2018/05/23

薫風の丹後半島一周'18

 毎年の個人的な恒例行事となっている丹後半島一周。その報告のタイトルに「薫風の」という枕詞が付くのは3年ぶり。一昨年には土砂崩れにより夏まで通行止め。丹後半島一周とは言えなくなる大きな迂回を強いられる状況の。昨年は、休日の天気がパッとしなかった。よって2年続けて初夏の丹後半島一周を断念、暑くて自転車に乗る気にならない盛夏が過ぎてからの決行となった。
 しかし今年の5月も、天気が良くない。曇りの日が多く、スカッと晴れる日が本当に少ない。それでもどうにか、晴れた日と自分が行動できる日が重なった。こうして、今シーズン初、生涯通算47回目の丹後半島一周が始まった。
 朝をだらだらと過ごし、玄関を出たのは10時前。自転車の準備を整える。が、ワンタッチで着脱可能なフロントバッグの、ハンドルにつけてあるアタッチメントがパキッと音を立てて破損。在庫してあるスペアに交換作業。もう生産終了品なので数年前にまとめて買った在庫が続く限りのもの。
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 10時過ぎに家を出る。まずは弥栄町内を竹野川に沿って北上。クルマの往来の多い国道を避け、農道を行く。田植えを終えたばかりの水田がきらきらと輝いている。晩稲の田んぼを行き交う耕運機の周りには、サギやカモメがたかっている。
 家を出た時には南風に押されて気持ちよく走っていたが、海が近づくと徐々に向かい風に変わっていく。南風によるフェーン現象で陸地の気温がぐんぐん上がり、空気の対流により海風に変わる。この時期の晴天の日の典型的な気象現象だが、早くも風向きの変化が起こっている。今日は最低気温と最高気温の差が15度くらい見込まれている。朝は肌寒かったが、走り出してすぐに半袖シャツと七分丈のズボンで十分な気温となった。
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 竹野川の河口部まで来たら、道の駅「テンキテンキ丹後」で小休止。荷物を満載した自転車が停まっている。さらに「日本一周」と書かれたボードもあった。トイレを済ませ出発しようとしていたら、日本一周の自転車の主が現れた。大きなザックを背負った20~30代くらいの男性だ。九州を出発し日本海側を進んでいるという。丹後半島を越え若狭湾を進んだら、琵琶湖に沿って南下し京都の世界遺産をすべて回り、また日本海側へ戻って北上再開するという時間無制限の旅だそうだ。今日は丹後半島を回り込んで舞鶴を目指すという。
 一足先に日本一周サイクリストが出発し、後を追うように私も出発。ここからは国道178号線。すぐに海岸段丘に上る坂が現れる。短いながらもそれなりに急な勾配。日本一周サイクリストの速度がみるみる落ちてとうとう自転車を押し始めた。「荷物が重くて大変ですね」と声をかけながら追い越す。
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 屏風岩を見下ろす。この辺りは遠浅のため、海底の白い砂が青く澄んだ水に光り輝いてとても美しいのだが、今日は少し波が立っているのが残念。基本的には朝から南風が吹いていたのだが、気温が上がって早くも北からの海風に変わっている。
 日本一周サイクリストは、海岸段丘に乗り上げ勾配が緩んだ区間を乗車で進んでいるが、まだ遠い。彼を待たずに出発しよう。
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 犬ヶ崎トンネルまでは緩やかな登り。トンネルを抜け丹後松島を眺めたら、そのあと下りに変わり、最後は急坂で宇川河口の平野部へと下る。そしてまた海岸段丘へと上る。近畿地方最北端の経ヶ岬が近づき、海と水田と新緑が輝く、静かでのどかな雰囲気となる。
 しかしながら、時おり地響きを立てて通るダンプカーが雰囲気を台無しにする。この先にある自衛隊の経ヶ岬分屯基地に隣接するアメリカ軍の経ヶ岬通信所で行われている工事の車両のようだ。それを過ぎてやっと本当の静寂がやってくる。
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 袖志の集落を過ぎ経ヶ岬へ。白南風(しらばえ)隧道へ標高差100mの登り。サルの姿がちらほら見られる。
 トンネルを抜けると、青い海と空が広がる。カマヤ海岸だ。若狭湾に浮かぶ冠島と沓島。その向こうの小さな山々は若狭湾のリアス式海岸を形成する半島群だ。少し左には奥越・奥美濃の山々と加賀白山が存在するのだが、さすがにそこまでは見えない。まあ、初夏の日中にしてはまずまずの展望といったところだ。
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 カマヤ海岸を走りきった甲崎で小休止。ちょうど昼なので持参していたおにぎりとパンを食べる。今走ってきた断崖の中腹の道が見渡せる。しかし、道の駅で出会った日本一周サイクリストの姿は見えない。荷物が重くてアップダウンは得意でないようなことを言っていたが、それにしてもかなりのスローペースのようだ。私だって間違いなく遅い方だし、写真撮影でしょっちゅう止まっている。こんなに先行することはめったにないことだ。「舞鶴まで」という彼の目標はアップダウンを想定せず距離だけで見積もったもののようだし、要するに最終的には「行けた所まで」ということになるのだろう。何しろ、時間無制限のない旅なのだから。
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 再スタートを切る。蒲入の漁港と集落を見下ろす道を行く。ここが2年前に通行止だった区間。開通しているが現在も工事中。復旧工事から拡幅工事へと継続しているようだ。通行止だった区間はわずかであり、すぐ下に集落があるから、歩行者や自転車なら通り抜けられたのかも知れない、と今になって思うがもう過ぎてしまったことなのだ。
 その通行止と同じ頃に開通した蒲入トンネルへ。峠がひとつ減ったことになる。2年前の今頃、釜乳の人にとってトンネル開通によって役場がある伊根湾方面や宮津方面の道路状況はよくなったが、その反対側、最寄のスーパーマーケットがある京丹後市方面に抜けられなくなり、日常の買い物に行く道のりが長くなってしまった、と新聞に出ていた。
 本庄宇治で内陸部へ入る国道178号線を離れ、府道623号線へ。国道よりも道は険しいが、海の景色が最も美しい区間へ。本庄浜からの登りに差し掛かったところに、いきなり「通行止」の表示。でも、「解除中」のマグネットのシールが貼られていた。最も勾配の急な登りの始まりを越えると、バラスの路面となった。本当に通行止が解除されているのかと思えるほどに重機がうごめいている。その重機の脇をすり抜けるように工事区間通過。
 しかしその先にも作業員の目があり止って休みにくい雰囲気。結局、標高差120m程をノンストップで登ってしまった。
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 若狭湾方面の海の景色が開けた。本当に青い。そして静かだ。日本一周サイクリストにも、この景色を見てほしかったのだが、彼はこの道を通ることはないだろう。国道の方がアップダウンが少ないとアドバイスしてしまった。もちろん、景色は海沿いの府道がよいことも伝えたが、元々その存在を認識していなかった険しい道を行く気はない様子だった。日本一周という大きな目標へと向きあい、「京都の世界遺産をすべて回る」という自分のこだわりを貫けば、他の場面で密度が薄まっても、それは仕方ないことだろう。
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 静かな証拠に、サルの群れが路上でくつろいでいる。そのうちの2匹が組み合い寝技の応酬、そして上四方固め、と柔道かレスリングを楽しんでいた。
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 ダイナミックな断崖に囲まれた入り江の泊まで下ったら、次は新井崎への登り。こちらも、登りだしが急勾配だ。ひと登りしたら道は水平からやがて下り基調となる。澄んだ海を見下ろしながら新井(にい)の集落へ。道路と海の間の高台に水田が広がる。初めて丹後半島一周した頃には棚田だったが、30年近く前に耕地整理が行われ一つ一つが広く機械で作業しやすい水田となった。
 再び登りとなり、棚田の残る区間へ。そのまま府道を行っても棚田を見ることはできるのだが、よりその景色を堪能できる町道へ。しかし、その分道は険しい。新井の漁港を見下ろせる所まできたら棚田はもうすぐ。
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 一般の水田よりも田植えが遅いのだが、すでに植えられたばかりの苗が風に揺れていた。そして、バックに広がる日本海。これが「新井の千枚田」。
 棚田エリアを越えてもしばらく登りが続き、標高150m程がピーク。その後は府道に合流し、伊根湾へと下る。
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 クルマがすれ違うことが困難な細い道は、舟屋と母屋とを隔てる中庭をつないだもの。かつてはこれが国道178号線だった。10数年前に集落の裏山に車道が開通たので、舟屋集落の中の道を行くクルマは減り、代わりに観光客が行き交っている。
 伊根を過ぎたら、若狭湾に沿った平坦な道を行く。伊根湾を含め、若狭湾に面した側は冬場の北西の風が当たらないので集落は波打ち際といっていいほど海の近くにあり、道路も平坦になる。南風の時には、波しぶきが道路にかかるほどだ。
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 そして初夏の午後に強い海風が吹き、それを背に受けて快走できる区間である。昼ごろまでは風が冷たく感じられることもあったが、今はもう心地よい。
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 前方に見えていた栗田半島が左に見えるようになると天橋立が近い。路肩には、ハマヒルガオが咲いている。
 天橋立の北詰めの江尻で小休止して、阿蘇海沿いの自転車道へ。海と水田に挟まれた道が、これまたまるで架け橋のようだ。
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 与謝野町男山から府道53号線で内陸へ。最後の峠を越える。200m程の本日最も大きい標高差だが、勾配がきつい区間がないので、一日走って疲れた脚でも平気。といいながら、去年はこの登りで脚がつって苦しんだ。
近年、走りにブランクがあると脚がつるようになった。今年は、1月に広島・山口、2月に台湾、3月に北海道としっかり走り続けていることが関係しているのだろう。ちなみに、冬の広島かきしま海道、去年秋の丹後半島一周では、脚つり祭り開催となった。それぞれ晩秋から初冬の時雨模様、夏の暑さのためにあまりはしていない状態からいきなり的また距離を走ったことによるものだったと思われる。
 体調だけでなく、気象条件にも恵まれた一日だった。夏日にとどまらず真夏日さえ観測される今年の5月だが、本日の最高気温は20度台前半。湿度は低く、快適そのもの。風向きも、朝は南風、午後は海風、つまり一日ほぼ追い風。やはり、この時期が一番いい。でも、近年こういう初夏を象徴する天気が少なくなってきているような気がする。
 日本一周サイクリストは、どこまで行けただろうか。予定の舞鶴まで到達できたかな。丹後半島が好天にあたったことは、地元の人間としてはうれしい。
 5月下旬、10:10~16:35、81.7km,、起点及び終点:京丹後市弥栄町

■こちらへのアナウンスを忘れていましたが、3月の北海道ツーリングのレポート本編を公開しています。
 電脳徘徊トップからどうぞ。

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2018/05/13

初夏の依遅ヶ尾山で鮮やかな緑と青に出会う

 ゴールデンウィーク後半の4連休のうち、寒気の影響で3日雨が降った。いずれも短時間の弱い雨であったが、すっきりしない時間帯があった。唯一安定した快晴だったのが子供の日。午後にぶらりと依遅ヶ尾山へ。
 海と空の青、そして緑が鮮やかだった。
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スーパーカブの消耗品交換・後輪タイヤ交換に難儀する

