2017/10/15

今年は多いよ

 去年は少なかったけど、この秋は枝が垂れ下がるほど柿の実が多い。こりゃあ大変だ。熊も出るし、みんなに配って回らないと。
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2017/10/10

秋晴れの丹後半島一周

 シーズンに一度は走らねばならぬ、と思っている丹後半島一周だが、いつの間にやらもう10月。ゴールデンウィークから何度も狙っていたのだが、ここぞという日は天気がいまいち。前日の晴れ予報に心を決めていたのに、朝起きるとうっすら曇っている、ということの繰り返し。空が澄み海が青い時に走らないと値打ちが半減する。そのうち蒸し暑い夏がやってきて、自転車に乗る気が失せる。しかも天候不順。待望の9月がやってきたが、また5月のようなことの繰り返し。そして、9月30日、二つ前の記事「今はもう秋」に書いたとおり機会を逃してしまった。やはりその記事に書いたように、9月は土曜または日曜に仕事がある週が多かったのも事実だが、加齢とともに休日をだらだら過ごすようになってしまったのもまた事実。
 翌週は、土日と体育の日で三連休。泊りがけで出たかったのだが、あいにく初日が雨予報。実際には朝のうちだけで止んだのだが、それでもすっきり晴れてくれなきゃやだ。ということで見送り。今シーズンは、いまだ遠征なし。寂しいけど、天気はどうすることもできない。雨や霧では楽しくない。楽しむという目的は達成されない。現地での予定変更もまた同様。すると心残りが発生し、リベンジを企てることとなる。遠征には費用も労力もかかる。例えば、信州方面に2泊3日の遠征を組めば、交通費や宿泊費で3万円はかかる。今月行っていまいちだったから来月また行こう、というわけにはいかない。満を持して、行動を起こそう。
 遠征がダメなら、別の懸案である丹後半島一周をこの3連休に決行しよう。連休初日は、朝のうち雨でその後曇り。寝たきり生活。遠征しようと思っていた地をインターネットのライブカメラで見ると、昼前まで雨で、その後、霧。踏みとどまって正解だった。
 そして連休中日。まずまずの天候なのに、だらだら過ごしてしまった。やはりちょっと雲が多めだったのと、この日は地域の秋祭り。各集落で、神輿や屋台が練り歩き、迂回せねばならない場面があるかも知れず。ちなみに、私の住む集落は、かつては神輿を担ぎに出なければならなかったが、今は子どもの屋台だけになった。
 そして、連休最終日。朝起きると日が射している。予報は前日に曇天に変わり、諦めかけていたのだが、青空が広がっている。というわけで、今シーズン初、生涯通算46回目の丹後半島一周が始まった。
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 9:45、ランドナーで京丹後市弥栄町の自宅を出発。まずは、竹野川の流れに沿って北上。国道482号線を避け、農道などクルマの少ない道をつないで行く。それにしても暑い。下半身は7分丈のズボン。上半身はTシャツの上に半袖シャツ。いつか脱ぐと思っていた半袖シャツを、走り出して30分で脱ぎ、もう着ることはなかった。はじめから着てくる必要はなかった。携行する飲料水は2L。ウーロン茶のペットボトルをフレームに装着。
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 京丹後市丹後町に入ると、小学校が賑やか。地域の運動会が行われている。祭りは京丹後市全域だが、運動会は旧町ごと。先ほど通過した集落の公民館には飾りつけを外した神輿が置かれていた。宵宮を含め2日間にわたる秋祭り、そして運動会と大忙しの3連休だ。
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 細かい藁が散乱した田んぼが見られる。先月の台風の爪あとだ。
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 竹野川河口付近にある道の駅「てんきてんき村」でトイレ休憩。予想通りグループにソロのサイクリストの姿が見える。すべてがロードレーサー。ここ数年でその数がかなり増えた。同じ自転車乗りとして共感できる部分もあるのだが、一方でランドナーに乗ったツーリストからすると、全く異なる種族のようにも感じられる。走るペースや距離も違うのだが、それ以前に走る目的からして違うようだ。インターネットのブログやSNSにも自転車関連の書き込みが多くみられるようになったのだが、参考になる情報が掲載されたものや、読みごたえのある内容のものが非常に少なくなった。食レポに例えれば、「こんなにたくさん食べた」「おいしかった」というだけ。後は、自撮りで自分や仲間の姿を映した写真が並べられている。別に否定するつもりはない。表現の自由である。だた、味が再現できるような食レポ(ツーリングレポート)に、私自身が勝手に魅力を感じているということだ。
 そのあとは、国道178号線で海岸線を東に向かう。海岸段丘へと昇る急坂の途中でも歓声が聞こえる。小学校としては数年前に閉校となったが、かつての校区ごとに開催される運動会の会場として使われている。
 海岸段丘へと昇ると、15台ほどのロードレーサーの団体とすれ違った。脇目もふらぬ高速走行。
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 海にそそり立つ一枚岩「屏風岩」を見下ろす。見ものなのはその岩だけでなく、その周囲の海の美しさだ。北に面した海は、冬は北西の風により荒れ狂うが、夏場は穏やかで、底の砂は白いので、美しく透き通った青色となる。これが見られるかどうで、値打ちが変わる。今日は、ばっちりだ。水平線の手前に、豪華客船が見える。舞鶴港に立ち寄るクルーズ船の一つなのだろうか。(後日の新聞記事によれば、まさにその通りだった)
 しかし、このあたり赤く枯れた松が目立つ。かつては屏風岩のてっぺんにも一本松が生えていたのだが、20年ちょっと前に枯れてしまい少し味気ない姿になってしまった。
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 定期観光バスが止まり、乗客に周囲を囲まれたので、そそくさと脱出する。犬ヶ崎トンネルを抜けると、丹後松島が見える。松島のような風景ということだが、点在するのは島というより岩で、それも陸繋島だ。
 宇川の河口まで降り、対岸へ上り返すがすぐに下ってまた橋を渡り海岸段丘へと上り返す。その間に運動会が行われている小学校グラウンド脇を通過。丹後町の4会場のうちの3つをはしごした、そばを通っただけだが、というわけだ。
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 スーパーマーケットでパンを買って、経ヶ岬方面へ。自衛隊の駐屯地、そしてXバンドレーダーの米軍基地を通過。それらは国道より海側にあるのだが、内陸方向の見上げる山の頂上には自衛隊のレーダーサイトが見える。
 そして、近畿最北の集落、袖志を通過。ここは丹後半島の北岸には珍しく海のすぐそばにある集落だ。国道を隔ててすぐに海。海岸段丘がなく、背後が山という低地に集落がある。穴文殊、そして自衛隊と米軍基地のある小さな岬が北西の季節風と波を少し防いでくれるようだが、防波堤とテトラポットの様子からも、厳しさはうかがい知れる。もちろん、今の時期を含め南よりの風が主体の夏場は穏やかな海である。
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 そして登りが始まる。近畿最北の今日が岬灯台への分岐を経て、経ヶ岬隋道(現地の表札には「白南風(しらばえ)隋道)を抜けると、青い海が広がる。カマヤ海岸だ。断崖の標高100m程のの位置に道路がつけられ絶景だ。左側通行で全体を通して海の景色を堪能でき、枝道の分岐も少ないのに加え、このカマヤ海岸を下り基調で快走でき海の上を飛ぶような気分が味わえるのが、時計回りの半島一周の魅力である。
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 観光客の自動車、オートバイは多いが、屏風岩の手前以来自転車は見ない。
 甲崎を越えて蒲入(かまにゅう)集落を見下ろす。北西の風と波を甲崎が防いでくれる蒲入は海に近い漁港の集落だ。2年前までは、ここからちょっとした峠だったが、トンネル開通により、カマヤ海岸から本庄浜まで下り基調でいける。
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 この後少し内陸部に入る国道を本庄宇治で左折、府道623号線に乗り換え本庄浜へ。筒川河口にかかる橋のたもとに、ソロサイクリストが佇む。自転車は、小径車だ。「こんにちは、BD-1でここを走るとはすごいですね」と声をかける。国道をそれたこの海沿い路線は、丹後半島一周の中でトップクラスの絶景ポイントと思っている。
 けれども国道一直線のサイクリストが多い。しつこく食レポにたとえれば、大味でたくさん食べられればいい、ということなのだろう。
 だから、この路線で出会うサイクリストには、親しみを感じてしまう。コース選びだけでなく、自転車にも独自の創意工夫が見られる。いまどき自転車といえばロードレーサーという中で、ブレないこだわりが見受けられる。お互いの自転車のオリジナルの変更点を述べあい、感心しあう。
 特に、ある工夫には驚かされた。他人のことなので具体的には書かないが。私の所有する折り畳み小径車でも考えたことだが結局断念したことに、そんな解決方法があったとは。ただし、正直に言ってそれはスマートな方法とは言い難く(すみません)、アイデアを真似ようとは思わないのだが、発想の転換というか、柔軟で自由な考え方には脱帽するばかり。既製品に頼るばかりでも、他人のアイデアを真似るばかりでなく、自分で作り出す姿勢が素晴らしい。
 また、20年近く前からGPSレシーバを導入し、高価な日本語モデルではなく底辺モデルを選び続け、国土地理院が公開しているデータをフリーソフトで変換して無料で地図を利用していることも同じ。さらに、インターネット以前にパソコン通信をしていたことまで共通していた。
 光ファイバーもADSLも普及する前の、今では考えられないほどの低速通信の頃、文字、つまり文章で書かれた情報が主体だった。パソコン通信は当然文字ばかりだし、インターネットも普及したての頃は写真等の画像はデータが重く読み込みに時間がかかるため、Webページには小さな写真が少しだけ張られ文字がぎっしり、というものだった。
 だから、当時のパソコン通信の自転車フォーラムには、読んでいると味がしてくるような食レポならぬ、自分が走っているような気分になるツーレポがたくさん上がっていた。
 ああ、まだこういう人が生き残っているんだな、ずっと話し続けていたい、という気持ちを振り切って別れを告げる。彼は、輪行で天橋立駅スタートで網野駅ゴール。つまり、私とは逆方向だ。
 さて、私は本庄浜の海水浴場に寄って、先程買ったパンを食べる。波打ち際で遊ぶ家族連れが遠巻きに見える。
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 食べ終わったら、厳しい坂道に挑む。まずは野室崎。出だしが特に急坂だ。フロントインナーよりも大きい超低速のローギアが組まれたリアスプロケットを装着しているので、とにかくゆっくり登る。夏の間緩くて短いコースしか走っていないので、穏やかに穏やかにペダルを回す。低速ギアのお陰で、標高差120mをノンストプで登り切った。青い海、冠島と沓島、若狭湾のリアス式海岸、青葉山、そしてこれから向かう新井崎(にいざき)が一望できる。
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 断崖に囲まれた入り江の泊へと下り、すぐに新井崎への登りとなる。標高差100m近くまで登ったら、道はいったん水平になり、やがて緩やかに新井の集落へ下る。そして、まただめを押すような登り。一つ一つは短いが、まさに登りの波状攻撃だ。
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 新井の漁港を見下ろしながら登り、小さな棚田の脇を行く。「新井の千枚田」だ。この府道623号線よりも、
大原集落へ向かう道を通れば千枚田の名前の通りのたくさんの棚田の景色を見ることができる。
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 標高130mのピークを越えたら、舟屋の集落に囲まれた伊根湾へと下って行く。私がまだ子どもだった30年余り前は静かな漁村だったのだが、その後注目を浴びるようになり、20年ちょっと前にNHKの朝の連続テレビ小説の舞台となり、さらにこの数年観光客を増やしている。元々は舟屋と母屋の間の中庭を連ねた通路を車道にした、狭い道に散策する人が行き交う。海外からの観光客もいる。また集落の途切れたところには大勢の釣り人。集落を迂回する道、そしてその道沿いに道の駅と大駐車場が設けられているため、狭い道を通るクルマは比較的少ない。観光客を避けながら、自転車を進める。
 伊根を抜け、宮津市の養老集落へ。集落に面した小さな浜がある。ここも美しい白砂の浜だ。
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 国道178号線に戻り、若狭湾を左に見ながら走る。こちらは南東に海が開け季節風の影響を受けないので波打ち際に集落が点在する。つまり、道は平坦だ。しかし、伊根と天橋立という二大観光地を結ぶ一本道なので、クルマが多い。ほとんど途切れない。5月の晴れの昼下がりには、内陸の気温上昇による対流により海風が背後から押してくれるのだが、今日は微風だ。そして、これまでのアップダウンのダメージで、脚がつり始めた。ああ、情けない。夏の間怠けたせいだが、根底には過労による体力の衰えがある。
 天橋立の北詰、府中に到着。いつもはこのまま最後の山越えに向かうのだが、今日は趣向を変えて、天橋立の松並木を渡って、京都丹後鉄道の駅のある文殊へ。歩いたりレンタサイクルに乗ったりして散策する人々に気をつけて進む。そして、シーサイド自転車道で阿蘇海をぐるりと回る。
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 この夏は天候不順で北海道ツーリングを断念した。近年北海道以外で、1日100km走ることはほとんどない。唯一のチャンスは、この丹後半島一周だ。でも普通に走れば80kmを少し超える程度。阿蘇海を回って少し距離を伸ばそうというわけだ。脚のつりをごまかしながら、ペダルを漕ぐ。
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 そして、与謝野町(旧岩滝町)男山から府道53号線へ。勾配は緩やかだが、このコースの最後にして最高地点へ向けての登りが始まる。当然脚つり祭りが始まる。何度も止って痛みを抑える。道路の両側を山に挟まれた狭い空は、いつしか曇天。予報通りの展開。もうここまでくれば構わない。青さの薄れた海はもう見えないのだ。
 延利(のぶとし)で一度緩やかに少し下ってから、久住(くすみ)へとまた緩やかに登る。気づけば頭上には再び青空が広がっていた。集落の中、コスモスなどの秋の花が鮮やかだ。天候に恵まれた一日だった。
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 旧大宮町と弥栄町の境が標高190mで本日の最高地点。その手前で2Lを飲み干した。数世帯の山間集落、堀越から待望の下り。これで、ペダルを漕がなくても貯めこんだポテンシャルエネルギーが家の2km手前まで連れて行ってくれる。
 等楽寺、外村(とのむら)を過ぎ、小さな登りを越えてゴール。これで88km。


 少し休んで、柿を収穫し、再び自転車にまたがる。今度はクロスバイク。お散歩コースを走ってこの日野トータルを100kmに乗せる。標高差50mに満たない小さな峠を2つ越えるコース。ここでも脚つり祭り。13km。
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 ついつい思い入れが余っていろいろ書いたけど、所詮私の方が異端分子。所有する8台の自転車にロードレーサーはなく、短文投稿サイトにつぶやきが行き交い、「インスタ映え」などいう言葉が流行るご時世に、サイズの小さな写真を貼り付けた長文記事を書いている時代錯誤人間。流行にあわせ、主流に乗れる人の方が、協調性もあり他者ともうまく付き合いまっとうな人生を歩めるんでしょうね。

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2017/10/07

中秋の名月から満月まで

10月4日中秋の名月
 天気が悪い日が多いが、この日は空模様に恵まれた。左側が少し欠けている。
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10月5日
 仕事帰りに天橋立から見る。栗田半島の上から、煌々と照らす。
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10月6日満月
 日中降り続いた雨も、夜には止み間も現れ、雲の切れ間から満月がのぞく。
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2017/10/03

