、大山は見えないようだ。昨年スキーで登頂した三国山は、見えているかどうかわからない。結果的には見えていなかった。帰宅後の調査では、大山は鷲峰山、三国山は高鉢山に隠されてしまっていた。
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 景色を楽しんだら、一気に下っていったんクルマに自転車を収め、移動開始。右岸から左岸へと千代川を渡らないといけない。空山の西の麓の山間を走る県道291号線から千代川沿いへとつなぐ道は鳥取広域農道で、それがそのまま延長する形で左岸にも伸びているのだが、千代川には橋が架かっていない。なのに、クルマに常備している古い昭文社ツーリングマップルには橋が記されている。まあ、北か南にいずれも1.4kmほど行けば橋がある。今回は南に回る。
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 千代川は鳥取市街を経て日本海へと注ぐ。その千代川の支流、そして千代川の河口の南西に位置する湖山池へと注ぐ河川は、鳥取市街から放射状に南に広がっている。たとえるなら、鳥取市街を要として、南に扇子を広げたような形だ。それぞれの河川を鳥取平野から山間部へとさかのぼると、それぞれ谷を形成し、尾根によって区分けされているところも、扇子の形に似ている。川沿い、つまり谷には県道が伸びている。それとクロスする形、つまり扇の要を中心とする同心円の弧にそって、「鳥取広域農道」と「鳥取中央林道」が敷かれている。いずれも、谷と尾根を連続して超えるアップダウンの道だが、中央林道のほうが要から遠く、尾根が高く谷は深い。
 千代川の左岸から県道42号線で横枕集落、そして道は鳥取広域農道となりトンネルで尾根を越える。やがて有富川の谷へと降り立ち、川沿いの県道189号線沿いに駐車できる場所を探す。下流川沿いには見つからず、上流に向かうと高路集落手前、つまり下流側に広いスペースを発見。ここなら民家からも十分離れていて不審車両として通報されることもないだろう。クルマから自転車を下す。
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 とりあえず鳥取広域農道と鳥取中央林道を周回することだけしか決めていなくて、どこからどういうに手を付けるかは白紙。ただ、高路集落近くがスタート地点ならば、まずは中央林道からだ。高路で県道189号線と中央林道がクロスしているのだ。ところが、高路は中央林道の途中。さて東に向かうか、それとも西に向かうか。「衣笠山展望台まで3km」という案内板があった。よし行ってみよう。鳥取中央林道を東へ向かう。
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 「鳥取中央林道」とはツーリングマップルに記されている名称で、現地の案内板には「広域基幹林道鳥取中央線」とされている。小さな集落から山間の細道へ。そこそこの勾配で登る道には、クルマが通る気配はなく、のんびりと行く。
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 前方に木々が伐採されたピークが見えてきた。徐々に近づいていくと、あれが衣笠山の頂らしいとわかる。道は、山頂直下を西から東に反時計回りに巻いて進む。北側には巻き付いた植物のつると一体化したような、おどろおどろしい雰囲気のあずまやがあり、北方の景色が開けている。そこから山頂展望台への木段が始まっている。木段を上ること2,3分で、山頂展望広場へ。大きな日時計が設置され、その柱が影を落とす円盤が展望台となっている。山東三角点「猪子」、標高377.17m。北側には低い山々の向こうに鳥取市街と湖山池。空山とはまた違う角度から見下ろしている。しかし、大いに引っかかるのが、西の方をいくら注視しても大山が見えない。木段の入り口の立て看板には「野鳥のさえずりを聞きながら鳥取砂丘、霊石山、大山などの自然を楽しんでみませんか」とあり、展望台の円盤の西側の床面には大山らしき山のイラストが描かれている。なのに見えない。春霞に隠れているのだろうか。ほかの山々の見え方と比較して、大山だけが霞むということは不自然だ。うっすらとでも見えているはずだ。帰宅してから確かめると、衣笠山からは、ちょうど鷲峯山の延長線上に大山が位置する。見事に一直線だ。空山と同様、鷲峯山に大山が隠されているのだ。確かに、「大山が見える」という表現はされていないわけだが。ちなみに、霊石山鳥取砂丘や霊石山は見える。
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 さて、下りは早い。一気に千代川の流域平野へ。途中に砕石場がありそこからはダンプカーがたまに通る。さらに県道32号線に合流すると一般の車両も通るようになる。
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 平野部に降り立つと、県道42号線を北上。千代川対岸の国道53号線ほどではないが、クルマが次々に通りストレスを感じる。早く車の通らない道へ逃げ込みたい。と、すぐに左に分岐する道を見つけそちらへ。田園の中の農道として使われている細い道。用水路に沿っている。並行して自動車道も通っているが、そちらは高架なので別世界のこと。自動車道を通る車の轟音だけが、こちら側の世界に届く。その高架をくぐって県道227号線へ。西に進む。広域農道と重複しているということか。詳細は不明。
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 日谷トンネルを越えて有富川の谷へ。中央林道と比べると穏やかなアップダウン。道路もセンターラインがひかれた広い道。交通量はゼロではないが、少なめ。
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 降りた谷は田んぼが広がる農村風景。すぐ次の登りへ。今度は、トンネルのない峠越えで野坂川の谷へ。野坂川に合流する細見川を少しさかのぼる。細見集落からそのまま細見川をさかのぼり、奥細見から中央林道でスタート地点の高路へと戻ることも考えたが、やはりここまで来たら全線制覇しよう。ということで細見集落からトンネルで峠越え。長柄川の谷へ。降りたところは、先日毛無山へ上るとき、クルマを止めたところ。ちなみに、今までの川はすべて千代川の本流及び支流だったが、この長柄川は湖山池をへて千代川の河口のすぐに市の鳥取港から日本海へ注ぐ。
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 長柄川を矢橋までさかのぼるが、ここは前回毛無山走破ですでに訪れた区間。前方に立ちはだかる台形の壁、毛無山の姿にも当然既視感がある。それでも、半月足らずの間に季節は変化し、前回河原を覆っていた黄色の菜の花はもうない。
 矢橋集落から東の山間に向かう細い道への分岐を見つける。これが目指す道であるが、ここからの区間は中央林道でなく県道32号線。ただし県道といっても雰囲気は中央林道とほとんど変わらない。
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  まずは一つ目の山越えで、細見川の谷の奥細見。山間の小さな集落だ。次は、細見川から野坂川への峠越え。一つ進むごとに登りがきつくなる。野坂川の谷の向こうの尾根は高い。しかも鞍部がなく、付け入る隙が見られない。あれを越えなければならないのだ。
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 松上集落を流れる野坂川を超える。「広域基幹林道鳥取中央線」の案内板を発見。さあ最後の峠だ。今日はいくつ峠を越えたのか。数えてみれば、7つ。ただし空山は除いている。細見川と野坂川の合流点を通過した分、広域農道側が一つ少ない。稜線の高さ、標高300mまで登るこの峠が、衣笠山に次いで高い。でも最後だ。残された力を使い果たして構わない。なんていうほど疲れてはいないのだが。山は深く、あちこちに藤の花が咲いている。山桜も残っている。
 稜線付近まで登ったが、道は一向に下りにならない。鞍部らしい鞍部がないせいか、等高線に沿って進んでいる。木々の合間にわずかに鳥取平野が見えた。鳥取市街と湖山池だ。
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 細長いピークを巻くようにして、ようやく下りが始まる。あとは、有富川の谷、高路集落へと急降下。7つの峠を走り終えて、スタート地点へと戻ってきた。
4月下旬

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毛無山(鳥取二郎系1)

 久しぶりに二郎系のラーメンを食べに行こう。といっても今、京阪神へと出かける気にはならない。でもそれ以外にもあるのだ二郎系は。二郎系は鳥取にあり。
 4月20日過ぎ時点での鳥取県の感染確認件数は3件。うち2件が鳥取市、1件が米子市。いずれも感染経路は特定され、市中感染はないものと思われる。経由地の兵庫県北部も感染件数がゼロだし、クルマでの移動だから人と出会わない。
 というわけで丹後から日本海に沿って西に進むこと120km余りで鳥取市。途切れ途切れではあるが、山陰近畿自動車道のおかげで2時間ちょっとで到着。しかも通行料が無料。途中の寄り道は、浜坂の居組漁港の公衆トイレ。人との接触はない。
 鳥取の中心街には向かわず国道9号線を少し西に進む。JR山陰本線鳥取大学前駅を目指す。湖山駅の北西、湖山町といわれるエリア。駅前の「ラーメンつけ麺 今を粋ろ 鳥大前店」を探す。通りにはたくさんの店が並びクルマの通行も多い。少し離れた湖山池の畔の公園の駐車場に車を止めて自転車に乗り換えるつもりだったが、昼の営業開始の11時を過ぎてしまった。店はすぐに見つかったが、前を何往復かしてやっと駐車場を見つける。貸し駐車場の一部の区画だ。幸い空いた枠もあった。京阪神の店には駐車場などない。
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 店の前には3,4人の若者が寒さに震えている。寒の戻りで日本海からの冷たい風が強く吹いている。店の前の彼らは、おそらく鳥取大学の学生なのだろう。グループらしく、行列を作らずおしゃべりをしながら細かくうごめいている。彼らのそばに立った時に「1名様、先にどうぞ」と店内から顔を出した店員から声をかけられた。店の前に置かれたアルコール消毒液を手に吹きかけて入店。そして食券を購入。ちなみに、二郎系の店では食券を買ってから並ぶのが一般的だが、ここは店に入ってから買うように張り紙がある。また、鳥取大学の学生限定のお得メニューも用意されているようだ。
 L字型のカウンターに10席ほどと、テーブル席が一つ。テーブル席は、会議室などに置かれている長机だ。この飾り気のなさがいい感じだ。カウンターテーブルの端に着席。ほかにも少し空席があり、しばらくして席がさらに空いたら先客のグループも入店。私以外は、ほとんど鳥取大学の学生のようだ。ジャージ姿のグループも見られる。
 300gの麺に野菜増し増しをコールしたが、出されたラーメンには全く野菜がない。即座に、「野菜は別皿です」と山盛りのもやし(内側にはキャベツも少し)が盛られた丼がもう一つ置かれた。驚いた。野菜だけとは思えない高さ。普通の店でもやしの増量を頼んで、ラーメンの上に乗せられた高さと同じくらいだ。しまった、カメラも携帯電話もクルマの中に置いてきた。この姿を写真に残したかった。店内の張り紙をみると、野菜増しで基本の3倍、増し増しだと6倍だそうだ。少し前まではこわごわ「増し」をコールしていたが、最近は慣れて調子に乗って増し増しを頼むようになっていた。もう引き下がるわけにはいかない(増量を頼んでおいて残すのはNG)。
 というわけで、平らげてしまった。満腹だ。まあ、野菜はいい。麺の300gが問題だ。カロリーを消費する必要がある。若者は食べるのが早い。先にいた客はもちろん、私のすぐ後に店内に入った客も先に食べ終えて、正午直前で店内は大方空席となる。オフィス街なら正午を境に込み合うが、ここは学生街。11時の開店直後の最初のサイクルが終わったという感じか。一方店の前には数名が入店待ち。ある程度の空席ができたら、まとめて入店を促す方式らしい。
 さて、食後には自転車で湖山池一周かな、と思っていたのだが風が強すぎる。ここは予定変更して内陸へ行こう。クルマに常備してある昭文社のツーリングマップルを開く。「鳥取中央林道」という道に興味をひかれる。行ってみよう。
 湖山池を南に回り込み、長柄川に沿った県道191号線を南西へ。名前だけは聞いたことがあった吉岡温泉を通過。温泉街というより、郊外の住宅街という雰囲気。さらに進むと田園風景、そして中山間地へと変わっていく。
 県道191号線とクロスする道に「鳥取広域農道」という表示。これは鳥取中央林道とは別なのか。確かに、GPSレシーバーの表示と地図を照らし合わせてみても位置が違うようだ。広域農道にも興味をひかれながらも、もう少し先へ進んでみる。長柄川の谷は狭くなり、矢橋の集落を過ぎたが、中央林道を示す表示は見当たらず。どうやら県道から分岐する細い道のどれからしい。先ほどの広域農道の分岐まで引き返し、その付近の道路わきのスペースにクルマを止める。この辺りにはスペースががいくつもあってそれぞれが広くて邪魔にならない。そして集落からも離れている。余り民家の近くに止めると不審車両として通報される心配がある。また広域農道を含めた周回コースの起点・終点としては都合がよい。ただし、何度かツーリングマップを見るうち、毛無山をが気になってきた。標高571m。「頂上から日本海が美しい」とある。「頂上まで舗装林道」とあるから大丈夫だろう。今日は、平坦な湖山池一周を想定してロードレーサーだ。毛無山に登るとなると、中央林道を全線走るのは時間的に無理だろう。それだけのボリュームのある道だ。まあ、成り行きで判断しよう。
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 まずは県道191号線で長柄川をさかのぼる。矢橋集落にかかるあたりから、前方に台形をした毛無山が壁のように立ちはだかっているのが見える。河原には黄色い菜の花が咲いている。それれに気を取られ中央林道の分岐を探すのを忘れていた。まあ、今頭に描いているコース案では、中央林道を経てこちらへ戻るということだから、分岐を見つける必要はないということになる。
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 矢橋を過ぎると谷は狭まり、道路の勾配も増す。先ほどクルマで来た地点を過ぎると道が細くなる。峠を鹿野に超えた先で通行止めとの案内。まあそちらにはいかない予定だ。ツーリングマップルでは、峠の手前から毛無山に登るようだ。さらにその手前に県道の分岐があり、トンネルで尾根を越えて東側の野坂川の谷へといけるように道が描かれている。曲がりくねった細い登り坂を進む。ところがその県道の分岐が見つからないまま、毛無山へ登る林道の分岐へ到着してしまった。
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 後日Googleストリートビューで確認したところ、分岐する県道は心もとないダートのダブルトラックだった。ツーリングマップルにはしっかりとした県道として描かれているのに。ただ、トンネルと思ったのは、未開通区間を表す破線だった。
 さて、毛無山への林道だ。入り口は鎖でふさがれ、何やら注意書きの文書が貼られている。「森林整備作業」実施中だそうだ。木材搬出のトラックが通行したり、急傾斜の岩石地のため作業中に林道への落石が起こる可能性があったりする、といったことが記されている。とはいえ、ここまで来て引き下がる気はない。鎖でふさがれているから、今日は作業していないかもしれない。作業者の出入りがあるときはこうした鎖やバリケードが外されていることが多い。
 自転車を持ち上げて林道へ。これまでよりさらに急勾配の登りが始まる。しばらく行くと道路わきに自動車が止まり、枝道の奥のほうから重機やチェーンソーなどの作業音が聞こえる。これは、間違いなく作業をしている。しかも、1か所通り過ぎたらまたしばらくして別の作業現場のそばを通る。前方からトラックが来た。ただし、オープンな荷台のものではなく、宅配便の配達車のように箱形の荷台のもの。作業員のものではないせいか、注意はされなかった。入り口に鎖は張られていたが、よく見ると南京錠などでの施錠はされていなかった。視覚的に部外者を侵入を防ぐためだったようだ。
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 勾配は10パーセントを少し超えるくらいか。私のロードレーサーのギア比では厳しいが、どうにか最低のギア比で登っていく。いくつかの作業現場の近くを過ぎ、山頂へと近づく。木々の切れ間に景色が広がる。鳥取市街とその向こうに日本海だ。曇天で海もさえない色をしているが、絶景だ。とりあえずその時は素通りして山頂を目指す。
 カーブミラーに、道を塞ぐようにトラックが止まっているの映っている。木材の積載作業中らしい。気付かれないようにすぐに引き返す。仕方ない、景色は先ほどのビューポイントで見よう。
 ところが、ビューポイントには景色を眺める人影が。派手な色をしたスポーティな服装にヘルメット。それに若い感じ。もしかして自転車乗りか、と思ったが、振り向くとヘルメットの前面には跳ね上げられた状態の顔を覆うシールド。森林の作業員だ。近くに止まっているクルマは彼のものらしい。
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 とはいえ素通りはできない。少し距離を取って停止してカメラを取り出す。すぐに作業員が「立ち入り禁止なんです」と警告を発する。「わかりました、すぐ下山します」と答えるが、彼はこちらに向かって歩み寄ってくる。どうやら、わずかでも景色を見せてはくれないようだ。写真を撮ったらすぐに自転車にまたがって退散。野良猫かハエのように追い払われた。
 登りもきついが下りも大変だ。平坦なところでは制動力に不足を感じないサイドプルのキャリパーブレーキだが、強い制動のためにはブレーキレバーを強く握らなければならない。ドロップハンドルのブレーキレバーは握りにくく、停止して握力が回復するまで休みたいが、停止するのがなかなか大変なのだ。最近は、強力なVブレーキに慣れてしまっているからね。
 林道の入り口まで急勾配が続く。鎖にぶつからないように早めにブレーキを掛けたら、20メートルほど手前で止まってしまった。ここからまた乗車したらブレーキングが大変なので押して下る。
 鎖を乗り越えたら、もう誰にも注意される心配はない。が、まだまだ下りの勾配がきつい。スピードは出せない。ようやく勾配が落ち着くと道もまっすぐになりロードレーサーらしい快走ができる。
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 当初は、東の野坂川の谷へと尾根を越えて周回しようと思っていたが、県道の分岐も見つからず、中央林道もわからなかったのでそのままクルマに戻る。まあ、もう毛無山で満足できたということだ。
 クルマに自転車を積み、広域農道で野坂川の谷へとレーンを変えて、鳥取市街へ北上。丹後への帰路に就く。途中豊岡で、ガソリンスタンドとスーパーマーケットに寄り道。ガソリンスタンドはセルフサービス。スーパーマーケットは、ほかにも買い物客がいたが混雑というほどではなく、会計はセルフレジ。
 さて、3つの課題が残った。「今を粋ろ」の野菜増し増しの別皿の写真を撮れなかったこと。鳥取中央林道を走れなかったこと。毛無山からの風景をじっくり見られなかったこと。いずれにせよ、中央林道と毛無山の両立は無理だった。毛無山は、天気も選ばないといけない。森林整備作業が終わった時期の晴れの日にまた。
4月下旬

