2018/02/20

ちょっと走ってみた

 冬の間ずっと田んぼが雪に覆われているなんて、三十数年ぶりのこと。
 それでもこの数日まとまった降雪はなく、路面の雪は解けたので、日曜の夕方家からのお散歩コースを走ってみた。農道などクルマがあまり通らないつないだコースなので、除雪されていない道もある。そういう道には分厚い積雪。また、除雪された路面にはもう雪がないが、路肩の雪から水が流れている箇所があるため泥よけが必要。
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大江山連峰鍋塚から711P南東尾根へ

 丹後周辺では、この冬海沿いは大雪だが少し内陸に入ると案外雪が少ない。大江山連峰もさほど多いわけでもない。ただし寒波の波状攻撃が続いているため、ずっと雪に覆われてはいるが、絶対量はあまり多くない。
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 まあそれでも何とか滑れるだろうと、2週間ぶりに大江山に入山。千丈ヶ原にクルマを止めて鍋塚林道を歩き出す。しまった雪面にはスノーシューとスキーのトレースがありラッセルはない。トレースを外してもほんの数cm沈み込む程度。今日もシールは使わずステップソールで軽快に行く。だから蛇行区間のショートカットはせずにずっと林道を行く。
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 登っていくと鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽が見えてきた。鳩ヶ峰は真っ白で、前回滑るのを断念した東斜面が滑れそうに見える。でも、この山域にはあのあと劇的な大雪は降っていないし(京丹後市には降ったが)、また降雪から数日経っている。実際にその場に行ってみると質、量ともに不十分ではないか。まあそういうわけで、今日は久しぶりに鍋塚に登ることにする。
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 1時間半もかけて、鍋塚林道の終点に到着。主稜線に来たので、登ってきたのとは反対側の野田川流域の平野部が見下ろせる。雪が解けて茶色い田んぼが露出している。そして縦走路に「鍋塚まで1100メートル、鳩ヶ峰まで700メートル」の標が立っている。
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 鍋塚方面への取りつきは岩がごろごろした急な登りで、スキーでは雪が少ないと難儀する。下りはもっと大変だ。もちろん今日ここを下るつもりはない。予想通りの雪の少なさだ。少し登ったところで、鳩ヶ峰と千丈ヶ嶽を見ながら休憩。腰を下ろしてパンを食べる。暑いのでアウターウェアを脱ぐ。もっと薄いアウターを着てくればよかった。
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 難所を越え、勾配が緩やかで歩きやすくなったかと思ったら、また急な岩の難所が何度か訪れる。それでも標高711mピークでなだらかとなる。下りはこのピークから南東に延びる尾根をたどる。
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 セブンイレブン(711P)から主稜線を緩やかに下って行くと、正面に鍋塚が見えてくる。向かって右、つまり東側は雪面に穴が開いて茶色の地肌(笹原)が見えている。まあその穴を避ければ滑ることには問題なさそうだ。
 標高差70mの鍋塚への登り。ジグザグに行く。
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 大江山連峰では千丈ヶ嶽に続く標高。頂上が平らな高原状の千丈ヶ嶽よりも展望がいい。連峰の北に位置しているので伊根湾などがよく見える。丹後半島の依遅ヶ尾山、金剛童子山、高山、鼓ヶ岳、磯砂山などよく見える。もちろん、航空管制棟を頂いた北に大笠山、南に鳩ヶ峰、千丈ヶ嶽、赤石ヶ岳の並ぶ大江山連峰も。ただし、遠くは霞んでいる。神鍋のゲレンデもはっきりしないし、粟鹿山や氷ノ山などは見えない。
 すぐ下の与謝野町の野田川流域は前述の通り田んぼが露出しているが、その北方の京丹後市の竹野川流域は一面真っ白。その景色の差は歴然。
 天気が良いので、山頂でものんびり過ごす。
 さて、いよいよ滑降だ。この頃は鍋塚に登ると東側の尾根を滑降することばかりだったが、今日は久しぶりに登ってきた南斜面を滑る。この斜面は新雪が積もってもすぐに劣化するが、その代わりザラメ狙いの斜面。今日などは絶好のザラメを滑ることができるんではないか。
 身の丈ほどの細かい立木が点在する登山道沿いと笹がのぞく雪の切れ目の間の平坦な雪面に飛び出す。いいよ、いいよ。適度な勾配、適度なザラメ。でも、調子に乗りすぎると目の前にクラック。雪の切れ目に近づくと、クラックがあったり、地面に接する雪が解けて落とし穴になっていたりするから、要注意。コントロールできる速度で滑らないと。
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 楽しい斜面はあっという間に滑り終えてしまう。鍋塚を振り返って自分のシュプールを眺め、滑りの余韻に浸る。
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 セブンイレブンPに登り返して、南東尾根へ。最初は勾配がそれなりにある。夏道があるので灌木は刈られているのだが、雪が悪くて難儀する。途中からは植林帯にエスケープしながらなんとか、尾根が平坦になるところに降り立った。ここには、鍋塚林道からダブルトラックが通じている。2週間前は、鍋塚林道からこちらに来たが、今日は逆に鍋塚林道へ。下り勾配なのですぐに鍋塚林道に到達。この後は、素直に林道を下ることにする。当初は、鳩ヶ峰の東尾根を降りようとか、それがだめなら林道をショートカットして、などと考えていたがどうも雪が少なくて苦労しそうだ。勾配が緩くて板が走らない林道は全く楽しくないが、その方が無難だろう。というわけで、無事下山。

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台湾弾丸紀行5データ編そして動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 淡水河・新店渓自転車道 55.0km
 2日目 陽明山         68.8km
  計             123.8km

 地図を拡大縮小、スクロールさせたり、プロフィールマップ(標高グラフ)を見たりしたい方は、地図をクリック。

◎費用
 航空券           45130円
 高速道路通行料・駐車料金   2800円
 鉄道運賃(日本)       4730円
 鉄道運賃(台湾)       1304円
 宿泊料(二泊)        3920円
 飲食費            7271円
 土産代            1151円
 自転車レンタル料       2301円
 両替手数料          508円
  計            69115円

 この時のレート、1元(ニュー台湾ドル)=3.83円で計算。
 帰国直前に買ったキャリーバッグ(約4500円)とデッキシューズ(約1900円)は、今回の旅を終えてからも使うものなので、計上していない。
 円から元への両替は、到着時の桃園空港の銀行出張窓口で。多めに2万円分両替したが、手数料は30元(約115円)と格安。帰国直前に元を円に戻すときにも利用したかったが、深夜のため窓口が閉まっていた。関西国際空港に戻って日本の銀行の窓口で両替したら、1元=3.21円で計算。つまり、1元辺り約0.62円が手数料。つまり16パーセント強の歩合制。両替600元(約2300円)のうち400円ほどが手数料となった。キャリーバッグとデッキシューズを買って元の残金を減らしたのは正解だった。

◎参考資料
・サイクルスポーツ誌
  2016年12月号「俺たちの晩秋ライド・海外弾丸ライド」
  2018年2月号「5万円でいく大満足じてんしゃ旅・台湾冒険野郎」
・るるぶ台湾'16
・Webページ
  台北市内でロードバイクをレンタルしてサイクリング。陽明山の神の手の秘密。
  台湾台北でのロードバイクレンタルまとめ
  トラベルコ(航空券予約)
  じゃらん(宿泊予約)

■動画
 宿泊したゲストハウスから自転車を借りたGIANTストアまでの片道2kmの街歩き、および自転車走行途中に撮影した動画をまとめたもの。
 ヘルメット等に装着するアクションカメラは持っていかなかったので、自転車走行中の動画はない。いずれにせよ天気が悪くて、あまりいい画は取れなかった。

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2018/02/16

台湾弾丸紀行4雪国へ帰国

 明日未明の飛行機に乗るため桃園空港へと移動しなければならないが、MRTは深夜まで運航しているのでそれまで台北駅周辺で過ごすことにする。どこかの夜市で過ごすこともできたのだが、もうくたびれた。昨日、そして今朝とは別のコースを歩いて台湾駅へ。
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 麺類の店先屋台に立ち寄る。昼ご飯は、軽めの行動食のみだったので空腹だ。4種類のメニューはすべて100元でわかりやすい。が、店内の座席に就くとおばさんが「カレー味の2つのメニューはない」という。ということで残りの2つのうちの片方を注文。イカやエビやアサリなど海鮮の入ったもの。麺はうどんだ。言葉が通じなくても、お互い慣れているので、スムーズにいく。
 食べていると、壁に「先払い」という意味だと思われることが書かれている。実際、後から来た家族連れは、料理が届いたらお金を払っている。私は、食べ終わってから払った。外国人には柔軟に対応してくれているようだ。
 台北駅の北に位置する中山の地下街も見物。ぶらぶら歩きまわっているのでGAIANTストアから少なくとも2km以上歩いているはず。脚が棒になった。しばしベンチに座って休憩。
 台北駅の地下街で、ラーメン屋へ。先ほどのうどんだけでは物足りないのだ。牛肉麺とご飯もののセットを頼むが、そのセットはないという。まただ。小籠包のセットをすすめられ、承諾。日本ブランドを含めラーメン屋で出てくるのはたいがい牛肉麺で、その名の通り牛肉が入っている。そして、麺もスープもうどんに近い。その牛肉麺とセットの野菜炒めが出てきて、それを食べているうちに小籠包が到着。小籠包は熱いイメージがあるが、適温だった。
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 台湾の食堂では水が出てこないこともある。飲み物は買うようだ。というわけで、店を出てからコンビニでお茶を買い、ベンチに座って飲む。ズボンはすっかり乾いたが、靴の中は濡れていて不快。新しい靴を買ってもいいが、今履いている靴を入れる余裕がザックにない。ヘルメットが一番かさばる。脱いだ靴を捨てるのはもったいないし。ついでにお土産を買いたいが、ザックに入れるには相当コンパクトなものを選ばないといけない。そしてザックは自転車の水撥ねで泥んこ。拭いたけど汚い。
 その時目の前の地下商店街にかばん屋を発見。キャスターの付いたスーツケースが並んでいる。ああいうのを持っていない。今ここで買おう!
 中年男性の店員は、かなり積極的な「サイズは?」などと、セールストークを仕掛けてくる。さらには「これが頑丈でおすすめ」とスマートフォンを差し出し、それを踏みつけている動画を見せる。ちょっと落ち着いて考えさせてよ、と思いながら吟味する。ちょっと大きめのサイズを選択。1200元(約4500円)。すぐ使うことを告げ、値札などを外してもらう。3桁の数字を合わせるロック式で、その数字の設定の仕方などを教えてもらった。自転車のワイヤーロックと同じようなことだ。さてベンチに戻って荷物を入れ替える。ザックもスーツケースに入れる。これは身軽だ。自転車のペダルや工具などいろいろまとまって重たかった。
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 次は靴だ。店はすぐに見つかり、今度は中年の女性店員。今まであった人で一番日本語を分かってくれた。ぺらぺらというわけではないが。490元(約1900円)のデッキシューズを購入。試し履きしてそのまま使用する。再びベンチに戻り、スーツケースに靴を収める。
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 そしてお土産。「日月潭」という中央部の山岳地帯にある台湾最大の湖の名を冠した箱入りのお菓子を見つけた。抹茶味や小豆味などいくつか種類があり4箱レジに持っていくと、お姉さんが「あと2箱まとめて買った方がお得よ」というのにそそのかされて言いなりになる。
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 これで、21時半を過ぎたのでMRTの駅へ。22時発の快速に乗り込む。スーツケースは専用の置き場がある。
 桃園空港に到着。閉店しているフードコートの座席で過ごす。深夜、未明、早朝発の飛行機に乗ると思われる人たちがたくさん時間をつぶしている。フリーでしかもパスワードもなしのWiFiも使用可能。ロシアで飛行機墜落のニュースが出ている。メールチェックをして日本の天気予報を見たら特に調べることもなくなった。周囲の人の多くはスマートフォンをずっといじっている。よく続けられるなあ。こちらは、本を読みかけても1ページも進まないうちに集中力が途切れてしまう。目をつぶって、うとうとするが眠れない。WiFiに接続してすぐに切断して、また本を開いてすぐ閉じる。こんなことを繰り返す。
 関西空港へ向け2:45に離陸予定だった飛行機が35分遅れるという案内が出ている。他の便のほとんどが遅れている。世界中で遅れが発生している。ちなみに乗り込んでから客室乗務員が「機材繰りのため遅れが出て申し訳ありません」と言っていたが、具体的にはよくわからない。ロシアの飛行機墜落と関係あるかどうかもわからない。
 フードコートでの数時間に続いて、飛行機の中でもうとうとして過ごした。飛行機の客室乗務員はすべて日本人でなんだか安心する。往路は一人を除いて外国人だった。飛行機は往路のものより新しく心なしか少し座席が広く感じる。さらに、偏西風の影響で飛行時間は往路より30分以上短い2時間半。離陸して1時間半を過ぎると「これより着陸準備に入ります」という放送が入る。
 通路側の席だが、窓の外に朝日と雲海が見える。そして雲の中に突入してしばらくすると、瀬戸内の市街地が見えた。
 関空に降り立つと風が冷たい。入国審査を経て鉄道に乗り換え。往路はJRだったので、今度は南海電車に乗ってみる。なんとうっすら雪が見られる。橋を渡った泉佐野や岸和田は家の屋根や畑が一面真っ白。そんな状態が大阪市内まで続く。
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新今宮でJRに乗り換え。ホームも線路も真っ白だ。JR環状線は混雑。大阪駅で福知山線に乗り換え。ここまでくると雪はもうない。午前中の福知山線篠山口行きは空いている。篠山口には積雪はないが、小雪がちらちら降っている。
 駐車場に止めたクルマへ。朝食がまだなので、まずはラーメン屋。もう昼前なのだ。そして本格的に丹後に向けてスタート。与謝野町で眠くなり、クルマを止めて一寝入り。日差しがさんさんと降り注ぎ、車内は温かい。
 しかし京丹後市に入ると、路上に雪がある。昨夜空港から家に電話した時には、予報ほど雪は降らなかったといっていたのだが、どうやらそのあと降ったようだ。進むにつれ雪の量が増え、路上の電光掲示板には「大雪警報発令中」。家に帰ると、かなり積もっているではないか。除雪しないと車庫にクルマが入らない。結局、1時間半ほどかかって、車庫の前や家の周りを除雪し、ようやく家の中へ。その日は計測を忘れてしまったが、翌朝さらに積雪が加わり、家の周りの多いところで積雪90cm。
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 やっと帰れたよ。

