2024/03/26

昭和のランドナーのフロントディレイラー交換

 第三者(自転車店)を仲介して譲渡されたものなので正確にはわからないが、おそらく1970年代に製造されたものと思われる山口べニックスのランドナー。所有する中で、最も古い自転車だ。これで走っていると時々、「ガキッ」と何かに引っかかるような音と、ごく軽い衝撃を感じる。おそらくチェーン。チェーンの動きが止まるようなことはなく走行に支障はないが、気になる。繰り返していると、いずれチェーンが切れるかもしれない。実際この自転車では、2度走行中のチェーン切れを経験している。
 チェーンが引っ掛かっているのは、フロントディレイラーのようだ。フロントディレイラーは、シマノのタイトリスト。
 ほかの自転車についているフォントディレイラーと見比べてみる。タイトリスト以外のものは、チェーンガイドの内側に出っ張りがあり、チェーンがガイドの中央に寄るようにされている。それに対し、タイトリストのチェーンガイドはまっ平らで、チェーンがガイド寄りを流れ、そのときガイドの角に引っかかっていると思われる。
 古い自転車には古いパーツをそのままつけて使いたいという気持ちもないわけではないが、まあ具合よく使えるようにするため、フロントディレイラーを交換することにした。
 フロントディレイラーの在庫はいくつかあるが、新品ではなく中古のSHIMANO105を使うことにした。直付けタイプだがバンドアダプターもついているので、台座のない古いランドナーにつけられる。と思ったら、バンドがゆるゆる。ランドナーのフレームの直径が28.6mmなのに、バンドは34.9mm用のものらしい。仕方がないので、アダプターを注文。中国製の安いものでいい。届くまで1ヶ月ほどかかるようだが、急ぐ必要はない。
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 もう一う問題があった。原稿の自転車はフロントの変速ワイヤーやリアブレーキワイヤーはBBの下を通っている。そのため、BB下にはワイヤーガイド(ケーブルガイド)が付いているのだが、山口べニックスにはこれがない。代わりにこの部分だけ、アウターケーブルが使われている。そして、古いディレイラー「タイトリスト」にはアウター受けが付いている。困った、アウター受けが付いたフロントディレイラーなんて、今時ない。ならば、BB下を通すか。でも、ワイヤーガイドをつけるためのネジ穴がない。どうにか見つけたのは、バンドタイプのアウター受け。しかし、これもフレーム系と合わないので、アダプターをもう一つ追加。
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Img_8244Img_8245Img_8246  1ヶ月経過してパーツがそろったので、フロントディレイラーを交換作業を実行。インナーワイヤーも交換し、試走がてらぶらり。タイトリストの時のような引っ掛かりはなくなったが、なめらかとではない。リアスプロケットが歯飛びを起こしているようだ。よく見たら、レバーを操作していないのに、一つ下のギア、つまり左隣の大きなギアに一コマかかってすぐに戻る、ということを定期的に繰り返している。リアスプロケットがわずかに歪んでいるので、それが原因だろうか。と考えながら走っていたら、チェーンが切れてしまった。
 チェーンが切れた時のために、クイックリリース式のマスターリンク、つまりチェーンを連結するコマを財布に入れているのだが、今日は財布を家に置いてきた。スマートフォンの地図アプリを確認。来た道を引き返すのが最短だ。ちょっとしたアップダウンを繰り返すコースだったので、5.7kmを30分余り。下り坂は乗車できるから早かった。
 おそらくだが、すでにチェーンは切れかけていたのだろう。具体的には、進行方向左側の外プレートが外れかけていて、リアスプロケットの隣のギアに乗り上げ歯飛びを起こしていた、のだと思われる。とにかく、これまでチェーン切れを4回経験しているが、そのうち3回が山口べニックス。それ以外の1件は、チェーンの老朽化によるもの。山口べニックスの3件は老朽化という、期間も走行距離も不足している。やはり何か原因(フロントディレイラー「タイトリスト」?)があると考えるのが普通だろう。
 他に切れかけたコマはないようなので、切れたチェーンをクイックリリース式のマスターリンクでつないで使う。歯飛びはなくなったが、少し異音がするのが気になる。スプロケットも交換しよう。ボスフリーの5Sがついているのだが、ネット通販を探しても6Sや67Sしかない。仕方ないから6Sのものを注文。これも中国からの発送だが、なぜか10日ほどで到着。苦労してボスフリーを外して、6Sのボスフリーに交換。変則レバーはインデックス機能がないので、そのまま行ける。
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 さあこれでもうチェーン切れは防げるか。

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2024/03/15

旅立ったみたい

 昨年暮れから京丹後市弥栄町に滞在していたオオハクチョウが2月25日を最後に姿が消えた。北へと旅立ったようだ。

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2024/03/14

激しい雪解け大江山連峰鳩ヶ峰

 大寒の大雪の後の雨で、せっかく積もった雪もボリュームダウン。なくならないうちにとクルマにスキーを積んで大江山連峰へ。
 立春の前だが、春のような日差しが降り注いでいる。 雪道はすっかり解消され、もう路面が露出。ほとんどの道はノーマルタイヤでも大丈夫だ。しかし、府道9号普甲峠を越えてすぐ、宮津市と福知山市大江町の境界付近では、普段の上下二車線の道路の半分ほどが雪に閉ざされ、対向車が来るとどちらかが停止いてすれ違わなければいけないような状態だった。対向車は来なかったけど。
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 千丈ヶ原にクルマを止めてスキーの準備をして、10:30スタート。鍋塚林道を歩く。前日までのスノーシューのトレースを、ステップソールの板で進む。2か所でショートカットして、11:55大江山連峰の主稜線へ。そして縦走路を鳩ヶ峰に向けて歩く。といっても縦走路は雪の下だから、歩きやすいところを選んで自在に歩く。
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 積雪量はさほど多くはない。とりあえず、縦走路をスキーで歩いたり滑ったりするには十分だが、東斜面に滑り降りるにはどうだろうか。
 順調に歩いて、12:35登頂。周囲の景色を見渡す。加悦谷の平野も私の家がある竹野川流域の平野も真っ白。磯沙山、高竜寺ヶ岳、金剛童子山、依遅ヶ尾山、三岳山、青葉山など周囲の山々も神鍋高原のスキー場のゲレンデも白い。
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 小休止して、12:45滑走開始。とりあえず右に千丈ヶ嶽、左に鍋塚を見ながら東斜面にドロップ。でもやっぱり雪が薄い。もう少し下の藪で苦労しそうなので、途中から鍋塚方向にトラバース。縦走路へと戻る。縦走路沿いは問題なく滑ることができた。もうすっかり湿って重い雪だが、日差しで緩んで柔らかく楽しく滑れる雪だった。
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 最後は鍋塚林道を下る。車道は勾配が緩く板が走らない。登りでショートカットした区間へ飛び込むが、雪が薄くて厳しい。下段のショートカットはあきらめ、つまらない林道を下る。13:45、千丈ヶ原へ下山。
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 まだ時間も早く、運動量としても物足りない。急速な雪解けでスキーはやや不完全燃焼。ならば自転車だ。阿蘇海シーサイド自転車道を走る。クルマで走りながら見て、積雪の多そうなところを避ける。阿蘇海一周はしない。北半分の半周を往復。完全に車道と分離されていて、クルマの水撥ねを浴びる心配がない。
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 どうにか雪が解けていて走ることができた。いつも混雑している天橋立だが、今日は観光客が少ない疎ら。
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 夕方、冷えてきて、蜃気楼の一種、浮島現象が見られた。
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 1月下旬。

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2024/01/31

大寒寒波襲来

 1月24日、京都府北部京丹後市や宮津市などでは、午前1時過ぎから大雪警報が発令され、それまで全く雪のない状態から一気に積雪となった。
 朝、玄関先の積雪深は、およそ25cm。昨年はここまで積もることがなく、久しぶりの大雪となった。
 さらに日中も雪は降り続き、夕方の帰宅時間帯の道路は大混乱となった。日中の雪が圧雪となり、それがクルマのタイヤで削れてデコボコなった道は、むしろ除雪直後の朝よりも運転しにくい。夕方の玄関先の積雪深は、およそ45cmだった。
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 舞鶴市や福知山市では、朝の積雪はさほど多くなかったが、日中にどんどん降り積もり、昼頃に大雪警報が発令。「京都府道路情報管理・提供システム」によれば、舞鶴市の夕方の積雪深は市街地で40cmを越え、その時点で京丹後市と同等か、より深い積雪となった。
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 翌25日にも雪予報が出ていたが、朝起きて外を見ても前日除雪したところに5cm程度積もっているだけ。明け方には大雪警報も解除された。
 寒波はここまで。26日は風が冷たいものの降雪はほとんどなく、27日夜から28日の雨で雪は一気に解けた。
 24,25日と気温は低かったが、かつてはもっと寒かった。屋根に雪が積もると軒下につららが伸び、結露した水が凍って窓は開かなくなった。水道管の凍結を防ぐため、水道の水を夜通し出していた。今はそんなことはない。

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2024/01/21

いた!白鳥の水田

 2022年末から京丹後市の竹野川右岸の田んぼに10羽前後の白鳥が滞在している。西隣の兵庫県豊岡市の六方田んぼや南隣の与謝野町岩滝の阿蘇海(天橋立の内海)などで見たことがある。京丹後市の竹野川右岸の田んぼには、前の冬である2022年1月に1羽だけいるのを見た。それが、10羽前後の群れになった。
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 年末年始の休み、土日と成人の日の三連休など、自転車でぶらりと訪れると、最低で9羽、多い時で12羽ほどが見られた。豊岡六方田んぼではコハクチョウが多いようだが、ここは主にオオハクチョウのようだ。違いはくちばしの色。どちらも根本が黄色で先端が黒いが、オオハクチョウ鵜の方が黒い部分が少ない。また幼鳥も見られる。
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 元日と1月5日にはコウノトリも。
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 14日にはすっかり稲くなったと思われたが、21日には少し場所を変えて12~13羽。そして少し離れた場所にコウノトリのペアも。

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奈具海岸から若狭湾越しの加賀白山

 1月中旬になっても雪は降らず、雨の日が多い。そんな中、17日は貴重な晴れの日。それも快晴。まるで春先のような暖かさだが、空気の澄み方は冬晴れ。昼過ぎまで京丹後市内で仕事をして、そのあと舞鶴へ。奈具海岸から、海の向こうに真っ白い山並み。加賀白山だ。150kmの遠望。

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 舞鶴での業務を終えての帰路。夕日に染まりピンクの白山。

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 カシミール3Dで作成した画像との比較。

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2024/01/08

雪のない真冬の近江入部谷越と朽木渓谷

 ここ数年、晩秋から初冬の時期に滋賀県高島市の入部谷越(にゆたにごえ)という峠越えと朽木渓谷沿いの周回コースを自転車で走っている。2023年暮れにも狙っていたが、いざ決行という日の前日に雪が降ってしまった。もうこれで入部谷越は春まで雪の閉ざされるのだろう、とあきらめていた。年末年始以降寒波どころか季節外れの暖かい日が続き、どうやらもう雪は解けたに違いない。正月明けの三連休初日、行ってみた。
 高島市新旭の源氏浜駐車場にクルマを止めて、自転車を準備。まずは湖岸を南へ。空模様は曇天。対岸に伊吹山が見えるはずだけど、白くかすんで視認できない。
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 安曇川河口を渡り、高島市安曇川へ。もうしばらく湖岸を走ったら、進路を西にとり内陸へ。安曇川の流れが作った扇状地に広がる田園地帯を緩やかに上っていく。雨が降り出した。正面には蛇谷ヶ峰。山頂はぼんやり見えるが中腹から下には霧がかかっている。この山の向かって右肩の鞍部が入部谷越。
 旧安曇川町の中心街を過ぎたら、安曇川の南側を並行して流れる鴨川へと向かう。鴨川が流れているのは高島市高島。今は合併して高島市だが、かつては別の自治体。しかし扇状地に広がる田園地帯には、その境界を感じさせるものは何もない。
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 県道295号は、武曽集落奥から入部谷越まで12月から冬季閉鎖区間。なのに鴨川沿いの細い道を進んでいくと立て続けに数台のクルマとすれ違う。集落の奥に合鴨を育て、その肉を販売する施設があり、そこの駐車場にはクルマがいっぱい。帰宅してからWebサイトを見たら、普段土日祝は営業していないが、本日は今月唯一の土曜営業日だった。
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 施設を過ぎれば、もうクルマは通らなくなる。そして、通行止めのバリケード。これを乗り越えると登り勾配がきつくなる。雨はいつしか止んで薄日が差している。
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 鴨川とは離れて標高を上げていく。しかしいっこうに雪の気配はない。多少雪がの解け残っているかも知れないと思っていたが、もう完全に溶けていた。過去には12月中旬にうっすら雪が積もった路面を登ったこともある。また本日のクルマでのアプローチの途中、若狭の山にはうっすら雪が残っているものも見られたのだが。
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 標高457mの入部谷越まで全く雪はなかった。峠の少し手前のブッシュの隙間から伊吹山が見えるはずなのだが、霞んで真っ白だった。手前の安曇川扇状地さえ見えなかった。
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 入部谷越はトンネルで越える。トンネルには「沼隧道」の表札。狭くて長くて暗いトンネルを抜けると高島市朽木。バリケードを越える。通行止め区間はここで終わりだ。朽木スキー場があるから朽木側の道は除雪されるのだ。左手にはゲレンデが広がるが、全く雪が見られない。
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 朽木の中心部へと一気に下る。途中急勾配の区間があり、除雪されるとはいえ雪道だと通行が大変だろうなと思う。登れないクルマも現れるだろうね。
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 旧朽木村中心街がある安曇川の谷まで下った。中心街を対岸に見ながら、安曇川にそって下っていく。田んぼと近江牛の牛舎のそばを行くと、安曇川は朽木渓谷となる。紅葉で知られるようだが、すでに終わっている。朽木渓谷右岸の道は通行止めとなっていてクルマが通らなくて快適。渓谷美をのんびり楽しめる。ずっと先に見える茶色の塊は崖からの落石か、と思ったら動き出した。猿だった。近づいていくと、フェンスを乗り越えての裏面を駆け上がっていく。それも7,8頭いるようだ。
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 しかし、クルマのいない道は束の間、1.5km。クルマがそこそこ多い県道23号に合流してしまう。その県道を2kmほど進んで、左に分岐する細い道へ。この先、県道23号は安曇川右岸を、細い道は左岸を行く。左岸の道はクルマが少なくて快適。
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 しばらくは安曇川沿いだが、ブッシュに遮られ川はあまり眺められない。ただ、新興住宅地やキャンプ場、サウナ施設などがあって、たまにクルマが通る。
 川沿いを緩く下っていくと、谷が開け田園地帯となる。もう朽木でなく高島市新旭となっている。安曇川の流れからはだんだん離れ、道は点在する集落中を貫いていく。集落の中でまた猿に遭遇。5頭ほどの群れを成している。
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 広い田園地帯の中の一本道を延々進んでいくと、やがて県道293号へと合流し街の中へと入っていく。旧新旭町中心街だ。
 JR湖西線をくぐり、国道161号を渡ると、景色は街というより用水路のある農村という雰囲気に変わり、やがて田園地帯となる。風車が見えてきた。かつて「新旭風車村」という道の駅だった施設だ。いまは「STAGEX高島」というグランピング施設となっている。その風車を目指して進む。源氏浜はそのすぐそばだ。
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11:28~14:24、43.2km、1月上旬