 雪が解け暖かくなってエンジン付きのバイクにも乗りたくなってきた4月、後輪周りの消耗品を交換した。
 リアブレーキを開放し、アクスルシャフトを抜いて後輪を外す。ちなみにアクスルシャフト(axle shaft)は車軸のことで、よく「アクセル」シャフトと間違えられている。
 自転車なら工具不要で、ものの1分でできること。カブに乗るようになり初めて作業した時には、これだけでかなりの重労働だと感じたのだが、どれだけの作業をしなければならないかということがわかっているので、作業を始めてしまえば後は流れに乗って進めていける。それから8年くらい経過し5回以上は経験を積んでいるのだから。まあ、それでも面倒な作業だから、消耗品をまとめて交換しようと言う目論見だ。
 まずは、最も難航すると見込まれるタイヤとチューブ交換。すり減ったタイヤを外すのはタイヤレバーを使えるので問題ない。
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 タイヤより先にリムの穴にチューブのバルブを通してから、タイヤの片方のビードをリムにはめ、タイヤの中にチューブを納める。
 さあいよいよ難関、もう片方のビードをリムにはめる。一周360度の4分の3、270度を超えたあたりから作業が膠着する。ビードが固くて入らない。滑りをよくするビードワックスを塗ってもだめ。タイヤ装着作業開始から30分以上、全体としては1時間近く経過しててもなお膠着が続く。苦し紛れにとうとう禁断のタイヤレバーを使ってビードをはめてしまった。空気を入れてみる。全く空気圧が上がらない。やはりだめ、チューブに穴を開けてしまった。ビードを入れることができても、チューブを傷つけたら全く意味がない。やり直し。ビードを外す。
 穴が開いたチューブは、出先でのパンクに対応するために携行していた普通のチューブ。そうだ、タフアップチューブを入れよう。接地面が二重構造になっていてパンク修理材が入っているもの。普通のチューブよりかさばるので携行には向かない。穴の開いたチューブは、自転車のパンク修理用のゴム糊とパッチを貼って前輪で使おう。
 で、タフアップチューブで再トライするものの、またもビードがはまらず膠着。懲りずに、タイヤレバーを使ってまたチューブがパンク。スーパーカブ版「春のパンク祭り」開催となった。
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 この日タイヤ交換をあきらめ、その後にするつもりだったチェーンとドリブンスプロケットの交換作業。こちらは失敗の可能性の低い作業だから、後回し。集中力の必要な作業が優先なのだ。
 さて、リムにビードをはめる作業は、毎回苦労するとはいえ、今回が初めての作業ではない。なのになぜできなかったのか。翌日以降に考えた。タイヤは耐摩耗の材質が固いもの。1年以上前に買って在庫していた。裸のまま置いていたので、両側のビードの間隔が広がっていた。リムは中央部がくぼんでいる。つまり、径を小くしてある。ビードを中央に寄せ中央部の溝(くぼみ)にはめれば、ビードに余裕ができる。これを「ビードを落とす」という。リムとビードを着脱する際にはビードを落とすのだが、在庫していたタイヤはビードが広がり、固い材質のためビードが落ちなかったのだ。
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 そこで、ビードを力尽くで落とすための道具として、クランプ(万力)をネット通販で購入。一つ200円未満の安いものなので3つ注文した。それが届くまでの間に、タイヤレバーで穴を開けた未使用チューブのパンクを修理。タイヤレバーとリムで挟むと、貫通して2か所に穴が開く。しかも大きめの穴。しかも、レバーをタイヤの中で「グリグリ」やれば、穴の個数は「グリ」の回数の2倍ということになる。穴を塞いで空気を入れてみたら別の穴を発見、ということを繰り返す。というわけで、2本のチューブに結構な枚数のパッチを貼って、パンク修理を完了。
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 1週間後に作業再開。ビードを4分の3ほどリムにはめ、膠着状態が始まる頃にすでにはまっている部分にクランプを装着。タイヤを締め上げればビードがリムの中央に寄る。もちろんビードワックスも塗っている。そして、残りのビードに挑む。もう力技しかない。足で踏みつけ全体重をかけてリムにビードを押し込む。10分ほどで、ベコッという断末魔の叫びとともにビードがリムに陥落。やった。
 リムとビードの間にチューブが挟まっていないか点検してから空気を入れる。念のため一番寝かして空気が抜けていないことを確かめてから、車体にホイールを組み付ける。
 最後に、オイル交換をしてようやく作業完了。
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2018/05/01

千の水になって'18

 兵庫県の中央に位置する旧神崎町東部の周回ツーリング。猪篠川流域から、林道越智ヶ峰線を越えて越智川の谷へ。千ヶ峰名水街道を、川の流れとともに下ってゴール。
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 春から初夏へと季節が移り行く季節。さんさんと降り注ぐ陽光の中を走る。神埼中心街から猪篠へはクルマの多い国道312号線をできるだけ避け、農道などをつないで行く。以前はパーキングスペースだったところが道の駅「銀の馬車道 神河」に生まれ変わっていた。
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 猪篠で国道を離れ集落の奥から動物除けのゲートを開けて林道越智ヶ峰へ。路面に土砂が積もっている。日本海側では雪解け時期に暖かい雨が降ったため雨量のわりに川が増水したことがあったが、このあたりはどういう状況なのだろう。積雪はさほど多くないはずだが。あるいは雨が多かったのか。帰宅してからアメダスのデータを見れば、生野で3月上旬に50~60㎜/日の雨が複数観測されていた。
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 「深タワ?」という峠を越えるとあとは下る一方。越智の集落までは林道の急な下り。越智川に沿った県道367号線になると緩やかに下る快走路。ただし、県道ではなく「千ヶ峰名水街道自転車下り」ルートとして指定された農道などクルマの少ない道をつないでいく。八重桜の花びらの絨毯の上を走り、麦畑の中へ。あとひと月余りで褐色の麦秋となる麦畑は、今は緑一色。根宇野で、越智川から笠形山の懐の谷まで続くこいのぼりの大軍を見れば、もうゴールはすぐそこ。
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4月下旬

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2018/04/28

Slide and Ride 扇ノ山2018

 4月の第2週のウィークデイに、扇ノ山の上山高原まで除雪が完了したようだ。厳冬期は30年ぶりくらいの低温を記録し雪も多かったが、2月の半ば以降まとまった降雪がぴたりとなくなり、3月は記録的な高温であっという間に雪が解けた。上山高原へも早めの開通。しかも、高原にはほとんど雪がないらしい。つまり、上山高原手前の道を塞いでいるわずかな残雪区間を除雪した、ということだ。
 山陰に残された最後の雪山に雪があるうちに滑り納めに行こう。でも、道路開通直後の土日は天気が悪く、決行したのは翌週。その間、雨も降ったし20度を超える日もあった。かなり雪解けが進んだはず。上山高原から無雪期の登山口までは3kmほど車道を行かねばらならないが、かなり雪が切れてスキー板の着脱が面倒になりそうだ。ならば、兵庫県の上山高原ではなく、鳥取県の河合谷牧場からアプローチしよう。日当たりの関係で河合谷牧場の道のほうが雪解けが進んで自転車が有効に使える。
 というわけで河合谷牧場へ。兵庫県側からアプローチするには、国道9号線の県境の蒲生トンネルを越えてすぐに十王峠へ向かうのが最短ルートだが、道がものすごく狭く曲がりくねっている。急がば回れで、岩美町の中心街まで行った方がいい。しかも、現在十王峠は通行止だった。
 ところが雨滝集落から河合谷牧場へと向かう道の分岐点にも立看板。台風被害のため河合谷牧場内で通行止、とのこと。なんと、これは想定外。すでに昼になっているので、今から兵庫県に戻り上山高原へと回れば、間違いなく時間切れだ。でも、よくよく考えてみれば、河合谷牧場まではまだクルマが入れない。その手前で、残雪に阻まれる。少なくとも今は工事していないはずだ。台風被害ということは、去年の秋から通行止。おそらく、まだ復旧工事は始まっていない。ここはGOだ。
 細く曲がりくねった道を登っていくが、雪はない。途中で軽トラックが止まり作業服を着た男性が数人見られた。昼の休憩のようだ。ただし、工事関係者ではなく、山仕事のようだ。
 徐々に路肩に雪が現れてほっとするが、やはり少なめだ。
 河合谷牧場の作業道の分岐を過ぎ、標高880m、いつもの場所で残雪が道を塞いでいた。ここに駐車。自転車とスキーの準備。
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 兵庫側、上山高原へ道と違って、除雪されず自然の融雪でここまでクルマが入れる。河合谷登山口までの車道が距離約3.2kmで標高差約180m。ちなみに、上山高原の除雪限界点から小ヅッコ登山口への車道は約2.9kmで約170m。両登山口の標高はほぼ同じで、登山道はすぐに合流する。要するにどちらから入山してもほぼ同じ。私の場合、今日のように雪解けが進むと河合谷を選ぶ。雪が切れ切れの車道部は、日当たりがよく、9割方アスファルトが露出している河合谷牧場の方が自転車を有効に使える。上山高原側の車道は、残雪区間が長い。測ったわけではないが、半分以上は雪に覆われているだろう。つまり、自転車にはあまり乗れない。かといって何か所も雪が切れているからスキーだと板の着脱が面倒だ。また、登山道部分はかなり藪が出ていると予想される。高原野菜の畑にエスケープして農道を上っていける河合谷登山口側の方が有利だ。
 準備が整いかけたところで、軽トラックが2台登ってきた。が、すぐにUターンして去って行った。先ほどの山仕事の人たちのようだ。私のクルマが降りてこないので、兵庫県側に抜けられるのかと思ってやってきた、というシナリオが浮かぶが、本当のところはわからない。
 自転車にスキー板を装着して準備完了。まずは、自転車を押して残雪を乗り越える。下界は20度を越える陽気。緩んだ雪にタイヤがめり込んで大きな負荷となる。
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 残雪を乗り越えると、道は牧場内の日当たりのよい区間となり、路面にも周囲にも残雪はない。標高が低いところから雪がとける、というのは傾向の一つであって、実際には日陰は解け残り、日向は解ける。上山高原から小ヅッコ登山口までの道は日陰が多く残雪が多い。河合谷牧場の道は、日当りがよく、何度か残雪を乗り越えながら大方アスファルトの上を乗車で進んでいくことができる。残雪の上は自転車を押して歩かねばならないが、自転車を乗り降りする方がスキー板を着脱するよりは手間が少ない。当然、残雪区間は毎年決まっていて、初めて訪れた時には迷った挙句、水とのふれあい広場より少し手前に自転車を止めた。でも、水とのふれあい広場、あるいはそのすぐ先の河合谷登山口まで自転車で行った方がいいということが、そのときにわかった。だから今日も、眺めの残雪区間も迷わず自転車を押して行く。
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 水とのふれあい広場の手前の残雪を越えたところに通行止めの立て看板。ただし、上部を向き、こちらには背を向けている。つまり、通行止め区間を通り抜けたわけだ。結局どこが通行止めの原因なのかはわからなかった。路肩が崩れている場所はあったが、クルマが通れないほどではない。工事が始まれば通行止めになるということか。あるいは、残雪に埋もれているところにもっとひどく傷んだ区間があるということなのか。まあ、要するに普段と同じように行けたということである。
 水とのふれあい広場で水を補給。河合谷登山口まではすぐ。そこに自転車を止めた。ただし、河合谷登山口からの登山道には入らず、その先の農道へと向かう。主に大根の高原野菜の畑が広がっている。おそらく登山道は藪が出ているので、農道の方が歩きやすいのだ。雪がつながった部分を歩き小ヅッコの近くまで登る。最後は雪が切れていたので板を外し、藪を越えて登山道へ。雪が解けているので藪には苦労した。
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 登山道へとたどり着いたものの、思いのほか雪が少ない。厳冬期の雪が多かったせいかたくさんの枝が雪面に落ちているのと、すでに潅木の藪が出ていることのダブルパンチで、まっすぐに歩けない。障害物がなく、雪がつながった場所を蛇行して辿る。
 大ヅッコが近づいたところでようやくブナ林の中の雪原となった。ここで、下山してくる単独行のハイカーとすれ違う。上山高原からだろう。
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 大ヅッコへ登り、いったん下って扇ノ山の頂を目指す。予想通り、大ヅッコの南斜面は雪解け。板を外して半分ほど下ると雪が出てきたので板を装着。まあ、上の方は木々の密度と勾配の兼ね合いであまり滑れる区間ではないから、歩いて下っても損した気分にはならない。
 ステップソールの板は、こういうアップダウンがあり、しかもなだらかなコースにはもってこい。そういえば、今シーズン、一度もシールを使っていない。
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 そして扇ノ山山頂へ最後の登り。山頂手前の展望テラスから鳥取市街方面が見えるが、いつものように霞んでいる。また、テラスの周りの雪もやっぱり少ない。東側斜面を見るとまだ十分楽しめそうだ。
 山頂に到着。2階建ての立派な小屋は改装工事が予定されているのか、足場の資材が積まれブルーシートを被せておいてある。この時期、木々の根開けのように小屋の周りが丸く雪解けしているのだが、今年はその周りの雪もない。特に南側は。
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 すっかり白い部分を減らした氷ノ山の姿を拝んでから、少し来た側に戻り東斜面へのエントリーポイントを探す。待望の滑降だ。適度な斜度、適度な疎林、そしてすばらしいざらめ。ただし、滑れる距離は短い。数ターンで進路を北に向け、斜滑降で大ヅッコとの鞍部を目指す。
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 大ヅッコへは、下半分は板を装着したまま登り、登山道が露出した上半分は板を外す。大ヅッコの頂で板を装着。そして、大ヅッコ東斜面へ滑り込む。ここも気持ちがいい。しかし、やはり短い。そのまま来た斜面に回りこみ、ブナ林の緩斜面へ。気持ちよく滑っていたら、徐々に雪の切れ目が多くなる。元はブナの根開けだったのだろうが、それがかなり広がっている。かわしきれずに地面に板が乗っかり体が前方に投げ出される。背中から雪面に投げ出され、スライドする。隣の木に頭をぶつけるかと思ったが、幸い手前で停止。ちなみに、ヘルメットをかぶっていた。ザックがクッションとなってどこも打ち付けたところはない。腕も肩も脚も、ひねったり打ったりしていない。唯一、首をかなり振った。むち打ち症のような感じだ。打ち付けたわけではないが頭もくらくらする。翌日から数日、首が痛かった。
 すぐには立ち上がれず、しばらく寝そべって呼吸と気持ちを整え、体勢を立て直す。その後はもう藪が濃くなり滑りにくい。登りより早めに、山部に阻まれないうちに大根畑へと飛び出す。ただし、畑は日当りがよいので雪が切れている。登山道付近の藪だってまともに滑れないのだから、こちらの方が歩きやすい分いい。
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 登りで登山道へ交流した辺りから雪がつながり、農道を滑り下る。すぐに自転車のデポ地へ。
 自転車に板を固定したら、今度は自転車のダウンヒルを楽しむ。牧場内でカーブを越えたら前方になにやら動く物体。鹿だった。そして、道路を塞ぐ残雪を乗り越えること7度、クルマへ戻る。
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 スキーと自転車を積み込んで、クルマをスタートさせる。夕暮れの林間の細い道を走っていると、すぐ前方を右から左に何かが通り抜けた。鹿だ。すぐにもう一頭。あわててブレーキをかける。ほっとしたのもつかの間、アクセルを踏み込んだらもう一頭出てきた。今度はかわせず右側面に鹿が激突。しかし、鹿は体が丈夫。転倒したものの、すぐに体勢を立て直して走り去って行った。クルマは、右前輪のタイヤハウスの前後がへこんでいた。運転席のドアと干渉して、ドアの開閉時にベコベコと大きな音を立てる。「はい注目、このクルマのボディへこんでいるよ!」とアピールしているようで恥ずかしい。
 翌日、すでに20万km近く走っているクルマに大枚を費やせないので、何とか自力で音が出ないようにする。ドアとタイヤハウスのパネルの継ぎ目にマイナスドライバーを突っ込み、へこんだ干渉部分を力ずくで戻す。へこみは完全に治ったわけではないが、擦り傷はないのでそう目立たない。
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 体が丈夫な鹿だが、頭は弱いと言わざるを得ない。暗く静かな山中で、大きな目を光らせ轟音を立てて近づく恐ろしい物体に気づかなかったとは思えない。自分の体より大きなそれに向かって飛び込んでいくとは、自殺行為ではないか。猪突猛進ならぬ鹿突猛進といったところか。
4月下旬