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2018/02/15

台湾弾丸紀行3淡水から陽明山を越えて市林へ

 11日朝、地面は濡れているが、降っているかどうかわからないくらいなごく弱い雨。昨日と同じような空模様だ。朝食をのために外へ出る。今日もすき家。ただし2日続けて朝食メニューでは芸がないので、冬季限定メニューの豚丼にクリームシチューをかけたようなものを注文。実際出てきたのは豚丼にグラタンソースをかけチーズをちりばめたもの。気づかずに食べて、支払いの時に値段が少し高いことに初めて違和感を覚える。まあいいや、実際にその値段のものを食べたんだし。店員が一人で切り盛りしていて忙しく、メニューの写真指さし注文を取り違えてしまったのだろう。
 すき家を出たら、行動食として店先屋台に並べられていたサンドイッチを2つ購入。ゲストハウスで荷物をまとめチェックアウト。渡された個人ロッカーのキーと部屋のカードキーを返却するだけ。部屋のカードキーは全く使わなかった。あかの他人と相部屋に鍵をかける意味がなく、ドアのカギは開けられていた。また、これらのキーは滞在中は自分で管理していいとのことで、昨日の外出中も持ち出していた。チェックインからチェックアウトの間は全く放ったらかしにされていた。昨日自転車で事故でも起こして宿に戻れなくても、誰も気づかなかったということだ。いや、GAIANTストアの店員が気付くか。パスポートが預けられているということは、かえって心強い面もあるのかも知れない。
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 もし今日走れなければ、旅のアドバイスをいただいた人のおすすめの「国立故宮博物院」へ行くつもりだったが、この空模様ならGAIANTストアへ向かおう。昨日と同じ道を歩いては成長がないので、台北駅から雙連までMRTに乗ってみる。二駅で20元(約77円)。そして民生西路を西に歩く。歩行距離が2kmから1.5kmに短縮されたのだが、階段の上り下りを含む駅内での歩行考えると、あまり効率は良くない。
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 台北には、歩道が二重構造になった通りが多いようだ。建物の1階が少し引っ込んでいて、つまり2階から上の床が覆いかぶさっている。どの建物も同じようになっているので、その2階から上の張り出し部分の下が通路として歩けるようになっている。アーケードのようなことである。豪雪地帯の新潟県上越市辺りの市街地では、家の軒を連ねた「雁木(がんぎ)造」となっているが、それと似ている。上越は雪対策だが、台北は雨対策だろうか。
 そしてその外側も歩ける幅で車道より一段高くなっている。ここを歩く人もいるが、スクーターなど自動二輪車の駐輪場になっている区画もあり、そこではアーケードに回るしかない。
 店先屋台はそのアーケードを利用している。民生西路では、例えば提灯のような派手だけど簡素な装飾品を売る店がにぎわっている。春節(旧正月)近いからか、それとも通年そうなのかはわからない。ちなみに、今年の春節は2月16日とのこと。また、動物の内臓か芋虫のような昆虫か何かグロテスクなものを干した食材を売っている店もある。それらの店もアーケードに商品を並べているため、歩行者の渋滞が発生。アーケードの下は、公道なのか私有地なのかわからない。
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 民生西路と交差する細い道には、屋台が収納された倉庫のようなものが見える。ここも、いわゆる夜市が行われる場所のようだ。
 朝買ったサンドイッチだけでは心もとないので、コンビニによっておにぎりを買っておく。そして、GAIANTストアへ。
 昨日と同じ若い店員が対応してくれたので、話は早い。今日も、ロードレーサでなく、オンロードを十分走れる仕様のMTBを選択。
 そして、今日は自分のペダルを出して交換をお願いする。あっさりとOKしてくれた。次にパンクの相談。その場合はどうすればいいか聞くと、「I don't know.」。ポンプや工具を持参している、ことを伝えると、貸してほしいといったと勘違いされて店の奥から携帯用ポンプを持ってきてくれる。「I wont to buy spare tube.」を連呼してようやくこちらの意図が伝わった。奥からチューブを持ってきてくれて、スマートフォン向かって何やら中国語を話、画面をこちらに見せてきた。翻訳アプリで変換された英文は「Pay to use.」、つまり「使ったら払って」。ありがとう、しえしえ。
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 今日も大稻埕碼頭ので体制を整える。路面はうっすら濡れているが、雨はもう降っていない。視程は昨日よりもよく、遠くのビルも割合はっきり見えるし、その向こうには山が徐々に姿を現している。ただし、今日の予定コースは標高800mの山間部を越える。下界は曇りでも、山は雨という可能性がある。
 昨日の夕方、大稻埕碼頭に戻ると駐車場に入るクルマの列ができていた。今日はもっと混み合うんだろうな。
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 にぎやかな15台ほどのYouBike軍団がやってきた。老若男女入り乱れている。帆船のモニュメントをバックにならび、一人の男性が私に近づいてきてシャッターを切ってくれとスマホを差し出した。同声をかけるかわからないので、「Three、two、one、zero」と叫んでシャッターを切る。そのあと、2人の男性があとの人を放ったらかして自転車道を走っていった。一つのグループというわけではないのかな。
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 私もスタート。序盤は淡水河沿いの自転車道を20km程北上。大稻埕碼頭からそのまま右岸を北上するのだが、その先で流れ込む支流を渡るにはかなり迂回しなければならない。そこで支流の手前で左岸に渡る。しかしこれに難儀。まずはスイッチバック式のスロープで陸橋に登り、堤防の壁とクルマの多い広い車道を越えて歩道に降りる。次に歩道から階段で橋へと登る。こちらにはスロープがなく、代わりに階段の脇に雨どいのようなレールが設置されていて、ここに自転車の車輪をはめて押し上げるということらしい。そして、先ほど越えた車道、堤防壁につづいて淡水河を渡る。橋上は歩道を行く。橋の中央付近の歩道上には壊れたスクーターが置かれていた。事故かな。
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 左岸側は、普通の堤防が築かれ、階段を使って河川敷に降りる。日本の都市部の河川敷と似た景色が広がる。しばらく行くと自転車道は、河川敷から堤防上に乗り上げる。京都の桂川・木津川自転車道を走っている気持になる。
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 対岸のビル群の向こうに山が姿を見せてきている。山頂部などは雲に隠れているが、雲の切れ間から中腹辺りはかなり覗いている。
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 対岸の支流の合流点を過ぎると、川がくの字に曲がった区間。海のように広く、まるで入江のようだ。左岸は市街地から郊外の雰囲気となってきた。
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 すでに台北市から新北市に入っている。自転車道はずっと続いていて、4,5人の若者のYouBikeグループや、折り畳み小径車の中年男性と抜きつ抜かれつする。
 關渡大橋を右岸に渡る。こちらにはスロープがあってわかりやすかった。右岸側の自転車道は、川と車道に挟まれ少し狭苦しい感じ。でもすぐに開けた。雰囲気は南の海岸リゾートという感じ。海でなく川なのだが。自転車道が途切れ、未舗装の細道や石畳の生活道路を走る区間もある。地上に現れたMRTの線路に沿って走る区間もある。
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 石畳区間には無人の気象観測所があった。日本でいうアメダスだ。百葉箱やその他観測機器が設置された広場、建物の上には風向風速計。説明板には「淡水気候観測所、昭和十六年」と記されていた。
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 その先で「軍事重地立入禁止」の看板があり、細い脇道へ。軍事重地の方には閉じられたゲートがあり、警備の兵士が立っていた。しばらく行くと自転車道が復活。見上げる山肌にリゾートホテルが見られるようになり、たくさん人でにぎわうビーチに出た。川なのだが。ここが淡水だ。キーボードとパーカッションの生演奏の音楽も流れ、華やかな雰囲気。対岸の山は左右対称の広い裾野を持ち、日本なら何とか富士と呼ばれそうだ。
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 ここで一休み。サンドイッチを食べる。2つのうち1つはスタート直前に食べたので、もう一つを食べ、おにぎりは温存。雀が多い。日本のスズメと同じ見た目だ。
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 淡水からは内陸、山に向かわねばならない。ということは、平和な自転車道を離れ、戦国の車道へと挑まねばならないのである。
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 ビーチに隣接した大きな建物は、MRTの淡水駅。正面に回り込めば、YouBikeのステーションがある。そして、クルマの多い通り。両側の路肩にはぎっしりとスクーターが止められ道幅狭い。離合困難なのをもろともせずクルマやスクーターが突撃してくる。でも、当然慎重な人もいるわけで、安全運転のおばさんスクーターの背後についていく。
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 大きな交差点に出て、これからたどるべき「101」という路線に入る。国道ではなく、日本の県道レベルの道のようだ。上り坂がきつい。大きな交差点は横断歩道を自転車を押してわたる。市街地の戦乱の道路を緊張しながら進む。早く郊外へと出たい。しかし、道順が複雑で時折間違える。引き返すには歩道を押していく。
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 ようやく郊外に出た。以前クルマやスクーターが多いが、交差点のない一本道になったので、少し心が落ち着く。しかし曲がりくねった上り坂を、クルマもバイクも自分の好きなタイミングでそれぞれを追い越していく。クルマは対向車にかまわずセンターラインを越えるし、バイクは平気で路肩側からクルマを追い越している。
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 完全に山間部に入り緑の中を行く。集落の入り口に交番があった。「鉄馬○駅、Help Station」と記された看板が立ち、塀には自転車のイラストが描かれている。台湾の交番には、自転車の工具やトイレを貸してくれるところがいくつもあると「世界ふしぎ発見」で放送していた。ちょっと寄ってみよう。若い警官にトイレを借りることを申し出る。どこから来たか、などと聞かれることを期待したのだが必要最低限の対応だった。まあ、当然すべての人が自転車に親切にしたいと思っているわけでもないわけだ。
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 いくつかの小さな集落を通過。派手な色をした寺の前を通過。たくさんの人でにぎわっていて、駐車場に入るクルマが渋滞しかけている。それを越えると交通量が減った。さらに小さな集落で「101」から分岐する「101甲」という路線に入る。これまでが嘘のようにクルマやスクーターが少なくなった。代わりに霧が出てきて、寒々とした雰囲気になった。
 ブッシュの途切れたところから、霧越しにうっすらと下界のビル群が見える。霧の層は薄い、つまり今いる辺りの実で下界には霧が出ていないということだ。
 この日の最高気温は昨日より3度以上低い12~13度。ただしこれは下界での値。標高が上がれば10度に届いていないだろう。しかしたまに通り過ぎるスクーターなどの自動二輪に乗る人の中には薄着の人もいる。二人乗りの同乗の女性には脚を出した人もいた。
 その点自転車の登りは体の筋肉が熱を作り出してくれるので、今日もアウターの合羽は着ずにポロシャツ姿。手は、指切りグローブだ。
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 空腹を感じてきたので、景色の開けたところでおにぎりを食べる。道路脇には庭園のような芝生が広がり、谷を隔てた隣の尾根にはお寺らしき派手で大きな建物が見える。小雨が降り、どこも濡れているので立ったまま食べる。標高は300m程。まだ標高差500m残っているが、行動食はなくなった。まあ大丈夫だろう。
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 その先、梅か何かの木にピンクの花が咲き始めていた。霧の中で幻想的な風景だ。
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 さあ、小雨の中もくもくと登る。たまにブッシュの切れ間と雲の切れ間が重なり、下界がぼんやりと垣間見える。
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 標高600m付近で、前方の山々とその鞍部が見えた。これからあの鞍部に向かうようだ。そのすぐ先に、「101甲単車加油駅」という看板や登りの立つ施設があった。東屋にテーブルといすが置かれている。単車は自転車、加油はがんばれという意味だ。
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 標高780m付近で大きな鳥居のようなものをくぐる。ここから陽明山の高原地帯に突入。さすがに寒くなってきたので合羽の上着を着る。そして指まで覆われたフリースの手袋を装着するが、昨日ザックの中で濡らしてしまった。完全に乾いてはいない。そして今小雨が降っているのでさらに濡れるに違いない。雨の日に走るつもりはなかったので、防水のオーバーミトンを持ってこなかった。
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 登りは緩やかになり、湿原などのある高原地帯を行く。陽明山というのはいくつかの山の集合体の総称で、その一つ一つの山の登山口が次々と現れる。駐車場が何か所もあるが、ほぼガラガラ。
 「国家公園陽明山」と書かれた看板に、アルファベットのスペルも記されていた。「ヤンミンシャン」と読むのか。薬師丸ひろ子がキャラクターを務めていた30年位前のCMを思い出す。「ちゃんとリンスしてくれるシャンプー」という商品名でキャッチコピーが「ちゃんリンシャン」。
 アクシデントが発生した。カーブの手前でクルマに追い越された。そのカーブの向こうから対向車がやってきた。両方ともぶつかる寸前で止まったのだが、なぜかそのあと対向車が動き出したときに私を追い越したクルマと、バンパー同士をこすってしまった。ハンドルを右に切れば十分に当たらずにいけるのになぜか相手のクルマに向かって動いたように見えた。
 「目撃者として様子を証言してくれ」と言われたらかなりの時間のロスになる。ここで夕暮れを迎えてしまう、と思ったが、何も言われなかった。
 ぶつかられた方のクルマが目の前に泊まり、運転手の中年男性が相手のクルマの方に歩いて行ったが、見た目は落ち着いた感じだった。これが、これが東アジアの別の国だったら、かんかんに怒り狂った様子を全身で表現しながら大声をあげて相手に迫っていく、という姿を想像してしまう。台湾の人は基本的に穏やかだと思う。例の国のように路上で立ち話する人がまるで喧嘩をするように声を張り上げることはなく、台湾の街はクルマやスクーターのエンジン音以外は静かである。その性格が、運転には反映されないのが不思議なくらいだ。
 峠らしいという峠はなく、高原地帯が終わって下りに差し掛かった。すると雨が激しさを増す。一気にズボンの太ももが濡れ、前輪の撥ね上げでズボンの裾と靴が濡れていく。後輪からの水撥ねを浴びてザックも泥んこになっていることだろう。視界が悪いので、ヘッドライトを装着。テールランプを持ってきていないが、たまたまレンタサイクルに付いていたのでそれも点滅させる。
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 路肩に展望スペースがあり、一段下の平坦なところに棚田が広がるような景色がうっすら見える。ああ、晴れていたら、せめて雨が降っていなければなあ。蛇行する車道には、車列が見えヘッドライトが濡れた路面に反射している。
 しばらく下って分岐を右に行く。道なりに行けば台北市内を走らねばならない。それを避けて北投へ降り淡水河沿いの自転車道に向かうつもりだ。しかし、インターネットの地図やGPSレシーバーにインストールした地図に描かれている道は、非常に細い。
 標高60m程下ったらなんと一般立ち入り禁止の施設が表れた。この先には行けない。急坂を登り返す羽目となった。
 メインルートに戻ると、東屋があったのでそこに退避して、地図を見ながら作戦タイム。やはり異国の道路事情が分からない中では、確実なルートを選ぶべきだろう。もし、北投へ向かう案内板があればそちらへ、なければ道なりに台北市街に降りることに決定。
 予想通り、下るにしたがって雨は弱まってきた。標高500m程で歴史的な街並みのありそうな集落の脇を通過。あとでわかったがこのあたりが陽明山の温泉だった。交差点を直進。GPSレシーバーを見るとメインルートから外れている。右折するべきだったと気づいて引き返す。クルマもすべて右折している。そうした周囲の流れをちゃんと見極めないといけないのだ。
 雨は小降りだが、道が濡れているので靴は泥水を浴びっ放し。ランドナーの泥よけがあれば、かなりましなのに。
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 標高200m程まで下ると雨は止み路面もほぼ乾いている。ビルの並ぶ市街地が見下ろせる。やはり下界はほとんど降っていないようだ。クルマが多くなってきた。バスも多い。直線的な下りを行く。
 行政機関のような大きな施設が並ぶエリアを通過。学校やホテルもあるようだ。そして懐かしいマクドナルドの看板も見えた。ようやく下界に降りてきたようだ。だが、雨と長い下りで体が冷えて、震えが止まらない。濡れたフリース手袋が冷たいので、指切りグローブに交換。当然こっちだって指が出ているので寒い。
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 やがて市街地走行となり、下りから平坦な道となる。そしてクルマやスクーターがバトルロイヤルを繰り広げる「中正路」という広い通りを走行。路肩を走っていればクルマもスクーターも避けて追い越してくれる。日が暮れてきた。前後にライトをつけてアピールしているので、かえって昼間よりも安心できる。しかし、曲者はバス。大量にいて、バス停の間隔も短い。すぐに進路をふさがれる。安全のためバスの背後で客の条項が終わるのを待つ。なかなか進まない。
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 気づけば士林にいる。道路沿いにはおしゃれな店が並びたくさんの人が行き交っている。屋台が並ぶ広場を通過。士林は台北の代表的な夜市のある街だ。
 街並みを撮影するために一度停車すると、なかなか再発進できない。大縄跳びに入れない子どものようだ。赤信号で交通が途切れるのを待つ。
 そうやってクルマやバイクとのバトルを繰り広げるうちに、いつしか体が暖まっていた。ズボンの太もも部分はもう乾いている。
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 このまま道なりに西に行けば淡水河に突き当たる。その手前で橋を渡る。淡水河右岸に合流する支流だ。橋を越えたら自動車専用の区間のようだ。漢字で書かれていてはっきりしないが、念のため安全のためそこの走行を避ける。とにかくトラブルを起こしてはならない。
 高い位置にある橋の車道からスロープで地面に降りる。堤防らしきものを乗り越えないといけないが、その糸口がない。少し北に進むと、乗り越える道があった。
 そして、淡水河沿いの車道に出た。ちょうど、午前中に右岸から左岸へと渡った橋のたもとだ。しかし、その川沿いの車道と低防壁を越えて自転車道に到達するまでが最後の難関。雨どいレール付き階段で自転車を押し上げて橋に上がると、自転車道を下に見て川を渡ってしまう。また、階段で地上に降りる。仕方ないので車道をしばし北上。本当は、大稻埕碼頭のある南に向かいたいのだが、道路を逆走するのは危険だ。
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 そしてようやくスイッチバック式のスロープにたどり着いた。これを上り下りしてようやく淡水河沿いの自転車道に到達。昨日の夕方にも今日の午前にも通った勝手知ったる道。これで迷う心配もクルマにはねられる心配も限りなくゼロに近づいた。対岸のビルが川面に移っている。逆さ富士ならぬ、逆さ摩天楼だ。次々に現れる橋もライトアップされて美しい。上空には飛行機。松山空港に離陸する直前のようで、ライトを灯して飛んでいる。
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 GIANNTストア到着は、18時半ごろ。若い店員でなく、店長と思しき中年男性が迎えてくれた。自転車を見て小さく「おお」と声を出した。泥んこにしてごめんなさい。でもそのあと、いやな顔をせずに対応してくれた。あまり細かい引継ぎはされていないようで、借りていたスペアチューブを返すと「Yours? Mine?」という反応を示し、こちらが頼むまでペダルを交換してくれなかった。もちろん、悪意はない。おおらかなのだ。そして最後は「しえしえ!」と大きな声。こちらこそありがとう。
 隣の隣の自転車屋も空いていた。結局、開店が午後ということネックとなり今日こちらで自転車を借ることはなかった。