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2024/01/07

舞鶴高浜青葉山麓一周そして松尾寺

 京都府舞鶴市と福井県高浜町の境界の大浦半島の付け根に近い位置、舞鶴市岡安の「青葉山ろく公園」の駐車場にクルマを止めて、自転車を準備。
国道27号から2kmあまり北上した位置にあり、クルマの通行は少なくて静か。
 今日は京都府と福井県の境界にそびえる青葉山の麓を一周する。このコースは、ひと月前に初めて走ったのだが、途中から降雨そして日没で、後半楽しめなかった。今日はそのリベンジだ。
 小さな峠を越えて、青葉山を右前方に見ながら行くと登尾集落。ここから右に分かれる松尾寺方面への道には通行止めの看板。コース終盤にはこちらから戻ってくる予定。「通行止」とあるが、大丈夫だ。前回、自転車ならなんとかなる、だめなら国道27号へと迂回する、という覚悟で行ってみたら、歩行者用の通路が設けられていた。
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 ということで左の本線を、塩汲峠へ向けて登る。標高157mの塩汲峠までは一息の登り。この峠が京都府と福井県の境。
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 塩汲峠の福井側は緩やかな下り。進んでいくと左手に内浦湾が見えてくる。青葉山の北側のすそ野の海岸段丘の上を行く感じだ。
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 段丘の上の神野集落。そしてその下の海岸には神野浦の漁村集落。そして、集落からは間近に高浜原子力発電所が見える。原子炉こそ見えていないが、その施設の一部が丸見えだ。原発というと人里から離れた位置にあるというイメージだが、あまりにも近いように見える。本当は距離はあるのに、まっすぐ見通せるからそう感じるのかもしれないが。
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 神野を過ぎ、しばらく段丘の上を走った後、大浦半島雨東側の若狭湾岸に向けて一気に下る。正面には大島半島。これは陸繋島だ。
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 難波江のビーチを左後方にして進むと小さな半島へ。ひと月前は少し前に降り出した雨が強まり半島をショートカットするトンネルを通ったが、今日は半島を回り込む。半島の先端には「脇坂うみぞら公園」があり、若狭湾や高浜の街並みが見渡せる。
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 三松へと下り、関谷川沿いを行く。左にはクルマがひっきりなしに通る国道27号が見える。正面は青葉山だ。
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 川沿いから北に向かう細道をたどり、青葉山のすそ野を登る。国道27号から青葉山の山腹に見える高野そして今寺の集落へと向かって黙々とペダルを回す。
 集落に着いたら、国道がはるかにも下せる。ひと月前は、このあたりで日没となった。
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 今寺を越えてさらに登ると、福井県と京都府の境界の峠。ただし、カントリーサインなどは全くない。
 少し下ると西国三十三所第二十九番札所「松尾寺」。山の中にひっそりとたたずむ古いお寺だ。今日は参拝はしないで通り過ぎるだけ。
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 この寺の前が工事により通行止め。ひと月前には暗くて何の工事をしているのかわからなかったが、崩落した路肩の復旧工事のようだ。ただし、工事は行われていなくて応急処置をしたまま放置されている。工事期間は2023年10月23日から2024年3月29日。重要でない路線のため復旧が後回しにされている、ということのようだ。
 歩行者用の通路を自転車を押して通過。細い通路に生け垣がせり出していて通りにくい。
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 松尾寺から登り返し。これを越えたら後はほとんど下り。少し下ると畑に囲まれた山小屋風のカフェ「名水杉山菜房」があった。ただし、現在冬期休業中。
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 そのカフェの前から少しだけ海が見えた。舞鶴湾だ。さらに下ると、杉山集落には、「大杉の清水」という湧水がある。先ほどのカフェではこの水を利用しているようだ。コーヒーや料理、そしてその料理の食材である米や野菜の栽培に。
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 ひと月前は日没後の暗闇の中だった。やっぱり、明るいうちに来ないと値打ちがない。
 あとは一気に下って登尾で青葉山麓一周を達成。ごく小さな峠を越えて「青葉山ろく公園」にゴール。
14:08~16:20、約23.2km、12月中旬

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2024/01/06

「北桑十景」栗尾峠と林道余野周山線

 国道162号笠トンネル京北側の細野ロードパークにクルマを止める。ここはかつて京都市と京北町の市町境だが、現在は合併により京都市北区と右京区の境界。標高は約385m。
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 自転車の準備が整ったら、栗尾峠へ向けてスタート。かつては国道162号だったが、京北トンネル開通後は自転車・歩行者専用道路となった。おかげでクルマを全く気にすることなく、安心して走れる。
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 細野からだと登りはわずか。標高418mの栗尾峠を越えて少し下ったところからは、京北町の中心が周山の街並みと桂川の流れが見下ろせる。道路わきに立つ古い看板には「北桑十景栗尾峠の展望」とある。
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 周山に向けて一気に下る。途中京北トンネルを越えてきた国道162号の現道に合流する。栗尾隧道の古いトンネルを抜けると、周山手前の栗尾集落。そこから林道余野周山線が分岐している。この地点の標高は約240m。
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 林道余野周山線は、2023年の3月以来9か月ぶり。2022年の暮れから狙っていたのだが、雪が積もってしまい断念。雪解けを待って決行した。その時は、林道入口に、「舗装の修繕工事を予定しているが詳細は未定。日程が決まり次第ここに掲示する」という旨が記された工事予告の掲示と「通行止」の看板。ただし、通行止の根拠は、舗装工事ではなく「倒木のため」とのこと。工事が行われていないのなら強行突破だ。倒木なら乗り越えられる。と判断して進入したのだが、その道のりは険しいものだった。下の写真は3月のもの。
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 昨冬は、暖冬だったものの、京都市内では列車が立ち往生してしまうほどの大雪が降った。倒木はその大雪の影響なのだろう。道路を塞ぐ倒木の本数は、正確に数えたわけではないが、数十本はあっただろう。もしかしたら100本を越えていたかもしれない。ほとんどは北山杉の幼木だった。場所によっては10本以上がまとまって倒れているところもあり、自転車を持ち上げて倒木をまたいで越えていくのは困難を極めた。左が12月、右が3月の写真。
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 3月の倒木の写真を追加。
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 さらに、薄くではあるが路面が残雪でおおわれている区間もあった。
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 考えてみれば、数本の倒木ならばすぐに処置をして通行できる状態にするはず。通行止の状態となるにはそれほどの理由があるということだ。そして、舗装の修繕どころではない状況。
 で、10か月後の2023年12月には、さすがに道路の通行はできる状態になっている。しかし、路肩には倒木がまだ残っている状態。
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 順調に峠を越えて林道のピークへ。こちらは標高507mと栗尾峠よりも高い。峠付近には「京都府射撃場」があるが、人の気配はない。
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 そして一気に下って、余野集落。さらにゆるい下りが続き、国道162号に突き当たれば、細野ロードパークはすぐそこ。
14:46~16:13、15.2km、12月上旬(14:33~16:13、3月上旬)


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2024/01/04

2023秋のアイズラリー「丹波広域基幹林道(京北区間)」

 京都市内、仁和寺近くのランドナーに特化した自転車店「アイズバイシクル」主催のツーリングイベント、アイズラリーが2018年11月以来、5年ぶりに開催された。2019年11月にも計画されていたのだが悪天候で中止。そして、新型コロナウィルス感染症のため、ずっと中止となっていた。ちなみに2019年3月にはタンデムラリーとしてタンデム車(2人乗り自転車)を中心とする走るイベントが開催され、タンデムでなくても参加していいので参加した。これがコロナ禍前の最後のみんなで走るイベントだった。昨年2022年と2020年のそれぞれ11月には「コンセントレーション」として、各自思い思いのコース取りで設定された場所に集結するイベントが開催された。
 まあとにかく人と走るのは久しぶりだ。そして今回のコースは「丹波広域基幹林道」。これは2011年に発行された「CYCLO TOURIST」誌Vol.4の林道ツーリング特集で、アイズバイシクルの親方こと土屋氏の執筆により紹介されていたコースではないか。ただし、一言で「丹波広域基幹林道」といっても、その延長は約60kmと長く、12年前の記事のものと、今回の計画とは区間が違うようだ。
 11月23日8時15分、京都市京北合同庁舎第2駐車場到着。京丹後市から118km。高速道路を使わず、2時間20分。この時間帯ならおそらく高速道路を使っても20分ほどしか変わらないだろう。
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 すでに参加者が自転車の準備中。スタッフさんに挨拶して、私も準備。
 8時45分ごろに、参加者の点呼とブリーフィング。本日は、スタッフ4名を含め総勢38名とのことで、序盤は2班に分かれて走るとのこと。私は先発グループ。
 9時、先発グループ出発。まずは国道477号に沿って大堰川とは桂川上流部の通称で、もっと下った区間の通称が保津川、そして京都盆地に入ると桂川、京都盆地を抜けると淀川に合流する。で、自転車で走行しているのはその大堰川の堤防の上や農道など。できるだけ国道を避けるコース取りだ。
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 しかし、遡っていくにつれ谷が狭まり、田園はなくなり、国道477号を走らざるを得なくなる。集団を小さくするため、2班に分かれたのはこのため。
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 国道477号線区間の休憩ポイントは2か所。まずは、常照皇寺近くの公衆トイレでトイレ休憩。次に宮野で小休止。まだ営業時間外だったが、地域のコンビニエンスストアの前には飲み物の自動販売機があり、そばの駐在所のわきにはトイレもある。また、やはりそばに春日神社があり、その前には「黒田百年桜」と言いながら、樹齢300年ともいわれるという古木。この先ずっとトイレがないので、ここでも済ませておく。
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 10分ほどすると後発隊がやってきた。そのタイミングで、先発隊は出発。大堰川(桂川)をさかのぼっていく。
 しばらく走ると後輪の方から異音。輪行等のため泥除けが簡単に取り外せるようになっている。クルマにも外して積むわけで、今朝スタート前の装着がうまくいっていないようだった。この泥除けの装着がうまくいかないことはたまにあるのだが、いつもは走り出してすぐに異音や違和感が発生するのだが、10km以上走ってから症状が発生するのは珍しい。道路わきに出装着しなおしていると、先発グループ最後尾スタッフのHさんが手伝ってくれた。そして二人で集団を追う。
 京北上黒田町の集落を過ぎ、大堰川の支流片波川沿いの道へ。
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 「この道の入り口で待っているはずなんだけど」とHさん。けれども先発グループの姿はない。参観の狭い谷、細い道をさかのぼっていく。しばらく走ってようやく休憩中の先発グループ本体の姿が見えた。
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 この道に入ればクルマの通行はほとんどなくなるので、ここで後発グループと合流するとのこと。そして、本格的な登りが始まるので、各自のペースで行く。
 後発グループが来てからさらに少し小休止して、再スタート。いきなり急な登りではなく、片波川沿いの森の中の緩い登り。列をなして走る。舗装されてはいるが、アスファルトに亀裂や穴が開き、水がが待っている。ランドナーの真価を発揮する道だ。
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 本日の参加者のランドナー率は、ざっと7~8割といったところ。これはアイズラリーにしては低め。ダートの林道をメインディッシュとするツーリングのため、MTB系での参加者が見られる。
 徐々に登り勾配が増し、それぞれのペースで登る。先頭と最後尾は10分以上の差がつく。休憩ポイントでは先頭グループは20分以上も過ごすことになり、自転車談議に花が咲く。私は先頭グループではないが、平均よりはやや早い位置にいて、休憩は10数分。
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 標高590m地点の鎖で塞がれたゲートを越えると時折ダートが現れる。ただし、まだ広域基幹林道ではない。登り勾配がきつく、砂利が浮いた区間では、乗車できず自転車を押す人が多くなる。私は、どうにか乗車でクリア。
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 私の自転車は、ランドナーであるが、フラットハンドルにVブレーキとちょっとランドナーらしくない見た目。さらにブロックタイヤを装着。「そのタイヤはシクロクロス用?」と2人から尋ねられたが、650Aのランドナー用タイヤなのだ。このタイヤのグリップと、低いギア比のおかげで乗車で登り切った。
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 11:48、かつて京北町と京都市の市町境だった稜線に登りついた。標高約790m。今は、どちらも京都市右京区だ。金属の扉のゲートの脇を抜け、ここから丹波広域基幹林道。ここで全員集合して、再スタート。
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 これまでの登り一辺倒ではなく、稜線のアップダウンを行く。路面はダートと舗装が入れ替わる。行為基幹林道に合流した地点が本日の最高地点で、一応下り基調ではあるが、走っていると下った分登り返す、という感じ。ソトバ峠を越えていくが、峠とは稜線を越える道にとってのもので、稜線を行けば峠は鞍部であり、標高の極小地点。標高約700m。峠へと下り、越えると登り返す。景色はというと、とにかく山々が連なっている。時折赤や褐色に色づいた木々が晩秋を感じさせる。
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 12:30、登り返しのピーク、広域基幹林道を3.7km走った地点の広場に到着。標高約750m。ここで昼食の大休止。私は湯を沸かしラーメン。そしておにぎり。
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 この昼食ポイントからは、京北の下界が少し見えていた。
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 13:30、再スタート。まずは、標高約600mのコシキ峠へと下って越えて登り返し、標高778mの鴨瀬芦谷山(かもせあしたにやま)の山頂直下、標高約750m地点を回り込む。そして下り。
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 14:25、標高約680m地点で丹波広域基幹林道と別れ、南へ。広域林道区間は9.7km。
 広域基幹林道から分岐した道は、八丁林道。やはりダートと舗装の繰り返し。夕暮れの日差しが当たり、紅葉が映える。まさに錦秋。
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 舗装区間も路面が荒れていて、深い溝ができたところがある。そこで参加者の一人が転倒。幸いライダーも自転車も走行不能となるほどのダメージはなかったが、要注意。さらにその先では、別の参加者がパンク。
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 八丁林道を下りきって、国道162号に突き当たったところで全員集合。その地点にあるログハウスは「カモノセキャビン」というカフェ。オートバイの雑誌などでも取り上げられている。
 このまま国道162号を南下していけば京北合同庁舎のある京北町中心街だが、当然クルマが多い。だからすぐに集落の中の道へ。秋の花咲く里を行くのも楽しい。集落を抜けると田んぼの中の農道。北山杉の丸太が置かれた材木置き場も見られる。
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 最後は国道を少しだけ通って京北合同庁舎へ。
 8:50~15:37、50.7km、11月下旬

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湖西の峠「鵜川越」

 日曜日だけど午前中舞鶴でお仕事。昼前に開放され、そのまま若狭を経由し近江の国高島へ。この5年ほど晩秋から初冬の時期に高島を訪れ自転車で走っている。マキノのメタセコイア並木を含めたコースか安曇川から朽木への入部谷越(にゆたにごえ)と朽木渓谷のコースのどちらか。メタセコイアの効用はもう少し先だし、入部谷越&朽木渓谷コースか。いや今回は新コース開拓をしよう。入部谷越の南の鵜川越という峠越えコースだ。
 国道303号で若狭から近江へ抜け、今津で国道161号線に乗って南へ向かう。今は合併して高島市となったが、旧今津町から、旧新旭町、旧安曇川町を越えて旧高島町へ。夏には水泳場となる萩の浜の駐車場にクルマを止める。自転車を準備して走りだしたいところだが、すり減ったブレーキシューを交換。広場ではグラウンドゴルフをしている人々。その向こうの湖面には、水上バイクやスタンドアップパドルボードが浮かぶ。作業をしていると、駐車場にクルマが止まり、降りてきた男性から「ここは犬の散歩してもいいんですか」と尋ねられる。「禁止、と書いたものがなければ、いいんじゃないですか。責任は持たないけど」と答える。いろいろな人が休日を過ごしに訪れている。対岸の伊吹山もぼんやり見えるが、山頂は雲に隠れている。
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 自転車の準備ができたら、13:55、出発。まずは湖岸を南下したいのだが、国道161号はしばらく自動車専用区間なので、高島の街中を走る。通りに面して並ぶ町家の古民家はカフェなどになっている。雪山、そしてそれを登っている写真が一面に貼られた古民家が目に留まる。TVの映像で見覚えのある山の形。これエベレストだよね。帰宅してから調べてみたら、そこはトレッキングやクライミングのガイドの事務所だった。
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 自動車専用区間が終わった国道161号に合流。左に湖岸を見ながら南下。クルマは多めだけど、路肩が広いのであまりストレスは感じない。
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 湖面に赤い鳥居が見えてきた。白髭神社だ。駐車場にはたくさんのクルマ。その先にもコンビニ、レストラン、カフェが並び、右折でそれらの施設に入ろうとするクルマで南行き車線は渋滞気味。
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 白髭神社を越えてしばらく行くと、鵜川集落。国道を渡って集落の中の細道へ。道はダートとなってJR湖西線の線路を潜り抜け、線路沿い舗装道路をしばらく進んで林道鵜川村井線へと突き当たる。これを右折して鵜川越を目指す。
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 棚田の中をしばらく行くと、動物除けのゲート。これを開けていくと、路面が荒いステンレスの網目となる。シカやイノシシはこの上を歩けないのだが、路肩に通れるだけのスペースがある。つまりわきが甘い。
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 ゲートを閉じて、山間へ。しばらくは林間を登る。紅葉にはまだ少し早いようだが、それでも赤や黄色に色づいた木々が見られる。
 黙々と登っていくと、時折山々の合間に琵琶湖の景色が開ける。
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 15:34、標高約550mの鵜川越に到着。琵琶湖の湖面が標高84mだから、標高差460m程登ったことになる。
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 西側に下る。しばらくはそれなりに急な下り。木々の合間から下の集落や田園が見える。動物除けゲートを越え棚田の中を行く。そして小白谷の集落。城壁の蔵が立つ集落の中それなりの勾配の下り。
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 鹿ヶ瀬集落を過ぎると、鴨川の流れを見ながら下る。いったん谷が狭まり、渓谷のようになるが、また谷が開けて田園となる。
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 鴨川の右岸を集落をつないで下っていく。井黒の集落は黒い木造の趣ある民家が並んでいた。
 対岸の左岸を遡ると昨年までの定番、入部谷越へと登る道。
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 あとは緩やかな下りを一気に萩の浜へ。
13:55~16:26、30.5km、11月中旬