今はもう秋

 前日の予報によれば9月30日の土曜日は晴れ予報で絶好の行楽日和。今シーズン未走の丹後半島一周を狙っていたが、翌日の日曜は舞鶴で仕事だし、同様の朝青空が覗いているものの雲が多めなのを理由に結局走らず。時間が経つほど快晴になり走り終えれば大満足となることはわかっていたのに。結局、半ば寝たきりの休日となってしまった。
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 10月1日の日曜は、朝7時にスーパーカブで家を出る。朝の天橋立は、誰もいない海。予想最高気温は27~28度とのことで防寒のアウターの下は半そでのシャツ。舞鶴までの1時間、途中霧が出ていた区間もあり、寒さに震えた。結局、その日の気温は25度未満。昼に仕事を追えて帰路に着く。アウターなしでは走れない。晴れ予報のはずが、現実は薄日の射す曇天。行楽シーズンだけあり、お昼の天橋立は観光客うじゃうじゃ。
 往路の途中、スーパーカブの前輪の空気圧が低いことに気付く。「パンクか!」と焦るが、さらに空気圧が下がることなく職場に到着。後輪は色々と気にかけているのだが、前輪はノーマークだった。確かにやや不安定だった。最近燃費が悪いような気がするのも、このせいだったかも知れない。溝が浅くなったりなくなったりして、交換しなければと思ってはいたのだが。
 家に帰ったら、早速タイヤ交換。もちろん、チューブとリムバンドも交換しておく。後輪と比べて、ホイールを外すのは簡単、と思ったらナットがかたい。結局、クルマのタイヤ交換のときに使う十字レンチを持ち出す。ほんの少し回すと、すぐ軽くなった。長いこと外していなかったので、固着していたようだ。携帯工具で対応しなければならない出先でのパンクがなくて良かった
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 ちなみに、前回前輪のタイヤを変えたのは6年前。その間26,000kmも走っていた。その時同時に交換した後輪タイヤは、以後2回も交換しているし、チェーン交換、スプロケット交換、パンクと、後輪は何度も着脱している。
 タイヤを外す時にはタイヤレバーが使えるのでいいが、問題はホイールにタイヤをはめる時。工具を使うと中のチューブを傷つけてしまう恐れがある。いつも苦労するのだが、今回スムーズにビードがリムに収まった。次もこのブランドのタイヤを買おう。タイヤ交換の所要時間は、30分ほど。だらだらやってこれなら結構早い(自分にしては)。
 ちなみに、スーパーカブ90には標準で、前輪も後輪と同じ太さ2.50インチのタイヤが装着されているのだが、間違えて2.25インチのタイヤを買ってしまった。自転車屋さんにきいたら、逆だと車体との干渉の可能性があるが、タイヤを細くする分には大きな問題はないという。安定感では太い方がいいだろうが、旧型を含め50ccのモデルや、現行の110ccモデルは前輪2.25。燃費向上の期待のほうが大きい。
 その後、自作自転車積載キャリアの調整をして、エンジンが冷めたので、今度はオイル交換。これも、少し前からの懸案だった。もちろんオイルの量だけは確認していたが。
 ドレンボルトを抜いて、劣化して真っ黒なオイルが出尽くすまでの間、自転車もいじる。ああ、色々片付いた。
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 まだ夕暮れまで間があるので、自転車にまたがる。稲刈りをしている田んぼがあった。周囲はもう一月前に借り入れを終えているのに。近くに酒蔵がある。酒米の田んぼかも知れない。日本海に出ると岩場に釣竿を持った人が点々と並んでいる。釣り人のいる海。
 自転車なら半そでに7部丈のズボンでちょうどいい。暑い夏場は、夕暮れ時に10km程走って満足していたが、この日は前日の晴天を無駄にした腹いせに、25kmほど走った。海沿いは冷え込みが緩いようで、ヒガンバナが結構残っていた。

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丹波の小さな分水嶺を越える(穴裏峠・榎峠)

 懐かしのコース再訪シリーズ。今回は1999年以来18年ぶり。福知山市街の西側、和久川に沿った国道429号線などで、兵庫県の丹波市青垣町へ行って戻ってくる周回コース。
 国道9号線の新庄交差点から、国道429号線へと分岐すると、ちょっと雰囲気が変わる。はじめは狭い道の両側に家が立ち並び、クルマの通行も多くて狭苦しい雰囲気だが、そのうち田園の中の開放的な風景となる。4kmほどで、国道429号線と府道109号線との分岐のある口榎原へ。このあたりにクルマを止めたいのだが、なかなか適した場所がない。田舎なのでどこにでも止められそうなのだが、民家のそばに止めるわけにはいかず、農道をふさぐわけにもいかず、店や施設の駐車場に勝手に止めるわけにもいかず、決断がつかない。18年前は、額塚集落の対岸の武神社にとめたのだが、周回からずいぶん外れているのであまりよくない。結局、談の集落を過ぎ、山間部へと入りかけた国道429号線の路肩に広めのスペースを見つけて駐車。自転車を下す。前後の車輪と泥除けをつけて出発準備。
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 まずはクルマで来た道を引き返す形で談へ。そして、下り基調で口榎原へ。川沿いに大きな木が立っている。その川の流れは、なぜか白く濁っている。これから向かう奥榎原方面からの支流榎原川の水が濁っているのだ。
 集落を抜け、信号のある交差点から府道109号線を南下。すぐに登りとなり口榎原を緩やかに見下ろす高台を通る。どうやらこれはバイパスで、もし次があるならば口榎原の集落の中を榎原川沿いに通ることにしよう。
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 口榎原を過ぎると、榎原川の谷が狭まってくる。そして、少し開けたら奥榎原集落。川の中で重機が動いている。これが水の濁りの原因だった。先の、台風18号の復旧作業かと思ったが、それ以前から行われている護岸工事のようだ。考えてみれば、台風からまだ半月も経っていない。応急処置はすぐに行われるが、本格的な復旧工事が行われるのは数か月後であるのが田舎の現実だ。2004年10月の台風23号では、榎原でも浸水被害が出たと聞いている。つまりこの榎原川が溢れたのだろう。台風被害を受けての護岸工事が12年経ってまだ完了していないということなのか、台風被害とは関係なく工事が行われているのかは定かではない。福知山の中心街が水に浸かる被害が出た由良川本流の堤防の工事でさえ、完了しないまま9年後の2013年の台風18号により再び大被害を受けている。この山間の榎原川は、順序が後回しになり今に至る、ということもあり得る話だ。
 すでに護岸が完成している区間もある。のっぺりしたコンクリートでなく、石垣風にデザインされてはいるが、それでもやはり自然の川とは異なり味気ない。もちろん、通りすがりの他人が住民の安全に口を出すわけにはいかない。
 集落を抜け、田園も見られなくなり、榎原川から離れ、山間部へと入っていく。センターラインがなくなり、勾配もまし、峠越えの雰囲気が高まってきた。ただしこの道は、それなりにクルマの通行がある。多い、というほどではないが、それなりに。左カーブに差し掛かったところで、クルマが追い越しをかけてきた。そこへ対向車。しかも、カーブを内回りしてくる。あわや正面衝突だ。特に西日本に多い、先の見通すことがのできない下手なドライバーの典型だ。18年前は、峠の手前で道路が崩落していて通行止。自転車なら通れる、と強行突破を試みたのだが、道路が完全に崩れ落ち、山側の側溝の、普段は土の中にあるはずの裏側が露出している状態。気に掴まりながら法面に足をかけ、宙ぶらりんの側溝を軌道の様にして自転車を引きずってクリアした。18年前のツーリングレポートを見れば、夏に何度か豪雨に襲われて、あちこち被害があったとのこと。その日は、通行止の開始つまり崩落から1週間あまりしか経過していなかったので、工事は始まっていなかった。麓の通行止の案内では諦めきれず、バリケードの手前までやってきてUターンしていくクルマは何台書いたものの、普段より交通量が少なかったことは間違いない。
 そのバリケードがあった豊富用水池入り口を通過。18年前の記録には「ロックフィルダム」とあるが、今回は確認に行かなかった。
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 もくもくと登り、用水池を見下ろすようになる。カーブが連続する、そこそこの急勾配だ。夏の間、平坦なルートしか走っていなかったので超低速ギアを使って切り抜ける。
 カシミール3Dの地名データベースによれば、穴裏峠の標高は333mとなっている。まだ100m登らねばならならいはずなのに、そんなに登ったら稜線に届いてしまいそう。トンネルで越えるはずなのに。
 カーブを越えるとトンネルがぽっかり口を開けていた。地名データベースの標高値は、トンネルではなく旧峠、つまり稜線の標高を示していたようだ。ちなみに、GPSレシーバやカシミール3Dを使い始めたのは16年前の2001年なので、18年前の走行ログはない。
 ちなみに、トンネルの表札には「穴の浦隧道」と記されている。国土地理院などの地図には「穴裏峠」で漢字が異なっている。いずれの漢字でも読みは「あなのうら」とのこと。
 耳を澄ませトンネル突入のタイミングをはかる。峠道は谷の中の九十九折れなので、エンジン音が聞こえてからでもクルマがトンネルに到達するまでまでは結構な道のりなのだ。
 クルマのエンジン音が聞こえないので突入。トンネルの長さは200m程。一気に駆け抜ける。
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 トンネルを抜けると、兵庫県丹波市。旧青垣町。この峠は、府県境であり、由良川水系から加古川水系へと分かれる中央分水界である。と言ってもすべては旧丹波の国の中のお話。また、丹波市の中でも、青垣町の東に位置する市島町は由良川水系である。日本列島の背骨といえる中央分水界を大胆にまたいだ自治体が存在するのは、今も昔もこの丹波地区くらいのものである。
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 青垣町の平野部へと向けて下る。いくつものカーブを経て、芦田川の流れる谷底へと下り、東芦田へ到達する。コスモスなどの秋の花の咲く、中山間地の集落だ。ヒガンバナはすでに残り花の状態。日本の脊梁にしては低いとはいえ、標高は100m余りで日本海沿いの丹後よりは冷え込みが強く、秋の花も早い。
 広々とした田園が広がる青垣町の中心の盆地へ。青空も広がり、開放的な風景だ。芦田川は加古川へと合流した。幹線の県道7号線を避け、農道を行く。十分な幅があり、まっすぐな走りやすい道のためたまにクルマが通るが、稲刈りを終えた田んぼに囲まれた静かな道である。
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 田園地帯から加古川沿いを走るようになる。道なりに行くとやがて県道7号線へと合流してしまうので、その手前で軌道修正。舞鶴自動車道の下をくぐり、加古川の支流、遠坂川沿いの道を行く。土手にはヒガンバナが群生し、川の中にサギが佇む。午後も遅くなり、日が傾いてきた。夕暮れまではまだ時間があるが、秋の日は低い。
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 国道427号線と分かれ、単独区間となったばかりの国道429号線に突き当たった。これを右折し、榎峠を目指す。左前方にはパラグライダーの練習用斜面が見える。振り返れば岩屋山。アンテナを頂く車道が通じた山で、標高700mからパラグライダーがテイクオフする。
 しばらくはセンターラインのある普通の田舎道だが、平野集落(中佐治の小字)にかかると国道429号線はその本性を見せる。左に分岐する道に対して「←福知山」と大きな案内板に記してあるが、集落の中心に直進する道と比べて信じられないほど細い。いわゆる狭隘道路の酷道なのだ。いきなり集落の中のヘアピンカーブ。離合困難、大型車通行不能。
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 小さな集落を抜けると、薄暗い杉の植林の中へ。道は曲がりくねる。クルマは皆無と言っていい。実際、福知山側の集落手前で一台であっただけだった。ただし、近くを舞鶴自動車道が通っているので、音だけは聞こえる。「声はすれども姿は見えず」というやつだ。展望こそないが、勾配も適度で、のんびりと走れるいい峠だ。
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 標高290mほどにある切通しが榎峠。こちらも不県境で中央分水界。
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 さあ京都府側の下りだ。傾斜地にある法用集落を抜けると、駐車ポイントはもうすぐ。
2017年9月下旬、14:40~16:55、約28km

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2017/10/02

丹波三岳山南麓周回

 昨年の晩秋には17年ぶりのコースを走った。綾部市を起点とし、長宮峠とその西の峠を越えて旧三和町や福知山を周回した。また今年も久しぶりのコースを走ってみる。
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 福知山のJR山陰本線上川口駅の北、牧川の対岸から国道426号線を少し北上したところの路肩の広いスペースにクルマを止めて、自転車を下す。ランドナーに前後輪と泥除けを装着し準備完了。まずは国道から南東方向に分岐する道へ。小さな峠を越えて夷集落を通過、府道528号線へ突き当ったら左折、北上。下大内、上大内と中山間地の集落を見送り植林へと入り、またも小さな峠を越えて大呂へ。どん突きを左折。谷に点在する集落を縫って北東へ。進むにしたがって、両側の山が迫り谷が深くなっていく。中村(国土地理院の地図に記載されている集落名、「大呂」あるいは「喜多」の小字か)までは、センターラインのある立派な道が続いているが、その先1~1.5車線のやや細い道となる。同時に、上り勾配も増す。
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 このコースを走ったのは17年前の2000年9月。そのときは、熊野神社の分岐を左折、西進したが、今回はさらに北上を続ける。しばらくは集落もなく、かといって山林の中の区間はそんなに続かず、道路の周囲には明らかに整地された平らな土地がみられる。休耕田と思われるものもあるが、中にはおそらく家などの建物が建っていたのだろうという広場もある。
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 道が大きくうねり、見安(国土地理院の地図に記載されている集落名、「上野条」の小字か)に至る。広々とした棚田の中に家々が点在する斜面集落だ。そびえる山の斜面から木造の家屋が見下ろしている。
 棚田の中をうねうねと蛇行して登り、等高線に沿った道へと突き当たる。これを右折してすぐに御勝八幡宮。で、そのすぐ先が峠になっている。丁字路から峠までは100mもなく、峠のすぐ先は上野条集落。
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 上野条集落も斜面に家々が点在している。見安は集落の下を道が通っていたが、こちらは両側に家々があり、見下ろすアングルも楽しめる。また、底の見えない谷を隔てて、大江山連峰の最高峰、千丈ヶ嶽が見える。今いる上野条は、大江山に対峙する三岳山の中腹だが、その三岳山の山頂は見えない。
 そのまま進んでいくと、国道176号線の坂浦トンネルの南の下野条へいく。幹線国道は走りたくないので、すぐに峠に引き返す。そして、御勝八幡宮に参拝。
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 先ほど上ってきた道を左に見送って、丁字路を直進。ほぼ等高線に沿った道を南下する。大字は「上野条」から「喜多」となったようだ。集落のはずれに、ログハウスがある。別荘かもしれない。
 熊野神社の分岐からの道を合わせ、徐々に道は下り始める。戸倉も傾斜地の集落。激しく下っていく。いつしか谷底に下り、さらに佐々木の谷へと合流する。この谷は、国道426号線が通る。国道176号線ほどではないにせよ、こちらもクルマが多い道なので、佐々木川の左岸、つまり国道の対岸の集落をつなぐ道を南下する。
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 夕暮れの里を行く。秋らしくなってきた。日尾野集落の手前に橋を渡って国道へ。そのまま左岸を進んだほうが静かに走れるのだが、日尾は少し川から離れている。河岸段丘へと登らされることを避けた。帰宅してから詳しい地図を見ると上流側からならば、大した登りはなかった。次があるならこちらを通ろう。
 下り基調の国道を飛ばす。すぐにクルマを止めたポイントに到着。
2017年9月中旬、16:20~18:15、約19km