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2020/06/27

ワンデイ・ビワイチ

 夜明け前、堅田のコインパーキングにクルマを止めて自転車を準備。どんどん空が明るくなってくる。4時55分、夜明けとともにスタート。琵琶湖の最南端、瀬田唐橋を目指して南下。クルマが多く、自転車道の整備がされていない区間を、人々が活動を開始する前に通過してしまう作戦だ。気温はまだ低く、足が冷たい。夏場の定番、ビンディングサンダルのつま先は靴下が露出しているため、冷たい風が直接当たる。
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 雄琴を抜ける頃、対岸の湖東の山の上に朝日が昇ってきた。これから気温が上がってくるはず。大津港の辺りで、徐々にクルマが行きかうようになる。といっても、日中と比べれば劇的に空いているわけだが、その分スピードを上げている。
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 幹線道路から湖岸へエスケープ。湖岸は公園のように整備され、早朝というのにすでにウォーキングをする人が行きかう。年配の人が多い中、若者のグループもいる。もしかして徹夜組だったりして。
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 再び幹線道路に合流するが、車道でなく、車歩道を選ぶ。近江大橋のたもとを通過。早く自転車道が整備された東岸に渡りたいが、近江大橋でなく瀬田唐橋を渡るのだ。
 昨年11月、国土交通省が日本を代表し、世界に誇りうるサイクリングルートとして、「第1次ナショナルサイクルルート」が指定された。「つくば霞ヶ浦りんりんロード 」「しまなみ海道」そして「ビワイチ」の3コースである。一応、起点と終点などを決めなければならないようで、ビワイチの場合「瀬田唐橋を起点・終点とする反時計回り」と定義されている。まあ起点・終点は別の場所であるが、瀬田唐橋を通過した周回ならばビワイチと言って差し支えないだろう。もちろん時計回りだってビワイチには違いない。ただ、サイクリストなら湖岸を走れる反時計回りを選ぶ方が圧倒的にメリットが大きい。
 早く東岸に渡ることばかり考えていたら、国道1号線の橋を渡っているではないか。右手に風情ある橋が見える。瀬田唐橋はあちらだ。半分以上渡ったところで、強引にUターン。このご時世、事故を起こして医療機関への負担をかけてはいけない。危ない橋を渡ってしまった。いや渡る前に引き返したのだが、そんな話はどうでもいい。どうにか瀬田唐橋を渡る。
遠目には風情ある橋に見えたのだが、間近で見ればそれは形と色だけ。実際には鉄とコンクリートの橋。ともかく、ビワイチのキーポイントを無事通過だ。
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 東岸に渡れば、自転車道を安全に走行できる。要するに車歩道であるが、「さざなみ街道」と言われる湖岸の道路の湖岸側に設置されているため、枝道で寸断されることもクルマが横切ることもない、クルマと隔離されたなめらかな自転車道となっている。この自転車道に乗りやすいことも、反時計回りのメリットの一つだ。人々が活動する時間帯となり、車道はクルマが行き交っているが、すでに安全圏に到達したことを実感しながら走る。対岸の比良の山並みを左に見ながら北上。
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 琵琶湖大橋が見えてきた。あと少しで、南湖といわれる琵琶湖大橋の南側を走破となる。守山の市街地となり、道路脇の車歩道は花壇などが設置され自転車道というより公園のようになる。親子連れが歩いていたり自転車に乗っていたりしてあまりスピードを上げて走ることはできない。ベンチに腰かけて小休止。前日から用意していたパンを食べる。といっても、出発前に大方食べていたので、物足りない。どこかで補給しよう。
 琵琶湖大橋の東のたもとを通過。いよいよ北湖だ。この辺りは、道路と湖の間に商業施設や民家などがあり、枝道で車歩道が寸断され、クルマの出入りがある。
 そうした区間を過ぎる頃に現れる「琵琶湖マリオットホテル」に立ち寄る。ここは「輪の国びわ湖推進協議会」主催の「びわ湖一周サイクリング認定」チェックポイントの一つ。琵琶湖の周囲に15か所のチェックポイントがあり、そのうちの4か所をチェックすれば琵琶湖一周の認定証発行の申請ができる。チェックの方法は、スマートフォンのGPSによる位置情報を使う方法や現地に貼ってあるポスターのQRコードを読み取る方法のほか、スマートフォンを持っていない人でも走り終えてから郵送で申請する方法もある。各チェックポイントでクイズが出題されてそれにこたえる必要があるが、正解不正解を問わず通過がチェックされる。いずれにせよ、全15か所のうちの4か所をチェックすればいいわけだから、それだけで琵琶湖沿岸にいたことは証明されても、自転車で一周した証明とはならない。要するに自主申告というわけだ。まあ、事実のない証明書をもらったところで何の値打ちもない。
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 湖岸の走りやすい自転車道を淡々と北上する。道路が混雑してきた。近江八幡の市街地は少し内陸だが、そちらに出入りするクルマの通る幹線道路は湖岸に敷かれている。
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 幹線道路を離れ長命寺へとハンドルを切る。山が湖にせり出し少しアップダウンがある湖岸の道。こちらが県道25号線の旧道。クルマのほとんどは内陸のバイパスへと流れていくため、湖畔の道は静かでなんとも快適。やはり、こういう道を走りたい。
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 左に沖島を見て、休暇村や漁港を過ぎていく。景色が開けた。田んぼと麦畑が果てしなく広がっている。湖畔の旧道と内陸のバイパスに分かれていた県道25号線は、ここで再び一つにまとまる。かつて大中湖(だいなかのこ、だいなかこ)という長野県の諏訪湖よりも大きな湖があり、それが干拓され穀倉地帯となった。湖東にはこうした琵琶湖と砂州で仕切られた内湖と呼ばれる浅い湖がいくつもあり、大中湖は最大の内湖だった。
 旧道とバイパスの合流点のコンビニエンスストアに立ち寄り弁当を買う。店内に入る際には、マスク着用がエチケット。
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 その先は道路と琵琶湖の間にも田んぼや集落があるため、枝道により自転車道が途切れる。しかも段差の処理がきちんとされていないので、走りにくい。車道にも自転車通行のラインが引かれているが、クルマがそれなりに通る。段差、つまり自転車道の途切れ目の間隔が短ければ思い切って車道に降りるのだが、それほど短いわけでもない。だから安心・安全な自転車道を走るのだが、忘れたころに段差がやってくる。まあこの区間、もう少しの辛抱だ。
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 道が琵琶湖沿いになったところに公園があったので立ち寄る。ベンチに腰掛け、先ほど買った弁当を食べる。走行を再開したらすぐに分岐。左は集落の中の旧道。琵琶湖と家並みに挟まれた細い道。右は集落を避けたバイパス。当然左を選ぶ。こうした旧道へのアクセスの良さも、反時計回りの周回のメリット。時計回りならクルマの通行が多いバイパスを横断しなければならず、ついそのままバイパスをはしてしまうこともあるだろう。それは私にとっては、ビワイチの魅力を損なう行為だ。
 旧道沿い、湖畔の空き地の木の根元にベンチがある。ただそれだけで、Googleマップには「あのベンチ」として登録されるスポット。対岸の比良の山並みに沈むに夕陽を見ることができるということだが、湖畔にあるということでその値打ちが倍増するというわけだ。
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 彦根の市街地が近づく。右手には伊吹山。道路には信号が増えてきたが、湖畔の自転車道を走る限りは信号に関係なく走れる。段差もなく走りやすいため、対向する自転車もここを通っている。
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 彦根港に立ち寄る。沖島、多景島、竹生島などの離島や琵琶湖岸の他の港への航路がある。ここも琵琶湖一周のチェックポイント。
 彦根市街を過ぎる頃、後方を振り返る。彦根城を眺めておかねば。ちょうど信号機と重なってしまうが、写真にも納めておく。そうそう、この辺りは「鳥人間コンテスト」の会場だけど、おそらく今年は中止だろうなぁ(公式サイトに中止の知らせ)。
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 湖岸の自転車道を淡々と北上。ビワイチ認定チェックポイント「道の駅近江母の郷」は反対車線側。クルマの通行が多いので、横断しにくい。寄らないでおこう。
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 米原を過ぎ、長浜へ。ヨットハーバーから長浜城を中心とした豊公園へ。こちらの城は湖畔にあるため見落とす心配はない。ビワイチチェックポイントは長浜港だが、隣接する豊公園でチェックできた。ということは、「道の駅近江母の郷」でも道路の向かいからチェックできたかもしれない。別にこの先まだチェックポイントは十分にあるのだけれど。
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 長浜の市街地を過ぎるとようやく景色がのどかになってきた。ビワイチ認定のチェックポイント「道の駅湖北みずどりステーション」に立ち寄る。ここも反対車線側だが、クルマの通行は少なくなって何とか横断できる。チェックだけでなく、トイレ及び小休止もしておく。これで4か所チェックできたので、認定証発行の申請もしておいた。この辺りは、チェックポイントの過密地帯。平成の大合併前の市町村ごとにチェックポイントがあるようだ。後日談だが、この後個性でもポイントチェックを継続したのだが、認定証の裏面には申請時点までのチェックポイントしか記載されなかった。申請は後でよかったのだ。
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 片山隧道を抜け琵琶湖岸を離れる。余呉川沿いの道はクルマが多く自転車道がない。対岸の道を選ぶが、舗装されていなかったので次の橋で元の道に戻る。対岸に河川公園が見えてきた。そこから先は対岸の道が舗装されているはず、と橋を渡る。公園のベンチで少し休んでから静かな、そして舗装された道を北上。
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 ここまで順調に来ている。状況を見て奥琵琶湖カークウェイを走るかどうか決めるつもりだったが、もちろん、GOだ。ただし、腹が減ってきた。飲料水も補給しないといけない。この先の順路を思い浮かべる。旧西浅井で補給できる。
 クルマの多い国道303号線、賤ケ岳隧道で再び湖畔へ。トンネル内は砂ぼこりが待って目が痛い。国道から逃げるように湖畔の県道336号線へ。トンネル開通により国道から県道へ降格した、要するに国道の旧道だ。廃れたドライブインが降格を物語っている。けれども静かな湖畔の道は、自転車乗りと釣り人の楽園と化している。
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 再び国道に合流する寸前、背後に迫るエンジン音は自動二輪のもとと思われた。しかし、追い越していったのは、なんとトゥクトゥク(タイなど東南アジアに多く走るオート三輪)だった。実際に道を走るのを見るのは初めて。あっという間に走り去って、写真を撮ることもできなかったのが残念。
 西浅井の国道303号線沿いのドライブイン「湖北ほくほく亭」で腹ごしらえ。北湖一周以来5年ぶり2回目。だけど、33年前に初めてここをクルマで通ったときからここにこの店があったように記憶している。ラーメンと焼き飯の定食を平らげた。今日はカロリーをいくら摂取しても、十分に消費している。気兼ねなく炭水化物をとることができる。
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 食べたら次はコンビニエンスストアへ。飲料水の補給。1Lの紙パック入りのお茶を買って、2本のペットボトルに移す。いよいよ、コース最大の山場、奥琵琶湖パークウェイへと挑む。まずは、岩熊トンネルへの登り。標高差は50mもないが、そこそこの急坂。確か8〜9パーセントくらいの表示が出ていたように思う。
 トンネルを出たところが、奥琵琶湖パークウェイへと続く道への分岐。けれどもパークウェイは一方通行でこちらは出口側。ここは素通り。「工事中通行止」の看板が立っているのが気にかかるが、今は気にしないことにする。
 パークウェイ入口へは、本来ならば下りきってから左折すべきだったが、勇み足で八田部の集落へと迷い込んでしまう。迷走の挙句国道へと復帰し永原で左折。県道513号線で琵琶湖岸大浦漁港へ。
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 すぐにパークウェイが始まるわけではなく、静かな入り江に沿った道が芝浦集落へと続く。クルマも少なく本当にのどか。たまに自動二輪が追い越していく。
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 湖畔の公園に立ち寄り小休止。駐車場は閉鎖されている。琵琶湖での釣りや浜遊びは自粛要請されている。これまでにも釣り人を何人も見かけたが、さほどリスクを感じることはないくらいの人数だった。自粛要請がなければ人が密集するのだろうか。まあ最終的には、それぞれが判断すればいい。
 波打ち際に降りる階段があったので、琵琶湖にぎりぎりまで近づく。沖をモーターボートが過ぎる。天気が良くて風は爽やか。ああ、気持ちが良い。
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 このあたりで風が出てきた。今日は風があまり吹かない予報だったが、さすがに朝と比べると気温がかなり上昇している。空気が滞留し風が起こる。
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 芝浦集落の手前がパークウェイの起点。湖畔の右から分岐し、急勾配で尾根へと登る。急カーブが連続して眺めがよい。つづら尾崎展望台までは対面通行なので、追い越していった自動二輪が折り返してきて再会、という場面もある。
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 つづら尾崎展望台は閉鎖されてはいないが、半分程度に制限されている。まあ、人が多く集まらないようにやってますよ、ということだろう。いずれにせよクルマも人もまばら。のんびり景色を楽しむ。湖面より200m高い位置から見る琵琶湖、長浜市街などの平野部、そしてその奥の伊吹山は絶景。
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 走行再開。ここから先は一方通行。一方通行の根拠は、主に事故防止と思われるが、法面の崩落対策という側面もあるようだ。法面が崩れると片側通行にして修復工事、となるところだが、一方通行なので道路の真ん中に仕切りのついたてを設置し法面側は落石がそのまま置かれている。もともと対面通行の道幅があるので、それで支障はない。
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 道路は半島の尾根付近を行くので景色が良い。ただし、細かいアップダウンが連続しなかなか厳しい。
 もういい加減アップダウンにうんざりしたころに分岐に到着。道なりでなく左折して岩熊トンネルの西側に降りるつもりだったのだが、通行止の表示板。すぐ先に口を開けた短いトンネルはガードレールで塞がれ、さらにその手前の路面には落石や倒木がぎっしりと、おそらく故意に、散りばめられている。二重三重の障害物を設け、意地でも通してやらないぞ、という強い意志を感じる。といっても自転車ならばそれらの障害を乗り越えられるのだが、岩熊トンネル側にもあった通行止の表示が気にかかる。本来の通行止のの根拠は何だろう。それは自転車で通り抜けられるのだろうか。よく見れば、トンネルの向こう側の口もガードレールでふさがれている。ということは、このトンネルが通行止めということか。それにしてはトンネル内に損傷があるわけでも、工事がされているわけでもない。とりあえず、トンネルの向こう側に行ってみよう。というわけで突入。
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 反対側で倒れている表示板を起こすと、予想通り「通行止」の文字。何やら手書きで書き足されている。何文字か消えているが、天井のコンクリートが崩落する恐れがある、ということらしい。何年か前(2012年)の中央自動車道の笹子トンネルの天井崩落事故を思い出す。そういえば、昨年暮れに湖西の高島から朽木スキー場へ抜ける入部谷越のトンネルも工事中だった。
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 とにかくこれで通行止め区間を抜けたわけだ。このまま安心して下っていける。今の小さなトンネルで尾根を西に超えたので、湖岸までずっと下り。しかもこの先ゴールの堅田まで登りらしい登りがない、ということだ。とはいえ、まだ琵琶湖一周の3分の1を残しているのだが。
 岩熊トンネルの西側に降り立つ。国道303号線をさらに下り、県道で大浦漁港へ。この4kmの区間は2時間と少し前に見た景色だ。国道は下り、県道はのどかなので2回走るのも悪くない。ちなみにパークウェイ出口の分岐を道なりに進んでいたら、重複区間が伸びることに加え、岩熊トンネルへの登りも2回走ることになる。また、もし奥琵琶湖パークウェイが一方通行でなければ、重複区間2回分、8kmが短縮される。
 風はいつしか止んでいた。大浦の集落の分岐を右折。海津大崎へ向かう。集落の中に大きく「ライダー」とかかれた建物が目に留まる。さらに別の面には手書きでたくさんのメッセージが書き込まれている。その中には、滋賀県知事の名前も。隣接する木造の日本建築の玄関に「ライダーハウス日本何周」の看板。バイクスタンドもある。ちなみに「ライダー」の文字と手書きメッセージの別棟は、ビワイチトイレとのこと。その時は休業中だった。先が気になって素通りしたが、せっかくの機会なので声をかけてみたらよかった。
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 琵琶湖の最北は、リアス式と表現したくなるような入り組んだ湖岸。奥琵琶湖パークウェイのあるつづら尾崎と海津大崎の両半島に挟まれた深い入り江に沿った道を行く。クルマは、ほとんど通らない。半島の先端、海津大崎には短くて狭いトンネルが連なる。そういえば、この区間も一昨年の暮れに訪れた時には通行止めだった。つまり、湖北や湖西、あるいは滋賀県内の古いトンネルの安全の見直しが行われているのかもしれない。奥琵琶湖パークウェイ出口近くのトンネルは、補修の順番待ちということか、それともこのまま廃道となるのだろうか。道の重要性、迂回の道のりの長さから考えると、廃道もありうる。
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 湖北を走り終え、いよいよ湖西だ。海津から今津は、湖岸の集落をつなぐ道を行く。クルマは少なく、快適。ビワイチ認定のチェックポイント今津港でクイズに回答するが、すでに認定申請をしてしまったのでここの通過は認定証には記載されない。
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 旧新旭町に入ったところで、クルマが行きかう国道161号線に最接近するが、すぐに別の道を歩む。半円状に琵琶湖に突き出した安曇川の扇状地の縁を行く。このあたり、夏は遊泳場が点在し、浜に隣接した駐車場がいくつもある。丹後からの琵琶湖の入り口ということもあり、このあたりの駐車場をこの日のビワイチの周回の起点とするつもりだったが、たくさんの駐車場はことごとくバリケードで塞がれている。なんと、共同墓地の駐車場まで。ただし、結果的には堅田を起点・終点として正解だった。幹線道路を走らざるを得ない、堅田から浜大津までを早朝に越えるとするなら、新旭起点だと夜明け前の暗いうちから走らねばならなかった。寒さの問題もあるし、白髭神社辺りの国道161号線は深夜でも大型トラックが爆走する。何より、景色を楽しめない。
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 ところで、滋賀県に来れば近江ちゃんぽんが食べたくなる。その近江ちゃんぽんが食べられる「ちゃんぽん亭」の前を通過するが、ほくほく亭で食べたラーメンの存在感がまだ残っている。ここは素通りしよう。ゴールの堅田にもちゃんぽん亭はあるのだ。
 かつて道の駅「しんあさひ風車村」だった、ステージクス高島でビワイチ認定のクイズ回答。ただし、幻のチェック。道の駅の中核施設は休業の末、民間のグランピング施設としてリニューアルされているが、道の駅としての機能は継続されているかどうかはよくわからない。地図や道の駅のリストには、載っていたりいなかったり。そして、このときは休業中。
 扇状地を走り終えると、比良の山が琵琶湖にせまる区間。つまり、平野部がないので、湖岸の道は国道161号線に集約される。白髭神社の鳥居がたたずむ湖面、対岸の伊吹山など、風光明媚ではあるが、クルマの多い道を走らねばならない。飲料水が切れたので、コンビニエンスストアに立ち寄るが、道路の反対側に渡るのもすんなりとはいかない。
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 比良の山と琵琶湖の間に少し平野部が存在する北小松からは国道を離脱。安心して走れるようになる。集落の中の道、JR湖西線の高架に沿った道、田んぼの中の道などを進む。見上げる比良の山には、ロープウェイかゴンドラリフトのケーブルが見える。特に良いのは、比良駅の南側の区間。八屋戸浜のすぐそばを行く。浜と集落に挟まれた狭い道はクルマが通らず、この日最後のお楽しみ区間。比良の山が冬場に吹き付ける北西の季節風から守ってくれるのだろう。防波堤などはなく、波打ち際を走る。マリンレシャー(マリンじゃないけど)の施設もあり、リゾートの雰囲気もある。
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 JR蓬莱駅を過ぎたら、国道161号線の旧道を走らなくてはならない。クルマが多いが、逃げ道がない。最後の難所。けれど、もう少しの辛抱4だ。
 日が暮れてきた。ゴールの堅田市街地に入ったところでライトを装着、点灯。今日は日の出とともに走り出し、日の入りとともにゴール。
 ちゃんぽん亭の前を通過。このまま立ち寄りたい気もするが、走り終えてクルマに自転車を積んでからにしよう。ということで、19:10、コインパーキングに到着。217km。実に31年ぶりの一日200km破だ。
 脚はまだ使い果たしていないが、足には少しダメージ。ビンディングサンダルでは、引き足の時に足の甲のベルトがかかっている部分に力が集中する。そのベルトの部分、小指が擦れて痛い。長時間走るときには、ビンディングシューズのほうが良い。
 限界を感じるのは手。上半身を支え続けた掌が痛い。特に左手。右手の症状が軽いのは、変速操作のため頻繁にハンドルから手を離し、手を動かしているからだろう。自転車が古いおかげで、フレーム(ダウンチューブ)に変速レバーがあることの副産物だ。フロントギアの変速レバーは左側についているが、変速頻度は右側のリアに比べて圧倒的に少ないし、左側のレバーも右手で操作している。
 翌日から、手の小指がしびれる。右手の症状はほんのわずかだが、左手は比較的重い。パソコンのキーボードで、「A」のキーを打つのがつらい。「尺骨神経麻痺」とか「尺骨神経障害」と呼ばれる症例だ。掌の付け根、手首に近い部分の小指側を通る、尺骨神経が圧迫されて起こる症状。ドロップハンドルの自転車である程度の時間走ると発症する。31年前の200km走行でも発症した。ドロップハンドルに苦手意識を感じるようになったきっかけの一つだ。
 自転車をクルマに収めてちゃんぽん亭へ。やけに店内が空いているな、と思ったらなんと時短営業。閉店の20時までまだ数分あるが、すでにオーダーストップということだ。ショックを受けつつ駐車場を出る。商業施設によってお土産などを買い、傷心で帰路に就く。新旭のちゃんぽん亭も時短営業に違いないと決めつけ、国道161号線のバイパスを素通り。実は、通常通り営業していた。近江ちゃんぽんが食べられなかったことが、この日の最大の心残り。
5月中旬
    *      *      *
 半月ほど過ぎたころ、ビワイチ認定証が届いた。琵琶湖のヨシ紙を使っているそうだ。さらにステッカーも。でも、左手小指はまだしびれている。症状は軽くなったけれども。
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2020/06/22

