2018/01/18

自動車のエンジンオイル減少の経過観察

 昨年暮れ、エンジンオイルがほとんどなくなっていてあわやエンジンが焼き付くところ、ということがあった。オイルの洩れなはい。エンジンのピストンとシリンダの摩耗により隙間ができ、エンジンオイルが燃焼室に入り込み燃料とともに燃えてしまうオイル上がり、またはバルブシール劣化によるオイル下がりが疑われている。
 修理すると相当な費用が掛かる。すでに走行距離が19万kmに達しようとしているクルマなので、だましだまし余生を送ってもらうことにする。とりあえず、1ヶ月間、オイルの減り方を観察してみた。
 1ヵ月間の走行距離は約1780km。オイルは半分未満に減少していた。オイルの減少はエンジン停止時には起こらないわけだから、途中経過の写真を撮影したときに走行距離を記録しておけばよかった。
 というわけでエンジンオイルを補充。いつも5W-30のSMという規格のオイルを使っているのだが、家に在庫しているのはスーパーカブ用の10W-30のSL。価格が3倍も違う安いオイルだが、すぐに燃えてなくなってしまうんだし、高級オイルが劣化した状態より、安くても新しいオイルの方がいい、という話もある。
 今回は減少のペースを観察するためにあえて1ヶ月補充せずに過ごしたが、少ないオイルをたくさん回すと劣化も早いと思われるので、今後はまめに補充したほうがいいだろう。
 オイルの量と同時に、マフラーから煙が出ているかどうかも気にかけていたのだが、寒い時期のエンジン始動時に煙が出るが、これは以前からそうだしほかのクルマを見ても同じ状況。エンジンが温まると、煙は見えなくなる。要するに、見た目には正常時と同じ状況だった。

■途中経過
 オイル交換から18日
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 オイル交換から28日
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 オイル交換から31日
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久しぶりの低温と雪山捜索訓練そしてスキー動画

 1月10日頃から寒波がやってきた。北近畿、丹後半島およびその周辺でも雪が降るには降ったが、大した量ではなかった。家の前で25cm。新潟方面に雪雲が集中したため、こちらにはあまり配当されなかった。ただし、気温は低かった。特に、12日、13日には、豊岡や舞鶴では最低気温が氷点下4度ほど、福知山や和田山では氷点下6度くらいまで下がった。
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 透明な窓ガラスは全面凍り付いてすりガラスのようになり、開閉も困難になった。軒にはつららができた。池の水も凍った。30年くらい前のは毎年このくらい寒かったが、近年ここまで冷え込むのは珍しい。
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 13日の夕方、凍結により我が家の水道管が破裂してしまった。水道屋にヘルプの連絡をすると、すでに他の家からの依頼が3~4件入っているのですぐには向かえないとのこと。それでも待っているから来てくださいね、とお願いする。
 問題は水道の元栓。屋外の地面にメーターとコックが設置されているのだが、雪が積もっている。雪がそう深くないのが幸いだが、目印がない。かつては、祖父母が暮らす離れの玄関前でわかりやすかったが、もうその建物を壊してしまい更地となっている。スノーダンプで除雪してみる。歩いたりクルマを通すことができる用に雪を薄くできるものの、今は地面を露出させないといけない。スコップに切り替える。スコップを突き立てて捜索を試みる。「かちん」と硬いものにあたって、これかと思い掘り返すが地表付近の雪が凍てついているのだ。かつて建物があった範囲を想像し、さらに「元栓は離れや母屋に配管が分岐する手前にあるはずだから、本管より、つまり道路よりにあるはず」などいろいろ思い出しながらの作業。捜索を始めてすぐに日が暮れ、こちらに面した部屋の明かりをつけ、ポケットにLEDのバッテリーライトを入れての作業。幸い雪はほとんど降らなかったが、たまにあられが落ちてくる。
 捜索開始から1時間半、掘り返した地面を靴でこすってみると金属が擦れる音。LEDライトで照らすと、元栓の蓋だ。ついに発見。
 さらに1時間以上たって、水道屋さんがやってきた。とりあえず応急処置をしてもらい、水道が使えるようになった。
 雪崩に埋没した仲間がビーコンを持っていなかった場合、プローブ(ゾンデ棒)を雪面に突き立てて捜索をするのだが、これは気の遠くなるような作業。埋没から15分以内に救出できるかどうかで、生存率が大きく変わってくる。ビーコンのあるなしが生死に直結する。改めて、ビーコンのない場合、プローブによる捜索の難しさを思い知らされる、水道の元栓捜索だった。
 それでは、この冬たくさん雪が降りますように、動画をお届けします。
https://youtu.be/3sbWhmgvmqE

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かきしま・角島・海峡を渡る旅4データ編と動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 竹田・かきしま海道・広島市街  95.0km
 2日目 広島市街・角島・下関市街    39.8km
 3日目 関門海峡・竹田          6.7km
  計                 141.5km
◎費用
 鉄道運賃               31470円
 フェリー料金              650円
 関門トンネル通行料           20円
 ガソリン代(138km、16km/L、131円/L)  1130円
 宿泊料                 5900円
 飲食費                 6760円
 土産代                 972円
  計                 45102円

■動画

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2018/01/14

かきしま・角島・海峡を渡る旅3関門海峡「関門トンネル人道」

 7時起床。窓の外の関門海峡は、まだ薄暗い。さすが西に来ているだけあってまだ日の出前なのだが、昨夜遅くから降り出した雨の影響もありそうだ。7時半に食堂へ行くと、夜が明けて少し明るくなった関門海峡を見ることができた。この天候を想定して本日は最寄駅から輪行して帰る計画だ。朝食をとるうちに、さらに少しずつ明るくなる海峡を次々と船が過ぎていく。見ていて飽きない。
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 のんびり支度を整え、8時半過ぎに外に出る。雨は小降りでほとんど気にならない。路面の水撥ねも大したことはない。泥よけのあるランドナーを持ってこようかとも思ったが、輪行時、蝶ねじ4つの手間を減らすためにスリックタイヤ装着のMTBを選んだ。防寒のためのアウターウェアとして上半身に合羽を着ているが、下半身は雨具なし。余計な荷物を省いたのだ。精度の高い天気予報で、雨は降るが雨量は1時間あたりに0~1mmと言っていたのを信じてのことだ。結果、正解だった。
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 ロープウェイ山麓駅を経由して、海峡沿いに降りる。ロープウェイで登る火の山の頂は雲に隠れている。下りきった国道の交差点が、関門トンネル人道入り口。さあ、関門海峡を九州に渡る。下関駅よりも、北九州の門司港駅の方が近いのだ。いずれの駅から乗車しても、新幹線には北九州の小倉駅から乗るのが一般ルート。新下関からだと「こだま」に乗ることになり、時間がかかる。
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 料金箱に20円を入れて、エレベーターで地下に降りる。関門トンネル人道は、ランニングやウォーキングする人が行き交っている。歩行者は無料だ。また、自転車に乗車することはできず、押していかなければならない。
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 山口と福岡の県境を越え、780mを歩いて門司側のエレベーターホールへ。いろいろな展示パネルがある。記念スタンプを押すが、なぜか半円形。もう半分は下関側にあったのかもしれない。
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 エレベーターで地上にでると、国道沿いの下関側とは違って、海に面した静かな場所。先ほどまでいた本州側の陸地が海の向こうに見える。ユースホステルの建物を探す。近くにはホテルもあり、ユースホステルの建物もなかなか立派なので、見分けるのが難しい。駐車場に止められたクルマで判断し、見つけた。
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 門司港とは反対方向に少し行ってみる。ここが九州の最北端、かと思ったが後で地図を見たらもう少し先だった。
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 門司港駅へ向けて南下する。小さなアップダウンを越えるとすぐに公園のように整備されたエリアに突入。海沿いの車歩道を行く。そして、「門司港レトロ」と呼ばれる、明治末期、大正、昭和初期に建てられた建物やそれを模した建物が建ち並ぶエリア。ここに来たかったんだ。
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 これを知ったのは、小説「この胸いっぱいの愛を」を読んでのこと。同名映画のノベライズとして映画に先駆けて刊行されたとのことだが、映画は見ていない。また、こちらの作品も「四日間の奇蹟」の映画公開と同じ2005年とのことだが、どちらの小説を先に読んだかは覚えていない。
 ちらほらと姿が見える観光客は傘をさしていない。これから時間の経過とともにもっと賑やかになっていくのだろう。開店直後の店で土産を買う。
 JR門司港駅も大正時代の建築で「レトロ」物件のひとつなのだが、残念なことに改装中。オフシーズンだからね。輪行袋に自転車を収めて、切符を買ってホームに出る。関門海峡を越える鉄道区間が開通する前は、港に面したこの駅が九州の玄関口だった。始発・終着駅のため跨線橋などはなく、すべてのホームが陸続きだ。ホームの雰囲気もレトロ調だ。
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 始発駅のため余裕をもって快速列車に乗車。しかし、小倉駅での新幹線乗り換えは6分とタイト。昨日の新下関駅での予定の乗り換え列車に間に合わなかったことが頭に残っている。いろいろ焦ってしまい門司駅で降りてしまった。門司港と門司と小倉、駅名を混同してしまった。もうこれで、予定していた新幹線に乗ることはできない。まあいい。姫路駅で乗り換えの待ち合わせ時間が短くなるだけ。播但線は本数が少ないのだ。
 すぐ後の列車で小倉駅へ。そして、25分の待ち合わせで、新幹線に乗車。実は、本来はこの新幹線に乗る予定だった。これだと姫路駅での乗り換えの待ち合わせが58分。改札を出て昼食を摂ろうと思うのだが、もう少し時間の余裕を求めて一つ早い新幹線の時刻を今朝調べたのだ。小倉と姫路に止まる新幹線は限られる。
 乗り込んだ新幹線は、九州新幹線で「ひかり」に相当する「さくら」。山陽新幹線と通し運転しているとは知らなかった。乗車待ち行列の先頭に並ぶこともでき、車両再後部座席の背もたれと壁の間、3列側に輪行袋を入れることができた。この頃は、キャスター付きスーツケースに占有されることも多いのだ。そして当然座席も空いていた。
 広島からは混雑が予想されるため荷物を座席に置かないで、という車内放送の通り、かなり座席が埋まり満席に近くなってきた。指定席は満席だそうだ。3連休の最終日、午後になるともっと混雑してくるのだろうか。
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 姫路駅で下車。まずは輪行袋を播但線ホームに運ぶ。新幹線は当然として、播但線にも専用の改札口がある。加古川駅の加古川線もそうだった。無人駅の多い路線での無賃乗車・不正乗車を防ぐためなのだろう。基本的には、先頭車両一番前のドアから下車するときに、運転手が検札及び清算をするのだが、満員で車内の移動が困難な場合にはすべてのドアを開けて対応する。下車駅が無人ならノーチェックとなってしまう。
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 というわけで、輪行袋をホームに残して自動改札を通過しようとしたら、警報音が鳴って通せんぼ。自動改札機は1回しか通らないんだって。というわけで、駅員さんに切符を見せて2つの改札を通過、駅と一体の商業施設のフードコートへ。ここでラーメンを食べる。播磨と言えば、甘い醤油ラーメンだが、この店は塩ラーメンがメインだった。駅の構内には晴れ着姿の若い女性が目立つ。姫路は今日が成人式だった。男子はすでに動きやすい普段着に着替えているようだ。久しぶりに会う友人同士なのだろう、連れ立って歩いている。
 昼食の途中下車には、58分で十分だった。2両編成の播但線のワンマン列車は、結構込み合っている。大きな輪行袋を携え、肩身の狭い時間を過ごす。しかし途中駅では下車客の方が乗車客より多く、一駅ごとに乗客は減っていく。姫路から20分程の福崎を過ぎると、余裕のある車内空間となった。
 寺前で乗り換え。電車からディーゼル車へ。車両編成は、2両から1両となる。後部に広いスペースがあるので輪行袋はそちらへ。近頃はバリアフリー空間があるのでありがたい。座席も確保できた。
 外は雨が降り、周囲の山には白い雪が見られる。15:22、竹田駅で下車。近年たくさんの人が訪れるようになった竹田城は、今は閉鎖されているので下車したのは私ともう一人。
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自転車を組んで駐車場へ。雨が降っているが、ほんの1kmだ。自転車をクルマに収めて、家まで70kmのドライブ。17時過ぎに帰宅。
 本日の自転車走行は、ユースホステルから門司港駅が5.6km、竹田1.1km。あわせて、6.7km。

