2019/06/25

遊び道具いじり

 少し日が過ぎてしまったが、春の遊び道具いじりの記録。

■テレマークスキーのビンディング
 4月初旬の扇ノ山でテレマークスキーのビンディングの破損に気付いた。左のブーツの先端(コバ)を差し込む部分の上部(3ピン式ならば「コバ押さえ」に当たる部分)が割れている。実は、ちょうど1年前にやはり扇ノ山を滑って下山するときに割れていた古傷だ。行きつけの自転車屋さん経由で町の鉄工所にて溶接してもらったのだが、結局1シーズン持たなかった。去年は下山のしかも終盤になって破損に気付いたのだが、今回は登りの途中で気づいた。撤退すべきか?ビンディングによっては、もともと上(コバ押さえ)の部分が橋を架けるようにつながっていなくて、根元だけのものもある。扇ノ山はなだらかな山であり、その日の雪質も締まったザラメ。途中でスキーが使えなくなっても、致命的なトラブルには至らない、と判断して行動を継続。登頂し、慎重に滑って下山した。
Img_7020Img_7482

 でもこれでは、また山で使おうとは思えない。破損したビンディングはG3の「タルガ」というモデル。ロッテフェラーのビンディングは現在使っていないものも含めていくつか所有しているのだが、G3のモデルは破損した1台きり。ビンディングプレートのねじ穴の位置(間隔)はメーカーによって異なる。だから、G3とロッテフェラーのメーカーをまたいでの使いまわしはできない。自転車のパーツは規格がしっかりとできていて、メーカー純正でなくても交換可能なのに。
 板はまだ3シーズン目。ビスを抜いてビンディングプレートごと交換すれば、板に余計な穴をあけて強度を落としてしまうことになる。ビンディングは、インターネットオークションで落札した中古品をもう10年以上使っているので、もう引退させてもいい。3年前、新しい板にこの古いビンディングをつけてしまったことが悔やまれる。できれば、この板がお役御免となるまで持ってほしい、どうにかそれまで溶接でしのげるだろうと見越していたのだが。
Img_7478

 何とかまた中古で同じタルガが手に入らないか、と思っていた矢先インターネットオークションに中古が出品された。何とか落札。1万円余りかかったが、新品なら2万円以上するし、ケーブルやカートリッジ等の予備パーツがセットになっている。ということでお得だったということにしておこう。色の違いはあるが、使用には全く問題がない。ビンディングプレートはそのまま古いものを使い、破損した片方のビンディング本体のみ交換。これで、加賀白山に扇ノ山の滑り納めをして、シーズンを締めくくった。

Img_7479 Img_7481 Img_7480

GPSレシーバのハンドルマウント
 自転車や自動二輪に乗るときGPSレシーバの画面が見えるとサイクルコンピュータやナビゲーションシステムとして利用できる。純正は高くて複数の自転車などにそれぞれ準備できない。GPSレシーバのソフトケースにはフックがあるので、ホームセンターで入手した金具を使って自作した台座やフロントバッグにひっかけて使っていた。自作の台座の場合は、それぞれの仕上がり具合にばらつきがある。フロントバッグに引っ掛ける場合は、角度や位置の調整がほぼ不可能。何せ、画面を垂直に見下ろさないと外光の反射によって画面が見えづらい。これで何度も分岐を間違えた。
Img_6651  

 工具なしで簡単に着脱できる台座があれば複数の自転車に使いまわしできる、とようやく気付いた。例えば、スマートフォンをマウントする小物はいくつもの製品が発売されている。すでにバッテリーライトもスマホホルダーでハンドルに固定している。そのバッテリーライトに付属していた純正のハンドルマウントのアタッチメントは、すぐに折れそうなものなので初めから使う気になれなかったから、市販のスマホホルダーで代用した。
 しかし、GPSレシーバは、背面に凹凸があり、スマホホルダーとの相性が悪い。やはり、板状の金具にフックでひっかけるパターンがいい。どうやってハンドルに固定するか。
Img_6901 Img_6897 Img_6898

 MINOURAのハンドル固定用の金具が使えた。MINOURAは、スマホホルダー、ドリンクホルダーなどの製品を多く扱っている。ハンドルやフレームに工具なしで装着できる共通の台座に、それぞれの用途に合わせたアタッチメントがセットになっているわけだ。その台座には各アタッチメントを装着するねじ穴が切ってあるので、GPSレシーバーのフックを引っ掛ける金属板をボルトで固定して完成。

| | コメント (2)

入梅延期で舞鶴通勤ツーリング

 一週間くらいまでは、22、23日の土日の雨で近畿地方なども入梅する見込みだと言っていたが、その後土日には雨があまり降らない予報に替わり、結局まだ入梅していない。丹後では土曜日は雨が降ったり止んだりの実質的な梅雨空で、家の中にはハエも発生して文字通り五月蝿い。
 その雨は日曜の朝のうちまで続いた。舞鶴で勤務があるのだが、雨が降っているのは狭い範囲だと降雨レーダー画像が示しているし、それも昼前には止む予報。午後にはまた不安定な空模様になる見込みだが、昼ごろには勤務が終る。というわけで自動二輪で出勤。朝起きてから雨脚が強まる時間帯もあったが、家を出るときにはほとんど止んでいるといっていいような小雨。20分も走れば路面も乾いてきている。
Img_8273

 土曜または日曜に不定期に舞鶴勤務があるのだが、今年度は隔週で勤務日が組まれている。天候の安定した5月はたくさんの自動二輪が行き交いツーリング気分の通勤だった。時にはすれ違いざまにてを振り合い北海道を走っているような感覚になることも。

Img_7948

| | コメント (2)

2019/06/20

五月晴れのコウノトリ

 すっきりと晴れた朝。夏至が近いのでもう日が高い。スーパーカブで出勤。家から1分足らずの田んぼの中に大きな鳥が佇んでいる。コウノトリだ。その側のあぜ道にもう1羽座り込んでいた。コウノトリを刺激しないように十分離れた位置にスーパーカブを止めて、写真撮影。
 6月も半ばを過ぎたというのに、近畿地方の梅雨入りはまだ発表されていない。でも、それは近畿地方の梅雨入りを発表する気象台のある大阪が基準のもの。丹後など近畿北部日本海側は、先の土日に雨が降り続きもう梅雨に入っていると言っていい。なにせ丹後のお隣若狭、つまり北陸はすでに梅雨入りしているのだから。
 本来、この時期の梅雨の晴れ間を「五月晴れ」という。読み方は、「さつきばれ」。五月(さつき)は旧暦の5月のことで、ちょうど
今がその中旬。さらに五月雨(さみだれ)は梅雨の雨のことだ。
 どうやら次の土日の雨で、近畿地方も梅雨入りするらしい。

Stork190618Img_8205Img_8206

| | コメント (0)

2019/05/17

加賀白山の動画


YouTubeで見るならこちらへ。https://youtu.be/yA5kXVRmBZc

| | コメント (0)

2019/05/14

Slide and Ride 扇ノ山(滑り納め大ヅッコ)

 ゴールデンウィークが終わり、日差しは強まり気温も上がってきた。冬の降雪は少なかったが、3月4月は何度も寒の戻りがあり、特に4月の平均気温は昨年より2度も低かった。これにより雪が遅くまで溶け残った山は、思いのほか長い残雪シーズンとなった。
 今シーズンも滑り納めは扇ノ山だ。もう登山口までクルマで入ることができ、車道歩きしなくてもよくなっているようだ。さらに、登山道にも雪はほとんどないだろう。まとまった残雪は大ヅッコの北斜面だけだと思われる。その北斜面の雪はどのくらい残っているか。
Img_7775Img_7774

 2年ぶりに兵庫県新温泉町の上山高原からのアプローチ。ブナもすっかり緑の葉をつけている。高原には、散策や山菜取りの人の姿がほんの少し。さらに車道を進んでいく。ショウブ池のあたりから大ヅッコと扇ノ山山頂が見える。多少残雪もみられるがブナの緑の葉に隠れてどのくらい雪が残っているかよくわからない。上山高原避難小屋から2km余りで小ヅッコ登山口。1台のクルマが止まっている。さらに1km弱進み、鳥取県との境を越えて「水とのふれあい広場」へ。6台ほどのクルマが止まっている。ここへ駐車。MTBとスキーの準備。その最中、クルマがやってきて水を汲んだり、食事をし始めたり。
Img_7777Img_7778

 河合谷登山口が近いのだが、クルマで来た道を引き返し小ヅッコ登山口へと自転車で移動。そしてそちらから入山。
Img_7779

 すぐに人が下山してきた。単独の男性。大きな捕虫網を持っている。彼と入れ替わるようにMTBを押してやや急な坂を上る。並木道のようなブナ林を少し進むと、小ヅッコ避難小屋。さらに登山道を行く。木の根っこや段差などがしばらく続くが、だんだん登山道がフラットになってくる。そしてしばし乗車。扇ノ山から大ヅッコを経て北に延びる稜線はなだらかで、その上につけられた登山道はMTB向き。登りでもいくらか乗車できる。
Img_7782Img_7784

 乗車したり押したりしながら進むと、西からの河合谷登山口の分岐。登山道はブナ林の中だがすぐ西側はダイコンなどの畑となっていて、緑の葉の向こうは開けて明るい。
 小ヅッコと河合谷の登山道分岐点あたりまでは少し勾配があるが、さらに行くと登り勾配はほとんどないといっていいくらいの道となる。乗車率が上がる。これで木の根っこがなければずっと乗っていけるのだが。全くといっていいほど雪は見られず、さらにぬかるみも少ない。ゴールデンウィーク後半からほとんど雨は降らず、高温低湿の日が続いたので、雪解け水を含んだ土壌も乾いてきている。MTBにはいいが、スキーがどれだけできるか心配になってくる。
 何組かの下山パーティとすれ違う。まずはMTBに気付き、少し遅れてスキーに驚いている。そして、「滑れるかなぁ」と心配してくれる。雪の量などこの先の状態について、アドバイスのようなことをしてくれる人もいるが、はっきり言ってほとんど参考にはならない。なぜなら、その人はやったことがないことだから。自分がその場で判断するだけのことだ。
 登山口から小一時間、登り勾配がややきつくなり、登山道に水の流れが見られてきた。いよいよお目当ての斜面へ到着だ。
Img_7786Img_7787

 うっそうとしたブナ林に広がる雪原。ただし、広さは小学校の運動場かそれよりやや狭いくらいで、先月来た時には雪に埋もれていた細かい木が顔を出し、ツリーホールは大きく成長し、ブナの芽を包んでいた殻が雪面に散らばっている。とても快適に滑れる状態ではないが、もちろん快適さなど求めていない。雪のシーズンの終わりを感じられればいい。
 雪原斜面の下部にMTBを置いて、スキー板を下ろしてブーツに装着。斜面を登る。ステップソールで軽快に上れる緩斜面だ。雪原の最上部でザックを下ろす。シールもビーコンもツェルトも持たない代わりに、持ってきた荷物を出す。水とのふれあい広場で汲んできた水をコッフェルに移し、湯を沸かす。そしてラーメンをゆでる。
Img_7790

 3人組が降りてきた。男性2人と女性1人の、「ドリカム」あるいは「いきものがかり」パーティ。私のスキー板を見て「滑れそうですか」と声をかけてくる。雪さえあれば、後は滑れるように滑るのみ。スキーだけでは不完全燃焼に終るかもしれないと想定し、別のお楽しみとしてMTBも用意しているのだ。とはいえ、そんなことを説明するのは面倒だし、わかってもらええるとも思えないので、「はい、滑りますよ」とだけ答える。彼らはもう少ししたらMTBに気付き、変わった人がいるもんだ、と思うことだろう。
 ラーメンを食べたら滑走の準備。滑り降りるのに2分もかからないだろう。木とツリーホールを避け、ブナの芽の殻で滑りの悪い雪面を下る。短い斜面で何度も尻餅をつく。楽しむためというより、ただ下山するための滑走。先週の加賀白山の滑降の終盤、中飯場の上部辺りのような状況だ。1本滑れば十分。もう登り返す気持ちは湧き上がらない。もちろん、山頂を目指す必要もない。
Img_7792

 さあ、今度はMTBで下ろう。登りではスキー板をMTBに積載、つまりベルトでフレームにくくりつけてきたが、下山は板を背負うことにする。理由は2点。背負う荷物が重くなってもペダルを漕がなくてもいいので体の負担は少ないだろう、ということと、荷物のがたつきが気になるから。
 しかし、板をつけたザックを背負っての乗車はかなり難儀した。まず、重心が高くなって不安定である上に、重い荷物のため姿勢の自由が利かず体を後方に引くなどのポジションの調整がしにくい。バランスを崩せばリカバリーもできず、板を背負って転倒すれば怪我をしそうだ。
 結局、勾配があるうちは全く乗れなかった。勾配が落ち着いてからなら何とかなると思ったが、ちょっとした木の根を越せずいつ前転するかわからない恐怖に襲われまともに乗車できない。
 ザックから板を外し、自転車にくくりつける。この方がよかった。板のトップを自転車のダウンチューブに、板のビンディングの少しトップよりを自転車のサドル下にくくりつける。板のビンディング部分からテールにかけては後方に突き出している。これにより、重心が後方に位置して後輪が浮き上がりにくい。前転しにくくて下りでは好都合だ。
Img_7793

 これで乗車率は上がったが、やはり板のがたつきが気になる。あまりにもガタガタという音がうるさいので振り返ってみると、サドルの下に固定しているベルトがなくなっている。このベルトには、トゥストラップを利用している。現在のようにビンディングペダルが普及する前、ペダルに足を固定するトゥクリップとあわせて使うベルトのことだ。きつく締め付けて、しっかりと固定できるので、緩んで抜けてしまったとは考えにくい。おそらく切れてしまったのだろう。これまではほとんどが舗装路、たまにダートの道でスキー板を積んで走ったことがあるが、やはりシングルトラックは過酷だったようだ。段差を降りる衝撃がきつかったと思われる。
 進行方向左手は、ブナの新緑の向こうが明るく開けている。つまり大根畑が広がっている。そちらの農道なら板を積んだ自転車でも快適に下れるが、藪を越えるのが大変なのだ。雪が積もっていれば比較的簡単に行き来できるのに。
 とにかく、ストラップを回収に行こう。自転車を置いて登山道を戻る。500mくらい戻ったところで、ストラップを発見。やはり留め金の根元で千切れていた。自転車に戻り、ベルトの両端をまとめて留め金に挟む形で固定。これで下ってみる。
 小ヅッコ登山口と河合谷登山口の分岐に到着。今度は河合谷登山口へ。しばらく行くとまたガタガタ音が大きくなってきた。ストラップが消えていた。回収。もう登山口はすぐそこなので、乗車せずに押して行く。最後は木段の下り。これを担ぎ上げるのが大変なので、往路は小ヅッコ登山口から入山した。
Img_7795

 木段からアスファルトに降り立つ。舗装路にでれば、自転車が威力を発揮する。が、クルマを止めて水とのふれあい広場までは300m程しかない。私のクルマ1台だけが残っていた。
Img_7796

 スキーをするには雪解けが進み、MTBにはスキーが重荷となって、どちらも快適とはいえなかった。MTBを使ったにもかかわらず、登りより下りの方が時間がかかってしまった。それでも、状況に合わせていろいろな道具を工夫してみるのは楽しい。サドル下にスキー板を固定するのに、今度は自転車のタイヤチューブをを使ってみよう。これならスキー板程度の負荷で切れることはないし、弾力があるのでがたつきも押さえられるのではないか。だけど、短い行程、標高差も200mほどしかなかったのに、なんだか疲れた。腹筋や背筋など体幹が疲れている。
 これで、今シーズンのスキーは、全日程終了だ。

 5月上旬

| | コメント (0)

2019/05/09

久しぶりに滑るビッグマウンテン加賀白山(観光新道-弥陀ヶ原-エコーライン-砂防新道)

 例年5月下旬に冬季閉鎖が明ける加賀白山の登山口「別当出合」までの石川県道33号線(白山公園線)が、4月26日に開通した。雪が少なかったということか、それとも「超大型連休にはぜひ白山にいらしてください」ということか。とにかく、朗報だ。ゴールデンウィークに別当出合までクルマが入れるようになったことは、2002年以来だろうか。毎年訪れているわけではないので完全に把握できていないが。連休後半は安定した初夏の陽気が続き絶好のチャンス。17年ぶりのゴールデンウィークの白山を滑りに、いざ行かん。
 5月4日22時半ごろ丹後半島の自宅を出発。舞鶴から若狭湾沿いを行く。深夜の国道27号線の流れはいいので、わかさ自動車道や若狭西街道を使わずに行く。小浜からは若狭梅海道で大型トラックも普通車もほとんどいない自由なドライブに切り替える。敦賀からは北陸自動車道に乗り、福井北I.C.で中部縦貫自動車道(無料区間)へ。勝山まで一気に到達。福井・石川県境の谷峠を越えて白山市白峰へ。別当出合の駐車場にはトイレがないので、その手前の一ノ瀬の駐車場にクルマを止める。到着は、2時半。携帯電話のアラームを4時半にセットして仮眠。
 目が覚め、アイマスクを外すと薄明るい。時刻は4時25分。アラームの5分前だ。機能到着した時にいたはずの周りのクルマはもういない。朝食をとって、別当出合へ移動。
 駐車場手前の道路脇のスペースの駐車。どんどんクルマが到着し、道路脇が満車となる。別当川の谷へ降りたところにある駐車場は、上段は満車の様。下段は空いているようだが、標高を下げるのが嫌な人たちが駐車場へのアプローチ道路に長い縦列駐車の列。
Img_7614Img_7617

 スキーとMTBの準備を整えて、5時半スタート。チェーンと大きな石の車止めを越えて、舗装路を500m進んだ休憩小屋のある地点へ。白山も登山届が義務化され、この休憩小屋にある用紙に記入して提出ポストに投函する。
 みんな吊り橋を渡って登山道へと入っていくが、私は舗装路をさらに進む。コンクリート舗装の道は主に砂防工事の車両に利用される作業道だが、実は石川県の県道33号線らしい。ちなみに、白山の頂に至る登山道も県道120号線に指定されているらしい。ただし、よく使われる砂防新道ではなく、観光新道が県道のようだ。確かに、観光新道の方が、古くから山岳信仰の道として開かれた歴史を持った登山道である。
 これまでにも何度かこの作業道で中飯場の少し上まで自転車で登り、跡は砂防新道を歩いて山頂を目指したことがある。途中にダートもあるので、ブロックタイヤ装着のMTBが最適だ。板を自転車にくくりつけ、スキーブーツでペダルを漕ぐ。急勾配をゆっくりと登る。
Img_7619

 すぐに路面を覆う残雪が現れた。小規模で薄く、そして硬く凍てついているため、自転車を押して乗り越える。手前、つまり下側の路面は、残雪が解けて流れた水が凍結しているので滑って転ばないように注意して行く。これまで自転車でこの道を通ったのは、5月下旬か6月上旬だったので路面に残雪は全くなかったが、さすがに今回は時期が早い.そうした残雪帯を数箇所乗り越えたが、とうとうずっと先まで残雪に覆われた区間が現れた。必ずしも雪は下から解けるとは限らない。日当たりの関係で、その先でまた路面が現れているかもしれない。でも、今日はここで自転車を諦めることにする。自転車から板を下ろし、装着。ステップソールがあるのでシールは使わずに雪の車道を歩く。その先、雪の切れ目は本のわずかだった。自転車を乗り捨ててよかったようだ。
Img_7626

 いくつかヘアピンカーブを超えると、雪面に着いた真新しいくっきりとした足跡があるのに気付く。おそらく今日のもの。古くても昨日夕方だ。それ以前のものは日差しと気温上昇で雪が解けてもう少しぼやけた足跡になるはず。下りのようだ。はて、誰にも出会っていないんだけど。
 別当谷を右に見て進んで行く。法面からの落石がある。見上げれば、不安定な岩も見える。こわごわ通過。
Img_7632Img_7637

 砂防新道は、別当谷の対岸にある。だから、橋を渡るのだが。なんと、その橋が外されているではないか。鉄骨を渡し、その上に鉄板を敷いただけの橋は、こうして取り外すためのものだったのか。雪解け期の土石流を伴ったスラッシュ雪崩による橋の破損を防ぐための工夫かもしれない。
 さて困った。水量も、流速も、地形も険しい。とても渡渉など試みる気にならない。中飯場まであと一息だが、引き返すしかなさそうだ。
 この後どうするか。時刻はすでに8時。自転車が使えなかったせいで、過去に同じコースを着たときよりも1時間も押している。別当出合、つまりふりだしへ戻れば、3時間以上のロスとなる。登頂は無理。どこまでいけるだろう。せめて弥陀ケ原までは登りたい。では、砂防新道ではなく、観光新道ではどうだろうか。途中で立体交差する観光新道を潜り抜けてきた。自転車をデポした地点から少しスキーで歩いたところだった。これならあまり戻らなくて済むのではないか。しかし、確か観光新道は砂防新道よりも険しいはず。あと、観光新道をスキーで滑り降りる記録を見たことがない。やはり滑降するのは砂防新道だろう。ならば、自転車をどうする。
 しばし考え、観光新道を登ることに決めた。スキーでの滑降は、いつものようにエコーラインから砂防新道へ。自転車は、別当出合に降りたあと、回収に来ればいい。安全圏の別当出合に下山してしまえば、仮に暗くなってからでも自転車の回収はできる。ライトもあるし。
 方針が決まれば、もう迷いはない。来た道を滑り、観光新道との立体交差へ戻る。その立体交差が見えてきたところで、ふとその上のヘアピンカーブの先端から観光新道へ接続できそうだと思いそちらへまた引き返す。すると、つぼ足の男性単独登山者に出会った。登ってきたのではない。下山だ。状況がわからないまま、挨拶を交わしその登山者を見送る。そうか、やはり観光新道との接続ポイントがこの上にあるのだ。ならば、彼の足跡をたどればいい。朝見かけた足跡も、観光新道を下山してきた人のものだったわけだ。
 結局、立体交差の上の2つ目のヘアピンカーブの先端から法面へ目を凝らすと、登山道が見えた。これだ。
 板をザックに装着して背負う。そして2m程の高低差の雪の壁を登り、その上の地肌、1m弱の高低差を越える。雪がないとキックステップができないので、木にしがみついて登る。
 何とか、観光新道を捕まえることができた。しかし木段の急登が続く。砂防新道は黒ボコ岩に近づくにつれ勾配が増していくが、こちらは出だしが一番きついみたいだ。
 その後何度か残雪が登山道を覆う区間が現れる。残雪に乗り上げるところでは、段差が大きかったり、踏み抜いたりして苦労する。
 おそらくたくさんの人が登っている砂防新道とは対照的に、こちらはほとんど誰も通らない。それでもたまにふと気付けば、背後に登山者が見える。スキーを背負っていることを言い訳に先に行ってもらう。そうやって、3人のつぼ足登山者に追い越された。
 沢筋を直登する区間を越えた直後、先ほど私がいた辺りで「カン!カン!」と硬いものがぶつかる音が聞こえた。落石だ。笹が揺れているのはまさに私が今通り過ぎた沢筋。危ないところだった。タイミングによっては、一撃でアウトか、、そうでなくても行動不能になる可能性もある。帰宅してからGPSトラックを見てみると、登山道はジグザグに付けら手いるがどうしても雪に隠されてしまう残雪期には、ブッシュの中に白く浮かび上がって目立つ沢筋をたどってしまうようだ。
 急登にあえぎながら、どうにか稜線へと上り詰めた。「唐松平」あるいは「白山禅定道分岐」というらしい。とりあえず休憩だ。稜線にあがればさすがに展望がすばらしい。どれがどれかはわからないが、赤兎山、大長山、取立山などの山々が見える。そして、白山そのものの様子もよくわかる。何度も上り下りしている砂防新道を見下ろす。ただし、御前ヶ峰を含めた弥陀ケ原から上の山頂部分は見えない。
Img_7647Img_7648

 さて登行再開。雪のない木段と石段を行くが、やはり残雪が現れ、登るにつれ残雪の割合が大きくなる。そしてやはり、段差と踏み抜きに苦労する。
 登山者が降りてきた。なんでもこの先で岩の難所があるという。こちらも先ほどの落石のことを伝える。
 しばらく行くと雪に覆われた痩せた稜線に立ち塞がる黒い大きな岩に行き着く。先ほどの登山者が行っていたのはこれだろう。岩にしがみつくようにトラバース。足元は切り立った斜面。板を背負いスキーブーツを履いた状態では特に厳しい。無事に越えることができてほっとする。ああ緊張した。
 これは仙人窟と呼ばれ、岩が積み重なったトンネルをくぐるのだそうだ。数日後の記録では、雪解けが進みくぐり抜けることができたようだ。
 標準コースタイムをかなりオーバーして、殿ヶ池避難小屋に到着。標高2000mを越えていて、砂防新道の甚之助避難小屋よりも少し標高が高いようだ。
Img_7667Img_7668