緊急事態宣言下の丹後半島一周

 ゴールデンウィーク序盤。新型コロナウィルス感染症の感染拡大を受けて、不要不急の外出、および都道府県境を越えるような長距離の移動の自粛を呼びかけられている。「禁止」でなく「自粛要請」なので、自分の行動を自分で決める自由は認められているわけだが。気温も湿度も快適で、自転車に適した季節。自転車で丹後半島一周をすることは、京都府の外に出ないし、運動のためのウォーキングやジョギングと同ととみなされ、自粛の対象外だ。こうして、今シーズン初、生涯通算52回目の丹後半島一周が始まった。
 10時40分、京丹後市弥栄町の自宅を出発。竹野川に沿って北上する。出発が遅くなってすでに日は真上。気温もすでに上がっていて、海風が発生し、海に向かって走るには向かい風だ。感染である国道482号線を避け、田んぼの中の細い道をつないでいく。周囲では田植えの準備が進められている。農作業は、密閉空間ではないし、人の密集もないし、仕事だから不要不急でもないし、なんて自粛の対象かそうでないかとついつい考えてしまう。
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 竹野川の河口付近、道の駅「テンキテンキ丹後」でトイレ休憩。ゴールデンウィークとは思えない駐車場の空きの多さ。少ない台数のクルマのほか、自動二輪が2台、自転車も私以外に2台。
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 国道178号線を東へ。左に青い日本海を見ながら進む。海岸沿いのアップダウンが始まり、ひと登りして屏風岩を見下ろすポイントで小休止。東屋のベンチに座り、パンを食べていると、入れ代わり立ち代わりクルマが止まる。基本的に京都府内のクルマが多いが、兵庫県や大阪府をはじめ、府外ナンバーのクルマもちらほら。感染拡大を防ぐため県境を越えての移動の自粛が要請されているが、京都府北部の人間にとっては、京都ナンバーのクルマに乗った人に安心できるわけではない。京丹後市をはじめ、北部の多くの自治体では新型コロナウィルス感染者が1人も出ていなくて、北部全体でも10人。京都府全体の感染者の9割以上が南部である。同じような南北格差は、隣の兵庫県にもあり、北部の但馬地方全体で感染者ゼロを保っている。姫路ナンバーは、その但馬とゼロではないが感染者の少ない播磨地方のクルマであることを示しているわけだから、むしろ京都ナンバーよりも安心だ。とはいえ、クルマとすれ違ったり追い越されたりすることで感染するわけはないし、少し離れた場所で屏風岩を見下ろしている人がもし感染していてこちらが感染するということも、その逆もあり得ない。
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 犬ヶ崎のトンネルを抜けると、丹後松島の景色が広がる。奥には経ヶ岬も見える。展望台の駐車場のクルマを確認すると、8台のうち6台が京都ナンバー。また、道行く車のナンバーにもつい目が行き、京都ナンバーが多いことを確認してしまう。結局、私も都道府県境を越えての移動の自粛要請に支配されてしまっている。
 下り坂で自転車が追い越していった。ロードレーサーだが、ライダーは身を縮めて空気抵抗を抑えている。こちらは、心地よい風を全身に受けて行く。
 宇川の河口を越え、小さなアップダウンを越える。国道をそれて、丹後松島の陸繋島を間近に見ながら海岸を行こうと立ち止まっていると自転車がやってきた。少し離れてもう一台。テンキテンキ丹後にいた2台だ。それに気を取られたわけではないのだが、海岸への道の入り口を間違え、集落の中に入る。あ、ここは知人の家だ。ちょうどいい機会だと、突然表敬訪問をする。お互いの近況報告などで小一時間経過。
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 走行再開。経ヶ岬でも駐車場のクルマのナンバーを見てしまう。府内と府外が半々くらい。こんな状況でも、北九州など遠方のクルマがいると、ゴールデンウィークらしさを感じる。
 経ヶ岬を越えると、アップダウンがさらにきつくなる。まずは白南風トンネルへの登り。のんびり行こう。標高差は100mあまりなのでそんなに時間はかからない。白南風トンネルを越えると、カマヤ海岸。青い日本海が広がる。若狭のリアス式海岸は霞んでいる。ここは下り、快走できる。白南風トンネルを起点としたときのカマヤ海岸の終点は甲崎。トイレが設置され、ベンチもある。そこで小休止。
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 甲崎の向こうは側からは蒲入の漁港を見下ろせる。漁港のある小さな漁村が俯瞰できる。そして蒲入トンネルへ。かつては蒲入峠を越えていた。峠が一つ減って楽になったが、丹後半島一周で一番の山岳ステージが弱体化してしまった物足りなさもある、少しだけ。
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 浦島伝説の宇良神社(最近は浦島神社という)のある本庄から国道をそれ海岸沿いへ。野室崎越えのアップダウンが始まる。この登りは、出だしが特にきつい。その急坂の途中の八重桜は、少し花が残っていた。今年は記録的な暖冬だったが、4月の低温も記録的だった。
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 登っていくと、青い海と水平線、そこに浮かぶ冠島と沓島が見渡せる。ずっと海だが、景色が変わっていくので全く飽きない。下りに差し掛かると、泊の入江、その向こうの新井崎と、これから訪れる地が見える。泊までは一気の下り。いつものゴールデンウィークなら、浜で遊ぶ人影がちらほらみられるのだが、今日は地元と思われる人が散歩しているだけ。次の新井崎越えのアップダウンもやはり出だしがきつい。登りが一段落すると、ほぼ水平な区間となる。すぐそこの岩礁に人影が見える。釣り人だ。夕方、渡船が迎えに来る。
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 耕地整理された田んぼには水がはられ田植え準備の作業する人たち。かつてはここも千枚田と呼ばれる棚田だった。ここは新井の集落。このまま道なりでもまだ残る千枚田のそばを通るのだが、せっかくだからそれを見下ろすために一段高いところを通る道へ。またきついのぼりだが、ギア比を落としてのんびりと行く。
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 千枚田は少し田植えが遅く、まだ水がはられていない。例年のことなので分かっていたが、それでも荒越しされ冬の田とは違う表情を見せている。その棚田と、新井の漁港を一つの景色として眺められるのが、この道の売りだ。
 新井崎を越えて舟屋の並ぶ伊根湾へと降り立つ。近年たくさんの観光客が訪れるようになった。住民と舟屋観光以外のクルマは舟屋の家並みの外側の道を通すようにしたので、狭い道が歩行者天国のようだったのだが、今日は自転車ですいすい走れる。かつて町役場があった入江の畔は公園となっているが、人は少ない。向かいの駐車場は閉鎖されている。
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 さらに進み、舟屋集落の外れへ。こちらの駐車場は閉鎖されていなくて、たくさんのクルマが止まっている。多くは釣り客のようだ。そこに2台のパトカーが止まり、拡声器で「現在緊急事態宣言が発出されています。不要不急の外出は自粛をお願いします」と呼びかけている。あくまで自粛要請だから強制的に追い返すことはできないが、この場にいづらい雰囲気づくりに徹しているようだ。しばらく様子をうかがっていると、なんとなくこちらにも圧力をかけているように感じられてきた。遠いので車内の警察官の視線はわからないのだが。
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 伊根を過ぎると平坦区間。午後の海風を背負って快走できる区間。フロントをアウターに入れる。が、今日はもう一つスピードが伸び悩んでいるような感触。25km/hくらいは出ているのだが。
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 天橋立の北詰、江尻で小休止。観光汽船乗り場は閉鎖。ほとんど人がいない。去年のゴールデンウィークには、乗り場に長蛇の列ができていたことが思い出される。ベンチに座り、なんとなく自転車を触っているとなぜかペダルが重い。フロントディレイラーとアウターギアが干渉していた。センターやインナーのギアにチェーンがかかっているときには干渉がない。スピードの伸び悩みはこれかもしれない。とりあえずアウターでも変速レバーを引きすぎなければ問題ない。アジャスターボルトで調整するのは帰宅後、あるいは後日としよう。
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 しばらく天橋立の内海、阿蘇海沿いの自転車道を走り、男山から海に背を向け山間部へ。最後の峠越え。標高200mまで、本日最大の標高差だが、単独の峠だし府道のため勾配も緩い。それに最後だからもう焦りも不安もない。

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三日月のような太陽2020

 6月21日、午前中は快晴、見事な五月晴れ(さつきばれ)だ。今年は閏月の関係でようやく夏至のこの日(新暦6月21日)が、五月(さつき)の一日(ついたち)。ちなみに、五月雨(さみだれ)は梅雨の雨、五月晴れは梅雨の晴れ間を意味する。五月蠅い(うるさい)のは梅雨の時期に発生するハエ。これらの言葉が使われるようになったときには、旧暦が使われていたということだね。
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 夕方に部分日食が観測されるのだが、午後になって空は雲に覆われた。五月晴れをほめるなら夕暮れを待て、ということか。とはいえ、雲はさほど分厚いわけではなく、太陽が透けて見えるタイミングもある。16時頃に始まった日食は、食の最大となる17時10分ごろには薄雲越しに太陽が透けた好条件。ちゃんとしたフィルターを持っていないので、雲のフィルターがあった方がいい。それでも手元のフィルターも必要で、実際に使ったのは写真のネガフィルム。これを重ねて使った。目を痛めるので真似しないでね。太陽観測用のものを使った方がいい。でも、小学生のころは、色のついた下敷きで観測していた。
 肉眼ではそれなりにはっきりと掛けた形が見えたけど、写真に撮るのはなかなか難しい。どうしても輪郭がぼやけてしまう。
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 前回の部分日食、2012年5月21日にはもう少し南の京都市あたりで金環食が見られ、京丹後市でもかなり欠けた。ということは光量も少なく観測しやすかった。
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ソーシャルディスタンス

 6月中旬のある日の夕方、自転車でのお散歩中にコウノトリを見かけた。
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  単独かと思ったら500mほど離れてもう一羽。これまでに見かけたカップルならもっと接近していた。どうやらコウノトリの業界にもソーシャルディスタンスが定着しているようだ。
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 得体のしれない脅威に迫られた数か月間。その未知の物への対応の仕方が少しずつ分かってきた。徐々に自粛要請が解除されているが、完全に元通りの生活に戻っていい、というわけではない。リスクの大きさを自分で判断し、自分の行動を自分の責任で行うこと、が必要になった。
 白状すると、元々人に決められた行動をするのが好きではないし、真面目に自粛要請に応じたわけではない。私はずっと自分の判断で行動していた。いずれそういう時期が来ることも想定されたわけだし。
 例えば、外出していた。ただし、行先はリスクの低いところのみ、としていた。リスクが高いのは人口過密地帯。その対局である過疎地、つまり田舎はリスクが低い。クルマ依存もこういう場面では有利となった。まあ、普段から単独で人のいないところをふらつくことが多いわけだから、普段通りの外出にはあまり自粛する意味を感じなかった。だから、気候のいい春から初夏を野外で気持ちよく過ごしていた。
 ただし、自粛生活をされている方々、感染リスクの中で働いている方々の気持ちを考え、活動報告を自粛していた。その自粛をそろそろ解除しよう。投稿を再開する。

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2020/04/23

20年ぶりの東床尾山(朝来リバイバル3)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 林道床尾線を走ったら、東床尾山に登ってみようという気になった。自然な流れだろう。以前に一度登頂したことがある。いつだったかなぁ。きっちりとしたテキストの記録はないが、パソコン通信に「6月に東床尾山に登った」と発言していた。2000年のログだ。GPSレシーバを使い始めたのは2001年の晩秋だから、GPSトラックもない。でも、デジタルカメラで撮った写真は見つかった。当時はフィルムカメラをメインに使っていたが、Webページに掲載する写真を撮るためおもちゃのような安物のデジタルカメラも並行して使っていた。解像度35万画素で、色もあまりよくない。それでも、場所と通過時刻の関連づけができるということは大きい。

 この頃、段ヶ峰に始まり、10年以上のインターバルを経ての再訪が続いた。いずれも兵庫県朝来市に絡んでいる。「朝来リバイバル」と命名しよう。
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 20年前と同じく朝来市和田山町の大カツラからの入山を目指す。先日の自転車で走った林道床尾線へ竹ノ内からアクセスし、大カツラへの分岐にクルマを止める。分岐にはすでに先客のクルマが1台止まっている。「大カツラ周辺には駐車場所が狭く、また自然のためにここにクルマを止めてください」という旨の注意書きがある。今日、というか大概は入山する人はほとんどなく駐車場所に困ることはないだろうが、自然のためと言われると従うしかない。ただし、大カツラまでの約0.7kmは自転車で行くつもりだ。自転車ならよかろう。
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 大カツラまでは沢沿いの未舗装のダブルトラック。結構登りがきつい。自転車はMTBだが、オンロード用のタイヤ。すぐに大カツラが見えてくる。根元が無数の株に分かれた大きなカツラの木だ。自転車を降りて、東屋の柱にワイヤーロックで括り付けておく。クルマは一台も止まっていない。
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 13:26、根を保護するためにカツラを大きく取り囲む柵を回り込んで、沢にかかる橋のたもとが登山口。登山届の用紙でも入っているのかと思いながら、設置された箱のふたを開けるとイラストマップだった。竹ノ内集落の取り組みのようだ。一枚頂戴する。
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 橋を渡って登山道へ。木々にに覆われた法面をトラバースする形で登山道が伸びている。カツラの少し奥の砂防ダムを越えたあたりで、少し谷が広がりトラバースから解放されるが、しばらく行くとまたトラバース道となる。そして、渡渉ポイント。登山道はずっと沢沿いで、そのあと何度も渡渉を繰り返す。2,3日前にまとまった雨が降ったので増水しているようだ。なかなか飛び石が見つからない。靴を濡らすと厄介なので、慎重に行く。いくつか木製の橋が見られるが、いずれも沢の途中で途切れている。土石流で破壊されたようだ。たまに滝となっている勾配のある沢で、土石流の破壊力も大きいと思われる。沢沿いの登山道もなかなか急だ。要所要所に案内のマーキングが見られる。紙に印刷されたものに防水のフィルムをかぶせ、建築用ステープラーで木の幹に貼り付けられている。これも竹ノ内集落の取り組みと思われる。
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 右の上方にガードレールが見えた。先日自転車で駆け下りた林道床尾線だ。しばらく行くと登山道に分岐があり、右は「峰越林道へ」とある。先日は気づかなかったが、林道途中からも入山できるようだ。今は余裕がないが、できれば下山の時に寄ってみたい。
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 渡渉を繰り返しさらに進む。東床尾山へは、山頂への直登コースと西床尾山への縦走尾根の途中に登るコースの2つがある。登りは直登、下りは縦走尾根経由で周回しようと思うが、表示があるものの分岐そのものがわからず縦走尾根に向けて進んでしまった。もちろんGPSレシーバでミスコースにはすぐに気づくわけで、少し戻って沢の対岸の杉林の法面に直登コースを見つける。渡渉ポイントが荒れて分かりにくく、道なりに進んでしまったというわけか。
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 水際ではシングルトラックもあいまいになっているので、結局渡渉ポイントがどこかということがよくわからないまま、靴をぬらさぬよう慎重に対岸に渡り、法面のシングルトラックへとよじ登る。これまでに増しての急登の始まりである。法面の標高差は50mほどなので、10分足らずで尾根に乗り上げた。しかし、尾根も急な登りだ。ただしトラバースから解放され歩きやすくなる。黙々と登っていくのみだ。この山は全体的に斜面の勾配がきつい。
 東床尾山は2000年以来、と書いたが、実は2006年の2月にも試みていた。スキー登山である。2月初めに大雪が降っておなじみの大江山を堪能した後いくつかの新コースの開拓に挑んだ。東床尾山は斜面の勾配がきつく、直登はできず、トラバースしながら行こうとしたら杉林が濃くて、結局撤退した。山頂部北側の伐採斜面がゲレンデになる、と選んだ山だったが、そこに至るまでがあまりに厳しかった。登れたとしても、大部分は滑降もできなかっただろう。
 上方から話し声が聞こえてきた。男性3人組が下りてきた。おそらく林道床尾線の大カツラ入り口分岐に止められていたクルマの主たちだろう。挨拶を交わす。
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 急勾配の登山道は、歩幅を小さくしてゆっくり登っているのに、もGPSレシーバの標高値の増加ペースが速い。前方を見上げると木々の背景が青空。山頂はすぐそこだ。
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 14:42、山頂に到達。いやあ20年ぶりの大展望だ。出石川の谷が麓を回り込む北側の展望が特に良い。急勾配の山なので麓の集落まで俯瞰できる。東床尾山から南西に西床尾山、南東に鉄鋸山と地図上にほぼ正三角形を描く峰々を連ねた山塊である。が、北方の丹後半島の山から見る東床尾山はまるで独立峰のように見える。その丹後半島方面を今日は逆に眺める。ああ、天橋立が見えている。といっても籠神社がある北詰側、砂嘴の半分ほどしか見えていない。多くの人はあれが天橋立だと気づかないかもしれない。隣の郷路岳からの見え方とよく似ている。
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 少しずつ左に視線を振る。但東の田園地帯が広がる出石川の谷を隔てて磯砂山と高竜寺ヶ岳が並んでいる。その奥が丹後の国だ。霞で分かりにくかったが、依遅ヶ尾山が確認できた。特徴的な形、わが故郷の目印の山だ。
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 北側は出石川が注ぐ円山川の流れ。豊岡盆地、豊岡中心街が見える。その奥には来日岳。北西には神鍋高原が位置する。蘓武岳は逆光ではっきりわからない。目印のスキー場ゲレンデもあまりにもぼやけている。ただし、但馬ドームの白い屋根は確認できた。
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 そして西にはまだ雪を頂いた氷ノ山。まだ4月中旬、雪の多い年ならスキーをしたこともある時期だ。今年はさすがにもう無理だろう。三ノ丸を従え、どっしりとした大きな山塊だ。
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 南は山頂にアンテナを頂いた粟鹿山が目立つ。まあ、それしかよくわかっていないのだけれど。粟鹿山にも2006年2月にスキー登山をしている。アンテナ山なので、頂上まで車道があり自転車でもすでに登っていた。ただし、車道だと距離が長くなりスキーでの一度目は時間切れで撤退。何とか2度目で登頂した。ここも山頂部の伐採斜面を滑降できそうだと思っていたが、登頂したものの雪が悪く時間もなかったので、結局車道を上って降りただけだった。そのあと段ヶ峰と続き、当時の記録には朝来シリーズと書いている。
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 さて、東床尾山からの展望の話に戻る。最後に、真東の大江山連峰。ブッシュで分かりにくかったが、千丈ヶ嶽と鍋塚と大笠山が何とか確認できた。
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 一等三角点に腰かけてパンを食べたら、15時ちょうどに下山にかかる。山頂直下こそ急勾配だったが西床尾山に至る尾根はなだらか。朽ちて崩れかけた小屋を過ぎアップダウンを繰り返す。まで沢沿いコースへと降りる分岐にまで。谷へと降りる道は急勾配でジグザグのトラバース道。急な下りを避けて直登コースを上ってこちらを降りることにしたのだが、甲乙つけがたい急勾配だ。しかも、歩きにくいトラバース区間は縦走尾根経由のほうが長い。というより、縦走尾根の標高差はわずかだったから、下りのほとんどがトラバースの急下りだ。ゆっくりと時間をかけけて沢沿いの分岐に降り立つ。ここからは来た道を戻る。
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 林道床尾線への分岐に来た。厳しい下りにもう余計な労力を使いたくないのだが、GPSレシーバによれば林道はすぐそこなので行ってみる。実際すぐそこだった。登山道入り口を示す表示板があるが、かなり小さい。先日自転車で下ったときに気付かなかったのは仕方ない。もしかすると突然の鹿の出現に気を取られていた時なのかもしれない。
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 下りも渡渉は要注意。残りの行程が少ないとはいえ、靴をぬらしたくない。16:53、大カツラへ下山。なんと登りより30分以上時間がかかってしまった。歩きにくい下りだった。
 最後のダブルトラックの下りは自転車で快走。大カツラまで自転車で来てよかった。あっという間にクルマへと戻る。
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 帰り道、出石川沿いから東床尾山を見上げる。数時間前にあそこにいたのか。高いなぁ。
 4月中旬。13:10〜16:58