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2018/04/11

燃え上がれ!タンデム学会2018in近江富士・野洲川

 4月8日、京都市内のランドナー専門自転車店「I's Bicycle」主催のタンデムラリーが、滋賀県で開催された。近江富士の麓から野洲川左岸・右岸の堤防上などを通って琵琶湖まで往復する約40km。10台を超えるタンデム車と、ソロ多数が集まった。私もソロで参加。
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 2月の後半から強い寒の戻りはなく、特に3月は温暖で、お目当ての桜はおおかた散ってしまっていた。にもかかわらず、タンデムラリー当日はこの時期にしては強い寒の戻り。昼前には北西の風が強く吹き、冬晴れのような気候。そして琵琶湖に向かう往路には向い風。少しだけ風をしのげる林間で昼食の後、琵琶湖岸に出てみれば対岸の比良の山々の稜線は雪雲がかかっている。左岸から右岸にレーンを変えての順風となるはずの復路では、風は弱まってしまい、雲が出てきて日はかげり時折ごく弱い雨が当たる。それでもすぐにまた太陽が顔を出して、春の野洲川と近江富士を眺めながら走る。
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 本日の私の自転車は、4年前に譲り受けた「山口ベニックス」。推定40年前のモデル。この日集まった自転車としては古いほう、もしかするとソロ車では最も古いものかも知れない。何人もの参加者から「ベニックスですね」と声をかけてもらった。
 ゴールまであと少し、というところでベニックスのチェーンが切れた。スタッフの店長さんに、コマを詰めてつなぎなおしてもらった。手早い対応で、すぐにゴール地点に到着し、撤収中の参加者からは「もう直ったんですか」の声。店長のおかげです。
 丹後からのアプローチはクルマで3時間半~4時間かかると見込んで、朝5時過ぎに出発。なんと雪が降っていた。散った桜の花びらをうっすらと雪が覆っている。そして、天橋立越しに見える丹後半島の山々は白い。こんな日には温かい飲み物が欲しくなるだろうと、駐車場で湯を沸かしてポットに入れて携行した。ストーブ、ガスボンベ、コッフェルはかさばるので私はクルマに残したのだが、昼ごはんの時にはその場で湯を沸かす参加者の姿がちらほらとみられた。
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 約40kmの距離に昼食時間込みとはいえ5時間と、ずいぶんのんびりした計画だと思ったが、実際には的確な時間設定だった。多くの自転車が集団走行するために何度も停止して全員が揃うのを待つ。タンデム車は発進にコツがいるため、集合の後の再スタートにも少し多めに時間がかかる。また、自動車進入禁止の区間がいくつもあり、その出入り口には車止めがある。微速前進の苦手なタンデム車は押すか持ち上げて越えなければならい。持ち上げるのにも大きくて重いタンデム車は数人がかりということになる。それでも、息を合わせて発進し、おしゃべりをしながら進んでいく姿は何とも楽しそう。息が合えばかなりのスピードが出る。1台の自転車としては大きくて重いが、2台分よりはかなり軽いはず。2人分の体重を支えなければならずフレームは太く頑丈なため、ソロ車2台分くらいはあるのかもしれないが、ホイールは2本のままである。
 また、クルマへの積み込みもそれぞれに工夫されていた。中でも、2台の折り畳みタンデム車には驚かされた。1台はもともとがコンパクトサイズでパンタグラフ式とでもいうような簡単に折りたためるもの。もう1台は、タンデム車としては普通サイズだが、3つ折りにして輪行袋にも収まるというもの。こういうおもしろ自転車が見られるのが楽しみで参加したのだ。
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 さて、ベニックスのチェーン切れの原因は、数日前にチェーンを交換したのだが、うまく繋げられていなかったようだ。前日試走がてら乗った時には大丈夫だったのに、タンデムラリーの日は朝からチェーンが歯飛びして調子が悪かった。このベニックス2年前に、リアディレイラーをスポークに巻き込んでエンドを曲げてしまった。そこへ無理やりディレイラーハンガーを装着して乗っている。ディレイラーハンガーはボルトと後輪のドライブシャフトで固定している。クルマで運ぶ際にホイールを外したので、セッティングが狂った。つまり、原因はディレイラーだと決めつけていた。
 リアディレイラーに不安を抱えているので、最近は自宅の周辺でしか乗っていなかったのだが、平たんコースのタンデムラリーならばと久しぶりの晴れ舞台登場となった。前述のとおり参加者の皆さんから声をかけていただいたのと、スタッフさんからは「エンド修正できますよ」というありがたいお言葉。ベニックスで参加してよかった。
 さて、タンデムラリーの後は、「GUELL草津」(ぐえる)という自転車屋さんに寄り道。その名の通り草津にある。ちょっと見てみたい折り畳み小径車があるのだ。やはり、カタログと違って現物を見るとよくわかるのだ。
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 最後に、タンデム車の一般道路走行について。各都道府県の公安委員会でルールが定められ、多くは一般公道での走行はできないが、近年、二人乗りとして設計されたタンデム車での一般公道での走行が解禁される傾向にある。
 長野県では、観光地でのレンタサイクルでのタンデム車の利用に合わせて40年前から一般公道での走行が認められていた。2000年以降、視覚障害者のサイクリングイベントが行われていた兵庫県や山形県で、さらに2010年以降いくつかの府県で公道走行が認められるようになった。京都府では2015年11月20日に解禁。これを受けてI's Bicycleのタンデムラリーが始まった。今回は、2018年4月1日のタンデム解禁直後の滋賀県で開催となった。
 それ以外では「自転車専用道路で利用可能」という県が多いが、「自転車専用道路」がないので実質すべての公道で利用禁止という場合が多い。ちなみに、ほとんどのサイクリングロードは「自転車歩行者専用道路」なので「自転車専用道路」には当たらない。
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 ちなみに、京都府では以前から天橋立の砂嘴の松並木でレンタサイクルのタンデム車が通行していた。これは自動車及び自動二輪車は通行禁止であるが「京都府道607号天の橋立線」で、自転車専用道路ではない。自転車以外に、歩行者も、排気量125㏄以下の原付自転車も通行できる。京都府では2015年11月19日以前は、現実には存在しない自転車専用道路でしかタンデム車の通行は認められていなかった。つまり、以前は法令違反での営業活動が行われていたということになる。まあ、事故などのトラブルが起こらず平和だったということだろう。ちなみに、このことは2016年に警察署に問いあわせて判明。
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 天橋立のレンタルタンデム車も、折畳可能なモデル。そのヒンジ部分が破損して乗り捨てられていることもあった。やはり二人分の体重を支えるフレームやホイールには相当負担がかかっている。また、動力も二人分のため、駆動系も頑丈である必要があるとのこと。

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2018/04/06

向春の道南 太平洋・噴火湾・津軽海峡沿岸を行く

 ブログではダイジェストをお送りします。詳細レポートは「電脳徘徊」にて近日公開予定。
      *       *       *
 3月末には安定した晴天が続き、数年温めていた計画を実行した。
 3月27日夜、残雪の小樽に上陸。二輪車は私の自転車だけだった。自転車の走行距離は小樽市内約3km。
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 28日朝、輪行で苫小牧へ。どこにも雪はない。遠くがかすむ曇天の下、走行開始。交通量が多い道を行くうちに、霞が薄くなり白い山並みが見えてきた。雪解け直後のせいか、路肩には細かいバラスが散らばり、リム打ちパンク。それにタイヤやチューブが古くなっていた。チューブを交換し再スタート。
 東室蘭駅から伊達市の長和駅まで輪行。この区間は10年前にすでに走っているので、脚を温存するためとパンクの可能性を減らすため。長和から走行再開。ずっと平坦だったが、最後に標高差100mを登って降りる。豊浦のホームセンターでタイヤを買って、宿へ。約81km。
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 29日、タイヤを交換してからスタート。天気が良くて海が青い。まずはアップダウンが続く。道路わきに雪が残る礼文華峠、静狩峠を越える。最大標高差は200m余りしかないが、約20kmの長い峠道だった。そのあとはひたすら平坦。風も斜めからの追い風でスピードアップ。長万部で大盛の「かにめし」を食べる。前方に噴火湾越しの駒ケ岳。今日はあのふもとまで。そして、後方にはやはり噴火湾越しの後志羊蹄山。八雲からは、真後ろからの風に押されさらにスピードが増す。クルマも増える。あっという間に宿泊地の森へ。約108km。
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 30日、亀田半島を経由して函館を目指す。快晴で追い風、クルマも少ない、という絶好の条件でスタート。今日も、渡島富士(駒ケ岳)と蝦夷富士(後志羊蹄山)を見ながら走る。時々現れる漁港では干された昆布が風に揺れている。椴法華(とどぼっけ)から恵山岬へ。灯台を見物してから椴法華へ戻る。半島を一周する海岸道路はないのだ。標高100mほどの小さな峠を越えると津軽海峡が見える。下北半島も大きくはっきりと見える。夏にはこのようなことはなく、空気の澄んだこの時期だからこその眺めだ。
 そのあとは風速10m/s近い向かい風に苦しむ。函館山がなかなか近づいてこない。湯の川温泉で塩ラーメンを食べてから再スタートするときには、ようやく風が弱まっていた。夕日に赤く染まる函館山はすぐそこ。約125km。
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 31日、函館散策。が、いきなりパンク。ビスを踏んだ。「春のパンク祭り」開催中だ。まずは、駅で切符を購入。指定席にも十分空きがあるようなので自由席も座れるだろう。朝市をちらっと見てから、金森赤レンガ倉庫群へ。そのあと、昨夜見つけた「チルノワ(CHILLNOWA)」という自転車店へ。さすがに北国、ファットバイクが並んでいる。予備を使い果たしたのでチューブがないかと尋ねるが、サイズやバルブが合わなかった。
 ラッキーピエロの大きなハンバーガーを食べ、朝市のフードコートでラーメンを食べて駅へ。予想通り特急列車の自由席は空いていた。室蘭本線を経由して札幌へ向かう特急を長万部で下車し、函館本線の普通列車に乗り換え。内陸部に入ると一転雪景色。今日は曇天、後志羊蹄山はぼんやりと霞んでいる。
 小樽駅で下車。ラーメンを食べに朝里まで足を延ばす。そして、フェリー乗船。函館市内と小樽市内で約20km。
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 4月1日、フェリーを降りたら桜が咲いていた。
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2018/03/21