 登るにつれてどんどん展望がよくなる。前方には黒ボコ岩、そしてその直下の十二曲がりが見えてきた。別当谷を見下ろせば、朝引き返した車道や橋が外された沢も見える。
 とにかく標高2702m山頂まで登ることは、私の力ではもう無理。それどころか、2600m付近と思われる残雪(水屋尻雪渓)の最高点も、2400mの室堂も厳しい。でも、あの黒ボコ岩のすぐ先、弥陀ケ原まで行こう。そうすれば御前ヶ峰と対面できるし、エコーラインを滑降することができる。
Img_7684Img_7685Img_7671

 その先は、雪が多くなりかえって歩きやすくなる。コースタイムほどではないが、少しだけペースがよくなる。
 黒ボコ岩の手前で、スキー板をザックから外し、ブーツに装着。ステップソールで歩ける勾配だ。
 砂防新道の十二曲がりの急斜面が近づいてきた。その下のトラバース道は雪が切れているが、雪のつながった部分にシュプールが引かれている。ああいうコース取りをすればいいのか。さらに、十二曲がりの手前、足元の斜面にはつぼ足のトレースもなく、より快適に滑って砂防新道へと下ることができる。黒ボコ岩まで登らなくても、もうここから滑り降りられるのだ。
Img_7691

 でもやはり、黒ボコ岩、そして弥陀ケ原を目指すことにする。十二曲がりに見える人々はほとんどは下山中。でも数名登っている人も見られる。この時間に登っているということは、やはりペースが遅い。室堂泊まりの可能性もあるが、明日は天気が悪い予報なので、ほとんどの人は今日中に下山するだろう。
Img_7697

 ようやく黒ボコ岩を通過。やっとのことで御前ヶ峰とのご対面。弥陀ケ原から室堂、さらにその上部にはまだ人の姿が見られる。その多くは下山スピードが速いスキーヤーだ。私もここから下山開始すれば、彼らと同じタイミングで下山するということになる。
 エコーラインへと向かう。弥陀ケ原は平坦なので、のんびりお散歩気分だ。ステップソールで軽快に歩く。結局シールを使うことはなかったわけだ。
 御前ヶ峰を見ながら休憩をして、そして滑降準備。エコーラインへ。十二曲がりと同じくらいの急斜面だが、十二曲がりが谷筋なのに対してエコーラインは尾根。だから展望がいい。そして、東側の景色が開けているのも重要なポイントだ。しばらく滑っていくと、お目当てのものが見えてきた。御嶽山だ。本当にうっすらと見える。すぐ上には白い雲が浮かび、白い峰との区別が付きにくく紛らわしい。この前日は、北アルプスも御嶽山も誰が見てもわかるほどはっきり見えていて、インターネットに上げられた記録にはその峰々の写真が掲載されていた。しかし、この日もたくさんの人が入山したくさんの記録が上げられているのに、北アルプスや御嶽山の写真を載せているものは皆無。見えたという記述もない。見えていることに気付いていないということのようだ。確かに、見つけてやろうという意思が必要な、うっすらとした姿。でも、そういう意思を持たないということは、山岳展望にあまり関心がないということなのだろうか。
Ontake

 気持ちよく滑りながら、先行者のシュプールに注意する。その本数が少なくなってきたら甚之助避難小屋上部へとトラバースを開始。それには少々ブッシュを越えないといけない。ほとんど5月下旬以降に来ているので、雪が切れ切れで等高線に沿った南竜道を板を外して歩いていた。ちなみに、過去に一度だけゴールデンウィークに訪れた2002年は、白山スキー登山が初めてだったこともあり、南竜道より下に滑り降りてしまい、甚之助小屋へ戻る藪こぎに苦労した。今回は、そうならないように注意だ。
 いくつかの先行トレースのひとつについていくと、ブッシュ帯へ。先行スキーヤーが板を外して通過中。私は板をつけたまま通過した。ステップソールの板はこういう場面に強い。
Img_7704

 そして、甚之助小屋上部の斜面を滑る。私より先行していたはずのスキーパーティが後方から滑り降りてくる。ガイド役の男性1人と3,4人の女性で、熟年世代のようだ。
 甚之助小屋の周囲では、たくさんの人が休憩していた。スキーヤーもいればつぼ足登山者もいる。先ほどのスキーパーティに続いて下山開始。熟年女性たちは、特別スキーの技術が高いわけではないが、でも元気いっぱい。どんどん引き離される。結局追いつくことはできなかった。滑るにつれてブッシュが邪魔になり、つぼ足の人に追いつかれ追い越されるようになる。
Img_7719

 中飯場の避難小屋の少し上で空き板を外してザックに固定。後は歩いて下る。雪が切れ始め、さらに残雪が少なくなって行く。木々に板が引っかかって歩きにくい。スキーなしの人にどんどん追い越される。車道を自転車で通れたら、あっという間に別当出合まで下れる。せめて橋が架かっていれば、スキーで滑り降りられるのに。
Img_7727Img_7731

 登りと下りのコースが分かれた区間へきた。吊り橋が見えてきた。あと少しだ。もう登山道に雪はない。
 ようやく別当出合休憩小屋に到着。とりあえずザックを下ろして一休み。すると、車道をゆっくり歩いて降りてくる者がいた。人間ではない。四つ足だ。イノシシ?
 カモシカだった。特別天然記念物のお出迎えだ。好奇心が強いので人を見ても逃げ出さないで、悠然としている。
Capricornis

 そのカモシカもいなくなり、板もザックも休憩小屋に残して、自転車を回収へ。たぶん、1kmほどだ。朝日を受けていた山々が今度は夕陽を浴びている。小規模な残雪帯は、朝よりさらにボリュームを下げている。
Img_7745

 自転車に再会したら、一気の下り。別当出合の休憩小屋でザックと板を回収し、クルマへと戻る。
 想定外のコース変更があり、山頂へ到達することはできなかったが、初めての観光新道は険しかったが展望はすばらしかった。そして、御嶽山も見ることができたし、カモシカにも会えた。それなりに充実度と達成感を味わうことができた、と思う。ただし、落石や仙人窟の通過など、結果オーライ、誤った成功体験という側面があることも否めない。やはり次からも砂防新道だな。
Img_7761

 帰り道は急ぐ必要がない。明日も休日だ。だから高速道路は無料の中部縦貫道のみ、北陸自動車道は使わない。永平寺や一乗谷を経由し、木の芽峠を越えて敦賀へ。勝山の恐竜博物館を含め、越前の名だたる名所を横目にした、夜のドライブだ。後は若狭梅海道と国道27号線で京都府に戻る。帰宅は日付が変わって、6日の1時。

| | コメント (2)

磯砂山は丹後の展望台

 5月3日午後、京丹後市峰山町鱒留(ますどめ)から磯砂山(いさなごさん)へ。
 標高661mの山頂からは、ぼんやりだったけれど東に天橋立、北西に久美浜湾の小天橋、そして南に大江山連峰、西に高竜寺ヶ岳、北に依遅ヶ尾山と海山のランドマークが見られた。
 また、野田川流域の加悦谷平野、竹野川流域の平野を見下ろす。天女伝説の山であるが、仙人になった気分で人々の生活圏
を高みの見物。

Img_7600

| | コメント (0)

2019/05/04

新緑の丹後半島一周

 また自転車を増やしてしまった。稼働していない1台を数に入れると、9台目の自転車がラインナップに加わったということになる。そして2台目の折畳小径車である。フレームの色は「ライムグリーン」。黄緑色の新車だ。
 購入のいきさつや既に8割方完成しているカスタマイズのことは別の記事にまとめることにして、ここでは新車の本格デビュー戦について報告する。
 さて、2019年のゴールデンウィークは超大型連休。10日も休日が連なれば外国にだって北海道にだって行ける、と考える人は多いわけで、飛行機もフェリーもこの時期は割高、そしてすでにほぼ満席。ではもう少し近場で、と思ってみるも3泊くらいなら10連休でなくてもいいわけだし、わざわざ大混雑の日程を選ぶ必要はない。天気が今一つだった連休前半は、半分寝たきり生活で過ごした。後半に差し掛かりようやくこの時期らしい爽やかな陽気が続く予報。手元には新しい自転車。これは行くしかないだろう。
 こうして、今シーズン2度目、生涯通算50度目の丹後半島一周が始まった。

Img_7506

 満を持して、丹後半島一周に向けて漕ぎだす。でも、京丹後市弥栄町の自宅を出たのは正午を大きく過ぎてから。晴れるという予報に期待して目覚めたものの小雨が降る朝。この時期にしては強い寒気が来ていて、昨日まで続いていた時雨模様の名残らしい。しつこいなあ。一気にテンションが下がる。10連休前半で唯一雨が降らなかった4月29日も、晴れ予報に期待したのに蓋を開けてみれば薄曇りで肌寒い日だった。今日はこの後急速に回復すると思われるが、灰色の空を見ると腰が上がらない。インターネットのライブカメラの画像を見ると、天橋立は曇天または雨だが、経ヶ岬に近い宇川地区や伊根は空は明るく、時間を追うごとに海の色も青くなってきている。窓の外も雲の切れ間に青空がのぞいてきて、ようやく家の外に出たのが11時前。
 でもまだすぐには走り出せない。とある調整のためリアホイールを外したら、ついでにスプロケットを変えるつもりだったことを思い出した。交換してディレイラーの調整。まだ発展途上なのだ。それ以外にもごそごそといじっているうち、刻一刻と時間が経過し正午を過ぎてしまった。延期しようかという気持ちが芽生えるも、いつしか空から燦々とサンシャインが降り注いでいる。日も長くなってきたし、というわけで何とか出発することができた。
Img_7507

 スーパーマーケットでおにぎりを買って、竹野川の流れに沿うように北上、日本海を目指す。国道482号線は使わず、農道などをつないでいく。いくつかの田には水が張られ、サギやカモメが佇んでいる。この連休のうちに田植えが行われる。だから、いつもは車に出うことがない農道にたまに軽トラックが通る。
Img_7509Img_7511

 野山は萌黄色。その景色にコーディネートしたような自転車のフレーム色。緑の新車。新緑のコラボレーション。
 左前方からの向かい風を受けて走る。気温上昇による海風が吹き始めているのか。しかしやや冷たい。寒気の名残の北西風かもしれない。気圧配置はまだ西高東低だ。
Img_7512

 10㎞ほどで竹野川の河口近くの道の駅「テンキテンキ丹後」。駐車場は満車に近く、自動理二輪も多い。自転車はロードレーサーが数台。ここでトイレと小休止。
 国道178号線で経ヶ岬を目指す。竹野集落を過ぎ急な登りをクリアして海岸段丘に乗り上げると左に日本海が広がる。青い。
Img_7513

 海岸の断崖に対峙してそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。透明な海水と白い砂により、明るいコバルトブルーの海がみられる場所。ただし、それは空が青く海が穏やかな季節に限られる。今日は美しい色をした海を見ることができた。こういう日に走らないといけない。東屋でおにぎりを食べる。クルマが入れ代わり立ち代わり止まり、途切れることがない。
 風はほとんど感じないが、弱い追い風なのだろう。海岸のアップダウンをこなしていく。クルマが多いがここは国道を行くしかない。遠くから来たクルマも多い。松本ナンバーの自動二輪が6台連なって追い越していった。
Img_7515

 海岸段丘を一度降りて宇川を越えて、また昇り返す。そして、すぐにまた下る。そこで国道をそれて久僧海水浴場へ。まだ人がいない白い砂浜と青い海、海岸に点在する奇岩を見ながらのんびりと行く。漁港を越えたら海岸段丘の上を行く国道へ合流。自衛隊の分屯地とアメリカ軍のレーダー基地を越え、袖志集落へ。波が穏やかで、今日はサーファーはいない。
Img_7516Img_7520       

 また軽く登って経ヶ岬へ。灯台への分岐を見送って、さらに上る。標高100mを越えたら白南風トンネル。それを抜けると眼下に青い海が広がる。カマヤ海岸。京丹後市から伊根町へと入った。丹後半島の東側、若狭湾に浮かぶ冠島と沓島。その向こうに若狭のリアス式海岸が見える。海岸線に垂直な方向には、うっすらと越前海岸(正確にはその奥の山)。白山が見えないかと目を凝らすが、そこまでは見えない。そんな大展望と100m下の海を見ながら緩い下りを快走する。いつもは静かなカマヤ海岸だが、駐車スペースにはいずれもクルマが見れる。
Img_7521Img_7523

 甲崎を越えると蒲入の集落と漁港を見下ろす。かつてはここから蒲入峠への登りが始まったのだが、蒲入トンネルが開通して下りのまま本庄へ。
 ようやく国道を離れることができる。海に向かう府道623号線を1kmほど進んで本庄浜。そこからは町道で野室崎を越えるアップダウン。いきなり急登が始まる。道路わきの数本の八重桜は、まだ少し花を残していた。
Img_7529Img_7530

 「3回地獄を見る。」2013年5月に放送されたNHK-BSプレミアムの「にっぽん縦断こころ旅」で伊根と経ヶ岬の間のこのコースを表現した言葉だ。火野正平は一つ目の地獄、新井崎で自転車を断念、ヒッチハイクした軽トラックの車窓から野室崎やカマヤ海岸を眺める。丹後半島一周が50回目の私は150回も地獄を見ることになるわけだが、私にとっては地獄でなく楽園なのだ。丹後半島一周の中で最も海の景色が美しい区間だと思っている。
 法面の崖の土がむき出しになった区間を過ぎる。落石防止のネットがはがされている。ここは7月上旬まで工事による通行止めなのだが、連休の間は通行可となっている。交通量の多い連休に丹後半島一周したのはここを通るためだ。しかしながら、ほとんどは国道を通ってこちらの町道は静かなものだ。
Img_7532Img_7535

 標高120mあまりでこの区間の最高地点。次に超える新井崎、さらに京都・福井の府県境の大浦半島成生岬が見える。そして泊へと下る。断崖に囲まれた小さな入り江の砂浜で家族連れが遊んでいるが、基本的には今日も静か。そして新井崎への登りへ向かう。こちらも登り始めが急登だ。2月下旬にはこの区間は工事で通行止めだった。しばらく上ると法面が崩れていた。昨年の7月豪雨の被害の復旧工事はまだ完了してはいないようだ。
Img_7538Img_7540

 標高差70mほどで登りがいったん落ち着き耕地整理された田んぼと新井の集落を過ぎる。30年くらい前は、ここも千枚田と呼ばれる小さな棚田だった。
Img_7546Img_7543

 その先で再び登りとなり、小さな田んぼがみられる。水が張られて田植えの準備がされている。新井の漁港を後方に見て、標高120mあまりで最高地点。登りが終わってホッとする反面、静かな区間が終わってしまうことが名残惜しい。野室崎新井崎区間で出会った車や自動二輪は数台、自転車は1台だけだった。
Img_7551

 舟屋が並ぶ伊根湾沿いは狭い道を多数の歩行者が縦横無尽に行き交う。かつてはここが国道だったが、今は国道は高台にバイパスされてクルマの通行は少なくなった。しかし歩行者天国ではない。地元の生活道路だ。歩行者やたまに通る自動車に注意しながら狭い道を抜ける。伊根湾巡りの観光船乗り場を過ぎると安心して走れるようになる。
Img_7555

 伊根町から宮津市へと変わり、養老の集落を抜けると国道178号線へと復帰。さあここから天橋立江尻まではクルマの多い道を行かねばならない。覚悟を決めて走る。渋滞まではいかないがクルマがあまり途切れることがなく、路肩も狭い。相変わらず関西のクルマは自転車の追い越しのタイミングが悪い。つまりへたくそである。手前で少し減速し対向車をやり過ごしてから自転車を追い越せばスムーズなのに、我先にと突っ込む関西人。なんでも勝負にしてしまう。結果的には大きく減速して対向車と自転車の間すれすれを行くことになる。自転車に追いつくまでは早くても、再加速までトータルすると時間も燃料もロスが大きい。そして危険だ。論理より感情を優先し、目先に気を取られ先を見通せないのが関西人の特徴だ。もちろん、そうでない人もいるけれど。
Img_7561

 日置まで来たら、リゾートマンションやクルーザーが並ぶマリントピアアリーナへ。国道をそれて息抜きだ。世屋川に阻まれなけらばもっと長く国道をエスケープできるのだが、橋を渡るために国道に戻ると路肩が広くなっていてそのまま国道を走ってしまう。あと少しの辛抱だ。
 昨年の7月豪雨の復旧のための片側通行区間も3ヶ所まで減っていた。
 江尻まで来たら国道から集落の中の道へ。そして漁港を経て防波堤沿いを行く。前方に見えるは天橋立。
Img_7568Img_7575Img_7579

 天橋立も観光客がうじゃうじゃ。江尻と文殊を結ぶ汽船乗り場の桟橋には長蛇の列ができていた。国道も車が渋滞しているが、こちらはシーサイド自転車道へ。自転車道といっても、主な利用者はウォーキングの人だが、今日は珍しく若い男女連れのクロスバイクが走っていた。彼らを追い越し岩滝へ。左は阿蘇海、右は水を張られた田んぼ。水辺に挟まれた道だ。
 岩滝町男山から府道53号線でゴールの京丹後市弥栄町へ戻ることが多いが、今日は府道651号線大内峠を越えることにする。
 もう一台の折畳小径車で丹後半島一周したのは2012年10月。デビューから3シーズン目で走行距離は3000㎞。2度目の北海道遠征では、標高400mの山越えを含む奥尻島一周70㎞もクリアし、丹後半島一周に挑んだのだった。結果的には見事に完走できたのだが、食料の補給をしそこなって軽くハンガーノックとなったこともあり、終盤にばててしまった。帰宅後にGPSのトラックデータを解析してみると経ヶ岬から伊根までの「3度の地獄」あたりでペースが落ちていったことが分かった。一番の原因は、フロントシングル、つまりフロントギアが一枚しかなく、ギア比をあまり落とせないこと。そして、そういう場合はハンドルを強く引きながらペダリングすることによって背筋など体全体の筋肉を使うのが常とう手段だが、折畳のハンドルポストが破損することが心配で強くハンドルを引くことができなかった。これがもう一つの要因。実際にはその時点では順調に走れているつもりだったが、徐々に蓄積された疲労が終盤に現れたということのようだ。ちなみに、その丹後半島一周が、一日の走行距離が長い。
 その経験を踏まえ、新しい折畳小径車はフロントにインナーギアを追加できるモデルを選択。納車前にフロントダブルにカスタマイズし、今日の出発前にリアスプロケットをローギア32Tから34Tのものへと交換した。既にこれまでのテスト走行でも感じていたことだが、フロントダブルの効果は絶大で、ランドナーやMTBなどフロントトリプルの主力バイクと比べてもあまり違和感を感じない走り具合だ。もちろん、前回の小径車の時も実感では大丈夫と思っていたのだが、最後に府道53号線より少しきつい651号線大内峠を選択し、そこで地獄を見た。ならば、同じ大内峠をたどり、フロントダブルの効果をはっきりさせてやろうという目論見だ。
Img_7581Img_7582Img_7584

 シーサイド自転車道からクルマの多い国道178号線を越えて内陸へ。大内峠へと昇る。ヘアピンカーブが連続する。普段は日中に山菜取りなどのクルマがわずかに通る程度なのだが、今日はもう夕方にもかかわらずたまにクルマに出会う。さらに、オートバイが2台。長野と所沢のナンバー。この取り合わせには見覚えがあるような気がする。伊根から天橋立までの国道で追い越されたのではなかったか。
Img_7590

 標高160mの大内峠も無事に登り切った。せっかくなので一字観公園に立ち寄り天橋立を眺めることにする。文字通り、天橋立が真一文字に見える。キャンプ場も併設されていて、先ほどの長野・所沢コンビが荷下ろし中。サイトに乗り入れができないので何度も往復している。ほかにもう一台の自動二輪と、クルマは10台くらい。
Img_7592Img_7594Img_7595          

 これでもう大きな上り坂はなくなった。京丹後市大宮町へと下る。下り切ると市街地となるので国道312号線もその他府道もクルマで混雑。だから、竹野川の堤防の上の道や農道、つまり小学生の通学路をつないで走る。そして、この折畳小径車を買った、自転車店「BULLDOG」に立ち寄り、報告を兼ねて小休止。30分ほど過ごす。
 完全に日が暮れたが、ヘッドライトがあるので問題ない。むしろ薄暮よりも安全だ。19時に再スタート。自宅までは8㎞。ほぼ平坦ではあるが、竹野川の流れに沿ったごく緩い下り基調。十分余力を残して走り終えた。

 5月2日、12:30~19:25、約90㎞

| | コメント (2)

2019/04/23

亀岡から保津峡松尾谷林道・六丁峠・愛宕谷林道で嵐山往復

 ラーメン屋のスタンプラリーと並行しての亀岡シリーズ最終戦。スタンプラリーの目標達成とともに亀岡起点の一連のツーリングも終わる。というわけでまた亀岡にやってきた。ただし、今回は道の駅ではなく、大堰川(保津川、桂川)の左岸、保津小橋の北詰の河川敷の広場にクルマを止める。堤防には薄いピンクの残り花をつけた桜が立ち並び、土手は菜の葉の黄色が広がっている。春の日差しが降り注ぎ、川面はきらきらと輝いている。
 保津小橋は亀岡盆地内で大堰川を渡る橋としては最も下流に位置する橋で、四国の四万十川や吉野川流域に見られる沈下橋、あるいは潜水橋と同じタイプのものである。つまり、建設費を抑えるため橋脚が低く、増水時には流れに飲み込まれてしまう。そのとき、ダメージを受けないよう欄干がない。流れを受け流すのだ。クルマの通行も可能だが、車幅ぎりぎりで欄干のない橋を渡るのはスリリング。今日は渡らないけど。
 その保津小橋の下を保津峡下りの舟がくぐって行く。公式には「桂川」なのだが、ここから下流は「保津川」と呼ばれ、保津峡という渓谷を形成している。さらにその下流の嵐山からは「桂川」と呼ばれるようになる。保津小橋を過ぎると10kmほど下流の嵐山の渡月橋まで、つまり保津川区間には、本流を渡る車道の橋はない。鉄道橋があるだけだ。
Img_7209Img_7210

 自転車の準備が整ったら、走り出す。今日は保津川に沿って自転車で上洛する。保津の集落を抜け、右に保津川を見ながらいく。先ほど保津小橋の下をくぐり抜けた舟に併走する形。すると対岸の嵯峨野観光鉄道「トロッコ亀岡駅」から、トロッコ列車が嵐山に向けて出発する。その写真を撮る。
Img_7227Img_7228

 自転車、川下りの舟、トロッコ列車と異種格闘技戦ならぬ、異種レースは、トロッコ列車の圧勝。保津川の流れの急なところで、舟より自転車がやや優勢。流れの淀んだところがあるので、自転車の方が速いはずだが、こちらは写真撮影等で何度も止まるので結局自転車が最下位。保津川の景色を一番長く堪能するのだ。
 あと、写真撮影以外に自転車の巡航速度を落とす要因がある。この保津川左岸の道は、対岸にトロッコ亀岡駅を見て少し下流に進んだところの請田神社までは府道401号線。京都府の道路情報提供サイトでは災害のため通行止めとなっている。クルマを止める前に偵察しておいたが、道路脇に倒木が積み上げられていた。おそらく昨年9月初めの台風21号の被害だろうが、道路をふさぐ倒木は撤去されていたということ。ただし、その先は府道でなく松尾谷林道となるため道路情報提供サイトには状況が示されていない。偵察も請田神社までしかしていない。あとは行き当たりばったりだ。ちなみに、府道401号線は京都市の水尾付近で復活する。分断路線というわけだが、どういう経路で府道が敷かれる計画なのかはわからない。
Img_7215

 松尾谷林道に入り、道路は荒れた舗装からダートとなる。右には保津川の流れ、対岸には嵯峨野観光鉄道の線路を見ながら行く。しばらく進むと倒木で道が塞がれていた。自転車を持ち上げ、倒木をまたいで越える。どうやらこちらは応急処置もされていないようだ。これの状況にはむしろ安心する。この奥に工事の車両が入っていない、つまり復旧作業が行われていないことがほぼ判明した。場合によっては京都市(嵐山)側から作業の手が入っている可能性もあるが、まあ大丈夫だろう。倒木は越えていけるが、復旧作業中だと道が通れない。
Img_7236Img_7241

 その先何度か倒木に出会う。その周囲は落石が散らばる。丸太が横たわっているのは越えるのに苦労しないが、枝の茂った部分が道路をふさいでいると苦労する。でもよく見ると、邪魔な枝は払われて人の通り道は確保されている。松尾谷林道は、今回の災害を受けてというわけでなく、常時車両通行止め。管理が手に負えないということのようだ。ただし、保津峡を見ながら歩くハイカーがいるようだ。
Img_7233