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2020/04/20

11年ぶりの林道床尾線で床尾山を一周(朝来リバイバル2)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 兵庫県の朝来市和田山町と豊岡市但東町の境、東床尾山(ひがしとこのおさん)と鉄鈷山(かなとこやま)の鞍部を超える林道床尾線のことを思い出した。全線開通して間もなくMTBで走ったのだが、峠を越えたところでタイヤがバーストして苦労した覚えがある。そういえば、まだリベンジしていない。あれはいつだったっけ。
 記録を見れば2009年4月。11年前だ。すっかり忘れていた。
 兵庫県豊岡市但東町を経由し、豊岡市出石町へ。出石の中心街の手前、国道426号線沿いのトイレのあるパーキングスペースにクルマを止める。自転車はランドナー。ダートに備えブロックタイヤを履いている。ここから、東西の床尾山を時計回りに一回りする周回のスタートだ。
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 まずは出石川をさかのぼる。スタート地点の標高は15m。国道426号線を避けて左岸ののどかな道を行く。基本的に交通量はほとんどないが、工場があるため狭い道を資材の搬入出の大型トレーラーが通る。まあ、このくらいは仕方ないか。
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 10km足らず走り、但東町中心街の手前、出合市場の交差点を県道56号線へと右折。1kmほどで右へ分岐する道へ。標高60m。畜舎の入り口の脇からダートの急坂が始まる。ガレていてきつい。東床尾山の北東へと長く伸びた尾根へと乗り上げるまでが最も厳しい。ただし、尾根に乗り上げてからも、勾配が少し緩む程度で十分にきつい。周囲の眺めが良くなってくることを励みに登っていく。11年前は開通して1年くらいしか経っていなかったので走りやすいダートだったはずだが、何度も大雨を経験してガレ場が出来上がっている。路肩の側溝が詰まっている個所で水があふれ、路面の土を洗い流してゴロゴロとした石だけが残る。その詰まった個所を境に上側は走りやすい土の路面。まるで道路劣化の標本のようだ。ただ先日の段ヶ峰のダブルトラックほどガレ場区間が多くなくて良かった。山腹でなく稜線付近にダブルトラックが位置していることが幸いだったようだ。日本アルプスなどの山小屋だって、稜線に建つものはより水不足が深刻だ。
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 東床尾山は標高800m台の低山であるが、周囲に高い山がなくよく目立つ。特に北側の麓を回り込むように出石川が流れ、但東や出石の市街地の平野となっているため、私が住む丹後半島の山々や、神鍋高原から見れば独立峰のようにそびえている。その北側の尾根を行く林道からも展望が良いのだ。
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 右前方に東床尾山の山頂部が見え隠れする。山頂に近づくにつれダブルトラックは稜線を外れ、山頂の東側に到達するともう山頂は見えない。代わりにこれからたどる道が山肌に張り付いている様子が見える。なかなかダイナミックな景観だ。見えている範囲を超えると峠だろうか、ときたしながら進むも山襞の向こうにまた上りが続いていた。
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 路盤が崩れている個所があった。道幅が半分くらいになっている。自転車は問題なく通れるが、クルマは車幅ぎりぎりといったところ。そこを過ぎると、前方に何やら動くものが見えたような気がした。鹿かな。でも白かったような気がする。しばらくして山襞の向こうから現れたのはクルマだった。こんな道で対向車が現れるとは意外。でも、先ほどの崩落個所を超えることができるだろうか。大きくて重いワゴン車だ。道幅はぎりぎり行けそうだが、崩れかけた路盤だからね。ある種の賭けといえる。すれ違ってしばらくして振り返る。見通しのきく区間だが、クルマの姿はない。無事通過したようだ。まあ、賭けに勝ったということだが、もしかするとこれも「誤った成功体験」かも知れない。
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 鉄鋸山との鞍部らしきものが見えてきた。ようやく峠だ。でもその手前にきつめのガレ場があった。
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 峠は鉄鋸山の登山口になっている。標高635m。ここから朝来市和田山町だ。ところが和田山側の風景に絶句してしまった。路面が舗装されているではないか。11年の間に舗装されてしまったようだ。登りがダートで下りが舗装なんて、本末転倒。スキーを履いてゲレンデを歩いて登り、リフトで下山するようなものだ。
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 11年前にはこの下りの途中でタイヤがバーストした。ブレーキシューの角でタイヤが避けるという情けないトラブルで、ガムテープを持っていれば裂け目をふさぐことができたのに持ち合わせてなく、ただチューブだけを交換したらすぐにパンク。もう一本の予備チューブを使う気になれず、残り半分の行程をどうするか途方に暮れた。進むか戻るか迷ったあげく、進むことを選んだ。その根拠は二つ。一度見た景色より、新しい景色を見たいということが一点。もう一つは、アップダウンと平坦区間の割合を考えてのこと。出石川沿いの10km近い平坦区間を避けた。幸いなことにバーストしたタイヤは前輪。フロントサスペンションもあるし何とか乗車できる。ただし当然抵抗が大きい。下りは地球の引力が推進力となる。登りは、開き直って押しで行こう。どうせ乗車でもスピードは出ない。一番厄介なのは平坦区間だと判断した。何せ20km/hで走れるはずが、ペダルが重くてスピードが出ないのは精神的にきつい。空気の入っていないタイヤとチューブを外したほうが抵抗は小さくなるだろうが、リムを保護するためにつけたままで行った。それでも、ホイールへのダメージが心配だった。ところが、結果的にはリムもスポークも無事で、その時のものを使い続けて11年、今日に至る。MTBって頑丈だね。
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 今回は舗装路を飛ばしあっという間に糸井の大カツラへの分岐へと降りた。標高380m。その間特筆すべきことは、何頭もの鹿に出会ったこと。驚いたのは、法面から目の前に大きな茶色の塊が転がり落ちてきた、と思ったら鹿で、一瞬で立ち上がりかつかつと蹄の音を響かせて走り出した。
 大カツラは分岐から床尾山の懐にもぐりこんだところにあり、そこが登山道の入口だ。今日は分岐を素通りする。
 お目当てのダートの下りを堪能できなかったが、タイヤに空気が入っているだけいい。いや、日も傾いてきたし、安全にスピーディに下れたことはメリットかも知れない。
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 道はコンクリート舗装となり、まだまだ下りが続く。竹ノ内の集落が見えてきたら下り勾配が緩くなる。それでも緩い下りだが、空気の抜けたタイヤではさぞかしペダルが重かったことだろう。
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 和田の集落で右折。標高115m。ここから県道10号線の峠越えで出石へと戻る。やや急な登り。11年前は押して登った。ダブルピークのひとつ目(標高370m)を超えると廃屋の多い朝日の集落だが、窓に明かりの灯る家もある。だいぶ暗くなってきた。糸井小学校朝日分校も廃校のようだ。轟音を立ててマイクロバスが追い越していった。スクールバスだ。市境の峠となる二つ目のピークの手前の分岐で一人の生徒を下す。その生徒が歩いて行った先には、堀場という集落がある。まだ住人がいるんだ。
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 ヘッドライトをともして峠(標高360m)を出石へと下る。名前からしても山間の集落、奥山にも蕎麦屋があるがここも出石そばなのだろうか。夕暮れの集落に、桜が白く浮かんでいる。奥山川に沿って、ひたすら下っていく。11年前は、もっと遅くなってすっかり夜になってからこの道を下った。暗い川底を鹿が走っていた。空気のない前輪のタイヤの乗り心地の悪い自転車から川を見下ろし、並走する鹿の軽やかにそして優雅に跳ねる足取りがうらやましかった。こちらは舗装路、向こうは石がゴロゴロした河原だというのに。
 結局今回も車に戻るころにはすっかり夜のとばりが下りた。前輪タイヤの空気がないまま後半20kmあまりを走った前回よりも、40分ほど速く走り終えた。当時も大体村くらいの時間のロスだろうと考えていたが、間違っていなかったようだ。だが、まだこれで完全なリベンジとは言えない。次は逆コースで走り、舗装路を登りダートを下らなければならない。
 4月中旬。14:47〜19:10。42.2km。

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14年ぶりの生野段ヶ峰の稜線をMTBで行く(朝来リバイバル1)

※これは、緊急事態宣言の対象が京都府を含めた全国に拡大される前のお話です。

 こちらには報告していないが、少し前に兵庫県神河町、つまり播磨の北端に位置する越知ヶ峰林道を走った。そのときに峠から北西方向に見えた稜線が強く印象に残った。あれは生野の段ヶ峰だ。あそこをMTBで走ったのはずいぶん前のことだ。もう10年以上も前のことだろう。再訪したくなった。ならばするしかない。記録を見たら、段ヶ峰のMTB縦走は2006年6月。その4か月前の2月にはテレマークスキーで初めて段ヶ峰を訪れている。いずれにせよ、14年ぶりということになる。
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 桜咲く竹田城を遠めに見上げながら、生野へ南下。少しの迷走を経て、生野高原のゴルフ場に隣接した達磨ヶ峰登山口へとクルマを止める。先客のクルマが一台ある。おそらく達磨ヶ峰、フトウガ峰を経由して段ヶ峰までのピストンだろう。出会うことはないと思われる。
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 自転車に跨り、車道を行く。スタート地点、達磨ヶ峰登山口の標高は570m。MTBにブロックタイヤを装着して走るのは久しぶり。昨年5月の加賀白山と扇ノ山以来。いずれもスキー登山がらみだ。ゴルフ場の施設、そして別荘地を抜けて林間へ。千町峠を目指す。稜線の南側の山腹を巻くこのダブルトラックはやがてダートとなる。林道かと思ったら、市道だ。山襞に沿って蛇行しながら、そこそこの急勾配の登りだ。所々で道がガレている。ひどいところでは、乗車できないほどだ。
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 ガレ場を上っていくとその原因が現れる。法面を流れ落ちる滝だ。大雨で増水するとこの水が路面に溢れ、土を洗い流してしまうのだ。千町峠までそんな滝が何本も現れ、その手前がガレ場となっている。時々、コンクリート舗装がされているところがあるが、そのなんと走りやすいことか。また、滝を過ぎればダートであっても土がとどまり、格段に走りやすくなる。また、水の流れが沢でなく滝であることは、地形が急峻であることを表している。稜線はなだらか。特にフトウガ峰は平坦な台地状になっている。そしてなだらかな稜線の縁からは急に切れ落ちた法面となっている。これは扇ノ山にも共通する地形の特徴である。扇ノ山の場合は稜線ではないが、その周囲に河合谷高原や畑ヶ平高原など大根畑が広がる平坦な高原が広がっている。その縁には霧ヶ滝、シワガラの滝、雨滝などいくつもの滝が流れ落ちている。まあこうした地形の究極は南米ギアナ高地のテーブルマウンテン。世界一の落差のエンジェルフォールなど水が途中でしぶきとなってしまうため滝つぼができない、そんな滝に囲まれている。
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 右手に壁のような崖、左手に深く大きな谷を見て市道のダブルトラックを進む。ダブルトラックの中間点辺りにあるのが杉谷登山口。「最低コル」と呼ばれる稜線の大きな鞍部の直下の谷だ。14年前の2月にスキーできたときには、未除雪のダブルトラックを苦労してここまでクルマで来て、板を背負って登山道を登った。名前の通り谷にある登山口だが、登山道は谷を詰めるのではなく、西側の尾根に乗り上げフトウガ峰へと到達する。
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 前方に千町峠と思われる鞍部が見えてきた。そして千町峠のすぐ手前で、道はきれいなアスファルト舗装となった。峠へ行くにはこんな道ではないだろうとすぐ先で分岐する荒れたダブルトラックを登って行ったら行き止まり。振り返れば千町峠とそこに建つ山小屋が見える。ダブルトラックを下って舗装道路で千町峠へ。標高970m。ここまでは但馬。この先車道を進めば播磨の国。ここまで順調に来たつもりでいたが、帰宅後に14年前の記録と比較すると今回は20分ほど余計にかかっていた。ガレた道のせいだろう。
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 段ヶ峰へは、山小屋の脇を通るシングルトラックへ。数段の急な木段をMTBを担いで登る。が、ボトルケージが邪魔で担ぎにくい。ずっと担いでなかったからそういうことがおろそかになっている。山小屋は個人所有のものらしい。シングルトラックへ入りひと登りすると景色がいい。これから駆ける稜線が見える。突き当りの達磨ヶ峰まではかなりの距離がある。
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 小屋からはまた急な登りが続く。左手は薄暗い杉林で右手は落葉した明るい林。登山道にクロスする方向に無数の木の根が浮き、まるで木段のようだ。ここが一番急なところ。もう少し登ればなだらかになる。
 このシングルトラックがつけられた稜線は播但国境。現在では市町境である。植林と雑木林の違いは行政区の違いを示しているということか。そういえば、2月にスキーで歩いた戸倉峠から氷ノ山三ノ丸に至る兵庫・鳥取の県境尾根でもこういう状況が見られた。
 GPSレシーバに搭載されている地図は、ある程度縮尺を大きくすると等高線が表示されるのだが、これが薄くて読み取りにくい。ところが、最近画面表示を夜間モードに切り替えると等高線が読み取りやすいことが判明した。普段は自動モードとなっていて日の出・日の入りで昼間・夜間のモードが自動的に切り替わる。今回は、シングルトラックに入るときに、これを強制的に夜間モードに設定した。これで地形がよくわかる。ただし道路の標示は日中は昼間モードのほうが読み取りやすいので、舗装路を走るときや自動車や自動二輪で利用するときは自動モードにしている。
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 千町峠から段ヶ峰の頂までの標高差は140mほどしかないので、急登はさほど長くない。登山道の勾配は落ち着き、林間を抜け景色が開けた。右は但馬の朝来市生野町。左は播磨。千町峠からの登り出しは神河町(旧大河内町)だったがすぐに宍粟市一宮町となっている。さらにこの先進んでいき段ヶ峰の頂を超えると両側ともに但馬となる。右はずっと朝来市生野町のままで、左は朝来市朝来町となる。
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 山頂が見えてきた。立木はまばらになり、景色がさらに開ける。まるで庭園のような風景だ。そして14年ぶりの段ヶ峰登頂.「段ヶ峰1106m」と記された標柱に「段ヶ峰1103m」という表示板が立てかけられている。国土地理院の地図や登山国と案内板などには1103.4mと記されている。帰宅してから14年前の写真を見ると、当時は1106mの表示のみだった。つまり、その後修正されたのだが、なぜか古い方の表示板が撤去されずに置かれているということのようだ。
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 山頂からは360度の展望が広がる。達摩ヶ峰へと続く稜線は、千町峠からよりもよく見える。麓の集落も見下ろせる。西には、まだら模様ではあるが唯一白い雪を残した氷ノ山が三ノ丸、そして戸倉峠へと連なるなだらかな山容を見せている。南には、砥峰高原のススキ野原も見える。
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 さあ、ここからがお楽しみ。稜線を駆けよう。フトウガ峰に向けて少し進んだところに三角点があるが、ブッシュの中なのでご対面せずに素通り。フトウガ峰までは標高の変化はほとんどなくわずかなアップダウンを繰り返すのみで、MTBのためにあるような道。だったはずなのだが。シングルトラックの真ん中に溝が掘れている。はまると転倒してしまう深さだ。14年前もこんなんだったっけ。平坦な区間ならまだいいが、上りでも下りでも勾配が付くと乗車が難しい。新年度早々「はいかいさんは、骨折でしばらくお休みです」なんてことになったら、面目丸つぶれである。とにかく安全に。怖いと思ったら押していく。風が冷たいので、グローブを指切りから防寒のものに交換。さらにウィンドブレーカーを着る。
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 少し進んでから山頂を振り返ると、雪景色を思い出す。14年前の2月にスキー登山にきた時は、杉谷登山口からフトウガ峰までの急登を越えても、スキー板を背負ったまま段ヶ峰まで来た。そして、稜線の南斜面を繰り返し滑った。下山の途中に、今回と同じように振り返り雪面につけたシュプール眺めた。
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 結局あまり乗れないままフトウガ峰。標高1082m。ここは台地のようになだらかな草原となっている。杉谷登山口への分岐もある。そちらの登山道もしばらくはなだらかでそのあと急勾配になる。達摩ヶ峰に向けて進んでいくと特徴的な岩が見えてきた。トサカというか、魚の背びれというか、ウルトラセブンのアイスラッガーというか、板状の岩が立っている。
 その先からこれまでより大きなアップダウンが現れてくる。基本的には下り基調で、下りは大きく上り返しは小さい。アップダウン発生の代わりに、道の溝がない区間が増えむしろ乗車率が上がった。帰宅してから14年前の記録を読むと、フトウガ峰を過ぎるとアップダウンが大きくなって乗車率が下がる、とある。全く逆の記述だが、おそらくフトウガ峰以降の状況はあまり変わっていなくて、段ヶ峰・フトウガ峰間の状況が大きく悪化しているということだろう。
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 フトウガ峰から2段目の下りはものすごく大きい。植林らしき木々の中へと降りていくガレた急なシングルトラックで、当然乗車できない。下りきったところが「最低コル」だ。標高900m。ということは、まだ稜線の中間を少し過ぎた程度。ずいぶん時間がかかっている。だいぶ日が傾いてきたぞ。
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 最低コルというだけあって、上り返しもやや大きめ。登り切ったら少し乗車できるが、その先でまた乗車できないアップダウン。これが延々と続く。達摩ヶ峰にたどり着くころには、日没間際となってしまった。標高912m。最後に稜線から景色を眺める。アンテナが林立する丸いピークは、峰山高原の暁晴山。もしかするともっと前から見えていたのに気付かなかったのかも知れない。生野の中心街がある市川の大きな谷の対岸の山の合間にはダムも見える。また、ダムの堰堤のような壁面が見えるが、その向こうにダム湖が見えないものもある。鉱山を掘り出した土が谷を埋めて積み上げられた場所なのかもしれない。
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 達摩ヶ峰からはクルマを止めた地点へと急降下。もうほとんど乗車できない。下界にゴルフのコースが見える。さらに下には集落が見える。車のヘッドライトや街灯の明かりが目立つほどに薄暗くなってきた。日没を過ぎ残照の時間帯だ。どうせもう乗車できないので、落ち着いて下っていく。急ではあるが登山道は明瞭なので、焦る必要はない。ヘッドランプも持っている。かなり薄暗くなってから、クルマを止めた地点に降り立つ。14年前より1時間余り時間がかかった。先客のクルマはもうない。予想通り誰とも出会わなかった。自転車の前後のホイールを外してクルマに収める。単独行動でアプローチもクルマだから他人との接触はない。でも腹が減ったから、途中で何か食べる物を買おう。混雑する時間を過ぎ閑散とした朝来のスーパーマーケットで買い物。これが唯一の他者との接近だった。
 4月上旬。13:43〜18:52。16.5km。