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元日雑記

 元日の遅い午後、自転車でぶらりと出かけた。するとサイレンの音が鳴り響いた。家事か。かすかに聞こえる防災無線では、地震と言っているようだ。スマートフォンを取り出してインターネットにアクセス。北陸で地震が起こったようだ。実は、丹後でも結構揺れたようだが、自転車に乗っていて全く気付かなかった。
 竹野川右岸の田んぼの中に水を張ったままのものが2,3枚。ここに年末から10羽前後の白鳥が滞在しているのだが…。いたいた、今日は12羽の白鳥。そしてコウノトリ。初めは1羽だったが、そのあともう1羽加わって、合計2羽。少し手前で単独のコウノトリに遭遇したのだが、警戒して飛び立ってしまった。ここの2羽のうちのどちらかがその時飛び立ったものかもしれない。
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 帰宅すると、地震は大きなもので、なんと最大震度7。しかも、石川県の広範囲にわたって建物の倒壊などの被害がある。能登が中心だが、加賀の金沢まで傾いた家が見られる。夜には、京都府や兵庫県の日本海沿岸に津波が到達した。
 一夜明けて被害の様子が伝わってきた。石川県内で亡くなられた方も多数。けが人や建物などの被害は石川県外、に及ぶ。地震そのものだけでなく、火災や津波の被害もあるようだ。
 被災された方にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

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2023/12/31

年末雑感

 年の瀬になって、有名人の訃報が相次いだ。

 まず、12月11日に木戸修。そして、29日にキラーカーン。いぶし銀の木戸と言えば木戸クラッチ。蒙古の怪人キラーカーンは、モンゴリアンチョップにコーナーポスト最上段からのニードロップ。木戸クラッチやモンゴリアンチョップは、オリジナルの技。ニードロップは、いろんな選手が使うけど、195cm、140kgのキラーカーンがやればそれはアルバトロス殺法と呼ばれ、必殺技に名を連ねた。とにかく、ご冥福をお祈りする。

 12月30日に放送された、NHK「ドキュメント72時間リクエストトップ10」は、北海道への旅心をくすぐる内容だった。4位の桃岩荘が舞台の「北海道・礼文島 最果てのユースホステルで」は、9月の放送を見逃し、気付けば再放送も見逃し配信も終わっていた。だから、年末のこの番組に期待していた。もちろん、リクエストして。だから今回みられて満足。新型コロナウィルス感染拡大で、2年ほど休んでいたけど、ちゃんと復活した様子が見られてよかった。でも、食事の提供はなくなったんだよね。そして、リクエスト1位が「冬の北海道 村のコンビニで」。これは、初山別のセイコーマートが舞台。私が初山別を自転車で訪れた.2009年にはまだなかったお店。あればきっと寄っていた。ちなみに2009年には初山別のキャンプ場で泊まった。夕食はキャンプ場に併設のレストランで食べたが、翌朝の食料などを調達するのに、セイコーマートがあれば利用していたはず。ドキュメント72時間では真冬の取材だったので、旅人が立ち寄るシーンはなく、地元あるいは道内からの客ばかりだった。2月の放送後、道外からも訪れる人が現れ、千葉県から来た人もいるという情報に、スタジオ出演者は「来るね!」などと言っていたが、放送前から全国各地の旅人が訪れているはずなのに。北海道を何度か訪れる旅人はセイコーマートメンバーズクラブカードを持っているのも珍しくない。もちろん私も持っている。わざわざどこから来たか申告しないとは思うけど、例えばオートバイやクルマならナンバープレートでどこから来たかわかるのに。ちなみに、2009年、初山別のキャンプの翌日は稚内に到達。その次の日に、初めて桃岩荘に泊まっている。私にとって4位と1位はつながっているのだ。

 2014年のドキュメント72時間リクエスト2位が「最北のバス停で」。宗谷岬での年越しに集まる旅人たちのお話。バスで、そして自転車やオートバイで駆け付け、テントを年越しの夜を過ごす。バスの待合室では、その場を借り切って鍋パーティ。こんな年越しを3年連続で過ごし、この番組にもちらっと映った、というライダーと2016年夏のオホーツク興部のライダーハウスで泊まり合わせたことがある、大みそかの宗谷岬には、スパイクタイヤをはいたスーパーカブで訪れたそうだ。これを欠いている今も、宗谷岬は盛り上がっているのだろうか。

 2023年の自転車走行は4042km。そのうち1200kmは一昨年クラッシュして破損したフレームを昨年修復した、VIGOREオリジナルランドナー。

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2023/12/20

夜久野の居母山一周

 15年振りに走った。初めて走ったのが2007年の年末。1年後の2008年の暮れにもリピートしたが、そのずっと走っていなかった。
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 15年前と同じく、国道9号の京都府・兵庫県の境界の京都側、「ドライブイン夜久野」にクルマを止め、自転車を準備。上夜久野から下夜久野へ。その名の通り下りの7km。この国道9号の走行がストレスで、ずっと遠ざかっていたのかもしれない。今回は、国道をほとんど通らないコース取りで挑む。
 まずは国道9号の北側の畑の中の道へ。農道の交差点に道祖神が立っている。そのわきの石をよく見ると、倒れた道祖神。起こしておいた。
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 すぐに国道に合流。少し国道を走ってから、北にそれアップダウンを越えて府道56号へ。アップダウンがあってもクルマが少ない方がいい。牧川沿いをのんびり行く。と思ったのもつかの間、後方から大型トラックがせまってきた。大きな丸太を何本も積んだ林業のクルマだ。私の自転車を追い越そうとした瞬間、前方のカーブから対向車が出現。トラックははやる気持ちを抑えられず、強引に追い越し。すれすれを通られてストレスを感じる。ああ、せっかく逃げてきたのに。
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 やがて国道に合流。また少しだけ国道を走って、今度は牧川を渡って南側の道へ。しばらくは細く心もとない道を行く。やがて国道から橋を渡ってきた府道526号に突き当たり、これに乗る。末という集落から千原(上千原・中千原)という集落をつなぐ道はのどかな風景。やはりアップダウンがあるが、国道よりもいい。
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 中千原で府道526号から707号へと左折。小さなアップダウンを越えると福知山市役所夜久野支所。府道707号は支所の脇を通り抜け、牧川と国道9号を渡って北上する。
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 さあもう国道とはお別れ、静かな中山間地の景色の中、のんびり行こう。谷に沿って点在する集落。15年前の記憶が時折よみがえる。桑村の交流センターの辺りの景色は覚えている。確かに2007年にも2008年にも撮った写真が残っていた。その先、稲垣のバス停の傍に立つ時計のかけられた公共の倉庫のような建物の写真を撮ったが、やはり2007年にも2008年にも写真を撮っていた。
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 さらに行くと、集落の雰囲気が山深くなってくる。川の流れも急になっていく。そんな集落、柿本でも写真撮影。もちろん過去にも。最後の集落今里を過ぎしばらく行くと、「災害のため休業、やくの今里釣り堀」の看板。ああそうだ、山の中に釣り堀があった。田んぼ、または休耕田の中から林間へと入りしばらく行くとその釣り堀があった。どうやら水害でやられて復旧しないまま、何年も過ぎているようだ。
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 釣り堀を過ぎ、林間を蛇行する道をひたすら登って峠に到着。あまり展望はない。峠を越えると路面は落ち葉に覆われている。ひたすら下ると栗尾集落を見下ろす棚田の中に出た。集落の中を下ると、府道63号へ突き当たり、これを左折。さらに下る。
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 かなり下り立派な山門を構えた本光寺の前を通過。山門が見にくいな、と思ったら15年で門の前の期が成長していたのだということが、過去の写真を見比べて分かった。
 また、前に走ったのは、年末だったのでこの先の道路に門松が飾られていた。以前は気付かなかったが、このあたりには寺院が多い。
Img_6480Img_6481_20231220015001 Img_6483  JR山陰線上夜久野駅のそばの踏切を越える。クルマを止めたドライブイン夜久野はもうすぐだが、少し登りとなる。畑の中のダート道を越えると芝生広場に出た。そしてゴール。
33.8km、11月上旬

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丹波の峠、戸平峠と三春峠

 毎年晩秋の時期に三春峠を含めた4つの峠を越える周回コースを走っている。10月下旬に昼前からフリーになる日があるので、その日に走ろうと決めていた。事前に、「京都府道路情報管理・提供システム」、「兵庫県道路情報」を見てみたら、コースの一部が通行止めとなっていた。兵庫県道509号の丹波篠山市桑原・栗柄間。規制理由は災害復旧工事。この秋、何度も通行止め区間を越えてきたが、それはいずれも復旧工事が始まる前の状態。誰もいなければ、崩れた土砂も倒木も、自転車を担いで乗り越えられる。自己責任で。けれど、人が作業をしている現場には入れない。
 工事期間は10月31日までの予定とある。少し先延ばしか。いや、もうその気になってしまっている。コースをすこし変えて決行しよう。戸平峠だ。
 栗柄ダムの建設工事の期間中、桑原と栗柄の間の県道509号がなんと7年もの間(2009~2015年)通行止めだった。その間代替コースとしたのが、戸平峠。
 長く通行止めが行われていたことからも想像できる通り、桑原・栗柄間はほとんどクルマの通行がない静かな峠道だ。地図に名前が記されていない無名の峠だが、その前後の箱部峠、栗柄峠と比べると格段に険しい。箱部峠は桑原集落の中の峠、栗柄峠にに至っては栗柄集落からは登りが全くなく杉ヶ谷川の流れが峠を越えているのだ。
 さて、当日。昼前に京丹後を出発。福知山で早めの昼食のラーメンを摂取して、国道9号を南下。福知山市役所三和支所の交差点を右折して少しだけ進んだところの井ノ奥公園の駐車場にクルマを止める。
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 自転車を準備して、三和支所とは反対方向に走り出す。山を切り開いた土地に工場が点在している。道端に立つ看板には「長田野工業団地・アネックス京都三和」とある。まだ新しい感じの道だが、14年前、2009年にここを走った時にすでに開通していた道。
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 県道59号に突き当たり左折。戸平峠に向かう。野毛、小笹、戸平とのどかな集落が現れる。穏やかな川の流れに沿った道だが、小笹と戸平の間には京都・兵庫の府県境がある。もちろん、川が県境になっているわけでもない。
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 戸平の集落を過ぎると戸平峠への登りが始まる。標高242mの小さな峠ではあるが、普通なら峠が府県境となりそうなものだが。これは、この近く、例年通っている箱部峠でもいえること。
 戸平集落から戸平峠までの標高差は100mほどしかなく、曲線半径の大きなヘアピンカーブが一つある程度で、センターラインの引かれた直線的な道。交通量が多いとまでは言わないが、それなりにとおる。そして、工業団地が近いせいか、大型トラックの割合が高い。道は険しくても、ほとんどクルマに出会うことがない県道509号の峠が恋しい。
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 戸平峠を越えると、広い谷に降りる。まさに盆地の縁という感じ。丹波市市島町、由良川水系の川が作り出した地形だ。
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 田園風景の中に点在する集落を次々に抜けていく。そのうち集落の割合が多くなる。集落を迂回する新しい道でなく、趣のある建物が連なる旧街道を行く。由良川支流、竹田川に沿って、丹波市市島町から丹波市春日町へ。
 空がずいぶん暗くなってきたと思ったら、ぽつぽつと雨が降り出し、そして本降りとなる。古いアパートの屋根付き駐輪場に逃げ込む。スマートフォンで降雨レーダーを見ると、北上する小さな雨域に遭遇している。こちらは南下なのですぐにすれ違えるはず、と雨の中に飛び出す。ところが雨脚はさらに強まるではないか。雨域の中核部分をやり過ごし手から走り出したつもりだったが、少し早まったようだ。スマートフォンの降雨レーダーの地図が大まかだったのが原因。別の気象サイトの詳細地図を見た方がよかった。
 その雨域もやがて通り過ぎ、そのあとはすっかり明るい空となった。
 今日のコースはすべて日本海にそそぐ由良川水系のエリアだが、すぐ近くには瀬戸内にそそぐ加古川水系が迫っている。丹波市氷上町内には、一つの水の流れが日本海側と瀬戸内川の二股に分かれる「水中分水界」なんてのもある。また、今回、兵庫県道509号の丹波篠山市桑原・栗柄間の通行止めがなければ走っていたコースは、栗柄峠を越えるが、その当家のすぐ近くには、谷の中に分水界がある「谷中分水界」。そしてなんと、川の流れが栗柄峠を越えているのだ。谷の片側が急で、もう片側は緩やかな片峠のさらなる進化系ということ。そうなるともう峠の体を成していないのだが、峠の名称が残っている、ということか。いや道で篠山から丹波に向かう場合にはわずかな登りを経て峠になっているのかもしれない。その道路にそった川は、深く谷が掘れて登りが消滅してしまっている。
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 さらに竹田川を遡って進路を南から東に変えていけば、また集落のまばらになり、田園の広がりの中を行くようになる。やがて谷はは二股に分かれ、左、つまり北東へ向かえば三春峠、右、つまり東へと向かえば栗柄峠へと向かう。右の谷には栗柄峠を越えてきた水が流れているわけだ。
 京都府の福知山市三和町と兵庫県の丹波市春日町の境をなす三春峠。どちらから越えても標高差は300m以上ある峠らしい峠だ。クルマの通行は極めて少なく、この日も軽トラック2台ほどとすれ違っただけ。静かな森の中の道を黙々と登っていく。峠の手前で展望が開ける。少し前までいた竹田川の谷を見下ろす。田園と集落、そして向かい側の山腹に巻き付いたような舞鶴若狭自動車道。自動車道はトンネルで山の中へと突き刺さっている。
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 峠にはほとんど展望はない。京都府側に少し下ると、麓の田ノ谷の小さな集落の民家が遥かに見下ろせる。ずいぶん遠いように見えるが、下りなのであっという間にそこへと降り立つ。さらにどんどん下っていくと、谷が広がり集落が続く。
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 中出では工事現場を囲む塀の上に遊具が覗く。これは小学校の分校跡。少し前のニュースで、木造校舎が関西万博のパビリオンとして利用されると報じられていた。
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 国道9号線に突き当たったら左折。今までの静かな道とは別世界の喧騒。大型車も多い。そんな国道を走るのは、ほんの200mほど。旧道らしき道に逃げ込み、福知山市役所三輪支所の裏手を通って井ノ奥公園へ。
 後日「兵庫県道路情報」を見たら、県道509号の丹波篠山市桑原・栗柄間の通行止めは、2024年3月まで延長されていた。
38.9km、10月下旬