樹氷の氷ノ山2018

 この冬は天気が悪かった。1月の下旬から2月の中旬くらいまで、何度も寒波がやってきた。雪遊びを楽しむものにとってそれはありがたいことなのだが、穏やかな日もないと遊びに行けない。2月の後半は、大きな寒波は来なくなった。大荒れの日はないのだけれど、晴れの日もあまりない。春が近いことを思わせるようなぽかぽか陽気もない。3月にはいれば、一気に初夏の陽気もあり、寒暖差が激しい。北近畿の平野部では、冬の間ずっと田んぼなどが雪に覆われていたのは、30数年振り。ただし、それはある程度海に近いところだけ。内陸ほど雪は少なく、山の雪はあまり多くなかった。2月の後半からまとまった積雪はなく、3月の高温の日と降雨によりどんどんと雪が溶けていった。
 すうさんとの氷ノ山に行く計画が実現できたのは、3月17日。4時過ぎに目が覚めてしまったので、そのまま起き出し、5時に家を出た。養父市大屋町の待ち合わせ場所には6時25分に着いてしまった。トイレを済ませ、本を読みながらすうさんを待つ。約束の7時に、すうさんと合流し、クルマ1台でわかさ氷ノ山スキー場へ。もうすっかり雪が解けて春の景色の中を行く。若杉峠、戸倉峠、そしてスキー場と標高700m程に登らないと雪がない。
 スキー場に到着し、いつもの無料駐車場にクルマを止める。すいているな、と思ったら今週からすべての駐車場が無料とのこと。支度をして、スキーパトロール詰め所で入山届けに記入して、リフトに乗車。日差しがさんさんと降り注いでまぶしい。山頂をうっすら覆っているガスは、これから取れていくだろう。スキー場の最上部付近から上は、樹氷がついている。
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 すばらしい景色が期待できる一方、不安も大きい。一つは雪不足。入山届けにも書いたが、ワサビ谷への滑降を予定している。おそらく、スノーブリッジは崩れ沢が出ているだろう。何度も渡渉しないといけないかも知れない。もう一つは雪質。昨日の雨、そして夕方から夜間の寒の戻りで、雪面はカチカチに凍てついているに違いない。ちゃんとスキーがコントロールできるだろうか。
 標高1195mの樹氷スノーピアゲレンデ最上部に到着。上部のリフトは、中間駅から下のみで営業中だが、ありがたいことに入山者はリフトトップまで乗せてくれる。ただし、最上部の降り場には雪がないので、スキー板を外しての乗車だった。
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 伯耆大山は見えていない。扇ノ山も山頂が霧に覆われている。板をザックに固定して背負い、急登に取り付く。なんと雪がとけ登山道の階段が露出している。しばらくは、カチンコチンに凍てついた雪面と、露出した登山道が交互に現れる。しばらく登り、三ノ丸から山頂への稜線が見えてくると、もう登山道は完全に雪に覆われた状態となった。樹氷が美しい。青空をバックに白い樹氷が映える。頂上台地の手前のやせ尾根区間にたいがい付いているはずの雪庇がない。やはり雪が少ない、あるいはまとまった降雪が途絶えている、ということのようだ。
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 そして頂上台地に到着。ブナの樹氷の林だ。これを抜けると広大な雪原。見事な眺めに心が弾む。しかし、足元の雪は相変わらずカチカチ。そのまま板を背負ってつぼ足で歩いて行く。
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 大山が見えている。雲海の上に鋭い山頂が突き出ている。扇ノ山はまだほんの少し山頂が隠れているが、仏ノ尾と青ヶ丸は姿を現している。東山、くらますは、一部が黒く笹が出ている。
 三ノ丸手前で休憩中の2人組のスキー登山者がいた。彼らは、県境を根を下るという。我々はワサビ谷の予定だと告げると、「先週、仙谷を滑ったら沢が出ていて大変でした」と言われる。その少し前にも、アイゼンをつけた単独登山者に、「ワサビ谷には行かないよね」と言われていた。誰もが、今日ワサビ谷を滑るのは厳しいと思っているようだ。
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 三ノ丸に上り詰め、ようやく板を装着。山頂がすぐ近くに見える。但馬妙見山はうっすら、蘇武岳は完全に雲に隠れている。
 とりあえずワサビ谷の源頭まで滑り降りる。ワサビ谷源頭部は2つに分かれていて、たいてい山頂寄りから滑り降りている。今日も、滑るならそちらのつもり。日当りがよく、早く雪が緩むことを期待してのことだ。というわけで、その境目のワサビ谷の頭の小ピークを越える。
 我々のすぐ後からスノーボーダーがやってきて、ワサビ谷を滑るのかと訊かれる。「先日も仙谷で沢への滑落事故があって、ドクターヘリで運ばれたらしい。今日もパトロールで谷への滑降はお勧めしないとのことで、ピストンをすすめられた」と言われた。
 とりあえず結論を急がず、休憩しながらじっくり考えよう。腰を下ろして、パンなどを食べる。
 結局、ワサビ谷は断念した。谷の下部では沢が口を開けている。急な法面も凍てついているわけで、沢への滑落の恐れがある。確かに、登ってきたコースを戻るのはスキーにとって楽しいものではない。でも、このカチンコチンの雪面では、急斜面の林間であるワサビ谷も楽しめない。
 こんなことならば、戸倉峠の南、坂ノ谷林道入り口にクルマを一台置いておけばよかった、と悔やまれる。緩やかな尾根から林道へと下るコースならば、今日の雪でも問題ない。林道は時々雪が切れているだろうが、板の着脱の手間はかかっても危険はない。ワサビ谷の沢が口を開けていることも、雪がカチンコチンに凍てついていることも予想できたのだから、エスケープルートを用意しておくべきだった。
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 まあ、悔やんでも仕方ない。スノーボーダーやつぼ足登山者は山頂へと向かったが、我々は、来た道を引き返す。まずは、ワサビ谷の頭へ登り返し。男女3人連れの登山者がとすれ違う。ヒップそりで楽しそうに、そして賑やかに滑っている。ワサビ谷の頭を越え、少し下って三の丸への上り返し。私は、ステップソールなので板をつけたまま。すうさんは、板を手に持って登って行く。シールを貼るほどの登り返しではない。
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 三ノ丸で再び景色を眺める。扇ノ山も但馬妙見山も蘇武岳も完全に姿を見せてくれた。ただし、霞のせいか遠くは見えない。大山は相変わらず山頂だけ霞の上に突き出ているし、丹後の山々は全く見えない。
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 ここからは緩やかな斜面を滑降。強い日差しに、往路よりは少し雪が緩んだ感じ。薄く積もった新雪がたまっている箇所を選んでターンすると気持ちいい。普段は緩やか過ぎて物足りない斜面だが、今日はかたくて板が走る。むしろスピードを出すのが怖い。緩やかでちょうどいい。ああ、坂ノ谷コースならこのままずっと緩斜面をいけるのに、とまたここで悔しく思う。
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 すぐにブナ林へ。板を外す。つぼ足で登った区間は、下りもつぼ足。雪が緩んだお蔭で、踵が食い込んでくれて助かった。
 スキー場のゲレンデ最高地点へ到着。だが、まだ油断はできない。上部は閉鎖されているカチコチの急斜面。特に、出だしは幅が狭く、横滑りで降りていくコース。度胸のあるすうさんは板を装着して滑り降りるが、自信のない私は板を背負ったままつぼ足で下る。日向はいいが、日陰では雪面にかかと落しを食らわしてもステップが切れない場面もあり、こわごわの下り。
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 斜面が開けたところで板を装着。斜度があるので吹き溜まりで作業をするが、ブーツの底に雪がくっついて思うように行かない。情けないことに、すうさんに助けてもらってどうにか板を装着。
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 斜面が開けたといっても、相変わらず急で凍てた雪面。雨などででこぼこになっているので、さらに性質が悪い。私の後から軽アイゼンで降りてきた登山者は、途中で本格的なアイゼンへと交換して降りていった。
 まずは斜滑降で様子を見る。なかなか厳しい。ターンを試みるが転倒。次のターンでも転倒。滑落するような転倒をしないようにするだけで精一杯。でも、その後は斜度が緩んできて、吹き溜まりを狙ってターンをして、先に滑り降りていたすうさん側に降り立つ。
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 そこからは、リフト中間駅から下の解放区間。ようやく安全地帯だ。お互いを動画撮影しながら滑る。その下のリフト沿いでは、アルペンスキーの大会が行われていて、一部コースが閉鎖されている。コース幅3分の2ほどが大会に使われ、一般に開放されているのは3分の1ほど。出だしこそなだらかだが急斜面区間もある。雪がすっかりざらめになっているのが幸いだった。そして、緩斜面になって今度こそもう安心。パトロールに帰還報告をして、振り返ればすっかり山の色が変わっている。朝は白かった山だが、木々の樹氷が落ちて今は黒っぽい。まあ、樹氷が楽しめたのが今日の一番の収穫だった。
 大屋ですうさんと別れ、北近畿豊岡自動道で帰ることにする。大屋川の谷から八木川の谷にレーンをチェンジし、八鹿氷ノ山I.C.手前で氷ノ山を振り返る。
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 早く下山して、明るいうちに家に帰れたので、少し自転車に乗る。
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2018/03/12

早春の京都北山京見峠・持越峠・雲ヶ畑(ラリーグランボア2018)