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2020/04/19

京都円町から六丁峠を越え保津峡松尾谷林道で亀岡へ

※これは、大阪府、兵庫県、東京都など7都府県に緊急事態宣言が発出される前のお話です。

 亀岡の保津川(大堰川あるいは桂川)の左岸の河川敷にクルマを止める。駅や中心街の対岸の河川敷は運動場や公園、そして駐車場となっている。折畳小径車で保津橋を渡りJR亀岡駅へ。輪行袋に自転車を収めて京都行の列車に乗り込む。車内は空いている。一時期人出が戻りつつあったが、また閑散としてきているようだ。また、普段は乗降の少ない駅では、乗客が必要に応じて壁面のボタンを押して開閉させるスイッチ式電動開閉(車内放送では「手動」と案内されている)なのだが、この日はすべての駅で車掌による一括操作でドアが開け放たれる。車内の換気のためだそうだ。
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 円町駅で下車し、自転車で走り出す。住宅街の細い道を北東方向へ1.6kmほど。歩くと20分くらいかかるが、自転車なあっという間。小さな店の前に5台ほどの自転車が並んでいる。「Yume Wo Katare」という名前のラーメン屋。駐輪場はないのでスペースはわずか。小さい自転車でよかった。そしてドアの前の一人の男性の背後につく。しばらくしてもう一人加わり、そのあとロードレーサーの3人組が到着。スタンドのない自転車は止める場所探しにほんの少し手間がかかる。並んでいる間に店員が注文(麺の量)を取り支払いを済ませる。当然300gを注文。5分ほどでまず私を含めた3人が店内に案内される。麺が茹で上がったら順番に「ニンニク入れますか」とトッピングを聞かれる。私は、ニンニクあり、野菜増し増し。今日もこれで満腹、そして満福。
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 少し後でロードレーサーの3人組も入店してきたが、その時点でまた別の人が行列をなしていた。混雑の時間帯が過ぎた13時過ぎに訪れたが、やはり席が少ないから恒常的に3〜5人くらいの行列ができている。多くは学生らしい。
 さあ、食べたら走る。路地を抜け、丸太町通りを西へ。嵐山の北、嵯峨鳥居本へ。愛宕神社の門前にかやぶき屋根など、古い建物が並んでいる。元々嵐山と比べて混雑が少ないが、今は特に人通りが少ない。
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 鳥居の脇を抜け、スギ林の中の細い道へ。急な上り坂だ。フロントダブルのおかげでゆっくり進んでいける。峠まで急であるが、距離は短い。六丁峠の標高は175m。鳥居本からの標高差は100mほどだ。
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 六丁峠からは保津川の流れとV字型の渓谷が見下ろせる。下りはヘアピンカーブの連続だ。下りが落ち着くと保津川沿いを行く。道は細く、特に連続して現れる短いトンネル内は1車線だ。まあ、クルマはめったに通らないが。
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 トロッコ列車の保津峡駅を対岸に見る。私が子どものころはここが山陰本線だった。なつかしい。
 徐々に道は上り坂となり、現在の山陰本線保津峡駅を見下ろす。桜に囲まれている。その後、道は保津川の支流に沿って水尾集落に向かう。そして、松尾谷林道の分岐。法面は北山杉の植林だが、一昨年の台風で無残に杉の木が倒されている。が、さすがに1年半も経って後片付けが進んでいる。1年前にここに来たときは倒れた木がそのまま放置されていた。
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 松尾谷林道は通行止めとされバリケードが設けられている。もちろん、気にせずにバリケードを乗り越える。道は本格的に上りとなり、尾根を越えて再び保津川沿いに降り立つ。そして道はダートになった。そうだ、だから1年前はMTBで走ったんだった。舗装路用のタイヤではあったけど。折畳小径車向きの道ではないが、まあ勾配はあまりない区間だし、グリップは問題ないだろう。それより問題は、道に水たまりがあったりぬかるみがあったりすることだ。春先になって雨が多いからねぇ。さらに具合の悪いことは、先日キャリーケースに入れるテストのため泥除けを外して、そのままだ。自転車が泥んこになってしまった。
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 珍しく自転車とすれ違った。クロスバイクとロードレーサーの若い男性2人組だ。顔が引きつっている。ダートを想定していなかったようだ。
 材木の切り出しの作業をする人たちがいた。そのおかげで、去年は何か所かで道を塞いでいた倒木が、今回はなかった。
 突然話し声が聞こえてきた。林業の人のいた場所からはもうずいぶん走ったのに。保津峡下りの舟が川面を過ぎていった。観光客が少ないようで便が少ない。だから舟がいることが想定できていなかった。
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 請田神社まで来ると松尾谷林道は終わり、府道となる。そして道は舗装路となる。前方に亀岡盆地が広がっている。クルマを止めた河川敷まではもう少し。
 4月上旬、約23km 

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2020/04/12

いつかまた異国を走ることを想いながら

 これまでに海外旅行を3回経験し、毎回自転車で走っている。
 初めての海外は韓国で、広島から釜山へフェリーを利用した。だから、輪行に関しては北海道に行くのと同じようなことだった。フェリーにも通常の輪行袋に入れて持ち込んだ。
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 2回目はハワイ。初めて飛行機で輪行した。大変だった。飛行機輪行で他人に預けることを想定した厚手の輪行袋、オーストリッチOS500を利用。かさばるため、ツーリングに携行することはできない。初日と最終日に空港の近くに宿泊し、そこで預かってもらった。
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 3回目は台湾。前回に懲りて自転車をもっていかなかった。自転車大国台湾ではスポーツサイクルがレンタルできるし。
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 そして次は…。具体的に考えているのは台湾再訪。国内旅行と変わらないくらいに近いため、飛行機代も安く、搭乗時間も短い。ただし、前回は台北のみだったが、当然次は行動範囲を広げたい。とはいえ、さほど長い日数の滞在はできないので、鉄道を利用して効率よく行きたい。台北以外でもスポーツサイクルを借りられるようだが、それなりの人口の都市に限られるような気がする。言葉の通じない異国であまりあるかどうかわからないレンタサイクルを探すのは旅そのものができるかどうかに関わってくる。やはり、自分が乗る自転車をあらかじめ確保する必要がある。ただし、借りた自転車で輪行するのは難しい。前回借りた自転車では、輪行するならスタンドを外す必要があり、それなりに手間がかかる。勝手に解体してもいいのかどうかもわからない。台湾の鉄道には、完成車のまま車内に持ち込める便もあるが、便が限られていている。やはり、異国の言葉で書かれた時刻表からその便を読み取るのは難しい。
 というわけで、自分の自転車を持って行くのが確実だろう。折畳小径車をキャスター付きのキャリーケースを使って飛行機に乗せることを考えてみた。容積100Lを超える最大サイズのものなら入りそうだ。現地の空港の荷物預かりサービスを利用すれば、走行中に携行する必要はない。輪行袋は別に持って行く。ただし、いくら大型のキャリーケースでも自転車を折り畳んだだけでは無理で、ホイールを外すなどの工夫が必要だろう。それと、キャリーケースが5万円以上と結構高い。あと、荷物の追加料金も覚悟せねばならない。
 また、気になっていたのは折りたたみ小径車用のキャリーケース。これが一番いいのだが、14インチホイールの自転車用となっている。私が所有しているのは20インチのモデル。キャリーケースより一回り大きい。
 迷ったあげく買ってしまった。2万円を切っていて他の大型キャリーケースより安い。ついでに、キャッシュレス決済の5パーセント還元で、さらに1000円ほど安くなった。
 届いたらすぐ、とりあえず試してみた。当然入らない。数日後、今度は本気で試みる。ホイールを外してやってみる。普段は前後にフルの泥よけを装着しているのだが、それも外す。シートポストは抜く。すると、なんとか入った。泥よけの着脱には手間がかかるので、旅の時には予め外して置いておくのがいいだろう。後は、ペダルもホイールもクイックリリースなので、工具なしでキャリーケースに収めることができる。
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 そして、このキャリーケースの売りは、空の状態では折り畳んで比較的コンパクトになること。さらに、ストラップが付いているのでザックのように背負うことができる。ただし、ザックと違って荷物は入らなず、これを背負った状態でツーリングをしようとは思えないが、ハワイに持って行ったオーストリッチOS500よりは背負える分だけ持ち運びやすい。
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 今は、いつかこれを使える日が来ることを待つ。

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2020/03/30

ラーメンで満腹になったら自転車に乗ろう

 うず高く積み上げられたもやしの下に潜む300gの太めの麺。一般的な大盛ラーメンを凌駕する「二郎系」のラーメン。とにかく、腹一杯ラーメンを食べられる幸せを味わいに京都市伏見区へ。
 3月中旬のとある日、JR奈良線稲荷駅で下車。輪行袋から折り畳み小径車を出す。近年外国人を含めた観光客が増加し、京都市内の列車も京都駅も大混雑が続いていたが、この春は比較的空いている。久しぶりに輪行袋を担いで京都駅の端から端、山陰線ホームから奈良線ホームまで歩いた。伏見稲荷大社の門前駅である稲荷駅は、駅舎もその前の道も狭く、輪行袋を解くのに十分なスペースがない。観光客は普段より少ないはずだが、それでも列車の発着の時には人であふれる。作業スペースが少なくて済む折り畳み小径車で正解だ。
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 しかし、すでに14時。のんびりしすぎた。お目当ての「らーめん大 京都深草店」は昼の営業を終えている。仕方がない、第2候補の「ラーメン荘 地球規模で考えろ」に行こう。伏見区もラーメン激戦区となっていて、二郎系だけでも複数の店舗がある。
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 師団街道を3kmほど南下し近鉄伏見駅の東側へ。14時半を過ぎているが7〜8人も並んでいる。2輪車の列に自転車を止め、食券を買って、人間の列に並ぶ。ここは2度目だが、前回並ばなかったのはタイミングが良かったのか。
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 さて、幸せの時が終わったら、過剰摂取したカロリーを消費しないといけない。自転車にまたがり、西に向けてハンドルを切る。桂川自転車道を目指す。市街地を走りたくないので、桂川の支流である鴨川の堤防の上の道を狙ってみたのだが、近鉄の線路だとか名神自動車道の京都南I.C.だとかに阻まれて右往左往。どうにか鴨川の堤防の上を走って久我橋に南下。桂川自転車道へ。
 さあ、あとは自転車道で北に向かう。今回は日を選ぶことができたので、南風の吹く条件を選択。春は風の季節。向こうに回すか、味方に付けるかで全然走りが違ってしまう。土手には黄色い菜の花が咲いている。そして河川敷のグラウンドではたくさんの子供たちが野球やサッカーをしている。今は学校が休みなのだ。そんな中、母親と過ごす小学生くらいの子供の姿も見られる。キャッチボールをしたり、バットを持った子供にボールをトスしたり、連れ立って自転車で走ったり。
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 河川敷はグラウンドから畑になり、松尾大社そして嵐山が近づくと公園のようになる。また、子供連れのグループが多くみられる。
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 JR嵯峨嵐山駅から亀岡駅の手前の馬堀駅まで列車に乗り、あとはクルマを止めた園部まで走行再開。もちろん幹線道路を避けていく。
 そして数日後、ラーメン大のリベンジ。今日も至福のひと時。
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 この日は、輪行していない。園部まで戻ってから自転車に乗る。園部中心街の西、船坂集落が集会の起点。まずは府道458号線中山峠を上る。スギ林の中の細い曲がりくねった道。中学生か高校生かの男子2人組がランニングをしている。今も学校は休みなのだ。
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 口八田から府道702号線へ。府県境を越えて兵庫県丹波篠山市へ。奥山というのどかな田園集落の風景を見て進む。市野々には案山子というか様々な人形がたたずむ。県道303号線を南下し、立金を過ぎたら小さな峠越えの道へ分岐する。鳳鳴カントリークラブの入り口を左に見て通過し峠を越えると、原山集落へと降り立つ。
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 再び県道303号線となり、下原山、中原山、奥原山と緩く登っていく。そのまま道なりに行くとオータニ広尾カントリークラブに向かいその先で行き止まりとなる。おそらく三国岳を越える区間が未成ということなのだろう。だから、奥原山を越えたところ、ゴルフ場入り口の案内のある分岐を、右の細い道へ。すぐに原山峠。兵庫・京都の府県境だが、案内板はない。そして京都側はダートである。
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 このコースは1年ぶり2回目。去年の2月には京都市内で運転免許の更新をした後に走った。あの時はダートがあるとわかっていたにもかかわらず距離は短いから大丈夫だろう、と700Cタイヤのクロスバイクを選択してしまった。しかも、原山峠についた時にはすっかり日が暮れて、いくら明るいLEDライトを装備していたとはいえ、なかなかスリリングな下りだった。今日は、奈良線、山陰線の乗り継ぎが悪くて思わぬ時間ロスがあったが、どうにか明るいうちに原山峠にたどり着いた。また、この時期ひと月の違いでかなり日が長くなっているのも心強い。そして自転車もMTBだ。ただし、ダート区間は短いということで、スリックタイヤではあるが。
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 さて、ダートの下りへかかる。バラスが浮いてやはり手ごわい。ブロックタイヤならかなり安心できるはずだが、スリックタイヤのグリップ力ではスピードを抑えるしかない。それでも、明るくて視界もよく昨年と同じコースとは思えないほど早く降りた感じだ。急こう配区間を終えると、ダートはまだ続くものの道幅の広いゆるい下りと変わる。ここは快走だ。昨年も随分急こう配が終わってずいぶん気が楽になった覚えがあるが、暗闇のため若干スピードを抑え気味だった。今日は、まったくのノーブレーキだ。
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 竹井集落からは舗装路となる。日が暮れて家の明かりが暖かい。こちらもヘッドライトを点灯だ。あとは緩い下りをクルマまで戻る。