 保津川が大きく蛇行する区間となる。しばらくは、川の蛇行に付き合って蛇行する林道だったが、途中から、もう蛇行に付き合っていられない、とばかりに、高度を上げて、渓谷を俯瞰するようになる。JR山陰線は初めから蛇行を無視してトンネルと鉄橋で直線的にこの区間を貫いている。列車が通れば大音響が谷を埋め尽くす。
 倒木や落石は落ち着き、路面は割と平らな舗装となった。標高を上げ尾根を越え、保津川の支流沿いへと降りる。橋を渡り支流に沿った府道50号線へと突き当たる。松尾谷林道はここまで。左は水尾集落へ、右は嵐山へ向かう。突き当りの法面は杉林だが、ここもまたすさまじい倒木。
Img_7251Img_7255

 右折をして支流に沿って下るとやがて保津川本流の左岸を行く。こちら側は府道401号線が復活。50号線との重複区間だ。川の合流点のすぐ手前、支流の向こう側にJR山陰線の保津峡駅。トンネルの合間、保津川本流の橋上駅。山陰線の線路はすぐトンネルに姿を消すが、入れ替わるように別のトンネルから嵯峨野観光鉄道の線路が現れる。この先は、保津川と、その向こうの嵯峨野観光鉄道の線路を右に見て進む。府道ということで、舗装の路面は滑らかだし、倒木で塞がれていることもない。もちろん、一般車両通行可の路線である。
Img_7260Img_7257

 しばらく行くと、歩行者用の橋がかかり対岸に嵯峨野観光鉄道の保津峡駅。なんだか懐かしさがこみ上げてくる。かつてはこちらが山陰本線だった。複線電化に伴い、現在の路線に切り替えられたのが平成元年3月。旧路線は平成3年から嵯峨野観光鉄道として生まれ変わった。つまり現在、渓谷美を楽しむ観光鉄道は昭和の時代には、出張のビジネスマンも通学の学生も、さらには大きな荷物を背負った行商人も利用した路線だった。私も、家族旅行、大学受験、帰省などで利用した。印象深いのは、子どもの頃の家族旅行からの帰り道によく乗車した、18時05分京都駅発の急行列車。京都府北部の丹後地域には21~22時頃に到着する。京都駅で買った駅弁を車内で食べるのがその日の夕食となる。京都駅を出て30分ほどのこの保津峡辺りで駅弁を食べるのが、我が家の通例だった。40年の時を経て、そのときの駅弁「うなぎの蒲焼弁当」のたれの味がよみがえってきた。
 ここからは小さなザックを背負って歩く人がちらほら見られる。外国人が多い。保津峡駅でトロッコ列車を降りて、嵐山まで歩くということなのだろう。
 狭いトンネルの入り口で歩行者に呼び止められる。暗くてわからなかったが、外国人の若い男性だった。英語で何やら言っている。何度目かでようやく「嵐山に行くのはこっちでいいか」と訪ねていることがわかった。前方を指差し「Arashiyama!」と伝える。そして、お互い笑顔で別れる。
 やがて道はヘアピンカーブを繰り返す急な登りとなった。六丁峠へ向かう。府道と嵐山高雄パークウェイが立体交差する六丁峠からは保津峡を見下ろすことができる。
Img_7272Img_7273

 そして嵐山側への下りは、さらに急勾配。峠に立つカーブミラーがうつむいている。
 こちらもヘアピンカーブがいくつか連なり、小さな沢沿いをへて赤い鳥居の脇に出た。萱葺き屋根の茶屋から石畳が始まっている。嵯峨鳥居本。茶屋に続く家並みは、日本の伝統的な建物。萱葺き屋根もいくつか見られる。何組かの外国人観光客が散策している。ここから程近い渡月橋周辺と比べると静かな雰囲気だ。
Img_7282

 さて、保津川から名を変えた桂川沿いへと行きたいのだが、たくさんの観光客がひしめきあうJR嵯峨嵐山駅や嵐山電鉄嵐山駅周辺を避けたい。そこで少し下流側で桂川へ。できれば対岸の桂川自転車道へ行きたいところだが、そのために渡月橋へ戻るのは混雑を避けた意味がなくなる。そのまま左岸を行く。川沿いの府道29号線はクルマの通行が多いが、自転車通高架の歩道に上がる。対岸と違って、こちらは人があまり歩いていない。1kmあまりで松尾橋。これを渡って阪急電車の松尾大社駅の駐輪場に自転車を止める。市街地走行は嫌なので電車に乗換えだ。ちなみに、嵐山駅の駐輪場の半額の100円で自転車を止められる。距離は2kmも離れていない。
Img_7287

 阪急電車に乗り込み、桂駅で乗り換えて河原町駅で下車。高瀬川の流れを見ながら木屋町通りを北上。こちらも外国人観光客が多い。途中で目的のラーメン屋がある河原町通りへとレーンチェンジ。歩道は人が入り乱れ歩きにくい。三条通を越えたところのラーメン屋へ。時刻は14時半。狭い店内は空いている。まぜそばを食べて、6個目のスタンプをゲット。そして、前回もらえなかった5個達成のラーメン無料券をここでもらう。同時に、次の無料券の権利が得られる7個へのリーチがかかった。
Img_7292Img_7296

 店を出たら、すぐに歩きやすい木屋町通りへ向かい南下する。往復1.5kmの歩行。
Img_7301Img_7303Img_7306

 阪急電車で松尾大社駅へ戻り自転車に再会。今度は桂川自転車道で嵐山へ。北西の風が正面から吹き付ける。桜ももう見ごろを過ぎたせいか、渡月橋から嵯峨嵐山駅間の混雑も以前ほどではなく、何とか無事通過。往路を引き返すのだが、鳥居本の石畳に入りそこね、いつの間にか並行する府道を走っている。嵐山高雄パークウェイ入り口の陸橋を渡る。ここから京都の市街地が見下ろせる。京都タワーが目立っている。橋を渡ったら、階段を下りて鳥居本の石畳へ降り立つ。自転車はMTBとはいえ階段は乗車でなく押して下る。

Img_7308Img_7311Img_7313

  激坂の六丁峠を越える。道を尋ねられた外国人の青年は無事に嵐山にたどり着いただろうか。普通に行けば、私が阪急電車でラーメンを食べに行っている間に到着しているはずだ。
Img_7317

 松尾谷林道への分岐までは来た道を引き返す。まったく同じ道を戻っても面白くないので、松尾谷林道には向かわず、そのまま直進。水尾の集落を目指す。道は登り坂だ。
Mvi_7322mp4_000004070Mvi_7322mp4_000064301Mvi_7322mp4_000117629  

 しばらく登っていくと、右手の山側の法面のコンクリート壁の上面に何やら茶色の物体が動いている。サルかと思ったが、イノシシの子どもだった。山に戻りたいのだが、コンクリート壁の上のフェンスに阻まれ戻れない。私に気付いてパニックになっているのだろう。何度もフェンスに体当たりを食らわせている。しかし、いくらがんばっても金網を突き破ることはできない。そのうち、コンクリート壁から転げ落ちる。しばらくコンクリート壁に沿って走るが、へとへとに疲れているようあ走り方。一度私に向かって突撃してきたが、足で追い払うと、今度は道の反対側へ。ガードレールをくぐろうとするが、落差のある絶壁で下りられない。ガードレールの支柱を越えるたびに下を覗き込むが、そんなに急に状況は変わらない。というより、一度見ればずっと先の様子までわかるはずなのに。まさに猪突猛進(目標に対して、向こう見ずに突き進むこと。三省堂新明解四字熟語辞典)の視野の狭さだ。
Img_7324Img_7332

 そんなイノシシを追い越して、さらに登る。水尾は山間斜面の小さな集落。ゆずの里だ。集落とゆずの木の畑が入り混じった水尾を過ぎてさらに登ると神明峠。ここから愛宕谷林道へ。こちらも松尾谷林道と同じく車両通行止。両側の入り口はゲートで塞がれているのだが、そのゲートが開いている。反対側の入り口をアプローチの際に偵察していたのだがそちらもゲートが開いていた。おそらくこれは災害復旧工事のためだろう。その工事を示す看板が立っている。工事開始として4月中旬の日付が記されていて、それはまさに今日。ただし、日付には「頃」の文字。工事の時間帯は18時まで。現在の時刻は17時40分。もし今日工事が行われていたとしてもそろそろ撤収、後片付けの時間だ。そして、工事関係者は麓の亀岡側に戻っていくだろう。こちら側には向かってこない。つまり、今からこの林道を下っても大丈夫だろう。
Img_7337

 ということでコンクリート舗装の急な下りに突入。ちなみに、もしこの林道がダメなら樒原まで北上して、そちらから亀岡盆地へ下るつもりだった。その道もダメなら、さらに北上越畑を越えて国道477号線を下ることになる。京都府の道路情報提供サイトで国道は通れることがわかっている。でも、そちらにエスケープしなくても愛宕谷林道が通れそうなのでよかった。
 この愛宕谷林道は2016年1月以来、また往路の松尾谷林道は2015年6月以来、ともに2度目。どちらも一般車両通行止の自転車向きの道。多少路面は荒れているが、オンロードタイヤで十分対応可能。この日の自転車はMTBだが、26×1.50のスリックタイヤ。650Aのランドナーでも全く問題ないだろう。
Img_7340Img_7341Img_7345

 ため池を過ぎたら杉の林間の下りとなる。たくさんの倒木が見られるが、道路を塞ぐものは切られて通行できるようにされている。道路そのものが傷んでいる様子は見られず、災害復旧工事とは倒木の処理ということか。しかし、それももう一通り澄んでいるようで、今日工事が行われていた様子はない。雪が少なく、前倒しして工事が行われたのか。真相は不明。
Img_7348Img_7350

 というわけで無事愛宕谷林道を通過。クルマを止めた保津小橋まではすぐ。
 4月中旬、36.2km

 この数日後、近場のラーメン屋で7個目のスタンプとともに2枚目の無料券をゲット。これで、スタンプラリーに区切りをつけた。

| | コメント (2)

2019/04/21

亀岡「穴太善峰巡礼古道」から旧樫田を経て東別院と曽我谷

 先日4年ぶりに旧樫田村(高槻市)を訪れたが。もちろん4年前とまったく同じコースを走ったわけではない。そうすると4年前には走ったが、先日は走らなかったコースも訪れてみたくなってきた。それに、ラーメン屋のスタンプラリーが無料券ゲットまでリーチがかかっている。生活圏の隣接地域の店を一つ残しているのでそのうち達成できる見通しだが、さらにあと2個スタンプを追加すればもう一つ無料券がもらえる。スタンプラリーの期間はもう少しある。頑張ってみるか。
 上洛の拠点はやはり亀岡。京都市内の店を目指すのだ。亀岡の道の駅から自転車でJR亀岡駅へ。駅前のショッピングセンターのコイン駐輪場に自転車を置いて列車に乗り込む。今日のターゲットは京都外国語大学の北側に位置する店。電車なら嵐山電鉄の山ノ内駅が最寄だが、JRからは嵐山で乗り換えとなる。JR嵯峨嵐山駅と嵐電嵯峨駅とは近いけれど同じ敷地ではない。乗り換えには時間的、空間的、金銭的なロスが発生する。ならば、乗り換えずJR花園駅からラーメン屋まで歩こう。1.7㎞、20分だ。亀岡から乗車すると多少空席もあった車内が、嵐山からはぎゅうぎゅう詰めに近い混雑。外国人が多い。花園駅で下車して一路南へ。アイズバイシクルがある北側へは歩いたことがあるが、南へ歩くのは初めて。ソメイヨシノは残り花だが、枝垂桜が満開。住宅街の狭い路地や講演を横切り、葛野大路通りへ。専門学校か大学のような建物がある。京都外国語大学はもっと先のはずだが。京都先端科学大学だそうだ。フェンスの向こうの敷地内にはバスが止まり、それに乗り込む学生の行列。太秦・亀岡キャンパス間のシャトルバスとのこと。亀岡にもキャンパスがあるんだ。また、その手前にあったのも、京都調理師専門学校。アルファベットの略称で書かれていたのでよくわからなかった。このあたりも文教地区となっているようだ。食欲旺盛な若者が多いから、ラーメン屋も多い。
Img_7106Img_7108

 さて、京都外国語大学手前のラーメン屋で混ぜそばを食べてスタンプゲット。これで5個目なのだが、黙っていたら無料券のことには触れられなかった。まあ、次の店でこちらから切り出そう。
 経路に少し変更を加えながら花園駅へと引き返し、さらに列車で亀岡へ。3時間以内に戻ったのでショッピングセンターの駐輪場は無料。もちろん、ちゃんと買い物をする。そして道の駅へ。今日は、ラーメンのスタンプラリーと自転車ツーリングは別々。拠点は道の駅なのだが。
 ツーリングの装備に切り替えて出発。まずは国道9号線を南東へ。でも、幹線道路は嫌なので南の枝道へエスケープ。国道なら真っすぐ行けるところをジグザグに進まねばならないが、幹線道路を走るよりはいい。
 穴太善峰巡礼古道に向かっているわけだが、つつじヶ丘の住宅地の東側を南下するのが一般的なルート。でも、当たり前の道よりも面白そうな道を選ぶのが自転車乗りの性。いや、私だけか。
Img_7113Img_7123Img_7118

 大堰川(桂川)の支流の年谷川沿いに出て、さらに橋を渡ってコンクリート舗装の急坂の道へ。いきなりゲートが閉ざされている。両脇もフェンスで固められているが、胸ほどの高さしかない。乗り越えて侵入する。薄暗い林の中の道。路面は荒れに荒れて、割れた舗装のコンクリートのような石のようなものが転がるがれた状態。乗車で登ることができない。自転車はMTBだが、タイヤはスリックだ。ひとしきり上ると柵の向こうに住宅が並ぶ。つつじヶ丘の住宅街の西端をかすめていく。さらに茱萸谷池というため池の畔へ。ここもダブルトラックとため池の間はしっかりフェンスで隔てられている。
Img_7131

 京都縦貫自動車道の下をくぐり林間の荒れた道を南下すると、右に分岐がある。穴太善峰巡礼古道へ向かうには道なり、つまり左だが、ちょっと右へ行ってみる。すぐに川で道が寸断されている。年谷川の支流だ。その川の向こうに、府道6号線から分岐するダブルトラックが見える。4年前には府道6号線から脇の甘いフェンスを越えてそのダブルトラックに侵入したのだが、この川を渡ることができずに引き返し、今たどってきたコースを来たのだった。今目の前を流れる川は、4年前のあの日と比べて水量が少なく飛び石で渡れそうだ。4年前は3月上旬だったので、雪解け水で水量が増していたのだ。
Img_7132

 元の道に復帰して先へ進む。左側は住宅街なのだが、進行方向右には年谷川の支流がやや深い谷を作っている。かつてはこの流れに平和池ダムがあったとのこと。跡地として碑が立っている。その碑のところでダブルトラックは終了。穴太善峰巡礼古道が始まる。またフェンスで閉ざされているので、平和池ダム跡地の碑のところの隙間から脱出。
Img_7138

 穴太善峰巡礼古道は年谷川の支流の谷を行く一車線の舗装路。たまにハイカーらしき人に出会う。道路わきの流れはたまに滝もある。中ほどに少し平らなところがあり、ちょっとした田園と数軒の集落がある。茅葺の民家がいくつか見られるが、昨年の台風の被害か屋根が破損しブルーシートをかぶっている。
Img_7139Img_7143

 さらにまた林間の急坂となる。特に亀岡市と高槻市の境の万寿峠の手前は急勾配。4年前の記事には20パーセントくらいと書いたのだが、もしかするとそこまではないのかも知れない。北海道小樽の「励ましの坂」や、わが丹後の国の天橋立に近い成相寺へ上る坂のような、25パーセント前後の勾配から感じる威圧感はない。写真撮影で止まったものの、4年前に続き今日も乗車で登ることができた。
 万寿峠を越えると、大阪府高槻市。でもかつては京都府樫田村。こちらには車両通行止めの看板が立っていた。さらに、府道733号線に合流する地点にも通行止めの看板。
 万寿峠は片峠で、高槻側は緩やかな勾配。少し前に見た風景をたどり、旧樫田の中心街である田能へ。その田能を北東から南西へ斜めに突き抜ける。路線は府道733号線のままだ。少し賑やかだった田能を過ぎると一気に山間の雰囲気が増す。道は広くセンターラインも引かれているが、クルマが少なくていい。安威川に沿った緩い下りを気持ちよく走る。
Img_7167

 小さな集落を過ぎると、何やら趣のある建物が見えてきた。白い壁とレンガ造りの煙突が特徴の古い建物。「二料山荘」とある。帰宅してから調べたところ、食事や宿泊のほか、農業や林業の体験ができる施設とのこと。かつて造り酒屋だった建物を利用しているそうだ。
Img_7169

 そのすぐ先が、二料の集落。集落の真ん中の広場には統一地方選後半の高槻市議会議員選挙のポスター掲示板が立っている。一見行き止まりのようだが、道幅が半減した細い道が家並みの中に続いている。そちらへ。
Img_7172

 集落はすぐに終わり、杉の林間となる。狭い谷を行く道の途中に府境があり、大阪府から京都府へ。この辺り周囲の山肌の倒木がすさまじい。昨年9月初めの台風の被害に違いない。先日の、田能川沿いもそうだったが、南北方向に伸びている谷は南風の通り道となり被害が大きい。
 谷が開けて田園や集落が現れた。前方の交差する道路を行き交うクルマが見られる。府道46号線だ。信号のない交差点手前は桜並木。標高が高いのでまだ十分に見ごろだ。そこはお寺のようだ。交差点名を表す案内板に「九折」の文字。集落の名前でもある。「tsuzuraore」というローマ字表記もあるが、「クオレ」と読みたくなってしまう。ダイハツの軽自動車やTVアニメの「母を訪ねて三千里」(原作の小説の題名が「クオレ」)が頭に浮かぶ。いずれも、40年位前の話だ。
Img_7179

 V字を描くように鋭角的に右折。交差点はY字路なのだが。センターラインが引かれ、多くはないがクルマが通る道。それまでのクルマが皆無の道ではない。安威川に沿って集落が並び、視界から完全に家が消えることはない。田舎であるが洒落た雰囲気の建物見られる。この辺りが別院(東別院)。「木のコンビニ」という木工品を生産・販売する店や製材所も見られ、林業が営まれた地であることが改めてわかる。台風の被害は打撃だろう。
 信号のある交差点。ここもY字路。赤信号で停止したのでコースを確認。左の道、府道407号線をとる。青信号だったらそのまま道なりに右を選ぶところだった。
 クルマがほとんど通らない静かな道となり、心が落ち着く。小さな集落を見ながら緩やかな登り。峠というほどではないが、グラウンドのある辺りがピーク。道は緩い下りに変わる。小さな集落には桜が西日を浴びている。
Img_7187

 曽我谷川に沿った林間の道を下っていくと、景色が開ける。亀岡盆地の南西の端っこに降り立ったわけだが、中心市街地とは隔離された小部屋のような雰囲気。田園が広がり、山際に集落が見える。進行方向右手、つまり東側の山の上には亀岡カントリークラブや霧のテラスがあり、先日はあの上から今いる場所を見下ろしていたのだ。霧のテラスの目印のアンテナはよく見えているが、霧のテラスそのものはよくわからなかった。
 何よりも目立つのは、霧のテラスのある山の麓にある巨大なビルディング。のどかな風景の中、違和感を感じるほど。西日を受けて金色に耀き、強烈に存在をアピールしている。まあ、だいたい心当たりはあるのだが。
 交通量は少ないものの、スピードを上げて走るクルマにストレスを感じるので、農道へとエスケープ。巨大なビルへと近づいて行く。
 ビルの壁面に書かれた施設の名称は予想に反していた。「京都先端科学大学」。京都学園大学じゃないの。実はこの4月から大学の名称が変わったのだそうだ。そして、数時間前に通りがかった京都外国語大学の北側の太秦キャンパスからのシャトルバスの行き先はここだったのだ。なんとラーメン屋のスタンプラリーで系列店のうち7店制覇を目指しているのだが、今日一日で京都先端科学大学の2キャンパスを制覇してしまった。ただし、この大学のスタンプラリーはない。
Img_7192

 12~13階建ての巨大なビルディングの麓にあるいくつかのグラウンドにはナイターの明かりがつき、野球、サッカー、陸上などの練習が行われている。こちらも自転車にヘッドライトを装着、点灯。
 大学を過ぎると強制的に国道423号線に追いやられる。道路沿いは住宅街となり郵便局やコンビニ、ガソリンスタンドもある。亀岡盆地の端の小部屋から大広間へと出て行く。クルマも一気に増えたので、山際の細い道へエスケープ。家の間を縫う路地のような道だ。
 京都縦貫自動車道の高架をくぐると、国道423号線を走らざるをえなくなくなるが、クルマを止めた道の駅はもうすぐ。

 4月上旬、37.6㎞。

| | コメント (0)

2019/04/17

残雪がいまだに多し扇ノ山

 もうそろそろかな。2度の残雪調査からひと月経過した4月上旬、扇ノ山に足を向けた。寒の戻りの波状攻撃で、記録的な暖冬のわりに近畿地方の桜の開花は平年より1,2日早いくらいだし、満開は平年並みか1日遅くなった。3月中に解けてしまうんではないかと心配した扇ノ山の残雪も、かなり持ちこたえていると思われる。
 扇ノ山の残雪期の登山口として京都府丹後半島から一番近い上山高原までは、まだ除雪されていないかも知れない。例年、4月下旬に行われる野焼きにあわせて除雪が行われる。雪が少ない年には早めに除雪されることがあるが、そのあたりは不確定要素だ。今シーズンのこれまでの情報では、少なくとも上山高原の少し下の標高700m付近までは雪が溶けてクルマが入れるようだが、車道歩きが長い。標高900mの上山高原からの2.8kmの車道歩きだけでも十分だ。過去には標高600mのシワガラの滝入り口から歩いたこともあるのだが。
 それよりも最近のお気に入りは、河合谷牧場からのアプローチだ。兵庫県を越え、鳥取県まで行かねばならないので、クルマの走行距離は片道10kmと少し伸びるが、ある程度雪解けが進むと標高860m付近までクルマが入れるようになる。車道歩きが3.3km。上山高原からの車道歩きと比べて少し長い。ただし、河合谷高原からの車道は、日当りがよいため雪が解けて路面が露出した区間が長く、自転車が使える。雪解けは、必ずしも下から進んでいくとは限らない。日当たりの影響も大きいのだ。クルマは、最初の残雪区間の手前までしか入れないが、自転車は残雪の上を押して乗り越えることができる。
 というわけで、8時半過ぎに家を出る。山陰近畿自動車道の無料区間が延伸し一気に兵庫県を通り抜け、鳥取県に入ってすぐに岩美町から南下。雨滝集落から河合谷牧場へ。
 深く深く山に入る。3月上旬の残雪調査で行く手を阻まれた残雪区間を過ぎる。だが、クルマの通行こそできるものの、道路の両脇には結構雪が残り、ひと月経過した割に雪解けがあまり進んでいない感じだ。日当りのよいところには全く雪が見られないが、山影になるところには雪が残る。そして、道の両側に雪の壁ができている区間があった。これは明らかに除雪の跡だ。今まで、この道が除雪されていることはなかった。年によっては、薄い残雪を乗り越えながら標高860m地点までたどり着いた。今日もその覚悟で、ノーマルタイヤへの交換を延ばし、スタッドレスタイヤを装着したままのクルマで来ているのだ。
Img_6959Img_6961

 河合谷牧場の入り口分岐を過ぎ、除雪の壁を何ヶ所か見ながら標高860m地点へ。ここは横向きに張り出した支尾根を回り込む区間で、支尾根の北側は多くの雪が解け残る。残雪期にはクルマはここまでしか入れない状態が長く続く。今日はここまで除雪されていた。
 何はともあれここまで着たら十分だ。自転車を組み、スキー板をフレームとサドルに固定。出発前に、少しパンを食べて腹ごしらえ。すると軽自動車がやってきた。クルマから1人の男性が降りてきて、話しかけてくる。こういう場合、大概「この先にはもう行けませんかねぇ」と、一目瞭然のことを訪ねてくるのだが、やはり今回もそうだった。わかっていても聞かずにはいられないのだろう。熊の調査だという。名残惜しげに引き返していった。
 さて、出発する。作為的に雪が積まれてクルマを通れなくしてあるが、その先も除雪が続いている。積まれた雪を乗り越えたが、100mも進まずに残雪に当たった。雪が積まれている理由はわからない。
Img_6964

 自転車を押して残雪の上を行くが、雪が緩んでいて足も車輪も雪に埋もれて進みにくい。支尾根を南側に回り込めば雪が解けて路面が出ていることを期待して進むが、きついラッセルを強いられなかなか進まない。雪面は真っ白。まだ積もったばかりの雪なので、締まっていないと言うことか。いや新雪の下の根雪も随分緩んでいる。もう自転車を諦めて、スキーを履いて歩こうかと、心が折れそうになる。かなりの時間を浪費してようやく支尾根の南側へ。やはりこちらは雪が解けている。やっと自転車の活躍の時だ。
Img_6973