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2018/01/13

かきしま・角島・海峡を渡る旅2日本海「角島」

 前夜の肉玉そばのキャベツが効果を発揮し、便意で目覚める。支度して7時半過ぎに部屋を出る。まずは、ラウンジ(共用スペース)で、昨日買っておいた弁当を食べる。そして、外に出て自転車にフロントバッグを装着して出発準備。8時のチェックアウト開始と同時に宿を出発。
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 今日も輪行。広島駅を目指す。平和記念公園を通過する。今から35年前の中学生の頃、家族旅行でここに来たことがあるのだが、あの時の記憶より原爆ドームを小さく感じる。あの頃すでに今と同じくらいの身長だった。体重は随分増えた。でも、身長も体重も関係ない。イメージの問題だ。
 その後は市電やバスや乗用車の行き交う、でも日曜の朝なので比較的混雑は少な目の、広島中心街を走り駅へ。自転車を輪行袋につめて、切符を買う。目的地は角島への最寄り、特牛駅。「こっとい」と読む難読地名だ。一応下関市なのだが、下関の中心街よりも萩に近い。
 9時6分の新幹線に乗り新下関へ。ここで山陽本線に乗り換えるのだが、新幹線と在来線の間が随分離れている。ベルトコンベアの動く歩道があるが、インターネットの乗り換え案内サイトで指定された6分後の列車には間に合わなかった。後で地図を見たが、400m程の距離があった。輪行袋を担いでの移動はきつい。ただし、次の山陰本線への乗り換えでの待ち合わせに余裕があるので、山陽本線の列車を一本遅らせても計画全体には影響はない。
 ところで新幹線ホームで、別の車両から下車したサイクリストに出会った。彼も、角島に行くというので一緒に歩き始めたが、新幹線の改札でもたついている。乗り換えに余裕がないので彼を置いて山陽線ホームに向かったが、結局乗り遅れてベンチに座っていると、随分遅れて彼がやってきた。ICカード「ICOCA」が使えず難儀、したとのこと。私のような田舎に住んでいるものにはありえないトラブルだ。まあ、とりあえず旅の道中、話し相手ができたのは、いいことだ。
 なかなか饒舌な彼は、関東や福島県で活動するサイクリストで、私が昨日走った「かきしま」も、そして「しまなみ」「とびしま」もすでに走っているという。所有する自転車は10台を超え、冬の会津では雪の上をファットバイクで走るという。また、スマートフォンで過去の活動のシーンを次々見せてくれた。私もタブレット端末やカメラを出して色々見せたかったが、バッテリーの消耗が心配で踏みとどまった。
 20分ほど後の次の列車は、スーツ姿の若者でいっぱい。下関市では今日が成人式。混雑しているが、一駅先の幡生(はたぶ)で下車。もう一駅先の下関駅が山陰本線、山陽本線のターミナルだが、この幡生で両線は分岐する。よってここで乗り換えるのだ。新下関で予定の列車に乗り遅れたお陰で、幡生での待ち時間は程よい長さ。しかし、山陰線の列車は1両のみの編成で、車内は混雑。2つの輪行袋の置き場がない。すると、母子連れが場所を開けてくれた。ありがたい。数駅過ぎると車内もすいてきて、座席も空いた。先に母子連れの幼い女の子が座り、お母さんが座り、そして母子の隣に我々も座れた。
 車窓にも日本海が見える。萩以西は島が多いが、昨日の瀬戸内海とは全く違う表情だ。島の密度は瀬戸内海よりも低く、そしてその向こうに対岸が見えないし、航行する船もない。瀬戸内海は本州、四国が尾が互いに見える。ただ、空は薄雲が広がっている。青い海が見たいんだけどなぁ。
 母子が先に下車し、そして特牛が近づく。ところが、同行のサイクリスト、Y氏は特牛でなくもうひとつ先の阿川で下車するつもりだということが判明。角島へ向かう一般的な最寄り駅は、特牛であることを主張するとKさんも特牛で下車することにしてくれた。
 私が初めて角島を知ったのは、2005年公開の映画「四日間の奇蹟」。浅倉卓弥の原作小説の舞台は雪深い山間部だったが、主演が吉岡秀隆で、彼と雪景色の組み合わせはどうしても「北の国から」をイメージしてしまうというわけで、監督が自分の故郷の下関市豊北町にある角島に舞台を変えた。大雪で道が閉ざされ孤立する設定は、嵐で島へ渡る橋が通行できなくなるというふうに。そう、角島は本州からつながる長い橋の景色が有名な島なのだ。
 特牛はその映画にも登場する駅で、旅の番組で角島が取り上げられるときにもたいがいはこの特牛駅で列車を降りている。
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 さて、11時48分、特牛に到着。下車したのは、輪行袋を担いだ我々2人と、若いカップル。テレビで見た通りの無人駅。山と田んぼに囲まれ、クルマの走行音が聞こえるくらい離れて国道435号線が通る。まばらに家があるが、店などは皆無。
 それでもバスの便があり、そのバスに乗ってカップルは角島に向かって行った。
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 K氏の輪行袋は、一回り小さい「ちび輪バッグ」。私も折りたたみ小径車用に持っている。で、その中身は、24インチのやや小さめのホイール装着のロードーレーサー。前後のホイールとハンドルを外して納めてあるのだが、特殊なフレームで少し折りたためるようでもある(よく見ていなかった)。ブランドは知らないもので、もう忘れてしまった。前後輪を外すだけの私の自転車の方が組み上がるが、でもコンパクトになることは輪行の大きなメリットである。
 少しだけ乗せてもらった。「普通のロードレーサーと変わらないでしょう」と言われるが、ロードレーサーに乗った経験がほとんどない(2回のみ)のでよくわからない。でも、軽快であることは間違いない。
 さて、角島に向けて走り出す。まずは、国道435号線。3kmほど走り特牛港で、国道191号線へ。1.4kmほどで、県道275号線へ、アップダウンと屈曲のある道を次々と観光バスが追い越していく。
 そして、山の切れ目から海が見えるところで一休み。ちょうどそこから海側に細い道が分岐しているので、そちらへ行ってみる。
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 しばらく走ると、見えた!海に一直線に伸びる角島大橋。ああ海が青い。空は真っ白なのに、海がなんと青いことか。この時点で来てよかったと思う。でも、晴れていたらもっと素晴らしいのだろう。
 クルマ同士なら離合困難な細い道だが、結構クルマがやってくる。県道に合流する手間にリゾートホテルがあった。そこに先ほどの我々を追い越した観光バスが止まっていたが、なんと10台も連なっている。
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 県道のアップダウンを経て、角島大橋の本州側のたもとに到着。まずはその景色を堪能する。海士ヶ瀬戸と呼ばれる海峡を渡る、1780mの橋。たもとの白い砂浜も美しい。日本海側の白い砂のおかげで海が明るい色になる。曇天の薄日でもこんなに青くなるんだ。またサーファーの姿も見られた。
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 そして、いよいよ橋に向けて漕ぎ出す。昨日のように北西の風が吹くと逆風との真っ向勝負ということになるが、今日は割と風が穏やかで快適に走れる。歩道はない。夏など観光シーズンには渋滞するというが、今日は比較的クルマが少なく、対向車線に大きくよけて追い越してくれる。中間点に非常駐車帯があるので、そこ自転車を止め橋上からの景色をじっくりと味わう。非常駐車体の南西側すぐのところには鳩島が柱状節理の岩肌を見せている。
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 さあ後半戦スタート。非常駐車体から角島側に向かえば急な登りとなる。船が通るためなのだが、こうした橋の最高地点は橋の中間点、というイメージがある。そうでないのは、鳩島のせいかな、と思われる。
 思いのほか楽に登りをクリアして、角島へ渡る。すぐに現れた駐車場の入り口に立つ島の案内地図の前に停止。ここで、角島を周遊するY氏とお別れ。私はとりあえず、駐車場の隅の高台にある展望所へ。東屋の椅子に腰かけてパンを食べる。
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 私はこの後、角島から20km程東方、油谷湾と深川湾に挟まれた向津具(むかつく)半島を目指す予定だ。海岸の断崖の上に赤い鳥居が列をなす元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がアメリカのニュース専門放送局CNNにより「日本の最も美しい場所31選」にも選ばれたパワースポット。さらに、それ以外にも海の絶景が待ち受けている。これは、昨年秋に刊行された「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」というムックに紹介されていて、急遽コースに組み入れた。ところが、ここまで立ち止まるたびにY氏と話が弾んでしまい、かなり時間がかかっている。現在13時半を過ぎたところ。行程はまだ50kmほど残り、しかも半島部は最大200mの標高差を含むアップダウンが連続している。向津具半島の付け根にあるJR長門古市にゴールして、輪行で宿泊地の下関中心街に向かう予定だが、15:32は無理で、16:47か17:18の列車に乗らなければならない。それを逃すと、19:50の便ということになり下関着が21:39で、宿のチェックインの21時半に間に合わない。
 4時間弱で50kmを走るのは私には難しい。何度も止まって景色を眺めたり写真を撮ったりすると時間がかかるのだ。時間に追われて走るのは嫌だ。それに、曇天の空模様。青空なら向津具半島に向かってみて途中で判断するのだが、本日はここで心が折れた。
 そうなると時間に余裕ができたので、角島を周遊することにする。数年前にこの遠征を企てた時の計画に戻した形だ。
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 まずは島の南岸沿いを行く。この道はアップダウンが少なく、クルマの少ないいい道だ。角島は東西の2つの島がつながったようなひょうたん型をしている。その中央のくびれから先が見どころのようだ。小さな漁港から道は内陸へと登っていく。灯台が見えてきた。角島灯台だ。まずは島の西の端の海岸に出た。最果て間のある静かな海岸。やっぱり、橋だけでなくここまでく来たのは正解だったな。今度は北上。灯台が立つ夢ケ崎へ。これは島の主要な観光スポットなのか、観光客が結構歩いている。駐車場は何と有料だ。
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 島の稜線を行くメインルートで橋に戻る。往路では通らなかった北側の集落に境界の建物が見える。映画「四日間の奇蹟」のロケのために作られたもので、現在はキャンプ場の施設として利用されているとのこと。
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 中央のくびれで道は海岸まで降りる。島の北岸の砂浜に面していて歩道には砂が上がっている。レストハウスもあって観光客が歩いている。その先でまた昇り返し。標高60mまで登った。最高点を過ぎたら後は下り基調で角島大橋へ。しかし今度は向かい風だ。往路では無風と思っていたが、実は追い風だったようだ。
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 復路でも非常駐車帯で立ち止まる。こちら側には島はなく広々とした海の景色。
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 本州に戻ったら、特牛ではなく一つ長門市側の阿川駅を目指す。Y氏が下車する予定だった駅だ。下車した後の会話だだんだんわかってきたことなのだが、Y氏は角島を周遊した後、下関市街まで走る計画とのこと。確かに特牛は角島へのバスの便もある最寄り駅だが、距離でいえば阿川駅からもほとんど変わらない。西へ走るならば阿川駅スタートの方がレイアウトとしては素直だ。
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 お土産屋さんなどがあり観光客でにぎわう橋のたもとを出発。しばらく行くと海側に細い道を発見、そちらへ。角島と大橋の最後の眺めを味わう。すぐにメインルートに戻り、島戸浦の漁港に降り立つ。角島は見えるが、もう橋は見えない。
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 自動販売機のポスター広告の美しい女性の顔に目がとまる。石田ゆり子ではないか。こんなところで出会えるなんて、なんという運命。そう、石田ゆり子は映画「四日間の奇蹟」のヒロインだった。「四日間の奇蹟」のストーリーとの出会いは小説だった。前述の通り小説の舞台は雪深い山間部で角島とは全く関係がない。ところが、文庫本に映画の広告の帯が巻かれていた。そこに、吉岡秀隆と石田ゆり子の姿があった。
 石田ゆり子のことはずっと前から知っていて、たとえば冬至社会現象を起こした1991年のドラマ「101回目のプロポーズ」にも出演していたことを覚えている。20代前半の石田ゆり子には特に何の印象も持たなかった。なのに、文庫の帯の30代となった石田ゆり子に、突如心を奪われた。小説を読めば、石田ゆり子が演じる登場人物はすぐに特定できた。すると、頭の中ではずっと石田ゆり子が演じていた。その登場人物は、途中で不慮の事故にあい生死をさまよう。「石田ゆり子、死なないで」と夢中で読んだ。
 小説を読み終えたら、映画が見たくなった。しかし、その時点で一般的な映画館ではすでに上映が終わっていた。どうにか、尼崎の生協の商業施設でまだ上映していることがわかり、観に行った。そして、角島のことを知った。
 世間では昨年のドラマ出演で「石田ゆり子再ブレーク」などと言っているが、私にとっては10年以上前からずっとブレークし続けている。
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 漁港からいったん内陸に入り、標高差40mの登りを越える。国道191号線手前でまた小さな登りが見えたので、枝道にエスケープ。こちらなら川沿いに行ける。すぐに海に出た。浦の漁港近くの浜だ。現在の時刻は15時少し前。阿川駅はもうすぐ。列車はおそらく16時頃だろう。先ほどのパンだけでは物足りない。食堂でもコンビニエンスストアでもいい。何か食べたい。
 国道191号線を行ったり来たりして集落のはずれにコンビニエンスストア発見。結果的に、先ほどエスケープしないで小さな登りを進めば通過する位置だった。
 飲料水も切れかけていたので、1Lの紙パックのお茶とスパゲッティを買う。イートインスペースがないので、駅に移動。国道から少し離れた静かな無人駅の前にも、食料品などを扱う雑貨店があった。でも品揃えはコンビニエンスストアの方が充実していそうだし、温めてもらえるかどうかということもある。昨日のような日差しがない分、寒いのだ。
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 駅に着いたら列車の時刻を確認。予想通り、15:58。長門古市15:32発の便だ。駅前にはワゴン車がとまっていた。角島のホテルのロゴがラッピングされている。送迎車だろう。反対方向の列車はもうすぐ着く。
 まずは、外のベンチに腰掛けて自転車を解体、輪行袋に梱包する。そのうちに列車が到着し、ワゴン車は去っていった。輪行準備が完了するころに、「ちょっとお尋ねします」と話しかけられた。まるでヤギのような白く長い顎髭を生やした初老の男性だ。瞬時に、相手が地元の人間だと決めってかかってきているパターンではないかと感じたのだが…。「この辺にヤギを飼っているうちを知りませんか」ときた。これは意表をついた質問だ。つい先ほど生れてはじめてこの地にたどり着いた人間が知るわけがない。
 ホームに輪行袋を運び、待合室で温かいスパゲッティを食べる。食べ終わった頃に、列車の到着を予告する音声が流れる。まだ10分くらいあるのだが、タイミングが良くてついホームのベンチに移動してしまった。すっかり体を冷やして列車に乗り込むことになった。
 2両編成のワンマン列車には十分に空席があるが、より空いている2両目に移動。駅で乗り降りのためにドアが開閉するのは1両目のみ。2両目のドア付近に輪行袋を置けば他の乗客の邪魔になりにくい。日曜だが、車内には学生服姿の男子が数人見られる。夕方には1時間程度、それ以外は2時間程度のインターバルのダイヤ編成からも、学生の利用が主体になっていることをがわかる。きっと平日は学生だらけなのだろう。鉄道に並走する国道にはクルマが多い。
 体が暖まってきた頃、小串駅で乗り換え。予想通りここでは2両目のドアも開くので乗り換えはスムーズ。5分で連絡する列車も2両編成だが、今度はワンマンではない。2両目の最後尾にスペースが開いているのでそこに輪行袋を置く。女性の車掌に、阿川駅で乗車した列車の整理券を渡し、下関駅までの乗車券を購入。
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 17時25分、下関駅下車。夕闇迫る駅前は人やクルマが行き交う。自転車を準備して、とりあえず腹ごしらえ。宿では夕食を頼んでいない。駅前の繁華街、下車直前に車窓から見えたラーメン屋へ。あご出汁の魚介系スープ。
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 関門海峡に沿って東へ向かう。クルマの多い国道9号線を避け海に近い道へ。海峡ゆめタワーがライトアップされている。港湾施設を越えると、車道とは隔離されたまさに海沿いの車歩道をいく。右手には関門海峡と、その向こうに北九州の明かりが見える。海というより大河という感じだ。前方には、観覧車、そして関門橋。今いる辺りには飲食店など。いずれもライトアップされている。
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 きらびやかなエリアを抜け、先ほどエスケープした国道9号線が海沿いに合流。山と海が接近し、山側には亀山八幡宮、赤間神宮と立派な御宮が並んでいる。
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 関門橋をくぐると、壇ノ浦古戦場。国道を山側に渡り、火の山ロープウェイの山麓駅へ登る。ロープウェイは冬場は営業していない。
 そこから今夜の宿「下関火の山ユースホステル海峡の風」はすぐ。新しくて立派な建物だ。2年前にリニューアルオープンしたとのこと。昨日は収容60人がなんと満員だったとのことだが、本日は空いているので自転車を玄関に入れさせてもらった。寝室や食堂の大きな窓からは関門海峡、関門橋の景色が素晴らしい。速めについたのでのんびり過ごすことができた。
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本日の走行距離は、広島市街が約3.9km、角島が約29.7km、下関市街が約6.2kmで、トータル約39.8km。