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2018/02/14

台湾弾丸紀行2川沿い自転車道で碧海吊橋へ

 10日朝、ごく弱い小雨。地面は濡れている。自分としては自転車に乗れなくはないのだけれど、こんな天気でも自転車を貸してもらえるのだろうか。GIANTの自転車店は10時開店なので、結論はまだ出さなくていい。とりあえず朝食だ。台湾では三食外食が普通なので、ゲストハウスの周辺の店先屋台は空いていて、その前には人だかりができている。多くの店ではお粥を出しているようだ。あとサンドイッチを売っている店もある。自転車に乗ることを想定して、しっかりと食べたいので「すき家」に入り、朝食メニューを注文。これでは、日本と変わらないではないか。すき家を出て、大きめのおにぎりを売っている店があったので、行動食として2つ買う。注文すると、素手でなくラップかキッチンペーパーのようなもので包むようにして握ってくれる。具の種類はたくさん表記されているが、さっぱりわからない漢字を適当に指す。いずれも揚げ物のようだが、それが何なのかは不明。
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 ゲストハウスで支度をして出発。GIANTストアまでは2kmほどを歩いて行く。基本的に東西方向と南北方向に通りがあるのでわかりやすい。クルマも多いが、スクーターが多い。その多くは日本で言う原付二種(51~125cc)で二人乗りが多い。また、台湾の免許区分はわからないが、日本で原付免許で乗れる50cc以下のものに相当すると思われるスクーターは、大きな交差点で二段階右折をしている。横断歩道の先に四角い枠があり、それが二段階右折の時の中継点。そこにスクーターが並んで行く。赤信号の間にその枠の中、および横断歩道手前の停止線周辺に30台以上のスクーターがたまり、青信号でいっせいにスタート。まるでレース場かと思うような轟音が鳴り響く。
 信号機や横断歩道のデザインは日本とそっくり。ただし、右側通行なので赤、黄、青の並びは日本と逆。街路樹や他の標識の視覚になりにくいよう、道路中央よりが赤となっている。歩行者用信号は、青の時には緑色の人が歩くアニメーションで、赤になる直前では点滅ではなく緑の人が走る。信号には、残り秒数がカウントダウンされるものが多い。
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 クルマやバイクの運転は、極めて強引で飛ばしている。バスでさえ右折(日本での左折に相当)の時には、内輪差により右後輪を歩道に乗り上げながらハイスピードで曲がって行く。さらにスクーターにいたっては、車道を右折するクルマを歩道に乗り上げてショートカットして追い越す特攻隊もいる。
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 台北駅前から続く大通りをそれ静かな道へ。公園にそって黄色い自転車が並んでいる。これが台北名物のシェアサイクルだ。そこにあったのは「e-Bike」と呼ばれるもので、かごについているプレートのQRコードで専用アプリをスマホにダウンロードして利用するようだ。さらに歩いていくと別のシェアサイクル。これが最も普及している「YouBike」。使用するための会員登録には台湾の携帯電話の番号が必要だが、私のような外国人でもクレジットカードで一次利用できる。乗り捨て可能なステーションは台北市だけでなく、新北市にもある。もしGAIANTストアで、「路面が濡れていて自転車が汚れるから今日は貸してあげない」と言われたら、YouBikeでもいいかな。本当は、宿の近くにYouBikeのステーションがあったらGIANTストアまでの移動に利用しようを思っていたのだけれど、見つからなかった。探せば台北駅の近くにあるんだろうけど。それで、今いるステーションまで乗ってくれば、GIANTストアはもうすぐ近くだ。ただし、戦場のような街中の走行はかなり緊張する。
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 ストリートビューを見ていたので、難なくGAIANTストアを発見。まだ空いていないので、淡水河沿いの自転車道を見に行く。ごく弱い雨が降ったりやんだりしているが、これならいける。もう走る気になっている。
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 川沿いの大通りを越え、河畔へ。通りと河畔の間には、建物の2階ほどもあるコンクリート製の高い壁がそびえている。どうやらこの壁が堤防らしい。川面と市街地にはあまり高度差がないのだ。私が通り抜けた壁の穴は「五號水門」となっている。ふつう水門とは水が通るものだが、ここは人やクルマを通すためのもの。そして増水時には水を通さぬように扉を閉じるのだろう。
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 河畔は公園のような広場になっており、帆船のモニュメントが置かれている。「大稻埕碼頭」というそうだ。後日調べてみると、碼頭は埠頭のことで、かつてここで商船が荷物の上げ下ろしを行い貨物の集散地として賑わったとのこと。現在では、クルーズ船の発着場、自転車道の拠点などになっている。もちろんトイレもあるわけだが、日本の多目的トイレのような大きな個室のものが複数並んでいる。これも後で知ったのだが、自転車ごと個室に入れるための大きさだそうだ。GAIANTストアは絶好の位置にあるではないか。また、別にレンタサイクルもあった。GAIANTストアのようなスポーツサイクルでなく、シティサイクルや子供用自転車を用意しているらしい。つまり、クルマでここに来て家族でサイクリング、なんてこともできる。
 10時になったので、GAIANTストアへ行ってみる。店先にはレンタサイクルの案内が貼り出されていた。中国語・英語・日本語でも書かれているのでわかりやすい。ネットや雑誌に情報源を提供している先人達はいずれもロードレーサー(公路車)を借りていたが、MTB(登山者)もラインナップされている。ロードレーサーは1日1000元(約3830円)なのに対しMTBは休日300元(約1150円)。
 とりあえず雨天でも貸してもらえるかどうか聞いてみよう、と店内の若い店員に声をかける。すると、もういきなり「OK! Road or MountainBike?」と訊かれ、借りる流れになっている。いつ雨が強まるかわからないので、MTBを借りることにした。パスポートを提示し名前と携帯電話の番号を用紙に記入。パスポートの返却は、自転車の返却時。つまり人質と言うわけだ。
 自転車を受け取って、いざ壁外調査へ。
 本格的に走り出す前に、大稻埕碼頭のベンチで体制を整える。レンタルのMTBは27.5インチ、ディスクブレーキ、フロント3S、リア9Sと、私のMTBよりも随分近代的なもの。一応ブロックタイヤを履いているが、浅めのブロックパターンで空気圧も高めにされて転がり抵抗は少ない。サスペンションはなく、前後ともリジッド。あとキックスタンド付き。要するにシティユース用のクロスバイクのようなセッティングだ。サドルの高さを調整し、ザックからヘルメットとフロントバッグを出す。フロントバッグは本来フロントキャリアに乗せるタイプなので、あまり物を入れると重みでタイヤに接触してしまう。よく使うものだけ最低限入れることにしよう。
 予想最高気温は16度で、予想平均湿度は88パーセントとのこと。つまり、雪の丹後と比べれば桁違いに蒸し暑い。アウターウェアを脱ぐ。肌着のシャツと長袖のポロシャツで十分だ。雨は弱いから、体温で乾いていく。
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 というわけで河畔を南下。広大な川、まさに大河を右に見ながらを遡る形だ。広い河畔に立派な自転車道。センターラインが引かれ、別に歩行者用のレーンもある。雨のせいか自転車は通らないが、ウォーキングやランニングの人の姿が見られる。
 壁外は平和そのもの。むしろ壁の内側の方がクルマやバイクが進撃しているし、巨人(GAIANT)もいる。
 上から降ってくる雨は大したことはないが、泥よけがないため路面の水が撥ねる。前輪の水撥ねはフレーム(ダウンチューブ)でどうにかおさまっているが、後輪の水撥ねで背中のザックが泥んこになっていく。
 また、濡れたフラットペダルが滑って、ペダリングの効率が悪い。実はビンディングペダルをザックの中に持参してきて、SPDシューズを履いているのだ。関西空港でのセキュリティチェックに3回も引っかかった要因のひとつが、靴底のビンディングの金具だ。そこまでして持ってきたのに、店員にペダルの交換を申し出ることができなかった。
 さらに、パンクの心配もある。携帯用ポンプとタイヤレバーは持ってきたが、スペアチューブがない。サイズのことがあり、借りる自転車の現物を見ないとチューブを用意できないのだ。今日はただパンクしないように祈るのみ。
 まあそれでもこうやって異国の地で自転車を借りて走ることができている達成感が湧き出してくる。やっぱり自転車はいい。
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 左側は壁により目隠しされているが、右側の川の向こうには高いビルが並んでいる。広い河川敷は公園のように整備され、雨にかかわらずランニングやウォーキング、犬の散歩、バスケットボールをしている子ども達など、野外で過ごす人がいる。また、野鳥が多く、それらの案内看板も設置されている。道が狭くなったり交差しているところの手前には、路上に「漫」という字が記されている。「ゆっくり走れ」ということのようだ。
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 視程も悪く、ビル群の向こうには山があるようなのだが、はっきり見えない。下手をすれば高層ビルの頂が雲に隠れている。
 自転車乗りの姿もちらほら見られるようになって来た。たくさん荷物を積んだクロスバイクに乗った中高年が多い。野鳥の生息域を示した地図を見ていると、そうしたおじさんサイクリストが自転車を押して歩いてきたので、軽い気持ちで声をかけてしまった。荷物が多いので、「ホァンダオ(環島:台湾一周)?」と訊いたが、通じていない。私が何か困っていて助けを求めていると思ったようで、スマートフォンを出して翻訳アプリを起動しこちらに差し出してくる。しかしそれは英語と中国語の翻訳を擦るもので、あまりうまくいかない。なんでもない、と身振り手振りで伝えておじさんと別れる。お騒がせしてごめんなさい。
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 基本的には迷う心配のない道なのだが、川の合流点、遡っているので自転車道の分岐点が要注意。橋へと上る立体交差の関係で、分岐の左右の関係が入れ替わっていることもある。
 大漢渓と新店渓の分岐(合流)店は新店渓へ。「渓」というと渓谷をイメージしてしまうが、川と言うことのようだ。
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 途中少し雨脚が強くなるが、引き返すほどではない。比較的支流細い支流を歩行者および自転車用の橋で渡ると自転車道が途切れる。すぐにまた自転車道の起点があった。景美河濱公園とある。景美河が先ほど渡った支流で、その支流沿いに遡る自転車道のようだ。辿ってみることにする。前述のように川幅は狭まり、川面は少し下のほうに位置しているため、市街地との境の壁はなくなる。2kmほどで自転車道が途切れ一般道に出る。住宅街の狭い道路は、一方通行や変則的な交差点があり、どう走っていい以下難しい。一方通行は、日本なら自転車は除くということだが、台湾ではどうかわからない。逆走を避け、回り道をするが迷路のようだ。本通りに出たので、コンビニに入りペットボトルのお茶を買う。蒸し暑いので飲み物の消費が多い。
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 何とか自転車道を戻り、景美河濱公園へと戻る。少し一般道を走って、新店渓を遡る自転車道に復帰。どんどん進んで行く。大阪の淀川の河川敷の自転車道と似た雰囲気を感じながら走る。YouBikeで走っている人もいる。
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 雨が一段落し乾いたベンチがあったので腰掛けて、朝買ったおにぎりを食べる。中の具はなんだろう。カリカリに揚げた肉だろうか。2つとも同じではないがどことなく似た食感。なんだかよくわからなかった。
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 前方対岸になにやら鬼気迫る雰囲気の建物が見えてきた。なにやらお寺のようで、屋根に多数の竜の装飾が施されている。ギリシャ神話の髪の毛が蛇の神を連想してしまう。カメラでズームすると「慈聖宮」と記されている。宮ということは神社なのか。よくわからない。
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 さらに川には堰があり落差はあまりないが激しく道が落ちている。この広大な新店渓から淡水河は標高差はほとんどないのにそこそこ流れがある。つまり水量が多い、さらに台湾の水の豊かさを表している。要するによく雨が降るのだ。
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 その堰を超えて上流へ行くと、それまでの市街地から少し緑が多い景色に変わる。そして吊り橋が見えてきた。碧海吊橋だ。大稻埕碼頭から24km、自転車道もここまでのようだし、ここで折り返そう。
 できれば吊り橋を渡って対岸を引き返したいが、歩行者しか渡っていない。自転車に乗車できなくても押して渡れればそれでいいのだが。
 吊り橋の近くまでいく。河川敷にはカフェなどがあり、川にはスワンボートなどが並んでいる。脇の道路には人だかり。例の店先屋台ややはり店先まで商品を並べたみやげ物や雑貨店が並んで、祭りの夜店のようだ。
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 自転車を止めて持参したワイヤーロックで策にくくりつけ、露天の並ぶ車道に降り立つ。焼きそばや焼き飯を扱う店で、焼きそばを買う。調理しているお兄さんから見えないところにある看板を指差して注文。お兄さん、にっこり笑ってそれを見に来て作ってくれた。
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 焼きそばを持って自転車に戻り、吊り橋のたもとへ。「自転車に乗って渡ってはいけない。押して歩いてください」という意味の看板がある。漢字なので意味はわかるのだ。というわけで押して渡る。少しゆれてスリリング。
 対岸にも自転車道がありそちらに入る。河沿いの車道が高い位置にあり、路肩に張り出した歩道屋根のようになっているのでその下に入って、焼きそばを食べることにする。走るには気にならない雨だが、食事をするときは雨を避けたい。
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 えびのたっぷり入った焼きそばだ。そういえばメニューには「加仁」か「可仁」と書かれていた。カニではなくエビと何かの資料に書かれていた。
 食べているとなんだか雨脚が強まってきたぞ。これはやばいんではないか。吊り橋を渡る人もほとんどいなくなっている。焼きそばを食べ終えてしばらく様子を見るが、止みそうにない。少し弱まったような気がしたので、意を決す。合羽の上着を着てスタート。下半身は濡れるに任せるしかない。すぐにズボンが濡れる。そして前輪の水撥ねで靴も濡れてしまった。橋を渡って往路で辿った右岸に戻り、ひたすら来た道を戻る。20kmあるから1時間は走らないといけない。まあ、濡れてしまえばもう同じだが。雨のしのげるところを見つけたら休憩する。
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 40分ほど走ったら雨はほとんど止み大稻埕碼頭戻る頃には、ズボンは乾きかけていた。でも靴はどうしようもない。
 大稻埕碼頭で走行距離は47km。雨は止んだし、どうせなら50kmに乗せておこう、と北に向けて走り出す。こちらは明日走る予定のコース。今日よりはましのようだが、やはりすっきりしない天気だから、場合によっては明日は走らないかもしれない。と進んでいくが、また雨が降り出したので引き返す。対岸にそびえる高層ビルは、外壁の塗装がまだらでなんとも古い感じ。台北の建物はほとんど鉄筋コンクリートのビルだが、ほとんど古いものばかり。
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 出発の2,3日前に花蓮で地震が起こった。マグニチュード6.4、最大震度7。阪神淡路大震災を起こした兵庫県南部地震や新潟県中越地震クラスの大地震だ。すぐに台北との距離を計測。神戸と丹後くらいは離れている。阪神淡路大震災のときに丹後は地震の直接の被害はなく、普通に生活できていた。おそらく、今回の台北も問題ないだろう。もし台北行きを取りやめたら、それは風評被害の加害者ということになる。
 花蓮は10年に一度くらいの割合で、マグニチュード5を超える大きな地震の多発地帯だと言うこともわかった。台北でも地震が起きているが、1909年以来大きな地震は途絶えている。ということは、高層ビルはその地震の後に建ったものだろう。現在の耐震基準を満たしているとは思えない。泊っているゲストハウスのビルも地震や火事が起これば危ないはず。何もおころないことを祈るばかりだ。
 しかしこの台北にいる限りは、花蓮で地震があったことを忘れてしまいそうだ。被災された方々に申し訳ない話であるが。
 もう一つ忘れかけていることは、今が冬であること。これだけ雨に打たれても、あまり寒さを感じない。靴の中が濡れて不快なだけだ。グローブは指切りのもので過ごした。
 17時少し前にGAIANTストアに自転車を返しに行く。雨にぬれ、タイヤの水撥ねで泥んこになった自転車を返しても、いやな顔をせずに対応してくれた。
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 GIANNTストアの2,3軒隣にもスポーツサイクル店があり、朝は店が開いていなかったのだが、今は空いているので寄ってみた。ここもレンタルをやっていて、ロードレーサーはGAIANTストアと同じ1000元/日だが、20パーセントOFFのキャンペーンをやっていたと昨年3月に借りた先人がネットに書いていた。現在もまだそれが続いていることが店先の黒板に書かれている。日本円で3000円/日くらいということだ。そのレンタルのロードレーサーも店先に並べられていて、要するにそれは中古車で10万円前後の販売価格の値札も付けられている。「環島」と書かれた札の付いたキャリア付きのクロスバイクも置かれている。ほかに、貸し出し用のシティサイクルや折り畳み自転車も並べられていた。ただしこちらのレンタル料は不明。
 先人の情報によれば、日本語の堪能な店員がいるとのことなので、店内に入り声をかける。がその店員は今いないようで、代わりに英語が喋れる若い男性店員が対応してくれた。開店時刻を聞くと、午後1時だという。明日乗りたい、ことを告げると、今夜から貸すよ、と勧められる。GAIANTストアでは前夜から借りると200元(約770円)/泊かかるが、こちらは前泊無料という情報も先人が書いていた。そうか、遅い開店時刻をカバーするためのサービスだったわけだ。ただし、泊っているゲストハウスにはおいてもらえる場所がないことや、明日の天気によって走るかどうかわからないことを理由に断る。それでも、明日また来るかもしれないことを伝えると、明日は日本語が喋れる店員もいる予定で、あなたが再訪してくれることを楽しみにしています、と言ってくれた。GAIANTストアもそうだが、こっちの店も、気持ちのいい対応をしてくれる。
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 来た道を歩いてゲストハウスに戻る。相変わらずの交通戦争。自転車を借りたら楽に帰れるが、その反面歩く方が安全だ。宿の近くのラーメンやに立ち寄る。メニューに書かれている白飯も一緒に注文したが、ない、と言われた。メニューにあってもこうやって断られることが結構ある。ダイソーでビーチサンダルと、靴の中敷きを買う。いずれも39元(約150円)。39均、ということらしい。白飯が食べられな買ったので、宿で着替えてビーチサンダルに履き替えて今度はうどん店へ。うどんにドリンクバーがついていた。
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 ゲストハウスのWiFiでインターネットに接続し明日の天気予報を確認。相変わらず曇り時々雨とすっきりしないが、雨は朝のうちだけらしい。ちなみに携帯電話は普段の機種で台湾の通信会社の電波を使って日本の番号がそのまま使える。通話料もパケット代も割高になるので、パケット代の定額サービスやレンタルWiFiの契約をする方法もあるが、宿や空港で無料WiFiが使えるのでメールでのやり取りや情報収集はそれで済ませればよい。

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2018/02/13

とうとう90cm

 2月に入り寒波の波状攻撃、大雪警報の乱れ打ちとなっている。
 13日朝、昨夜から新たに30cm程積もっていた。玄関先で60cm。風の影響を受けにくいところでは、なんと90cmに達していた。
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 昨年の2月11日にも70cmとほぼ同等の積雪量である。ただし、昨年はほぼ一晩で一気に積もったので、その日の朝はどこから除雪に手を付けていいやら困惑した。今年は、一晩に30~40cmの積雪が繰り返されてのことなので、一日一日の除雪作業は驚くほど多いということはない。でも毎日続けば雪の捨て場所がなく、うず高く積み上げられていくばかり。
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 また、風を受けやすい屋根の上の積雪はさほどではなく、扉の開閉が重くなるということはない。2011、2012、2017年には、屋根に上らなくても手(スコップ)の届く範囲で、屋根の雪を下したが、今年はそうするほどではない。
 12日も、一日雪が降り続いたが積もるよりもとける方が勝っていて、また新雪はかさが減り、夜にはぐっとボリュームダウンしていた。
 冬の間中、田んぼが雪に覆われているのは、30年ぶりといったところか。