 京都市にあるオーダーメイドのランドナー専門自転車店「I's Bicycle」の走るイベント「ラリーグランボア」が3月の第2日曜日に開催されている。「もうすぐ春ですねえ、ちょっと走ってみませんか」というわけだ。2018年は第4回とのこと。ちなみにグランボア(GrandBois)とは、I's Bicycleの自転車やその関連商品のブランド名。また晩秋には、店名を冠した「アイズラリー」というイベントも開催されている。アイズラリーでは参加者が揃って集団走行するのに対し、ラリーグランボアはI's Bicycleのお店をスタート・ゴール、北山の持越峠をコントロールポイント(CP)として、緩やかな時間制限が決められ、推奨周回コースの地図が配られるものの、各々自由に走ればよい、というもの。
 丹後周辺では、日当たりの良い田んぼや幹線道路はとっくに雪はなくなっているのだが、自転車で走るのに適したクルマの少なく除雪が行われない道は3月に入ってからの高温と雨で日陰区間もようやく溶けたところ。ただしこれは平野部での話、標高100mを越える山間部の道の日当たりの悪い区間はまだまだ雪に閉ざされている。こういう時期に雪のない地域に出向くのは合理的である。さらに、CPの持越峠の麓の雲ヶ畑の里には懐かしい思い出がある。気になるのは天気だが、開催日の3月11日の日曜は週間予報で晴れ予報が出ていたものの、念のため期限ぎりぎりの9日金曜夕方発表の予報を見据えてから参加を申し込んだ。
 当日朝5時25分に自宅を出発。京都市右京区、仁和寺の近くにあるI's Bicycleに9時までに到着したい。これは、店の駐車場は狭くて当日にはとめられないので、周辺の駐車場にクルマを入れ、ツーリングの準備を整えた状態で自転車に乗り換えて店へ9時までに、というわけだ。周辺にはコインパーキングがいくつもあるようだが、当然安い方がよい。インターネットで調べてみると、収容台数が数台と少ないものが多いので、いくつか候補を用意してGPSレシーバに登録しておいた。
 送れないために京都縦貫道に乗るが、順調に進んでこのままでは早く着きすぎる。瑞穂か京丹波まで縦貫道で行こうと思っていたが、和知I.C.で降りる。国道27号線へ。
 京都市内まで縦貫道を使うと、市街地の走行が長くなってしまう。朝なので比較的道路は空いていると思われるが、通行料金を抑えたいし、追い越し車線が限られた区間にしかないので、飛ばしたがるクルマを背後に従えて走らねばらない。
 和知の道の駅でトイレ休憩をして、安いガソリンスタンドで給油。まだ7時前だが開店していた。
 京丹波の信号が多い国道27号線と9号線の合流点の手前で、府道445号線へ。胡麻駅からJR山陰本線に沿って府道50号線で日吉ダム。そして国道477号線、府道362、363号線を経由し、京北で国道162号線へ。また10年以上前に何度も通ったルートだし、昨年晩秋に自転車で走った栗尾峠越えの周回コースと一部重複している。長い空白期間もあってクルマで走るのと自転車で走るのとでは同じところを走っているということが分かりにくかったのだが、また今日クルマで走ってみて記憶が結びついた。今朝の北近畿での予想最低気温は氷点下1度。これは平野部での値であるから、標高が高い丹波高地ではもっと低いわけで、少し路面凍結もあった。ピンポイントなのでクルマがスピンするほどではないが、少し滑る。
 国道162号線に乗ったらすぐに笠峠。今では京北も京都市なのだが、笠峠を抜けて京都市に入るというイメージが残っている。
 清滝川に沿った道はセンターラインこそ引かれているものの道は狭く屈曲が多い。好天に恵まれた休日とあってかクルマの通行が多く、カーブの曲がり方がへたくそというか、横着というか、とにかくセンターラインを当たり前のように越えて内回りする関西人の運転。東日本に行くとこういうことはない。
 高雄を越えると京都盆地の中へ、そして徐々に市街地へと入っていく。
 宇多野で道路脇のコインパーキングに「昼間最大500円」とかかれていたような気がしたので、通り過ぎてしまったのをいったん引き返して確認。事前に調べていた駐車場は600円だったから100円安い。ここは500円で間違いなかったが、この駐車場での昼間とは午前8時以降。ただいま7時50分。今駐車場に入れると夜間料金が余分にかかってしまう。というわけで、国道からわき道に入ったところにクルマを止め、自転車を下ろして準備を整える。そうするうちに8時を過ぎたのでクルマを駐車場に入れる。ここは3台分のみの小さなパーキングで、すでに1台入庫していて、2台分空きがあった。交通量の多い国道162号線に面しているので、車上荒らしの心配はあまりしなくていいだろう。
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 さらに準備を整えて、自転車に跨りI's Bicycleへ向かう。複雑な路地を含めて六差路の福王子交差点で国道を左折、仁和寺の前の仮設トイレに立ち寄る。トイレを出ると、目の前をニッカボッカースタイルでランドナーに乗ったサイクリストが通り過ぎていった。おそらく、ラリーグランボアの参加者だろう。かくいう私は、7分丈のズボンにニッカーホースを合わせた疑似ニッカボッカースタイル。自転車は当然ランドナーだが、フラットハンドルのVIGOREではなく、ドロップハンドルのもう一台のVIGORE。一昨年11月のツイードピクニックで琵琶湖畔の長浜を走って以来1年4ヶ月ぶりの出番だ。ただし、調整のため1週間ほど前から2度ほど走ってみた。
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 仁和寺からI's Bicycleまではすぐ。先ほどのサイクリストに次ぎ2番乗りのようだ。店内で受け付けをしてコースマップを受け取る。名簿で見ると参加者は40人弱で、私は最後から2番目の申し込みだったようだ。
 スタート可能な9時までまだ少し時間があるので、店の前で待機していると次々と参加者がやってくる。受け付けは10時までなのでこれからどんどん集まってくるようだ。ほとんどがランドナー、半分以上がニッカボッカー。ちなみに、車種や服装に制限はない。
 9時を過ぎ出発する人が出てきた。仲間同士での参加者たちだ。しばらくするとスタッフさんの一人が出発するというので、同行する。私以外に、個人での参加者がさらに2名。計4名でスタート。
 受付時にもらったマップには推奨コースが描かれている。そのコースは、過去の参加者によってインターネット上に掲載されているコースデータと同じものだった。インターネット上のデータはトラックデータに起こしてGPSレシーバにインストール済み。インターネットに上がっていたいくつかの記録には、反時計回り、つまり鴨川沿いをさかのぼり、CPの持越峠を越えた後、さらに京見峠を越えてI's Bicycleに戻る周回ばかりだったが、スタッフさんは時計回りで行くようだ。CPさえ通れば、どちら周りでも、あるいはピストンでも、さらにはどこを通ってもいいのだ。CPでは9時半から11時半まで「Cafe de GrandBois」が開店しホットコーヒーとケーキがいただける。
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 仁和寺の東の細い坂道を登って原谷へ。ウォーキングをする人が結構いる。また、クルマやバイクが時折通る。原谷には、立命館大学のグラウンドがあり、学生のバイクも見受けられる。細いヘアピンカーブで対向車があっても、我先にと突っ込んでいく必死な姿勢は関西人、そして京都人らしい。
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 何度も休憩をとりながら坂を上り、集落の中の「原谷中央公園」の前でまた休憩。日差しが心地いい。グラウンドを過ぎたせいかクルマやバイクも少なく、静かな時間を過ごす。
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 そのあと少し下って、鷹峯へ。目の前にコンクリート舗装の激坂が現れた。千束坂(せんぞくさか)だ。前出の記録では下りでも押して通過する人が多いと書かれていた。標識によれば最大21パーセント。小樽の「励ましの坂」の24パーセントに迫る勾配だ。若いスタッフさんはギアを落として登っていくが、私以外の参加者2名は押して登っている。私はもちろんインナーローにシフトダウンし、乗車で挑む。中盤までは行けた。しかし登っていくほどに勾配が増していく。頂上が見えてきた。左カーブ。内側はきつい。外側に行く。蛇行すれば登れそうだ。しかしクルマの音が迫る。ということであと少しのところで足をついた。ロー34Tのスプロケットなら登れたはず。このランドナーではリアディレイラーのキャパシティでは34Tは装着できない。滑り止めの凹凸があるのもきつい。この凹凸は下りでも曲者だそうだ。
 そして京見峠への登り。かつてはずっと狭い道だったが、中腹は新しい道になり、十分な路肩をのんびり行く。勾配も比較的緩やかだ。ここでも何度も休憩をとる。ロードレーサーが何台も追い越していく。クルマやバイクはたまに通るが、原谷への登りよりも少ない。
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 新しい道は終わり、細い道となる。峠の茶屋が見えてきた。その先が峠だ。この茶屋のあたりから京都盆地が見下ろせるはずだったのだが、木が伸びて展望がない。京見峠なのに。
 標高410mの峠で休憩。時刻は10時50分。CPの開設されている時間を確認。11時までじゃなくて、11時半までで間違いないよね。
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 峠の北側は細い道。そこを結構な台数のクルマが行き交う。この先にある「山の家はせがわ」というレストランに人気があるようだ。ちょうどお昼時に差し掛かってきたのでクルマが増えてきたようだ。それに、標高のせいもあり冬場は積雪や路面凍結の心配がある。ようやくそうした心配から解放されて安心して訪れることができるようになった時期も重なっている、とスタッフさんは言う。
 そのはせがはの駐車場は混雑。どんどんクルマが入っている。事前に読んだラリーグランボアの記録ではもれなくここで食べたハンバーグの写真が掲載されていた。反時計回りで走る参加者の多くはここによるようだ。
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 ずっと走ってきた府道31号線から、府道107号線へと分岐する。持越峠への登りだ。クルマの通行が一気に減る。登り返しは100m余り。峠の標高は389mと京見峠よりは低い。それでも峠の手前は、比較的急勾配で息が弾む。11時半ぎりぎりにCPに到着。たくさんのランドナーが並んでいて壮観だ。
 ほとんどの自転車にはスタンドがついていないので、切通の法面に立てかけられている。私が所有するすべての自転車にはスタンドが付けてある。風景の中に自転車を映しこんで撮影するには、スタンドがないと不便である。今日のランドナーには二本足のセンタースタンドを付けているので、クルマに載せたり降ろしたりするときの前後輪の着脱のときにも重宝する。泥よけがついているので、フロントフォークで立たせることができない不便さを補ってくれる。こうした場面で自転車をひっくり返す人がいるが、これはあまり合理的ではない。サイクルコンピュータなどハンドルにつけた機器あるいはその台座を損傷したり汚したりすることになるし、何よりホイールの軸を収めるのに、フレームの重みを利用してスコンと入れる方が楽なのだ。
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 まあそういうわけで、CPのブース付近の法面はすでに満車だが、私の自転車は法面に関係なくCPの近くに止める。もしかすると、変わったことをする奴だ、と思われているのかもしれないが、気にしない気にしない。ロードレーサーから見れば、きっと泥よけだって同じようなこと。私にとっては、泥除けもスタンドもツーリングには必要な装備なのだ。
 コースマップに到着証明のスタンプを押してもらい、暖かいコーヒーとケーキを頂く。要項には11時半までと書かれていたが、その時刻を過ぎて到着する参加者もいる。もちろん、CPが閉鎖されることもなく、何度も湯を沸かしてコーヒーがドリップされている。
 私以外にVIGOREが2台。VIGOREとは今は京都市内の岩倉に店を構える自転車店。フレームビルダーである店主は現在三代目で、ランドナーを作っていたのは先代まで。また、VIGOREで自転車を組んで販売するだけでなく、別の自転車店へのフレームの卸売りもかつてはやっていて、私の2台のVIGOREはともに、京都御所に近い「キヨセ」という店で組まれたものだ。
 峠ではそれぞれのVIGOREオーナーに話を聞いた。一人は、38年前にVIGOREで買ったものとのこと。最近レストアしたが、パーツ構成も含め、伝統的なスタイルを維持している。もう一人は、私と同じくキヨセで購入とのこと。ただし30年近く前に買ったそうだ。私の2台はいずれも友人からの譲渡だが、元々は1993年とその1,2年あとにそれぞれキヨセで購入されたものだから、時期も近いようだ。パーツ構成も似ているように見える。そのオーナーさんは、キヨセの店主とずっと親しくされているようで、一緒に走りに出かけているとのこと。一昨年の晩秋にキヨセを訪れたときに、静岡県の大井川流域を走ったと店主から聞いていたのだが、それにも同行していたそうだ。
 12時過ぎに、その場にいる参加者とスタッフ30名ほどで記念撮影。12時半ごろCPを撤収するスタッフに挨拶して、我々もスタート。肌寒いので、登りでいったん脱いだ中間着を着て手袋も指先まで覆われたフリースのものに交換。雲ヶ畑への下りはかなりの急坂。スピードを出すとカーブで飛び出しそうだ。
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 雲ヶ畑は静かな山里。ここには22年前に来たことがある。京都市北区に実家がある友人の青波ゴン太くんと一緒に自転車で来た。青波ゴン太くんは通勤などに使う変速のないシティサイクルで、自転車乗りの私に合わせてくれた。あの時は雲ヶ畑の集落からさらに標高差150m程高い岩屋山志明院まで登った。11月の末でちらちらと雪が降ってきたことを覚えている。
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 本日は、志明院にはいかず、鴨川の流れに沿って一気に下っていく。22年前のあの日も寒かった。今日の方がまだ暖かいか。2日前までのまとまった雨のせいか、山水があふれて路面が濡れているところが何か所もある。でも、泥除けのおかげで自分にも後続車にも水撥ねをかける心配は御無用。減速せずに進んでいける。
 下りは早い、上賀茂神社のあたりまで下るとクルマが増えてくる。山間部の谷あいから、京都盆地へと入ったので春の日差しを受けてポカポカ。それに勾配もなくなり自転車をこがなければならないので体が温まってきた。
 でもやっぱりまだ春爛漫という雰囲気ではない。まだ花も葉もない裸の街路樹が春の浅さを示している。
 やがて市街地の走行となる。金閣寺の前では、和服姿の女性もみられる。何かお祝い事かと思うがただの観光客だそうだ。
 そのあとはスタッフさんの案内で迷路のような路地を行く。クルマは少ないが、見通しの悪い交差点では、自転車同士の出会いがしらの衝突に注意が必要。もちろんたまに通るクルマや歩行者にも注意だ。
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 最後は、立命館大学の校舎のすぐそばを通って、14時ごろにI's Bicycleに帰着。我々がCPを出たのが最後だったのに、まだ半分以上の参加者が戻っていないようだ。くじ引きで記念品にグランボアオリジナルチューブを頂いた。参加費の500円をはるかに上回る景品だ。
 14時半過ぎに皆さんとお別れ。クルマを止めたコインパーキングへ。自転車を積み込んでいると、自転車が前を通っていく。本日の参加者たちだ。ここを通るということは、我々とは逆の反時計回りだが、京見峠を経由せず高雄を通ってきたということか。そちらも御経坂峠はあるが、京見峠よりは低い。それを見越してのコース選択かどうかは、聞いたわけでないからわからない。沢の池に寄り道していたことが後でわかった。
 さて、クルマに乗り換え、15時15分、帰路に就く。帰りは時間に余裕があるので、京都縦貫道を使う必要はない。途中福知山でラーメンを食べて、19時10分に帰宅。
 シーズンの到来を喜ぶツーリングイベント。やや肌寒い場面もあったが、衣類で調整できる範囲。雨の心配はなく、天気に恵まれたと言える。I's Bicycle主催のツーリングに参加するのは2度目で、それぞれ別のVIGOREランドナーで走った。次は山口べニックスで、つまり毎回違うランドナーで参加するのもいいのかもしれない。

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2018/03/05

雪解かしの雨

 暖かい雨。さほど雨量が多いわけでもないのに、川は増水し濁流が勢いよく流れている。上流の山間部での雪解け水だ。残雪からは湯気のようなものが上がり、そのあたりだけまるで霧がかかったよう。
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戸倉峠から県境尾根を経由し三ノ丸ピストン