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2020/03/27

快晴ザラメの扇ノ山から加賀白山を望む

 なんともう上山高原まで海上林道が開通したらしい。まだ3月なのに。早いなあ。このことを知った2日後には、年度末が期限の年次有給休暇を取得している。天気予報は快晴。しかも、豊岡や鳥取の予想気温は、最低が0度くらいで最高が14〜15度とちょうどいいザラメ雪が期待できる条件。絶好ではないか。では、行きましょう。
 ところが前夜にちょっとした案件が飛び込んできた。まあ電話のやり取りで済むことだったので、扇ノ山をあきらめる必要はないが、出発前とアプローチの途中、タイムロスが生じた。それでも、香美町香住から新温泉町浜坂まで山陰近畿自動車道の延伸により、所要時間は短縮されている。距離も10パーセント近く短く、家から上山高原まで101kmだった。
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 というわけで正午過ぎに上山高原に到着。平日とあって先客のクルマは1台のみ。出発準備をしている最中に、先客が下山してきた。単独の男性だ。しかし、妙な方向から現れた。無雪期の小ヅッコ登山口まで車道の未除雪区間をたどるのが一般的なのだが。ちなみに、上山高原に至るまでも雪が少なかった。日当たりの悪い箇所の雪が解け残るのだが、その箇所の雪も少なかった。除雪でできる雪の切通しがない。もしかすると除雪ではなく、自然融雪で上山高原まで開通したのだろうか。高原まで上がれば日当たりがよく雪は見られず枯れすすきの草原となっているのは、いつもの春の風景。ただし、時期は例年より早いわけだが。
 スキー板を装着し、雪に覆われた車道を歩き始める。ステップソールの板なので、シールは不要。先客と入れ違いの入山だが、扇ノ山は貸し切りだろうか。それとも、ほかの登山口からの登山者に出会うのだろうか。天気は快晴。クルマの中はぽかぽか温室だったが、風はやや冷たく体を動かすのにちょうどいい気温。雪も緩みすぎずにいいザラメ。
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 例によって、ショウブ池が見下ろせるところは大きく雪が切れている。300mほど板を担いで歩き、再び雪上を行く。例年法面からずり落ちてきた雪で片斜面になっている区間も、路盤にほぼ均等に雪が積もった状態。雪が少ないことの表れだ。それでも雪は途切れずに続いている。登山口の少し手前でまた雪が切れていた。雪切れはほんのわずかだが、板を外して越える。
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 1時間ほどの車道歩行で、小ヅッコ登山口へ。登山口からすぐの小ヅッコ小屋を超えると、右手が杉林、左手がブナ林となる中を行く。チシマザサは完全に雪に埋もれているが、細い木が顔を出した雪の少ない状況。雪が多ければ細かい木は完全に埋もれ、上に積もった雪の重みで雪が締まって沈んでいくことに合わせて下に押し付けられ、残雪期は圧雪の中に閉ざさる。かなり雪解けが進むまで雪上には出てこない。要するに、今日はこの藪の中を行かなければならない。前日までについたと思われるスノーシューのトレースがうらやましい。スキーのトレースもあるが下りのみ。やはり右往左往のコース取り。
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 河合谷登山口からの登山道が合流してしばらく上ったところで、進行方向右手の河合谷の大根畑に脱出。藪とはうって変わって広大な節減が広がる。日当たりがよくて雪解けが進み、段々畑のエッジでは枯れすすきが出ているが、藪を行くよりはずいぶんコース取りが楽になる。できるだけこちらを行こう。下山もこちらのほうがよさそうだ。
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 大根畑が終わったところでブナ林へ戻る。さすがに雪の量が増えているようで、細かい木が見られなくなっている。しかし、大ヅッコが近づくとまた藪が濃いめの斜面となった。一番雪が遅くまで残る大ヅッコ北斜面。5月下旬に滑ったこともある。雪が少なかった去年も春の気温が低かったので、5月に滑っている。残念ながら今年は藪が濃い。
 大ヅッコを越えて、下りとなる。ブナ林ではあるが日当たりのよい南斜面。幸いまだ十分に雪はある。それも、滑りやすいザラメ。だが、藪のせいでやや苦戦する。強引なコース取りで尻もち。結果的に本日唯一の転倒となった。
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 鞍部を超えて扇ノ山の頂への最後の登り。やや狭い稜線となり、相変わらず藪が面倒くさい。左手の斜面の雪は十分で、滑降はその斜面のトラバースが可能なようだ。右手には鳥取平野や湖山池が見える。大山は…。見つけるのを忘れていた。
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 小ヅッコ登山口から2時間足らずで誰もいない山頂到着。氷ノ山がドーンと見える。東側に目を転じれば、丹後半島の目印、依遅ヶ尾山が目に留まる。その右手のはるか向こうに白いものが浮かぶ。ええっ。もしかして加賀白山? それとも雲? 快晴ではあるが、特別空気が澄んでいる、という印象ではなかった。大山を探すのを忘れていた。というより、空気が澄んでいれば目に飛び込んでくるはず。何せ白空間で見えるはず。その割に依遅ヶ尾山はなぜか今日いつもに増して存在感を感じる。雪はなく周囲の色に同化した色なのに。今日は天気下り坂、大山のある西側から天気が崩れてきていることの表れだろうか。東の白いものが、白山かどうかは帰宅してから写真で検証しよう。
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 さあ、もう日が西に傾き始めている。小休止したら東斜面へ滑り降りよう。快適なザラメかと思ったが、日陰では雪が固まり始め、日向派はまだ緩んだザラメのまま。雪質の変化が大きくやや難しい滑りだ。もう上り返しはせず、少し下ったら大ヅッコとの鞍部に向けて北向きにトラバースしていく。
 大ヅッコへ上り返し、東斜面から北斜面を滑ったら、予定通り大根畑へ脱出。段々畑を滑り降りていく。藪に戻りたくないので、河合谷登山口と小ヅッコ登山口のそれぞれの登山道の合流点を少し過ぎてしまった。このまま大根畑を降りていこう。やや遠回りになるのと、小ヅッコ登山口までの車道に上り返しがあるが、ステップソールの板なのでまあいいだろう。
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 段々畑が終わると、ブナの疎林を超え、最後は農道へ。そして、車道、河合谷林道へ。河合谷登山口を過ぎ、水とのふれあい広場までは緩い下り。ふれあい広場は分岐となっていて、左は河合谷牧場へと下る道。上山高原への道よりも日当たりがよく、雪解けが早い。ただし、溶け残った雪に阻まれてクルマは入れないので、アプローチに自転車を使うスタイルで去年は訪れている。
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 そして分岐の右側の道は、今いる鳥取県から県境を越えて兵庫県へ。小ヅッコ登山口を経て上山高原に戻るにはこちら。ゆるいのぼりだ。いったん雪が途切れ、そして雪上をステップソールを利かせて歩く。県境の切通しを超えると上山高原の三角点のある単成火山のピーク、「上山三角点」が見える。雪はなく茶色だ。道はまだ緩く登っている。小ヅッコ登山口までももう一か所雪の切れ目があった。
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 小ヅッコ登山口あたりで道は下りとなる。登りでは板を外した雪の切れ目も、強引に板をつけたまま越える。そこから快適な下りがショウブ池まで続く。適度な斜度があっていたが走る。強いて難点を挙げれば、ガタガタのツボ足トレースが固まって滑りにくいところもあるが、大したことはない。スピードが出すぎたら法面に乗り上げて調整できる。ショウブ池を越えたら最後の滑りは斜度が緩く歩きながら滑る。小ヅッコ登山口から25分でクルマに戻った。登りの半分もかからなかった。これだからスキーはやめられない。今日は、河合谷牧場から自転車を利用してのアプローチでなく、上山高原を選択して正解だった。
 さて、家に帰ったら山頂から依遅ヶ尾山の東に見えた白いものの写真判定。どうやら白山で間違いない。快晴の日に登った氷ノ山から何度か期待して探しても見えなかった白山が、こんなにあっさりみられるとはね。それももっとも遠望の可能性の高い朝でなく、昼下がりの時間に。
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 ところでこれまで丹後半島から150km離れた白山は見たことがあるが、ほんの数回だ。扇ノ山から白山だと、その距離は225kmとちょうど1.5倍だ。遠望の条件は、その間のすべてで晴れていてしかも空気が澄んでいることだ。いくら自分がいる場所の空気が素晴らしく澄んでいてもそれだけではだめ。この日の場合は、自分のいる場所は空気の澄み具合がすごくいいわけではなかったが、東側がよく澄んでいたということだと思われる。前述のとおり、西から天気は下り坂。80km西に位置する伯耆大山も見えなかった(気付かなかった)。見えていれば、白くて鋭く圧倒的な存在感を持つ山なのに。北西20kmの鳥取平野も春霞が濃くなる4月と同様にぼんやりとしていたし。
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 最後に、この文章の中では藪のことをかなり書いたものの、快適なザラメ、程よい気温、そして車道区間の雪の切れ目も少ない。さらに、念願の白山遠望も叶い、満足度の高いスキー登山だった。

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2020/03/03

冬を名残惜しむ動画

 とうとう、丹後や但馬に冬は来なかった。いやほんの少しだけ、山には冬が来た。そんなかすかな冬を名残惜しむ動画。

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2020/02/27

静寂の天橋立

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 長めの昼休みをとることができた日、宮津市内の職場を自転車で抜け出し天橋立へ。砂嘴で仕切られた内海、阿蘇海を一周する。
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 冬でも観光客が訪れる天橋立が閑散としている。文殊堂の前も、天橋立駅前も。

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氷ノ山のロングスノーハイク(戸倉峠-三ノ丸-坂ノ谷)

 2月最後の土日は、天皇誕生日と重なり三連休。連休初日は雨。二日目は雪。そして、最終日は快晴。ほぼ毎年、一緒に氷ノ山を滑っているすうさんもOKとのこと。天気、休日、同行者のスケジュールがうまく一致したのはいいのだが、足りないのは雪の量。いつも上りに利用しているわかさ氷ノ山スキー場のリフトは、先週の寒波によりどうにか全線復活。しかし、連休初日の雨のせいか、北西の季節風の影響か、翌目には頂上のリフトが停止。さあ、どうしようか。
 連休最終日の朝7時。養父市大屋町ですうさんと待ち合わせ。そして作戦会議。動くかどうかわからにリフトを当てにせず、真っ向から自分の足だけで挑む。戸倉峠から兵庫・鳥取の県境尾根を上り、坂ノ谷コースを滑ることに決定。
 大屋町から若杉峠を越える。若杉高原大屋スキー場のゲレンデは真っ白。でも営業はしていない。今シーズンは何日営業できたのだろうか。峠付近の道路脇には、昨日のものと思われる新しい純白の雪がちらほら見られる。
 波賀町の道谷集落は、この時期通るといつも雪に埋もれているのだが、今年はやはり雪が少ない。1週間ほどしか営業できなかったばんしゅう戸倉スノーパークの脇を抜け、ヤマメ茶屋のある坂ノ谷林道分岐へ。ここが下山口。自転車を置いておく。そして登山口である戸倉峠までは1.5km、標高差70m。
 県境のトンネル手前のパーキングスペースには先客のクルマが4台ほど。登山か渓流釣りかと思いながら出発準備を整えていると、そのうちの2台から2人組と単独の2組が共に登山装備で出発していった。いずれもスノーシューだ。
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 8:15、我々も出発。空は真っ青。快晴だ。国道29号線を渡り、新戸倉トンネルへ向けて少し進むと雪に覆われた旧道との分岐。板を装着し、雪の上を歩きだす。すうさんはシール、私はステップソールだ。雪面には、複数のスノーシューが歩いた立派なトレースができている。いわゆる高速道路が敷かれているわけだが、そのトレースをたどっても、外しても歩きやすさに差がない。要するに、雪が薄い、そしてふわふわで柔らかいのだ。場所によっては、昨日積もった分だけのごくごく薄いところもある。さらにスキーのトレースもある。滑降のようだ。雪は昨日積もったもので、トレースは真新しい。今朝のものと思われる。もう降りてきたの?
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 旧道の鉄格子でふさがれた戸倉トンネルのの脇を通過し、さらにもう一段階古い峠道へ。ちなみに新戸倉トンネルで峠を越える現在の国道は平成になってからできたもの。戸倉トンネルの旧道は昭和時代にできた道。そして、いまたどり始めた尾は明治の道。急カーブの連続で標高を上げ、切通しの戸倉峠へ。
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 戸倉峠に立つと西側、つまり鳥取県側の展望が開ける。家ノ谷川が流れる大きな谷だ。その戸倉峠から県境尾根の鳥取側の斜面につけられた林道を北上する。正式名称は知らないが、家ノ谷林道と呼ぶことにする。林道は平らなのでスキーで歩くのに十分な雪があるが、進行方向右上の植林の中の雪はかなり薄い。この先で尾根に乗り上げるのだが、雪がないとスキーで歩けない。
 尾根の鞍部が取り付きのポイント。ただし、ひとつ目の鞍部は見送った方がいい。鞍部からいきなり急登となり、そのあと下りで、苦労して稼いだ標高差が水の泡となる。その小ピークを越えた先の鞍部から尾根に取り付けば、あとは緩やかな稜線歩きとなる。
 にぎやかだったトレースは、いつしかスキーの下りとレースのみとなり、それに誘われるように2つ目の鞍部に取り付く。気づけば植林の中のダブルトラックを歩いている。林業の作業道だろうか。車道にしてはきつい勾配で、ステップソールでぎりぎり登れるという感じ。多くはないものの、スキーに十分な雪がある。そのダブルトラックのおかげで、楽に尾根に乗り上げることができた。2年前にもここを訪れているが、その時にはこのダブルトラックはなかったと思う。
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 稜線でスノーシューのトレースが合流。雪面がにぎやかになる。どうやら小ピークを乗り越えたようだ。その先にまたダブルトラックが見える。家ノ谷林道から何本か分岐しているようだ。
 緩やかで長い尾根歩きが始まった。植林の中にブナなどがなじるようになり、それが左は植林、右はブナ林となり、そして完全にブナ林となっていく。緩やかどころか平坦な区間や、わずかであるが下りもあり、なかなか標高が上がらない。さらに言うと、このコースを復路にすると、スキーが走らない区間があり、それなりに歩きとなってしまう。東隣の坂ノ谷コースの方が滑降には向いている。その代わり、県境尾根からは落葉したブナ林越しに三ノ丸が見える区間がある(坂ノ谷コースからは見えない)。というわけで、県境尾根を上り,坂ノ谷コースを下る周回コースを組んだ。
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 太陽は高く上り、立春を過ぎた日差しがさんさんと降り注ぐ。葉を落としたブナ林では、その日差しまともに浴びた雪面は湿って重く変化している。春の雪だ。一応これを想定して、昨日スキー板にワックスをかけたのだが、やはりそれでも板に雪がくっつく。雪面に強く押し当てながらのすり足で、くっついた雪は外れるが、ワックスをかけていなかったらかなり難儀したに違いない。すうさんもシールに雪が付くのを気にしている。
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 かつて(昭和の初め頃まで)三ノ丸と呼ばれていた標高1182m付近で、小休止。行動食を食べる。ちなみに本日の目標である現在の三ノ丸である1464mピークは、当時二ノ丸と呼ばれていた。藪が雪に覆われた季節にスキーツアーコースとして使われていた県境尾根だが、坂ノ谷林道の延伸により現在の坂ノ谷コースが一般的となり、県境尾根をたどる人はいなくなった。三ノ丸という名前が別のピークに奪われたのもそのせいかも知れない。近年、再び県境尾根が歩かれるようになったのはインターネットとGPSレシーバーの普及によるものではないかと思う。GPSレシーバーにより登山道も道しるべもなくても迷わずに歩け、そうして開拓されたコースがインターネットによって広められる。私が初めて県境尾根を滑った2005年には誰とも出会わなかったのに、2年前も今日も普通に人が歩くルートとなっている。
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 ブナ林から垣間見える三ノ丸が徐々に近づき、下山してくるスノーシュー登山者とすれ違うようになる。我々より一足先に出発した単独のスノーシューハイカーともすれ違った。
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 そしてブナ林が終わり雪原が広がる。いよいよ三ノ丸だ。やはり雪は少なめで、少し笹が顔を出している。でもまばらなのでスキーで滑るには問題なさそうだ。季節風の当たる両線の西側の灌木には小さな樹氷が付いている。
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 三ノ丸は山頂より若干低いものの、展望の良い顕著なピークである。そして、わかさ氷ノ山スキー場、県境尾根、坂ノ谷コース及び殿下コースの各登山道が集結する交通の要衝でもある。よって、こんなに天気のいい日には入れ代わり立ち代わり人の姿がある。ピーク周辺には、東屋、避難小屋、展望櫓と建造物が3つもある。避難小屋の前にはスキー板。我々と同じくテレマークスキーだ。
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 空の青が濃い。北方に見える山頂は例年の白さがない。笹が出ている。近隣の扇ノ山や東山、そして但馬妙見山から蘇武岳の連山などはくっきり見えるものの、わがふるさと丹後の山や伯耆大山はわからなかった。そうそう、近隣の山の一つ「くらます」のオープンバーンは、いつもは真っ白なのだが、今日はやや黒い。笹が出ているようだ。
 山頂方面からやってきたスノーシューの2人組は我々より先に駐車場を出発した年配の夫婦らしき男女連れだ。ということは山頂まで往復したの(聞かなかったけど)。だとしたらかなりの健脚だ。間近に見え、標高差もあまりない氷ノ山の山頂だが、両線にはアップダウンがあるため片道1時間程かかる。彼らの出発は我々より10分くらい早かっただけなのに、いつの間にか2時間の差が付いたということか。「スキーは下りは楽で速くていいねぇ。我々はのんびり行くよ」なんて言われた。なんという余裕。
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 すうさんがシールを外し、いよいよお待ちかねの滑降だ。坂ノ谷コースへ向けて緩斜面を滑りだす。笹のトラップに引っかからないように気を付けて。春の雪であまり板が走らないからちょうどいい。ゆっくりでも、歩くのではなく、万有引力によって、自分でコントロールしながら進んでいく。これが楽しい。
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 雪原からブナ林へ。疎林の緩斜面なので、快適なツリーラン。「どこかで小休止を」というすうさんに、「これから雪がどんどん悪くなるから林道に降りる手前まで滑っちゃいましょう」と返したのだが。結局すうさんとはぐれてしまった。
 時折何かに引っかかるような雪面。スピードが乱高下する。典型的な春の雪。特にステップソール板の私はすうさんから遅れがち。いつしかすうさんの後ろ姿が見えなくなっていた。そして、このコースは途中で二股に分かれる。一つは、登山道に沿ったルート。もう一つは、冬限定のスキーツアーコース。事前にスキーツアーコースをたどろうと申し合わせていたのに、気づけば登山道沿いコースにいる。にぎやかなトレースに導かれたようだ。すうさんはどっちに行ったのだろう。落葉した疎林はかなり先まで見渡せるが、すうさんの姿はない。やっぱり、ツアーコースに行ったのだろうか。登り返すことにする。そしてツアーコースへ。こちらはブナの木につけられた番号札をたどる。トレースは少ないがスキーのものもある。がスキーのトレースが途中で引き返しているではないか。すうさんはこちらには来ていないのか。だが、もう登り返す気はない。山中で落ち合うのは困難だ。もう下山しよう。下山口はお互いにわかっている。
 トレースがにぎやかな登山道沿いと違い、ツアーコースには1人分か2人分のスノーシューがあるのみ。ブナ林から植林へと変わりやや雪質は改善するが、それでも雪は重く板の走りは悪い。はやくすうさんに再会したい。
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 小さく浅い谷を滑り林道に降り立つ。雪質も斜度もこの日一番快適な斜面だった。
 林道に降りてびっくり。数本の轍で雪面が切り裂かれている。四輪駆動車の集団走行のようだ。こんな山深くまでクルマが入り込んでいるとは。
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 すねくらいまである深い轍をたどるように滑る。クルマのタイヤで踏まれた圧雪でなければ板が走らない。ただし、底面がデコボコしているのと、左右のスキー板ぎりぎりの幅しかないので、スキーのコントロールができない。スピードが出すぎたら、強引に側壁を崩すようにして轍を脱出する。
 この轍の主である複数台のクルマは今どこにいるのだろう。この林道は、氷ノ山国際スキー場へと通り抜けができるのだが、最高地点の大段ヶ平はここよりも100mほど標高が高い。ここよりもっと雪が深い可能性がある。つまり超えられない可能性が高い。往復した後ならいいが、突然背後から車がやってきたら怖いではないか。
 そんなことを思いながら、林道の三叉路まで下る。私がたどった冬限定のルートと登山道沿いのルートが合流する地点。ここですうさんが待っていてくれるかも知れないと期待したがいない。無雪期の坂ノ谷登山口まで行ってみようか。いや、下山しよう。「下山てんでんこ」だ。
 大きな地震が起こり津波の危険がせまったら、身内を助けに向かうのではなく、とにかく自分が助かることを考えて逃げる。これが、三陸の「津波てんでんこ」。身内を見捨てるのではなく、信頼しての行動だ。
 我々ははぐれたわけだが、道に迷ったわけではない。それぞれ(てんでんに)下山すればいいのだ。
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 ここから一気に林道の雪が少なくなる。薄くなるどころか、路面が露出している。何とか雪をつないでいこうと試みるが、板を外さねばならない場面が何度も訪れる。私のすぐ前を下山するスキーヤー。短めの板の着脱の際に見えた滑走面にはシールが付いている。全面でなく、私の板で言うとステップソールのある範囲。「スキーシュー」というやつだ。そのシールは外せないもの。2年前の県境尾根の下山中にあったスキーヤーが履いていた。もしかして感動の再開、かと思ったら違った。さらにその前を行くスノーシューを背負った2人組。後で分かったことだが、彼らは3人組だった。当然、スキーが遅れがち。本当はもうあきらめて板をザックに固定して背負った方が早いとわかっていても、滑れるところはできるだけ滑りたい。
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 腹が減った。行動食の残りを出して食べる。そして、路面が露出した轍を外し、路肩の雪の上を歩いていたとき、岡山ナンバーのSUZUKIジムニーが追い越していった。さらに、2台のジムニーと、1台のジープ(Jeep)が続いた。すべて岡山ナンバーだった。
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 カーブを繰り返して林道は標高を下げ、坂ノ谷川を渡る橋まで下りてきた。谷底に降りると林道は雪に覆われていた。結局ここまでは、板を担いで歩くことと、板を装着し滑走面と石の角がこすれるのを気にしながら歩くことの繰り返しった。日当たりの悪い谷底まで下りるとまた雪が復活するに違いない、そう信じて板をザックに括り付けることはしなかった。
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 四駆の轍の圧雪を滑る。やっぱりスキーはこうでないと。
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 茅葺きの建物が見えてきた。ヤマメ茶屋だ。しかし、窓ガラス話われ、暗い屋内は雑然としているように見える。ああもう営業していないんだな。かつては、こちらから入山するときには、ノートに名前などを記入し、登山届提出のようなこともしていたのだが。また、国道の分岐から数百メートル奥にあるため、かつては自前の重機で除雪していた。除雪の限界点は雪が山積みにされ、四輪駆動車が林道に入ることはなかった。
 ヤマメ茶屋を過ぎると、カーブの向こうから人影が現れた。すうさんだ。やはり先に下山していた。だいぶ待たせたようだ。聞けば、登山道沿いのコースを下ったとのこと。トレースをたどって滑っていたら、ついつい冬限定のコースとの分岐を過ぎてしまったそうだ。林道三叉路でかなり待ってくれていたようで、私が登り返さなければそこで出会えた可能性が高い。下山口まで下って待っていたら、私の前に下山したスキーシューを含めた3人組から私も下山中であることを聞いて安心したそうだ。スキーシューの人は、テレマークスキーに興味があるようだったのこと。
 さて、デポした自転車でクルマを回収に行こう。朝はあまり踏み抜かなかった雪はすっかり緩み、ずぼずぼと深く脚が沈む。3重のロックを解除。その間に国道を自動二輪が走っていく。下界の最高気温は15度を超え、春の訪れを感じさせる。「冬来たりなば春遠からじ」というが、ことしは冬を飛ばして春が来るらしい。
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 1.5km、標高差70mを登り新戸倉トンネル手前の駐車場へ。路肩にはほんの少し氷が解け残っている個所もあった。車線内は大丈夫だろうけど、今の時期に自動二輪でこの峠を越える勇気は、私にはない。
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 ドライブの途中の雪見のカップルのクルマはいるが、朝から入山中の駐車車両は私の一台だけ。クルマに自転車を積み、ヤマメ茶屋入り口に戻る。すうさんとスキー板をピックアップし帰路に就く。
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 長いコースだった。坂ノ谷コース、県境尾根コース、いずれもピストンしたことはあるが、両者をつないだ周回は初めて。雪の状態が良ければ、三ノ丸から1時間ほどで下れる坂ノ谷コースだが、今日は時間がかかった。県境尾根を下った方がよかったか。いや、戸倉峠の旧道も雪が薄かった。朝のうちは雪に覆われていても、午後には路面が出ていたかもしれない。少なくとも、根雪がなく、前日の雪の層のみのところは午後には地面が露出したはずだ。さらに言うと、坂ノ谷林道も、朝ならまだ雪に覆われていて板をつけて歩けたはず。ほらほら、朝は真っ白った若杉高原大屋スキー場のゲレンデも、帰り道には8割方茶色い地面が露出しているよ。ほんの数時間で、まるで別世界だ。