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台湾弾丸紀行1旅立ち

 2月9日夕方、定刻に飛行機は飛び立った。初めて乗るLCC(格安航空会社)の飛行機は小さめで当然客室も小さい。座席の間隔も狭く、それが満席。セキュリティチェックで警告音を3度も鳴らしててこずり、係りのお姉さんが心配して迎えにきた。離陸15分前に着ないに入ると、私以外の乗客ほぼ全員がすでに着席していて、その人口密度高さとに圧倒されながら自分の席に着いた。3時間ほどのフライトだから、狭くてもいい。
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 前夜から急展開だった。ぎりぎりまで天気を見極めていたら安い航空券が売り切れてしまった。そんな中、比較的ましな値段のものを見つけ急いで申し込んだら、思っていた日程よりも1日早いものだった。しかも、キャンセル料はチケット代全額だという。間違えた申し込んだ日程も腹案として持っていたので、不可能ではない。もうこれで行くしかない。その日程に合わせて宿泊先を探し予約する。しかし、翌日にするつもりでいた準備を整えなければならない。いや翌日ではない、もう出発当日になっているではないか。
 現在、旅の準備のほとんどはインターネットでできる。航空券や宿泊の予約も、情報収集も。すでにある程度の資料は集めていたとはいえ、最後の詰めが必要だ。予約した宿の地図、そして迷わず宿に到着するためストリートビューでその周辺の町並みを確かめておく。資料が集まったら、タブレット端末に保存。そして、荷物の準備だ。
 結局、2時間ほどしか眠れず、午前中の勤務を終えて職場から直接空港へ向かう。お金をおろすのを忘れていて、別の銀行のATMで手数料108円を取られてしまう。
 それでも無事に飛行機に乗ることができて一安心。うとうとしているうちに着陸準備に入るという機内放送。10年ぶり3度目の海外旅行。どうなることやら。そして初めて自転車を持ってこなかった。台湾が誇る自転車メーカー、「GAIANT」のショップでレンタルできる、というが上手く借りられるだろうか。天気も心配だ。日を追うごとに天気が良くなり晴天が期待された、当初の案の最終日よりも一日早く帰る日程になってしまった。
 桃園空港で両替を済ませ、MRT(都市鉄道)に乗車。いわゆる地下鉄だが、郊外では地上を走っている。2年間に開通したこの桃園空港線は、ほとんど地上を走る。快速で台北まで35分くらいとのことだが、よくわからないまま普通列車に乗っている。途中の駅で長く止まっているな、と思ったらとなりのホームに快速が到着した。が、それに気付いたのは快速が走り去っていく時だった。
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 ごく弱い雨が降る台北駅周辺は、人で賑わっている。巨大な宮殿のような駅舎は紫色にライトアップされている。駅のすぐ南にあるゲストハウスは、ストリートビューのお陰ですぐに見つかった。ただし、6階建てのビルの最上階がゲストハウスになっているが、1~3階は日本のドンキホーテのような安売り雑貨店となっていて、その店舗の脇のエレベータホールにゲストハウスに名前があるだけ。ストリートビューで見ておかなければ、見つけるのに苦労しただろう。
 飛行機もそうだったが、宿のチェックインもインターネットで予約した時に表示された画面をプリントアウトした紙を見せる。要するに予約番号がわかればそれでいいのだ。台湾ではかなり日本語が通じると期待していたのだが、受付のお姉さんは、私が外国人だと気付くと英語をまくし立ててきた。
 荷物を置いて、食事を摂りに外に出る。周辺には飲食店が多い。「すき家」「吉野家」「マクドナルド」などおなじみの看板。飲食店ではないが、「ファミリーマート」「セブンイレブン」「ダイソー」「ユニクロ」なども。また、「銀座ラーメン」と日本語(ひらがな・カタカナ)も多い。あと、店先で調理をする屋台のような店が多い。ただし、すでに23時を過ぎて多くが閉店しまった。辛うじて空いていた店の前で、さあどうやって注文しようか、と佇んでいたら、韓国人と見られる外国人カップルが壁に表示された写真付きのメニューを指差して注文していた。なるほど、写真とその値段を数字で表示してあるので、言葉が通じにくくても大丈夫なわけだ。「大腸麺線」の大きいサイズを注文。店先のカウンターテーブルを指差し「Here」と言えば、ここで食べることを伝えられる。屋台形式の店にはイートインスペースがないものもあるが、それが会ってもなくてもテイクアウトできる。細い麺はビーフン(米粉)だろうか。名前の通り、何かの大腸を刻んだものが入っている。少しとろみのあるスープが熱くて口の中の皮がめくれてしまった。
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 あわただしくて昼食がパンのみだったので、もう少し何か食べたい。結局、コンビニでパスタを買って宿で食べる。
 シャワー室に脱衣場はなく、高い位置に棚がありそこに脱いだ衣類を置くようだ。そして土足。足拭きマットもなく、いきなり湿った足で靴をはかなくてはならない。裸足で過ごしている人もいるが、シャワーもトイレも同じフロアなので、それは嫌だ。明日は、何か使い捨てのスリッパでも買ってこよう。
 寝室は男女混合ドミトリー。各ベッド目隠しのカーテンで狭いけど個室のようだ。ひと月前に泊まった広島のゲストハウスと同じ。2段ベッドむき出しのゲストハウスもあるが、予約サイトの写真を見て、カーテンつきのものを選んだ。中には電気スタンド、そして電源コンセントが2口とUSB電源も2口。充電し放題ではないか。ちなみに電源コンセントは日本と同じ形状で、電圧は110V。「入力100-240V」のものならアダプターなしで使える。携帯電話、デジタルカメラ、タブレット端末、GPSレシーバ…、一気に充電できる。
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さあ、昨日はあまり寝ていない。あっという間に眠りに落ちた。

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2018/02/07

またまた大雪警報発令

 2月5日、月曜の朝からいきなり大雪警報。前日の夕方に降り出した雪は明け方さらに強まり、新たな積雪30cm。立春寒波の到来だ。
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 10日前ほどの低温ではなく、水分を含んで重い丹後らしい雪。その雪も昼前にはおさまり、午後には日差しが降り注いだ。大雪警報は、発令から12時間後の夕方解除された。
 翌朝は、氷点下5度を下回る冷え込み。朝から晴れて降雪はないが、積もった雪やそれが解けた水が凍結し、日陰では解けることがなかった。
 7日は、今日と同じくらいの冷え込みに加え雪が降りしきる予報。立春を過ぎてもまだまだ厳冬期は終わらない。
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大江山連峰鳩ヶ峰

 宮津市街から普甲峠を越える。峠には昨シーズンから閉鎖されてしまった大江山スキー場がある。小さなゲレンデには雪が積もり、スキーやスノーボードのシュプールが描かれているが、もし閉鎖されいない場合に営業できるかどうかは、微妙な雪の量だ。1週間ほど大寒波が居座った割には少ない雪の量。
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 大江町グリーンロッジから千丈ヶ原へ。雪道だが、除雪されている。昨シーズンからは除雪の限界点が、鍋塚林道の分岐点まで400m程延びた。
 その分岐点から鍋塚林道側にクルマが3台止まっている。その周辺には個人所有のロッジがいくつかあるため、登山者のクルマとロッジ所有者のクルマが混じっているようだ。分岐の反対側、鬼嶽稲荷神社方面にもロッジがあり、除雪がされている。ずっと向こうにクルマが止まっているようだ。
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 私は鍋塚林道側の駐車車両の並びの一番奥にクルマを止める。気になるのは路面を覆っている雪が深いこと。スコップで掘ってみると20cmくらいある。長時間止めているとクルマの重みでタイヤが沈んで腹が雪面についてしまい、動けなくなってしまう恐れがある。まあ、入山から下山まで、4時間ほどなら大丈夫だろう。
 支度を整えて鍋塚林道を歩き出す。前日、あるいは今日の午前中に何人もスノーシューで歩いた先行トレースが伸びている。まとまった降雪が途絶えて4日目なので、トレースを外しても十分に歩き易い。ということは滑りはあまり期待できないということになる。ステップソールでだいじょうだろう、とシールはクルマに置いてきた。青空から降り注ぐ日差しが心地いい。
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 いつもはショートカットする場面でも、今日はいい道ができているので林道を行く。ショートカットのトレースはスノーシュー1人前で、先人の大方は林道を辿っている。林道は全面雪に覆われ板を外す必要はない。日当りのよいところでは雪が切れている場合がある。
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 1時間と少しで鍋塚林道の終点に到着。縦走路のある大江山連峰の主稜線で小屋が建っている。その小屋の脇を通り、鳩ヶ峰を目指す。思いのほか雪が薄い。岩などのおうとつがそのまま表れ、登山道はボブスレーコースのような溝になっている。先行トレースはその溝をていねいに辿っているが、そんな窮屈なところを歩くのは嫌なので登山道を外しブッシュの薄いところを選んで登って行く。ステップソールが良く効いて歩き易い。
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 千丈ヶ原から2時間で鳩ヶ峰山頂へ到着。いつの間にか、空の大半が雲に覆われたが、眺めはまずまず。南に大江山の主峰千丈ヶ嶽、そして赤石岳。北には、鍋塚と大笠山。さらに北方、丹後半島方面には、わが町のシンボル金剛童子山、その北の依遅ヶ尾山がはっきり見える。水平線はやや霞んでいる。それらの手前には磯砂山が大きい。磯砂山と大江山連峰を分ける足元の野田川流域の平野部「加悦谷」は一面真っ白。
 他にも、高山や鼓ヶ岳、伊根湾、青葉山などおなじみの景色も眺める。西に目を向けると、奥神鍋に万場にかつての名色、神鍋高原のゲレンデが白く見える。その南には、氷ノ山。ここから氷ノ山を確認するのは初めてではないが、今までにないほど良く見える。氷ノ山国際スキー場のゲレンデや白くなだらかな三ノ丸の雪原も確認できる。さらに南には、粟鹿山。こちらは、山頂のアンテナ群もはっきり見える。
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 鍋塚の東尾根の南斜面のオープンバーンが白く輝いている。過去2度滑っているが、日当たり良好のため大雪の年でないとなかなか滑れない。それが今日は一面真っ白だ。
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 鍋塚の手前、標高711mピーク(勝手に「セブンイレブンP」と命名)の南西尾根の南斜面は、鍋塚東尾根南斜面よりは雪付きがいい。今日は鳩ヶ峰東斜面から東尾根へと滑り、途中で鍋塚林道を経由して711P南東尾根にトラバース、南斜面を滑ろう、と思いながら登ってきた。でも、斜面にまともに日差しを浴びているのが心配だ。
 展望を楽しみながらパンを食べて、さあ滑降準備だ。鳩ヶ峰東斜面へ。やや重いが何とか滑れる雪だ。しかし、問題は質より量。山頂直下のブッシュが少ないところはいいが、その下はただ立気をよけるだけであまり楽しくなさそう。早々に東尾根への格好をあきらめ、登ってきた縦走路へと戻る。正面には鍋塚。山頂からは真っ白に見えた鍋塚南東尾根南斜面も、今見ると少しブッシュが出ているようにも見える。今いる斜面の雪が少ないことからバイアスが働いているのかもしれないが、日差しで雪が急激にとけているのかも知れない。いずれにせよ、滑るには少ない雪だということだ。
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 せっかくなので山頂に上り返して、東斜面をもう一度。上りも下りも自由自在にいけるのがステップソールの強み。
 岩のでこぼこがまるでこぶ斜面のような縦走路、鳩ヶ峰北面を滑り小屋のある鍋塚林道終点へ。そのまま林道を下る。圧雪されたトレースで何とか板が走る程度の勾配。最初のヘアピンカーブを曲がらずに樹林帯へ飛び出す。鍋塚の南に位置する711Pの南東尾根へと向かう。杉林の日陰なので雪がいい。少し開けた斜面があったので、トラバースを止めて滑り降りてみる。すると下にダブルトラックが見えた。落差1mあまりのほぼ垂直の法面をずり落ちるようにダブルトラックに降り立つ。するとそこにはスキーのトレースがある。何のことはない、自分自身の登りのトレースで、鍋塚林道に戻ったのだ。つまり、林道をショートカットしたというわけだ。
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 しばらく林道を下り、次のヘアピンカーブの先端から711P南東尾根へと向かうダブルトラックが飛び出している。先程はこのダブルトラックの途中に降り立つつもりだったのだ。このダブルトラックは緩やかな登りだが、もちろんステップソールで快適に歩ける。
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 すぐに、711P南東尾根に到着。稜線には登山道が敷かれ、国定公園に指定されてから建てられた案内板がある。しばし稜線を行く。いつもは標高562m小ピークを越えたところから滑降するのだが、そこは日当たりの良い斜面。今日の雪の量では不安だ。その手前の谷あいの斜面に目が止まる。ここも一度だけ滑ったことがあるが、日陰でいい感じだ。直感的にそちらに吸い込まれる。
 どうやらその選択は正解だったようで、比較的雪質がいい状態で保存されていて、今日一番のすべりを楽しむことができた。
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 ただこの斜面の難点は後半、鍋塚林道の途中から千丈ヶ原へのシングルトラックに出会ってからだ。シングルトラックより下はブッシュが濃くて滑りにくい。シングルトラックは、沢が絡んでいて雪が切れていたり、動物よけのネットが張ってあったりして滑りにくい。ただし今日は、シングルトラックは程よい抵抗をかけてくれるいい雪に覆われていて快適に下れる。沢が横切る部分も何とか板を外さずにクリア。ネットもなかった。
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 そして開けた斜面に出た。稜線の562Pを越えた所から降りてくる斜面だ。千丈ヶ原の車道まで最後のひと滑り。が、やはり日差しを受けて雪が重いし、薄い。
 かつては、この斜面の下が除雪の限界点。今日は、車道に下りたら圧雪の上をスキーで歩き、最後は板を担いで鍋塚林道の分岐へ。
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 クルマは一台減っていたが、私のクルマ以外に2台がまだ止まっている。すぐ近くのロッジの煙突からは煙が出ているので、その中にいる人のクルマかも知れない。薪ストーブかな、いいなあ、楽しそう。今夜はここで泊まるのだろうか。去年、朝ここにきたときには、前夜から圧雪の上に駐車していたのだろうと思われるクルマが動けなくなってレッカー車を呼んでいた。救出作業を眺めながら、入山の準備を整えた。
 現時点ではまだ車輪は2.3cmほどしか沈んでいなくて脱出できたが、緩んでやわらかくなった雪で車輪が空回りしている。雪面には、すでに立ち去ったクルマの苦労のあとも見られる。勾配のある道路での縦列駐車で、上を向いて止めていたせいだ。縦列駐車では前進で出るのがいいのだが、滑りやすい路面での坂道発進となってしまう。
 帰路に就くわけだが400m程でストップ。かつての除雪限界点、鍋塚林道からのシングルトラックが下りてくる地点でスキー板を下ろす。ここから、鳩ヶ峰が見えるのだ。スキー板を雪に突き立てて鳩ヶ峰とのツーショットをとる。そしてズームアップして、鳩ヶ峰東面に描いたスキーのシュプールを撮影。これでようやく、本日の全日程完了、後は無事に家に帰るのみ。
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2018/02/01

碇高原で今シーズンのスキー登山始動

 道路状況がようやく安定してきた日曜日の午後、碇高原へ行ってみた。自宅から40分。雪がないときよりも時間がかかる。
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 思ったよりも雪は少なめ。珍しく先客のトレースあり。今朝のものか昨日のものか。牧場の作業道のダブルトラックは雪がしまってラッセルはほとんどなし。
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 1本目は笠山展望台まで登る。牧草がかなり露出していた。風でクラストしていた。雪が薄いのは風のせいもあるかも知れない。
 次の斜面は雪不足で断念。登りに使ったダブルトラックを滑り降りる。そして、さらに下の斜面へ。ここも雪は少ないが、周囲の木立が日よけ風除けになっているようで、雪の質、量ともに最も良い感じ。2本目は下の斜面だけ。そして、3本目は、手前の急斜面。これで最後のつもりだったが、楽しくて4本目もその急斜面へ。最大標高差130m程しかないが、繰り返し楽しむのがここの遊び方。ラッセルの時は、自分のトレースを活用できる。
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 帰り道に、鹿に遭遇。この山域では過去に余り見かけなかったのだが、実は数日前にも通勤中に見かけている。同じ山域と言っていい場所で。
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草津白根山噴火とロッテアライリゾート遭難

 丹後が寒波に襲われている最中、長野県北部に隣接する、群馬県の草津国際スキー場と新潟県のロッテアライリゾートで痛ましい事故が起こった。それぞれ亡くなられた方のご冥福をお祈りする。
 まずは、草津国際スキー場に程近い本白根山の噴火について。スキーヤーやスノーボーダーがいるコースに火山弾が降り注ぎ、着弾の衝撃で雪煙が上がる様子は、まるで戦場のような光景。2014年9月の御嶽山以来、人的被害の出る火山噴火となった。
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 個人的には2010年9月に草津温泉から志賀高原へ自転車で走り、白根山と本白根山の間を通っている。スキー登山で訪れた御嶽山といい、噴火に出会うかどうかは時の運ということだ。
 草津温泉では宿泊キャンセルが相次いでいるとのこと。「草津」という名を冠したものをひとからげ(一絡げ)短絡的な風評被害だ。大涌谷の噴火で箱根の温泉街の客が激減したり、福島第一原発から東京よりは慣れている岩手県の瓦礫の放射線量を心配したりするのと同じようなことだ。単純に今回の火口からの距離が草津の温泉街よりも近い、志賀高原の渋峠や横手山のスキー場でも訪れる客が減っているのだろうか。
 次に、新潟県妙高市(旧新井市)の「ロッテアライリゾート」のスキー客の遭難事故。スキー客がいつの間にかコースを外れ、雪の深さに行動不能となり一晩越せずに凍死、とのこと。遭難してしばらくの間携帯電話で連絡が取れ、雪洞を掘ってその中で過ごすように指示されたが、結局雪洞を掘ることができなかったようだ。
 ロッテアライリゾートは、スキーバブルの1990年代に開業し2006年に運営母体の経営破たんにより廃業したスキー場などを、今の会社が落札。今シーズンオープンしたスキー場等のレジャー施設だ。圧切等整備された一般的なスキーコースの周辺に雪崩管理ゾーンという林間コースが設置されている。「雪崩管理(アバランチコントロール)」とは、雪崩の危険がないかどうかを調査し不安定な雪はあらかじめ落としておく、こと。方法は、安全を確保しながらスキー等で滑って雪面をカットする(スキーカット)。新潟県にはこうした自己責任で自然の斜面、またはそれに近い斜面を滑ることを認め、愛好者を受け入れているスキー場が居つくかあるように見受けられる。しかし、こうした事故が起こるとだんだん厳しくなるわけで、とても残念である。
 この山域、アライリゾートのすぐ北に位置する粟立山で3年前の1月17日に山スノーボーダー2人が雪崩に流され、一人は埋没して死亡、もう一人は自力で脱出して雪洞で寒さをしのぎ翌日救出された。
 また、蒸し返して申し訳ないが、やはり三年前の正月明けの神楽ヶ峰でのスノーボーダー遭難事故を思い出す。多くのバックカントリースキー・スノーボード愛好者を受け入れている(私が訪れた時には登山届とセットでスキー場外のコースマップも用意されていた。今も?)かぐらスキー場のリフトを利用したもの。2000mの雪山で二晩を過ごし、3人とも救助されて生還、その日のうちに記者会見に応じたたことは、たくましい、そして素晴らしい(敢えてこう表現する)。もちろん、二晩とも雪洞を掘り、入り口をスノーボードで塞いでしのいだとのこと。
 やはり、雪洞を掘ってしのげるかどうかが大きく明暗を分けているようだ。訓練も必要だ。