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2023/10/22

「播・但・丹」三国巡り4つの峠コース

 兵庫県の中央部、かつての播磨、但馬、丹波の国境が集まる三国岳の周囲を自転車でめぐる。
 3つの国境に対し、峠は4つ。うち3つは国境の峠だが、あと一つ播磨の国の中にある市原峠。多可町と神河町の境界の峠で多可町側からだとこのコース最大の標高差となる。過去に5回ほどこのコースを走っているが、いずれも多可町を周回の起点とし、最大の峠を最初に越えていた。今回は、神河町を起点とし、最後に市原峠を越える。
 クルマでのアプローチは、丹後から但馬を経て朝来市の生野銀山近くから県道627号白口峠を越えて神河町新田へ。白口峠の道は細い。自転車では何度も超えているが、自動車では初めて。
 細い急坂を降りたら作畑集落。越智川沿いの道に突き当たり左折し、川をさかのぼる。ちなみに県道は右折。作畑の隣、新田集落を超えると、「新田ふるさと村」。キャンプ場などの野外活動の施設だ。それを越えたら道路は、「林道新田黒川線」となる。施錠されていないゲートが閉じられ、「鹿・猪進入防止柵、お願い、開けたら閉めてください」と記されたプレートが貼られている。そしてゲートの手前に「通行止」の看板。この林道が通れるかどうか心配だった。だめならコース変更するつもりで、クルマでここまで来たのだ。で、結論は「GO」。通行止めは、整備されず荒れ放題だから。一般の車両、つまり自動車は通れなくても、自転車ならどうにでもなる。自己責任で。自転車で通れないのは、道路工事や植林の切り出し作業などで道が独占されている場合。そういう場合は、クルマの出入りがあるため、日中はゲートが開かれていることが多い。閉門しているということはかえって安心だ。
 クルマをUターンさせ、新田集落内から分岐する市原峠への道へ。こちらにも「鹿・猪進入防止柵」があるが、ゲートは開いている。でも通行止めの表示はない。少し進んで、事前にGoogleマップで調べていた道路わきスペースにクルマを止める。
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 自転車を準備してスタート。今日の自転車は、ランドナー。ダート区間を想定して、ブロックタイヤのホイールを装着している。新田ふるさと村を過ぎ、「鹿・猪進入防止柵」を通り抜けて「林道新田黒川線」へ。ふるさと村の手前からは、植林が伐採されむき出しとなった山肌が見えていた。そこから切り出されたと思われる丸太が積まれた現場を通過して、山の懐へ。しばらくの間は舗装道路。
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 すぐに上り勾配が増し、路面に土砂が積もった状態となる。この先のダート区間から流れてきた土砂だ。毎年来ているが、今年はずいぶん手前まで、そして分厚く堆積している。初夏、梅雨の時期、夏の台風と今年はずいぶん大雨が降ったからかも知れない。
 そして、ダート区間へとやってきた。当然ながら、荒れている。路面に溝ができ、細かい土が流れた後にこぶし大の石が残っている。要するにガレている。溝が埋め戻されているところもあるが、細かい土で埋められているので、また大雨が降れば水に溶けだすように流れてしまうだろう。
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 ブロックタイヤのおかげでそれなりにグリップしてくれるが、急勾配のガレ場に苦戦する。乗車ができなくなり、押して上る。周囲の林は伐採され、山肌の露出した景色の中を行く。登っていくと時折舗装路面の区間が現れる。なんと走りやすいことか。でもまたダートに戻り、これを何度か繰り返す。
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 盛り土で埋め尽くされた谷を回り込む。数年前の土砂崩れ現場。盛り土の下方には土石流とともに流された木々が積み重なり、生々しい。また、山側の法面から崩れた土砂が道路に堆積しているところもある。こうした山間の林道の維持は容易ではない。
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 盛り土地点から一登りで峠へ。「歸去来」と彫られた石碑が立つ分岐に到着。ここが峠。つまり、播磨と但馬の国境。南側に、今まで登って来た谷と折り重なる山々がブッシュの合間に見渡せる。標高770mで、新田からは標高差300m程登ったことになるが、荒れた路面に苦労してそれ以上の達成感を感じる。
 さあ、但馬の国へと下ろう。道なりは分岐の右側だが、すぐ先に通行止めのバリケード。道幅が狭くてさらに雑草に覆われた左の道が正解だ。分岐が峠、と記したが、ほんの少しだけ登ってから下りとなる。するとすぐに路面が荒れてきた。溝が掘れ、さらにガレている。山側の法面が崩れ道幅のを3分の1くらいが埋まった区間が続く。こんなところで転倒して行動不能になっても、誰も助けに来てくれない。慎重に行く。
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 谷底に降り、沢沿いを行くが、まだ路面は荒れたまま。コンクリート舗装の路面が現れると走りやすさに安堵する。でもまたダートに戻り、緊張の走行。
 植林の中に入ると、勾配が落ち着くとともに路面状況も改善する。でも、落石や木の枝が散らばっているので、気を抜くわけにはいかない。
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 掘り返された大木の根っこ部分が2つ、道路の真ん中に置かれている。そこは分岐点で枝道の先には祠というか小さな社があるようだ。大木のなっこは車止めバリケードらしい。
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 たまに現れるガレ場に苦労して進んでいくと、数台の重機が置かれた作業現場から道路を隔てた沢側に、テラスというかウッドデッキが設けられ、3つほどいすが置かれていた。山仕事の休憩スペースだろうか。
 ダートながら路面状況が格段に良くなった。里が近い。通行止めの看板を背後から超え、たどり着いたのは、梅ケ畑の集落。路面も舗装となった。
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 梅ケ畑を初めて訪れたのは、1997年9月。今回と同じように、林道新田黒川線を越えてここに降り立った。26年前にパソコン通信にあげた記録に、「廃村」と書いている。当然今も人の気配はなく、崩れかけた廃屋が見られる。中には、軒下に雑巾のようなものがかかっている家屋もあるが、家主がたまに掃除に来ているのかもしれない。
 ちなみに26年前は、林道新田黒川線と、今日クルマで越えてきた白口峠で、市川本流の谷と支流の越智川の谷にまたがる周回コースを走った。当時は、白口峠も未舗装で、MTB2台でのツーリング。舗装されない方の道は荒れ果てていき、麓の廃村とともに風化が進んでいくようだ。
 梅ケ畑を過ぎると丁字路に突き当たる。これを左折。ちらほらと民家があるのは、高路の集落。こちらは何となく人が住んでいる雰囲気。
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 そしてまた丁字路。国道429号だ。これを右折。ずっと下りだったが、ここからは登りに変わる。脇を流れるのは瀬戸内海にそそぐ市川。日本海に面した但馬の国にあって、朝来市の一部、旧生野町だけは中央分水界の太平洋側(瀬戸内海側)に位置している。
 すぐに国道は市川本流と別れる。市川沿いに直進すれば黒川ダム。国道は右折で青垣峠へ向かう。
 大外の小さな集落を越え、緩やかな登りで青垣峠へ。登り標高差も100m程度。ここが但馬から丹波への国境の峠。標高570m。
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 但馬側はセンターラインこそ引かれていないが拡幅された道だが、丹波側は細く曲がりくねった道。いわゆる酷道である。そして、但馬側よりもかなり長い。クルマはあまり通らないが、でも慎重に。停止して写真を撮っていると、ピンクの西宮ナンバーを付けたスーパーカブが追い越していった。荷物を満載している。少し先で路肩にスーパーカブが止まっていた。ライダーは川に降りている。休憩か、釣りか。
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 ちなみに道路沿いを流れているのは、瀬戸内海の注ぐ加古川の上流部。丹波の国は中央分水界をまたいでいるが、本日の走行エリアは、瀬戸内側。
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 大名草(おなざ)集落まで降りてきた。標高は200m弱。ここで国道427号へと突き当たる。これを右折。国道429号から427号へ。番号は2番しか違わないが、道路状況は雲泥の差。久しぶりのセンターライン。いや、今日のコースで初めてか。丹波と播磨の国境、播州峠へ向けての登りとなる。
 大名草の集落を過ぎるとすぐ山間へ。最近できたグランピング施設の前には派手な服を着たたくさんの人だかり。近づいていくと、縦列駐車された数台委のクルマの前に立つ人達のそばに自転車も見えた。サイクリストの集団だった。もちろん、みなロードレーサー(ロードバイク)。
 播州峠は、トンネルで越える。旧道もあるが、そちらを通ったことはない。なかなかそんな余裕はない。大名草からの標高差は、150m程。
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 トンネルを抜け、播磨の国へと戻ってきた。播但丹三国めぐりコースを過去に走った時は、いずれもここを下った先の道の駅「杉原紙の里・多可」を起点・終点としていたので、播州トンネル過ぎたらもうあとは下るだけ、という開放感に浸っていたのだが、今日はまだこの日一番の標高差の登りを残しているのだ。
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 とりあえず、道の駅杉原紙の里・多可で小休止。下りはもう少し続き、山里が点在する景色から、少しにぎやかな集落へと入ったあたりで、国道から右折して、山へと向かう。千ヶ峰が見える。その名の通りの標高1000m峰。その向かって右、つまり北側の稜線にある市原峠を越えないといけない。田んぼの畔には彼岸花が残っている。もう10月中旬なのに。
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 市原集落を抜け、山間に入る。植林の作業をしているようで、重機の音が聞こえる。
 その作業現場の脇を抜け、進んでいくと、道の真ん中に通行止めの看板が見える。
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 えっ!
 民家がなく、行き止まりの山道では、植林の作業中、通行止めにされる場合がある。無断で侵入して、ここは我々の縄張りだ、とばかりに追い払われたこともある。ここを通り抜けることができなければ、来た道を引き返さねばならないということか。荒れた林道新田黒川線を日が暮れてから通らねばならない。ならば、ここで夕方まで待ち作業が終わるのを待った方がいい。しかし現在15時。2時間は待たないといけない。今の時期、もう暗くなる時間だ。ライトを持ってくればよかった。
 などと考えながら近づいていくと、通行止めの原因は植林作業ではなかった。「この先で土砂崩れが発生し、通行できないため、登山道へ行けません。復旧の目処は未定です」とラミネート加工された紙の御触書が結束バンドでバリケードにぶら下げられている。登山道とは、千ヶ峰の登山道のことだろう。市原峠が登山口だ。また、現場の写真もある。山側の法面が崩れ道を完全にふさいでいる。
 よかった。これなら自転車を担いで乗り越えられそうだ。ラミネート加工はまだ新しく、土砂崩れは今年8月の台風か、梅雨の時期あたりだろう。ならば、まだ復旧工事は始まっていないことは間違いない。こういう緊急性のない道の復旧は、予算がついてから。つまり翌年度になるのが当たり前だ。
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 安心して登りにかかる。クルマが来る心配がないわけだ。まあ、もともとクルマがほとんど通らない道ではあるが。ただし、登りは長い。麓の市原は標高210m。市原峠は740m。標高差は500mを越える。と言って、特別大きな峠というわけではないが、すでに3つの峠を越えてきているので結構きびしい。ついでに腹も減ってきた。重機の音が鳴り響いていた植林作業現場がブッシュの隙間から見下ろせる。
 前方で何か動くものが。シカだ。2頭は林間に消えたが、1頭が道の真ん中に佇みこちらを見ている。立派な角をいただいた牡鹿だ。
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 しかしなかなか土砂崩れ現場は現れない。水の乏しい稜線付近でなく、山に降った水が集まってくる麓の方が、土砂崩れの可能性が高いように思うのだが。
 下方からエンジン音が迫ってくる。通行止めのはずなのに。向こうも誰もいないと思っているはずだから、警戒して、道幅の狭いところで路肩によって待ち受ける。やってきたのは空荷の中型トラック。
 あれーっ、通行止めではないのか。
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 そんな疑問を感じながら登っていく。その先に枝道がいくつもある。植林の作業道だ。だが、先ほどの中型トラックが通れるようなものではないように思われる。
 20~30分登ったら、今度は上方からエンジン音が聞こえてきた。先ほどのものと思われる中型トラックが荷台に丸太を積んで降りてきた。この先のどこかに作業現場があるようだ。
 はるか上方、稜線近くに道が通り、その道沿いに丸太が積まれている様子が見える。まさかあそこまで道は通れるのか。峠のすぐ手前のはずだ。
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 さらに登っていくが、いっこうに土砂崩れ現場は現れない。とうとう道路わきの広場に丸太が積み上げられた作業現場に到着。無人の重機も置かれ、先ほどのトラックはここで丸太を積んで引き返したものと思われる。
 そして標高は700mに到達し、峠は目前だ。なのに土砂崩れはない。植林の業者が自力で土砂を撤去してしまったのだろうか。
 そんなことを思っていたら、突然目の前の道がふさがっていた。崖が崩れて完全に道を塞いで入れ。麓のバリケードの写真の通りだ。その向こう側の路盤は崩れていない。大丈夫、乗り越えられる。
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 自転車を担いで、一歩一歩慎重に歩を進める。足場が悪い。過去にこういうケースは何度か経験している。中にはしっかりとした踏み跡がついていることもあった。
 崩れた岩や土砂を乗り越えたら、自転車にまたがって峠を目指す。
 通行止めの看板を背後から超えて峠へ。なんと土砂崩れ現場から峠までは300m位だった。誰もいない。展望はいまいち。もっと手前の方が麓が見下ろせたのだが、なんだか今日は景色を楽しむ余裕がなかった。
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 もうあとは下るだけ。初めて市原峠を越えた2007年には、神河側はダートだった。今は、舗装。下りはあっという間。
 10月中旬、11;30~16;30、約45.6km

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2023/10/07

ランドナーの自立、キックスタンドの安定

 一般的に、スポーツサイクルにはスタンドを付けない。でも、当方はすべての自転車にスタンドを装着している。自転車が映り込んだ風景写真を撮るためだ。ガードレールなど自転車が立てかけられるものが常にあるわけではない。
 MTB、クロスバイク、ロードレーサーには、片側のチェーンステイに装着するスタンドを使っている。これは、断面が楕円形のチェーンステイでないと使えない。ランドナーの断面が円形のチェーンステイだと、回ってしまいスタンドが固定されない。
Img_8978 Kickstand

 そこで、ランドナーではBB直後の両側のシートステイを挟んで固定するキックスタンドを使っている。これは一の調整がシビアで、スタンドを畳んだ時にクランクとスポークの間に収まるようにしないといけない。けれども、スタンドをかけた時に自転車の重みで少しずつ回ってしまいクランクと干渉してしまうようになる。その都度調整が必要だが、それを繰り返していくとボルトが緩んでしまう。
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 スタンドをチェーンステイに固定するのは、大きめのボルトなので、かなり強く締め付けることができる。強く湿ればしっかり固定されるのだが、問題はフレームの損傷。どうしても塗装が剥げてしまう。さらに、フレームを変形させてしまったら致命傷だ。
Img_6065_20231007104101 Img_6067 Kickstand2

 そこでひと手間。両側のチェーンステイにブリッジをかける部分は平面。滑り止めの凹凸はあるが、それでも自転車の重量を支えると回ってしまう。そこで、ブリッジの両端を削って、チェーンステイの隙間にはまるように整形する。草刈り機の歯を研ぎ澄ます、グラインダーの出番だ。ある程度削ってみて仮止めして、さらに微調整。
 思いのほかうまくいった。あまり深く削る必要はなく、あまり強くボルトを絞めなくても、スタンドが回転してしまわなくなった。

 