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2017/09/06

小径車輪行で桂川自転車道

 JR山陰本線吉富駅から折り畳み小径車を輪行。座席はがらがらだが、輪行袋があるのでドア横の補助シートに陣取る。亀岡からは徐々に乗客が増し、嵯峨嵐山で観光客がどっと乗り込んでくる。座席はほぼ満員。建っている人もいる。
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 丹波口駅で下車。五条通り(国道9号線)を少し東に走ってから七条通りに南下し、あらかじめ調べていた店で「まぜそば」を食す。五条や七条の通りには、車道と歩道の間に自転車レーンができていた。1m強の幅のレーンにセンターラインが引かれ、左側通行を促す矢印が描かれている。これなら正面衝突の危険を減らすことができそうだ。またバス停では、車道、待合所、自転車レーン、歩道の順で区分けされているので、バス待ちの客が通行の支障になることはない。
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 ただし、自転車レーンにも交差点では落差1cm弱の段差がある。また、レーンの幅が狭いので高齢者や女性等、車幅感覚に不安があったり、ふらつかずまっすぐ走る自信がなかったりする人は、対抗自転車が来ると歩道に逃げている。
 食後は、桂川自転車道を目指し、七条通をひたすら西へ。自転車レーンはすぐに消滅し、歩道はアーケード付きになり商店が立ち並んで、それなりに歩行者がいる。車道には駐車車両が多く、自転車では走りにくい区間だ。そんな道を地元民のまたがる自転車が勢いよく進んで行く。その自転車の後をつける。サイクリストは前期高齢者と見られる男性、自転車はスポーツサイクルではないが、なかなかのスピードで歩道を進んで行く。そのサイクリストがコースアウトすると、別のサイクリストに切り込み隊長を交代してもらう。先程と同じような年齢で、やはりスポーツサイクルではない。しかしこちらは、車道を行く。その分さらにハイスピード。
 やがて切り込み隊長はいなくなったが、道路も片側2車線から片側1車線に変わった。地図を見ず、道な利に走っていたら、いつしか西から北西へと向きをかえ、桂川に沿うように走っていた。西京極運動公園を時計回りに回り込む形だ。
 大きな通りに突き当たった。五条通り(国道9号線)だ。その、桂川を渡る橋の東詰めなので、そこから自転車道へと入る。
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 桂川の左岸を南下して行く。堤防の上から畑の広がる河川敷へと降りる。桂川自転車道は3年ぶり。その時は台風による洪水の痕跡が生々しかったが、今はもう跡形もない。
 クルマのストレスから開放された。その代わり、自転車の通行が以前より増えている。自転車を止めて写真を撮っていると、その脇をハイスピードで自転車がすり抜けて行く。また、折り畳み小径車と比べロードレーサー、クロスバイクはスピードが速く、どんどん追い越される。スポーツサイクル以外も。七条通りの切り込み隊長達のような年配のサイクリスト。
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 阪急電車の鉄橋をくぐり、桂大橋をくぐり、さらにはJR東海道本線と東海道新幹線をくぐる。気温は30度近くまで上がっているようだが、湿度が低く肌はさらさらとしている。汗をかいていないわけではなく、自転車を止めるとうっすら汗がにじんでくる。汗腺を出たらすぐに汗が蒸発し、気化熱で効率よく体温を下げているので熱さを感じにくい。しかし、体から水分が奪われているので、脱水に気をつけねばならないが、飲料水の持ち合わせが残り少ない。まあ、買えばいいのだが。
 久世橋をくぐり、名神高速道路の桂川橋をくぐり、久我橋の東詰めまで来たら、いったん桂川を離れ、東側の鴨川へ。鴨川左岸を行く。すぐに鴨川は桂川に合流。羽束師橋を渡る。この橋は2層構造となっており、上階はクルマの専用。下を自転車や原付自転車が通行する。自転車道と分かれて桂川右岸へ。
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 右岸の堤防の上は車道だが、すぐに車止めがあり、車道は堤防を降りる。車止めの向こうは遊歩道だが自転車の通行も規制されていない。左に桂川、右に運転免許試験場を見下ろす。3年前には、運転免許の更新のため、嵯峨嵐山駅から桂川自転車道を通ってここまで走った。今日は、さらに先の道の区間へと轍をつける。
 対岸の自転車道よりもやや道幅が狭く、両側から草が覆うように茂っているので、さらに狭く感じる。ただし、ジョギングの人がごくたまにいる程度で、自転車は私のみ。安心して走ることができる。
 しかしそれもつかの間、車道へと合流してしまった。交通量はさほど多くないが道幅は狭く、路側帯のない路肩の脇は急な土手。スリリングな走行となってしまった。
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 淀の競馬場に近い宮前橋をくぐり、しばらく行くと河川敷に降りていく未舗装の道を発見。そちらへエスケープ。ダート、そして細い支流を渡るのは鉄板を敷いた仮設橋のようなもの。災害時などの緊急車両の通行のための道、というようなことだったかも知れない。出入り口はゲートがしまっているので、クルマが通らず安心だ。いつしか、京都市を出て大山崎町となる。
 しばらく行くと、淀川河川公園に出た。京滋バイパスをくぐり、舗装された河川敷の遊歩道を行く。巨大な物流センターの建物を過ぎると、交通量の多い国道171号線が堤防の上に見えてきた。阪急の大山崎駅をゴールとしよう。3年前のこの時期に、大阪市内から淀川沿い(堤防や河川敷の遊歩道)を遡って大山崎駅まで走った。これで、京都と大阪の間、自転車の轍をつないだことになる。思えば、その年も天候不順の夏だった。遠征をしないで夏を終えるのが物足りない。日帰りでも、日ごろ生活している田舎とは別世界、そして輪行。非日常を堪能できるのだ。
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 国道171号線を渡り、阪急大山崎駅の前で輪行袋に自転車を納める。JR山陰線の吉富駅に戻ることを思えば、JR東海道本線の山崎駅から乗車した方がいいという考え方もあるが、自転車を輪行することを思って阪急を選択。理由の一つは、列車の混雑。もう一つは、京都駅での乗り換え。大きな駅での乗り換えは、移動距離が長い。特に山陰線ホームは離れている。しかも、京都駅は混雑している。
 というわけでロングシートの端に輪行袋を携えて座る。桂駅で乗り換え嵐山駅へ。
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 夕暮れの嵐山は、ほどよい気温。桂川を吹き渡る風が心地よい。浴衣姿の女性が涼しげだ。
 JR嵯峨嵐山駅までは渡月橋を経由して1.6kmほどあるので、自転車で移動。
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 今回は輪行を少し工夫してみた。折り畳み自転車といっても、折り畳みでないMTBやクロスバイク、ロードーレーサーなどと輪行の手間は変わらない。スポーツサイクルの前後の車輪を外すのにも装着するのにも、工具不要で1~2分でできる。泥よけの付いたランドナーでも、工夫をすれば1分上乗せ程度で済む。
 そうした自転車の折り畳みや分解よりも、輪行袋の中に収めることの方が手間なのである。
 そこで今回は、上を向けた袋の口から自転車を入れるのでなく、自転車の上に袋をかぶせる方式とした。これなら自転車を持ち上げる必要もなく手軽だ。さらに、運搬するにも持ち上げずに車輪とキャスターで転がしていくことができるような試行錯誤を行っている最中。今回は間に合わなかった。
 嵯峨嵐山駅に到着した列車は混雑していたが、かなりの乗客が下車。想定したとおりだ。ただし、座れるわけではなく、出入り口付近に輪行袋を携えて立つ。亀岡駅でさらに乗客が減り、補助シートを利用してよい、という車内放送。補助シートに腰掛け吉富駅へ。

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2017/08/31

猛暑と冷夏が混在していた

 一言で表せば、蒸し暑い夏だった。豊岡、舞鶴、宮津など近畿北部のアメダスでは、最高気温が35度以上の猛暑日は5日程でさほど多いわけではなかった。もちろんその数日は暑くてたまらなかったが。ところが、最低気温が25度以上の熱帯夜もやはり5日程度。これはやや多い。寝苦しい夜が多かった。
 そして、天気が悪かった。夏といえば、10日以上も雨が降らない日が続くことも珍しくないのに、この夏は雨がよく振った。そして晴れは少なく、曇り空が多かった。そのせいで、湿度が高く気温のわりに暑さが厳しく感じられた。
 その一方で、8月中旬の盆休みは涼しかった。台風5号の上陸のあと、前線(梅雨前線、秋雨前線)が南下し雨が続いた。気温も低めとなり、最高気温が30度に届かない日、さらには8月15日は最高気温が25度前後。つまり、猛暑日・真夏日どころか、夏日にもならない地点があった。
 思えば、盆の涼しさがあったから、8月下旬の厳しい残暑にまだ余裕をもって耐えることができた。暑さの中休みがなく、猛暑日が延々続いた2010年と比べれば楽だったと思えてしまう。
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 盆の花火は妙に静寂。前日は大雨や洪水の警報が発令されたが、この花火の日は穏やか。夜風が心地よかった。


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 大雨や洪水の警報が何度も出た。1日のうちに2度発令されることも、2回あった。

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 この夏は、結局どこにも遠征に行かなかった。北海道、信州と行きたいところはあるのだが、自転車で走るのは晴天の下でないと嫌だ。雨のなか走りたくない。苦労して峠に登ったのに霧で景色が見えないのも御免だ。また、自転車以外、つまりクルマや列車やバスの旅をする気にもならない。理想が高い、というか、結局わがままなんだね。

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2017/07/21

5年ぶりの桂川木津川自転車道

 前の記事の通り、折り畳み小径車の補修パーツを受け取るために大阪を訪れた。その時は所要もあったためクルマを石清水八幡宮の近くの八幡市営駐車場に入れて、京阪電車で大阪の北浜駅まで往復した。
 大阪滞在30分で八幡に戻り、せっかくなのでクルマに積んでいたクロスバイクで流れ橋(上津屋橋)までピストン。夕暮れ時で、少し涼しくなって走りやすい。
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 桂川・木津川・宇治川の合流し、桜の名所でもある背割堤の近くには、「さくらであい館」という施設ができていて(この春オープン)て、展望台や特産品の販売コーナーなどがあり、そして自転車スタンドも設置され、周囲にはサイクリストがたくさん休憩していた。自転車道には暑い真っ昼間からたくさんの自転車が行き交い、しまなみ海道や琵琶湖沿岸のような雰囲気。以前よりも自転車が増えた感じ。
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折り畳み小径車の復活とリアディレイラーなどの交換

 スーパーカブをトランスポーターとする折り畳み小径車、DAHON「Mu-M8」にも、いろいろあった。
 フレームを2つに折り畳むヒンジ部分の構成パーツの一部が外れ、紛失。フレームを伸ばした状態、つまり走行時の状態に固定できなくなってしまった。走れないのだ。
 DAHONの公式サイトを見たが、この部分は補修パーツとして商品化されていない。小径車を買った自転車店「BULLDOG」に相談を持ちかけるが、どうも難しそうで断られてしまう。8年も前のモデルなので、もうパーツがないんじゃないか、とのこと。
 ネットで検索した結果、その部分のパーツの詳細を掲載している個人のWebサイトがあった。紛失したパーツは2個。ひとつは、切り替えレバーのシャフトで、これはホイールのクイックリリースシャフトで代用できそう。しかし、もうひとつの円柱型のパーツはどうも代用品を仕立てるのは困難。
 同じようなものを準備するのが無理でも、何とか工夫してフレームを固定できないかと試行錯誤。小さなカラビナを使って固定することに成功。
 試しに12kmほど走ってみた。結果的には問題なく走れたが、ただ耐久性が問題。複雑なので具体的に説明できないが、本来は面で受けるはずの力が、線状の狭い範囲に集中する形になり、いずれパーツが破損するのではないかという不安が生じる。そのパーツが壊れたら、もうどうしようもない。
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 ああ、小さなパーツ2個のために廃車ということか。そんなムードが漂う中、大阪に出向いたついでに、中央区北浜の小径車とリカンベントの専門店「ローロサイクルワークス」に立ち寄る。ここは8年前、折り畳み小径車の実物を見に訪れて以来だ。本体は「BULLDOG」で購入するつもりなので、その時は輪行袋だけを買った。
 実は「Mu-M8」が廃車になることを想定して、次のモデルを検討している時に、車体はモデルチェンジしてもヒンジ部分はずっと同じパーツが使われていることが判明した。
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 結果的には、「メーカー(正確には輸入代理店か)に在庫があれば取り寄せできる」とのこと。店員曰く、「このパーツではないけれど、同じようなものを取り寄せたことがある」と自信たっぷり。さすがは専門店だ。ちなみに、DAHONのラインナップにもフレームの形状などにより、折り畳み部分にもいくつか種類がある。「Mu-M8」のものは、「Vクランプ・フレーム・ヒンジ」と名付けられ、最も強力で、上位モデルにも使われているタイプ。
 数日後、在庫が確認できたとの連絡があり、正式に注文。店を訪れてから1週間後には品物が店に届いたとの連絡があった。さらに1週間後、店を訪れてパーツを受け取る。手に入りにくいパーツであるため、今回破損した「Vクランプ・フレーム・ヒンジ」は2セット、そして折り畳み式のハンドルポストのスペアも、前回店を訪れた翌日に追加していた。あわせて18,000円余りの買い物となり、8年前の恩返しができた。
 というわけで、無事紛失したパーツを交換することができ、「Mu-M8」は復活した。折り畳みの仕組みもよく分かった。
 ところで、「ローロサイクルワークス」を訪れる前、DAHONの現行モデルを物色していた時に気づいたのは、リアディレイラーがShimanoのものになっていることだ。「Mu-M8」には「Dahon Neos 2.0」という聞いたことのないリアディレイラーがついていた(SUNTOUR云々という話も聞かれる)。
 というわけで、リアディレイラーをShimano製のものに交換することにした。「Mu-M8」は2013年くらいに「Mu-M9」というモデルに代わり、その後廃止となっているようだ。M8からM9への名称の変更は、変速の段数が8sから9sへと変わったことによるらしい。
 ただし、これを機に手元の「Mu-M8」も9sに変更しようとは思わない。私の所有の自転車は、ほとんどがリア7s(ランドナー2台)または8s(MTB、クロスバイク)。リアディレイラーは、7/8s共通なので、ALIVIOやACERAを数台在庫している。7/8sのALIVIOはもう生産されていないかも知れない。
 スプロケットカセットやシフター(シフトレバー)も、8sの3台で共有できる。
 ディレイラーに伴い、シフターも交換だ。8sのシフターは在庫が一台あるが、念のため新しいものを注文する。これから手に入りにくくなることは明白だ。
 ところで、リアディレイラー「Neos 2.0」は珍しいローノーマル。トップノーマルのACERAとは、変速ワイヤーの入り方が違う。フロント側から入るNeosの方が短い。インナーワイヤーはシフターについているのだが、アウターワイヤーも長いものにかえる必要があった。逆なら切って使えたんだけどね。また、元々付いていたのはSRUMのグリップシフトのため、ハンドルグリップも交換した。
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 さあ、パーツがそろっていよいよ交換作業となったわけだが、新しいリアディレイラーがなかなか付かず、フレームのねじ山を潰してしまった!せっかくヒンジを復活させたのに、これで廃車なのか!?
 ところで、リアエンドにディレイラーハンガーのようなプレートが付いているのだが、何のためのものなのかわかっていなかった。調べてみると、Shimano等のリアディレイラーを装着するには、そのプレートを外しディレイラーハンガーを付けるのだそうだ。ねじ山をつぶした穴は使わなくても良かったのだ。
 ディレイラーハンガーは、MTB(TREK6500)用のものを使う。ちょうど、使い古しのものがある。変速がうまくいかなくなって交換したのだが、不具合の原因はディレイラー本体の変形によるものだった、というわけでいい状態のものだ。ただし、形は合わない。だから、草刈機(刈払い機)の刃を研ぐグラインダーで削って形を整える。
 この作業が思いの外、難航した。削ること自体はなんでもないのだが、20秒も削ると摩擦熱で持っていられなくなる。冷めるのに数分待たなければならず、作業効率が非常に悪かった。
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 リアディレイラーのキャパシティが大きくなったので、スプロケットカセットを、ローが32Tから34Tのものに変更。ちなみに、MTBのスプロケットカセットと交換した。チェーンも交換しようかと思ったが、トップギアで2つのプーリーが垂直に並ぶジャストサイズなので変えなかったが、ローギアだと余裕がない感じ。フロントのチェーンホイールは1枚なので、この状態で走らねばらならい。近いうちにチェーンも交換すべきだろうからそのときは2コマ分長くした方がいいかもしれない。
 ところで、フロントのチェーンホイールの話だが、DAHONのラインナップの中で高級モデルにはインナーギアが付き、アウター53T、インナー39Tといった構成になっている。「Mu-M8」の一つ下のグレードである「HORIZO(ホライゾ)」の現行モデルには、標準ではついていないものの、フレームにはフロントディレイラーの直付け用の台座があるなど増設できる状態となっている。うっかり購入を決めてしまいそうになるほどの魅力だ。
 さて、リアディレイラーをACELAに交換してみると、ずいぶん変速機が大きくなった感じがする。Neosがコンパクトだったと言うことだ。メリットは前述の通りだが、デメリットもある。一つは、何かに当たって破損する可能性が大きくなること。MTBのように切り株や段差の間をすり抜ける様な使い方はしないけど、街中の歩道の段差のような出っ張りに注意しないといけない(果たしていちいち注意できるだろうか)。また、位置が低くなるということは、路面から舞い上がった砂ぼこりを吸着しやすい。この自転車は通勤で天橋立の松並木、((つまり砂嘴のフラットダート)を走るので、Neosは油で粘土のようになった砂だらけ。特に先端のプーリーは粘土でコーティングされたような状態だった。まめなお掃除が必要だ(果たしてできるか)。
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 いろいろあったが、何とかすべて交換完了。12kmのコースを走ってみたが、変速はすこぶる調子がいい。すべての段にきっちりとチェーンがかかる。このコースには二つの小さな峠があるが、ローギアが2T軽くなったのだが、あんまり実感はわかない。蒸し暑い中でノンストップで何とかこなせたので、まあ効果はあったのかも知れない。
 復活まで、ひと月を要し、季節が変わってしまった。ああ蒸し暑い。
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 後日談だが、ディレイラーハンガーは、汎用タイプのものが合うようで、それもネットで注文。なんと最も安いもので170円。普通でも1,000円未満。もう削らなくても良さそうだ。ちなみに、私が所有しているMTBやクロスバイクのディレイラーハンガーは、それぞれ2,300円ほどする。ディレイラー本体(2,000円弱)よりも高いのだ。
 さらに後日。170円の汎用タイプのディレイラーハンガーが届いた。フレームのリアエンドについていたプレートと比較すると、上半身は全く同じ。これにリアディレイラーを装着する下半身がついている。全部のディレイラーハンガーがこれに統一されたらいいのに。
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スーパーカブのリアキャリア交換

 年末に交換したロングキャリアは、半年しか持たなかった。枠のパイプと天板の溶接部分が外れてしまった。自転車とリアボックスを積んで過酷な使い方をしているのだから仕方ない。でも壊れてしまってから見てみると純正と比べると作りが弱弱しい。キャリアごと荷物が落ちるようなことはないが、走行中は重い荷物が揺れて不安定だった。
 今回は、まず純正のキャリアに戻す。そして、その輪郭を広げるようにオーバーキャリアを装着。純正キャリアにブラスアルファする、という形式は昨年まで7年間使用したものと大筋同じパターンだが、華奢な前々回のものと比べ、今回のオーバーキャリアは頑丈そうにみえる。というのは希望的観測だろうか。
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2017/05/31