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大寒寒波2018

 1月中旬の低温はいったん落ち着いたが、それもつかの間、大寒に入ってまた寒波がやってきた。しかも今回は、まとまった降雪を伴った寒波だった。
 2つ前の記事「大雪の朝」の後もさらに雪が降り続いた。「京都府道路情報管理・提供システム」で提供されている、24日午前8時から72時間の気温、積雪、時間当たりの降雪量をグラフ化したデータを掲載する。京丹後市峰山では朝から昼過ぎにかけて、宮津では夕方から夜間、舞鶴では夜間に雪が降り積もっている。また、いずれの地点も、25日午後から夜、そして26日日中に雪が降り積もっている。
 さらに注目すべきは、気温である。最高気温が辛うじて0度を上回るがおおかた氷点下という状態が続いている。真冬日に近い状態だ。降った雪の量はさほど多いわけではないが、気温が低いためとけずに積もっていく。
 日中に雪が積もると、交通に混乱を起こす。通常、自治体による道路の除雪は交通量がほとんどなくなる明け方に行われる。
 2010年大晦日から2011年の元日にかけてまとまった降雪があった。帰省や初詣などで夜通しクルマの通行があった幹線道路は、厳しい雪道となり渋滞が発生した。その一方で集落の中など深夜から明け方に交通がほとんどなくなった道はきれいに除雪されていた。
 さらに、今回の寒波は、低温と降雪が長く続いていることも特徴のひとつである。まとまった降雪の後の除雪は、とりあえずクルマが通れるようにするものである。よって、路肩の雪により道幅が狭かったり、路面は圧雪に覆われていたりする。特に住宅密集地ではこの状態がひどくなる。掻いた雪を捨てる場所がないことや、上下水道や防火用水などの蓋が多いためである。
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 とにかく、その日の通勤時間帯までに道路を開通させ、道幅を広げたり路面を露出させたりする丁寧な除雪はその後ということになる。
 そこへ日中の降雪が追い討ちをかける。道路に積もる雪はクルマにより踏み固められたり、削られたり、磨かれたりして、でこぼこ、つるつるになる。クルマは一定の速度で走り続けるわけではなく、ブレーキをかけたり加速したり曲がったりする。制動力、加速力、遠心力が働き、雪面が削られたり磨かれたりする。交差点や踏み切り、坂道やカーブなどから路面が荒れていき、さらにそれは広がって行く。道路沿いにクルマが出入りする店や施設が並ぶ路線では、全体が荒れている。
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 また、路面に水を流す融雪システムは、雪が積もったり、凍結したりするのを防ぐためのもので、積もってしまった雪を溶かすことは難しい。クルマの轍が掘れ、そこが川となる。
 近年はどかっと雪が積もっても、その後の除雪や気温の上昇により、2.3日くらいで交通麻痺は解消するが、今回はすでに1週間ほど続いている。
 繰り返すが、降雪量はさほど多いわけではない。24日の朝、玄関先の積雪が30cmほど。夜に帰宅したら、朝除雪したところにまた30cm程積もっていたが、除雪しなかったところも30cmほど。気温が低くふわふわの雪だったので、上に積もれば下層の雪は縮んでいくのと、風もあったので均されていったようだ。風の影響を受けにくいところで計ると、45cm程だった。

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2018/01/27

海も凍る寒さ


 京都府京丹後の日本海に面した久美浜湾が凍結。兜山の麓、川上谷川の河口付近は、まるで北国の湖のような光景になった。
 あるいは、外海との水の出入りの少ない閉じた久美浜湾をオホーツク海にたとえるならば、川上谷川はアムール川。近畿地方でも流氷発生か。

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2018/01/24

大雪の朝

 京丹後市に暴風雪および大雪警報。沿岸部には波浪警報も。玄関先の積雪は30cm。知れた量だが、さらに積もり続けている。
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 さらさらと軽い雪。除雪がはかどる。
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 玄関前と車庫前の除雪を終えて家を出る。危機管理能力の低い人たちがいる。
 3分47秒、路肩から田んぼに落ちたクルマ。JAFのクルマが止まっているが、作業していない。その先に携帯電話で通話しながら歩く50~60代と見られる男性。落ちたクルマの主か。JAFを呼び、少し離れた自動車修理工場で待機していて、現場到着の電話を受けて現場に向かっている、というストーリーが頭に浮かぶ。自分が転落するほど危険な路上を、のんきに通話しながら歩いている。なんと無防備。そりゃ、落ちるわ。
 4分27秒、赤信号になってから交差点に入り、左折するクルマ。不安定な路面と視界不良によるストレスの中、ルールを守ることができなくなっている。
 5分18秒、おそらく赤信号に変わってから強引に右折するクルマ。スピードを落とさずに、しかもハンドルを切るタイミングが早過ぎる内回りで突っ込み、信号待ちしている私のクルマを避けるためにいったんハンドルを戻した後で急ハンドル。結果大きく後輪を滑らせての蛇行。歩行者がいなかったのは幸い。
 そして前後するが、4分52秒、踏み切りの手前で一時停止の際にABSを作動させてしまった私。新しいスタッドレスタイヤにかえるかどうか迷った挙句、古いものを使っている。
 こんな、危険な人たちに巻き込まれませんように。

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2018/01/18

自動車のエンジンオイル減少の経過観察

 昨年暮れ、自動車のエンジンオイルがほとんどなくなっていてあわやエンジンが焼き付くところ、ということがあった。オイルの洩れなはい。エンジンのピストンとシリンダの摩耗により隙間ができ、エンジンオイルが燃焼室に入り込み燃料とともに燃えてしまうオイル上がり、またはバルブシール劣化によるオイル下がりが疑われている。
 修理すると相当な費用が掛かる。すでに走行距離が19万kmに達しようとしているクルマなので、だましだまし余生を送ってもらうことにする。とりあえず、1ヶ月間、オイルの減り方を観察してみた。
 1ヵ月間の走行距離は約1780km。オイルは半分未満に減少していた。オイルの減少はエンジン停止時には起こらないわけだから、途中経過の写真を撮影したときに走行距離を記録しておけばよかった。
 というわけでエンジンオイルを補充。いつも5W-30のSMという規格のオイルを使っているのだが、家に在庫しているのはスーパーカブ用の10W-30のSL。価格が3倍も違う安いオイルだが、すぐに燃えてなくなってしまうんだし、高級オイルが劣化した状態より、安くても新しいオイルの方がいい、という話もある。
 今回は減少のペースを観察するためにあえて1ヶ月補充せずに過ごしたが、少ないオイルをたくさん回すと劣化も早いと思われるので、今後はまめに補充したほうがいいだろう。
 オイルの量と同時に、マフラーから煙が出ているかどうかも気にかけていたのだが、寒い時期のエンジン始動時に煙が出るが、これは以前からそうだしほかのクルマを見ても同じ状況。エンジンが温まると、煙は見えなくなる。要するに、見た目には正常時と同じ状況だった。

■途中経過
 オイル交換から18日
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 オイル交換から28日
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 オイル交換から31日
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久しぶりの低温と雪山捜索訓練そしてスキー動画

 1月10日頃から寒波がやってきた。北近畿、丹後半島およびその周辺でも雪が降るには降ったが、大した量ではなかった。家の前で25cm。新潟方面に雪雲が集中したため、こちらにはあまり配当されなかった。ただし、気温は低かった。特に、12日、13日には、豊岡や舞鶴では最低気温が氷点下4度ほど、福知山や和田山では氷点下6度くらいまで下がった。
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 透明な窓ガラスは全面凍り付いてすりガラスのようになり、開閉も困難になった。軒にはつららができた。池の水も凍った。30年くらい前のは毎年このくらい寒かったが、近年ここまで冷え込むのは珍しい。
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 13日の夕方、凍結により我が家の水道管が破裂してしまった。水道屋にヘルプの連絡をすると、すでに他の家からの依頼が3~4件入っているのですぐには向かえないとのこと。それでも待っているから来てくださいね、とお願いする。
 問題は水道の元栓。屋外の地面にメーターとコックが設置されているのだが、雪が積もっている。雪がそう深くないのが幸いだが、目印がない。かつては、祖父母が暮らす離れの玄関前でわかりやすかったが、もうその建物を壊してしまい更地となっている。スノーダンプで除雪してみる。歩いたりクルマを通すことができる用に雪を薄くできるものの、今は地面を露出させないといけない。スコップに切り替える。スコップを突き立てて捜索を試みる。「かちん」と硬いものにあたって、これかと思い掘り返すが地表付近の雪が凍てついているのだ。かつて建物があった範囲を想像し、さらに「元栓は離れや母屋に配管が分岐する手前にあるはずだから、本管より、つまり道路よりにあるはず」などいろいろ思い出しながらの作業。捜索を始めてすぐに日が暮れ、こちらに面した部屋の明かりをつけ、ポケットにLEDのバッテリーライトを入れての作業。幸い雪はほとんど降らなかったが、たまにあられが落ちてくる。
 捜索開始から1時間半、掘り返した地面を靴でこすってみると金属が擦れる音。LEDライトで照らすと、元栓の蓋だ。ついに発見。
 さらに1時間以上たって、水道屋さんがやってきた。とりあえず応急処置をしてもらい、水道が使えるようになった。
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 雪崩に埋没した仲間がビーコンを持っていなかった場合、プローブ(ゾンデ棒)を雪面に突き立てて捜索をするのだが、これは気の遠くなるような作業。埋没から15分以内に救出できるかどうかで、生存率が大きく変わってくる。ビーコンのあるなしが生死に直結する。改めて、ビーコンのない場合、プローブによる捜索の難しさを思い知らされる、水道の元栓捜索だった。
 それでは、この冬たくさん雪が降りますように、動画をお届けします。
https://youtu.be/3sbWhmgvmqE

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かきしま・角島・海峡を渡る旅4データ編と動画

■データ編
◎自転車走行
 1日目 竹田・かきしま海道・広島市街  95.0km
 2日目 広島市街・角島・下関市街    39.8km
 3日目 関門海峡・竹田          6.7km
  計                 141.5km
◎費用
 鉄道運賃               31470円
 フェリー料金              650円
 関門トンネル通行料           20円
 ガソリン代(138km、16km/L、131円/L)  1130円
 宿泊料                 5900円
 飲食費                 6760円
 土産代                 972円
  計                 45102円

■動画

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2018/01/14

かきしま・角島・海峡を渡る旅3関門海峡「関門トンネル人道」

 7時起床。窓の外の関門海峡は、まだ薄暗い。さすが西に来ているだけあってまだ日の出前なのだが、昨夜遅くから降り出した雨の影響もありそうだ。7時半に食堂へ行くと、夜が明けて少し明るくなった関門海峡を見ることができた。この天候を想定して本日は最寄駅から輪行して帰る計画だ。朝食をとるうちに、さらに少しずつ明るくなる海峡を次々と船が過ぎていく。見ていて飽きない。
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 のんびり支度を整え、8時半過ぎに外に出る。雨は小降りでほとんど気にならない。路面の水撥ねも大したことはない。泥よけのあるランドナーを持ってこようかとも思ったが、輪行時、蝶ねじ4つの手間を減らすためにスリックタイヤ装着のMTBを選んだ。防寒のためのアウターウェアとして上半身に合羽を着ているが、下半身は雨具なし。余計な荷物を省いたのだ。精度の高い天気予報で、雨は降るが雨量は1時間あたりに0~1mmと言っていたのを信じてのことだ。結果、正解だった。
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 ロープウェイ山麓駅を経由して、海峡沿いに降りる。ロープウェイで登る火の山の頂は雲に隠れている。下りきった国道の交差点が、関門トンネル人道入り口。さあ、関門海峡を九州に渡る。下関駅よりも、北九州の門司港駅の方が近いのだ。いずれの駅から乗車しても、新幹線には北九州の小倉駅から乗るのが一般ルート。新下関からだと「こだま」に乗ることになり、時間がかかる。
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 料金箱に20円を入れて、エレベーターで地下に降りる。関門トンネル人道は、ランニングやウォーキングする人が行き交っている。歩行者は無料だ。また、自転車に乗車することはできず、押していかなければならない。
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 山口と福岡の県境を越え、780mを歩いて門司側のエレベーターホールへ。いろいろな展示パネルがある。記念スタンプを押すが、なぜか半円形。もう半分は下関側にあったのかもしれない。
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 エレベーターで地上にでると、国道沿いの下関側とは違って、海に面した静かな場所。先ほどまでいた本州側の陸地が海の向こうに見える。ユースホステルの建物を探す。近くにはホテルもあり、ユースホステルの建物もなかなか立派なので、見分けるのが難しい。駐車場に止められたクルマで判断し、見つけた。
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 門司港とは反対方向に少し行ってみる。ここが九州の最北端、かと思ったが後で地図を見たらもう少し先だった。
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 門司港駅へ向けて南下する。小さなアップダウンを越えるとすぐに公園のように整備されたエリアに突入。海沿いの車歩道を行く。そして、「門司港レトロ」と呼ばれる、明治末期、大正、昭和初期に建てられた建物やそれを模した建物が建ち並ぶエリア。ここに来たかったんだ。
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 これを知ったのは、小説「この胸いっぱいの愛を」を読んでのこと。同名映画のノベライズとして映画に先駆けて刊行されたとのことだが、映画は見ていない。また、こちらの作品も「四日間の奇蹟」の映画公開と同じ2005年とのことだが、どちらの小説を先に読んだかは覚えていない。
 ちらほらと姿が見える観光客は傘をさしていない。これから時間の経過とともにもっと賑やかになっていくのだろう。開店直後の店で土産を買う。
 JR門司港駅も大正時代の建築で「レトロ」物件のひとつなのだが、残念なことに改装中。オフシーズンだからね。輪行袋に自転車を収めて、切符を買ってホームに出る。関門海峡を越える鉄道区間が開通する前は、港に面したこの駅が九州の玄関口だった。始発・終着駅のため跨線橋などはなく、すべてのホームが陸続きだ。ホームの雰囲気もレトロ調だ。
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 始発駅のため余裕をもって快速列車に乗車。しかし、小倉駅での新幹線乗り換えは6分とタイト。昨日の新下関駅での予定の乗り換え列車に間に合わなかったことが頭に残っている。いろいろ焦ってしまい門司駅で降りてしまった。門司港と門司と小倉、駅名を混同してしまった。もうこれで、予定していた新幹線に乗ることはできない。まあいい。姫路駅で乗り換えの待ち合わせ時間が短くなるだけ。播但線は本数が少ないのだ。
 すぐ後の列車で小倉駅へ。そして、25分の待ち合わせで、新幹線に乗車。実は、本来はこの新幹線に乗る予定だった。これだと姫路駅での乗り換えの待ち合わせが58分。改札を出て昼食を摂ろうと思うのだが、もう少し時間の余裕を求めて一つ早い新幹線の時刻を今朝調べたのだ。小倉と姫路に止まる新幹線は限られる。
 乗り込んだ新幹線は、九州新幹線で「ひかり」に相当する「さくら」。山陽新幹線と通し運転しているとは知らなかった。乗車待ち行列の先頭に並ぶこともでき、車両再後部座席の背もたれと壁の間、3列側に輪行袋を入れることができた。この頃は、キャスター付きスーツケースに占有されることも多いのだ。そして当然座席も空いていた。
 広島からは混雑が予想されるため荷物を座席に置かないで、という車内放送の通り、かなり座席が埋まり満席に近くなってきた。指定席は満席だそうだ。3連休の最終日、午後になるともっと混雑してくるのだろうか。
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 姫路駅で下車。まずは輪行袋を播但線ホームに運ぶ。新幹線は当然として、播但線にも専用の改札口がある。加古川駅の加古川線もそうだった。無人駅の多い路線での無賃乗車・不正乗車を防ぐためなのだろう。基本的には、先頭車両一番前のドアから下車するときに、運転手が検札及び清算をするのだが、満員で車内の移動が困難な場合にはすべてのドアを開けて対応する。下車駅が無人ならノーチェックとなってしまう。
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 というわけで、輪行袋をホームに残して自動改札を通過しようとしたら、警報音が鳴って通せんぼ。自動改札機は1回しか通らないんだって。というわけで、駅員さんに切符を見せて2つの改札を通過、駅と一体の商業施設のフードコートへ。ここでラーメンを食べる。播磨と言えば、甘い醤油ラーメンだが、この店は塩ラーメンがメインだった。駅の構内には晴れ着姿の若い女性が目立つ。姫路は今日が成人式だった。男子はすでに動きやすい普段着に着替えているようだ。久しぶりに会う友人同士なのだろう、連れ立って歩いている。
 昼食の途中下車には、58分で十分だった。2両編成の播但線のワンマン列車は、結構込み合っている。大きな輪行袋を携え、肩身の狭い時間を過ごす。しかし途中駅では下車客の方が乗車客より多く、一駅ごとに乗客は減っていく。姫路から20分程の福崎を過ぎると、余裕のある車内空間となった。
 寺前で乗り換え。電車からディーゼル車へ。車両編成は、2両から1両となる。後部に広いスペースがあるので輪行袋はそちらへ。近頃はバリアフリー空間があるのでありがたい。座席も確保できた。
 外は雨が降り、周囲の山には白い雪が見られる。15:22、竹田駅で下車。近年たくさんの人が訪れるようになった竹田城は、今は閉鎖されているので下車したのは私ともう一人。
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自転車を組んで駐車場へ。雨が降っているが、ほんの1kmだ。自転車をクルマに収めて、家まで70kmのドライブ。17時過ぎに帰宅。
 本日の自転車走行は、ユースホステルから門司港駅が5.6km、竹田1.1km。あわせて、6.7km。