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淀川・桂川の川岸を下り京都から大阪へ

 晩夏から初秋の時期に川沿いの自転車歩行者用道路を使って、京都・大阪間を走っている。これまでは大阪から京都へ向けて走っていたが、今年は逆に京都から大阪を目指して走ろう。
 まずはクルマでアプローチ。京都市に向かって国道9号を南下。すると園部で雨が降り出した。すぐに本降り。予報では、大気の状態が不安定で局地的ににわか雨があるようなことを伝えていた。降っても小雨程度だろうと思っていたが、結構強い雨脚。これで自転車で走ろうものなら、1分もたたずに全身ずぶぬれだ。しかし、雨のエリアは狭く、クルマを進めるとすぐに雨運び理となり、やがて路面も乾いた状態となった。こんな降り方なら、雨宿りで通り雨やり過ごしながら走れるだろう。今日は、桂川・淀川沿い。コースは河川敷の割合が高く、橋の下をくぐることが多い。橋の下が雨宿りポイントだ。
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 10:50、亀岡のとある場所にクルマを止める。自転車で亀岡駅まで移動。急いで輪行の準備。さすがに折畳小径車は早い。5分で輪行袋に収めて、改札を通過。すでに入線している列車に乗り込む。それなりに乗客が入っているが、どうにか空席を見つけて座る。16インチホイールの折畳小径車は輪行袋もコンパクト。こういう場面でも有利。大きな輪行袋を携えていたら、出入り口付近に立っているしかない。
 11:27、嵯峨嵐山駅到着。所要時間は10分で、運賃は片道200円。クルマよりも早くて安い。京都市内の車移動は時間がかかるし、クルマを止めるにもお金がかかる。1日止めて駐車料金400円の駐車場もあって、往復の鉄道運賃とちょうど同じだけど、燃料費がさらにかかる。亀岡なら駅からほんの少し離れれば駐車料金のいらない駐車場がある。亀岡・京都間を自走するには道が険しかったり、クルマが多い道を通らなければならなかったり。
 自転車を準備して走り出す。お土産屋や観光客相手の飲食店の並ぶ通りは、歩行者、自動車、人力車であふれている。3年前の今の時期は閑散としてい他ことが嘘のように、観光客が戻ってきた。外国人の姿も多い。渡月橋を渡り、ベンチに腰掛け走る前の腹ごしらえ。持ってきた行動食を食べる。すると雨がぽつぽつ降りだした。えっ、もう?いつかは降ると思っていたけど、ちょっと早いねぇ。
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 とりあえず本降りになる前に少しでも、と桂川自転車道へ。もしかすると、すぐに止むかもしれない。しかし、期待もむなしく、雨は強まっていく。自転車道は、右岸の車道の端の車歩道から河川敷へと降りる。最初の雨宿りポイント、松尾橋が見えてきた。が、既に先客がいた。ランニング(ジョギング)の女性だ。気まずいので素通り。この雨脚なら、まだもうちょっと走れる。ランニングだと次の橋まで時間がかかるので、本降りになる前に雨宿り場所に退避しておかないといけない。自転車なら、次の雨宿りポイントの上野橋がもう見えてきた。よかった、誰もいない。でも、結構濡れてしまった。まあ気温が高いからすぐ乾くだろう。乾くといっても汗で湿った状態だけど。スマートフォンの降雨レーダー画像を見ると、雨のエリアは狭い。15分もすれば止む見通しだ。行動食の残りを食べる。
 気づくと空が明るくなっている。橋上の路面の排水パイプから滴る水の音で気付かなかったが、もうほとんど降っていないようだ。すぐに走り出す。路面は濡れているので、泥除けが頼もしい。進んでいけばすぐに路面は乾いた状態となり空も明るい。当面雨の心配はなさそうだ。
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 草むらから畑へと変わった河川敷。その中の道を行く。一旦国道9号の橋を潜り抜けてから堤防に上がりながらUターン。国道9号へ。そして橋を渡る。交通量の多い国道なので桂川自転車道に指定されている自歩道を行く。車道だと右側通行になっちゃうしね。左岸に渡れば、また河川敷へ。畑の中だ。阪急電車の鉄橋、さらに車道の橋をくぐって進むと、河川敷は畑から野球やサッカーのグラウンドとなる。自転車道は、堤防の上を行く。JR東海道本線や東海道新幹線を超えると、川の反対側は工場がしばらくつづく。また、桂が野さんには、天神川、西高瀬川、鴨川などが合流してくるので、それらを渡る。河川敷には運動場が連なり、反対側は住宅街。橋をくぐるとき以外は、自転車道は堤防の上を行くことが多くなる。自転車道の道幅が狭い。対向車が来たときはもちろんだが、背後から早い自転車が追い越してくる可能性もあるので、常にキープレフトを心掛ける。ただし、今日は自転車が少なめ。
 京治バイパスの高い橋が見えてきた。桂橋だ。その桂橋と並行して架かる桂橋よりも低い橋が国道478号の天王山大橋。この橋で桂川を渡る。自転車は、自歩道へ。行く手には北の天王山、南の鳩ヶ峰が迫る京都盆地の出口。桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となる。ここまで桂川自転車道は桂川の左岸、つまり桂川と宇治川の間を走ってきたので、このまま淀川に沿って下るとなると、橋を渡らないといけない。淀川左岸を行くならば御幸橋で宇治川と木津川を渡る。木津川自転車道へ接続する場合も同じく御幸橋。
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 この先淀川右岸を行くと胃の橋の渡り方をあまりよくわかっていなかった。これまでは、国道478号の天王山大橋より一つ京都市内よりの宮前橋で桂川を渡っていたが、橋から淀川右岸の自転車道への接続があまり良くなかった。一部車道を通らないといけない。今回は、天王山大橋を渡れば車道に出ずに行けることを学習して挑んだ。
 天王山大橋を渡りながら、前方の空が黒い雲にい覆われていることに気づく。嫌な感じだ。黒い空は北西方向。橋を渡ると左、つまり南西に進路を変えるので雨に出会わないかもしれない、という期待もむなしく、橋を渡りきる前に冷たいしずくが落ちてきた。しかも、それはどんどん大きく密度の高いものとなる。橋を渡り切ったら、国道478号を離脱、いったん東に向かってすぐUターンして今渡った橋をくぐる。そこでいったん雨宿り。スマートフォンで降雨レーダーを確認。京都市街に大きな雨の襟が広がっている。その南の端が現在地にかかっている。雨のエリアは東へと移動。当方はここから西へ。一気にすれ違ってしまえるのではないか。そう思って橋の下を飛び出す。が、雨は土砂降りになってきた。駄目だ。引き返すのは悔しいので、次の雨宿りポイントへ向けて加速する。細い道がダートになった。どこへ向かっているのかよくわからないままもがく。再び舗装路になって、雨宿りできる場所に到達。ずいぶん濡れたけど、まあすぐ乾くだろう。
 雨脚はさらに強まる。道路にみるみる水がたまり川のようになる。スマートフォンで降雨レーダーを見る。15分もすれば雨のエリアは通り過ぎるようだが、よく見ると1時間当たり100mmを超える最上級の降り方を示す紫色のエリアが現在地にかかっている。こんな状況だと見動きは取れない。しばし、待つしかない。
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 時折頭上で轟音が鳴り響く。この音は? 雨宿りしているのは東海道新幹線の高架下(アンダーパス)だった。すぐそばでひっきりなしにクルマが通行する音が聞こえる。国道171号が近いようだ。
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 毎年晩夏から初秋の時期に京都・大阪間を走っている。今年の夏は猛暑で、さらに残暑も厳しく、9月下旬にずれ込んでしまった。9月上旬に一度計画したが、「雨時々曇り」、そして高温の予報に見送った。その日、インターネットで降雨レーダー画像やアメダスを何度もチェックし、見送りの判断が正しかったのかの検証をした。結果的には雨は昼過ぎの短時間のみ。最高気温は予想ほど上がらず31度台と、まさに今日と同じような状況だった。ちなみに今日の天気予報は、「曇りところにより一時雨」、というようなものだったと記憶している。
 降雨レーダーの予想通り、15分ほどで雨は上がり空が明るくなってきた。さあ、行こう。
 新幹線の高架下を出て、いったん国道171号へ。アンダーパスしていたのは、細い道だけではなく、桂川にそそぐ小泉川。小川といっていいような細い川だが、橋が架かっていないと渡れない。というわけで国道171号の橋で小泉川を渡る。橋には自歩道があるので車道には出なくてすむ。
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 小泉川を渡ったら、国道171号を離脱し堤防の上を行く。道は細く両側から先ほどの雨でぬれた草がせり出している。路面も濡れていて泥除け活躍している。そのうち路面は乾いた状態となった。このあたりから南は、先ほどの雨のエリアから外れていたようだ。前方の空は明るく、この先も雨の心配はなさそうだ。でも、振り返れば京都市中心街上空はまだ黒い雲に覆われている。
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 堤防の上を進みながら違和感を感じている。こんな道通ったっけ。いつも反対向きに走っているから、見覚えがないのだろうか。年に1度しか走らないし。いや、いつもは河川敷の道を走っていたような気がする。そんなことを考えているうちに国道171号に合流してしまった。狭い道に片側2車線を通しているので、路肩は狭い。自歩道もない。ビュンビュン走るクルマにおびえながら行く。600mほど先で分岐する河川敷に降りる道に逃げ込んで安堵。短い区間だが、十分にストレスを感じた。
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 帰宅してから確認したら、天王山大橋を渡り、堤防の上を少し東に進んだ後のUターンが逆向きだった。右にターンし河川敷に降りるべきなのに、左にターンしてしまった。左ターンの分岐が少し手前にあるのでそちらに吸い込まれてしまった。河川敷に降りれば小泉川を渡る橋も架かり、国道171号にはノータッチで行けたのだ。また、小泉川を渡った後の堤防の道から、河川敷に降りるエスケープルートもあったのに、現場ではそれを見つけられなかった。
 この先ずっと河川敷の道を行く。もうここは桂川・宇治川・木津川は一つにまとまり淀川。大阪府に入っている。このあたりで行程の4割を少し超えたくらい。まだ半分も来ていない。
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 広い河川敷には、野球やサッカーなどのグラウンド、対岸にひらかたパークの観覧車が見えてくると、ゴルフ練習場が次々と現れる。たまにあるのがバーベキュー場。厄介なのがこれらの施設の駐車場へと続く道と河川敷の道が交差するところ。河川敷の道は歩行者・自転車専用なので、交差点には車止めが設置されている。この車止めは、4輪車だけでなく、自動二輪車、原付自転車も入れないように、タイトに作られている。自転車で走行したまま通過することはまず不可能。ここを通行する自転車乗りの間では、淀川自転車道の名物となっている。特に本日乗っている16インチ小径車は、リアディレイラーの位置が低く、車止めの突起部分と干渉するので、後輪を持ち上げないと超えられない。施設の遊歩道にエスケープして車止めを通らずに行く方法もある。何度かエスケープしてみたが、回り道だったり、ダート部分があったりで面倒になって、結局車止めを超えていく。
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 しかし、風景も道の様子も大変わりはせず退屈な走りとなる。桂川沿いは、右岸と左岸そして堤防の上と河川敷をそれぞれ行ったり来たりするので比較的退屈はなかった。淀川沿い区間も、堤防の上の道に上がれば、川の外側の景色も見られ底屈せずに行けるのだが、そこは車道。交通量は少ないが、道幅が狭くクルマが近くを通り過ぎるのでストレスになる。高槻市・茨木市を過ぎ、摂津市あたりまで来ると。堤防の上の道はクルマが入れない道となるが、次々に現れる橋に行く手を阻まれる。そのたびに河川敷に降りて橋をくぐらないといけない。淀川の堤防は、桂川のそれよりも高く、アップダウンがなかなかきつい。しかも、大阪市に入ると車道の橋に鉄道橋が短い間隔で現れるようになり、堤防に上がるのが面倒になる。
 また、向かい風を少し負担に感じる。この時期は南寄りの風が吹くことが多いので、京都から大阪を目指すとどうしても向かい風となる。予報では、風は2m/s以下ということで、あまり気にならないと思ってこの向きに走ることにした。川の流れに沿っての下り基調ということになるし。帰宅後、アメダスの観測を見ても予報通りの風の強さ。たとえ無風でも、自転車で走ればおよそ20㎞/h、つまり5~6m/sの風を受けることになる。それが、7~8m/sになるということは、そう大きな変化ではない。なのに向かい風を負担に感じるということは、そろそろ疲れてきたのだろうか。それとも、アメダスの設置された場所より川沿いは風が少し強まるということなのか。
Img_5990 Img_5991 Img_5992  それでもめげずに走っていくと、対岸の堤防の向こうがビルの立ち並ぶ都会の景色になってきた。梅田の高層ビル群も、ずいぶん近づいてきた。対岸に、「毛馬こうもん(閘門)」の文字が見えてきた。大阪城のすぐ近くを通り、中之島や淀屋橋のある大川の分岐点。その大川は本来の淀川(旧淀川)。毛馬閘門から先、大阪湾までの淀川最下流部(新淀川)は治水のため、明治時代に開削によって造られた人工の河川だ。水位が異なる新淀川と大川を船が行き来するための水位調整のための施設が毛馬閘門だ。
 さあ、もう少しだ。車道の新御堂筋、地下鉄御堂筋線の新淀川大橋で淀川とお別れ。堤防を越えて、阪急南方駅へと北上。北上といっても、ほんの200mあまり。それでも、のどかな川沿いから、たくさんの人々とクルマが行きかう大都会の真ん中へと景色は急展開。
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 阪急電車に乗り込む前に、ラーメンで遅い昼食。「笑福西中島店」は昼前から深夜まで通し営業なので、15時過ぎに訪れても大丈夫。ただし、少し値上げされていた。さらに野菜増し増し以上は有料とのこと。
 輪行袋に自転車を収め、南方16時過ぎの準急に乗車。そろそろ夕方の時間帯となり、車内は少し混雑している。逆コースなら昼前の空いた時間に列車に乗れる。それでも、途中から座ることができた。京都線は比較的すいているのだ。神戸線ならまず座れない。
 高槻市で特急に乗り換え。座れなかった。桂で嵐山行に乗り換え。この時間に嵐山に向かう列車は空いていて座れた。
 阪急嵐山駅からJR嵯峨嵐山駅までは1.5kmほどあるので、輪行袋から自転車を出して走る。相変わらず歩道は人で、車道はクルマでいっぱいの渡月橋を渡る。自転車で5分走って、また輪行。乗車時間10分でJR亀岡へ戻る。駐車ポイントまで5分の走行。この走行と輪行の慌ただしい繰り返しを、元気なうちに済ませるか、疲れた体(と心)でこなさねばならないか。今回のコース進行方向だと後者だったわけだが、大阪から京都までの30分余りの電車で体力はやや回復し心も落ち着いた。
Img_5996 Img_5997 Img_5998  昨年は8月31日に大阪から京都への進行方向で走ったが、最高気温36度の猛暑日だった。暑さで体が動かなくなり、嵐山手前の木陰で休まねばならななかった。そして嵯峨嵐山駅からの輪行で、急げば間に合うタイミングで跨線橋の階段を下りていたが、急げなかった。
 この日の京都市の最高気温は、30度をわずかに超えたくらい。去年より5度以上も低い。それでも湿度が高く、汗びっしょり。
 9月下旬、61.5km

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2023/09/19

空と海の間に2023(舞鶴大浦半島空山)

 京都府と福井県の境、若狭湾に突き出した大浦半島は、舞鶴港を抱え込むように西、つまり京都府側に張り出している。その張り出し部分には、西に多祢寺山、東に空山とどちらも標高約550mの山が並んでいる。それぞれの山頂付近までアスファルトで舗装された道がつけられ自転車で登頂できる。ふもとから山頂を経由する周回が可能だ。
 1999年9月には空山、多祢寺山を立て続けに訪れた。その後両コースを何度か訪れたが、空山は2008年、多祢寺山は2013年を最後に大浦半島から遠ざかっていた。
 そんな大浦半島を昨年(2022年)久しぶりに訪れた。7月に多祢寺山コースを走った。しかし、空山コースは、周回の途中、半島北岸の野原・小橋間の府道21号が(大雨の)災害により通行止め。交通量の少ない道の復旧には時間を要する。翌シーズンへ持ち越しだ。
 年が明け、府道21号は開通。と思ったら、今度は、三浜峠から空山へ登る道の途中で土砂崩れが発せし通行止め。Googleストリートビューでその土砂崩れの様子が見られる。撮影日は2023年5月とのこと。また同じくGoogleマップの空山展望台公園のクチコミには、7月2日にクルマが通れないため三浜峠から歩いて展望台を訪れたという書き込みがある。ならば自転車も通り抜けることはできるだろう。もしかすると、その書き込みがら2か月の間に復旧工事が始まっているかも知れない。工事中は自転車も人も通れない。ただ、8月15日に近畿地方を直撃した台風7号により、舞鶴市内の内陸部の山間部で被害が出た。一本道が通行不能となり一時孤立した集落もあった。応急処置で孤立から解放され、その後本格的な復旧工事となる。建設業者の人でも市の予算もそちらが優先。生活道路ではない空山への道は後回しだろう。台風以前に工事が始まっていれば話は別だが、まあその可能性も低いだろう。
Sorayama