 3月の第一週の土日は待望の晴れ予報。この冬は腫れが少なくすっきりしない天候が多い。2月の最終週など、土曜日は文句なしの晴れ予報だったにもかかわらず、実際には昼前から平野部で雨、山では雪。山に出かけたけれどもホワイトアウトと風雪に難儀したという報告がネット上に見受けられた。
 さあ、こちらは満を持して氷ノ山へ。晴れが続くならば早い日の方が空気が澄んでいいはずだが、カメラが壊れてしまった。金曜の朝にネットで注文して、土曜に届く予定。そのカメラを持って日曜に行くことにした。使い方が荒いのか、2年前後で壊れてしまう。十数年前なら保証により無償修理をしてくれたのに、最近は「外部から何らかの力を受けなければこのようなことは起こりません。よって、保証対象外です」と言われて、高い修理代を請求される。そもそもカメラは持ち運んで使うことが多いもの。長く使えば、そりゃ何らかの力だって受けるのが当然。だから、長期保証なんて意味がない。カメラは消耗品だ。あと、11年前に買ったカメラを予備機として、たまに使っている。これが壊れない。買ってから数年はメインカメラとして使っていたのだが、より高倍率だったりGPS受信機能が付いたものに心を奪われてしまった。ちなみに予備機は光学10倍ズーム(当時は画期的な高倍率)、今回の新しいものは光学40倍ズーム。
 4日、午前5時40分、月明かりを浴びて家を出る。明け方も10度を少し切るくらいまでしか下がらず、路面凍結の心配はない。丹後の自宅から99㎞の道のりを2時間で兵庫・鳥取県県境の戸倉峠へ。信号が極端に少ないので(点滅式、感応式を含め99㎞で30機ほど)、巡航速度と平均速度の差が小さいのだ。
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 国道29号線新戸倉トンネル兵庫側の駐車場には、すでに5台のクルマが止められている。登山者か渓流釣りの人のものだろう。他にもう1台とキャンプなどで使う椅子やテーブルが置かれている。その側、1m以上積もった雪の上には若者が何やら作業をしている。スキー場で見かける平均台のようなものを運んでいる。よく見ると、近くにスノーボードのようなものが並べられている。こんなところで、何をやらかすつもりなの。
 さて、30分ほどかけて準備を整え、8時10分、出発。スタート地点の標高は730m。
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 まずは凍結した国道をこわごわ渡る。そして、旧道へ。旧道は通り抜けできないので当然、除雪などされていない。雪の壁には階段ができている。ザラメの雪面は、気温が高いせいか緩んでいて足が沈む。板を装着して歩き出す。先行者のトレースは、スノーシューばかりだ。ステップソールで軽快に歩く。本日の装備にはシールはない。
 今日のコース案として最初に浮かんだのは坂の谷コース。戸倉峠から国道29号線を1.6㎞ほど兵庫寄りを起点とする坂の谷林道から入山する。片道10㎞近い緩やかなロングコースは、昨年新調したステップソールの板の性能が発揮できると考えた。ちなみに、通りがかりに見たが、今日も坂の谷林道入り口付近には数台のクルマが止まっていた。
 ただし、坂の谷コースのピストンは、過去に何度か経験していて新鮮味はない。そこで次に浮上してきたのが、戸倉峠からの県境尾根コース。こちらも坂の谷コースとよく似たなだらかロングコース。13年前にわかさ氷ノ山スキー場からの入山で、一度滑降しただけで、登りを歩いたことはない。つまり、登りでじっくりと様子を見た経験はないのだ。
 坂の谷と県境尾根の両コースの周回と迷い、国道の1.6㎞のための自転車も積んで来たのだが、結果としては県境尾根をピストンすることにした。
 県境尾根に登山道を通す計画があるようだが、現在は笹などの藪が雪に抑えられる積雪期限定のコース。近年はそれなりにたどる人がいるが、13年前には限られた人にしか使われないコースだった。こうした利用者増の背景にはGPSレシーバーの普及があるのではないかと思う。私は、当時よく利用していたパソコン通信の自転車フォーラムの影響で、16年以上前の2001年からGPSレシーバーを利用しているが、例えば13年前でも、周囲に利用している人はほとんどいなかった。また、最初の1台は地図をインストールすることができず、高度計、距離計、速度計や、トラックデータのロガー(記録機)としてしか利用していなかった。現在では、2万円前後の底辺モデルでも、パソコンを使えば国土地理院の等高線付きの地形図を無料で搭載できる。そして、インターネットの登山情報交流サイト「ヤマレコ」などで、GPSのトラックログが公開されている。そうして登山道がない山でも、コース取りが研究されている。
 旧道を歩き新戸倉トンネルの脇を抜けてヘアピンカーブで標高を上げる。まだ朝なのに、結構暑い。今日は下界では20度を超える予想気温だ。急激な温度上昇というわけで、こういう日には雪崩やスノーブリッジの崩壊に注意をしなければならないが、本日はそういう心配のないコースである。
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 しばらく歩くと、戸倉トンネル。1995年開通の新戸倉トンネルに対し、戸倉トンネルは1955年開通。ぞれぞれ平成と昭和のトンネルだ。ただし、昭和の方は鉄格子でふさがれている。
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 その旧戸倉峠の手前で分岐する道を進む。またヘアピンカーブで高度を上げる。そして、今度はトンネルでなく切り通しの戸倉峠に到達。鳥取県側の景色が開ける。未除雪の旧国道が蛇行し、そののり面が伐採されたオープンバーンとなっている。そのオープンバーンにはダブルトラックのような道がスイッチバックして登っていて、何やらトレースがついている。よく見ると旧道にもトレースがある。スノーモビルの跡のようだ。
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 戸倉峠からは尾根の西側を北上する林道が分岐している。家の谷川の谷(家の谷というのだろう)に面しているので、家の谷林道と呼ぶことにする。東の兵庫側から西の鳥取側へ尾根の末端を回り込む形で、高度を上げるためのヘアピンカーブや山襞に沿った屈曲で距離が延びる。兵庫側から尾根にとりついた記録もあるが、濃い林の中の急勾配、そしてアップダウンに苦労している。国道の旧道及び戸倉峠までのダブルトラックは結構勾配があるので、それをショートカットするということは、さらに勾配が増すということだ。まあ、スノーシュー登山者が距離を縮めたい気持ちはわかるのだが。
 少し休んでから家の谷林道に入ると、勾配が緩くなり復路の下りでも板があまり走らなさそうだ。しかも、障害物のなく西側が開けた谷から北西の季節風が吹きつけるようで、雪面が大きく波打っている。
 家の谷林道を北上する。どこから尾根にとりつくかが一つの課題である。13年前には、尾根を下ってきて1073m小ピークの少し北側で家の谷林道に降りた。でも、地図を見ていると、もう少し尾根を長くたどり1073Pの南の鞍部で林道と尾根を行き来するのがよさそうに思える。
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 実際に歩いてみると、想定していた地点の少し手前でよさそうなとりつきポイントを発見。先行トレースも、そこから尾根にとりついているものと、家の谷林道をさらに進んでいるものとが同じくらいだ。ここは思い切っていってみよう。
 まずは、杉林の中の緩い斜面を登る。すぐにわりと大きめの鞍部で県境尾根に乗り上げた。ここより南側で県境尾根に上がると、かなりアップダウンを越えなければならない。
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 さて、その鞍部から1073Pへと登る。そこそこの急斜面で、落葉樹の林が濃い。ここを滑り降りるには難儀しそうだ。やはり、下りではもう少し北側の当初予定していたポイントで林道に降り立つのが良いかもしれない。
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 標高差50mほどを登ると、勾配は緩やかになる。実はそれが今日の一番の急勾配だった。ブナかナラかよくわからないが明るい落葉樹林やスギ林や、その境目をひたすら歩く。空は真っ青な快晴。杉林でも結構明るく、落葉樹林では日差しがまぶしい。
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 なだらかな1073Pを越えてしばらく行くと、木々の合間に真っ白な三ノ丸の大雪原が見えた。本日の到達目標だ。青空をバックに白さが際立つ。写真を撮りたいが、手前の木々の枝が邪魔で遠くにピントが合わない。マニュアルフォーカスの設定にするが、なぜか遠くにピントが合わない。昨日届いたばかりのカメラなのでまだ使い慣れていない。
 ほんの少し歩いたら、木々の合間が大きくなった。ズームすれば枝はフレーム外となりオートフォーカスで三ノ丸にピントが合う。赤い屋根の避難小屋も確認できた。
 次の目標は、標高1182m小ピーク。ここがかつて三ノ丸と呼ばれ、現在の三ノ丸はかつて二ノ丸と呼ばれていた。このあたりについては、13年前の記録に記している。
 1073Pを越えてほんの少し下ってから、また緩やかな登りが始まる。前方から登山者が下りてきた。スノーシューなので、下りが長い。
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 1182Pの手前、落葉樹が疎らに茂った明るい雪原に腰を下ろして大休止。なだらかなのでどこがピークということもないのだ。ここまですでに距離7㎞、標高差400m余りを登ってきた。
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 その先でぽつぽつと下山してくる人に出会う。みな単独で、スノーシューを装着している。13年前には貸し切りだったこのコースでもこんなに人に出会うようになった。あと、ごく小さなアップダウン、あるいは平らな面と緩やかな斜面とが交互に現れる階段状の尾根のせいか、時折落葉樹林の背景に真っ白な三ノ丸が現れる。姿を見せるたびに少しずつ大きくなっている。13年前には、三ノ丸に背を向けていたので気づかなかった。これは、坂の谷コースにはない楽しみだ。
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 落葉樹林がさらに疎らになり、とうとう大雪原に出た。青空と白い雪原の2色のみ。素晴らしい光景だ。そのなだらかな雪原をまっすぐに登る。
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 赤い屋根の避難小屋のほか、東屋に展望櫓と3つの建造物があるのだが、なかなかそれが見えてこない。かなりじらされた挙句に、鳥取県若桜町側の東屋が見えた。5、6人の登山パーティの姿も見える。みなスノーシューだ。そしてピークに近い赤い避難小屋と、ピークの展望櫓も見えている。背後には東山、三室山など鳥取兵庫岡山の三県の境目をなす山々が見える。東山の右肩からは伯耆大山がのぞくがかなり霞んでいる。
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 標高1464mの三ノ丸に到着。さらに北側に氷ノ山本峰も見えているが、今日はここ前。距離は10㎞に達している。一人の登山者が休んでいる展望櫓にお邪魔する。先客はかんじきだ。たどってきた県境尾根の向こうに、前出の東山と三室山の間には去年登った「くらます」。その山頂東側のオープンバーンを滑った思い出がよみがえる。それらの奥には、後山も。
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 また、北西方向には青ヶ丸と仏ノ尾を従えた扇ノ山がなだらかな山容を見せている。北東には、蘇武岳と妙見山の山脈。その向こうの丹後の山も、さらに遥かな加賀白山も霞に完全に隠されている。
 伯耆大山を写真に収めたいのだが、霞で姿が薄く、強い日差しの反射もあってモニター画面で確認できない。とにかく、半分あてずっぽうでシャッターを切りまくる。帰宅してからPCで確認したら、なんと大山は霞に飲まれ見えていなかった。白い峰々は手前の山だった。撮影時にモニターで大山の姿が確認できなかったのは、そもそも見えていなかったのだ。
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 さて待望の滑降開始。ヘルメットにカメラをつけて、滑りだす。しかし、強い日差しを浴びた雪面は緩んでなかなか滑らない。歩くように滑って、勾配が増したところでターン開始。気持ちよく数回ターンしたところで、突然ブレーキがかかり、何とか踏みとどまろうとするも最後はトップが雪面に刺さって前方に吹っ飛ぶ。幸い無事だったが、こんなクラッシュをすると、体や道具を痛めてしまいそうだ。下界では、最高気温が20度を超える、4月下旬並みの陽気。春の風を通り越して、初夏のような乾いた温風を感じる。時折ブレーキがかかる雪の怖気づいてそのあとはスピードを抑えた滑り。
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 樹林帯に入るが、相変わらず板は走らない。緩い尾根なので、直滑降だ。時折尾根が広く緩やかになっているので方向を見失いそうになるが、板が走らないとはいえスキーなので登りよりはスピードが格段に速い。すぐに登りのトレースを探し出せる。もちろん、GPSレシーバーで登りのトレースから大きく外れていないことも確認できるので、不安はない。
 自由自在に雪面にシュプールを描きたいところだが、トレースをたどるほうが板が走る。緩んだ雪面はダートで、踏み固められたトレースは舗装路といった感じだ。また、ごく小さいけれど登り返した平坦区間があるのも、あまりお勧めではない。
 1182P、1073Pを越えて、大きめの鞍部に到着。家の谷林道に降りようと思っていたポイントだ。鞍部の手前、つまり北側に家の谷林道に向けて小さな枝尾根が伸びているが、その尾根の前後のどちらかの谷を行くのがよさそう。鞍部側からトライしてみるが谷が級で杉林も濃くて難儀する。杉にあきらめて、少し主稜線を戻り、枝尾根の北側へ。こちらの方が緩やかで杉林の中の腐った雪でもなんとか滑り降りることができる。すぐに林道が見えてきた。そこに人影が見える。今日初めて出会うスキーヤーだ。こちらの存在に気付いたのかどうかわからないが、すぐ歩いて行った。そして入れ替わるように私が林道に降り立つ。
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 勾配が緩く板が走らない林道を歩くように滑っていくと、すぐに先ほどのスキーヤーに追いついた。ここで少し立ち話をする。彼の板は、滑走面にシールが固定された「スキーシュー」というもの。下りでもシールをはがせないので、緩やかなくだりでは歩くことになる。今日は三ノ丸まで上がり、早めに家の谷側に降りこの林道を歩いて下山しているとのこと。話を聞いているとこの山域にはかなり詳しいようだ。私は、ステップソールの板で、今日はシールを持ってきていないことを告げると少し驚いていた。
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 彼と別れて、先に行く。戸倉峠からは勾配が出てくるので少し板が走るようになる。でも、時折歩き滑りとなる。本来ならスピードを抑えるコントロールが必要な道なのに。
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 ヘアピンカーブを越えて、16時10分、国道29号線に到着。もしかすると、登りですれ違ったスノーシュー登山者に追いつけるかと思ったのだが、今日の雪質では無理だった。しかし、スノーシューの人には長い行程だったことだろう。ヘアピンカーブにはショートカットできないかを確かめるためだと思われる、道路脇へ寄る足跡が見られた。
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 国道脇の駐車場に戻ると、入山者と思しきクルマは激減していたが、代わりにスノーボード遊びの若者たちのクルマが増えていた。のり面にジャンプ台を作って金網を飛び越えている。スノーボードと書いたが、ビンディングはなく板に足を乗せているだけ。今シーズン、スキー場で1度見たことがあるが、ジャンプをすれば当然板と体は離れ離れになる。一回のジャンプを愉しむ道具のようだ。いろいろな遊びがあるものだ。(上の写真右側はGIFアニメーション。クリックしてね。)
 帰り道、ばんしゅう戸倉スノーパークのゲレンデから離れた駐車場で帰り支度をするスキー客が見られた。17時近くになっているので、すでにクルマはまばらだが、今日は盛況だったようだ。
 帰路では北近畿豊岡自動車道を利用したが、八鹿氷ノ山I.C.から南向きは渋滞していた。国道9号線から交差点も、八鹿市街に向かう直進車線は混雑。I.C.に入線する右折車線は空いていた。動かぬ車列が見えているので自動車道は敬遠されているようだ。こちらは、北の日高神鍋高原に向かうのですいすいと事が運んだ。本線も北向きは、クルマはそれなりに多いものの、スムーズに流れていた。
 今日は、滑降を楽しむことはできなかった。雪のせいもあったがそれを差し引いても、県境尾根コースよりも下り一辺倒の坂の谷コースの方が下りではいいようだ。その反面、時々三ノ丸の雪原を見ながらの登りは楽しかった。また、坂の谷コースの序盤の坂の谷林道はその名の通り、谷底を行く道で暗くて不気味だ。ということは、登りに県境尾根、下りに坂の谷という周回がいいのかもしれない。