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2018/01/12

かきしま・角島・海峡を渡る旅1瀬戸内海「かきしま海道」

 サイクルスポーツ誌で2014年から2015年にかけて「海道を行く」という特集が組まれていた。「しまなみ海道」など芸予諸島およびその周辺の海沿いの5つの自転車ツーリングコースを紹介するもの。個人的には、「海道を行く」の中の、「しまなみ海道」を2007年に、「安芸灘とびしま海道」を2012年に走っている。3番目のターゲットは、「かきしま海道」。呉から倉橋島、江田島を巡るコース。さらに、もう少し足を延ばして山口県の角島も訪れれば、旅は充実したものになるに違いない。
 過去の「しまなみ」「とびしま」はいずれも日本海側が時雨模様となる晩秋、建国記念の日と土日が絡んだ連休に走っている。今年は、建国記念の日は土曜日となり3連休にはならず、しかもできれば9月か10月に決行したかった東信パスハンティングツアーが、天気の関係で11月上旬にずれ込んだ。そうするうちに年が明け、成人の日の3連休に狙うことにした。まだ雪遊びをできるほど山に雪は積もっていない(スキー場には十分に雪があるが連休に行く気にはならない)。瀬戸内や日本海側でも山口県なら積雪の心配はないし、天気もなんとかなりそうだ。
 1月6日、5時にクルマで出発。6時20分、天空の城、竹田城の麓に到着。竹田駅から輪行の予定だが、少し時間があるので、コンビニで弁当を買って朝食とする。夜の闇は薄れていくが、時雨模様の空は夜が明けても薄暗い。7時前に自転車で竹田駅へと移動。輪行の支度が済んだら切符を買う。
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 播但線のディーゼル列車は、生野に向けてゆっくりと上る。周囲の田んぼや家の屋根には、少し雪が見られるようになる。寺前駅で乗り換え。ここから南は電車となる。南下するにしたがって雨はやみ、雲は少なくなり、空は明るい。福崎を過ぎ、姫路に近づくころには立つ人も多く、大きな輪行袋を携えての乗車は肩身が狭い。姫路駅で、播但線から山陽新幹線への乗り換えだが、それぞれに専用の改札口があり、移動距離も長い。制限時間8分での乗継は結構大変。トイレは車内で落ち着いてから。ただ、乗客は少なくて快適。広島までの1時間をのんびり過ごす。
 広島で、今度は呉線に乗り換え。広島湾を眺めながらのんびり列車旅。ぽかぽか陽気。そういえば、「しまなみ」「とびしま」ともに過去の瀬戸内の自転車旅はいずれも小春日和だったが、今回はすでに小春をとっくに過ぎている。
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 11時前、呉駅に降り立つ。外に出ると風が少し冷たいが、この時期にしてはずいぶん暖かい。夜明け前の竹田の寒々とした景色がうそのようだ。
 駅前で自転車を組み、走り出す。すぐにラーメン屋を発見。腹ごしらえだ。15分で食べ終えて、正午前に、本格的にスタート。国道487号線を行く。市街地はクルマが多くてストレスがたまる。右手には、大きな船と造船所で埋め尽くされた呉港で、それは壮観なのだが、とにかくこの状況を抜け出したくてひたすらペダルを回し続ける。
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 くさび形の半島の先端に近づくとクルマが少し減る代わりに、道は狭くなり窮屈になる。はるか頭上に橋が見えてきた。二つある。自転車はどちらを渡るのだろう。
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 倉橋島は目と鼻の先。家やクルマはもちろん、人もはっきり見える。この川のような海峡は「音戸の瀬戸」。ここでいう瀬戸とは狭い海峡を表す。
 手前の第二音戸大橋をくぐり音戸大橋の上り口に到着。信号があり県道66号線が分岐している。サイクリングロードを示す青い線上に描かれた矢印にいざなわれて、県道へと侵入。造船関係の工場にはさまれた狭い道をクルマに追いかけられながら進む。しかし、どんどん橋からは遠ざかり、さらに音戸の瀬戸を離れ、海が開けた。同時に道も開けて海の景色を見ながらのんびり走れるようになる。遠くに見える島々は、後でわかったことだが、5年前の「安芸灘とびしま海道」の下蒲刈島などだった。天気はよく、砂浜も白く、空も海も青く、快適なシーサイドツーリング。って、倉橋島に渡らないといけない。さすがにこれはおかしいと、来た道を戻る。
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 閉塞的な区間を経て分岐でから国道に入り急坂を登って温度大橋を目指す。ループで標高を稼いで、標高差40m近く登る。橋の手前のドライブインの駐車場で、ヘルメットにカメラを装着して橋へと突入。歩道がないので一気に駆け抜ける。
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 ちなみに、第二音戸大橋も自転車が通行できるらしく、こちらには歩道があるようだ。また、私をミスリードした青い線上の矢印は、どうやら分岐付近の渡船を示していたらしい。
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 さて、橋も半ばを過ぎたところで、バックミラーにバスの姿。狭い橋の上で自転車を追い越すのは大変なこと。橋は中央が高いので、もう下りにかかっている。そして倉橋島側は二周半の人工の螺旋で地上に降り立つ。バスを引き離して下る。
 ぐるぐる回ったので、方向感覚を失わないように止まってじっくり地図をにらむ。道路の案内は、左「江田島(県道35号線)」、右「倉橋(国道487号線)」。ところで、倉橋島は複雑な形をしている。強いて言えば「人」のような形だ。この「人」の頭あるいは上半身部分を、北東(右上)から南西(左下)へと移動したいんだが、県道35号線は頭の上を反時計回りに回りこむ。それに対して国道487号線は首またはウエストを通って島を横断する時計回り。つまりどちらを通っても同じような距離で江田島に行ける。ここは、サイクルスポーツ誌の「海道を行く」お勧めルートどおり、国道487号線を選ぶ。橋によって呉市街とほとんど陸続きの感覚で行き来できるせいか、クルマが多い。島の北海岸を回る県道を選んだ方がよかったかも知れない。
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 音戸大橋から、つまり呉の中心街から離れるにつれてクルマは減っていく。小さな入り江には漁港が作られ、石を組んだ防波堤が、過去に走った「しまなみ」「とびしま」、つまり瀬戸内の風景を思い起こさせる。
 海に面した木造の古い建物の軒に、銀色に輝くたくさんの碇が吊り下げられていた。こうした漁具などを販売しているようだ。
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 奥の内港の入り江に面した音戸町畑のコンビニエンスストアで、1Lの紙パック入りのお茶を補給。早朝、竹田のコンビニで買った1Lを飲み干したというわけだ。この辺りには、コンビニのほかホームセンターなどの店が見られ、平成の大合併で呉市に編入される前の音戸町の中心街だったのかも知れない。
 東海岸の奥の内港から西岸へと島を横断する。小さな峠越えだ。下っていくと交差点があり、江田島への案内にしたがって、右折。すぐ先の集落からの細道からロードレーサーが現れた。むむっ?どうやら今向かっている道の先にはトンネルがあるようだ。つまり、集落を迂回するバイパス。当然集落の中の旧道のほうが風情があるに違いないので、ロードレーサーが出てきた小道に入り、先ほどの交差点を直進する道に合流。小さな漁港の海と家並み。やはりこういう道を通らねば。
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 海の中には、何やら貝の養殖とみられる棚がある。「かきしま海道」という名からして牡蠣(かき)を想像するが、貝殻を見るとホタテのようだ。だが、実はホタテの貝殻に牡蠣をつけて養殖しているとのことで、やはり牡蠣の棚だった。
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 さあ、対岸の江田島が見えてきた。「早瀬の瀬戸」だ。前方はるか上方には早瀬大橋だ。この瀬戸も、音戸の瀬戸より少し対岸が遠いが、やはり狭い海峡であることは間違いない。また幅だけでなく、水の流れも川のようだ。
 箸をくぐってすぐに右折、ループする道を上って橋へ。途中での立ち止まりも自由自在の歩道を行く。本日2つ目の、海を渡る空中走行だ。
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 橋の中央を過ぎ下りに差し掛かったところに段差があり、ボトルケージからペットボトルが落下。自転車を止めて拾う。ふと見ると早瀬の瀬戸に異変が表れている。それまで穏やかな流れだったのが、水面が波立つ激しい流れに変わっていく。早瀬という名の通りの、すさまじい潮流。
 ひとしきり流れを見届けたら、走行再開。対向車線の歩道に自転車が現れ、手を振ってあいさつを交わす。
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 そしてループする道を下る。江田島へ到着だ。この江田島がかきしま海道のメインルート。「しまなみ」や「とびしま」と違って、「かきしま」にはコースのバリエーションが多く、呉市街地から倉橋島を経て江田島へとアプローチするのもバリエーションの一つだ。バリエーションが豊富な理由の一つは、江田島もまた複雑な形をしていること、と思われる。倉橋島が「人」形なら、江田島は「Y」字形だ。今はこの「Y」の一本足の足元の右側にいる。ここから東海岸を少し北上した後、北西(左上)方向、つまり島をななめに横断し、西海岸から時計回りで「Y」の二股に分かれた上部を回り込む。そして二股の右側の先端に位置する、切串港がゴール。フェリーで広島市へむかう予定だ。
 島の形を「Y」字形と書いたが、これは大雑把な例えで、さらに小さな半島や入り江がいくつも出入りしている。その半島を回り込んだり、峠で越えたりするわけで、海沿いを走っていても細かいアップダウンの連続で、だんだん疲れがたまってきた。東から西に横断する脊梁の峠への上りでも、脚が回らない。倉橋島でクルマが少ないと思われる県道でなく、国道がサイクルスポーツのお勧めコースとなっていたのも、もしかするとアップダウンの関係かもしれない。
 何とか西海岸に出る。江田島市役所はこの辺り。深い入り江、大原湾に沿って北上。「しまなみ」「とびしま」にも言えることだが、対岸の山が陸続きなのか別の島なのか、あるいは目の前の海が入り江なのか海峡なのか、見ただけでは全く分からない。
 ロードレーサーに追い越された。そしてそのまま北上しいった。「Y」の二股の間の江田島湾に向かうのか。こちらは、入り江にそって走り、「Y」では表現されていないが南に突き出たやや大きめの半島の先端を目指す。
 本日は、北西の風が吹き、北や西に向かうと向かい風。南に向かうと一気に順風に乗ってスピードが上がる。クルマも劇的に少なくなり、快適そのもの。
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 自転車コースを表す路上の青い線には、切串港までの距離が1kmごとにカウントダウンされる。追い風だとそのカウントダウンのペースが早まる。
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 大矢鼻と呼ばれる半島の先端部には、大きなタンクが並ぶ。石油の貯蔵施設らしい。完全に大矢鼻までは行かず、狭いトンネルで半島の西側に出る。そちらはごみ処理施設。さすが瀬戸内、大きな貨物船までもが廃棄されていた。
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 ちなみに、大矢鼻の半島の辺りで、切串まで40km台。大方中間地点だ。
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 逆風となってペダルは重いが、西側もクルマはほとんど通らない。広島湾の海面が西に傾き始めた日の光を受けてきらきらと輝いている。向こうに見えるのは宮島(厳島)か。結構近いんだな。
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 やがて県道36号線に合流し、センターラインが引かれた広い道となるが、依然クルマは非常に少ない。その県道への合流点の辺りが小田漁港で、道路脇におびただしい数のたこつぼが置かれている。ふじつぼがたくさん付いたたこつぼもあり、なんだか韻を踏んでいる。
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 路上の青い線に、切串への距離だけでなく、三吉への距離も表示されるようになった。三吉は、「Y」の二股の左の先端にある地名で、そこからも広島へのフェリーが出ている。二つの港の間には、深く切れ込んだ江田島湾を回り込むため、25kmの距離がある。
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 牡蠣の棚を見ながら北上。逆風の北風と海沿いのアップダウンがつらい。広島の市街が見えている。大都会だ。
 豪頭鼻・岸根鼻のある半島北西端をショートカットして、三吉港を通過。江田島湾へ。「Y」の右上、切串側の半島から江田島湾を塞ぐように突き出した枝のような半島が対岸に迫る。津久茂瀬戸と名前の付いた狭い海峡となっている。
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 平成の大合併で4つの町が江田島市になったわけだが、その4つのうちの2つの町役場、現在の市役所の支庁がこの江田島湾に面している。つまり、クルマの通りもそこそこ多い。進路が南向きに変わり、追い風になったのがせめてもの救いだ。
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 旧能見町の中心街、中町のコンビニで休憩。弁当を刈ってイートインスペースで食べる。西日のサンルームのようなイートインスペースはぽかぽかと暖かい。でも、外に出ると風が冷たく感じる。
 江田島湾最南部を回り、北上。「Y」の右上を目指す。この辺りには、スーパーマーケットやホームセンター、ガソリンスタンドなどが並び、葬儀場もあった。ここまでの道中に葬儀の看板が出ていたのだが、それはいまどき珍しく自宅での葬儀を示すものだった。私の住む丹後では、10年ほど前から自宅での葬儀は完全に途絶え、葬儀場を利用するようになった。だから、自宅での葬儀とは相当珍しく感じていたのだが、葬儀場がない、というわけではないようだ。
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 向かい風を受けながら北上。旧江田島町の中心街で少し内陸に入る。海に面した海上自衛隊の教育施設を迂回する形だ。ここは道が狭くクルマが多い。「江田島市役所江田島支所」の前を通過。本庁は、旧大柿町だ。
 内陸に入るということは、アップダウンもあるということで、上りで少し脚がつるようになった。晩秋からずっと雨が多くまとまった距離を走ることがなかったのが原因だろうが、情けないことだ。実は、今日は少し尻も痛い。尻が痛くなるなんて10年以上なかったことだ。ずっとオフシーズンだったこの時期に、いきなり70kmも走ったせいかも知れない。寒さも影響しているのかも知れない。
 江田島湾を塞ぐ、津久茂の半島をショートカット。小さな峠を脚のつりをだましだまし越える。ところで、これまで走っていた国道487号線は津久茂の半島へと向かい、その先端付近で途切れている。津久茂瀬戸の対岸でも同じ状況。国道の海上区間ということだが、船便などはない。
 さて津久茂の半島をショートカットしたあとは道が複雑。流れとしては県道297号線へとつながるのだが、そちらは内陸を行く。海沿いの道が自転車コースと指定されているので、青い線に従って右折左折を繰り返す。
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 海沿いの道は緩やかなアップダウンが連続する。たまに脚がつるので小休止を繰り返す。日が落ちてきた。広島市街の町明かりが輝いている。切串港18時5分発のフェリーには、間に合うだろう。島に近づいてくるフェリーが見える。あれに乗るのだろうか。
 17時16分に日没。標準時子午線付近の丹後半島よりかなり西に位置する分、15分ほど日没が遅い。残照の海を眺めながら、静かな道を行く。17時半を過ぎると、すっかり暗くなった。
 17時50分、切串港到着。ちょうどいい時間だ。港にフェリーの姿はない。先程海上に見えたのは、一本前の17時30分の便だったようだ。姿がないのはフェリーだけではなく、乗船券売り場の窓口の係りもいない。乗船券は船内で購入してください、との張り紙がされていた。建物の中の待合室で過ごす。外には、自動車や自動二輪がそれぞれ数台集まってきた。
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 フェリーが到着したので、自動車、自動二輪車に続いて車両甲板へ。甲板に立つ係員めがけて進むが、全く指示をしてくれない。こちらから訊けば、近くの壁際を指示される。要するに、壁際ならどこでもいいのだろう。ついでに、ロープなどでの固定もなし。航行中、待合室にいると乗組員がやってきて、乗船料を徴収していった。
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 広島宇品港へ上陸。この航路も、国道487号線の海上区間とのこと。
 港を出るとすぐにスーパーマーケットがあったので、食糧を買う。今夜の宿は、素泊まりのゲストハウスなので、明日の朝食を調達しておいた。
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 大田川の三角州に町が広がる広島。大田川から分留する川が行く筋も流れていて、その川の堤防上には、歩行者、自転車用の道路がつけられていて、クルマを気にせずに快適に走ることができる。また、GPSレシーバーの地図で川の形状を読み取れば、宿への道筋がわかりやすい。南北の移動は川沿いに、東西は洲がくびれたところでとなりの川沿いにレーンチェンジして行く。途中で堤防から河川敷に降りる階段に腰掛けて、先程買って惣菜を食べる。店の電子レンジで温めた惣菜が寒さを中和してくれる。
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 中心街に入ると路面電車が行き交う。最後はその路面電車の駅を目印に、ゲストハウス「Jホッパーズ広島」に到着。宿の前のレンタサイクルの並びに自転車を止める。部屋に入ると女性がいるのでびっくり。日本のユースホステルなどでは男女別相部屋が一般的だが、海外では男女共用相部屋が当たり前。その分、それぞれのベッドは暖簾のようなカーテンで完全に目隠しがされ、ユースホステルのベッドよりも広めでちょっとした個室という感じ。翌朝までの間、先程の女性意外と顔を合わせることはなく、どんな人と泊まり合わせていたのかもわからないままだった。若い頃は、ユースホステルでの旅人同志の交流が楽しかったが、今ではこういうプライベート空間がある宿がいい。しかも2,500円でお得。
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 部屋に荷物を置いたら、食事に出る。受付のフレンドリーな女性スタッフに教えてもらった、お好み焼きのおいしい「だんだん」へ。歩いて5分ほど。狭い店内のいくつかのテーブル席は賑やかなグループが陣取り、私はカウンター席へ。定番の肉玉そばを注文700円。「だんだん」という店名は山陰の方言だが、ここは広島。麺が入って十分なボリューム。キャベツもたっぷり、明日の快便は約束された。ただ、お好み焼き屋ではなく「鉄板居酒屋」で飲み物を頼まなかったのはちょっと申し訳なかった。
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 宿に帰ったら、シャワーを浴びて(風呂はない)、歯を磨いて寝る私宅。前夜は遅くまで旅の計画を練り、早朝からの出発。眠いのだ。
 かきしま海道は迷走もあって、86.4km。竹田駅の1.1kmと、広島市内7.5kmを合わせて、95km。一日の走行距離としてはさほど多いわけではないが、京都府北部から瀬戸内広島県までの移動で半日を費やし、残りの半日での走行とするならばそれなりにハードだったということにしよう。ああ疲れた。おやすみなさい。

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篠山盆地から曽地奥・永沢寺・母子周回、と走り納め・走り初め