 嬉々として自転車にまたがる。上り坂をスキーブーツでのペダリングではあるが、重い濡れザラメ雪のラッセルよりは劇的にスピードアップ。
Img_6971Img_6988Daisen

 西側の景色が開けてきた。北西方向に鳥取市街や鳥取砂丘、第1回扇ノ山残雪調査に訪れた時に一周した湖山池もはっきり見える。真西には稜線に雪を頂いた峰々。あれは三国山だ。一度登ると親しみが湧く。あの帰り道に第2回残雪調査をしたのがひと月前だ。さらには奥に大山の姿がうっすら見える。春霞のこの時期、大山が見えるのは珍しい。
 しかし、自転車活躍の場面はつかの間、すぐに残雪に行く手を阻まれる。三日天下どころか数分の天下だった。1kmも走っていないんじゃないか。せめて路肩の50cm位アスファルトが露出していれば十分なのだが。帰宅してからGPSトラックを解析したところ、最初の雪上区間は約600mで、ここを通過するのに30分近いくかかった。それに続くアスファルト露出区間も約600mで、写真撮影の停止を含めても10分弱。アスファルト露出区間は下りでは劇的に速くなるが、残雪区間は下りも難儀することが予想される。せめて雪が締まっていればいいのだが。
 そのあとは小刻みに、残雪とアスファルトが交代で現れる。この辺りでこの春の残雪は思いのほか多いのではないかということに気付き始める。西日本の平野部、特に日本海沿岸の記録的な寡雪の印象が強く、寒の戻りが繰り返し訪れたといっても平年よりは残雪が少ないと決め付けていた。ちなみに、昨シーズンは10日程遅い4月半ば過ぎに扇ノ山を訪れたが、かなり雪解けが進んでいた。天気の週間予報からしても、今シーズンあと10日で昨シーズンのその日と同程度まで雪が解けるとは思えない。1月には久美浜湾(海ですよ)が凍結し、2月には京丹後市の平野部(標高35~40m)の我が家の周囲で50~70cmもの積雪深を記録した昨シーズンよりも、1cmも雪が積もらなかった今シーズン方が、ここへ来て雪が少ないということなのだ。
 さらに、2016年には、今シーズンのこの日と同時期に扇ノ山を訪れているが、2年前のあの日車道はすっかり雪解け。無雪期の登山口までクルマで乗り付けた。そして登山道に入っても雪はなく、山頂を諦め、最も雪が残る大ヅッコ北斜面を滑るだけだった。
 2000年のゴールデンウィーク後半、つまり5月初旬に初めて訪れて残雪の多さに驚いてから毎年欠かさず通い、20シーズン目の扇ノ山となるが、最も雪が少なかったのは2007年。雪があるうちにと3月に何度か試みるも、藪に阻まれたり寒の戻りの新雪ラッセルで山頂にたどり着けなかった。満を持して4月に訪れたらもう雪が解けていた。今年もそうだが、真冬に雪が少ない年には寒の戻りがしつこく繰り返されることが良くあり、訪れるタイミングが難しい。というわけで、この2シーズンだけ扇ノ山の山頂にたどり着けなかった。今日は間違いなく、山頂から滑ることができる。

Img_6996Img_6989

 結局、車道区間の半分を少し過ぎた1.9km地点で自転車を諦める。スキーを装着して雪の上を歩くのは、なんと快適なことだろう。その先はスキー板を外さねばならなかったのは1ヶ所のみ。残雪が丘のように盛り上がったところもあり、自転車を諦めたのは正解だった。
 自転車が活かせず残念な気持ちになるが、スキーが主目的なのだから雪が多いのはいいことではないか、ということを思い出す。
Img_7003

 山水が湧いている「水とのふれあい広場」も、周囲は雪に覆われている。そのすぐ先が河合谷登山口。この登山口は取り付きに木段が組まれている。急斜面で雪が付きにくく木段が露出していることが多いが、今日は雪に覆われている。スキーでも登れそうだが、それはシールがあっての話。ステップソールでは急すぎるので、いつものようにもう少し進んで段々畑を縫う農道から入山する。
 県境を挟んで、兵庫側の小ヅッコ登山口と鳥取側の河合谷登山口が比較的近い距離にあり、それぞれの登山道は山に入ってすぐに合流して県境の尾根をたどる。両方とも登山口からしばらくの間は藪、つまり細かいブナの木や、倒木、落ちた枝を除けながら歩かねばならないが、鳥取側はブナ林に隣接して大根の段々畑となっている。雪が解けてくると段々畑のエッジが露出して、農道を辿るしかなくなるが、今日は一面の大雪原となっている。
Img_7013Img_7011

 その雪面にスキーのトレースが数本。数日前のものだ。さらに今日のトレースも加わった。今日のトレースは下りのもの。今までは見られなかったことから兵庫側、上山高原からのアプローチだろう。登りはブナ林を歩いたものの、縦横無尽に滑ることができる段々畑に出てきたというところか。上山高原までは車道の残雪が途切れなくつながっているだろう。問題はどこまで除雪が進んでいるかだ。このトレースの主がネットに記録を上げてくれたら、その様子がわかるのだが。
Img_7016

 段々畑を登り、大ヅッコ手前で林の中の登山道へ。ここまで来ると、疎林となるため歩行はもちろん下りでも楽しいツリーランができる。
 大ヅッコを越えたら一度鞍部へ下る。ステップソールのお陰でアップダウンは問題ない。南向きで雪が解けて地面が出ていることもあるが、やはり今日は分厚い雪に覆われている。ややブナの木の密度が高いが快適なザラメの滑降だった。
 そして山頂への登り返し。十分に雪はあり心が躍る。
Img_7025Img_7042Img_7045

 誰もいない山頂へ到着。東山、そして氷ノ山がくっきり。氷ノ山もまだ白い。東尾根は一の谷まで十分滑れるんじゃないか。扇ノ山の山頂の小屋の周囲は、ブナの根明けのように丸く雪が解けている。積雪深は場所によってはまだ1mを軽く越えている。壁が垂直ではないので単純には言えないが、170㎝あまりのスキー板と比較して150㎝以上の積雪ありそうだ。
Img_7027Img_7052

 風が冷たいので小屋に入って休憩。ブーツを脱ぐのが面倒なので、土間でパンを食べる。
 さあ、いよいよ滑降だ。程よい斜度の山頂東斜面は十分な積雪。ただし、冷たい風でややクラスト。滑り出しでいきなり転倒。そのあとは、足の裏で雪質を探るように慎重にターン。もう登り返しはせず、そのままトラバースで大ヅッコとの鞍部へ。
Img_7053 

 大ヅッコへ登り返して、大ヅッコ東斜面へ。東斜面は、早く日が陰るのでクラストして滑りにくいが、こちらから東側の景色も見ておきたい。山頂からは東に延びるブナに覆われた尾根に阻まれるが、大ヅッコからは東の展望が開けている。
 青ヶ丸と仏ノ尾の間に見える鉢伏山はすでに茶色だ。でも、3月末までハチ北高原は営業していた。さらにうっすらと見えるのは丹後の山、依遅ヶ尾山。独特の形が目印だ。これが見えるということはこの時期にしては見通しがいいということだ。
Img_7058Itigao

 そのあとは大ヅッコの北斜面でツリーランを楽しみ、段々畑に飛び出す。この先の登山道は濃い藪の緩斜面となり、スピードを抑えて歩くようにいかねばならない。それに比べて段々畑は障害物がなくスキー場の初級者ゲレンデのようなオープンの緩斜面。スピードを殺さずに縦横無尽に滑り、あっという間に車道まで降りる。河合谷牧場の向こうに広がる鳥取平野に向かって滑降する場面もあって総会だ。雪は緩んでいて板の滑りはあまりよくない。歩きためのステップソールと、ターンのためのシングルキャンバーの板だから、滑りが犠牲にされている。滑走時にステップソールの影響を抑えるダブルキャンバーなら少し滑りがよくなるかもしれないが、この雪質ではターンに苦労することだろう。
 もし上山高原からきていたら、段々畑を少し滑ったら藪の中に戻り小ヅッコ登山口へ戻るか、畑を河合谷登山口まで滑り降りてから雪の車道を歩いて小ヅッコ登山口へ戻ることになる。
Img_7059

 水とのふれあい広場を過ぎ、河合谷牧場の中の車道を下る。自転車に戻るが、やはり雪の上は苦労する。雪のゆるみが増して重い濡れザラメのラッセルがつらい。最後の雪上600mは特に厳しい。自転車にくくりつけたスキー板を下ろし、ブーツに装着。スキー歩行で自転車を押す。こうすれば、足は雪面を踏み抜かないし、軽くなった自転車もあまり沈まなくなる。しかし、何のために自転車を持ってきたのだろう。最後の数十mはアスファルトの上。スキー板を簡単にザックに固定して自転車にまたがる。
 こうしてクルマへと戻った。数日後、ネットにあがった記録によれば、4月6日の時点で上山高原までの除雪が完了していた模様。その日は除雪の限界からずっと雪も途切れず小ヅッコ登山口、そして山頂まで続いていたようで、そちらからのアプローチが最も効率的だった。まあ、効率だけを求めるのではないけどね。
Img_7075

 こうしてクルマへと戻った。数日後、ネットにあがった記録によれば、4月6日の時点で上山高原までの除雪が完了していた模様。その日は除雪の限界からずっと雪も途切れず小ヅッコ登山口、そして山頂まで続いていたようで、そちらからのアプローチが最も効率的だった。まあ、効率だけを求めるのではないけどね。
 また、車道を下山しているときにクルマのわだちを見た。残雪に挟まれたアスファルト露出区間だ。登山口側の残雪に乗り上げようと試みるも、全く歯が立たず断念した痕跡だ。どうやってクルマがここに来たのだろうかと思いながら周囲を見ると、急勾配の枝道があった。牧場内の作業道だ。クマの生態調査の人がいろいろあがいたのかも知れない。いずれにせよ、1,2か所の残雪帯を越えても、どんどんと厚みを増した残雪が現れる。どうせ登山口まで来るまで行くことは無理なのだ。
 とにかく、扇ノ山の残雪は、ここへ来て平年並みまで持ち直したといってもいい。おそらく大ヅッコ北斜面はゴールデンウィークも滑れそう。さすがは扇ノ山だ。

| | コメント (0)

2019/04/11

亀岡から旧樫田村を越えて高槻へ

 先日は亀岡で自転車の集まりがあり、併せて大阪の用事を済ませることができた。亀岡から大阪への移動の途中、京都市内でラーメン屋に立ち寄った。それはスタンプラリーのためで、往路と復路で2軒、スタンプ2個をゲットした。このスタンプラリーは、とあるラーメンの系列店10軒あまりのうち、とりあえず5軒のスタンプを集めるとラーメンの無料券または記念品がいただける。目当ては無料券だ。系列店のうち2軒は、生活圏の隣接区域、自宅または職場からクルマで1時間以内の範囲。しかし、それ以外は京都市内または大阪府下で、所要時間は2時間以上かかる。というわけで、あまりスタンプラリーに乗り気ではなかったのだが、生活圏隣接区域の2軒と亀岡・大阪遠征で2軒を稼ぎ、リーチがかかった。となると、もう1軒行きたくなってくる。ラーメンのためにお出かけをする、ということでもいいのだが、無料券を得るために高い交通費を費やす、と考えると本末転倒のような気がする。何か別の用件もあれば、というわけで自転車ツーリングを企画した。
 というわけで、再び自宅から2時間半、道の駅「ガレリア亀岡」にクルマを止める。自転車を組んで走り出す準備。今日はMTBだ。
Img_6749Img_6750

 11時15分、国道9号線を京都方面へ走り出す。が、300m程で国道372号線に右折。1kmも走らずに京都縦貫道の高架へ。その下をくぐらずに、側道へ左折。もうここからはほとんどクルマが通らない道だ。道は急激に高度を上げ、陸橋で京都縦貫道を渡る。さらに険しい登りが続き、亀岡カントリークラブへ向かう。標高100mの亀岡盆地から、標高400mの亀岡カントリークラブ入り口へ、一気に300mを登る。そこには「かめおか霧のテラス」がある。亀岡盆地の雲海を眺める展望台だ。いつだかそういうものが整備されたという新聞記事を読んだ記憶があるが、そうかここのことだったか。ここを訪れるの2回目だが、それは4年前でまだ霧のテラスがなかった。そのときも自転車だったが、反対向きで、しかもここを通過したのは夜だった。どこかで亀岡盆地の夜景を見下ろしたのだが、この場所だったかどうかはわからない。今日は昼間なので雲海はないが、眺めはいい。眼下には京都学園大学。愛宕山は時雨れているようだ。雪かもしれない。案内板によれば先日立ち寄った平ノ沢池も見えるようだが、肉眼でははっきりとわからない。ショッピングセンターの大きな建物が目印となる亀岡駅の辺りは、ここよりも少し手前にあるもう一ヶ所の景色の開けた地点からの方がよく見渡せた。
Img_6765Img_6766Img_6770  

 霧のテラスからは左にゴルフコースを見ながらの緩い下りとなる。ゴルフ場が終わり小さな山間集落を抜けると、府道46号線に突き当たり、これを左折。今度は緩やかな登り。やがて、京都府から大阪府へ。高槻市、かつて樫田村だった地区だ。大阪府でありながら京都府内に、「Ω」(ギリシャ文字「オメガ」の大文字)のように深く入り込んだ旧樫田村は、かつて京都府だった。高槻市とのつながりが大きく、京都府から大阪府へと替わった経緯がある。府道6号線で旧樫田村の中心部へ。
Img_6790

 4年前にこの辺りを走ったときはまだ暗くなる前だったので、景色が思い出される。標高300mを越える高地集落とは思えない、田園風景が広がる。
Img_6791Img_6793Img_6799

 樫田の中心集落を抜けて府道733号線で中畑へ。4年前には訪れなかった出灰(いずりは)の道を通ろうと思ったのだが、分岐には通行止の看板が立っている。おそらく、昨年の梅雨前線、秋雨前線、台風のいずれかによる被害だと思われる。また、中はた集落の裏山は、植林の杉が倒れた一角がある。これは、昨年9月初めの台風21号の被害で間違いないだろう。強風でタンカーが流されて関西国際空港の連絡橋に衝突したほか、大阪府内各地で建物の屋根が飛ばされたりクルマがひっくり返ったりしたあの台風だ。
Img_6803Img_6802

 通行止の看板は、なんと見える範囲に3つも立っている。これだけアピールしているということは、自転車でも通れないだろう。引き返すことにしよう。
Img_6805

 旧樫田村の中心街、田能まで戻り、府道6号線に復帰。南下する。おそらく旧村内唯一の信号機の周辺は、郵便局や学校や店などがあり結構賑やか。ひときわ大きな建物は、高齢者向けの養護施設だ。
 さあ、田能川に沿って高槻の中心街へと一気に下る。4年前は、亀岡起点の周回コースだったので、ここからは初めての道だ。いや、15年ほど前と、さらにその10年以上前に自動車で通ったはずだ。ずいぶん前だし、クルマだし景色は覚えていない。
 この田能川はかつて何度も洪水を起こしたが、大阪府へと流れる川であり京都府は積極的に治水をしなかったことも、大阪府への編入を地元が希望する一因となったとのことだ。
Img_6814Img_6816

 野外活動の拠点の施設を過ぎ、出灰川との合流点にある集落を過ぎる。その先の景色に思わず自転車を止める。見渡す限りの山肌の木が倒れているのだ。間違いなく、台風21号による強風の被害。この谷が風の通り道となったようだ。中畑、あるいはこの谷に入ってから何ヶ所か、倒木を見かけたものの、ここが一番ひどい。
Img_6818

 土ぼこりが舞う採石場を過ぎてしばらく行くと、下りがひと段落。周囲はまだ田園が広がり、クルマは少ない。ただし、採石場に出入りするダンブカーがたまに通る。
Img_6820

 しばらくすると、道の両側が住宅街となり、クルマやバイクが増えてきた。市街地走行だ。もう一下りして、名神高速道路をくぐり、高槻市の中心街へ。JRの線路をくぐり、阪急高槻市駅の近くのラーメン屋を目指す。JRと阪急の駅の間の界隈は、道が狭く飲食店など店がぎっしり。
 14時10分、お目当てのラーメン屋へ。オーダーストップ20分前だ。昼時には行列ができると思われる狭い店内に、客は少ない。絶好のタイミング。そして「まぜそば」とスタンプをゲット。
Img_6821Img_6824Img_6825

 目的を果たして、阪急高槻市駅へ。輪行袋へ自転車を収める。もう少し走ろうと思えば、淀川の河川敷の自転車道(?)をクルマを気にせずに行けるのだが、今日は北よりの風が強い。向かい風は嫌なので輪行だ。なんたって、阪急電車は安いのだ。
 桂で乗り換え嵐山で阪急電車を降りる。亀岡へはJRしかないので、自転車を組んでJR嵯峨嵐山駅へ移動。高槻からJRに乗るよりもこの方が安いのと、JR京都駅では混雑の中を長く歩かねばならず、輪行袋を担いでの乗り換えは厳しいものとなる。また、京都市内の列車内も混雑する。その点、阪急電車は比較的すいているし、桂駅は京都駅のように大きくないので乗り換えの歩行距離も短くて澄む。
Img_6843Img_6836

 嵐山は大変な人出だった。先日も賑わっていたが、桜が見ごろを迎えた今日のほうがより混雑している。渡月橋の歩道はあふれんばかりの人の列だ。渡月橋を渡り、土産物屋や天龍寺などの寺院、そして嵐山電鉄の駅がある道はさらに混雑。車道にはタクシー、歩道には歩行者が連なっている。のろのろ運転のタクシーの後を行くしかない。下手に急ぐのは危険。絶対に交通事故を起こしたくない。
 前を行くタクシーが動かなくなった。対向車が途切れるまで人力車を追い越せないのだ。今がチャンス。歩道の歩行者に注意しながら数台のタクシーの左をゆっくりすり抜ける。タクシーの前に出たら、車道の中央から人力車を追い越す。タイミングよく対向車が途切れたので、後方からタクシーに追いつかれる前にJRの駅に向かう路地へと右折。最大の危険を乗り越えた。ただし、狭い路地を行くクルマはほとんどいないが、歩行者が縦横無尽に歩いている。彼らは蛇行や突然の立ち止まりも当たり前。近寄らずゆっくりと進む。どうにか無事にJR嵯峨嵐山駅に到着。再び輪行袋に自転車を収め、混雑する駅の中へ。
Img_6850

 列車が混雑するのは京都駅から嵯峨嵐山駅までの区間。多くの乗客が下車したあとの亀岡・園部方面の列車に乗り込む。ちらほら空席はあるが、出入り口付近で輪行袋を支えながら立って過ごす。亀岡までは20分ほどだ。
Img_6856

 亀岡駅で下車したら、自転車を組んで道の駅へ。本日の走行はトータルでちょうど40km。
 4月上旬。

| | コメント (2)

2019/04/08

亀岡タンデム学会からの京都ラーメン・大阪買い物ツアー

   3月末日は、京都のランドナー専門店「アイズバイシクル」主催のタンデムラリー。主役は、タンデム(2人乗り、2人こぎ)自転車だが、ソロ(いわゆる普通の1人乗り)で参加してもかまわないとのことなので、昨年に引き続き参加。
 6時過ぎに、丹後を出発。去年はタンデムの公道走行が許可されたばかりの滋賀県野洲市での開催だったが、この日は京都府内。京都府では2015年秋にタンデムの公道走行が解禁され、そこからこのタンデム走行会が始まった。要するに、大きな車体で相方も必要なタンデム自転車に乗る機会を設け、交流を図るための走行会だ。とにかく、数年前までは公道の走行が認められていなかったタンデム車にはノウハウの蓄積が少ない。走ってみてわかることがいろいろとあり、「タンデム学会」の名を冠するようになった。そういう意味でも、みんなで一緒に、さらにメカニック(スタッフ)もついた走行会というのは安心感があるというもの。
 さて、高速道路は使わずに、2時間半で集合場所の亀岡に到着。大堰川(桂川、保津川)左岸河川敷の広いグラウンドの駐車場にはすでに参加者が走行準備中。私もクルマを止めて、保津峡下りのアナウンスとグラウンドの野球少年たちの声を聞きながらランドナーの準備をする。
 アイズバイシクルの親方(オーナー)のあいさつの後、9時半出発。タンデムが親方夫妻のものを含め16台、ソロはスタッフの2台を含めて5台。去年はもう少しソロもいたのだが。主役のタンデムにあわせて、アップダウンの少ないコースレイアウトのため、ソロでは走り足りないという人もいる。
 しかし、今日も寒い。去年は4月の上旬の開催で、3月が暖かく桜が終わりかけていたにもかかわらず寒の戻りで、早朝雪が降るなか家を出たし、琵琶湖越しに見た比良の山は白くなっていた。今年は、3月に繰り返し寒の戻りがあって、桜は開花したもののまだ見ごろまで行かない。そして今日も寒の戻りだ。
 まずは亀岡盆地の縁を北上。公園やら神社やら各所で花見のイベントが行われ賑わっている。なかなか桜の開花に合わせるのが難しい、今年の冬から春の気候だった。
Img_6666_2
03310946_0007_thmmp4_00005408703310951_0008_thmmp4_000083817

03311108_0022_thmmp4_00018695303310951_0008_thmmp4_00026679903310941_0006_thmmp4_000155355

 

 南丹市八木町に入り、平ノ沢池で小休止。そのあともう少し北まで走ってから、今度は大堰川に沿って南下。11時半、大堰橋の畔の大堰川緑地公園で昼食の休憩。のんびり2時間くらい滞在予定、と親方は言うけれどこの寒さでそんなに持つかなあ。多くの人はストーブで湯を沸かし温かいものを食べている。
Img_6670_1
03311123_0025_thmmp4_00026449703311246_0029_thmmp4_000237670

 

 

 結局1時間で再スタート。北からの追い風の影響もあり、スタート・ゴール地点はぐんぐん近づく。13時半ごろに保津橋のたもとの駐車場に到着。9:30~13:30、29㎞。
03310941_0006_thmmp4_00019496103310936_0005_thmmp4_00020116703311306_0033_thmmp4_000106272

 今日は、ブリヂストンユーラシアツーリング。所有する4台のランドナーの中で、唯一新車から乗り続けている。
 これを手に入れたのは、大学生だった平成元年の4月。ちょうど30年。最近は一線から退いているものの、平成の始めから終わりまで乗り続けたということだ。ちなみに、平成元年春のブリヂストンのカタログからは「ユーラシア」が消えて、ツーリング車のニューモデル「トラベゾーン」というモデルに変わっていた。つまり、私の元にあるのはユーラシアの最終モデル。これもなかなか感慨深い。もちろん、古い方がいいのだ。平成も残り1ヶ月。翌日には次の元号が発表される。ユーラシアにとっては、平成最後の思い出の日となるだろう。こういう古いランドナーで参加すると、ちゃんと声をかけてくれる人がいるのが、アイズバイシクル主催の走行会。去年、40年前の山口べニックスにも声をかけてくれた人だった。
 記念撮影の後、解散。予定よりも1時間以上早い解散だった。次の予定がある私には好都合。大阪まで足を延ばすのだ。
Img_6676

 

 

 クルマを亀岡に置いて鉄道を使う。そのまま河川敷の駐車場に止めておいてもよさそうな気もするが、ここに戻るのは夜になる。夜間は出入り口を塞がれる(そんな扉やチェーンをかける柱は内容ではあるが)、というようなことになると一大事なので、確実に24時間出入りできる場所へと移動。保津橋で大堰川を渡り国道9号線沿いの道の駅へ。道の駅からJR亀岡駅まで2㎞弱あるので、自転車を利用。ただし、再びランドナーを組むのが手間なのでこのために折畳小径車を積んできた。まあ、ランドナーの組み立てにかかる3分が、折畳小径車は1分に短縮できる程度だが、この差が結構大きいのだ。それに、撤収したランドナーをまたすぐ組むのもなんだか無駄が多いような気がする。駅の駐輪場よりも安い、駅前のショッピングセンターの駐輪場に自転車を止めて列車に乗り込む。
Img_6682Img_6684_1

 

 

 亀岡から嵯峨嵐山まではJR。嵐山は桜が満開に近く、日曜の午後とあって大変な人出だ。1.5㎞ほど歩いて阪急の嵐山駅へ。ただし、大阪まで行く前に上桂駅で下車。ラーメン屋で「まぜそば」を食べる。上桂駅からラーメン屋まで往復1㎞ほど。見ごろの桜に囲まれた上桂駅のホームには、結婚式の前撮りをするカップルがいた。
Img_6690_1

 

 

 上桂から阪急電車で大阪へ。淡路で天下茶屋行きに乗り換え。そのまま地下鉄に乗り入れて北浜駅。地上に上がれば、路面がぬれている。折畳小径車専門店「LORO CYCLE WORKS(ローロサイクルワークス)」へ。注文していたパーツをゲット。これについてはまた記事を改めて。
Img_6694_1

 

 