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2018/01/13

かきしま・角島・海峡を渡る旅2日本海「角島」

 前夜の肉玉そばのキャベツが効果を発揮し、便意で目覚める。支度して7時半過ぎに部屋を出る。まずは、ラウンジ(共用スペース)で、昨日買っておいた弁当を食べる。そして、外に出て自転車にフロントバッグを装着して出発準備。8時のチェックアウト開始と同時に宿を出発。
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 今日も輪行。広島駅を目指す。平和記念公園を通過する。今から35年前の中学生の頃、家族旅行でここに来たことがあるのだが、あの時の記憶より原爆ドームを小さく感じる。あの頃すでに今と同じくらいの身長だった。体重は随分増えた。でも、身長も体重も関係ない。イメージの問題だ。
 その後は市電やバスや乗用車の行き交う、でも日曜の朝なので比較的混雑は少な目の、広島中心街を走り駅へ。自転車を輪行袋につめて、切符を買う。目的地は角島への最寄り、特牛駅。「こっとい」と読む難読地名だ。一応下関市なのだが、下関の中心街よりも萩に近い。
 9時6分の新幹線に乗り新下関へ。ここで山陽本線に乗り換えるのだが、新幹線と在来線の間が随分離れている。ベルトコンベアの動く歩道があるが、インターネットの乗り換え案内サイトで指定された6分後の列車には間に合わなかった。後で地図を見たが、400m程の距離があった。輪行袋を担いでの移動はきつい。ただし、次の山陰本線への乗り換えでの待ち合わせに余裕があるので、山陽本線の列車を一本遅らせても計画全体には影響はない。
 ところで新幹線ホームで、別の車両から下車したサイクリストに出会った。彼も、角島に行くというので一緒に歩き始めたが、新幹線の改札でもたついている。乗り換えに余裕がないので彼を置いて山陽線ホームに向かったが、結局乗り遅れてベンチに座っていると、随分遅れて彼がやってきた。ICカード「ICOCA」が使えず難儀、したとのこと。私のような田舎に住んでいるものにはありえないトラブルだ。まあ、とりあえず旅の道中、話し相手ができたのは、いいことだ。
 なかなか饒舌な彼は、関東や福島県で活動するサイクリストで、私が昨日走った「かきしま」も、そして「しまなみ」「とびしま」もすでに走っているという。所有する自転車は10台を超え、冬の会津では雪の上をファットバイクで走るという。また、スマートフォンで過去の活動のシーンを次々見せてくれた。私もタブレット端末やカメラを出して色々見せたかったが、バッテリーの消耗が心配で踏みとどまった。
 20分ほど後の次の列車は、スーツ姿の若者でいっぱい。下関市では今日が成人式。混雑しているが、一駅先の幡生(はたぶ)で下車。もう一駅先の下関駅が山陰本線、山陽本線のターミナルだが、この幡生で両線は分岐する。よってここで乗り換えるのだ。新下関で予定の列車に乗り遅れたお陰で、幡生での待ち時間は程よい長さ。しかし、山陰線の列車は1両のみの編成で、車内は混雑。2つの輪行袋の置き場がない。すると、母子連れが場所を開けてくれた。ありがたい。数駅過ぎると車内もすいてきて、座席も空いた。先に母子連れの幼い女の子が座り、お母さんが座り、そして母子の隣に我々も座れた。
 車窓にも日本海が見える。萩以西は島が多いが、昨日の瀬戸内海とは全く違う表情だ。島の密度は瀬戸内海よりも低く、そしてその向こうに対岸が見えないし、航行する船もない。瀬戸内海は本州、四国がお互いに見える。ただ、空は薄雲が広がっている。青い海が見たいんだけどなぁ。
 母子が先に下車し、そして特牛が近づく。ところが、同行のサイクリスト、Y氏は特牛でなくもうひとつ先の阿川で下車するつもりだということが判明。角島へ向かう一般的な最寄り駅は、特牛であることを主張するとY氏も特牛で下車することにしてくれた。
 私が初めて角島を知ったのは、2005年公開の映画「四日間の奇蹟」。浅倉卓弥の原作小説の舞台は雪深い山間部だったが、主演が吉岡秀隆で、彼と雪景色の組み合わせはどうしても「北の国から」をイメージしてしまうというわけで、監督が自分の故郷の下関市豊北町にある角島に舞台を変えた。大雪で道が閉ざされ孤立する設定は、嵐で島へ渡る橋が通行できなくなるというふうに。そう、角島は本州からつながる長い橋の景色が有名な島なのだ。
 特牛はその映画にも登場する駅で、旅の番組で角島が取り上げられるときにもたいがいはこの特牛駅で列車を降りている。
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 さて、11時48分、特牛に到着。下車したのは、輪行袋を担いだ我々2人と、若いカップル。テレビで見た通りの無人駅。山と田んぼに囲まれ、クルマの走行音が聞こえるくらい離れて国道435号線が通る。まばらに家があるが、店などは皆無。
 それでもバスの便があり、そのバスに乗ってカップルは角島に向かって行った。
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 K氏の輪行袋は、一回り小さい「ちび輪バッグ」。私も折りたたみ小径車用に持っている。で、その中身は、24インチのやや小さめのホイール装着のロードーレーサー。前後のホイールとハンドルを外して納めてあるのだが、特殊なフレームで少し折りたためるようでもある(よく見ていなかった)。ブランドは知らないもので、もう忘れてしまった。前後輪を外すだけの私の自転車の方が組み上がるが、でもコンパクトになることは輪行の大きなメリットである。
 少しだけ乗せてもらった。「普通のロードレーサーと変わらないでしょう」と言われるが、ロードレーサーに乗った経験がほとんどない(2回のみ)のでよくわからない。でも、軽快であることは間違いない。
 さて、角島に向けて走り出す。まずは、国道435号線。3kmほど走り特牛港で、国道191号線へ。1.4kmほどで、県道275号線へ、アップダウンと屈曲のある道を次々と観光バスが追い越していく。
 そして、山の切れ目から海が見えるところで一休み。ちょうどそこから海側に細い道が分岐しているので、そちらへ行ってみる。
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 しばらく走ると、見えた!海に一直線に伸びる角島大橋。ああ海が青い。空は真っ白なのに、海がなんと青いことか。この時点で来てよかったと思う。でも、晴れていたらもっと素晴らしいのだろう。
 クルマ同士なら離合困難な細い道だが、結構クルマがやってくる。県道に合流する手間にリゾートホテルがあった。そこに先ほどの我々を追い越した観光バスが止まっていたが、なんと10台も連なっている。
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 県道のアップダウンを経て、角島大橋の本州側のたもとに到着。まずはその景色を堪能する。海士ヶ瀬戸と呼ばれる海峡を渡る、1780mの橋。たもとの白い砂浜も美しい。日本海側の白い砂のおかげで海が明るい色になる。曇天の薄日でもこんなに青くなるんだ。またサーファーの姿も見られた。
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 そして、いよいよ橋に向けて漕ぎ出す。昨日のように北西の風が吹くと逆風との真っ向勝負ということになるが、今日は割と風が穏やかで快適に走れる。歩道はない。夏など観光シーズンには渋滞するというが、今日は比較的クルマが少なく、対向車線に大きくよけて追い越してくれる。中間点に非常駐車帯があるので、そこ自転車を止め橋上からの景色をじっくりと味わう。非常駐車体の南西側すぐのところには鳩島が柱状節理の岩肌を見せている。
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 さあ後半戦スタート。非常駐車体から角島側に向かえば急な登りとなる。船が通るためなのだが、こうした橋の最高地点は橋の中間点、というイメージがある。そうでないのは、鳩島のせいかな、と思われる。
 思いのほか楽に登りをクリアして、角島へ渡る。すぐに現れた駐車場の入り口に立つ島の案内地図の前に停止。ここで、角島を周遊するY氏とお別れ。私はとりあえず、駐車場の隅の高台にある展望所へ。東屋の椅子に腰かけてパンを食べる。
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 私はこの後、角島から20km程東方、油谷湾と深川湾に挟まれた向津具(むかつく)半島を目指す予定だ。海岸の断崖の上に赤い鳥居が列をなす元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がアメリカのニュース専門放送局CNNにより「日本の最も美しい場所31選」にも選ばれたパワースポット。さらに、それ以外にも海の絶景が待ち受けている。これは、昨年秋に刊行された「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」というムックに紹介されていて、急遽コースに組み入れた。ところが、ここまで立ち止まるたびにY氏と話が弾んでしまい、かなり時間がかかっている。現在13時半を過ぎたところ。行程はまだ50kmほど残り、しかも半島部は最大200mの標高差を含むアップダウンが連続している。向津具半島の付け根にあるJR長門古市にゴールして、輪行で宿泊地の下関中心街に向かう予定だが、15:32は無理で、16:47か17:18の列車に乗らなければならない。それを逃すと、19:50の便ということになり下関着が21:39で、宿のチェックインの21時半に間に合わない。
 4時間弱で50kmを走るのは私には難しい。何度も止まって景色を眺めたり写真を撮ったりすると時間がかかるのだ。時間に追われて走るのは嫌だ。それに、曇天の空模様。青空なら向津具半島に向かってみて途中で判断するのだが、本日はここで心が折れた。
 そうなると時間に余裕ができたので、角島を周遊することにする。数年前にこの遠征を企てた時の計画に戻した形だ。
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 まずは島の南岸沿いを行く。この道はアップダウンが少なく、クルマの少ないいい道だ。角島は東西の2つの島がつながったようなひょうたん型をしている。その中央のくびれから先が見どころのようだ。小さな漁港から道は内陸へと登っていく。灯台が見えてきた。角島灯台だ。まずは島の西の端の海岸に出た。最果て間のある静かな海岸。やっぱり、橋だけでなくここまでく来たのは正解だったな。今度は北上。灯台が立つ夢ケ崎へ。これは島の主要な観光スポットなのか、観光客が結構歩いている。駐車場は何と有料だ。
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 島の稜線を行くメインルートで橋に戻る。往路では通らなかった北側の集落に境界の建物が見える。映画「四日間の奇蹟」のロケのために作られたもので、現在はキャンプ場の施設として利用されているとのこと。
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 中央のくびれで道は海岸まで降りる。島の北岸の砂浜に面していて歩道には砂が上がっている。レストハウスもあって観光客が歩いている。その先でまた昇り返し。標高60mまで登った。最高点を過ぎたら後は下り基調で角島大橋へ。しかし今度は向かい風だ。往路では無風と思っていたが、実は追い風だったようだ。
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 復路でも非常駐車帯で立ち止まる。こちら側には島はなく広々とした海の景色。
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 本州に戻ったら、特牛ではなく一つ長門市側の阿川駅を目指す。Y氏が下車する予定だった駅だ。下車した後の会話だだんだんわかってきたことなのだが、Y氏は角島を周遊した後、下関市街まで走る計画とのこと。確かに特牛は角島へのバスの便もある最寄り駅だが、距離でいえば阿川駅からもほとんど変わらない。西へ走るならば阿川駅スタートの方がレイアウトとしては素直だ。
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 お土産屋さんなどがあり観光客でにぎわう橋のたもとを出発。しばらく行くと海側に細い道を発見、そちらへ。角島と大橋の最後の眺めを味わう。すぐにメインルートに戻り、島戸浦の漁港に降り立つ。角島は見えるが、もう橋は見えない。
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 自動販売機のポスター広告の美しい女性の顔に目がとまる。石田ゆり子ではないか。こんなところで出会えるなんて、なんという運命。そう、石田ゆり子は映画「四日間の奇蹟」のヒロインだった。「四日間の奇蹟」のストーリーとの出会いは小説だった。前述の通り小説の舞台は雪深い山間部で角島とは全く関係がない。ところが、文庫本に映画の広告の帯が巻かれていた。そこに、吉岡秀隆と石田ゆり子の姿があった。
 石田ゆり子のことはずっと前から知っていて、たとえば冬至社会現象を起こした1991年のドラマ「101回目のプロポーズ」にも出演していたことを覚えている。20代前半の石田ゆり子には特に何の印象も持たなかった。なのに、文庫の帯の30代となった石田ゆり子に、突如心を奪われた。小説を読めば、石田ゆり子が演じる登場人物はすぐに特定できた。すると、頭の中ではずっと石田ゆり子が演じていた。その登場人物は、途中で不慮の事故にあい生死をさまよう。「石田ゆり子、死なないで」と夢中で読んだ。
 小説を読み終えたら、映画が見たくなった。しかし、その時点で一般的な映画館ではすでに上映が終わっていた。どうにか、尼崎の生協の商業施設でまだ上映していることがわかり、観に行った。そして、角島のことを知った。
 世間では昨年のドラマ出演で「石田ゆり子再ブレーク」などと言っているが、私にとっては10年以上前からずっとブレークし続けている。
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 漁港からいったん内陸に入り、標高差40mの登りを越える。国道191号線手前でまた小さな登りが見えたので、枝道にエスケープ。こちらなら川沿いに行ける。すぐに海に出た。浦の漁港近くの浜だ。現在の時刻は15時少し前。阿川駅はもうすぐ。列車はおそらく16時頃だろう。先ほどのパンだけでは物足りない。食堂でもコンビニエンスストアでもいい。何か食べたい。
 国道191号線を行ったり来たりして集落のはずれにコンビニエンスストア発見。結果的に、先ほどエスケープしないで小さな登りを進めば通過する位置だった。
 飲料水も切れかけていたので、1Lの紙パックのお茶とスパゲッティを買う。イートインスペースがないので、駅に移動。国道から少し離れた静かな無人駅の前にも、食料品などを扱う雑貨店があった。でも品揃えはコンビニエンスストアの方が充実していそうだし、温めてもらえるかどうかということもある。昨日のような日差しがない分、寒いのだ。
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 駅に着いたら列車の時刻を確認。予想通り、15:58。長門古市15:32発の便だ。駅前にはワゴン車がとまっていた。角島のホテルのロゴがラッピングされている。送迎車だろう。反対方向の列車はもうすぐ着く。
 まずは、外のベンチに腰掛けて自転車を解体、輪行袋に梱包する。そのうちに列車が到着し、ワゴン車は去っていった。輪行準備が完了するころに、「ちょっとお尋ねします」と話しかけられた。まるでヤギのような白く長い顎髭を生やした初老の男性だ。瞬時に、相手が地元の人間だと決めってかかってきているパターンではないかと感じたのだが…。「この辺にヤギを飼っているうちを知りませんか」ときた。これは意表をついた質問だ。つい先ほど生れてはじめてこの地にたどり着いた人間が知るわけがない。
 ホームに輪行袋を運び、待合室で温かいスパゲッティを食べる。食べ終わった頃に、列車の到着を予告する音声が流れる。まだ10分くらいあるのだが、タイミングが良くてついホームのベンチに移動してしまった。すっかり体を冷やして列車に乗り込むことになった。
 2両編成のワンマン列車には十分に空席があるが、より空いている2両目に移動。駅で乗り降りのためにドアが開閉するのは1両目のみ。2両目のドア付近に輪行袋を置けば他の乗客の邪魔になりにくい。日曜だが、車内には学生服姿の男子が数人見られる。夕方には1時間程度、それ以外は2時間程度のインターバルのダイヤ編成からも、学生の利用が主体になっていることをがわかる。きっと平日は学生だらけなのだろう。鉄道に並走する国道にはクルマが多い。
 体が暖まってきた頃、小串駅で乗り換え。予想通りここでは2両目のドアも開くので乗り換えはスムーズ。5分で連絡する列車も2両編成だが、今度はワンマンではない。2両目の最後尾にスペースが開いているのでそこに輪行袋を置く。女性の車掌に、阿川駅で乗車した列車の整理券を渡し、下関駅までの乗車券を購入。
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 17時25分、下関駅下車。夕闇迫る駅前は人やクルマが行き交う。自転車を準備して、とりあえず腹ごしらえ。宿では夕食を頼んでいない。駅前の繁華街、下車直前に車窓から見えたラーメン屋へ。あご出汁の魚介系スープ。
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 関門海峡に沿って東へ向かう。クルマの多い国道9号線を避け海に近い道へ。海峡ゆめタワーがライトアップされている。港湾施設を越えると、車道とは隔離されたまさに海沿いの車歩道をいく。右手には関門海峡と、その向こうに北九州の明かりが見える。海というより大河という感じだ。前方には、観覧車、そして関門橋。今いる辺りには飲食店など。いずれもライトアップされている。
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 きらびやかなエリアを抜け、先ほどエスケープした国道9号線が海沿いに合流。山と海が接近し、山側には亀山八幡宮、赤間神宮と立派な御宮が並んでいる。
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 関門橋をくぐると、壇ノ浦古戦場。国道を山側に渡り、火の山ロープウェイの山麓駅へ登る。ロープウェイは冬場は営業していない。
 そこから今夜の宿「下関火の山ユースホステル海峡の風」はすぐ。新しくて立派な建物だ。2年前にリニューアルオープンしたとのこと。昨日は収容60人がなんと満員だったとのことだが、本日は空いているので自転車を玄関に入れさせてもらった。寝室や食堂の大きな窓からは関門海峡、関門橋の景色が素晴らしい。速めについたのでのんびり過ごすことができた。
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本日の走行距離は、広島市街が約3.9km、角島が約29.7km、下関市街が約6.2kmで、トータル約39.8km。