 年が明けて10日余りが過ぎたが、2017年最後のツーレポ。
 篠山中心街の南、小枕川の谷に少し入り込んだところに位置する小枕集落の外れにクルマを止める。自転車の準備を整えて出発。来た道を引き返し、篠山盆地へ。盆地の南の縁を行く国道372号線で東へ。北側には多紀連山の三嶽や小金ヶ嶽が見える。八上で篠山中心街からの道と合流すると、国道の南に集落内の旧道が並行する。クルマの多い国道を避けたい気もあるが、多岐連山を眺めながら走ろうとそのまま国道を行く。
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 西荘を過ぎ、日置が近づいたところで国道を南に逸れ、野々垣集落方向へ。茅葺屋根の家が目立つ。野々垣手前で東に進路をとり、曽地口へ。曽地川に沿って曽地中、曽地奥と遡っていく。
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 曽地奥の公民館には、表札が2つ。公民館を示すものと、「神明八幡両社社務所」と書かれたもの。集落の入り口の道沿いに神社があったが、その社務所も兼ねているということらしい。要するに、過疎化の進む小さな集落では、、いろいろと兼務してやっているようだ。とある個人ブログでは地元にの人から「神明八幡神社」とあるが、社務所には「両社」とあるので、本来は「神明神社」と「八幡神社」ということなのだろう。
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 立派な茅葺屋根の古民家に気を取られて一度は入り口を通り過ぎてしまったが、本日のメインステージである「曽地奥林道」へ。まるで都会のゴルフ練習場のように柵に囲まれた畑や民家を過ぎ、一車線の細道で坂を上っていく。道は細くクルマとはまず出会わない静かないい道。それでも落ち葉の敷物がクルマの轍に合わせて切り裂かれているので、まったくクルマが通らないというわけではないようで、上部ではちゃんと道をふさいだ倒木の処理もしてあった。
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 急な山肌を右往左往して貼り付く急坂を上る。水平方向の移動は少ないので、かなり山奥に入ったつもりでいたのにすぐ近くに曽地川沿いの県道が見える。ただし、高度は稼いでいる。
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 後川へ越える峠付近には数日前の雪が少し残っていた。
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 後川奥へと一気に下る。完璧に護岸された川を見ながら篠山と三田の市境の峠へと登る。川沿いに立つ家の石垣も物々しい。そうした立派な建造物の背後には、大雨の被害が見えるような気がする。田んぼの中の水たまりは、氷がはっている。
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 峠は三差路。道なりに行くと永沢寺だが、右に分岐する落ち葉に覆われた細いコンクリート舗装の急坂を下る。どちらをとっても母子へ行けるのだが、自転車にはやはりクルマの通らない細い道がいい。激坂を越えて、谷に降り立つ。柵に囲まれた田んぼの中の道になる。周囲にはほんの少し雪が残る。路面にも雪があった。乗り越えた感触は、固い。凍てついている。さらに、小さな貯水池は全面氷結。近くに置かれていた鉄の棒で氷をたたいてみるが、かちんこちんで全く歯が立たない。
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 広い車道に出た。左折して母子へ南下。母子は斬新なデザインの住宅と、茅葺の古民家が入り混じっている。そして、北に進路をとり三田から篠山への峠へ。これはほんのわずかな登り。三国ヶ岳を反時計回りに半周した形だ。
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 さああとは下るのみ。周囲には雪がまったくないので、路面凍結の心配はない。安心していきたいところだが、屈曲が多く飛ばせない。木々の合間から見える篠山盆地には街明りが灯っている。当然、こちらもヘッドライト転倒。安全第一だ。
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 ため池まで降りたら、三日月を見上げて小休止。そして一気に小枕集落の外れ、クルマの駐車ポイントへ。
 12月下旬、14:57~17:27、25.5km。

 12月30日にどうにか年間走行距離を2,500kmに乗せる。
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 これが走り納めになるかと思われたが、雨予報だった大晦日も午前中は止み間となり、ここで走り納め。
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 新年は、2日の夕方走り初め。
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2017/12/31

2017年バイクライフ総決算(今年は雨が多くてダウン)

 清水寺で発表される今年の漢字は「北」だったが、個人的には「雨」。大雪の冬、すっきりと晴れる日が少ない春から初夏、そして天候不順の夏、台風の波状攻撃の秋、寒波が続き速い積雪の晩秋から初冬。初夏に走りたい丹後半島一周は10月に、9月から狙っていた東信濃への遠征もラストチャンスの11月にようやく決行。夏に計画していた北海道ツーリングはお流れに。延期や中止をしているが、本当は行きたくて仕方ないのである。でもやっぱり天気はどうすることもできない。待つしかないのである。
 乗車日数は180日、走行距離は2517km。最高を記録した昨年と比べ、それぞれ40日、1080kmダウン。月ごとに見ても、300kmを越えたのは、10月の341kmと11月の304kmのみ。丹後半島一周と東信濃遠征の月だ。ちなみに、昨年はオフシーズンのはずの1月に300km以上走っていた。

 次に車種別。
 1位は、山口ベニックスのランドナー、831km。2014年以来の返り咲き。クルマ等で輸送することがなく、すべて自宅がスタート、ゴール。休日の軽い一走りを積み重ねた結果。
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 2位は、VIGOREオリジナルランドナーフラットハンドル仕様、701km。V3ならず。ツーリングのメインバイクだが、要すするにツーリングの機会がこれだけ減ったということである。
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 3位は、折り畳み小径車で約506km。かつては1300km/年走ったこともあるが、今年はこの自転車での最短記録更新である。小さいので乗客の多い都会での輪行に有利。京都市の桂川・淀川沿いを走った。また今年は、走りの負担になっていたノーパンクタイヤから空気タイヤに戻し、その後走行距離が伸びた。また、折畳部分のヒンジが損傷し、手に入りにくいパーツをどうにか入手して復活した。
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 4位は、MTBのTrek6500で、約255km。ブロックタイヤ装着の走行は皆無で、スリックタイヤでオンロードツーリングを行った。
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 5位は、クロスバイクで約224km。折り畳み小径車ほどではないが、ノーパンクタイヤによる走りの重さで低迷。
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 もう一台のVigoreオリジナルランドナー(ドロップハンドル仕様)と大学時代から乗り続けているランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」は今年出番なく0km。
 番外として、スーパーカブは約4000km。舞鶴での勤務がやや多かったので昨年より500kmほど距離を伸ばした。
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アバランチナイトin大阪

 今年もこの季節がやってきた。日本雪崩ネットワーク(JAN)主催の雪崩事故防止啓発セミナー「アバランチナイト」。今回のお目当ては、2017年3月27日、栃木県の那須岳での高校山岳部の合同合宿中の8人が亡くなり重傷2人を含む40人が怪我をして、大きく報道された雪崩事故の話を聞くこと。
 いろいろあって途中の休憩中に会場に到着。前半は一般的な雪崩のお話で毎年大きく変わるものではない。後半に間に合えばいいのだ。
 後半は、数年前にさかのぼっての雪崩事故の概要、昨シーズンの調査報告などなど。那須岳の事故は最も時間を割いて報告された。JANのWebサイトにも調査報告は掲載されているのでここでは省略(ただし、2年以上前のものはすでに削除されている)。
 調査報告の後、演台に立つJAN理事、でがわあずさ氏のコメントは次のようなものであった。
 
 現場の地形、雪の安定性においても危険な状態へと進入していった。事故が起こったケースを切り取れば、「なぜ?」と首をかしげるような状況。ラッセル訓練を実施する判断を下したリーダーは事故の後相当に叩かれている。
 しかし、リーダーの判断力については十分にあったと考える。長年ある一つのことに関わり経験を積んだ者には、判断力が養われるものである。例えば、野球でもサッカーでもバスケットボールでも選手や指導者として長年続けていれば、その競技について「こういう場面ではこうすればいい」ということは身につく。山でもそう。実際、この雪崩事故の日も早朝に責任者で集合して那須岳の登頂を中止した。この判断は正しい。そして、スキー場のゲレンデ内での訓練をすることにした。これも正しい。そして、雪崩に巻き込まれる斜面にとりつく。はじめは恐る恐る。でも、リーダー格の指導者は今までにも雪が降り積もる中歩いた経験もあるはずで、このとき「案外いけるんじゃないか」と思った習慣があったのではなかろうか。もし、雪崩がなければ別に何でもなかったはず。いわゆる「誤った成功体験」。これは誰でもが経験していること。例えば、2013/11/23立山真砂岳での7人死亡の事故。地形・積雪状況ともに非常に危険であったわけだが、雪崩が起こる前にたくさんの人がスキー等で滑っていた。快適な滑走、いわゆる「誤った成功体験」が繰り返されていた。雪崩が起こらなければ、楽しい日であった。(ちなみに、この数日前11/16にも雪崩が心配される日があったが、その日は大丈夫だった。)

 「今日この場に集まっているみなさんは、リスクテイカー、危険な奴らです」と、講演台に立つ でがわ氏の我々への言葉は厳しい。一方で、雪崩事故を起こした当事者を批判することはない。その真意は、「雪山という非常に危険な場所へ出向くにあたり何よりも自分の命を守るためには、危険を認識しなければならない、ミスを犯した他者を批判することは何の意味も持たない」ということではないかと感じた。
 当事者への批判には、自分は違うという意識を伴っている。事故が起こった場面を切り取り「なぜあんな状況の時にあんな場所に出向き、あんな行動をとったのか、理解できない」という気持ちを含んでいるのだ。
 例えば、危険個所を短時間で通り抜けてしまう、ことがあるが、これは事故にあう確率を低めることはできるが、ゼロにはできない。事故の確率を減らすことは正しいが、そもそも危険な場所に自分から出向いていることを忘れてはならない。その場面で事故にあえば、「なぜあんな状況であんなところを」ということになる。「誤った成功体験」を繰り返しているだけなのかも知れない。
 「誰に責任があるのか、を考えていては見えてこないものもある」とも、でがわ氏。事故の責任について考えることは我々の役目ではない。むしろ「事故を起こした人も自分もやっていることは全く同じである」ということを認識する方が自分の身を守ることにつながる。そういうメッセージを感じた。
 ただし、でがわ氏は、那須岳の高校山岳部の引率教員に対し、あのようなコメントをしたのは、雪山の安全を参加者に訴える講演だったからだと思う。その現場で過去に雪崩が起こっていることも知らなかったし、(ゆるやかな)尾根筋だから雪崩は来ない、という判断も間違っていた。インターハイの夏山限定の登山競技に関してはベテランでも雪山に関してはまた別、ととらえた方がいいように思う。

 ところで、大阪までのアプローチは、篠山まで自動車で南下し、JR篠山口駅から電車に乗り換える、というもの。そのアプローチの道中、クルマがガラガラとディーゼルエンジンのような音をたてる。ずっとではなく断続的なものなのであまり気にしないでいたが、篠山口が近づくとだんだん頻繁に音がするようになった。オイルの警告ランプも点滅し始めたので、ボンネットを開けてオイルの点検をしてびっくり。かなりオイルが減っているではないか。帰りは深夜になるので、電車に乗る前に解決せねばならない。篠山口にオートバックスがあったので、オイル交換。すると、オイルがほとんどなくなっていた、とのこと。危ないところだった。
 漏れは見当たらないので、燃料と一緒に燃えている。オイルがなくなるとエンジンが焼きつき、場合によってはエンジン乗せ換えとなる。ひと月に一度、あるいは良く乗るようなら2週間に一度くらいはオイルの量を点検し、継ぎ足すように。こうきつくいわれた。おっしゃるとおり。
 実は、前にオイル交換したときもオイルの減りを指摘されていた。後日調べると、どうやら「オイル上がり」または「オイル下がり」が疑われる。いずれにせよエンジン内のピストンとシリンダが磨耗して隙間ができ、オイルが燃焼室に入り込んで燃えてしまう症状。最近のクルマでは、おおむね走行距離が10万kmを越えたら起こる症状らしい。
 我がプロボックスももうすぐ9年が経過し、19万kmに達しようとしている。当然、いきなり始まったのではなく、これまでからオイル交換の際にはオイルが減っていたのだろう。それが徐々に進行していき、危険な水準まで減るようになってきた、ということが推測される。このクルマも、もう余り先が長くない(あと2,3年か)と思われるので、オイルを追加補充しながら余命を過ごそうか。
 とりあえずクルマの不調は解決したので、大阪へ。そして、篠山口へは、終電より一つ前の電車で戻り、帰路に就く。オイルの警告ランプは点かず、もう変なエンジン音はしなくなった。念のため、西紀から三和(鼓峠・箱部峠)の県道・府道コースではなく、国道176号線で福知山へ。信号が多くいつもは避けるコースだが、24時間営業のコンビニも点在しているし、深夜は閉まっているが自動車関係の店やJR福知山線が近ければ翌朝の対応もできるというもの。結果的にはクルマで無事に帰ることができた。

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2017/12/21

丹波の国の高谷山

 兵庫県丹波市市島町と京都府福知山市の境界付近にある高谷山は、アンテナを頂いた山で、車道で山頂に到達できる。しかも、北と南に走り抜けられるので、周回コースで楽しむことができる。一部の尾根は府県境となっているが、山頂も南北への車道のすべては兵庫県である。まあ、いずれにせよ旧丹波の国の真っただ中であることはまちがいない。
 2009年の年末に一度走っている。そこを8年ぶりに訪れた。
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 前回は、山の西側を流れる竹田川沿いの県道脇の広場にクルマを止めたが、今日は山の南麓にある「ライフピアいちじま」の駐車場にクルマを止める。「ライフピアいちじま」は、旧市島町の中心街にほど近い市営の施設で、500人収容の大ホールなどがある。今回は、その施設内にある丹波市立図書館の分館である「市島図書館」を訪れるのが目的だった。図書館に所蔵されている「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」という本がお目当て。ついでに図書館も見学しようというわけだ。
 昼下がりの図書館で本を手に取る。なかなか買おうという決断はできないが(ごめんなさい)、書店で立ち読みだけでは惜しい。往復140㎞のガソリン代は本の値段に達してしまうのだが、別の目的も達成できるなら訪れる価値が大きくなる。先日の寒波で丹後には雪が積もった。平野部の雪はすでにほとんど解けたのだが、山間部は溶け残り、そのまま根雪になる可能性がある。もう、丹後では、アップダウンのあるコースを走ることは春までできない。だから、高谷山を走るのだ。
 図書館を出て、駐車場で自転車の準備。高谷山の裾野を下り竹田川沿いの県道へ。そして、山を右に、川を左に見ながら北上する。前回と同じく北から登り南に下る周回だ。変化をつけたい気がするが、県道を先に走り終えておきたい。対岸の国道は塩津峠で府県境を越えるが、この県道は竹田川沿いで峠越えがない。また、竹田川右岸に点在する工場と、福知山市の長田野工業地帯を結ぶ最短ルートでもあり、乗用車も大型トラックも、決して多くはないがそれなりに通る。交通量が増す上に薄暗くなる夕方には走りたくない。
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 周囲には雪は全く見られないが、上は雪道かも知れない。
 高谷山を西から北に回り込み、森の集落へ。その先の石原集落を越えるとすぐに府県境。京都府側の田野集落まで、森から1kmもない。
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 登り口である森集落の中には高谷山の案内板が立つ。気になるのは、材木の切り出し作業中と記された看板。気を付けなければ。
 集落を外れると、いきなり植林の中の急坂。谷をまっすぐに上っていく。息が上がる。20パーセントを越えているんじゃないか。実際、帰宅後の写真判定の結果20パーセント越えは間違いないようだった。
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 急坂にあえいでいると、前方からクルマがやってきた。ワゴン車とトラック。植林の関係者だろうか。
 道が蛇行するようになると、勾配が落ち着く。そして、周囲にちらほら白いものが見える。前方からトラック。植林の作業のものだ。荷台に積まれた丸太には、白い雪が乗っかっている。
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 徐々に周囲の尾根が低くなり、木々の合間から竹田川の流れと市島の街並みがのぞくようになる。エンジン音が聞こえてきた。クルマではない、チェーンソーの音のようだ。少し進むと作業道のダブルトラックが分岐する右側の谷の方から聞こえる。そちらが作業現場ならこの先で作業車と出会うことはないような気がするが、残念ながら泥の轍は私がこれから向かう道にも続いている。
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 さらに進んでいくと、右の山肌を急上昇する作業道の分岐。轍はそちらに吸い込まれている。もう植林の作業車には出会わないだろう。
 次の心配事は雪だ。竹田川沿いが標高40m程。高谷山の頂は443m。で、現在は250m程なのでほぼ中間地点だ。徐々に周囲には白い部分が増えてきている。
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 やがて、日当たりの悪い区間には路面をうっすらと雪が覆った状態になった。クルマの轍がついているが、轍の間の踏み固められていない部分の方がグリップがいいのでそこを進む。これが下りだったら怖いなぁ。登りでは、後輪が空回りした時点で乗車から押し歩きに切り替えればよいが、下りではスリップは転倒、けがに直結する。でも、今は北側斜面にいる。南側にはあまり雪がないのではないか。特に当時に近いこの時期は太陽が南寄りなので、南北斜面で日当たりは大違いのはずだ。奇しくも、この周回の向きは大正解だったようだ。
 そんな圧雪区間を何回も超えているうちに、標高は400mに達していた。山頂はもうすぐだ。
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 アンテナの立つ山頂に到着。前回の記録には、展望台がある、と記されていたが見当たらなかった。老朽化、耐震性などの関係で撤去されたのかもしれない。パラグライダーの発射地点で景色を眺める。丹波市にはこうした山頂のアンテナへ車道が通じた山がいくつもあり、それを利用して各地でパラグライダーが行われている。この山もその一つだ。
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 さすがに展望がいい。竹田川の流れと市島の市街地を見事に俯瞰している。パラグライダーで飛び立てば、もっと真上から見下ろすことができ、まさに鳥瞰である。
 車道に戻り南に進む。今度は市島市街地とは反対の南東方向が見えるポイントがあった。うっすら白く雪化粧した山が見えた。多紀連山の三岳などのようだ。
 道は下り勾配を増す。圧雪区間はこわごわ徐行運転。轍の間の踏まれていないふわふわ雪の上を行く。その後は、濡れた路面。濡れているだけならいいが、ブラックアイスバーンであったとしても一目では区別が付かないので要注意。ただ、さすが南斜面であって日の当たる時間があったようで滑る路面はなかった。夕方になって日が傾き日陰になり、気温も下がってきたので、徐々に凍りかけている箇所も見られた。もう少し時間がたつと危ない状態になることは明白。
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 そんな冬の区間はわずか。下っていくと、周囲に雪はなくなり路面は乾いていた。さらに落葉する寸前という雰囲気の、枯葉をつけた木に西日が当たっている。ここには、まだ秋が少し残っていた。
 ヘアピンカーブは、一面茶色の落ち葉のじゅうたんを敷き詰めた踊り場だ。
 しかし空気が冷たい。手袋をした手も冷えている。木々の間から上垣集落がすぐ近くに見えた。道路を塞ぐ動物避けフェンスの扉を開けて下界に降り立つ。もちろん扉を閉めておく。
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 「ライフピアいちじま」までトラバースでいけたらいいのだが、間に中学校があるので少し降りて上り返すことになる。ただし、県道まで降りなくても良いが、体を温めるためにもっと登り返してもいいくらいだ。
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 自転車をクルマに収めたら、もう一度図書館へ。せっかくきたのだから、記事のコピーをとってもらおう。利用者登録してなくても、丹波市民でなくても、コピーサービスは利用できるのだ。ただし、著作権の侵害にならないように最低限。3枚だけとってもらった。
 というわけで、目的達成。帰路に着く.
12月中旬、14:55~16:50、約17.4km