 そして、北浜駅に戻る。往復1㎞の歩行。復路は、京阪電車だ。結構混んでいて座れない。京橋で座席を確保。七条駅で下車して京都駅でJRに乗り換える案もあったが、結構時間を費やして夕食タイムになってきたので、祇園四条駅まで京阪で北上。ちなみに運賃は変わらない。夕暮れの四条大橋、そして四条河原町も嵐山に劣らぬ人出。四条烏丸まで1㎞ちょっと歩いてラーメン屋へ。上桂のラーメン屋と同じグループの店。タンデムラリーの後はラーメン屋のスタンプラリーなのだ。さすがにもうまぜそばはやめて、ラーメンにしておく。
Img_6699_1

 

 

 四条烏丸から阪急電車で嵐山。さすがに夜は人が少なく、のんびり夜桜を見ながら渡月橋を渡りJRに乗り換え。トータルで6㎞以上は歩いたね。
Img_6709_1

 亀岡駅で下車したら、自転車を止めたショッピングセンターで買い物。駐輪代は50円。ライトをともして道の駅に戻り、あとはクルマで帰路に就く。

| | コメント (0)

2019/03/14

雪原を歩いて恩原三国山(みくにがせん)

 「そうだった、まだ三国山を滑っていなかったな。」先日ネットの記録を見て、ずっと忘れていた山のことを思い出した。三国山の存在を知ったのは、15年くらい前。氷ノ山のスキー登山に同行して知り合った岡山県の津山のテレマークスキーヤーの記録を、ネットで読んでのことだった。登山口の恩原高原は、何度かクルマで通過したことがある。あの近くにこんな山があるのか、と思った。
 そんな三国山を一度目指したことがある。スキーではなく自転車で。2006年の8月下旬のことだ。恩原高原スキー場からダブルトラックで途中まで登ったが、唐突に道がなくなりそこまで。自転車はMTB、その先シングルトラックがないかと探したが、見つからず。舗装のダブルトラックをブロックタイヤの音を響かせて走っただけだった。広くなだらかな稜線は恩原牧場で、ダブルトラックはその作業道。牧場の敷地内にしか道がないのは当たり前の話。道は途中で途切れているのは地図の通りだし、もし地図にないシングルトラックがあっても草ぼうぼうの季節。途中撤退は想定内で、あくまで本番は雪の時期というつもりだった。でも、遠いからだろうか、いつの間にかすっかり忘れていた。
 そういうわけで、快晴の土曜日に行動を起こす。先日のネットの記録の日から1週間後のことだ。満天の星空の元、5時半に自宅を出発。
 往路は国道482号線を使う。東は丹後半島、西は蒜山高原を結ぶ国道。平成の大合併以前の1990年前後、国道のない(そして鉄道も空港も高速道路もない)町や村が集まった「ないないサミット」の活動により、国道に昇格した路線のひとつ。ただし、国道482号線の兵庫・鳥取県境は2004年の台風23号以来ずっと通行止。国道昇格から随分遅れて開通した区間だが、開通からわずか2,3年で災害で通行止となり復旧していない。道路が損傷していなくても、1年のうちの3分の1は雪に閉ざされてしまうわけだから、いったい通れたのは何日だろうか。まるで明智光秀の三日天下のような区間だ。ちなみに、私は2003年5月18日に一度だけクルマで通り抜けている。
 というわけで、戸倉峠で兵庫県から鳥取県へ。その手前、養父市大屋町は合併前の町域にまだ国道がない、今や稀少な存在である。
 若桜町で国道482号線に復帰し、八頭町を経て鳥取市へ。といっても平成の大合併以前の鳥取市までは行かず、旧用瀬町から旧佐治村へ。佐治川の谷に集落が点在する秘境だ。市役所の支所がある中心集落辺りはやや谷が開け、進行方向に白い山並みが青空をバックに輝いている。本日の目的、三国山の峰々に違いない。佐治川の流れと白い峰が見える位置にクルマを止め、ここで朝食。
Img_6164Img_6167

 佐治川ダムを越えると、最終集落。その奥で道は急激に標高を上げ、周囲に雪が見られるようになる。そして、標高800m近い辰巳峠。その向こうは岡山県鏡野町、旧上斎原村。いわゆる片峠で、深い谷の鳥取県側に対し岡山県側は高原となっている。峠から1km進んだかどうかというくらいのところで、明るい落葉樹林の中の国道を右折、恩原湖畔を抜け、恩原高原スキー場へ。このスキー場は、レイクサイドゲレンデとパノラマゲレンデの2つのベースを持つうちの、パノラマゲレンデ下駐車場へ。ちょうど9時。171km、3時間半のドライブだった。
 スキー場は先日、今シーズンの営業を終えたばかり。スキー場関係者のものと思われる岡山ナンバーのクルマが数台止まっている。正面に見えるゲレンデは、上半分が雪解け。三国山から南西に延びる稜線の末端にあるのがこのパノラマゲレンデで、最後にゲレンデ滑走で下山を締めくくるつもりでいたが、それは明らかに無理だということがわかる。稜線の雪はどのくらい残っているだろうか。なだらかなゲレンデベース部は一面雪に覆われている。勾配が緩くて雪が積もりやすいのだろう。
Img_6170Img_6172

 さて、入山の準備を進める。風はやや冷たいが、春の日差しが降り注いでいる。下界では最高気温が15度を越える予報だ。春の装備でよいだろう。念のために持ってきたシールは、やはりクルマに置いて行こう。2日前の寒の戻りのものと思われる新雪がまだサラサラで薄く積もっているが、この日差しですぐにザラメとなるだろう。ステップソールが真価を発揮してくれるはずだ。
Img_6174

 9時25分、ベース部の緩斜面を歩き始める。メインゲレンデを左に見て、13年前に自転車で走った牧場の作業道をたどる。すると左右両側にそれぞれゲレンデが現れた。右側のゲレンデは尾根の向こうのレイクサイドゲレンデとつながっている。左側は、三国山からの尾根に設けられたゲレンデ。左側にはリフトが見当たらないので、駐車場から正面に見えたゲレンデと上部でつながりリフトを共有しているということだろう。しかも、うれしいことに全面真っ白だ。下山の最後にここを滑ることができる可能性が高まる。稜線の雪のつながり方しだいだ。ちなみに、帰宅してから調べてみると、駐車場の正面の半分雪が解けた斜面は「表斜面」、全面雪が残った方は「裏斜面」と呼ばれているそうだ。
Img_6175Img_6176

 両サイドにゲレンデがあるエリアまでは立木もなく一面圧雪整備された緩斜面だったが、その先はまばらに潅木も見られ、舗装のダブルトラックが雪面に浮かび上がる。そして、その上には無数の足跡がある。圧雪をされていないと雪が緩んだ時に足が沈むということだ。
 進行方向右側、つまりレイクサイドゲレンデとパノラマゲレンデを分ける尾根は、三国山から南西に伸びた主稜線から分かれた支尾根。その主稜線と支尾根の間の谷を進んで行く。すると、左の稜線上に2本ほどのアンテナと、急斜面につけられたガードレールが見える。あの道を登るのだ。
Img_6177

 車道としては急勾配でも、スキーでは緩斜面。シールを貼らずともステップソールで十分対応できる。そうならば擦り足の抵抗が少ない分、シールよりステップソールの方が軽快だ。また、比較的平坦なため雪が積もりやすく、周囲の斜面が雪解けしていても車道には雪が残っていることが多い。さらに、立木や岩、そして沢といった障害物もない。スキーゲレンデを登る手もあるが、スキーの場合、直登できる勾配には限界があり、急斜面だとトラバースでジグザグに登ることになる。先ほど左に見たゲレンデも直登は無理。車道は距離が伸びるというが、急斜面のジグザグもそれなりに距離が長くなるはずだし、足場が悪い分体力の消耗が激しい。とにかく、車道、つまりダブルトラックがあるということは圧倒的に楽なのだ。そのダブルトラックに足跡。つぼ足の登山者が1人先行しているようだ。
Img_6185Img_6188

 さあ、主稜線に乗り上げた。なだらかな丘が連なる大雪原が広がる。恩原牧場だ。その丘の間を縫うようにダブルトラックが伸びている。丘もダブルトラックも全面雪に覆われている。スキー場ゲレンデまで藪こぎしなくてもたどり着ける見込み。ということで、今登ってきたダブルトラックで下山しなくて良さそうだ。ダブルトラックでも板が走りそうな勾配があり、快適に下山できそうだが、自由にコース取りできる斜面を滑降するほうが楽しい。
 進んでいくと景色が開け、進行方向はるか先には丘というより、小山の連なりが見えてきた。あの辺りが三国山なのだろう。遠いなあ。
Img_6191Img_6192

 右手はるか先には、白い峰が見える。ああ、あれに見えるは氷ノ山じゃないか。特に三ノ丸の純白が目立つ。急いで左後方を振り返る。一目でわかる白く鋭い、大山の姿。山襞の陰影がくっきりと見える。烏ヶ山や蒜山を従え、ひとつの大きな山塊となっている。右に視線を戻す。氷ノ山の南に東山、後山も。よく見れば、三室山も山頂を覗かせている。氷ノ山の北に扇ノ山が手前ブッシュの陰から顔を出した。これで、主要メンバーがそろった。いや、那岐山を忘れていた。しかし、余りなじみがなくどれが那岐山かわからなかった。
Img_6199Img_6197Img_6205

 蛇行するダブルトラックをショートカットしながら行く。丘を越えるアップダウンとなるが、この方が変化があっていい。スキーだから滑走が楽しいし、ステップソールのお陰で登りもらくらく。想定したとおり、ステップソールの真価が発揮されるコースだ。一応登り基調ということだが、それも微々たるもの.復路でもアップダウンを繰り返して少しずつ高度を下げていく形になる。そのため、スキーで三国山を訪れる場合、中津河(なかつこ)がベースとなることが多いようだ。先週、先々週にスキーで訪れた記録は、いずれも中津河からのピストンだった。
Img_6213

 恩原牧場の稜線から三国山に向かって左手に見えるのが中津河川の谷。谷底のダブルトラックを遡り、二股に分かれたうちの左の谷をつめ、ダブルトラックの終点から尾根に取り付いて西側から三国山に登る。これが、中津河からのコースの概略だが、その尾根の様子が良く見える。今回は、初めての山ということで、安全で楽なコースを選んだ。中津河川のダブルトラック終点から尾根の取り付きの序盤の沢のスノーブリッジがもう危険だと、先々週の記録にでていた。そして、いずれもロングコースであるが、谷底の歩きが長いことよりも稜線歩きが長い方が満足度が高い。
 小山の連なりが近づいてきた。黒々とした杉林のピークの奥に白いピーク。白い方が三国山かな、とこのときは思っていたのだが、実際には三国山はさらにその奥。白いピークの左に見える貧祖な、いや控えめなピークだった。
 雪面に顔を出していた柵や東屋のような建築物がなくなり、牧場を通り過ぎたことがわかる。ダブルトラックも終ったようだ。昨日の朝までに積もった新雪は、少し深くなったが、吹き溜まりで5cm程度。
 登り勾配が増し周囲は落葉樹林となった。木々の密度が高く、まっすぐにはコースを取れない。復路の下りが気にかかる。
Img_6222Img_6226

 そのまま、杉に覆われたピークに登っていくのかと思われたが、その前にひとつ鞍部があった。落差は大きくないが、それでも結構急な下りに直面する。木々の間を上手く滑り降りられるだろうか。
 幸いなことに、ザラメ雪の上に解けかけの新雪が薄く乗った、要するに単なるザラメでいい、雪面は思いのほかスキーのコントロールがしやすく、転倒することなく、そして楽しく鞍部に降り立つ。
 ここで、先行の登山者とすれ違う。軽快な足取り。健脚のようだ。挨拶を交わし後姿を撮影させてもらおうと振り向いたが、もう見えない。逆に、後姿を撮影されていたことが、後日判明する。
Img_6231Img_6233

 杉に覆われたピークへの登りだが、手前から見るほどきつい斜度ではなく、ステップソールんグリップもよく、割にあっさり標高差100mを登りきった。
Img_6236

 しかし、そのあとの下りが難所だった。尾根がやせ細り、立木や大きな岩がある。右側は少しだけ雪庇になっている。基本的に慎重に下るが、ここは大丈夫だろうとスピードを出したら、段差が現れ宙に飛ばされる。50cm程度の段差だが、パニックで体が動かず尻餅をつく。でも日差しで緩んだ雪はやわらかく、足から落ちたので体に痛みはない。落ちた場所も雪庇ではない。息が整うのを待って立ち上がり、改めて体もスキーも傷んでいないことを確認する。
 その先、先行者の足跡に従うように、左側に稜線を外して鞍部に下りる。北西斜面で、雪がふわふわだ。この雪質ならば滑落の心配は余りないので、復路はやせ尾根まで登り返さずに北西斜面を巻いていこう。ふわふわといっても、積もりたてのさらさらではなく、日差しを受けてやや湿った、つまり粘着性がある安定した雪なので、雪崩の恐れもない。
 さあ白いピークへの登りだ。これが三国山と期待しているのだが、どうも見た目の距離とGPSレシーバの地図に引いたコースの長さが合わない。お勧めできないことだが、実は初めての山にも関わらす紙の地図を持参していない。バッテリー切れや故障の恐れがある、電子機器の地図のみだ。GPSレシーバには予備の電池を準備しているし、もう一台タブレット端末もある。でも、タブレット端末はザックに入れたまま。GPSレシーバに搭載された地図は等高線が薄くて、今日のような強い日差しの下では地形を読み取れない。予定コースの軌跡が頼りだ。
 手元にあるGPSレシーバは、半年前に買ったもの。これで5代目だ。GPSレシーバを使うようになって17年で5代目だから、平均すると4年で代替わりしていることになる。1台2万円くらいなので、とうとうこれでGPSレシーバに10万円も費やしたことになる。さらに今のモデルは日本全国の地図が付きのセット。ずっと地図を無料で手配していたのだが、とうとう地図にまでお金をかけてしまった。その地図は、クルマは自転車で使いやすい縮尺だとロードマップ、登山で使いやすい縮尺に拡大すると等高線などの表示が加わるように、表示レベルが設定されている。お金をかけて手に入れただけのことはある、と思ったが実際に使うときに見えなければ意味がない。コースの軌跡をインストールしておけば大丈夫だろう、という考えも甘かった。今日はともかく、何かの都合でコース変更することもある。やはり、CustomMapを使おう。CustomMapとは文字通りカスタマイズされた地図で、パソコンソフトの「カシミール3D」で作成できる。カシミール3Dに表示された地図の必要な範囲を切り出し、GPSレシーバに保存する。もちろん、晴れの屋外で見やすいように、表示濃度を調整することもできる。夏に電源スイッチが壊れて起動しなくなった先代GPSレシーバの内部メモリに、これまで訪れたエリアののCustomMapが大量に保存されている。起動しないからもうフィールドで使うことはできないが、パソコンにUSBで接続すれば内部メモリにアクセスできるから、データの発掘は可能だ。
Img_6238Img_6240

 白いピークに立つ。やはり、GPSレシーバ上のコースはまだ続いている。先を見ると、手前半分が白く開け、奥は杉と落葉樹の林に覆われた次のピークは、このエリアの主峰というには随分控え目な佇まい。そして、その奥には風格あるピーク。もしかして、2つ先のピークまで行かないといけないの。もう十分歩いたよぉ。心の支えは、GPSレシーバに描かれたコースの残りが余り長くないこと。
 とりあえずは、鞍部への下り。立木が少なくザラメの楽しい滑り。そしてわずかな登り返しで次のピークへ。GPSレシーバのコースはここまで。念のため、ザックからタブレット端末を取り出してOSに続いて地図アプリを起動し、GPS受信機能をONにして、衛星の電波を受信するまでしばし放置。
Img_6241Img_6256Img_6245

 やはりここが三国山だ。要するに、1200m級の峰が続く3つの尾根の交差点。いわゆるジャンクションピーク。因幡、伯耆、美作の三国を分ける山である。ただし、南と北に伸びる尾根にはより高いピークが、西に伸びる尾根には同等のピークが隣接している。さらに、三角点は、北隣に一頭三角点「三国山」、先ほど越えた南隣の白いピークに四等三角点「ギラガ仙」が置かれている。ウィキペディアによれば、北の一等三角点ピーク「北嶺」、(今到達した)ジャンクションピーク「南嶺」の二つの嶺を持つが、南嶺が本来の三国山にあたる、とのこと。ちなみに、それぞれの標高は、ジャンクションピークで主峰の南嶺1212m、北嶺1251m、ギラガ仙1247m。また、西の尾根上で隣接するピークも1213mでわずかに主峰より高い。中津河川の谷からだと、西の尾根がルートになる。
 目的地に到達したし時刻もちょうど正午過ぎなので昼ごはんを食べたいところだが、やはり展望のよいギラガ仙まで戻ってからにしよう。その前に、なだらかなジャンクションピークを散策。落葉樹林の中に、杉の大木が数本。これが結構遠くから良く見えた。開けた南側はいいが、北側の展望はブッシュに阻まれる。
 その開けた南斜面を滑り降りる。いい感じだ。でも、目の前に立ちはだかるギラガ仙。ちょうど、扇ノ山の北の鞍部から大ヅッコへを見上げるような感じだ。登り返し斜面を見ながらだと、滑降の楽しみが少し弱まってしまう。そして、そのくだりもすぐに終る。
Img_6258Img_6257

 実際に登って見ると、ギラガ仙への登り返しは大したことなく、ご機嫌の大展望と昼ごはんにありつく。ごはんと言ってもパンだけど。視界は360度。三国山南嶺からは見難かった北側の日本海や北条砂丘の風車群、そして山陰近畿自動車道の高架も確認できる。大山や氷ノ山などの峰々は、少し霞んできている。往路では、色々なことに気を取られて気付かなかったが、潅木に小さな「ギラガ仙」と書かれた札が付いていた。
Img_6279Img_6266Img_6251

 ギラガ仙を滑り降りる。気持ちの良い滑降だが、残念ながら短い。すぐに次の、杉に覆われた黒いピークへの登り返し。こちらは、ギラガ仙から見下ろす形だったので、威圧感は薄い。そしてやせ尾根に登り返す手前で、北西斜面をトラバース。ふんわりとした新雪の感触を楽しむ。
 杉の黒ピークは、ネットに上がっている記録には「ギラガ仙南峰」と書かれていることもある。その南斜面は、林の開けたスペースがあり快適なザラメ滑降。そして次の鞍部殻の登り返しはやや急だが、短いので楽々クリア。心配された密度の高い落葉樹林も、斜度は余りきつくなく、ザラメ雪はコントロール可能で、やや開けたスペースも見つかり快適に下ることができた。
Img_6289Img_6291Img_6294

 そして恩原牧場へ。緩やかな下り基調。なだらかな丘を越えるアップダウン。往路より下りの割合が多目であるはずだが、余り滑降という雰囲気ではない。行く手には、往路でつけたスキーのトレースとつぼ足のあとが絡み合いながら延々と続いている。日差しで雪が緩んでいて、復路のつぼ足の足跡は深い。
Img_6297

 ダブルトラックが主稜線から外れるポイントまで戻ってきた。ここで往路のトレースと分かれ、主稜を突き進む。余り標高は変わらないはずなのだが、だんだんブッシュが出ていたり、雪が切れたりしてくる。枯れススキを踏みながら、どうにか雪のつながった部分を歩いて行く。そしてようやくリフト降り場を発見。あそこがゲレンデ最上部だ。
Img_6312Img_6316

 リフト降り場から、南側の表斜面と東側の裏斜面へと滑りこめる。せっかくなので、表斜面を少し降りてみる。すぐに雪が切れ、茶色の斜面が広がっている。朝、駐車場から見上げてわかっていたことであるが、改めて納得。
Img_6321Img_6322

 リフト降り場まで登り返す。ステップソールのお陰で自由自在に動ける。そして、裏斜面へ。強い日差しのせいで、朝よりも浮きが薄くなっているようだ。地面が透けて見えているところを避けて滑る。この斜面が、今日一番の滑降だった。
Img_6330Img_6331

 向かい合う斜面にもスキーのシュプールが見える。麓には、親子連れが遊んでいる。その脇を抜け、ベース部の緩斜面を行く。雪が緩んで板が走らない。ステップソールだからなおのこと。ストックで漕いで漕いでようやく駐車場へ。
Img_6334

 ゲレンデ入り口の管理施設兼レストハウスの建物の脇の雪の切れ目に、まだ開封されていないお茶のペットボトルが2本置かれている。朝にも見かけたが、そのまま放置されている。スキー場の職員が、日差しで暖めるために置いているのかと思ったが、そのまま忘れられているのだろうか。もう完全に暖まっているはずだ。
 15時40分、クルマに戻りスキーなどを撤収。ああ満足、満足。大展望とザラメ雪に恵まれた。13年暖め、満を持して訪れただけのことはある。といっても忘れていたのだが。前述の通り2006年晩夏にMTBで下見したものの、2007年は雪が少なくて初めての山どころではなかった。神鍋や鉢伏山のスキー場が、2月中旬に雪不足で営業休止に追い込まれるほどの寡雪。氷ノ山も、扇ノ山も藪が完全に埋まらず満足に滑ることができなかった。
 さて、本日のマイナス面を強いて言えば、滑降の楽しみが薄かったか。もし次回があるならば、中津河川の谷に滑り降りるコースを考えてみようか。でも、恩原牧場の大展望稜線歩きも捨てがたい。ならば周回コースか。単独でも、自転車を利用すればいい。難点は、林道に降りる手前のスノーブリッジ等、要注意の箇所を登りで確認できないことだ。その時の雪の量だとかをよく考えて計画しよう。
 さて、午後の日差しが降り注ぐ恩原高原スキー場を後にする。辰巳峠、佐治村、用瀬を経て、船岡までは来た道を引き返す。そこから若桜に向かうのでなく、国道29号線を北上。鳥取市に入る前に、郡家で右折する。その理由の一つは、鳥取市街の道路の混雑を避けること。各地に無料の高速道路が張り巡らされた鳥取県だが、なぜか鳥取市中心街は一般道しかない。そして、今日こなす予定の要件がもう一つ。扇ノ山残雪調査の第2弾だ。
Img_6352

 田舎道を走って、国府町雨滝。河合谷林道へ。クルマで入ることができたのは、河合谷牧場入口分岐の少し手前まで。標高560m位。2か所ほど残雪を乗り越えてたどり着いたが、さらに深い残雪に阻まれた。その残雪にもクルマの轍がついていたが、かなり深い。車輪が大きく最低地上高の高いクロスカントリー4WDだろう。こんな山深いところでスタックしたら、助けが来るまで相当待たされる。だからチャレンジはしないで引き下がる。別に今日入山するわけではないのだから。
Img_6353

 河合谷林道を降りて、岩見に北上。日本海沿いの国道178号線で兵庫県を抜けて京都府の丹後に帰還。河合谷林道の往復を差し引けば、鳥取市内を経由する場合とほぼ同じ距離。また往路の戸倉峠経由ともほぼ同じ。ロスのない寄り道だった。
3月上旬

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019/03/04

扇ノ山残雪調査と湖山池一周

 2月中旬を最後に新たな雪の供給は途絶えたまま、3月を迎えてしまった。この後も、大きな寒の戻りの見通しはない。残雪期も短いことだろう。チャンスを逃さぬよう残雪の状況を見極めておこう、と扇ノ山へと向かった。京丹後市からは、神鍋高原を経由し蘇武トンネルで村岡に抜け国道9号線に乗るルートと、日本海に近い国道178号線で香住、余部、浜坂を経由し湯村温泉から国道9号線に乗るルートがあり、どちらもほぼ同じ距離。とりあえず、往路は後者の国道178号線ルートを使うことにした。竹野からの山陰近畿自動車道が、以前は余部までだったのが、浜坂まで延伸していた。屈曲の多い峠越えからトンネルで山を貫く自動車専用道路に変わり、わずか10kmほどの区間だが5分以上の時間短縮になるようだ。
 湯村温泉から国道9号線で鳥取方面に向かい、県境手前で左折。海上集落へ。除雪が行われるのはこの集落まで。例年3月初めには集落の奥までしかクルマが入れないことがほとんどだ。でも今年は別。予想通り、路肩にもほとんど雪が見られず、どんどんクルマは山間部へ。芝桜公園となっている丘とその周囲に田んぼが広がるエリアにもほとんど雪が見られない。周囲の山にもまだらに雪が残る程度。ただし、上の方はガスで見えない。
 さらに進むと日当たりの悪い区間に入り、雪が出てきた。シワガラの滝の入り口付近で、路面が雪に覆われクルマはここまで。だいたい予想通り。路面の雪は薄いので、がんばれば乗り越えられるかもしれないが、300~400m先のヘアピンカーブで残雪は厚みを増しているはずなので、がんばってもあまり意味がない。この雰囲気からすると、日当りのよい上山高原の雪解けはかなり進んでいそうだ。
Img_5937Img_5935Img_5933