 というわけで、9月の上旬に決行。舞鶴の市街地から大浦半島へ。多祢寺山と空山の鞍部、三浜峠を越えて若狭湾岸に少し下ったところのパーキングスペースにクルマを止めて自転車の準備。
 標高150mのパーキングスペース「三浜ロードパーク」をスタート。今クルマで走ってきた道を引き返す形で三浜峠へ。天気は良くない。曇天で、時折雨がぱらつく。どうせ汗で全身びっしょりになるのだから、小雨くらいは問題ない。かえって涼しくていい。けれど、空山の頂は雲に覆われ、展望が期待できない。
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 標高195mの三浜峠からは、空山山頂への道へ。道の真ん中に通行止めの看板が立っているが、その両脇は車が通れるほどの空間が開いている。もちろん自転車にとっては、何の障害でもない。どうやら工事も行われていないようだ。
 標高550mの空山山頂までは、標高差約350m。その中間にあたる、標高370m辺りが土砂崩れヶ所。登り坂ではあるが、極端な急坂ではなく黙々とペダルを回す。時折、ブッシュの合間から若狭湾を見下ろす。クルマが来る心配がないので安心していける。
 路上に白いものが落ちている。動物の骨。下あごのようだ。歯があるからシカか。形からしてイノシシではなさそうだ。
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 土砂崩れの個所に到着。山側から土砂と一緒に立木や電柱もなぎ倒されている。ただし、海側は1.5mほど空いていて、自転車は問題なく通れる。自動二輪も大丈夫だろう。軽自動車は無理だが、一人乗りの超小型電気自動車も通れそうだ。
 この土砂の撤去だけなら日数はかからないだろうが、また再発しないように法面を固める必要がある。これにはそれなりの期間が必要だろう。片側工事で対応できるほど道幅は広くないし、何より生活道路でもない道だから、その期間も通行止めとなるだろう。今のうちに来ておいてよかった。
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 土砂崩れ地点を越えると、周囲は霧に覆われてきた。展望はもうあきらめるしかないが、涼しいのが幸い。そして幻想的な雰囲気に包まれた空山展望台公園へ。ここまで何度かシカの姿を見た。通行止めの看板を背後から超えて、展望台へ。見事に五里霧中。
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 さあ、大山へ向けてのダウンヒル開始だ。15年前の2008年には未舗装だった道だが、今は舗装されている。Googleマップのクチコミには、三浜峠側が通行止めなので、大山側から車で空山へ上ったという書き込みがあった。ほんの1週間前のことだ。道が狭く曲がりくねっている、という記述はあるもののダートということは書かれていなかったので、今日はブロックタイヤでなく、舗装路用のホイールで来ている。
 気持ちよく下っている途中、山側の法面のブッシュからガサゴソと音が聞こえた瞬間、猛スピードでがけを駆け下りてくるものが現れた。シカだ。まっすぐこちらへ向かってくる。あわや衝突、と思われたがぎりぎりで背後を通り抜けていった。危なかった。
 思えば、今日乗っているランドナーで9月に何度かアクシデントを起こしている。2020年9月には、兵庫県香美町・豊岡市の三川山のダート道の下りで木の枝がスポークの間にささって前輪がロック。前のめりに転倒して、右肩などを負傷。自転車は、前の泥除けを損傷した。翌2021年9月には、兵庫県養父市大屋町の山中で、道路を横切る側溝に前輪を落とし、やはり前のめりに転倒。右肩などを負傷。前年よりも重傷。また自転車は、前輪のリムが割れ、フレームもトップチューブとダウンチューブを損傷し再起不能と思われた。しかし、2022年暮れにフレームビルダーにフレームを修理してもらって、2023年から復活して今に至る。
 衝突しなくて本当に良かった。これまでに自動車の側面にぶつかられたことはある。クルマならボディがへこむ程度で済んだが、今回は自転車である。しかも、崖をかけ下った勢いでぶつかられたら、どうなっていただろうか。周囲を見ずにとにかく突進することを表す「猪突猛進」という言葉があるが、「鹿突猛進」と言ってもいいくらいだ。まあ、向こうも寸前でこちらをかわしてくれたようだから、イノシシよりは少しだけましなのかもしれない。
 シカの悪質タックルをかわして下ったら、丁字路へ。突き当たった道は府道561号線だ。大山峠ともいうらしい。標高は約300m。もう霧はない。降りてきた道には「通行止」の看板が立っているが、「展望台までは通行可」とも記されている。
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 突き当りを左折。標高差100mほど下ったら大山の集落。海が近いはずだが、標高は200m程あり、山村の雰囲気。集落の中の分岐を直進すれば田井、そして成生(なりゅう)の漁港集落。そっちにはもうずいぶん行っていない。30年くらい前にクルマで一度行ったことがあるだけだ。
 で、その分岐を左へ。府道31号線で野原の集落へと下る。海水浴場と漁港のある小さな集落。振り返れば頂が雲に覆われた空山。その雲の中の涼しさが嘘のように、ここは蒸し暑い空気に覆われている。
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 集落を抜け海を右に見ながら進む。沖合には小さな無人島。よく見れば、その向こうに冠島がぼんやり霞んでいる。標高100m程のアップダウンを越える。この区間のどこかで土砂崩れが起こり昨年は通行止めになっていた。
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 小橋(おばせ)集落へと降りる。すぐ沖に浮かぶ島は、よく見ると陸続き。陸繋島のようだ。その沖に点々と離島が並んでいる。
 丸山小学校の跡を通過。木造の校舎がレトロ。さらに集落に沿って西に行くと、集落名は三浜となる。家並みに切れ目がないから一つの集落のようだが、それぞれに漁港と海水浴場のビーチがある。
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 集落の中の道を行く。伊根の舟屋集落の道を思い起させる。狭くてクルマは通れない。それぞれにお地蔵さんがいる小さな祠が4つ並んでいる箇所があった。
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 ちょうど多祢寺山と空山の鞍部が見える。ああ、あそこまでい登るのか。集落を抜け三浜峠へ最後の登り。三浜ロードパークまで標高差150m。コースの最後が登りというのはあまりよくない。体中汗びっしょり。髪の毛は水をかぶったようだ。
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 初めて訪れた時は、同じ三浜ロードパーク起点・終点で時計回り周回。大山から空山への登りが未舗装だということを知らなかった。そのあとはダートの下りを楽しむために反時計回りの周回とした。下ってゴールしたいので、大山付近にクルマを止めたこともあるが、あまりいい駐車地はなく、道路脇のわずかなスペースに止めていた。今日は、通行止めの可能性のある区間を最初に超えるために、この周回とした。引き返すことになった時の負担をできるだけ減らしたい。特に、登り返して戻りたくない。
 また、海から空山山頂までの登り標高差を最初と最後に分けることで、体の負担を軽減できた。標高差550m程度とはいえ、気温30度を超える真夏日。今度はいつになるかわからないが、もっと涼しい時期に、通行止めが解消された状態で、時計回りで走りたい。
 舞鶴市街のスーパーマーケットでアイスクリームを買って、ラーメンを食べてから帰宅。帰宅途中に降り出した雨は夜にも降り続いた。
 9月上旬、21.6km

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廃村小城台風の爪痕(香美町村岡区)

 兵庫県北部香美町村岡区の矢田川沿いを起点に、山間部の小城集落を経由する周回コースを何度か走っている。初めて走ったのは1999年10月。その頃はまだ小城の集落には人が住んでいる気配があった。実はその10年以上前に、集団移転により廃村になっていたのだが。その話は後述する。
 一昨年9月、そのコースを22年ぶりに走った時には、小城集落を通らなかった。集落は、周回コースから少しだけ外れているためだ。昨年の9月に三度走った時には、700mの急な登りを越えて小城集落を訪れてみた。数件の家屋は朽ちもう生活の気配は感じられなかった。
 今年も走ろう。と思っていたら、8月15日に台風7号が近畿地方が南から北へと縦断。矢田川が増水し、川沿いの道路が冠水する映像が何度もTVで流された。まさに周回コースの一部。その矢田川沿いは、よほどのことがない限り全面通行止めとなることはない。多少の損傷なら、片側通行止めで何とか復旧する。問題は山間部の細道だ。災害のあと何年も通行止めが続いたり、場所によってはそのまま廃道となることもあり得る。
 兵庫県の道路交通システムによれば、小城周辺の山間部の道に「規制あり」の表示はない。ただし、道路交通システムは国道及び県道の規制を示すもの。和佐父・小城間の道は国道でも県道でもなく、おそらく町道だ。また、小城・山田間は県道     号だが、落石の多い狭隘かつ急勾配の道で通行困難、要するに「通るな!」とされている道。道路の被害の様子さえ、誰も把握していないのかもしれない。
 9月を待たず、台風の1週間後の8月下旬、行ってみた。
 まずはクルマで矢田川沿いの県道4号を走ると、ところどころアスファルトの上に薄い層ではあるが、茶色い土砂に覆われているところがある。矢田川の水があふれ土砂が堆積した痕跡だ。重機で土砂は撤去されているが、まだまだ生々しい爪痕だ。
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 矢田川沿いの県道4号から和佐父への登る道の分岐には何やら立て看板がある。通行止めの知らせか、と思ったら神大ラリーの迂回路の案内。神大ラリーとは神戸大学自動車部主催の自動車レース。それが9月17日に行われ、この山中の稜線を行く森林基幹道がコースとなり、当日は通行止め。和佐父を経て小城へ続く道が迂回路となる、とのこと。
 小城まで行けるのか。さらにその奥の森林基幹道ももとれるのか。
 矢田川沿いの県道4号の道路わきのスペースにクルマを止めて自転車を準備。南へ向けて走り出す。国道9号線に突き当たる手前、川会集落の入り口が和佐父への入り口。スイッチバックするように急な登りが始まる。
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 山からの小さな沢が道路わきの側溝へ水を流している。今はちょろちょろとしか流れていないが、路面には石や砂が散らばっている。
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 和佐父の集落に入っても急勾配が続く。ヘアピンカーブの落差が凄まじい。路肩には土砂が積み上げられ、ちょうど重機で除雪されたあとのようだ。
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 集落を抜けると、道は木々に囲まれ薄暗い雰囲気。かつて田畑だったと思われる平坦な土地も時折みられる。また、ところどころに除雪の後のように土砂や倒木が路肩に積み上げられている。
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 道路が沢と交差する区間にやってきた。そこでは道が3つに分かれている。左右両側の道が旧道で真ん中が現道なのだが、その真ん中の現道が倒木などが積み上げられふさがっている。近づいてみると、沢にかかる橋が崩壊、陥没している。だから車止めとして倒木が積み上げられているようだ。
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 現道がふさがっている代わりに、向かって左、崖側の旧道を通行できるようにしてある。崖からの落石や土砂が積もって廃道と化していた道を急遽復帰させたというわけだ。ちなみに右側の道は、沢に架かる橋が完全に破壊され消失している。沢に絡んだ道は維持をするのも大変だ。
 沢を超えると、3つにわかれた道は合流、一本道となる。ドーナツ模様のコンクリート舗装。かなりの急坂だ。ペダルが重い。そして暑い。
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 急勾配と、暑さにあえぎながら、標高650mの最高地点までやってきた。後はくだりだ。
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 少し下ると、路肩に重機が止まっていた。道路に積もった土砂を無人だが、キーが刺しっぱなしだ。
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 さらに下ると、道路一面に石や土砂が堆積した区間が現れる。まるで河原のようだ。自転車を降りて超える。どうやら先ほど止まっていた重機は、土砂の鉄橋作業を行うためのもので、その作業は進行中ということのようだ。
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 またさらに下ると、すでに廃屋となった一軒家がある。その前の道も石と土砂だらけだ。さらに行くと、小城の集落への分岐がある。が、その手前で道幅の半分ほどが陥没崩落している箇所があった。崩落せずに残っている部分には上から崩れてきた土砂が堆積しているが、自転車担いで乗り越えることはできる。ただしクルマは通れない。Googleストリートビューでは、10年前、2013年に撮影された風景を見ることができる。当時は道路わきの倉庫があったが、今は倒壊している。
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 本当にこの道を寝台ラリーの迂回路として使えるのだろうか。路面に積もった土砂は、重機で撤去すればいい。しかし、崩落した路盤を復旧するには、かなり時間がかかる。崩落せず残った路盤は、クルマが通行するには狭いように思われる。それに、強度の問題もあり、道路を修復するまでは通行止めとなるのが普通だ。
 さて、どうしようか。前述の通り、自転車ならば目前の土砂を乗り越えて先に進むことは可能だ。しかし、目前の崩落区間を越えても、その先が心配だ。小城の集落への分岐を越えると、道は完全に1車線分の道幅しかなくなる。「この先幅員狭小急勾配急カーブ車両通行困難」の看板が立ち、通行の自粛を求められている道だ。道幅すべてが崩落しているところがあるかも知れない。そうなると引き返すしかない。下ってきた道を引き返すということは登り返しだ。
 結局、それ以上下ることをやめ引き返すことにした。最高地点までの登り返しの標高差は、約150m。
 カーブの向こうからエンジン音が聞こえる。先ほど路肩に止まっていた重機だ。昼休みを終えて、道路の復旧作業再開、ということらしい。崩落区間のことは把握されているのだろうか。
 というわけで、周回ではなくピストンコースとなった。
 後日、神大ラリーの公式Webサイトを見ると、9月17日の催しは中止、とのこと。やっぱりそうだよね。
 山間の道の復旧はいつになるのだろう。廃村ではあるものの、小城集落の家や土地の所有者が訪れることもあるだろう。しかし、復旧工事の着工でさえもかなり先のことのように思われる。
 8月下旬、22.6km
        *        *        *
 香美町教育委員会等により発行された「小城追憶-小城民俗調査報告書-
によれば、昭和59年(1984年)小城集落の約10世帯が麓の和田地区に集団移転し、小城は事実上の廃村となっている。ただし、小城追憶の冒頭「はじめに」の文章にはその著者が小城を訪れた時のことが記されていて、集団移転から23年後の2007年には、まだ家が手入れされ庭の草もかられ田んぼに稲が育っていたとある。しかし、2012年に訪れた時には、すっかり荒れていたそうだ。

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物見峠越えと因美線レトロ駅舎巡り

 4月に津山を訪れた時に因美線というローカル線の駅に立ち寄った。映画「男はつらいよ」のロケで使われた木造駅舎の「美作滝尾駅」と、桜のトンネルの中にホームがあるだけの「三浦駅」。駅の時刻表を見ると、日中は上下合わせても列車は2,3時間に一本。そんな超ローカル線には、他にもレトロな駅舎が並んでいる。その路線に並行する県道は、鳥取・岡山の県境越え路線として国道53号の裏道にあたり、どう考えても交通量は少なそうだ。4月上旬にはまだ冬季閉鎖が明けていなかった。
 その道を走ろうと思ったが、程よい周回コースが描けない。ピストンコースか。いや、因美線を使えばいいのだ。
 丹後の自宅をクルマで出発。鳥取を経由し2時間40分ほどで智頭町のJR因美線那岐駅到着。木造のレトロな駅舎。その駅舎の一部、駐輪場へ自転車をデポジット。駅の見学は後回しにして先を急ぐ。国道53号黒尾峠で鳥取県から岡山県へ。奈義町から津山市へと入ってすぐに、国道53号から北にそれ、津川川沿いへ。三浦集の県道脇スペースにクルマを止める。春の桜の時期には、鉄道カメラマンのクルマが何台も止まっていたが、今日は私のクルマだけ。三浦駅から智頭行きの列車に乗り込む。葉桜のトンネルもまたいい。3時間に1本の列車を逃さず乗れて一安心。1両のみの編成のディーゼル車は、旅行者、地元の人などでそれなりに席が埋まっているが満員ではない。ボックス席を独り占めして座ることができた。
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 列車は加茂川沿いを行く。旧加茂町の中心街にある美作加茂駅を過ぎると、停車するのは小さな集落のレトロな木造駅舎ばかり。すべて無人駅。駅舎巡りは、後程自転車で。
 そんなレトロな駅の一つで若い女性3人組が下りて行った。ちょっと派手目のいでたちで、ローカル列車の中で異彩を放っていた。
 加茂川から物見川となった川沿いを離れ山間に入る。3kmを超える物見トンネルで県境の山を貫き鳥取県へ。県境を越えた最初の那岐駅で下車。
 列車を見送ったら、まずは駅舎見学。こ線橋ではなく、踏切で対岸のホームにわたり駅舎へ。除雪用のスコップなどが置かれ雪深い冬の様子が垣間見える。今はものすごく暑いけどね。山際の傾斜地に立つ駅は、ホームが高い位置にあるので、長い階段を下りて改札口へ。駅舎内には、図書館のように本棚があり本が並んでいる。
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 駅舎の一部の駐輪スペースで2時間ちょっと前にデポジットしておいた自転車に再開。駅舎をバックに記念撮影して、スタート。