伊由峠を越え朝来山麓一周

 伊由峠の存在を知ったのは、春先のことだった。平野部の雪はほぼ解けたものの、山間部の道はまだ雪に閉ざされている時期。同じようなところばかり走っていても面白くないので、竹田城のある朝来市まで南下してきた。竹田城の麓の駐車場にクルマを止め、自転車でふらふらと走っていて、たまたまそういう道があることを知った。
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 2ヵ月半前と同じように、竹田城の麓の駐車場にクルマを止め、円山川沿いを自転車で走る。右岸(東側)には幹線の国道312号線がありクルマはそちらに集中する。左岸の県道、あるいは堤防の上の道、そして田んぼの中の農道など、自転車で静かに走れる道がより取り見取り。
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 実は、春先以来、何度もここを走っている。随分と日差しが強くなり、緑が輝いている。また、出で立ちも、上半身にウィンドブレーカー代わりの合羽着用から、半そでシャツに七分丈のズボンへと変化している。
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 円山川左岸を4kmほど南下したところで橋を渡って、東側の支流、伊由谷川を遡る。竹田城の絶好の展望所、立雲峡がその中腹にある、朝来山の南の谷だ。支流の最も下の集落、沢からは竹田城と朝来山が相対峙する姿を見ることができる。そして正面には青倉山。この辺りの地理にも、随分詳しくなった。
 初めて来た時は、最奥の集落、川上で行き止まりかと思っていた。ところが、さらに道が延びていた。それが伊由峠だった。ただし、法面の工事のため3月下旬まで全面通行止、バリケードで閉ざされていた。また、川上集落の中から分岐する道は、青倉神社を経由し、多々良木ダムや黒川温泉へと越えられるようだ。もちろん、その時はまだ雪に閉ざされていたはずだ。ということで、その日はそこで引き返した。
 4月中旬、伊由峠の通行止解除を見計らって川上を再訪。しかしバリケードは閉ざされたままで、なんと通行止期間が5月下旬まで延長されている。この冬は雪が多くて工事ができなかったのかも知れない。では、青倉神社の道はどうか。さすがにもう雪解けしているだろうと思われるが、伊由峠よりもかなり険しい登りだ。結局気持ちが乗らず、すごすごと引き返した。
 4月下旬に、今度は予め気合を入れてきて、青倉神社を越えて多々良木へと走った。
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 そして、それからひと月。一連の伊由谷訪問に決着をつける日がやってきた。バリケードは開いているもののなぜか撤去されていない。特に通行止の看板は立っていないから、通れるのだろう。実は、不安で自転車で走り出す前にクルマで下見に来ている。それも両側のバリケードを。
 川上までは県道526号線で、集落奥からは「林道山東・朝来線」となる。開通からまだ20年未満の比較的新しいため、センターラインこそ引かれていないものの、クルマの離合ができる道幅で、勾配も10パーセント程度の舗装道路だ。
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緑の中を登っていくと、ヘアピンカーブが2つ。そして峠のトンネルへ。標高約376m。切り通しでも良さそうな感じだ。トンネルの開通は1999年とのこと。
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 トンネルを抜けると正面に粟鹿山が見えた。山東町与布土へ向けて下る。はるか底に砂防ダムの見えるやや深い谷があり、少し山深い感じがするが、すぐに水田が現れる。そして、開かれたバリケードを越えると、県道276号線へと突き当たる。
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 アプローチの道中こちら側を偵察に来ら、この県道の与布土川上流方面が工事中で、さらに県道の開かれてはいるが撤去されていないバリケードも気になって、結局朝来の伊由谷川も偵察することとなったのだ。
 17時を過ぎて、工事関係の車両がいなくなっていた。左折して与布土川の流れと共に与布土集落へと下る。ちなみに、工事が行われている上流側にもまだちょっとした集落があるようだ。
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 すぐに田んぼが広がる。与布土温泉を過ぎてすぐに県道277号線に突き当たり左折。朝来山を左に見て進む。
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 緩い登りを越えたら、正面に竹田城を見ながら一気に下る。立雲峡への上り口を過ぎ、円山川を渡り、山城の麓の駐車場へ。朝来山の山麓を反時計回りに一周した。
5月下旬、16:34~18:06、約17.8km、標高101~376m

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2017/05/24

森の京都丹波「峠と河岸段丘を行く」

 昨年(2016年)の晩秋、京都市内の「アイズバイシクル」主催のツーリングに参加した時に走った奥山峠。旧和知町(京丹波町)と旧三和町(福知山市)を結ぶものだが、比較的新しく開通(1997年発行のロードマップには掲載されていない)したもので、その存在を知らなかった。その峠を、今度は単独でじっくり味わってみたい。アイズのツーリングは輪行を含んだ企画だったが、今度は周回コースとしたい。やはり、昨年の晩秋に走った長宮峠を組み合わせることにした。綾部市の郊外を基点とし反時計回りに回れば、奥山峠も長宮峠もかつて越えたときと逆方向で走ることができる。
 綾部市外から少し由良川を遡り、左岸(JR山陰本線のある南岸)の河岸段丘の府道450号線の、路肩の広場にクルマを止めて自転車を組む。
 まずは、綾部市街に向かって西に進む。交通量の多い国道27号線は対岸。こちらはクルマが少ないのどかな道だ。列車の中から何度も見た景色だが、こうやって自転車で走るのは初めて。
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 国道173号線の新綾部大橋をくぐると、住宅街に入る。正暦寺という立派な構えのお寺があり、それが寺町という集落名の由来だろうか。
 川の畔の集落の狭い道から、クルマの通れない細い踏切を越える。長宮峠のある西に向かうのだが、突如、目前に恐るべき急勾配の登り坂が立ちはだかる。ヘアピンに近い急カーブを曲がった先にあるので、まさに突如現る、という表現が当てはまる。ほんの30~40m程だが、いきなりその見た目で心を折られる急勾配。20パーセントを越えていることは間違いない。つい先日の、三田の黒川渓谷や今日この後挑む長宮峠にも急勾配の区間があるが、それは20パーセント未満。明らかに格が違う。小樽の励ましの坂、天橋立の成相寺へのアプローチ、朝来市の多々良ダムから青倉神社へ道、などに匹敵する勾配だ。あいにく今日はロー32Tの激坂用スプロケットを装着していない。前述の立地条件から、助走をつけることもできない。あっさり観念し、押して登る。
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 その坂のすぐ脇、ヘアピンカーブに囲まれた土地には民家があり、その住人が外で作業をしていたので写真を撮るのははばかられた。変わりに、Googleストリートビューの画像を掲載する。ほんの30~40mで2階建ての家の屋根の上の高さ(10mくらいか)まで登るのだから、やはり20パーセントを越えていることは間違いない。
 その坂を登ったところが、桜ヶ丘公園。住宅街の入り組んだ細い道を、GPSレシーバーを頼りに長宮峠の麓の田野町へ向かう。峠に向け南に進路をとると、のどかな田園風景となる。しかし、暑い。まだ5月というのに真夏日が続いている。
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 集落を抜け山間部へと入って行く。道は細く急な登りとなって行く。林間のため日差しがさえぎられるのがありがたい。ウグイスの声とセミの声が聞こえる。大型連休明けの5月8日に今年初めてセミの声を聞いた。この時期はまだ成虫は少ないようで、大合唱ならぬ独唱。だから、数十秒鳴いた後に数分のインターバルを経て再び鳴く、というパターン。この時期、成虫の個体が少ないということは、異性に巡り会い生殖する機会も少ないのだろう。
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 さあ、いよいよ長宮峠の核心、急勾配の区間へ。やはり15パーセントは越えているようで、つい先日の三田の黒川渓谷の勾配を上回っているかもしれない。でも、先程の寺町の住宅街の坂の比ではない。何度も休んだが、28Tのローギアで十分ペダルを回すことができる。この辺りの峠の名物「路面に生えたコケ」は、ここ数日の乾燥した晴天のせいで勢いを失っている。あまり存在感がない感じだ。
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 急坂にあえぎながらも長宮峠に到着。標高297m。スタートから250m程しか登っていないが、それ以上にきつく感じる。峠は、北側の綾部側に少し展望が開ける。一番奥にうっすら見える山は、大江山連峰だろうか、それとも由良ヶ岳だろうか。帰宅後確認したら由良ヶ岳だった。
 福知山市三和町に向けて一気に下る。今日は、長宮峠区間で3台ものクルマに出会った。いずれも軽トラックだった。過去2回ここを走っているが、クルマに出会った記憶はない。一応長宮峠も府道709号線だ。
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 標高115mまで降りてきた。上川合で府道59号線へ突き当たり、左折。こちらは、たまにクルマが通る。日差しがきつい。
 少し国道173号線を走らねばならない。クルマ、それも大型車が通る。大原で再び府道59号線。大原神社を過ぎ、奥山峠への登りが始まる。
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 いくつかの小さな集落を越えていく。標高390mと長宮峠よりも高いが、上り出しの標高も高いし、勾配は長宮峠ほどではない。この奥山峠再訪がメインテーマだったが、走ってみての印象は長宮峠のほうが強い。
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 その奥山峠は、由良川の雲海が見物だが、この時期のしかもこんな真昼間に雲海が見えるはずもない。
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 さあ、和知に向けて下ろう。和知側の方が急勾配の区間がある。
 京都縦貫道の高架が見えたら、由良川が近い。そして左岸の河岸段丘を行く。由良川の流れに沿って緩やかな下り基調のアップダウンだ。コースの終盤はこういう道がいい。
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 立木駅、山家駅を越えて、水田と農村の風景の中を行く。由良川の流れは見えず、やはり集落と田園の広がる対岸の河岸段丘が同じ目線の高さに見える。
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 そして、クルマを止めたポイントへ戻る。33kmの周回を完了。
 今回の綾部から長宮峠、奥山峠を越える区間は、5月14日のグランフォンド京都の序盤のコースと一致している。「グランフォンド」とは自転車のロングライドイベントで、山岳コース主体のものだそうな。自転車版市民マラソンといわれることもあるらしい。そのグランフォンド出場者が大体2時間以内で走っているところを、私は3時間近くかけた。走るのが遅いということもあるが、写真撮影のための停止もやたら多い。しかもこの日は、セミやウグイスの声を記録するために、泣き出すのを数分待ち続ける場面もあった。それに対して、制限時間内に全行程150(または114)kmを走るイベントではのんびりしている暇はないのだろう。同じ自転車でも、楽しみ方は随分違うのだ。
5月下旬、14:32~17:24、約32.9km、標高45~390m

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2017/05/23

三田郊外自転車工房と田園・渓谷周回

 今年の初め、このブログにコメントを寄せてくれる「すうさん」が、新しい自転車をあつらえた。クロモリのオリジナルロードレーサーだ。製作は「エコー(eco)」という自転車工房。店舗は吹田だったが、この春、三田の郊外へ移転するとのこと。しかも、カフェも始めるとのことで、自転車をあつらえる必要がなくても気軽に立ち寄れる。
 そして、5月半ば新しい場所でオープンする、という知らせがブログにあがった。よし、行ってみよう。
 自動車で訪れるのも芸がないので、エコーのある小野の集落を含む周回コースのツーリングを計画。もちろん、100kmあまり離れた土地なので、自走ではなく、いつものようにトランスポーターとしてクルマを利用する。
 篠山市南部の後川から羽束川沿いに三田市へ。もうここは本日の自転車コース。適当な場所にクルマを止めて自転車に乗り換えたいが、なかなかいい場所が見つからない。あれよあれよと小野についてしまった。その小野集落の外れに、ポケットパークがあった。その駐車場にクルマを止める。
 自転車を準備して小野集落へ。エコーを探す。まだ、店のWebページやブログには地図が掲載されていない(現在はGoogleMapに登録されている)。集落内をうろつくが、当然店なのだから案内看板があるはずだ、と集落の外の本通りに出てみるといきなり発見。普通の農家と変わらない古民家ながら、ちゃんととおりに見えるように看板が設置されている。
 敷地を回りこむように細い道を辿って、「自転車工房エコー」へ。作業場の戸は開け放たれ、フレームビルダー兼店長と目が合い挨拶を交わす。自転車を止めている間に、店長が出てきて即座に自転車談義が始まる。自分で決めたコースを、自分のペースで楽しむ。ツーリングに関しては、私と馬が合うようだ(それとも商売上手なのか)。
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 いつまでも話していたいが、奥様と娘さんが担当するカフェを勧められそちらへ。店長も忙しいようだ。喫茶だけでなく食事もできるようなので、それを目当てに来たのだが、すでに15時になろうとしている。念のため、アプローチの途中でおにぎりを買って食べたのだが、なんとこの時間でも食事を出してもらえた。さすがスタートしたばかり、気合が入っている。
 縁側がカフェスペース。山頂部に花山院というお寺がある東光山を借景に、庭と畑が見える。しかし、すばらしい青空だ。先日ちょっとした寒気がやって来たせいか、まるで冬晴れのように空気が澄んでいる。
 食卓の下には火鉢があった。もちろん今は火が入っていないが、冬場には活躍することだろう。200m近い標高があり、日本海沿岸の平地よりも寒い。この冬も10㎝ほどの積雪があったそうだ。
 ブログに掲載されていた写真にちらりと写っていた、キーマカレーを注文。30種類ものスパイスを使っているという本格的なもの。その味もさることながら、量に圧倒される。出されたものを残すのは性分ではないので食べきったが、アプローチのおにぎりは完全に余計だった。後で聞いたら、3膳分のご飯を使っているそうだ。
 食べている間にもう一人お客さんがやってきた。なじみの客のようだ。食事メニューのもう片方を注文。野菜など、三田産の食材を使った定食だ。次来た時にはそちらを頂こう。娘さんが作るケーキもお勧め、とのこと。
 食べ終わって外に出る。店長ともう少し話がしたかったが、溶接作業に入り手が離せないようなので、またのお楽しみとする。
 季節離れしているようなクリアな青空と降り注ぐ陽光とまばゆい緑。新生活を開始し生き生きとした人たち。何か、桃源郷に来たようだった。
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 さて、自転車にまたがる。黒川沿いの県道49号線を永沢寺に向けて北上。広い谷に、水を張った田んぼが広がるのどかな風景だ。乙原までは、2年半前に走った道。ただし、逆方向。母子からダートのダブルトラックを南下して下ってきた。かつて存在した「柴田ファーム」という観光農場の前を通る道だ。20年ちょっと前にはMTBの常設コースがあり、そこを舞台としたレースに出場する友人の応援に駆けつけたことがある。
 今回はそちらへはむかわず、県道を北上。集落が途切れ、周囲が林間となる。黒川の流れは細くなり、警告の雰囲気となる。そして、登り勾配がきつくなる。道幅やや狭くなるもののクルマの離合は十分にできる。さほど多くないものの、そこそこクルマが通る。そして、オートバイもたまに通る。別荘のような建物がたまに現れ、その中にはログハウスもある。また、「ライダーズ・カフェ」といった、オートバイで訪れる人向けの店もある。
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 登り勾配がきつくなってきた。腹の中のキーマカレーが重い。結構な勾配だ。15パーセントを越えているんじゃなかろうか。「黒川渓谷」と記された案内看板があったので写真を撮る。その看板が垂直に立っていると信じて、帰宅してから勾配を計算してみたら16~17パーセントだった。
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 林間のため日差しがさえぎられるのは幸いだが、腹が重い。何度も止って呼吸を整える。やっとのことで峠に到着。標高は590m。小野が190mだから400m登ったことになる。
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 少し下ったところに展望所があり、永沢寺の集落を見下ろせる。湖のように輝く水田に、茅葺屋根(トタンに覆われているが)の家々。なんと美しい景色だ。
 その永沢寺に下り、道なりに母子へと向かいそうになるのを踏みとどまって細い道でさらに北上。左(西)へのコンクリート舗装の細い急な下りは、やはり母子へと行ってしまう。右の道を選び、後川へ。その分岐は三田と篠山の市境となっていて、少しだけ篠山市に入る。ちなみに、その辺りもすでに走ったことがあり、その時は篠山盆地を基点とする周回だった。3年半前のことだ。
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 後川奥、後川上と羽束川の流れに沿って下って行く。田園が広がってきたところで県道37号線に突き当たり、右へ進路をとる。そのまま羽束川沿いに南下して行く。峠越えはなく、下り基調で三田市へと戻る。
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 すぐに田園から林間の道となり、先程の黒川渓谷と少し似た雰囲気となる。ただし、勾配はさほど急ではなく、ブレーキをあまりかけず、軽くペダルを回しながら快適に下れる。ただし道はやや狭い。クルマはほとんど通らないが、キープレフトは必須だ。
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 やがて景色が開け、田園風景となる。すぐに分岐を右にとり、県道309号線へ。ごく緩やかな下り基調をしばらく行くと、突然急な上りとなる。羽束川から黒川の谷へとレーンチェンジをする小さな峠越えだ。標高差は数十メートルとわずかだが、急な上りだ。
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 それを越えると後は下るのみ。一気に小野へ。30kmに満たないが、なかなかパンチの効いた登り坂のあるコースだった。
5月中旬、15:32~17:36、約28.2km、標高190~590m