 状況によっては、このまま扇ノ山を目指すことも考え、自転車とスキーを用意してきたのだが、今日は撤退。まず天気が悪い。上の方雲に覆われているし小雨も降っている。ただし、この状況は山間部だけ。平野部では日が射していた。
Img_5939


 ついでに河合谷牧場側も調べておこうと、国道9号線に戻り県境の蒲生峠を越えてすぐに左折、蕪島へ。しかし、蕪島集落から十王峠を越え雨滝へ向かう極細の道が通行止。今年は雪がないから冬季閉鎖は関係ないのだが、土砂崩れだそうだ。おそらく昨年の梅雨前線による7月豪雨だろう。となると岩美からのアプローチとなるが、だいたいの雰囲気はわかったから、もう割愛しよう。
 せっかくここまで来たのだから国道9号線で鳥取を目指す。鳥取市街地手前で国道はまたも自動車専用道路となる。
 鳥取市中心街を抜け、湖山池の南東の畔の桂見駐車場へクルマを止める。スタッドレスタイヤからノーマルタイヤへ、クルマのタイヤ交換をしている人がいる。私は、自転車をクルマから下ろす。春の日差しが降り注ぎ窓を閉め切ったクルマの中はぽかぽかと暖かいが、車外に出ると風が冷たい。ヘルメットは自転車用でなく、耳当てが付いたスキー用を使うことにしよう。自転車は今年初めてMTBだ。ただし、タイヤはスリック。
Img_5940Img_5944

 では、湖山池一周スタート。もちろん、反時計回りの周回だ。まずは、公園の中の遊歩道のような小道を行く。湖山池公園お花畑ゾーンだそうだ。そして、その小道には、「湖山池一周コース」との文字が随所に描かれている。
 湖山池と日本海をつなぐ湖山川を渡ると、広い畑のが広がる。鳥取だからラッキョウかな、と思いながらも、今の時期は何も植えられていない。いずれにせよ、元々は砂丘だったのだろう。
Img_5950Img_5955Img_5956


 その畑の向こうに鉄筋コンクリートの建物が並んだエリアが見える。鳥取大学だ。学生マンションらしき建物が学舎の周囲を囲むように建っている。
 畑と湖の境界線を走る小道は唐突に途切れてしまった。少し引き返して、内陸へ。学生マンション街を抜けると、湖の北岸へ。湖山池一周コースは車道との共用区間となるが、並走する山陰本線の線路の反対側の車道が幹線のようで、湖側の道は静かに走ることができる。湖の畔には「グリーンフィールド」で、運動場や公園があり、その中の小道へレーンチェンジ。どうやらこちらが「一周コース」のようだ。このコースの案内を見落としてしまいがちなのだが、そもそもこれは自転車道ではなく(自転車通行禁止とはかかれていないが)、歩行者の速度ならば見落とすことはないのかもしれない。
Img_5960Img_5961

 すぐにグリーンフィールド区間は終わり、車道との共用区間となり住宅街の中を行く。そして、廃棄物の処理施設らしき荒野を抜けるとまた湖畔の小道となる。山肌が湖に迫り、小さな入り江が並ぶ入り組んだ湖岸となる。前方の小さな岬の辺りに人影が見える。湖岸から数m沖に石を積み上げた人工の小さな島のようなものが浮かび、その上に長いさをのようなものを持った5~6人がなにやら作業をしている。このしばらく後にわかることだが、これは石がま漁と呼ばれる湖山池独自の漁法だそうだ。この人工島は魚が潜む迷路のような魚道ができるよう石が積まれていて、それを上から棒で突いて魚道の奥へと誘い込み、最奥部の胴函(洞檻)という捕獲装置(中に魚が入ると入り口を塞ぐことができる箱)で魚を捕らえるのだそうだ。この漁が行われるのは冬場で、1月下旬の大寒の頃から2月頃まで、年によっては3月上旬まで行われるとのこと。ただし、毎日というわけには行かず、水温が比較的暖かい魚道に魚が住み着くのを数週間から1ヶ月ほど待って、水は冷たいが波は穏やかな日に漁を行うのだそうだ。魚道の外に魚が逃げ出さないように、すべての魚が洞檻までの迷路を抜けるまで4,5時間みんなで棒でつつき続けるのだという。そんな珍しい伝統漁法を見ることができたのは、ラッキーだね。
Img_5966Img_5968Img_5971


 三津という漁村集落から車道との共用区間を行く。クルマはほとんど通らず快適。もう湖の西岸だ。
 湖畔にまたも公園があり、そちらの中の小道へ。小さな岬は「防己尾城跡」で、それを越えてもまた公園が続く。公園の片隅にリゾートホテルがあり、それを過ぎると車道との共用区間。今度はクルマが通る県道21号線。もう南岸に差し掛かっている。あと少しの辛抱だ。
Img_5980

 一周までもう一息のところ、湖山池最大の島「青島」へと渡る橋の袂の公園にやってきた。「オートバイ通行禁止」との注意書き、さらに「公園整備や工事関係車両は通行可」とされているが、自転車についての記述はない。敷地内にある「湖山池情報プラザ」という建物、要するにビジターセンターに入る。中は、湖山池や山陰海岸ジオパーク、さらには全国のジオパークの資料が展示されている。前述の石がま漁の説明もされていた。
Img_5989Img_5981Img_5982

 とにかく、自転車通行禁止とはどこにも書かれていないので、橋を渡って青島へ。遊具の並ぶ公園があり、なんと桜が咲き始めている。キャンプ場や展望台もあるようだ。遊歩道で島を一周する。ウォーキングの人も利用している。あっという間に一周を終えて、橋を戻る。
 再び県道21号線を行くが、すぐにクルマを止めた桂見駐車場に到着。青島一周を含めてちょうど20km。諏訪湖一周と同じくらいだ。また、都市と隣接した水辺、緑地公園の向こうにビルが並ぶ風景は台湾の淡水河に似ているような気もした。台北ほど大きな街ではないが、鳥取も県庁所在都市なのだ。
 自転車をクルマに積んだら、帰路に着く。鳥取市街でラーメンを食べ、東へ。鳥取市からだと、日本海178号線ルートが近い。正味2時間ほどで丹後に到着。
 3月上旬
 参考「湖山池研究所

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019/02/28

暖冬の丹後半島一周

 雪がほとんど積もらないまま冬が終ろうとしている。京丹後市内のスキー場は一日も営業できず、我が家の除雪作業をする必要はなくスノーダンプは車庫の奥でほこりをかぶったままだ。2月中旬には、弱いながら寒波が居座ってくれたので、ここぞとばかりに雪遊びをした。でも、そのあと春を思わせる暖かい日、暖かい雨で、年末からどうにか途切れずに営業していた神鍋高原や鉢伏山・氷ノ山周辺のスキー場のいくつかが今シーズンの営業を終えた。
 春の風を受けると自転車に乗りたくなる。天気は周期変化。数日おきに安定した晴れの日が訪れる。日も長くなってきている。
 こうして、今シーズン初、生涯通算49回目の丹後半島一周が始まった。
 一日フリーになる日と天気が一致することはなかなかないが、どうにか昼前から行動可能となった。ただし、出先から帰宅する所要時間がもったいないので、与謝野町の岩滝をスタート地点とする。家に帰るよりも20分早くスタートできる。とにかく暗くなる前に走り終えたいのだ。
 クルマからランドナーを下ろして、11時ちょうどにスタート。海に背を向けて、府道53号線で内陸へ向かう。標高差200m程を越えるが、中腹には平野が広がり、田園や集落がある。朝のうちはやや雲が多めだったが、時間を追うごとに青空の割合が増し、日差しが背中を暖める。とはいえ、風の冷たさには、まだ冬の雰囲気が残る。過去48回の丹後半島一周は、ほとんどが4月下旬から9月までの間、3回ほど10月に走っている。田も山も緑の季節に走っていた。しかし今はまだ2月。灰色と茶色を混ぜたような色をした山。稲刈りのあとの株から伸びた「ひこばえ」が枯れ、あぜの雑草もまだ生えていない黄土色の田んぼ。土筆もフキノトウもまだ。
 堀越のあたりは標高は180m程でさほど高地ということもないのだが、積雪量の多い土地で2011年、2012年にはクルマよりも人の身の丈よりも高い2m程の雪の壁ができていた。それらの年には4月中旬まで残雪がみられた。しかし、今はどこにも雪は見られない。標高702mの高山にも、613mの金剛童子山もこの一週間ほどで雪の白色がみられなくなった。(下の写真右は2011年冬。左の写真とほぼ同じ場所。)
Img_5832Pict0007002


 京丹後市弥栄町へと下ると白梅が咲いている。春の雰囲気が混じる。しかし下りで体が冷えた。登りでは中間着を脱ごうかと思うほどだったが、すぐ先で下りになるので思いとどまった。その後、竹野川流域の平野から海岸線では冷たい北風に吹かれて中間着を脱ぐことはなかった。つまり、ずっと冬の装備で走った。この日の最高気温は、10度くらい。
Img_5833


 ここで自宅に立ち寄る。朝、家を出てすぐに忘れ物に気付いた。財布を忘れて陽気なはいかいさん、というわけで無一文なのだ。行動食や飲用水はあらかじめ用意していたので、お金は必要はない見込みなのだが、念のため少しは持っておいたほうがいいだろう。普段ならクルマの中に小銭があるのだが、今日は車検のためトランスポーターは自動車工場から借りた代車なのだ。自宅に寄らなければ、ルートを少しショートカットできるのだが、おそらくその差は1kmもないので大勢に影響はない。というわけで、朝は取りに戻らなかった。
 しかし最初の休憩ポイントが自宅とは不思議な感覚だ。
Img_5834


 ちょうど昼時なので行動食のパンを食べようかと思うが、家の中に入りくつろいでしまうと再スタートが遅くなりそうだし、薄暗い車庫の中で食べるくらいなら、外のほうがいい。日なたなら寒くない。家の前で食べるのは恥ずかしいので、少し移動して竹野川のほとりの公園で食べる。
 そのあとは竹野川の流れに沿って、北上。ただし、国道482号線ではなく、クルマがほとんど通らない農道へ。田植えの準備もまだ始まっていない、黄土色の田んぼの中を行く。冷たい北風に向かって進む。
Img_5835


 竹野川河口付近の道の駅「テンキテンキ丹後」でトイレ休憩。そして、海岸線の国道178号線で東に向かう。さあ、アップダウン始まりだ。まずは登り坂だが、風のベクトルは逆風の要素がなくなり、一長一短というところ。海岸段丘に乗り上げると青い海と水平線が見える。思いのほか青い。内陸の色はくすんでいたが、海は過去の丹後半島一周と変わらぬ鮮やかな青だ。
Img_5843Img_5847

 海にそそり立つ一枚岩、「屏風岩」を見下ろしながら一休み。北風なので波があり、多少海底の砂が舞い上がっているようだが、それでも予想よりも透明感が感じられる。冬と春の間の海だ。道路脇では、梅の花がほころんでいる。
Img_5849Img_5856Img_5860


 アップダウンを繰り返し、丹後松島へ。国道をそれ、集落の中を抜け、海水浴場や漁港を見ながら行く。国道沿いにあった近畿最北のスーパーマーケットが先日閉店となった。
Img_5862


 さらに自衛隊分屯地とアメリカ軍のレーダー基地を越え、経ヶ岬へ。まとまった登りとなり、標高140m程の白南風隧道へ。トンネルを抜けると眼下に青い海が広がる。断崖絶壁のカマヤ海岸だ。水平線には冠島と沓島が浮かぶ。こちらは経ヶ岬が風除けとなるので、海水が澄んでいる。
Img_5869Img_5871Img_5873


 下り基調のカマヤ海岸を快走。路肩に大きな落石。直径50cmくらいはあろうか。道路の中央に痕跡が残っているので、通行の邪魔にならないよう脇に寄せられたものと見られる。
Img_5876


 甲崎を越える。今度は蒲入漁港を見下ろす。そして、かつてはここから蒲入峠への登りが始まったわけだが、今は蒲入トンネルにより下り基調のまま本庄へ。しばらく内陸を行く国道178号線をそれて、本庄浜から野室崎越えの登りへ。ここは、登りだしが急勾配だ。急坂に取り掛かってすぐ、4月下旬に走ればまだ花を見られることもある八重桜はまだ冬の姿。そこを越えたら、標高130mのピークまでノンストップで登ることができた。最高地点からははるか東、大浦半島越しに若狭のク須夜ヶ岳がぼんやり見えた。これから霞が深くなると晴れても見えなくなる。
Img_5884Img_5886Img_5887


 泊まで下る。本日最後のまとまった登り、新井崎越えに向けて気合を入れていたのに、「通行止」の案内板が行く手に立ちふさがる。むむむ、京都府の道路情報サイトにはこんなことは載っていなかったぞ。期間は昨年の10月1日から当面の間とのこと。ということは、おそらく9月末の台風24号による被害だろう。復旧工事がまだ始まっていない可能性もある。工事をしていなければ、押し担ぎで越えられるかもしれない。強行突破を試みようか。などという考えがよぎったが、結局はおとなしく撤退することにした。その理由は、まず看板がかなり目立つように置かれていること。もう一つは、通行止は8~17時、とされてること。要するに工事が行われていて、その時簡帯は通れない、ということだ。
 帰宅してから、京都府の道路情報サイトを確認しても、やはりこの通行止は載っていなかった。理由は、その道路が伊根町の町道だからで、伊根町のサイトには通行止の情報が掲載されていた。古いロードマップには、野室崎から新井崎にかけての路線は府道623号線と出ていたが、今は、府道は本庄宇治から本庄浜までだそうだ。
 国道178号線に乗る。こちらも峠越えだが、海岸線ほどきついアップダウンではない。しかし、海岸の景色が美しい新井崎が通れなかったのは残念だ。また、初夏に丹後半島一周することになるだろうが、そのときは「新井の千枚田」と呼ばれる海を見下ろす棚田を見たいのだが、道路の復旧が間に合わないということも十分ありうる。そのときは、「今走っている国道を経由し、大原から新井の千枚田まで往復する」か「17時を過ぎてから新井崎を通過する」という案が浮かぶ。後者の場合家をスタートするなら13時、今日のように岩滝スタートなら正午というタイムスケジュール。初夏とはいえ、19時ごろには暗くなるから、岩滝をスタート・ゴール地点として明るいうちに走り終えたい。ただし、そのタイムスケジュールだと、海風を敵に回すことになる。晴れた初夏の昼下がりに発生する大気の対流。海上より内陸部が激しく気温上昇するために海から陸へと風が吹く。終盤の伊根から日置までの区間の順風満帆の快走ができないばかりか、序盤の竹野川沿いが向かい風になってしまう。距離のロスが発生しても、前者の方がいいかもしれない。まあそんなことは先になって考えたらいい。一番いいのは、3ヶ月足らずの間に工事が完了することだ。
Img_5890


 そのまま国道で伊根湾まで下ろうかとも思ったが、大原で国道をそれる。今はまだ、くすんだ色をしている千枚田を見に行く気はないが、伊根湾へ下るまでに外海を見ておきたい。そして、舟屋の並ぶ入り江を俯瞰しながら降下し、その舟屋の中をより長く走りたい。
Img_5891Img_5898Img_5899


 舟屋集落まで降りると、舟屋と母屋に挟まれた狭い道の真ん中を観光客が我が物顔で歩いている。漁港を過ぎ、かつて町役場があった場所を整備した公園に立ち寄り、かつての国道へ復帰。とはいえ、まだ道の狭い状態が続く。裏山を貫く道が開通したお陰でクルマの通行は少なくなり、かつて国道だった面影はない。それでも、ここを路線バスが通るのだ。母屋と舟屋の軒に両サイドを擦るような狭い道幅。かつてはバスと同じデザインに塗装され屋根に回転灯を乗せた軽ワゴン車がバスを先導していた。先導車を見た対向車は、退避スペースでバスをやり過ごすのだ。新しい道ができたせいか、今は先導車を見なくなた。
Img_5903


 伊根を過ぎると、道は平坦になる。北西の風が当たらないので冬でも波は穏やか。だから、集落は海のすぐそばにあり、道路も海べりを走る。初夏の海風ではないが、今日は北よりの風が吹いているお陰で追い風を受けて気持ちよく走れる。ただし、クルマの通行が多い。去年の梅雨の時期の豪雨による被害で、片側通行の区間が4~5箇所ほどある。豪雨から2,3ヶ月通行止だったところもある。
Img_5909


 日置では、国道をそれ、リゾートマンションやヨットハーバーの中を行く。バブル期にできたもので、失礼ながらまだ廃墟になっていないのが不思議。今のご時勢で維持できていることが奇跡のようだ。
 天橋立の北詰、江尻の観光遊覧船乗り場で一休み。そのあとは、阿蘇海シーサイド自転車道へ。ゴールはもうすぐ。アップダウンももうないし、クルマから隔離された道なので、何の不安もストレスもない。
Img_5912


 そして17時、クルマを止めた駐車場へ。暗くなる前に走り終えた。
 というわけで、何の問題もなく2月に丹後半島一周できてしまった。平年この時期路上に雪があるのは降雪直後の朝のみであるが、路肩に雪が積もっていることは珍しくない。そうすると、日中は雪解け水で路面が濡れるわけで自分自身や通行するクルマの水撥ねを浴びたり、午前中の山間部の日陰では路面凍結があったり、いろいろと苦難があることが想定される。そういう時期なのだ。
 ただし、雪がないからといって春というにはまだ少し早い。野にも山にもまだ緑が現れていない。厳冬期に雪がなかった分、雪解けという変化がないことも影響しているのかもしれない。むしろ雪があっても、その切れ目からフキノトウが顔を出している方が春を感じるのかもしれない。あと、やっぱり風が冷たかったね。
 さあ家に寄って自転車を下ろし、自動車屋に代車を返し、自分のクルマを引き取りに行こう。
 2月下旬、11:00~17:00、82.4km

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/02/25

京都駅前運転免許更新センターと丹波三国岳一周

 運転免許更新の案内のはがきが来た。もう8回目。ずっと地元の警察署で更新してきたが、前々回と前回は京都市まで出向いて更新していた。京都府内といっても、京都市までの往復に半日以上かかる土地に住んでいるので、京都市で更新手続きをすると丸一日つぶれてしまう。でも、誕生日の前後あわせて2ヶ月の内で自分の都合のよい日を選ぶことができるし、新しい免許が即日交付されその日で完結する。
 地元の警察署では、手続きそのものはこちらの都合のよい日にできるが、講習を受けるため後日もう一度足を運ばねばならず、日を指定されてしまう。過疎地で対象者が少ないため、決められた日に受講者をまとめるということだ。ずっと前は、無事故無違反なら講習が免除だったのだが、今は最低でも30分の講習を受けなければならない。
 10年前、平日に都合が付いたため初めて京都市伏見区にある運転免許試験場で免許更新をした。その前の更新までは誕生日の前の1ヶ月間に更新しなければならなかったのだが、更新期間が誕生日の後の1ヶ月も含め2ヶ月に延長されたことが大きい。また、当時は地元の警察署の更新には証明写真を持参する必要があり、写真屋に撮影に行く手間もかかるし費用もかかる。それが運転免許試験場なら写真がいらないという。
 さらに、警察署での手続きの時には交通安全協会の会費を毎回納めていた。更新の窓口から交通安全協会の窓口へと流れるように案内され、会員になるかどうかは任意であることの説明もほとんどなく、いきなりお金を請求されるのである。しかも、警察署での免許更新では、同じタイミングで更新する誰かと居合わせることなどなくたった一人。まさに四面楚歌。まだ世間を知らぬ20代前半のうちに、協会費を払うもの、と教え込まれそのままずっと更新のたびに払い続けていたのだった。
 ところが、運転免許試験場では形成逆転。大勢の人が免許の更新に押し寄せている。交通安全協会費の協力を呼びかける係員がいるものの、ほとんど誰も関わろうとしていない。私も協力を遠慮させていただいた。
 ちなみに、交通安全協会費については、上述の「任意ということを説明せずに支払いを求める」とこだけでなく、その使い道についてもいろいろと問題点があったようである。報道番組で取り上げられて、おそらく現在は改善されている部分もあるだろうが、私としても過去に収めた分でもう役割を果たしたということで、今後も協力を遠慮させていただくつもりである。
 ちなみに、10年前は、写真代と交通安全協会費が浮いた分で、京都市までのガソリン代を十分まかなうことができた。
 もちろん、わざわざ1日つぶして京都市に出向くわけだから、免許更新以外にも目的を果たすようにしている。5年前の前回は、亀岡までクルマで行って、自転車を持ってJRの列車に乗り換え。嵐山で下車し自転車道を走って桂川の畔の運転免許試験場を訪れた。
 さて、先日届いた葉書に記載されている「更新できる場所」の欄には、「運転免許試験場」と「警察署等」以外に「京都駅前運転免許更新センター」という謎の施設が記されていた。これは何ぞや、とネット検索してみると、2012年3月に京都府警七条警察署が廃止され、その跡地で2016年9月から運用されている施設だそうだ。京都駅前という名の通りで、ヨドバシカメラの北隣だ。ただし、ここで更新できるのは高齢運転者と優良運転者のみ。運転免許試験場ほど混み合わないとのこと。もちろん、こちらも即日交付だ。
 ということで、京都駅前の更新センターに行くことにした。桂川自転車道は年末に走ったばかりだから、未練はない。
Img_5722Img_5717

 午後の更新をめがけ、朝はのんびり出発。園部駅よりひとつ京都よりの吉富駅近くの駐車場に11時19分にクルマを入れる。駐車料金は24時間ごとに300円。吉富発11時20分の列車には間に合わず、11時53分の列車に乗車。12時34分京都駅に到着。ヨドバシカメラのレストラン街へ上がってみるが、混雑しているので諦めて更新センターへ。午後の受付開始の13時ちょうどに到着。ビルの1階と地下1階が更新センターで、上階はホテル。よって入り口はなんだか落ち着いた雰囲気。でも、入ってみれば普通の役所。すでに行列ができている。運転免許試験場ほど混み合っていないとはいえ、やはり京都市やその周辺の人の大半は、警察署ではなく即日交付の試験場か更新センターを選ぶのだろう。
 書類を作成して手数料と講習受講料を支払って、視力検査等で30分弱。手数料と受講料支払いの後、同じ窓口で交通安全協会の活動が記されたパンフレットを渡され、ご入会いただけますか、と言われたが、遠慮します、と答えると、ではまたご検討ください、とすぐに引き下がってくれた。
Img_5720


 手続きを終えたら、地下の講習会場へ移動。会場は数室あるようだ。20分ほど待って13時50分から講習が始まる。ただし、その10分前からSDカード(SafeDriver)の案内があった。講習でないからトイレ等で席を立ってもかまわない、とのことだったので本を読んで過ごした。ちなみに、過去に無事故無違反10年以上のゴールドSDカードをゲットしたことがある。1年以上の無事故無違反で手に入れることできるが、無事故無違反の期間によりいろいろとグレードがある。発行には手数料が必要だが、発行から1年間いくつかの店舗や施設で優待が受けられる。ただし、そのほとんどが京都市および周辺部に集中し、私の生活圏である京都府北部では余りメリットがない。前回は、紳士服の量販チェーン店でスラックスを買うことで手数料の元を取る見通しがあったが、今はスラックスを買う必要がない。20年以上無事故無違反の証、最高グレードのスーパーゴールドSDカードの資格が得られるまで待つことにしよう。
 14時20分に講習は終了。講習の内容は、京都府内での交通事故の件数、死傷者のデータ分析、道路交通法の変更点の説明、高齢ドライバーや自転車の保険について、などなど。
 ヨドバシカメラのレストラン街でラーメンを食べて、15時07分、JR京都駅から園部行きの快速列車に乗車。
 15時41分、吉富駅下車。すぐにクルマで国道9号線を北上。観音峠を越えたところで左折、府道702号線へ。3kmほど南下し、府道453号線が分岐する京丹波町口八田あたりでクルマを止める場所を探す。今日はこの辺りで自転車に乗るのだ。しかし、駐車スペースは見つからず、代わりに府道(県道)702号線の通行止の看板を発見。京都府から兵庫県へと越える峠のあたりで工事だそうだ。な、なんと予定のコースが走れないではないか。迂回路が示されているが、かなり遠回りだし、その一部は交通量こそ少ないものの大型トラックが爆走する国道173号線だ。そんな道はまっぴらごめんだね。こっちは静かな道を走りに来ているんだ。
 ただ17時を過ぎると工事が終わり通行可能となる。それならば、と府道453号線の中山峠を越え南丹市園部町へ。通行止めが解除されてから府県境の峠を通過するよう、スタート地点を変えるのだ。園部側には道路脇にスペースがいくつもある。ここにクルマを止めて自転車を下ろす。今日はクロスバイク。ウォーキングしている人がいる。船阪集落はすぐ先だ。
Img_5728


 16時45分、船阪集落に背を向け中山峠に向けてスタート。こちらをスタート地点にするならば、クルマで観音峠を越える必要はなかったが、その場合通行止の看板を見て呆然としたことだろう。行ったり来たりにも偵察という意味があったことにしておこう。
Img_5730Img_5731Img_5733