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 今年は少し早かった。
 12月6日、山が白くなった。朝、路面にうっすら積雪。念のためと思って、前夜のうちにクルマのタイヤ交換しておいた。ノーマルタイヤでもゆっくり走れば大丈夫な程度だったが。
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 12月12日、15cm程積もった。まだ実が残る柿にも雪が積もる。
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 12月13日、前日の日中に解けたが、夜から朝にかけてもう一降り。
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 12月17日、前日までに平野部ではかなり解けたが、この日また降った。
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 大雪ではないけど、12月中旬にしては持続性があるというか、波状攻撃を畳みかける寒波。まあ、本格的にはこれからだけどね。

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2017/12/05

小春日和とスーパームーン

 小春も半分過ぎたが、小春日和といえるような日はほんの数日しかない。文句なしの快晴は、11月28日と12月3日くらい。
 11月28日は、ポカポカ陽気。昼休みに職場の周りを一走り。
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 12月3日は、日曜日だけど勤務。晴れたけど気温はあまり上がらなかった。スーパーカブでの舞鶴へ片道50㎞の通勤は、年内最後かも。
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 夕方には雲が広がる。日没は早く、16時46分。冬至よりも早い。11月末から12月下旬が最も日の暮れが早い。ただし、昼の時間が一番短いのは当然冬至。今の時期は、南中時刻が10分以上もずれている。標準時子午線の通る丹後では、基本的に正午に南中するのだが、今の時期は11時48分に南中する。
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 天橋立からは浮島現象が見られ、栗田半島に満月が登る。この夜はスーパームーン。大きな満月。
 スーパームーンも冬至より早い夕暮れも、要因は地球の公転が楕円軌道であること。今は太陽に近い位置にいるからなのだ。
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2017/11/26

栗尾峠の展望と桂川の流れ

 今は京都市右京区の一部となった旧京北町の南部、桂川右岸の中地(ちゅうじ)のロードパークからスリックタイヤ装着のMTBで国道477号線を南下。桂川の支流、細野川に沿った道は細く、曲がりくねり、スギ林の中の薄暗い道。たまに通るクルマは、真昼間でもヘッドライトを付けている。つい先ほどここをクルマで走ってきたときに、対向車のヘッドライトが直接またはカーブミラー越しに見えたら離合するタイミングと場所を探る、というのがこの道のスムーズな通過の仕方であることを学習した。だから、明るいLEDヘッドライトと赤いテールランプを点滅させ、対向車および後続車に存在をアピールしながら走っている。
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 綾部から国道27号線で由良川をさかのぼり、JR山陰線胡麻駅付近でさりげなく中央分水界を越え、桂川流域へ。日吉ダムから桂川をさかのぼって中地へ到着するはずだったが、久しぶりにこのあたりに来たので道を間違え南丹市八木町神吉の集落まで来てしまい、細く暗い道をクルマで走ることになってしまった。おかげでコースの下見ができて、ヘッドライトを付けて安全に自転車で走ることができている。
 出発準備中にかすかな小雨がぱらついたが、林間では木々がさえぎってくれる。あるいはもう降っていないのか。丹後では朝、みぞれが降っていた。今も時雨ているんだろうなあ。
 南丹市八木町に入り、登り勾配が増す。左下を流れる細野川の谷は深まり、紅や黄色に色づいた木に目を奪われながらペダルを回す。
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 細野川の支流に出くわすが、橋はかかっておらず国道477号線はその支流に沿ってスギ林の斜面を登っていく。支流がほとんど水量のない沢になるころ対岸を上ってきた府道363号線が合わさる。神吉集落へ越える峠はすぐそこ。
 峠には向かわず、府道363号線を下り、細野川沿いに戻る。そして再び京都市右京区、旧京北町へ。国道よりやや道幅が広がった府道を行く。谷も少し開けて、少し高い位置の山肌に傾いた西日が当たり、紅葉が映える。
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 とうとう谷が開け、田んぼや集落にたどり着いた。まずは長野の集落。
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 再び谷あいの道となり、下集落でようやく閉塞的な区間を抜けた。立派な茅葺の民家が目立つ。
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 下の次は中そして上という名の集落が続く。どうやらそれらは小字のようで、大字は細野というらしい。少し街の雰囲気となり、瓦葺の木造民家が並ぶ。ほとんどの家に渡り廊下で母屋とつながった小さな別棟のような風呂場がついている。焚口は外についていて、母屋の軒下には薪が積んである。さすが、北山杉の本場である。
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 上集落の入り口で、左の分岐へ。「これより1.3km先、自転車、歩行者専用道路につき車両は通行できません」という案内板が立っている。「自転車も車両なんだけどなあ」と心の中でつっこみながら、その看板の横を過ぎる。この道は、国道162号線の旧道、栗尾峠を越える。
 栗尾峠はクルマで何度か越えたことがある。初めて越えたのは26年前の5月のことだった。日曜の遅い午後で、行楽帰りで京都市内へ向かうクルマで混雑、渋滞していた。峠付近には「栗尾峠の展望」と書かれた看板のようなものが立っていたが、クルマを止めてじっくり景色を眺められるような状況ではなかった。その後、渋滞するほどの混雑しているときには通っていないが、そこそこクルマが通り、安全に邪魔にならずにクルマを止める場所もなく、その展望を堪能することはできていなかった。状況が変わったのは、2013年12月。栗尾バイパス(京北トンネル)開通と同時に、栗尾峠が自転車・歩行者専用道路になった。これは朗報だ。でももう4年も前の話。10年以上遠ざかっていたので全然知らなかった。先日地図を見てたまたま気づいた。自転車・歩行者専用道路となったらならば、走らないわけにはいかないのである。
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 緩やかな登りを進むと車止めがあった。でも自動車が通れる隙間が開いていている。と思ったらその先にもう一つきっちりとした車止め。淀川河川敷の自転車道にあるような、乗車で通過できないタイトなゲートがある。自動二輪も通しませんよ、というやつだ。
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 車止めを越えるとすぐに峠に到着。大きな谷が開け、そして大展望。峠付近の植林が伐採され目隠しが何もない。路肩に立つポールに「右京区京北周山」という看板がついているが、何か物足りない。おそらくそのポールのてっぺんには国道162号線を示す、丸みを帯びた逆三角形の標識、通称「おにぎり」がついていたのだろう。
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 峠を少し下ると、遥か下方に桂川の蛇行や京北の中心街、周山が見えてきた。あそこまで下るのだ。
 そしてあったあった。「栗尾峠の展望」と書かれた標柱。「京北十景、北桑十景」とも書かれていた。26年。積年の思いが晴れた。
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夕焼けが赤い。さあ、周山へ下ろう。かつてのセンターラインは消され、新たに6対4くらいに道を分ける白線が引かれている。自転車と歩行者の区分を分けているのだ。都市部の車歩道の感覚をこの峠道に当てはめているのだろうか。
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 トンネルが口を開ける山肌を急降下し、栗尾バイパスに合流。トンネルから吐き出されたクルマが間断なく通るが、ほんの少しの辛抱。周山の街の入り口で桂川を渡る。後は桂川本流を左に見ながら走るクルマの少ない静かな道だ。魚ヶ渕辺りの桂川は青く澄んでいる。河川敷にはイベント用のテント畳んで置かれている。夏には水泳場になりそうな雰囲気だ。
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 柏原で国道477号線と合流。道が広くなり、桂川の谷も広がる。日没をとうに過ぎ、暗くなってきた。中地までもうすぐ。
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 今回は、反時計回りの周回。過去に何度もトイレを利用していた中地のロードパークがクルマのデポ地としては最適。閉塞的な区間を先に済ませてしまおうということで、この向きの周回としたのだが、大正解だった。前半の細野川も後半の桂川も道の左側となり、川を見ながら走れた。何より、栗尾峠も今回の南から北へ越えるのがよい。峠で一気に展望が開ける感動パターンだった。
 丹後に帰ればやはり時雨模様。

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2017/11/19

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」(8・終:振り返り・data)

■旅の振り返り
 まずは、春日渓谷の林道鹿曲線について。ネット検索してみると、佐久市の公式サイトに通行止めの知らせがあった。--------(引用始)---------
林道鹿曲川線通行止のご案内
更新日:2015年2月2日
林道鹿曲川線は、法面の崩落や落石等のため、通行止といたします。
通行止の区間については位置図をご覧ください。
通行止期間
平成21年10月19日(月曜)~
なお、大河原峠へは林道唐沢線及び、大河原線(蓼科スカイライン)をご利用ください。
--------(引用終)---------
 また、画像を貼り付けただけのページが引っかかった。
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 サーバのURLから春日温泉の国民宿舎「もちづき荘」のものだ。同じく鹿曲線の通行止めを知らせるものだが、日付の記載がない。ただし、ファイル名「2008_0922.html」から判断して、2008年9月のものだろう。両者の間に1年余のタイムラグがあるし、小諸ユースホステルできいた話とも数年の食い違いがある。
 が、だんだん様子がわかってきたような気がする。要するに、何度も何度も通行止めとなっていたのだろう。損傷と復旧のいたちごっこの末、2009年秋の被害による通行止めが解除されていない、ということではなかろうか。
 ところで、少し前の地図を見ると、林道鹿曲線は「鹿曲有料道路」と記されている。例えば、昭文社ツーリングマップル中部の1999年版など。なんと、有料道路でしかも夏場には路線バスも運行されていたというのだ。
 考えてみれば、20年くらい前にはビーナスラインや志賀草津道路など有料道路がたくさんあった。そして有料の林道もあった。ちなみに大河原峠から女神湖への道(現在の蓼科スカイラインの一部)も、上記地図には「夢ノ平林道林道」とされる有料林道だし、志賀高原の焼額山あたりの奥志賀林道も有料だった。道路法規上、設置基準が緩く、ようするに手軽に有料道路をつくりやすい、ということのようだ。
 また、私が下りに利用した「林道唐沢線(というそうだ)」や臼田からの道が、大河原峠や別荘地「仙境都市」と接続し(蓼科スカイライン)、鹿曲線の需要が減ったことも、鹿曲線の無料化、荒廃とそれぞれ相関がありそうだ。
 そして、情報源は後述するが、「望月町が佐久市と合併してから道が荒れていった」と感じている住民もいるとのこと。ちなみに合併は2005年。損傷と復旧を繰り返している時期ということでつじつまが合う。ただし、合併との因果関係は不明。沢の多い厳しい環境に簡素な道路を作ったため、早くも寿命が来てしまったということも考えられる。
 さて、今度は林道鹿曲線の通行記録について。普通の道としての通行記録は、2008年以前のもの。
 お目当ての通行止めの道を自己責任で挑んだ記録もいくつか見つかった。当然、四輪車では無理。自動二輪では、複数なら力を合わせて倒木を乗り越えることもできるが、それもまだ被害が少ないうちのこと(2012年11月3日)。
 やはり、こういう道では担ぎの使える自転車が強い、ということになる。というわけで、自転車での記録は2014年8月5日のもの2015年4月25日のものの2件が見つかった。
 前者は、途中で撤退。仙境都市まで2kmの地点で諦めていた。そこに到達している時点で、かなり粘り強い人だろう。おしいなぁ。地元のサイクリストで仙境都市が廃墟のようになっていることを知っていたせいか、その先の道路状況も不安になったようだ。その人はロードレーサー乗り。荒れた区間は押しまたは担ぎなので、自転車よりも靴の歩きにくさに苦心したとのこと。ただしそれは撤退して下る道でも同様のこと。でも、あと少し我慢して進んでいれば、その後ずっと乗車で行けたのに。
 その点私は、同じような地点で心が折れそうになったが、仙境都市まで行けば大河原峠まで乗車できる可能性が高い、と読んだ。仙境都市の事情をよく知らなかったということもあるが、そこまで行けば尾根筋に出るため土石流や土砂崩れのリスクは少ない。それに、他からの道も通じているのである。つまり路線が変わるのだ。言い換えれば、他の路線があるから鹿曲線が見捨てられている、と考えた。路線変われば状況変わる。行くか戻るかの決断は、それを見極めてからでも遅くない、という判断だ。おかげで大河原峠の大展望や蓼科スカイラインや唐沢線の快適なダウンヒルを楽しむことができた(自画自賛ですよ)。
 撤退の判断は自分自身の気力体力と相談して決めること。他人がとやかく言うことではない。ちなみに「佐久市との合併以降~」の情報は、この記録の中に書かれていた渓流釣りの人からの聞き取り。
 そして、後者、自転車で通り抜けた記録の主は、「廃道を行く」シリーズなどの著者。Webサイト名と同じ「山さいがねが」という著書もある。つまりは専門家、そしてそうした記録を本にして稼ぎを得ている(黒字かどうかは不明だが)プロフェッショナル。廃道に近い通行止めと分かった上で探索に乗り込み、鹿曲線の上部や大河原峠は残雪を乗り越えての踏破の記録である。さらに、鹿曲線および仙境都市の開発、荒廃などの調査、分析も読み応えがある。
 「山さいがねが」の記録によると、私が心が折れそうになった仙境都市の手前2km付近の道路横切る沢は、「洗越し」と呼ばれるものだった。橋をかけずに、路面に水を流すものである。林道ではごくたまに見かけるし、例えば福島県の奥只見湖付近の国道352号線でも出会ったことがある。「山さいがねが」の主は乗車で足を濡らさずに超えたとのこと。その2年半後、流木や落石などの障害物が散乱し乗車で超えることはできず、他の方法を考える必要があった。
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 ちなみに、上の写真左が兵庫県の播磨地方(姫路の近く)、新宮町の「善定二柏野林道」。土管を埋めてあり普段はそれで排水しているが、増水時は洗越しとなるもの。右は、福島県奥只見湖畔の国道352号線。何か所もあった。私が、(クルマで)通ったのは2002年のことで、写真が見つからずGoogleストリートビューから。
 大河原峠は結果オーライだったが、翌々日の信州峠・木賊峠は事前準備万端。いずれのコースも予定通りの行程を予定通りかそれ以上の満足度でこなすことができた。天気については、チャンスを待ったかいがあったというもの。浅麓堂が留守だったのは残念だが、旅の目的の中では優先順位の低いもの。それに浅麓堂で時間を過ごしていたら、女神湖への到着が遅れ、雨が降り出しスズラン峠への自転車散歩を断念することになっただろう。どちらかの二者択一だったということだ。