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播但国境銀の道と水の道

 兵庫県の本州部分のど真ん中。中国山地の懐に入り込む市川水系。そして川沿いに広がる穀倉地帯。水と緑がきらめく、初夏のツーリング。
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 神河町東部、旧神崎の中心部にクルマを止め、自転車を組む。まずは南西に走り出す。まだ青い麦畑、水を張った田んぼが広がる。支流の猪篠川、そして市川本流を渡り、JR播但線の新野駅へ。田植えの時期に用水路の水を田んぼにくみ上げる水車、そして梅花藻を見る。薄雲がかかった白っぽい青空だが、それでも晩秋から初冬のよりもはるかに強い陽光が降り注いでいる。
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 市川の右岸(西側)を北上開始。神河町役場や寺前駅のある旧大河内町の中心を越えるとクルマが減る。そのうち道路は市川沿いを行くようになる。
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 長谷を過ぎるとクルマはさらに減り、渕で県道を離れるとクルマは皆無となる。ちなみに播但線も峠のないこの市川沿いを通って生野に向かう。
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 朝来市役所生野庁舎には、「銀の馬車道・鉱石の道、日本遺産認定」との横断幕とノボリ。日本遺産とは2015年から日本全国の文化財等が登録されている。例えば、丹後ちりめん回廊、鎮守府(日本海軍)舞鶴、鯖街道、丹波篠山デカンショ祭などなど。生野の中心街にも、鉱山の職員官舎など、かつての面影を残す建造物が見られる。三菱マテリアルの施設の塀や壁にも、かつての鉱山の写真などが展示されている。
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 かつての町家が残る奥銀谷の手前で、市川を渡る。新町、猪野々を越えて山間部へと入って行く。一気に山深くなり、道路の勾配も増す。
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 標高500m近くになったところで、白口集落に到達。坑口がありかつては大集落だったと言うが、今はほんの数軒。廃屋も目立つ。
 白口を越えると峠が近い。勾配もきつくなる。
 ところで、今日走り出す前にスプロケットを交換した。ゴールデンウィークに多々良木ダムから青倉神社への上りで使ったローが32Tの激坂用のものを外し、ロー28Tのスプロケットを装着。今日の登り坂なら、伝家の宝刀を抜くまでもない、ということだ。
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 峠から作畑までの下りは、ヘアピンカーブが続く。白口側より急勾配だ。作畑集落に降りたら、越知川をさかのぼりキャンプ場など野外活動の施設「新田ふるさと村」を目指す。この川沿いは、「越知川名水街道自転車下りコース」となっている。そのスタート地点がふるさと村なのだ。便によっては路線バスに自転車を乗せてもらえ、下りだけを自転車で走ることができる。
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 のどかな集落と田園と川の風景を見ながら、緩い上り基調で川をさかのぼる。最後の集落神殿を過ぎてしばらく行くとふるさと村。鉄パイプで形作られた自転車のモニュメントがシンボル、と個人的に思っている。「またがらないでください」という注意書きがあることからもわかるとおり、ついまたがってしまいたくなる。ちなみに、その注意書きは「振り」ではないので、またがらないように。
 さあ、引き返して17kmの「自転車下り」開始だ。流れる水のごとく万有引力の法則にしたがって下って行く。
 まずは、越知川のつり橋を渡って林間の遊歩道や田んぼの中の農道を行くのだが、途中「不動の滝」の手前で通行止めとなっていて車道に戻る。大雨の影響か。
 狭い集落の中の県道を行くこともあるが、できるだけ農道などクルマのとおりの少ない道を選んだコース設定となっている。
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 川の流れを見ながらぐんぐん下って行く。越知の集落が川下りのほぼ中間地点。ここから下流は先日、越知ヶ峰林道越えのツーリングでも走っている。麦畑中を走り、お堂の境内を抜け、田植えを終えたばかりの田んぼの上のこいのぼりの大群を見たらゴールは近い。
5月中旬、14:00~18:05、約53.7km、標高140~650m

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2017/05/07

中央分水界をまたぐ朝来市3ダム巡り

 大型連休の前に、朝来市旧朝来町東部の青倉神社・多々良木ダムを巡る周回コースを走った。青倉神社周辺には黒川温泉の案内板があった。もちろん、地図やインターネットの情報で生野から青倉神社への車道があることは知っていたが、このご時世に山間部の交通量の少ない道は、大雨の災害で通行止めとなり何年も復旧していないケースもありうる。しかし、現地にはそうした通行止めの知らせはなかった。というわけで、ゴールデンウィーク5月5日に朝来市を再訪。
 近年一大観光地となった竹田城周辺にはたくさんの観光客の姿が見られ、また全行程を通して普段よりクルマの通行がやや多めと感じられたが、順調に朝来市の旧朝来町羽渕の国道312号線沿いのパーキングスペースにクルマを止める。
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 自転車の準備を整えてスタート。久しぶりのランドナーだ。気温は25度を超える夏日で、半そでシャツに7分丈のズボンのいでたち。
 まずは円山川の流れに沿って北上。クルマの多い国道を避け、羽渕集落がある左岸に渡る。国道429号線を越え、新井駅の辺りから旧朝来町の中心街へ。緑のあふれる公園のような朝来市役所朝来支所。ちなみに本庁舎は旧和田山町役場だ。
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 スーパーマーケットで食料を調達して円山川を渡り右岸へ。そのまま多々良木交差点を越えて、多々良木川をさかのぼる。
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 すぐにロックフィルの多々良木ダムの堰堤が見えてくる。その手前に、あさご芸術の森美術館や歴史郷土資料館などの施設がある。いや、そこまでの川沿いにもモニュメントやベンチが配置され、国道をそれてからずっと広い公園のようだ。行楽客の姿も見える。
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 ダムに向かって左に迂回し堰堤の高さの分だけ登る。堰堤は遊歩道となっているので、ここも家族連れでにぎわっている。ベンチに腰掛けて先ほど買った食料を食べる。本日第1のダムに到着だ。
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 そのあとはダム湖上流に向けて進む。前回は湖畔を忠実にたどったが、今日は半島をショートカット。クルマは離合できない狭いトンネルだが、中に灯りがあった。念のために前後にLEDのライトを付けてはいる。トンネル手前の広場にいた自動二輪の集団が動き出したようだが、トンネルには入らず湖畔の道に行ったらしい。
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 トンネルを抜け再び湖畔に出ると、送電線の鉄塔群が見えてきた。水力発電所なのだが主な施設は地下にあるらしい。また、このあたりもあさごエコパークとなっていて、駐車場に行楽客のクルマが見える。
 そのダムの奥、これから向かう方向にそびえる壁のような山肌に道が張り付いているのが見える。前回、青倉神社から下ってきた道ではない。今日初めて通る予定の道ともどうも位置関係が合わないようだ。どうやら、発電所の管理専用道路のようだ。
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 ダムの一番奥から沢沿いの道を上る。普段なら全くクルマに出会わない道だが、今日はたまに車が通る。そこその急坂だが、この辺りはきつくても10パーセント前後の常識的な勾配だ。
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 青倉神社と保安林の解説が記された案内板が立つところで、舗装がアスファルトからコンクリートに変わり、猛烈な急勾配となった。トイレがあったので、その写真を撮って帰宅してからパソコンで判定したところ、道路の勾配は26~27パーセント。小樽の励ましの坂や天橋立の成相寺の坂をしのぐほどの急勾配だ。今回は、ここに備えてスプロケットを交換してきた。おかげでペダルを回すことができないことはないが、心拍数が上がって長くこぎ続けることはできず何度も足をついてしまう。
 心が折れそうになったところでヘアピンカーブにたどり着いた。場合によってはこうしたカーブの方が急勾配であることもあるが、ここはむしろましになる。もちろん、十分な急勾配なのだが、その下の勾配がきつすぎるのだ。
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 ヘアピンカーブの先端からは青倉神社の参道が飛び出しているが、確か上は通行止めとされていたはず。
 ヘアピンカーブを越え、常識の範囲内の急坂を上っていく。前回下ったときの記憶では、最後にもう一発急勾配があったので気を抜けない。いよいよ勾配が急になったと思ったら、黒川温泉への案内板が見えてきた。峠だ。前回は山桜が咲いていたが、すっかり葉桜になっている。
 前回の走行は逆向き。二つ目の急勾配が強烈だったので、本当はそれよりもやや劣る一つ目の急坂も同じくらいの元として記憶がすり替わったようだ。
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 峠といっても、川上と多々良木の間のもの。黒川温泉に向かうには、峠から分岐する道をさらに登らないといけない。
 ちなみに、多々良木交差点からもう少し円山川沿いを北上し伊由谷沿い登ってきても距離は変わらない。川上からの登りもきつかったが、多々良木側ほどではない。しかし、川上からは前回登ったコースと同じだし、伊由谷は春先からすでに3度も走っている。同じコースばかりでは芸がないし、何より今日はダム巡り。前回下った多々良木ダム沿いを、今日は登ったというわけだ。
 道路の両脇の灯篭を抜け青倉神社へと登る。前回は全く人気がなかったが、神社の駐車場に今日は2台のクルマが止まっている。多々良木ダム湖畔からここまで、たったの3km。でも、標高差300m登っている。平均勾配10パーセント。平均が、である。
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 そして、まだ登る。一時と比べれば落ち着いた勾配だが、それでも時折急な区間が表れる。その分景色も開けてきた。奥多々良木発電所の鉄塔や多々良木ダム湖が見えてきた。さらに円山川沿いの集落も。その向こうにも山々が広がっている。北西方向の高い山は氷ノ山だろうか。とりあえず写真を撮っておく。帰宅後検証してみると、やはり氷ノ山だった。その右手のピークは鉢伏山。ズームアップした写真には、スキー場のリフト降り場も確認できた。ということは、氷ノ山には山頂小屋が見えているはずだが、そちらはピントが甘くて不鮮明だった。
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 一方、峠も見えてきた。今度は、旧朝来町と旧生野町の境、黒川温泉に越える峠だ。あと少し。多々良木ダム湖も最後の姿を見せている。
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 標高670mの峠は、日本海にそそぐ円山川水系と、瀬戸内川の市川水系を分ける分水界。朝来市は中央分水界をまたいだ自治体なのだ。
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 峠を越えて、一気に黒川ダム湖畔に降り立つ。こちらの湖面は標高600mを越えていて、多々良木ダムと400m近い標高差を利用した揚水発電所となっている。上のダム湖から下のダム湖に水を落として発電するわけだが、これだけなら四谷ダムはいらない。かけ流しでいい。下のダムの役割は、発電に使った水を再利用のために貯めておくことである。
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 原子力発電所は、起動するにも止めるにも時間がかかるうえ、動かすならば最高出力で発電し続けないと不安定になる。だから24時間ずっとフルパワーで稼働させなければならない。そこで、原発とセットになっているのが揚水発電所だ。夜間など電力の需要が少ないときに、原発の余剰電力を使って揚水発電所の下のダム湖の水を上のダム湖に汲み上げる。つまり、原発の余剰電力を水の位置エネルギーに変えて蓄電するわけだ。
 黒川ダムと多々良木ダムを擁する関西電力「奥多々良木発電所」は1974年に完成し、中央分水界をまたいで水をやり取りするものとしては当時として初めてのものだったという。
 多々良木ダムよりも山深い雰囲気の黒川ダム湖畔を行く。まだ山桜の花が咲いている。山襞を縫うように進みすぐに堰堤に到着。誰もいない。ここもロックフィル式。多々良木よりも迫力を感じる。こちらも堰堤を歩けるようになっているが、柵の扉が閉じられている。16時までとのことだ。
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 堰堤の下は黒川の集落。黒川温泉の入浴施設があり、ちらほらと行楽客の姿が見下ろせる。
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 堰堤の高さ分を一気に下り、黒川集落へ。旅館を兼ねた川魚の食堂などがある。入浴施設の向かいに「黒川自然公園センター」、つまりビジターセンターのようなものがあるので寄ってみるが、17時を過ぎちょうど閉まったところ。先を急ごう。
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 黒川集落にはまだ菜の花も見られる。すぐに家がなくなり、市川の上流部、黒川渓谷に沿った道を行く。そして国道429号線に合流。渓谷といっても流れはさほど早くなく、道路の勾配も緩やか。コース後半にもってこいの緩い下りを快走していく。
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 行楽帰りのクルマが時折追い越していく。ゴールデンウィークでなければ、めったにクルマに出会わないのかもしれない。
 前方から自転車が一台やってきた。ソロツーリングのようだ。荷物を積んでいる。今日は黒川温泉泊まりか。
 細い橋を渡った対岸に怪しげな施設があった。「特定非営利活動法人 日本ハンザキ研究所」とあった。ハンザキということはオオサンショウウオだ。生命力が強く体を半分に裂いても死なない、ということからそう呼ばれることを思い出す。川向こうの入り口は柵で閉ざされ、しかもそれがつるに覆われ、そしてハンザキのリアルなイラストが掲げられて、なんとも怪しげなのだが、橋のこちら側の掲示板にはイベントの案内(明後日のものもある)などが貼られちゃんとした施設のようだ。
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 さあ、さらに下っていく。簾野という小さな集落を通過。民家の敷地に帰省した親族のものと思われる何台ものクルマが止まっているのが大型連休らしい。庭先に見かけた幼児とその母親は帰省した孫とひ孫か。などと大した根拠もなく勝手に物語を作ってしまう。
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 また、この黒川渓谷沿いには、キャンプ場が2つほど点在し、泊り客の姿が見られる。
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 川幅が広がり水がよどんできた。生野ダムの銀山湖だ。ここは長く湖畔に沿って走ることになる。貸しボートなど観光施設もある。
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 同じ水系の黒川ダムと生野ダムでなく、別の水系で揚水発電を行うことになった理由は、自転車で走ればよくわかる。勾配だ。多々良木ダムからの25パーセントを越える急勾配と、黒川渓谷の緩やかな下りの違いは歴然。
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 生野ダム堰堤に到着。ここはコンクリートの堰堤。多々良木や黒川は堰堤の下が公園のように整備され集落が近かったが、ここは山林を川が蛇行しているだけ。少し角度を変えてみれば、建設業者の資材置き場が見える程度。
 堰堤には随時進入できるようなので、真ん中辺りまで行ってみる。
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 さあ、日が傾いてきた。先を急ごう。まずは堰堤の高さを下る。しばらく行くと谷が開け田園と集落に出た。竹原野だ。そこを過ぎていくと、次は奥銀谷。国道をそれ集落の中の道を行く。銀山が栄えていた頃を忍ばせる街並みだ。
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 集落を抜けると国道に戻る。クルマが増えてきた。要するに沿線人口が多い区間へとやってきた。三菱マテリアルの向上の前を通過。工場の向かいの廃屋は、かつて鉱山労働者が利用したと思われる売店のような施設の後。例えるなら大学生協みたいなもの。20年と少し前、初めてここを自転車で走ったときには、まだ営業していたと記憶している。
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 旧生野町の中心街、口銀谷に到着。鉱山の社宅を保存した建物などがあり、マンホールにもイラストが描かれている。
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 迷路のような路地をたどって生野北峠へ。ただし国道312号線でなく、旧道らしき細い道で峠を越える。両側に集落が迫っているが、ここも日本の中央分水界である。
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 峠を越えると国道312号線、正確には国道429号線との重複区間、に合流するが、国道を走りたくないので国道を渡って集落の中道へ。四輪車は通行できない橋で堀を渡る。堀の底はJR播但線の線路だ。
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 小和田の集落を抜けると、播但自動車道の高架と絡みながら国道に合流。すぐに国道を渡って円山集落の中へ。間違いなく円山川の名前の由来となった集落だろう。この辺りは、国道、自動車道、鉄道が絡み合っている。
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 円山集落を抜けると、旧生野町から旧朝来町へ。今度は農道へと逃げるが途切れがちで、何度も国道に戻って逃げての繰り返し。岩津の集落の中の道を通った方がよかった。
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 そのうち円山川畔の静かな道を発見。ここをゴールの羽渕まで行く。ゴールの手間で、円山川対岸の国道沿いに独特の雰囲気のある黒い鉄の橋を見かけた。支流を渡る橋のようだ。すぐに円山川本流を渡る橋があったのでそちらに行ってみる。
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 黒い橋は、「羽渕鋳鉄橋」。国道沿いの歩道に案内板などが接地されていたが、クルマで何度も走っていながら気づいていなかった。
 そして羽渕の駐車場に到着。なかなか見どころの多い47kmだった。
 自転車を撤収してクルマで帰路に就く。特に混雑はなかった。