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2018/03/04

月が替わって雪解けよ

 一つ前の記事から2週間、ずいぶん雪が解けた。特に、3月1日の雨で、一気に景色が変わった。
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 標高60m程の小さな峠へ登る道はまだ雪に覆われていた。除雪されない道、そして日陰だとなかなか解けない。ただし、峠はすぐ先のカーブの奥の切通。おそらく、雪に閉ざされた区間はほんの数百m。でも強行突破すると靴の中まで濡れるので、引き返す。この日の最高気温は15度を超えて雪はかなり緩んでいた。翌日はさらに上がって、20度を超える予報。さらに翌日は温かい雨。きっと来週には開通することだろう。

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2018/02/27

久しぶりのスーパーカブ通勤

 ひと月以上のご無沙汰。路面に雪もなくなり、最低気温が0度を大きく下回ることがなくなり、ようやくスーパーカブで通勤した。まだ風は冷たい。
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2018/02/20

ちょっと走ってみた

 冬の間ずっと田んぼが雪に覆われているなんて、三十数年ぶりのこと。
 それでもこの数日まとまった降雪はなく、路面の雪は解けたので、日曜の夕方家からのお散歩コースを走ってみた。農道などクルマがあまり通らないつないだコースなので、除雪されていない道もある。そういう道には分厚い積雪。また、除雪された路面にはもう雪がないが、路肩の雪から水が流れている箇所があるため泥よけが必要。
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大江山連峰鍋塚から711P南東尾根へ

 丹後周辺では、この冬海沿いは大雪だが少し内陸に入ると案外雪が少ない。大江山連峰もさほど多いわけでもない。ただし寒波の波状攻撃が続いているため、ずっと雪に覆われてはいるが、絶対量はあまり多くない。
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 まあそれでも何とか滑れるだろうと、2週間ぶりに大江山に入山。千丈ヶ原にクルマを止めて鍋塚林道を歩き出す。しまった雪面にはスノーシューとスキーのトレースがありラッセルはない。トレースを外してもほんの数cm沈み込む程度。今日もシールは使わずステップソールで軽快に行く。だから蛇行区間のショートカットはせずにずっと林道を行く。
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 登っていくと鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽が見えてきた。鳩ヶ峰は真っ白で、前回滑るのを断念した東斜面が滑れそうに見える。でも、この山域にはあのあと劇的な大雪は降っていないし(京丹後市には降ったが)、また降雪から数日経っている。実際にその場に行ってみると質、量ともに不十分ではないか。まあそういうわけで、今日は久しぶりに鍋塚に登ることにする。
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 1時間半もかけて、鍋塚林道の終点に到着。主稜線に来たので、登ってきたのとは反対側の野田川流域の平野部が見下ろせる。雪が解けて茶色い田んぼが露出している。そして縦走路に「鍋塚まで1100メートル、鳩ヶ峰まで700メートル」の標が立っている。
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 鍋塚方面への取りつきは岩がごろごろした急な登りで、スキーでは雪が少ないと難儀する。下りはもっと大変だ。もちろん今日ここを下るつもりはない。予想通りの雪の少なさだ。少し登ったところで、鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽を見ながら休憩。腰を下ろしてパンを食べる。暑いのでアウターウェアを脱ぐ。もっと薄いアウターを着てくればよかった。
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 難所を越え、勾配が緩やかで歩きやすくなったかと思ったら、また急な岩の難所が何度か訪れる。それでも標高711mピークでなだらかとなる。下りはこのピークから南東に延びる尾根をたどる。
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 セブンイレブン(711P)から主稜線を緩やかに下って行くと、正面に鍋塚が見えてくる。向かって右、つまり東側は雪面に穴が開いて茶色の地肌(笹原)が見えている。まあその穴を避ければ滑ることには問題なさそうだ。
 標高差70mの鍋塚への登り。ジグザグに行く。
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 大江山連峰では千丈ヶ嶽に続く標高。頂上が平らな高原状の千丈ヶ嶽よりも展望がいい。連峰の北に位置しているので伊根湾などがよく見える。丹後半島の依遅ヶ尾山、金剛童子山、高山、鼓ヶ岳、磯砂山などよく見える。もちろん、航空管制棟を頂いた北に大笠山、南に鳩ヶ峰、千丈ヶ嶽、赤石ヶ岳の並ぶ大江山連峰も。ただし、遠くは霞んでいる。神鍋のゲレンデもはっきりしないし、粟鹿山や氷ノ山などは見えない。
 すぐ下の与謝野町の野田川流域は前述の通り田んぼが露出しているが、その北方の京丹後市の竹野川流域は一面真っ白。その景色の差は歴然。
 天気が良いので、山頂でものんびり過ごす。
 さて、いよいよ滑降だ。この頃は鍋塚に登ると東側の尾根を滑降することばかりだったが、今日は久しぶりに登ってきた南斜面を滑る。この斜面は新雪が積もってもすぐに劣化するが、その代わりザラメ狙いの斜面。今日などは絶好のザラメを滑ることができるんではないか。
 身の丈ほどの細かい立木が点在する登山道沿いと笹がのぞく雪の切れ目の間の平坦な雪面に飛び出す。いいよ、いいよ。適度な勾配、適度なザラメ。でも、調子に乗りすぎると目の前にクラック。雪の切れ目に近づくと、クラックがあったり、地面に接する雪が解けて落とし穴になっていたりするから、要注意。コントロールできる速度で滑らないと。
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 楽しい斜面はあっという間に滑り終えてしまう。鍋塚を振り返って自分のシュプールを眺め、滑りの余韻に浸る。
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 セブンイレブンPに登り返して、南東尾根へ。最初は勾配がそれなりにある。夏道があるので灌木は刈られているのだが、雪が悪くて難儀する。途中からは植林帯にエスケープしながらなんとか、尾根が平坦になるところに降り立った。ここには、鍋塚林道からダブルトラックが通じている。2週間前は、鍋塚林道からこちらに来たが、今日は逆に鍋塚林道へ。下り勾配なのですぐに鍋塚林道に到達。この後は、素直に林道を下ることにする。当初は、鳩ヶ峰の東尾根を降りようとか、それがだめなら林道をショートカットして、などと考えていたがどうも雪が少なくて苦労しそうだ。勾配が緩くて板が走らない林道は全く楽しくないが、その方が無難だろう。というわけで、無事下山。

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台湾弾丸紀行5データ編そして動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 淡水河・新店渓自転車道 55.0km
 2日目 陽明山         68.8km
  計             123.8km

 地図を拡大縮小、スクロールさせたり、プロフィールマップ(標高グラフ)を見たりしたい方は、地図をクリック。

◎費用
 航空券           45130円
 高速道路通行料・駐車料金   2800円
 鉄道運賃(日本)       4730円
 鉄道運賃(台湾)       1304円
 宿泊料(二泊)        3920円
 飲食費            7271円
 土産代            1151円
 自転車レンタル料       2301円
 両替手数料          508円
  計            69115円

 この時のレート、1元(ニュー台湾ドル)=3.83円で計算。
 帰国直前に買ったキャリーバッグ(約4500円)とデッキシューズ(約1900円)は、今回の旅を終えてからも使うものなので、計上していない。
 円から元への両替は、到着時の桃園空港の銀行出張窓口で。多めに2万円分両替したが、手数料は30元(約115円)と格安。帰国直前に元を円に戻すときにも利用したかったが、深夜のため窓口が閉まっていた。関西国際空港に戻って日本の銀行の窓口で両替したら、1元=3.21円で計算。つまり、1元辺り約0.62円が手数料。つまり16パーセント強の歩合制。両替600元(約2300円)のうち400円ほどが手数料となった。キャリーバッグとデッキシューズを買って元の残金を減らしたのは正解だった。

◎参考資料
・サイクルスポーツ誌
  2016年12月号「俺たちの晩秋ライド・海外弾丸ライド」
  2018年2月号「5万円でいく大満足じてんしゃ旅・台湾冒険野郎」
・るるぶ台湾'16
・Webページ
  台北市内でロードバイクをレンタルしてサイクリング。陽明山の神の手の秘密。
  台湾台北でのロードバイクレンタルまとめ
  トラベルコ(航空券予約)
  じゃらん(宿泊予約)

■動画
 宿泊したゲストハウスから自転車を借りたGIANTストアまでの片道2kmの街歩き、および自転車走行途中に撮影した動画をまとめたもの。
 ヘルメット等に装着するアクションカメラは持っていかなかったので、自転車走行中の動画はない。いずれにせよ天気が悪くて、あまりいい画は取れなかった。

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2018/02/16

台湾弾丸紀行4雪国へ帰国

 今朝とは別のコースを歩いて台湾駅へ。麺類の店先屋台に立ち寄る。
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 今夜も麺類のはしご。牛肉麺と炒青菜と小籠包のセット。
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 キャリーバッグと靴を買い、汚れたザックと濡れた靴をキャリーバッグに収める。
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 お土産は「日月潭」というお菓子を見つけた。
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 関空に降り立つと風が冷たい。泉佐野や岸和田、大阪市内までうっすら雪化粧。
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 大雪警報の丹後へ。家の周りの多いところで積雪90cm。除雪に1時間半。
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※詳細レポートはこちら

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2018/02/15

台湾弾丸紀行3淡水から陽明山を越えて士林へ

 11日朝、今日も2km歩いてGAIANTストアへ。
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 大稻埕碼頭をスタート。今日は北へ。
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 河口の淡水は、シーサイドリゾート。
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 スズメ。
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 淡水駅前から市街地へ。
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 陽明山へ登る。
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 交番でトイレを借りる。
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 集落と寺院。
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 遠くにも寺院。
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 小雨の中、黙々と登る。
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 寒くなってきた。
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 高原地帯へ。
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 下りでは雨が強まる。
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 下界は降っていなかった。路面も乾いている。
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 士林に降り立つ。
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 淡水河畔の自転車道へ。
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2018/02/14

台湾弾丸紀行2川沿い自転車道で碧海吊橋へ

 10日朝、ごく弱い小雨。
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 GIANTストアまでは2kmほどを歩いて行く。台北名物のシェアサイクル「e-Bike」に「YouBike」。
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 GAIANTストアで自転車をレンタルし、淡水河沿いの自転車道へ。
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 クルーズ船の発着する埠頭「大稻埕碼頭」から南下
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 碧海吊橋へ。
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 復路は雨に打たれる。
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 夕食は麺類のはしご。
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2018/02/13

とうとう90cm

 2月に入り寒波の波状攻撃、大雪警報の乱れ打ちとなっている。
 13日朝、昨夜から新たに30cm程積もっていた。玄関先で60cm。風の影響を受けにくいところでは、なんと90cmに達していた。
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 昨年の2月11日にも70cmとほぼ同等の積雪量である。ただし、昨年はほぼ一晩で一気に積もったので、その日の朝はどこから除雪に手を付けていいやら困惑した。今年は、一晩に30~40cmの積雪が繰り返されてのことなので、一日一日の除雪作業は驚くほど多いということはない。でも毎日続けば雪の捨て場所がなく、うず高く積み上げられていくばかり。
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 また、風を受けやすい屋根の上の積雪はさほどではなく、扉の開閉が重くなるということはない。2011、2012、2017年には、屋根に上らなくても手(スコップ)の届く範囲で、屋根の雪を下したが、今年はそうするほどではない。
 12日も、一日雪が降り続いたが積もるよりもとける方が勝っていて、また新雪はかさが減り、夜にはぐっとボリュームダウンしていた。
 冬の間中、田んぼが雪に覆われているのは、30年ぶりといったところか。

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台湾弾丸紀行1旅立ち

 2月9日夕方、関西国際空港からLCCで飛び立つ。
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 夜の台北に到着。
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 屋台で「大腸麺線」を食す。
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 ゲストハウスに泊まり、バッテリーの切れた体と電子機器に充電をする。
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2018/02/07

またまた大雪警報発令

 2月5日、月曜の朝からいきなり大雪警報。前日の夕方に降り出した雪は明け方さらに強まり、新たな積雪30cm。立春寒波の到来だ。
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 10日前ほどの低温ではなく、水分を含んで重い丹後らしい雪。その雪も昼前にはおさまり、午後には日差しが降り注いだ。大雪警報は、発令から12時間後の夕方解除された。
 翌朝は、氷点下5度を下回る冷え込み。朝から晴れて降雪はないが、積もった雪やそれが解けた水が凍結し、日陰では解けることがなかった。
 7日は、今日と同じくらいの冷え込みに加え雪が降りしきる予報。立春を過ぎてもまだまだ厳冬期は終わらない。
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大江山連峰鳩ヶ峰