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2018/01/12

かきしま・角島・海峡を渡る旅1瀬戸内海「かきしま海道」

 サイクルスポーツ誌で2014年から2015年にかけて「海道を行く」という特集が組まれていた。「しまなみ海道」など芸予諸島およびその周辺の海沿いの5つの自転車ツーリングコースを紹介するもの。個人的には、「海道を行く」の中の、「しまなみ海道」を2007年に、「安芸灘とびしま海道」を2012年に走っている。3番目のターゲットは、「かきしま海道」。呉から倉橋島、江田島を巡るコース。さらに、もう少し足を延ばして山口県の角島も訪れれば、旅は充実したものになるに違いない。
 過去の「しまなみ」「とびしま」はいずれも日本海側が時雨模様となる晩秋、建国記念の日と土日が絡んだ連休に走っている。今年は、建国記念の日は土曜日となり3連休にはならず、しかもできれば9月か10月に決行したかった東信パスハンティングツアーが、天気の関係で11月上旬にずれ込んだ。そうするうちに年が明け、成人の日の3連休に狙うことにした。まだ雪遊びをできるほど山に雪は積もっていない(スキー場には十分に雪があるが連休に行く気にはならない)。瀬戸内や日本海側でも山口県なら積雪の心配はないし、天気もなんとかなりそうだ。
 1月6日、5時にクルマで出発。6時20分、天空の城、竹田城の麓に到着。竹田駅から輪行の予定だが、少し時間があるので、コンビニで弁当を買って朝食とする。夜の闇は薄れていくが、時雨模様の空は夜が明けても薄暗い。7時前に自転車で竹田駅へと移動。輪行の支度が済んだら切符を買う。
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 播但線のディーゼル列車は、生野に向けてゆっくりと上る。周囲の田んぼや家の屋根には、少し雪が見られるようになる。寺前駅で乗り換え。ここから南は電車となる。南下するにしたがって雨はやみ、雲は少なくなり、空は明るい。福崎を過ぎ、姫路に近づくころには立つ人も多く、大きな輪行袋を携えての乗車は肩身が狭い。姫路駅で、播但線から山陽新幹線への乗り換えだが、それぞれに専用の改札口があり、移動距離も長い。制限時間8分での乗継は結構大変。トイレは車内で落ち着いてから。ただ、乗客は少なくて快適。広島までの1時間をのんびり過ごす。
 広島で、今度は呉線に乗り換え。広島湾を眺めながらのんびり列車旅。ぽかぽか陽気。そういえば、「しまなみ」「とびしま」ともに過去の瀬戸内の自転車旅はいずれも小春日和だったが、今回はすでに小春をとっくに過ぎている。
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 11時前、呉駅に降り立つ。外に出ると風が少し冷たいが、この時期にしてはずいぶん暖かい。夜明け前の竹田の寒々とした景色がうそのようだ。
 駅前で自転車を組み、走り出す。すぐにラーメン屋を発見。腹ごしらえだ。15分で食べ終えて、正午前に、本格的にスタート。国道487号線を行く。市街地はクルマが多くてストレスがたまる。右手には、大きな船と造船所で埋め尽くされた呉港で、それは壮観なのだが、とにかくこの状況を抜け出したくてひたすらペダルを回し続ける。
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 くさび形の半島の先端に近づくとクルマが少し減る代わりに、道は狭くなり窮屈になる。はるか頭上に橋が見えてきた。二つある。自転車はどちらを渡るのだろう。
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 倉橋島は目と鼻の先。家やクルマはもちろん、人もはっきり見える。この川のような海峡は「音戸の瀬戸」。ここでいう瀬戸とは狭い海峡を表す。
 手前の第二音戸大橋をくぐり音戸大橋の上り口に到着。信号があり県道66号線が分岐している。サイクリングロードを示す青い線上に描かれた矢印にいざなわれて、県道へと侵入。造船関係の工場にはさまれた狭い道をクルマに追いかけられながら進む。しかし、どんどん橋からは遠ざかり、さらに音戸の瀬戸を離れ、海が開けた。同時に道も開けて海の景色を見ながらのんびり走れるようになる。遠くに見える島々は、後でわかったことだが、5年前の「安芸灘とびしま海道」の下蒲刈島などだった。天気はよく、砂浜も白く、空も海も青く、快適なシーサイドツーリング。って、倉橋島に渡らないといけない。さすがにこれはおかしいと、来た道を戻る。
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 閉塞的な区間を経て分岐でから国道に入り急坂を登って温度大橋を目指す。ループで標高を稼いで、標高差40m近く登る。橋の手前のドライブインの駐車場で、ヘルメットにカメラを装着して橋へと突入。歩道がないので一気に駆け抜ける。
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 ちなみに、第二音戸大橋も自転車が通行できるらしく、こちらには歩道があるようだ。また、私をミスリードした青い線上の矢印は、どうやら分岐付近の渡船を示していたらしい。
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 さて、橋も半ばを過ぎたところで、バックミラーにバスの姿。狭い橋の上で自転車を追い越すのは大変なこと。橋は中央が高いので、もう下りにかかっている。そして倉橋島側は二周半の人工の螺旋で地上に降り立つ。バスを引き離して下る。
 ぐるぐる回ったので、方向感覚を失わないように止まってじっくり地図をにらむ。道路の案内は、左「江田島(県道35号線)」、右「倉橋(国道487号線)」。ところで、倉橋島は複雑な形をしている。強いて言えば「人」のような形だ。この「人」の頭あるいは上半身部分を、北東(右上)から南西(左下)へと移動したいんだが、県道35号線は頭の上を反時計回りに回りこむ。それに対して国道487号線は首またはウエストを通って島を横断する時計回り。つまりどちらを通っても同じような距離で江田島に行ける。ここは、サイクルスポーツ誌の「海道を行く」お勧めルートどおり、国道487号線を選ぶ。橋によって呉市街とほとんど陸続きの感覚で行き来できるせいか、クルマが多い。島の北海岸を回る県道を選んだ方がよかったかも知れない。
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 音戸大橋から、つまり呉の中心街から離れるにつれてクルマは減っていく。小さな入り江には漁港が作られ、石を組んだ防波堤が、過去に走った「しまなみ」「とびしま」、つまり瀬戸内の風景を思い起こさせる。
 海に面した木造の古い建物の軒に、銀色に輝くたくさんの碇が吊り下げられていた。こうした漁具などを販売しているようだ。
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 奥の内港の入り江に面した音戸町畑のコンビニエンスストアで、1Lの紙パック入りのお茶を補給。早朝、竹田のコンビニで買った1Lを飲み干したというわけだ。この辺りには、コンビニのほかホームセンターなどの店が見られ、平成の大合併で呉市に編入される前の音戸町の中心街だったのかも知れない。
 東海岸の奥の内港から西岸へと島を横断する。小さな峠越えだ。下っていくと交差点があり、江田島への案内にしたがって、右折。すぐ先の集落からの細道からロードレーサーが現れた。むむっ?どうやら今向かっている道の先にはトンネルがあるようだ。つまり、集落を迂回するバイパス。当然集落の中の旧道のほうが風情があるに違いないので、ロードレーサーが出てきた小道に入り、先ほどの交差点を直進する道に合流。小さな漁港の海と家並み。やはりこういう道を通らねば。
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 海の中には、何やら貝の養殖とみられる棚がある。「かきしま海道」という名からして牡蠣(かき)を想像するが、貝殻を見るとホタテのようだ。だが、実はホタテの貝殻に牡蠣をつけて養殖しているとのことで、やはり牡蠣の棚だった。
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 さあ、対岸の江田島が見えてきた。「早瀬の瀬戸」だ。前方はるか上方には早瀬大橋だ。この瀬戸も、音戸の瀬戸より少し対岸が遠いが、やはり狭い海峡であることは間違いない。また幅だけでなく、水の流れも川のようだ。
 箸をくぐってすぐに右折、ループする道を上って橋へ。途中での立ち止まりも自由自在の歩道を行く。本日2つ目の、海を渡る空中走行だ。
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 橋の中央を過ぎ下りに差し掛かったところに段差があり、ボトルケージからペットボトルが落下。自転車を止めて拾う。ふと見ると早瀬の瀬戸に異変が表れている。それまで穏やかな流れだったのが、水面が波立つ激しい流れに変わっていく。早瀬という名の通りの、すさまじい潮流。
 ひとしきり流れを見届けたら、走行再開。対向車線の歩道に自転車が現れ、手を振ってあいさつを交わす。
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 そしてループする道を下る。江田島へ到着だ。この江田島がかきしま海道のメインルート。「しまなみ」や「とびしま」と違って、「かきしま」にはコースのバリエーションが多く、呉市街地から倉橋島を経て江田島へとアプローチするのもバリエーションの一つだ。バリエーションが豊富な理由の一つは、江田島もまた複雑な形をしていること、と思われる。倉橋島が「人」形なら、江田島は「Y」字形だ。今はこの「Y」の一本足の足元の右側にいる。ここから東海岸を少し北上した後、北西(左上)方向、つまり島をななめに横断し、西海岸から時計回りで「Y」の二股に分かれた上部を回り込む。そして二股の右側の先端に位置する、切串港がゴール。フェリーで広島市へむかう予定だ。
 島の形を「Y」字形と書いたが、これは大雑把な例えで、さらに小さな半島や入り江がいくつも出入りしている。その半島を回り込んだり、峠で越えたりするわけで、海沿いを走っていても細かいアップダウンの連続で、だんだん疲れがたまってきた。東から西に横断する脊梁の峠への上りでも、脚が回らない。倉橋島でクルマが少ないと思われる県道でなく、国道がサイクルスポーツのお勧めコースとなっていたのも、もしかするとアップダウンの関係かもしれない。
 何とか西海岸に出る。江田島市役所はこの辺り。深い入り江、大原湾に沿って北上。「しまなみ」「とびしま」にも言えることだが、対岸の山が陸続きなのか別の島なのか、あるいは目の前の海が入り江なのか海峡なのか、見ただけでは全く分からない。
 ロードレーサーに追い越された。そしてそのまま北上しいった。「Y」の二股の間の江田島湾に向かうのか。こちらは、入り江にそって走り、「Y」では表現されていないが南に突き出たやや大きめの半島の先端を目指す。
 本日は、北西の風が吹き、北や西に向かうと向かい風。南に向かうと一気に順風に乗ってスピードが上がる。クルマも劇的に少なくなり、快適そのもの。
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 自転車コースを表す路上の青い線には、切串港までの距離が1kmごとにカウントダウンされる。追い風だとそのカウントダウンのペースが早まる。
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 大矢鼻と呼ばれる半島の先端部には、大きなタンクが並ぶ。石油の貯蔵施設らしい。完全に大矢鼻までは行かず、狭いトンネルで半島の西側に出る。そちらはごみ処理施設。さすが瀬戸内、大きな貨物船までもが廃棄されていた。
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 ちなみに、大矢鼻の半島の辺りで、切串まで40km台。大方中間地点だ。
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 逆風となってペダルは重いが、西側もクルマはほとんど通らない。広島湾の海面が西に傾き始めた日の光を受けてきらきらと輝いている。向こうに見えるのは宮島(厳島)か。結構近いんだな。
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 やがて県道36号線に合流し、センターラインが引かれた広い道となるが、依然クルマは非常に少ない。その県道への合流点の辺りが小田漁港で、道路脇におびただしい数のたこつぼが置かれている。ふじつぼがたくさん付いたたこつぼもあり、なんだか韻を踏んでいる。
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 路上の青い線に、切串への距離だけでなく、三吉への距離も表示されるようになった。三吉は、「Y」の二股の左の先端にある地名で、そこからも広島へのフェリーが出ている。二つの港の間には、深く切れ込んだ江田島湾を回り込むため、25kmの距離がある。
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 牡蠣の棚を見ながら北上。逆風の北風と海沿いのアップダウンがつらい。広島の市街が見えている。大都会だ。
 豪頭鼻・岸根鼻のある半島北西端をショートカットして、三吉港を通過。江田島湾へ。「Y」の右上、切串側の半島から江田島湾を塞ぐように突き出した枝のような半島が対岸に迫る。津久茂瀬戸と名前の付いた狭い海峡となっている。
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 平成の大合併で4つの町が江田島市になったわけだが、その4つのうちの2つの町役場、現在の市役所の支庁がこの江田島湾に面している。つまり、クルマの通りもそこそこ多い。進路が南向きに変わり、追い風になったのがせめてもの救いだ。
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 旧能見町の中心街、中町のコンビニで休憩。弁当を刈ってイートインスペースで食べる。西日のサンルームのようなイートインスペースはぽかぽかと暖かい。でも、外に出ると風が冷たく感じる。
 江田島湾最南部を回り、北上。「Y」の右上を目指す。この辺りには、スーパーマーケットやホームセンター、ガソリンスタンドなどが並び、葬儀場もあった。ここまでの道中に葬儀の看板が出ていたのだが、それはいまどき珍しく自宅での葬儀を示すものだった。私の住む丹後では、10年ほど前から自宅での葬儀は完全に途絶え、葬儀場を利用するようになった。だから、自宅での葬儀とは相当珍しく感じていたのだが、葬儀場がない、というわけではないようだ。
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 向かい風を受けながら北上。旧江田島町の中心街で少し内陸に入る。海に面した海上自衛隊の教育施設を迂回する形だ。ここは道が狭くクルマが多い。「江田島市役所江田島支所」の前を通過。本庁は、旧大柿町だ。
 内陸に入るということは、アップダウンもあるということで、上りで少し脚がつるようになった。晩秋からずっと雨が多くまとまった距離を走ることがなかったのが原因だろうが、情けないことだ。実は、今日は少し尻も痛い。尻が痛くなるなんて10年以上なかったことだ。ずっとオフシーズンだったこの時期に、いきなり70kmも走ったせいかも知れない。寒さも影響しているのかも知れない。
 江田島湾を塞ぐ、津久茂の半島をショートカット。小さな峠を脚のつりをだましだまし越える。ところで、これまで走っていた国道487号線は津久茂の半島へと向かい、その先端付近で途切れている。津久茂瀬戸の対岸でも同じ状況。国道の海上区間ということだが、船便などはない。
 さて津久茂の半島をショートカットしたあとは道が複雑。流れとしては県道297号線へとつながるのだが、そちらは内陸を行く。海沿いの道が自転車コースと指定されているので、青い線に従って右折左折を繰り返す。
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 海沿いの道は緩やかなアップダウンが連続する。たまに脚がつるので小休止を繰り返す。日が落ちてきた。広島市街の町明かりが輝いている。切串港18時5分発のフェリーには、間に合うだろう。島に近づいてくるフェリーが見える。あれに乗るのだろうか。
 17時16分に日没。標準時子午線付近の丹後半島よりかなり西に位置する分、15分ほど日没が遅い。残照の海を眺めながら、静かな道を行く。17時半を過ぎると、すっかり暗くなった。
 17時50分、切串港到着。ちょうどいい時間だ。港にフェリーの姿はない。先程海上に見えたのは、一本前の17時30分の便だったようだ。姿がないのはフェリーだけではなく、乗船券売り場の窓口の係りもいない。乗船券は船内で購入してください、との張り紙がされていた。建物の中の待合室で過ごす。外には、自動車や自動二輪がそれぞれ数台集まってきた。
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 フェリーが到着したので、自動車、自動二輪車に続いて車両甲板へ。甲板に立つ係員めがけて進むが、全く指示をしてくれない。こちらから訊けば、近くの壁際を指示される。要するに、壁際ならどこでもいいのだろう。ついでに、ロープなどでの固定もなし。航行中、待合室にいると乗組員がやってきて、乗船料を徴収していった。
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 広島宇品港へ上陸。この航路も、国道487号線の海上区間とのこと。
 港を出るとすぐにスーパーマーケットがあったので、食糧を買う。今夜の宿は、素泊まりのゲストハウスなので、明日の朝食を調達しておいた。
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 大田川の三角州に町が広がる広島。大田川から分留する川が行く筋も流れていて、その川の堤防上には、歩行者、自転車用の道路がつけられていて、クルマを気にせずに快適に走ることができる。また、GPSレシーバーの地図で川の形状を読み取れば、宿への道筋がわかりやすい。南北の移動は川沿いに、東西は洲がくびれたところでとなりの川沿いにレーンチェンジして行く。途中で堤防から河川敷に降りる階段に腰掛けて、先程買って惣菜を食べる。店の電子レンジで温めた惣菜が寒さを中和してくれる。
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 中心街に入ると路面電車が行き交う。最後はその路面電車の駅を目印に、ゲストハウス「Jホッパーズ広島」に到着。宿の前のレンタサイクルの並びに自転車を止める。部屋に入ると女性がいるのでびっくり。外国人のようだ。日本のユースホステルなどでは男女別相部屋が一般的だが、海外では男女共用相部屋が当たり前。その分、ここはそれぞれのベッドは暖簾のようなカーテンで完全に目隠しがされ、ユースホステルのベッドよりも広めでちょっとした個室という感じ。翌朝までの間、先程の女性以外と顔を合わせることはなく、どんな人と泊まり合わせていたのかもわからないままだった。若い頃は、ユースホステルでの旅人同志の交流が楽しかったが、今ではこういうプライベート空間がある宿がいい。しかも2,500円でお得。
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 部屋に荷物を置いたら、食事に出る。受付のフレンドリーな女性スタッフに教えてもらった、お好み焼きのおいしい「だんだん」へ。歩いて5分ほど。狭い店内のいくつかのテーブル席は賑やかなグループが陣取り、私はカウンター席へ。定番の肉玉そばを注文700円。「だんだん」という店名は山陰の方言だが、ここは広島。麺が入って十分なボリューム。キャベツもたっぷり、明日の快便は約束された。ただ、お好み焼き屋ではなく「鉄板居酒屋」で飲み物を頼まなかったのはちょっと申し訳なかった。
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 宿に帰ったら、シャワーを浴びて(風呂はない)、歯を磨いて寝る私宅。前夜は遅くまで旅の計画を練り、早朝からの出発。眠いのだ。
 かきしま海道は迷走もあって、86.4km。竹田駅の1.1kmと、広島市内7.5kmを合わせて、95km。一日の走行距離としてはさほど多いわけではないが、京都府北部から瀬戸内広島県までの移動で半日を費やし、残りの半日での走行とするならばそれなりにハードだったということにしよう。ああ疲れた。おやすみなさい。

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篠山盆地から曽地奥・永沢寺・母子周回、と走り納め・走り初め