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2017/05/05

暑い雪山扇ノ山

 比較的残雪が多めだった今年の春だが、中国山地のスキー登山もそろそろ終わりに近づいている。残すは扇ノ山だ。4月中旬に上山高原まで除雪され道路が開通した。ゴールデンウィークが始まった4月末日は、なんと鳥取や豊岡で真夏日の予想。半袖シャツを準備して、山陰最後の雪山に向かう。
 豊岡市日高町で、すうさんと落ち合う。2月下旬の大江山、3月下旬のくらますに続いて、今シーズンは3度目の同行だ。
 神鍋高原へ。奥神鍋スキー場最上部の栃の木ゲレンデにわずかに残雪が見られるが、すっかり初夏の装いだ。
 蘇武トンネルを抜けて村岡から国道9号線で湯村温泉へ向かう。さすがにそこそこクルマがいるが、混雑というほどではない。
 湯村温泉を通過し、鳥取県境手前を左折。扇ノ山方面へ。海上集落も田植えの準備中。
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 一週間前に山焼きを終えた上山高原に到着。既に5台のクルマが止まっている。出発準備を整えて板を担いで歩きだす。すぐに除雪の限界点に到着。板を装着。2週間前に訪れた記録をネットで見たら、除雪の限界点は1mほどの雪の壁だったが、今は半分ほどにかさが減り、しかもなだらかなスロープになっているのでわけなく乗り上げることができる。
 ショウブ池の辺りは雪が切れていることが予想されていたが、その手前にも一か所雪が切れた個所があり、そこで板を外す。ショウブ池の先まで板をつけない方が楽だったかも知れない。
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 ショウブ池はすっかり雪や凍結はなくなり、初夏の装い。それでも、大ヅッコや扇ノ山の頂の東側はしっかり雪に覆われ、白く輝いている。
 この先は雪がつながっている。すうさんはシール、私はステップソールで除雪されていない車道を行く。思い切って半そでにしたが、歩いていれば全く寒くない。
 山襞に沿った、リアス式海岸を連想させる軌跡をたどって道は続く。谷の部分では、法面からずり落ちてきた雪で道は斜めに埋まり、要するにトラバースとなる。雪は締まっている。我々はスキーだからエッジを効かせて難なく進むことができるが、登山靴の人は少し緊張する場面かも知れない。
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 小ヅッコ登山口の手前で雪が切れているのはいつもの通り。上山高原から1時間余り。
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 すぐに小ヅッコ小屋。我々が準備しているときに上山高原を出た男女連れが、ちょうど小屋から出発するところだった。我々は、小屋で小休止、のつもりが結構長めの休憩となった。
 小屋から歩き出せがだんだん藪が濃くなる。雪解けが進んで、細かな木が顔を出している。しかも、この冬は雪が多かったので倒木が多く、進路をふさいでいる。
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 どうにか河合谷コースと合流し、そのあとは歩きやすいブナ林となる。そのあとはピークといえないほどなだらかな小ヅッコ。そして徐々に登り勾配が増して大ヅッコが近づく。とはいえ、ステップソールで直登可能な緩斜面だ。
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空腹を感じたので、小休止して軽くパンを食べる。
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 大ヅッコのピーク手前で登りらしい登りとなり、ステップソールでは直登不能となりジグザグにコースを取る。大ヅッコを越えたら、標高差50mほど下る。山頂への登りがまだ残っているので、すうさんはシールのまま下る。こうしたアップダウンには、ステップソールが有利だが。木々の密度が濃くて快適ではない。
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 鞍部から山頂までは標高差100mの最後の登り。相変わらずブナ林で、青空と雪面が眩しい。もうしばらくしたら新芽の緑が加わり、さらに青空が見えないほどに生い茂ってくる。
 左手が滑り頃の斜面となると山頂が近い。山頂手前に鳥取砂丘方面の展望テラスがあるが、霞が濃くて砂丘も、湖山池も見えない。
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 そして正午過ぎに山頂到着。一人のスキーヤーがコンパクトな三脚を立てている。デジタルカメラで自分が滑る姿を動画撮影しようとしているようだ。なんとゲレンデスキー。長靴を履いて、スキー用具を担いできたようだ。
 山頂は、そのスキーヤーのみ。意外に人が少ない。暖かいので外でもいいのだが、せっかくなのできれいな山頂小屋に入って昼食をとることにする。ブーツを脱いできれいな板の間の2階へ上がり、座ったり、寝転がったり、自由にくつろぐ。
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 扇ノ山の山頂は周囲をブッシュに囲まれ、大展望というわけにはいかない。小屋の2階が展望大の役割も果たしてくれる。氷ノ山、東山はかなり雪解けが進んでいる。南を向くと、三室が確認できた。ということはその右側がくらますだ。あと、現場ではわからなかったがその右に後山が見えていた。
 またまた長居してしまった。いつしか、小屋の周りにはいくつかのパーティの姿が見られた。
 小屋を出ると、若い男女3人連れがいたが、彼らも先に下山していった。どうも我々は、休憩が長いようだ。
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 まずはザックを置いて東斜面に滑り降りる。ザラメだが、雪解け(降雨)のせいか雪面がデコボコだ。それでも標高差100mほど下って登り返す。すうさんはシールを貼り、私はステップソール。それぞれに有利なコース取りで山頂へ。
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 時間も飲料水も、結構消費した。
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 今度はザックを背負ってもう一本。控えめに下って、登り返さず斜滑降で大ヅッコ方面へ。そうして鞍部へ降り立つ。大ヅッコへの上り返しは、すうさんは板を担ぎ、私はステップソール。
 そして大ヅッコの北斜面へ。ここは最後まで雪が残る斜面だ。まだあと半月はいけるだろう。
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 斜面が緩くなると板が走らなくなる。どうも気温が高すぎるようだ。乾いた熱風を感じる。
 さらにヤブヤブ区間。たまらず板を外して歩く。小ヅッコ小屋手前までツボ足で行く。こんなことなら河合谷の段々畑にエスケープした方がよかったかも知れない。河合谷登山口から小ヅッコ登山口までの車道に少し登りがあるため、ステップソールでないすうさんのことを考えて小ヅッコ登山口に下山に執着したのだが、どっちがよかったのだろうか。ただ、雪が緩みすぎて段々畑もあまり板が走らず快適ではなかっただろう。
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 まあ、それでもどうにか小ヅッコ登山口から車道に降り立つ。スキーで快適に滑れるはずの斜度の車道も、今日は板が走らない。ショウブ池で雪が切れたら、なんだか再びスキーを付けるのが面倒になってしまう。スキーを履いても、結局歩かなければならないわけなので。
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 そして、ようやく上山高原へ下山完了。それでもやっぱり楽しかった。
 湯村温泉や日高町内で混雑が心配されたものの、順調に帰宅できた。ゴールデンウィークといっても、休日の合間の平日を休んで9連休という人は少ないようだ。そうなると、29,30日は普通の土日。この日の夕方には、湯村温泉に泊まる人も少なく、すでに京阪神などに帰り始めていたということか。

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2017/04/29

舞鶴通勤スーパーカブツーリング

 ゴールデンウィーク初日は、舞鶴で昼前に短時間の勤務。片道50kmの、自転車ではなく、スーパーカブでの通勤ツーリング。
 まさに行楽日和の気持ちの良い晴天。丹後半島一周、あるいはそれ以外と思われる自転車を何台も見かける。自転車は大きく三種類に分かれる。一つ目は、軽装備のロードレーサー。二つ目は、クロスバイク。三つ目、大荷物を積んだロングツーリング。ロードレーサーはこの時期の休日にコンスタントに見られ、最も多い。クロスバイクは、夫婦連れと思われる男女連れの割合が多い。荷物満載の自転車は、大型連休ならでは。全体的に年齢層は中年から上がほとんどで、特にロングツーリングは、白髪の高齢者が多い。
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 朝から天橋立は混雑。自動車の通行が禁止されている砂嘴の松並木は徒歩やレンタサイクルの観光客、文殊堂前ではそれに駐車場に入ろうとするクルマが加わる。午後の復路はこの観光地を通過するのはやめた方がよさそうだ。
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 さて、舞鶴での勤務の終わりに近づいた正午ごろ、眩しい陽光が急激に弱まり、夕暮れのように暗くなった。そして、雨がたたきつけ雷が鳴る。上空の寒気が南下するため急な雷雨に注意、という予報が大当たりだ。
 降り続く雨ではないので、職場で雨をやり過ごす。12時半ごろ一度弱まり、13時ごろにもう一度強い降りが来る。そしてそのあと急速に回復。現在は、降雨レーダー画像が見られ、便利便利。
 雨が止んだら帰路に就く。路面が濡れているので、クルマの通行の少ない道を選ぶ。水撥ねを浴びたくないからね。
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 天気は急速に回復。眩しい日差しと乾いた空気で路面もどんどん乾いていく。
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 クルマの多い由良海岸の国道を避けるのと、近道のため、由良ヶ岳の南西の府道46号線を走っていると、たくさんの自転車が走っているのを見かけた。すべてロードレーサーで、すべて北向き。ごくたまに2、3台でグループ走行しているが、ほとんどがソロ。これは、イベントと思われる。帰宅してから調べたら、やっぱりブルベだった。
 そのブルベは、近江八幡を起点とする400kmの周回。400kmといえば、仮に平均時速20kmで走り続けたとしても、20時間かかる。100~200kmのロングライドイベントならば、昼下がりのこの時間帯はもう終盤に差し掛かるところなのだが、この人たちはまだまだ3分の1くらい。これから天橋立を渡って城崎まで北上し、夜通し走って近江八幡へともどる。個人差はあるが、一昼夜走って明日の朝くらいにゴールするんだろう。
 止まって雨具を脱いでいるサイクリストも見られる。先ほどの激しい雷雨をどうやり過ごしたんだろう。観光客、人もクルマもうじゃうじゃいる天橋立を通過するのも、精神的にきつそうだ。天橋立の砂嘴区間は、水はけの悪いところもあるから自転車が泥んこになっちゃうし。城崎温泉に着く頃は、チェックインラッシュでまた大混雑が想定される。主催者のコース説明には、城崎温泉に入るもよし、などというようなことが書かれているが、芋の子を洗うような大混雑で余計疲れそう。後半はアップダウンの連続とのことで、時間的にも厳しそう。
 自分で思うに私も自転車がかなり好きな人間だが、こんな拷問のようなことはできないなぁ、と感心する。
 そんなすごい人たちを、エンジン付きのバイクで追い越し、宮津の友人の喫茶店で遅い昼食を取ってから帰宅。雷雨が嘘のように晴れたが、北風が強い。速度は出ないし、フロントのシールドが風を受けて折れ曲がる。思えば、往路も復路も向かい風だ。まあ、エンジンなしバイクで走る人に比べればどうってことはないんだけれど。

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旧朝来町東部周回ツーリング

 今は合併により朝来市となった旧朝来町と旧山東町の間に伊由峠(いゆうとうげ)がある。林道山東朝来線である。たまたま冬にふらふらと自転車で走っていてその存在を知った。3月の初め、天空の城「竹田城」の麓にクルマを置いて、円山川左岸のクルマの少ない道を南下し、青倉駅の北側で川を渡って支流の伊由谷を遡った。
 最奥の集落「川上」のその奥に工事による通行止めのゲート。法面の工事で3月下旬まで通行止めとのこと。また、もうひとつ気になる道を発見。川上集落から分岐していて、青倉神社へ至るもの。そびえる山が青倉山でそのはるか上の方にガードレールが見える。こちらは工事の通行止めはないが、まだ雪が残っているだろう。いい道が見つかった。また、暖かくなったら来よう。そう思って、その日は来た道を引き返した。
 そして4月中旬、伊由峠を越え、竹田城の展望台の朝来山の周りをぐるりと周回するコースを走ろうと再訪。竹田城の駐車場にクルマを止めて、自転車で伊由谷へ。ところが、通行止めが解除されていない。なんと、5月下旬まで工事が延長されているではないか。もしかするとこの冬の大雪で工期が先延ばしになったのかもしれない。青倉神社の方に変更する手もあったが、こちらの方が標高差も大きく、とにかく分岐からいきなり急勾配の道に圧倒されて戦意喪失。その日もまた来た道を引き返した。
 さらに、4月下旬。今度は、初めから青倉神社に照準を当ててきた。国道312号線、多々良木ダム入り口の道の駅あさごにクルマを止めて、自転車を下す。
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 自転車の準備を整えたら、まずは円山川左岸に渡り、流れに沿って下る。左岸の集落に沿った県道まではいかず、播但線と円山川の間の農道を行く。前方に見えるのは朝来山。次の橋で右岸の国道へ戻るが、少し勇み足。あと1kmほど右岸を進んで青倉駅付近の次の橋で右岸に戻った方がよかった。クルマの多い国道を少し走ることとなってしまった。
 そして、信号のある交差点で大きな鳥居を見る。伊由市場の集落入口だ。これまで、この国道をクルマで走る時に気になっていたものだが、今日これから訪れる青倉神社の鳥居だった。さらにほんの少し我慢して国道を北上し、伊由谷川の堤防の道に右折し、東へ。そこから朝来山と竹田城が相対峙する景色が見える。朝来山中腹には雲海の竹田城を望む立雲峡がある。このツーショットと鳥居を見るため、国道をきた。橋を渡ってから国道を避けて集落の中の道を選ぶこともできたのだ。
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 さあ、前方には青空をバックに青倉山が見えている。伊由谷川に沿った田園と集落も併せて、のどかな風景だ。もう初夏といってもいい日差しがさんさんと降り注いでいるが、八重桜が咲いている。晩春といった方がいい。
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 山内、納座をへて、川上集落へ。伊由峠への道が通行止めなのを改めて確認して、青倉神社への道へ。いきなりコンクリート舗装の急坂だ。砂防ダムの前を通り過ぎて勾配が落ち着く。農作業の高齢の男女が乗った軽トラックとすれ違ったら、あとは誰とも出会いそうもない静かな細道。狭い谷に沿って道は登り、田んぼはすぐになくなる。右手法面は伐採された植林の急斜面。新たに幼木が植えられている。そのはるか上にはガードレールが見えている。あそこまで登らねばならないのだ。
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 いったん植林斜面を離れ、谷を詰めたところでヘアピンカーブをいくつかこなす。再び急勾配だ。そしてようやく植林斜面の上に出る。景色が開け、空へ向かって伸びているようにさえ見える。
 勾配が落ち着き、しばらく行くと山桜と祠がある峠に出た。峠を越えると多々良木ダムへの下りだが、峠から分岐する道へ。分岐の両脇に灯籠がある青倉神社の入り口だ。そして、黒川温泉の看板もある。
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 少しの登りで青倉神社の駐車場に到着。結構広い駐車場だが、当然クルマは一台も止まっていない。標高は550m。
 青倉神社に参拝する。参道を歩いていくと、急な階段と山肌に張り付くような社殿が見えた。階段の途中からは、青倉山の登山道となっている。頂上は標高810mなので、ここから1時間足らずで登れるようだ。
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 参拝を終えたら、自転車にまたがり峠に引き返す。そして多々良木ダムを目指して下る。こちらも急勾配。思わずサドルから尻を後方に引いてしまう。沢沿いを下っていくと、多々良木ダムの奥の発電所入口の分岐からクルマが出てきた。久しぶりに人と出会った。しかも、間隔をあけて3台ほど追い越していった。なんともにぎやかに思える。また、発電施設の送電線がとても人工的だ。
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 日差しを受けて眩しく輝く湖面を見ながら、ダム湖を半周。半島をショートカットするトンネルがあるが、そちらにはいかず岸辺をたどる。ダムの堰堤が見えてきたが、ちょっと違和感。ロックフィル式だったはずなのだが。
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 入り江を回り込んで堰堤へ。下流側はしっかりロックフィルの積まれた岩が露出していた。そしてダムから見下ろす多々良木川沿いの田園と集落が、箱庭のようだ。
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 堰堤の高さを一気に下り、箱庭の世界へ。そしてクルマを止めた道の駅へゴールイン。
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千の水になって'17 桜と鯉のぼり

 旧神崎町東部の周回ツーリング。井篠川流域から、林道越智ヶ峰線を越えて越智川の谷へ。千ヶ峰名水街道を、川の流れとともに下ってゴール。
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 毎年、初夏から梅雨の時期に走っているコースだが、今年はまだ桜が残る4月中旬に走った。麦畑はまだ青々としている。2ヶ月もすれば一面褐色の麦秋となるのだから、成長が早いんだな。根宇野では、すでに鯉のぼりの大群が出現していた。
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2017/04/06