 宮津市街から普甲峠を越える。峠には昨シーズンから閉鎖されてしまった大江山スキー場がある。小さなゲレンデには雪が積もり、スキーやスノーボードのシュプールが描かれているが、もし閉鎖されいない場合に営業できるかどうかは、微妙な雪の量だ。1週間ほど大寒波が居座った割には少ない雪の量。
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 大江町グリーンロッジから千丈ヶ原へ。雪道だが、除雪されている。昨シーズンからは除雪の限界点が、鍋塚林道の分岐点まで400m程延びた。
 その分岐点から鍋塚林道側にクルマが3台止まっている。その周辺には個人所有のロッジがいくつかあるため、登山者のクルマとロッジ所有者のクルマが混じっているようだ。分岐の反対側、鬼嶽稲荷神社方面にもロッジがあり、除雪がされている。ずっと向こうにクルマが止まっているようだ。
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 私は鍋塚林道側の駐車車両の並びの一番奥にクルマを止める。気になるのは路面を覆っている雪が深いこと。スコップで掘ってみると20cmくらいある。長時間止めているとクルマの重みでタイヤが沈んで腹が雪面についてしまい、動けなくなってしまう恐れがある。まあ、入山から下山まで、4時間ほどなら大丈夫だろう。
 支度を整えて鍋塚林道を歩き出す。前日、あるいは今日の午前中に何人もスノーシューで歩いた先行トレースが伸びている。まとまった降雪が途絶えて4日目なので、トレースを外しても十分に歩き易い。ということは滑りはあまり期待できないということになる。ステップソールでだいじょうだろう、とシールはクルマに置いてきた。青空から降り注ぐ日差しが心地いい。
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 いつもはショートカットする場面でも、今日はいい道ができているので林道を行く。ショートカットのトレースはスノーシュー1人前で、先人の大方は林道を辿っている。林道は全面雪に覆われ板を外す必要はない。日当りのよいところでは雪が切れている場合がある。
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 1時間と少しで鍋塚林道の終点に到着。縦走路のある大江山連峰の主稜線で小屋が建っている。その小屋の脇を通り、鳩ヶ峰を目指す。思いのほか雪が薄い。岩などのおうとつがそのまま表れ、登山道はボブスレーコースのような溝になっている。先行トレースはその溝をていねいに辿っているが、そんな窮屈なところを歩くのは嫌なので登山道を外しブッシュの薄いところを選んで登って行く。ステップソールが良く効いて歩き易い。
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 千丈ヶ原から2時間で鳩ヶ峰山頂へ到着。いつの間にか、空の大半が雲に覆われたが、眺めはまずまず。南に大江山の主峰千丈ヶ嶽、そして赤石岳。北には、鍋塚と大笠山。さらに北方、丹後半島方面には、わが町のシンボル金剛童子山、その北の依遅ヶ尾山がはっきり見える。水平線はやや霞んでいる。それらの手前には磯砂山が大きい。磯砂山と大江山連峰を分ける足元の野田川流域の平野部「加悦谷」は一面真っ白。
 他にも、高山や鼓ヶ岳、伊根湾、青葉山などおなじみの景色も眺める。西に目を向けると、奥神鍋に万場にかつての名色、神鍋高原のゲレンデが白く見える。その南には、氷ノ山。ここから氷ノ山を確認するのは初めてではないが、今までにないほど良く見える。氷ノ山国際スキー場のゲレンデや白くなだらかな三ノ丸の雪原も確認できる。さらに南には、粟鹿山。こちらは、山頂のアンテナ群もはっきり見える。
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 鍋塚の東尾根の南斜面のオープンバーンが白く輝いている。過去2度滑っているが、日当たり良好のため大雪の年でないとなかなか滑れない。それが今日は一面真っ白だ。
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 鍋塚の手前、標高711mピーク(勝手に「セブンイレブンP」と命名)の南西尾根の南斜面は、鍋塚東尾根南斜面よりは雪付きがいい。今日は鳩ヶ峰東斜面から東尾根へと滑り、途中で鍋塚林道を経由して711P南東尾根にトラバース、南斜面を滑ろう、と思いながら登ってきた。でも、斜面にまともに日差しを浴びているのが心配だ。
 展望を楽しみながらパンを食べて、さあ滑降準備だ。鳩ヶ峰東斜面へ。やや重いが何とか滑れる雪だ。しかし、問題は質より量。山頂直下のブッシュが少ないところはいいが、その下はただ立気をよけるだけであまり楽しくなさそう。早々に東尾根への格好をあきらめ、登ってきた縦走路へと戻る。正面には鍋塚。山頂からは真っ白に見えた鍋塚南東尾根南斜面も、今見ると少しブッシュが出ているようにも見える。今いる斜面の雪が少ないことからバイアスが働いているのかもしれないが、日差しで雪が急激にとけているのかも知れない。いずれにせよ、滑るには少ない雪だということだ。
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 せっかくなので山頂に上り返して、東斜面をもう一度。上りも下りも自由自在にいけるのがステップソールの強み。
 岩のでこぼこがまるでこぶ斜面のような縦走路、鳩ヶ峰北面を滑り小屋のある鍋塚林道終点へ。そのまま林道を下る。圧雪されたトレースで何とか板が走る程度の勾配。最初のヘアピンカーブを曲がらずに樹林帯へ飛び出す。鍋塚の南に位置する711Pの南東尾根へと向かう。杉林の日陰なので雪がいい。少し開けた斜面があったので、トラバースを止めて滑り降りてみる。すると下にダブルトラックが見えた。落差1mあまりのほぼ垂直の法面をずり落ちるようにダブルトラックに降り立つ。するとそこにはスキーのトレースがある。何のことはない、自分自身の登りのトレースで、鍋塚林道に戻ったのだ。つまり、林道をショートカットしたというわけだ。
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 しばらく林道を下り、次のヘアピンカーブの先端から711P南東尾根へと向かうダブルトラックが飛び出している。先程はこのダブルトラックの途中に降り立つつもりだったのだ。このダブルトラックは緩やかな登りだが、もちろんステップソールで快適に歩ける。
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 すぐに、711P南東尾根に到着。稜線には登山道が敷かれ、国定公園に指定されてから建てられた案内板がある。しばし稜線を行く。いつもは標高562m小ピークを越えたところから滑降するのだが、そこは日当たりの良い斜面。今日の雪の量では不安だ。その手前の谷あいの斜面に目が止まる。ここも一度だけ滑ったことがあるが、日陰でいい感じだ。直感的にそちらに吸い込まれる。
 どうやらその選択は正解だったようで、比較的雪質がいい状態で保存されていて、今日一番のすべりを楽しむことができた。
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 ただこの斜面の難点は後半、鍋塚林道の途中から千丈ヶ原へのシングルトラックに出会ってからだ。シングルトラックより下はブッシュが濃くて滑りにくい。シングルトラックは、沢が絡んでいて雪が切れていたり、動物よけのネットが張ってあったりして滑りにくい。ただし今日は、シングルトラックは程よい抵抗をかけてくれるいい雪に覆われていて快適に下れる。沢が横切る部分も何とか板を外さずにクリア。ネットもなかった。
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 そして開けた斜面に出た。稜線の562Pを越えた所から降りてくる斜面だ。千丈ヶ原の車道まで最後のひと滑り。が、やはり日差しを受けて雪が重いし、薄い。
 かつては、この斜面の下が除雪の限界点。今日は、車道に下りたら圧雪の上をスキーで歩き、最後は板を担いで鍋塚林道の分岐へ。
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 クルマは一台減っていたが、私のクルマ以外に2台がまだ止まっている。すぐ近くのロッジの煙突からは煙が出ているので、その中にいる人のクルマかも知れない。薪ストーブかな、いいなあ、楽しそう。今夜はここで泊まるのだろうか。去年、朝ここにきたときには、前夜から圧雪の上に駐車していたのだろうと思われるクルマが動けなくなってレッカー車を呼んでいた。救出作業を眺めながら、入山の準備を整えた。
 現時点ではまだ車輪は2.3cmほどしか沈んでいなくて脱出できたが、緩んでやわらかくなった雪で車輪が空回りしている。雪面には、すでに立ち去ったクルマの苦労のあとも見られる。勾配のある道路での縦列駐車で、上を向いて止めていたせいだ。縦列駐車では前進で出るのがいいのだが、滑りやすい路面での坂道発進となってしまう。
 帰路に就くわけだが400m程でストップ。かつての除雪限界点、鍋塚林道からのシングルトラックが下りてくる地点でスキー板を下ろす。ここから、鳩ヶ峰が見えるのだ。スキー板を雪に突き立てて鳩ヶ峰とのツーショットをとる。そしてズームアップして、鳩ヶ峰東面に描いたスキーのシュプールを撮影。これでようやく、本日の全日程完了、後は無事に家に帰るのみ。
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2018/02/01

碇高原で今シーズンのスキー登山始動

 道路状況がようやく安定してきた日曜日の午後、碇高原へ行ってみた。自宅から40分。雪がないときよりも時間がかかる。
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 思ったよりも雪は少なめ。珍しく先客のトレースあり。今朝のものか昨日のものか。牧場の作業道のダブルトラックは雪がしまってラッセルはほとんどなし。
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 1本目は笠山展望台まで登る。牧草がかなり露出していた。風でクラストしていた。雪が薄いのは風のせいもあるかも知れない。
 次の斜面は雪不足で断念。登りに使ったダブルトラックを滑り降りる。そして、さらに下の斜面へ。ここも雪は少ないが、周囲の木立が日よけ風除けになっているようで、雪の質、量ともに最も良い感じ。2本目は下の斜面だけ。そして、3本目は、手前の急斜面。これで最後のつもりだったが、楽しくて4本目もその急斜面へ。最大標高差130m程しかないが、繰り返し楽しむのがここの遊び方。ラッセルの時は、自分のトレースを活用できる。
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 帰り道に、鹿に遭遇。この山域では過去に余り見かけなかったのだが、実は数日前にも通勤中に見かけている。同じ山域と言っていい場所で。
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草津白根山噴火とロッテアライリゾート遭難

 丹後が寒波に襲われている最中、長野県北部に隣接する、群馬県の草津国際スキー場と新潟県のロッテアライリゾートで痛ましい事故が起こった。それぞれ亡くなられた方のご冥福をお祈りする。
 まずは、草津国際スキー場に程近い本白根山の噴火について。スキーヤーやスノーボーダーがいるコースに火山弾が降り注ぎ、着弾の衝撃で雪煙が上がる様子は、まるで戦場のような光景。2014年9月の御嶽山以来、人的被害の出る火山噴火となった。
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 個人的には2010年9月に草津温泉から志賀高原へ自転車で走り、白根山と本白根山の間を通っている。スキー登山で訪れた御嶽山といい、噴火に出会うかどうかは時の運ということだ。
 草津温泉では宿泊キャンセルが相次いでいるとのこと。「草津」という名を冠したものをひとからげ(一絡げ)短絡的な風評被害だ。大涌谷の噴火で箱根の温泉街の客が激減したり、福島第一原発から東京よりは慣れている岩手県の瓦礫の放射線量を心配したりするのと同じようなことだ。単純に今回の火口からの距離が草津の温泉街よりも近い、志賀高原の渋峠や横手山のスキー場でも訪れる客が減っているのだろうか。
 次に、新潟県妙高市(旧新井市)の「ロッテアライリゾート」のスキー客の遭難事故。スキー客がいつの間にかコースを外れ、雪の深さに行動不能となり一晩越せずに凍死、とのこと。遭難してしばらくの間携帯電話で連絡が取れ、雪洞を掘ってその中で過ごすように指示されたが、結局雪洞を掘ることができなかったようだ。
 ロッテアライリゾートは、スキーバブルの1990年代に開業し2006年に運営母体の経営破たんにより廃業したスキー場などを、今の会社が落札。今シーズンオープンしたスキー場等のレジャー施設だ。圧切等整備された一般的なスキーコースの周辺に雪崩管理ゾーンという林間コースが設置されている。「雪崩管理(アバランチコントロール)」とは、雪崩の危険がないかどうかを調査し不安定な雪はあらかじめ落としておく、こと。方法は、安全を確保しながらスキー等で滑って雪面をカットする(スキーカット)。新潟県にはこうした自己責任で自然の斜面、またはそれに近い斜面を滑ることを認め、愛好者を受け入れているスキー場が居つくかあるように見受けられる。しかし、こうした事故が起こるとだんだん厳しくなるわけで、とても残念である。
 この山域、アライリゾートのすぐ北に位置する粟立山で3年前の1月17日に山スノーボーダー2人が雪崩に流され、一人は埋没して死亡、もう一人は自力で脱出して雪洞で寒さをしのぎ翌日救出された。
 また、蒸し返して申し訳ないが、やはり三年前の正月明けの神楽ヶ峰でのスノーボーダー遭難事故を思い出す。多くのバックカントリースキー・スノーボード愛好者を受け入れている(私が訪れた時には登山届とセットでスキー場外のコースマップも用意されていた。今も?)かぐらスキー場のリフトを利用したもの。2000mの雪山で二晩を過ごし、3人とも救助されて生還、その日のうちに記者会見に応じたたことは、たくましい、そして素晴らしい(敢えてこう表現する)。もちろん、二晩とも雪洞を掘り、入り口をスノーボードで塞いでしのいだとのこと。
 やはり、雪洞を掘ってしのげるかどうかが大きく明暗を分けているようだ。訓練も必要だ。

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