■データ編
◎自転車走行
 1日目 大河原峠     36.5km
 2日目 スズラン峠    13.4km
 3日目 信州峠・木賊峠  67.9km
  計          117.8km
◎自動車走行
 全行程         1213 km
◎費用
 高速道路通行料      8440円
 ガソリン代        6546円
 鉄道運賃         1140円
 宿泊料          6764円
 飲食費          8058円
 土産代          990円
  計          31938円

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2017/11/16

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(7:輪行・帰路)

■中央本線・小海線輪行と帰路
 15時48分の長野行きにゆうゆう間に合う。これを逃すと次は18時過ぎだ。もちろんその間に中央本線の列車名何本もあるが、その咲き乗り換える小海線の本数が少ないのだ。ランドナーを輪行袋に納めるのは1年ぶりなので15分もかかってしまったが、それでもホームでゆっくり過ごせる。持ってきた本を読む。
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 列車到着間際に、高齢の男性に話しかけられる。
 「この自転車って競技用?」「いいえ」「ツーリング用ね。タイヤ細いの?」「いいえ」「じゃあ太いの?」「いえ、普通の太さですよ」
 おそらくロードレーサー、クロスバイク、MTBのイメージしかないのだろう。ランドナーと言ってもわからないだろうし、言葉で特徴を説明しても先入観や固定観念をなかなか拭い去ることはできない。実際に輪行袋を解いて見せるのが一番手っ取り早い。が、ホームでそういうわけにも行かない。まあ、本当は自転車のことを詳しく知りたいわけではなく、自分の質問に「はい」の返事が買えれば満足するのだろうが、そう答えられない私の融通のきかなさがもどかしい。でも、うそを答えるのも不誠実のように思う。列車が到着し、頭の上に?マーク浮かべた男性との会話は終わってしまった。
 セミクロスシートの車内は空席もあり、入り口近くのロングシートの支柱に輪行袋を固定し、その横に腰掛ける。読書の時間だ。数駅過ぎると車内がすいてきたので、クロスシートに移動。すると左手に鋭い山が見えてきた。甲斐駒ケ岳だ。さらに右手に八ヶ岳連峰。3000m近い山々をこんなに手軽に眺められるとは。
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 30分ほどで小淵沢に到着。そして下車。小海線ホームにはすでに列車が入線していた。2両編成のハイブリッド車の前方車両に乗り込む。2+1列シートで中央の通路は広く、車椅子スペースのあるバリアフリー車両は、輪行袋を担いだサイクリストにも優しい。
 昨夜、宿主のこっつあんのアドバイスに従い、左側に着席。20分ほどの待ち合わせで、列車はスタート。高度を稼ぐため、いきなり右に180度の急旋回。中央本線の線路が見る見る下がっていく。そして、左右に見える甲斐駒をはじめとする南アルプスと、八ヶ岳連峰の位置が逆転。その後は美しい紅葉を見ながら高原を行く。が、夕暮れとなり車窓劇場は終演が近づく。読書の時間再開。運転手がしつこく警笛を鳴らしている。おそらく、鹿が線路に出ているのだろう。去年は、列車が鹿と衝突して中央本線の列車の到着が遅れた。
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 清里でたくさんの乗客が降り、17時11分その次の野辺山で私も下車。竜王から中央本線で500m、小海線で500m、あわせて標高差1000m登った。当然ながらどちら方向に乗っても同じ料金。サイクリストにとっては、甲府盆地から野辺山高原へ向かう方がお得と感じてしまう。しかし寒い。
 クルマに自転車を積み、閉店間際の雰囲気の店でお土産を買って、17時半に帰路につく。昨日紅葉ドライブを楽しんだ、八ヶ岳高原ラインで小淵沢へ。クルマにガソリンを、自分自身に夕食を、それぞれ補給したいところだが、茅野市街はこの時間混雑しているだろうから、小淵沢I.C.で中央自動車道に乗る。しかし、通行情報の掲示板には、「岡谷J.C.T.~伊北I.C.片側対面通行渋滞45分」と出ている。そうだ、往路は早朝だったためすんなり抜けたのだが、クルマが多いとかなり滞る。また、「小牧J.C.Tの手前でも渋滞」とのこと。遅い時間の方がクルマが空くかと、諏訪湖S.A.に寄る。そこそこ混雑しているが、満車、満員というほどではない。フードコートで信州みそラーメンを食べる。
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 結局、車線規制の方は状況変わらずで、抜けるのに40余りかかった。一方、小牧J.C.T.手前の渋滞は、その後の劇的に解消しているようだ。大型車は少なく、行楽帰りの乗用車中心の中央自動車道を進み、掲示板で見るたびに渋滞の長さも通過所要時間もどんどん減っていく。実際小牧J.C.T.に着いた時には渋滞はなし。渋滞案内の掲示板は、名神、東名高速道路で、それぞれ関西、関東都市圏の入り口で渋滞していることを告げている。
 名神自動車道に乗り換えると、交通量が増したものの郊外に向かう方向なので滞りはない。一方、中京都市圏の中心に向かう反対車線は渋滞している。さらに行くと、反対車線には事故車両。大破というほどではないが、フロントが大きく変形し、明後日の方向を向いて車線をふさいでいる。当然その先で渋滞。まだ事故処理が始まっていないようで、そちらは長い夜になりそうだ。
 また、関西都市圏の入り口、大山崎J.C.T.の先での渋滞も事故が原因のようだ。だが、そこまで行かずに米原J.C.T.から北陸自動車道へ。なぜか、いつになくたくさんのクルマが北陸道に流れ込み、大繁盛だ。
 木之本I.C.の手前、長浜I.C.で高速道路を降り、ガソリンとラーメンを補給。閉店間際の「近江ちゃんぽん」は野菜増量のトッピングだ。
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 そのあとは、クルマと信号の少ない湖岸道路で木之本に北上。湖北から若狭、そして丹後へ。帰宅は午前様で短めながら、ちゃんと睡眠をとってから月曜日の朝を迎えることができた。その日は眠かったけどね。

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2017/11/15

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(6:信州峠・木賊峠)

■信州峠・木賊峠を越え富士を愛でる
 標高1300mの朝は寒い。上半身に合羽を着て、フリースの手袋を着けて東へ走り出す。川上村へは下り基調のはずなのに、ペダルが重い。休養は取れたはず。寒さのせいだろうか。
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 並走する小海線の線路の上を、2両編成のハイブリッド車が追い越していった。背後の八ヶ岳連峰はいつしか雲に隠れてしまった。でも今日は晴れ予報。そのうちその雄大な姿を見せてくれることだろう。
 川上村の中心部に入る前に、西から南へと進路をかえる。急な登りが脚に応える。
 しばらくすると、平坦地となりレタスなどの野菜畑が広がる。道は一直線。行楽のクルマ、自動二輪、そして車輪が身の丈ほどもあるお化けトラクターが行き交う。今日は、野辺山から3つの峠を越えて甲府盆地に降り立つコース。去年の大弛峠の時と同様、甲府盆地からはJR中央本線・小海線で野辺山に戻るパターン。自転車だけでなく高原列車も楽しめる盛りだくさんの行程だ。
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 畑の中の直線は正面の奥で反り返り、上へと向かう。本日の先鋒、山梨との県境の信州峠への登りだ。まあ、すでに畑の手前から登りは始まっていたんだけどね。
 晩秋の日差しが降り注ぎ、ようやく手袋を指切りグローブに換え、合羽を脱ぐ。峡の3つの中で一番標高差が小さい250mに苦労しながら、信州峠に到着。標高は1450m。ごつごつした岩山、瑞牆山が迎えてくれた。峠にはクルマが10台ほど止まっている。瑞牆山とは反対側の横尾山への登山口のようだ。飯盛山への縦走し、朝食前に訪れた平沢峠に降り立つこともできるようだ。
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 峠からは南に見える山々の稜線の上に少しだけ頭を突き出す富士山が見える可能性があるが、ブッシュの関係で瑞牆山は山梨側に少し下った方が良く見えるので、峠はほぼ素通り。まあ、逆光気味だからどうせ確認できなかっただろう。
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 瑞牆山を見ながら小休止して、合羽を羽織って下る。紅葉のトンネルだ。下りきったところは、黒森集落。1180m。瑞牆山に抱かれた山間の盆地にある山村だ。
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 清らかな塩川にかかる橋で合羽を脱ぐ。塩川は、やがて富士川として駿河湾に注ぐ。信州峠は中央分水界で、日本海側の千曲川(信濃川)水系から太平洋側へと越えたことになる。振り返れば、甲斐駒ヶ岳が顔を出していた。
 さあ中堅、瑞牆山荘への登りが始まった。もちろん瑞牆山荘とは峠の名ではなく、峠に立つ山小屋の名称だ。なぜか、この峠の名前が見当たらない。
 紅葉の中を黙々と登る。体が暖まってきたせいか、信州峠のときよりも苦しくない。紅葉の隙間からときおり瑞牆山が覗く。
 ピークまでもう少しのところで、太ももの内側の筋肉がつるようなそぶりを見せたので、小休止。が、つったわけではなく、一昨日つった箇所が筋肉痛を起こしているようだった。
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 標高1520mの瑞牆山荘へ到着。信州峠よりも楽だった。展望はない。ここは、瑞牆山への主たる登山口であり、金峰山の登山口でもあり、周囲にはたくさんのクルマが止まっている。また、10台ほど自転車も止まっている。
 さあ、合羽を着て下ろう。自転車が登ってきた。塩川ダムから紅葉を見に登ってきたそうだ。山梨県側にはたくさんの道が交錯しているので、色々なコース取りで楽しめるようだ。
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 さらに下ると建物があり、人で賑わっている。金山平だ。男女2人組のサイクリストとすれ違う。
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 標高1250mまで下ると、そこは木賊峠と増冨ラジウム鉱泉との分岐。木賊峠方面は、通行止の案内が出ているが、それは事前調査済み。紅葉を楽しみながら合羽を脱ぐ。
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 そして、本日のラスボス、木賊峠へ挑む。通行止めの看板のお陰かクルマはぐっと減る。ラスボスだけあって、一番高い1700mまで登らないといけないが、これが最後の峠だと思うと気分は軽い。何も考えずにただペダルを回す。相変わらず赤や黄色の鮮やかな景色。そしてその向こうの青空。日陰の路面には氷がはっていたが、解けかけているようで踏めば割れる。
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 勾配が緩んだところが木賊平。峠まであともう少しだ。
 そして木賊峠へ。標高1700m。増富鉱泉への分岐から本日一番のまとまった登りだが、やはり朝一番の信州峠が一番きつかったという印象だ。まあ、標高差1000mあまりのひとつの峠として捉えれば、朝の登り始めはなかなか本調子が出なかったが、登るにつれて体が暖まり調子が上がっていく、ということなのかもしれない。
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 その木賊峠は三叉路、つまりY字路になっている。右に少し行くと展望所。さあ着ました、巨大な円錐を横から眺めた三角形。富士山だ。ラスボスを撃破して得られるボーナスのごとく、絶景のご褒美だ。残念なのは、少し前に積もった雪はすっかり解けて一面黒い姿であることと、逆光であること。それでも全貌が見えているのは大当たり。これが見えるかどうかで、木賊峠の値打ちは大違いだ。ベンチに腰掛け、富士を愛でながらパンを食べる。
 展望所の先、長窪峠、観音峠を経て甲斐市街へと下る。峠が2つというが、実際にはほとんど下りっぱなしらしい。ただし、長窪峠の先、観音峠までの林道観音峠大野山線が、1年以上前からずっと通行止となっている。これが、増富への分岐にあった案内板の内容だ。ただし、遠回りにもならず、上り返しもなく迂回できるコースが2つ。一つは、長窪峠の先の通行止区間の手前で小森川林道に右折し塩川沿いに出るコース。もう一つは、峠の分岐を左にとり黒平から野猿谷林道を経由して、荒川ダム、昇仙峡と辿るコース。後者が第一候補なのだが、先月野猿谷林道が通行止になっていた時期があり、前者のコースを捻出していたのだ。本日のコースは入念にシミュレートしていたのに、一昨日の春日渓谷の道がノーマークだったことは、自分でも間抜けとしか言いようがない。
 第一候補の野猿谷林道を目指すことにして、分岐に戻る。そして、富士山の眺めに続くもうひとつのご褒美、標高差1400mの長い長くダウンヒルを開始。
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 すぐに左側、北東方向の展望が開けた。頂上に岩塊を冠した金峰山がドカーンと見える。その後はひたすら鮮やかな赤や黄色のトンネルの中を下る。
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 標高1100mを切ったあたりに、小さな集落があった。黒平(くろべら)だ。木賊峠からはすでに標高差600m下っているが、それでも山深く高所にある集落だ。これからの季節は特に厳しいだろう。あるいは冬は麓で暮らすのか。
 集落から小さな登り返しを越えて行くと分岐があった。道なりに進むと公園のような施設。マウントピア黒平。キャンプ場やコテージがあるほか、黒富士という山の登山口にもなっている。ただし、このまま進むと御岳林道。昇仙峡に通じているのだが、200m程の登りを越えないといけない。
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 分岐に引き返し、野猿谷林道へ。こちらはその名の通り渓谷沿いのコース。山側から流れてくる沢の水が路面にあふれているところが何箇所もあり、少し前の通行止の名残のようだ。
 小さなトンネルを越えると、川の流れがよどんでいる。荒川ダム湖まで来たようだ。さらには、散策する軽装の人々。ダム湖の向こうには昇仙峡のロープウェイが見える。どうやら紅葉の時期の晴れた連休で、かなりの行楽客で賑わっているようだ。ダムの周辺にも駐車場があり、そこから散策しているようだ。
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 昇仙峡ロープウェイ乗り場付近は、相当な人出。大観光地と化している。一気にクルマが増え、ストレスを感じるが、やはり西日本と違って運転は紳士的。ちゃんと対向車が通り過ぎるまで待って追い越してくれる。
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 進行方向右手の谷にそってそびえる岩山。渓谷美を楽しみたいのだが、クルマが多い。そのうち進んでいる道が渓谷から離れ、緩やかに登り始めてしまった。いかん、道なりでなく右折しなければならなかった。クルマに追いたてられて通り過ぎてしまった。気付いた時には結構進んでいる。予定では、この荒川沿いに下り竜王駅でゴールするつもりだったが、このまま行くと甲府だ。のぼりはすぐ先の和田峠までで、そう大したものではない。
 いいや、このまま行くか。諦めて進む。が、すぐ先に右に分岐する道があった。これで荒川沿いに戻る。やっぱりできるだけ市街地を走りたくない。そして、輪行袋を担いで駅の中をあまり歩きたくない。小さな街、小さな駅を目指したい。
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 分岐から急激に下って荒川沿いへ戻ると、そこが昇仙峡の入り口。ずっと川沿いを来ていればもっと渓谷美を楽しめたのに。なにせ、甲府方面に行く道よりもかなりクルマが少ないのだ。
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 やがて市街地の向こうに富士山が見えてきた。桜橋を渡り甲府市から甲斐市敷島町へ。そこから市街地走行だが、竜王駅まであっという間。15時前に竜王駅着。

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2017/11/14

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(5:こっつあんち)