Slide and Ride 裏くらます

 独特の山名を持つ山「くらます」。山頂部東側の無立木の斜面は、冬には真っ白な大雪原となり、スキーやスノーボードの滑走系の登山者はもちろん、スノーシュー等で登頂した人も広大な雰囲気を味わうために訪れている。
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 その斜面にあこがれて3月下旬に登頂したものの、登りに時間を使いすぎてその斜面を滑ることができなかった。
 冬場の一般的な登山口は西の麓の吉川集落。東斜面は裏側ということになる。後日、あの斜面を滑れなかったことを悔やみながら、次はどうにかならないかといろいろと情報集めていた。
 すると、東側の麓、加地川沿いの林道大通中江線(加地林道)が、この春、加地集落からかなり奥まで除雪されていることが判明。その途中から、くらます中腹に林道の支線が分岐している。
 次に、GoogleEarthを見ていると、その支線林道にはさらにいくつもの支線が張り巡らされていて、例の大雪原に向けて伸びているものがあるようだ。おそらく自動車は通行不可能な、林業の作業道だろう。国土地理院の地図には描かれていない。ちょうどGoogleEarthのくらます周辺の画像が、冬の初め(2015年12月)に撮影されたものだったので、植林の中に白く浮き上がってみる道を見つけることができた。
 カシミール3Dで切り出した国土地理院の地図と、GoogleEarthの画像を重ねてどうにか国土地林の地図に林業作業道(以下作業道)を描き加えた、GPSレシーバー用の地図を作成することができた。
 ただし、これはあくまで机上で作り出したもの。次のチャンスまでには実際に作業道をたどって、GPSのトラックを取得した。雪が解けたらMTBで行ってみようかとも思ったが、今ならまだスキーで歩けるのではないか。
 結局3月いっぱい気温は低めだった。林道や作業道にはまだ雪が残っているだろう。作業道の先で藪が出ていればそこまで。だとしても、作業道の様子を知り、GPSのトラックをとっておくことは大きい。うまくいきそうなら、吉川から入山し加地に下山するというコースも可能になる。
 4月初めに、再び鳥取県若桜町へ。戸倉峠中腹の落折を過ぎて、まとまった集落群に降りる。その中の大野という集落で国道29号線から南に折れるとすぐ加地の集落。集落を抜け、加地川に沿って南下。これが林道大通中江線。林間の薄暗い舗装道路だ。加地の家並みが途切れてから2.5kmでくらます中腹への支線林道への分岐。
 雪がない!分岐の起点である加治川を渡る橋のたもとがゲートで塞がれているので、クルマは入れない。とりあえず歩いて様子を見に行くが、当面雪は現れそうにない。
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 というわけで、自転車を使うことにした。雪の状態によっては、途中までしかいけないことも想定されるので、自転車を積んできている。もしスキー登山の下見が早く終わったら、どこかで自転車に乗ろうという目論見だ。たたし、残念なのは、MTBでなくクロスバイクを持ってきていること。この支線林道は出だしは舗装だが、途中からダートになるとのことだ。しかも平均10パーセントを越える急勾配。
 まあそれでも、歩くよりはいいだろう。自転車にスキーを積載すれば、背負うより随分楽だ。
 ところが、スキー板を自転車に固定するためのベルトがない。これは、自転車のトゥクリップのストラップが最適。2本のストラップを使って、ダウンチューブとサドル下にスキー板を固定するのだが。結局、代替品としてズボンのすそをとめるストラップを利用。あまりきつく固定できないが、まあ大丈夫だろう。
 そんなこんなで準備に小一時間かかり、9時17分スタート。天気は快晴だ。
 ゲートを越え、橋を渡るといきなり急坂が始まる。クロスバイクとはいえ、かなり低速ギアを用意してあるのでちょっとがんばってみたが、さすがにスキーブーツでは効率よいペダリングはできない。すぐに押して歩き自転車は荷車と化す。
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 すぐに、小さな小屋がある。林道分岐から見える背面では倉庫かと思われたが、正面から見るとテラスがあるなどなかなか洒落たつくりになっている。そして「清流遊山荘」という看板。別荘?こんなゲートで閉ざされたところに?結局謎のまま。ついでにいうと分岐のところにも別荘風の建物があり、そちらはあまり手入れされていないが、清流遊山荘はきれいに整えられている。
 その先で不気味なものを発見。なにやら動物の骨だ。あばら骨が見事に骨格標本のように残っている。と思ったら、頭蓋骨も。ぱっと思い浮かんだのはシカだが、頭蓋骨の先端がくちばしのように細くなっている。コウノトリみたいな大型の鳥かと考えたが、歯があるからやっぱりシカだろう。不自然な方向を向いているが、足もあった。しかし、内臓や筋肉、皮膚などは全く見られず、きれいに骨だけが残っている。少し白い毛が落ちているだけだ。ただし、写真を撮る勇気はわかなかった。
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 道路を塞ぐ残雪を2度乗り越えた後、土砂崩れをひとつ乗り越える。その土砂崩れがちょうど干そうとダートの変わり目。そこからすぐ、またも残雪が道路を塞いでいた。自転車はここまでとする。1km弱、標高差ちょうど100m進んだところだ。
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 が、しばらくは板を担いで歩く。完全にふさがった部分を越えると、道路の山側は残雪は覆われ谷側は路面が出た区間が続く。路面はダートなので自転車を置いてきたのは正しい判断だろう。山側の雪はずっと続いているので、下りはスキーで滑れる。
 相変わらず勾配が急で、すぐわきを流れる沢も、落差こそ小さい物の滝が連続する急流だ。雪解け水がごうごうと音を立てて流れている。
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 またも道路が全面残雪に覆われている。今度は山側の法面からずり落ちてきた雪が斜めに分厚く積みあがっている。ここでスキーを装着。シールはまだ温存し、ステップソールの恩恵にあずかる。斜めの雪面なので、スキーのエッジも効果を発揮する。
 雪は増える一方で、自転車デポジット、そしてスキー装着のタイミングはばっちりだった。
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 やがて、谷が狭まり流れは沢となる。周囲は植林帯に変わる。ただし、先日のヘンブ谷ほど狭い谷ではなく、木々の間から日差しが降り注ぐ明るい谷だ。特に今日は青空がのぞき、いい雰囲気だ。道路の勾配が沢に追い付かないらしく、時折S字カーブで標高を稼ぐ。雪はすっかり量を増し、もう地肌が見えているところはない。
 この支線林道はヘアピンカーブで沢に背を向け斜面をトラバースしていく。そちらには向かわず、そのまま沢沿いを行く。ここからが林業の作業道だ。出だしは、地形の凹凸が複雑で、作業道なのかスノーブリッジに覆われた沢なのかわからない。落とし穴で沢に落ちるのは嫌なので、シールとスキーアイゼンを装着して法面を歩く。やがて、はっきりと作業道が確認できたのでそちらを歩く。左右方向が平らなのは楽である。
 その作業道もやがて先ほどの支線林道と同じようにヘアピンカーブで斜面にとりつく。道幅が狭い。シングルトラックとダブルトラックの間の、1.5トラックというところ。また相当の急勾配だ。とにかく軽トラックでも通行できないだろう。キャタピラ式の丸太運搬車が通れる道、という想定と思われる。雪がない時期にMTBできたら、下りで乗車できるかどうかその人の技術次第というところだろう。
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 基本的には左右方向には水平なのだが、時折山側の法面からずり落ちた雪で、完全に斜面になっている区間があるので、スキーアイゼンは付けたままで歩く。
 作業道は、何度もスイッチバックして高度を稼いでいく。正午を過ぎた。木々の合間から氷ノ山が見えたところで、ザックを下し持ってきたパンを食べる。ただし、見えるのは三ノ丸で、最高峰の1510m峰は見えない。
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 さらに作業道を行く。斜面は壁のような急勾配で作業道がなければとても登れそうにない。滝のような沢に沿って雪崩が起こったのか、量は少ないが大きなブロックのデブリも見られる。
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 標高980mを越えると、植林帯は終わり落葉樹林に変わる。そして作業道も終点に到達。ここからは斜面へ取り付かねばならない。もし藪が出ていればここで撤退、というつもりだったが、幸い斜面は雪に覆われている。山頂北ピークを目指して、スキー登山続行だ。ちなみに、GoogleEarthの航空写真から写し取った作業道はほとんどずれはなかった。
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 とりつき斜面の出だしは急勾配。作業道が張り付いて区間より、あるいは先日のくらます西斜面の上部よりは若干緩いものの、やはり厳しい。作業道をもう少し伸ばしてくれたらいいのに、と思うが、植林がないところにわざわざ道を付けるわけがないのである。それに、山に対しては作業道などない方が優しい。
 しかし、標高差30mほどで、明らかに勾配が緩む。これで少し楽になったが、それでも作業道よりは確実にペースは遅い。この斜面がしばらく続く。振り返れば、三室山。そして、氷ノ山山頂も見えている。兵庫県の2位、1位の高峰を背負って上る。
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 歩いているのは尾根筋で、その尾根の側面は立木がなくおびただしいクラックが口を開けている。その雪面の裂け目からは笹がのぞいている。クレバスのないところも雪面がしわが寄ったように波打っていて、近寄りがたい雰囲気だ。
 標高1100m近くなって落葉樹林が途切れ、いよいよオープンバーンとなる。ところが、ここが難所。稜線にもクラックができている。それを避けながらコース取りをするが、そうすると急斜面を越えなければならない場面が発生する。雪面には、つい先日、3月末の寒の戻りで積もった新雪がザラメとなって20cm程積もっていて、急斜面ではしっかり踏み固めながら歩かないと、小さな表層雪崩が発生する。それは、ゆっくりとした速度で滑り落ちていくもので、スキーで切断された雪面の谷側が流れ落ちていく。その下のしまった根雪の層にスキーアイゼンを刺しているので、自分自身が一緒に落ちることはないのだが、気持ちのいいものではない。
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 クラック地帯を抜けて徐々に斜度が緩み、満を持してという感じで山頂が見えてきた。もうかなり近い。斜度の変化の関係でオープンバーン全体が見えるわけではなかったが、憧れの雪原へ到着だ。青空と白い雪原がとにかくまぶしい。そして、まったくのノートレース。
 輝く雪原に目が眩む。つまり、目を「眩ます」大雪原だ。
 直登できるのでもうスキーアイゼンを外す。山頂にもって上がる必要はないので、一本の立木の足元に置いておく。アイゼンに詰まった雪ががちがちに凍り付いている。汗ばむ陽気なのだが、雪面に冷やされながら板とアイゼンに挟まれながら踏みつけられると、透明な氷に化している。
 足が軽くなった。シールを外したらもっと軽快になるのだが、今歩いている斜面ならステップソールで行けるが、山頂直下にやや急勾配の斜面が残っているので、山頂までシール登行とする。
 15時9分、山頂北ピークへ到着。標高1260m。すぐ南の三角点のある山頂より20mほど低い。北ピークには、三角点ピークから往復したスノーシューのトレースがあった。
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 西側は背の高い落葉樹林であまり展望はよくない。何とか、木々の合間から東山と沖ノ山を確認。大山は、霞により山影すら見えない。また、南に三角点ピークがあるので、後山連山は見えない。その代わり、東は大展望。氷ノ山と三室山。また北方には、扇ノ山、仏ノ尾、青ヶ丸が見える。他にも、但馬妙見山やら暁晴山やら、いろいろ見えているのだが、例によって登頂が遅くなったので、急いでシールを外して滑降にかかる。先日訪れた、三角点ピークには初めから登る気はない。
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 さあ、いよいよ憧れの雪面の滑降だ。程よい斜度で、重いザラメながら気持ちよくターンができる。何せ、ターンの度に氷ノ山と三室山が交互に正面に来る。贅沢な斜面だ。
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 立木の下でスキーアイゼンを回収。日差しによりアイゼンの中に詰まっていた氷は緩み、簡単に落とすことができた。
 そして、もう少し滑りを楽しむ。斜度もいい感じだ。雪質がよく、時間があれば、ステップソールで何度も登り返して滑りたいところだ。
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 しかし、落葉樹林との境界付近に来た。クラック帯に来た。下りはスピードが出てしまうので、発見が遅れてしまう。できるだけ、登りトレースをたどりたいが、斜度や立木の関係でどうしてもそうはいかないこともある。ザラメ雪に覆われたヒドゥンクレバスにテールが落ちてしまった。ステップソールで何とか這い出す。
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 尾根筋のクラック帯はすぐに越えることが切るが、その下の林間の急斜面もまた難所。尾根を外したいが、片方はクラック地帯なので、反対側の林間へ。浅い谷になっているが、雪面に凹凸があったり立木の密度が高かったり、そして表面のザラメが小さな表層雪崩を起こしたりして難儀する。先日の東斜面の上部でも急な林間に苦戦したが、その時よりも斜度が緩いのにむしろ難しいように感じる。雪面の凹凸は雪解けが進んだせいなのかもしれない。
 何とか難所を越えて、作業道に降り立った。これで一安心。ただし、狭く急なのでスピードコントロールが難しい。山側の法面が雪に覆われていれば、そちらに乗り上げれば減速、停止できるが、法面の雪がなければそうはいかない。その区間の手前で一度停止してから、ボーゲンで我慢して切り抜ける。スイッチバックは、とりあえず通り過ぎながら停止し。方向転換する。林道は複雑に張り巡らされているので、登りトレースを意識して滑る。シカの足跡が、登りトレースをたどっていた。細い脚のため、ラッセルの深さはあまり変わらないみたい。
 ふと気づけば、スキートレースが消え、シカのトレースのみとなっていた。スイッチバック地点を5mほど過ぎてしまった。登りでは、上方に向かっていけばいいのだが、下りではこうした道迷いしやすいポイントがある。吉川から登って、火事に降りる場合は、こうした事態に気を付けなければならない。
 ようやく谷底の沢が見えてきた。細く急な作業道にくたびれていたので、植林斜面に飛び出す。登りで何とか滑れそうだと目を付けていたところだ。杉の落ち葉に覆われているが、斜度があるのでそのまま滑ることができる。作業道を少しショートカットする形で沢沿いに降りる。そのあとは、沢音を聞きながら谷底を滑ればすぐに支線林道へ。
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 ここまでくればもう安心。車道としては急勾配でも、自動車が通れる設計なので、道幅もあるし快適に滑れる。むしろ10パーセントを越える勾配がないと板が走らない。
 道路脇の植林へ飛び出すことができたり、S字カーブがあったりして、それなりに変化を付けて滑る。
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 やがて植林帯が終わると、自転車までもうすぐ。落石の地雷を踏む場面があるが、元々ステップソールの板なので、滑走面の傷はあまり気にしないことにする。
 路面の谷側が露出したところで、気づくと登りトレースが消えている。あ、自転車を通り過ぎたのか、と焦るが、よく考えたら板を担いで歩いたのだった。
 そして、山側の残雪はつながっていて、板を外すことなく自転車デポジット地点に帰着。
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 板を積載し、自転車にまたがる。急なダートの下りなので、徐行運転。クロスバイクの700CタイヤにVブレーキの制動力では、すぐにタイヤはロックしてしまう。
 ダート区間はわずか。土砂崩れを越えて舗装路へ。しかし、急勾配に杉の落ち葉で覆われ雪解け水にぬれた路面のグリップは弱く、やはり徐行運転。それでも、歩くよりは早いし楽だ。
 登りでは、残雪区間を2度通過したが、下りでは1度のみ。なんと一つは、雪解けが進み、自転車が通れるほどになっていた。
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 シカの骸骨に再会し、清流遊山荘の前を通って、加地川の橋を越える。ゲートのわきを抜けて、17時9分、林道大通中江線との出合へゴールイン。ああ、今日も楽しかった。最終目的地のくらます北ピークに到達できて、東斜面を滑れて満足、満足。自転車に乗れたのも楽しかった。MTBだったらもっとよかったね。
 クルマにスキーと自転車を撤収して帰路に就く。


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2017/04/02

春なのに雪山ですか

 もう4月というのに、標高1000m未満の丹後の低山にまだ雪が残る。
 大江山連峰、鍋塚
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 磯砂山
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2017/03/31

動画でございます、くらます

 林道に降りてからのシーン、酔わないようにお気を付けください。
※4月6日、動画差し替え。


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栃木県那須高原の高校山岳部雪崩事故

 痛ましい事故がまたも起きてしまった。栃木県の高校山岳部の合同春山合宿で、48人の生徒や教師が巻き込まれ、そのうち8人が死亡した。

 NPO法人「日本雪崩ネットワーク」による過去25年間(1990/91-2014/15)の統計(http://www.nadare.jp/assets/cms/Fatalitydata_25years.pdf)によれば、日本国内の平均で1シーズンあたり事故5件、犠牲者9人とのこと。大きな事故が起こればそれで跳ね上がるのだが、1件の事故で8人が亡くなるというのは大変な惨劇である。ちなみに統計の25年間のトータルで、栃木県の雪崩による死者は4人。
 学校や県教育委員会側のコメントは、「経験豊富な引率教員が安全だと判断した」とのこと。要するに「想定外」と言いたいのだろうが、こういう場で使うことに悪いイメージが付きまとうようになってしまったのであえてその言葉を避けているような印象だ。
 また、一言で経験豊富と言っても、何の経験が豊富なのか、という疑問が付きまとう。
 ちなみに、被害者の出た大田原高校のWebサイトの山岳部のページ(http://www.tochigi-edu.ed.jp/otawara/nc2/?page_id=92
)をみると、以下の通り。

----------------------(引用開始)----------------------
県大会
インターハイ予選会(第1位のみインターハイ出場) 8連覇中
関東大会予選会(第6位まで関東大会出場) 3連覇中
新人大会(上位大会なし) 3連覇中
-----------------------(引用終)-----------------------

 最新の情報では、県大会9連覇中とか。一般的なレジャーとしての登山という面だけではなく、大会を目指す体育会系の部活という面も併せ持っている。しかも県内での強豪校。大会出場を見越した登山競技の比重が大きかったのではないか。ちなみに、山岳部のページにこんなことも記述されている。

----------------------(引用開始)----------------------
夏山合宿
平成27年 白馬岳(2932m)第26位  富士山(3776m)日本一
平成26年 槍ヶ岳(3180m)第5位 北穂高岳(3106m)第9位 富士山(3776m)日本一
-----------------------(引用終)-----------------------

 合宿で訪れた山が日本で何番目に高いかということまで書かれている。この原稿を書いた人は、おそらく顧問の教師だろうが、順位へのこだわりが強いように思われる。などというのは穿ち過ぎた見方だろうか。

 ところで、インターハイの登山競技とはどのようなものか。新潟県央工業高校山岳部OB会(http://mtob.sakura.ne.jp/pages/ih/index.html)のサイトに次のように記されていた。

----------------------(引用開始)----------------------
1.安全に登山することのできる体力と歩行技術がある「行動」…40点
2.しっかりとした装備を準備・携行する「装備」…10点
3.テントの設営などを協力して効率よくできる「設営・撤収」…10点
4.カロリーなどを考えた献立で炊事する「炊事」…5点
5.天気に関する知識の習得・天気図を書く「気象」…7点
6.登る山について知る、地図を読むことができる「自然観察」…8点
7.計画を立てる、事後に役立つような行動記録をとる「計画・記録」…10点
8.けがや病気の場合の救急の知識、対処法、医薬品を備えておく「救急」…5点
9.自然に対するマナー、仲間との協調性を持っている「態度」…5点
-----------------------(引用終)-----------------------