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2020/02/22

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(5終)

■旅を終えて
 29年ぶり2回目の冬の北海道の旅は、前回の冬の旅と比べると道内で過ごした日数が10分の1という小さな旅だった。しかし、満足度は日数に比例するわけではなく、まあ要するに今回も楽しかった。さらに、自転車に乗れなくても、日程が短くても、もっと冬に訪れておけばよかった、と思う。
 例によって今回も北海道までの往復には新日本海フェリーを利用した。4日間の休暇を利用した北海道の旅は過去に2度。いずれも新日本海フェリー利用。片道1昼夜なので、道内2日間。自転車でそれぞれ230〜240km走った。
 帰りのフェリーの乗船前に、「とまや」で話をした旅人も今回4日間の休暇を利用しての旅。飛行機利用で、道内の滞在時間は当然私の旅より長い。その旅人は関東の交通の便の良い都市部在住。私の住む丹後は飛行場は遠く、港が近いというのがフェリーを利用する大きな理由だが、今回の旅では飛行機という選択肢もあったのではないかと後になって思う。
 道東や道北への直行便は、関西国際空港に限定されるが、新千歳空港への便ならば神戸空港や伊丹空港からも便がある。神戸や伊丹なら関空より近い。できれば一番近い伊丹空港を希望するのだが、現実には神戸空港のほうが選択肢が多い。いずれの飛行場であれ、駐車料金の安い(最安で100円/24時間)JR篠山口駅でクルマから列車に乗り換える。自転車という大荷物がなければ、その後の列車の乗り換えも、飛行機への搭乗も楽である。そもそも、乗り物ごと乗り込むフェリーと違い、飛行場には基本的に鉄道やバスが直結している。
 新日本海フェリーは、私の復路乗船日の翌日の便には遅延が発生し、さらに翌日は欠航した。当然天気予報を確認してから旅程を最終的に決断してはいたものの、予報は多少のずれもありえ、危ないところだった。
 飛行機はフェリーと違い1日に何便も運行されている。しかも複数の航空会社。乗る予定の便が欠航になった場合のリカバリーのことを考えると、飛行機が有利である。今後はそういうことも視野に入れて考えよう。
 具体的に比較すると、往路の場合、フェリーならば前夜に出て当日の夜9時ごろ小樽到着なのに対し、飛行機なら当日の朝7時頃に家を出て昼頃の飛行機に搭乗すると昼過ぎに新千歳空港に到着。4〜5時間くらい早く北海道に到着できる。復路では、最終日前夜に小樽を出発し、最終日の夜に舞鶴到着。帰宅は深夜となる。飛行機では、最終日深夜に家に到着することを基準に考えると、最終日午前中は札幌や小樽周辺で過ごせる。
 最後にスマートフォンについて。先月から使い始めたスマートフォン。これを携えての初めての旅だった。まあ、便利だった。いつでもインターネットに接続できることが、特に。気になる通信料金も、問題なかった。段階的な料金設定で、1ヶ月あたりのデータ量が1GBを超えるとその月の利用料金が上がってしまうのだが、旅を終えた時点で0.51GB。2月の残り半分で1GBに達することはないだろう。試しにといくつかのアプリケーションソフトをWiFiを利用せずにダウンロードしてみた先月に続いて、今月も最低の料金で行ける公算だ。
■ほっつき歩きデータ
 3.4km:東舞鶴駅から舞鶴港往復(12日、16日)
 2.4km:とまやから小樽駅(14日)
 2.4km:札幌駅から大通公園往復(14日)
 2.4km:深川駅からバス停探し(14日)
 3.8km:留萌駅から日本海を見に行く(14日)
 0.9km:深川駅からバス停往復(14日、15日)
 3.6km:音江バス停からイルムの丘YH・国見峠(14日、15日)
 4.4km:滝川駅から新十津川駅(15日)
 8.5km:小樽駅から雪あかりの路など散策しとまや経由小樽港まで(15日)
 合計31.8km
 歩行速度は、雪のなかった舞鶴市内は約6km/h。北海道の圧雪あるいは凍結の路面では4.5〜5km/h。つまり、雪なしだと1km歩くのに約10分。雪道だと1kmあたり3分ほど余計にかかる。
 費用は約48,000円。大まかな内訳は、交通費31,000円(フェリー20,000円、鉄道・バス11,000円)、宿泊2泊7,000円、食費8,000円、土産・差し入れ2,000円。

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29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(4雪あかり) 

■小樽「雪明りの路」と「とまや」
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 小樽築港駅で途中下車。ここは大型商業施設に直結した駅。とにかく昼食だ。商業施設のフードコートへ。まだ昼食時なので込み合っているがどうにか座れそうだ。すると、私を呼ぶ声。こんなところで私を知っている人なんて限られている。やはり、とまやの宿主さりさんだった。二人のお子さんを連れて昼ご飯の最中。また夜に顔を出すことを告げて別れる。窓際の席を確保し、日が差して少し明るい色になった日本海を見ながら、まぜそばを食べる。そしてそのまま2時間半も居座ってしまった。昼時を過ぎたら席も空いてきたし、隣の女性二人組なんか私が来る前からおしゃべりを続けている。この先も終わる気配がない。まあそういうわけで、今回の旅行記の原稿がかなりかけた。続きは明日、フェリーの中で。
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 16時、小樽築港駅から小樽駅へ。駅から南へ。すごく人が多い。現在「雪あかりの路」というイベント開催中で、その会場の一つ手宮線跡へ。ちょうど点火作業中。雪や氷で作ったたくさんの器にろうそくの火がともされていく。昨日まで気温が高く、雪や氷の器が溶けてしまうので、毎日新しい器を補充しないといけないようだ。
 ただし、まだ明るい。GPSレシーバで確認すると、現在地の日没自国は17:04。丹後より30分早いものの、まだ日没まで30分もあるぞ。そして暗くなるまでというと1時間以上かかる。
 ちょっと早いけど夕食でも食べておくか。10年位前に何度か訪れた駅の近くのラーメン屋へ。やはり準備中。夜の営業にはまだ少し早いもんなぁ。ならばと小樽運河へ。ここも雪あかりの路の会場の一つ。同じく添加作業中。ものすごく人が多く、点火スタッフと見物客が入り乱れている。
 土産物屋などが並ぶ堺町本通りへ。ここも歩道に観光客があふれている。雪が凍てているため滑ってこける人もいる。
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 そしてお目当ての店「ポセイ丼」へ。イクラ丼や海鮮丼などをリーズナブルに食べられる。やはり10年ぶりくらいか。店の前のお品書き展示を見ると1000円を超えるメニューが多い。やはり時代の流れか。一方で500円のものもいくつかみられる。しかし店内に入ると、「500円の品物は本日売り切れですがよろしいですか」ときた。了承して着席。まだ今の時間店内は空いている。900円(税別)のマグロ丼を食す。
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 ポセイ丼を出ると外はようやく薄暗くなっていた。運河沿いの雪あかりの路は大混雑。暗くなってムードが出てきたが、人が多くて落ち着かず。手宮線跡の方はというと、混雑はかなりましだが要所要所の撮影ポイントには人が群がり一人ずつ順番に写真を撮っているので、それを乗り越えて進んでいくのに一苦労。早々に後にする。
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 さあ、とまやに顔を出そう。混雑する道を避け小さな通りを選んだら、途中から歩道が除雪されていない。クルマも少ないがそれでもたまに通る。道路の両側が雪に覆われ狭くなった区間。歩行者と対向車が来てブレーキをかけたクルマからタイヤのスリップする音が聞こえる。雪が凍てているのだ。できるだけ車道に出ないように歩く。
 一昨日の夜にも利用した坂の下のスーパーマーケットでフェリー内で食べる食料を買ってから、励ましの坂を上る。自転車で登ると苦労する最大24パーセントの勾配を持つ坂だが、猛烈に急な区間は案外短い。ロードヒーティングのためアスファルトが露出している。そうでなければ、クルマはもちろん歩くのも危険だ。ロードヒーティングが設けられる前は、自動車は通行止め。しかし歩いていて転倒して骨折などのけがをする人がいたそうだ。
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 とまやで、昨日の朝の出発以降の旅の報告をする。手土産は、深川名物「ウロコダンゴ」。一昨日の夜、そういう名物があることを聞いていたのだが、ユースホステルのある地区へ向かうバス停のまん前に製造元の店があったので買ってきたのだ。団子というが、名古屋の「ういろう」のような感じ。かつて日本海で水揚げされたニシンを留萌本線の列車で運んで来たら、列車が鱗だらけになったということにちなんで、うろこを模した三角の形の団子だ。また、留萌本線往復することも、このとまやでのおしゃべりの中で持ち上がった計画。ちゃんとウロコダンゴとつながっているではないか。
 二人の宿主さんに今宵宿泊の旅人さんを交えて話は尽きないが、やはり帰らないわけにはいかないので後ろ髪をひかれながら、21時ちょうどとまやを発つ。外はまた雪が降ってきた。とまやの庭にも小樽の夜景を見下ろす雪あかり。
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 励ましの坂を下り、21:17手宮のバスターミナルからバスに乗る。小樽駅前を経由し、南小樽駅近くの「潮見台」で下車。交通系ICカードで支払いができるようなので、スマートフォンのモバイルSuicaをつかってみる。が、なかなかうまくいかない。何度か試みてどうにか清算できた。長めにセンサーにかざせばよかったようだ。やはり、小銭を用意しなくていいというのは楽だね。
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 雪が降りしきる中フェリーターミナルへ。途中セイコーマートによって、ターミナルには、22時過ぎに到着。バスを降りてから1.7km歩いた。バスに乗らなければ手宮から3.3km。バスを使った方がいいのかどうかはよくわからない。旅の疲れがあるならバス、元気な状態なら歩いた方がいいということか。
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 乗船開始の22:45。乗船待ちの車列は13台。一昨日の3倍近くだ。定刻通り23:30出航。つまり翌日の月曜からの仕事に合わせ日曜の夜にに舞鶴着、という日程なので悪露よりも少し乗客が多い。とはいえ夏と比べれば劇的に空いた船内。往路でもそうだったが、この時期なのに咳をする人が全くいない。新型コロナウィルスによる肺炎が世界的な話題となり、乗客の中に感染者が確認されたクルーズ船の乗客が船の中で何週間も足止めされたことが影響しているのか。とにかく、船の中で咳き込もうものなら、一斉に批判の目を集めそうな状況だ。
 また、16日以降、日本海の低気圧か急速に発達する予報が出ている。揺れも心配だが、一番心配なのは舞鶴港到着が遅れること。最終列車に乗り遅れる恐れがある。しかし、低気圧が接近する南風のうちに若狭湾近くまで南下してきたおかげでで大揺れも遅延もなかった。低気圧が進み、西高東低の気圧配置になれば大時化となるはずだ。
 定刻21:15、舞鶴港に到着。下船前の船内放送では、「現在の舞鶴港の天候は曇り、気温11度」などと言っていた。昨日の小樽の昼間の最高気温よりも10度も高いではないか。港から駅までの歩行に備え、中間着を脱ぐ。
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 乗客が少ないので、スムーズに下船。雨が降っている。船内放送では曇りと言っていたが、実際には降ったりやんだりなのだろう。傘をさして歩き始める。が、吹きさらしの港は傘が壊れそうなほど風が強い。市街地に入ると風は落ち着く。さらにアーケードの下に入り傘はお役御免。4日前に見られた残雪はすでにない。2kmを20分で歩き、21:35東舞鶴駅到着。22:00の最終便まで少し待たないといけないな、と思ったらそのひとつ前の22:42の便に乗れるではないか。GPSの計測による歩行速度の平均値は、雪道だと4.5〜5.0km/h、雪がないと6.0km/hだった。その列車は綾部行で、綾部と園部で乗り換えれば、0:01に京都駅に到着する。そうか、京都市まで到達できるんだ。でも、それは賭けだね。船が少し遅れてもだめだし、乗客が多くて下船に時間がかかる夏は無理。
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 西舞鶴駅で列車を降りると雨はほぼ止んでいる。よし、あとはもう時間の制約はない。自転車とクルマを乗り継いで帰る。が、すこし腹が減っている。ラーメンでなくご飯が食べたい気分なので、牛丼屋へ立ち寄る。そして、23:30帰宅。

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2020/02/20

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(3札沼線)

■札沼線再訪
 さて、行くぞ。4.5kmを歩いて新十津川駅を目指すのだ。幸い雪速水日が差している。留萌本線より、話が進んでいる札沼線は今年5月7日をもって廃止が決定している。昨年の夏には、いくつかの駅を訪ねたが、今度はこれに乗る。目標は十津川駅を10:00に発車する列車。これが始発便であると同時に最終便でもあるのだ。絶対に乗り遅れるわけにはいかない。滝川駅と新十津川駅の直線距離は2.3kmほどだが、間を流れる石狩川に架かる橋の関係で大きく迂回せねばならず道のりはその倍となる。石狩川を渡るのは石狩川橋と滝新橋と二つの橋のどちらでも距離は変わらない。北側の石狩川橋を渡ることにする。
 滝川駅前の入り組んだ道で迷走している時間はない。いつものGPSレシーバに加え、スマートフォンのGPS機能も重ねて使う。スマートフォンの方が地図がわかりやすい。
 道には迷わなかったが、問題は路面状況だった。今朝は昨日より冷え込みがきつく、路面の圧雪が凍てて滑りやすい。当然歩行速度が落ちる。普通なら1時間で4.5kmは楽勝のはずだが、GPSレシーバーに表示される移動距離の数値がなかなか伸びない。まあ、一応何とか間に合うペースではあるのだが。
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 石狩川を渡る石狩川橋からは周囲の眺めがよく見える。時間を気にしながらも写真を撮る。ちょうど晴れていい感じだ。
 新十津川の中心街に入った。コンビニエンスストアがあった。いったん通り過ぎたが、スマートフォンで確認すると駅はもうすぐそこ。引き返してホットコーヒーを買う。そして駅へと急ぐ。
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 あ、駅だ。列車はまだ止まっている。周囲には写真撮影をする人が数名。私も駅舎の外観の写真を撮って建物の中へ。駅の切符売り場に人がいる。なぜか若い女性。駅員らしからぬ雰囲気。「小樽までの乗車券」と告げると、「ここでは乗車券を売っていません」とのこと。記念品を売っているようだ。
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 改札には「札沼線ありがとう」という横断幕を持った人が列車を見送る構え。急いでトイレに行って、列車の写真を撮って乗り込む。すぐにドアが閉まって発車。どうやら少しだけ待ってくれていたみたい。ごめんなさい。
 1両編成のワンマン列車は、満席ではないがそれなりに人が乗っている。ボックスシートにはそれぞれ1〜2人ずつ座っている。ロングシートに腰掛ける。当然、地元の生活利用者はわずかで、多くはは札沼線に名残を惜しむ人のようだ。カメラをもって窓の外を撮りまくる人。ビデオカメラを構えて車内をうろつく人もいる。今の時期でこれなら廃止直前のゴールデンウィークなんか大変な混雑だろうね。
 7年前のゴールデンウィークの江差線を思い出す。廃止直前だということを知らず、こんな時間ならガラガラだろうと乗り込んだ朝7時前の列車が何とほぼ満員。狭いボックスシートは4人満席。その状態で五稜郭(函館)から江差までの2時間半を過ごした。
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 夏に訪れた、田んぼの中にホームがあるだけの簡素な駅舎に停車するたびに写真を撮る。 
 途中でボックスシートが空いたのでそちらへ移動。しばらくするとおばあさんが向かいに着席。「たくさん乗っているねぇ。いつも一人か二人なのに。やっぱり最後だから」という。それに今日は土曜日だしね。
 のどかな風景と簡素な駅を見ながら列車は進む。駅ごとに、あるいは踏切などにカメラを構えて待ち受ける人がいるのも、7年前の江差線と同じ。
 一日一往復のみの区間は新十津川・浦臼間で、浦臼から南は一日数本の便がある。さらに北海道医療大学駅は、その名の通り大学直結の駅で、この辺りまで来ると札幌の近郊路線という雰囲気になる。また、沿線には北海道教育大もあり、学園都市線という呼び方もされている。この近郊区間は存続となる。
 新十津川からのワンマン列車は石狩当別まで。途中の駅では運転席裏の料金箱に整理券とお金を入れるのだが、石狩当別では改札の駅員に支払う、と車内放送があった。向かいのおばあさんが、財布を取り出し何か探しているので、足元に落ちている整理券を指さすと、笑いながらそれを拾い上げる。そして、「駅員さんがいなくて切符が買えなかったんだけど、お金はどうやって払うんだろうね」というので、先ほどの放送の内容を伝える。しばらくすると、再び車内放送。「あ、ほんとだ。何にも聞いちゃいないんだから」と笑いながら飴玉をくれた。
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 石狩当別駅の窓口で、新十津川駅の整理券を小樽までの乗車券に換えて札幌行きに乗車。札幌で途中下車して昼ごはんのつもりだったが、札幌の一つ手前の桑園駅で小樽方面は乗り換えという車内放送。札沼線の起点は桑園なのだ。ということは新十津川から小樽への乗車券では、札幌での途中下車はできない。ならば小樽を目指そう。
 昨日よりずいぶん寒い。小樽行きの列車が待ち切れず、その一つ前の手稲行きに乗り込む。昼前まで晴れていた空はすっかり曇り、雪がちらちらと舞っている。手稲で降りると、4分後に小樽行きが来るようだ。桑園で表示されていた手稲行きの後の小樽行きはもっと後のはず。どこから来たんだ。まあどうでもいいけど。後日調べたら、手稲までが快速で桑園には止まらない列車だった。
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 手稲を発つときにはそれなりに人が乗っていたけど、そのうち車内はガラガラに空いてきた。車窓は荒れる日本海。雪も強まり寒々としている。実際に車内は寒い。駅に停車してドアが開くたびに気温が下がっていくようだ。年配の男性は、オーバーズボンを重ね履きしてから下車していった。