■1年ぶりのこっつあんち
 ざるラーメンを食べ、明日の行動食を調達しようと走り出すが、コンビニエンスストアはあってもスーパーマーケットがない。結局小海まで行ってしまった。ガソリン代を考えれば近くのコンビニエンスストアで調達したほうが安上がりだったが、まあドライブと考えればいいか。時計を見たら15時過ぎ。もう宿に入ろう。
 というわけで、旅人宿「こっつあんち」へ。去年の10月に来た時には、山ぶどう狩りの行事と重なり、賑わっていたが、今日は静かな雰囲気だ。明日に備え、そして今夜に備え、16時一旦布団に入る。17時前に起き出して、談話室へ。ストーブが炊かれ暖かい。本日の宿泊は、私と2人組の計3名。自家製の野菜が豊富な夕食は暖かい談話室で。夕食のあとは宿主「こっつあん」とのお話の時間。賑やかだった去年と変わらないほど、ずいぶんお話が弾んだ。
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 ところで、こっつあんちには去年の10月以来。ちなみにその日は十五夜(旧暦9月15日)で、今夜は十六夜(いざよい、旧暦9月16日)。閏月(今年の場合5月と6月の間に閏五月)のため、旧暦で言うとちょうど1年ぶり。でも、今宵の満月は、雲の中。
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 翌朝、朝食前にクルマで獅子岩へ。クルマのフロントガラスが凍っている。エンジンをかけて暖房を入れてもなかなか暖まらない。しまった、凍結防止のフロントガラスカバーを持ってきているのに、使うのを忘れていた。そのうち正面の山の稜線から朝日が昇り、日光がフロントガラスを照らした。そうなるとあっという間に氷は解ける。走り出せば、朝日を浴びた冷たく固くそびえる大きな八ヶ岳連峰に視線が止まる。カメラでズームアップすれば、赤岳展望荘の建物も見える。そこに箔まったのはもう15年も前。大きな窓から満天の星を見ながら寝た。
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 野辺山駅から南西に3kmほどのところにあるのが、平沢峠。その脇にある獅子岩は、蓼科スカイラインのトキン岩と同様、岩の展望台だ。駐車場から霜柱を踏みながら少し歩いて岩山を登れば、八ヶ岳に南アルプスの甲斐駒ヶ岳や北岳、そして眼下に野辺山高原を望むことができる。野辺山天文台の電波望遠鏡のパラボラアンテナも見える。車道を隔てて反対側の飯盛山に登れば、富士山も見える。駐車場で登山装備を整えているグループは、飯盛山に登るようだ。
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 こっつあんちに戻り、野菜たっぷり自家製ジャムの朝食を頂いたあと、出発。野辺山駅前の無料駐車場にクルマを止める。

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2017/11/13

浮島の季節

 11月12日、氷ノ山の初冠雪の知らせ。冷え込みにより、天橋立からは蜃気楼の一種浮島が見られた。
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 翌13日にも。
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東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(4:スズラン峠・紅葉ドライブ)

■八ヶ岳連峰スズラン峠高原散歩と紅葉ドライブ
 小諸を後にし、昨日の道を戻り八ヶ岳連峰へ。女神湖の無料大駐車場にクルマを止める。今日は昨日の疲れを取り、明日に備える安息日。だが、少しは体を動かそう。朝小諸ユースホステルのWiFiで日本ピラタスロープウェイ駅のライブカメラで確認したら、ガスは出ていなかった。そのロープウェイ駅から程近く、標高も同程度。この女神湖からスズラン峠へピストンしよう。というわけで、ランドナーを準備。
 寒いので、合羽の上着を着たままスタート。カラマツ林の中の道を緩やかに登る。そのうち、カラマツから白樺林へと変わる。
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 展望の開けた場所に到着。遠くは雲に隠れているが、山の深さ雄大さを感じられるくらいに展望がある。足元に広がるカラマツ林が黄色く色づいて見事。
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 すぐに白樺湖からの道と合流し、スズラン峠へ。ここはあまり展望はない。反対側から越えてきた自転車と挨拶を交わし、その後を追うように引き返す。
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 雨が降ってきた。それも結構な雨足だ。上半身は合羽で守られているが、ズボンが濡れてしまう。復路は下り。ただし落ち葉が積もった路面では、滑らないように注意が必要。ブレーキも効きが悪い。こんな所で事故を起こすわけにはいかない。
 どうにか駐車場に戻る。ランドナーをクルマに納め、他目的トイレで濡れたズボンを履き替える。濡れたり冷えたりした体を温めるため、暖房を強めにかけてクルマを走らせる。
 昨日来た道を戻り茅野市街手前で左折、八ヶ岳の裾野を南東へ進む。見事な紅葉の中を行く。8年前のやはり錦秋のこの時期に自転車で走った道だ。標高を下げたら空は明るく時折日差しが降り注ぐが、雨はごく弱く降ったり止んだり。いわゆる驟雨。山陰では「うらにし」と言われる空模様だ。時折虹も見られる。
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 今朝からアルファベットのCの字を描くように八ヶ岳を回り込み、野辺山へ。ログハウスのラーメン屋を見つけてクルマを駐車場へ。自動二輪の2人組が一足先に店に入っていった。彼らは寒いだろうが、私はクルマの暖房ですっかり暖まったので「ざるラーメン」なるものを注文。つけ麺を想像していたが、出汁は和風。わさびの薬味もついてざるそばの麺が中華麺というものだった。
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2017/11/12

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(3:小諸YH)

■18年ぶりの小諸ユースホステル
 さあ、クルマで北上開始。丹後よりも2ヶ月近くも稲刈りが遅いようで、まだ田んぼには刈った稲が干されている。休日の夕方とあってか、田舎道ながらクルマが多い。次第に左に浅間山、右に上信国境の山々。
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 小諸の市街地を越え、浅間山の裾野へと乗り上げていく。背後では暮れゆく街が輝き出し、徐々に夜景へと変わっていく。若干迷走しながら、標高990mにある小諸ユースホステルに到着。
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 予約の電話では、「(場所がわかりにくいけど)以前来たことがありますか」と言われ、とっさに「ありますが、20年も前の話です」と答えた。正確には、18年ぶり。クロスカントリースキーでまる一日一緒に歩いた、マネージャーさんのことはよく覚えている。歳を重ね、より穏やかさが増したようだ。
 「20年ぶりなんだって」「はい、あの時は春先でクロスカントリースキーに連れて行ってもらいました」「どこに行った?」「高峰高原の池の平湿原に」「そのあと続けた?」」「はい、そして今はテレマークスキーを」…。宿泊者カードに記入している最中に矢継ぎ早に問いかけられ、自分の住所を書き間違えてしまう。
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 その夜は、一人旅が私を含めて4名と、4人家族、4人グループ。マネージャーさんとゆっくり話したかったけど、昨夜から夜通しクルマを走らせ、そして今日の日中も激しかった。夕食後、早々に寝床につく。外は、十五夜(旧暦9月15日)、満月前夜の月が明るく照らしていた。寝室は暖房が強すぎて暑かった。
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 4日、曇天の朝。浅間山は山頂が隠れている。下界は霧のようだ。朝食のあゆっくりしていたら家族連れが出発するので、続いて色づいた木々に囲まれた小諸ユースホステルを立つことにする。マネージャーさんとスタッフさんが見送りに出てくれるので、続けて出発した方がいいのだ。その時に、前日の春日渓谷沿いの道の通行止めについて聞いてみると、15~20年くらい前から通行止めとのこと。
 霧に包まれた小諸の街へと下降。東小諸の駅裏へ。ここには、「浅麓堂」という知る人ぞ知る店がある。古ーい自転車のパーツを扱っている店だ。趣味が高じての、自転車店ではなく、古物商だそうだ。自転車の雑誌では何度も取り上げられていて、一度訪れたいと思っていた。しかし、店の外観はなく普通の民家で、ギア板の看板だけが目印。住宅街の狭い道に入らねばならない。クルマを近くにおいて歩いて探す。しばし歩いて見つけた。が、残念ながら留守だった。まあ、所在を確認できたたけでよかった。
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東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(2:春日渓谷・大河原峠)

■春日渓谷廃道アドベンチャーからの大河原峠
 本日の自転車での周回の起点と予定している春日温泉を目指す。長門牧場からは東に向かうわけだが、蓼科山のなだらかで広大な北斜面に南北に延びる谷に沿って細い道が並行している。別荘地の中は迷路のようであり、またゴルフ場に遮られ、東西への移動はなかなか難しい。距離にして200m小さな尾根の向こう側に目指す道があるのに、レーンチェンジができない。なんとか春日温泉へとつながる道にたどり着いたが、なんと春日温泉手前の望月高原牧場の下で通行止め。この道は本日自転車で走る予定のコース。う回路を探す。向反まで下ることとなり、ゴール直前でこれは嫌なアップダウン。
 春日温泉は山間の傾斜地の温泉街。こちらから先ほどの道へと行ってみるが、やはり通行止め。自転車ならいけるかもしれないが、下りで一か八かの突破を試みた場合、ダメなら登り返しで引き返さないといけない。やはり確実に迂回したほうがいいだろう。
 駐車スペースを探しながら登りルートの春日渓谷へ向かってみる。湯沢上のバス停の少し上に分岐がある。たどってみると、別荘地(学者村というらしい)を通りぬけ、やがてダートとなり望月高原牧場へと出た。あの通行止め区間のう回路として使えそうだ。標高差100m程の登りがあるが、代わりに、周回の起点を100m程高い一に設定しなおすことができるので差し引きゼロ。ただしゴール手前で登り返しとなるが、望月高原牧場は、開放的な景色が広がり気持ちよく走れそうだ。しかも、下り方向の左手にははるかに白い山並みが見える。北アルプスだろうか(帰宅後確認すれば、北アルプスの北部だった)。
 再び向反を経由して春日温泉に戻る。温泉街を抜けて上湯沢へ。終点のバス停のわきに広場はおそらくバスの転回のためものだろうからクルマを止めるわけにはいかない。少し下の鹿曲川(かくまがわ)側に広場があるので、そこに駐車。ランドナーを下す。
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 9:30スタート。すぐに学者村別荘地との分岐。今度は、左の鹿曲川沿いをとる。がこちらにも全面通行止めの看板が立っているではないか。さっきクルマで来た時には右に分岐する方ばかり気にしていて気づかなかった。もうこれは強行突破しよう。登りで行き詰ったとしても、引き返すのは下りだ。
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 沢沿いの林間を行く。快晴の空から降り注ぐ木漏れ日が心地いい。何より、赤や黄色に染まった林が錦絵のようだ。しばらくすると、閉じられたゲートがあった。脇には隙間があり、人が通った後もあるので、深く気にせず脇を通り抜ける。
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 進んでいくと道路が一面落ち葉に覆われた区間が現れる。まさに、落葉の絨毯だ。しかし、あまりにも柔らかく不安定な感触。落ち葉の下に土が堆積しているようだ。道路の山側から支流の沢が流れてきているので、どうやらその沢からの土砂が積もっているようだ。それを越えてもそういう区間がたびたび現れる。しかも、小石が混じり乗車できないことも出てきた。さらに上ると厚みが15~20cm程も土砂が積もっている箇所が出現。そこに草がぼうぼうに生えている。これはこの秋の台風に被害というわけではなさそうだ。その先では支流の沢という沢ごとに土石流の痕跡に出会うようになった。中には、堆積した土石流の中が水の流れで削られ一筋路面が現れているところもある。まるで、堆積と浸食を繰り返して地形が形成されているようだ。さらに、道路の真ん中に直径1.5m、深さ50㎝程の丸い落とし穴が開いていたり、路面が波打っていたり、帯状に路面が陥没しアスファルトのV字渓谷ができていたり、路肩が崩れていたり、と様々な形で道路が傷んでいる。また、倒木や巨大な落石が道に落ちているなど、とにかくありとあらゆる道の荒れだ。排水溝がふさがっているところでは路面に水が流れている。土砂崩れで道がふさがっているところは、担ぎで越える。なんとなく、登っていくにつれて道路の損傷がひどくなっているような気がする。この先どこまで進んでいけるのだろうかと少しずつ不安になってくる。
 気温は低く、路面を流れる水がなぜか白くなっていると思ったら、凍結していた。滑らないように自転車を降り氷を避けて歩く。
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 そしてとうとう難所が現れた。沢の水が路面横切って、鹿曲川に注いでいるのだが、今までよりもはるかに水量が多い。まともに歩けば足を濡らすことになってしまう。どこかまたいで越えられるところはないか。山側の道路わきは完全に沢になっているが、途中までは飛び石が顔を出している。足元にある大き目の石を投げ入れて飛び石を延長しようと試みるが、なかなか難しい。水量が多いので持ち上げられる大きさの石一個では水面に届かない。何個か投げ入れてみるが、堰のようになり結局水はオーバーフローしてしまう。だめだ。やはり撤退か。
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 ところで、ここまで「佐久仙境都市まで○km」という看板が1kmごとに設置されていた。おそらく別荘地のようなものだろう。「あと2km」の看板を過ぎてある程度進んでいる。おそらく人の営みがあるところまでたどり着けば道は整備されているだろう。あと1km余り。あきらめずに行ってみよう。
 谷川の路肩を支えるコンクリート壁に照準を定める。土が流れているので平均台よりは幅が広いコンクリートの塀の上を行く。その塀も向こう側までつながっているわけではないが、どうにか水をまたいで越えることができそうだ。自転車を持ち上げて塀の上を歩く。左側は、鹿曲川の谷で、落ちればただでは済まない。慎重にどうにか超えることができた。足も濡れていない。
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 しかし、その先も難路は続く。土砂崩れでふさがっていることは、自転車を担いで乗り越えることはできるが、当然乗車より時間がかかるし、体力も消耗する。
 そんな箇所が頻繁に表れる。心が折れそうだ。疲れて集中力が落ちたのか、何でもないところで足を濡らしてしまった。路面を流れる水の浅い部分を選べばぬれずに済んだのに。ちなみに足回りはビンディングサンダル。一瞬で足の裏全体が濡れてしまった。ただ幸いなことに、登りで体温が上がっているせいか、あまり冷たく感じない。
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 「佐久仙境都市まで1km」の看板を過ぎてしばらく行くと、落石の中にゲートに到着。全面通行止め区間を脱出だ。林間から笹野原に代わり、開放的な雰囲気になる。別荘なのか建物が現れるが、人が住んでいる気配は薄い。「仙境都市」といっても半分廃墟のようだ。
 太ももがつり始めた。峠が近づき気持ちに余裕が出てきたのでここで大休止。持ってきたパンを食べる。
 大河原峠までは間違いなくたどり着けるだろう。問題は下りルートだ。鹿曲川沿い(春日渓谷)のように道が傷んでいないかどうか確認していない。やはり、苦労はしたが通り抜けてきた道を引き返すべきだろうか。一番の難所は、足を濡らしても転落の危険のない安全なところを通過したほうがよさそうだ。あとは下るだけだから足を濡らしても大丈夫だろう。それにサンダルなのだから、靴下だけ脱げばいいのだ。素足とサンダルなら濡れてもすぐに乾く。そのあとまた靴下を履けばいい。
 大河原峠までは、残り標高差300mあまり。今日は快晴、大展望が期待できる。
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 久しぶりにクルマに出会うが、これは道が通じている証拠。ふと見ると路肩に人間の頭部よりも大きな白い落石が転がっている。と思ったら、雪の塊だった。路肩の草の上にもちょっとだけ残雪。この辺りでは、既に木々は落葉していて、より展望がいい。足がつり始めたら小休止、これを2,3度繰り返す。
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 三角形の山小屋が見えてきた。北八ヶ岳の登山口の一つ、大河原峠に到着。登山客のクルマが結構止まっている。駐車率7割くらいか。とりあえず広がる大展望が迎えてくれた。見えているのは北アルプスかと思ったが、後で確認したら妙高連山など。
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 ひとしきり展望を楽しんだが、気になるのは下りのルート。登ってきたのと反対側には展望の良さそうな道が伸びている。女神湖に至る蓼科スカイラインだ。問題はその途中から分岐し望月高原牧場へと下る道。三角屋根の大河原ヒュッテで聞いてみよう。留守かと思ったらクルマが止まり、スタッフと思しき二人組が荷卸を始めた。仕事が落ち着くのを待って道路の様子を聞いてみるが、「最近はそちらに行っていないからわからない」とのこと。うーん。
 しかし、もうあのスカイラインを目にしたら気持ちが抑えられない。一か八か行ってみよう。もしダメなら女神湖を経由して、長門牧場方面へ下るしかない。そのあと春日温泉までの登り返しは時間的、体力的無理かもしれない。でもバス(最終バスは終わっている?)、あるいはタクシー(高いよ)、まあその時に考えよう。ちなみに望月高原牧場側から大河原峠への分岐には通行止めの表示はなかった。先ほどの大河原ヒュッテのスタッフの言葉も、いいようにとらえれば、通行止めとは聞いていない、ということだ。
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 さあ、合羽の上着を着て、指切りグローブからフリースの手袋に交換し、大展望の中を下る。素晴らしい。峠の観光案内板に載っていたトキン岩は登れば展望台になっている。が、立ち寄る心の余裕がなく、通過。山側の法面にしみ出した水が凍っている。
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 いよいよ運命の分岐に到着。通行止めとはなっていない。かなりの安心感が漂うが、まだ完全ではない。行程は長いのだ。道はヘアピンカーブとなり尾根から谷へと下る。ぐんぐん下る。
 浅田切と望月高原牧場の分岐まで降りてきた。通行止めとは出ていない。もう大丈夫だ。望月高原牧場へは、ほんの少し登り返しがあるが、西日を浴びて鮮やかさを極める林をのんびりと登る。
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 そしてついに朝クルマで下見した望月高原牧場へ。牛や馬がいるわけではなく、なだらかな草原が広がっているだけだが、開放感が素晴らしい。朝よりぼやけたようだが、白い北アルプスの峰々も見られる。
 さあ、100mの登り返し。標高差1000m、50分の下りで脚の筋肉は回復。もうつらない。この先道がつながっている安心感。そして最後の最後の登りであることもわかっている。不安も焦りもない。
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 道がダートに変われば登りはほぼ終わり。林間へと入る。
 林の中から叫び声が聞こえる。猿だ。数匹がひとしきり騒いだあとどこか姿を消した。入れ替わるように今度は甲高い声。鹿だ。
 下りはじめた道は、やがて舗装路に変わり別荘地へ。学者村別荘地というらしい。道は急な下りとなり、野球のグラウンドを過ぎたら、鹿曲川沿いの道に合流。周回完了だ。
 クルマにランドナーを積み込んでいたら一台のクルマが止まり助手席の窓があいた。乗っていたのは高齢の夫婦。自転車でどこまで行っていたか聞かれ、大河原峠と答えるとたいそう驚かれる。彼らは、住まいは東京でこの上(つまり学者村だろう)に別荘を持っているとのこと。東京からここまで2時間半くらいだそうだ。