 いわゆる「山岳レース」ではなく、総合的な観点で評価されるようだ。審査員は出場者に同行したり、待ち受けたりして、安全で的確に行動できているかを常に監視しているとのこと。また実技だけでなく、筆記試験もあるそうだ。
 ただし、これがは競技であり実際の登山と全く同じということはあり得ないと個人的に思う。強いて言えば、受験英語と実用英語は必ずしも一致しない(無関係ではないが)、と同じようなことがあるのではないか。
 例えば、3.のテントの「設営・撤収」は、同じテントで競わねば競技にならないわけで、当然最新モデルであるわけもなかろう。「時代遅れのテントをストップウォッチでタイムを計られながら、しわなくきれいに張ることを競った」という経験者のコメントもある。
 さらに、高校生が行う競技であるので、もともと安全が確保された状況で行われていることは間違いない。
 そして、上記登山競技は夏山でのもので、雪山では行われない。夏山と雪山は別物で、特に雪崩などは独自の知識や技術(危機管理など)が必要である。経験豊富な顧問は、雪山の経験も豊富だったのだろうか。

 ニュースを見て驚いたのは、「周囲には埋まっているとみられる数人の顔や手足が雪の上に出ているのが見えた」という那須山岳救助隊の副隊長のコメント。雪崩事故が起きてから通報までに1時間ほどがかかり、救助隊が到着したのはさらにそのあと。雪崩事故での死因で最も多いのは窒息死。前出の日本雪崩ネットワークの講演「アバランチナイト」によれば、死因の65パーセントが窒息。さらに埋没時間15分で生存率80パーセント、30分で50パーセント。救助隊が来るのを待っていてはだめで、即座に自分たちで救助活動を行う「セルフレスキュー」が必須である。
 ニュース等では、ビーコン等の装備を持っていなかったこととについて批判が集まっているが、それ以前の問題である。顔や手足が出ていればビーコンはいらない。それでも掘り出していないのだ。

 ところで、一言で窒息といっても雪の中に空気が存在していないというだけではない。たまたま顔の周りに空洞ができて空気が存在しても、胸や腹を圧迫されるとあばらの筋肉や横隔膜で肺を膨らませることができず窒息する。腹が出た人は前かがみになると息苦しい、ということもこれにあたる。
 ちなみに、昨年1月のNHKスペシャル「震度7 何が生死を分けたのか〜埋もれたデータ21年目の真実〜」では、阪神淡路大震災の犠牲者のうち多くは倒壊した家屋や家財道具で胸や腹を圧迫された窒息死であった、とのこと。ちなみに「もしものとき.com」(https://moshimonotoki.com/item1341/)のサイトにそのことが記述されている。

----------------------(引用開始)----------------------
死亡原因は窒息死だった
 地震発生から1時間経つと、当日死亡者の約75%にあたる3,842人が死亡しました。その死因は7%が焼死、90%は倒壊した建物の下敷きとなった圧迫死で、さらに検案書の記録から詳しく調べると、即死を意味する圧死は8%にすぎず、61%にあたる2,116人は窒息死でした。
-----------------------(引用終)-----------------------

 大雪のためあらかじめ計画していた那須岳への登山を中止せざるを得ず、だからと言って何もしないのではなく、何か代わりのことを、と考えたのだろう。生徒だけでなく合宿への費用負担を含めた保護者のサポートに対して答えなければならないという思いがあったのかもしれない。
 ただ、指導経験豊富な教師が、雪山に対するリスクマネジメントやセルフレスキューの知識や技術も豊富だったかどうかはわからない。

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2017/03/29

ホワイトくらます西面滑降

■くらますでございます(山の名は)
 その珍しい山名のせいで、ずっと前から存在を知っていた「くらます」。意識したのは去年、2016年2月11日。快晴の氷ノ山三ノ丸から南方、兵庫・鳥取・岡山の三県境をなす山々の中の峰のひとつに立木のない真っ白な斜面が見えた。スキー場? 方向からして「ちくさ高原」?
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 帰宅後、調べてみるとその山が、「くらます」だった。
 いつか登ってみたい。そして、その真っ白なオープンバーンを滑ってみたい。
 そして雪に恵まれた今シーズン、決行することとなった。
 急斜面と藪のため、登山道は整備されていない。南北に伸びる山頂稜線上の標高約1000mの小通峠(こどれとうげ)に舗装林道がしかれている。くらますは小通峠の北方にある標高1282mであるが、その間には標高1137mの高倉、そして1144mの無名ピークがあり、藪の中のアップダウンを越えなければならない。というわけで、藪が雪に埋もれた冬場の入山する人の割合が多い山だが、小通峠への林道は当然除雪されておらず、西または東の急斜面を登ることとなる。東は、国道29号線沿いといってもいい加地集落から、未除雪の加地林道を延々とたどらねばならない。西は、麓の吉川集落までクルマで入ることができ、積雪期の入山口としてはこちらが主である。
 というわけで、吉川集落からの入山と言うことで計画を練る。標高差は700mあり、登りの遅い私ではラッセルでの登頂は難しい。ということで残雪期を狙うことになる。3月初旬にチャンスがあったが、ボーっとして逃してしまった。そのあと2度ほど寒の戻り。ようやく雪が落ち着いたのが3月下旬というわけだ。
 相方は、2年前に一緒に三ノ丸からくらますを眺めた、すうさん。今シーズンは、ちょうど1ヶ月前の大江山以来の同行だ。 
■おはようございます、くらます
 3月25日5時20分、京丹後の自宅を出発。豊岡市の但東、出石を経由して、7時に養父市大屋町ですうさんと合流。若杉峠、戸倉峠を越えて鳥取県若桜町へ。道の駅「若桜」でトイレ休憩を入れ、岩屋堂へと引き返す。県道72号線を5km南下し吉川集落へ。標高500m程の山間部にあるが、なかなか大きな集落だ。世帯数は30以上ありそうだ。
 途中の戸倉峠の兵庫側などは路肩にまだ1mを越えるような積雪が見られたが、鳥取県に入り周囲の山々を見上げながら「雪はまだあるのだろうか」と不安を感じていた。しかし、吉川に近づくに従いその不安は薄れていった。そして、集落の一番奥の牛舎の先で、車道をふさぐ分厚い雪を見て不安は消え去った。
 固さなどの状態を確かめるために雪の上に乗ってみると、表面は凍てついているがすぐ下の層は緩んでいてツボ脚なら少し踏み抜く。曇天で放射冷却は起こらず、冷え込みは緩めだった。しかし、スキーならラッセルはないだろう。雪から降りたところで転倒。雪解け水が凍りついたブラックアイスバーンとなっていた。
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 今日除雪作業をすることはないだろうが、それでも除雪作業の邪魔にならないように少し間をあけ、もちろん牛舎に出入りする人の邪魔にならないような位置を考えて路肩に駐車。ちなみに我々の1台のみだ。
■おじゃまします、くらます
 出発の準備を整え、雪に埋もれた車道を歩きだす。すうさんはシール、私はステップソールで。当然もう民家はないのだが、すぐに山に入るわけではなく、少し開けた谷には田んぼがあるようで、農作業や山仕事の関係と思われる納屋が見られる。道路のわきに「県管理はここまで」という意味の標識があった。この先は県道でなく沖ノ山林道ということか(もっと先まで県道として表示された地図もある)。その辺りの木々の切れ間から山が見えた。くらますだ。よし、白い!
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 足元の雪面には、ツボ脚、スノーシューまたはかんじき、そしてうっすらスキーのトレースが見られる。スキーは下りのものとみられる。
 谷が狭まりいよいよ山に入り、沖ノ山林道はカーブを繰り返し標高を上げていく。ヘアピンカーブの先端から飛び出しているのがヘンブ谷川沿いの林道。こちらへと入り込む。下りとみられる2人分のスキーのトレースがついている。雪面が凍てついていてステップソールのグリップが弱い。踏まれていないところの方がいいかと路肩に寄ったら、側溝の落とし穴に落ちた。脱出に体力を消耗した。
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 ヘンブ谷川に沿ったダブルトラックは、蛇行の振幅は小さく結構な勾配で直登に近く登っていく。この谷の周辺は、くらますの麓で最も勾配が緩い。いたるところに植林があるので、山の周囲からいくつもの林道が山腹に伸びているが、ヘンブ谷以外は蛇行が激しく距離がかさんでしまう。また下りでも勾配が緩く板が走らない。その点、今歩いているヘンブ谷川の林道は、むしろ下りでのスピード出すぎが心配になるくらいの勾配がある。距離、標高差の両面で最も山頂に近い吉川集落までクルマで入れることと、このヘンブ谷の林道があることが、積雪期にこのルートでの入山が一番多い要因である。
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 さすがに雪解けも進んでいて、コンクリート舗装の路面が顔を出している箇所がいくつかあった。なんとか雪がつながっていて、板を外すことなく進むことができた。
 砂防ダムを越え、勾配が急になってきたところで私もシールを装着。もう雪の切れ目はない。
■急登でございます、くらます
 標高800m付近が林道終点。さあ、ここからは道がない。スキーアイゼンを装着し、スキーの下りトレースにいざなわれるように斜面にとりつく。林道をたどってきたわけだから出だしは植林だ。しばらく登ると植林は終わり、比較的なだらかな雪原に出た。ここは楽しく滑れそうだ。朝は曇天だったが、いつしか青空が広がり、とても明るい雰囲気。期待を胸に上る。さらに行くと落葉樹の疎林となり、ここも十分ツリーランが楽しめる感じ。
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 先ほど道がないと書いたが、国土地理院の地図には林道終点から深い谷に破線が描かれている。我々が登っているルートはその破線の北側。谷の南側は植林。当然自分たちが今いる方が滑降に適しているので、登りでこちらにトレースを目印として付けていくのは正解だろう。スキーの先行トレースはさらに北方に消えていった。我々は、くらますの頂のすぐ南の稜線に向けて直登していくことにする。結局先行トレースを上部で見ることはなかった。
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 しかし、進むにつれて勾配は急になり、木々は密になっていく。振り返ると木々の合間に東山が見える。また周囲には大きな岩が見られる。ちなみに、くらます山頂にある三等三角点の点名は「天狗岩」だ。
 標高1000mを越えたところで正午となり、昼食の休憩。
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 登行を再開するが、勾配はさらにさらに増していく。木々の密度も濃く滑るのも快適ではなさそうだが、斜滑降できるだけの隙間はある感じ。登りでは、長い斜登行で大きくジグザグを描いていく。背後の景色にも変化があり、東山の左の稜線の奥に沖ノ山が顔を出した。
 稜線らしき斜面の端は見えているのだが、なかなか近づかない。あまりにも遅いので、先行したすうさんが、心配して降りてきてくれた。
 ようやく勾配が少し緩んできた。稜線が近い。大変な時間を要して、そして、どうにか稜線に到着。稜線歩きは勾配が緩く快適。東側の展望が開け、右後方に立派な山が見えてきた。このあたりの地理にはあまり詳しくなくてわからなかったが、山頂で地図を見たら三室山だった。さらに前方には大きな氷ノ山も見えてきた。三ノ丸が白い。
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 くらます東斜面に注目しながら山頂を目指す。昨年氷ノ山から臨んだオープンバーンが気になるところだが、稜線の両側に結構立木のない斜面があるようだ。
■ありがとうございます、くらます
 両側が切り立った狭い山頂、標高1282mに到着。雪庇に要注意だ。さすがに急勾配の山だけあって展望がいい。
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 そして立地もいい。兵庫県の標高ベスト3である、氷ノ山(1510m)、三室山(1357m)、後山(1344m)、そして鳥取県の東山(1388m)、沖ノ山(1312m)にぐるりと囲まれている。また沖ノ山の左手の奥には那岐山も姿を見せているし、現地では認識できなかったが東山と沖ノ山の間には遥かに大山を望むことができる。写真には辛うじてその山影が写っていた。
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 ただし、稜線は南北に続き、特に北方はすぐ近くに同じような高さの北ピークがあり、そちらのブッシュにより展望がさえぎられる。北方の扇ノ山はどうにかブッシュの脇に見えた。足元の雪の量が少ないと見えなかったかもしれない。
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 北ピークとの間の鞍部は結構急に見える。お目当ての北ピーク東斜面は目の前だが、もうそちらを滑っている時間はないので泣く泣く諦める。
 登りが遅くてごめんなさい。すうさんのペースなら十分北ピークの東斜面で遊ぶ時間があったはずなのに。まあ、登頂を果たしたのだから撤退ではないよね。
■滑ります、くらます
 シールを外し、登ってきたルートをたどる。狭いので慎重に。そして西斜面へ。重いザラメだが、何とかコントロールできる。最初は少し緩いので何とかターンできたが、急斜面になってくるともうダメ。斜滑降・キックターンを繰り返す。斜面が広いのが幸いだ。少し斜度が緩んできたらすうさんは果敢にターンをしているが、怖がりの私はキックターンに頼るしかない。
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■メリーくらます
 我慢の下りを経て、ようやく斜度が緩み木々が疎らになってきた。登りで楽しみにしていた斜面だ。ここで快適な滑りを堪能。お互いの滑りを動画に撮り合う。
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しかし、楽しい時間はあっという間に終わってしまい、植林帯に突入。何度も転倒。
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 そしてようやく林道に降り立つ。ヘンブ谷の林道は斜度があって板が適度に走る。ぐんぐんと下っていく。雪が切れかけたところを慎重に越え、あっという間に沖ノ山林道との出会い。こちらは斜度がなくて板が走らない。ほんのわずかに登りがあって、そこでステップソール板の本領を発揮するが、そのあとのごく緩い下りではステップが抵抗となり、すうさんのシュプールを拝借しているのに、あれよあれよと引き離される。そういいながらも下りは速く、農作業小屋などの建造物が見えたと思ったら、牛舎が見えてすぐに除雪の限界点。お疲れさま。
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 クルマにスキーなどを撤収して帰路に就く。お目当ての山頂北ピーク東斜面を滑ることはできなかったが、雪は十分あって、登りも下りもずっと板を付けたまま行動できた。滑りもそこそこ楽しんだ。まあ、楽しかったね。
■家に帰るまでがスキー登山です
 戸倉峠、若杉峠を越えて大屋ですうさんとお別れ。八鹿氷ノ山I.C.から北側の日高神鍋高原I.C.まで延伸し、今開通したばかりの北近畿豊岡自動車道を通って帰ろう。大屋・養父の旧町境手前の交差点を琴引トンネルへと左折していくクルマが多い。国道9号線および八鹿へのルートだが、この先の自動車道を使えばいいのに。と思いながら大屋川沿いの県道を進み、養父I.C.で南に向かうすうさんに続いて入線しようとしたのだが。北向き車線には入ることができない、ハーフインターチェンジだった。
 そういうことか。先ほど琴引トンネルへと向かったクルマの中には、八鹿氷ノ山I.C.へと向かうクルマもいたのかも知れない。ここまでくるともう自動車道の利用は遠回りになるのであきらめる。
 出石・但東経由が最速ルートだが、安いガソリン給油するために円山川沿いの一般道を日高に向けて北上。見事に空いている。ところが日高で、複数の消防車、救急車、ドクターカーに遭遇。いずれも血相を変えて叫びながら走っている。帰宅してから調べてみると、なんと自動車道開通直後に立て続けに3件の追突事故。南向きで1件、北向きで2件。そのうち北向きの片方は4台の玉突き。開通直後に、3時間の通行止め。
 自動車道に乗れなくてよかった。やはり、トラブルなく変えるのが一番大事。
■振り返ります、くらます
 この報告を書いていて気になったのは、スキーの先行トレース。下りのシュプールだったが、標高900mから下は我々が上り下りしたコースと同じだが、それより上は北方からトラバース気味に降りてきている。そして山頂付近ではトレースを見かけなかった。
 もしかすると北側のピークから直接下ったのかもしれない。
 我々が登頂した三角点のあるピークが最高点。そのすぐ北(直線距離400m足らず)のピークは、三角点より標高で20mほど低い。その分広くなだらかな雪原となっていて東斜面を目当てに訪れる滑走系登山者ばかりでなく、スノーシューやかんじきでの登山者もその解放感と展望を目当てに訪れるようだ。
 我々は、自分たちが立つ三角点ピークから鞍部への急な下りを見て北ピークをあきらめた。三角点ピークから鞍部までの下りは標高差40m程の急勾配だが、鞍部から北ピークへは標高差20mでしかもなだらか。北に行くと、戻ってくるのに時間がかかると思ったのだ。
 来た道を引き返す、という固定観念にとらわれ、北ピークからそのまま西斜面に下るという発想がなかった。北ピークへといっておけばよかった、と今にして思う。まあ、そういうことを思いつく余裕がなくなったのは、私のスローな登りのせいなんだけどね。
 地図を見れば、我々はヘンブ谷の林道終点からほぼ真東に上り下りしている。ヘンブ谷林道の終点から標高1000m辺りまでは真東直登で正解だっただろう。滑りを楽しめる斜面があったし(あの斜面があるかないかで、今回のスキー登山の満足度は大きく異なる)。問題はその上だ。
 三角点ピークの南西側の標高1050~1150m付近は周辺でも最も勾配がきつい辺りとみられる。標高1000mあたりから鞍部に向けて北東に上り下りするコース取りもあり得る。どっちみち登りは斜登行、下りは斜滑降でジグザグを描いていたわけだから、スイッチバックせずそれを斜めにいけばいい。標高1000より上ならば尾根や谷も浅く、トラバースしやすいように見受けられる。見えている範囲、つまり浅い谷から出ないことにこだわりすぎていたのではないだろうか。特に登りで体力を消耗する方向転換を減らす意味もある。
 もし、二度目があるなら、いろいろ考えてみたい。

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