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 駅前の商店も、またレトロ。今は営業していない店のようだが、タバコ屋か雑貨屋か駄菓子屋といったところか。陳列棚に並ぶアニメなどのキャラクターのフィギアやクルマの模型などのおもちゃ。商品として並べているわけでなく、コレクションのようだ。
  鳥取・岡山県境の物見峠へ向かう。県道295号を行けばいいのだが、しばらくは、土師川の対岸の細い道を行く。那岐のある集落のはずれに大きな建物が数棟ある施設。おそらくかつて学校だった施設だが、現在は宿泊施設や売店となっているようだ。正面の門には「いざなぎ交流館」と記されている。帰宅後調べたら、旧那岐小学校で、地域のコミュニティセンターも兼ねているとのこと。
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 その「いざなぎ交流館」前の橋を渡り県道295号へ。県道を越えた先の山すそには、国道53号も通っているが、こちらは鉄道などが通る谷とは別の谷に分かれ、黒尾峠へと斜面をかけ上がっていく。
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 さて、狭い谷に鉄道と川と車道が伸び、そして谷が開けると田んぼが広がり、集落が現れる。宇塚の集落で、県道295号は因美線や物見側と別れる。いよいよ物見峠への登りが本格的に始まる。しかし、暑い。この暑さの中、登らなければならないとなるとうんざりだ。でも、自分が好きでやっているのだから仕方がない。
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 家が途切れ、山間へと入る。県道295号は細く、そして急勾配だ。植林の中を登っていくと、智頭町の中心街から伸びてきた県道4号に合流。295号よりは道幅が広くなる。若干勾配も落ち着いたようだが、登りであることには変わりない。
 標高627mの物見峠へ到着。那岐駅からは350mほど登った。木々に覆われ展望はない。カントリーサインが立っている。那岐駅からほとんどクルマに出会わなかった。
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 まずは一気に下る。谷に降りると緑の水田が広がり、やがて集落となる。岡山県側最初の集落は物見奥。瓦屋根の家並みに茅葺き屋根の家もみられる。しかし、屋根が朽ちて穴が開き、家の中が見えている。
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 集落を抜けるといつの間にか因美線の線路と並走するようになる。さらに物見川も並走に加わる。
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 谷が広がり水田地帯が現れるとやがて集落に入る。岡山県側最初の駅は「美作河井駅」。木造駅舎の中を見学する。色褪せた写真が貼られ駅舎の模型が置かれている。駅舎の外、広い敷地の片隅には転車台。ラッセル車の方向転換のためだそうだ。つまり、ラッセル区間はここまで。つまり、ここから鳥取方面のみということ。
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 往路の列車から女性三人組が下りたのは確かこの駅だったが、周囲には若い女性の立ち寄りそうなスポットは何もない。
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 また、加茂川の渓谷を見ながら走り、つぎの田園と集落へ。そして知和駅。ここも古い木造駅舎。中にはここにも駅舎の模型がある。リアルになかに置かれているものまで再現されているならば、模型の中に模そのまた模型が置かれ、それは駅舎のマトリョーシカだな、などとつまらないことを考える。
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 その先は物見川から名を変えた加茂川を見ながら進み、谷が開けて河岸段丘に広大な田園が広がる。いつしか周囲には家が立ち並び、旧加茂町の中心街。美作加茂駅は、田舎の駅ではあるが、これまでの駅と違い駅員がいそうな雰囲気。でも切符売り場の窓口にはカーテンが引かれ駅員の姿は見えない。
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 加茂の中心画を抜け、加茂川沿いをしばらく行くと、三浦の集落。もう一度三浦駅の前へ。春に訪れたときは桜色だった並木も今は緑のトンネル。
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 駅から駐車ポイントまではすぐ。自転車を車に収める。
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 今日は津山の市街地には寄らず来た道を戻る。国道53号に戻り奈義町との境の手前、河本食堂へ。ネットの口コミで大盛と話題になっているカツどんをいただく。
 7月中旬、26.1km

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2023/05/07

薫風の丹後半島一周2023

 当方のGWはカレンダー通り、よりも1日短い最大4連休。遠出はせず、丹後半島一周でもしようと思っていた。連休前に発表された週間予報によれば、天気が悪い。実際には天気の崩れは事前の予報より遅れ5月3,4日は晴れとなった。3日は体を休め、4日に決行。こうして今シーズン初、生涯通算55度目の丹後半島一周が始まった。
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 前日に積図いてのだらだら過ごす休日の朝。出発は11時過ぎ。またもスロースタートとなってしまった。京丹後市弥栄町から西へ。まずは網野町を目指す。竹野川の流れに沿って北上し丹後町間人から海岸沿いを走ってもいいのだが、それだと一周で80kmあまり。今日は、走行距離を100kmの大台に乗せるため、大回りするのだ。
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 府道53号から離湖の西岸を北上して国道178号へ。この178号が基本的に丹後半島一周道路だが、海沿いに出るのはもうしばらく先。小さなアップダウンを越え、国道の旧道で三津の集落へ。小さな漁港がある入江で日本海とご対面。港の(海側の)出入り口にある赤い小さな灯台が映えるということでちょっと話題になっているせいか、港に小さなカフェができている。また、入江には3艘のカヤック。カフェ主催のカヤック体験があることが後で分かった。
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 国道の現道に戻り海を見ながら進む。旧丹後町の中心集落「間人」へ。トンネルでバイパスする道でなく、集落の中を行く。そして、城島公園から間人漁港までは海岸の道を行く。岩場で日傘をさして座っている人が見られる。弁当を広げてピクニックのようだ。
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 間人の集落を抜けると、柱状節理の玄武岩でできた巨大な一枚岩、立岩。そして、道の駅「テンキテンキ丹後」でトイレ休憩。クルマや自動二輪も多いが、自転車も多い。サイクルラックはいっぱい。みんなロードレーサー(今ではロードバイクという)。ランドナーは私一人。ちゃんとスタンドがあって自立するよ。景色の中に自転車を入れて写真撮影したいからね。
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 道の駅を出発すると、まずは海岸段丘へ乗り上げる急な登り。坂の途中には閉校した小学校跡があり、しっかりとした車歩道がある。クルマの通行が多いので、そちらへ。
 海岸段丘に乗ると少し道は平坦になるが、筆石集落からまた登りとなる。そして、屏風岩を見下ろす展望ポイントへ。海の中にそそり立つ一枚岩である屏風岩。先ほどの立岩とは違い、その名の通り薄い板状である。周囲の海も水が澄んで美しい。東屋のベンチに腰掛け、持参したおにぎりを食べる。
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 さらに続く登りをのんびり進んでいると一台の自転車が追い越していった。泥除けはなく、ドロップハンドルとロードレーサーのようだが、タイヤはランドナー並みに太い。服装も自転車専用という感じではなく、ゆっくりと追い越していった。道の駅ではあんなにたくさんの自転車を見たのに、追い越していく自転車は少なかった。一方、何度かすれ違う自転車と遭遇した。時計回りに走らないと、海の景色を楽しめないよ。
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 犬ヶ崎トンネルを抜けて丹後松島を眺めて、アップダウンを繰り返しながら東へと進む。自動二輪もクルマも多い。センターラインは引かれているもののさほど広くもない道で自転車を追い越すのに、対向車が途切れるまで待つクルマは本当に少ない。特に、普通乗用車よりも二回るくらい大きなキャンピングカーがすれすれを追い越していったのには肝を冷やした。少しでもバランスを崩したら、こちらは道路から転落、大惨事だ。しかも、追い越しは非常にゆっくり。すれすれを長時間並走された。さらに、追い越した直後、カーブが連続する所を自転車より遅いノロノロ運転。背後には長蛇の車列。なんとマイペースな運転だろう。あとで再びこのキャンピングカーと遭遇するのだが、乗っていたのは60代くらいの一人の男性。自由気ままな一人旅といった雰囲気。運転スタイルも、自由気ままなゴーイングマイウェイ。
 久僧で少し内陸を行く国道178号を離れ海沿いへ。海水浴場のビーチや丹後松島を形成する小さな岩々を見ながら進み中浜港を越えたら国道へ復帰。
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 自衛隊の分屯地とアメリカ軍のレーダー基地を過ぎ、袖師の集落へ。波が打ち寄せてサーファーの姿が見られることが多いが、今日の海は穏やかでサーファーの姿はない。
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 さあ経ヶ岬へ。標高0mから50mほど登ったらいったん平坦になるが、岬へと向かう道の分岐点を過ぎたらまた登りが始まる。標高100mあまりの白南風隧道へ、これまでのアップダウンよりも大きな登りだ。
 白南風隧道を抜けると景色が一変。海を見下ろす断崖絶壁の道。カマヤ海岸だ。空気が澄んでいればはるか若狭のリアス式海岸が見えるのだが、今日は霞んでいて見えない。
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 緩やかな下りを快走する。甲崎でトイレ休憩、そしてまたおにぎりを食べる。
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 甲崎を出発。蒲入の漁港を見下ろしてから蒲入トンネルを抜けて本庄宇治。ここで国道178号線としばし分かれて、海岸の町道へ。内陸を行く国道と比べて野室崎、新井崎と海の絶景が楽しめる道だが、交通量は非常に少ない。印象としては9割が国道という感じだ。その方が静かでいいんだけど。
 景色がいいけど、アップダウンは国道よりきつい。まずは野室崎越え。登り始めの勾配がきつい。その急坂の途中に数本の八重桜の木がある。かつては、GWの初めまで残り花があり、5月になっても根本は花びらのじゅうたんということがあったが、今年はもうすっかり葉桜。嫌なんだか景色が違う。木が折れたのか。
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 登るにつれ勾配が緩やかになり、標高130mあまりまで上り詰めた。青い海、そしてこれから向かう新井崎や冠島、沓島が見える。
 泊へと下る。絶壁に囲まれた小さな入り江のビーチでは、家族連れなどたくさんの人が遊んでいる。裸になって海に入っている人もいる。ビーチのそばの道路わきにはカヤックも。
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 今度は新井崎を越えるアップダウン。やはり登り始めがきつい。標高80mあまりで緩い下りとなる。海の手前は広い田んぼ。かつては千枚田と呼ばれる小さな棚田だったが、30年以上前に耕地整理された。
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 前方から自転車がやってきた。サイクリストっぽくないいでたちの若い女性2人組。ということは…。やはり電動アシスト自転車。伊根にもレンタルの拠点がある。
 新井の集落を過ぎると再び登り。町道は2股に分岐。より登りがきつい右を選ぶ。この先は千枚田が残っているのだが、右の方がよりその姿をよく見ることができる。ただし、この数年その千枚田も耕作が途絶えているようだ。農業体験として他所から人を募って田植えや稲刈りのイベントを行っていたようだが、オーナーが高齢となり耕作をしなくなったという。新型コロナウィルス感染拡大の影響もあったのだろう。
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 千枚田を過ぎたら舟屋が建ち並ぶ伊根湾へと下る。2005年に文化庁の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されたが、その10年ちょっと前くらいから観光客が増え、今では天橋立と並ぶ丹後の観光地となった。集落の中の細い道は、元は舟屋と母屋の間の中庭をつないだもの。クルマ社会となり、舟だけが交通手段という生活が成り立たなくなったが、海と山が迫り車道を作る場所がないため、歩行者の通路だった中庭を車道にした。地元の人のクルマだけの時は良かったが、観光客がたくさんやってくるようになって山の中腹に道を通し道の駅も作った。狭い伊根湾沿いにクルマを乗り入れないで、道の駅にクルマを止めて歩いて伊根湾に降りてくる懸命な人もいるようだが、その道の駅に入るにもクルマの大行列ができていた。伊根湾沿いの細い道の一部は一方通行の交通規制が行われていて、その区間に入り込んでいるクルマはほとんどいない。自転車は一方通行の対象外だ。近年カフェなどができ歩行者天国のような状況で、縦横無尽に行き交う歩行者をかわしながら慎重に進む。
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 七面山駐車場辺りは大混雑。駐車場には船着き場もあり、伊根湾巡りの舟が発着している。その乗客や釣り人で駐車区画以外も人がたくさん。どうやら一方通行はここまでのようで、駐車場を出るクルマと入ろうとするクルマのすれ違いに難航しているようだ。交通整理員がいるが、とにかく歩行者が多く、クルマの方が数倍時間がかかる。自転車は歩行者の流れに合わせて進んでいく。
 確か2年前のGWには、一方通行区間がもう少し長かったように記憶している。そうすれば、駐車場に入るクルマと出たクルマがすれ違わなくてよいが、一方で駐車場を出クルマは歩行者でいっぱいの狭い道を延々と通過しなければならず、大渋滞となっていた。一長一短といったところだ。
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 伊根小学校、観光案内所、伊根町跡地などがある三差路から国道178号線の旧道で少しだけ道幅が広くなる。しかし、酒蔵を過ぎたあたりからクルマがぴたりと止まっている。クルマの列の中で様子を見ていたら、反対車線を一台のロードレーサーが通り抜けていった。対向車は全く来ないので、悪いけど私も続く。その先の狭い区間のすれ違いが渋滞の要因。そこを越えて進むとまた渋滞。この狭い道は実はバス路線。そのバスの運営会社である丹後海陸交通の伊根湾巡り観光船発着所の前にバスが止まって乗客が乗り降りしている。かつては舟屋集落の狭い道を行くのに、バスと同じデザインの軽のワンボックス車を先導させて対向車に注意を呼び掛けていた。その先導者を観なくなって久しいが、こんな混雑する日は大変じゃないだろうか。
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 バスが発進したらゆっくりではあるが、クルマは流れ出す。国道178号の現道に合流。海沿いの平坦な道を午後の海風に押されて快走。左前方から栗田半島が迫り、宮津湾へ。天橋立が近づいてくるとクルマが滞っている。少し前に飛ぶ鳥を落とす勢いで私を追い越していったクルマたちが、今は路上で意気消沈している。そのわきを慎重に進んでいく。
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 天橋立の砂嘴で区切られた内海「阿蘇海」の北岸を進むのではなく、天橋立を渡って阿蘇海をぐるりと回る。これも走行距離100kmに到達するためだ。
 天橋立も観光客でいっぱい。歩行者もさることながら、より警戒すべきはレンタサイクルに乗った人々。ここは四輪車や排気量125ccを越えるエンジンを積んだ二輪車は通行不可なので、道路交通法が適用されないとでも思っているのだろうか。そんな治外法権はない。ここは「京都府道607号天の橋立線」なのだ。四角四面にルールを守れとまではいわないが、道幅いっぱいの並走はしないで、基本はキープレフト。対向車や追い越す自転車もいることを念頭においてほしい。もちろん歩行者も。グループで道を塞ぐことなく、突然真横に移動することもなく、そしてせめて前方くらいは注意してみながら歩いてほしい。
 砂嘴の途切れた部分にかけられた大天橋辺りから混雑が増し、橋立水道を渡る廻旋橋から文殊堂前の土産物屋の並ぶ界隈はもう自転車に乗れず押して歩く。
 そんな雑踏を抜け、京都丹後鉄道天橋立駅前の通りを少し走り、阿蘇海シーサイド自転車道へ。車道はここでも滞っている。普段はたまに釣り人かウォーキングの人しか見られない自転車道だが、今日は観光客がちらほらと歩いている。歩行者はどんな動きをするかわからないから要注意。せめてどちらかにより、横方向に動くときには周囲を確認してからにしてほしい。
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 阿蘇海を時計回りに4分の3周したら、海に背を向け府道53号へ。最後にして最大の山越え。登り始めは道の狭い区間。クルマはそれなりに通る。センターラインがない1.5車線、対向車が分からないブラインドカーブの連続する区間でも、平気で自転車を追い越すクルマが多い。私も通勤でこの道をクルマで通るが、そういう追い越しは怖くてできない。
 狭い区間は短く、あとはセンターラインがひかれた区間。路肩も広くクルマのプレッシャーは軽減される。
 標高120mほどまで登ったらいったん緩い下りとなり田園が広がる。わがふるさとの川、竹野川の上流部だ。久住の集落で最後の小休止。腹が減ってきたので、携行しているパンを食べたいが、飲料水が切れてしまった。パンを食べたらのどが渇きそうなので食べないでおく。ゴールは近い。
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 そこから一登りで標高200m。本日の最高点だ。ただし勾配や緩やかなため、中盤の野室崎、新井崎の方がきつく感じる。下りも道は広く、カーブは大きめで、勾配もほどほど。ほとんどブレーキなしで位置エネルギーを効率よく使って下っていく。
 ちょうど100kmでゴールできそうだ、と思いながらたどり着いた自宅で走行距離を確認。100.64km。やったね。