 峠道はクルマ1台分の道幅の薄暗い杉林。木々の間から園部の中心街を見下ろせる箇所があった。標高差100mあまりで中山峠(標高256m)。南丹市と京丹波町の境。京丹波側の下りは短い。これは、1.5km北東にある国道9号線の観音峠と同じ。
Img_5737


 口八田で府道702号線に左折し、府県境の峠へ向かう。ここで、17時を過ぎる。目論見通り、通行止が解除される時間となった。トタンを被せた茅葺屋根の民家が並ぶ集落の外を、広くてまっすぐな道が延びている。しかし、通行するクルマは少ない。
 17時15分、通行止区間へ。もちろん、すでに車止めは路肩に除けられている。その先で道幅が狭くなり、すでに無人の工事区間へ。決壊した路肩を修復しているように見えるが、帰宅後に京都府の道路情報サイトを見たら道路改良工事とのことだ。
Img_5751Img_5752

 工事区間を過ぎて少し登ると、府県境の峠。京都府道から兵庫県道へ変わるが、路線番号は702号線のまま。ちなみに峠は、標高360m程。口八田から150mくらい登った。
 兵庫県側に下り始めてすぐに篠山ゴルフ場入り口。この辺りには、ゴルフ場が多い。下りきったら、市野々集落。中山間地の集落と田園の風景。相変わらずクルマが非常に少なく快適。
Img_5756Img_5766Img_5768


 立金の集落で、のどかな枝道に思わず左折してしまった。大藤集落にかかったところで、ミスに気付いて引き返す。今日のコースはなかなか複雑で、しかも薄暗くなってきて地図を読む余裕もない。GPSレシーバーが頼りだ。
Img_5776


 立金から少し南下したところで左に分岐があった。ここを左折だ。山間部の細い道を登って行く。すでにライトを点灯。心細い道だが、こういうのにはもう慣れっこ。クマはもう冬眠を終えただろうか。鳳鳴カントリークラブの入り口を過ぎ、もう少し登ると峠。地図に峠名は出ていない。標高は330m程。市野々から100m余り登った。予定ではここが本日の最高地点のはずだったのだが…。
Img_5778


 暗い道を下る。下原山の家の明かりが見えるとホッとする。しばらくは集落の中の道を走り、そのあと県道303号線で、中原山そして奥原山へ。県道を道なりに進む。登りがきつくなってきた。センターラインのある広い道を軽自動車が追い越して行き.、少し先で停車。運転席のドアが開き、降りてきた年配の女性が犬を追い掛け回している。ようやく捕まえて、助手席側のドアからクルマに入れたようだが、開きっぱなしの運転席ドアから犬が飛び出しこちらに向かって走ってきて吠える。大型犬ではないので、さほど危険を感じることはない。しかし、一体全体何が行われているのだろう。年配の女性は私に謝りながら「脱走しちゃって」。脱走した犬を見つけ、あわててドアを閉め忘れたまま犬をクルマに放り込んでしまった、ということだろうか。
 犬と女性の現場を過ぎさらに登る。左は、オータニ広尾カントリークラブ。またもゴルフ場だ。そして車線を半分塞ぐ車止めと「この先行き止まり」の看板。事前にGoogleストリートビューで確認したところ、府県境の原山峠を兵庫側から京都側に越える場合、京都側で道幅が狭まり、ストリートビューも峠で途切れている。だから、そこに到達したのだろう、と思いながらGPSレシーバを見て愕然。またも道を間違えているではないか。標高は420m。本日の最高地点だ。
 引き返すしかない。下っていくと、先ほどの軽自動車がいる。速度が遅いので追いつきそうだ、と思ったら停止した。犬は確保できたのだろうか。私は部外者なので、通り過ぎる。
 帰宅後改めて地図を見て気付いたことだが、市野々から立金、そして迷い込んだ大藤の道も県道303号線。そして、原山からオータニ広尾カントリークラブの道も、県道303号線。標高500m程の三国岳を挟んで、同じ路線ということだ。国土地理院の地図には、大藤と広尾カントリークラブの間、三国岳の山頂のすぐ北を経由する破線の道が描かれている。
 奥原山集落の手前に分岐を発見。原山峠に行くには県道を道なりではなく、こちらへ右折する必要があったのだ。暗くなって、GPSレシーバの画面を確認するには、その都度バックライトを点灯させなければいけなかった、のがルートミスの原因のひとつ。さらに分岐のところには学校の体育館ほどの大きな建物が普通の民家と同じ敷地内にあり「何だろう、工場かな、あっ工場だ」などと考えながら通って、分岐そのものに気付かなかった。そして、その先のお犬騒動で気をとられ、ミスに気付くのが遅れた。
 その分岐からセンターラインのない山道を少し登ったところが府県境の原山峠。京都府側の道はさらに狭まるが、これは想定内。見ればこの先はダートのようだし、「通行止」の看板があるが、ここで引き返す気にはならない。ここを超えればゴールはもうすぐ。引き返すとなると、これまでの20km程をやり直すことになる。
Img_5782


 700cの頼りないタイヤを履いたクロスバイクでバラスが敷かれたダートの下りへ突入。制動力のあるVブレーキだが、タイヤのグリップが不足。すぐに後輪が滑るので、スピードを出さずに行くしかない。600ルーメンの明るいLEDライトは頼もしく、路面状況が良く見える。峠には「通行止」とあったが、路面はフラットだし倒木でふさがれることもなく十分整備されている。山仕事のクルマ等の通行があるのだろう。明るい時間でランドナーなら問題ない。MTBなら舗装路と余り変わらないくらいだ。
Img_5783


 登りに比べて長い下り、しかもスピードが出せないのでより長く感じたものの、ようやく終わりが見えてきた。谷が開けてきて、周囲は畑、そして田んぼに変わる。道幅は広がったものの、まだ未舗装で緩く下っている。敷かれていたバラスがほとんどなくなり、凹凸のない土の路面。舗装路に近い速度を出すことができる。前方を行き交うクルマのヘッドライトが見える。そこは竹井集落。舗装された府道54号線で船阪へ。30㎞近く走って、最初で最後の信号のある交差点を左折し、中山峠に向かってすぐにクルマを止めた場所に到着。
 このコースは、前述の三国岳の周りをぐるりと一周するもの。今は京都兵庫の府県境にあるものの、三国岳という名に反して丹波の国のまっただ中にある。まあ、それでも現在の行政区、南丹市、京丹波町、篠山市を隔てるものであり、歴史的にも村、そして郡を三分し続けていたと思われる。また、麓からの標高差が100~150m程の小さな峠が連続することも丹波の道を象徴している。
 この冬は雪が少ないとはいえ、丹後や但馬などの山間部ではまだ雪に閉ざされた道もある。クルマの通行が少なく除雪されない峠道の日陰区間は、一度積もった雪は春になるまで溶けないことが多い。免許更新のため南下してきたついでに、久しぶりにクルマの少ない山間部を走ることができた。
 2月下旬、16:45~19:00、29.4km

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神鍋アルペンローズで春の新雪を滑り20世紀を懐かしむ

 先日の大江山連峰鳩ヶ峰での新雪滑りが楽しかったので、2匹目のドジョウを狙う。2月中旬には北からの寒気団が日本付近に南下、長く居座ってくれたおかげで、弱いながら寒波が波状攻撃してきた。これはまたチャンス到来。冷たい雨が降る丹後を出発。但馬の国との境の河梨峠はうっすら雪化粧。豊岡盆地に降りると雪は全くないが、神鍋高原へと登るとまた雪景色となった。空から降ってきているのも雪だ。一度は雪不足で営業を休止せざるを得なかった神鍋山アップ神鍋スキー場も息を吹き返し、全面真っ白。今シーズン最後のひと花を咲かせている。
 右にアップ神鍋、左に万場、奥神鍋のゲレンデを見ながら蘇武トンネル方向に進み、万劫集落へ。集落の外れ、かつてのアルペンローズスキー場の駐車場だった広場にクルマを止める。昨日からの新雪が積もっているが、除雪されるほどではない。15~20cmといったところか。湿った春の雪だ。
Img_5625


 それなりに新雪が積もっているので、今日はステップソールの板ではなく、新雪専用の太めの板を選択。今シーズン初めてシールの出番。いずれの板でも今日のコースはシールが必要だ。確か、昨シーズンはシールを使う機会がなかったので2シーズンぶりか。
 ここに来るのも2年ぶり。昨シーズン1月、2月はたっぷり雪があったにもかかわらず、アルペンローズを滑ることができなかった。1回の寒波で雪が積もりすぎたのだ。ニュースに出るような大規模な立ち往生まではいかないが、各所で交通障害が発生。渋滞や事故のリスクを避けて、不要不急の外出を控える必要があった。その点、雪不足の今年の方が道路は全く普段通りに走れて身動きがとりやすい。
 板を担いで、万劫集落へ。驚くほど雪が少ない。これまで身長くらいかそれよりも高い雪の壁に挟まれていたのに、今日は足首程度の積雪だ。古い家が撤去され更地が増えているので余計開放的に見えるのかもしれない。(下の写真左側が今年、右は2年前)
 Img_5636Dscn9374

集落の最奥で板を装着。ダブルトラックへ。墓地となっていていくつかの墓石が並んでいるが、それらよりひときわ大きいコンクリートの塊がそそり立っている。かつてのリフトの支柱だ。
Img_5638Img_5642Img_5643


 1965年に西神鍋スキー場としてスタート。1970年代にリフトがかけられ、隣の稲葉集落をベースとする別経営のリフトと合わせてアルペンローズスキー場となり、スキー場が群雄割拠する神鍋高原の穴場としての存在だった。映画「私をスキーに連れてって」のヒットやスノーボードのブームで、1990年代初めまでは賑わいを見せた神鍋高原だが、スキーバブルの崩壊で1999-2000年のシーズンには、アルペンローズは土日のみの営業となり、次のシーズンはリフトのワイヤーに椅子が吊るされることがなかった。
 ダブルトラックを登っていく。車道としては急勾配で、かつてはスキーの下山コースだった。しばらく登っていくと分岐。どちらもすぐ上の平らな部分に出るのだが、道なりでない方、つまりショートカットする方を選ぶ。こちらがかつてのスキーコースなのだが、現在は使われなくなっているようで細かい木が生えて通行に難儀する。下山は、道なりの方がいいかもしれない。
 広い雪原に出た。歩き始めたときよりも何となくガスが薄くなってきているようだ。万劫集落よりもこの平原が実質的なスキー場のベース。ゲレンデ食堂やレンタルスキーの店、そしてリフト中間駅がある。中間駅は普通は下車専用だが、ここは珍しい乗車専用の中間駅だ。つまり、下半分が登行リフトとしての役割。朝は麓からリフトに乗車するのだが、入山してゲレンデやコースを繰り返し滑るには麓集落まで降りずに中間駅から乗車する。そのため、朝の入山の混雑時に麓から乗車する際は、中間駅から乗車する人のため一つおきに乗車するルールとなっていた。
Img_5646


 広い雪原に降りてくるコースは2つ。山頂から一気に急降下してくるススキコースと、このスキー場で随一の広さを持つあすなろゲレンデ。初心者、初級者、家族連れが安心して楽しめる緩やかな斜面がないのことが、ここが穴場だった理由。しかし、シングルリフト3本のみの小規模のわりに、二つのベースを持ち、あみだくじのように交錯するコースは中級者以上には面白く、私もよく訪れた。
 平原からあすなろコースにかけても細かい木が密集して生えている。小さなアップダウンがある中、できるだけ歩きやすい部分をつないで歩いていくと密林の中に入り込んでしまった。木々の密度が高く、身動きが取れなくなるのではないか、脱出に苦労するのではないか、と心配したが並木道のような一本の道があった。山仕事の人の通路なのかもしれない。中級ゲレンデを直登する形だが、シールとクライミングサポートのおかげでぐいぐい登れる。雪は足首程度のラッセル。新雪だが、湿って重い春の雪であまり沈まない。
Img_5648Img_5650

 木々がまばらになってあすなろゲレンデの上部に来た。このあたりが標高差の中間点。あともう少ししたら狭いコースとなる。ガスがはれて麓の神鍋高原やアップ神鍋スキー場のある神鍋山が見えてきた。さらに足どりが重くなってきた。シール面に雪が貼り付いているようだ。湿り気の多い雪はこうなってしまう。
Img_5658Img_5655

 狭いコースがスイッチバックするように山肌にレイアウトされている。この辺りは3本のリフトが集まる交通の要衝で、コースであると同時に連絡通路でもある。山頂へ向かう斜面に鉄の支柱が並んだままだ。山頂へのリフト乗り場もこの辺りのはずだが、そちらは跡形もない。山を切り開いた狭い場所のため、山頂リフト乗り場はリフト待ち行列を蛇行させる広さがない。そこで2列縦隊を形成し、1列目がなくなってきたら係員が合図ととも仕切りのロープを持ち上げ、2列目が横移動して1列目に昇格する。たまたまその場に居合わせた見ず知らずの面々が整列した状態で合図を受けて一斉に動く様子を、今思い出せば特徴的。乗車専用の中間駅といい、個性あるスキー場だった。
 さらにしばらく登ると稲葉からのリフト降り場。こちらも何もない。
 その先は山頂に向けての尾根コースだ。「馬の背コース」とスキー場として営業していた頃は呼ばれていたが、その名前ほど狭いわけでなく中級者が楽しく滑れる。ここまで来たら、標高差は残り100m余り。あと3分の1だ。
 このあたりにも灌木が生えているかあすなろゲレンデのように密生せずずっと疎らなままでいてくれている。
 脚が重い。たまらず板を外しシールワックスをかける。ついでに行動食のパンを半分ほど食べる。でも飲み物がない。飲料水を忘れていることには、歩き出してしばらくして気付いたのだが、もうとりに戻る気持ちにならなかった。
 シールワックスのお陰で劇的に歩みが軽くなるが、効果は一次的。すくにまた重くなった。山頂はもう近い。このまま行こう。
Img_5662


スキー場最上部が近づくとコース内に灌木はほとんどなくなる。北向き斜面のため雪質もよく、早く滑りたい気分になる。けれど、残念ながらこちらを滑り降りる予定ではない。
 そして山頂に到着。標高698m。万劫集落から標高差350m程を2時間余り。山頂と呼んでいるが、三川山、蘇武岳、妙見山と1000m前後の山が連なる稜線の支尾根の末端近くの小ピーク。三等三角点「万劫」がある、アルペンローズスキー場の最高地点だ。山頂リフト降り場の施設は撤去されて、何もない。
Img_5664Img_5665

 霧が薄くなり、その切れ間から神鍋高原が覗く。雪はほとんど止んでいる。そして無風。気温は高めで、汗をかいている。脱水症状になるほど汗をかいていないのが幸い。またパンを食べ、滑降に備えてシールを剥がす。
 さて、ススキコースへと滑り込む。万劫からのリフトの中間駅のある広場へと一気に滑り降りる中上級者向けのコースだ。圧雪されない斜面では、このくらいの勾配があるほうが楽しい。ススキコースを滑降する前に、馬の背コースを少し滑り降りて登り返すという案もちらりと頭をよぎったが、飲料水がないので却下。ススキコースでの最初のターンでその選択でよかったと思う。雪が湿って重いのだ。まあ、新雪だから操作はできるしふわふわ感はあるのだが。
Img_5668Img_5669

 徐々に成長してきた潅木の間を抜けていく。中腹では潅木が濃い。スキー場クローズから19年、だんだんと滑るのに支障をきたす密度になってきた。自由の利く新雪だからいいが、雪が悪いとさらに大変だ。とにかく林の中でスピードは出せない。ターン一回ごとに停止だ。木々は直径5~10cm程だが、例えば雪崩で流されているときに引っかかったらこの程度の木でも脚の骨は折れる。雪崩でなく、つまり流れる雪の圧力がなくても、スピードが出た状態でぶつかれば、やはり危険である。ここは我慢のしどころ。慎重に抜ける。
Img_5675Img_5681Img_5685


 潅木帯を抜けると、広い雪原が見えてきた。リフト中間駅のプレハブ小屋がまだ残っている。
Img_5686Img_5687


 滑り降りたら、平原を歩いて横断。万劫集落へと降りるダブルトラックへ。積もりたての新雪の滑降はそれなりに楽しめた。でも重く湿った春の新雪。2本目を挑みたくなるほどではなく、思い残すことなく下山できる。自分がつけたトレースを辿れば1本目より楽に登れるとはいえ、飲料水もないことだし。
 潅木が邪魔な下山コースを避ける。植物のつるがからみ、お化け屋敷のようになったゲレンデ食堂兼レンタルスキーの店の建物を回りこむ。車庫として使われている部分の屋根が落ちナンバープレートのない軽トラックにかぶさっている。そこからのダブルトラックは山仕事の人が使うのか、路上にブッシュはない。雪が薄く路面が見えている箇所があるので、慎重に。幸い勾配が緩く板が走らない。すぐに、ブッシュに覆われた道と合流。つまり、かつての下山コース。勾配も雪も十分あり、あっという間に万劫集落へ。駐車場の雪は、ずいぶんとけていた。
Img_5689Img_5691

 高原の中央のリゾートホテルの裏山の斜面に人影が見える。スノーボードで遊んでいるようだ。あそこも、かつてのスキー場ゲレンデ。神鍋ファミリースキー場(新神鍋スキー場)跡地だ。アルペンローズと同じ、20世紀の遺構である。
Img_5692Img_5693

 2月中旬、11:05~14:10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/02/18

鳩の山に雪を!2019(大江山連峰鳩ヶ峰スキー登山)

 スキー登山を始めた頃の1996年以来、23シーズン途切れることなく雪の大江山連峰を訪れてきた。過去最も雪が少なかった2007年にも、金曜に寒波、土曜に出動とタイミングの良い降雪でどうにか大江山連峰を滑ることができた。それに次いで雪が少なかった、2016年、1998年にも寒波集落に合わせてスキー登山を実現できた。しかし、丹後半島では、今年2019年は、過去の寡雪の年を上回る深刻な雪不足。スイス村スキー場が全く営業できていない。
 一方、内陸部では話が別で、少ないながらも過去最悪レベルということはなく、先日の氷ノ山では十分にスキー登山を楽しむことができた。氷ノ山ほどではないが、やや内陸の神鍋高原の奥神鍋や万場のスキー場も年末から営業途切れずを続けている。
 ならば、大江山連峰も可能性はあるんではなかろうか。12月上旬、下旬、1月末に控えめながら寒波が来て、平野部でも少しだけ雪化粧をした。大江山連峰の近隣の道路の積雪情報を調べると、この冬で最も深い積雪を観測したのは12月下旬の年末寒波直後。チャンスを逃してしまったのかなあ、とも思うが、そのデータは山間部ではあるがあくまでも麓。積もった雪が完全に溶けてからまた積もる、ということの繰り返しならばここの寒波で積もった雪の量の比較となるが、根雪として残る状態ならば、寒波を繰り返すごとに積雪深は増していく。山の雪は後者であることを期待したい。
 2月中旬、待望の寒波がやってきた。幸い、丸一日は無理でも、昼前から行動できる。平野部は冷たい小雨。山間部に入ると雪に変わりうっすらと雪化粧。登山口の福知山市大江町の千丈ヶ原に向かうにつれ、道路脇の積雪が増していく。路面も雪に覆われた。いいぞ。
 鬼嶽稲荷神社へ向かう道と鍋塚林道の分岐にあたる、除雪の限界点へクルマを止める。といっても今回の寒波では除雪されていない。本日の目標は鳩ヶ峰。鍋塚林道を登っていくわけだが、このままクルマで登れそうなほど積雪は浅い。実際、分岐の両方に轍が続いている。とはいえ、上に行けば積雪は増すだろうし、日当たりの悪いところではなおのこと深い雪のとなることは間違いなく、下手にクルマでチャレンジしてスタックしたら面倒だ。ここにクルマを止めよう。積雪は20cmほど。念のため、進行方向を下に向けておく。前進で下り方向なら脱出は容易だ。
Img_5420


 準備をしようとして、重大なミスに気付く。ストックを忘れているではないか。手ぶらでなんて無理に決まっている。取りに帰れば往復2時間以上。そんな余裕はない。寒波は今日で終り。すぐに雪は劣化。何かで代用するしかない。クルマの中を物色。まずは、カメラの一脚。自撮り棒のご先祖様みたいなものだ。古い物で、ストック代用として長さもちょうどよくしっかりしている。もう一本は、雨傘。ダメだ。長さが足りないし、すぐ折れそう。あ、これだ。雪崩に埋もれた人を捜索するゾンデ棒(プローブ)だ。もちろんゾンデ棒として使用する状態では長すぎるし、しなやか過ぎる。だから、二つ折り(収納および携行時には短くできる)にして、マジックテープのベルトで固定。これで長さも強度もいい感じ。
Img_5497


 正午ごろ、鍋塚林道を歩き出す。ステップソールの板で、シールは車に残してきた。歩き出して数分。300m程進んだところで、雪が深くなりクルマの轍が途切れていた。格闘の痕跡が見られる。やはり、分岐にクルマを止めて正解だった。
Img_5422


 複数のスノーシューで踏み固められた、しっかりとしたトレースができている。現在進行形で降り続く雪にコーティングされているが、今日のトレースだ。このトレースの主たちは、どこにクルマを止めたのだろう。そして、轍の主も同じ人たちなのだろうか。
Img_5432


 距離およそ3km、標高差200mの鍋塚林道は、2箇所ほどヘアピンカーブをショートカットできるのだが、今回は雪が薄くてダメ。それに、急斜面を直登するにはシールの方がよい。ただし、今日はしっかりしたトレースのついた林道をステップソールで軽快にいけるので、むしろショートカットできたときよりも速い。
Img_5424


 登るにつれて雪は深くなっていき、50cmほどになっているようだ。見えるはずの鳩ヶ峰や千丈ヶ嶽は、雪とガスで見えない。ただし風はない。
Img_5434


 林道終点が近づいたところで、前方から数人の登山者が降りてきた。年配の男女2人ずつのパーティ。トレースの主だ。トレースの感謝を込め挨拶を交わす。
Img_5435Img_5438

 大江山連峰の主稜線、鍋塚と鳩ヶ峰の鞍部が林道終点。1時間あまりで登ってきた。トレースのお陰でいいペースだった。そこには小屋があるので、中で休憩。行動食のパンを食べる。床には雪の塊が少し散らかり、先ほどパーティが利用していた痕跡が残る。温度計によると気温は2度。
 小屋を出て、鳩ヶ峰へ。ここからはノートラック。先ほどのパーティは林道往復のみのようだ。景色も見えないし雪は深いし、で心が折れたというところか。
Img_5443Img_5445

 比較的なだらかな山容の鳩ヶ峰だが、当然林道よりは勾配もあり、新雪のためステップソールの効果は薄れる。ここだけシールを使った方が良かったか。それと、ストックがないことも大きい。一脚とゾンデ棒の代用品はあるとないとで大違いだが、バスケット(リング)がないので、雪にどんどん刺さってしまい体を支えることができない。
 でもそれはいいことで、つまりそれだけの積雪量があるということだ。前回、前々回の寒波で積もった雪は、リセットされずにどんどん蓄積されていったようだ。根雪があれば、さらに積雪は増えやすい。実際、新雪の下に根雪の層を感じる。バスケットがあればその層で止まるのだが、代用ストックでは少し体重をかけるだけで層を突き破ってしまう。
Img_5446Img_5447

 貸切で、自分以外誰もいないはずの山で、何か大きなものが動く。鹿だった。
Img_5453Img_5459

 結局、林道終点から距離700m、標高差100mあまりを1時間かけて、鳩ヶ峰山頂へ。相変わらず景色は真っ白で見えず、雪が降り続いているが、無風なので、一息つける。登りでは汗で曇りそうなのでゴーグルをつけずに来たが、ここでゴーグルをザックから取り出す。そして、ゴーグルを付けてびっくり。麓の加悦谷(野田川流域の平野)が見える。霧を透視する機能があったのか。と思ったら、霧が晴れてきている。雪も小降りになっている。加悦谷を隔て対峙する磯砂山。さらに丹後半島の依遅ヶ尾山や金剛童子山も見えてきた。むしろ、今いる大江山連峰の方が見えないくらい。鍋塚は徐々に姿が見えてきたが、すぐ隣、目と鼻の先の主峰千丈ヶ嶽はガスの中。
Img_5468Img_5484Img_5469


 さて、滑るとするか。鳩ヶ峰の東斜面から東尾根へとつないだら林道を使わずに下山できるのだが、東斜面は雪が薄い。来た道を引き返すのが無難だ。ということで北斜面へ。北向きで緩斜面。斜度のある東斜面に比べると滑降の楽しみは薄いが、雪が積もりやすいのが北斜面。積もりたてふわふわの雪を楽しく滑る。代用ストックは、十分役割を果たしてくれる。ガスが晴れすっかり白い姿を現した鍋塚に向かって滑って行く。
Img_5487