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2020/02/19

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(2留萌イルム)

■留萌本線
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 13日朝、美瑛の5人組と一緒に朝食をいただき、彼らより先にとまやを出る。ロードヒーティングによりアスファルトが露出している励ましの坂を歩いて下り、小樽駅まで2.4km。30分あれば歩けるというベル氏の言葉を信じて8時半にとまやを出発したが、9:04の列車にわずかに間に合わなかった。凍てついた圧雪の上では、歩行速度が落ちる。
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 計画を立て直さなければならない。スマートフォンもあるが、駅備え付けの時刻表を見る方が手っ取り早い。大丈夫だ、リカバリーできる。夕食の時間までに本日の宿に到着できればそれでいい。
 9:30の快速列車で札幌駅へ。普通列車よりも所要時間を20分も短縮できるが、当初の予定の旭川方面への特急列車にはわずかに間に合わない。その特急が出発して2分後の10:02、札幌到着。乗り換えの待ち時間が1時間近くある、と途中下車。大通公園へ雪まつりの残骸を見に行く。一昨日まで開催されていた雪まつり。最終日の深夜には雪像の取り壊しが始まり、夜を徹しての作業の末、翌朝には単なる雪の山に姿を変えてしまう。現在は、その雪の山を排出する作業が行われている。
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 そのあと、有名な時計台を見ながら札幌駅へ戻る。しかし、乗ろうと目論んでいた列車が電光掲示板に表示されていない。なんと、時刻表の細かい字を読み間違えていた。10:58発ではなく、10:38発。もう出発した後だ。
 乗る予定だったのは普通列車。特急列車に乗ればリカバリーできる。というわけで、11:00発の特急へ。ああ、小樽で乗り遅れたおかげで特急料金が浮く、と喜んでいたのに。でもまあ、最低区間の岩見沢までの特急料金で済むから、被害額は少なめだったけどね。
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 札幌の町を抜けると、雪原の中を列車が行く。雪がなければ田園地帯だ。岩見沢で普通列車に乗り換え。そして、12:30深川到着。今日の宿はここからバスに乗り換えて行くのだが、その前に留萌本線を往復するのだ。JRが自力での経営困難として存続のためには地元の助成を求めている路線だ。といっても助成金額は莫大で、当然地元自治体にもそんな余裕はない。要するに、廃止の方向に進んでいる路線ということだ。
 そんな路線だから、本数は少ない。深川から留萌の往復を1便づつ遅らせることで行程が当初の予定より3時間遅れとなった。ただ、その代わりに深川まで戻ってきてからの宿に向かうバスの接続の関係で、遅れは2時間足らずまで回復でき宿の夕食に間に合う。結局どこか接続が悪いところがあるわけだ。
 留萌本線の乗車まで1時間近くあるので、バス停を確認しておく。ついでに昼ご飯も食べたい。大丈夫、今度は本当に1時間くらいある。バス停は駅前でなく、少し離れた街中にある。これがわかりにくかった。宿のWebページに掲載されていた地図がわかりにくく、300mと書かれていた距離も実際にはもう少しあった。2kmほどさ迷い歩いた挙句、昼ご飯を食べる時間も無くなった。昨日の夜、スーパーマーケットで買ったおにぎりが残っていたのでそれを車内で食べよう。
 13:24、深川発留萌行き1両編成ワンマン列車(?)出発。初めのうちはそれなりに乗客がいたものの、石狩沼田でほとんどの乗客が下りてしまった。ほとんどというのは、私を除くすべて。貸し切りの状態だ。そして列車は石狩平野の雪原から、山間部へ。
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 恵比島駅はドラマのロケで使われた風情ある古い造りの駅舎。そのドラマの中の明日萌駅という駅名標も立っている。この駅は自転車を積んだスーパーカブで通りがかりに目に留まり、立ち寄った。あれはもう10年前のことだ。
 車窓から見える道路をスーパーカブで走ったのだが、あの時はさほどいい道だとは思えなかった。なのに今はとてもいい気分で車窓の景色を楽しんでいる。雪景色のせいだろうか。列車のおかげだろうか。確かに、スーパーカブで走ったときは、大型トラックを含めクルマの流れの中だった。でもやっぱり感じるのは、冬、それも雪国の鉄等旅はいい、という感覚だ。
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 恵比島の次は峠下。雪がちらちら待っている。道路を走るクルマは少なく、除雪車が作業をしている。そのうち谷が開け、凍り付いた留萌川の流れ、雪原に点在する集落を見ながら進む。
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 深川から1時間足らずで、留萌到着。まずは駅そばをいただく。「もう終わりだから食べて」とおにぎりをサービスしてくれた。とりあえず、そのおにぎりは温存。
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 さあ、復路の列車まで2時間もある。地図を見て作戦タイム。日本海を見に行くことにする。港までなら1kmもないのだが、それでは面白くない。やはり、荒れる外海を見に行こう。片道2kmくらいか。圧雪に覆われた歩道を滑らないように黙々と歩く。夏に自転車で、そしてスーパーカブで走った国道を越え、市役所の裏手の高台から日本海を見下ろす。荒波が打ち寄せる灰色の海。見るからに寒々としている。そして実際に寒い。すぐに引き返す。街行く人の会話の「雨降りだよぉ」との言葉で気づく。小雪はいつしか小雨になっていた。
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 ちなみに日本海を見下ろした高台は、かつての留萌本線の線路があった場所だった。2016年に廃止された留萌・増毛間の路線の一部だ。
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 昨日の残りのおにぎりと駅そばだけでは少し足りないので、セイコーマートで弁当を買う。が、駅前の食堂が営業していた。15時過ぎという中途半端な時間なので占めていると思ったのに。恒例のご夫婦が営む、懐かしい雰囲気の店。うどん、そば、ラーメンと麺類が主力のようだ。メニュー表に(ネギのみ)と注釈が添えられた「かけラーメン」をいただく。温かい。
 駅に戻ったが、列車の発車までまだ30分余りある。待合室のベンチで座って過ごす。ほかにも列車を待つ人の姿があって、復路は貸し切りではなさそうだ。
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 駅に戻った時にはまだ営業していた駅そばもいつの間にか閉店。16:17、留萌発深川行き列車が出発。3時間前に見た景色だが、夕暮れが迫りわびさびが増す。
■イルムの丘
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 15:30、深川へ戻る。さて急いでバス停へ。下見をしておいてよかった。5分でバス停へ。そして15:30、バスへと乗車。丹後なら今頃が日没自国で、つまりまだ明るさが残る時間帯だが、北海道ではもうすっかり暗くなっている。7分ほどで音江のバス停へ。すっかり郊外へと出た。
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 バス停から雪道を歩くこと10分余り、ログハウスの「イルムの丘ユースホステル」へ。本日のホステラーは私一人。おいしい夕食を食べてのんびりくつろぐ。相部屋の寝室も、その向かいの談話室もそこにあるTVも独り占め。相部屋料金で泊まっているのに、個室を通り越してスイートルームのよう。
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 14日、6時半に起きてみると小雪が降っている。昨日深川の駅そば屋でもらったおにぎりとセイコーマートで買った弁当で朝食とし、7時に外に出る。昨日はやめに宿についてする予定だった、周辺の散策だ。国見峠展望だを目指し、片道700mを歩く。雪はちらついたり強まったり止んだり。車道は除雪してあるものの、展望台へと上がる道は未除雪。足跡はついているが、雪が深い。靴の中を濡らすと後が大変なのであきらめる。車道の坂道からの眺めでもそれなりに楽しめるし。丘が連なる風景は、美瑛や上富良野と変わらないではないか。もちろん、雪がなければ色々変わるのだろうが。
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 YH(ユースホステル)に戻り、10分ほど過ごしてチェックアウト。バス停までの1kmを歩き、定刻通り8時ちょうどのバスで深川市街地へ。駅に移動したら8:35分の列車を待つ。が、5分ほど遅れているというアナウンス。ちょっと不安を感じる。
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 結局5分遅れで深川を出発。その後1分回復して、4分遅れの8:57、滝川到着。

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2020/02/18

29年ぶり2回目の「冬」の北海道で雪景色の中をほっつき歩く(1とまや)

■旅立ち、そして「とまや」の夜
 「冬もいいよ。」
 去年の夏、小樽の旅人宿「とまや」の庭先で花火を見ながらの炭火焼肉パーティで同席した時に誰かが言っていた。冬の北海道を旅したのは、29年前の1991年2月。大学生の時だった。北海ワイド周遊券の20日間の有効期限をフルに使っての旅だった。
 記録的な暖冬、寡雪の冬。もちろん北海道も少ないそうだが、ないわけではない。ちょうど休暇を取りやすい時期と重なり、土日と合わせて4日間確保できた。いざ冬の北海道へ。
 水曜日の20時過ぎクルマで自宅を出発。自転車の旅でないから準備が楽だね。夕方から雨が降り出したが、なんだか生ぬるい。せっかく山に積もった雪が解けるなぁ。
 1時間で西舞鶴。某所にクルマを止める。西舞鶴駅までの2kmは自転車で。雨は止んでくれた。駅の駐輪場に自転車を止める。がっちり二重ロックで支柱に括り付ける。
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 21:50の列車で東舞鶴へ。鉄道を使わず自転車で東舞鶴まで来る手もあったが、ちょっと雨が気になった。今日は止んだが、先ほどまで降っていて路面が濡れているのでクルマが跳ね上げる泥水をかぶりながらということになる。それに帰りの日も雨予報だ。
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 21:58、東舞鶴駅。ここからフェリーターミナルまでは歩きだ。なんと、ほんのわずかだが残雪があるではないか。珍しく京丹後市よりも雪が多かったんだ。東舞鶴の中心街もほとんど人が歩いていない。たまにいるのは飲み会帰りと思しき人たち。大きな声で別れの挨拶をしている。
 東舞鶴駅からフェリーターミナルまでは北に向かって2km弱の一直線。歩行者用の橋で入り江を渡っていく。車両はその入り江を迂回しなければならない。
 22:20くらいにフェリーターミナル到着。トラックが乗船中だ。乗船待ちの乗用車は少なく、オートバイも自転車もゼロ。フェリーターミナルの乗船手続きの窓口も閑散としている。が、私が乗船手続きを終えると背後に少し人が並んでいた。ちょうどそういう時間帯だ。出航60分前までにお越しください、とのことだが、乗船開始は出航35分前の23:15.まだ45分もある。待合室で本を読んで過ごす。
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 そして乗船、23:50出航。いやあこんなに空いている新日本海フェリーは初めて。今案でほとんどが夏、後は初夏のゴールデンウィークと、秋のシルバーウィークが一回ずつ。春先に来たときは空いていたけど、さすがに今日はそれ以上に空いている。家族連れがいないから、子供向けの映画の上映や船内イベントもない。静かな船旅を堪能できる。
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 定刻、20:45小樽港着岸.。旅客用下船口から長い通路を経てフェリーターミナルの建物へ。今では輪行袋に入れても完成車でも同じ料金だが、20年ほど前は輪行状態の自転車持ち込み料が安かった。重い輪行袋を担いで歩いたときは、本当に長く感じた通路だ。外を見下ろせば、折り返し舞鶴行きの乗船待ち乗用車は、たったの5台。
 ターミナル1階で「とまや」のベル氏と再会。こうやってフェリーターミナルまでお迎えに来てもらうのは初めて。小樽駅でピックアップされたもう一人の男性の多比一共にクルマに乗り込む。坂の下のスーパーマーケットに寄って、励ましの坂を登り、とまやへ。
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 薪ストーブのある居間では、もう一人の宿主、さりさんと5人組の宿泊客がいてシーズンオフの平日とは思えない賑やかさ。その5人組は、美瑛で宿を営む家族とその宿のヘルパーさん。シーズンオフだからこそのお客さんということか。ちなみに、明日はお客さんがあるので、遅くならないうちに美瑛に戻るそうだ。
 というわけで、20回目の北海道の旅も、小樽の夜から始まった。

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追憶のアルペンローズ2020

 冬になったというのに人工雪の設備を持つスキー場以外はずっと休業していたが、立春寒波でようやく営業開始。ちょうど休日が連なる日々を前に雪を準備してくれた形だ。日曜日は大江山連峰を滑り、平日である月曜は雪が降って、建国記念日の火曜は晴れるという絶好の天気回り。いそいそと家を出る。
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 日差しがさんさんと降り注ぎクルマの中はポカポカ。ということは気になるのは雪質。ならば早朝に出ればいいのだが、どうも休日モードでダラダラと朝を過ごし、家を出たのは9時半過ぎだった。スーパーマーケットに寄り道して、豊岡の六方田んぼでコウノトリを撮影してから、神鍋高原の万劫集落付いたのは、11時半近くになっていた。かつてアルペンローズスキー場が営業していたころ、駐車場だった広場にクルマを止める。今日は太い板を使おう。シールを貼りつける。
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 正午過ぎ板を担いで万劫集落の中の道を歩く。集落の奥から未除雪のダブルトラックへ。板をつけてシール登行だ。足首まで沈むかどうかという程度。
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 すぐにコンクリートの柱が見えてきた。かつてのリフト乗り場、20世紀の遺構だ。この先まだダブルトラックが続く。かつての下山コースだ。先ほどの市中からのリフトは、下半分は登行リフト、上半分はゲレンデリフトという特殊なもので、乗車専用の中間駅がある。普通中間駅は下車専用なのだ。
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 ダブルトラックを登り終えると、開けた平面に出る。ここが実質的なスキー場ベース地。2件ほどのロッジがありかつてはゲレンデ食堂やレンタルスキーとして営業していた。また、前述のリフト中間駅もこの一角にある。かつては雪原だったこの広場も、今ではブッシュに覆われつつある。アルペンローズスキー場が最後に営業したのは2000年の冬。あれから20年が過ぎた。
 平原を横切り、斜面に取り付く。かつての「あすなろゲレンデ」だ。アルペンローズスキー場でゲレンデと呼べる広がりを持つのはこのあすなろゲレンデのみ。あとは細めのコースばかり。だから、子供を連れたファミリー層はあまり訪れず、穴場スキー場だった。だからスキー場が混雑していた1990年代にはよくお世話になった。
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 そのあすなろゲレンデも、今ではすっかり恋藪に覆われている。向かって左手が開けた雪原になっているが、ゲレンでの右端にまるで並木道のような通路のようなダブルトラックのような筋道があるのを去年見つけた。行ってみると確かにはっきりとした自動車一車線ほどの筋道が斜面を直登している。いったいこれは何なのだろう。沢にしてはそこが平たく、幅が一定でまっすぐ。人工的なにおいがする。やはり重機が上がる通路として人工的に切り開かれたものか。
 とりあえず快適に歩けるのでありがたく利用させていただく。ステップソールには無理だが、シールだから直登可能の勾配だ。なんて思っていたら板がずり下がって転倒。そして、並木道の中央に空いた溝に体がはまり込む。これは脱出に苦労する。登っていくうちに勾配が増してシールの限界を越えたようだ。並木道を外して蛇行する。左手は木々が開けている。ブッシュを越えてそちらへ。あすなろゲレンデの上部に来ているようだ。開けた斜面を大きく蛇行して登るうちに勾配が落ちてきた。ゲレンデはコースとなって続いていく。このあたりのコースも藪となりつつあったのだが、いつしかきれいに駆られているようだ。
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 この辺りはアルペンローズスキー場の交通の要衝、全3本のリフトの降り場、または乗り場が集積している。左の分岐を少し下れば頂上リフトの乗り場。平坦なスペースがあまり確保できず、2列渋滞のリフト待ち行列を作り、係員のホイッスルで列全体が横移動する特殊なものだった。
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 さらに進むと、右に分岐。神鍋高原最奥の稲葉集落のベースからのリフト降り場がその上にある。そして道なりに登っていけば万劫集落からのリフトの降り場。乗車専用の中間駅のあるあのリフトだ。
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 標高差ではもう全体の半分を越えている。あとは山頂からのコースに沿って登っていくのみ。両側が杉林で日当たりが悪いおかげで雪質がいい。まあここを滑り降りる予定ではないのだが。
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 アルペンローズスキー場最上部へ到着。時刻は14時前。2時間を切ったのは今までで一番早いかもしれない。点名「万劫」の三角点もある。神鍋高原を一望できる。高原中央のアップ神鍋スキー場もどうにか営業しているが、いつまで雪が持つだろうか。わが故郷の依遅ヶ尾山はかすんでよくわからない。大岡山の左肩の向こうに磯砂山が見える。
 シールを外し、スーパーマーケットで買ったパンを食べる。これから滑り降りる予定のススキコースの上部が日差しをいっぱいいぬけているのが気にかかる。ヘルメットには後ろ向きのカメラ。そして胸に前向きのカメラを装着。
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 いよいよ滑降だ。少し日が低くなり風が冷たくなってきている。いざススキコースへ。予想通り日差しを受けた雪面はクラストし始めている。そしてこのコースもブッシュが育ってきている。ブッシュを避ける意味と日当たりの悪い雪面を選ぶ意味とを兼ねて、山側の法面を行く。ここは雪がサラサラ。快適な滑りの感触を楽しむことができる。
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 しかし楽しい時間はつかの間。濃いブッシュにつかまる。一昨日の大江山連峰鳩ヶ峰東斜面で苦労したブッシュよりはましで、ところどころでターンできそうなスペースがあるのだが、雪質が悪くスキーのコントロールが難しい。結局横歩きで降りる場面に何度も遭遇する。下るにしたがって雪質は悪くなり、木々が開けた場所でも斜滑降・キックターンでしのぐ。
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 どうにかあすなろゲレンデ下の広場に降り立った。ここからは登ってきたのと同じ下山コースへ。雪が悪くほとんどターンできないが、登りトレースを外し、力ずくのプルークボーゲンでスピードを殺して降りる。日向と日陰で雪質が変わり、スピードが一定でなくなる。いわゆる引っかかる雪、ストップスノー。これで転倒。それでもすぐに万劫集落へ。板を担いで集落を歩く。15時過ぎにクルマに到着。
 下りに要した時間は1時間15分。雪がよいときより30分は余計にかかっている。斜度があって豪快な恰好が楽しめるススキコースだが、ブッシュが濃くなりすぎている。雪質によっては登りコースをピストンした方がよいかもしない。ブッシュが具すければ、斜滑降・キックターンで何とか下れる。ただし、あすなろゲレンデの上のコース幅が狭い区間ではそれもまた難儀するのだが。
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 そのあとは豊岡市街でつけ麺を食べて、円山川の堤防の上のコースを15kmほど自転車で走る。日高町まで南下したら、奥神鍋や万場スキー場のゲレンデが見える。ズームアップして撮影。営業時間が終わっているのでもうゲレンデに人影はない。

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