 年が明けて10日余りが過ぎたが、2017年最後のツーレポ。
 篠山中心街の南、小枕川の谷に少し入り込んだところに位置する小枕集落の外れにクルマを止める。自転車の準備を整えて出発。来た道を引き返し、篠山盆地へ。盆地の南の縁を行く国道372号線で東へ。北側には多紀連山の三嶽や小金ヶ嶽が見える。八上で篠山中心街からの道と合流すると、国道の南に集落内の旧道が並行する。クルマの多い国道を避けたい気もあるが、多岐連山を眺めながら走ろうとそのまま国道を行く。
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 西荘を過ぎ、日置が近づいたところで国道を南に逸れ、野々垣集落方向へ。茅葺屋根の家が目立つ。野々垣手前で東に進路をとり、曽地口へ。曽地川に沿って曽地中、曽地奥と遡っていく。
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 曽地奥の公民館には、表札が2つ。公民館を示すものと、「神明八幡両社社務所」と書かれたもの。集落の入り口の道沿いに神社があったが、その社務所も兼ねているということらしい。要するに、過疎化の進む小さな集落では、、いろいろと兼務してやっているようだ。とある個人ブログでは地元にの人から「神明八幡神社」とあるが、社務所には「両社」とあるので、本来は「神明神社」と「八幡神社」ということなのだろう。
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 立派な茅葺屋根の古民家に気を取られて一度は入り口を通り過ぎてしまったが、本日のメインステージである「曽地奥林道」へ。まるで都会のゴルフ練習場のように柵に囲まれた畑や民家を過ぎ、一車線の細道で坂を上っていく。道は細くクルマとはまず出会わない静かないい道。それでも落ち葉の敷物がクルマの轍に合わせて切り裂かれているので、まったくクルマが通らないというわけではないようで、上部ではちゃんと道をふさいだ倒木の処理もしてあった。
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 急な山肌を右往左往して貼り付く急坂を上る。水平方向の移動は少ないので、かなり山奥に入ったつもりでいたのにすぐ近くに曽地川沿いの県道が見える。ただし、高度は稼いでいる。
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 後川へ越える峠付近には数日前の雪が少し残っていた。
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 後川奥へと一気に下る。完璧に護岸された川を見ながら篠山と三田の市境の峠へと登る。川沿いに立つ家の石垣も物々しい。そうした立派な建造物の背後には、大雨の被害が見えるような気がする。田んぼの中の水たまりは、氷がはっている。
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 峠は三差路。道なりに行くと永沢寺だが、右に分岐する落ち葉に覆われた細いコンクリート舗装の急坂を下る。どちらをとっても母子へ行けるのだが、自転車にはやはりクルマの通らない細い道がいい。激坂を越えて、谷に降り立つ。柵に囲まれた田んぼの中の道になる。周囲にはほんの少し雪が残る。路面にも雪があった。乗り越えた感触は、固い。凍てついている。さらに、小さな貯水池は全面氷結。近くに置かれていた鉄の棒で氷をたたいてみるが、かちんこちんで全く歯が立たない。
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 広い車道に出た。左折して母子へ南下。母子は斬新なデザインの住宅と、茅葺の古民家が入り混じっている。そして、北に進路をとり三田から篠山への峠へ。これはほんのわずかな登り。三国ヶ岳を反時計回りに半周した形だ。
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 さああとは下るのみ。周囲には雪がまったくないので、路面凍結の心配はない。安心していきたいところだが、屈曲が多く飛ばせない。木々の合間から見える篠山盆地には街明りが灯っている。当然、こちらもヘッドライト転倒。安全第一だ。
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 ため池まで降りたら、三日月を見上げて小休止。そして一気に小枕集落の外れ、クルマの駐車ポイントへ。
 12月下旬、14:57~17:27、25.5km。

 12月30日にどうにか年間走行距離を2,500kmに乗せる。
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 これが走り納めになるかと思われたが、雨予報だった大晦日も午前中は止み間となり、ここで走り納め。
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 新年は、2日の夕方走り初め。
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2017/12/31

2017年バイクライフ総決算(今年は雨が多くてダウン)

 清水寺で発表される今年の漢字は「北」だったが、個人的には「雨」。大雪の冬、すっきりと晴れる日が少ない春から初夏、そして天候不順の夏、台風の波状攻撃の秋、寒波が続き速い積雪の晩秋から初冬。初夏に走りたい丹後半島一周は10月に、9月から狙っていた東信濃への遠征もラストチャンスの11月にようやく決行。夏に計画していた北海道ツーリングはお流れに。延期や中止をしているが、本当は行きたくて仕方ないのである。でもやっぱり天気はどうすることもできない。待つしかないのである。
 乗車日数は180日、走行距離は2517km。最高を記録した昨年と比べ、それぞれ40日、1080kmダウン。月ごとに見ても、300kmを越えたのは、10月の341kmと11月の304kmのみ。丹後半島一周と東信濃遠征の月だ。ちなみに、昨年はオフシーズンのはずの1月に300km以上走っていた。

 次に車種別。
 1位は、山口ベニックスのランドナー、831km。2014年以来の返り咲き。クルマ等で輸送することがなく、すべて自宅がスタート、ゴール。休日の軽い一走りを積み重ねた結果。
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 2位は、VIGOREオリジナルランドナーフラットハンドル仕様、701km。V3ならず。ツーリングのメインバイクだが、要すするにツーリングの機会がこれだけ減ったということである。
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 3位は、折り畳み小径車で約506km。かつては1300km/年走ったこともあるが、今年はこの自転車での最短記録更新である。小さいので乗客の多い都会での輪行に有利。京都市の桂川・淀川沿いを走った。また今年は、走りの負担になっていたノーパンクタイヤから空気タイヤに戻し、その後走行距離が伸びた。また、折畳部分のヒンジが損傷し、手に入りにくいパーツをどうにか入手して復活した。
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 4位は、MTBのTrek6500で、約255km。ブロックタイヤ装着の走行は皆無で、スリックタイヤでオンロードツーリングを行った。
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 5位は、クロスバイクで約224km。折り畳み小径車ほどではないが、ノーパンクタイヤによる走りの重さで低迷。
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 もう一台のVigoreオリジナルランドナー(ドロップハンドル仕様)と大学時代から乗り続けているランドナー「ブリジストンユーラシアツーリング」は今年出番なく0km。
 番外として、スーパーカブは約4000km。舞鶴での勤務がやや多かったので昨年より500kmほど距離を伸ばした。
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アバランチナイトin大阪

 今年もこの季節がやってきた。日本雪崩ネットワーク(JAN)主催の雪崩事故防止啓発セミナー「アバランチナイト」。今回のお目当ては、2017年3月27日、栃木県の那須岳での高校山岳部の合同合宿中の8人が亡くなり重傷2人を含む40人が怪我をして、大きく報道された雪崩事故の話を聞くこと。
 いろいろあって途中の休憩中に会場に到着。前半は一般的な雪崩のお話で毎年大きく変わるものではない。後半に間に合えばいいのだ。
 後半は、数年前にさかのぼっての雪崩事故の概要、昨シーズンの調査報告などなど。那須岳の事故は最も時間を割いて報告された。JANのWebサイトにも調査報告は掲載されているのでここでは省略(ただし、2年以上前のものはすでに削除されている)。
 調査報告の後、演台に立つJAN理事、でがわあずさ氏のコメントは次のようなものであった。
 
 現場の地形、雪の安定性においても危険な状態へと進入していった。事故が起こったケースを切り取れば、「なぜ?」と首をかしげるような状況。ラッセル訓練を実施する判断を下したリーダーは事故の後相当に叩かれている。
 しかし、リーダーの判断力については十分にあったと考える。長年ある一つのことに関わり経験を積んだ者には、判断力が養われるものである。例えば、野球でもサッカーでもバスケットボールでも選手や指導者として長年続けていれば、その競技について「こういう場面ではこうすればいい」ということは身につく。山でもそう。実際、この雪崩事故の日も早朝に責任者で集合して那須岳の登頂を中止した。この判断は正しい。そして、スキー場のゲレンデ内での訓練をすることにした。これも正しい。そして、雪崩に巻き込まれる斜面にとりつく。はじめは恐る恐る。でも、リーダー格の指導者は今までにも雪が降り積もる中歩いた経験もあるはずで、このとき「案外いけるんじゃないか」と思った習慣があったのではなかろうか。もし、雪崩がなければ別に何でもなかったはず。いわゆる「誤った成功体験」。これは誰でもが経験していること。例えば、2013/11/23立山真砂岳での7人死亡の事故。地形・積雪状況ともに非常に危険であったわけだが、雪崩が起こる前にたくさんの人がスキー等で滑っていた。快適な滑走、いわゆる「誤った成功体験」が繰り返されていた。雪崩が起こらなければ、楽しい日であった。(ちなみに、この数日前11/16にも雪崩が心配される日があったが、その日は大丈夫だった。)

 「今日この場に集まっているみなさんは、リスクテイカー、危険な奴らです」と、講演台に立つ でがわ氏の我々への言葉は厳しい。一方で、雪崩事故を起こした当事者を批判することはない。その真意は、「雪山という非常に危険な場所へ出向くにあたり何よりも自分の命を守るためには、危険を認識しなければならない、ミスを犯した他者を批判することは何の意味も持たない」ということではないかと感じた。
 当事者への批判には、自分は違うという意識を伴っている。事故が起こった場面を切り取り「なぜあんな状況の時にあんな場所に出向き、あんな行動をとったのか、理解できない」という気持ちを含んでいるのだ。
 例えば、危険個所を短時間で通り抜けてしまう、ことがあるが、これは事故にあう確率を低めることはできるが、ゼロにはできない。事故の確率を減らすことは正しいが、そもそも危険な場所に自分から出向いていることを忘れてはならない。その場面で事故にあえば、「なぜあんな状況であんなところを」ということになる。「誤った成功体験」を繰り返しているだけなのかも知れない。
 「誰に責任があるのか、を考えていては見えてこないものもある」とも、でがわ氏。事故の責任について考えることは我々の役目ではない。むしろ「事故を起こした人も自分もやっていることは全く同じである」ということを認識する方が自分の身を守ることにつながる。そういうメッセージを感じた。
 ただし、でがわ氏は、那須岳の高校山岳部の引率教員に対し、あのようなコメントをしたのは、雪山の安全を参加者に訴える講演だったからだと思う。その現場で過去に雪崩が起こっていることも知らなかったし、(ゆるやかな)尾根筋だから雪崩は来ない、という判断も間違っていた。インターハイの夏山限定の登山競技に関してはベテランでも雪山に関してはまた別、ととらえた方がいいように思う。

 ところで、大阪までのアプローチは、篠山まで自動車で南下し、JR篠山口駅から電車に乗り換える、というもの。そのアプローチの道中、クルマがガラガラとディーゼルエンジンのような音をたてる。ずっとではなく断続的なものなのであまり気にしないでいたが、篠山口が近づくとだんだん頻繁に音がするようになった。オイルの警告ランプも点滅し始めたので、ボンネットを開けてオイルの点検をしてびっくり。かなりオイルが減っているではないか。帰りは深夜になるので、電車に乗る前に解決せねばならない。篠山口にオートバックスがあったので、オイル交換。すると、オイルがほとんどなくなっていた、とのこと。危ないところだった。
 漏れは見当たらないので、燃料と一緒に燃えている。オイルがなくなるとエンジンが焼きつき、場合によってはエンジン乗せ換えとなる。ひと月に一度、あるいは良く乗るようなら2週間に一度くらいはオイルの量を点検し、継ぎ足すように。こうきつくいわれた。おっしゃるとおり。
 実は、前にオイル交換したときもオイルの減りを指摘されていた。後日調べると、どうやら「オイル上がり」または「オイル下がり」が疑われる。いずれにせよエンジン内のピストンとシリンダが磨耗して隙間ができ、オイルが燃焼室に入り込んで燃えてしまう症状。最近のクルマでは、おおむね走行距離が10万kmを越えたら起こる症状らしい。
 我がプロボックスももうすぐ9年が経過し、19万kmに達しようとしている。当然、いきなり始まったのではなく、これまでからオイル交換の際にはオイルが減っていたのだろう。それが徐々に進行していき、危険な水準まで減るようになってきた、ということが推測される。このクルマも、もう余り先が長くない(あと2,3年か)と思われるので、オイルを追加補充しながら余命を過ごそうか。
 とりあえずクルマの不調は解決したので、大阪へ。そして、篠山口へは、終電より一つ前の電車で戻り、帰路に就く。オイルの警告ランプは点かず、もう変なエンジン音はしなくなった。念のため、西紀から三和(鼓峠・箱部峠)の県道・府道コースではなく、国道176号線で福知山へ。信号が多くいつもは避けるコースだが、24時間営業のコンビニも点在しているし、深夜は閉まっているが自動車関係の店やJR福知山線が近ければ翌朝の対応もできるというもの。結果的にはクルマで無事に帰ることができた。

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2017/12/21

丹波の国の高谷山

 兵庫県丹波市市島町と京都府福知山市の境界付近にある高谷山は、アンテナを頂いた山で、車道で山頂に到達できる。しかも、北と南に走り抜けられるので、周回コースで楽しむことができる。一部の尾根は府県境となっているが、山頂も南北への車道のすべては兵庫県である。まあ、いずれにせよ旧丹波の国の真っただ中であることはまちがいない。
 2009年の年末に一度走っている。そこを8年ぶりに訪れた。
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 前回は、山の西側を流れる竹田川沿いの県道脇の広場にクルマを止めたが、今日は山の南麓にある「ライフピアいちじま」の駐車場にクルマを止める。「ライフピアいちじま」は、旧市島町の中心街にほど近い市営の施設で、500人収容の大ホールなどがある。今回は、その施設内にある丹波市立図書館の分館である「市島図書館」を訪れるのが目的だった。図書館に所蔵されている「折りたたみ自転車・スモールバイク旅」という本がお目当て。ついでに図書館も見学しようというわけだ。
 昼下がりの図書館で本を手に取る。なかなか買おうという決断はできないが(ごめんなさい)、書店で立ち読みだけでは惜しい。往復140㎞のガソリン代は本の値段に達してしまうのだが、別の目的も達成できるなら訪れる価値が大きくなる。先日の寒波で丹後には雪が積もった。平野部の雪はすでにほとんど解けたのだが、山間部は溶け残り、そのまま根雪になる可能性がある。もう、丹後では、アップダウンのあるコースを走ることは春までできない。だから、高谷山を走るのだ。
 図書館を出て、駐車場で自転車の準備。高谷山の裾野を下り竹田川沿いの県道へ。そして、山を右に、川を左に見ながら北上する。前回と同じく北から登り南に下る周回だ。変化をつけたい気がするが、県道を先に走り終えておきたい。対岸の国道は塩津峠で府県境を越えるが、この県道は竹田川沿いで峠越えがない。また、竹田川右岸に点在する工場と、福知山市の長田野工業地帯を結ぶ最短ルートでもあり、乗用車も大型トラックも、決して多くはないがそれなりに通る。交通量が増す上に薄暗くなる夕方には走りたくない。
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 周囲には雪は全く見られないが、上は雪道かも知れない。
 高谷山を西から北に回り込み、森の集落へ。その先の石原集落を越えるとすぐに府県境。京都府側の田野集落まで、森から1kmもない。
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 登り口である森集落の中には高谷山の案内板が立つ。気になるのは、材木の切り出し作業中と記された看板。気を付けなければ。
 集落を外れると、いきなり植林の中の急坂。谷をまっすぐに上っていく。息が上がる。20パーセントを越えているんじゃないか。実際、帰宅後の写真判定の結果20パーセント越えは間違いないようだった。
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 急坂にあえいでいると、前方からクルマがやってきた。ワゴン車とトラック。植林の関係者だろうか。
 道が蛇行するようになると、勾配が落ち着く。そして、周囲にちらほら白いものが見える。前方からトラック。植林の作業のものだ。荷台に積まれた丸太には、白い雪が乗っかっている。
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 徐々に周囲の尾根が低くなり、木々の合間から竹田川の流れと市島の街並みがのぞくようになる。エンジン音が聞こえてきた。クルマではない、チェーンソーの音のようだ。少し進むと作業道のダブルトラックが分岐する右側の谷の方から聞こえる。そちらが作業現場ならこの先で作業車と出会うことはないような気がするが、残念ながら泥の轍は私がこれから向かう道にも続いている。
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 さらに進んでいくと、右の山肌を急上昇する作業道の分岐。轍はそちらに吸い込まれている。もう植林の作業車には出会わないだろう。
 次の心配事は雪だ。竹田川沿いが標高40m程。高谷山の頂は443m。で、現在は250m程なのでほぼ中間地点だ。徐々に周囲には白い部分が増えてきている。
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 やがて、日当たりの悪い区間には路面をうっすらと雪が覆った状態になった。クルマの轍がついているが、轍の間の踏み固められていない部分の方がグリップがいいのでそこを進む。これが下りだったら怖いなぁ。登りでは、後輪が空回りした時点で乗車から押し歩きに切り替えればよいが、下りではスリップは転倒、けがに直結する。でも、今は北側斜面にいる。南側にはあまり雪がないのではないか。特に当時に近いこの時期は太陽が南寄りなので、南北斜面で日当たりは大違いのはずだ。奇しくも、この周回の向きは大正解だったようだ。
 そんな圧雪区間を何回も超えているうちに、標高は400mに達していた。山頂はもうすぐだ。
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 アンテナの立つ山頂に到着。前回の記録には、展望台がある、と記されていたが見当たらなかった。老朽化、耐震性などの関係で撤去されたのかもしれない。パラグライダーの発射地点で景色を眺める。丹波市にはこうした山頂のアンテナへ車道が通じた山がいくつもあり、それを利用して各地でパラグライダーが行われている。この山もその一つだ。
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 さすがに展望がいい。竹田川の流れと市島の市街地を見事に俯瞰している。パラグライダーで飛び立てば、もっと真上から見下ろすことができ、まさに鳥瞰である。
 車道に戻り南に進む。今度は市島市街地とは反対の南東方向が見えるポイントがあった。うっすら白く雪化粧した山が見えた。多紀連山の三岳などのようだ。
 道は下り勾配を増す。圧雪区間はこわごわ徐行運転。轍の間の踏まれていないふわふわ雪の上を行く。その後は、濡れた路面。濡れているだけならいいが、ブラックアイスバーンであったとしても一目では区別が付かないので要注意。ただ、さすが南斜面であって日の当たる時間があったようで滑る路面はなかった。夕方になって日が傾き日陰になり、気温も下がってきたので、徐々に凍りかけている箇所も見られた。もう少し時間がたつと危ない状態になることは明白。
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 そんな冬の区間はわずか。下っていくと、周囲に雪はなくなり路面は乾いていた。さらに落葉する寸前という雰囲気の、枯葉をつけた木に西日が当たっている。ここには、まだ秋が少し残っていた。
 ヘアピンカーブは、一面茶色の落ち葉のじゅうたんを敷き詰めた踊り場だ。
 しかし空気が冷たい。手袋をした手も冷えている。木々の間から上垣集落がすぐ近くに見えた。道路を塞ぐ動物避けフェンスの扉を開けて下界に降り立つ。もちろん扉を閉めておく。
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 「ライフピアいちじま」までトラバースでいけたらいいのだが、間に中学校があるので少し降りて上り返すことになる。ただし、県道まで降りなくても良いが、体を温めるためにもっと登り返してもいいくらいだ。
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 自転車をクルマに収めたら、もう一度図書館へ。せっかくきたのだから、記事のコピーをとってもらおう。利用者登録してなくても、丹波市民でなくても、コピーサービスは利用できるのだ。ただし、著作権の侵害にならないように最低限。3枚だけとってもらった。
 というわけで、目的達成。帰路に着く.
12月中旬、14:55~16:50、約17.4km

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