 雪が悪いと手こずる樹林帯も、今日は楽しい。あっという間に林道まで下った。楽しい時間は短い。
 林道を下る。この後、林道だけでは芸がないので、東尾根へと向かう案も頭にあったが、最初のヘアピンカーブをショートカットしたら、東尾根へ向かう支線林道の分岐を通り過ぎてしまった。ちなみにこのショートカットは下り専用。歩行距離はあまり短縮できないし、高度差が大きくて登るのはきつい。でも、滑るにはいい。本日は標高により積雪量の違いが大きい。さらに下では大きくショートカットできる箇所が2つあるが、雪が薄い。
 しばらく先で、林道と東尾根が接近する箇所がある。登りで確認したら、どうにか尾根を滑るだけの積雪はありそうだった。しかし、林道と尾根の間の沢が雪に埋もれていないし、尾根の末端まで下ると雪が薄く林道に下りるのに苦労しそうだったので止めておく。東尾根を使うには、最初のヘアピンカーブをショートカットせず、支線を行くべきだった。
 その後、東尾根も使わず、ショートカットもせず、愚直に林道を下るのは久しぶり。冬の大江山連峰を訪れるようになった初期の頃は、山の経験が浅いため林道を下るしかなく、それがつまらなかった。しかも、スキー登山を始めた頃は重く、歩行が得意でないアルペンの山スキーだった。今は、ノルディックのテレマークスキーで、しかもステップソールつき。今日は、雪も良くトレースもばっちり。林道下りもそう苦痛ではない。それに安全だ。下るにつれて山肌の雪は薄く、下手にショートカットを試みても、岩、切り株、倒木の罠にかかる心配がある。脚の骨くらい簡単に折れてしまうのだ。幸い過去にそういう経験がないし、今後もそうでありたい。
 林道でも鹿に遭遇。急な斜面を駆け下りて林道に着地。転倒するも、素早く立て直して軽快にカーブの向こうに消えていった。いつしか千丈ヶ嶽も見えていた。
Img_5492


 最後に千丈ヶ原から鳩ヶ峰を振り返る。
Img_5501


 2月中旬、11:55~15:25

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/02/04

雨が降る前の氷ノ山三ノ丸スキー登山

 前の記事に書いたとおり、この冬は極めて雪が少ない。北近畿の日本海沿岸部は、私の知る限り最も雪が少ないが、少し内陸に入ると状況は異なる。少なくとも、2007年よりは多い。京丹後市のスイス村スキー場は2月には言ってもまだ今シーズンの営業が始まらないのに対し、神鍋高原や鉢伏山・氷ノ山周辺のスキー場は年末から途切れずに営業が続いている。1月31日夜から2月1日朝にかけての寒波で、またその差が開いたようだ。
 というわけで、2月3日、氷ノ山へ。4時過ぎにおきて、5時前に丹後を出発。6時半に養父市大屋町ですうさんと合流。若杉峠を越え宍粟市波賀町の道谷集落は雪が多い。屋根の雪を下ろしている建物も見られる。
 戸倉峠を越えて鳥取県に入り、7時40分にわかさ氷ノ山スキー場へ。準備を整え、スキーパトロールで登山届の用紙に記入し、8時20分、少し前に営業開始したリフトに乗車。2本乗り継いで、標高1195mの樹氷スノーピアゲレンデ最上部へ。強風が吹き荒れている。今日は天気下り坂。夕方には雨が降り出す予報だ。早く登って早く滑ってしまいたい。
Img_5242_7


 東は何とか晴れ間も見えるが、西の空は分厚い雲に覆われて暗い。辛うじて大山が見える、と思ったが見えていたのは烏ヶ山。大山本峰は見えていなかった。帰宅後、写真を検証するも、烏ヶ山も怪しい。白いのは雲かもしれない。
190203hyodaisen_2


 スキー板をザックに付けて、8時50分、登行開始。急斜面だが林間のため風が和らいで助かる。前日はたくさんの人が入山したようで、しっかりとした踏み跡ができている。それが今朝の冷え込みで固まり、雪面を踏み抜く心配はない。むしろ、キックステップが難しい。先行者はアイゼンを使っている。プラブーツでなければ、アイゼン必須だ。
Img_5251Img_5258Img_5257


 やせ尾根区間に出ると先行者の姿を捉えた。そして、氷ノ山山頂や三ノ丸の景色が開ける。その方向は晴れているので青空をバックに白がまぶしい。一方、西の大山はますます霞んでいる。風上側には常緑樹である杉が並んでいて、防風林の役目を果たしてくれる。例年、雪庇ができる区間なのだが、今年は雪庇といえるまで発達していない。
 やせ尾根のアップダウンを越えるとブナ林となり三ノ丸へと続く広い稜線へとでる。ここでスキー板を装着。すうさんはシールを貼るが、私はステップソールがあるので今日はシールの出番がなさそうだ。
Img_5263Img_5269

 三ノ丸とは反対方向、大段手前のピークには少し樹氷が残っていた。帰宅後に読んだ、インターネットに上がっていた記録によれば、昨日の朝まではたくさんの樹氷が見られたそうだ。
 ブナ林は直ぐに終わり吹きさらしの雪原へ。幸い南からの追い風だ。緩い登りもらくらく。すれ違う人は、顔が引きつっていた。我々はピストンコースでなくてよかった。まともに滑れないところだった。
Img_5270Img_5272Img_5275


 先行のつぼ足2人組を追い越し、単独のアルペン山スキーヤーに追い越される。
 10時に三ノ丸。氷ノ山山頂が近く見える。また、南には三室山や後山も。兵庫県の標高ベスト3のそろい踏みだ。また、2年前に滑った「くらます」やもっと前に滑った東山(とうせん)、毎年滑っている扇ノ山もみえる。東山の左肩には那岐山が除く。但馬妙見山の向こうに目を凝らすが、丹後の山は見えない。当然そのはるか先の加賀白山など見えるはずもない。
Img_5280Img_5286Img_5288


 私が記憶する限り、最も雪が少なかった2007年には、このあたりの笹が埋まらず、まともに滑走できなかった。今年は問題なく滑走できる。つまり、12年前よりははるかにましだ、このエリアでは。
 風が強いので、先を急ぐ。いったん下って、ワサビ谷の頭のピークを越える。クラストした雪に板を取られて転倒。顔面に、地吹雪が吹き付ける。
 先ほど追い越された単独山スキーヤーに再び追い越される。三ノ丸の避難小屋で休憩していたようだ。彼はそのまま山頂に向かっていった。
 10時25分、ワサビ谷へと少し下りてみる。風が弱まるのを期待したが、まだまだ強い。休憩は先延ばし。
 昨日は平野部で10度を越える陽気となったので心配したが、雪はどうにか賞味期限ぎりぎり。ふわふわの新雪とは行かないが、それに近い浮力を感じるところもある。谷の滑り出しは広い疎林の急斜面。前日のものと思われるたくさんのシュプールがあるが、斜面が広いので気にならない。すうさんは気持ち良さそうに滑り降りていくが、私は何度もこける。それでも楽しい。
 Img_5304Img_5305

 下るにつれて、斜度は落ち着くが、谷は狭まり両側の法面が切り立つ。コース取りの幅が狭まり、先行シュプールが集まるので雪面が荒れてくる。これらのシュプールの主は、登りトレースの主でもあるわけで、文句は言えない。また所々にデブリが見られる。急な法面から小規模な雪崩が起こったようだ。3日前のまとまった積雪の後、昨日の気温上昇。ここでは見慣れた光景だ。完全埋没するほどの雪量はないものの、やはり出会わないに越したことはない。そして、デブリは滑りにくい。
Img_5312Img_5313

 単独のアルペン山スキーヤーが追い越して下っていった。少しウエアが似ていたので惑わされたが、山頂に向かった山スキーヤーとは別人のようだった。山頂まで往復して来たにしては、あまりに早すぎる。
 谷に深く入って風が弱まったので、小休止。パンを食べる。すうさんはおにぎり。それでも少し風があって体温を奪われる。長居は無用、滑降開始。
 谷が狭まり沢芯を行く。スノーブリッジのお陰で渡渉せず滑れるが、雪の量は少ないので岩のおうとつが雪面に反映されてコース取りに苦心する。
Img_5314


 やがて雪面がわれ、沢が露出していた。まあ、例年沢が出ている区間ではあるが、今年は少しスノーブリッジの発達が少ないようだ。右岸の法面を斜滑降でクリアし、杉林へ。林に入っても急なトラバースが続く。10分ほどで杉林を抜け、わかさ表線スキー場イヌワシゲレンデ上部へでた。12時05分。
190203hyo001190203hyo

 最後はゲレンデ滑走。
Img_5317


 駐車場に戻り、撤収していると雨が降り出した。予報より早い降り出しだ。気付けば山頂稜線はすっかりガスに覆われていた。スキーパトロールに下山報告し、クルマで走り出すと雨足は徐々に強まり、帰宅する頃には本降りの雨。日中の最高気温は10度程だったが、この後、夕暮れ以降気温は上がり日付が変わるころには15度ほどになるという。日本海の低気圧に向かって南風が吹き、フェーン現象が起こるためだ。これで、雪は質量ともに悪化・減退する。この土日、正確には日曜の午前中までがこの冬の貴重なチャンスだった。帰宅後に読んだインターネット上の記録では、前日は尾根の急登でのツボ足で踏み抜きに苦労したそうだ。その分、ワサビ谷の雪質はよかったに違いない。天気は、下界のようにはすっきりと晴れたわけではなく、強風と時折のガスに見舞われたそうだ。要するに、今日の午前中と変わらない天候といえる。おかげで、雪の鮮度がどうにか保たれたということのようだ。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2019/01/27

冬が来ない

 待てど暮らせど、白い季節がやってこない。
 期待された寒波、空振り。大雪警報の発令も虚しい気持ちに輪をかけただけ。年末の仕事納め&帰省ラッシュ寒波と同様、風が強すぎた。雲は内陸まで押され、京丹後市など日本海沿岸には積もるほどの雪が降らなかった。半面、太平洋側でも雪が降ったニュースも報じられた。
 京丹後市弥栄町のスイス村スキー場、今シーズンまだ営業できていない。
 一方で、神鍋高原や鉢伏山・氷ノ山周辺の兵庫県のスキー場は、年末から途切れなく営業できている。今回の寒波で雪もリフレッシュされたようだ。少し内陸に入るとこの違いだ。
 1998年、2007年、2016年と9年おきに雪が少ない冬がやって来ていたのだが、今年は周期を無視する早さ。そして、最も少なかった2007年よりも少ない。ただし、これは私の住む京丹後市の話で、神鍋や氷ノ山では少な目ながら、山にはちゃんと雪が積もっているようだ。
 自転車に乗れるのはうれしいが、冬には冬の楽しみを味わいたい。
Img_5136Img_5140


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ランドナーにVブレーキを

 半月も前のお話。成人の日の三連休、去年は広島県や山口県に出向いたのだが、今年はのんびりと家で過ごした。週間予報が発表された時点ではすっきりしない天気とのことだったが、実際には暖かく穏やかな休日だった。
 外で作業ができるくらいの気温なので、メインバイクとして使っている、VIGOREのランドナーのリアブレーキの効きが今一つなので、カンティレバーブレーキからVブレーキに交換してみた。
 ランドナーでVブレーキを使っている例は少ない。理由は主に2つ。泥除けとの干渉とワイヤーの引きしろの不足だ。前者については、Vブレーキが装着されていた折畳小径車に、メーカーオプションの泥除けを装着して問題なく使えている。Vブレーキには、アームの長いタイプ(ロングアーム)と短いタイプ(ショートアーム、ミニVブレーキ)があり、MTBなど強い制動力を必要とする自転車にはロングアーム、クロスバイクなどにはショートアームが使われているとのことだ。
 実は、小径車に泥除けをつける前に、行きつけの自転車屋さんから「グレードの高くて具合がいいはずだから使ってくれ」と、余っていた中古のVブレーキ本体をもらった。それがアームの短いものだった。言われたとおりそれに交換して使っていたのだが、その後泥除けを追加する際、もらったブレーキが干渉するので純正のものに戻した。そういう経験がある。ロングアームなら泥除けがあるランドナーでも大丈夫だろう。
 もう一つの問題点、ワイヤーの引きしろについて。Vブレーキは強い制動力がえられる代わりに、ブレーキワイヤーの引きしろが他のブレーキより大きく必要とされる。ショートアームは、引きしろを他のブレーキ並みに抑えられているが、ロングアームの場合は、Vブレーキに対応したブレーキレバーでないといけない。
 ドロップハンドル用のブレーキレバーは、のロングアームのVブレーキには対応していない。だからランドナーにvブレーキを装着するには、ショートアームなら泥よけと干渉し、ロームアームはレバー(ワイヤー)の引きしろが足りない。あちらを立てればこちらが立たない、ということになる。
 幸い、対象のランドナーはハンドルをフラットにして使っている。だからVブレーキ対応のレバーを使える。
 ブレーキ本体は、ちょうど今使っていないMTBが車庫に眠っている。1992年初めに買ったパナソニックのマウンテンキャットだ。2001年にTREKのMTBを手に入れてからは出番がなくなった。元々マウンテンキャットには、カンティレバーブレーキがついていたが、Vブレーキに交換している。これを流用しよう。アームは長い。
 というわけで、とりあえずリアのブレーキ本体を移植してみた。ワイヤーは、長さが足りなかったので新品に交換。ブレーキシューはカートリッジ式で、パッドはまだあまり磨耗していないのでそれを移植して使う。
Img_5018Img_5015

 装着が一通り完成したが、ブレーキを開放してもブレーキパッドがリムに当たる。スポークの張りを調整しリムのふれをできるだけとってみたが、ダメ。では、ワイヤーを少し緩めに設定すると、今度はブレーキが聞かない。
 やはり、Vブレーキ対応のブレーキレバー必要らしい。マウンテンキャットのハンドルからレバーを外し、ランドナーについていたレバーと比較。確かに、Vブレーキのレバーは、ワイヤー末端のタイコをはめる位置と支点との距離を長くしてある。
Vbreak


 ようやく、交換完了。ただし、リアのみ。フロントブレーキ交換は、キャリアを外さねばならず面倒なので今回は見送り。現状でも制動力不足ということはない。
 せっかくなので、試走がてら1時間ほど走ってみた。
Img_5019


 家に帰り、今度は自動二輪に乗り換え。11月以来およそ2ヶ月ぶりに乗ってみる。暖かい日を有効に活用するのだ。6kmほど走り、自動二輪から折畳小径車を下ろして海沿いを走る。走り出してすぐ、日没。ブレーキの交換に結構時間がかかった。小一時間走って自転車を自動二輪に積み込んで帰宅。日中の余熱はすでに感じられず、自転車で暖まった体が冷えて行く。寒さに震えるようになる前に帰宅。
Img_5030Img_5037Img_5042


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019/01/10

「猪突猛進」でなく「勇往邁進」!?でも本当はぼちぼちと行きたい

 5月に元号が変わる。つまり4月いっぱいで平成が終る。
 平成元年の春に買ったランドナー、ブリヂストン「ユーラシアツーリング」に乗ってみた。もうすぐ満30歳。東海道、信州、九州、四国、北海道と日本各地を走った自転車も、一線を退いて10年余り。乗る機会はめっきり減ってしまったが、まだまだちゃんと走れる状態だ。
 平成元年春のブリヂストン自転車のカタログにはユーラシアでなく、その後継モデルのトラベゾーンが掲載されている。私のもとにあるユーラシアは、おそらく最終モデル。昭和のうちに製造されたものの在庫だったかもしれない。
 とにかく平成が終わっても、ユーラシアは終わらない。
Img_4923

 また、今年2019年は亥年ということで「猪突猛進」という言葉が聞かれる。今年の抱負として使われる場面も見られる。でも、それでいいの?と思ってしまう。
 辞書を引けば、以下の通り。

【猪突猛進】
[名](スル)周囲の人のことや状況を考えずに、一つのことに向かって猛烈な勢いで突き進むこと。「猪突猛進して敵の策にはまる」
(デジタル大辞泉)

【猪突猛進】
意義素:知性が欠けており、単純な行動や思考しかできない人
類語:物事を深く考えない人 ・ 猪突猛進タイプ ・ 単細胞 ・ バカ正直 ・ 直情径行 ・ 猪突猛進 ・ 単純な人 ・ 単細胞人間 ・ 素直過ぎる人 ・ 直線的な人 ・ 一本調子な人 ・ 向こう見ずな人 ・ 無鉄砲
(Weblio類語辞書)

 「今年は猪突猛進します」と宣言している人が結構多い。芸能人やスポーツ選手なら「ろくに勉強せずに大人になってしまった人達だから仕方ないな」と思う反面、たくさんの人が目や耳にすることで誤用が当たり前になってしまう影響力の大きさが気にかかる。
 さらに、まじめな場面で、あるいは政治家や弁護士などお堅い立場の人でも猪突猛進が良いことを表す言葉のように使っていることがある。意味をよく知らないのに雰囲気だけで選んだ言葉を今年の抱負などにに使うことは、まさに猪突猛進だ。時には他者に対し「猪突猛進してください」などと使われている場合もある。これは失礼だろう。メッセージを強めるため敢えて悪い言葉を使うのであれば、アントニオ猪木の「馬鹿になれ」の方が潔いし、誤用しているのではないか、という疑いをもたれなくて済む。ただし亥年とは関係なくなってしまうが。
 まあ「勇猛邁進」のように使っているつもりなのだろう。
【勇往邁進】
[名](スル)目標に向かって、わきめもふらず勇ましく前進すること。「全国制覇をめざして勇往邁進する」
(デジタル大辞泉)

 というわけで、私としては猪突猛進せず勇猛邁進する、といいたいところだが、本当のところは無理なくぼちぼちと進んでいきたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/12/31

2018年バイクライフ総決算(走行距離は過去最高)

 自転車の年間走行距離は、3772kmで過去最高。走行日数も208日と2番目に多い記録で、週4日ペース。1月、2月、3月、8月、10月に泊りがけのツーリング。10年ぶりの海外ツーリングも敢行した。丹後半島一周は、春と秋に2度走った。また、京都市のランドナー専門店主催のツーリングに4度参加した。
 次に車種別。
 1位は、VIGOREオリジナルランドナーフラットハンドル仕様、1141km。1000km越えで一位返り咲き。春と夏の北海道、秋の信州、そして丹後半島一周などの日帰りツーリングでも活躍。
Img_0881Img_1742Img_3788


 2位は、山口ベニックスのランドナー、804km。基本的には家から走り出すお散歩自転車。でも、4月にはランドなんー専門店のツーリングで、近江の国野洲に出向いた。2016年の春先にリアエンドとリアディレイラーの損傷をして以来、強引にディレイラーハンガーなどで応急処置をして乗っていたが、暮れにエンドを修正。完全復活を果たした。大晦日に800kmの王台に乗せた。
Img_4853Img_1180Img_4851


 3位は、MTBのTrek6500で約651km。1月に瀬戸内「かきしま街道」、角島、関門海峡の遠征。泥除けがないので輪行に重宝する。秋の丹後半島一周など日帰りでも活躍。ブロックタイヤ装着の走行は皆無で、スリックタイヤで舗装路を走るのみ。MTBとしての性能は発揮できなかった。
Dscn1034Img_3394

 4位は、クロスバイク「SPECIALIZED SIRRUS」で、約415km。前半低迷していたが、ノーパンクタイヤから空気タイヤに戻して、走行性能がアップ。輪行はしなかったが、クルマに積むにも泥除けがないので手間がかからない。
Img_4197Img_4269

 5位は、折り畳み小径車で約406km。スーパーカブの荷台に乗せて出かけていたが、今年は新たなトランスポーターが登場。自動二輪車HONDA CD250Uだ。夏には新コンビで北海道ツーリングを目論んでいたが、天候不順により自動車とランドナーのペアにとってかわられてしまった。かつて、スーパーカブとのコンビネーションで北海道を2度訪れ、年間1300km走ったこともある。
Img_2483Img_2291

 6位ランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」、131km。去年は全く乗らなかったのだが、久しぶりの出番。ランドナー専門店のツーリングに参加するため、2年ぶりにフレームにホイールを装着した。そのツーリングは雨で流れたが、試運転をしたのと、せっかく復活させたので何度か乗ってみた。
Img_4155Img_4124

 7位レンタサイクル「GIANTの29インチMTBスリックタイヤ仕様」、124km。2月に台湾を訪れた時に2日走った。ただし、それぞれ別の車体だったが、同じ車種なので1台として計上。
Dscn1764Dscn2007

 8位もう一台のVigoreオリジナルランドナー(ドロップハンドル仕様)、101km。こちらも一昨年以来の登場。ランドナー専門店のツーリングで、3月の京都北山、11月の豊岡・出石コウノトリ。
Img_0303Img_0358

 番外として、スーパーカブは約1000km、CD250Uは約2000km。エンジン付きのバイクよりもエンジンのないバイクによく乗った年だった。
Img_2518Img_2446Img_4175


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/27

山口べニックス復活

 3件前の京都桂川自転車道の記事の通り、40年前の山口べニックスランドナーのリアエンドの変形を修正してもらった。
 2016年3月、走行中にリアディレイラーがスポークに入ってしまったのだが、その後2年半以上、汎用ディレイラーハンガーと余っているディレイラー「DeoreDX」で何とか乗り続けていた
 輸送のために外していたフロントフォークにハンドル、サドル、ペダル、チェーン、そしてリアディレイラーなどを装着し、走行可能な状態に再現した。が、ヘッドセットのボールリテーナー(ハンドルが滑らかに切れるためのベアリング)が落ちてしまっている。上下に2つ必要なのだが、一つは車庫の中で発見。もう一つはどこにもない。どうやら京都市内でフレームを背負って走っているときに落としたらしい。
 20年位前までは、別のランドナーで、フロントフォークを抜いての輪行を何度も行っていたのだが、潤滑剤であるグリースの粘りで落ちることがなかった。しかし、べニックスにはもうグリースがなくなっている。
 試しにボールリテーナー片方だけでフロントフォークを組んで乗ってみたが、ライダーの体重がかかることによる摩擦力で、ハンドルが重い。かなり力を込めないとハンドルが切れないので、その勢いでバランスを崩して危険だ。ちなみに上下それぞれで試したが、どちらが欠けても駄目だった。通販サイトで見ると、ボールリテーナーだけなら2個セットで700円余りと安い。すぐに注文。
 ボールリテーナーが到着し、装着。グリースも忘れずに。ハンドルは問題なく切れる。
Img_4845


 リアディレイラーはべニックスにもともとついていたCRANEをつけてみた。ガイドプレートがゆがんでいるので実際に使えるかどうかのテストだ。どうにかすべてのポジションにチェーンはかかったが、アウター・ローの状態、つまりガイドプレートが最も伸びた状態ではゆがみの影響が強く出る。チェーンの流れも悪いし、ガイドプレートが後輪のスポークに当たる。実質使う必要のないアウター・ローを禁じ手にすればいいという考え方もあるが、やはり何かのはずみでまた破損してしまう恐れがあるから、これは使えない。また、もともと24Tだったローギアを28Tに変えているので、キャパシティの問題もある。一応シフトできてはいても、厳密にはキャパシティオーバーであるはずだ。
 ランドナーのレストア(再生)が得意な店、ナニワ銀輪堂に「CRANE GS」の中古パーツの在庫が7150円で出ている。パンタグラフまではCRANEと同じで、ガイドプレートを長くしてキャパシティを広げたモデル。これならば、すべてを解決できるではないか。
Img_4704


 ちょうど大阪へ行く予定があったので、ナニワ銀輪堂を訪れたが、残念ながらすでに売約済み。現物を見ることだけはできた。
 仕方がない、損傷の後2年半使っていた、DeoreDXを使うことにする。べニックスの変速はリア5S。リアホイールのシャフトの長さは5Sのフリーに合うように、さらにそのシャフト長に合うようにフレームが作られている。ところが、DeoreDXは7Sモデル。それに合わせて7Sのボスフリーを無理矢理に使っていた。でも、改めて考えればそんなことをする必要はない。もともとシフトレバーにインデックス機能はないし、ディレイラーのアジャストボルト(可動範囲調整ボルト)で調整するだけでいいのだ。もともとの5Sのボスフリーに戻して使う。
Img_4846


 というわけで、ようやく復活。とりあえず、久美浜湾一周を走ってみた。ちょっとしたアップダウンもある18km。チェーンが軽く引っかかる場面があったが、ディレイラーのせいではない。チェーンの長さを調整するため、ミッシングリンクを2セットも使っているのが原因かもしれない。アウター・ローの状態のときのみに起こるので、ガイドプーリーにかかりにくいことが疑われる。この点は調整が必要だが、とりあえずディレイラーは大丈夫そうだ。
Img_4659Img_4693

 また、ガイドプレートが曲がったCRANEも、あきらめたわけではない。キャパシティの問題で使うことはないかもしれないが、修正を考えている。自転車屋かオートバイ屋経由で鉄工所に頼めば何とかなるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«アバランチナイトin大阪