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2017/11/10

東信濃遠征「パスハンティングの秋、ランドナーの秋」2017(1:旅立ち)

■旅立ち
 秋には毎月3連休がある。去年に引き続き、信州東部の峠越え遠征に出たい。しかし天気が悪くてなかなか結構できないまま9月、10月が終わり、とうとう11月になってしまった。標高の高い中部山岳で自転車に乗るのは、文化の日の三連休が、今シーズンのラストチャンス。週間予報では、3日文化の日が微妙な空模様。気象庁の予報では曇り時々雨。しかし、日本気象協会のtenki.jpのピンポイント予報では晴れ。前日の2日になって、気象庁の予報も晴れに変わった。3連休の真ん中、4日の天気は良くなさそうだが、それは問題ない。決行だ。すぐに宿を手配する。
 2日22時30分、ランドナーを積んだクルマで出発。丹後から若狭、そして近江へ。前日は「後の名月」十三夜。中秋の名月につづく、月見の日。月明かりに照らされた琵琶湖が美しい。木之元から高速道路へ。北陸自動車道、名神高速道路、中央自動車道と走りつなぐ。大型トラックが多い。
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 何度か休憩しながら走り、明け方5時過ぎに、諏訪湖S.A.到着。フードコートで早めの朝食。ソースカツ丼。食べている間に空が明るくなっていた。
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 諏訪湖I.C.で高速道路を降り、茅野でガソリン補給してから、白樺湖へ。市街地およびその周辺では人々が活動を開始しているが、白樺湖や女神湖の観光地はまだ静まり返っている。蓼科山の北側に回りこむ。長門牧場は広い牧草地に朝日が差して、幻想的な雰囲気。
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2017/10/24

台風21号

 台風及び秋雨前線により被災された方にお見舞い申し上げます。
 日本海側に位置する京都府北部は、比較的台風の被害の少ない地域なのだが、この秋は9月中旬の台風18号に続き、台風21号でも主に大雨による被害が発生した。10月23日未明の上陸は、観測開始から3番目に遅い時期とのこと。ちなみに、これまでの3位は2004年の台風23号の10月20日。新潟県中越地震の3日前にやってきたこの台風も、近畿北部に大被害をもたらした。由良川沿いの国道でバスが水没し、乗客が屋根の上で一夜を明かした報道が記憶にある方もいることだろう。また、2013年9月の台風18号も福知山などで多くの住宅が浸水する被害が発生し、今回の台風21号では同じような地域でまたも浸水被害が発生し、当事者の方々には、赤の他人が安易な励ますこともはばかられ、申し上げる言葉も浮かばない。
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 2004年23号、2013年18号、2017年18号、21号と京都府北部など北近畿に被害をもたらした4つの台風の経路を示す(気象庁過去の台風資料経路図)。
 いずれも、北近畿の南から東へというコースをたどっている。言い換えれば、北近畿は台風の進行方向の左側にあたる。
 よく言われるのは、台風の進行方向の右側にあたる地域は要注意。反時計回りに渦を巻く台風の風と、台風の進行スピードが重なって、より強く風が吹くからである。しかし、これが当てはまるのは主に太平洋側のこと。海からの風が上陸して山にあたることで山肌に沿った上昇気流が発生し、雨雲が発達する。時には同じ場所で積乱雲が次々と発生し続けるバックビルディング現象も起こる。
 太平洋側と日本海側は海と陸の位置関係(西日本では南北の向き)が反対になる。日本海側では北寄りの風が吹くと雨が降りやすい。西高東低の冬型気圧配置はその例である。上にあげた4つの台風が接近した時、近畿北部では北東から北、そして北西へと北寄りの風が吹き続けていた。さらに、海水温の高い太平洋上を通って近畿地方に接近してくることも強い勢力が維持され、大きな被害を生じる要因となる。
 ちなみに、晩夏や初秋の太平洋高気圧の張り出しが強い時期には、もっと西から台風が接近し北近畿が進行方向の右側に入ることがあるが、そういう時にはあまり大雨にならないことが多かったと記憶している。秋雨前線が停滞していれば台風接近時に大雨が降るが、台風本体の影響は少なく、むしろ遠ざかっていくときの吹き返し、つまり西高東低の気圧配置によりしつこく時雨れることが多い。台風一過の晴天、という言葉もまた日本海側には当てはまらないことが多い。
 昨年夏には、日本近海で台風が発生し東北地方の太平洋側に上陸したり、数日のうちに北海道を3つの台風が襲うなど、かつてないようなことが起こった。結果として、岩手県の岩泉の小本川沿いや、北海道の十勝や南富良野など、これまであまり豪雨被害のなかった地域に大被害をもたらした。こうした地域では北近畿と同様、降り始めからの雨量が300mmほどで洪水が発生する。紀伊山地、九州山地、四国山地のそれぞれ南斜面にあたる地域のように一気に1000mmもの雨が降ることもある地域からすれば大したことのないように思われるかもしれないが、地盤の強さ排水能力など大雨への耐性は地域によって違うのである。
 さて、台風の爪痕。23日の農道には、籾殻や藁が散らばる。ひこばえ(刈り終えた株から伸びた苗)の田に水がたまり、まるで田植えの後のような風景。
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 24日朝の竹野川はまだ水量が多い。
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2017/10/22

丹波の優しい峠めぐり(三春峠など)2017

 この秋、福知山周辺の十数年ぶりのコースを走ったが、今度は比較的最近の定番コースをたどる。三春峠をはじめとする4つの峠を越える周回だ。京都府と兵庫県にまたがるものの、すべては丹波の国の中のお話である。
 まずは、国道9号線を福知山から京都方面へ。三和の中心部を抜けてすぐ、三春峠へ向かう府道709号線へ右折。これまでは、国道9号線をもう少し先に進んだところの廃れたドライブインの駐車場にクルマを止めていたのだが、出入り口をふさがれている。隙間から侵入することもできるのだが、そもそも私有地であり、しかも「入るな」という意思表示がされているわけだから、そんなところに駐車するのは止めよう。
 ということで、最後に兵庫県側から三春峠を越えて気持ちよく下りでゴールするためこの道に入ってきたのだが、田園と集落が続いてなかなか駐車場所が見つからない。興雲寺、中島の集落を超え、道が狭い谷沿いになったところに、道路わきの広場を見つけ駐車。国道から5km、標高差60mほど来た。
 クルマからランドナーを下ろし、前後の車輪と泥除けを装着。もう7分丈のズボンでは寒いので、長ズボンのすそをベルトで止める。上半身は迷ったが半そでシャツで行くことにする。もう普段は長袖で過ごしているが、今日は雨上がりの曇り空。明日はまた雨。秋雨前線が近く湿度が高い。運動して体温が上昇しても、発汗の気化熱による冷却は期待できない。要するに動けば蒸し暑い気候だ。ただし、スタートの下りは寒い。ウィンドブレーカー代わりの合羽を羽織る。
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 少し下ると、中島集落。それを抜けると、細見川の谷が広がり田園地帯となる。下り基調だが勾配は緩み、ペダルを積極的に回すようになる。体温が上がり合羽を脱ぐ。結局合羽はこれでお役御免。
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 国道9号線が近づくと、細見川の河岸段丘の田んぼの中の道へ。国道の走行を少しでも減らすためのショートカットを試みる。けれど川の近くまで下ったところで行き止まり。「こんなとこ、どこにも行けへんで」と田んぼの手入れをしていたお父さん。ショートカットが勇み足だったようだ。
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 府道709号線まで登り返す。府道手前に数本の栗の木があり、大きな毬が路肩に落ちている。中身は空だが。自転車を止めて写真を撮って、いざ再出発しようと自転車に跨ろうとしたとき足元が滑って自転車ごと転倒。落ち葉の下の泥か苔が濡れて滑りやすくなっていたようだ。
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 次の分岐を細見川方面に入れば、新田集落を通り国道へとショートカットできる道だったが、集落の中の道は難解で細見川を渡る国道の橋の下をくぐってしまった。結局国道に復帰できたのは府道709号線の分岐付近。結局いつもの国道の車歩道を行く。近くに高校の分校があるせいか、車歩道は自転車道といっていいくらいに整備されている。しかし、細見川を渡った東側の河内野(こうしが)集落沿いになると集落内からの細い道の合流により車歩道が分断される。というわけで、河内野集落の中の道を走る。もうクルマが多い国道とはお別れだ。
 これまでこの区間を走るときはゴール手前の夕暮れ時なので府道・国道をそれる余裕はなかったが、今日はスタート・ゴール地点を変えたおかげで集落散策ができた。この経験をへて、次回は新田集落から車歩道へスムーズにアクセスできることだろう(来年か)。
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 河内野集落から、箱部峠へ向かう府道710号線へ。全線でセンターラインがあり篠山方面へ向かう道にいずれ合流するのでそこそこクルマが通る。国道との分岐点周辺の兎原を越えると集落はほぼない。川沿いを南下していくと、そのまま京都・兵庫の府県境。すぐ先が箱部峠なのだが、峠が府県境ではない。それどころか、峠の両側とも桑原集落。そのくらいちょっとした峠ということか。雲の切れ間から日が差して、秋の里を照らしている。風に揺れる白いススキの穂、あかく実ったカキの実、赤や黄色に咲く花。いつしか晩秋の雰囲気。
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 箱部峠を越えた先の桑原で県道509号線へ。完全1車線で離合困難の道だ。この道は、この先で栗柄ダムの建設が行われていたため、2009年から2015年まで7年もの間通行止めだった。その間はこのコースを走れなかったわけだが、昨年久しぶりに走った。桑原を過ぎると集落はなく、細いうえに、この先の峠付近ではヘアピンカーブが連続するため、ほとんどクルマは通らない。自転車にとってはいい道だ。
 家が途切れ田んぼもなくなると、いよいよ山へと入っていく。山はほぼ杉の植林だ。現れた軽自動車と離合。これは珍しい。この道を通っているが、クルマに出会うことはめったにない。しかも山仕事の軽トラックではなく、乗用車だ。これは初めての経験だと思われる。
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 峠へ向かうにつれ勾配が増していく。そして峠付近は前述のとおりヘアピンカーブの連続する急坂だ。桑原からは200m、国道9号線からは300mの標高差を登り、標高400mほどの切通しの峠に到着。
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 峠を越え南に下る。すぐにため池。西紀ダム。そのすぐ下が栗柄ダム。その下に栗柄の集落がある。この集落には、栗柄ダムを経由する杉ヶ谷川と鼓峠からの宮田川が北東から南西に並行するように流れているが、前者は由良川に合流して日本海へ、後者は加古川に合流して瀬戸内海へと注ぐ。つまり、この集落の中に日本の中央分水界がある。「分水嶺」という言葉があるが、山の尾根によって分けられた分水界のことを言う。それに対し、この栗柄は、「谷中(こくちゅう)分水界」である。それだけでもかなり珍しいのだが、集落の西側の栗柄峠がまたかなり個性的。なんと杉ヶ谷川の流れが栗川峠を越えている。
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 その杉ヶ谷川に沿って県道69号線を西へ。登りが全くないまま篠山・丹波の市境の看板に到着。川を見下ろせば、丹波市側は突如急流となり川床がはるか下に見える。近年大規模な拡幅工事が行われた県道は、開放的で丹波市春日町や多岐連山から西に延びる山並みを望むことができる。しかし、その新しく開放的な道も中腹で林間の閉鎖的な道となり、工事用の信号に止められる。拡幅工事はまだ続いている。
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 工事区間を抜け再び新しい道に出ると、右に集落や田園のある谷を見下ろすようになる。その谷底へと降下する道へ。やがて新しい道と合流するのだが、できるだけ集落を走るほうが楽しい。栢野、広瀬、松森と秋の里を行く。立派な構えの農家が多い。壁が朱色に塗られている古い家がみられる。
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 県道709号線で北、そして北東方向へ進路をとる。下三井庄(しもみのしょう)から、上三井庄と三春峠へ向けて進む。県道と書いたが、できるだけ集落の中の道を行く。夕暮れが迫り、曇天がさらに暗くなってきた。これから目指すは、本日最後にして最大の峠だが、もうこれを越えるだけとなると気持ちは楽になる。一心にペダルを回すのみ。
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 やがて田園や集落が広がる谷の奥にたどり着き、山間部へと入る。林間のためさらに薄暗くなる。黙々と進むのみ。先ほど越えた県道710号線の峠よりも標高は高いが、勾配は緩い。走りやすいいい峠だ。丹波の国には、こうした優しい峠が多い。
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 峠が近づくと展望が開けた場所がある。春日の平野部が見下ろせる。対岸の山の中腹には舞鶴自動車道。ヘッドライトの光が行き交っている。先ほどわずかに霧がかかった区間があったが、高みに登りついたら小さな雲の塊が自分よりも下に見える。幻想的な風景だ。
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 標高450mの峠に到着。麓から標高差300mほどを登った。ここで京都府に復帰。さあヘッドライトを灯して下ろう。少し下ると京都府側の展望ポイント。はるか下に街灯の明りと家が見える。あそこまで下るんだ、とその距離と標高差に初めて来たときはおののいたが、下りだからあっという間なのである。
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 実際あっという間に下った。先ほど見下ろしたのは、田ノ谷でほんの数軒の家だが、トタンに覆われた茅葺葺きの立派な農家も見られる。集落のあたりは比較的平坦だが、その先下り勾配が増し狭い谷となる。すぐにクルマを止めた広場へ到着。
2017年10月中旬、14:27~17:49、約38km

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2017/10/15

今年は多いよ

 去年は少なかったけど、この秋は枝が垂れ下がるほど柿の実が多い。こりゃあ大変だ。熊も出るし、みんなに配って回らないと。
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