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佐用発美作東部の武蔵の里と棚田めぐり2023

 先日津山を訪れて「ホルモン焼うどん」を食した。そうするとまた佐用でも。というわけで出発。
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 佐用までのアプローチは3時間半。津山と変わらない。マックスバリュにちかい「新さよ」という店へ。開店してしばらくの11時過ぎで1番乗りだった。鉄板がまだ温まっていないのか「ちょっと待ってね」と店主さん。ということで少し時間がかかったのかもしれないが、気にならない程度。佐用に多いつけ麺スタイルではなく、たれを絡めて焼いてあるスタイル。津山のホルモン焼うどんに近い。お味は、まあホルモン焼うどんと聞いて想像する味そのもの。あまり脂っこくなく食べやすい。津山との違いといえば、津山でピリ辛をたのんだから、ピリ辛かそうでないかの違い、という当たり前の感想。ホルモン1人前、うどん2玉で750円。うどん2玉で満腹。
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 店を出たら、佐用川を渡って町役場の駐車場にクルマを止める。自転車を準備して走りだす。佐用川をさかのぼり佐用の中心街を抜けたあたりで支流の江川川へぞいの県道240号へ。田園風景が広がる。廃校となった小学校がドローンの学校になっている。
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 谷が狭まり徐々に山に入っていく。釜坂集落から県道240号をそれ釜坂峠へ。峠道は未舗装道。ぎりぎりダブルトラックと言えるくらいの道幅はあるが、急勾配と大きな石がゴロゴロしていて一般車両は通行不能。きついカーブもあり切り返す道幅もない。そんな道を自転車を押していく。峠の近くには廃屋がある。峠を越えると乗車でどうにか下る。兵庫県から岡山県へ。
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 「壱貫清水」という山水がわいた場所からは舗装の下り。下り切ったところが宮本武蔵の生家跡。その手前には宮本神社もあり、宮本武蔵ゆかりの地となっている。ただし、生家後については諸説あるようだ。
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 武蔵の里を抜け、県道5号を吉野川沿いに下っていく。2kmほどで、立石集落。ここから県道5号、そして吉野川を離れ南へ。いきなり急坂だが登りは長くない。登り切ったらその名も「峠」集落。下っていけば、少し谷が開け田園風景となる。いくつか集落を抜け、鈩(たたら)等集落で道は分岐する。途中から県道161号に合流しているのだが、分岐左はそのまま県道161号。右は県道134号となる。この先、西はりま天文台のある大撫山を越えて佐用の中心街へと戻るのだが、結論から言うとどちらの道でもいい。このコースは2019年から毎年訪れ、今回で5回目。初めて訪れた時は、分岐を右に進み田和の棚田を経て大撫山へというコース取りだった。翌年も同じコースをたどるつもりで訪れたが、右の道が工事により通行止めとなっていた。この分岐から見えるところで工事が行われていて、自転車であろうと通れそうにはなかった。左に行くしかない。それで乙大木谷の棚田を経由するコースが出来上がった。
 翌年は、分岐右の田和の棚田コース。その次が昨年で分岐左コースだがさらにバージョンアップ。樺坂峠を越える。今年もそのコースを行く。
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 鈩の分岐を左、県道161号を進む。道は登りでため池を越え、さらに登るとやがて峠に至る。これが県境で岡山から兵庫へ。峠を越えてすぐに小さな集落「住中」。県境を越えたと思えない。
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 少し下ったら、県道から分岐する細い道へ。また小さな峠を越えて降り立ったのは、棚田で埋め尽くされた谷。そのまま谷を下っていくと乙大木谷の棚田へと至るが、途中からスイッチバックするような分岐から樺坂峠への登りへ取り付く。棚田の中を登っていくと民家が現れる。樺坂集落だ。その集落を越えてすぐに樺坂峠。峠は木製のベンチやテーブルがある展望所となっていて、後山連山や日名倉山が見える。
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 峠を越えてしばらく下ると桜山の集落。集落の中で東へ分岐する細い道を登る。集落が途切れ山林へと入ると分岐がある。それぞれの行き先を示す案内板があるが、左方向に示されているのは地名でなくその先の一軒家の主の苗字と思われる。右は「大木谷の棚田へ」とある。昨年は右の道と辿り、乙大木谷の棚田と田和の棚田の境の峠に降り立った。しかし、これはあらかじめ想定していたルートではない。
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 田和の棚田と乙大木谷の棚田は背中合わせとなっている。この峠は田和と乙大木谷の棚田をつなぐ峠越えの道と尾根筋を通る道の交差点になっていて、反対側の尾根筋は大撫山へ向かって登る道がついている。だから、田和と乙大木谷の棚田の風景は峠から見下ろすだけで、すぐに大撫山へ登っていくことになってしまう。棚田の風景は麓から登りながらじっくりとを満喫したい。昨年は、この峠に降り立ってから田和の棚田の方へ少し下って登り返してみたが、ただでさえアップダウンが連続する中でさらに余計なアップダウンを増やしたくなくて、少しだけしか楽しめなかった。
 理想のコース取りは、地理院地図上に描かれているシングルトラックと思われる破線で桜山集落のすぐ東の奥村の集落へ抜けてそのあと植木谷集落から乙大木谷の棚田を登って峠に至る、というもの。破線区間は200mほどだから、雑草に覆われていても何とかなる。
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 さて、話を桜山集落から分かれた道の分岐に戻す。昨年は、「大木谷の棚田へ」と示された右へと進んだが、今回は左を確認してみる。すぐに一軒家にたどり着いた。この奥の藪の向こうが奥山。距離は短いから突破できなくもないかもしれないが、私有地に入り込むわけにはいかない。あきらめて分岐に引き返す。もうこの時点でルート開拓をあきらめ、去年と同じコースをたどることにしてしまった。
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 分岐から下ると道は未舗装となる。そして標高差70mほどの登り返しが始まる。このダブルトラックは、途中までしか地図に描かれていない。昨年はこれが地図の破線の道かと思って進み始めた。GPSレシーバにより破線ルートから逸れていることに途中で気付いたが、なすすべなくそのまま棚田の頂上の峠に出てしまった。帰宅後に改めて確認すれば、分岐から下りきったところが破線の道との交差点。現地では何も考えずに通過していた。しっかり下調べしてから行けばよかった。あと藪漕ぎに備えて、ビンディングサンダルでなく、ちゃんとしたシューズを履いて。
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 昨年は、緑の生い茂った7月上旬に訪れたが、今回はまだ新緑の前。木々の隙間から棚田が見下ろせる。ただし棚田もまだ水もはられていない。棚田頂上の峠に降り立ったら、峠越えの道を横切り大撫山の登りへかかる。標高差70mほど登ってから約50m下って来見集落。さらに、西はりま天文台入り口まで100mあまりの登り返し。
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 このあたりは複雑に谷が入り組んだ地形。そして、点在する小さな集落をつなぐ道はアップダウンの連続。峠付近に集落や棚田があることも、特徴の一つ。どういう仕組みで水が確保できるのか、が気になるところ。
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 西はりま天文台入り口を過ぎてほんの少し下ったところの分岐から短いが急勾配の坂を登り標高406mピークへ。ここは佐用の市街地を見ロス展望ポイント。晩秋のころの早朝には雲海が見られる。もちろんこの時は雲海などなく、スタート&ゴールの市街地を眺める。あとは下るだけだ。
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 というわけで標高差300mを一気に下ってゴール。
4月中旬、41.6km

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因幡船岡見槻川大江川周回

 これはひと月と少し前の3月下旬のお話。
 とあるTV番組で鳥取県の「大江ノ郷」という施設が取り上げられていた。正確には「大江ノ郷自然牧場」といい、そこでとれた食材を使った料理やスイーツを食べたり買ったりできる。施設そのものには興味がないが、私が気になったのは、それがどこのどんな場所にあるのか、ということ。鳥取県内はいろいろ探索しているが、行ったことあるところだろうか。インターネットで調べてみたら、それがあるのは八頭町。八頭町は何度も通っているが、大江の郷のあたりは行ったことはないところだった。すぐに、標高差400m足らずの峠越えを含む20kmほどの周回コースが浮かび上がった。
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 丹後から但馬を経て因幡の国へ至るルートはいくつかあるが、往路は兵庫県養父市大屋町から若杉峠、戸倉峠を越えて鳥取県若桜町へ。ほんのわずか、播磨の国を経由する。八頭町船岡で国道29号を西にそれ、八東川と若桜鉄道を渡って船岡竹林公園の駐車場にクルマを止める。竹林公園だが、満開の桜に目を奪われる。
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 自転車を準備して、スタート。見槻川をさかのぼる形で南下。桜や菜の花、春の花に囲まれた集落を見送りながら進んでいくと、谷が狭まり、緩やかだった登り勾配が徐々に増してくる。
 志子部集落を過ぎたら、右に分岐する細い道へ。分岐点には、通行止めの案内板。冬季閉鎖が明けていないのだろうか。もう雪は解けているだろうから、倒木や落石の処理ができていないということもありうる。ただし、案内板はわきに避けられ法面に立てかけられている。自己責任でクルマが通行していると思われる。いずれにせよ、自転車ならどうにでもなる。当然、突入。
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 杉林の中を登っていく。確かに何か所かで道路に木が倒れていた。ただ、完全に道がふさがれるということはなく、路肩がぎりぎりクルマの幅だけ空いていたり、倒木の下を潜り抜けたりできる。倒木の先端を踏んで乗り越えた痕跡もある。もちろん自転車には何の支障もない。
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 いくつもの倒木を見送りながら登っていくと、トンネルが現れた。狭くて暗くて長いトンネルだ。表札には「本谷隧道」とある。トンネルには勾配があり、ここを下りとしたくて時計回りの周回とした。一車線しかない道幅なので対向車に出会わないようにさっと走り抜けたい。対向車などめったに来ないだろうけど。
 ところが入ってしばらくすると、暗闇に視界を奪われふらついて自転車で走行が難しい。両足をついて進んでいく。出口か近づき、その明かりでようやく走行可能となる。バランスをとるには視覚による情報が重要だということが実感できる。
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 トンネルを抜けたら、谷へと急降下。路肩に少しだけ残雪が見られた。また、こちらにも少し倒木があった。降り立った谷底に流れているのは大江川。川沿いに下っていくとこちら側にも通行止めの看板があった。やはりバリケードとともにわきによけられている。
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 そして大江の集落となる。集落の少し手前に、斜面の下に倉庫とみられる建物があった。一部屋根が破損している。背後の斜面は杉が伐採され、その丸太が建物の周囲に置かれている。どうやら伐採される前に建物に木が倒れて屋根を破壊したと思われる。Googleストリートビューを見れば、伐採前の様子がわかる。建物の3倍はある高さの杉がすぐそばに立っていた。
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 ずっと細い道を進んでいたが、大江集落の途中からセンターラインの引かれた広い道となる。県道322号だ。クルマが少なく、緩い下りを快走できる。川向こうの公園の桜が満開。
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 いくつかの集落をつなぎながら、大江川の右岸左岸を行き来しながら下っていく。そのうち県道はずっと左岸を行くようになる。ふと対岸を見るとそちらにも細い道が続いているようだ。橋本の集落で橋を渡って、右岸の細い道へ。自転車にはこちらがいい。こちらの道沿いにもサクラ植えられている。
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 対岸にびっしりとクルマが並んだ駐車場が見えてきた。「大江ノ郷自然牧場」だ。ずいぶんにぎわっているようだ。それを過ぎると対岸の県道には行きかうクルマが増えている。こちらに渡ってきて正解だった。対岸の県道は、やがて国道482号となる。
 水口集落で右折。大江川と見槻川のそれぞれの谷を隔てる尾根を越える峠越え。標高差は、100m程度。それを越えたらクルマを止めた竹林公園へ。公園には「やずミニSL 博物館 やずぽっぽ」もある。入場料を払って管内に入るほどではないが、屋外の古い鉄道車両が展示だけ見学する。
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 自転車をクルマに収めたら、鳥取市へ。ラーメンを食べて帰るのだ。

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2023/04/16

滑り収めの扇ノ山2023

 なんと3月のうちに上山高原への道が開通した。これまで早くても4月上旬、年によってはゴールデンウィーク直前に除雪が完了していた。この冬は2月以降の降雪が少なかったことに加え3月の異常な高温の影響だろう。しかも、今年はすでに上山高原よりも先、兵庫鳥取県境の先の水とのふれあい広場まで除雪されているという。
 3月末の時点で、扇ノ山には滑走に十分な雪があるようだが、4月に入り最高気温が20度に達する日が続く。同行する「すうさん」とのスケジュール調整の末、4月8日に訪れることになったが、雪解けが心配だ。
 朝7時、神鍋高原ですうさんと合流。蘓武トンネルを抜け国道9号へ。湯村温泉のあたりで土砂降りの雨。大丈夫だろうか。前日のまとまった雨を降らせた低気圧と前線は去ったが、寒の戻りで不安定な空模様。山間部はより雨が降る可能性が高い。さらに、前日の雨でかなり雪解けが進んでいるだろうということも心配。
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 兵庫・鳥取県境の蒲生峠の手前を左折、上山高原へ。上山集落を過ぎ、シワガラの滝入り口を過ぎても雪がない。高原の手前、例年残雪が道路を塞いでいる区間も路肩に少し雪が残る程度。上山高原は雪が全く見られない。ここは日当たりがいいので雪解けが早い。率僕のない上山高原は、毎年4月に山焼きが行われていて、今年は4月15日の予定だそうだ(実際には雨天のため翌週に延期)。
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 上山三角点を過ぎて、避難小屋付近にバリケードが置かれている。けれど、道の周辺はクルマが乗り入れられる広場なのでバリケードを簡単に迂回できる。例年はその先の残雪区間から歩きが始まるのだが、今年はさらにクルマで入ることができる。車止めの残雪は除雪されているわけだが、例年ほどのボリュームはすでにない。それを過ぎ、ショウブ池のあたりは、日当たりのおかげで例年通り雪がない。その先は除雪によってできた雪の大谷が続くが、壁の最上部は雪解けでエッジが丸まっている。
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 小ヅッコ登山口を過ぎ、県境を越え、水とのふれあい広場へクルマを止める。我々のクルマを除いて、一台も止まっていない。ここにも、小ヅッコ登山口にも、上山高原にも。
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 雨は小ぶりとなり、さらに雪へと変わっている。ここまで来たら、もう行くしかない、と出発準備を整える。
 すぐに途切れそうな残雪の上をスキー板を担いで歩きだす。河合谷登山口は素通り。登山道は藪が出ていそうなので畑の中を行く、という狙いだが果たして雪が残っているだろうか。畑は日当たりがいいのだ。
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 農道をしばらく行くと雪に覆われた畑に出た。スキーを装着して歩く。二人ともステップソールの板だ。この畑の周囲を囲むブナ林を越え
ようとしたが、藪が出ていて難儀する。さらに方向もよくわからなくなってしまい、しばしさまよう。いつも下りにしか使っていないのだ。
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 どうにかその上部の段々畑に出た。しかし、雪が解けていて、板を外して歩く。進行方向左、つまりすぐ東側に登山道があるブナ林登っていく。そのうち畑が雪に覆われてきたのでスキー板を装着。初めは残雪を拾いながら歩いていたが、徐々に一面真っ白になっていく。広い雪原へと歩いていたが、ガスも出てきて方向が不安になってきた。ブナ林に入ることにする。実際、進路を少し西に逸れていた。
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 ブナ林の中は安定した量の雪が積もっていた。小ヅッコを過ぎたあたりで、この先大ヅッコに向けて勾配が増していく。
 大ヅッコの登りをクリアするといったん下りとなる。南斜面の上部は雪が解けていて板を担いで歩く。少し下ると雪に覆われているので板を装着。ブナの密度が高く自由自在とはいかないが、滑り降りることができる。広い尾根でホワイトアウトの中すうさんの姿を見失って少し時間のロス。
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 いつしか吹雪となり、ブナの幹の風上側半分が白くなっている。鞍部まで下り、いよいよ山頂への登り。尾根が狭まり山頂が近づく。狭い稜線は、ブッシュが出ていて歩きにくい。テラスを過ぎたら、山頂小屋が見えてきた。
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 山頂小屋の周囲はブナの根開け(ツリーホール)のように雪が解けている。その根開けの雪壁の高さは、もうかなり低くなっていて、約170cmのスキー板の半分くらい。小屋の周辺の木々は、小さな樹氷をまとっている。
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 小屋の中に入って、持ってきた食料を食べる。食後しばらくおしゃべりをしていたが、寒くなってきたので下山開始。いつもは、東斜面や南西斜面を何度か滑るのだが、今日は天気も悪くあまり滑る気が起こらない。稜線の藪を避け、東斜面に少し滑り込んでそのままトラバースで鞍部の方向へ。
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 大ヅッコへ上り返しているうちに、いつしか雪は止みガスも晴れてきた。大ヅッコの北斜面は、残雪が遅くまで残る区間。年によっては5月の連休を過ぎてもスキーができた。今年はその時期までは滑れないと思われるが、今は十分な雪。ブナの疎林の緩斜面で快適に滑ることができる。そのあと斜度がほとんどなくなり、歩きながらの滑り。ノルディックスキーの本領発揮だ。
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 雪面に足跡がある。今日つけられたものに違いないが、その主に出会うことはなかった。
 登りで畑からブナ林に入ったあたりまで下り、畑はすぐに雪が切れてしまうからこのままブナ林を行こうとするが、その先のブナ林も藪が出てまともに滑れない。結局畑に出ることにする。出だしのみ雪原だったが、すぐに残雪を拾って滑るようになる。枯れ草が出た段々の土手を滑り降りながら進み、とうとう滑走の限界へ。どうせ板を担いで歩くのなら、登山道をたどろうと、畑とブナ林の境界の藪を越える。ブナ林の中に入るとすぐに登山道。ほとんど雪は解けている。すぐに登山口に着くからと板を担いで歩いたけど、横着をしないでザックに板を付けた方が楽だった。
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 急な階段を下って車道へ。水とのふれあい広場はすぐそこだ。クルマのフロントガラスには少し雪が積もっていた。
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 クルマでの帰り道、コウノトリのペアに遭遇。

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